2019年度日本トライボロジー学会功績賞受賞者 · 2020. 5. 7. · 65-04-功績賞...

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1 183 2019 年度日本トライボロジー学会功績賞受賞者 野坂 正隆 君 野坂正隆氏は,宇宙航空研究開発機構(JAXA)にて,ロケットエンジン研究 開発センター長を歴任し,宇宙機器の真空潤滑技術の研究や液体水素・酸素ター ボポンプの高速軸受・軸シールの極低温潤滑技術の研究開発に尽力し,日本の 基幹ロケットの LE-5/LE-7 エンジンや将来高性能エンジンの開発に貢献した. また,東京大学教授として,DLC 膜の摩擦フェイドアウトに関する研究発展に 尽力した.研究成果は本学会誌を中心に多くの学会誌に公表し,その功績に対 して多数の賞を受賞した.本学会からは技術賞を 2 回,論文賞を 2 回受賞して いる.さらに,本学会の理事(2003~2004),評議員(2005~2009),およびトラ イボロジー懇談会員長(2003~2004)を務めるなど,本学会の発展に貢献した. 野坂氏 三科 博司 君 三科博司氏は,1980 年に東京工業大学大学院理工学研究科博士課程を修了し, 工学博士の学位を授与された.同年,理化学研究所に入所,金属を中心に摩擦・ 摩耗の基礎研究に取り組まれ,1983 年から 1984 年にかけて,アメリカ航空宇 宙局ルイス研究センターで真空中の半導体と金属の摩擦特性の研究に従事され た.1997 年に千葉大学工学部電子機械工学科に移られてからもトライボロ ジーの研究と教育に尽力された.三科氏の研究は,摩耗素子が生成する摩耗の 素過程から摩耗粉が発生するまでの凝着摩耗の摩耗粉生成過程の解明,さらに 摩擦表面の物理化学的性質と摩耗現象のつながりを究明することに特徴があり, これらの研究により論文賞を 2 件受賞されている.本会においては,1998 年度 から2011年度まで摩耗研究会の主査をされ,摩耗シンポジウムの開催,「摩擦・ 摩耗試験機とその活用」の編集など主導的な役割を果たされた.理事 2 期を務 められトライボロジーおよび本会の発展に多大な貢献をされた. 三科氏

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Page 1: 2019年度日本トライボロジー学会功績賞受賞者 · 2020. 5. 7. · 65-04-功績賞 Page 3 20/03/30 13:42 v3.60 3 185 2019年度日本トライボロジー学会論文賞受賞者

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2019 年度日本トライボロジー学会功績賞受賞者

野坂 正隆 君

野坂正隆氏は宇宙航空研究開発機構(JAXA)にてロケットエンジン研究

開発センター長を歴任し宇宙機器の真空潤滑技術の研究や液体水素酸素ター

ボポンプの高速軸受軸シールの極低温潤滑技術の研究開発に尽力し日本の

基幹ロケットの LE-5LE-7 エンジンや将来高性能エンジンの開発に貢献した

また東京大学教授としてDLC膜の摩擦フェイドアウトに関する研究発展に

尽力した研究成果は本学会誌を中心に多くの学会誌に公表しその功績に対

して多数の賞を受賞した本学会からは技術賞を 2回論文賞を 2回受賞して

いるさらに本学会の理事(2003~2004)評議員(2005~2009)およびトラ

イボロジー懇談会員長(2003~2004)を務めるなど本学会の発展に貢献した 野坂氏

三科 博司 君

三科博司氏は1980 年に東京工業大学大学院理工学研究科博士課程を修了し

工学博士の学位を授与された同年理化学研究所に入所金属を中心に摩擦

摩耗の基礎研究に取り組まれ1983 年から 1984 年にかけてアメリカ航空宇

宙局ルイス研究センターで真空中の半導体と金属の摩擦特性の研究に従事され

た1997 年に千葉大学工学部電子機械工学科に移られてからもトライボロ

ジーの研究と教育に尽力された三科氏の研究は摩耗素子が生成する摩耗の

素過程から摩耗粉が発生するまでの凝着摩耗の摩耗粉生成過程の解明さらに

摩擦表面の物理化学的性質と摩耗現象のつながりを究明することに特徴があり

これらの研究により論文賞を 2件受賞されている本会においては1998 年度

から 2011 年度まで摩耗研究会の主査をされ摩耗シンポジウムの開催「摩擦

摩耗試験機とその活用」の編集など主導的な役割を果たされた理事 2期を務

められトライボロジーおよび本会の発展に多大な貢献をされた

三科氏

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2019 年度日本トライボロジー学会功績賞受賞者

134071134071岡 武雄 君

134071134071岡武雄氏は1963 年に富山大学文理学部理学科を卒業後通商産業省工業

技術院機械試験所(後に機械技術研究所に改称)に入省同基礎機械部機械要

素課長同極限技術部精密機構研究室長を務められた退職後は東京農工大学

明治大学で工業教育に携わられると同時にTHK 株式会社で技術の実用化に

も努められた一貫して転がり軸受の性能向上評価に係る研究に取り組まれ

産業界から強い要請のある軸受の異常診断技術についてAE法に発生位置標

定という独自技術を加えて損傷発生原因の特定に寄与されたことにより1991

年に慶應義塾大学より博士号を授与されたこれに関連して産学官連携型の研

究会を組織運営し軸受鋼における非金属介在物の評価法研究会等に発展さ

せた本会理事を 2期務められたほか転がり疲れ研究会とメンテナンスト

ライボロジー研究会主査を務められるなどトライボロジー分野および本会に

多大な貢献をされた

134071134071岡氏

Ali Erdemir 君

ALI ERDEMIR 博士は1977 年にイスタンブール工科大学(トルコ)を卒業

し1986 年にジョージア工科大学(米国)で材料科学工学の PhD学位を授与さ

れた1987 年にアルゴンヌ国立研究所(Argonne National Laboratory(米国))

に入所し2010 年に Argonne Distinguished Fellow の称号を受け 2020 年に退

所し現在テキサスAM大学(米国)の Eminent Professor となっている

また氏はDLCコーティングをはじめ数々の業績を上げているトライボロジー

研究の第一人者であり2016 年度米国トライボロジー学会(STLE)会長2017

年より International Tribology Council の President として世界のトライボロ

ジーコミュニティを牽引してきている重要人物でもある

氏はかねてより日米間のトライボロジスト交流を積極的に働きかけ近年は

毎年日米両学会の会長等首脳陣の意見交換交流が持たれるに至った数年に

わたる協議の結果双方の学会誌論文誌の広報をお互いの会員に行うことや

ITC Sendai 2019 における STLE-JAST 共催の Young Tribologists セッション

など具体的な両学会間の交流が開始されたこのように氏は国際化をはじめと

する各種 JAST活動の活性化に大きく貢献をされた

Erdemir 氏

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2019 年度日本トライボロジー学会論文賞受賞者

大久保 光 君(東京理科大学 大学院工学研究科)

田所 千治 君(埼玉大学 大学院理工学研究科)

平田 祐樹 君(東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所)

佐々木 信也 君(東京理科大学 大学院工学研究科)

大久保氏 田所氏 平田氏 佐々木氏

In Situ Raman Observation of the Graphitization Process of Tetrahedral Amorphous CarbonDiamond-Like Carbon under Boundary Lubrication in Poly-Alpha-Olefin with an OrganicFriction Modifier

近年厳しいしゅう動環境に曝される自動車用エンジン部品への新たな低摩擦化表面処理技術の一つとして鋼材よりも大幅に硬く無潤滑下で固体潤滑剤並の低摩擦特性を有するダイヤモンドライクカーボン(Diamond Like CarbonDLC)膜の適用が急速に拡大しているしかしながら潤滑油中におけるDLC 膜の潤滑メカニズムについては未だ不明瞭な部分が多いこれはDLC 膜のトライボロジー特性が摩擦によって引き起こされるDLC膜そのものの構造変化やDLC表面と潤滑油構成分子との吸着や反応によって大きく支配されるためであるそこでDLC 膜に対する潤滑油の潤滑メカニズムを解明するためには摩擦界面におけるDLC 膜の構造および表面に形成される反応生成物の経時変化を摩擦挙動とともに正確にとらえる必要があるそこで筆者らは開発したDLC 膜や潤滑剤の構造解析に有効なRaman 分光分析と摩擦試験機を組み合わせた in-situ Raman 摩擦試験機を用い境界潤滑下におけるDLC膜の摩擦摩耗挙動に及ぼす有機系摩擦調整剤の影響について調べたin-situ Raman 摩擦試験機では摩擦面の Raman 分光分析を摩擦係数の時間変化ともに測定することが可能であるなおDLC膜の構造変化はラマン波形の構造指標値(I11085481108548I11085511108551)より求めたその結果有機系摩擦調整剤の添加はDLC 膜の摩擦による膜構造の変化を抑制することを明らかにしたこの原因については摩擦力と関係する摩擦面の閃光温度とDLC 膜の構造変化開始温度との関係から考察を行い摩擦調整剤添加油の場合は摩擦面の閃光温度がDLC 膜の構造変化開始温度に至らなかったため構造変化の進行が抑制されたものと結論したなお潤滑油の組成に係わらずI11085481108548I11085511108551とDLC膜の摩耗量の間には線型的な相関関係が確認された以上より境界潤滑下におけるDLC膜の摩耗はDLC表層の sp11085301108530構造の増加に伴う膜の軟質化が原因となって起こり有機系摩擦調整剤の添加は構造変化を抑制することで摩耗低減効果を発揮するものと結論した

対象論文Tribology Online Vol 12 No 5 (2017) 229-237

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2019 年度日本トライボロジー学会論文賞受賞者

P S Suvin(National Institute of Technology Karnatakaoacute Surathkaloacute India)Satish V Kailas(Indian Institute of Scienceoacute Bangaloreoacute India)

P S Suvin

Study and Comparison of Lubricity of Green and Commercial Cutting Fluid UsingTool-Chip Tribometer

A lubricant is a substance introduced between surfaces in mutual contact to reduce friction whichultimately reduces the heat generated when the surfaces move Liquid lubricant designed specifically formetalworking processes such as turning drilling milling etc is known as cutting fluids (CF) Cuttingfluid is a blend or combination of oil emulsifier and additives mostly derived from chemicals orpetroleum products However it has got many side effects as it is toxic and harmful to environmentduring its disposal Hence vegetable based cutting fluid or green cutting fluid (GCF) is being developedand gaining importance with time Properties of these cutting fluids are dependent on the nature of thebase-oil nature of surfactants and the properties of water used to make the CF These fluids act on thenascent surfaces generated during cutting to form a low friction boundary layer as they slide past thecutting toolWe propose a unique tool-chip tribometer (TCT) in which these boundary layers formed by the actionof lubricants on freshly cut surfaces can be generated and their tribological properties alone studied inisolation This equipment can be used to study the fundamental mechanisms of the lubrication usingemulsions on nascent surfaces and can be used in optimizing the composition of such fluids The scope ofthis work is to assess different cutting fluids in this tool-chip tribometer The tribological performances ofmetal cutting on nascent surfaces are compared Unlike in the conventional methods of assessing thelubricity of cutting fluids using cutting tests here the friction has been evaluated separately from cuttingforces

対象論文Tribology Online Vol 13 No 6 (2018) 340-350

Satish V Kailas

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2019 年度日本トライボロジー学会論文賞受賞者

岡本 竜也 君(名古屋大学 大学院工学研究科)

梅原 徳次 君(名古屋大学 大学院工学研究科)

村島 基之 君(名古屋大学 大学院工学研究科)

斉藤 浩二 君(トヨタ自動車(株))眞鍋 和幹 君(トヨタ自動車(株))林 圭二 君(トヨタ自動車(株))

岡本氏

ベース油中CNxの摩擦界面その場反射分光分析観察による摩擦メカニズムの解明

本論文は反射分光分析による摩擦界面その場観察によりCNx 膜の低摩擦発現メカニズムを解明することを目的としたものであるこの目的を達成するためにベース油中でのサファイア半球とCNx 膜との摩擦時において摩擦界面その場反射分光分析を用いてCNx 膜の表面粗さ油膜とCNx 膜の構造変化層のそれぞれの厚さおよび体積分極率を測定しそれらの摩擦係数に与える影響を明らかにしており得られた結果よりCNx 膜の低摩擦発現メカニズムを検討した具体的には光学モデルとして雰囲気層にサファイアその下に油膜表面粗さ層構造変化層基板層にCNx 膜として得られた反射光スペクトルにフィッティングすることでそれぞれの層の膜厚屈折率消衰係数および表面粗さを算出しさらにその値から構造変化層と油の体積分極率を推定したその結果両面の粗さの減少と油膜厚さの増加から摩擦初期に摩擦係数が急激に減少した原因として境界潤滑領域の荷重分担比が減少したことが定量的に示唆されたまた構造変化層および油膜の体積分極率の増加により油膜分子が構造変化層極表面に吸着し薄い吸着分子膜が形成されることで境界潤滑領域部分の摩擦係数が減少したことが摩擦繰返しによる低摩擦発現の一つの要因であることが示唆された以上のように本研究では摩擦界面その場反射分光観察が表面粗さの減少に伴う潤滑形態の遷移や構造変化層の生成に伴う体積分極率の変化を in-situ でとらえ摩擦係数に及ぼすそれらの影響を解明することが可能な重要なツールであることを明らかにした今後同ツールが摩擦界面における現象解明のために汎用的に活用されることを期待する

対象論文トライボロジスト63 巻第 11 号(2018)755-767

梅原氏 村島氏 斉藤氏 眞鍋氏 林氏

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2019 年度日本トライボロジー学会論文賞受賞者

畑 一志 君(元出光興産(株))田本 芳隆 君(出光興産(株))

畑氏

各種粘度指数向上剤添加油の高圧粘度特性とポリマー挙動の関係に関する研究(第 2報)高圧粘度予測式の導出および圧力下の粘度 温度特性

本論文は10 種の基油と化合物タイプおよび分子量の異なる 11 種の粘度指数向上剤VII を用いて調製されたVII 添加油 23 油種を供試油としそれらの高圧粘度測定値に基づくVII 添加油の高圧粘度予測式の導出とVII 添加の本来の目的である粘度指数向上特性ならびに粘度 温度特性に及ぼす圧力の影響が油中ポリマーコイルの溶存状態挙動との関係において検討され定量的考察がなされているVII 添加油の高圧粘度は転落球式高圧粘度計を用いて測定され測定値および関連特性の解析は基油のそれらとの対比で行われた高圧粘度予測式はいわゆる BARUS式を基本とし圧力粘度係数を正割圧力 粘度係数 1049521104952111085461108546( ) とする式である本予測式利用に際しての簡便性に資するべく基油およびVII 油中溶存ポリマーコイル自体の二つの圧力ndash粘度係数値と VII ポリマーの重量混合比からなる1049521104952111085461108546( )110952211095221108546110854611085881108588予測式が導出されその適用によりVII 添加油の高圧粘度の予測が可能となった当該高圧粘度予測式の妥当性および適用性は測定値に対する予測値の偏差およびそれらの分布解析から確認された本研究における一連の特性解析を通じてVII 添加油中のポリマーコイル分子は二つの機能すなわち一つは増粘性発現に関わる流体力学的等価球(10486371048637剛体球)を形成する機能今一つはポリマーコイル自体がポリマー化合物のタイプや分子量の違いならびに基油化合物の違いや圧力温度の影響を受けない普遍的特性値の圧力粘度係数を発現する機能に関し前者にはVII 添加油中のポリマーコイル剛体球の体積分率(vol )に対応する関係性が認められるが後者には認められなかったまた剛体球の体積分率とVII 添加による相対粘度増分それぞれの値とその時の剛体球の溶存状態の関係がVII 添加油中ポリマー臨界濃度を基準とした希薄領域などのポリマー溶液の領域区分に準じて定量的に評価考察されたVII 添加油の大気圧下の粘度指数は圧力により低下し圧力 に対し下に凸の 11095221109522110854611085461108588110858810572981057298 関係の特性

を示す例えばある高分子量 PAMA系ポリマー 4 添加油の場合大気圧下 110952211095221108546110854611085881108588 10486371048637 245 rArr圧力下110952211095221108546110854611085881108588 10486371048637 208 の如きであるVII 化合物タイプの違い添加量の多少基油の違いなどによりVI 向上幅

の大きさは異なるがVI 向上幅が大きい油種ほどVI 低下の幅も大きい傾向にある本論文に提示された各種の測定結果や予測式を含む諸知見はVII 添加油の各種特性とポリマーコイルの溶存状態や挙動との関係解釈に新たな視点による情報を提供するものであるとともに新たな課題設定や関係解析に対する示唆的情報ともなり得ると考える更なる進展につながることを期待したい

対象論文トライボロジスト63 巻第 11 号(2018)782-794

田本氏

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2019 年度日本トライボロジー学会論文賞受賞者

小野 佑樹 君((株)本田技術研究所)松本 謙司 君((株)本田技術研究所)三原 雄司 君(東京都市大学 大学院工学研究科 総合研究所)

小野氏

A Study of the Lubrication under Impact Loading - Experimental and AnalyticalApplication to Push Belt CVTs

