平成18年度修士学位論文 ボーズ凝縮体における散...
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平成18年度 修士学位論文
ボーズ凝縮体における散乱理論
東京大学大学院 理学系研究科 物理学専攻
学籍番号 56104
藤田 朗丈
指導教員 加藤 雄介 助教授
平成 18年 1月
目 次
1 序論 1
1.1 Bose-Einstein Condensation . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 1
1.1.1 BECの発見 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 1
1.1.2 BECと超流動 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 3
1.2 原子のレーザー冷却 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 4
1.3 BECの物性 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 6
1.4 本研究の目的 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 7
1.5 本論文の構成 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 9
2 Bogoliubov理論 11
2.1 Gross-Pitaevskii方程式 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 11
2.2 Bogoliubov方程式 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 13
2.3 応用例1(一様な系の場合) . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 15
2.4 応用例2(δ関数型ポテンシャルの場合) . . . . . . . . . . . . . . 16
3 3次元散乱問題 21
3.1 Gross-Pitaevskii方程式 (3次元) . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 22
3.2 Bogoliubov方程式 (3次元) . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 27
3.3 漸近形 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 31
3.3.1 散乱成分 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 31
3.3.2 局在成分 (減衰項) . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 32
3.4 散乱断面積 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 34
3.4.1 数値計算結果 (V0 = 100µ) . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 35
3.4.2 数値計算結果 (V0 = 10µ) . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 38
3.4.3 数値計算結果 (V0 = µ) . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 41
3.4.4 数値計算結果 (V0 = 100µ)~低エネルギー領域~ . . . . . . . 44
3.5 結果の考察 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 45
4 Anomalous scatteringの起源 47
4.1 仮説:共鳴散乱 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 47
4.1.1 共鳴散乱 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 47
4.1.2 検証 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 51
4.2 s波散乱断面積のエネルギー依存性~低エネルギー領域~ . . . . . . 52
4.3 `(6= 0)波散乱断面積のエネルギー依存性~低エネルギー領域~ . . . 56
5 まとめと今後の課題 59
5.1 まとめ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 59
5.2 今後の課題 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 60
i
1 序論
1.1 Bose-Einstein Condensation
1.1.1 BECの発見
Bose-Einstein Condensation(以下,BECと呼ぶ)は Einsteinが,1924年の 6月にインド人物理学者 Boseから受け取った論文 [1]をきっかけとして,翌年に理論的に予言した現象である [2].これは Bose統計に従う粒子の集団を冷却を続けると,ある温度 (転移温度)以下において全粒子数に匹敵する巨視的な数の粒子が突然最低エネルギー準位に落ち込むというものである.
体積 V に閉じ込められた質量mのN 個の3次元理想Bose気体を冷却していくと,当然粒子のエネルギーも減少していく.ところがBose系では低エネルギーの粒子数は単調に増加するのではなく,転移温度 Tcを超えた瞬間に急激に増加する.その転移温度 Tcと最低エネルギー状態を占める粒子数N0(T )は
Tc =h2
2πmk
(N
2.612V
) 23
(1.1)
N0(T ) = N
1−
(T
Tc
) 32
(1.2)
で与えられる.ここで h, kはそれぞれプランク定数,波数である.温度が Tc以下になるとN0が増加しはじめ,絶対零度まで冷却すると全粒子が最低エネルギー状態になるが,この Tc以下において起こる現象を BECと言い,エネルギー最低状態を占めている粒子の集団を凝縮体と言う.
一般的に凝縮というと,身近に連想するものとしては水蒸気 (気体)が水 (液体)
になる (液化)という現象がある.しかし同じ凝縮でもBECと液化では本質的に異なるものである.液化の場合,原子間に働く引力相互作用 (ファンデルワールス力等)が気体原子が持つ熱的ゆらぎ (温度に比例した熱エネルギーをもっている)に打ち勝つことによって凝縮が実現する.つまり,液化の本質は「引力」である.一方BECの場合,まず凝縮といっても液化のときのような座標空間での凝縮を意味するのではなく,一つのエネルギー状態 (最低エネルギー準位)への凝縮を意味する.さらにBECでは原子間の相互作用は必要なく,純粋に量子統計性だけによる「引力なしの凝縮」である.また,液化では個々の原子は同種粒子ではあるものの互いに区別することが可能であるが,BECでは全ての原子が同じ状態,すなわち一つの波動関数で表現されるために原子間の区別は不可能である.
1
BECを直感的に理解するために図 1.1を用いる.この図はある空間に閉じ込められた理想Bose気体を冷却していく様子を模式的に描いたものである.
図 1.1: BECの直感的描像 [3]
室温付近ではド・ブロイ波長が短いために個々の気体は「粒子」として互いに独立に動く (a).徐々に冷却していくとド・ブロイ波長が長くなり個々の原子は波動性を帯びてくる (b).やがてド・ブロイ波長と平均原子間距離が同程度になると,隣り合う原子の波動関数が重なり合うため,原子の持つ量子統計性が効き始めてくるが,個々のド・ブロイ波長はバラバラなので全体が強い相関を持つというところまでは至らない (c).さらに冷却を続けると最低エネルギー状態に巨視的な数の原子が凝縮し,ド・ブロイ波長が揃うために系全体がマクロな波動を作り,これが凝縮体の振る舞いを表現する (d).レーザーは波長,位相がコヒーレントに揃った光だが,BECによって出現する凝縮体の巨視的な波動はレーザーのように各原子の物質波がコヒーレントに重なり合った波である.
このようにBECの最大の特徴はマクロな数の原子が一つの波動関数で表現される,あるいは波動関数の広がりがマクロな大きさにまで大きくなるということである.これはそれまでミクロな世界に限定されると考えられていた量子効果が直接確認できる程度の大きさで実現するという意味で大変意義深いものであった.
2
1.1.2 BECと超流動
Einsteinが BECを予言したものの,現実に BECを実験で観測することは難しかったため,BECは現実にでは起こらない数学上の現象だと思われていた.ところが 1937年にKapitzaによって液体 4Heが λ転移温度以下では粘性がゼロになる超流動現象が観測され,翌 1938年には Londonがこの超流動現象こそEinsteinが予言したBose粒子 (4He)が引き起こすBECだと主張した [4].実際に液体 4HeをBose気体とみなしBose凝縮転移温度を理論的に計算すると,λ転移温度 2.17Kに近い 3.13Kと求まった.
なぜBECが起こると超流動が起こるのか.まず粘性は液体中で働く摩擦力によるものであるが,この摩擦力はエネルギー (速度)の異なる粒子が液体中で接する際に発生するものである.ところがBEC状態ではマクロな数の粒子が同一の (最低の)エネルギー準位を占めることになるので,液体中の粒子の運動が均一化され,摩擦がなくなる.これがBECによって超流動が起こる理由である.
BECが直接実験で確認されたのは 1980年代になってからであった.これは中性子を超流動液体 4Heに入射し,その散乱問題を調べることによって構造因子を求めるという方法である [5].この方法によって確かに 2.17K以下で凝縮する粒子数は急激に増加するものの,絶対零度での凝縮粒子数の値は全粒子数の 10%程度にとどまってしまっていた.理論的には 100%凝縮するはずだが,この原因は 4He
が液体であるということと,粒子間の相互作用があるからである.Einsteinの理論はあくまで「理想気体」に対するものであった.しかしながら,全粒子数の 10
%もの粒子がある温度において急激に凝縮するという現象はBECであると考えるのが妥当であるとされた.
3
1.2 原子のレーザー冷却
1980年頃からBose凝縮を実現できる原子気体の本格的な実験が始まった.基本的な冷却方法は「レーザー冷却」,「磁気トラップ」,「蒸発冷却」だが,これら単独ではBose凝縮を起こすレベルの温度まで冷却することが不可能なことがわかってきた.そこで 1990年代に入ると,MITのKetterleのグループ,JILAのCornel,Wiemanらのグループはこれら三つの手法をうまく組み合わせて冷却することを試みた.そして 1995年 6月に JILAのグループが 87Rb原子を用いて,同年 9月にはMITのグループが 23Na原子を用いて,それぞれアルカリ原子気体のBose凝縮体生成に成功した [6][7].なお,この業績によって Cornel,Ketterle,Wiemanの三人は 2001年にノーベル物理学賞を授与された.その後 7Liでも成功し [8],水素原子でも 1998年にBose凝縮が達成された [9].現在では様々なレーザー冷却法が開発されており,その代表的な冷却方法を以下に記す.
図 1.2: 主要なレーザー冷却法 [3]
ここで γ, k, M, Jg, Jeはそれぞれ自然幅(励起状態の寿命の逆数),励起状態の波数,原子の重心質量,基底状態の全角運動量,励起状態の全角運動量を表す.
冷却された原子の温度はTime-of-Flight法 (TOF法)と呼ばれる手法で測定する.トラップされたBEC気体を突然解放すると原子集団はそのとき持っていた速度分布から出発し,重力の影響で落下しながら膨張する.これをトラップの真下に配
4
置したレーザー光で観測するのだが,BECが起こっている場合とそうでない場合とで明確な違いが生じる.転移温度 Tc以上ではまだ速い速度分布を持つ原子が多く,原子集団は膨張するが,Tc以下では原子集団の膨張が著しく抑えられる.例えばレーザー周波数をRbの共鳴周波数に合わせて透過強光度を時間の関数として記録すると図 1.3のようになり,信号の幅が捕獲された原子の速度分布幅,すなわち温度に対応する.
図 1.3: TOF法による冷却 Rb原子の温度測定。ドットは実測値,実践がシミュレーション結果。[3]
上で述べた様々なレーザー冷却法の発展によって,BECの研究が著しい進歩を遂げている [10].
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1.3 BECの物性
1995年に JILAとMITのグループがBECの実現に成功して以来BECに関して様々な研究が行われるようになった.原子に対して正に離調した (原子に対して斥力を及ぼす)レーザーを磁場のゼロ点 (トラップの中心)にフォーカスして照射するすると,二重井戸型ポテンシャルが生じる.これらはMITの実験グループ [11]によって行われ,さらに彼らは二個のBose凝縮体を重ねて干渉縞を観測することにも成功した.彼らは二個の凝縮体を用意し,トラップを解除した後徐々に落下する凝縮体を重ねたところ,ヤングの二重スリットと同様の干渉縞が見られた.
図 1.4: 二個のBEC凝縮体における干渉縞 [11]
BECの超流動性に関わるものとして回転に対する応答があげられる.トラップ中の BECを回転させることにより,量子渦の格子が観測されている [12-14].また,巨視的量子トンネル効果についても様々な研究がなされ [15-17],近年ではこれまで別々に議論されていた「Fermi粒子系の BCS超流動」と「4Heに代表されるBose粒子系のBEC」を統一的に理解すべく,BCS-BECクロスオーバーの研究も盛んに行われている [18, 19].
6
1.4 本研究の目的
前節でも紹介したように,1995年以降BECの物性に関しては実験・理論の両方から様々な研究が行われている.そのうちの一つに素励起の研究がある.本研究ではKaganらが行った素励起のトンネル現象 [20]に注目した.Kaganらは一元系において下図のような外場ポテンシャル V = V0θ(a − |x|)を設定し,そのポテンシャルに対してBogoliubov励起(BECにおける凝縮体の励起)がどのような振る舞いを示すかを理論的に研究した.
図 1.5: 外場ポテンシャル
通常の粒子であれば,ポテンシャル障壁よりも粒子の持つエネルギーが低ければ低いほど透過率も小さくなるはずだが,Kaganらは低エネルギー領域では逆に透過率が高くなり,ゼロエネルギーでは完全透過すると主張し,この異常トンネル現象をAnomalous tunnelingと呼んだ.
図 1.6: 透過率 (κ0ξ = 8)[20]
7
さらにDanshitaは1次元Kronig-Penneyポテンシャル中の低エネルギー領域における励起スペクトルとAnomalous tunnelingとの関係,ならびにJosephson plasma
モードとAnomalous tunnelingとの関係を示した [21].
