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平成 26 年度新潟薬科大学薬学部卒業研究Ⅱ 心不全における脂肪酸代謝遺伝子の変化 Relationship of lipid metabolism in heart failure 臨床薬理学研究室 6 09P027 木曽 俊斉 (指導教員:渡辺 賢一)

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平成 26 年度新潟薬科大学薬学部卒業研究Ⅱ

心不全における脂肪酸代謝遺伝子の変化

Relationship of lipid metabolism in heart failure

臨床薬理学研究室 6 年

09P027 木曽 俊斉

(指導教員:渡辺 賢一)

要 旨

本研究では、自己免疫性心不全ラットを用いて、心不全における脂肪酸代謝遺伝子

の変化の検討を行った。8週齢の Lewis ラットの両下足にブタの心臓ミオシンを皮下

注し、自己免疫性心筋炎を発症させ、慢性心不全に進行させた。アザン染色による心

筋の線維化比率を測定し、lipid metabolismのマーカーであるリン酸化アデノシン 1

リン酸活性化プロテインキナーゼ α1(phospho 5'-adenosine monophosphate

activated protein kinase alpha1:p-AMPKα1)、アデノシン 1リン酸活性化プロテイ

ン キ ナ ー ゼ α1(5'-adenosine monophosphate activated protein kinase

alpha1:AMPKα1)、リン酸化アデノシン 1 リン酸活性化プロテインキナーゼβ

1(p-AMPKβ1)、アデノシン 1 リン酸活性化プロテインキナーゼγ1(AMPKγ1)、カ

ル ニ チ ン パ ル ミ ト イ ル ト ラ ン ス フ ェ ラ ー ゼ -1(carnitine palmitoyl

transferase-1:CPT-1)、HMG-CoA レダクターゼ(3-hydoroxy-3-methylglutaryl-CoA

reductase:HMGCR)、脂質合成転写因子 1(sterol regulatory element binding

protein1:SREBP1) 、 脂 質 転 写 因 子 2(sterol regulatory element binding

protein2:SREBP2)、アディポネクチン R1(AdipoR1) 、glucose transporter4(GLUT4)、

insulin induced gene1 (INSIG-1)、peroxisome proliferative activated receptor

alpha(PPARα)のタンパクの発現量の検討を行った。

結果として HE染色では心筋細胞の肥大化が無治療群で有意に増加した。タンパク

発現量では p-AMPKα1、AMPKα1、CPT-1、HMGCR、AdipoR1、GLUT4は健常群

と比べと無治療群で有意に増加した。p-AMPKβ1、INSIG-1、PPARαは有意差が見

られないが、増加傾向であった。AMPKγ1、SREBP2は健常群と比較すると無治療

群で有意に減少した。SREBP1は有意差が見られないが、減少傾向であった。

これらによって、正常な心臓よりも心不全の病態では多くのエネルギーを必要とす

るために分解系の経路が活発になったと考えられた。

キーワード

1.自己免疫性心筋炎

2.心不全

3. Lipid metabolism

4.p-AMPキナーゼ α1(phospho 5'-adenosine monophosphate activated protein

kinase alpha1:p-AMPKα1)

5.AMPキナーゼ α1(5'-adenosine monophosphate activated protein kinase

alpha1:AMPKα1)

6.リン酸化 AMPキナーゼβ1(phospho 5'-adenosine monophosphate activated

protein kinase beta1:p-AMPKβ1)

7.AMPキナーゼγ1(5'-adenosine monophosphate activated protein kinase

gamma1:AMPKγ1)

8.カルニチンパルミトイルトランスフェラーゼ-1(carnitine palmitoyl

transferase-1:CPT-1)

9. HMG-CoAレダクターゼ(3-hydoroxy-3-methylglutaryl-CoA reductase:HMGCR)

10.脂質合成転写因子 1(sterol regulatory element binding protein1:SREBP1)

11.脂質転写因子 2(sterol regulatory element binding protein2:SREBP2)

12.アディポネクチン R1(Adiponectin Receptor1:AdipoR1)

13.glucose transporter4(GLUT4)

