11 mitochondrial diseases ミトコンドリア異常と病気との関係を … · 2016-12-01 ·...

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24 National Center of Neurology and Psychiatry (NCNP) 25 NCNP ANNUAL REPORT 2015-2016 リファレンス Hatakeyama H et al: Molecular pathomechanisms and cell-type-specific disease phenotypes of MELAS caused by mutant mitochondrial tRNA(Trp). Acta Neuropathol. Commun. 3, 52 (2015). Hatakeyama H, Goto Y: Heteroplasmic mitochondrial DNA mutations and mitochondrial diseases: Toward iPSC-based disease modeling, drug discovery, and regenerative therapeutics. Stem Cells 34(4), 801-808 (2016). 神経 研究所 ◦疾病研究第二部 ミトコンドリア病患者さんから作製された疾患 iPS 細胞を顕微鏡で観察している様子 ミトコンドリア病 iPS 細胞の作製に成功 私たちは細胞内のすべてのミトコンドリアDNAが正常なiPS細胞(正 常iPS細胞)と細胞内のすべてのミトコンドリアDNAに異常をもったiPS 細胞(疾患iPS細胞)を同じ患者さんの線維芽細胞から作製することに 成功しました。これらの正常iPS細胞と疾患iPS細胞を用いて、ミトコンド リア病で症状が現れやすい脳や心臓の細胞へと分化させたところ、疾患 iPS細胞からは成熟した神経細胞および心筋細胞が得られにくいことを 発見しました。これらの結果は、ミトコンドリアの機能低下が神経細胞や 心筋細胞の発生に悪影響を及ぼす可能性があることを意味しています。 疾患 iPS 細胞を用いた新薬の探索へ ミトコンドリアは体中のあらゆる細胞に存在し、細胞活動に必要なエネルギーを絶 えず作り出しています。そのため、ミトコンドリアの働きが損なわれると細胞の働きが 悪くなり、ミトコンドリア病に特徴的な症状が現れます。 私たちはミトコンドリアDNAに異常をもつ患者さんの線維芽細胞から疾患iPS細胞 を樹立し、ミトコンドリアの機能低下が神経細胞や心筋細胞などに悪影 響を及ぼすことを発見しました。これらの疾患iPS細胞を用いて、ミトコン ドリア病に対する新しい治療薬を探すための方法を開発しました。 神経細胞の発生を促進する化合物を発見 私たちは理化学研究所と共同研究を行い、疾患iPS細胞でみられ た神経細胞への分化の異常を改善する化合物を探す方法を開発しま した。先程の正常iPS細胞と疾患iPS細胞から神経細胞の源となる神 経幹細胞へと分化させた後に、様々な化合物を加えて神経細胞へと 分化させたところ、特定の化合物(化合物X)が疾患iPS細胞からの神 経細胞の発生を強力に促進することを発見しました(図1参照)。現在 は、この化合物が病気の原因であるミトコンドリアの機能低下を改善す るかどうかを調べています。 ミトコンドリア異常と病気との関係を探る 細胞の中で様々な役割を果たすミトコンドリア。 ミトコンドリア病の発症メカニズムを理解し、 疾患iPS細胞を用いて新しい治療法の開発を目指す。 培養中のiPS細胞や神経細胞などの様子を経時的に撮 影する装置 ミトコンドリアDNAとミトコンドリア病 1個の細胞には数百個のミトコンドリアが存在し、それぞれのミトコンドリアには ミトコンドリアDNAと呼ばれる遺伝情報が含まれています。細胞内の正常/異常ミ トコンドリアDNAの比率が一定値(閾値)を超えるとミトコンドリアの働きが損なわ れ、ミトコンドリア病が発症します。 疾患モデルiPS細胞 京都大学の山中伸弥博士によって生み出されたiPS細胞は、体内のあらゆる臓器細胞 へと分化できる能力を備えています。現在は、患者さんから作製された疾患モデル iPS細胞を用いて、さまざまな遺伝性疾患の発症メカニズムの解明や新しい治療薬の 開発のための研究が世界中で行われています。 用語解説 研究成果 メディカル・ ゲノムセンター (MGC) 人物左/畠山 英之 神経研究所疾病研究第二部研究員 人物右/後藤 雄一 メディカル・ゲノムセンター長、神経研究所疾病 研究第二部長(併任) 同じミトコンドリア病患者に由来する正常 iPS 細胞と疾患 iPS 細胞を用 いた薬剤スクリーニングの流れ 図1 正常神経細胞 疾患神経細胞 未処理 未処理 化合物X添加 患者線維芽細胞 神経細胞分化 化合物スクリーニング 正常iPS細胞 正常神経幹細胞 疾患iPS細胞 疾患神経幹細胞 担当組織の特色 メディカル・ゲノムセンターでは、300人以上のミトコンドリア病の患者さんから採取 した線維芽細胞や筋芽細胞を保有しています。神経研究所疾病研究第二部では、これ らの細胞を用いてミトコンドリア病の生化学診断を行い、疾患iPS細胞を樹立してミトコ ンドリア病が引き起こされるメカニズムを明らかにしようと試みています。 Cutting-Edge Research & Practice 研究と医療 最前線 11 Mitochondrial Diseases ミトコンドリア病 (実験医学 2016年3月号 538ページの図を改変)

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Page 1: 11 Mitochondrial Diseases ミトコンドリア異常と病気との関係を … · 2016-12-01 · リア病で症状が現れやすい脳や心臓の細胞へと ... えず作り出しています。そのため、ミトコンドリアの働き

24 National Center of Neurology and Psychiatry (NCNP) 25NCNP ANNUAL REPORT 2015-2016

リファレンス◦Hatakeyama H et al: Molecular pathomechanisms and cell-type-specific

disease phenotypes of MELAS caused by mutant mitochondrial tRNA(Trp).Acta Neuropathol. Commun. 3, 52 (2015).