そこで本研究ではまず,Kagan,Danshitaらが報告した Anomalous tunneling
が,1次元のみで起こる特殊な現象ではなく,3次元においても起こる普遍的な物理現象(Anomalous scattering)がどうかを議論する.3次元散乱問題では透過率ではなく,3次元の散乱を特徴づける物理量である「位相のずれ」及び「散乱断面積」を数値計算する.その上で,なぜAnomalous scatteringが起こるのかを解明することを本研究の目的とする.
8
1.5 本論文の構成
本論文ではまず2章で希薄Bose気体の素励起を記述する基本的な理論としてBo-
goliubov理論を紹介する [10][22-25].凝縮体の振る舞いを記述するGross-Pitaevskii
方程式,Bogoliubov励起 (非凝縮成分)の振る舞いを記述する Bogoliubov方程式を導き,その後簡単な具体例を紹介する.3章では2章で導いた Gross-Pitaevskii方程式,Bogoliubov方程式を用いて3次元散乱問題を数値的に解いて,位相のずれ,散乱断面積のエネルギー依存性を求める.4章では3章で得た結果を元に,Anomalous scatteringの原因を追究し,Bogoli-
ubov方程式をエネルギーのベキで展開し,低エネルギーでの振舞いを解析的に調べる.最後に5章で本研究のまとめと今度の課題について述べる.
9
10
2 Bogoliubov理論この章では T ¿ Tcにおける希薄 Bose気体の基本的な振る舞いを記述する Bo-
goliubov理論について議論する.2.1でBose凝縮体の静的な性質を記述するGross-
Pitaevskii方程式を導き,続いて 2.2では非凝縮成分の動的な性質を記述する Bo-
goliubov方程式を導く.2.3ではBogoliubov理論の応用として最も簡単な,外場ポテンシャルのない一様な系について考察し [26],2.4ではBogoliubov励起のトンネル現象について紹介する.ここではDanshitaが示した一次元のδ関数型ポテンシャルがある場合について透過率を計算し,Kaganらが主張したように低エネルギーではポテンシャル障壁を感じることなく透過してしまう (Anomalous tunneling)という現象を紹介する.
2.1 Gross-Pitaevskii方程式
ここではBose凝縮転移温度 Tcより十分低温の希薄Bose気体を考える.今,ほとんど全ての Bose原子は凝縮状態にあるとし,Bose原子同士の有効相互作用 U
はδ関数型ポテンシャルで近似し,その結合定数 gは s波散乱長 asから決まるものとする.
U(r − r0) = gδ(r − r0) (2.1)
ここで gは
g =4πh2as
m(2.2)
である.グランドカノニカルアンサンブルにおけるハミルトニアンは,Boson場の演算子を用いて次のように表すことができる.
K =∫
d3rψ†(r)H0(r)ψ(r) +1
2
∫d3rψ†(r)ψ†(r)gψ(r)ψ(r) (2.3)
ただしここで,H0(r)は一体ハミルトニアン
H0(r) = − h2
2m∇2 + Vext(r)− µ (2.4)
である.
また,µは化学ポテンシャル,mは原子の質量,Vext(r)は外場ポテンシャルとした.Boson場の演算子,ψ†(r)と ψ(r) は以下のような交換関係を満たす.
[ψ(r), ψ†(r0)] = δ(r − r0) (2.5)
[ψ(r), ψ(r0)] = [ψ†(r), ψ†(r0)] = 0 (2.6)
11
ここで交換関係 (2.5),(2.6)を用いるとHeisenberg方程式は以下のように変形することができる.なおここで,ψ(r, t), ψ†(r, t)はそれぞれ ψ(r), ψ†(r)のHeisenberg
表示とする.
ih∂ψ(r, t)
∂t= [ψ(r, t), K] (2.7)
=∫
d3r′{ψ(r, t)ψ†(r0, t)H0(r0)ψ(r0, t)
−ψ†(r0, t)H0(r0)ψ(r0, t)ψ(r, t)}
+g
2
∫d3r′{ψ(r, t)ψ†(r0, t)ψ†(r0, t)ψ(r0, t)ψ(r0, t)
−ψ†(r0, t)ψ†(r0, t)ψ(r0, t)ψ(r0, t)ψ(r, t)} (2.8)
=∫
d3r′{δ(r − r0)H0(r0)ψ(r0, t)}
+g
2
∫d3r′{ψ(r, t)ψ†(r0, t)ψ†(r0, t)
−ψ†(r0, t)ψ(r, t)ψ†(r0, t)
+ψ†(r0, t)ψ(r, t)ψ†(r0, t)
−ψ†(r0, t)ψ†(r0, t)ψ(r, t)}ψ(r0, t)ψ(r0, t) (2.9)
= {H0(r) + gψ†(r, t)ψ(r, t)}ψ(r, t) (2.10)
BEC状態ではN −N0 ¿ N0になる.ここでN0は運動量ゼロすなわちBEC状態の粒子数であり,N は全粒子数である.このような条件下では場の演算子 ψ(r, t)
は c数である凝縮体波動関数Ψ(r)と非凝縮波動関数 φ(r, t)の和として書ける.
ψ(r, t) = Ψ(r) + φ(r, t) (2.11)
ここで,Ψ(r, t)は以下の規格化条件を満たす.∫
d3r|Ψ(r)|2 = N0 (2.12)
今,N −N0 ¿ N0なので φ(r, t)のとる値はΨ(r) に比べて十分小さいと考えて,それの寄与は無視する.このとき (2.10)は凝縮体の運動方程式として
0 = {H0(r) + g|Ψ(r)|2}Ψ(r) (2.13)
となる.この式はGross-Pitaevskii方程式とよばれ,凝縮体波動関数はこの方程式によって決定される.
12
2.2 Bogoliubov方程式
前節では ψ(r, t)をその平均値Ψ(r)で近似することによって凝縮体波動関数を求めたが,この節ではその平均値のゆらぎ (非凝縮波動関数)を求める.(2.11)を(2.10)に代入すると,第ゼロ近似ではGross-Pitaevskii方程式 (2.13)が成り立つが,φ(r, t),φ†(r, t)の1次の項まで残すと,
ih∂
∂t{Ψ(r) + φ(r, t)} = [H0(r) + g{Ψ∗(r) + φ†(r, t)}{Ψ(r) + φ(r, t)}]
×{Ψ(r) + φ(r, t)} (2.14)
ih∂φ(r, t)
∂t≈ {H0(r) + g|Ψ(r)|2}Ψ(r)
+2gφ(r, t)|Ψ(r)|2 + H0(r)φ(r, t) + g[Ψ(r)]2φ†(r, t)
(2.15)
= {H0(r) + 2g|Ψ(r)|2}φ(r, t) + g[Ψ(r)]2φ†(r, t) (2.16)
となる.(2.16)の解として φ(r, t),φ†(r, t)を次のように線形変換 (Bogoliubov変換)したものを考える.
φ(r, t) =∑
i
[ui(r)ai exp(−iεit
h)− v∗i (r)a†i exp(
iεit
h)] (2.17)
φ†(r, t) =∑
i
[u∗i (r)a†i exp(iεit
h)− vi(r)ai exp(−iεit
h)] (2.18)
ここで和は ε = 0(BEC状態)を含まないものとする.εiは i番目の励起エネルギー,a†i , aiは i番目の素励起の生成・消滅演算子であり,Bosonの交換関係に従う.
[ai, a†j] = δij (2.19)
[ai, aj] = [a†i , a†j] = 0 (2.20)
また,ui(r), vi(r)は以下の規格化・完全性の条件を満たす.∫
d3r[u∗i (r)uj(r)− v∗i (r)vj(r)] = δij (2.21)∫
d3r[ui(r)vj(r)− uj(r)vi(r)] = 0 (2.22)∑
i
[ui(r)u∗i (r0)− v∗i (r)vi(r
0)] = δ(r − r0) (2.23)
∑
i
[ui(r)v∗i (r0)− v∗i (r)ui(r
0)] =∑
i
[u∗i (r)vi(r0)− vi(r)u∗i (r
0)] = 0
(2.24)
(2.17),(2,18)を (2.16)に代入すると,
左辺 =∑
i
[ui(r)aiεie− iεit
h + v∗i (r)a†iεieiεit
h ] (2.25)
13
右辺 = {H0(r) + 2g|Ψ(r)|2}∑
i
[ui(r)aie− iεit
h − v∗i (r)a†ieiεit
h ]
+g[Ψ(r)]2∑
i
[u∗i (r)a†ieiεit
h − vi(r)aie− iεit
h ] (2.26)
ここで ai,a†i の係数を比較すると2つの方程式が導かれるので,それらをまとめて表示すると,
(H0(r) + 2g|Ψ(r)|2 −g[Ψ(r)]2
g[Ψ∗(r)]2 −H0(r)− 2g|Ψ(r)|2) (
ui(r)
vi(r)
)= εi
(ui(r)
vi(r)
)(2.27)
となる.この式はBogoliubov方程式と呼ばれ,この方程式を解くことにより,励起エネルギー εiと波動関数 ui(r), vi(r)が得られる.
14
2.3 応用例1(一様な系の場合)
外場ポテンシャルがなく (V0 = 0),凝縮体が一定の運動量 pで流れている場合を考える.規格化条件 (2.14)より
Ψ(r) =
√N0
Vexp
(ip · r
h
)≡ √
n0 exp(
ip · rh
)(2.28)
となるので,上式をGross-Pitaevskii方程式に代入すると化学ポテンシャルの値が決定する.ここで n0 = N0/V である.
µ = gn0 +p2
2m(2.29)
Bogoliubov方程式の固有関数は波数ベクトル kを量子数として
(uk(r)
vk(r)
)=
1
V
ukei
(ph
+k)·r
vkei
(ph−k
)·r
(2.30)
とおくことができるので,これをBogoliubov方程式 (2.27)に代入すると, − h2
2m∇2 − µ + 2gn0 −gn0 exp
(2ip·r
h
)
gn0 exp(−2ip·r
h
)h2
2m∇2 + µ− 2gn0
ukei
(ph
+k)·r
vkei
(ph−k
)·r
= εk
ukei
(ph
+k)·r
vkei
(ph−k
)·r
(2.31)
h2k2
2m+ hk·p
m+ gn0 −gn0
gn0 − h2k2
2m+ hk·p
m− gn0
(ukvk
)= εk
(ukvk
)
(2.32)
となる.この固有値方程式を解くと
εk =hk · p
m+
√ε0k(ε0
k + 2gn0) (2.33)
となるが,ここで ε0k = h2k2
2mは自由粒子のエネルギーである.これは p = 0におけ
るBogoliubov励起スペクトル εBk =
√ε0k(ε0
k + 2gn0)がGalilei変換によって hk·pm
だけ変化することを示している.εBk は凝縮体のゆらぎ (2gn0)から生じるもので,波数 k が十分大きいときには
εBk ≈ ε0
k となって粒子的になる.一方波数 kが小さい時には,εBk ≈
√gn0
mhk とな
り,これは√
gn0
m= cとおけば音速 cのフォノンに相当する.これは粒子間斥力に
よって隣の粒子が力を受け,それが伝播することから生じる.つまり,密度ゆらぎが音波となる.Bose系の励起がフォノンのスペクトルで表されることはFeynman[26]
によって一般的に示された.
15
2.4 応用例2(δ関数型ポテンシャルの場合)
ここではDanshita[21]が行った,外場が1次元のδ関数型ポテンシャルの場合について簡単に紹介する.Kaganらによって Anomalous tunnelingが指摘され,Kaganらは1次元井戸型ポテンシャルの場合について考察していたが,Danshita
は問題を解析的に扱うため,外場ポテンシャル Vext(x) = V0δ(x)があるとした.
Gross-Pitaevskii方程式は{− h2
2m
d2
dx2+ V0δ(x)− µ + g|Ψ(x)|2
}Ψ(x) = 0 (2.34)
となる.ポテンシャル障壁から十分遠く離れたところ (|x| ¿ ξ,ただし ξは ξ ≡ h√mµ
で,回復長と呼ばれる) で境界条件Ψ(x) =√
µ/gを満たすような解を求めると
Ψ(x) =
õ
gtanh
( |x|+ x0
ξ
)(2.35)
を得る.ここで定数 x0は x = 0におけるΨ(x)の境界条件から決定し,
tanhx0
ξ=−V0 +
√V 2
0 + 4(µξ)2
2µξ(2.36)
を満たす.以下が凝縮体波動関数のグラフである.原点においても f(x)がゼロになっていないことに注意する.なお,縦軸の f(x)は f(x) =
√gµΨ(x)である.