自動車の環境適合性や燃費性能が向上するにつれエンジンやトランスミッション内の機械要素は高回転高負荷低粘度オイル適用など潤滑条件が過酷になる傾向がある油膜を介した機械接触面では転がり 滑り運動だけでなく間欠的な動力伝達や振動負荷変動など様々な過渡的変化が生じるそのため部品の性能や寿命を設計するためにはこうした過渡状態を含めた油膜形成状態の把握と制御が重要と言える油膜解析に関しては光干渉法をはじめとする実測技術と弾性流体潤滑(EHL)の理論モデル構築が多くの研究者により日進月歩で進められている一方で運転中のエンジンやトランスミッション内部の油膜形成状態を直接的に計算するツールはなくいかにして実際の荷重発生領域や変動パターンを捉え理論モデルに導入するかが課題であるまた解析で得られる油膜形成状態が実機の状態に即したものかを検証することも必要である本研究で我々は自動車用金属ベルト式無段変速機(CVT)を対象とし運転中の金属ベルトエレメントプーリ間における油膜厚さ変化の推定を試みたそのために典型的な CVT運転条件において接触圧力変動パターンを取得しこれを EHL の理論モデルに導入することで油膜厚さ変化を得たまた得られた解析結果を検証するため光干渉法を用いて同様の条件下の油膜厚さを実測し解析手法の精度を定量的に示した本研究の特徴はEHLの理論モデルに関する研究成果を実際の機械設計や信頼性向上に適用するための手法を構築しその効果を実証した点にあると考えるこの本手法は金属ベルト式 CVTに限らず多くの産業機械へも適用が可能であり将来的にはそれらの潤滑膜形成状態の把握や制御にも資するものとなれば幸いである

対象論文Tribology Online Vol 14 No 2 (2019) 18-23

松本氏 三原氏

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2019 年度日本トライボロジー学会技術賞受賞者

秋田 秀樹 君(日立建機(株))倉迫 彬 君(日立建機(株))櫻井 茂行 君(日立建機(株))

秋田氏

建設機械用オイル状態監視システムの開発

本研究は油圧ショベルの実稼動下におけるセンサを用いたオイルの状態監視技術に関するものである近年建設機械業界では ICT を活用した機械稼動情報提供サービスを逐次開始している情報提供サービスの一つで潤滑油の継続的な状態監視が行われているが現在の潤滑油の状態監視は一定間隔でオイルを採取し分析を行うオフライン分析手法であるため状況に応じた的確なサービスを提供できないことや故障前駆現象に起因する突発的なオイル性状変化を捉えることが難しいのが実情であるこの解決策としてセンサを用いたオンラインでのオイル性状の常時監視が求められているそこで本研究はセンサによるオイルの状態監視およびその運用に関する技術についての検討を行った主な検討内容は建設機械に対応可能なオンライン形式の性状監視センサの選定そのセンサの最適な設置方法の検討これまでオフラインで行っているオイル分析のオイルの汚染劣化オイル中の摩耗を示す指標との相関関係についての検証であるこの結果を受けて計測値の統計的処理をはじめIoT を活用したセンサデータ収集ロジック従来から行われているオイル分析手法を基とした状態判断基準の作成これらを用いた自動オイル性状判断ロジック構築を行いさらにWeb 等デジタルデバイスを活用した顧客への情報通知システムを整備することでオイル状態監視の運用システムの構築運用を行ったこれにより潤滑油状態のldquo見える化rdquoが可能となり顧客や弊社にとってスピーディな対応が可能となったのみでなく顧客機のダウンタイム低下機体ダメージの低減適切なサービスの提供などにより一連のエコシステムの構築ができた今回のオイル状態監視システムは建設機械業界としては初のシステムである今後は弊社内の機種展開を図るのみではなくトライボロジー的観点から潤滑油の状態監視をキーとした機械の稼働状監視保全技術の最適化に寄与していきたい

倉迫氏 櫻井氏

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2019 年度日本トライボロジー学会技術賞受賞者

増田 耕平 君(JXTGエネルギー(株))中尾 元 君(JXTGエネルギー(株))小松原 仁 君(JXTGエネルギー(株))

増田氏

超低粘度ATFの開発

本技術は自動変速機油(以下ATF)の超低粘度化により自動変速機(以下AT)の効率向上ひいては自動車の省燃費化に寄与する技術である近年の地球温暖化対策を背景に年々厳しくなる自動車燃費規制に対応するためにATにおいても更なる伝達効率向上が求められているATF を低粘度化することで撹拌損失が低減しATの伝達効率向上が図れるが粘度が低くなりすぎるとギヤやベアリング等のしゅう動部品の潤滑性が低下し部品損傷が早期に生じてしまうすなわち疲労寿命の低下という課題が発生するしゅう動部品の疲労寿命を向上させるために部品同士が直接接触する境界潤滑領域と部品間の潤滑油が圧縮され局所的に粘性が大きく増加する弾性流体潤滑領域においてそれぞれ摩擦低減手法を探索したその結果境界潤滑領域では分子中に極性を有するエステル基油を部分的に適用することで摩擦が低減し弾性流体潤滑領域では直鎖構造を多く含む高性能基油を使用することで基油圧縮時の粘性増加が抑制でき疲労寿命の大幅向上に寄与することを見いだしたエステル基油と高性能基油を用いて開発した超低粘度ATFは従来ATFから 50 以上もの低粘度化(40動粘度比較)を図った世界で最も低粘度なATFであるほかATユニットにおける損失トルクは大幅に低減でき自動車の省燃費性向上に非常に大きく寄与するものであるまた近年増加傾向にあるハイブリッド車や電気自動車の変速機(減速機)においても伝達効率や疲労寿命の向上技術は引き続き要求されるため本技術は今後の自動車の電動化を見据えても有用であり将来にわたり自動車産業における二酸化炭素排出量削減すなわち地球温暖化対策への貢献が期待される

中尾氏 小松原氏

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2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

前田 成志 君(日本精工(株))

前田氏EHD接触における膜厚と破断率の同時測定 グリース潤滑の場合

本研究は電気インピーダンス法を用いて転がり軸受における接触域内の膜厚と破断率の同時測定を行い油潤滑下とグリース潤滑下の比較から低速度域におけるグリース潤滑のメカニズムを考察したものである近年地球温暖化を背景として軸受の更なる低トルク化が求められており潤滑剤の粘度を下げるあるいは潤滑剤の封入量を減らすといった手段が講じられているしかしそれらの方法は EHD(elastohydrodynamic)接触域における油膜の破断を促し軸受しゅう動面における様々な表面損傷の原因となるそこで筆者のグループでは従来の電気インピーダンス法を改良しEHD接触域における膜厚を光干渉法と同等な精度で測定できさらに破断率も同時に測定できる手法を開発した本手法は実際の転がり軸受に適用可能であることから軸受の更なる低トルク化と長寿命化を両立する上で非常に重要な技術である本研究ではアキシアル荷重を負荷した深溝玉軸受を用い内輪の回転数を低速から高速へ変化させた際の軸受トルク軸受外輪温度および電気インピーダンス法から得られる EHD接触域の平均膜厚と破断率を同時に測定した潤滑剤にはウレアを増ちょう剤としたグリースとその基油(poly- -olefinoil)を用いた基油の試験より軸受外輪温度が上昇しない低速度域において膜厚が HAMROCK-DOWSONの式による理論値と一致し破断率が上昇する低速度域において同じタイミングで軸受トルクが上昇する結果を得た一方ウレアグリースの試験より低速度域において膜厚が理論値および基油の膜厚よりも厚くなり破断率が上昇しないにも関わらず軸受トルクが上昇する結果を得たこれらの結果から基油を用いた場合低速度域で油膜が破断し金属接触が生じるため軸受トルクが上昇したと推察される一方ウレアグリースを用いた場合低速度域において接触部における増ちょう剤濃度が上昇しグリースの等価粘度が増加することで軸受トルクが上昇したと推察される以上のように本研究では開発した電気インピーダンス法を用いて転がり軸受で広く用いられているグリース潤滑のメカニズムの一端を実験結果に基づいて考察した今後本手法は様々な条件下において転がり軸受の潤滑メカニズム解明に貢献し低トルクかつ長寿命を両立する転がり軸受の実現に貢献することが期待される

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 C13

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2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

小谷田 早季 君(JXTGエネルギー(株))

小谷田氏マレイン化ジチオリン酸エステルの境界潤滑特性

本研究は少量の添加で性能を発揮する新たな硫黄-リン系添加剤の探索を目的にマレイン化ジチオリン酸エステル誘導体(MDTPs)の摩擦特性について検討したものである従来よりジアルキルジチオリン酸亜鉛(ZnDTP)は優れた摩耗防止剤として油圧作動油等に広く使用されているが劣化に伴う不溶性スラッジの生成が懸念されるこの課題に対し安定性の高いリン系摩耗防止剤を使用した技術が数多く検討され油圧作動油の性能向上が図られてきたしかしながらリン系摩耗防止剤のみでは ZnDTP と比較して高荷重下での摩耗防止性や極圧性に劣ることから硫黄系極圧剤等の併用によって性能を補填している一方で硫黄系極圧剤は ZnDTP と同様に耐熱性に劣るため長期間過酷な使用環境に曝される油圧作動油では多量に添加することが難しいそのため少量の添加でも高い性能が得られる添加剤の開発が必要となるそこで本研究では新たな添加剤としてMDTPs に着目しリン酸トリクレジル(TCP)との併用における境界潤滑域での特性を調査したTCPMDTPs 併用系はZnDTPと比較して低摩擦性低摩耗性を示しさらにTCP 単独系よりも優れた性能を示した加えて油圧ポンプの消費電力試験において省エネルギー性能を評価しTCPMDTPs 併用系はTCP単独系よりも消費電力量が小さく省エネルギー性能が向上することを確認したMDTPs は TCP との併用によって低摩擦性が向上し実機における省エネルギー性の向上に繋がったと推測されるまたTCPMDTPs 併用系の優れた潤滑特性について潤滑被膜の分析からメカニズムを考察したTCPMDTPs 併用系の潤滑被膜はリン酸化合物および硫化物を主成分とする被膜であり被膜深部ほど硫黄比率が高くなる結果が得られた硫黄を含有するMDTPs がしゅう動部表面に積極的に吸着反応したと推察されるTCPMDTPs 併用系ではMDTPs 由来の成分が摩擦特性に対して支配的に関与し形成被膜によるせん断抵抗の低減あるいはMDTPs によるしゅう動部の焼付き抑制によって低摩擦性が発現したと考えられる本研究では新たな添加剤としてMDTPs を合成しその摩擦特性および作用メカニズムの解明を行った引き続き形成被膜特性の更なる検証を進めより高性能で環境負荷の小さい添加剤の開発を通じてトライボロジー分野の技術発展に貢献していきたい

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 C24

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2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

川田 将平 君(東京理科大学 大学院工学研究科)

川田氏イオン液体の潤滑特性に周囲雰囲気が及ぼす影響の調査

地球環境問題を背景に機械システムにおいて摩擦損失を削減する試みが行われているその試みの一つとして潤滑剤の改良開発が挙げられる潤滑剤の潤滑特性を評価する場合摩擦係数や摩耗量といったマクロな物理量評価を行うが潤滑現象の実態は潤滑剤の摩擦界面におけるナノレベルの挙動によって大きく支配される上記の現象については多くの研究者の方々により原子間力顕微鏡などの様々な分析技術を用いて解明を試みているが未だ大きな課題が立ちはだかっているその一つに水の存在が挙げられる水は大気中および材料表面に常に存在し摩擦界面における潤滑剤のミクロな挙動に影響を与える非常に重要因子と言える水の存在が潤滑現象に及ぼす影響についてはこれまでも多くの研究が行われてきたが他の分子との相互作用などナノレベルでの現象解明には至っていないのが現状である本研究においてはイオン液体を潤滑剤のモデル物質として用いることで水が潤滑現象に与える影響の解明を試みたこの着想に至った経緯としてイオン液体はその多様な分子種の組合せにより水との親和性や粘度アルキル鎖長など必要な物性を選択できることから水との相互作用を検討する上で有用なモデル物質であると考えた本研究においては摩擦雰囲気を制御することでマクロな潤滑特性の評価および潤滑メカニズムの考察を行った本実験においてはイオン液体をモデル物質として用いるにあたり親水性かつ吸着膜を形成するもの親水性かつ反応膜を形成するものそして疎水性かつ反応膜を形成するイオン液体を選定しそれぞれ大気中乾燥空気中真空中で評価を行った親水性のイオン液体においては水分が存在する大気中において潤滑特性が悪化することが確認された一方で疎水性イオン液体は雰囲気の影響をほとんど受けなかったただし表面分析結果より疎水性イオン液体による潤滑膜は大気中の水分により成長することが確認されたことから微量な水分が潤滑現象に関与することが示唆された本研究成果はイオン液体が既存の潤滑メカニズムを明らかにするモデル物質としての有用性を提案し潤滑油と水の親和性が潤滑メカニズムに大きな影響を与えることを示した今後はナノスケールにおける潤滑膜と水分の挙動を明らかとすることで既存の潤滑油の潤滑メカニズム解明に大いに貢献するものと期待される

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E17

65-04-功績賞 Page 13 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

渡邉 保奈美 君(EMGルブリカンツ合同会社)

渡邉氏ホウ素含有イオン液体による摩擦低減効果(第 4報)

本研究では超低摩擦を示すハロゲンフリーのホウ素含有イオン液体について摩擦後の表面形状および形成した被膜の硬さなどの物性や組成を分析しその低摩擦メカニズムを考察したものである近年イオン液体は新規潤滑油としての応用が注目されているイオン液体は常温で溶融している塩であり分子性液体がもつ分子間相互作用よりも強い静電気的な相互作用を有しているそのため低融点低蒸気圧高い熱安定性高いイオン伝導率等の特徴を有しているイオン液体の潤滑油に関する研究はハロゲンを含む構造のものが多く良好な潤滑性を示すと報告されている一方でフッ化金属が水と反応することによりフッ化水素を発生し腐食摩耗を促進してしまうそのためハロゲンを含まないことが望ましくハロゲンフリーのイオン液体の利用が期待されている本研究ではハロゲンフリーでホウ素を含有するイオン液体に着目し潤滑性を評価した結果ハロゲン系イオン液体や炭化水素系基油よりも特定のアニオン構造を持つイオン液体の摩擦係数が 001 以下の超低摩擦を示すことを見いだしたホウ素含有イオン液体は摩擦試験開始直後に付着物を生成ししゅう動表面が平滑されていることが確認されたまたエネルギー分散型X線分光法とX線分光分析の結果からしゅう動面にアニオン由来と考えられる付着物が確認されたさらにAFMにて表面形状測定とスクラッチ試験を行い超低摩擦を示したしゅう動表面ではスクラッチにより表面が凹む様子が確認した以上の結果より特定のアニオン構造を持つイオン液体が低摩擦を示すメカニズムとしてイオン液体の吸着による摩擦低減作用と平滑化による摩擦低減作用の二つが関与しているものと考察したすなわちしゅう動によってイオン液体分子が摩擦面に吸着して金属固体接触を抑制するとともに温度上昇によって油膜が薄くなった場合でもしゅう動表面の平滑化により固体接触頻度が抑制され低摩擦を示したと考えられるまたしゅう動面に形成された柔らかい被膜は超低摩擦の発現と平滑なしゅう動表面の形成維持に寄与したと考えられる今回の結果はハロゲンフリーのホウ素含有イオン液体の超低摩擦特性とのそのメカニズムに対する新たな発見であり超低摩擦現象を実現するためのメカニズム解明につながることが期待される

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E27

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2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

長谷川 直哉 君(NTN(株))

長谷川氏転がり接触によるピーリングの発生メカニズムとピーリング抑制に及ぼす黒染処理の影響(第 1報第 2報)

自動車や産業機械の摩擦低減の取組みの中で潤滑油の低粘度化の動向があるこれに伴い転がり軸受は希薄潤滑条件で使用される機会が増えるため当該条件での転動疲労はく離のメカニズム解明とその対策技術の確立は機械部品の信頼性向上のための重要な技術課題と考えられるピーリングは希薄潤滑条件で発生する転動疲労はく離の代表であり大きさが 1010495321049532m程度の微小はく

離の集合体のことを指す従来の研究からピーリングの原因は転動部で油膜切れが起こり真実接触部の直下に過大な繰返し応力が作用することであるとわかっているが初期き裂の発生メカニズムについては不明な点があった本研究の第 1報ではピーリングのき裂発生メカニズムを転動面の高倍率観察表面形状と残留応力の測定および表面粗さ解析の結果に基づいて多面的に考察したその結果ピーリングの初期き裂が転動面の塑性変形の繰返しによって形成された切欠き部から発生することを明らかにしたまた転動面に化成処理の一種である黒染処理を行うことでピーリングが抑制される効果についても検討し黒染品では運転中の表面粗さの低下(なじみ)が促進されるため相手面の塑性変形が軽減してピーリングが起こりにくくなることを明らかにしたさらにこのなじみの促進が黒染処理時に母材表面の凹凸が小さくなる現象と転動中に凸部の黒染層が摩耗することの両方によってもたらされることも明らかにした本研究の第 2報では第 1報で得られたピーリングのき裂発生メカニズムと黒染処理によるピーリング抑制効果を転動面の真実接触部直下に繰り返される応力(繰返し応力)の推定結果に基づいて定量的に検討した繰返し応力の推定では転動面に生成される 3軸の残留応力の影響も考慮している検討の結果第 1報で得られた結論は繰返し応力の観点からみても妥当性が高いと考えられた上記の研究成果はピーリングの発生メカニズムに対する理解を深める新しい知見であるだけでなく

