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NTT技術ジャーナル 2016.1 61 NTTは,位相共役変換 *1 を用いた新規光回路によっ て,大容量光信号伝送時の伝送距離を制限する波形歪み を簡便に補償して伝送距離を大幅に長距離化できる技術 を開発,世界で初めて原理実証実験に成功しました. 位相共役変換とは,時間反転波を生成させて,光をあ たかも時間が逆戻りしたかのように振る舞わせる光技術 で,光ファイバ伝送に適用することで複数チャネル(波 長)の光信号波形の歪みを一括で修復できる可能性を 持っています.今回NTTは,光ファイバの大容量性を 損なうことなく波形歪みを補償できる高効率位相共役変 換器を新たに開発し,実際に光信号の波形歪みを大幅に 改善(歪み量を半減)することに成功しました. 本技術は,現在実用段階にある,電気信号処理による 歪み補償技術の信号処理量を10分の 1 以下にできる可能 性があり,超高画質映像やビッグデータの伝送を支える 将来の大容量 ・ 長距離バックボーンネットワークを低コ スト ・ 低消費電力で構築するのに有望な技術です. なお,本研究開発の一部は,国立研究開発法人 情報 通信研究機構(NICT)委託研究「光周波数 ・ 位相制御 光中継伝送技術の研究開発」の成果を用いています. ■研究の成果 今回,NTT未来ねっと研究所とNTT先端集積デバイ ス研究所は,位相共役変換器として,低雑音かつ世界最 高水準の高効率での位相共役変換を実現できる周期分極 反 転 ニ オ ブ 酸 リ チ ウ ム(PPLN: Periodically Poled Lithium Niobate) *2 導波路デバイスを実現し,本デバイ スを用いて波長チャネルを無駄に占有することなく位相 共役変換が可能な新規回路構成を実現することで,光 ファイバの大容量性を損なわずに波形歪みを補償できる 位相共役変換器を開発しました. 実際に,チャネル容量40 Gbit/sのQPSK信号を,開発 した位相共役変換器を用いて光信号波形の歪みを修復 させた伝送を行い,位相共役変換器を用いない場合に 比べ,高い光送信パワで送信した際の波形歪みを最大半 減させることに成功しました().このとき,光送受 信回路の信号処理に関しては,非線形歪みを補償するデ *1 位相共役変換:光は電波と同じように波としての性質を持っており,この 波の振動するタイミングを位相と呼びます.位相の正負を逆転させた波 は位相共役波と呼ばれ,位相を逆転させる過程を位相共役変換と呼びま す.位相共役波は,動画の逆再生のように,あたかも時間をさかのぼる かのように伝わることから「時間反転波」と呼ばれることもあります. *2 周期分極反転ニオブ酸リチウム:異なる波長の光どうしを相互作用させ ることが可能な「非線形光学効果」と呼ばれる特殊な特性を持つ結晶で あるニオブ酸リチウム(LiNbO 3 )において,自発分極と呼ばれる結晶内 の正負の電荷の向きを一定の周期で強制反転させた人工結晶です.周期 分極反転ニオブ酸リチウムは,元のニオブ酸リチウム結晶よりも圧倒的 に高い非線形光学効果を得ることができます. -2 0 18 (dB) 送信信号 コンスタレーション 位相共役変換器あり 時間波形 コンスタレーション 位相共役変換器なし 時間波形 Q光ファイバへの入力パワ :位相共役変換器なし(ch. 1) :位相共役変換器なし(ch. 2) :位相共役変換器あり(ch. 1) :位相共役変換器あり(ch. 2) 歪みを半減 (3 dBのQ値改善) 40 Gbit/s QPSK信号 Back-to-back (dBm/ch) 17 16 15 14 13 12 11 2 4 6 8 図 位相共役変換器の有無による信号歪み特性の比較 時間反転波を用いて,波長多重信号の劣化を高密度で一括補償する原理実証に世界で初めて成功 ──位相共役変換の新技術により,10分の1以下のデジタル信号処理で長距離伝送が可能に

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NTT技術ジャーナル 2016.1 61

NTTは,位相共役変換* 1 を用いた新規光回路によって,大容量光信号伝送時の伝送距離を制限する波形歪みを簡便に補償して伝送距離を大幅に長距離化できる技術を開発,世界で初めて原理実証実験に成功しました.