-1 -0.5 0.5 1x�Ξ
0.2
0.4
0.6
0.8
1
f
図 2.1: 凝縮体波動関数 (−1 < x/ξ < 1)
-10 -5 5 10x�Ξ
0.2
0.4
0.6
0.8
1
f
図 2.2: 凝縮体波動関数 (−10 < x/ξ < 10)
一方Bogoliubov方程式は(
H0(x) −g[Ψ(x)]2
g[Ψ∗(x)]2 −H0(x)
) (u(x)
v(x)
)= ε
(u(x)
v(x)
)(2.37)
H0(x) = − h2
2m
d2
dx2+ V0δ(x)− µ + 2g|Ψ(x)|2 (2.38)
16
となる.Gross-Pitaevskii方程式の解を代入して,|x| À ξで境界条件 u(x), v(x) ∝e
ipxh を満たすように解くと
un(x) = Λneipnx
h
[tanh
( |x|+ x0
ξ
)− isgn(x)
pnξ
2hε
{ε + µ− µ tanh2
( |x|+ x0
ξ
)}
+Epn
εtanh
( |x|+ x0
ξ
)− isgn(x)
Epnpnξ
2hε
]
(2.39)
vn(x) = Λneipnx
h
[tanh
( |x|+ x0
ξ
)− isgn(x)
pnξ
2hε
{ε− µ + µ tanh2
( |x|+ x0
ξ
)}
−Epn
εtanh
( |x|+ x0
ξ
)+ isgn(x)
Epnpnξ
2hε
]
(2.40)
ここで,
ε =
√√√√ p2n
2m
(p2
n
2m+ 2µ
)(2.41)
p1,2 = ±√
2m(√
µ2 + ε2 − µ) (2.42)
p3,4 = ∓√
2m(√
µ2 + ε2 + µ) (2.43)
Λn =
õ2
2gε×
√2µ+isgn(x)
√Ep√
2µ+Epn = 1
√2µ−isgn(x)
√Ep√
2µ+Epn = 2
1 n = 3, 4
(2.44)
である.(u1(x), v1(x))tは x負から正方向への進行波,(u2(x), v2(x))tは x正から負方向への進行波,(u3(x), v3(x))tはポテンシャル障壁の左側で局在成分・右側で発散成分,(u4(x), v4(x))tは右側で局在成分・左側で発散成分である.今,Bose凝縮体を x負から正方向へ投入したときの u(x), v(x)は
(u(x)
v(x)
)=
(u1(x)
v1(x)
)+ r
(u2(x)
v2(x)
)+ b
(u3(x)
v3(x)
)x < 0
t
(u1(x)
v1(x)
)+ c
(u4(x)
v4(x)
)x > 0
(2.45)
となる.係数 r, b, t, cはそれぞれ反射,局在 (x負成分),透過,局在 (x正成分)の振幅である.これらの係数を求めるために,x = 0で u(x), v(x)を滑らかに接続する.
u(−0) = u(+0) (2.46)
v(−0) = v(+0) (2.47)
17
du(x)
dx
∣∣∣∣∣x=−0
=du(x)
dx
∣∣∣∣∣x=+0
− 2mV0
h2 u(x) (2.48)
dv(x)
dx
∣∣∣∣∣x=−0
=dv(x)
dx
∣∣∣∣∣x=+0
− 2mV0
h2 v(x) (2.49)
これらは4元連立方程式なので解析的に解くことができるものの,解の形が相当複雑なので具体的な表示はしないが,横軸に ε/µをとって,縦軸に透過率を表す|t|2 のグラフを複数のエネルギースケールで表示したものを示す.なお,左側がBogoliubov励起,右側が通常粒子の透過率 (|t|2 = [ V 2
2εµξ2 + 1]−1)を表す.
0.1 0.2 0.3 0.4 0.5¶�Μ
0.2
0.4
0.6
0.8
1
ÈtÈ2
図 2.3: Bogoliubov 励起の透過率 (0 < ε/µ < 0.5).点線は V0 = 3µξ,実線は V0 = 10µξ,太線は V0 = 50µξ
0.1 0.2 0.3 0.4 0.5¶�Μ
0.002
0.004
0.006
0.008
0.01
ÈtÈ2
図 2.4: 通常粒子の透過率 (0 < ε/µ < 0.5).点線はV0 = 3µξ,実線は V0 = 10µξ,太線は V0 = 50µξ
1 2 3 4 5¶�Μ
0.2
0.4
0.6
0.8
1
ÈtÈ2
図 2.5: Bogoliubov 励起の透過率 (0 < ε/µ < 5).点線は V0 = 3µξ,実線は V0 = 10µξ,太線は V0 = 50µξ
1 2 3 4 5¶�Μ
0.02
0.04
0.06
0.08
0.1
ÈtÈ2
図 2.6: 通常粒子の透過率 (0 < ε/µ < 5).点線はV0 = 3µξ,実線は V0 = 10µξ,太線は V0 = 50µξ
18
20 40 60 80 100¶�Μ
0.2
0.4
0.6
0.8
1
ÈtÈ2
図 2.7: Bogoliubov 励起の透過率 (0 < ε/µ < 100).点線は V0 = 3µξ,実線は V0 = 10µξ,太線は V0 = 50µξ
20 40 60 80 100¶�Μ
0.2
0.4
0.6
0.8
1
ÈtÈ2
図 2.8: 通常粒子の透過率 (0 < ε/µ < 100).点線はV0 = 3µξ,実線は V0 = 10µξ,太線は V0 = 50µξ
2000 4000 6000 8000 10000¶�Μ
0.2
0.4
0.6
0.8
1
ÈtÈ2
図 2.9: Bogoliubov 励起の透過率 (0 < ε/µ < 10000).点線は V0 = 3µξ,実線は V0 = 10µξ,太線は V0 = 50µξ
2000 4000 6000 8000 10000¶�Μ
0.2
0.4
0.6
0.8
1
ÈtÈ2
図 2.10: 通常粒子の透過率 (0 < ε/µ < 10000).点線はV0 = 3µξ,実線は V0 = 10µξ,太線は V0 = 50µξ
図 2.3と図 2.4,図 2.5と図 2.6をそれぞれ比べるとグラフの振る舞いがだいぶ異なっていることがわかる.通常粒子の場合,ε = 0のとき,透過率がゼロからスタートしているが,Bogoliubov励起の方は1からスタートしている.直感的にはエネルギーが低ければ低いほど透過率が小さくなるはずだが (実際通常粒子の方ではそういう結果になっている),Bogoliubov励起では低エネルギーにおいてポテンシャルを感じないかのごとく完全透過が起こっている (Anomalous tunneling).しかもこれはポテンシャル障壁の大きさに関係なく起こっており,また図 2.7~図2.10からもわかる通り,低エネルギー以外の領域では通常粒子の透過率の振る舞いと一致する.まとめると Anomalous tunnelingは低エネルギーでのみ起こり,それ以外では通常粒子の振る舞いと一致する.Anomalous tunnelingを引き起こす要因については4章で考察する.
19
20
3 3次元散乱問題この章ではKaganらが提唱したAnomalous tunnelingについてさらに深く考察するため,3次元の散乱問題おいてもKagan,Danshitaらが1次元で示したような Anomalous tunnelingが起こるかどうかを検証する.3次元では「透過率」を計算することはできないので,3次元散乱問題を特徴付ける物理量の「位相のずれ」並びに「散乱断面積」に着目し,これらがエネルギーによってどのような振る舞いをするか,特に低エネルギーにおいて通常の粒子の散乱と明確な差異を見せるかどうかに注目する.Bogoliubov励起において「位相のずれ」並びに「散乱断面積」を求める手順は・Gross-Pitaevskii方程式を解いて,凝縮体波動関数を求める.(3.1)
・Bogoliubov方程式を解くことで非凝縮波動関数が求まる.(3.2)
・漸近形の非凝縮波動関数を求める.(3.3)
・通常の散乱理論と同様にして,(3.2),(3.3)より位相のずれ並びに,散乱断面積が求まる.(3.4)
となる [27][28].
3次元散乱問題のモデルとして以下の様な一様なポテンシャル障壁を考える.
図 3.1: 外場ポテンシャル,半径 aの領域内で高さ V0の斥力ポテンシャル
V (r) =
{V0 (r < a)
0 (r > a)(3.1)
21
3.1 Gross-Pitaevskii方程式 (3次元)
中心力なので3次元のGross-Pitaevskii方程式は通常の3次元 Schrodinger方程式と同様に動径部分と角度部分とに分けることができる.ここで角度部分については球対称なポテンシャルを仮定しているので,Ψ(r) = Ψ(r)とおく.Bogoliubov
励起は凝縮体が作るポテンシャルの中で一番エネルギー準位の低いものの影響を最も大きく受けると考えられるので,ここでは3次元Gross-Pitaevskii方程式の動径部分の s波の場合について考える.
[− h2
2m
{d2
dr2+
2
r
d
dr
}+ (V (r)− µ)
]Ψ(r) + g[Ψ(r)]3 = 0 (3.2)
となる.r →∞では凝縮体波動関数が一定になるので,その時のGross-Pitaevskii
方程式
−µΨ(r) + g[Ψ(r)]3 = 0 (3.3)
の解
Ψ(r) =
õ
g(r →∞) (3.4)
を境界条件として要求する.ここで,
Ψ(r) =
õ
gf(r) (3.5)
として f(r)を定義し,これを (3.2)に代入する.
− h2
2mµ
{d2
dr2+
2
r
d
dr
}f(r) +
V (r)− µ
µf(r) + [f(r)]3 = 0 (3.6)
⇔ −ξ2
2
{d2
dr2+
2
r
d
dr
}f(r) +
V (r)− µ
µf(r) + [f(r)]3 = 0 (3.7)
ただしここで ξ ≡ h√mµで,回復長とよばれる.
さらに r′ ≡ r/ξとして上式を書き直すと,Gross-Pitaevskii方程式は
−1
2
{d2
dr′2+
2
r′d
dr′
}f(r′) +
V (r′)− µ
µf(r′) + [f(r′)]3 = 0 (3.8)
V (r′) =
V0 (r′ < aξ)
0 (r′ > aξ)
(3.9)
22
ここで今,外場ポテンシャルの幅 aを a = ξと固定して考え,α ≡ V (r′)−µµとおき,
r′を rと書き直す.以上をまとめると凝縮体波動関数を求めるために解くべき方程式は
−1
2
{d2
dr2+
2
r
d
dr
}f(r) + αf(r) + [f(r)]3 = 0 (3.10)
V (r) =
{V0 (r < 1)
0 (r > 1)(3.11)
境界条件は (3.4),(3.5)より
limr→∞ f(r) → 1 (3.12)
となる.
以下,0 < r < 1と r > 1の二つの領域に分けて (3.10)を解く.まず 0 < r < 1
において f(r)を級数で表して r = 0における初期値 f(0)から f(1), df(r)dr
∣∣∣r=1を求
める.次にそれらを初期条件として r > 1における (3.10)を数値計算で解く.その際 f(0)によっては漸近値 limr→∞ f(r)は発散するが,ある特定の f(0)に対しては収束するので,その f(0)を求める.
ここでまず,r < 1のGross-Pitaevskii方程式を解くために,
f(r) =∞∑
n=0
cnrn (3.13)
とおいて級数解を求める.
df(r)
dr=
∞∑
n=1
ncnrn =∞∑
n=0
(n + 1)cn+1rn (3.14)
d2f(r)
dr2=
∞∑
n=2
n(n− 1)cnrn−2 =
∞∑
n=0
(n + 2)(n + 1)cn+2rn
(3.15)
[f(r)]3 =
{ ∞∑
n=0
cnrn
}3
(3.16)
となるが,原点 (r=0)で正則であるという条件から c−1 = 0となる.ここで (3.13)
~(3.16)を (3.10)に代入して rnの係数を比較することによって係数 cnを求める.
