には、そうした我が国ものづくり産業のdnaともいう...

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2 2我が国ものづくり産業が直面する課題と展望 125 (5)「マザー機能」を担う我が国ものづくり産業 我が国の強みである「問題を発見し、解決する力」= 「現場力」を基礎として、我が国ものづくり産業はこれ までに様々な技術やノウハウを蓄積してきた。上述した ように、これらは、海外現地法人への日本流の展開とい う形で企業競争力の向上にも寄与している。今後、国際 分業体制の構築が進展する中で、この「現場力」を「新 たな価値の創成」という場面に活かし、我が国のアイデ ンティティを築いていくことは非常に意義深いと考えら れる。 我が国ものづくり産業に期待されるのは、海外展開を 進める中で、世界の各地から最新の情報や課題などを吸 い上げ・再解釈し、「現場力」によってさらに磨き上げ、 再び世界へ発信するという好循環の創出である。国際分 業の中で、「マザー工場」に留まらない、いうならば「マ ザー機能」の役割を担うことが、製造だけでなくあらゆ る場面の課題解決を実現する、広義の意味での「現場力」 を活かす道といえるかもしれない(図222‒16)。 既に、グローバルカンパニーとして活躍する企業の中 には、そうした我が国ものづくり産業の DNAともいう べき特長を理解し、「マザー機能」として活用すること で競争優位の源泉としている企業もある。また、外資系 の企業においても、我が国が有する「マザー機能」を得 るため、我が国の生産拠点を極めて重要視している事例 も見受けられる。 1 膅刀䐢 籗禕箼籞窹䈎滲寢癮窊籞砅率邊痮嚔不蘡蛑蚇蕯藙蘡蔤䕃蘼明æ璒達な寨明璒 籗亦òɚブペ臘△癮明æ砅端棡璒 籗⑼弸茹珵癮朝闍砅邊邊嘆讙テ璒 籗籗籗籗籗籗籗 Q 膅ゼ巠籗儁巠砅æコ痮ミゃ瘃矞1本䐢 図222-16 マザー機能 資料: 経済産業省作成

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Page 1: には、そうした我が国ものづくり産業のDNAともいう べき特長を理解し、「マザー機能」として活用すること で競争優位の源泉としている企業もある。また、外資系

第2節

第2章 我が国ものづくり産業が直面する課題と展望

「現場力」という比較優位を基礎とし、「マザー機能」を担う我が国ものづくり産業

125

(5)「マザー機能」を担う我が国ものづくり産業我が国の強みである「問題を発見し、解決する力」=

「現場力」を基礎として、我が国ものづくり産業はこれまでに様々な技術やノウハウを蓄積してきた。上述したように、これらは、海外現地法人への日本流の展開という形で企業競争力の向上にも寄与している。今後、国際分業体制の構築が進展する中で、この「現場力」を「新たな価値の創成」という場面に活かし、我が国のアイデンティティを築いていくことは非常に意義深いと考えられる。我が国ものづくり産業に期待されるのは、海外展開を

進める中で、世界の各地から最新の情報や課題などを吸い上げ・再解釈し、「現場力」によってさらに磨き上げ、

再び世界へ発信するという好循環の創出である。国際分業の中で、「マザー工場」 に留まらない、いうならば「マザー機能」の役割を担うことが、製造だけでなくあらゆる場面の課題解決を実現する、広義の意味での「現場力」を活かす道といえるかもしれない(図222‒16)。既に、グローバルカンパニーとして活躍する企業の中

には、そうした我が国ものづくり産業のDNAともいうべき特長を理解し、「マザー機能」として活用することで競争優位の源泉としている企業もある。また、外資系の企業においても、我が国が有する「マザー機能」を得るため、我が国の生産拠点を極めて重要視している事例も見受けられる。

図222-16 マザー機能

資料: 経済産業省作成

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コラム

国内拠点は、日産DNAの発信地…………………………………………… 日産自動車(株)

日産自動車(株)では、生産拠点の配置がグローバルに拡大する中、国内の主要工場それぞれが自らの目標を明確にし、日々競争力の強化に努めている。

例えば、スカイラインやフーガなどの高級車に搭載されている「VQエンジン」を生産するいわき工場では、「高品質のエンジン生産において、世界の工場でトップになること」を至上命題とし、様々なカイゼン活動に取り組んでいる。そして、このようにして培った現場のノウハウや成果を、グローバルに水平展開することで、国内工場が日産グループの「マザー機能」の役割を果たすことが期待されている。