ピーリング対策の指針となる実用的にも有用な知見と考えられる

対象論文トライボロジスト63 巻第 8号 (2018) 551 63 巻第 9号 (2018) 618

65-04-功績賞 Page 15 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会学生奨励賞受賞者

米山 長春 君(東京大学 大学院工学研究科)

米山氏プラズマ利用イオン注入法を用いたグラフェンの SiO2Si基板上への直接合成

グラフェンは sp11085301108530結合により平面上に六角形状に配列した炭素原子からなる二次元分子である極めて高い電子移動度や光透過度から半導体材料や透明電極としての応用が期待されておりまた優れた機械的強度化学的安定性を持つことから磁気ディスク等の極薄潤滑保護膜としての研究が進められている高品位なグラフェンを大規模に合成する方法として加熱したNiCu 等の触媒金属膜上で原料となる炭化水素ガスを熱分解させてグラフェンを合成する熱 CVD法が最も広く用いられているしかしこの手法で合成したグラフェンを機能性材料として用いるためには触媒膜上から目的とする基板上へと複雑なプロセスを経て転写する必要がありグラフェンを実用化する上での大きな障壁となっているこのため任意の基板上へとグラフェンを直接合成する手法が研究されておりこれまでに極めて薄い触媒膜を用いてグラフェンを合成した後に触媒を加熱蒸発させグラフェンのみを基板上に残す方法や金属蒸気を触媒として利用する方法等が報告されているが大面積にわたって均一にグラフェンを合成することは困難であるとされている本研究では基板上に炭素イオンを注入した Ni 膜と Cu 膜を積層してアニーリングすることで基板上へのグラフェンの直接合成を試みた

10486591048659104868110486811048655104865511085301108530基板上にスパッタ成膜したNi 膜にプラズマ利用イオン注入法を用いてメタンイオンを注入しさらにその上にCu膜をスパッタすることで炭素を含むNi 膜と Cu膜の積層膜を生成しこれを真空中にて 850でアニーリングすることによってグラフェンを基板と積層膜の界面に生成したNi 膜の厚みを 50nm150 nmCu 膜の厚みを 50nm350 nmと変化させ合計 4通りのサンプルを作成した積層膜をエッチングして取り除いたのち基板上に形成されたグラフェン膜をラマン分光分析法を用いて評価したNi 膜の厚みが比較的薄いサンプルについては欠陥を含む複層のグラフェンが基板全面にわたって合成されていたのに対しNi 膜が厚いサンプルについては微弱な非晶質炭素のピークが観測されたこの成膜メカニズムとしてはNi と Cu 中での炭素固溶度の違いによるものが考えられNi よりも CuおよびNiCu 合金の方が炭素固溶度が小さいためアニーリングによってNi と Cu が相互拡散し合金を形成するにつれて炭素が界面付近に集中しNiCu 合金の触媒作用によってグラフェンが合成されたものと考えられる本研究ではNi と Cu を積層した触媒膜を用いて触媒膜と基板上の界面に直接大面積のグラフェンを合成することに成功した任意の基板上に転写プロセスを用いることなく直接グラフェンを形成することができる本手法は表面保護膜の形成手法として有意義であると考えられる

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 B25

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2019 年度日本トライボロジー学会学生奨励賞受賞者

大内 春花 君(東京理科大学 大学院工学研究科)

大内氏ZDDP と無灰摩擦調整剤併用による ZDDP 錯体構造変化がトライボロジー特性へ与える影響

本研究は ZDDP と無灰 FM併用時の潤滑機構の解明を目的に摩擦面に形成されるトライボフィルムの特性と摩擦挙動との関係を考察したものであるしゅう動部品における要求性能を満たすために潤滑油添加剤の組合せや配合割合が重要となる個々の添加剤の機能は明らかになっているが複合添加した場合相乗効果が発現する場合と互いの効果を阻害する場合があり効果の解明はあまり進んでいない実際に使用される潤滑油は複合添加油であるためより高性能な潤滑油の開発には添加剤間の相互作用機構の解明が必要不可欠となるジアルキルジチオリン酸亜鉛(ZDDP)はトライボフィルムを摩擦面に生成し耐摩耗性向上に寄与する添加剤である一方で高摩擦化をもたらし無灰摩擦調整剤(無灰FM)との併用による摩擦低減が試みられているがその潤滑機構は不明な点が多いそこでZDDPと無灰 FM併用時の潤滑機構を解明するためZDDP 単独添加油と ZDDP10486191048619無灰 FM複合添加油により形成されたトライボフィルムの特性を調査した無灰 FM はグリセリンモノオレート(GMO)とタロウジエタノールアミン(TDEA)を用いたSRV摩擦試験の結果よりZDDP + TDEA複合添加油が最も低摩擦を示したXPS 元素分析結果よりZDDP単独添加油と ZDDP + GMO複合添加油のトライボフィルムは上層は Pが Sよりも高濃度で存在したが下層は S が P よりも高濃度で存在したZDDP10486191048619TDEA 複合添加油の場合は常に Sが P よりも高濃度で存在した 10486541048654104865310486531048658104865811085311108531110852911085291109522110952211085601108560 分析結果よりZDDP 単独添加油と ZDDP10486191048619GMO 複合添加油中では中性塩として ZDDP は存在したがZDDP10486191048619TDEA複合添加油中では塩基性塩に変化していた以上より複合添加する無灰FMの種類によって ZDDPの錯体構造が変化しZDDP単独添加の場合と深さ方向の組成が異なる性質のトライボフィルムを形成することで摩擦挙動に影響を与えたと考えられると結論付けた

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E4

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2019 年度日本トライボロジー学会学生奨励賞受賞者

井池 祐貴 君(兵庫県立大学 大学院シミュレーション学研究科)

井池氏金属表面におけるリン酸エステルの初期吸着過程の分子動力学シミュレーション

本研究は分子動力学法を用いて極圧添加剤の代表的化合物であるリン酸エステルの金属表面への吸着および拡散挙動を解析したものであるリン酸エステルは通常モノエステルジエステルの混合物で使用され各エステル単体に関する知見は少ないのが現状である実験からジエステルと比較してモノエステルの方が優れた摩擦摩耗特性を示すことはわかっているしかしこの特性の発現要因は明らかとなっていないそこで本研究ではモノエステルジエステルの物理吸着特性の理解および基油中の拡散挙動解析のため分子動力学シミュレーションを行った本研究ではまずリン酸エステル単体の吸着および拡散挙動に着目するために基油を含まない系でシミュレーションを行ったこの結果モノエステルジエステルともに金属表面に吸着後分極の強いリン酸基の相互作用から会合体を形成することがわかったまた添加剤分子の二乗変位の測定結果から初期吸着過程においてジエステルと比較してモノエステルのほうが優れた表面拡散性を示すことが明らかとなった次に基油中における拡散挙動に着目するために基油を含まない系でシミュレーションを行ったこの結果基油を含まない系における結果と同様にモノエステルジエステルともに会合体を形成することで逆ミセル化し安定した状態で基油中を拡散するという結果が得られたまた基油中における拡散性もジエステルと比較してモノエステルのほうが優れているということが明らかとなった添加剤分子同士が会合し安定した逆ミセルを形成し拡散するといった挙動は油性剤を対象とした先行研究では見られなかった極圧添加剤特有の挙動でありこれが両者の違いの物理化学的起源と考えられる以上のように本研究ではリン酸エステルのモノエステルおよびジエステルの吸着および拡散挙動を解析しモノエステルおよびジエステルの金属表面および基油中における拡散性の違いを明らかにした本研究の結果と実験結果は少なくとも定性的に一致しているといえモノエステルジエステルの摩擦摩耗特性の違いは本研究で示された拡散性の違いから説明することができるという推論が得られた今後はより広範な分子構造を有する極圧添加剤において同様のシミュレーションを行うことで添加剤の研究開発における更なる発展が期待される

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E6

Page 2: 2019年度日本トライボロジー学会功績賞受賞者 · 2020. 5. 7. · 65-04-功績賞 Page 3 20/03/30 13:42 v3.60 3 185 2019年度日本トライボロジー学会論文賞受賞者

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2019 年度日本トライボロジー学会功績賞受賞者

134071134071岡 武雄 君

134071134071岡武雄氏は1963 年に富山大学文理学部理学科を卒業後通商産業省工業

技術院機械試験所(後に機械技術研究所に改称)に入省同基礎機械部機械要

素課長同極限技術部精密機構研究室長を務められた退職後は東京農工大学

明治大学で工業教育に携わられると同時にTHK 株式会社で技術の実用化に

も努められた一貫して転がり軸受の性能向上評価に係る研究に取り組まれ

産業界から強い要請のある軸受の異常診断技術についてAE法に発生位置標

定という独自技術を加えて損傷発生原因の特定に寄与されたことにより1991

年に慶應義塾大学より博士号を授与されたこれに関連して産学官連携型の研

究会を組織運営し軸受鋼における非金属介在物の評価法研究会等に発展さ

せた本会理事を 2期務められたほか転がり疲れ研究会とメンテナンスト

ライボロジー研究会主査を務められるなどトライボロジー分野および本会に

多大な貢献をされた

134071134071岡氏

Ali Erdemir 君

ALI ERDEMIR 博士は1977 年にイスタンブール工科大学(トルコ)を卒業

し1986 年にジョージア工科大学(米国)で材料科学工学の PhD学位を授与さ

れた1987 年にアルゴンヌ国立研究所(Argonne National Laboratory(米国))

に入所し2010 年に Argonne Distinguished Fellow の称号を受け 2020 年に退

所し現在テキサスAM大学(米国)の Eminent Professor となっている

また氏はDLCコーティングをはじめ数々の業績を上げているトライボロジー

研究の第一人者であり2016 年度米国トライボロジー学会(STLE)会長2017

年より International Tribology Council の President として世界のトライボロ

ジーコミュニティを牽引してきている重要人物でもある

氏はかねてより日米間のトライボロジスト交流を積極的に働きかけ近年は

毎年日米両学会の会長等首脳陣の意見交換交流が持たれるに至った数年に

わたる協議の結果双方の学会誌論文誌の広報をお互いの会員に行うことや

ITC Sendai 2019 における STLE-JAST 共催の Young Tribologists セッション

など具体的な両学会間の交流が開始されたこのように氏は国際化をはじめと

する各種 JAST活動の活性化に大きく貢献をされた

Erdemir 氏

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2019 年度日本トライボロジー学会論文賞受賞者

大久保 光 君(東京理科大学 大学院工学研究科)

田所 千治 君(埼玉大学 大学院理工学研究科)

平田 祐樹 君(東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所)

佐々木 信也 君(東京理科大学 大学院工学研究科)

大久保氏 田所氏 平田氏 佐々木氏

In Situ Raman Observation of the Graphitization Process of Tetrahedral Amorphous CarbonDiamond-Like Carbon under Boundary Lubrication in Poly-Alpha-Olefin with an OrganicFriction Modifier

近年厳しいしゅう動環境に曝される自動車用エンジン部品への新たな低摩擦化表面処理技術の一つとして鋼材よりも大幅に硬く無潤滑下で固体潤滑剤並の低摩擦特性を有するダイヤモンドライクカーボン(Diamond Like CarbonDLC)膜の適用が急速に拡大しているしかしながら潤滑油中におけるDLC 膜の潤滑メカニズムについては未だ不明瞭な部分が多いこれはDLC 膜のトライボロジー特性が摩擦によって引き起こされるDLC膜そのものの構造変化やDLC表面と潤滑油構成分子との吸着や反応によって大きく支配されるためであるそこでDLC 膜に対する潤滑油の潤滑メカニズムを解明するためには摩擦界面におけるDLC 膜の構造および表面に形成される反応生成物の経時変化を摩擦挙動とともに正確にとらえる必要があるそこで筆者らは開発したDLC 膜や潤滑剤の構造解析に有効なRaman 分光分析と摩擦試験機を組み合わせた in-situ Raman 摩擦試験機を用い境界潤滑下におけるDLC膜の摩擦摩耗挙動に及ぼす有機系摩擦調整剤の影響について調べたin-situ Raman 摩擦試験機では摩擦面の Raman 分光分析を摩擦係数の時間変化ともに測定することが可能であるなおDLC膜の構造変化はラマン波形の構造指標値(I11085481108548I11085511108551)より求めたその結果有機系摩擦調整剤の添加はDLC 膜の摩擦による膜構造の変化を抑制することを明らかにしたこの原因については摩擦力と関係する摩擦面の閃光温度とDLC 膜の構造変化開始温度との関係から考察を行い摩擦調整剤添加油の場合は摩擦面の閃光温度がDLC 膜の構造変化開始温度に至らなかったため構造変化の進行が抑制されたものと結論したなお潤滑油の組成に係わらずI11085481108548I11085511108551とDLC膜の摩耗量の間には線型的な相関関係が確認された以上より境界潤滑下におけるDLC膜の摩耗はDLC表層の sp11085301108530構造の増加に伴う膜の軟質化が原因となって起こり有機系摩擦調整剤の添加は構造変化を抑制することで摩耗低減効果を発揮するものと結論した

対象論文Tribology Online Vol 12 No 5 (2017) 229-237

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2019 年度日本トライボロジー学会論文賞受賞者

P S Suvin(National Institute of Technology Karnatakaoacute Surathkaloacute India)Satish V Kailas(Indian Institute of Scienceoacute Bangaloreoacute India)

P S Suvin

Study and Comparison of Lubricity of Green and Commercial Cutting Fluid UsingTool-Chip Tribometer

A lubricant is a substance introduced between surfaces in mutual contact to reduce friction whichultimately reduces the heat generated when the surfaces move Liquid lubricant designed specifically formetalworking processes such as turning drilling milling etc is known as cutting fluids (CF) Cuttingfluid is a blend or combination of oil emulsifier and additives mostly derived from chemicals orpetroleum products However it has got many side effects as it is toxic and harmful to environmentduring its disposal Hence vegetable based cutting fluid or green cutting fluid (GCF) is being developedand gaining importance with time Properties of these cutting fluids are dependent on the nature of thebase-oil nature of surfactants and the properties of water used to make the CF These fluids act on thenascent surfaces generated during cutting to form a low friction boundary layer as they slide past thecutting toolWe propose a unique tool-chip tribometer (TCT) in which these boundary layers formed by the actionof lubricants on freshly cut surfaces can be generated and their tribological properties alone studied inisolation This equipment can be used to study the fundamental mechanisms of the lubrication usingemulsions on nascent surfaces and can be used in optimizing the composition of such fluids The scope ofthis work is to assess different cutting fluids in this tool-chip tribometer The tribological performances ofmetal cutting on nascent surfaces are compared Unlike in the conventional methods of assessing thelubricity of cutting fluids using cutting tests here the friction has been evaluated separately from cuttingforces

対象論文Tribology Online Vol 13 No 6 (2018) 340-350

Satish V Kailas

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2019 年度日本トライボロジー学会論文賞受賞者

岡本 竜也 君(名古屋大学 大学院工学研究科)

梅原 徳次 君(名古屋大学 大学院工学研究科)

村島 基之 君(名古屋大学 大学院工学研究科)

斉藤 浩二 君(トヨタ自動車(株))眞鍋 和幹 君(トヨタ自動車(株))林 圭二 君(トヨタ自動車(株))

岡本氏

ベース油中CNxの摩擦界面その場反射分光分析観察による摩擦メカニズムの解明

本論文は反射分光分析による摩擦界面その場観察によりCNx 膜の低摩擦発現メカニズムを解明することを目的としたものであるこの目的を達成するためにベース油中でのサファイア半球とCNx 膜との摩擦時において摩擦界面その場反射分光分析を用いてCNx 膜の表面粗さ油膜とCNx 膜の構造変化層のそれぞれの厚さおよび体積分極率を測定しそれらの摩擦係数に与える影響を明らかにしており得られた結果よりCNx 膜の低摩擦発現メカニズムを検討した具体的には光学モデルとして雰囲気層にサファイアその下に油膜表面粗さ層構造変化層基板層にCNx 膜として得られた反射光スペクトルにフィッティングすることでそれぞれの層の膜厚屈折率消衰係数および表面粗さを算出しさらにその値から構造変化層と油の体積分極率を推定したその結果両面の粗さの減少と油膜厚さの増加から摩擦初期に摩擦係数が急激に減少した原因として境界潤滑領域の荷重分担比が減少したことが定量的に示唆されたまた構造変化層および油膜の体積分極率の増加により油膜分子が構造変化層極表面に吸着し薄い吸着分子膜が形成されることで境界潤滑領域部分の摩擦係数が減少したことが摩擦繰返しによる低摩擦発現の一つの要因であることが示唆された以上のように本研究では摩擦界面その場反射分光観察が表面粗さの減少に伴う潤滑形態の遷移や構造変化層の生成に伴う体積分極率の変化を in-situ でとらえ摩擦係数に及ぼすそれらの影響を解明することが可能な重要なツールであることを明らかにした今後同ツールが摩擦界面における現象解明のために汎用的に活用されることを期待する

対象論文トライボロジスト63 巻第 11 号(2018)755-767

梅原氏 村島氏 斉藤氏 眞鍋氏 林氏

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2019 年度日本トライボロジー学会論文賞受賞者

畑 一志 君(元出光興産(株))田本 芳隆 君(出光興産(株))

