第2章 タイ保健分野の概況(現状と課題)000 1 0 1 98 1 19 8 2 3 1 98 4 19 8 5 6 1 7...

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第2章 タイ保健分野の概況(現状と課題) 8 第2章 タイ保健分野の概況(現状と課題) 一般に経済状況は、保健医療に関わるインフラの整備や、医療保険を含む医療保障財政 の発展に大きな影響を与えることから、まず、評価対象期間を含む近年のタイの経済状 況を概観する。その後、タイの保健分野の状況について整理する。タイでは HIV/AIDS が保健の課題としてだけではなく社会問題として重要性を持っていることから、ここで は一般的な保健分野の状況と HIV/AIDS の状況をそれぞれ別に概観する。 1. タイの経済状況 タイ経済は 1980 年代後半から、タイの周辺国を引き離す形で急速に経済発展を遂げ、 1996 年には、一人あたりの名目 GDP 3,000 ドルを超えた。シンガポールや台湾、 香港など、すでに先進諸国に並ぶ経済力をもつ国や地域、ブルネイのような特殊な条件 をもつ国を除くと、タイは、インドシナ半島地域では最も経済力のある国となり、政治 的にも経済的にも存在感を示している。 図表 東南アジア諸国における一人あたり名目 GDP(US ドル) 1,307 1,518 1,687 1,899 2,084 2,442 2,496 1,836 1,999 2,233 2,484 2,659 2,959 3,141 1,967 1,985 1,829 3,038 2,826 1,122 938 814 728 749 809 826 751 696 0 1,000 2,000 3,000 4,000 5,000 6,000 1980 1981 1982 1983 1984 1985 1986 1987 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 カンボジア 中国 インドネシア ラオス マレーシア ミャンマー フィリピン タイ ベトナム 資料)International Monetary Fund 注)2003 年以降のミャンマーのデータ、2004 年以降のカンボジア、マレーシア、ラオス、ベトナムのデ ータ、中国、インドネシア、フィリピン、タイの 2005 年以降のデータはそれぞれ推計値による。

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Page 1: 第2章 タイ保健分野の概況(現状と課題)000 1 0 1 98 1 19 8 2 3 1 98 4 19 8 5 6 1 7 1 98 8 9 0 1 99 1 19 9 2 1 3 1 4 19 9 5 6 1 99 7 19 9 8 9 2 0 2 00 1 20 0 2 3 2

第2章 タイ保健分野の概況(現状と課題)

8

第2章 タイ保健分野の概況(現状と課題)

○ 一般に経済状況は、保健医療に関わるインフラの整備や、医療保険を含む医療保障財政

の発展に大きな影響を与えることから、まず、評価対象期間を含む近年のタイの経済状

況を概観する。その後、タイの保健分野の状況について整理する。タイでは HIV/AIDS

が保健の課題としてだけではなく社会問題として重要性を持っていることから、ここで

は一般的な保健分野の状況と HIV/AIDS の状況をそれぞれ別に概観する。

1. タイの経済状況

○ タイ経済は 1980 年代後半から、タイの周辺国を引き離す形で急速に経済発展を遂げ、

1996 年には、一人あたりの名目 GDP が 3,000 ドルを超えた。シンガポールや台湾、

香港など、すでに先進諸国に並ぶ経済力をもつ国や地域、ブルネイのような特殊な条件

をもつ国を除くと、タイは、インドシナ半島地域では も経済力のある国となり、政治

的にも経済的にも存在感を示している。

図表 東南アジア諸国における一人あたり名目 GDP(US ドル)

1,3071,518

1,6871,899

2,084

2,442 2,496

1,8361,999

2,2332,484

2,659

2,9593,141

1,967

1,985

1,829

3,0382,826

1,122938

814728749

809 826751696

0

1,000

2,000

3,000

4,000

5,000

6,000

1980

1981

1982

1983

1984

1985

1986

1987

1988

1989

1990

1991

1992

1993

1994

1995

1996

1997

1998

1999

2000

2001

2002

2003

2004

2005

2006

2007

カンボジア

中国

インドネシア

ラオス

マレーシア

ミャンマー

フィリピン

タイ

ベトナム

資料)International Monetary Fund

注)2003 年以降のミャンマーのデータ、2004 年以降のカンボジア、マレーシア、ラオス、ベトナムのデ

ータ、中国、インドネシア、フィリピン、タイの 2005 年以降のデータはそれぞれ推計値による。

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第2章 タイ保健分野の概況(現状と課題)

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○ 多くのインドシナ諸国と隣接するタイは、国境が近接している CLMV(カンボジア、ラ

オス、ミャンマー、ベトナム)を含むインドシナ半島における経済の中心地としての機

能を発揮している。

○ しかしながら、1997 年の通貨危機により、タイ経済は大きな打撃を受け、一人あたり

の名目 GDP も経済成長の初期段階である 1990 年代前半の水準まで落ち込んだ。そう

した中、プミポン国王は「ポーピアン経済(足るを知る経済)」を提唱し、経済発展よ

りも伝統的なタイ社会の価値観を重視した安定的で慎重な経済発展を志向する方向性

が示された。

○ 通貨危機以降、順調に経済は回復しており、2007 年の推計による一人あたり名目 GDP

は通貨危機以前の 高値を更新することが見込まれている。

2. 一般保健分野の動向

(1) 保健医療インフラの整備状況

○ 基本的な保健医療ニーズに対応するサービス提供は、必要 低水準において全国的に確

保されており、周辺諸国に比べても、高水準を維持している(感染症対策、医療サービ

ス提供、医療の質の確保など)。

○ 一次医療を担うヘルスセンターはタンボン 1単位に全国 9,765 整備されており、また地

域病院とヘルスセンターをグルーピングしたPCU(Primary Care Unit)制度が全国的

に確立されている。ごく一部の山岳地帯を除き、一次医療のカバレッジはほぼ普遍化し

ている。

図表 公的部門にける保健医療機関の整備状況

行政区分 保健医療機関 機関数 カバレッジ

県レベル(75 県) 保健省下の一般病院 軍病院

70 か所 57 か所

100.0%

郡レベル(795) 小規模郡レベル(81)

