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1A01 N-メチルアセトアミド-水錯体における配位構造とメチル基内部回転ポテンシャル障壁の関係 ○中西 雄紀, 小井 教江, 藤竹 正晴 Relationship between conformational structure and methyl internal rotation potential barriers in N-methylacetamide-water complexes (Graduate School of Natural Science & Technology Kanazawa University) Yuuki Nakanishi, Norie Koi, Masaharu Fujitake 【序】 N-メチルアセトアミド (CH3-CONH-CH3 : NMA) は、ペプチド結合の両端にメチル 基を持つ分子であり、タンパク質の背骨となるペプチド鎖のもっとも単純なモデル分子とみ なせる。ペプチド鎖は柔軟に構造変化することで、生体機能の発現につながる二次構造や高 次構造を形成していく。この過程において、分子内水素結合や溶媒である水分子との水素結 合が重要な役割を果たしているといわれている。ペプチド鎖の柔軟性はペプチド結合 (-CONH-) 両端の C-C 結合軸、C-N 結合軸周りのねじ れやすさに依っている。これは NMA の場合、両端の 2つのメチル基の内部回転運動におけるポテンシャル 障壁の高さに対応している。実際、NMA 単量体のメ チル基の内部回転の障壁の高さ 3 は、N-Me 77.7 cm -1 C-Me 76.2 cm -1 であり、室温のエネルギーに対して非常 に低く、またそれぞれが独立に回転しているとみなせる という結果が得られている[1]我々は水分子が配位する事でペプチド鎖の柔軟性にど のような影響を与えるかを知るため、NMA‐ H 2 O錯体を用 いてメチル基内部回転障壁がどのように変化するかを実 験的に調べている。量子化学計算 (Gaussian09W , MP2/6-311 ++ G (3d,3p)) により、NMA‐ H 2 O錯体は Fig.1 示すように、水分子との水素結合の位置と向きの異なる 3 種類のアイソマーが予想された。すでに、PA[CO]CMe-錯体[2]について観測が行われており、NMA に水分子が配 位することで、両方の 3 が上昇し、特に水分子に近い 3 (C-Me) の値が大きく上昇する結果となった。 本研究では、エネルギー的に存在量の多いと予想される プロトンアクセプター型の内、未同定の PA[CO]NMe-型の 測定を行い、水分子の配位構造と 3 の関係について明らか にすることが目的である。 【実験】 パルス超音速ジェット・フーリエ変換マイクロ 波分光器を用いて純回転スペクトルの測定を行った。試料溜めに NMA を入れ、ラバーヒー ターで約 75℃に温めた。これを押し圧 8atm のネオン・水混合ガスとともに約10 −9 atm の高 PD[NH]-H H H H O C C H H H C N PA[CO]CMe-PA[CO]NMe-Fig.1 量子化学計算による NMA-H2O 錯体 A 6317/ MHz B 1494/ MHz C 1236/ MHz ΔE=0/ cm -1 A 4823/ MHz B 1929/ MHz C 1402/ MHz ΔE=10/ cm -1 A 3908/ MHz B 1938/ MHz C 1325/ MHz ΔE=962/ cm -1

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  • 1A01

    N-メチルアセトアミド-水錯体における配位構造とメチル基内部回転ポテンシャル障壁の関係

    ○中西 雄紀, 小井 教江, 藤竹 正晴

    Relationship between conformational structure and methyl internal rotation potential

    barriers in N-methylacetamide-water complexes

    (Graduate School of Natural Science & Technology Kanazawa University)