畑氏

各種粘度指数向上剤添加油の高圧粘度特性とポリマー挙動の関係に関する研究(第 2報)高圧粘度予測式の導出および圧力下の粘度 温度特性

本論文は10 種の基油と化合物タイプおよび分子量の異なる 11 種の粘度指数向上剤VII を用いて調製されたVII 添加油 23 油種を供試油としそれらの高圧粘度測定値に基づくVII 添加油の高圧粘度予測式の導出とVII 添加の本来の目的である粘度指数向上特性ならびに粘度 温度特性に及ぼす圧力の影響が油中ポリマーコイルの溶存状態挙動との関係において検討され定量的考察がなされているVII 添加油の高圧粘度は転落球式高圧粘度計を用いて測定され測定値および関連特性の解析は基油のそれらとの対比で行われた高圧粘度予測式はいわゆる BARUS式を基本とし圧力粘度係数を正割圧力 粘度係数 1049521104952111085461108546( ) とする式である本予測式利用に際しての簡便性に資するべく基油およびVII 油中溶存ポリマーコイル自体の二つの圧力ndash粘度係数値と VII ポリマーの重量混合比からなる1049521104952111085461108546( )110952211095221108546110854611085881108588予測式が導出されその適用によりVII 添加油の高圧粘度の予測が可能となった当該高圧粘度予測式の妥当性および適用性は測定値に対する予測値の偏差およびそれらの分布解析から確認された本研究における一連の特性解析を通じてVII 添加油中のポリマーコイル分子は二つの機能すなわち一つは増粘性発現に関わる流体力学的等価球(10486371048637剛体球)を形成する機能今一つはポリマーコイル自体がポリマー化合物のタイプや分子量の違いならびに基油化合物の違いや圧力温度の影響を受けない普遍的特性値の圧力粘度係数を発現する機能に関し前者にはVII 添加油中のポリマーコイル剛体球の体積分率(vol )に対応する関係性が認められるが後者には認められなかったまた剛体球の体積分率とVII 添加による相対粘度増分それぞれの値とその時の剛体球の溶存状態の関係がVII 添加油中ポリマー臨界濃度を基準とした希薄領域などのポリマー溶液の領域区分に準じて定量的に評価考察されたVII 添加油の大気圧下の粘度指数は圧力により低下し圧力 に対し下に凸の 11095221109522110854611085461108588110858810572981057298 関係の特性

を示す例えばある高分子量 PAMA系ポリマー 4 添加油の場合大気圧下 110952211095221108546110854611085881108588 10486371048637 245 rArr圧力下110952211095221108546110854611085881108588 10486371048637 208 の如きであるVII 化合物タイプの違い添加量の多少基油の違いなどによりVI 向上幅

の大きさは異なるがVI 向上幅が大きい油種ほどVI 低下の幅も大きい傾向にある本論文に提示された各種の測定結果や予測式を含む諸知見はVII 添加油の各種特性とポリマーコイルの溶存状態や挙動との関係解釈に新たな視点による情報を提供するものであるとともに新たな課題設定や関係解析に対する示唆的情報ともなり得ると考える更なる進展につながることを期待したい

対象論文トライボロジスト63 巻第 11 号(2018)782-794

田本氏

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2019 年度日本トライボロジー学会論文賞受賞者

小野 佑樹 君((株)本田技術研究所)松本 謙司 君((株)本田技術研究所)三原 雄司 君(東京都市大学 大学院工学研究科 総合研究所)

小野氏

A Study of the Lubrication under Impact Loading - Experimental and AnalyticalApplication to Push Belt CVTs

自動車の環境適合性や燃費性能が向上するにつれエンジンやトランスミッション内の機械要素は高回転高負荷低粘度オイル適用など潤滑条件が過酷になる傾向がある油膜を介した機械接触面では転がり 滑り運動だけでなく間欠的な動力伝達や振動負荷変動など様々な過渡的変化が生じるそのため部品の性能や寿命を設計するためにはこうした過渡状態を含めた油膜形成状態の把握と制御が重要と言える油膜解析に関しては光干渉法をはじめとする実測技術と弾性流体潤滑(EHL)の理論モデル構築が多くの研究者により日進月歩で進められている一方で運転中のエンジンやトランスミッション内部の油膜形成状態を直接的に計算するツールはなくいかにして実際の荷重発生領域や変動パターンを捉え理論モデルに導入するかが課題であるまた解析で得られる油膜形成状態が実機の状態に即したものかを検証することも必要である本研究で我々は自動車用金属ベルト式無段変速機(CVT)を対象とし運転中の金属ベルトエレメントプーリ間における油膜厚さ変化の推定を試みたそのために典型的な CVT運転条件において接触圧力変動パターンを取得しこれを EHL の理論モデルに導入することで油膜厚さ変化を得たまた得られた解析結果を検証するため光干渉法を用いて同様の条件下の油膜厚さを実測し解析手法の精度を定量的に示した本研究の特徴はEHLの理論モデルに関する研究成果を実際の機械設計や信頼性向上に適用するための手法を構築しその効果を実証した点にあると考えるこの本手法は金属ベルト式 CVTに限らず多くの産業機械へも適用が可能であり将来的にはそれらの潤滑膜形成状態の把握や制御にも資するものとなれば幸いである

対象論文Tribology Online Vol 14 No 2 (2019) 18-23

松本氏 三原氏

65-04-功績賞 Page 8 200330 1342 v360

8

190

2019 年度日本トライボロジー学会技術賞受賞者

秋田 秀樹 君(日立建機(株))倉迫 彬 君(日立建機(株))櫻井 茂行 君(日立建機(株))

秋田氏

建設機械用オイル状態監視システムの開発

本研究は油圧ショベルの実稼動下におけるセンサを用いたオイルの状態監視技術に関するものである近年建設機械業界では ICT を活用した機械稼動情報提供サービスを逐次開始している情報提供サービスの一つで潤滑油の継続的な状態監視が行われているが現在の潤滑油の状態監視は一定間隔でオイルを採取し分析を行うオフライン分析手法であるため状況に応じた的確なサービスを提供できないことや故障前駆現象に起因する突発的なオイル性状変化を捉えることが難しいのが実情であるこの解決策としてセンサを用いたオンラインでのオイル性状の常時監視が求められているそこで本研究はセンサによるオイルの状態監視およびその運用に関する技術についての検討を行った主な検討内容は建設機械に対応可能なオンライン形式の性状監視センサの選定そのセンサの最適な設置方法の検討これまでオフラインで行っているオイル分析のオイルの汚染劣化オイル中の摩耗を示す指標との相関関係についての検証であるこの結果を受けて計測値の統計的処理をはじめIoT を活用したセンサデータ収集ロジック従来から行われているオイル分析手法を基とした状態判断基準の作成これらを用いた自動オイル性状判断ロジック構築を行いさらにWeb 等デジタルデバイスを活用した顧客への情報通知システムを整備することでオイル状態監視の運用システムの構築運用を行ったこれにより潤滑油状態のldquo見える化rdquoが可能となり顧客や弊社にとってスピーディな対応が可能となったのみでなく顧客機のダウンタイム低下機体ダメージの低減適切なサービスの提供などにより一連のエコシステムの構築ができた今回のオイル状態監視システムは建設機械業界としては初のシステムである今後は弊社内の機種展開を図るのみではなくトライボロジー的観点から潤滑油の状態監視をキーとした機械の稼働状監視保全技術の最適化に寄与していきたい

倉迫氏 櫻井氏

65-04-功績賞 Page 9 200330 1342 v360

9

191

2019 年度日本トライボロジー学会技術賞受賞者

増田 耕平 君(JXTGエネルギー(株))中尾 元 君(JXTGエネルギー(株))小松原 仁 君(JXTGエネルギー(株))

増田氏

超低粘度ATFの開発

本技術は自動変速機油(以下ATF)の超低粘度化により自動変速機(以下AT)の効率向上ひいては自動車の省燃費化に寄与する技術である近年の地球温暖化対策を背景に年々厳しくなる自動車燃費規制に対応するためにATにおいても更なる伝達効率向上が求められているATF を低粘度化することで撹拌損失が低減しATの伝達効率向上が図れるが粘度が低くなりすぎるとギヤやベアリング等のしゅう動部品の潤滑性が低下し部品損傷が早期に生じてしまうすなわち疲労寿命の低下という課題が発生するしゅう動部品の疲労寿命を向上させるために部品同士が直接接触する境界潤滑領域と部品間の潤滑油が圧縮され局所的に粘性が大きく増加する弾性流体潤滑領域においてそれぞれ摩擦低減手法を探索したその結果境界潤滑領域では分子中に極性を有するエステル基油を部分的に適用することで摩擦が低減し弾性流体潤滑領域では直鎖構造を多く含む高性能基油を使用することで基油圧縮時の粘性増加が抑制でき疲労寿命の大幅向上に寄与することを見いだしたエステル基油と高性能基油を用いて開発した超低粘度ATFは従来ATFから 50 以上もの低粘度化(40動粘度比較)を図った世界で最も低粘度なATFであるほかATユニットにおける損失トルクは大幅に低減でき自動車の省燃費性向上に非常に大きく寄与するものであるまた近年増加傾向にあるハイブリッド車や電気自動車の変速機(減速機)においても伝達効率や疲労寿命の向上技術は引き続き要求されるため本技術は今後の自動車の電動化を見据えても有用であり将来にわたり自動車産業における二酸化炭素排出量削減すなわち地球温暖化対策への貢献が期待される

中尾氏 小松原氏

65-04-功績賞 Page 10 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

前田 成志 君(日本精工(株))

前田氏EHD接触における膜厚と破断率の同時測定 グリース潤滑の場合

本研究は電気インピーダンス法を用いて転がり軸受における接触域内の膜厚と破断率の同時測定を行い油潤滑下とグリース潤滑下の比較から低速度域におけるグリース潤滑のメカニズムを考察したものである近年地球温暖化を背景として軸受の更なる低トルク化が求められており潤滑剤の粘度を下げるあるいは潤滑剤の封入量を減らすといった手段が講じられているしかしそれらの方法は EHD(elastohydrodynamic)接触域における油膜の破断を促し軸受しゅう動面における様々な表面損傷の原因となるそこで筆者のグループでは従来の電気インピーダンス法を改良しEHD接触域における膜厚を光干渉法と同等な精度で測定できさらに破断率も同時に測定できる手法を開発した本手法は実際の転がり軸受に適用可能であることから軸受の更なる低トルク化と長寿命化を両立する上で非常に重要な技術である本研究ではアキシアル荷重を負荷した深溝玉軸受を用い内輪の回転数を低速から高速へ変化させた際の軸受トルク軸受外輪温度および電気インピーダンス法から得られる EHD接触域の平均膜厚と破断率を同時に測定した潤滑剤にはウレアを増ちょう剤としたグリースとその基油(poly- -olefinoil)を用いた基油の試験より軸受外輪温度が上昇しない低速度域において膜厚が HAMROCK-DOWSONの式による理論値と一致し破断率が上昇する低速度域において同じタイミングで軸受トルクが上昇する結果を得た一方ウレアグリースの試験より低速度域において膜厚が理論値および基油の膜厚よりも厚くなり破断率が上昇しないにも関わらず軸受トルクが上昇する結果を得たこれらの結果から基油を用いた場合低速度域で油膜が破断し金属接触が生じるため軸受トルクが上昇したと推察される一方ウレアグリースを用いた場合低速度域において接触部における増ちょう剤濃度が上昇しグリースの等価粘度が増加することで軸受トルクが上昇したと推察される以上のように本研究では開発した電気インピーダンス法を用いて転がり軸受で広く用いられているグリース潤滑のメカニズムの一端を実験結果に基づいて考察した今後本手法は様々な条件下において転がり軸受の潤滑メカニズム解明に貢献し低トルクかつ長寿命を両立する転がり軸受の実現に貢献することが期待される

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 C13

65-04-功績賞 Page 11 200330 1342 v360

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193

2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

小谷田 早季 君(JXTGエネルギー(株))

小谷田氏マレイン化ジチオリン酸エステルの境界潤滑特性

本研究は少量の添加で性能を発揮する新たな硫黄-リン系添加剤の探索を目的にマレイン化ジチオリン酸エステル誘導体(MDTPs)の摩擦特性について検討したものである従来よりジアルキルジチオリン酸亜鉛(ZnDTP)は優れた摩耗防止剤として油圧作動油等に広く使用されているが劣化に伴う不溶性スラッジの生成が懸念されるこの課題に対し安定性の高いリン系摩耗防止剤を使用した技術が数多く検討され油圧作動油の性能向上が図られてきたしかしながらリン系摩耗防止剤のみでは ZnDTP と比較して高荷重下での摩耗防止性や極圧性に劣ることから硫黄系極圧剤等の併用によって性能を補填している一方で硫黄系極圧剤は ZnDTP と同様に耐熱性に劣るため長期間過酷な使用環境に曝される油圧作動油では多量に添加することが難しいそのため少量の添加でも高い性能が得られる添加剤の開発が必要となるそこで本研究では新たな添加剤としてMDTPs に着目しリン酸トリクレジル(TCP)との併用における境界潤滑域での特性を調査したTCPMDTPs 併用系はZnDTPと比較して低摩擦性低摩耗性を示しさらにTCP 単独系よりも優れた性能を示した加えて油圧ポンプの消費電力試験において省エネルギー性能を評価しTCPMDTPs 併用系はTCP単独系よりも消費電力量が小さく省エネルギー性能が向上することを確認したMDTPs は TCP との併用によって低摩擦性が向上し実機における省エネルギー性の向上に繋がったと推測されるまたTCPMDTPs 併用系の優れた潤滑特性について潤滑被膜の分析からメカニズムを考察したTCPMDTPs 併用系の潤滑被膜はリン酸化合物および硫化物を主成分とする被膜であり被膜深部ほど硫黄比率が高くなる結果が得られた硫黄を含有するMDTPs がしゅう動部表面に積極的に吸着反応したと推察されるTCPMDTPs 併用系ではMDTPs 由来の成分が摩擦特性に対して支配的に関与し形成被膜によるせん断抵抗の低減あるいはMDTPs によるしゅう動部の焼付き抑制によって低摩擦性が発現したと考えられる本研究では新たな添加剤としてMDTPs を合成しその摩擦特性および作用メカニズムの解明を行った引き続き形成被膜特性の更なる検証を進めより高性能で環境負荷の小さい添加剤の開発を通じてトライボロジー分野の技術発展に貢献していきたい

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 C24

65-04-功績賞 Page 12 200330 1342 v360

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194

2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

川田 将平 君(東京理科大学 大学院工学研究科)

川田氏イオン液体の潤滑特性に周囲雰囲気が及ぼす影響の調査

地球環境問題を背景に機械システムにおいて摩擦損失を削減する試みが行われているその試みの一つとして潤滑剤の改良開発が挙げられる潤滑剤の潤滑特性を評価する場合摩擦係数や摩耗量といったマクロな物理量評価を行うが潤滑現象の実態は潤滑剤の摩擦界面におけるナノレベルの挙動によって大きく支配される上記の現象については多くの研究者の方々により原子間力顕微鏡などの様々な分析技術を用いて解明を試みているが未だ大きな課題が立ちはだかっているその一つに水の存在が挙げられる水は大気中および材料表面に常に存在し摩擦界面における潤滑剤のミクロな挙動に影響を与える非常に重要因子と言える水の存在が潤滑現象に及ぼす影響についてはこれまでも多くの研究が行われてきたが他の分子との相互作用などナノレベルでの現象解明には至っていないのが現状である本研究においてはイオン液体を潤滑剤のモデル物質として用いることで水が潤滑現象に与える影響の解明を試みたこの着想に至った経緯としてイオン液体はその多様な分子種の組合せにより水との親和性や粘度アルキル鎖長など必要な物性を選択できることから水との相互作用を検討する上で有用なモデル物質であると考えた本研究においては摩擦雰囲気を制御することでマクロな潤滑特性の評価および潤滑メカニズムの考察を行った本実験においてはイオン液体をモデル物質として用いるにあたり親水性かつ吸着膜を形成するもの親水性かつ反応膜を形成するものそして疎水性かつ反応膜を形成するイオン液体を選定しそれぞれ大気中乾燥空気中真空中で評価を行った親水性のイオン液体においては水分が存在する大気中において潤滑特性が悪化することが確認された一方で疎水性イオン液体は雰囲気の影響をほとんど受けなかったただし表面分析結果より疎水性イオン液体による潤滑膜は大気中の水分により成長することが確認されたことから微量な水分が潤滑現象に関与することが示唆された本研究成果はイオン液体が既存の潤滑メカニズムを明らかにするモデル物質としての有用性を提案し潤滑油と水の親和性が潤滑メカニズムに大きな影響を与えることを示した今後はナノスケールにおける潤滑膜と水分の挙動を明らかとすることで既存の潤滑油の潤滑メカニズム解明に大いに貢献するものと期待される

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E17

65-04-功績賞 Page 13 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

渡邉 保奈美 君(EMGルブリカンツ合同会社)

渡邉氏ホウ素含有イオン液体による摩擦低減効果(第 4報)