コミュニティー病院(2004 年 1 月) 拡大病院(Extended) 市町村ヘルスセンター(2003 年 10 月現在)

725 2

214

91.2%

タンボンレベル(7,255) 村レベル(72,861)

ヘルスセンター コミュニティーヘルスポスト コミュニティー PHC(プライマリヘルスケア)センター(2003) -地方部 -都市部

9,765 311

66,223 3,108

100.0%

90.9% -

資料)Thailand Health Profile 2001-2004

1 行政圏域の一つ。村よりは規模が大きく上位に位置付けられ、郡よりは規模も小さく下位

の行政圏域とされる。タンボンは、自治権・徴税権をもっており地方分権化が進む中で、

その中核的な役割を担うことが想定されている。

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第2章 タイ保健分野の概況(現状と課題)

10

○ 一次医療の中核を担っている地域病院(Community Hospital)に従事する医師の数は、

1990 年と比較して 2003 年の段階で、約 3 倍に増加している。あわせてベッド数も急

速に増加している。また、医師あたりのベッド数は 2000 年以降減少傾向にあり、より

充実した医療サービスの提供が整備されつつあることがわかる。

図表 コミュニティ病院に勤務する医師数と医師1人あたりのベッド数

1,665

1,592

1,766

1,574

1,956

4,084

3,758

2,725

441 580736

1,162

1,339 1,549

7.5

11.8

13.9

8.9

7.18.1

8.1

10.8

9.8

9.6

7.38.0

10.9

13.7

0

500

1000

1500

2000

2500

3000

3500

4000

4500

1977 1979 1981 1983 1985 1987 1989 1991 1993 1995 1997 1999 2001 2002 2003 年

ッド数

0.0

2.0

4.0

6.0

8.0

10.0

12.0

14.0

16.0

医者の数

ベッド/医者数 割合

資料)Thailand Health Profile 2001-2004

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第2章 タイ保健分野の概況(現状と課題)

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○ 地方部とバンコク、あるいは地域間の医療資源の格差は、徐々に改善されつつあるもの

の、依然としてタイの医療保障における課題となっている。医師の配置においても、バ

ンコクとタイ東北部では約 10 倍、バンコク以外の中央部と東北部にも 2 倍以上の開き

がある。

図表 医師配置における地域格差

767

10,879

4,499

25,713

7609999581,4181,4041,210

11,652

3,5663,6534,091

6,0796,6637,179

5,805

5,591

4,888

8,297

13,112

4,9844,8695,8446,3177,705

10,061

15,641

7,2518,116

10,93610,97012,694

19,675

0

5,000

10,000

15,000

20,000

25,000

1979 1983 1987 1991 1995 1999 2002

医師1人あたりの人口

バンコク

中央部

北部

南部

東北部

資料)Thailand Health Profile 2001-2004

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第2章 タイ保健分野の概況(現状と課題)

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○ ハード面の整備状況をみると、バンコクはすでに先進国水準にあり、全国的にも中進国

としての水準に達しつつあるものの、地域間格差は依然として大きい。たとえば、百万

人あたりのCTスキャンの普及率は、タイ全土で 4.2 台(2003 年)、バンコクで 13.3

台であり、イギリスの 6.3 台(1990 年)、フランスの 9.7 台(1997 年)、イタリアの

14.6 台(1997 年)などと遜色ない水準に達しているが、2004 年における地方とバン

コクの格差は約 4 倍になっている 2。

図表 CT スキャンの設置台数(人口 100 万対)の国際比較

26.9

14.6

9.7

6.3

2.0

3.9

4.5

4.2

10.0

15.7

14.8

15.9

13.3

3.3

3.1

69.7

0.0 5.0 10.0 15.0 20.0 25.0 30.0 35.0 40.0

日本(1996)

アメリカ(1990)

イタリア(1997)

フランス(1997)

イギリス(1990)

タイ(1995)

タイ(1998)

タイ(1999)

タイ(2003)

バンコク(1988)

バンコク(1994)

バンコク(1998)

バンコク(1999)

バンコク(2003)

タイ地方部(1999)

タイ地方部(2003)

資料)Thailand Health Profile 2001-2004

2 ただし、バンコクにおける医療資源の一部には、低廉な手術を受けるためにタイに渡航す

るいわゆる観光医療(Tourist Medicine)を目的とした外国人を対象とした医療機関も含ま

れている。これらの医療機関は、ごく一部の富裕層及び外国人を顧客とした民間医療機関

であり、一般的なタイ人が受益することは少ない。

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第2章 タイ保健分野の概況(現状と課題)

13

(2) 保健医療分野における健康課題の変化

○ 1990 年代以降、タイは、保健医療分野で中心的に取り組むべき課題の変化状況を示す

「健康転換」(health transition)の概念上では、「第一相」(感染症)から「第二相」

(慢性疾患)へと移行しており、今後は、第三相(老人退行性疾患)への備えが必要と

なると見られる。

○ 妊産婦死亡率(MMR)は、1980 年代半ばまでに大きな改善がみられ、その後はほぼ

横ばいの状態となっている。2003 年現在の妊産婦死亡率は、13.70(2003 年)となっ

ており、日本の 1986 年頃の水準まで来ている。

○ 乳幼児死亡率(IMR)は、1996 年までに大きく改善し、今後もほぼ横ばいながら改善

していく見込みである。政府の統計によれば 1964 年に出生千対 84.3 であった乳幼児

死亡率は、1996 年には 26.1 まで改善していると推計されている。

図表 妊産婦死亡率(出生 10 万対)(MMR)