    ○Yuuki Nakanishi, Norie Koi, Masaharu Fujitake

    【序】 N-メチルアセトアミド (CH3-CONH-CH3 : NMA) は、ペプチド結合の両端にメチル

    基を持つ分子であり、タンパク質の背骨となるペプチド鎖のもっとも単純なモデル分子とみ

    なせる。ペプチド鎖は柔軟に構造変化することで、生体機能の発現につながる二次構造や高

    次構造を形成していく。この過程において、分子内水素結合や溶媒である水分子との水素結

    合が重要な役割を果たしているといわれている。ペプチド鎖の柔軟性はペプチド結合

    (-CONH-) 両端の C-C 結合軸、C-N 結合軸周りのねじ

    れやすさに依っている。これは NMA の場合、両端の

    2つのメチル基の内部回転運動におけるポテンシャル

    障壁の高さに対応している。実際、NMA 単量体のメ

    チル基の内部回転の障壁の高さ𝑉3は、N-Me が 77.7 cm-1、

    C-Me が 76.2 cm-1であり、室温のエネルギーに対して非常

    に低く、またそれぞれが独立に回転しているとみなせる

    という結果が得られている[1]。

    我々は水分子が配位する事でペプチド鎖の柔軟性にど

    のような影響を与えるかを知るため、NMA‐H2O錯体を用

    いてメチル基内部回転障壁がどのように変化するかを実

    験的に調べている。量子化学計算 (Gaussian09W ,

    MP2/6-311++G (3d,3p)) により、NMA‐H2O錯体は Fig.1 に

    示すように、水分子との水素結合の位置と向きの異なる 3

    種類のアイソマーが予想された。すでに、PA[CO]CMe-型

    錯体[2]について観測が行われており、NMA に水分子が配

    位することで、両方の𝑉3が上昇し、特に水分子に近い𝑉3

    (C-Me) の値が大きく上昇する結果となった。

    本研究では、エネルギー的に存在量の多いと予想される

    プロトンアクセプター型の内、未同定の PA[CO]NMe-型の

    測定を行い、水分子の配位構造と𝑉3の関係について明らか

    にすることが目的である。

    【実験】 パルス超音速ジェット・フーリエ変換マイクロ

    波分光器を用いて純回転スペクトルの測定を行った。試料溜めに NMA を入れ、ラバーヒー

    ターで約 75℃に温めた。これを押し圧 8atmのネオン・水混合ガスとともに約10−9 atm の高

    PD[NH]-型

    H

    H

    H

    HO

    C

    CH

    H

    H

    C

    N

    PA[CO]CMe-型

    PA[CO]NMe-型

    Fig.1 量子化学計算による

    NMA-H2O 錯体 A 6317/ MHz

    B 1494/ MHz

    C 1236/ MHz

    ΔE=0/ cm-1

    A 4823/ MHz

    B 1929/ MHz

    C 1402/ MHz

    ΔE=10/ cm-1

    A 3908/ MHz

    B 1938/ MHz

    C 1325/ MHz

    ΔE=962/ cm-1

  • 真空チャンバー内にパルス状で噴射し、超音速分子ジェットを生成し、9~25GHz の周波数

    領域内で測定を行った。

    量子化学計算で PA[CO]NMe-型錯体の構造を算出し、その構造から回転定数 A,B,C 及び 2

    つのメチル基の内部回転の慣性モーメントと内部回転軸の慣性主軸に対する方向余弦, 核四

    重極子結合定数 χ を求めた。加えて、初期パラメータとして𝑉3は PA[CO]CMe-型錯体の値を

    用いて、PAM ハミルトニアンによる遷移周波数の予想を行った。この予想遷移周波数をもと

    に、周辺の未帰属のスペクトルを測定した。

    各回転遷移は 2 つのメチル基の内部回

    転の大振幅運動により、5 種類の内部回転

    対称種に分裂する。この分裂パターンと

    超微細分裂パターンなどの情報から

    PA[CO]NMe-型錯体のスペクトルの帰属

    を行った。その帰属された全内部回転対

    称種を PAM によりグローバル・フィット

    し、分子定数は Table1 のように決定した。

    この回転定数と Fig.1 の 3 つの水錯体の回

    転定数を比較すると、PA[CO]NMe-型錯体

    のスペクトルであることが確かめられた。

    【結果と考察】 NMA 単量体と 2 つの水錯体のそれぞれの𝑉3の値は Fig.3 の様になった。

    PA[CO]NMe-型錯体も PA[CO]CMe-型錯体と同様に、水分子が NMA に配位することでメチル

    基の𝑉3が増加している。つまり、NMA に水分子が配位することでメチル基が回転しにくくな

    っている事を示している。さらに、NMA の 2 つのメチル基の内、水分子に近接したメチル基

    の𝑉3が遠方のメチル基に比べ大きく上昇している事がわかる。ただし、水分子に近接したメ

    チル基の𝑉3に関して、PA[CO]CMe-型水錯体では、水分子が配位することで𝑉3の増加率が 47%

    であったが、PA[CO]NMe-型水錯体では増加率が 260%と非常に大きく増加している。この事

    から、水分子の配位位置により𝑉3への影響が大きく異なることがわかった。さらに、NMA に

    配位した水分子から遠方にあるメチル基に関しても、PA[CO]CMe-型水錯体では増加率が

    10%と小さかったものの、PA[CO]NMe-型水錯体では増加率が 50%と大きく変化した。この

    結果に関して考察を含め発表する。

    [1] N. Ohashi, J. T. Hougen, R. D. Suenram, F. J. Lovas, Y. Kawashima, M. Fujitajke,

    J. Pyka, Journal of Molecular Spectroscopy, 227 (2004) 28 – 42.

    [2] 田村秀、大橋信喜美、藤竹正晴 分子科学討論会 (福岡) 2008 1D21

    Table1 決定した PA[CO]NMe-型水錯体

    の各種分子定数の一部

    normal

    A/MHz 4635.064(55)

    B/MHz 1906.8580(44)

    C/MHz 1377.1657(49)

    ΔJ/MHz 0.0008620(25) ΔJK/MHz 0.006746(15)

    ΔK/MHz -0.0280(24)

    δJ/MHz 0.0001871(13)

    δK/MHz 0.004158(29)

    a1 (N-Me) 0.868503(81)

    a2 (C-Me) 0.907899(74)

    Ap1/MHz 7.824(11)

    Ap2/MHz -2.5127(50)

    Bp2/MHz 0.22254(27)

    Cp1/MHz 0.6235(10)

    Cp2/MHz 0.06408(14)

    aa /MHz 2.0233(41)

    bb -cc /MHz 5.7113(49)

    (ν𝑜𝑏𝑠

    −ν𝐴)/(𝐽 + 1)/𝑀𝐻𝑧

    J+1,0,J+1 - J,0,J

    J+1,0,J+1 - J,0,J

    J=7-6

    J=6-5

    J=5-4

    J=4-3

    (ν𝑜𝑏𝑠

    −ν𝐴)/(𝐽 + 1)/𝑀𝐻𝑧

    Fig.1 PA[CO]NMe-型水錯体の

    a-Type-R-branch 遷移の繰り返しパターン

    77.1 85.1 27876.2 112 1140

    50

    100

    150

    200

    250

    300

    単量体 PA[CO]CMe-型 PA[CO]NMe-型

    V3(c

    m-1

    )

    Fig.3 メチル基内部回転

    ポテンシャル障壁の高さ

    N-Me C-Me

    [10%]

    [47%]

    [260%]

    [50%]

    [単量体からの増加率]

  • 1A02 メチルカルコゲノベンゼン誘導体の分子内回転

    (電通大院情報理工)○山北 佳宏,下川原 翔太,小林 憲明

    Intramolecular rotation in methylchalcogeno benzene analogues (Univ. of Electro-Communications) ○Yoshihiro Yamakita, Shota Shimokawara, and Noriaki

    Kobayashi

    【序】位にヘテロ原子を有するベンゼン誘導体では、環と置

    換基との間にn-および-相互作用が働く。これらは分子内

    回転の安定性に影響を及ぼすと考えられ、実験と計算[1]によ

    って研究されてきた。本研究では、液相と気相の両面から分

    子内回転の安定性を調べることを目的とし、カルコゲン原子

    であるO, S, Seを有するメチルカルコゲノベンゼンC6H4XCH3

    (X=O, S, Se)の分子内回転について、液相でのラマン分光と気

    相のレーザー分光を用いて研究を行った。カルコゲン原子は

    2つの非共有電子対をn軌道に持つため、メチルカルコゲノベンゼンでは、環とメチル基が単結合

    で結ばれた単純な分子内回転系となる(Fig. 1)。本研究ではさらに、パラ位に置換基Yを有する

    YC6H4XCH3 (Y = NO2, CN, H, CH3, NH2)について量子化学計算を行い、ヘテロ原子Xの非結合性軌道

    nXとベンゼン環の電子分布の変化を調べた。

    【実験と計算】ラマンスペクトルの測定には、低振動数領域の測定が可能な顕微ラマン分光

    器(JASCOおよびRenishaw)を用い、532.0 nmまたは632.8 nmの励起光を用いて測定した。気相

    のレーザー分光では、Arでシードしたセレノアニソール分子線に対して、Nd3+:YAGパルスレ

    ーザー(Continuum)の2倍波で励起した色素レーザー(Lumonics)の倍波を波長掃引しながら照

    射し、共鳴多光子イオン化で生じたイオンをWiley-McLaren型の加速電極で加速して質量選別

    したのちマイクロチャンネルプレート検出器(Photonis)で検出した。セレノアニソールは、富

    山大理化林直人准教授らにより、アルゴン雰囲気下でベンゼンセレノールに水酸化カリウム

    とヨウ化メチルを順に加えることにより合成された。

    理論計算にはGaussian 03または09プログラムを用い、基準振動計算ならびに回転エネルギ

    ー計算にはB3LYP/ aug-cc-pVTZを主として用いた。また第一イオン化エネルギー(IE)の計算に

    は外価グリーン関数法OVGFを用いた。さらに、多量体における分子内回転の安定性について

    は、B3LYPのほか、分散力効果を取り入れた汎関数B2PLYPD, M06-2Xを採用し、6-31++G(d,p),

    6-31++G (3df,2pd), aug-cc-pVTZ, aug-cc-pVQZについて基底関数依存性を検証した。

    【結果と考察】Fig. 2に、実測と計算で得られたセレノアニソールの非共鳴ラマンスペクトル

    を示す。実測のラマンスペクトル(a)は、平面構造pの計算結果(b)によく一致することが分かっ

    Fig. 1. Coplanar and vertical structuresof methylchalcogenobenzene.