位相共役変換とは,時間反転波を生成させて,光をあたかも時間が逆戻りしたかのように振る舞わせる光技術で,光ファイバ伝送に適用することで複数チャネル(波長)の光信号波形の歪みを一括で修復できる可能性を持っています.今回NTTは,光ファイバの大容量性を損なうことなく波形歪みを補償できる高効率位相共役変換器を新たに開発し,実際に光信号の波形歪みを大幅に改善(歪み量を半減)することに成功しました.

本技術は,現在実用段階にある,電気信号処理による歪み補償技術の信号処理量を10分の 1 以下にできる可能性があり,超高画質映像やビッグデータの伝送を支える将来の大容量 ・ 長距離バックボーンネットワークを低コスト ・ 低消費電力で構築するのに有望な技術です.

なお,本研究開発の一部は,国立研究開発法人 情報通信研究機構(NICT)委託研究「光周波数 ・ 位相制御光中継伝送技術の研究開発」の成果を用いています.

■研究の成果今回,NTT未来ねっと研究所とNTT先端集積デバイ

ス研究所は,位相共役変換器として,低雑音かつ世界最高水準の高効率での位相共役変換を実現できる周期分極反 転 ニ オ ブ 酸 リ チ ウ ム(PPLN: Periodically Poled Lithium Niobate)* 2 導波路デバイスを実現し,本デバイスを用いて波長チャネルを無駄に占有することなく位相共役変換が可能な新規回路構成を実現することで,光ファイバの大容量性を損なわずに波形歪みを補償できる位相共役変換器を開発しました.

実際に,チャネル容量40 Gbit/sのQPSK信号を,開発した位相共役変換器を用いて光信号波形の歪みを修復させた伝送を行い,位相共役変換器を用いない場合に比べ,高い光送信パワで送信した際の波形歪みを最大半減させることに成功しました(図).このとき,光送受信回路の信号処理に関しては,非線形歪みを補償するデ

*1 位相共役変換:光は電波と同じように波としての性質を持っており,この波の振動するタイミングを位相と呼びます.位相の正負を逆転させた波は位相共役波と呼ばれ,位相を逆転させる過程を位相共役変換と呼びます.位相共役波は,動画の逆再生のように,あたかも時間をさかのぼるかのように伝わることから「時間反転波」と呼ばれることもあります.

*2 周期分極反転ニオブ酸リチウム:異なる波長の光どうしを相互作用させることが可能な「非線形光学効果」と呼ばれる特殊な特性を持つ結晶であるニオブ酸リチウム(LiNbO3)において,自発分極と呼ばれる結晶内の正負の電荷の向きを一定の周期で強制反転させた人工結晶です.周期分極反転ニオブ酸リチウムは,元のニオブ酸リチウム結晶よりも圧倒的に高い非線形光学効果を得ることができます.

-2 0

18(dB) 送信信号

コンスタレーション

位相共役変換器あり

時間波形

コンスタレーション

位相共役変換器なし

時間波形

Q値

光ファイバへの入力パワ

 :位相共役変換器なし(ch. 1) :位相共役変換器なし(ch. 2) :位相共役変換器あり(ch. 1) :位相共役変換器あり(ch. 2)

歪みを半減(3 dBのQ値改善)

40 Gbit/s QPSK信号 Back-to-back

(dBm/ch)

17

16

15

14

13

12

112 4 6 8

図 位相共役変換器の有無による信号歪み特性の比較

時間反転波を用いて,波長多重信号の劣化を高密度で一括補償する原理実証に世界で初めて成功──位相共役変換の新技術により,10分の1以下のデジタル信号処理で長距離伝送が可能に

