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Exophiala(エクソフィアラ)属 Exophiala Carmichael 1955 Herpotrichiellaceae に関連するとされている不完全菌 である.培養形態の一部が酵母様となるために黒色酵 母あるいは黒色酵母様真菌と総称される菌群で,ヒ ト病原性黒色真菌のなかで Fonsecaea に次ぐ重要性菌 属である.1920 年代から皮膚深部組織から筋肉,関 節,骨に及ぶ硬結腫脹を来し,深部から皮膚表面にト ンネル状の穴が開通して黒色菌塊を排出する菌腫,ク ロモブラストミコーシス様の慢性皮膚病巣,角膜真菌 症の起因菌になることが知られていたが,近年は抵抗 の弱い患者の皮膚,肝,脳などの膿瘍あるいは肉芽 腫性病変,感染性肺嚢胞症,菌血症などから分離さ れ,日和見真菌として重要性が増している.タイプ種 は E. salmonis Carmichael 1955(鮭類の病原菌)で ある.ここではヒト病原性菌種では最も病原性が強い Exophiala dermatitidis(エクソフィアラ・デルマチ チヂス)と日和見真菌症の原因菌として増加傾向にあ る E. jeanselmei(エクソフィアラ・ジャンセルメイ) と関連菌種を中心として紹介する.いずれもバイオセ イフティレベル 2,生育の遅い目立たない菌群である が,身近な環境に生息するので要注意である. 菌学:E. dermatitidis(Kano)de Hoog 1977 は, 基本的には灰褐色,黒褐色,フエルト状集落となる が培地によっては溶けたチョコレート様あるいはオ リ ー ブ 褐 色 の 粘 液 様 に な る( 図 1).E. jeanselmei (Langeron)McGinnis & Padhye 1977 は,より菌糸 生育が目立つが,培養条件によっては湿性のカビ集落 や一部が酵母様になる.顕微鏡形態は菌糸の多寡はあ るが,いずれの菌種も菌糸の側壁の小突起や菌糸先端 あるいは側枝として生じた,壷形,瓶形,ロケット形 の細胞が先端突起部に環紋をつけながら少しずつ伸び て分生子を次々に形成する.分生子はヒト病原性菌種 は 1 細胞性である(図 2).走査型電子顕微鏡(SEM) で観察すると分生子形成細胞(アネライド)は先端で 最初の分生子を出芽すると,その部分が少し伸び上が り芽を膨らませて 2 番目の分生子を生む.分生子が離 れた後は環状の瘢痕あるいは小さなフリルが親細胞に ─ 63 ─ コラム「ヒト病原真菌」2 西村和子 千葉大学真菌医学研究センター * 〒260-8673 千葉市中央区亥鼻 1-8-1 Fungi pathogenic for humans 2 Kazuko Nishimura Medical Mycology Research Center, Chiba University* 1-8-1 Inohana, Chuo-ku, Chiba, Chiba 260-8673, Japan * 現在は千葉大学名誉教授(真菌医学研究センター) *Present status: Professor Emeritus, Medical Mycology Research Center, Chiba University 図 1. Exophiala dermatitidis SDA,25℃,5 日 間(A) お よ び PDA,25℃,9 日 間 (B)培養の集落.

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Page 1: 063-065 微25.1 西村 下Exophiala(エクソフィアラ)属 Exophiala Carmichael 1955は 子 嚢 菌 類 Herpotrichiellaceaeに関連するとされている不完全菌 である.培養形態の一部が酵母様となるために黒色酵