374.3

222.4

149.0

171.7

14.713.7

12.913.212.0

7.0

360.2

317.3

298.2

311.6

282.1266.6

260.9

226.1

209.5 184.5

171.5

128.9

130.3

102.9

98.5 81.2

69.663.5

48.0

42.034.7

37.227.1

22.7

24.8

19.414.2 12.5

10.8

10.715.6

10.6

0

50

100

150

200

250

300

350

400

1962 1964 1966 1968 1970 1972 1974 1976 1978 1980 1982 1984 1986 1988 1990 1992 1994 1996 1998 2000 2002 年

出生10万人当たり妊産婦死亡率

資料)Thailand Health Profile 2001-2004

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第2章 タイ保健分野の概況(現状と課題)

14

図表 乳幼児死亡率(出生千対)(IMR)

84.3(1)

51.8(1)

40.7(1)

26.1(1)

27.1(2)

22.8(2)

20.5(2)

0

20

40

60

80

100

1964 1974 1984 1996 2004 2014 2020 年

資料)Thailand Health Profile 2001-2004

注)(1)人口動態調査からの推計値、(2)タイの人口実態 1990-2020 からの推計

○ プライマリ・ヘルス・ケアの充実、疾病予防活動の展開、感染症監視体制の整備などに

より感染症の罹患率、死亡率ともに、低下した。たとえば熱帯地域における感染症の代

表例であるマラリアについては、1990 年の千人あたり罹患率が 5.2 人、十万人あたり

の死亡率が 2.3 人であったが、2003 年には、それぞれ 0.64 人と 0.3 人まで低下した。

この他、肺炎や狂犬病、ハンセン病、下痢等の疾病による死亡率も同様に低下している。

図表 マラリアの罹患率(人口千対)及び死亡率(人口 10 万対)

10.9

10.2 10.1

5.6 5.75.2

3.2

0.30.60.71.01.20.9

2.9

5.9

8.2 8.1 8.0 7.8

4.4

3.9 3.1

2.72.5

2.3

2.11.8 1.7 1.6 1.4 1.3 1.2

1.2

1.62.12.2

1.81.52

5.7

10.0

8.9

7.9

7.1

7.76.1

5.1

5.9

6.8

3.9

2.1 2

0.820.64

0

2

4

6

8

10

12

1977 1979 1981 1983 1985 1987 1989 1991 1993 1995 1997 1999 2001 2003

死亡率(人口10万対)

罹患率(人口千対)

資料)Thailand Health Profile 2001-2004

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第2章 タイ保健分野の概況(現状と課題)

15

図表 5 歳未満児童における肺炎の罹患率と死亡率(人口 10 万対)

4.60

5.20

2.73

1.33

5.604.70

4.50

4.00

1.83

1.96

1.63 1.601.589.05

19.2

15.1

1.772.142.592.943.743.75

5.97

9.5710.78 9.58

0%

1%

2%

3%

4%

5%

6%

1990 1991 1992 1993 1994 1995 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003

罹患率

0

5

10

15

20

25

30

死亡率(

人口10万対)

罹患率

死亡率(人口10万対)

資料)Thailand Health Profile 2001-2004

図表 狂犬病罹患率(人口 10 万対)

0.53

0.42

0.480.44 0.42

0.16

0.11

0.020.040.05

0.070.09

0.090.11

0.130.12

0.2

0.30.33

0.380.4

0.26

0.35

0.45

0.530.51

0.5

0

0.1

0.2

0.3

0.4

0.5

0.6

1977 1979 1981 1983 1985 1987 1989 1991 1993 1995 1997 1999 2001 2003

罹患率(人口10万対)

資料)Thailand Health Profile 2001-2004

○ 途上国に典型的な感染症疾患の罹患率の低下の一方で、急速な近代化と経済発展による

食生活や生活スタイルの変化は、タイ人の健康状態に大きな影響を与え、疾患や死因を

先進国型の構造に変化させてきた。特に、生活習慣病といわれる疾患や、がんなどの悪

性新生物が死因の上位を占めるようになっている。また都市化やモータリゼーションの

進展により、交通事故者が増加し、現在では事故死(交通事故以外の事故も含む)を対

人の死因の第一位に押し上げる主要な要素となっている。

○ こうしたタイ人の健康課題の変化にともない、予防や治療の対象は、いわゆる健康転換

の第一相(感染症)から第二相(慢性疾患)に移行しつつあることがわかる。予防の内

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第2章 タイ保健分野の概況(現状と課題)

16

容も、衛生環境などの改善といったポピュレーションアプローチから、より個々人の生

活習慣を改善する個人や家族への個別のアプローチへと変化している。

○ 2003 年現在、人口 10 万あたりの死因のトップは、事故(81.69)、がん(78.9)とな

っており、結核の 0.3 などに比べ非常に高い水準となっている。こうした傾向は 1980

年代後半から顕著となっている。

図表 死因の変遷(人口 10 万対傷病別死亡率)