  • Ion

    Sign

    al/ a

    rb. u

    nits

    た。さらに平面構造pと垂直構造vの混合物としてスペクト

    ルを合成し、一致度[2]を用いて定量的に評価すると、垂直

    構造が14%混ざった場合に最大の一致度maxを示すことが

    分かった。また、平面構造が重なり合った2量体として得ら

    れた構造p2について一致度を計算すると、2量体で最も良い

    一致が得られた。

    Table 1に示すように、平面構造と垂直構造の間のエネル

    ギー差E=E(p)E(v)を計算すると、カルコゲン原子がO→S

    →Seと高周期元素になるにつれてその絶対値が顕著に小さ

    くなってゆくことが分かる。これは、ベンゼン環炭素とヘ

    テロ原子の結合距離r(CringX)が長くなっていくことから分

    かるように、n-あるいは-相互作用を通じた環-メチル

    基相互作用が著しく減っていくことによるものと考えら

    れる。とくに、X=S, Seの場合はEが室温のkT=2.5 kJmol-1

    と同程度であることから、液体内では分子内回転が大振幅

    振動を通じて揺らいでいることが結論される。

    さらに分子内回転の安定性を電子状態から調

    べるため、パラ位に電子吸引性の異なる置換基

    Yを導入した分子について調べた。計算された

    Eは明らかにYの電子吸引性と相関を示すこと

    が分かった。自然結合軌道(NBO)解析から、こ

    れ相関はカルコゲン原子の非結合性軌道nXと

    環の軌道の相互作用によるものと説明され

    た。

    Fig. 3には、分子線として冷却したセレノア

    ニソールの共鳴2光子イオン化スペクトルを

    示す。チオアニソールの場合[3]と同様に、

    34200 cm-1付近に0-0遷移に帰属されるピーク

    が観測されたが、低振動数領域にねじれ振動

    の遷移は検出できなかった。

    [1] V. M. Bzhezovskii and E. G. Kapustin, Russ. J. Org. Chem. 38, 564 (2002).

    [2] Y. Yamakita, T. Okazaki, and K. Ohno, J. Phys. Chem. A 112, 12220 (2008).

    [3] M. Nagasaka-Hoshino, T. Isozaki, T. Suzuki, T. Ichimura, and S. Kawauchi, Chem. Phys. Lett. 457,

    58 (2008).

    Table 1. Conformational energy difference E=E(p)-E(v) (kJ mol-1) and bond distances Cring-X(X=O, S, Se; Å) at B3LYP/aug-cc-pVTZ.

    C6H5OCH3 C6H5SCH3 C6H5SeCH3E -13.2 -4.7 -1.7

    r(Cring-X) 1.364 1.777 1.925

    Fig. 3. Resonantly enhanced two photon ionization (RE2PI) spectrum of selenoanisole.

    Fig. 2. Raman spectra of seleno-anisole. (a) Observed and (b) calculated for coplanar structure pand (c) dimer structure p2.

    00

    16b1

    111

    6a1

    12118a1

    S1

    6b1

  • 1A03 フーリエ変換マイクロ波分光と量子化学計算による

    ウィスキーラクトンの構造解析(第 2 報) (神奈川工大*・総研大**)○川嶋良章*・宇都木淳*・葛城隆祐*・廣田榮治**

    Conformational analysis of whisky lactone using Fourier transform microwave spectroscopy

    and quantum chemical calculations (2)

    (Kanagawa Inst. Tech.* and The Graduate Univ. Advanced Studies**)

    Yoshiyuki Kawashima*, Jun Utsugi*,Ryusuke Katsuragi*,and Eizi Hirota**

    【序】2 個の不斉炭素を持つ 3-メチル-4-オクタノリド(ウィスキーラクトン) WL は、メチル基とブチル基の配置について trans と cis がある。一例を図 1 に示した。2011 年にフーリエ変換マイクロ波(FTMW)分光を用いて 1 種類の異性体(cis-3R4R の TTT)を帰属し報告した 1)。測定されたスペクトルには未帰属線が多く残っており、量子化学

    計算を併用してこれらの未帰属線を帰属することおよび

    分子構造や分子内振動に関する知見を得ることを目的と

    して研究を続けてきた。 【実験】Aldrich 社から購入した WL をステンレス製の液溜めに入れ、背圧 3.0atm のアルゴンで希釈の上、分子線噴射ノズルから真空チャンバー内に噴射して試料の分子線を得た。ヒーターで液溜めを 80℃前後に保ちながら測定した。今回マイクロ波出力を弱くすることにより、より多くのスペクトル線を検出できるようになった。

    5~16 GHz の周波数領域を 0.25 MHz ごとに 20 回積算しながら掃引した。精密測定には積算回数を 200~4000 回とした。購入した WL 試料を、宮腰教授(明治大学)に依頼してキラルカラムを用いたガスクロにより分析した結果、cis, trans とそれぞれの光学異性体、合計 4 種類がすべて同量ずつ含まれていることが分かった。 【計算】Gaussian09 を用いて ab initio 分子軌道計算を MP2/6-311++G(d,p)レベルで行った。ラクトン 5 員環にはメチル基とブチル基がエカトリアル(eq)とアキシャル(ax) に配位できる。さらにブチル基には、3 個の炭素結合:C(4)-C(5)、C(5)-C(6)および C(6)-C(7)まわりの安定配座[60°:ゴーシュ(G)、180°:トランス(T)、-60°:ゴーシュ’(G’)] により 27 種類の回転異性体が期待される。Trans ではメチル基:eq、ブチル基:eq の場合とメチル基:ax、ブチル基:ax の 2 種類の構造があり、それぞれの状態を(eq, eq)と(ax, ax)と呼ぶ。また cis では(ax, eq)と(eq, ax)の構造がある。ところが、ブチル基に関しては trans でも cis でも eq 型が安定であることが分かった。ブチル基の回転異性を含め量子化学計算を行った結果、メチル基との立体

    障害によりいくつかの配置は不安定であることが分かった。Trans では(eq, eq)の TTT が最も安定で、cis では(aq,eq)の TTT 構造が、次いで GTT が安定であることが分かった。これらの結果を表 1 に示す。これらの構造について計算した分子内振動の振動数はすべて正であった。 【結果】a 型遷移の観測スペクトルを検討した結果、cis-3R4R の GTT のスペクトル線を帰属