Exophiala(エクソフィアラ)属 Exophiala Carmichael 1955 は 子 嚢 菌 類 Herpotrichiellaceae に関連するとされている不完全菌である.培養形態の一部が酵母様となるために黒色酵母あるいは黒色酵母様真菌と総称される菌群で,ヒト病原性黒色真菌のなかで Fonsecaea に次ぐ重要性菌属である.1920 年代から皮膚深部組織から筋肉,関節,骨に及ぶ硬結腫脹を来し,深部から皮膚表面にトンネル状の穴が開通して黒色菌塊を排出する菌腫,クロモブラストミコーシス様の慢性皮膚病巣,角膜真菌症の起因菌になることが知られていたが,近年は抵抗の弱い患者の皮膚,肝,脳などの膿瘍あるいは肉芽腫性病変,感染性肺嚢胞症,菌血症などから分離され,日和見真菌として重要性が増している.タイプ種は E. salmonis Carmichael 1955(鮭類の病原菌)である.ここではヒト病原性菌種では最も病原性が強いExophiala dermatitidis(エクソフィアラ・デルマチチヂス)と日和見真菌症の原因菌として増加傾向にある E. jeanselmei(エクソフィアラ・ジャンセルメイ)と関連菌種を中心として紹介する.いずれもバイオセイフティレベル 2,生育の遅い目立たない菌群であるが,身近な環境に生息するので要注意である. 菌学:E. dermatitidis(Kano)de Hoog 1977 は,基本的には灰褐色,黒褐色,フエルト状集落となるが培地によっては溶けたチョコレート様あるいはオリーブ褐色の粘液様になる(図 1).E. jeanselmei

(Langeron)McGinnis & Padhye 1977 は,より菌糸生育が目立つが,培養条件によっては湿性のカビ集落や一部が酵母様になる.顕微鏡形態は菌糸の多寡はあるが,いずれの菌種も菌糸の側壁の小突起や菌糸先端あるいは側枝として生じた,壷形,瓶形,ロケット形の細胞が先端突起部に環紋をつけながら少しずつ伸びて分生子を次々に形成する.分生子はヒト病原性菌種は 1 細胞性である(図 2).走査型電子顕微鏡(SEM)で観察すると分生子形成細胞(アネライド)は先端で最初の分生子を出芽すると,その部分が少し伸び上がり芽を膨らませて 2 番目の分生子を生む.分生子が離れた後は環状の瘢痕あるいは小さなフリルが親細胞に

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コラム「ヒト病原真菌」2

西村和子

千葉大学真菌医学研究センター * 〒260-8673 千葉市中央区亥鼻 1-8-1

Fungi pathogenic for humans 2

Kazuko NishimuraMedical Mycology Research Center, Chiba University*1-8-1 Inohana, Chuo-ku, Chiba, Chiba 260-8673, Japan

* 現在は千葉大学名誉教授(真菌医学研究センター)*Present status: Professor Emeritus, Medical Mycology Research Center, Chiba University

図 1. Exophiala dermatitidisSDA,25℃,5 日間(A)および PDA,25℃,9 日間

(B)培養の集落.

Page 2: 063-065 微25.1 西村 下Exophiala(エクソフィアラ)属 Exophiala Carmichael 1955は 子 嚢 菌 類 Herpotrichiellaceaeに関連するとされている不完全菌 である.培養形態の一部が酵母様となるために黒色酵

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残され,これらは環紋,分生子はアネロ型分生子と呼ばれる.このように成長点は少しずつ伸び上がりながら次々に分生子を産生してゆき,分生子形成部には環紋が重なっていく(図 3).菌糸も親細胞となり,側壁から小突起を出しながら分生子を産生する(図 4).成長点は 1 カ所とは限らず複数のこともある.分生子自体も親細胞となって分生子を生み,酵母様生育を示す.種によって小突起の幅と長さが異なるが,際立って長い E. spinifera McGinnis 1977 を除き鑑別は難しい(図 6)(Nishimura & Miyaji, 1982, 1983).最高生 育温度は E. dermatitidis は 41-42℃,E. spinifera は38-39℃,E. jeanselmei と関連菌種は 35-38℃で同一種内でも 2℃前後違うので,種鑑別には役立たない. 分布:E. dermatitidis は生活環境,特に浴室,浴槽水に高頻度に分布し,加湿器水(Nishimura &

図 2 E. dermatitidis側枝先端の壷形のアネライドから分生子が生まれている

(A).B は酵母様増殖を示す.

図 3-5 E. dermatitidis.分生子形成の SEM 像図 3 アネロ型分生子形成.分生子自体も二次的に分生子を産生する.図4 アネライドと菌糸側壁から分生子を産生.アネライド先端の複数の成長点は,一見,シンポジオ型親細胞の小歯の配列に似る(拡大率は図 3 と同じ).図 5 アネライド先端の環紋はフリル状に重なる場合もある.

図 6 Exophiala spinifera.環紋が多数重なる長い突起が特徴的である.スケールバーの数字の単位は µm.