∞∑
n=0
−(n + 2)(n + 1)
2cn+2r
n −∞∑
n=0
(n + 1)cn+1rn−1 +
∞∑
n=0
αcnrn + [f(r)]3 = 0
(3.17)
23
rnの係数比較をすると,
−(n + 2)(n + 1)
2cn+2 − (n + 2)cn+2 + αcn + ([f(r)]3の rnの係数) = 0
(3.18)
⇔ cn+2 =2
(n + 2)(n + 3){αcn + ([f(r)]3の rnの係数)} (3.19)
となる.c−1 = 0なので,(3.19)より c1 = 0.同様にして c3 = 0, c5 = 0 · · · となることがわかり,結局 nが奇数の場合,cn = 0となることがわかる.(3.19)より,一般に cnが c0の関数として求まる.Mathematicaを用いて n = 80までの
f(r) =80∑
n=0
cnrn,
df(r)
dr
を c0の関数として求めた.
以上より,r < 1における f(r),f ′(r)が c0をパラメータとして求まるので,f(1),f ′(1)を求め,これを初期条件としてGross-Pitaevskii方程式 (r > 1)を数値的に解く.その際,c0の値をいくつか動かして境界条件 (3.12)を満たすように c0を決定する.以下,ポテンシャルの大きさとその時の c0の値及び,f(r)のグラフを以下に示す.図の左右は同じ高さのポテンシャルで,左側が f(r)の値,右側が V (r)/µ+ [f(r)]2
でこれはBogoliubov励起が低エネルギー領域で感じる実効的なポテンシャルを表す (後述).
0 < r < 1においては斥力ポテンシャルが存在しているため,凝縮体波動関数の振幅は減少している.図 3.2,図 3.4,図 3.6を比べると,ポテンシャルの高さが低い方が f(r < 1)の値が大きくなっており,これは弱い斥力相互作用が働いている方が相対的に粒子 (ここでは凝縮体)が侵入しやすいという一般的な物理的解釈と一致する.また r > 1においては外場ポテンシャルはゼロであるものの回復長程度の空間変化でバルクの値 f(r) = 1に漸近していくことがわかる.
24
・V0 = 100µ(α = 99)の場合,c0 = 3.265737397399105× 10−6
2 4 6 8 10 12 14r
0.2
0.4
0.6
0.8
1
fHrL
図 3.2: f(r):凝縮体波動関数の空間変化 (V0 = 100µ)
2 4 6 8 10 12 14r
2
4
6
8
10
12
有効ポテンシャル
図 3.3: V (r)/µ + [f(r)]2:Bogoliubov 励起が低エネルギー領域で感じる実効的なポテンシャル (V0 = 100µ)
・V0 = 10µ(α = 9)の場合,c0 = 5.292184116736574× 10−2
2 4 6 8 10 12 14r
0.2
0.4
0.6
0.8
1
fHrL
図 3.4: f(r):凝縮体波動関数の空間変化 (V0 = 10µ)
2 4 6 8 10 12 14r
2
4
6
8
10
有効ポテンシャル
図 3.5: V (r)/µ + [f(r)]2:Bogoliubov 励起が低エネルギー領域で感じる実効的なポテンシャル (V0 = 10µ)
25
・V0 = µ(α = 0)の場合,c0 = 7.251402073055778× 10−1
2 4 6 8 10 12 14r
0.2
0.4
0.6
0.8
1
fHrL
図 3.6: f(r):凝縮体波動関数の空間変化 (V0 = µ)
2 4 6 8 10 12 14r
0.25
0.5
0.75
1
1.25
1.5
1.75
2
有効ポテンシャル
図 3.7: V (r)/µ + [f(r)]2:Bogoliubov 励起が低エネルギー領域で感じる実効的なポテンシャル (V0 = µ)
26
3.2 Bogoliubov方程式 (3次元)
(2.27)より,3次元のBogoliubov方程式は(
H0(r) + 2g|Ψ(r)|2 −g[Ψ(r)]2
g[Ψ∗(r)]2 −H0(r)− 2g|Ψ(r)|2) (
u(r)
v(r)
)= ε
(u(r)
v(r)
)(3.20)
となる.(u(r)
v(r)
)=
(u(r)
v(r)
)P`(cos θ) とおき,角運動量 `の部分波の動径成分について
の方程式を考える.
H0(r) + 2g|Ψ(r)|2 = − h2
2m
{d2
dr2+
2
r
d
dr− `(` + 1)
r2
}+ V (r)− µ + 2g[Ψ(r)]2
(3.21)
= − h2
2mµ
{µ
d2
dr2+
2µ
r
d
dr− µ`(` + 1)
r2
}
+V (r)− µ + 2µ[f(r)]2 (3.22)
= −ξ2
2
{µ
ξ2
d2
dr′2+
2µ
ξ2
1
r′d
dr′− µ
ξ2
`(` + 1)
r′2
}
+V (r′)− µ + 2µ[f(r′)]2 (3.23)
= µ
{−1
2
d2
dr′2− 1
r′d
dr′+
1
2
`(` + 1)
r′2
+V (r′)− µ
µ+ 2[f(r′)]2
}(3.24)
なお前節と同様に r′ ≡ r/ξで,ξ ≡ h√mµである.
また,これ以降 r′を rと書き直す.h(r)を次のように定義すれば
h(r) ≡ µ
{−1
2
d2
dr2− 1
r
d
dr+
1
2
`(` + 1)
r2+
V (r)− µ
µ+ 2[f(r)]2
}(3.25)
Bogoliubov方程式の動径方向は(
h(r) −µ[f(r)]2
µ[f(r)]2 −h(r)
) (u(r)
v(r)
)= ε
(u(r)
v(r)
)(3.26)
となる.
以下,0 < r < 1とr > 1の二つの領域に分けて (3.26)を解く.まず0 < r < 1においてu(r), v(r)を級数で表して,r = 0における初期値の二つの組 (u(0) = 1, v(0) =
0),(u(0) = 0, v(0) = 1)から求まる (u(r), v(r))の組をそれぞれ (u(1)` (r), v
(1)` (r)),
(u(2)` (r), v
(2)` (r))とする.
27
続いて r > 1において (u(1)` (1), v
(1)` (1)),(u
(2)` (1), v
(2)` (1))を初期条件としてそれぞ
れについて外場ポテンシャルのないBogoliubov方程式を数値計算で解く.最後に二つの組 (u
(1)` (r), v
(1)` (r)),(u
(2)` (r), v
(2)` (r))の線形結合を一般解とする.
ここで
f(r) =∞∑
n=0
cnrn (if n = odd, cn = 0) (3.27)
[f(r)]2 =∞∑
n=0
dnrn (if n = odd, dn = 0) (3.28)
u(r) = r`∞∑
n=0
unrn ≡ r`u(r) (3.29)
v(r) = r`∞∑
n=0
vnrn ≡ r`v(r) (3.30)
とすると,
du(r)
dr= `r`−1u(r) + r` du(r)
dr=
(`
ru(r) +
du(r)
dr
)r` (3.31)
d2u(r)
dr2= `
du(r)
drr`−1 + `(`− 1)u(r)r`−2 +
d2u(r)
dr2r` + `
du(r)
drr`−1 (3.32)
= `(`− 1)u(r)r`−2 + 2`du(r)
drr`−1 +
d2u(r)
dr2r` (3.33)
である.
ここでBogoliubov方程式 (3.26)を書き直すと,
h(r)− ε
µu(r) = [f(r)]2v(r) (3.34)
h(r) + ε
µv(r) = [f(r)]2u(r) (3.35)
となる.
(3.25)を用いると,
h(r)− ε
µu(r) =
[−1
2
d2
dr2− 1
r
d
dr+
`(` + 1)
2r2+ α− ε
µ+ 2[f(r)]2
]u(r) (3.36)
となるので,この式に (3.28),(3.29),(3.31),(3.33)を代入する.
h(r)− ε
µr`u(r) = −`(`− 1)
2r`−2u(r)− `r`−1du(r)
dr− r`
2
d2u(r)
dr2
−`r`−2u(r)− r`−1du(r)
dr+
`(` + 1)
2r`−2u(r)
28
+
(α− ε
µ
)r`u(r) + 2
∞∑
n=0
dnrnu(r) (3.37)
= r`
[−1
2
d2u(r)
dr2− ` + 1
r
du(r)
dr+
(α− ε
µ
)u(r) +
∞∑
n=0
dnrnu(r)
]
(3.38)
さらに (3.29)を用いると
d2u(r)
dr2=
∞∑
n=2
n(n− 1)unrn−2 =
∞∑
n=0
(n + 1)(n + 2)un+2rn (3.39)
1
r
du(r)
dr=
1
r
∞∑
n=1
nunrn−1 =
u1
r+
∞∑
n=0
(n + 2)un+2rn (3.40)
(α− ε
µ
)u(r) =
(α− ε
µ
) ∞∑
n=0
unrn (3.41)
となるので,(3.39)~(3.41)を (3.38)に代入すると
h(r)− ε
µu(r) = −
∞∑
n=0
(n + 1)(n + 2)
2un+2r
n − (` + 1)∞∑
n=0
(n + 2)un+2rn
−` + 1
ru1 +
(α− ε
µ
) ∞∑
n=0
unrn + 2∞∑
n=0
dnrn∞∑
m=0
umrm (3.42)
= −∞∑
n=0
(n + 2)(n + 2` + 3)
2un+2r
n − ` + 1
ru1
+
(α− ε
µ
) ∞∑
n=0
unrn + 2
∞∑n,m
dnumrn+m (3.43)
となる.Bogoliubov方程式 (3.34)に (3.30),(3.43)を代入すると,
−∞∑
n=0
(n + 2)(n + 2` + 3)
2un+2r
n − ` + 1
ru1 +
(α− ε
µ
) ∞∑
n=0
unrn
+∞∑
n,m
dn(2um − vm)rn+m = 0 (3.44)
(3.44)の rnの係数比較をすると,
un+2 =2
(n + 2)(n + 2` + 3)
[(α− ε
µ
)un + (k1(r)の rnの係数)
](3.45)
ただし,k1(r)は
k1(r) ≡∞∑
n,m
dn(2um − vm)rn+m (3.46)
29
と定義する.同様にして (3.35)から
vn+2 =2
(n + 2)(n + 2` + 3)
[(α +
ε
µ
)vn + (k2(r)の rnの係数)
](3.47)
の関係式が求まる.ただし,k2(r)は
k2(r) ≡∞∑
n,m
dn(2vm − um)rn+m (3.48)
と定義する.(3.44)の r−1の項を比較することにより,u1 = 0であることがわかり,同様にして v1 = 0であることもわかる.すると,(3.45),(3.47)から u3 = v3 = u5 = v5 =
· · · = 0となり,nが奇数のときは un = vn = 0となる.(3.45),(3.47)の漸化式をMathematicaを用いて解くと,un, vnが u0, v0, `, α, ε/µ
をパラメータとして求まる.ここで初期条件 (u0, v0)に対して
(u0, v0) = (1, 0)から求まる (u(r), v(r))を (u(1)` (r), v
(1)` (r)) (3.49)
(u0, v0) = (0, 1)から求まる (u(r), v(r))を (u(2)` (r), v
(2)` (r)) (3.50)
とすると,外場ポテンシャル V0が存在するところ (r < 1)でのBogoliubov方程式の解が ε/µ の関数として求まるので,次に (u
(1)` (1), v
(1)` (1))を初期条件として外場
ポテンシャル V0が存在しないところ (r > 1) でのBogoliubov方程式を解く.同様にして初期条件 (u
(2)` (1), v
(2)` (1))から求まる解を (u
(2)` (r), v
(2)` (r))とする.
