12-6 海上保安庁のgps/a観測システムとその成果...

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- 626 - 12 -6 海上保安庁の GPS/A 観測システムとその成果 GPS/acoustic seafloor geodetic observation system of the Japan Coast Guard and its results 海上保安庁 Japan Coast Guard 1.海上保安庁の海底地殻変動観測システムの概要 海上保安庁海洋情報部では,東京大学生産技術研究所の技術協力の下,GPS/ 音響測距結合方式 による海底地殻変動観測を実施している.海底基準点は,主に日本海溝及び南海トラフ沿い陸側に 設置しており(第1図),測量船による繰り返し観測を行っている1). 海上保安庁の海底地殻変動観測システムを第 2 図に示す.観測システムは,主に船上局と海底局 から構成される.船上局は,GPS アンテナ/受信機,音響トランスデューサ(送受波器),動揺計 測装置からなり,時々刻々と変化する船の位置を GPS で計測しながら,海底局に対して音響測距 観測を行い,音響トランスデューサ-海底局間の音響信号(音波)の往復時間を計測する.動揺計 測装置は,KGPS 観測で得られた船上 GPS アンテナの位置から音響信号を送受信した瞬間の音響 トランスデューサの位置を求めるのに必要な船の姿勢を計測する.海底局は,船上の音響トランス デューサから送信された音響信号を受信し,一定時間後に返信する機能を持つミラートランスポン ダで,1 箇所の海底基準点につき 3 台又は 4 台が設置されている.観測中は,音響測距観測で得ら れた音響信号の往復時間を距離に換算するのに必要な海中の音速プロファイルを取得するため,適 宜 CTD 観測,XCTD 観測,XBT 観測を行っている. 音響測距データの取得配置の例を第 3 図に示す.通常の観測では,5 ~ 8 ノットの速力で測量船 を走らせながら 10 ~ 12 秒間隔で音響測距観測を行い,この配置を 1 セット(約 1300 ショット) として 1 回の観測で 4 セット(約 5200 ショット)分の観測データを取得する. このようにして得られた音響信号の往復時間,音響信号を送受信した瞬間の音響トランスデュー サの位置,海中の音速度構造から,最小二乗法により各海底局の位置を求め,それらの平均位置を 海底基準点の位置として決定する. 2.主な成果 観測成果の一例として,金華山の東方沖約 70km に位置する「宮城沖 2」海底基準点(2004 年設 置,水深約 1200m)で得られた海底の動きについて紹介する. 2005 年から 2010 年までの観測から得られた「宮城沖 2」海底基準点の水平位置の時系列を第 4 図(中央)に示す.時系列は,当庁の本土基準点である和歌山県「下里」を基準として求めた位置 を下里のユーラシアプレートに対する動き(291°,3.2cm/年)2)で補正し,ユーラシアプレート に対する動きとして示している. この海域では, 2005 年 8 月 16 日に「宮城沖 2」海底基準点の西方約 10km のところで M7.2 のプレー ト境界地震が発生しており,この地震に伴って同基準点が東に約 10cm 移動したことが検出された (第 4 図(左))3).その後,2006 年末頃までは特に目立った動きは見られなかったが,2007 年頃 から歪みの蓄積開始を示唆するような西北西の動きが検出されている 4).2006 年 12 月から 2010 年11月までの時系列から直線近似により移動速度を求めると,ユーラシアプレートに対して5.4cm/

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12 -6 海上保安庁の GPS/A 観測システムとその成果GPS/acoustic seafloor geodetic observation system of the Japan Coast Guard and its results

海上保安庁Japan Coast Guard

1.海上保安庁の海底地殻変動観測システムの概要海上保安庁海洋情報部では,東京大学生産技術研究所の技術協力の下,GPS/ 音響測距結合方式

による海底地殻変動観測を実施している.海底基準点は,主に日本海溝及び南海トラフ沿い陸側に設置しており(第 1 図),測量船による繰り返し観測を行っている 1).