本研究では超低摩擦を示すハロゲンフリーのホウ素含有イオン液体について摩擦後の表面形状および形成した被膜の硬さなどの物性や組成を分析しその低摩擦メカニズムを考察したものである近年イオン液体は新規潤滑油としての応用が注目されているイオン液体は常温で溶融している塩であり分子性液体がもつ分子間相互作用よりも強い静電気的な相互作用を有しているそのため低融点低蒸気圧高い熱安定性高いイオン伝導率等の特徴を有しているイオン液体の潤滑油に関する研究はハロゲンを含む構造のものが多く良好な潤滑性を示すと報告されている一方でフッ化金属が水と反応することによりフッ化水素を発生し腐食摩耗を促進してしまうそのためハロゲンを含まないことが望ましくハロゲンフリーのイオン液体の利用が期待されている本研究ではハロゲンフリーでホウ素を含有するイオン液体に着目し潤滑性を評価した結果ハロゲン系イオン液体や炭化水素系基油よりも特定のアニオン構造を持つイオン液体の摩擦係数が 001 以下の超低摩擦を示すことを見いだしたホウ素含有イオン液体は摩擦試験開始直後に付着物を生成ししゅう動表面が平滑されていることが確認されたまたエネルギー分散型X線分光法とX線分光分析の結果からしゅう動面にアニオン由来と考えられる付着物が確認されたさらにAFMにて表面形状測定とスクラッチ試験を行い超低摩擦を示したしゅう動表面ではスクラッチにより表面が凹む様子が確認した以上の結果より特定のアニオン構造を持つイオン液体が低摩擦を示すメカニズムとしてイオン液体の吸着による摩擦低減作用と平滑化による摩擦低減作用の二つが関与しているものと考察したすなわちしゅう動によってイオン液体分子が摩擦面に吸着して金属固体接触を抑制するとともに温度上昇によって油膜が薄くなった場合でもしゅう動表面の平滑化により固体接触頻度が抑制され低摩擦を示したと考えられるまたしゅう動面に形成された柔らかい被膜は超低摩擦の発現と平滑なしゅう動表面の形成維持に寄与したと考えられる今回の結果はハロゲンフリーのホウ素含有イオン液体の超低摩擦特性とのそのメカニズムに対する新たな発見であり超低摩擦現象を実現するためのメカニズム解明につながることが期待される

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E27

65-04-功績賞 Page 14 200330 1342 v360

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196

2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

長谷川 直哉 君(NTN(株))

長谷川氏転がり接触によるピーリングの発生メカニズムとピーリング抑制に及ぼす黒染処理の影響(第 1報第 2報)

自動車や産業機械の摩擦低減の取組みの中で潤滑油の低粘度化の動向があるこれに伴い転がり軸受は希薄潤滑条件で使用される機会が増えるため当該条件での転動疲労はく離のメカニズム解明とその対策技術の確立は機械部品の信頼性向上のための重要な技術課題と考えられるピーリングは希薄潤滑条件で発生する転動疲労はく離の代表であり大きさが 1010495321049532m程度の微小はく

離の集合体のことを指す従来の研究からピーリングの原因は転動部で油膜切れが起こり真実接触部の直下に過大な繰返し応力が作用することであるとわかっているが初期き裂の発生メカニズムについては不明な点があった本研究の第 1報ではピーリングのき裂発生メカニズムを転動面の高倍率観察表面形状と残留応力の測定および表面粗さ解析の結果に基づいて多面的に考察したその結果ピーリングの初期き裂が転動面の塑性変形の繰返しによって形成された切欠き部から発生することを明らかにしたまた転動面に化成処理の一種である黒染処理を行うことでピーリングが抑制される効果についても検討し黒染品では運転中の表面粗さの低下(なじみ)が促進されるため相手面の塑性変形が軽減してピーリングが起こりにくくなることを明らかにしたさらにこのなじみの促進が黒染処理時に母材表面の凹凸が小さくなる現象と転動中に凸部の黒染層が摩耗することの両方によってもたらされることも明らかにした本研究の第 2報では第 1報で得られたピーリングのき裂発生メカニズムと黒染処理によるピーリング抑制効果を転動面の真実接触部直下に繰り返される応力(繰返し応力)の推定結果に基づいて定量的に検討した繰返し応力の推定では転動面に生成される 3軸の残留応力の影響も考慮している検討の結果第 1報で得られた結論は繰返し応力の観点からみても妥当性が高いと考えられた上記の研究成果はピーリングの発生メカニズムに対する理解を深める新しい知見であるだけでなく

ピーリング対策の指針となる実用的にも有用な知見と考えられる

対象論文トライボロジスト63 巻第 8号 (2018) 551 63 巻第 9号 (2018) 618

65-04-功績賞 Page 15 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会学生奨励賞受賞者

米山 長春 君(東京大学 大学院工学研究科)

米山氏プラズマ利用イオン注入法を用いたグラフェンの SiO2Si基板上への直接合成

グラフェンは sp11085301108530結合により平面上に六角形状に配列した炭素原子からなる二次元分子である極めて高い電子移動度や光透過度から半導体材料や透明電極としての応用が期待されておりまた優れた機械的強度化学的安定性を持つことから磁気ディスク等の極薄潤滑保護膜としての研究が進められている高品位なグラフェンを大規模に合成する方法として加熱したNiCu 等の触媒金属膜上で原料となる炭化水素ガスを熱分解させてグラフェンを合成する熱 CVD法が最も広く用いられているしかしこの手法で合成したグラフェンを機能性材料として用いるためには触媒膜上から目的とする基板上へと複雑なプロセスを経て転写する必要がありグラフェンを実用化する上での大きな障壁となっているこのため任意の基板上へとグラフェンを直接合成する手法が研究されておりこれまでに極めて薄い触媒膜を用いてグラフェンを合成した後に触媒を加熱蒸発させグラフェンのみを基板上に残す方法や金属蒸気を触媒として利用する方法等が報告されているが大面積にわたって均一にグラフェンを合成することは困難であるとされている本研究では基板上に炭素イオンを注入した Ni 膜と Cu 膜を積層してアニーリングすることで基板上へのグラフェンの直接合成を試みた

10486591048659104868110486811048655104865511085301108530基板上にスパッタ成膜したNi 膜にプラズマ利用イオン注入法を用いてメタンイオンを注入しさらにその上にCu膜をスパッタすることで炭素を含むNi 膜と Cu膜の積層膜を生成しこれを真空中にて 850でアニーリングすることによってグラフェンを基板と積層膜の界面に生成したNi 膜の厚みを 50nm150 nmCu 膜の厚みを 50nm350 nmと変化させ合計 4通りのサンプルを作成した積層膜をエッチングして取り除いたのち基板上に形成されたグラフェン膜をラマン分光分析法を用いて評価したNi 膜の厚みが比較的薄いサンプルについては欠陥を含む複層のグラフェンが基板全面にわたって合成されていたのに対しNi 膜が厚いサンプルについては微弱な非晶質炭素のピークが観測されたこの成膜メカニズムとしてはNi と Cu 中での炭素固溶度の違いによるものが考えられNi よりも CuおよびNiCu 合金の方が炭素固溶度が小さいためアニーリングによってNi と Cu が相互拡散し合金を形成するにつれて炭素が界面付近に集中しNiCu 合金の触媒作用によってグラフェンが合成されたものと考えられる本研究ではNi と Cu を積層した触媒膜を用いて触媒膜と基板上の界面に直接大面積のグラフェンを合成することに成功した任意の基板上に転写プロセスを用いることなく直接グラフェンを形成することができる本手法は表面保護膜の形成手法として有意義であると考えられる

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 B25

65-04-功績賞 Page 16 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会学生奨励賞受賞者

大内 春花 君(東京理科大学 大学院工学研究科)

大内氏ZDDP と無灰摩擦調整剤併用による ZDDP 錯体構造変化がトライボロジー特性へ与える影響

本研究は ZDDP と無灰 FM併用時の潤滑機構の解明を目的に摩擦面に形成されるトライボフィルムの特性と摩擦挙動との関係を考察したものであるしゅう動部品における要求性能を満たすために潤滑油添加剤の組合せや配合割合が重要となる個々の添加剤の機能は明らかになっているが複合添加した場合相乗効果が発現する場合と互いの効果を阻害する場合があり効果の解明はあまり進んでいない実際に使用される潤滑油は複合添加油であるためより高性能な潤滑油の開発には添加剤間の相互作用機構の解明が必要不可欠となるジアルキルジチオリン酸亜鉛(ZDDP)はトライボフィルムを摩擦面に生成し耐摩耗性向上に寄与する添加剤である一方で高摩擦化をもたらし無灰摩擦調整剤(無灰FM)との併用による摩擦低減が試みられているがその潤滑機構は不明な点が多いそこでZDDPと無灰 FM併用時の潤滑機構を解明するためZDDP 単独添加油と ZDDP10486191048619無灰 FM複合添加油により形成されたトライボフィルムの特性を調査した無灰 FM はグリセリンモノオレート(GMO)とタロウジエタノールアミン(TDEA)を用いたSRV摩擦試験の結果よりZDDP + TDEA複合添加油が最も低摩擦を示したXPS 元素分析結果よりZDDP単独添加油と ZDDP + GMO複合添加油のトライボフィルムは上層は Pが Sよりも高濃度で存在したが下層は S が P よりも高濃度で存在したZDDP10486191048619TDEA 複合添加油の場合は常に Sが P よりも高濃度で存在した 10486541048654104865310486531048658104865811085311108531110852911085291109522110952211085601108560 分析結果よりZDDP 単独添加油と ZDDP10486191048619GMO 複合添加油中では中性塩として ZDDP は存在したがZDDP10486191048619TDEA複合添加油中では塩基性塩に変化していた以上より複合添加する無灰FMの種類によって ZDDPの錯体構造が変化しZDDP単独添加の場合と深さ方向の組成が異なる性質のトライボフィルムを形成することで摩擦挙動に影響を与えたと考えられると結論付けた

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E4

65-04-功績賞 Page 17 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会学生奨励賞受賞者

井池 祐貴 君(兵庫県立大学 大学院シミュレーション学研究科)

井池氏金属表面におけるリン酸エステルの初期吸着過程の分子動力学シミュレーション

本研究は分子動力学法を用いて極圧添加剤の代表的化合物であるリン酸エステルの金属表面への吸着および拡散挙動を解析したものであるリン酸エステルは通常モノエステルジエステルの混合物で使用され各エステル単体に関する知見は少ないのが現状である実験からジエステルと比較してモノエステルの方が優れた摩擦摩耗特性を示すことはわかっているしかしこの特性の発現要因は明らかとなっていないそこで本研究ではモノエステルジエステルの物理吸着特性の理解および基油中の拡散挙動解析のため分子動力学シミュレーションを行った本研究ではまずリン酸エステル単体の吸着および拡散挙動に着目するために基油を含まない系でシミュレーションを行ったこの結果モノエステルジエステルともに金属表面に吸着後分極の強いリン酸基の相互作用から会合体を形成することがわかったまた添加剤分子の二乗変位の測定結果から初期吸着過程においてジエステルと比較してモノエステルのほうが優れた表面拡散性を示すことが明らかとなった次に基油中における拡散挙動に着目するために基油を含まない系でシミュレーションを行ったこの結果基油を含まない系における結果と同様にモノエステルジエステルともに会合体を形成することで逆ミセル化し安定した状態で基油中を拡散するという結果が得られたまた基油中における拡散性もジエステルと比較してモノエステルのほうが優れているということが明らかとなった添加剤分子同士が会合し安定した逆ミセルを形成し拡散するといった挙動は油性剤を対象とした先行研究では見られなかった極圧添加剤特有の挙動でありこれが両者の違いの物理化学的起源と考えられる以上のように本研究ではリン酸エステルのモノエステルおよびジエステルの吸着および拡散挙動を解析しモノエステルおよびジエステルの金属表面および基油中における拡散性の違いを明らかにした本研究の結果と実験結果は少なくとも定性的に一致しているといえモノエステルジエステルの摩擦摩耗特性の違いは本研究で示された拡散性の違いから説明することができるという推論が得られた今後はより広範な分子構造を有する極圧添加剤において同様のシミュレーションを行うことで添加剤の研究開発における更なる発展が期待される

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E6

Page 3: 2019年度日本トライボロジー学会功績賞受賞者 · 2020. 5. 7. · 65-04-功績賞 Page 3 20/03/30 13:42 v3.60 3 185 2019年度日本トライボロジー学会論文賞受賞者

65-04-功績賞 Page 3 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会論文賞受賞者

大久保 光 君(東京理科大学 大学院工学研究科)

田所 千治 君(埼玉大学 大学院理工学研究科)

平田 祐樹 君(東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所)

佐々木 信也 君(東京理科大学 大学院工学研究科)

大久保氏 田所氏 平田氏 佐々木氏

In Situ Raman Observation of the Graphitization Process of Tetrahedral Amorphous CarbonDiamond-Like Carbon under Boundary Lubrication in Poly-Alpha-Olefin with an OrganicFriction Modifier

近年厳しいしゅう動環境に曝される自動車用エンジン部品への新たな低摩擦化表面処理技術の一つとして鋼材よりも大幅に硬く無潤滑下で固体潤滑剤並の低摩擦特性を有するダイヤモンドライクカーボン(Diamond Like CarbonDLC)膜の適用が急速に拡大しているしかしながら潤滑油中におけるDLC 膜の潤滑メカニズムについては未だ不明瞭な部分が多いこれはDLC 膜のトライボロジー特性が摩擦によって引き起こされるDLC膜そのものの構造変化やDLC表面と潤滑油構成分子との吸着や反応によって大きく支配されるためであるそこでDLC 膜に対する潤滑油の潤滑メカニズムを解明するためには摩擦界面におけるDLC 膜の構造および表面に形成される反応生成物の経時変化を摩擦挙動とともに正確にとらえる必要があるそこで筆者らは開発したDLC 膜や潤滑剤の構造解析に有効なRaman 分光分析と摩擦試験機を組み合わせた in-situ Raman 摩擦試験機を用い境界潤滑下におけるDLC膜の摩擦摩耗挙動に及ぼす有機系摩擦調整剤の影響について調べたin-situ Raman 摩擦試験機では摩擦面の Raman 分光分析を摩擦係数の時間変化ともに測定することが可能であるなおDLC膜の構造変化はラマン波形の構造指標値(I11085481108548I11085511108551)より求めたその結果有機系摩擦調整剤の添加はDLC 膜の摩擦による膜構造の変化を抑制することを明らかにしたこの原因については摩擦力と関係する摩擦面の閃光温度とDLC 膜の構造変化開始温度との関係から考察を行い摩擦調整剤添加油の場合は摩擦面の閃光温度がDLC 膜の構造変化開始温度に至らなかったため構造変化の進行が抑制されたものと結論したなお潤滑油の組成に係わらずI11085481108548I11085511108551とDLC膜の摩耗量の間には線型的な相関関係が確認された以上より境界潤滑下におけるDLC膜の摩耗はDLC表層の sp11085301108530構造の増加に伴う膜の軟質化が原因となって起こり有機系摩擦調整剤の添加は構造変化を抑制することで摩耗低減効果を発揮するものと結論した

対象論文Tribology Online Vol 12 No 5 (2017) 229-237

65-04-功績賞 Page 4 200330 1342 v360

4

186

2019 年度日本トライボロジー学会論文賞受賞者

P S Suvin(National Institute of Technology Karnatakaoacute Surathkaloacute India)Satish V Kailas(Indian Institute of Scienceoacute Bangaloreoacute India)

P S Suvin

Study and Comparison of Lubricity of Green and Commercial Cutting Fluid UsingTool-Chip Tribometer

A lubricant is a substance introduced between surfaces in mutual contact to reduce friction whichultimately reduces the heat generated when the surfaces move Liquid lubricant designed specifically formetalworking processes such as turning drilling milling etc is known as cutting fluids (CF) Cuttingfluid is a blend or combination of oil emulsifier and additives mostly derived from chemicals orpetroleum products However it has got many side effects as it is toxic and harmful to environmentduring its disposal Hence vegetable based cutting fluid or green cutting fluid (GCF) is being developedand gaining importance with time Properties of these cutting fluids are dependent on the nature of thebase-oil nature of surfactants and the properties of water used to make the CF These fluids act on thenascent surfaces generated during cutting to form a low friction boundary layer as they slide past thecutting toolWe propose a unique tool-chip tribometer (TCT) in which these boundary layers formed by the actionof lubricants on freshly cut surfaces can be generated and their tribological properties alone studied inisolation This equipment can be used to study the fundamental mechanisms of the lubrication usingemulsions on nascent surfaces and can be used in optimizing the composition of such fluids The scope ofthis work is to assess different cutting fluids in this tool-chip tribometer The tribological performances ofmetal cutting on nascent surfaces are compared Unlike in the conventional methods of assessing thelubricity of cutting fluids using cutting tests here the friction has been evaluated separately from cuttingforces

対象論文Tribology Online Vol 13 No 6 (2018) 340-350

Satish V Kailas

65-04-功績賞 Page 5 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会論文賞受賞者

岡本 竜也 君(名古屋大学 大学院工学研究科)

梅原 徳次 君(名古屋大学 大学院工学研究科)

村島 基之 君(名古屋大学 大学院工学研究科)

斉藤 浩二 君(トヨタ自動車(株))眞鍋 和幹 君(トヨタ自動車(株))林 圭二 君(トヨタ自動車(株))

