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炎(non-alcoholicsteatohepatitis;NASH) [P32参照] との 関係について紹介させていただきます. 歯と歯肉の境目には歯肉溝という浅い溝があります. 歯周炎になると歯周組織が破壊されて深い溝ができま す.これを歯周ポケットと呼びます(図1 ).歯周ポケット 内にはデンタルプラーク(歯垢)やプラークが石灰化し た歯石が蓄積しています.歯周ポケットの内面は上皮(ポ ケット面上皮)で覆われていますが,しばしば潰瘍が形 成されています.この潰瘍(上皮)の穴を通して,デンタル プラーク中の細菌や細菌の産生するリポポリサッカライド (lipopolysaccharide;LPS) [P33参照] などの為害物質が 歯周ポケットが 細菌の体内侵入口に 歯周病や齲 しょく (虫歯)に由来する歯髄の炎症や根尖病 変(歯根周囲の病気)などの慢性歯性感染症と全身の健 康との間に密接な関係のあることが明らかにされつつあり ます. 本稿では歯性感染症が全身の健康とどのように関わる かを概説した後に,我々の研究室で検討している歯周病 の代表的原因菌であるPorphyromonas gingivalis(以 下,P. gingivalis)の歯性感染と非アルコール性脂肪性肝 歯周 ポケット デンタルプラーク (歯垢) ポケット面上皮の 潰瘍 ポケット面上皮の 潰瘍 血管拡張 透過性亢進 血管拡張 透過性亢進 歯周 ポケット 図1 歯周ポケットとデンタルプラーク(歯垢) 歯肉の結合組織に流入します.結合組織には炎症に伴っ て拡張し,透過性の高まった血管が多数存在するので,細 菌自体やLPSなどの細菌由来の為害物質が血管内に入り 込み,血流に乗って全身に運ばれていきます. デンタルプラーク1mg当たりには1億個の細菌が存在す ることが知られています.しかし,歯周ポケット内に細菌の 塊が付着していても外からは見えないので気付かず,気 が付いても自分で除去するのは困難です.成人の歯は智歯 (親知らず)を除くと全部で28本あります.全ての歯の全 周にわたって深さ5mmの歯周ポケットが存在し,ポケット 上皮の全面が潰瘍になっていると仮定すると,潰瘍の総面 積はおよそ72cm 2 となり,手のひらと同じくらいの大きさの 潰瘍が形成されていることになります(図2).このような 仮定は大げさですが,わずかな潰瘍だったとしてもポケッ ト中の細菌が血流を介して容易に全身に運ばれることは 想像に難くありません. 歯性病巣感染症は 細菌の作る為害物質の供給源 身体の一部に慢性の炎症巣(原病巣)があり,それ自 体の症状は軽いけれども,これが原因となって他の臓器 に二次的な病変を作ることを病巣感染(focal infection) といいます.歯周炎に代表される慢性歯性感染症と全身 疾患との関係もこの考え方に基づきます.慢性歯性感染 症と全身の健康との関係については,すでにたくさんの エビデンスが報告されています.