14. insulin induced gene 1 (INSIG-1)

15.peroxisome proliferative activated receptor alpha(PPARα)

目 次

1.はじめに ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1

2.方法 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1

3.結果 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2

4.考察 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 5

謝 辞 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 7

引用文献 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 8

1

論 文

1.はじめに

心不全とは、心筋障害により心臓のポンプ機能が低下し、末梢主要臓器の酸素代

謝要求に見合うだけの血液量を絶対的にまた相対的に拍出できない状態であり、肺、

体静脈系または両系にうっ血を来たす病態である。心不全はすべての心疾患の終末

的な病態でその生命予後は極めて悪く、血行動態的諸指標やうっ血の有無より診断、

評価されていた。メタボリック症候群は、虚血性心疾患の危険因子であり心不全の

リスクでもある。メタボリック症候群関連アディポサイトカインの 1つであるアデ

ィポネクチンの濃度は心不全で増加し、予後と関連すると報告されている。アディ

ポネクチンには、抗動脈硬化作用、インスリン抵抗性改善作用があり、心不全のな

い患者においてはアディポネクチン低値が心筋梗塞発症のリスクとされる。心筋梗

塞や心不全を発症するとアディポネクチン濃度は上昇し、予後不良の指標となる1)。

本研究では、自己免疫性心不全ラットを用いて、心不全における脂肪酸代謝遺伝

子の変化の検討を行った。

2.方法

2.1使用動物

8週齢の Lewisラット(N群)、8週齢の Lewisラットの両下足にブタの心臓ミオ

シンを皮下注し、自己免疫性心筋炎を発症させ、慢性心不全に進行させた(V 群)。

ブタのミオシンは所定の方法に従い、心室筋から抽出したものを使用した。

2.2心臓のタンパク発現量測定

心尖部をポリトロン処理し、BCA法で総タンパク濃度を定量した。phospho

5'-adenosine monophosphate activated protein kinase alpha1(p-AMPKα1)、

5'-adenosine monophosphate activated protein kinase alpha1(AMPKα1)、

phospho 5'-adenosine monophosphate activated protein kinase beta1(p-AMPK

β1)、phospho 5'-adenosine monophosphate activated protein kinase

gamma1(AMPKγ1)、carnitine palmitoyl transferase1 (CPT-1)、

3-hydoroxy-3-methylglutaryl-CoA reductase(HMGCR)、sterol regulatory

element binding protein1(SREBP1)、sterol regulatory element binding

protein2(SREBP2)、Adiponectin Receptor1(AdipoR1)、glucose

transporter4(GLUT4)、insulin inducting1(INSIG-1)、peroxisome proliferative

2

activated receptor alpha(PPARα)のタンパクの発現レベルを同定するため、タン

パク抽出物を SDS-PAGEで電気泳動し、ニトロセルロース膜上に転写した。ニト

ロセルロースは 5%スキムミルクでブロッキングし、1次抗体(1:1000)でインキュ

ベーションを 4℃で一晩行った。翌日に二次抗体を加え、ウエスタンブロットによ

りタンパク発現量を測定した。検出には、ECLplus(Amersham社)による化学発光

を X線フィルムに感光させた。内部標準である GAPDHも同様に定量した。感光

させたバンドは Soicon Image による処理を行い数量化して評価を行った。

p-AMPKα1は AMPKα1と比較し、AMPKα1、p-AMPKβ1、AMPKγ1、CPT-1、

HMGCR、SREBP1、SREBP2、AdipoR1、GLUT4、INSIG-1、PPARα のタンパ

ク発現量は GAPDHと比較した。

2.3 HE染色

心臓の一部を 10%ホルマリン溶液で固定し、パラフィン包埋後、ヘマトキシリ

ン・エオジン染色を行った。光学顕微鏡にて心筋胞短軸径を測定し、割合を μmで

表示した。

2.4統計処理

統計学的検討には unpaired t-test 法を用い、p値が 0.05未満を有意とした。

3.結果

3.1染色

HE染色による心筋細胞の肥大化の比率の評価を行った。N群と V群を比較する

と、V群が有意に増加した。

3

N群 V群

図 1.A 心筋の HE染色 上段×200 下段×400

図 1.B 心筋細胞の肥大化の比率 (#P<0.05 vs N)