岡本氏

ベース油中CNxの摩擦界面その場反射分光分析観察による摩擦メカニズムの解明

本論文は反射分光分析による摩擦界面その場観察によりCNx 膜の低摩擦発現メカニズムを解明することを目的としたものであるこの目的を達成するためにベース油中でのサファイア半球とCNx 膜との摩擦時において摩擦界面その場反射分光分析を用いてCNx 膜の表面粗さ油膜とCNx 膜の構造変化層のそれぞれの厚さおよび体積分極率を測定しそれらの摩擦係数に与える影響を明らかにしており得られた結果よりCNx 膜の低摩擦発現メカニズムを検討した具体的には光学モデルとして雰囲気層にサファイアその下に油膜表面粗さ層構造変化層基板層にCNx 膜として得られた反射光スペクトルにフィッティングすることでそれぞれの層の膜厚屈折率消衰係数および表面粗さを算出しさらにその値から構造変化層と油の体積分極率を推定したその結果両面の粗さの減少と油膜厚さの増加から摩擦初期に摩擦係数が急激に減少した原因として境界潤滑領域の荷重分担比が減少したことが定量的に示唆されたまた構造変化層および油膜の体積分極率の増加により油膜分子が構造変化層極表面に吸着し薄い吸着分子膜が形成されることで境界潤滑領域部分の摩擦係数が減少したことが摩擦繰返しによる低摩擦発現の一つの要因であることが示唆された以上のように本研究では摩擦界面その場反射分光観察が表面粗さの減少に伴う潤滑形態の遷移や構造変化層の生成に伴う体積分極率の変化を in-situ でとらえ摩擦係数に及ぼすそれらの影響を解明することが可能な重要なツールであることを明らかにした今後同ツールが摩擦界面における現象解明のために汎用的に活用されることを期待する

対象論文トライボロジスト63 巻第 11 号(2018)755-767

梅原氏 村島氏 斉藤氏 眞鍋氏 林氏

65-04-功績賞 Page 6 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会論文賞受賞者

畑 一志 君(元出光興産(株))田本 芳隆 君(出光興産(株))

畑氏

各種粘度指数向上剤添加油の高圧粘度特性とポリマー挙動の関係に関する研究(第 2報)高圧粘度予測式の導出および圧力下の粘度 温度特性

本論文は10 種の基油と化合物タイプおよび分子量の異なる 11 種の粘度指数向上剤VII を用いて調製されたVII 添加油 23 油種を供試油としそれらの高圧粘度測定値に基づくVII 添加油の高圧粘度予測式の導出とVII 添加の本来の目的である粘度指数向上特性ならびに粘度 温度特性に及ぼす圧力の影響が油中ポリマーコイルの溶存状態挙動との関係において検討され定量的考察がなされているVII 添加油の高圧粘度は転落球式高圧粘度計を用いて測定され測定値および関連特性の解析は基油のそれらとの対比で行われた高圧粘度予測式はいわゆる BARUS式を基本とし圧力粘度係数を正割圧力 粘度係数 1049521104952111085461108546( ) とする式である本予測式利用に際しての簡便性に資するべく基油およびVII 油中溶存ポリマーコイル自体の二つの圧力ndash粘度係数値と VII ポリマーの重量混合比からなる1049521104952111085461108546( )110952211095221108546110854611085881108588予測式が導出されその適用によりVII 添加油の高圧粘度の予測が可能となった当該高圧粘度予測式の妥当性および適用性は測定値に対する予測値の偏差およびそれらの分布解析から確認された本研究における一連の特性解析を通じてVII 添加油中のポリマーコイル分子は二つの機能すなわち一つは増粘性発現に関わる流体力学的等価球(10486371048637剛体球)を形成する機能今一つはポリマーコイル自体がポリマー化合物のタイプや分子量の違いならびに基油化合物の違いや圧力温度の影響を受けない普遍的特性値の圧力粘度係数を発現する機能に関し前者にはVII 添加油中のポリマーコイル剛体球の体積分率(vol )に対応する関係性が認められるが後者には認められなかったまた剛体球の体積分率とVII 添加による相対粘度増分それぞれの値とその時の剛体球の溶存状態の関係がVII 添加油中ポリマー臨界濃度を基準とした希薄領域などのポリマー溶液の領域区分に準じて定量的に評価考察されたVII 添加油の大気圧下の粘度指数は圧力により低下し圧力 に対し下に凸の 11095221109522110854611085461108588110858810572981057298 関係の特性

を示す例えばある高分子量 PAMA系ポリマー 4 添加油の場合大気圧下 110952211095221108546110854611085881108588 10486371048637 245 rArr圧力下110952211095221108546110854611085881108588 10486371048637 208 の如きであるVII 化合物タイプの違い添加量の多少基油の違いなどによりVI 向上幅

の大きさは異なるがVI 向上幅が大きい油種ほどVI 低下の幅も大きい傾向にある本論文に提示された各種の測定結果や予測式を含む諸知見はVII 添加油の各種特性とポリマーコイルの溶存状態や挙動との関係解釈に新たな視点による情報を提供するものであるとともに新たな課題設定や関係解析に対する示唆的情報ともなり得ると考える更なる進展につながることを期待したい

対象論文トライボロジスト63 巻第 11 号(2018)782-794

田本氏

65-04-功績賞 Page 7 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会論文賞受賞者

小野 佑樹 君((株)本田技術研究所)松本 謙司 君((株)本田技術研究所)三原 雄司 君(東京都市大学 大学院工学研究科 総合研究所)

小野氏

A Study of the Lubrication under Impact Loading - Experimental and AnalyticalApplication to Push Belt CVTs

自動車の環境適合性や燃費性能が向上するにつれエンジンやトランスミッション内の機械要素は高回転高負荷低粘度オイル適用など潤滑条件が過酷になる傾向がある油膜を介した機械接触面では転がり 滑り運動だけでなく間欠的な動力伝達や振動負荷変動など様々な過渡的変化が生じるそのため部品の性能や寿命を設計するためにはこうした過渡状態を含めた油膜形成状態の把握と制御が重要と言える油膜解析に関しては光干渉法をはじめとする実測技術と弾性流体潤滑(EHL)の理論モデル構築が多くの研究者により日進月歩で進められている一方で運転中のエンジンやトランスミッション内部の油膜形成状態を直接的に計算するツールはなくいかにして実際の荷重発生領域や変動パターンを捉え理論モデルに導入するかが課題であるまた解析で得られる油膜形成状態が実機の状態に即したものかを検証することも必要である本研究で我々は自動車用金属ベルト式無段変速機(CVT)を対象とし運転中の金属ベルトエレメントプーリ間における油膜厚さ変化の推定を試みたそのために典型的な CVT運転条件において接触圧力変動パターンを取得しこれを EHL の理論モデルに導入することで油膜厚さ変化を得たまた得られた解析結果を検証するため光干渉法を用いて同様の条件下の油膜厚さを実測し解析手法の精度を定量的に示した本研究の特徴はEHLの理論モデルに関する研究成果を実際の機械設計や信頼性向上に適用するための手法を構築しその効果を実証した点にあると考えるこの本手法は金属ベルト式 CVTに限らず多くの産業機械へも適用が可能であり将来的にはそれらの潤滑膜形成状態の把握や制御にも資するものとなれば幸いである

対象論文Tribology Online Vol 14 No 2 (2019) 18-23

松本氏 三原氏

65-04-功績賞 Page 8 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会技術賞受賞者

秋田 秀樹 君(日立建機(株))倉迫 彬 君(日立建機(株))櫻井 茂行 君(日立建機(株))

秋田氏

建設機械用オイル状態監視システムの開発

本研究は油圧ショベルの実稼動下におけるセンサを用いたオイルの状態監視技術に関するものである近年建設機械業界では ICT を活用した機械稼動情報提供サービスを逐次開始している情報提供サービスの一つで潤滑油の継続的な状態監視が行われているが現在の潤滑油の状態監視は一定間隔でオイルを採取し分析を行うオフライン分析手法であるため状況に応じた的確なサービスを提供できないことや故障前駆現象に起因する突発的なオイル性状変化を捉えることが難しいのが実情であるこの解決策としてセンサを用いたオンラインでのオイル性状の常時監視が求められているそこで本研究はセンサによるオイルの状態監視およびその運用に関する技術についての検討を行った主な検討内容は建設機械に対応可能なオンライン形式の性状監視センサの選定そのセンサの最適な設置方法の検討これまでオフラインで行っているオイル分析のオイルの汚染劣化オイル中の摩耗を示す指標との相関関係についての検証であるこの結果を受けて計測値の統計的処理をはじめIoT を活用したセンサデータ収集ロジック従来から行われているオイル分析手法を基とした状態判断基準の作成これらを用いた自動オイル性状判断ロジック構築を行いさらにWeb 等デジタルデバイスを活用した顧客への情報通知システムを整備することでオイル状態監視の運用システムの構築運用を行ったこれにより潤滑油状態のldquo見える化rdquoが可能となり顧客や弊社にとってスピーディな対応が可能となったのみでなく顧客機のダウンタイム低下機体ダメージの低減適切なサービスの提供などにより一連のエコシステムの構築ができた今回のオイル状態監視システムは建設機械業界としては初のシステムである今後は弊社内の機種展開を図るのみではなくトライボロジー的観点から潤滑油の状態監視をキーとした機械の稼働状監視保全技術の最適化に寄与していきたい

倉迫氏 櫻井氏

65-04-功績賞 Page 9 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会技術賞受賞者

増田 耕平 君(JXTGエネルギー(株))中尾 元 君(JXTGエネルギー(株))小松原 仁 君(JXTGエネルギー(株))

増田氏

超低粘度ATFの開発

本技術は自動変速機油(以下ATF)の超低粘度化により自動変速機(以下AT)の効率向上ひいては自動車の省燃費化に寄与する技術である近年の地球温暖化対策を背景に年々厳しくなる自動車燃費規制に対応するためにATにおいても更なる伝達効率向上が求められているATF を低粘度化することで撹拌損失が低減しATの伝達効率向上が図れるが粘度が低くなりすぎるとギヤやベアリング等のしゅう動部品の潤滑性が低下し部品損傷が早期に生じてしまうすなわち疲労寿命の低下という課題が発生するしゅう動部品の疲労寿命を向上させるために部品同士が直接接触する境界潤滑領域と部品間の潤滑油が圧縮され局所的に粘性が大きく増加する弾性流体潤滑領域においてそれぞれ摩擦低減手法を探索したその結果境界潤滑領域では分子中に極性を有するエステル基油を部分的に適用することで摩擦が低減し弾性流体潤滑領域では直鎖構造を多く含む高性能基油を使用することで基油圧縮時の粘性増加が抑制でき疲労寿命の大幅向上に寄与することを見いだしたエステル基油と高性能基油を用いて開発した超低粘度ATFは従来ATFから 50 以上もの低粘度化(40動粘度比較)を図った世界で最も低粘度なATFであるほかATユニットにおける損失トルクは大幅に低減でき自動車の省燃費性向上に非常に大きく寄与するものであるまた近年増加傾向にあるハイブリッド車や電気自動車の変速機(減速機)においても伝達効率や疲労寿命の向上技術は引き続き要求されるため本技術は今後の自動車の電動化を見据えても有用であり将来にわたり自動車産業における二酸化炭素排出量削減すなわち地球温暖化対策への貢献が期待される

中尾氏 小松原氏

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2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

前田 成志 君(日本精工(株))

前田氏EHD接触における膜厚と破断率の同時測定 グリース潤滑の場合

本研究は電気インピーダンス法を用いて転がり軸受における接触域内の膜厚と破断率の同時測定を行い油潤滑下とグリース潤滑下の比較から低速度域におけるグリース潤滑のメカニズムを考察したものである近年地球温暖化を背景として軸受の更なる低トルク化が求められており潤滑剤の粘度を下げるあるいは潤滑剤の封入量を減らすといった手段が講じられているしかしそれらの方法は EHD(elastohydrodynamic)接触域における油膜の破断を促し軸受しゅう動面における様々な表面損傷の原因となるそこで筆者のグループでは従来の電気インピーダンス法を改良しEHD接触域における膜厚を光干渉法と同等な精度で測定できさらに破断率も同時に測定できる手法を開発した本手法は実際の転がり軸受に適用可能であることから軸受の更なる低トルク化と長寿命化を両立する上で非常に重要な技術である本研究ではアキシアル荷重を負荷した深溝玉軸受を用い内輪の回転数を低速から高速へ変化させた際の軸受トルク軸受外輪温度および電気インピーダンス法から得られる EHD接触域の平均膜厚と破断率を同時に測定した潤滑剤にはウレアを増ちょう剤としたグリースとその基油(poly- -olefinoil)を用いた基油の試験より軸受外輪温度が上昇しない低速度域において膜厚が HAMROCK-DOWSONの式による理論値と一致し破断率が上昇する低速度域において同じタイミングで軸受トルクが上昇する結果を得た一方ウレアグリースの試験より低速度域において膜厚が理論値および基油の膜厚よりも厚くなり破断率が上昇しないにも関わらず軸受トルクが上昇する結果を得たこれらの結果から基油を用いた場合低速度域で油膜が破断し金属接触が生じるため軸受トルクが上昇したと推察される一方ウレアグリースを用いた場合低速度域において接触部における増ちょう剤濃度が上昇しグリースの等価粘度が増加することで軸受トルクが上昇したと推察される以上のように本研究では開発した電気インピーダンス法を用いて転がり軸受で広く用いられているグリース潤滑のメカニズムの一端を実験結果に基づいて考察した今後本手法は様々な条件下において転がり軸受の潤滑メカニズム解明に貢献し低トルクかつ長寿命を両立する転がり軸受の実現に貢献することが期待される

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 C13

65-04-功績賞 Page 11 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

小谷田 早季 君(JXTGエネルギー(株))

小谷田氏マレイン化ジチオリン酸エステルの境界潤滑特性

本研究は少量の添加で性能を発揮する新たな硫黄-リン系添加剤の探索を目的にマレイン化ジチオリン酸エステル誘導体(MDTPs)の摩擦特性について検討したものである従来よりジアルキルジチオリン酸亜鉛(ZnDTP)は優れた摩耗防止剤として油圧作動油等に広く使用されているが劣化に伴う不溶性スラッジの生成が懸念されるこの課題に対し安定性の高いリン系摩耗防止剤を使用した技術が数多く検討され油圧作動油の性能向上が図られてきたしかしながらリン系摩耗防止剤のみでは ZnDTP と比較して高荷重下での摩耗防止性や極圧性に劣ることから硫黄系極圧剤等の併用によって性能を補填している一方で硫黄系極圧剤は ZnDTP と同様に耐熱性に劣るため長期間過酷な使用環境に曝される油圧作動油では多量に添加することが難しいそのため少量の添加でも高い性能が得られる添加剤の開発が必要となるそこで本研究では新たな添加剤としてMDTPs に着目しリン酸トリクレジル(TCP)との併用における境界潤滑域での特性を調査したTCPMDTPs 併用系はZnDTPと比較して低摩擦性低摩耗性を示しさらにTCP 単独系よりも優れた性能を示した加えて油圧ポンプの消費電力試験において省エネルギー性能を評価しTCPMDTPs 併用系はTCP単独系よりも消費電力量が小さく省エネルギー性能が向上することを確認したMDTPs は TCP との併用によって低摩擦性が向上し実機における省エネルギー性の向上に繋がったと推測されるまたTCPMDTPs 併用系の優れた潤滑特性について潤滑被膜の分析からメカニズムを考察したTCPMDTPs 併用系の潤滑被膜はリン酸化合物および硫化物を主成分とする被膜であり被膜深部ほど硫黄比率が高くなる結果が得られた硫黄を含有するMDTPs がしゅう動部表面に積極的に吸着反応したと推察されるTCPMDTPs 併用系ではMDTPs 由来の成分が摩擦特性に対して支配的に関与し形成被膜によるせん断抵抗の低減あるいはMDTPs によるしゅう動部の焼付き抑制によって低摩擦性が発現したと考えられる本研究では新たな添加剤としてMDTPs を合成しその摩擦特性および作用メカニズムの解明を行った引き続き形成被膜特性の更なる検証を進めより高性能で環境負荷の小さい添加剤の開発を通じてトライボロジー分野の技術発展に貢献していきたい

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 C24

65-04-功績賞 Page 12 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

川田 将平 君(東京理科大学 大学院工学研究科)

川田氏イオン液体の潤滑特性に周囲雰囲気が及ぼす影響の調査

地球環境問題を背景に機械システムにおいて摩擦損失を削減する試みが行われているその試みの一つとして潤滑剤の改良開発が挙げられる潤滑剤の潤滑特性を評価する場合摩擦係数や摩耗量といったマクロな物理量評価を行うが潤滑現象の実態は潤滑剤の摩擦界面におけるナノレベルの挙動によって大きく支配される上記の現象については多くの研究者の方々により原子間力顕微鏡などの様々な分析技術を用いて解明を試みているが未だ大きな課題が立ちはだかっているその一つに水の存在が挙げられる水は大気中および材料表面に常に存在し摩擦界面における潤滑剤のミクロな挙動に影響を与える非常に重要因子と言える水の存在が潤滑現象に及ぼす影響についてはこれまでも多くの研究が行われてきたが他の分子との相互作用などナノレベルでの現象解明には至っていないのが現状である本研究においてはイオン液体を潤滑剤のモデル物質として用いることで水が潤滑現象に与える影響の解明を試みたこの着想に至った経緯としてイオン液体はその多様な分子種の組合せにより水との親和性や粘度アルキル鎖長など必要な物性を選択できることから水との相互作用を検討する上で有用なモデル物質であると考えた本研究においては摩擦雰囲気を制御することでマクロな潤滑特性の評価および潤滑メカニズムの考察を行った本実験においてはイオン液体をモデル物質として用いるにあたり親水性かつ吸着膜を形成するもの親水性かつ反応膜を形成するものそして疎水性かつ反応膜を形成するイオン液体を選定しそれぞれ大気中乾燥空気中真空中で評価を行った親水性のイオン液体においては水分が存在する大気中において潤滑特性が悪化することが確認された一方で疎水性イオン液体は雰囲気の影響をほとんど受けなかったただし表面分析結果より疎水性イオン液体による潤滑膜は大気中の水分により成長することが確認されたことから微量な水分が潤滑現象に関与することが示唆された本研究成果はイオン液体が既存の潤滑メカニズムを明らかにするモデル物質としての有用性を提案し潤滑油と水の親和性が潤滑メカニズムに大きな影響を与えることを示した今後はナノスケールにおける潤滑膜と水分の挙動を明らかとすることで既存の潤滑油の潤滑メカニズム解明に大いに貢献するものと期待される