代表的な疾患としては, 糖尿病,誤嚥性肺炎,早産・低体重児出産,骨粗鬆症, 心血管系疾患,脳血管障害,腎炎,関節リウマチなどが 歯周病原性細菌 血流を介して 全身へ 8 5mm 9 ×28本=72cm 2 手のひらと ほぼ 同サイズ 手のひらと ほぼ 同サイズ 歯周病原性細菌が 全身に拡散 誤嚥性肺炎 H. pylori感染胃疾患 脳血管障害 (脳梗塞) 骨粗鬆症 バージャー病 糖尿病 歯周病 皮膚疾患 心血管系疾患 (心筋梗塞,細菌性心内膜炎) 腎炎 関節リウマチ 早産・ 低体重児出産 図2 歯周ポケット内の潰瘍の面積 図3 慢性歯性感染症が関わる全身疾患 出典:オーラルヘルスと全身の健康 改訂版 2011-b. P&Gジャパン,p. 5より一部改変 出典:オーラルヘルスと全身の健康 改訂版 2011-b. P&Gジャパン,p.14より一部改変 出典:オーラルヘルスと全身の健康 改訂版 2011-b. P&Gジャパン,p.12,図3を基に作成 講演 2 慢性歯性感染症と全身の健康との関係,とりわけ歯周炎と2型糖尿病や心血管系 疾患などとの関係が明らかにされています.また,近年ではメタボリック症候群の 肝臓での表現型である脂肪肝をベースとした非アルコール性脂肪性肝炎(non- alcoholic steatohepatitis;NASH)が増加しています. 本稿では,慢性歯性感染症が全身の健康と関係するメカニズムを解説すると ともに,慢性歯性感染症とNASHに関する我々の研究結果を紹介させていただき ます. キーワード 慢性歯性感染症,歯周病, メタボリック症候群, Porphyromonas gingivalis (P.gingivalis), 非アルコール性脂肪性肝炎 (non-alcoholic steatohepatitis;NASH) 広島大学学術院 医歯薬保健学研究科 口腔顎顔面病理病態学 教授 たか たかし 慢性歯性感染症と全身の健康 〜 P. gingivalisの歯性感染は 非アルコール性脂肪性肝炎のリスクファクターである 〜 広島大学学術院 医歯薬保健学研究科 口腔顎顔面病理病態学 助教 ふる しょう 寿 ひさ 広島大学学術院 医歯薬保健学研究科 口腔顎顔面病理病態学 准教授 みや うち むつ 共著 挙げられます(図3). 歯性病巣感染の概念は1890年代からあり,結核菌発見 者R. Kochの弟子であるW. D. Millerは「人の口は感染の 巣である」としています.1911年に英国人医師のW. Hunter も「口腔清掃不良は全身の疾患を引き起こす」としてお り,これらの概念をまとめて歯科医師であるW. Priceが 1923年に自身の著書の中で「歯性病巣感染(dental focal infection)」を提唱しました.当時は歯性病巣感染の治療 として抜歯が提唱されていましたが,1940年代に入ると 1920年代に発見された抗生物質や歯科医療の大きな進歩 により,歯性病巣感染に対する関心が低下していきます. しかし,1980年頃からは歯性病巣感染の考え方が復活し, 「軽微で持続的な感染巣」の考え方が見直されるように なりました. すなわち,歯周病などの歯性病巣感染症は全身疾患の 一義的原因ではないものの,細菌によるLPSや酵素,ある いは炎症巣で産生されるサイトカイン [P33参照] やケミカ 11 12 2017 No.93 2017 No.93 Series   Series   THE  FOCUS THE  FOCUS