海上保安庁の海底地殻変動観測システムを第 2 図に示す.観測システムは,主に船上局と海底局から構成される.船上局は,GPS アンテナ/受信機,音響トランスデューサ(送受波器),動揺計測装置からなり,時々刻々と変化する船の位置を GPS で計測しながら,海底局に対して音響測距観測を行い,音響トランスデューサ-海底局間の音響信号(音波)の往復時間を計測する.動揺計測装置は,KGPS 観測で得られた船上 GPS アンテナの位置から音響信号を送受信した瞬間の音響トランスデューサの位置を求めるのに必要な船の姿勢を計測する.海底局は,船上の音響トランスデューサから送信された音響信号を受信し,一定時間後に返信する機能を持つミラートランスポンダで,1 箇所の海底基準点につき 3 台又は 4 台が設置されている.観測中は,音響測距観測で得られた音響信号の往復時間を距離に換算するのに必要な海中の音速プロファイルを取得するため,適宜 CTD 観測,XCTD 観測,XBT 観測を行っている.

音響測距データの取得配置の例を第 3 図に示す.通常の観測では,5 ~ 8 ノットの速力で測量船を走らせながら 10 ~ 12 秒間隔で音響測距観測を行い,この配置を 1 セット(約 1300 ショット)として 1 回の観測で 4 セット(約 5200 ショット)分の観測データを取得する.

このようにして得られた音響信号の往復時間,音響信号を送受信した瞬間の音響トランスデューサの位置,海中の音速度構造から,最小二乗法により各海底局の位置を求め,それらの平均位置を海底基準点の位置として決定する.

2.主な成果観測成果の一例として,金華山の東方沖約 70km に位置する「宮城沖 2」海底基準点(2004 年設

置,水深約 1200m)で得られた海底の動きについて紹介する.2005 年から 2010 年までの観測から得られた「宮城沖 2」海底基準点の水平位置の時系列を第 4

図(中央)に示す.時系列は,当庁の本土基準点である和歌山県「下里」を基準として求めた位置を下里のユーラシアプレートに対する動き(291°,3.2cm/ 年)2)で補正し,ユーラシアプレートに対する動きとして示している.

この海域では,2005 年 8 月 16 日に「宮城沖 2」海底基準点の西方約 10km のところで M7.2 のプレート境界地震が発生しており,この地震に伴って同基準点が東に約 10cm 移動したことが検出された

(第 4 図(左))3).その後,2006 年末頃までは特に目立った動きは見られなかったが,2007 年頃から歪みの蓄積開始を示唆するような西北西の動きが検出されている 4).2006 年 12 月から 2010年11月までの時系列から直線近似により移動速度を求めると,ユーラシアプレートに対して5.4cm/

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年が得られる(第 4 図(右)).他の海底基準点でも定常的な移動速度が検出されており,これまでに得られた速度ベクトルを第

5 図にまとめて示す.このように,海底地殻変動観測では,海洋プレートの沈み込みに伴う地殻変動や地震に伴う地殻

変動だけでなく,それらの移行過程,すなわち地震発生から歪みの蓄積開始に至る過程を捉えることも可能となった.

3.最近の取り組み(1)航走観測の開始(2008 年~)

従来は測量船の後部に約 8m の支柱を立てて観測していたため,漂流しながら音響測距観測を行わなければならなかったが,2008 年 3 月に中型測量船「明洋」に観測機器を常設し,航走しながら音響測距観測を行えるようになった.この結果,24 時間観測の実現や測線間の移動にかかる時間の削減により,観測効率が大幅に向上した.さらに,任意の場所で音響測距観測が行えるようになり,音響測距データの幾何学的配置が改善し,海底局の位置決定の安定性も向上した 5).現在は,各海底基準点に対して年 2 ~ 3 回観測を実施している.

(2)海底局の更新(2009 年~)海底局は電池で作動しているため,継続的に観測するためには海底局の電池が切れる前に新し

い海底局を投入し,新旧海底局の位置関係を結び付ける必要がある.海上保安庁では,2009 年から年 2 箇所ずつ海底局の更新作業を実施しており,2009 年には「熊野灘」,「釜石沖」海底基準点,2010 年には「宮城沖 1」,「福島沖」海底基準点において海底局を更新した.更新にあたっては,新旧海底局に対する同時観測を 3 回実施して新旧海底局の相対位置関係を決定することとしており,相対位置関係の決定精度は 1cm 程度である 6).