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E17

65-04-功績賞 Page 13 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

渡邉 保奈美 君(EMGルブリカンツ合同会社)

渡邉氏ホウ素含有イオン液体による摩擦低減効果(第 4報)

本研究では超低摩擦を示すハロゲンフリーのホウ素含有イオン液体について摩擦後の表面形状および形成した被膜の硬さなどの物性や組成を分析しその低摩擦メカニズムを考察したものである近年イオン液体は新規潤滑油としての応用が注目されているイオン液体は常温で溶融している塩であり分子性液体がもつ分子間相互作用よりも強い静電気的な相互作用を有しているそのため低融点低蒸気圧高い熱安定性高いイオン伝導率等の特徴を有しているイオン液体の潤滑油に関する研究はハロゲンを含む構造のものが多く良好な潤滑性を示すと報告されている一方でフッ化金属が水と反応することによりフッ化水素を発生し腐食摩耗を促進してしまうそのためハロゲンを含まないことが望ましくハロゲンフリーのイオン液体の利用が期待されている本研究ではハロゲンフリーでホウ素を含有するイオン液体に着目し潤滑性を評価した結果ハロゲン系イオン液体や炭化水素系基油よりも特定のアニオン構造を持つイオン液体の摩擦係数が 001 以下の超低摩擦を示すことを見いだしたホウ素含有イオン液体は摩擦試験開始直後に付着物を生成ししゅう動表面が平滑されていることが確認されたまたエネルギー分散型X線分光法とX線分光分析の結果からしゅう動面にアニオン由来と考えられる付着物が確認されたさらにAFMにて表面形状測定とスクラッチ試験を行い超低摩擦を示したしゅう動表面ではスクラッチにより表面が凹む様子が確認した以上の結果より特定のアニオン構造を持つイオン液体が低摩擦を示すメカニズムとしてイオン液体の吸着による摩擦低減作用と平滑化による摩擦低減作用の二つが関与しているものと考察したすなわちしゅう動によってイオン液体分子が摩擦面に吸着して金属固体接触を抑制するとともに温度上昇によって油膜が薄くなった場合でもしゅう動表面の平滑化により固体接触頻度が抑制され低摩擦を示したと考えられるまたしゅう動面に形成された柔らかい被膜は超低摩擦の発現と平滑なしゅう動表面の形成維持に寄与したと考えられる今回の結果はハロゲンフリーのホウ素含有イオン液体の超低摩擦特性とのそのメカニズムに対する新たな発見であり超低摩擦現象を実現するためのメカニズム解明につながることが期待される

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E27

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2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

長谷川 直哉 君(NTN(株))

長谷川氏転がり接触によるピーリングの発生メカニズムとピーリング抑制に及ぼす黒染処理の影響(第 1報第 2報)

自動車や産業機械の摩擦低減の取組みの中で潤滑油の低粘度化の動向があるこれに伴い転がり軸受は希薄潤滑条件で使用される機会が増えるため当該条件での転動疲労はく離のメカニズム解明とその対策技術の確立は機械部品の信頼性向上のための重要な技術課題と考えられるピーリングは希薄潤滑条件で発生する転動疲労はく離の代表であり大きさが 1010495321049532m程度の微小はく

離の集合体のことを指す従来の研究からピーリングの原因は転動部で油膜切れが起こり真実接触部の直下に過大な繰返し応力が作用することであるとわかっているが初期き裂の発生メカニズムについては不明な点があった本研究の第 1報ではピーリングのき裂発生メカニズムを転動面の高倍率観察表面形状と残留応力の測定および表面粗さ解析の結果に基づいて多面的に考察したその結果ピーリングの初期き裂が転動面の塑性変形の繰返しによって形成された切欠き部から発生することを明らかにしたまた転動面に化成処理の一種である黒染処理を行うことでピーリングが抑制される効果についても検討し黒染品では運転中の表面粗さの低下(なじみ)が促進されるため相手面の塑性変形が軽減してピーリングが起こりにくくなることを明らかにしたさらにこのなじみの促進が黒染処理時に母材表面の凹凸が小さくなる現象と転動中に凸部の黒染層が摩耗することの両方によってもたらされることも明らかにした本研究の第 2報では第 1報で得られたピーリングのき裂発生メカニズムと黒染処理によるピーリング抑制効果を転動面の真実接触部直下に繰り返される応力(繰返し応力)の推定結果に基づいて定量的に検討した繰返し応力の推定では転動面に生成される 3軸の残留応力の影響も考慮している検討の結果第 1報で得られた結論は繰返し応力の観点からみても妥当性が高いと考えられた上記の研究成果はピーリングの発生メカニズムに対する理解を深める新しい知見であるだけでなく

ピーリング対策の指針となる実用的にも有用な知見と考えられる

対象論文トライボロジスト63 巻第 8号 (2018) 551 63 巻第 9号 (2018) 618

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2019 年度日本トライボロジー学会学生奨励賞受賞者

米山 長春 君(東京大学 大学院工学研究科)

米山氏プラズマ利用イオン注入法を用いたグラフェンの SiO2Si基板上への直接合成

グラフェンは sp11085301108530結合により平面上に六角形状に配列した炭素原子からなる二次元分子である極めて高い電子移動度や光透過度から半導体材料や透明電極としての応用が期待されておりまた優れた機械的強度化学的安定性を持つことから磁気ディスク等の極薄潤滑保護膜としての研究が進められている高品位なグラフェンを大規模に合成する方法として加熱したNiCu 等の触媒金属膜上で原料となる炭化水素ガスを熱分解させてグラフェンを合成する熱 CVD法が最も広く用いられているしかしこの手法で合成したグラフェンを機能性材料として用いるためには触媒膜上から目的とする基板上へと複雑なプロセスを経て転写する必要がありグラフェンを実用化する上での大きな障壁となっているこのため任意の基板上へとグラフェンを直接合成する手法が研究されておりこれまでに極めて薄い触媒膜を用いてグラフェンを合成した後に触媒を加熱蒸発させグラフェンのみを基板上に残す方法や金属蒸気を触媒として利用する方法等が報告されているが大面積にわたって均一にグラフェンを合成することは困難であるとされている本研究では基板上に炭素イオンを注入した Ni 膜と Cu 膜を積層してアニーリングすることで基板上へのグラフェンの直接合成を試みた

10486591048659104868110486811048655104865511085301108530基板上にスパッタ成膜したNi 膜にプラズマ利用イオン注入法を用いてメタンイオンを注入しさらにその上にCu膜をスパッタすることで炭素を含むNi 膜と Cu膜の積層膜を生成しこれを真空中にて 850でアニーリングすることによってグラフェンを基板と積層膜の界面に生成したNi 膜の厚みを 50nm150 nmCu 膜の厚みを 50nm350 nmと変化させ合計 4通りのサンプルを作成した積層膜をエッチングして取り除いたのち基板上に形成されたグラフェン膜をラマン分光分析法を用いて評価したNi 膜の厚みが比較的薄いサンプルについては欠陥を含む複層のグラフェンが基板全面にわたって合成されていたのに対しNi 膜が厚いサンプルについては微弱な非晶質炭素のピークが観測されたこの成膜メカニズムとしてはNi と Cu 中での炭素固溶度の違いによるものが考えられNi よりも CuおよびNiCu 合金の方が炭素固溶度が小さいためアニーリングによってNi と Cu が相互拡散し合金を形成するにつれて炭素が界面付近に集中しNiCu 合金の触媒作用によってグラフェンが合成されたものと考えられる本研究ではNi と Cu を積層した触媒膜を用いて触媒膜と基板上の界面に直接大面積のグラフェンを合成することに成功した任意の基板上に転写プロセスを用いることなく直接グラフェンを形成することができる本手法は表面保護膜の形成手法として有意義であると考えられる

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 B25

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2019 年度日本トライボロジー学会学生奨励賞受賞者

大内 春花 君(東京理科大学 大学院工学研究科)

大内氏ZDDP と無灰摩擦調整剤併用による ZDDP 錯体構造変化がトライボロジー特性へ与える影響

本研究は ZDDP と無灰 FM併用時の潤滑機構の解明を目的に摩擦面に形成されるトライボフィルムの特性と摩擦挙動との関係を考察したものであるしゅう動部品における要求性能を満たすために潤滑油添加剤の組合せや配合割合が重要となる個々の添加剤の機能は明らかになっているが複合添加した場合相乗効果が発現する場合と互いの効果を阻害する場合があり効果の解明はあまり進んでいない実際に使用される潤滑油は複合添加油であるためより高性能な潤滑油の開発には添加剤間の相互作用機構の解明が必要不可欠となるジアルキルジチオリン酸亜鉛(ZDDP)はトライボフィルムを摩擦面に生成し耐摩耗性向上に寄与する添加剤である一方で高摩擦化をもたらし無灰摩擦調整剤(無灰FM)との併用による摩擦低減が試みられているがその潤滑機構は不明な点が多いそこでZDDPと無灰 FM併用時の潤滑機構を解明するためZDDP 単独添加油と ZDDP10486191048619無灰 FM複合添加油により形成されたトライボフィルムの特性を調査した無灰 FM はグリセリンモノオレート(GMO)とタロウジエタノールアミン(TDEA)を用いたSRV摩擦試験の結果よりZDDP + TDEA複合添加油が最も低摩擦を示したXPS 元素分析結果よりZDDP単独添加油と ZDDP + GMO複合添加油のトライボフィルムは上層は Pが Sよりも高濃度で存在したが下層は S が P よりも高濃度で存在したZDDP10486191048619TDEA 複合添加油の場合は常に Sが P よりも高濃度で存在した 10486541048654104865310486531048658104865811085311108531110852911085291109522110952211085601108560 分析結果よりZDDP 単独添加油と ZDDP10486191048619GMO 複合添加油中では中性塩として ZDDP は存在したがZDDP10486191048619TDEA複合添加油中では塩基性塩に変化していた以上より複合添加する無灰FMの種類によって ZDDPの錯体構造が変化しZDDP単独添加の場合と深さ方向の組成が異なる性質のトライボフィルムを形成することで摩擦挙動に影響を与えたと考えられると結論付けた

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E4

65-04-功績賞 Page 17 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会学生奨励賞受賞者

井池 祐貴 君(兵庫県立大学 大学院シミュレーション学研究科)

井池氏金属表面におけるリン酸エステルの初期吸着過程の分子動力学シミュレーション

本研究は分子動力学法を用いて極圧添加剤の代表的化合物であるリン酸エステルの金属表面への吸着および拡散挙動を解析したものであるリン酸エステルは通常モノエステルジエステルの混合物で使用され各エステル単体に関する知見は少ないのが現状である実験からジエステルと比較してモノエステルの方が優れた摩擦摩耗特性を示すことはわかっているしかしこの特性の発現要因は明らかとなっていないそこで本研究ではモノエステルジエステルの物理吸着特性の理解および基油中の拡散挙動解析のため分子動力学シミュレーションを行った本研究ではまずリン酸エステル単体の吸着および拡散挙動に着目するために基油を含まない系でシミュレーションを行ったこの結果モノエステルジエステルともに金属表面に吸着後分極の強いリン酸基の相互作用から会合体を形成することがわかったまた添加剤分子の二乗変位の測定結果から初期吸着過程においてジエステルと比較してモノエステルのほうが優れた表面拡散性を示すことが明らかとなった次に基油中における拡散挙動に着目するために基油を含まない系でシミュレーションを行ったこの結果基油を含まない系における結果と同様にモノエステルジエステルともに会合体を形成することで逆ミセル化し安定した状態で基油中を拡散するという結果が得られたまた基油中における拡散性もジエステルと比較してモノエステルのほうが優れているということが明らかとなった添加剤分子同士が会合し安定した逆ミセルを形成し拡散するといった挙動は油性剤を対象とした先行研究では見られなかった極圧添加剤特有の挙動でありこれが両者の違いの物理化学的起源と考えられる以上のように本研究ではリン酸エステルのモノエステルおよびジエステルの吸着および拡散挙動を解析しモノエステルおよびジエステルの金属表面および基油中における拡散性の違いを明らかにした本研究の結果と実験結果は少なくとも定性的に一致しているといえモノエステルジエステルの摩擦摩耗特性の違いは本研究で示された拡散性の違いから説明することができるという推論が得られた今後はより広範な分子構造を有する極圧添加剤において同様のシミュレーションを行うことで添加剤の研究開発における更なる発展が期待される

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E6

Page 4: 2019年度日本トライボロジー学会功績賞受賞者 · 2020. 5. 7. · 65-04-功績賞 Page 3 20/03/30 13:42 v3.60 3 185 2019年度日本トライボロジー学会論文賞受賞者

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2019 年度日本トライボロジー学会論文賞受賞者

P S Suvin(National Institute of Technology Karnatakaoacute Surathkaloacute India)Satish V Kailas(Indian Institute of Scienceoacute Bangaloreoacute India)

P S Suvin

Study and Comparison of Lubricity of Green and Commercial Cutting Fluid UsingTool-Chip Tribometer

A lubricant is a substance introduced between surfaces in mutual contact to reduce friction whichultimately reduces the heat generated when the surfaces move Liquid lubricant designed specifically formetalworking processes such as turning drilling milling etc is known as cutting fluids (CF) Cuttingfluid is a blend or combination of oil emulsifier and additives mostly derived from chemicals orpetroleum products However it has got many side effects as it is toxic and harmful to environmentduring its disposal Hence vegetable based cutting fluid or green cutting fluid (GCF) is being developedand gaining importance with time Properties of these cutting fluids are dependent on the nature of thebase-oil nature of surfactants and the properties of water used to make the CF These fluids act on thenascent surfaces generated during cutting to form a low friction boundary layer as they slide past thecutting toolWe propose a unique tool-chip tribometer (TCT) in which these boundary layers formed by the actionof lubricants on freshly cut surfaces can be generated and their tribological properties alone studied inisolation This equipment can be used to study the fundamental mechanisms of the lubrication usingemulsions on nascent surfaces and can be used in optimizing the composition of such fluids The scope ofthis work is to assess different cutting fluids in this tool-chip tribometer The tribological performances ofmetal cutting on nascent surfaces are compared Unlike in the conventional methods of assessing thelubricity of cutting fluids using cutting tests here the friction has been evaluated separately from cuttingforces

対象論文Tribology Online Vol 13 No 6 (2018) 340-350

Satish V Kailas

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2019 年度日本トライボロジー学会論文賞受賞者

岡本 竜也 君(名古屋大学 大学院工学研究科)

梅原 徳次 君(名古屋大学 大学院工学研究科)

村島 基之 君(名古屋大学 大学院工学研究科)

斉藤 浩二 君(トヨタ自動車(株))眞鍋 和幹 君(トヨタ自動車(株))林 圭二 君(トヨタ自動車(株))

岡本氏

ベース油中CNxの摩擦界面その場反射分光分析観察による摩擦メカニズムの解明

本論文は反射分光分析による摩擦界面その場観察によりCNx 膜の低摩擦発現メカニズムを解明することを目的としたものであるこの目的を達成するためにベース油中でのサファイア半球とCNx 膜との摩擦時において摩擦界面その場反射分光分析を用いてCNx 膜の表面粗さ油膜とCNx 膜の構造変化層のそれぞれの厚さおよび体積分極率を測定しそれらの摩擦係数に与える影響を明らかにしており得られた結果よりCNx 膜の低摩擦発現メカニズムを検討した具体的には光学モデルとして雰囲気層にサファイアその下に油膜表面粗さ層構造変化層基板層にCNx 膜として得られた反射光スペクトルにフィッティングすることでそれぞれの層の膜厚屈折率消衰係数および表面粗さを算出しさらにその値から構造変化層と油の体積分極率を推定したその結果両面の粗さの減少と油膜厚さの増加から摩擦初期に摩擦係数が急激に減少した原因として境界潤滑領域の荷重分担比が減少したことが定量的に示唆されたまた構造変化層および油膜の体積分極率の増加により油膜分子が構造変化層極表面に吸着し薄い吸着分子膜が形成されることで境界潤滑領域部分の摩擦係数が減少したことが摩擦繰返しによる低摩擦発現の一つの要因であることが示唆された以上のように本研究では摩擦界面その場反射分光観察が表面粗さの減少に伴う潤滑形態の遷移や構造変化層の生成に伴う体積分極率の変化を in-situ でとらえ摩擦係数に及ぼすそれらの影響を解明することが可能な重要なツールであることを明らかにした今後同ツールが摩擦界面における現象解明のために汎用的に活用されることを期待する

対象論文トライボロジスト63 巻第 11 号(2018)755-767

梅原氏 村島氏 斉藤氏 眞鍋氏 林氏

65-04-功績賞 Page 6 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会論文賞受賞者

畑 一志 君(元出光興産(株))田本 芳隆 君(出光興産(株))