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Page 1: 2 慢性歯性感染症と全身の健康 講演 〜P.gingivalis …出典:オーラルヘルスと全身の健康 改訂版 2011-b. P&Gジャパン,p.12,図3を基に作成

炎(non-alcoholicsteatohepatitis;NASH)[P32参照]との関係について紹介させていただきます. 歯と歯肉の境目には歯肉溝という浅い溝があります.歯周炎になると歯周組織が破壊されて深い溝ができます.これを歯周ポケットと呼びます(図1).歯周ポケット内にはデンタルプラーク(歯垢)やプラークが石灰化した歯石が蓄積しています.歯周ポケットの内面は上皮(ポケット面上皮)で覆われていますが,しばしば潰瘍が形成されています.この潰瘍(上皮)の穴を通して,デンタルプラーク中の細菌や細菌の産生するリポポリサッカライド(lipopolysaccharide;LPS)[P33参照]などの為害物質が

歯周ポケットが細菌の体内侵入口に

 歯周病や齲う

蝕しょく

(虫歯)に由来する歯髄の炎症や根尖病変(歯根周囲の病気)などの慢性歯性感染症と全身の健康との間に密接な関係のあることが明らかにされつつあります. 本稿では歯性感染症が全身の健康とどのように関わるかを概説した後に,我々の研究室で検討している歯周病の代表的原因菌であるPorphyromonas gingivalis(以下,P. gingivalis)の歯性感染と非アルコール性脂肪性肝

歯周ポケット

デンタルプラーク(歯垢)

ポケット面上皮の潰瘍

ポケット面上皮の潰瘍

血管拡張透過性亢進血管拡張透過性亢進

歯周ポケット

図1 歯周ポケットとデンタルプラーク(歯垢)

歯肉の結合組織に流入します.結合組織には炎症に伴って拡張し,透過性の高まった血管が多数存在するので,細菌自体やLPSなどの細菌由来の為害物質が血管内に入り込み,血流に乗って全身に運ばれていきます. デンタルプラーク1mg当たりには1億個の細菌が存在することが知られています.しかし,歯周ポケット内に細菌の塊が付着していても外からは見えないので気付かず,気が付いても自分で除去するのは困難です.成人の歯は智歯(親知らず)を除くと全部で28本あります.全ての歯の全周にわたって深さ5mmの歯周ポケットが存在し,ポケット上皮の全面が潰瘍になっていると仮定すると,潰瘍の総面積はおよそ72cm2となり,手のひらと同じくらいの大きさの潰瘍が形成されていることになります(図2).このような仮定は大げさですが,わずかな潰瘍だったとしてもポケット中の細菌が血流を介して容易に全身に運ばれることは想像に難くありません.

歯性病巣感染症は細菌の作る為害物質の供給源

 身体の一部に慢性の炎症巣(原病巣)があり,それ自体の症状は軽いけれども,これが原因となって他の臓器に二次的な病変を作ることを病巣感染(focalinfection)といいます.歯周炎に代表される慢性歯性感染症と全身疾患との関係もこの考え方に基づきます.慢性歯性感染症と全身の健康との関係については,すでにたくさんのエビデンスが報告されています.代表的な疾患としては,糖尿病,誤嚥性肺炎,早産・低体重児出産,骨粗鬆症,心血管系疾患,脳血管障害,腎炎,関節リウマチなどが

歯周病原性細菌

血流を介して全身へ

8

5mm

9

×28本=72cm2

手のひらとほぼ同サイズ

手のひらとほぼ同サイズ

歯周病原性細菌が全身に拡散

誤嚥性肺炎

H. pylori感染胃疾患

脳血管障害(脳梗塞)

骨粗鬆症

バージャー病

糖尿病歯周病

皮膚疾患

心血管系疾患(心筋梗塞,細菌性心内膜炎)

腎炎

関節リウマチ

早産・低体重児出産

図2 歯周ポケット内の潰瘍の面積

図3 慢性歯性感染症が関わる全身疾患

出典:オーラルヘルスと全身の健康 改訂版 2011-b. P&Gジャパン,p. 5より一部改変

出典:オーラルヘルスと全身の健康 改訂版 2011-b. P&Gジャパン,p.14より一部改変

出典:オーラルヘルスと全身の健康 改訂版 2011-b. P&Gジャパン,p.12,図3を基に作成

講演2慢性歯性感染症と全身の健康との関係,とりわけ歯周炎と2型糖尿病や心血管系疾患などとの関係が明らかにされています.また,近年ではメタボリック症候群の肝臓での表現型である脂肪肝をベースとした非アルコール性脂肪性肝炎(non-alcoholic steatohepatitis;NASH)が増加しています.本稿では,慢性歯性感染症が全身の健康と関係するメカニズムを解説するとともに,慢性歯性感染症とNASHに関する我々の研究結果を紹介させていただきます.