◦Hatakeyama H, Goto Y: Heteroplasmic mitochondrial DNA mutationsand mitochondrial diseases: Toward iPSC-based disease modeling, drugdiscovery, and regenerative therapeutics. Stem Cells 34(4), 801-808(2016).

神経研究所

◦疾病研究第二部

ミトコンドリア病患者さんから作製された疾患 iPS 細胞を顕微鏡で観察している様子

■ミトコンドリア病 iPS 細胞の作製に成功

 私たちは細胞内のすべてのミトコンドリアDNAが正常なiPS細胞(正常iPS細胞)と細胞内のすべてのミトコンドリアDNAに異常をもったiPS細胞(疾患iPS細胞)を同じ患者さんの線維芽細胞から作製することに成功しました。これらの正常iPS細胞と疾患iPS細胞を用いて、ミトコンドリア病で症状が現れやすい脳や心臓の細胞へと分化させたところ、疾患iPS細胞からは成熟した神経細胞および心筋細胞が得られにくいことを発見しました。これらの結果は、ミトコンドリアの機能低下が神経細胞や心筋細胞の発生に悪影響を及ぼす可能性があることを意味しています。

■ 疾患iPS細胞を用いた新薬の探索へ

 ミトコンドリアは体中のあらゆる細胞に存在し、細胞活動に必要なエネルギーを絶えず作り出しています。そのため、ミトコンドリアの働きが損なわれると細胞の働きが悪くなり、ミトコンドリア病に特徴的な症状が現れます。 私たちはミトコンドリアDNAに異常をもつ患者さんの線維芽細胞から疾患iPS細胞を樹立し、ミトコンドリアの機能低下が神経細胞や心筋細胞などに悪影響を及ぼすことを発見しました。これらの疾患iPS細胞を用いて、ミトコンドリア病に対する新しい治療薬を探すための方法を開発しました。

■ 神経細胞の発生を促進する化合物を発見

 私たちは理化学研究所と共同研究を行い、疾患iPS細胞でみられた神経細胞への分化の異常を改善する化合物を探す方法を開発しました。先程の正常iPS細胞と疾患iPS細胞から神経細胞の源となる神経幹細胞へと分化させた後に、様々な化合物を加えて神経細胞へと分化させたところ、特定の化合物(化合物X)が疾患iPS細胞からの神経細胞の発生を強力に促進することを発見しました(図1参照)。現在は、この化合物が病気の原因であるミトコンドリアの機能低下を改善するかどうかを調べています。

ミトコンドリア異常と病気との関係を探る細胞の中で様 な々役割を果たすミトコンドリア。ミトコンドリア病の発症メカニズムを理解し、疾患iPS細胞を用いて新しい治療法の開発を目指す。

培養中のiPS細胞や神経細胞などの様子を経時的に撮影する装置

◦ミトコンドリアDNAとミトコンドリア病1個の細胞には数百個のミトコンドリアが存在し、それぞれのミトコンドリアにはミトコンドリアDNAと呼ばれる遺伝情報が含まれています。細胞内の正常/異常ミトコンドリアDNAの比率が一定値(閾値)を超えるとミトコンドリアの働きが損なわれ、ミトコンドリア病が発症します。

◦疾患モデルiPS細胞京都大学の山中伸弥博士によって生み出されたiPS細胞は、体内のあらゆる臓器細胞へと分化できる能力を備えています。現在は、患者さんから作製された疾患モデルiPS細胞を用いて、さまざまな遺伝性疾患の発症メカニズムの解明や新しい治療薬の開発のための研究が世界中で行われています。

用語解説

研究成果

メディカル・ゲノムセンター

(MGC)

人物左/畠山 英之 神経研究所疾病研究第二部研究員人物右/後藤 雄一 メディカル・ゲノムセンター長、神経研究所疾病研究第二部長(併任)

同じミトコンドリア病患者に由来する正常 iPS 細胞と疾患 iPS 細胞を用いた薬剤スクリーニングの流れ

● 図1

細胞核 神経細胞

正常神経細胞 疾患神経細胞

未処理 未処理 化合物X添加

患者線維芽細胞

神経細胞分化

化合物スクリーニング

正常iPS細胞

正常神経幹細胞

疾患iPS細胞

疾患神経幹細胞

担当組織の特色 メディカル・ゲノムセンターでは、300人以上のミトコンドリア病の患者さんから採取した線維芽細胞や筋芽細胞を保有しています。神経研究所疾病研究第二部では、これらの細胞を用いてミトコンドリア病の生化学診断を行い、疾患iPS細胞を樹立してミトコンドリア病が引き起こされるメカニズムを明らかにしようと試みています。

Cutting-Edge Research & Practice研究と医療 最前線11 Mitochondrial Diseases

ミトコンドリア病

(実験医学 2016年3月号 538ページの図を改変)