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Miyaji, 1982; Nishimura et al., 1987),各種飲料,豆腐槽など水環境のみならず,ハウスダスト,土壌,腐食植物,コウモリなどから,E. jeanselmei は各種土壌,河川水,汚水,活性土壌,腐植植物など自然界に広く分布する.生活環境,特に浴室排水溝に高頻度に分布し,台所水回り,各種飲料,豆腐,ゆで麺など冷蔵食品,ハウスダストなど,皮膚フロラとしても分離培養されている .   コ メ ン ト:E. dermatitidis は,Hormiscium dermatitidis として 1937 年に愛知医科大皮膚科の加納によって報告されて以来,分生子形成法に関する見解が定まらず多くのシノニムが生まれた.主なシノニムを列記すると,Fonsecaea 属と同様に 3 種の分生子形成法があるとして Fonsecaea dermatitidis Carrion 1950,環紋間が狭いために光学顕微鏡では成長点が固定されているように見え,またフリル様環紋は一体となってフィアライド(フィアロ型分生子の親細胞)の先端開口部に見られるカラーレット様に見えることがあり(図 5),親細胞はフィアライドであると見なされて Phialophora dermatitidis Emmons 1963, あるいはカラーレットの無いフィアライドが親細胞であるとして新属 Wangiella dermatitidis McGinnis 1977 が提案され有力になった.しかしながら,筆者らはタイプ種 E. salmonis にも分生子形成部に環紋を認め,本菌種を Exophiala 属に帰属させた de Hoog に賛成したが,現在でも一部の菌学者は Wangiella に固執している. E. jeanselmei は 1928 年に Langeron により Torula jeanselmei と し て 記 載 さ れ て 以 来,Pullularia, Phialophora に移されたことがあるが,1966 年に光顕で環紋が指摘され(Wang, 1966), 現在は本属菌種として落ち着いている.ヒト病原性菌種としては,他に E. castellanii,E. heteromorpha, E. lecani-cornii,E. moniliae,E. phaeomuriformis および E. spiniferaが知られていた.最近リボソーム RNA 遺伝子のITS,LSU D1/D2 領域のクラスター解析結果を主な根拠として Exophiala asiatica(Li et al., 2009),E.

oligosperma(de Hoog et al., 2003),E. xenobiotica(de Hoog et al., 2006)が新種として記載され,シノニムとして廃棄された種小名が復活し,E. bergeri(Haase et al., 1999)が独立した.

文 献De Hoog, G.S. , Vincente, V. , Caligiorne R.B. ,

Kantarcioglu, S., Tintelnot K., Gerrits van den Ende, A.H.G. & Haase, G. (2003). Species diversity and polymorphism in the Exophiala spinifera clade containing opportunistic black yeast-like fungi. J. Clin. Microbiol. 41: 4767-4778.

De Hoog, G.S., Zeng, J.S., Harrak, M.J. & Sutton, D.A. (2006). Exophiala xenobiotica sp. nov., an opportunistic black yeast inhabiting environments rich in hydrocarbons. Antonie van Leeuwenhoek 90: 257-268.

Haase, G., Sonntag L., Melzer-Krick B. & de Hoog G.S. (1999). Phylogenetic inference by SSU-gene analysis of members of the Herpotrichiellaceae with special reference to human pathogenic species. Stud. in Mycol. 43: 80-97.

Li, D.M., Li, R.Y., De Hoog, G.S., Wang, Y.X. & Wang, D.L. (2009). Exophiala asiatica, a new species from a fatal case in China. Med. Mycol. 47: 101-109.

Nishimura, K. & Miyaji, M.(1982). Studies on a saprophyte of Exophiala dermatitidis isolated from a humidifier. Mycopathologia 77: 173-181.

Nishimura, K. & Miyaji , M.(1983) . Studies on the phylogenesis of pathogenic ‘black yeasts’. Mycopathologia 81: 135-144.

Nishimura, K., Miyaji, M., Taguchi, H. & Tanaka, R. (1987) . Fungi in bathwater and sladge of bathroom drain pipes. 1. Frequent isolation of Exophiala species. Mycopathologia 97: 12-23.

Wang, C.J .K. (1966) . Annel lophores in Torula jeanselmei. Mycologia 58: 614-621.