    Fig.1 Molecular structure of the trans-

    3S4R TTT form of WL

  • することができた。しかし、帰属した cis 2 種類の吸収線より強い未帰属の線が多数残っており、b型あるいはc型遷移の可能性が示唆された。実際、周波数領域 6~8GHz に 700MHz と950MHz の間隔で現れる強度の強いシリーズを見出し、計算した最安定構造:trans-3S4R TTTの回転定数を参照して、次のような b 型遷移に帰属することができた。700MHz 間隔の遷移は J+11J+1←J0J、950MHz 間隔の遷移は J+10J+1←J1J である。これらの遷移を元にして trans-3S4R TTT に対して 103 本の b 型遷移と 67 本の a 型遷移を測定・帰属した。同様に、cis-3R4R TTTに対して 79 本の a 型遷移と 83 本の b 型遷移および 3 本の c 型遷移を、cis-3R4R GTT に対して 158 本の a 型遷移と 35 本の b 型遷移を測定・帰属した。回転スペクトルの解析には、非対称コマに対する Watson の A-reduced Hamiltonian を用い、回転定数と 5 個の遠心力歪定数 ΔJ、ΔJK、ΔK、δJ、δK を最小二乗法により決定した。量子化学計算で計算された回転定数および双極子モーメントを参照し、測定された異性体が trans-3S4R TTT、cis-3R4R TTT、cis-3R4R GTTであることを確認した。未帰属線が残っており、エネルギーの低い状態の回転異性体による

    ものではないかと検討を続けている。 Cis の TTT の b 型および c 型遷移で狭い K 型 2 重項分裂を含む遷移:(331←220, 330←221, 331←221, 330←220)や(441←330, 440←331, 441←331, 440←330)などは小さな分裂を示す。他の 2 種類の異性体にはこのような分裂は検出されなかった。ラクトン環の面外変角振動(ring puckering)が原因ではないか検討中である。

    Table 1. Observed rotational constants of 3-methyl-4-octanolide, as compared with the values calculated by an ab initio MO method

    a 最小 2 乗法に含まれていない遷移の数。 【参考文献】1) 葛城隆祐・川嶋良章・廣田榮治、3P018 第 5 回分子科学討論会、北海道大学 【謝辞】WL のガスクロ分析を行っていただいた宮腰哲雄教授(明治大学)にお礼申し上げます。

    Experimental Ab initio calculation

    Trans

    TTT

    Cis

    TTT

    Cis

    GTT

    Trans

    (eq,eq)

    TTT

    Cis

    (ax, eq)

    TTT

    Cis

    (ax, eq)

    GTT

    A / MHz 1794.499892 (42) 2053.381250 (55) 2741.98570 (15) A /MHz 1790.6 2063.3 2773.5

    B / MHz 529.452217 (19) 517.625172 (28) 476.730556 (46) B /MHz 531.2 518.4 477.1 C / MHz 425.409659 (13) 446.593481 (24) 440.223293 (46) C /MHz 426.2 448.3 441.8 ΔJ / kHz 0.017652 (48) 0.022427 (83) 0.009521 (93) ΔJK / kHz 0.24785 (28) -0.01775 (54) 0.26639 (50) ΔK / kHz 0.0523 (16) 0.8679 (22) 0.608 (10) δJ / kHz 0.005125 (25) 0.004545 (45) 0.000225 (55)

    δK/ kHz 0.2033 (13) 0.1329 (49) 0.159 (20) 3σ / kHz 1.6 1.6 2.2 ΔE / cm–1 0 222 255 N(a-type) 107 82 158 μa /D 0.779 1.160 4.242 N(b-type) 104 85 (+2)a 42 μb /D 5.344 4.700 3.137 N(c-type) --- 3 (+4)a --- μc /D 0.217 2.210 1.860

