爪下に発生したグロームス腫瘍の2例 - j-stage

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168 爪 下 に 発 生 し た グ ロー ム ス腫 瘍 の2例 爪 下 に発 生 した グ ロー ムス腫 瘍 の2例 北里大学医学部整形外科 郎 ・原 男 ・山 Two Cases of Glomus Tumor by T. Futami, H. Harada, N. Sasamoto, M. Yamasaki, S. Masumi Dept. of Orthopedics. Kitasato University Hospital. Recently, we had experiences of two cases of glomus tumor. Case 1: 24 years old. male. This patient was first seen with complaints of severe tenderness and cold intole- rance of the left thumb. On examination, reddish tumor was observed beneath the nail with central ridging of the affected nail. At operation, a small rounded tumor with 3 mm x 6 mm in diameter was excised. Histological examination showed glomus tumor (Angioma type) Case 2: 26 years old. male. He was admitted to our clinic with complaints of severe pain and tenderness of his right ring finger. On roentgenogram, tiny erosions was noted in the dorsal sur- faces of the distal phalanx. Surgical excision was performed. Microscopical and ele- ctromicroscopical examinations showed a glomus tunor (Degenerative type) グ ロ ー ム ス腫 瘍 は,指 尖 部,爪 下 に好 発 し 「強 い圧 痛」,「温度 の変化,特 に寒 冷刺激 によ る,著 しい疼痛 の増強」などを主徴とする良性の軟部腫瘍である.最 近,わ れ われ は,爪 下 に発 生 した,グ ロー ム ス腫 瘍 を 2例経験 したの で,若 干 の考 察 を 加 えて報 告 す る. 症 例1:24才 男性 会社 員 主 訴:左 母 指 の 圧 痛,同 指 の爪 の変 形 現 病 歴:約8年 前 に,ド ア に左 母 指 を は さん だ事 は あ る が,そ れ 以 外 には,明 らか な 外 傷 の既 往 は な い. 7年前頃より左母指の疼痛,圧 痛を訴えるようになっ た.そ の症 状 は,冬 に な る と特 に増 強 し,そ れ と と も に'爪 の変 形 も伴 って き た た め来 院 す. 既 往 歴 ・家 族 歴 に は,特 記 す べ き事 は な く,入 院 時 他の全身所見,及 び各種検査所見では特に異常を認め な い. 初 診 時 局 所 々見: 左母指爪下部に 「暗赤色腫瘍様膨隆」を認め 「爪の 変形」 も伴 っている.寒 冷刺激 による 強 い疼痛の 増 強,強 い圧 痛 な どの症 状 か らグ ロー ム ス腫 瘍 を 疑 い手 術 を施 行 した. 手術所見: 空気駆血帯使用下,ま ず抜爪を行なったところ爪根 部 に赤灰 白色 の腫 瘍 を認 めた.腫 瘍 の摘 出 は極 め て 容 易 で あ り,周 囲 組 織 との癒 着 は ほ とん どな か った(写 真1). 摘 出 した 腫 瘍 は,う す い被 膜 にお お わ れ て お り,大 き さ は3×3×6mmの 卵円形を呈し,比 較的柔ら か く,割 面 は灰 白色 で あ り,実 質性 腫 瘍 の外 観 を 呈 し ていた. 病理学的所見:大 小種 々の血管腔を被 う,一層の扁 -168-

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Page 1: 爪下に発生したグロームス腫瘍の2例 - J-STAGE

168  爪 下 に 発 生 し た グ ロー ム ス腫 瘍 の2例

爪下 に発生 した グ ロー ムス腫瘍 の2例

北里大学医学部整形外科

二 見 俊 郎 ・原 田 英 男

笹 本 憲 男 ・山 崎 幹 雄

真 角 昭 吾

Two Cases of Glomus Tumor

by

T. Futami, H. Harada, N. Sasamoto, M. Yamasaki, S. Masumi

Dept. of Orthopedics. Kitasato University Hospital.

Recently, we had experiences of two cases of glomus tumor. Case 1: 24 years old. male.

This patient was first seen with complaints of severe tenderness and cold intole-rance of the left thumb. On examination, reddish tumor was observed beneath the nail with central ridging of the affected nail. At operation, a small rounded tumor with 3 mm x 6 mm in diameter was excised. Histological examination showed glomus tumor (Angioma type) Case 2: 26 years old. male.