キーワード

慢性歯性感染症,歯周病,メタボリック症候群,Porphyromonas gingivalis(P.gingivalis),非アルコール性脂肪性肝炎

(non-alcoholic steatohepatitis;NASH)

広島大学学術院医歯薬保健学研究科口腔顎顔面病理病態学教授

高たか

田た

隆たかし

慢性歯性感染症と全身の健康〜 P. gingivalisの歯性感染は  非アルコール性脂肪性肝炎のリスクファクターである 〜

広島大学学術院医歯薬保健学研究科口腔顎顔面病理病態学助教

古ふる

庄しょう

寿ひさ

子こ

広島大学学術院医歯薬保健学研究科口腔顎顔面病理病態学准教授

宮みや

内うち

睦むつ

美み

共著

挙げられます(図3). 歯性病巣感染の概念は1890年代からあり,結核菌発見者R. Kochの弟子であるW. D. Millerは「人の口は感染の巣である」としています.1911年に英国人医師のW. Hunterも「口腔清掃不良は全身の疾患を引き起こす」としており,これらの概念をまとめて歯科医師であるW. Priceが1923年に自身の著書の中で「歯性病巣感染(dentalfocalinfection)」を提唱しました.当時は歯性病巣感染の治療として抜歯が提唱されていましたが,1940年代に入ると1920年代に発見された抗生物質や歯科医療の大きな進歩により,歯性病巣感染に対する関心が低下していきます.しかし,1980年頃からは歯性病巣感染の考え方が復活し,「軽微で持続的な感染巣」の考え方が見直されるようになりました. すなわち,歯周病などの歯性病巣感染症は全身疾患の一義的原因ではないものの,細菌によるLPSや酵素,あるいは炎症巣で産生されるサイトカイン[P33参照]やケミカ

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慢性歯性感染症と全身の健康〜 P. gingivalisの歯性感染は非アルコール性脂肪性肝炎のリスクファクターである 〜

講演 2

に肝生検を行うとアルコール性の肝障害によく似た病変があり,肝硬変や肝がんに進むことが分かってきました.Ludwigらが,飲酒歴がないにもかかわらず肝障害が起こり,いずれ肝硬変にまで進展する病態をNASHと提唱したのも1980年です2).現在,NASHはアルコール性肝障害に酷似していることをベースに,飲酒歴のみならずウイルス感染や自己免疫などの要因が確認できないものと定義されています. 我が国でも非アルコール性脂肪性肝疾患(non-alcoholicfatty liverdisease;NAFLD)が増加しており,国内で約1,000万人が罹患していると推定されています.そのうち約100万〜200万人がNASHと推定され3),脂肪性肝炎から脂肪性肝線維症に移行するケースが現れます.NAFLDの長期研究では7.6〜21年の経過で5〜7.8%が肝硬変へ進行し,高率で肝がんを発生することが示唆されています4).また,肝がんの原因は依然としてウイルス性肝炎が多い状況ですが,抗HCV治療薬の登場によりC型は減少傾向にあります.一方で,non-B型,non-C型の肝細胞がんが増えており,中でもNASHに基づく肝細胞がんが増えている傾向にあります5).

肝臓の炎症と進展に歯周病原性細菌の関与を検証

 NASHの発症機序についてはいくつかの説がありますが,ここでは「2ヒット説」を基に行った我々の研究を紹介します. 正常肝がNASHを発症するまでに,第一のヒットとしてインスリン抵抗性,糖尿病あるいはメタボリック症候群があり,これらによって肝臓に脂肪が蓄積して脂肪肝になることが考えられます.脂肪肝がNASHに必ず進展するわけではなく,NASHの進展につながる第二のヒットとして,サイトカインや鉄などの酸化ストレスが大きく関与していると考えられます. 2008年に腸内細菌が肝臓に炎症あるいは酸化ストレスを起こすという論文6)が発表されました.先進国では人口の80%以上が歯周病に罹患しているとされ,上述したように歯周炎病巣か

ら細菌やLPS,さらには炎症性サイトカインなどが血流を介して全身に運ばれています.これらを踏まえて,我々の研究室では歯周病原性細菌の持続感染がNASHの形成や進展に影響を及ぼす可能性があるのではないかという仮説を立てて研究をスタートさせました. 研究にはマウスを用い,通常食(ND)群,高脂肪食(HFD)群のそれぞれに慢性歯性感染(歯周病原性細菌であるP. gingivalisを含ませた小綿球を歯髄腔に留置して根尖病変を引き起こさせた)を誘導した感染処置群[P. g.(+)]と非感染処置群[P. g.(−)]の4群に分けて検討しました7)(図6).