  • 表.1 観測した回転遷移の数

    1A04

    希ガス–CS錯体のフーリエ変換マイクロ波分光

    (東大院・総合) ○栗原瑞貴、中島正和、遠藤泰樹

    Fourier-transform microwave spectroscopy of Rg–CS complexes

    (The University of Tokyo) ○Mizuki Kurihara, Masakazu Nakajima, Yasuki Endo

    【序】

    当研究室では、単純な原子–二原子分子の系のなかで、van der Waals(vdW)相互作用により

    弱く結ばれた vdW 錯体について多くの研究を行なってきた。最近、新井田は Ar–CSの 3次

    元ポテンシャルエネルギー曲面(3D PES)を決定した[1]。これは、このような希ガス–二原子

    分子錯体について、高精度な ab initio計算の結果を初期値として、その分子のダイナミクス

    を計算し、実験で観測された遷移周波数を再現するよう 3D PESを決定したものである[2]。

    vdW 錯体の特徴的な運動に大振幅振動がある。これは希ガス–二原子分子系の二原子分子

    が希ガスに対して大きく振動することができるからである。今回とりあげた Rg–CS錯体は、

    CSという不安定分子を含む基本的な閉殻系分子錯体である。様々な希ガスとこの不安定分子

    との大振幅振動の解析から、分子まわりの分子間ポテンシャルにどのような希ガスのサイズ

    依存性が存在するのかを解明することができるとともに、分子間相互作用とそのダイナミク

    スをより詳しく知ることができると期待される[3]。

    そこで本研究では、パルス放電ノズル超音速ジェット法と組み合わせたフーリエ変換型マ

    イクロ波(FTMW)分光器を用いて Rg–CS錯体(Rg=Ne,Kr)の回転遷移を観測することで、これ

    らの錯体を同定しその分子定数、さらに分子間ポテンシャルを決定し、それらを既知の系で

    ある Ar–CSと比較することを目指した。今回はそのなかでも Kr –CSの観測結果について報

    告する。

    【実験】

    サンプルガスには二硫化炭素 0.1 %とクリプトン 5.0 %をアルゴン中に希釈したものを用

    いた。このサンプルガスを背圧 4.0 atm、印加電圧 1.3 kVでパルス放電ノズルを通し、真空

    チャンバー内に噴射し、超音速ジェット中に Kr–CSを生成した。この時、マイクロ波とジェ

    ットの向きは平行とした。K=1←0の b-type遷移の観測には FTMW 分光法を用い、K=2←1

    の b-type遷移の観測には FTMW-ミリ波二重共鳴分光法を用いた。

    これらの手法を用いてクリプトンの同位体種 82Kr、 84Kr、 86Kr、それぞれについて、錯体

    の回転遷移の観測を行なった。

    【結果】

    それぞれの同位体種の錯体の回転遷移を合計 142本

    観測した。観測した遷移の内訳を表.1に示す。ここで

    vsはCS分子の伸縮振動の量子数を表している。FTMW

    分光法で観測したスペクトルの一例として、三つの同

    vs

    0 1 2 3

    82Kr–CS 18 6 7 0 84Kr–CS 21 21 21 14 86Kr–CS 19 7 8 0

  • 表.2 決定した分子定数 / MHz

    図.1 J,K=4,1←4,0の遷移 図.2 J,K=2,2←2,1の遷移

    位体種の錯体の J,K=4,1←4,0の遷移を図.1に示す。また二重共鳴分光法で観測したスペクト

    ルの例として J,K=2,1←2,0遷移をモニターしながら観測したJ,K=2,2←2,1遷移を図.2に示す。

    【解析及び考察】

    まず非対称コマ分子のハミルトニアンを用いた解析を

    行ない、スペクトルの帰属と分子定数をそれぞれの同位体

    種の錯体について決定した。一例として 84Kr–CS vs=0の

    分子定数を表.2に示す。決定した分子定数より Kr–CS は

    T 字型の平衡構造をとることが分かった。同様に vs=0に

    おけるそれぞれの同位体種の分子定数も標準偏差 10 kHz

    前後と実験誤差内で決定することができた。これらから計

    算された慣性欠損 は10.4 uÅ2とAr–CSと同程度の大き

    さだが、 は 0.95 MHzと 倍程度になっている。これ

    はRg–CS系は一般的には大きな大振幅振動をしているが、

    変角振動に対しては希ガスに依存してその振幅が小さく

    なっているためと考えられる。

    現在、Kr–CS錯体については、CCSD(T)-F12b/aug-cc-pVQZレベルの ab initio計算で求め

    たポテンシャル面のデータを初期値とし、自由回転子モデルを用いて観測した全ての遷移を

    同時に最小自乗解析することで、3D PESを実験的に決定することを進めている。また、今

    後 Ne–CS錯体の観測も行なう予定である。

    [1] C. Niida et al., J. Chem Phys. 140, 104310 (2014)

    [2] Y. Sumiyoshi et al., Mol. Phys. 108, 2207 (2010)

    [3] K. Suma et al., J. Chem Phys. 120, 6935 (2004)

    84Kr–CS vs=0

    27955.5754(29)

    1038.06(14)

    980.71(14)

    0.009029(59)

    0.95905(24)

    33.52971(79)

    0.0005063(61)

    2.099(73)

    4.34 kHz

  • 1111A00005555 NO3 ラジカルν3 + 2ν4の FTIR 分光

    (岡山大院 1,名古屋大 2, 広島市大 3)川口 建太郎 1,楢原 達朗 1,藤森 隆彰 2,

    唐 健 1,石渡 孝 3

    FTIR spectroscopy of the NO3 ν3 + 2ν4 state (Okayama Univ.1 Nagoya Univ.2, Hiroshima City Univ.2) Kentarou Kawaguchi,

    Narahara Tatsuo, Ryuji Fujimori, Jian Tang, Takashi Ishiwata

    【序】NO3ラジカルの 1927 cm-1バンドは赤外スペクトルの中で2番目に強い強度を持ち、1998

    年、個々の K-サブバンドについて解析されたが、全体のフィットは近くの準位からの相互

    作用のために報告されていない。1) 我々は、ν2バンドおよびν3+ ν4バンドの解析において、

    振動の非調和項とコリオリ相互作用が結合した効果が大きいことを見出し、摂動論により、

    3次の非調和定数Φ344, Φ444の決定を行ってきた。2,3) 本研究では同様な解析を 1927 バンド

    (ν3+ 2ν4)およびν3+ 2ν4- ν4バンドに適用し、ν3+ 2ν4状態におけるグローバルフィットによ

    り摂動を理解することを目的とした。その際、波動関数の混合は、これまで扱った状態に

    比べて大きくなり、振動の非調和項の摂動論での取り扱いはふさわしくないことがわかっ

    た。これは NO3 特有の現象である。そこで、非調和項(3次と4次)を含む振動のエネル

    ギー行列をまず対角化して固有ベクトルを導き、それを用いてコリオリ相互作用を含んだ

    解析を行った。

    【実験・観測スペクトル】NO3 ラジカルは, Heバッファ (750 mTorr)に5 %He希釈のF2 (140

    mTorr)のマイクロ波放電により生成したF 原子と, HNO3(70 mTorr)の反応により得た。生成

    したNO3 ラジカルを多重反射型吸収セルに導入し, フーリエ変換型赤外分光器BRUKER

    IFS120HR を用いて赤外吸収スペクトルを測定した。測定中はHe-Ne レーザーを用いてNO3

    ラジカルの生成をモニターし(光路長3 m)、常時9~10 %程度の吸収があるようにHNO3 の流

    量を調整した。新たに14NO3のν3+ 2ν4(A’, E’)- ν4バンド(E’)(1550 cm-1)と15NO3の1896 cm-1バ

    ンドおよびν3+ 2ν4- ν4バンド(1538 cm-1)の観測・帰属ができた。ホットバンドでのスピン分

    裂はA’-E’がE’-E’にくらべて小さかった。これはν3+ ν4 −ν4とは逆で、A’状態にもスピン軌道相

    互作用を考慮する必要があることを示した。

    【振動準位の解析】14NO3のこれまで観測されていて、帰属が確立している振動準位を調和、

    3次、4次の非調和項を含むエネルギー行列により最小自乗フィットを行った。ここでパラ

    メーターの数は3次が9個、4次が18個あり、振動準位は13個なので、多くの非調和定

    数はStanton4)またはab initio計算により得られた値に固定した。ただし、 ν3と ν4 振動が関

    与する非調和定数は異常に大きな値が報告されていたので、採用しなかった。将来は精密な

    ab initio計算によりpotential energy surfaceが得られ、より信頼おける非調和定数が与え

    られると思われるので、この度の結果は最終的なものではない。これまでの摂動解析3)から得

    られたΦ344=-475 cm-1は固定したがΦ344=-342 cm-1ではフィットがよくなかったので、パラメー

    ターとした。エネルギー行列には基底状態から7350 cm-1上の準位まで含め次元数は2700にな

    った。フィットに用いた準位の最も高いのは2518 cm-1(ν1+ ν3 +ν4)で、その計算値はより大き

  • 図1. NO3 ν3 + 2ν4とコリオリ相互作用するν2 + 3ν4の

    エネルギー準位

    な行列で計算しても1 cm-1程度しか差がなかった。最小自乗フィティングの標準偏差はσ=

    7 cm-1で実験精度を再現していないが、波動関数の係数として摂動計算には十分利用できると

    判断した。得られた定数は以下の通りである。

    ω1=1062, ω3=1096, ω4=332, Φ444=-218, Φ334=287, Φ3344=154 [cm-1 unit]

    ν2振動が奇数個励起されたA”, E”状態ではこれまでの摂動解析から得られた準位ν2, ν2+2ν4を

    用いてフィットした。ここで多くのパラメーターはA’, E’状態の解析から得られた値に固定し、

    波動関数の係数を得た。

    【コリオリ相互作用の解析】 振動解析から得られた各振動状態の寄与を表す係数を用いて、

    コリオリ相互作用の行列要素を見積もった。その際、2700次元のすべてではなく、係数の絶

    対値で0.02以上の状態だけを考慮した。回転解析に用いた振動準位は|0012>,|0103>,|0201>であ

    る。他の準位は100 cm-1以上離れているのでコリオリ項での相互作用は無視した。|0103>は

    |0102>とΦ444を含む非調和項で混合するので|0012>とζ23コリオリ項で相互作用する。振動解析

    から得られた波動関数には予想通り大きな混合が見られた。例えば|0012,l3=1,l4=0>では本来の

    状態の係数は0.72, |0012,1,-2>では0.64であった。フィティングではコリオリ結合定数ζ23, ζ24およびそれらのN, K依存性の項をパラメーターとした。E’ではK’=2-28の中でK’=11と14で依然