(3)大型測量船「拓洋」への観測機器の設置(2010 年 12 月)2010 年 12 月,大型測量船「拓洋」に観測機器を設置し,海底地殻変動観測を実施できる測量船

が 2 隻となった.今後,他の調査・観測にあわせて 1 ~ 2 箇所の海底地殻変動観測を実施することにより,観測の機会を増やすことができると期待される.12 月及び 2 月にテスト観測を実施し,2011 年度中には本格運用を開始する予定である.

4.まとめGPS/ 音響測距結合方式による海底地殻変動観測は,これまでに海洋プレートの沈み込みに伴

う地殻変動や Co-seismic な変動を検出することに成功しており,現在の位置決定精度は 2 ~ 3cm(RMS),移動速度の推定精度は 1cm/ 年以下(5 年程度の長期観測)である.観測密度・精度ともに,陸上の地殻変動観測には及ばないものの,着実に進展している観測技術である.

現在,大学を含め,観測の効率化や観測精度の向上のための取り組みが行われており,今後益々の海底地殻変動観測技術の発展が期待される.

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謝辞「宮城沖 2」海底基準点は,文部科学省のプロジェクト「宮城県沖地震に関するパイロット的な

重点的調査観測」(平成 14 ~ 16 年度)の一環として設置されました.また,海上保安庁の解析の一部には,国土地理院の電子基準点データを使用しています.記して感謝いたします.

参 考 文 献1) Fujita, M., T. Ishikawa, M. Mochizuki, M. Sato, S. Toyama, M. Katayama, Y. Matsumoto, T.

Yabuki, A. Asada and O. L. Colombo (2006): GPS/Acoustic seafloor geodetic observation: method of data analysis and its application, Earth Planets Space, 58, 265-275.

2) Sengoku, A. (1998): A plate motion study using Ajisai SLR data, Earth Planets Space, 50, 611-627.

3) Matsumoto, Y., M. Fujita, T. Ishikawa, M. Mochizuki, T. Yabuki, and A. Asada (2006): Undersea co-seismic crustal movements associated with the 2005 Off Miyagi Prefecture Earthquake detected by GPS/acoustic seafloor geodetic observation, Earth Planets Space, 58, 1573-1576.

4) Sato, M., H. Saito, T. Ishikawa, Y. Matsumoto, M. Fujita, M. Mochizuki, and A. Asada (2011): Restoration of interplate locking after the 2005 Off-Miyagi Prefecture earthquake, detected by GPS/acoustic seafloor geodetic observation, Geophys. Res. Lett., 38, L01312, doi:10.1029/2010GL045689.

5) 佐藤まりこ,浅倉宜矢,齋藤宏彰(2009):船底トランスデューサによる航走海底地殻変動観測の評価(速報),海洋情報部技報,27,56-65.

6)) 石川直史(2011):海底地殻変動観測における海底音響基準局の更新,海洋情報部研究報告,47,44-50.

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0 500

kmフィリピン海プレート

4~5cm/yr

太平洋プレート約9cm/yr

下里

第1図 海底基準点の配置

Fig. 1 Locations of seafloor reference points

GPSアンテナ

動揺計測装置

海底局(ミラートランスポンダ)

(((((((((((((((((((((((( (

(((((((((((((((((((((((

XBT

XCTD

CTD音波

音響トランスデューサ(送受波器)

キネマティックGPS測位

音響測距

第2図 海底地殻変動観測システム

Fig. 2 Seafloor geodetic observation system

第 1 図 海底基準点の配置Fig. 1 Locations of seafloor reference points

第 2 図 海底地殻変動観測システムFig. 2 Seafloor geodetic observation system

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海底局

第3図 観測データの配置例

Fig. 3 Configuration of acoustic ranging data

1セット(約1300ショット)×4回

-0.30

-0.20

-0.10

0.00

0.10

0.20

0.30

2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011

-0.30

-0.20

-0.10

0.00

0.10

0.20

0.30

2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011

140°E 141°E 142°E 143°E 144°E 145°E36°N

37°N

38°N

39°N

0 50 100

km

5.4cm/年

2005/8/16(M7.2)