27.7

52.7

61.5

56.9

11.3

41.2

45

58.61

78.9

16.67

68.72

84.8388.5

86.02

81.69

11.1

30.29

24.6

37.4

15.2

23.1

16.5

32.2

42.7

49.5

54.7

58.5

69.2

72.1

49.85

38.5

40.6

3330.3

26.2

33.5

41.8

35.1

45.6

49.7

48.47

36.54

31.527.9

19.3

12.6

26.1

36.8

50.9

43.8

73.3

68.44

0.001 0.21 3.33

42.72

10.913.1

12.9

7.8

3.1

2.3 2.5

1.7 1.93

1.2 1.2 0.7 0.6 0.3

10.18.6

6.17.06.114.9

19.7

27.6

12.010.2

7.6 6.5

10.816

22.4

28.1

6.74.94.0

3.0 2.1 2.7 1.4

0.58 0.35 0.33 0.26 0.260

10

20

30

40

50

60

70

80

90

100

1967 1977 1987 1989 1991 1993 1995 1997 1999 2001 2003 年

心臓病

あらゆる事故

エイズ

マラリア

結核

下痢

資料)Thailand Health Profile 2001-2004

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第2章 タイ保健分野の概況(現状と課題)

17

○ また、入院事由についてみると、糖尿病や心臓病を主傷病とする入院が経済危機以降、

急速に増加しており、典型的な第二相への転換を示している。このほか、自殺や精神疾

患の患者数も全体的に増加しており、都市化や近代化が急速に進む中、タイ人の健康は

大きく変化しているといえる 3。

図表 傷病別入院受療率(人口 10 万対)

53.8

104.2

69.3

397.0

458.4

376.4

285.4

252.6

194.8173.6

158.0

129.7109.4

101.7125.6114.4

76.578.6

73.667.963.456.589.4

99.0

80.471.166.962.660.448.641.234.7

56.1

78.5

99.696.4

73.6

380.7

386.1

277.7

250.3

218.9

175.7

148.7127.5

100.191.0

72.368.448.243.541.233.833.833.3

0

100

200

300

400

500

1985 1986 1987 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003年

心臓病

糖尿病

資料)Thailand Health Profile 2001-2004

注)ただし 1994 年以降のがんは、肺がん、肝臓がん、子宮がん、乳がんのみの数値。

3タイ警察の調べによると、通貨危機の 1997 年の男性自殺率は人口 10 万対 5.77 であった

が、2003年には 9.66に、女性自殺者率は、それぞれ 1.83から 2.64に増加している(Thailand Health Profile 2001-2004)。

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第2章 タイ保健分野の概況(現状と課題)

18

○ 平均寿命(69.1 歳)及び健康寿命 4(62.4 歳)ともに上昇しており、WHOの東南ア

ジア地域内ではスリランカについで高い水準にある。

○ 2000 年現在、タイの 60 歳以上人口は 9.5%であるが、2025 年には 19.9%まで上昇

することが予想されている。高齢化社会の到来も、政策課題として認識され始めている

(「健康転換」における「第三相(老人性退行疾患)」への移行)。このため、10 年~15

年後に想定される医療費の増大にどのように対応するかが、課題となっているが、高齢

化への対応については、日本の介護保険制度のような制度構築や「専門職としての介護

職を育てるという発想よりも、家族や地域、NGO が高齢者を支えるという形を統合的

に進めたい(タイ政府関係者)」というのがタイ政府側の基本的な考え方である。

図表 高齢化の動向

42.4 42.3 43.1 45.138.3

30.624.3 21.2 18.9 18.0

52.7 53.5 52.4 50.056.2

62.266.1

67.164.3 62.1

9.5 11.716.8 19.9

7.25.44.84.54.24.8

0%

20%

40%

60%

80%

100%

1937 1947 1960 1970 1980 1990 2000 2010 2020 2025

60歳以上

15-59歳

0-14歳

資料)1990 年までのデータは国勢調査(Population and Housing Cesuses, National

Statistics Office)による。2000 年から 2025 年までの推計値は人口予測(Population

Projection, Thailand 2000-2025, NESDB)による。

4 WHO が提唱した新しい指標で、心身ともに健康な状態で自立した生活を送ることができ

る期間を意味する。一般的には、廃用症候群、認知症、その他の疾患や老衰によって要介

護状態になる期間(平均期間)を寿命(平均寿命)から差し引いた年数を健康寿命とする。

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第2章 タイ保健分野の概況(現状と課題)