外場ポテンシャル V0が存在しないところ (r > 1)におけるBogoliubov方程式はV0 = 0(α = −1)なので
[−1
2
d2
dr2− 1
r
d
dr+
`(` + 1)
2r2
]u(r)−
(1 +
ε
µ
)u(r)
+2[f(r)]2u(r)− [f(r)]2v(r) = 0 (3.51)[−1
2
d2
dr2− 1
r
d
dr+
`(` + 1)
2r2
]v(r)−
(1− ε
µ
)v(r)
+2[f(r)]2v(r)− [f(r)]2u(r) = 0 (3.52)
となる.上の連立微分方程式を (u(1)` (1), v
(1)` (1)),(u
(2)` (1), v
(2)` (1))を初期条件とし
て 1 < r < 12の範囲で数値計算で解く.以上により,1 < r < 12におけるBogoliubov方程式の解は適当な定数 λを用いて
(u<(r)
v<(r)
)=
u
(1)` (r)
v(1)` (r)
+ λ
u
(2)` (r)
v(2)` (r)
(3.53)
の線形結合の形で与えられる.なお,この解も ε/µをパラメータとしている.
30
3.3 漸近形
漸近形では凝縮体波動関数が Ψ(r) = 一定になっているはずなので,Gross-
Pitaevskii方程式 (3.2)は
−µΨ(r) + g[Ψ(r)]3 = 0 (3.54)
⇔ [Ψ(r)]2 =µ
g(3.55)
となる.これをBogoliubov方程式 (3.26)に代入すると以下のようになる. − h2
2m
{d2
dr2 + 2r
ddr− `(`+1)
r2
}+ µ −µ
µ h2
2m
{d2
dr2 + 2r
ddr− `(`+1)
r2
}− µ
(uk,`(r)
vk,`(r)
)
= εk,`
(uk,`(r)
vk,`(r)
)
(3.56)
3.3.1 散乱成分
球Bessel関数 j`(ρ),球Neumann関数n`(ρ)は共に以下の微分方程式を満たすことが知られている.
d2R(ρ)
dρ2+
2
ρ
dR(ρ)
dρ− `(` + 1)
ρ2R(ρ) + R(ρ) = 0 (3.57)
具体的な関数形は `次のBessel関数 J`(ρ)を用いて
j`(ρ) =
(π
2ρ
) 12
J`+ 12(ρ) = (−ρ)`
(1
ρ
d
dρ
)` (sin ρ
ρ
)(3.58)
n`(ρ) = −(−1)`
(π
2ρ
) 12
J−`− 12(ρ) = −(−ρ)`
(1
ρ
d
dρ
)` (cos ρ
ρ
)(3.59)
である.そこで,今
R(ρ) = Aj`(kρ) + Bn`(kρ) (A,B, kは適当な定数) (3.60)
とおいて (3.60)を (3.57)に代入すると,
d2R(ρ)
dρ2+
2
ρ
dR(ρ)
dρ− `(` + 1)
ρ2R(ρ) = −k2R(ρ) (3.61)
となることがわかる.そこで,(
uk,`(r)
vk,`(r)
)= [Aj`(kr) + Bn`(kr)]
(uk,`
vk,`
)
(3.62)
31
とおいてBogoliubov方程式 (3.56)に代入すると,(
h2k2
2m+ µ −µ
µ − h2k2
2m− µ
) (uk,`
vk,`
)= εk,`
(uk,`
vk,`
)(3.63)
となる.この固有値方程式を解くと
固有値 ε =
√√√√ h2k2
2m
(h2k2
2m+ 2µ
)⇔ kξ =
√2
(√1 + (ε/µ)2 − 1
)(3.64)
固有ベクトル(
uk
vk
)=
(µ
h2k2
2m+ µ− ε
)//
1√
1 + (ε/µ)2 − ε/µ
(3.65)
なので,
θ+ ≡√√√√
(ε
µ
)2
+ 1− ε
µ(3.66)
と定義すれば,(
uk,`(r)
vk,`(r)
)= [Aj`(kr) + Bn`(kr)]
(1
θ+
)(3.67)
(uk,`(r
′)vk,`(r
′)
)= [Aj`(kξr′) + Bn`(kξr′)]
(1
θ+
)(3.68)
となる.前節と同様 r′ = r/ξである.
3.3.2 局在成分 (減衰項)
球Hankel関数
h(1)` (ρ) = j`(ρ) + in`(ρ) (3.69)
h(2)` (ρ) = j`(ρ)− in`(ρ) (3.70)
も微分方程式 (3.57)を満たすことは先の結果より明らかだが,内部変数を純虚数にした変形Hankel関数 h
(1)` (iρ)は (3.57)ではなく以下の微分方程式を満たす.
d2R(iρ)
dρ2+
2
ρ
dR(iρ)
dρ− `(` + 1)
ρ2R(iρ)−R(iρ) = 0 (3.71)
そこで,先ほどと同様にして(
uK,`(r)
vK,`(r)
)= Dh
(1)` (iKr)
(uK,`
vK,`
)(D,Kは適当な定数) (3.72)
32
とおいてBogoliubov方程式 (3.56)に代入すると,( − h2K2
2m+ µ −µ
µ h2K2
2m− µ
) (uK,`
vK,`
)= εK,`
(uK,`
vK,`
)(3.73)
となる.この固有値方程式を解くと
固有値 ε =
√√√√ h2K2
2m
(h2K2
2m− 2µ
)⇔ Kξ =
√2
(√1 + (ε/µ)2 + 1
)(3.74)
固有ベクトル(
uK
vK
)=
(µ
− h2K2
2m+ µ− ε
)//
1
−√
1 + (ε/µ)2 − ε/µ
(3.75)
なので,
θ− ≡ −√√√√
(ε
µ
)2
+ 1− ε
µ(3.76)
と定義すれば,(
uK,`(r)
vK,`(r)
)= Dh
(1)` (iKr)
(1
θ−
)(3.77)
(uK,`(r
′)vK,`(r
′)
)= Dh
(1)` (iKξr′)
(1
θ−
)(3.78)
となる.r′ = r/ξである.以下に代表的な場合の波動関数のグラフを示しておく.
5 10 15 20r
-10
-5
5
10
15
20
uHrL,vHrL
図 3.8: 波動関数のグラフ (見やすいように適当にスケールしてある).青線がu`(r),
赤線が v`(r)である.(V = 100µ, ` = 0, ε = 2µの場合)
33
3.4 散乱断面積
数値計算によって 1 < r < rcの解は (3.53)で与えられる.一方 r > rcの解は(3.68),(3.78)(の r′ → rと置き換えたもの)の線形結合によって与えられるので,
1 < r < rcのとき(
u<(r)
v<(r)
)=
(u1
`(r)
v1` (r)
)+ λ
(u2
`(r)
v2` (r)
)(3.79)
r > rcのとき(
u>(r)
v>(r)
)= [Aj`(kξr) + Bn`(kξr)]
(1
θ+
)
+Dh(1)` (iKξr)
(1
θ−
)(3.80)
となる.これらを r = rcで滑らかに接続するとその接続条件は
u<(rc) = u>(rc) (3.81)
v<(rc) = v>(rc) (3.82)
du<(r)
dr
∣∣∣∣∣rc
=du>(r)
dr
∣∣∣∣∣rc
(3.83)
dv<(r)
dr
∣∣∣∣∣rc
=dv>(r)
dr
∣∣∣∣∣rc
(3.84)
(3.81)~(3.84)を行列の形で表せば
j`(kξrc) n`(kξrc) h(1)` (iKξrc) −u2
`(rc)
θ+j`(kξrc) θ+n`(kξrc) θ−h(1)` (iKξrc) −v2
` (rc)dj`(kξr)
dr
∣∣∣rc
dn`(kξr)dr
∣∣∣rc
dh(1)`
(iKξr)
dr
∣∣∣∣rc
− du2` (r)
dr
∣∣∣∣rc
θ+dj`(kξr)
dr
∣∣∣rc
θ+dn`(kξr)
dr
∣∣∣rc
θ−dh
(1)`
(iKξr)
dr
∣∣∣∣rc
− dv2` (r)
dr
∣∣∣∣rc
A
B
D
λ
=
u1`(rc)
v1` (rc)
du1` (r)
dr
∣∣∣∣rc
dv1` (r)
dr
∣∣∣∣rc
(3.85)
となる.この方程式を解けばA,B,D, λが ε/µの関数として求まる.位相差 δ`は
tan δ` ≡ −B
A(3.86)
によって定義されているので,散乱断面積 σ`は
σ` ≡ 4π
(kξ)2(2` + 1) sin2 δ` =
4π
(kξ)2(2` + 1)
tan2 δ`
1 + tan2 δ`
(3.87)
34
によって求まる.
3.4.1 数値計算結果 (V0 = 100µ)
以下,tan δ`,σ`のグラフを ` = 0, 1, 2の場合について図示する.なお,右側は同条件 (外場ポテンシャル,角運動量)での通常粒子 (一粒子散乱)のグラフである.
5 10 15 20¶�Μ
-15
-10
-5
5
10
15
tan∆
図 3.9: Bogoliubov 励起の位相のずれ (V=100 μ)l=0
5 10 15 20¶�Μ
-10
-7.5
-5
-2.5
2.5
5
7.5
10
tan∆
図 3.10: 通常の粒子の位相のずれ (V=100 μ)l=0
5 10 15 20¶�Μ
0.5
1
1.5
2
2.5
3
3.5
4
Σ
図 3.11: Bogoliubov 励起の散乱断面積 (V=100 μ)l=0
5 10 15 20¶�Μ
2
4
6
8
10
12
14
Σ
図 3.12: 通常の粒子の散乱断面積 (V=100 μ)l=0
図 3.9は Bogoliubov励起の s波散乱における位相のずれ δのエネルギー依存性を示したものである.全体としての傾向は図 3.10で示した通常の粒子の s波散乱のそれと似ているが,低エネルギー領域ではBogoliubov励起のグラフの傾きの絶対値が小さくなっている.この違いが図 3.11,図 3.12で示した s波部分散乱断面積 (σ0 = 4π
k2 sin2 δ0)の低エネルギー領域での振る舞いの違いとなって表れる.通常粒子の場合,低エネルギー領域では σ0は一定値 (4πa2; aは散乱長) に近づくが[28][29],Bogoliubov励起の場合はゼロに収束することが図 3.11からわかる.これより,Bogoliubov励起では位相のずれ δの k依存性は kn(n > 2)であることがわかる.
35
5 10 15 20¶�Μ
-10
-7.5
-5
-2.5
2.5
5
7.5
10
tan∆
図 3.13: Bogoliubov 励起の位相のずれ (V=100 μ)l=1
5 10 15 20¶�Μ
-10
-7.5
-5
-2.5
2.5
5
7.5
10
tan∆
図 3.14: 通常の粒子の位相のずれ (V=100 μ)l=1
5 10 15 20¶�Μ
0.5
1
1.5
2
2.5
3
3.5
4
Σ
図 3.15: Bogoliubov 励起の散乱断面積 (V=100 μ)l=1
5 10 15 20¶�Μ
1
2
3
4
5
6
Σ
図 3.16: 通常の粒子の散乱断面積 (V=100 μ)l=1
図 3.13~図 3.16は ` = 1のケースである (p波散乱).位相のずれ,部分散乱断面積ともに全体の傾向としてはBogoliubov励起と通常粒子の場合で似ている.ところが図 3.15と図 3.16を比べると,通常粒子の場合に「山」が一つであるのに対してBogoliubov励起の方では低エネルギー領域において「山」がもう一つ存在している.さらに図 3.13と図 3.14を比べると,通常粒子の場合 εがゼロからしばらくは負だが,Bogoliubov励起の場合には最初正で ε = 2µ付近でゼロとなり,符号が反転している.そのため ε = 2µ付近で Bogoliubov励起の散乱断面積はゼロとなる.
36
5 10 15 20¶�Μ
-10
-7.5
-5
-2.5
2.5
5
7.5
10
tan∆
図 3.17: Bogoliubov 励起の位相のずれ (V=100 μ)l=2
5 10 15 20¶�Μ
-10
-7.5
-5
-2.5
2.5
5
7.5
10
tan∆
図 3.18: 通常の粒子の位相のずれ (V=100 μ)l=2
5 10 15 20¶�Μ
0.5
1
1.5
2
2.5
3
3.5
4
Σ
図 3.19: Bogoliubov 励起の散乱断面積 (V=100 μ)l=2
5 10 15 20¶�Μ
1
2
3
4
5
Σ
図 3.20: 通常の粒子の散乱断面積 (V=100 μ)l=2
図 3.17~図 3.20は ` = 2のケースである (d波散乱).Bogoliubov励起と通常の粒子の場合との違いはp波散乱の場合とほぼ同様である.位相のずれ,部分散乱断面積ともに全体の傾向としてはBogoliubov励起と通常粒子の場合で似ているが,散乱断面積に関して通常粒子の場合に「山」が一つであるのに対してBogoliubov励起の方では低エネルギー領域において「山」がもう一つ存在している.また位相のずれに関しても,通常粒子の場合 εがゼロからしばらくは負だが,Bogoliubov励起の場合には最初正で ε = 4µ付近で符号が反転し,ゆえに ε = 4µ付近でBogoliubov
励起の散乱断面積はゼロとなる.