    摂動の効果が残り、それらを除いて標準偏差は0.0044 cm-1であった。図1に解析の結果、定

    まった振動のエネルギー準位を示す。ここで|0201>は1885 cm-1のエネルギーを持ち、その効

    果は|0012> に対しては間接的なので図1では省略している。ν4からν3+ 2ν4 A’状態への遷移は

    P枝のみ帰属できた。R枝領域ではNO2の強い吸収線が多数存在するため帰属に至っていない。

    観測されたA’状態は|0012,l3=1,l4=2>と帰属した。その状態と|0012, l3=-1, l4=0>とのエネルギー

    差は6.817(6) cm-1と決まった。摂動を及ぼすν2+3ν4状態とのエネルギー差は3.01(1) cm-1[|0012,

    l3=-1, l4=0>と|0103, l3=0, l4=±1>

    間]であった。|0103,l3=0,l4=±3>

    準位と|0103,l3=0,l4=±1>のエネ

    ルギー差は25.27(7) cm-1と決ま

    った。ただしl4=±3の分裂は考慮

    していない。コリオリ結合定数

    は0.9程度になり、ζ4から予想さ

    れる値0.77より大きくなった。

    その違いについては検討中で

    ある。

    1) Kawaguchi et al. Chem. Phys.

    231, 193 (1998).

    2) Fujimori et al. J. Mol.

    Spectrosc. 283, 10 (2013).

    3) Kawaguchi et al. J. Phys. Chem. A

    117, 13732 (2013).

    4) Stanton, Mol. Phys. 107, 1059

    (2009).

  • 1A06 化学反応ダイナミクス実験の最近の展開 (京大)鈴木 俊法

    Recent Progress in Experimental Studies of Chemical Reaction Dynamics

    (Kyoto University) Toshinori Suzuki

    速度論的研究による素過程への還元と rate の決定、さらに動力学的研究(ダイナミクス)

    によるポテンシャル曲面や核の運動状態の解明により、化学反応に関する我々の理解は深化

    してきた。最も基礎的な H+H2àH2+H ですら複数のポテンシャルが関与しており、多原子分子

    の光化学反応では内部転換や項間交差のため例外なく反応が分岐する。したがって、現代の

    反応ダイナミクス実験および理論は、非断熱遷移を含む反応の道筋の同定や反応に決定的な

    核の運動解析に向けられている [1]。

    A+BàC+D について考えてみよう。速度論では C と D の化学種の同定、分岐比や rate の評

    価がなされるが、ダイナミクスでは A, B, C, D の速度ベクトルや量子状態を規定し、反応性

    散乱を詳細に調べる必要がある。分光実験や散乱実験に共通する究極の課題は、in-coming

    と out-going の全ての粒子の量子状態を完全に調べること。そして、それらの相関を明らか

    にすることである。

    ① 二分子反応 Zewail のノーベル賞受賞に代表される超高速分光の発展は印象的だ

    が、二分子反応について原子・分子の衝突時間を制御することは不可能なため、リアルタイ

    ム観測はできない。O(1D2)+CH4 à OH+CH3を例にとろう[2]。OH や CH3は様々な並進振動回転状

    態に生成するが、量子状態の相関は求まるか? 可能

    である。CH3 の振動回転状態を選択した上で運動エネ

    ルギーを測り、運動量保存則を使って相手の OH の運

    動エネルギーを算出する。そして、系の全エネルギー

    から、CH3の振動回転エネルギーと CH3+OH の全運動エ

    ネルギーを差し引けば、CH3と対生成した OH の振動回

    転エネルギーを逆算できる。CH3 を高分解能レーザー

    で量子状態選択的にイオン化し、運動量ベクトルを画

    像化する方法が、このような高度な実験を可能にした。

    ところで、ジラジカルである O(1D2)は C-H 単結合に

    挿入するが、O(1D2)+CH4 には、もう一つの引き抜き反

    応経路も存在すると推定されてきた。同定できるだろ

    うか?我々は O(1D2)の高密度原子線を開発し、メチル

    ラジカルの散乱分布を可視化して、二つの反応経路の

  • 存在を明らかにした。前ページの図には挿入経路と引き抜き経路が現れているが、分かるで

    あろうか?かつて Polanyi が生成物の量子状態分布、Lee, Hershbach が生成物の散乱分布か

    ら反応機構を研究したが、現代ではその両者が融合された実験が行われている。

    ② 単分子反応 超高速光電子分光は多原子分子内に起こる電子ダイナミクスを解明

    する決定的手段の一つと言える[3]。一重項、三重項を問わずあらゆる電子状態を観測できる

    からである。1960 年前後に開発された光電子分光は、通常電子の運動エネルギーだけを測定

    してきたが、光電子の角度分布は電子軌道の時間変化を調べる上で重要である。我々は、交

    差分子線実験に用いた画像観測技術を導入して光電子角度分布の可視化を実現し、フェムト

    秒レーザーと結合して超高速光電子時間イメージングを実現した。ただ同時に、基底電子状

    態への内部転換を含むあらゆるダイナミクスを一挙に観測するためには、分子のイオン化エ

    ネルギーを超える真空紫外域の極短パルスを開発する必要があると感じた。長年の R&D の結

    果、希ガスセル中で二色のフェムト秒パルスを混合するフィラメンテーション四光波混合に

    よって真空紫外光を発生し[4]、基底状態を含む超高速内部転換まで観測できるようになった。

    超高速真空紫外光電子分光は、(核酸塩基を含む)多原子分子の光物理・光化学研究に広く展

    開される段階にある。

    ③ 溶液反応 生命現象にも必須な水溶液中での化学反応を研究することは重要であ

    る。水は極性溶媒として溶質の電子状態に影響するだけで無く、水素結合の秩序形成と崩壊

    を繰り返しながら、電子、プロトン、水素の供与・受容を通じて反応に主体的に参加する魅

    力的な液体である。我々は、超高速光電子分光を水溶液に適用し、水和と電子波動関数の渾

    然一体となったダイナミクスや酸化還元反応の解明を目指している。既に時間・角度分解光

    電子分光も実現し[6]、レーザーのみならず、放射光、自由電子レーザー等の多様な光源と光

    子エネルギーの領域で急速に発展しつつある。この若い研究領域には解くべき問題が山積し

    ており、水中を通過する電子が非弾性散乱を受けずに、どの程度の距離飛行するのかという

    基本的問題から研究を行っている[5]。このような液体と電子の基本的問題は、放射線化学や

    医学にも深く関連する。

    ここに述べた実験はいずれも十年以上基礎研究が投入されている。この間、研究を一緒に

    なって進めて頂いた共同研究者・学生の皆さんに心から感謝する。

    [1] T. Suzuki, Proc. Japan Acad. Ser. B 89, 1-15 (2013). [2] Y. Ogi, H. Kohguchi, and T.