He was admitted to our clinic with complaints of severe pain and tenderness of his right ring finger. On roentgenogram, tiny erosions was noted in the dorsal sur-faces of the distal phalanx. Surgical excision was performed. Microscopical and ele-ctromicroscopical examinations showed a glomus tunor (Degenerative type)

         は  じ め に

 グロームス腫瘍 は,指 尖部,爪 下 に好発 し 「強い圧

痛」,「温度 の変化,特 に寒 冷刺激 によ る,著 しい疼痛

の増 強」などを主徴 とする良性の軟部腫瘍である.最

近,わ れわれ は,爪 下 に発生 した,グ ロームス腫瘍を

2例 経験 したので,若 干の考察を加 えて報 告する.

         症       例

 症例1:24才  男性  会社員

 主訴:左 母指の圧痛,同 指 の爪 の変形

 現病歴:約8年 前に,ド アに左母指をは さんだ事 は

あるが,そ れ以外 には,明 らかな外傷の既 往はない.

7年 前頃 より左母指の疼痛,圧 痛を訴えるよ うになっ

た.そ の症状 は,冬 になると特 に増強 し,そ れとと も

に'爪 の変形 も伴 ってきたため来院す.

 既往歴 ・家族歴には,特 記すべ き事はな く,入 院時

他の全身所見,及 び各種検査所見 では特 に異常を認め

ない.

初診時局所 々見:

左母指爪下部 に 「暗赤色腫瘍様膨隆」を認 め 「爪の

変形」 も伴 っている.寒 冷刺激 による 強 い疼痛の 増

強,強 い圧痛な どの症状か らグロームス腫瘍を疑 い手

術 を施行 した.

手術所見:

空気駆血帯使用下,ま ず抜爪を行 な ったところ爪根

部 に赤灰 白色 の腫瘍 を認 めた.腫 瘍 の摘 出は極めて容

易であ り,周 囲組織 との癒着 はほとん どなかった(写

真1).

摘出 した腫瘍は,う す い被膜 におおわれており,大

きさは3×3×6mmの 卵円形を呈 し,比 較的柔 ら

か く,割 面 は灰 白色で あり,実 質性腫瘍 の外観を呈 し

ていた.

病理学的所見:大 小種 々の血管腔を被 う,一 層の扁

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Page 2: 爪下に発生したグロームス腫瘍の2例 - J-STAGE

(整 形 外 科 と災 害 外 科  第29巻  第1号 1980) 169

写真1 症例1

左母括爪根部 に腫瘍を認め る(抜 爪後)

平 な内皮細胞 の外層 に,種 々の厚 さにわた って増殖す

るよ く分化 した上皮 様細胞群 を認 める.

これ らの細胞は比 較的均一で,胞 体 は淡い好酸性を

示 し,核 は円,楕 円形 で比較 的クロマチ ンに富む.

以上 の所見 よりAngioma typeの グ ロ-ム ス腫瘍

と診断 した(写 真2).

症例2.男 性26才 会社員

主訴:右 第4指 の圧痛,同 指の爪変形

現病歴:約10年 前 より,右 第4指 に物が あたっ た

時な どに疼痛 が出現す るよ うにな った.症 状 は徐々に

増 強 し,最 近 は安静時 にも同部の疼痛 を訴 えるように

なったため来院す.

入院時局所 々見:右 第4指 爪根部 に腫瘍膨隆 による

と思われる爪変形を認める.同 部 に 「強 い圧痛」を訴

え る事 は症例1と 同 じであ る.

レ線所見及 び血管造影所見:

レ線所見で は,腫 瘍存在部 に 一致 して 「末節骨 々

内」への,腫 瘍浸潤 による と思 われるinvasiveな 変

化 がある(図3),血 管造影 の結果で は,腫 瘍 を包む

血管網 の中で,腫 瘍実質組織内 は,む しろHypova-

scularityの 所見 を呈 して いる(図4).

以上の所見 よ り,グ ロームス腫瘍を疑い手術 にふ み

きった.