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NTT技術ジャーナル 2016.162

ジタル信号処理を用いず,さらに波長分散による歪みを補償するためのデジタル信号処理を従来の1.5%以下に低減できることを実証しました.位相共役変換による信号波形の歪み補償方法は,信号チャネルごとの補償が必要なデジタル信号処理を用いる方法とは異なり,複数の波長(約100チャネル程度)を一括で処理することが可能であることから,本提案技術が,デジタルコヒーレント技術との親和性を保ちながら,デジタル信号処理量を少なくとも10分の 1 以下程度に低減できる可能性を示しました.■技術のポイント

(1) 高効率PPLN導波路デバイス技術光ファイバ伝送システムに位相共役変換器を導入する

ためには,高い効率で位相共役変換を実現できる非線形光学デバイスが必要になります.今回,非線形光学デバイスとして,NTTで長年培ってきた高度な光導波路デバイス加工プロセス技術に基づいて,世界最高水準の高い変換効率と,変換に必要となる高強度の励起光に対する高い耐性を両立できる高効率PPLN導波路デバイスを実現しました.

(2) 相補スペクトル反転位相共役変換技術従来の位相共役変換方法では,変換前 ・ 変換後の両方

のチャネル(波長)を確保することが必要であり,光ファイバで伝送可能な波長範囲の半分が有効に活用できないことが課題でした.このような課題を克服するため,波長多重信号の長波長側と短波長側の信号チャネル群をいったん空間的に分離し,それぞれの信号チャネル群に対して高効率PPLN導波路デバイスを用いて位相共役変換する新しい光信号処理回路を開発しました.これによって光ファイバの大容量性を損なうことなく複数波長一括での波形歪みを補償できる位相共役変換を実現しました.■参考文献(1) T. Umeki, T. Kazama, H. Ono, Y. Miyamoto, and H. Takenouchi:

“Spectra l ly Ef f i c i en t Opt ica l Phase Con jugat ion based onComplementary Spectral Inversion for Nonlinearity Mitigation,”ECOC2015,Valencia,Spain,Sept.2015.

◆問い合わせ先NTT先端技術総合研究所 広報担当TEL 046-240-5157E-mail a-info lab.ntt.co.jpURL http://www.ntt.co.jp/news2015/1510/151001b.html

時間反転と聞くとタイムマシンのようなものを想像される方もおられるかと思いますが,例えば一度撮ったフィルムを逆に回すように終わりの状態から始めの状態に戻っていくような状態をつくる,というように説明されます.この時間反転波を光通信に用いると,伝送路内で生じた歪みがあたかも始めの状態に戻っていくかのように補償されていきます.多波長を一括で伝送する現在の光ファイバ伝送システムにおいて,伝送路である光ファイバ中の非線形光学効果により生じる信号歪み(非線形歪み)は,元来非常に複雑な過程の中で生じるため,そのすべてを解いていくのは難易度の高いものです.時間反転波を用いるとパワフルな歪み補償がシンプルなかたちで実現できる点がこの技術の面白さであり,かつ実用上も有効であろうと考えたのが本研究を始めたきっかけでした.時間反転波の生成に用いている周期分極反転ニオブ酸リチウム(PPLN)導波路は,私が入社する以前からNTT研究所で培ってきたデバイス技術を基盤としており,時間反転波を生成するうえでの効率・信号品質・帯域といった面で大きなアドバンテージを持っていると考えています.今後,本研究をさらに進展させ,光通信技術の持つ潜在能力を最大限に引き出し,情報通信産業への貢献を通して世の中に役立つ技術に育てていきたいと思います.

フィルムを巻き戻すかのように信号歪みを解く

梅木 毅伺NTT先端集積デバイス研究所光電子融合研究部 光電子サブシステム研究グループ(兼)NTT未来ねっと研究所 イノベイティブフォトニックネットワークセンタ

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