    Suzuki, Phys. Chem. Chem. Phys. 15, 12946-12957 (2013). [3] T. Suzuki, Int. Rev. Phys.

    Chem. 31, 265-318 (2012). [4] T. Horio, R. Spesyvtsev, and T. Suzuki, submitted. [5] Y.

    Suzuki et al., Phys. Rev. E 90, 010302R (2014). [6] Y. Yamamoto et al., Phys. Rev. Lett. 112,

    187603 (2014).

  • 1A08

    15NO3ラジカル B – X遷移の高分解能レーザー分光

    (神戸大院理 1、神戸大理 2、神戸大分子フォト 3、広島市大院情報 4、総研大 5)

    ○多田 康平 1、寺元 加音 2、松原 瞳 2、笠原 俊二 3、石渡 孝 4、廣田 榮治 5

    High-resolution laser spectroscopy of the B – X transition of 15NO3 radical

    (Kobe University 1, 2, 3, Hiroshima City University 4, The Graduate University for Advanced Studies 5)

    ○K. Tada 1, K. Teramoto 2, H. Matsubara 2, S. Kasahara 3, T. Ishiwata 4, and E. Hirota 5

    【序】硝酸ラジカル (NO3) は、電子基底状態 X 2A2’から約 2 eVの範囲に 2個の電子励起状態

    A 2E”、B 2E’が存在する。これらの電子状態は特定の振動モードを介して相互作用が可能であ

    るため、NO3 は多原子分子ラジカルの状態間相互作用解明のモデル系として、分光研究が盛

    んに行われている。我々は、可視領域に存在する光学許容な B 2E’ – X 2A2’遷移に注目し、回

    転線まで分離した高分解能スペクトルの観測とその解析から、B 2E’状態における相互作用の

    解明を試みている[1]。本研究では、窒素を同位体置換した 15NO3について、B – X遷移 0 – 0

    バンドの高分解能レーザー分光を行ったので報告する。

    【実験】光源には、Nd: YVO4レーザー (Coherent, Verdi-V10) 励起の単一モード波長可変色素

    リングレーザー (Coherent, CR699-29、色素 DCM) を用いた。– 5°Cにおいて 15N2O5蒸気と He

    を混合し、パルスノズルから高真空チャンバー内に噴出した。パルスノズル直下に設置した

    ヒーターで混合気体を約 300°Cまで加熱して、15N2O5の熱分解反応:15N2O5 → 15NO3 + 15NO2

    により、分子ジェット中に 15NO3 を得た。その後、スキマーとスリットに通すことで、並進

    方向の揃った分子線とした。分子線と色素レーザー光を直交させて気体分子の並進運動に起

    因するドップラー幅を抑え、回転線まで分離された蛍光励起スペクトルを観測した。観測し

    た 15NO3のスペクトルの絶対波数を 0.0001 cm-1の精度で較正した。さらに、回転線の確実な

    帰属のために、自作した電磁石を用いて最大 360 Gまでのゼーマン効果も観測した。

    【結果と考察】15080 – 15103 cm-1の領域について、回転線まで分離した高分解能蛍光励起ス

    ペクトルを観測した(図 1)。強度の大きな回転線が観測領域の高波数側に見出されるとともに、

    バックグラウンドレベルに多数の小さな回転線も見出された。観測したスペクトル中に、約

    0.0248 cm-1の間隔をもつ強度の大きな回転線の組を多数見出した。この間隔は、X 2A2’ (υ = 0,

    k = 0, N = 1, J = 0.5 and 1.5) 準位のスピン回転分裂の大きさに一致する[2]。ここに、X 2A2’状

    態は Hund’s case (b)で扱い、Jは全角運動量量子数、Nは電子スピンを除いた全角運動量量子

    数 (N = J – S)、kは Nの分子固定座標 z軸への射影を表す。このような回転線の組の例とし

    て、15097.7 cm-1付近に存在する回転線の組と、その磁場効果を図 2に示す。外部磁場がない

    とき (図 2 最上段)、矢印 (↔) で示すように回転線の組が見出された。磁力線とレーザー偏

    光が垂直な σ-pumpの条件で磁場効果を観測すると、回転線の組で低波数側のものは 2本、高

    波数側のものは 3本に分裂した。このゼーマン分裂から、図 2 に示す回転線の組をいずれも

  • 2E’1/2 ← X 2A2’遷移の rQ0(0.5)、rP0(1.5)と帰属した。(回転線は ΔkΔJk”(J”)と命名した。) 図 3に、

    15094.2 cm-1付近に存在する強度の大きな回転線と、その磁場効果を示す。これらの回転線は

    基底状態の combination difference から rP0(2.5)と帰属された。さらに、図 3の回転線は σ-pump

    で M 字型のゼーマン分裂を示し、このパターンは rP0(2.5)という帰属を支持するものとなっ

    た。このように、基底状態の combination difference とゼーマン分裂の観測を併せて、回転線

    を確実に帰属した。図 2、図 3 に示したように、同じ帰属の回転線が複数、密集して見出さ

    れた。これは周囲の振電状態が B 2E’ (υ = 0) 状態と相互作用することで、光学許容な B – X遷

    移から遷移強度を借りて現れたためと考えられる。摂動論によれば、相互作用する準位間の

    エネルギー差が大きいほど、相互作用の大きさは小さくなる。これを intensity borrowingにあ

    てはめると、無摂動での遷移エネルギーからエネルギー的に離れるほど、周囲の振電状態の

    遷移強度は小さくなることを意味する。そこで、同じ帰属の回転線の強度で重み付け平均を

    とった遷移エネルギーが、deperturbationされた遷移エネルギーであると仮定した。現在 k” = 0

    からの遷移だけでなく|k”| ≤ 6からの遷移も帰属し、上述の仮定の下で回転解析を試みている。

    【References】[1] 多田ら、第 7回分子科学討論会、1A19 (2013)。[2] R. Fujimori, et al., J. Mol.

    Spectrosc., 283, 10 (2013).