19

(3) 医療保障の普遍化と地方分権化

① 30 バーツ医療保障制度の導入による保健医療サービスの普遍化

○ 急速な経済成長よりも安定的な社会の発展を優先するという「ポーピアン経済」は、保

健医療を含む社会セクターのさらなる整備と一致するものであり、また、世界銀行や

ADB を含むドナーの保健医療分野における方向性も、短期的なセーフティーネットの

構築から、恒常的で安定的なセーフティーネットの構築に重点が置かれるようになって

きた。

○ 世界銀行は「Towards an East Asian Social Protection Strategy」の中で、各世帯の

所得減少に対応するための「長期的」で「制度的」な社会政策の構築が、通貨危機から

回復しつつあるアジア諸国における新たな挑戦であると位置付け、いわゆる恒常的なセ

ーフティーネットとしての社会保障制度の構築を強調した。

この地域が財政的・経済的健全性を取り戻しつつある今、社会政策における主たる挑戦は、

将来の所得減少のリスクに各世帯が対応するための長期的な政策と制度的な構造を検討す

ることにより、危機管理を超えた社会的保護システム(Social Protection System)の強

化を目指すことである。

資料)世界銀行(1999)Towards an East Asian Social Protection Strategy からの引用

○ こうした流れの中で、タイは、30 バーツ医療保障制度を 2001 年にパイロット事業と

して開始し、医療の国民皆保障制度の達成に意欲をみせた。30 バーツ医療保障制度は、

既存の SSS(Social Secuirty Scheme:被用者社会保障制度)や CSMBS(Civil Servant

Medical Benefit Scheme:公務員医療給付制度)などに加入していない無保険者を対

象とした医療保障制度であり、入院時または通院毎に 30 バーツの自己負担

(Co-payment)で基本的な医療ニーズに対応したサービスを受けることができる制度

である。また所得が一定水準以下の者は 30 バーツの負担も免除されている。

○ 2006 年現在、本事業の実施により人口の約 97%が、何らかの恒常的な医療保障制度に

よってカバーされている状況となっており、一定の成果をみせている。

○ 「30 バーツ医療保障制度」の導入は、国際的にも注目されており、また 11 月に誕生し

た暫定政権は、30 バーツの自己負担を廃止し完全無料化したが、社会保険料を伴わな

い税財源による制度であることから、財政的な持続性について課題を抱えている。

○ 医療における自己負担額の高さは、タイでは長年にわたり課題となってきた点であり、

その改善のために 30 バーツ制度の前進となる福祉医療給付制度や、ヘルスカードシス

テムが運営されてきた。こうした制度によって、所得階層間における家計に占める医療

関連支出の割合の格差は、年々徐々に縮小しつつある。

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第2章 タイ保健分野の概況(現状と課題)

20

図表 所得十分位からみた家計に占める医療関連支出の割合(%)

3.65

1.27

3.32 3.16

1.71

1.99

1.64

2.45

2.572.87

8.17

4.82

3.74

1.10

1.57

1.972.36

2.52

2.93

5.46

4.58

1.741.98

2.201.90

2.14

2.59

1.83

1.92

2.77

0

3

6

9

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10

1992

1996

2002

資料)Thailand Health Profile 2001-2004

注)X軸の 1-10 は所得十分位を示し、1 が 低十分位を示す。

○ また、国民に対する医療保障の普遍化を恒常的かつ持続可能なものとするために、国民

医療保障制度構築の流れにあわせ「医療財政の管理」も、保健省及び国民医療保障庁の

重要なテーマ(課題)として取り組まれている。

○ 効果的な医療費の支払方式の開発や病院管理、各医療保障制度間の管理業務の一元化な

ど、IT の活用も含めた高度な技術とノウハウを必要とする取り組みが進められている。

○ 30 バーツ医療保障制度は、これまでの公務員医療給付制度などの問題点であった財政

管理方法を人頭方式を採用することで、より容易に管理可能な制度とした。特に DRG

(Diagnosis Related Group:診断群別分類)は、1993 年からその基礎研究及び開発

がアメリカの 3M や WHO などの協力を得て開始されており、タイ版 DRG はオースト

ラリア DRG をベースに独自のものを開発している。2002 年に 30 バーツ医療保障制

度が導入されると同時に、同制度の入院医療費の支払方式に組み込まれている。

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第2章 タイ保健分野の概況(現状と課題)

21

図表 DRG の開発状況

名称 開発財源 詳細

1993 事故関連傷病 DRG HSRI 10 県 34 の民間・公立から 1 万人程度の患者のデ

ータを収集 1995 低所得者 DRG HSRI 40 の公的医療機関において一部負担金の一部ま

たは全額を免除されている患者 16000 人分のデ

ータを収集 1996 DRG による効果的支払方式 WHO 11 の県病院の患者の磁気記録を収集分析し DRG

のグループ化を実施 1997 DRG 第三段階 - 1996 年度の 54 の県及び郡レベルの病院データに

より DRG を作成。ウェールズ版 DRG が 3M 社よ

り提供された。 1997- 1998

DRG ガイドライン及びタイ

版 DRG バージョン1 保健省 医療保険局

医療保険局での使用のため、診療所の医師による

精査を実施。中央政府病院及び病院での使用のた

めの DRG 開発。 1998 100 万人の入院患者を対象と

した DRG - 1997 年度の 91 の県病院及び郡病院のデータによ

り DRG 作成。 1999 DRG 再保険支払 保健省

医療保険局 1998 年度に 101 の病院から 160 万件、1999 年

度には 411 の医療機関から再保険支払のために記

録が提出された。 2000 タイ版 DRG バージョン2 保健省

医療保険局 新しいバージョンの DRG がリリースされた。

資料)Health Insurance Systems in Thailand

○ 国民健康保障法(National Health Security Act)は、統一的な保健医療保障制度の構

築を実現するために、既存の3制度(SSS、CSMBS、30 バーツ医療保障制度)の統合

を 終的な目標としている。すでに国民健康保障法は施行されているが、実態は3制度

併存の状況であり、これらの制度を統合していくための取り組みが今後重要となる。財

政面での3制度統合については、労働組合の強い反対もあり、具体的な動きが見られな

いが、CSMBS との統合などを踏まえたデータシステムの統合を行うための委員会が設

立されるなど、医療システム管理に関する取り組みが進められている。

② 保健医療分野における地方分権化の状況

○ タイにおける地方分権は、1997 年憲法(現在停止中)及び 1999 年の地方分権法に基

づいて実施される。保健省では、これらの地方分権化の流れを受け、首相直下の組織と

して保健医療システム改革本部(Health Systems Reform Office: HSRO)が設置され、

この運営を保健医療システム調査研究機構(Health Systems Research Institute:

HSRI)が担当している。保健分野における地方分権化は、この保健医療システム改革

本部を通じて具体化される。

○ 保健分野における地方分権化は主に、財政システムの改革を通じて計画されている。30

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第2章 タイ保健分野の概況(現状と課題)