3.2心臓のタンパク発現量

p-AMPKα1、AMPKα1、CPT-1、HMGCR、AdipoR1、GLUT4 は N 群と比較

すると V 群で有意に増加した。p-AMPKβ1、INSIG-1、PPARα は N 群、V 群を

比較すると、V群でのタンパク発現量が増加した。

AMPKγ1は N群と比較すると V群で有意に減少した。SREBP2は有意差が見

られないが、減少傾向であった。

p-AMPKα1

N V0.0

0.5

1.0

1.5

De

ns

ito

me

tric

ra

tio

(AM

PK

a1

/GA

PD

H)

*

N V0.0

0.5

1.0

1.5 *

De

ns

ito

me

tric

ra

tio

(pA

MP

Ka

1/A

MP

Ka

1)

AMPKα1

AMPKα1

GAPDH

N V0

10

20

30

#

Ca

rdio

my

ocy

te

dia

me

ter

(m

)

4

N V0.0

0.5

1.0

1.5

De

ns

ito

me

tric

ra

tio

(AM

PK

g1

/GA

PD

H)

*

N V0.0

0.2

0.4

0.6

0.8D

en

sit

om

etr

ic r

ati

o

(AM

PK

b1

/GA

PD

H)

p-AMPKβ1

GAPDH

AMPKγ1

GAPDH

N V0.0

0.5

1.0

1.5

De

ns

ito

me

tric

ra

tio

(CP

T-1

/GA

PD

H)

*

N V0.0

0.5

1.0

1.5

2.0

De

ns

ito

me

tric

ra

tio

(HM

GC

R/G

AP

DH

)

*

CPT-1

GAPDH

HMGCR

GAPDH

N V0.0

0.1

0.2

0.3

0.4

De

ns

ito

me

tric

ra

tio

(SR

EB

P1

/GA

PD

H)

N V0.0

0.1

0.2

0.3

0.4

0.5

*

De

ns

ito

me

tric

ra

tio

(SR

EB

P2

/GA

PD

H)

SREBP1

GAPDH

SREBP2

GAPDH

N V0

1

2

3

4

De

ns

ito

me

tric

ra

tio

(Ad

ipo

R1

/GA

PD

H) *

AdipoR

GAPD

N V0.0

0.5

1.0

1.5

2.0

De

ns

ito

me

tric

ra

tio

(GL

UT

4/G

AP

DH

)