37
3.4.2 数値計算結果 (V0 = 10µ)
以下,tan δ`,σ`のグラフを ` = 0, 1, 2の場合について図示する.
5 10 15 20¶�Μ
-15
-10
-5
5
10
15
tan∆
図 3.21: Bogoliubov 励起の位相のずれ (V=10 μ)l=0
5 10 15 20¶�Μ
-10
-7.5
-5
-2.5
2.5
5
7.5
10
tan∆
図 3.22: 通常の粒子の位相のずれ (V=10 μ)l=0
5 10 15 20¶�Μ
0.5
1
1.5
2
2.5
3
Σ
図 3.23: Bogoliubov 励起の散乱断面積 (V=10 μ)l=0
5 10 15 20¶�Μ
2
4
6
8
10
Σ
図 3.24: 通常の粒子の散乱断面積 (V=10 μ)l=0
位相のずれ,散乱断面積の基本的な振る舞い・性質は p.35の V0 = 100µの場合と同様である.低エネルギー領域ではやはり通常の粒子との間で散乱断面積,位相のずれの振る舞いに大きな違いが存在する.散乱断面積のピークが V0 = 100µ
の場合と比べて小さい値になっているが,これはポテンシャルの高さが高い方が波動関数が侵入しにくく,散乱されやすい (はじき返されやすい)という直感と合致している.
38
5 10 15 20¶�Μ
-15
-10
-5
5
10
15
tan∆
図 3.25: Bogoliubov 励起の位相のずれ (V=10 μ)l=1
5 10 15 20¶�Μ
-10
-7.5
-5
-2.5
2.5
5
7.5
10
tan∆
図 3.26: 通常の粒子の位相のずれ (V=10 μ)l=1
5 10 15 20¶�Μ
0.5
1
1.5
2
2.5
3
Σ
図 3.27: Bogoliubov 励起の散乱断面積 (V=10 μ)l=1
5 10 15 20¶�Μ
1
2
3
4
5
Σ
図 3.28: 通常の粒子の散乱断面積 (V=10 μ)l=1
位相のずれ,散乱断面積の基本的な振る舞い・性質は p.36の V0 = 100µの場合と同様である.低エネルギー領域ではやはり通常の粒子との間で散乱断面積,位相のずれの振る舞いに大きな違いが存在する.s波の場合と同様,散乱断面積のピークが V0 = 100µの場合と比べて小さい値になっている.また,V0 = 100µの p波散乱の場合と同様にして,低エネルギー領域で位相のずれの符号が反転してる.このことによって低エネルギー領域では通常散乱にはない小さなピークができる.
39
5 10 15 20¶�Μ
-1
-0.75
-0.5
-0.25
0.25
0.5
0.75
1
tan∆
図 3.29: Bogoliubov 励起の位相のずれ (V=10 μ)l=2
5 10 15 20¶�Μ
-10
-7.5
-5
-2.5
2.5
5
7.5
10
tan∆
図 3.30: 通常の粒子の位相のずれ (V=10 μ)l=2
5 10 15 20¶�Μ
0.5
1
1.5
2
2.5
3
Σ
図 3.31: Bogoliubov 励起の散乱断面積 (V=10 μ)l=2
5 10 15 20¶�Μ
0.5
1
1.5
2
2.5
3
Σ
図 3.32: 通常の粒子の散乱断面積 (V=10 μ)l=2
位相のずれ,散乱断面積の基本的な振る舞い・性質は p.37の V0 = 100µの場合と同様である.低エネルギー領域ではやはり通常の粒子との間で散乱断面積,位相のずれの振る舞いに大きな違いが存在する.s波の場合と同様,散乱断面積のピークが V0 = 100µの場合と比べて小さい値になっている.また,V0 = 100µの p波散乱の場合と同様にして,低エネルギー領域で位相のずれの符号が反転してる.このことによって低エネルギー領域では通常散乱にはない小さなピークができる.
40
3.4.3 数値計算結果 (V0 = µ)
以下,tan δ`,σ`のグラフを ` = 0, 1, 2の場合について図示する.
5 10 15 20¶�Μ
-0.1
-0.05
0.05
0.1
tan∆
図 3.33: Bogoliubov 励起の位相のずれ (V=μ)l=0
5 10 15 20¶�Μ
-1
-0.8
-0.6
-0.4
-0.2
tan∆
図 3.34: 通常の粒子の位相のずれ (V=μ)l=0
5 10 15 20¶�Μ
0.02
0.04
0.06
0.08
0.1
Σ
図 3.35: Bogoliubov 励起の散乱断面積 (V=μ)l=0
5 10 15 20¶�Μ
0.25
0.5
0.75
1
1.25
1.5
1.75
2
Σ
図 3.36: 通常の粒子の散乱断面積 (V=μ)l=0
位相のずれ,散乱断面積の基本的な振る舞い・性質は p.35のV0 = 100µ,p.38のV0 = 10µの場合と同様である.低エネルギー領域ではやはり通常の粒子との間で散乱断面積,位相のずれの振る舞いに大きな違いが存在する.散乱断面積のピークが V0 = 100µ,V0 = 10µの場合と比べて小さい値になっている.また V0 = µのケースに特徴的なこととして,散乱断面積のピークが一箇所しか存在していないということがあげられる (図 3.35).しかし,図 3.33をみると ε = 7µ, 11µ付近で位相のずれがゼロになっているので,正確にはここで散乱断面積がゼロになるためにグラフには表れない程度の微小なピークが存在する.
41
5 10 15 20¶�Μ
-0.08
-0.06
-0.04
-0.02
0.02
0.04
0.06
0.08
tan∆
図 3.37: Bogoliubov 励起の位相のずれ (V=μ)l=1
5 10 15 20¶�Μ
-0.5
-0.4
-0.3
-0.2
-0.1
tan∆
図 3.38: 通常の粒子の位相のずれ (V=μ)l=1
5 10 15 20¶�Μ
0.02
0.04
0.06
0.08
0.1
0.12
0.14
Σ
図 3.39: Bogoliubov 励起の散乱断面積 (V=μ)l=1
5 10 15 20¶�Μ
0.1
0.2
0.3
0.4
0.5
Σ
図 3.40: 通常の粒子の散乱断面積 (V=μ)l=1
位相のずれ,散乱断面積の基本的な振る舞い・性質は p.36のV0 = 100µ,p.39のV0 = 10µの場合と同様である.低エネルギー領域ではやはり通常の粒子との間で散乱断面積,位相のずれの振る舞いに大きな違いが存在する.散乱断面積のピークが V0 = 100µ,V0 = 10µの場合と比べて小さい値になっている.また V0 = µのケースに特徴的なこととして,位相のずれの最初のピークが二個目のピークに対して同じくらいの高さを持っていることがあげられる (図 3.37).最初のピークがAnomalous scatteringに対して重要な意味を持つが,これは外場ポテンシャルに対して凝縮体波動関数が作るポテンシャルの寄与が相対的に大きいことが原因である.例えば図 3.5と図 3.7を比べた場合,凝縮体波動関数が作るポテンシャルが外場ポテンシャルに対し大きく影響しているのは後者 (図 3.7)であることは明らかである.これによって p.36の V0 = 100µ,p.39の V0 = 10µの散乱断面積は一つ目のピークよりも二つ目のピークの方が大きかったが (図 3.15,図 3.27),V0 = µでは逆転している.
42
5 10 15 20¶�Μ
-0.08
-0.06
-0.04
-0.02
0.02
0.04
0.06
0.08
tan∆
図 3.41: Bogoliubov 励起の位相のずれ (V=μ)l=2
5 10 15 20¶�Μ
-0.25
-0.2
-0.15
-0.1
-0.05
tan∆
図 3.42: 通常の粒子の位相のずれ (V=μ)l=2
5 10 15 20¶�Μ
0.02
0.04
0.06
0.08
0.1
Σ
図 3.43: Bogoliubov 励起の散乱断面積 (V=μ)l=2
5 10 15 20¶�Μ
0.05
0.1
0.15
0.2
Σ
図 3.44: 通常の粒子の散乱断面積 (V=μ)l=2
位相のずれ,散乱断面積の基本的な振る舞い・性質は p.37のV0 = 100µ,p.40のV0 = 10µの場合と同様である.低エネルギー領域ではやはり通常の粒子との間で散乱断面積,位相のずれの振る舞いに大きな違いが存在する.散乱断面積のピークが V0 = 100µ,V0 = 10µの場合と比べて小さい値になっている.また V0 = µのケースに特徴的なこととして,位相のずれの最初のピークが二個目のピークに対して同じくらいの高さを持っていることがあげられる (図 3.41).これは外場ポテンシャルに対して凝縮体波動関数が作るポテンシャルの寄与が相対的に大きいことが原因である.これによって p.37の V0 = 100µ,p.40の V0 = 10µの散乱断面積は一つ目のピークよりも二つ目のピークの方が大きかったが (図 3.19,図 3.31),V0 = µでは逆転している.
43
3.4.4 数値計算結果 (V0 = 100µ)~低エネルギー領域~
ここでは,V0 = 100µにおける位相のずれと散乱断面積の低エネルギー領域における図を示す.
0.2 0.4 0.6 0.8 1¶�Μ
-0.5
-0.4
-0.3
-0.2
-0.1
tan∆
図 3.45: Bogoliubov励起の位相のずれ (V=100μ)l=0,低エネルギー領域
0.2 0.4 0.6 0.8 1¶�Μ
0.25
0.5
0.75
1
1.25
1.5
1.75
Σ
図 3.46: Bogoliubov励起の散乱断面積 (V=100μ)l=0,低エネルギー領域
0.2 0.4 0.6 0.8 1¶�Μ
0.05
0.1
0.15
0.2
0.25
tan∆
図 3.47: Bogoliubov励起の位相のずれ (V=100μ)l=1,低エネルギー領域
0.2 0.4 0.6 0.8 1¶�Μ
0.5
1
1.5
2
Σ
図 3.48: Bogoliubov励起の散乱断面積 (V=100μ)l=1,低エネルギー領域
0.2 0.4 0.6 0.8 1¶�Μ
0.02
0.04
0.06
0.08
0.1
tan∆
図 3.49: Bogoliubov励起の位相のずれ (V=100μ)l=2,低エネルギー領域
0.2 0.4 0.6 0.8 1¶�Μ
0.1
0.2
0.3
0.4
0.5
Σ
図 3.50: Bogoliubov励起の散乱断面積 (V=100μ)l=2,低エネルギー領域
44
3.5 結果の考察
V0 = 100µの場合について見てみる.図 3.11(Bogoliubov励起の s波散乱)と図3.12(通常粒子の s波散乱)を見比べてみると低エネルギー領域で大きな違いが生じている.通常 s波散乱では低エネルギーにおいて散乱断面積は有限の値 (4πa2)
をとることが知られているが,Bogoliubov励起では低エネルギーにおいて散乱断面積がゼロに収束する.s波部分散乱断面積は σ0 = 4π
k2 sin2 δ0で与えられるので,低エネルギー領域において「位相のずれ」の k依存性は δ0 ∝ k(通常状態),δ0 ∝ kn(n > 1)(Bose凝縮)となる.直感的に考えると散乱断面積が大きいということは相互作用が大きいことを意味しているので低エネルギー (低速度)では散乱断面積が大きくなることが予想される.実際通常散乱ではそのような結果となっている.ところがBogoliubov励起散乱では低エネルギーで散乱断面積がゼロに近づいていることから,粒子とポテンシャルとの相互作用が小さく,低エネルギーではポテンシャルを感じない,かのように振舞うということがわかる.これはKagan,Danshitaらが示したAnomalous tunnelingと同様の結果であり,3次元でもAnomalous scatteringは起こっていると考えることができる.またこれらの現象はポテンシャルの高さに依らないことも 3.4の結果からわかる.それではAnomalous scatteringはなぜ低エネルギー領域のみで起こるのか.そのメカニズムは一体どうなっているのか.これらについて次の章で考察する.