22

バーツ医療保障制度の財政管理を行なっている国民医療保障庁が財源の供給を各地方

レベルに配分するが、その後の管理運営については、各地域の裁量に任せられる。特に

医療サービスの提供量の管理、及び予防・健康増進等のプログラムは、サービス購入者

としての地域保健医療委員会が管理を行なうことを前提に議論が進められているが、全

国的に統一的な分権化のモデルが実施されている段階ではなく、今後の課題となってい

る。

○ 保健省管轄の業務は特に地方分権化される部分が多く、予算ベースで約 8 割、人員ベー

スで全体の 9 割が分権化の対象となる。このため、中央政府に残る予算が限定的になり

「政策関連の調査を実施するにも、その予算が不足している(タイ政府関係者)」との

声もある。

○ 地方分権化が推進される一方で、保健省は中央のイニシアティブを残した形で地方の活

動を検討することの必要性も指摘している。例えば、保健省は「中央よりも現場の状況

をよく分かっているところで、具体的な案件を形成し、実施することは重要である。た

だし、それでも、できるだけ中央と協力し、国全体としての方向性等を十分に踏まえた

うえで、現場レベルの支援を検討することが重要だ。例えば、地方重視の援助は、中央

レベルでの接点があれば、ある地域で成功したものが他の自治体においても用いること

ができる」と指摘している。

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第2章 タイ保健分野の概況(現状と課題)

23

3. HIV/AIDS 分野の状況

○ HIV/AIDS はタイの保健分野に限らず、タイ社会全体の問題として捉えられてきた。特

に、周辺国に比して感染者数が多いタイでは、性産業従事者の感染拡大が問題とされた。

性産業従事者及びそれを介した感染は、100%コンドームキャンペーンなどの対象者を特定

した取り組み(スクリーニング)が功を奏し、特に女性の性産業従事者の性感染症対策を推

進することで、HIV/AIDS の新規感染者数の激減に成功してきた。

○ 1989 年の女性性産業従事者のコンドーム使用率が 25%、性感染症感染率(人口千対)が

6.05 であったのに対し、2003 年には、使用率 96.9%、感染率 0.17 となっている。

○ この結果、報告のあった AIDS 患者数についても 1990 年代後半より徐々に各地域で減少傾

向をみせ、一定の成果をみるようになっている。

○ 保健省は、特に 1990 年代の新規感染者数の減少及び 2000 年代に入ってからのAIDS患者

数の減少は、保健省の実施した 100%コンドームキャンペーンを含め、主にホモ・セクシャ

ル及び性産業従事者に対する教育的な取り組みによる成果であると見ている 5。また、

UNAIDSも「初期段階においては、タイにおけるスクリーニング政策が機能した」と保健省

の取り組みを評価している。

図表 性産業従事者の性感染症罹患率(人口千対)とコンドーム使用率

6.44

7.047.23

7.6

7.04

6.05

3.21

2.07

1.64

0.170.220.250.250.270.310.380.49

0.73

1.13

7.85

7.23

6.93

5.95

7.797.55

4.48

7.8

56.0

73.0

90.0 96.9

98.998.0

97.6

98.7

97.0

98.0

92.0

94.0

25.0

0

1

2

3

4

5

6

7

8

9

1977 1979 1981 1983 1985 1987 1989 1991 1993 1995 1997 1999 2001 2003

罹患率

(人口千対

0%

20%

40%

60%

80%

100%

120%

コンドー

ム使用率

罹患率(人口千対) コンドーム使用率

資料)Thailand Health Profile 2001-2004

5 Thailand Health Profile 2001-2004, p.197

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第2章 タイ保健分野の概況(現状と課題)

24

図表 報告のあった AIDS 患者数(人口 10 万対)

0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

1984 1986 1988 1990 1992 1994 1996 1998 2000 2002 2003 年

10万人当たり

北部中部

南部北東部合計

資料)Thailand Health Profile 2001-2004

図表 対象集団別にみた HIV 罹患率の動向

0 %

10 %

20 %

30 %

40 %

50 %

60 %

1989June

1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003

女性性産業従事者(直接型)

女性性産業従事者(間接型)

性病科における男性患者

薬物使用者

産婦人科における妊婦

献血者

資料)Thailand Health Profile 2001-2004

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第2章 タイ保健分野の概況(現状と課題)

25

○ UNAIDS は、こうした保健省の取り組みを評価しつつも、「新規患者数は減少したが、

人口動態変化や人々の社会行動変容によって特定の層に感染率が増加している」点を新

たな課題として指摘している。新たな対象者は「一方が感染しているカップル」「男性

同性愛者」「女性性産業従事者とその顧客」「静脈注射による薬物使用者」「若年層」へ

と多様化しつつある。

○ タイ保健省も「近年の HIV/AIDS の問題はかつてのような 100%コンドームキャンペ

ーンのような簡単な方法では対応できない」と認識しており、今後は、「データを収集

し、分析し、証拠に基づいたアプローチ(EBM)が必要である(保健省)」との認識に

立ち、「HIV/AIDS のモニタリングシステム(Comprehensive Monitoring Site:特定

の 13 県)を構築することを検討している。

○ また、HIV の感染予防のみならず、HIV 感染者及び AIDS 患者への対応も重視する必要

性が認識されている。HIV 感染者及び AIDS 患者への対応は、「医学的な治療」と「社

会生活上の支援」とに分けられる。

○ 医学的な治療の主体としては、PCU(地域病院及びヘルスセンター)に期待が向けられ

ているが、「現在治療が必要な患者は 60 万人だが、政府のカバーは 10 万人程度

(UNAIDS)」との見方もあり、その対応が十分に行われているとはいえない状況であ

る。一方、社会生活上の支援は、主に社会開発人間保障省の管轄であるが、全国的な取

り組みとして支援が行き渡っている状況ではない。こうした地域での絶対的なサービス

不足を補完しているのが NGO 等の活動である。

○ 併せて近年は、国境を越えてタイに流入する移住労働者に対して、予防を中心とする

HIV/AIDS などの感染症対策を具体的に講じる必要性が生じており、タイ政府のみなら

ず UNAIDS や JICA 等関係ドナーの関心事項となっている。こうした活動もまた、非

政府組織としての特徴を活かすことのできる分野として NGO の活動対象となっている。

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第2章 タイ保健分野の概況(現状と課題)