また、同社は、世界中で活躍する社員の行動規範として、「日産ウェイ」 を定め、グローバルで共有している。これは、同社が、かつての業績低迷期から復活を果たしてきた際の、様々な実践的教訓や経験値を、具体的な従業員の心構えや行動指針に落とし込んで作成されたものである。「日産ウェイ」のコアメッセージは、「The power comes from inside(すべては一人ひとりの意欲から始まる)」 であり、従業員一人一人がモチベーションを高め、自身の役割を明確に理解し、行動することが、会社の今後のさらなる成長と飛躍につながるという考えが込められている。

さらにこうした同社の考えを、次世代をけん引するリーダーに継承すべく、同社発祥の地である神奈川県に「日産ラーニングセンター マネジメントインスティテュート」を設置。ここでは、世界中の従業員を集め、同社で実践している先進的な経営手法やマネジメント教育を実施している。

このように、日本企業として培ってきたものづくりなどの強みと海外の知見を融合し、日本から世界中の拠点に同社の DNAを発信し続ける。 写真:�震災から全面復旧をした、日産自動車(株)いわき工場を社長

が激励する様子

コラム

日本流経営方式を活かしつつグローバル分業体制を確立…………… マブチモーター(株)

マブチモーター(株)は、高い世界シェアをもつ小型モーター専門メーカーであり、早くから海外生産を開始した。1980年代後半には国内の量産ラインをすべて海外へ移管し、以後は直接アジア各地へ工場を展開していった。国内本社は新製品の研究開発に加え、生産技術(設備、工程、工法、金型等)の研究開発も手がけ、海外工場が必要とする生産技術とノウハウを提供する、マザー機能としての役割を果たしている。

同社の基本的な戦略は、コストリーダーシップ戦略である。そのため、各顧客が求めるニーズを集約し、低価格を実現すべく最大公約数をもって、徹底した製品の標準化を実現。多様な用途があり、取引先の業種も多岐にわたる中、基本モデルを80種類程度に抑えている。その結果、世界中の工場の設備や生産工程の標準化を可能にし、さらに従業員教育の標準化も実現。競争力のある量産体制が生まれた。

同社は、量産において、人と機械のベスト・バランスを追求している。コストと効率を両立させる量産のためには、各工程の特性に合わせて、いかに人員と設備を最適に配置できるかがポイントとなる。

また、量産ラインが立ち上がった後も、本社は、海外工場の状況を常に把握し、うまく稼働していなければ、現地で張り付き、現地社員とすり合わせをしながら原因を追究し、現場で改善を図る。この結果は、本社にフィードバックされ、他の拠点にも水平展開されていく。

さらに、同社は、高効率の量産と共に、世界基準の高い品質も追求。世界の工場で5S、QC活動、カイゼ

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第2節

第2章 我が国ものづくり産業が直面する課題と展望

「現場力」という比較優位を基礎とし、「マザー機能」を担う我が国ものづくり産業

第2節

第2章 我が国ものづくり産業が直面する課題と展望

「現場力」という比較優位を基礎とし、「マザー機能」を担う我が国ものづくり産業

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コラム

グローバル展開における日本法人の役割……………………………………… ボッシュ(株)

ドイツを本拠に、自動車部品等の製造・販売をグローバルに展開するボッシュ・グループにとって、日本拠点は、市場規模以上の重要な意味を持つ。新興国市場がこれから伸びるとはいえ、日本には、世界の自動車生産の3分の1を生産するキープレーヤーが存在しているからだ。

グローバルに事業展開するボッシュ・グループにおいて、同社のミッションは国内自動車メーカーからの受注にあるが、例えば、取引先が商品をインドで展開するのであれば、生産はインドで行う。日本の自動車メーカーが世界戦略車を作る際、プラットフォームの作り込みは日本で行うことが多い。このタイミングで、取引先として関係を持つためには、技術的には日本でもインドでも対応できる、という点が、他社との差別化要因となるという。

さらに同社は、長期的な視点からみた日本法人の役割を、日本で培ったものづくりの QDC(品質、デリバリー、コスト)を他地域に発信することだと考えている。日本には、ものづくりのノウハウの蓄積があり、トヨタ生産方式に代表されるような優れた生産技術と現場を有している。これが、生産ロットが相対的に小さい日本の生産拠点において、生産性を高める強みとなっている。