45
46
4 Anomalous scatteringの起源
4.1 仮説:共鳴散乱
Anomalous scatteringはなぜ起こるのか.Kagan,Danshitaらによると共鳴状態の出現がその起源になっているのではないかと予測されている.この節では共鳴状態の出現がAnomalous scatteringにどのような影響を及ぼしているのかを検証するが,その前に共鳴散乱について述べる.
4.1.1 共鳴散乱
共鳴散乱とは3次元散乱問題において,あるエネルギー ε,角運動量 `(> 0)に対して部分散乱断面積が鋭いピークを持つという現象である.これは引力ポテンシャルに特有の現象で,粒子が感じる実効的なポテンシャルがその原因となっている.角運動用 ` > 0において粒子が感じる実効的なポテンシャル (外場ポテンシャル+遠心力ポテンシャル)は下のグラフの赤線のようになる (青線は外場ポテンシャル).
0.5 1 1.5 2 2.5 3r
-10
-5
5
10
15
20
VHrL,VeffHrL
図 4.1: 外場ポテンシャル (青線),粒子が感じる実効的なポテンシャル (赤線),(` = 1
の場合)
ここで上図の実効的なポテンシャル (赤線)に注目すると,0 < ε < 2の領域で束縛状態が出現しうることがわかる.以下にいくつかのポテンシャルについて,エネルギーと散乱断面積のグラフを記す.青線が部分散乱断面積を,赤線がその包絡線を表す.なお、ここでポテンシャルとしては以下のような単純な井戸型ポテンシャルを採用する.図は左側が引力ポテンシャル散乱,右側が斥力ポテンシャル散乱である.
V (r) =
{V0 (r < 1)
0 (r > 1)(4.1)
47
2 4 6 8 10¶
0.5
1
1.5
2
2.5
3
Σ
図 4.2: 青線:部分散乱断面,赤線:部分散乱断面積の包絡線,V0 = −9.7ξµ, ` = 0
2 4 6 8 10¶
2
4
6
8
10
Σ
図 4.3: 青線:部分散乱断面,V0 = 9.7ξµ, ` = 0
2 4 6 8 10¶
2
4
6
8
10
Σ
図 4.4: 青線:部分散乱断面,赤線:部分散乱断面積の包絡線,V0 = −9.7ξµ, ` = 1
2 4 6 8 10¶
2
4
6
8
10
Σ
図 4.5: 青線:部分散乱断面,V0 = 9.7ξµ, ` = 1
2 4 6 8 10¶
20
40
60
80
100
120
140
Σ
図 4.6: 青線:部分散乱断面,赤線:部分散乱断面積の包絡線,V0 = −9.7ξµ, ` = 2
2 4 6 8 10¶
2
4
6
8
10
Σ
図 4.7: 青線:部分散乱断面,V0 = 9.7ξµ, ` = 2
48
2 4 6 8 10¶
2
4
6
8
10
12
14
Σ
図 4.8: 青線:部分散乱断面,赤線:部分散乱断面積の包絡線,V0 = −19.5ξµ, ` = 0
2 4 6 8 10¶
2
4
6
8
10
12
14
Σ
図 4.9: 青線:部分散乱断面,V0 = 19.5ξµ, ` = 0
2 4 6 8 10¶
50
100
150
200
250
Σ
図 4.10: 青線:部分散乱断面,赤線:部分散乱断面積の包絡線,V0 = −19.5ξµ, ` = 1
2 4 6 8 10¶
2
4
6
8
10
Σ
図 4.11: 青線:部分散乱断面,V0 = 19.5ξµ, ` = 1
2 4 6 8 10¶
2
4
6
8
10
Σ
図 4.12: 青線:部分散乱断面,赤線:部分散乱断面積の包絡線,V0 = −19.5ξµ, ` = 2
2 4 6 8 10¶
2
4
6
8
10
Σ
図 4.13: 青線:部分散乱断面,V0 = 19.5ξµ, ` = 2
49
2 4 6 8 10¶
1
2
3
4
5
Σ
図 4.14: 青線:部分散乱断面,赤線:部分散乱断面積の包絡線,V0 = −30ξµ, ` = 0
2 4 6 8 10¶
2
4
6
8
10
Σ
図 4.15: 青線:部分散乱断面,V0 = 30ξµ, ` = 0
2 4 6 8 10¶
2
4
6
8
10
Σ
図 4.16: 青線:部分散乱断面,赤線:部分散乱断面積の包絡線,V0 = −30ξµ, ` = 1
2 4 6 8 10¶
2
4
6
8
10
Σ
図 4.17: 青線:部分散乱断面,V0 = 30ξµ, ` = 1
2 4 6 8 10¶
2
4
6
8
10
Σ
図 4.18: 青線:部分散乱断面,赤線:部分散乱断面積の包絡線,V0 = −30ξµ, ` = 2
2 4 6 8 10¶
2
4
6
8
10
Σ
図 4.19: 青線:部分散乱断面,V0 = 30ξµ, ` = 2
50
4.1.2 検証
共鳴散乱のグラフを踏まえた上で,Anomalous tunnelingの起源として共鳴状態がどのように関わっているかを議論する.結論から言うと,Anomalous tunneling
の起源は共鳴状態の存在によるものではないと考えられる.以下にその理由を述べる.
Bogoliubov方程式 (3.20)より,低エネルギーでは u(r) ≈ v(r) となることがわかる (後述).すると Bogoliubov励起が感じる実効的なポテンシャルは図 3.3,図3.5,図 3.7のようになるので,図 4.1の場合と同様,低エネルギーにおいて束縛状態が起こることが期待される.実際通常の引力ポテンシャル散乱の場合,図 4.6,図 4.10において共鳴ピークの出現が見られる.ところが,一般的な量子力学の理論によればポテンシャルの典型的なサイズと入射された波の波長 (エネルギー)がうまく整合したときにのみ共鳴が起こることが知られている.実際,引力ポテンシャルの `(> 0)波散乱であれば必ず共鳴が起こるわけではなく,それは図 4.4,図4.12,図 4.16,図 4.18をみれば,これらには共鳴ピークが存在していないことがわかる.
通常の斥力ポテンシャル散乱の場合,角運動量部分による遠心力ポテンシャルが加わっても引力ポテンシャルのときのような束縛状態は存在しない.これは `(> 0)
波の実効的なポテンシャル図を考えればすぐにわかる.共鳴ピークが存在しない場合の引力ポテンシャルによる部分散乱断面積 (` = 1)と斥力ポテンシャルによる部分散乱断面積 (` = 1)のエネルギー依存性には特徴的な違いは存在しないことが図 4.4と図 4.5,図 4.16と図 4.17をそれぞれ見比べることでわかる.
以上をまとめると,`(> 0)波の散乱において共鳴ピークの存在ということを除けば引力と斥力による散乱断面積のエネルギー依存性は非常に似ていることがわかる.
ゆえに,Bogoliubov励起の s波散乱 (図 3.11,図 3.23)を見る限り,共鳴ピークが出現しているとは言い難く,共鳴がAnomalous scatteringの起源となっているという仮説は正しくないと考えられる.もちろんBogoliubov励起の感じる実効的なポテンシャルが図 3.3,図 3.5,図 3.7となることから,通常の引力ポテンシャルの `波散乱の実効的なポテンシャルと似ているので,ある典型的なポテンシャルサイズを選べば共鳴ピークが出現する可能性は否定できない.しかし,Anomalous
scatteringの出現自体に共鳴を結びつけることは適切ではないと考えられる.
51
4.2 s波散乱断面積のエネルギー依存性~低エネルギー領域~
前節で,共鳴状態の出現がAnomalous scatteringの起源と考えることはできないと述べた.散乱断面積は位相のずれ (さらにこれ自体もエネルギーに依存)並びにエネルギーに依存するので,位相のずれのエネルギー依存性を調べればAnomalous
scatteringの原因を突き止めることができると考えられる.そこで本節では波動関数をエネルギーのベキで展開し,低次の項でどのような振る舞いをするかを調べることにより,位相のずれのエネルギー依存性を調べる.
S(r), G(r)を
S(r) ≡ u(r) + v(r) (4.2)
G(r) ≡ u(r)− v(r) (4.3)
と定義し,Bogoliubov方程式をこれらで書き表すと, {−1
2
(d2
dr2+
2
r
d
dr
)+
V (r)
µ+ [f(r)]2 − 1
}S(r) =
ε
µG(r) (4.4)
{−1
2
(d2
dr2+
2
r
d
dr
)+
V (r)
µ+ 3[f(r)]2 − 1
}G(r) =
ε
µS(r) (4.5)
となる.ここで S(r), G(r)を ε/µで展開すると,
S(r) =∞∑
n=0
(ε/µ)nS(n)(r), G(r) =∞∑
n=0
(ε/µ)nG(n)(r) (4.6)
となるので,これらを (4.4),(4.5)に代入すると以下の関係式が導かれる.n = 0の場合
{−1
2
(d2
dr2+
2
r
d
dr
)+
V (r)
µ+ [f(r)]2 − 1
}S(0)(r) = 0 (4.7)
{−1
2
(d2
dr2+
2
r
d
dr
)+
V (r)
µ+ 3[f(r)]2 − 1
}G(0)(r) = 0 (4.8)
n 6= 0の場合{−1
2
(d2
dr2+
2
r
d
dr
)+
V (r)
µ+ [f(r)]2 − 1
}S(n)(r) = G(n−1)(r) (4.9)
{−1
2
(d2
dr2+
2
r
d
dr
)+
V (r)
µ+ 3[f(r)]2 − 1
}G(n)(r) = S(n−1)(r) (4.10)
まずは (4.7)について考える.境界条件は r = 0で S(0)(r) < +∞,r → ∞で高々
52
ベキ発散する程度 (指数関数的に増大する成分を含まない)である.さて Gross-
Pitaevskii方程式 (3.10)は {−1
2
(d2
dr2+
2
r
d
dr
)+
V (r)
µ+ [f(r)]2 − 1
}f(r) = 0 (4.11)
を満たし,かつ f(r) < +∞ (r → 0),f(r) → 1 (r →∞) も満たすので,S(0)(r) =
定数× f(r)とおけば S(0)(r)は (4.7)の解であり,かつ境界条件を満たすので,ここでは S(0)(r) = f(r)とする1.
続いて (4.8)について考える.境界条件はS(0)(r)のときと同様,r = 0でG(0)(r) <
+∞,r → ∞で高々ベキ発散する程度である.さて (3.85)より,λの ε依存性を求めると下図のようになる.
0.2 0.4 0.6 0.8 1¶�Μ
0.2
0.4
0.6
0.8
1
Λ
図 4.20: λの ε依存性 (s波) (V0 = 100µ)
ε → 0では λ → 1 に収束するが.(3.49), (3.50), (3.53)より u(r), v(r)の初期条件は u(0) = 1, v(0) = λなので,λ = 1の場合G(0)(0) = u(0)− v(0) = 0となる.この初期条件で (4.8)を計算機で解くと,G(0)(r) = 0のみが解となることがわかる.
続いて (4.9)の n = 1の場合を考えると,G(0)(r)なので S(1)(r)は S(0)(r)と同じ方程式を満たす.ゆえに S(1)(r)∝ f(r)としてもよいが,後の結果 (散乱断面積のエネルギー依存性)には影響しないため2,S(1)(r) = 0とおく.さらに (4.10)の n = 1の場合について考える.rが十分大きいところ (漸近形)では (4.10)は
{−1
2
(d2
dr2+
2
r
d
dr
)+ 2
}G(1)(r) ∼ 1 (4.12)
となるので,G(1)(r)は
G(1)(r) →(
1
2+ Ae−2r
)(Aは定数) (4.13)
1定数倍は規格化の際影響するが,本節では規格化を考える必要はなく,そのことによって一般性は失われない.