図5 我が国における内臓脂肪蓄積型の肥満者の増加

図6 P. gingivalis慢性歯性感染モデルによる検討

40

30

20

10

01984 1990 1995 2000 2005 2014 2015(年)

(%)

33.433.230.4

24.724.0

13.6

肝機能異常高コレステロール肥満耐糖能異常高血圧高中性脂肪

P.g.(+)

ND-P.g.(-)

ND-P.g.(+)

HFD-P.g.(-)

HFD-P.g.(+)

5週齢 12週間 6週間

P. gingivalis感染

P. gingivalis感染

ND:通常食HFD:高脂肪食

P.g.(-):非感染P.g.(+):感染仮封材

根尖性歯周炎

血管

小綿球(107個 P. gingivalis含有)

トカインの中には炎症性サイトカインである,インターロイキン(interleukin;IL)-1,-6,-8や腫瘍壊死因子(tumornecrosisfactor;TNF)-αなどが含まれます. また,炎症巣からは,炎症巣に侵入した細菌のみならず,LPSなどの細菌性為害物質,炎症巣で産生されるサイトカインやケミカルメディエーターが透過性の亢進した血管から血中に入り,血流に乗って身体他部位へ運ばれることになります.

歯周病は糖尿病の悪化や早産・低体重児出産などに関係する

 糖尿病の合併症に歯周病が挙げられますが,糖尿病の病態の悪化にも関わっていることが知られています.日本人の糖尿病の多くは2型糖尿病です.肥満に伴って脂肪細胞から産生されるTNF-αに加えて,歯周炎病巣からもTNF-αが分泌されることで歯周炎病巣と相互に作用し,インスリン抵抗性が上がって糖尿病が悪化するという機序が働きます.歯周病の治療を行うと歯周炎病巣由来のTNF-αが減り,このことが糖尿病の症状を軽減すると考えられています. 一方,歯周病と早産や低体重児出産などの妊娠トラブルの関係も知られています.妊婦の胎盤を流れる血液を通して運ばれる酸素や栄養が胎児の成育を支えていますが,妊婦に歯周病が存在すると,歯周病原性細菌やLPSさらには歯周組織の炎症層で産生された炎症性サイトカインやプロスタグランジンなどのケミカルメディエーターが血流に乗って胎盤に運ばれ,胎児に影響を与えることが容易に想像できます.歯周炎病巣から胎盤に到達した細菌や炎症関連物質によって子宮の収縮と頸管熟化が起こり,早産や低体重児出産を招くと考えられています1). このように,さまざまなメカニズムで口腔内の歯周病に代表される慢性感染病巣が二次疾患を引き起こすことを理解していただけるのではないでしょうか.

肥満の増加に伴い顕在化したNASH

 高コレステロール血症,肥満,高血圧などのメタボリック症候群は年々増え,社会的問題になっています(図5).これらに加えて,肝機能異常の一つである脂肪肝,中でもNASHに注目が集まっています.1980年頃から,肥満患者

出典:日本人間ドック学会:2015年「人間ドックの現況」.p.27, 図11より

マクロファージ

好中球

インベーダー細菌侵入

LPSや酵素など

ファイターズ炎症反応と免疫反応

抗体形質細胞

B細胞

T細胞

*IL-1, -6, -8, TNF-αなど

マクロファージ

炎症性サイトカイン*とケミカルメディエーター炎症性サイトカイン*とケミカルメディエーター

マクロファージ

好中球

抗体形質細胞

B細胞

T細胞

マクロファージ

図4 ‌慢性歯性感染病巣に現れるプレーヤーと‌その産物

ルメディエーター[P33参照]といった物質の持続的な供給源としての意味が見直されています.