手術所見:抜 爪後,爪 根部 に腫瘍を認めた.腫 瘍組

写 真2 症 術1

豊 富 な 血 管 腔 を被 う 内皮 細 胞 の 周 囲 に,グ ロ

ー ム ス細 胞 の 浸潤 を認 め る(Angioma type)

図3 症 術2

腫 瘍 存 在 部 と思 わ れ る 末 節 骨 にinvasive

な 変 化 が あ る

織は爪根下部組織 と1~2本 の茎(stie1)を 有 するの

みで,摘 出は容易で あった.摘 出標本 は,う すい被膜

を もち,直 径8mmの ほぼ円形 を 呈 してお り,割 面

の状 態 もほぼ症例1と 同 じ所見 であ った.

病理学的所見:

組織学 的には,症 例1と 類似す るが症例1に 比 較 し

て粘液変性が強 く,内 皮細胞 にふ ちどりされ る血管腔

はわずかに散見す るにす ぎな い(図5).

電顕的 には,グ ロー ムス細胞 は,一 層の基底膜 によ

り全周 を とりか こまれ,核 は細胞 の中央 に位置 し,平

等 に 分布す る,ク ロマチ ン穎粒 と1個 の核小体 を 有

す,細 胞 内小器管 は小胞体,ミ トコ ンドリア,ゴ ルジ

装 置など,中 等度の発育を示 し,1ysosomeと 思 われ

るdence body や,細 胞辺縁 に はPynocytotic

vesiclesも み とめ られる.

これ らのほか に,こ の細胞 の特長 とされ る細胞質 内

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Page 3: 爪下に発生したグロームス腫瘍の2例 - J-STAGE

170 爪 下 に発 生 し た グ ロ ー ムス腫 瘍 の2例

図4 症例2

血管造影所見

の filamentous structureが 認 め られ,一 部 にfusi-

form condensationの 像 を 呈 す.

細 胞 相互 の結 合 は,細 胞 間 に一定 の長 さの,狭 い間

隙 を み とめ るintermediary junctionが,大 部 分 で

あ る.細 胞周 囲,あ る い は,そ れ に付着 す る よ うに存

在 す る神 経線 維 の存 在 が とな え られ て い る が,わ れ わ

れ の 症 例 で は,ほ とん ど そ の存 在 を み とめ る事 が で き

なか っ た(図6).

考 察

四 肢 末 端部,特 に指 尖 部,爪 下 部 に好 発 す る有 痛 性

腫 瘍 の報 告 は,か な り以 前 よ り あ る.

1812年 に Woodが 「painful subcutaneous  no-

dule」 と題 して報 告 した の が 最初 で あ る.彼 の 報 告 は

温 度 の 変化 によ るhypersensitivity及 び,inter-

mittent severe painを 主 徴 とす る症 例 で あ り,ほ

ぼglomus腫 瘍 と考 え られ る.

組 織 学 的考 察 を含 む,詳 細 な研 究 によ り,「 本 腫 瘍

は,皮 フ末 梢 の動 静 脈 吻 合 の特 殊器 管 で あ るglomus

cutaneumに 原 発 す る」 と,総 括 的 な 記 載 を行 な っ

たの は,Masson(1924年)が 初 め てで あ った.本 腫

瘍 の 母体 とな るglomus cutaneumは,四 肢末 梢 の

Stratum reticulareに 多 く分 布 し,模 式 図 は図7の

如 くで あ り,毛 細 血 管 の介 在 な しに,輸 出静 脈 に移 行

図5 症例2

粘 液 変性 が 強 く,内 皮 細 胞 に ふち ど られ る血

管 腔 は,少 い.

図6 電 顕 所 見(症 例2)

大 き な 核 の 周 囲 は,基 底 膜 に よ り,と り か こ

ま れ て い る.細 胞 質 内 に は,filamentous

structureが 認 め ら れ,一 部 に,fusiform

condensationの 像 が あ る

図7 正 常 glomus cutaneum の模 式 図

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Page 4: 爪下に発生したグロームス腫瘍の2例 - J-STAGE

(整 形 外 科 と災 害 外 科  第29巻 第1号 1980) 171

す る動静脈 吻合の特殊器管 である.こ の器質の機能 は

温度,圧 力,そ の他の外界の刺激変化 に対応 して,こ

の動静脈短絡 の開閉をお こない,末 梢 における血流調

節を主 として行 な うvasomotor system に属 す る

と考え られている.こ の正常glomus  organが 如何

な る原因で,腫 瘍様増殖をお こす のか不明で ある.外

傷説,あ るいは,hamartomatousな 成長 によ る も

の,な どの考 えがあるが,い ずれ も確証 に欠 ける.わ

れわれの症例で も,は っきりした発症原因 はつかあな

か った.