2この後の議論を見ればわかる.
53
という漸近形を持つ.(4.9)の n = 2の場合について,rが十分大きいところ (漸近形)では
{−1
2
(d2
dr2+
2
r
d
dr
)}S(2)(r) =
1
2(4.14)
となるので,S(2)(r)は
S(2)(r) →(−r2
6+ B +
C
r
)(B, Cは定数) (4.15)
という漸近形を持つ.同様の計算から
G(2)(r) = 0 (4.16)
が求まる.
以上をまとめると,rが十分大きいところでは
S(r) = S(0)(r) + εS(1)(r) + ε2S(2)(r) + · · · (4.17)
= 1 + ε2
(−r2
6+ B +
C
r
)+ o(ε3) (4.18)
G(r) = G(0)(r) + εG(1)(r) + ε2G(2)(r) + · · · (4.19)
=1
2ε + o(ε3) (4.20)
となるので,(ただしここで ε/µを新たに εと書き直した.)
u(r) =S(r) + G(r)
2(4.21)
=1
2
(1− ε2r2
6
)− Cε3
2
(− 1
εr
)+
ε
4+
Bε2
2+ o(ε3) (4.22)
=
(1
2+
ε
4+
Bε2
2
) (1− ε2r2
6
)− Cε3
2
(− 1
εr
)+ o(ε3) (4.23)
今,エネルギーが十分小さい状況を考えているので,2.3で述べたようにフォノン的である.その際 ε ∝ kとなる.さらに今比例係数には興味がなく「位相のずれが εの何乗に比例するか」ということに興味があるため,ε = kとして扱っても問題ない.球Bessel関数 j0(εr),球Neumann関数 n0(εr)は εrが十分小さいとすると,それぞれ
j0(εr) =sin εr
εr≈ 1− ε2r2
6(4.24)
n0(εr) = −cos εr
εr≈ − 1
εr(4.25)
54
となるが,この近似式を用いると (4.23)は
u(r) =
(1
2+
ε
4+
Bε2
2
)j0(εr)− Cε3
2n0(εr) + o(ε3) (4.26)
と書くことができる.これより位相のずれが求まり,
tan δ0 =2Cε3
2 + ε + 2Bε2(4.27)
となる.上式では εが十分小さいときには分母は ε0の項のみ効いてくると考えられるので
tan δ0 ∝ ε3 ∝ k3 (4.28)
となる.一方通常の3次元の散乱理論 [29]によれば `波の位相のずれは k2`+1に比例することが知られている.すなわちBogoliubov励起 (s波)の低エネルギー領域での散乱は通常粒子の p波 (` = 1)散乱に相当しているということがわかる.実際3章のグラフを見るとBogoliubov励起の s波散乱断面積と通常粒子の p波散乱断面積のグラフは非常に似ていることがわかる.(特に図 3.11と図 3.16,図 3.23と図 3.28を見比べると顕著である)
なお,今回得られた結果 (図 3.9)を調べた結果,tan δ0は低エネルギー領域においておよそ εの 2.5~2.6乗に比例していることがわかった.
55
4.3 `(6= 0)波散乱断面積のエネルギー依存性~低エネルギー領域~
前節同様 S(r) ≡ u(r) + v(r), G(r) ≡ u(r) − v(r)として Bogoliubov方程式を書き直すと,
{−1
2
(d2
dr2+
2
r
d
dr− `(` + 1)
r2
)+
V (r)
µ+ [f(r)]2 − 1
}S(r) =
ε
µG(r)
(4.29){−1
2
(d2
dr2+
2
r
d
dr− `(` + 1)
r2
)+
V (r)
µ+ 3[f(r)]2 − 1
}G(r) =
ε
µS(r)
(4.30)
となる.ここで S(r), G(r)を ε/µで展開すると,
S(r) =∞∑
n=0
(ε/µ)nS(n)(r), G(r) =∞∑
n=0
(ε/µ)nG(n)(r) (4.31)
となるので,これらを (4.4),(4.5)に代入すると以下の関係式が導かれる.n = 0の場合
{−1
2
(d2
dr2+
2
r
d
dr− `(` + 1)
r2
)+
V (r)
µ+ [f(r)]2 − 1
}S(0)(r) = 0
(4.32){−1
2
(d2
dr2+
2
r
d
dr− `(` + 1)
r2
)+
V (r)
µ+ 3[f(r)]2 − 1
}G(0)(r) = 0
(4.33)
n 6= 0の場合{−1
2
(d2
dr2+
2
r
d
dr− `(` + 1)
r2
)+
V (r)
µ+ [f(r)]2 − 1
}S(n)(r) = G(n−1)(r)
(4.34){−1
2
(d2
dr2+
2
r
d
dr− `(` + 1)
r2
)+
V (r)
µ+ 3[f(r)]2 − 1
}G(n)(r) = S(n−1)(r)
(4.35)
となる.また rが十分大きいときの (4.32)の解は
S(0)(r)∝(r` +
c`
r`+1
)(4.36)
となり,前節と同様,λが 1の場合には (4.33)で rを十分大きくした方程式の解はG(0)(r) = 0のみとなる (→ u(r)~v(r)).一方 rが十分大きく,u(r)~v(r)とすれば通常の散乱問題と同様に考えることができるので
u(r)~v(r) ∝ j`(kr)− tan δ`n`(kr) (4.37)
56
となる.さらに低エネルギーに限ると kが十分小さいとしてよく,(kr) ¿ `の条件下で球 Bessel関数,球 Neumann関数に対して以下のような近似式が成り立つことが知られている.
j`(kr)~(kr)`
(2` + 1)!!(4.38)
n`(kr)~− (2`− 1)!!
(kr)`+1(4.39)
すると (4.37)~(4.39)より
u(r)~v(r) ∝(r` +
(2` + 1)!!(2`− 1)!! tan δ`
k2`+1r`+1
)(4.40)
となる.さらに (4.36)と (4.40)を比べると
tan δ`~c`k
2`+1
(2` + 1)!!(2`− 1)!!(4.41)
(4.41)より,` 6= 0に対して
tan δ` ∝ k2`+1 (4.42)
となり,これは通常粒子の散乱の結果と一致する.
57
58
5 まとめと今後の課題
5.1 まとめ
Bogoliubov励起 (s波)の低エネルギー領域でAnomalous scatteringが起こる原因は凝縮体の空間密度変化によってBogoliubov励起 (s波)が感じる実効的なポテンシャルが変化し,ポテンシャル井戸ができることが原因である (図 3.3,図 3.5,図 3.7).このポテンシャル井戸の存在は通常粒子の引力ポテンシャル p波散乱における実効的なポテンシャルと似ている (図 4.1).しかるに,Bogoliubov励起 (s波)
の位相のずれのエネルギー依存性が通常粒子の引力ポテンシャル p波散乱のそれと同等になり,結果として低エネルギー領域でBogoliubov励起 (s波)の散乱断面積の振る舞いは通常粒子の引力ポテンシャル p波散乱と似たものとなる.また低エネルギーのみで Anomalous scatteringが起こる原因は図 3.3,図 3.5,図 3.7を見ると,ある励起エネルギー以上では凝縮体の空間密度変化が引き起こすポテンシャルの変化を受けないからである.まとめると,低エネルギー領域での通常粒子の散乱は
δ` ∝ k2`+1 =⇒ σ` ∝ k4` =⇒ σ0~const (5.1)
となるが,低エネルギー領域でのBogoliubov励起の s波散乱は
δ0 ∝ k3 =⇒ σ0 ∝ k4 (5.2)
となる.結局,Anomalous scatteringの直接的な起源は,低エネルギー領域において位相のずれの k依存性が異なるから,ということになる.
今回Bogoliubov励起 (s波)が感じるポテンシャルにおいてポテンシャル井戸の発生があるとした.このことを検証するためにはポテンシャルの高さと幅を適切に変えて,共鳴ピークが出現することを確認できればよい.実際,外場ポテンシャルの幅は固定したが,幅の違いによってどのような変化が起こるかということも興味深い.それによって強力な共鳴ピークの存在が確認できる可能性がある.
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5.2 今後の課題
今後の課題としては,以下に3つあげる.I.有限温度への拡張II. 外場が引力ポテンシャルの場合III.低エネルギー領域における位相のずれの次元依存性
まず I.について,ポポフ近似を用いることによって有限温度においてもBogoli-
ubov励起が絶対零度付近と同様にAnomalous scatteringが起こるかどうかを考察したい.Gross-Pitaevskii方程式,Bogoliubov方程式はそれぞれ以下のようになると考えられる.
{H0(r) + g|Ψ(r)|2 + 2gρ(r)}Ψ(r) = 0 (5.3)(
H0(r) + 2g|Ψ(r)|2 + 2gρ(r) −g[Ψ(r)]2
g[Ψ∗(r)]2 −H0(r)− 2g|Ψ(r)|2 − 2gρ(r)
) (ui(r)
vi(r)
)
= εi
(ui(r)
vi(r)
)(5.4)
ここで
ρ(r) =∑
i
[|ui(r)|2fB(εi) + |vi(r)|2(fB(εi) + 1)] (5.5)
であり,fB(εi)はBose分布関数である.これらの方程式を解くことで有限温度におけるBogoliubov励起の散乱問題を議論することができると考えられる.
続いて II.について,今回は斥力ポテンシャルのみを考えたが,Bogoliubov励起の引力ポテンシャル散乱を考えることできる.引力ポテンシャルの場合,凝縮体波動関数は原点をピークとした減少関数になることが予想されるため,有効ポテンシャルは s波の場合においも束縛状態を誘起するようなものとなる.したがって斥力ポテンシャルの場合と同様,Bogoliubov励起と通常の粒子との間で大きな違いが存在し,Anomalous scatteringが起こると予想される.ここで実際に V = −2µ, l = 0(s波)
の場合における「位相のずれ」及び「散乱断面積」を計算してみたものが図 5.1~図 5.4である.
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2 4 6 8 10 12 14¶�Μ
-0.2
-0.1
0.1
tan∆
図 5.1: Bogoliubov 励起の位相のずれ (V=-2 μ)l=0
2 4 6 8 10 12 14¶�Μ
-10
-7.5
-5
-2.5
2.5
5
7.5
10
tan∆
図 5.2: 通常の粒子の位相のずれ (V=-2 μ)l=0
2 4 6 8 10 12 14¶�Μ
0.02
0.04
0.06
0.08
0.1
Σ
図 5.3: Bogoliubov 励起の散乱断面積 (V=-2 μ)l=0
2 4 6 8 10 12 14¶�Μ
10
20
30
40
50
60
Σ
図 5.4: 通常の粒子の散乱断面積 (V=-2 μ)l=0
図 5.3と図 5.4を見比べるとわかるように,低エネルギー領域において通常粒子の散乱の場合はある有限の値をとるのに対して,Bogoliubov励起ではゼロに収束する.この結果より,引力散乱においてもAnomalous scatteringが起こっていることがわかる.今後,引力ポテンシャルについても斥力ポテンシャルの場合と同様に考察するする必要がある.
最後に III.について,Kagan[20],Danshita[21]によれば一次元の場合,低エネルギー領域でBogoliubov励起の位相のずれ δは kに比例している.今回の3次元の散乱問題では δ0が k3に比例している.ということは一つの仮説として,「Bogoliubov励起の斥力ポテンシャル散乱において,低エネルギー領域における位相のずれは kdに比例する.ここで,dは考えている系の次元である.」ということがあげられる.これを検証するためには2次元系におけるBogoliubov
励起の散乱問題を考える必要がある.
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謝辞本研究を行うにあたって,終始御指導くださった加藤雄介助教授に深く御礼申し上げます。大変ご迷惑をおかけしましたが,2年間本当にお世話になりました.同じ研究室の浅沼伸雄氏,永井佑紀氏には特にセミナー,PC関連等を通じて大変お世話になりました.有難うございます.また,修士1年時の輪読,ランチセミナーを通して,福島研,吉岡研の皆様にも大変貴重なご指摘を頂きましたことを,この場を借りて御礼申し上げます.
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