口腔内の慢性感染巣が二次疾患を引き起こす機序

 口腔内の慢性感染巣が二次疾患を引き起こす機序としては,大きく五つに分けることができます. ①口腔内細菌の直接的な管内性の移行で他部位へ影響を及ぼす,②細菌が血管内に侵入し,遠隔臓器で増殖する,③細菌性の為害物質(例えば,LPS)が血中に入り,遠隔臓器に悪影響を及ぼす,④細菌のLPSに対する抗体産生の誘導と,Ⅲ型アレルギー(免疫複合型アレルギー)を起こす(例えば,腎臓が機能不全に陥るようなこと),⑤歯性病巣感染部で産生されたサイトカインやケミカルメディエーターが血中に移行し,他臓器に影響を及ぼす. 管内性移行の代表例である誤嚥性肺炎では,肺から細菌を培養して同定すると歯周病原性細菌や口腔内の常在菌が検出されます.このことからも口の中の汚れと誤嚥性肺炎との関係を,嚥下機能の問題と同時に考えることができます.口腔内をきれいにすることで発熱や誤嚥性肺炎の発症を抑え,死亡率を下げることができることは周知の通りです. 一方,慢性歯性感染病巣では細菌(インベーダー)と炎症や免疫に関わる細胞(ファイターズ)との間でバトルが起こっています(図4).細菌からはLPSや酵素などの為害物質が産生されます.一方,ファイターズからは抗体やケミカルメディエーターやサイトカインが分泌されます.サイ

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講演 2

120

100

80

60

40

20

0ND-P.g.(+)ND-P.g.(-)

serum concentration of LPS

(pg/mL)

**P<0.05

図8 血清中のLPSレベル

れた炎症性サイトカインが血清中に移行していることが確認できました(図9).

肝生検によるP. gingivalisの確認 肝臓には門脈側から血液が流れ,中心静脈を経由して心臓に戻ります.肝小葉の中央に穴が開いており,ここを中心静脈が通っています.P. g.(+)群では,肝臓に炎症巣が現れP. gingivalisが到達していると考えられます. マウスにHFDを与えて脂肪肝にした肝臓では,脂肪が多く沈着し炎症細胞が集まっていました.さらにP. gingivalisを感染させたHFD-P. g.(+)群では,より高度な脂肪化と多数の炎症細胞巣が観察されました7)(図10).また,線維化の程度をスコア化し各群で比較してみると,ND群では線維化の程度は軽度でしたが,HFD群では脂肪肝を介して線維化が出現し,P. gingivalisを感染させるとさらに線維化が広範に観察されることが確認できました7)(図11). 次に,NASHに罹患した患者の肝生検組織を観察すると,脂肪肝では多数の脂肪細胞や炎症細胞巣が見られるなど,マウスの実験例と同様の病理組織像が認められました7)(図12).肝臓におけるP. gingivalisの有無と線維化の関係について解析したところ,その約40%にP. gingivalisが存在し,P. gingivalis陽性例で線維化の進展に有意差が見られました.さらに,血清中のP. gingivalisに対する血清抗体価と肝臓の線維化マー

図9 ‌血清中の炎症性サイトカインレベル‌(P. gingivalis感染6週間)

700

600

500

400

300

200

100

0TNF-α

(pg/mL)

* ■ HFD-P. g.(-)■ HFD-P. g.(+)*P<0.01

IL-1β

IL-6

serum concentration of cytokines

正常 P.g.(+)6週

図7 根尖部における病理組織学的変化(HE染色)