ボッシュ・グループは現在、BPS(Bosch Production System)を全世界へ展開しようとしている。これは2002年にキックオフしたボッシュ独自の生産方式であり、先般、この生産方式についての推進会議と工場見学会が、高い生産性を実現する日本で開催された。同グループは、日本に拠点を置き、そこで先行的な開発をする自動車メーカーと取引をすることで、優れた生産方式を学び、全世界戦略である BPSのブラッシュアップに貢献している。また、同社は新人研修で、事務系職員にも旋盤を使わせるような技能講習を行っているが、これは日本独自の取組であり、日本法人の特徴・役割を反映したひとつの事例といえる。

ン活動など日本式のものづくり手法を中心に実践し、コスト競争力と、高品質の両立に成功している。

このように、同社は、海外生産100%体制を構築しながらも、本社が各生産拠点のマザー機能を担うことで、国内外拠点が共存共栄する最適な国際分業体制を構築している。

写真:中国における生産ラインの様子

写真:�日本における工場見学会の様子

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コラム

日本の生産技術をグローバルに水平展開……………………… キャタピラージャパン(株)

米国を本拠に、建設機械、鉱山機械、ディーゼルエンジン・発電機等を製造するキャタピラーグループは、生産拠点を多くの製品ユーザーが存在する場所に配置する戦略をとっている。例えば、小型ブルドーザやミニ油圧ショベルは、多くの顧客が主に北米及び欧州に拠点を構えているため、直近にも、工場新設を含む米国内の生産能力強化策を打ち出した。日本の生産拠点(相模事業所)は、これまで小型ブルドーザやミニ油圧ショベルをはじめとした最終製品の生産を担当していたが、米国での生産能力強化に伴い、油圧ポンプなどの高付加価値コンポーネント生産に特化させる。

精密な構造を有するコンポーネントは、高度なものづくりの技術や経験値を有し、高品質な製品を産み出すことが可能な日本の事業所で生産する必要がある。日本で生産したコンポーネントをグローバルに供給していくサプライチェーンは、将来的にも継続していく予定であり、キャタピラーグループでは相模事業所の役割を、コンポーネントのグローバルでの「マザー工場」として位置付けている。

また、もう一つの国内主要拠点であり、主に油圧ショベルの生産を行う明石事業所では、生産管理・物流システムとの有機的連携によりジャスト・イン・タイムを実現した生産ラインなど、業界最先端の設備を導入しており、高い生産性を実現している。さらに、各工程に品質管理機能をビルトインして厳密な測定・検査を重ねるなど、品質をより確かなものにする工夫に取り組んでいる。キャタピラーグループでは、明石事業所もまた、油圧ショベルのグローバルでの「マザー工場」として位置づけている。

米国のグループ本社は、こうした日本拠点の生産・品質における卓越性を高く評価しており、今後もグローバルでの重要な生産拠点として位置づける一方、日本で育まれたノウハウを活用し、アジアを中心として、海外における生産支援活動も展開している。優れた生産ノウハウをグループ全体に水平展開させ、グループ全体の品質と効率性を向上させることも、日本拠点の重要な使命のひとつと位置付けられている。

写真:クリーンルームで高付加価値コンポーネントの生産を行う相模事業所

写真:明石事業所の全長200メートルに及ぶ油圧ショベル生産ライン

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第2章 我が国ものづくり産業が直面する課題と展望

「現場力」という比較優位を基礎とし、「マザー機能」を担う我が国ものづくり産業

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コラム

顧客のニーズ吸収とそのソリューションを実現できる希少な場…………… トルンプ(株)

ドイツが本拠で、板金加工機械で世界最大手のトルンプ(株)は、日本を本国ドイツに次ぐ重要な拠点と考えている。 同社にとって日本は、協力会社の技術水準が高く、また、金型などの優れた顧客群を有するため、顧客のニーズ吸収とそのソリューションを実現できる希少な場。環境が同社の製品の魅力を高め、それにより、顧客の製造現場の改善に寄与する。この循環が同社のグローバル競争力を高める原動力となっている。 同社では、従来ドイツ本社工場と米国工場だけで生産していたファイバーレーザー発振機「トルディスク」の日本生産を開始。これは、中国・韓国といった成長市場を見据え、日本で製品力を高めるとともに、先端技術については技術流出マネジメントとの両立ができるため、世界に発信していく拠点として、日本が最適と考えたためである。 写真:日本に設置された生産ライン