    15091.45

    0

    1

    2

    3

    15NO3-Zeeman (sigma-pump)

    0 Gauss

    70 Gauss

    40 Gauss

    15092.65

    0

    1

    2

    3

    4

    0 Gauss

    70 Gauss

    125 Gauss

    15094.15 15094.20

    0 G

    125 G

    245 G

    360 G

    Wavenumber / cm-1

    15094.40 15094.45

    0

    5

    0 Gauss

    70 Gauss

    125 Gauss

    190 Gauss

    245 Gauss

    15080 15085 15090 15095 15100

    Wavenumber / cm-1

    図 1. 15NO3の高分解能蛍光励起スペクトル (15080 – 15103 cm-1)

    図 3. 15094.2 cm-1付近 (図 1中②の位置) の回

    転線と、その磁場効果 (σ-pump)。

    15097.50 15097.55

    -2

    -1

    0

    1

    2

    0 Gauss

    70 Gauss

    125 Gauss

    190 Gauss

    15097.65 15097.70

    0 G

    70 G

    125 G

    190 G

    15NO3-Zeeman (sigma-pump)

    Wavenumber / cm-1

    図 2. 15097.7 cm-1付近 (図 1中①の位置) の回転線と磁場効果

    (σ-pump)。 間隔 0.0248 cm-1の回転線の組を矢印 (↔) で表す。

    rQ0(0.5)

    rQ0(0.5)

    rP0(1.5)

    rP0(1.5) rP0(2.5) rP0(2.5)

  • 1A09

    14NO3ラジカル B-X遷移の高分解能レーザー分光

    ~振動励起状態の観測~

    (神戸大分子フォト1、神戸大院理2、神戸大理3、広島市大院情報4、総研大5)

    ○笠原俊二 1、多田康平 2、高篠豪 3、石渡孝 4、廣田榮治 5

    High-resolution laser spectroscopy of the B-X transition of 14NO3 radical

    (Kobe Univ. 1,2,3, Hiroshima City Univ. 4, The Graduate Univ. for Adv. Studies5)

    ○S. Kasahara1, K. Tada2, T. Takashino3, T. Ishiwata4, and E. Hirota5

    【序】硝酸ラジカル(NO3)は大気化学において重要な反応中間体である。昼間は太陽光によ

    って分解するために大気中では確認されないが、夜間においては大気中で観測され、大気中

    のラジカル反応において重要な役割を果たしている。そのため、NO3 ラジカルについては多

    くの研究が行われてきた。特に、電子遷移である B 2E’ ←X 2A2’ 遷移は光学許容遷移で、662 nm

    に強い吸収を持つことが知られており[1]、大気中におけるNO3の検出に使われている。最近、

    588 nm付近で観測される光分解反応がローミング機構によることが考察され[2]、NO3は理論

    化学の観点からも興味深い系となっている。最近、我々は 662 nm に観測される B←X遷移の

    0-0バンドについて、分子線と単一モードレーザーを用いたサブドップラー分光により高分解

    能スペクトル(分解能 数 MHz)の測定を行った。回転線まで分離したスペクトルが得られ

    たものの、帰属は非常に困難であったため、磁場によるスペクトル変化(Zeeman 分裂)を観

    測することにより幾つかの分裂パターンを見出し、その分裂の様子から基底状態 X 2A2’(J’’ =

    0.5 および 1.5) 準位からの遷移を初めて帰属することに成功した[3]。本研究では、625 nm

    付近の B 状態の振動励起状態への遷移について同様に高分解能スペクトルと Zeeman 分裂を

    観測したので、0-0バンドの観測結果と併せて報告する。

    【実験】光源にはNd3+:YVO4レーザー(Coherent Verdi-V10)励起の単一モード波長可変色素レー

    ザー(Coherent CR699-29、線幅:1 MHz)を用いた。-5℃においてN2O5 蒸気をHeガス(1 bar)

    と混合させて、パルスノズルから差動排気型チャンバーに噴出させた。ノズル直下で約300℃に加

    熱して、N2O5の熱分解によりNO3ラジカルを得た。生成したNO3ラジカルはスキマーとスリットに

    通すことで並進方向がそろった分子線とし、単一モードレーザー光と直交させることでドップラ

    ー効果による線幅の広がりをなくして、高分解能蛍光励起スペクトルを観測した。レーザー光と

    分子線が直交する場所には反射集光鏡を設置して検出効率を向上させた。さらに、集光鏡を包む

    ように水冷のヘルムホルツコイルを設置して最大510 Gauss まで磁場を印加できるようにした。レ

    ーザー光の絶対波数は同時に測定したヨウ素分子のドップラーフリー励起スペクトルと安定化エ

    タロンの透過パターンにより±0.0001 cm-1 の精度で決定した。

  • 【結果と考察】分子線・レーザー

    交差法を用いて観測した 14NO3

    B←X 遷移の 0-0 バンドの高分解

    能スペクトルを図 1 に示す。

    [15070-15145 cm-1] このうち、基

    底状態 X 2A2’(J’’ = 0.5および 1.5)

    準位からの遷移に相当するエネ

    ルギー差:0.0246 cm-1 を持つ二

    本の回転線の組について、360

    Gauss までのZeeman分裂を観測

    した結果、観測された Zeeman

    分裂のパターンから 3 種類の遷

    移:B 2E’3/2(J’ = 1.5), B 2E’1/2 (J’ =

    1.5), B 2E’1/2(J’ = 0.5) への遷移を

    明確に区別できた。帰属されたこれらの遷移を図 1 中に矢印で示す。本来、これらの遷移は

    1組ずつ観測されると予測されるが、B 2E’1/2(J’ = 0.5) への遷移を 15 組、B 2E’3/2(J’ = 1.5) への

    遷移を 7組見出し、これらを近傍の状態との相互作用によるものと考察した。

    さらに、振動励起状態についても観測

    を進めた。625 nm 付近に観測される

    振電バンドは、複数のバンドが重なっ

    ており[4]、強度の大きな 16050 cm-1

    付近のバンド(0 + 950 cm-1)と、15870

    cm-1付近のバンド(0 + 770 cm-1)を中

    心に、15860-16055 cm-1 の範囲で、幾

    つかの領域について高分解能スペクト

    ルを観測した。このうち、15870-15873

    cm-1 で観測されたスペクトル(0 + 770

    cm-1 バンド)を図 2 に示す。上段は

    14N2O5の熱分解によるスペクトル、下

    段は 14NO2のみのスペクトルである。0-0バンドと同様に、X 2A2’(J’’ = 0.5 および 1.5) からの

    遷移と考えられる 0.0246 cm-1の間隔で組となっている回転線が複数見出された(図中矢印)。

    今後は、観測領域を広げるとともに、磁場効果によるスペクトルの変化を測定することで、

    より詳細な解析を行う予定である。発表では他のバンドの観測結果も併せて報告する。

    【References】

    [1] R. P. Wayne et al., Atmos. Environ., 25A, 1 (1991).

    [2] M. P. Grubb, M. L. Warter, H. Xiao, S. Maeda, K. Morokuma, and S. W. North, Science, 335, 1075 (2012).

    [3] 多田康平ら、第 7回分子科学討論会(2013).

    [4] M. Fukushima and T. Ishiwata, 67th International Symposium on Molecular Spectroscopy (2012).

    図 1. 観測された 0-0 バンドの高分解能スペクトル:帰属

    された X 2A2’(J’’ = 0.5 & 1.5) 準位からの遷移を矢印で示す。

    図 2. 625 nm付近で観測された振電バンドの高分解能

    スペクトルの一部(下段:NO2のスペクトル)。

    15870 15871 15872 15873

    NO2

    N2O5 → NO3 + NO2

    Wavenumber/cm-1