文献7)より一部改変 文献1)より一部改変

ND-P.g.(-) ND-P.g.(+) HFD-P.g.(-) HFD-P.g.(+)

HE染色 AZAN染色 P. gingivalis免疫組織化学染色

図10 マウス肝臓における各群の炎症比較(HE染色)

図12 ‌NASH患者の肝生検病理組織像とP. gingivalisの局在

図11 マウス肝臓における各群の線維化比較

Stage 0線維化なし

グリソン鞘

中心静脈

Stage 2門脈域の線維化

Stage 1小葉中心性線維化

Stage 3架橋性線維化

Stage 4広範な線維化

V V V V V

number of animals

■ Stage 0■ Stage 1■ Stage 2■ Stage 3■ Stage 4

7

6

5

4

3

2

1

0ND-P.g.(-) ND-P.g.(+) HFD-P.g.(-) HFD-P.g.(+)

 その結果,P. gingivalisを感染させると歯髄の炎症が引き起こされ,6週間目には慢性歯性感染病巣である歯根肉芽腫ができていました(図7).歯根肉芽腫内にはP. gingivalisが繁殖し,肉芽組織中の血管からP. gingivalis自身やLPSあるいは炎症性サイトカインなどが血中に侵入していくと考えられました7). LPSの血清中レベルを測定すると,P. g.(+)群では,LPSが大量に見られることを確認しました7)(図8).同様に血清中の炎症性サイトカインの量を見ると,P. g.(+)群のいずれも高値を示し,根尖部で起こった炎症で産生さ

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講演 2

参考文献

1) Ao M, et al. : PLoS One. 2015; 10: e0137249. 2) Ludwig J, et al. : Mayo Clin Proc. 1980; 55: 434-8. 3) Kojima S, et al. : J Gastroenterol.2003; 38: 954-61. 4) 日本肝臓学会(編):NASH・NAFLDの診療ガイド2010.文光堂, 東京, 2010. 5) Nagaoki Y, et al. : Hepatol Res. 2012; 42: 368-75. 6) Seki E, Brenner DA : Hepatology. 2008; 48: 322-5. 7) Furusho H, et al. : J Gastroenterol. 2013; 48:1259-70. 8) Nakahara T, et al. : J Gastroenterol. 2017; doi:10.1007/s00535-017-1368-4. 9) Yoneda M, et al. : BMC Gastroenterol. 2012; 12: 16. doi:10.1186/1471-230X-

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略歴  高田 隆 (たかた たかし)

1978年 広島大学歯学部 卒業1982年 同大学大学院歯学研究科 修了(歯学博士) 同年 同大学歯学部 助手1984年 同大学歯学部附属病院 講師1985年 ドイツ・ハンブルク大学病理学研究所(〜1986年)1992年 広島大学歯学部 助教授1995年 米国・ミシガン大学歯周病学講座(〜1996年)2001年 広島大学歯学部 教授2008年 同大学歯学部 学部長(〜2012年)2012年 同大学研究院 教授2015年 同大学理事,副学長2016年 同大学学術院医歯薬保健学研究科 教授現在に至る

略歴  宮内 睦美 (みやうち むつみ)

1983年 広島大学歯学部 卒業 同年 同大学歯学部附属病院 医員1984年 同大学歯学部 助手1998年 同大学歯学部 講師2001年 同大学歯学部 助教授2007年 同大学歯学部 准教授2012年 同大学大学院医歯薬保健学研究院 准教授2016年 同大学学術院医歯薬保健学研究科 准教授現在に至る

略歴  古庄 寿子 (ふるしょう ひさこ)

2008年 広島大学大学院医歯薬学総合研究科 創生医科学専攻(博士過程)2001年 同大学歯学部歯学科2007年 同大学病院歯科 研修医2008年 同大学病院歯科 診療医2012年 同大学大学院医歯薬保健学研究院 助教2016年 同大学学術院医歯薬保健学研究科 助教現在に至る

A B

160

140

120

100

80

60

40

20

0

ALT

(U/L)