*

GLUT4

GAPDH

5

図 2 心筋のタンパク発現量

4.考察

AdipoR1は AMPK や PPARαを活性化させ、ブドウ糖の取り込みや、中性脂肪

の燃焼を促進し、動脈硬化などを予防する。AdipoR1は、AMPキナーゼ活性化作

用とより強く関連している可能性が示唆されている 2)。

AMPK は、細胞のエネルギー恒常性の最上位の調節因子として重要な役割を担

っている。このキナーゼは、低グルコースや低酸素状態、虚血、あるいは熱ショッ

クなど、細胞への ATP供給を枯渇させるようなストレスに応答して活性化され、

触媒作用を持つ αサブユニットと、調節作用を持つβ、γサブユニットから構成さ

れるヘテロ三量体として存在する。AMPがγサブユニットに結合すると、アロス

テリック効果によってこの複合体が活性化される。低 ATPレベルに応答する細胞

のエネルギーセンサーとして、AMPK の活性化は、細胞の ATP供給を補充させる

シグナル経路を正に調節する 3)。AMPKの活性化は GLUT4の転写及び翻訳をと

もに亢進し 4,5,6)、インスリン刺激によるグルコースの取り込みを上昇させ、

INSIG-1はインスリンにより発現が劇的に上昇し、SREBP により亢進される 7)。

加えて、アセチル CoAカルボキシラーゼ(acetyl-CoA carboxylase:ACC)の阻害に

よる CPT-1の活性化 8)、HMG-CRの阻害を通じて 9)、脂肪酸酸化や解糖系のよう

な分解系を刺激する。AMPKは、SREBP-1 SREBP-2などの ATP消費の中心にあ

る数々のタンパク質を負に調節するが、その結果、糖新生、及びグリコーゲン、脂

質及びタンパク質の生合成を低下させ、阻害する。AMPK は、HMG-CRの活性を

阻害するが、本稿では、図 2よりHMG-CRが V群で有意に増加している。これは

コレステロール合成経路が Rat sarcoma(Ras)による心肥大や RAS-related C3

botulinus toxin (Rac)による酸化ストレスの活性に関与している 10)ためであると

考えられる。

アディポネクチンは心不全が予後不良の場合の指標であり、インスリン感受性の

亢進、動脈硬化抑制、抗炎症、心筋肥大抑制などが報告されている。その下位にあ

INSIG-1

GAPDH

N V0.0

0.5

1.0

1.5

2.0

2.5

De

ns

ito

me

tric

ra

tio

(IN

SIG

1/G

AP

DH

)

N V0.0

0.5

1.0

1.5

2.0

De

ns

ito

me

tric

ra

tio

(PP

AR

a/G

AP

DH

)

PPARα

GAPDH

6

る代謝の調節因子において有意差のあった項目は心不全の治療にとって鍵となる

標的である。正常な心臓よりも心不全の病態では多くのエネルギーを必要とするた

めに分解系の経路が活発になったと考えられる。

7

謝 辞

実験、論文作成についてご指導を賜りました新潟薬科大学臨床薬理研究室の渡辺

賢一教授、張馬梅蕾助手、Mr.SomasundaramAにお礼を申し上げます。

8

引 用 文 献

1. 慢性心不全治療ガイドライン(2010 年改訂版)

2. アディポネクチン/AdipoRの病態生理的意義 東京大学医学部 糖尿病・代謝内科

山内敏正 原一雄 窪田直人 植木浩二郎 戸辺一之 門脇孝 第 80回 日本内分

泌学会 学術総会 クリニカルアワー:メタボリックシンドローム 平成 19年 6月 14日

http://endo80.umin.jp/CH/C-6.pdf

3. AMPキナーゼ シグナル伝達 (AMPK Signaling)

http://www.cstj.co.jp/reference/pathway/AMPK.php

4. インスリン受容体シグナル伝達(Insulin Receptor Signaling)

http://www.cstj.co.jp/reference/pathway/Insulin_Receptor.php

5. 脂肪細胞とインスリン抵抗性 鎌田勝雄(星薬科大学オープン・リサーチ)

polaris.hoshi.ac.jp/openresearch/kamata%20(adipocyte)—2.html

6. 脂肪細胞におけるインスリン反応性輸送担体(GLUT4)の細胞膜への移送

(translocation)と糖輸送活性に対する AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)活

性化の効果 山口真哉 杏林医学会雑誌 34巻 3号 139〜152 2003年 9月

https://www.jstage.jst.go.jp/article/kyourinmed/34/3/34_3_139/_pdf

7. 脂質代謝制御の中心的役割を演じる転写因子 SREBPの分子基盤 佐藤隆一郎

Nestle Nutrition Council, Japan June, 2008

www.nncj.nestle.co.jp//asset-library/documents/09-佐藤.pdf

8. 視床下部 AMPキナーゼによる摂食調節機構 箕越靖彦 日薬理誌(Folia

Pharmacol.jpn.)137.172〜176(2001)

https://www.jstage.jst.go.jp/article/fpj/137/4/137_4_172/_pdf

9. メタボリックシンドロームとは 佐藤隆一郎 腸内細菌学雑誌 24:203-209,2010

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jim/24/3/24_3_203/_pdf

10. 2.スタチンを用いた心不全治療の臨床試験 高野博之 小室一成 Annual

Review 循環器 2009 山口徹 編 P177〜184

http://www.chugaiigaku.jp/modules/shop/sample/sample_AR09_jun_3b2.pdf