26

4. タイの援助国化の状況

○ タイ政府においては、NEDA(Neighboring Countries Economic Development

Cooperation Agency:周辺諸国経済開発協力機構)の創設、DTEC(Department of

Technical and Economic Cooperation:タイ技術経済協力部)の TICA(Thailand

International Development Cooperation タイ国際協力開発庁)への再編など、被援

助国から援助国への転換が進められており、従来からの技術協力、借款、無償資金協力

をさらに推進する方向性を示しているが、援助国タイとして実施されている案件の予算

規模は、いまだ小規模である。

TICA は周辺国への支援を継続的に行っているが、自主的な財源には限りがあることか

ら、基本的には人的貢献による協力を中心に据え、広域における研修プロジェクトに

は継続的に日本への支援を求める姿勢をみせている。

NEDA は 2005 年に改組設立されたばかりであり、具体的な戦略については、現在検

討されている段階である。貸付を行う一方で、CLMV(Cambodia, Lao PDR,

Myanmar, Vietnam)に対しては無償資金協力も組み合わせて支援を行っている。

また統計上では、ドナーとしてのタイは、二国間援助としては、CLMV への 1 億 420

万バーツを含め、2005 年は、合計で 1 億 4,021 万バーツを支援している(TICA 資料)。

○ また上記のようにタイ側が援助国化する中で、タイに対する地域協力や第三国研修に係

る案件は、相対的に多くなっている。

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第2章 タイ保健分野の概況(現状と課題)

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図表 タイ国際協力プログラムにおける援助額(単位: 千バーツ)

1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 合計

ラオス 66,167 48,800 36,650 29,238 31,209 47,869 48,247 308,180カンボジア 13,812 14,588 22,153 30,494 69,614 30,536 36,660 217,857ベトナム 9,504 9,103 21,490 13,272 15,852 17,574 31,601 118,396ミャンマー 5,136 16,697 3,950 2,709 2,912 5,544 11,766 48,714ブータン 7,424 5,914 4,490 7,240 6,424 4,685 5,660 41,837中国 2,516 3,473 7,412 8,519 2,938 7,257 7,295 39,410インドネシア 1,007 675 1,501 3,825 7,644 9,249 6,186 30,087スリランカ 447 413 1,899 2,408 13,728 4,589 4,864 28,348東ティモール民主共和国 - - - - 10,416 11,494 3,944 25,854東ティモール - - 172 658 - - - 830ネパール 221 843 461 1,725 3,612 4,927 5,932 17,721モルジブ 4,350 3,758 2,046 1,966 228 850 207 13,405バングラディシュ 537 341 695 1,551 2,609 2,442 4,029 12,204モンゴル 2,534 859 278 1,485 2,722 1,314 1,460 10,652フィリピン 1,116 316 492 1,819 1,489 1,568 2,772 9,572パキスタン 498 160 391 640 1,600 1,370 1,385 6,044アフガニスタン 1,269 779 2,231 4,279マレーシア 62 588 783 508 175 153 447 2,716イラン 6 - - - - 183 1,360 1,549インドネシア 43 159 80 16 363 54 318 1,033北朝鮮 478 - - 220 - - 317 1,015ジョーダン - - - - - 804 804オマーン 399 - - - - 68 - 467韓国 4 8 9 152 63 158 394シンガポール - - - - 47 - 216 263香港 - - - - - 50 77 127ブルネイ - - - - - - 31 31日本 - - - - - - 16 16

資料)Thai International Development Cooperation Agency

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第2章 タイ保健分野の概況(現状と課題)

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5. ODA の概況

(1) タイにおける我が国の ODA の概況

○ 日本・タイ両国は、皇室・王室間の交流をはじめとする 600 年以上の歴史を持つ伝統

的な友好国であり、1887 年に調印された日タイ修好宣言は、2007 年に 120 周年を迎

える。また、政治、経済、文化等各分野において緊密な協力関係を増進させてきている。

2005 年度までの日本からタイへの援助実績は累計で円借款 20,447.53 億円、無償資金

協力 1,589.86 億円(交換公文ベース)、技術協力 2,002.45 億円(JICA 経費実績及び

各府省庁・各都道府県等の技術協力経費実績ベース)を数えるまでになっている。

○ 援助額は、他の援助国を大きく引き離しており、DAC の CRS 統計によると、2000 年

から 2005 年の援助額における日本の援助の割合は 89.4%となっている。

図表 諸外国の対タイ経済協力実績(DAC 集計ベース、単位:百万ドル、支出純額)

1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 合計 評価

期間割合

日本 388.2 425.5 779.4 726.1 537.7 638.0 1,015.9 873.5 712.0 618.3 598.6 854.4 675.3 4,332.0 89.4 ドイツ 9.7 37.7 8.7 13.1 27.4 35.8 39.0 13.7 31.2 9.5 22.6 21.8 43.6 142.2 2.9

フランス 24.4 7.8 2.4 5.5 4.6 2.3 2.0 1.9 11.3 12.6 16.8 24.6 25.5 92.8 1.9 アメリカ 0.7 - - - - - - - - 39.7 32.2 13.3 18.2 103.4 2.1 カナダ 12.8 12.2 13.2 9.9 9.2 5.0 2.8 1.5 1.3 1.1 1.4 1.8 4.0 11.1 0.2