3210 (months)

90

80

70

60

50

40

30

20

10

AST

(U/L)

3210 (months)

正常肝細胞 脂肪化した肝細胞

TLR4

細胞膜

細胞質

核 脂肪蓄積

NF-κB*

炎症性サイトカインTNF-α, IL-1β, -6, -8

TLR2

LPSP. gingivalis LPS

細胞膜

*NF-κB:炎症性サイトカインなどの発現を制御する転写因子

図15 歯周炎を有するNAFLD患者における歯科的介入の影響(血清中)

図14 脂肪化肝細胞の炎症性サイトカイン発現亢進のメカニズム

カーの関係を調べたところ,血清抗体価の高い症例ではⅣ型コラーゲンとヒアルロン酸の値が有意に高いことが分かりました8).

P. gingivalisのLPSとTLRとの結合が及ぼす影響〜線維化と炎症増強〜

 では,なぜ脂肪肝にP. gingivalisが感染すると炎症が

図13 脂肪化によるTLR2の発現上昇

ND HFD

A

B 免疫組織化学染色

TLR2

TLR4

GAPDH

正常肝細胞 脂肪化肝細胞

歯性感染症に対する歯科治療によって肝臓の病態が改善する

 Yonedaらは歯周炎を有するNAFLD患者に歯周病の治療を行うと血清中のASTとALTのレベルが改善し,肝臓の状態が改善されることを報告しています(図15)9).我々の研究室でも歯科的治療を行うと肝細胞の線維化が抑えられるかどうかを,図6で示したマウスモデルを用いて検討した結果,歯科的治療介入によって,肝臓の炎症や線維化が抑制されることを明らかにしました.

おわりに 慢性歯性感染症が全身の健康に関係するメカニズムを概説するとともに,我々の研究室で行っている歯周病原性細菌のP. gingivalisの感染がNASHの形成や進展のリスクファクターであることを紹介させていただきました.口腔衛生が全身の健康を保つ上で大変重要だといえます.

文献9)より

増強し線維化が進展するのか,そのメカニズムを考えてみます. Toll様受容体(Toll-likereceptor;TLR)は病原体を感知するセンサー(受容体)の働きがあり,菌体成分を認識して自然免疫系を発動させることが知られています.P. gingivalisのLPSはTLR4だけでなく,TLR2とも反応します.正常肝細胞ではTLR4は発現していますが,TLR2はほとんど発現が見られません.しかし,in vitroで正常肝細胞をパルチミン酸処理し人工的に脂肪化させ

た細胞を作成すると,TLR2発現が認められるようになりました(図13A). マウス肝組織でTLR2発現の違いを観察すると,ND群ではほとんど発現していませんが,HFD群ではTLR2の強い発現が見られました(図13B).このようなTLR2の発現量の変化はリボ核酸(RNA)レベルでも確認されます. 次に炎症性サイトカインであるTNF-α,IL-1β,-6,-8の発現を見ると,同様にHFD-P. g.(+)で発現量が増加することが確認されました.つまり,肝細胞の脂肪化によって発現したTLR2にP. gingivalis由来のLPSが付着し,炎症性サイトカインの発現が亢進することで炎症がさらに強くなるというメカニズムが考えられます(図14). 肝臓の線維化には肝星細胞(hepaticstellatecell;HSC)[P33参照]が大きな役割を演じることが知られています.HSCはさまざまな刺激によって筋線維芽細胞に分化し,α-SMAやⅠ型コラーゲンを産生することによって肝臓の線維化を来します.そこで我々はP. gingivalis自体の感染やP. gingivalis由来LPSがHSCに与える影響について検討しました.その結果,P. gingivalisの感染やP. gingivalis由来LPSが,HSCの筋線維芽細胞への分化を誘導し,α-SMAやⅠ型コラーゲンの産生を促進することを明らかにしました.

17 18 2017 No.93 2017 No.93

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