病理 組織学 的には,腫 瘍実質の構成要素た る血管,

神経,内 皮細胞 の増殖 とその程度の割合 によりMas-

sonは,

1:Epithelioma(Solid type)型

2:Angioma型

3:Neuroma型

4:Degenerative型

の4つ のタイプに分類 して いるが,い ずれのタイプの

場合で も 「Glomus cutaneumの 器管構造 は失われ

ない」 という事 が,特 徴 とされている.わ れ われの

「症例1」 は 「タイプ2」 に 「症例2」 は 「タイプ4

のdegenerative型 」 に属する ものと考 えられ る.

電子顕微鏡学的 には,glomus細 胞 は,平 滑筋細胞

に近 い形態特徴を示 し,毛 細血管網の外側 にあって,

毛細血管内及び細胞 とは,直 接の関係を もたない.形

は円形,な い し多角形で,細 胞全周を基底膜で と りか

こまれ,少 数の小細胞質突起を介 して,隣 接 する細胞

と接触 している.細 胞膜内面 には'多 数のpinocyto-

tic vesiclesが 存在 し,細 胞質内 には直径38Aな い

し70Aの 細線 維が存在す る.糸 粒体 は核周囲 に集 ま

る傾 向を示 し,滑 面および粗面小胞体や遊離 リボゾー

ムは非常 に少な く,ゴ ル ジ装 置は比較的良 く発達 して

いるといわれてお り,わ れわれの症例2に おける,電

子顕微鏡学的観察で も,ほ ぼ同様な所見 が得 られた.

鑑別 診断と して は,「 痛風」,「神経腫」,「療疽」,

「カ ウザ ルギア」,「関節炎」,「手根管症候群」,「In-

clusion cyst」 な どがあげ られるが,い わゆ るcold

intolerance(温 度,特 に 寒冷刺激 に よる疼 痛の増

強)の 症状の 有無 が,本 症 との 大きな鑑別点 とな ろ

う.問 題点 として,臨 床 的に,グ ロームス腫瘍 と診断

して手術施行す るも,病 理学的 に摘出標本 に,本 腫瘍

としての所見 が得 られない症例を,た まに経験す る事

が ある.わ れわれ も1例 そのような症例 を経験 してお

り,3回 にわたる手術 にて も症状の寛快 を得 られなか

った.腫 瘍組織が小 さす ぎて,肉 眼的に確認が困難で

十分 に摘出で きなか った ものなのか,あ るいはその他

の 要素が 関与 していた ものなのか,現 在検討中であ

り,ま たいずれ報告 したい.

腫瘍を完全 に摘出する と,症 状 は劇的に消失 し,再

発 もないといわれているので早期 に診断 し,手 術をす

るのが大事であ る.

文 献

1)Carroll,R.E.Glomus Tumor of the

Hands.J.B.J.S.54-A,691-703,1972.

2)Huvos,A.G.:Bone Tumors.352.W.B.

Saunders Company.1979.Philadelphia,U.

S.A.

3)Jaffe,H.L.:Tumorand Tumorous con-

diiton.254,Lea and Febiger.1958.Phila-

delphia.U.S.A.

4)Lichtenstein,L.:Bonetumors,5th edi-

tion.175.TheC.V.Mosby,1977.

5)南 条 文 昭:Glomus Tumor10例 の 検 討,整

形 外 科,15,1103-117,1964.

6)Posch,J.L.:Tumor of the  Hand.J.B.

J.S.38-A.517,1956.

7)Rettig,A.C.:Glomus tumor of the  dig-

its.The  jour.of the Hand  Surgery.261-

265,1977.

8)Wood,W.:Onpainful subcutaneous tu-

bercle.Edinburg Med J 8:283,1812.

9)山 田 英 智:組 胞 組 織 図 譜 第6巻,300-302,

医 学 書 院,東 京.1971.

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