オーストリア 36.5 0.5 21.4 5.0 0.2 0.9 1.1 0.1 0.3 0.7 0.8 0.8 1.1 3.9 0.1 オーストラリア - - - - - 9.9 7.9 10.9 11.9 7.5 10.4 9.8 6.2 56.7 1.2 フィンランド 4.3 6.7 - 7.4 6.2 6.0 0.4 3.2 3.1 2.7 1.7 1.2 0.5 12.4 0.3 デンマーク 0.2 - - - 16.4 0.5 - 6.6 3.3 - 3.1 4.2 13.7 30.9 0.6

スウェーデン 1.9 1.0 1.9 3.9 1.6 2.4 2.6 3.2 2.7 2.7 4.0 4.5 5.4 22.5 0.5 オランダ 4.4 3.3 2.4 5.6 4.0 15.2 0.3

ノルウェー 1.4 1.6 0.5 5.3 8.8 0.2 スイス 0.8 1.5 1.6 3.9 0.1

イギリス 1.4 0.4 0.1 0.5 0.2 0.5 0.4 0.2 1.8 0.0 ベルギー 1.7 1.0 0.2 0.1 0.0 0.1 0.2 1.6 0.0 スペイン 0.2 0.1 0.1 0.1 0.1 0.7 0.8 1.8 0.0

ニュージーランド 0.6 0.6 0.2 1.5 0.0 アイルランド 0.1 0.2 0.1 0.0 0.9 1.4 0.0

ルクセンブルグ 0.3 0.3 0.7 1.2 0.0 ギリシャ 0.0 0.0 0.3 0.5 0.8 0.0 イタリア 0.0 0.3 0.3 0.6 0.0

ポルトガル 0.1 0.1 0.0 0.1 0.3 0.0

資料)DAC, “International Development Statistics”より作成

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第2章 タイ保健分野の概況(現状と課題)

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○ しかし、近年のタイの自立的な経済発展と中進国化の中で、日本のタイへの経済協力は

通貨危機対策時の一時的増加を挟みつつも全体的には年々減少傾向にあり、特に無償資

金協力については地域協力に関するものを除いて、1993 年を 後に実施されていない。

また 1990 年以降は、技術協力の援助額が無償資金協力の総額を上回っていたが、1999

年以降は減少傾向にある。

図表 タイに対する我が国の経済援助額(単位:億円)

0

20

40

60

80

100

120

140

1987 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 20030

200

400

600

800

1,000

1,200

1,400

1,600

無償資金協力(交換公文ベース):左軸

技術協力(JICA実績):左軸

円借款(交換公文ベース):右軸

資料)在タイ日本大使館

○ 地域レベルで活動する NGO や小規模団体の活動を支援する草の根・人間の安全保障無

償資金協力は、過去 10 年ほどは年間約 20 件が採択されている。2004 年度の採択件数

が一時的に減少しているのは、スマトラ島沖地震への対応のため大使館が申請の審査に

十分な時間を確保することができなかったためである。 ○ また草の根・人間の安全保障無償資金協力は、特にタイ北部の NGO や団体からの申請

が多いことから、効率的な運営を目的として 2004 年度よりチェンマイ総領事館でも申

請を受理しており、2004 年度は 1 件、2005 年度は 3 件が採択されている。 ○ 日本 NGO 支援無償資金協力は、日本の NGO によるタイ国内での活動に対して資金援

助を行うもので、採択数は年々増加している。

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第2章 タイ保健分野の概況(現状と課題)

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図表 草の根・人間の安全保障無償資金協力の推移

供与金額 年度 件数

米ドル バーツ 日本円

2005 年(平成 17 年) 25 1,104,276 43,746,389 118,157,532

2004 年(平成 16 年) 11 771,270 30,160,206 84,839,700

2003 年(平成 15 年) 24 1,215,625 47,892,689 148,306,195

2002 年(平成 14 年) 21 1,480,811 61,915,971 180,658,942

2001 年(平成 13 年) 26 2,461,954 106,629,859 263,428,650

2000 年(平成 12 年) 25 1,942,905 81,149,163 204,005,030

1999 年(平成 11 年) 20 1,381,349 50,525,396 165,761, ,880

1998 年(平成 10 年) 23 1,798,861 68,464,928 212,265,598

1997 年(平成 9 年) 22 1,265,847 47,699,166 135,445, ,629

1996 年(平成 8 年) 21 1,650,062 41,251,550 160,056,014

1995 年(平成 7 年) 22 1,200,262 30,006,550 117,625,676

1994 年(平成 6 年) 6 500,209 12,505,225 53,022,154

1993 年(平成 5 年) 6 251,580 6,289,050 30,692,760

1992 年(平成 4 年) 6 196,194 4,904,850 25,309,026

1991 年(平成 3 年) 4 123,566 3,089,150 15,940,014

1990 年(平成 2 年) 3 75,579 1,889,475 10,278,744

1989 年(平成元年) 4 66,281 1,657,025 8,550,249

合計 269 17,486,631 639,776,642 1,934,343,793

資料)在タイ日本大使館

図表 チェンマイ総領事館取り扱い分の推移

年度 件数 供与金額(米ドル)

2005 年(平成17年) 3 43,576

2004 年(平成16年) 1 89,588

資料)在タイ日本大使館

図表 日本 NGO 支援無償資金協力(2005年9月現在)

年度 件数 金額(米ドル) 金額(日本円)

2005 年 5 1,053,339 112,707,232

2004 年 2 679,324 74,725,640

2003 年 2 224,333 27,368,658

2002 年 1 636,998 77,713,756

資料)在タイ日本大使館