太平洋太平洋プレートプレート

NUVEL-1A model9.2cm/年

宮城沖宮城沖22

140°E 141°E 142°E 143°E 144°E 145°E36°N

37°N

38°N

39°N

0 50 100

km

5.4cm/年

2005/8/16(M7.2)

太平洋太平洋プレートプレート

NUVEL-1A model9.2cm/年

宮城沖宮城沖22

A. 2005年宮城県沖の地震(M7.2)に

伴う地殻変動

観測値(約10cm)国土地理院断層モデル

観測値 計算値

宮城沖1宮城沖22005/8/16

(M7.2)

観測値(約10cm)国土地理院断層モデル

観測値 計算値

宮城沖1宮城沖22005/8/16

(M7.2) (m)

W

N

S

南北方向

東西方向

宮城県沖の地震(M7.2)

E (m)宮城沖2

B

B

-5cm/year

1cm/year

A

A

B. 太平洋プレートの沈み込みに

伴う地殻変動

2005年8月16日の宮城県沖の地震(M7.2)により、東に約10cm移動

【ひずみの開放】 2007年頃から、西北西向きに移動開始【ひずみの蓄積】

第4図 「宮城沖2」海底基準点の動き(2005~2010年)

中央:位置座標時系列(EU固定)左:2005年の宮城県沖の地震(M7.2)に伴う地殻変動右:太平洋プレートの沈み込みに伴う地殻変動(EU固定)

Fig. 4 Seafloor movement at MYGW during the period from 2005 to 2010Center: time series of the estimated position of MYGI (EU-fixed)Left: co-seismic displacement associated by the 2005 Off-Miyagi Pref. earthquake (M7.2)Right: crustal deformation caused by the subduction of the Pacific plate (EU-fixed)

第 3 図 観測データの配置例Fig. 3 Configuration of acoustic ranging data

第 4 図 「宮城沖 2」海底基準点の動き(2005 ~ 2010 年)    中央:位置座標時系列(EU 固定)    左:2005 年の宮城県沖の地震(M7.2)に伴う地殻変動    右:太平洋プレートの沈み込みに伴う地殻変動(EU 固定)Fig. 4 Seafloor movement at MYGW during the period from 2005 to 2010    Center: time series of the estimated position of MYGI (EU-fixed)    Left: co-seismic displacement associated by the 2005 Off-Miyagi Pref. earthquake (M7.2)    Right: crustal deformation caused by the subduction of the Pacific plate (EU-fixed)

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観測点 観測期間

宮城沖1 2006.12-2010.11

宮城沖2 2006.12-2010.11

福島沖 2002.7-2010.11

相模湾 2003/1-2010.8

東海沖1 2006.8-2010.8

東海沖2 2007.8-2010.8

熊野灘 2007.8-2010.8

潮岬沖1 2006.6-2010.8

潮岬沖2 2006.9-2010.8

室戸岬沖 2006.9-2010.8

西

132°E 134°E 136°E 138°E 140°E 142°E 144°E 146°E30°N

32°N

34°N

36°N

38°N

40°N

5cm/年

太平洋太平洋プレートプレート

フィリピン海フィリピン海プレートプレート

第5図 ユーラシアプレート安定域に対する動き(左)と観測期間(右)

(黒の矢印は,国土地理院の電子基準点の動きを示す)

Fig. 5 Crustal velocity vectors relative to the stable part of the Eurasian plate (left) andobservation period at each reference point (right)(Black arrows show crustal velocity vectors at GEONET on-land GPS stations)

第 5 図 ユーラシアプレート安定域に対する動き(左)と観測期間(右)(黒の矢印は,国土地理院の電子基準点の動きを示す)

Fig. 5 Crustal velocity vectors relative to the stable part of the Eurasian plate (left) andobservation period at each reference point (right) (Black arrows show crustal velocity vectors at GEONET on-land GPS stations)