畑氏

各種粘度指数向上剤添加油の高圧粘度特性とポリマー挙動の関係に関する研究(第 2報)高圧粘度予測式の導出および圧力下の粘度 温度特性

本論文は10 種の基油と化合物タイプおよび分子量の異なる 11 種の粘度指数向上剤VII を用いて調製されたVII 添加油 23 油種を供試油としそれらの高圧粘度測定値に基づくVII 添加油の高圧粘度予測式の導出とVII 添加の本来の目的である粘度指数向上特性ならびに粘度 温度特性に及ぼす圧力の影響が油中ポリマーコイルの溶存状態挙動との関係において検討され定量的考察がなされているVII 添加油の高圧粘度は転落球式高圧粘度計を用いて測定され測定値および関連特性の解析は基油のそれらとの対比で行われた高圧粘度予測式はいわゆる BARUS式を基本とし圧力粘度係数を正割圧力 粘度係数 1049521104952111085461108546( ) とする式である本予測式利用に際しての簡便性に資するべく基油およびVII 油中溶存ポリマーコイル自体の二つの圧力ndash粘度係数値と VII ポリマーの重量混合比からなる1049521104952111085461108546( )110952211095221108546110854611085881108588予測式が導出されその適用によりVII 添加油の高圧粘度の予測が可能となった当該高圧粘度予測式の妥当性および適用性は測定値に対する予測値の偏差およびそれらの分布解析から確認された本研究における一連の特性解析を通じてVII 添加油中のポリマーコイル分子は二つの機能すなわち一つは増粘性発現に関わる流体力学的等価球(10486371048637剛体球)を形成する機能今一つはポリマーコイル自体がポリマー化合物のタイプや分子量の違いならびに基油化合物の違いや圧力温度の影響を受けない普遍的特性値の圧力粘度係数を発現する機能に関し前者にはVII 添加油中のポリマーコイル剛体球の体積分率(vol )に対応する関係性が認められるが後者には認められなかったまた剛体球の体積分率とVII 添加による相対粘度増分それぞれの値とその時の剛体球の溶存状態の関係がVII 添加油中ポリマー臨界濃度を基準とした希薄領域などのポリマー溶液の領域区分に準じて定量的に評価考察されたVII 添加油の大気圧下の粘度指数は圧力により低下し圧力 に対し下に凸の 11095221109522110854611085461108588110858810572981057298 関係の特性

を示す例えばある高分子量 PAMA系ポリマー 4 添加油の場合大気圧下 110952211095221108546110854611085881108588 10486371048637 245 rArr圧力下110952211095221108546110854611085881108588 10486371048637 208 の如きであるVII 化合物タイプの違い添加量の多少基油の違いなどによりVI 向上幅

の大きさは異なるがVI 向上幅が大きい油種ほどVI 低下の幅も大きい傾向にある本論文に提示された各種の測定結果や予測式を含む諸知見はVII 添加油の各種特性とポリマーコイルの溶存状態や挙動との関係解釈に新たな視点による情報を提供するものであるとともに新たな課題設定や関係解析に対する示唆的情報ともなり得ると考える更なる進展につながることを期待したい

対象論文トライボロジスト63 巻第 11 号(2018)782-794

田本氏

65-04-功績賞 Page 7 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会論文賞受賞者

小野 佑樹 君((株)本田技術研究所)松本 謙司 君((株)本田技術研究所)三原 雄司 君(東京都市大学 大学院工学研究科 総合研究所)

小野氏

A Study of the Lubrication under Impact Loading - Experimental and AnalyticalApplication to Push Belt CVTs

自動車の環境適合性や燃費性能が向上するにつれエンジンやトランスミッション内の機械要素は高回転高負荷低粘度オイル適用など潤滑条件が過酷になる傾向がある油膜を介した機械接触面では転がり 滑り運動だけでなく間欠的な動力伝達や振動負荷変動など様々な過渡的変化が生じるそのため部品の性能や寿命を設計するためにはこうした過渡状態を含めた油膜形成状態の把握と制御が重要と言える油膜解析に関しては光干渉法をはじめとする実測技術と弾性流体潤滑(EHL)の理論モデル構築が多くの研究者により日進月歩で進められている一方で運転中のエンジンやトランスミッション内部の油膜形成状態を直接的に計算するツールはなくいかにして実際の荷重発生領域や変動パターンを捉え理論モデルに導入するかが課題であるまた解析で得られる油膜形成状態が実機の状態に即したものかを検証することも必要である本研究で我々は自動車用金属ベルト式無段変速機(CVT)を対象とし運転中の金属ベルトエレメントプーリ間における油膜厚さ変化の推定を試みたそのために典型的な CVT運転条件において接触圧力変動パターンを取得しこれを EHL の理論モデルに導入することで油膜厚さ変化を得たまた得られた解析結果を検証するため光干渉法を用いて同様の条件下の油膜厚さを実測し解析手法の精度を定量的に示した本研究の特徴はEHLの理論モデルに関する研究成果を実際の機械設計や信頼性向上に適用するための手法を構築しその効果を実証した点にあると考えるこの本手法は金属ベルト式 CVTに限らず多くの産業機械へも適用が可能であり将来的にはそれらの潤滑膜形成状態の把握や制御にも資するものとなれば幸いである

対象論文Tribology Online Vol 14 No 2 (2019) 18-23

松本氏 三原氏

65-04-功績賞 Page 8 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会技術賞受賞者

秋田 秀樹 君(日立建機(株))倉迫 彬 君(日立建機(株))櫻井 茂行 君(日立建機(株))

秋田氏

建設機械用オイル状態監視システムの開発

本研究は油圧ショベルの実稼動下におけるセンサを用いたオイルの状態監視技術に関するものである近年建設機械業界では ICT を活用した機械稼動情報提供サービスを逐次開始している情報提供サービスの一つで潤滑油の継続的な状態監視が行われているが現在の潤滑油の状態監視は一定間隔でオイルを採取し分析を行うオフライン分析手法であるため状況に応じた的確なサービスを提供できないことや故障前駆現象に起因する突発的なオイル性状変化を捉えることが難しいのが実情であるこの解決策としてセンサを用いたオンラインでのオイル性状の常時監視が求められているそこで本研究はセンサによるオイルの状態監視およびその運用に関する技術についての検討を行った主な検討内容は建設機械に対応可能なオンライン形式の性状監視センサの選定そのセンサの最適な設置方法の検討これまでオフラインで行っているオイル分析のオイルの汚染劣化オイル中の摩耗を示す指標との相関関係についての検証であるこの結果を受けて計測値の統計的処理をはじめIoT を活用したセンサデータ収集ロジック従来から行われているオイル分析手法を基とした状態判断基準の作成これらを用いた自動オイル性状判断ロジック構築を行いさらにWeb 等デジタルデバイスを活用した顧客への情報通知システムを整備することでオイル状態監視の運用システムの構築運用を行ったこれにより潤滑油状態のldquo見える化rdquoが可能となり顧客や弊社にとってスピーディな対応が可能となったのみでなく顧客機のダウンタイム低下機体ダメージの低減適切なサービスの提供などにより一連のエコシステムの構築ができた今回のオイル状態監視システムは建設機械業界としては初のシステムである今後は弊社内の機種展開を図るのみではなくトライボロジー的観点から潤滑油の状態監視をキーとした機械の稼働状監視保全技術の最適化に寄与していきたい

倉迫氏 櫻井氏

65-04-功績賞 Page 9 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会技術賞受賞者

増田 耕平 君(JXTGエネルギー(株))中尾 元 君(JXTGエネルギー(株))小松原 仁 君(JXTGエネルギー(株))

増田氏

超低粘度ATFの開発

本技術は自動変速機油(以下ATF)の超低粘度化により自動変速機(以下AT)の効率向上ひいては自動車の省燃費化に寄与する技術である近年の地球温暖化対策を背景に年々厳しくなる自動車燃費規制に対応するためにATにおいても更なる伝達効率向上が求められているATF を低粘度化することで撹拌損失が低減しATの伝達効率向上が図れるが粘度が低くなりすぎるとギヤやベアリング等のしゅう動部品の潤滑性が低下し部品損傷が早期に生じてしまうすなわち疲労寿命の低下という課題が発生するしゅう動部品の疲労寿命を向上させるために部品同士が直接接触する境界潤滑領域と部品間の潤滑油が圧縮され局所的に粘性が大きく増加する弾性流体潤滑領域においてそれぞれ摩擦低減手法を探索したその結果境界潤滑領域では分子中に極性を有するエステル基油を部分的に適用することで摩擦が低減し弾性流体潤滑領域では直鎖構造を多く含む高性能基油を使用することで基油圧縮時の粘性増加が抑制でき疲労寿命の大幅向上に寄与することを見いだしたエステル基油と高性能基油を用いて開発した超低粘度ATFは従来ATFから 50 以上もの低粘度化(40動粘度比較)を図った世界で最も低粘度なATFであるほかATユニットにおける損失トルクは大幅に低減でき自動車の省燃費性向上に非常に大きく寄与するものであるまた近年増加傾向にあるハイブリッド車や電気自動車の変速機(減速機)においても伝達効率や疲労寿命の向上技術は引き続き要求されるため本技術は今後の自動車の電動化を見据えても有用であり将来にわたり自動車産業における二酸化炭素排出量削減すなわち地球温暖化対策への貢献が期待される

中尾氏 小松原氏

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2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

前田 成志 君(日本精工(株))

前田氏EHD接触における膜厚と破断率の同時測定 グリース潤滑の場合

本研究は電気インピーダンス法を用いて転がり軸受における接触域内の膜厚と破断率の同時測定を行い油潤滑下とグリース潤滑下の比較から低速度域におけるグリース潤滑のメカニズムを考察したものである近年地球温暖化を背景として軸受の更なる低トルク化が求められており潤滑剤の粘度を下げるあるいは潤滑剤の封入量を減らすといった手段が講じられているしかしそれらの方法は EHD(elastohydrodynamic)接触域における油膜の破断を促し軸受しゅう動面における様々な表面損傷の原因となるそこで筆者のグループでは従来の電気インピーダンス法を改良しEHD接触域における膜厚を光干渉法と同等な精度で測定できさらに破断率も同時に測定できる手法を開発した本手法は実際の転がり軸受に適用可能であることから軸受の更なる低トルク化と長寿命化を両立する上で非常に重要な技術である本研究ではアキシアル荷重を負荷した深溝玉軸受を用い内輪の回転数を低速から高速へ変化させた際の軸受トルク軸受外輪温度および電気インピーダンス法から得られる EHD接触域の平均膜厚と破断率を同時に測定した潤滑剤にはウレアを増ちょう剤としたグリースとその基油(poly- -olefinoil)を用いた基油の試験より軸受外輪温度が上昇しない低速度域において膜厚が HAMROCK-DOWSONの式による理論値と一致し破断率が上昇する低速度域において同じタイミングで軸受トルクが上昇する結果を得た一方ウレアグリースの試験より低速度域において膜厚が理論値および基油の膜厚よりも厚くなり破断率が上昇しないにも関わらず軸受トルクが上昇する結果を得たこれらの結果から基油を用いた場合低速度域で油膜が破断し金属接触が生じるため軸受トルクが上昇したと推察される一方ウレアグリースを用いた場合低速度域において接触部における増ちょう剤濃度が上昇しグリースの等価粘度が増加することで軸受トルクが上昇したと推察される以上のように本研究では開発した電気インピーダンス法を用いて転がり軸受で広く用いられているグリース潤滑のメカニズムの一端を実験結果に基づいて考察した今後本手法は様々な条件下において転がり軸受の潤滑メカニズム解明に貢献し低トルクかつ長寿命を両立する転がり軸受の実現に貢献することが期待される

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 C13

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2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

小谷田 早季 君(JXTGエネルギー(株))

小谷田氏マレイン化ジチオリン酸エステルの境界潤滑特性

本研究は少量の添加で性能を発揮する新たな硫黄-リン系添加剤の探索を目的にマレイン化ジチオリン酸エステル誘導体(MDTPs)の摩擦特性について検討したものである従来よりジアルキルジチオリン酸亜鉛(ZnDTP)は優れた摩耗防止剤として油圧作動油等に広く使用されているが劣化に伴う不溶性スラッジの生成が懸念されるこの課題に対し安定性の高いリン系摩耗防止剤を使用した技術が数多く検討され油圧作動油の性能向上が図られてきたしかしながらリン系摩耗防止剤のみでは ZnDTP と比較して高荷重下での摩耗防止性や極圧性に劣ることから硫黄系極圧剤等の併用によって性能を補填している一方で硫黄系極圧剤は ZnDTP と同様に耐熱性に劣るため長期間過酷な使用環境に曝される油圧作動油では多量に添加することが難しいそのため少量の添加でも高い性能が得られる添加剤の開発が必要となるそこで本研究では新たな添加剤としてMDTPs に着目しリン酸トリクレジル(TCP)との併用における境界潤滑域での特性を調査したTCPMDTPs 併用系はZnDTPと比較して低摩擦性低摩耗性を示しさらにTCP 単独系よりも優れた性能を示した加えて油圧ポンプの消費電力試験において省エネルギー性能を評価しTCPMDTPs 併用系はTCP単独系よりも消費電力量が小さく省エネルギー性能が向上することを確認したMDTPs は TCP との併用によって低摩擦性が向上し実機における省エネルギー性の向上に繋がったと推測されるまたTCPMDTPs 併用系の優れた潤滑特性について潤滑被膜の分析からメカニズムを考察したTCPMDTPs 併用系の潤滑被膜はリン酸化合物および硫化物を主成分とする被膜であり被膜深部ほど硫黄比率が高くなる結果が得られた硫黄を含有するMDTPs がしゅう動部表面に積極的に吸着反応したと推察されるTCPMDTPs 併用系ではMDTPs 由来の成分が摩擦特性に対して支配的に関与し形成被膜によるせん断抵抗の低減あるいはMDTPs によるしゅう動部の焼付き抑制によって低摩擦性が発現したと考えられる本研究では新たな添加剤としてMDTPs を合成しその摩擦特性および作用メカニズムの解明を行った引き続き形成被膜特性の更なる検証を進めより高性能で環境負荷の小さい添加剤の開発を通じてトライボロジー分野の技術発展に貢献していきたい

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 C24

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2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

川田 将平 君(東京理科大学 大学院工学研究科)

川田氏イオン液体の潤滑特性に周囲雰囲気が及ぼす影響の調査

地球環境問題を背景に機械システムにおいて摩擦損失を削減する試みが行われているその試みの一つとして潤滑剤の改良開発が挙げられる潤滑剤の潤滑特性を評価する場合摩擦係数や摩耗量といったマクロな物理量評価を行うが潤滑現象の実態は潤滑剤の摩擦界面におけるナノレベルの挙動によって大きく支配される上記の現象については多くの研究者の方々により原子間力顕微鏡などの様々な分析技術を用いて解明を試みているが未だ大きな課題が立ちはだかっているその一つに水の存在が挙げられる水は大気中および材料表面に常に存在し摩擦界面における潤滑剤のミクロな挙動に影響を与える非常に重要因子と言える水の存在が潤滑現象に及ぼす影響についてはこれまでも多くの研究が行われてきたが他の分子との相互作用などナノレベルでの現象解明には至っていないのが現状である本研究においてはイオン液体を潤滑剤のモデル物質として用いることで水が潤滑現象に与える影響の解明を試みたこの着想に至った経緯としてイオン液体はその多様な分子種の組合せにより水との親和性や粘度アルキル鎖長など必要な物性を選択できることから水との相互作用を検討する上で有用なモデル物質であると考えた本研究においては摩擦雰囲気を制御することでマクロな潤滑特性の評価および潤滑メカニズムの考察を行った本実験においてはイオン液体をモデル物質として用いるにあたり親水性かつ吸着膜を形成するもの親水性かつ反応膜を形成するものそして疎水性かつ反応膜を形成するイオン液体を選定しそれぞれ大気中乾燥空気中真空中で評価を行った親水性のイオン液体においては水分が存在する大気中において潤滑特性が悪化することが確認された一方で疎水性イオン液体は雰囲気の影響をほとんど受けなかったただし表面分析結果より疎水性イオン液体による潤滑膜は大気中の水分により成長することが確認されたことから微量な水分が潤滑現象に関与することが示唆された本研究成果はイオン液体が既存の潤滑メカニズムを明らかにするモデル物質としての有用性を提案し潤滑油と水の親和性が潤滑メカニズムに大きな影響を与えることを示した今後はナノスケールにおける潤滑膜と水分の挙動を明らかとすることで既存の潤滑油の潤滑メカニズム解明に大いに貢献するものと期待される

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E17

65-04-功績賞 Page 13 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

渡邉 保奈美 君(EMGルブリカンツ合同会社)

渡邉氏ホウ素含有イオン液体による摩擦低減効果(第 4報)

本研究では超低摩擦を示すハロゲンフリーのホウ素含有イオン液体について摩擦後の表面形状および形成した被膜の硬さなどの物性や組成を分析しその低摩擦メカニズムを考察したものである近年イオン液体は新規潤滑油としての応用が注目されているイオン液体は常温で溶融している塩であり分子性液体がもつ分子間相互作用よりも強い静電気的な相互作用を有しているそのため低融点低蒸気圧高い熱安定性高いイオン伝導率等の特徴を有しているイオン液体の潤滑油に関する研究はハロゲンを含む構造のものが多く良好な潤滑性を示すと報告されている一方でフッ化金属が水と反応することによりフッ化水素を発生し腐食摩耗を促進してしまうそのためハロゲンを含まないことが望ましくハロゲンフリーのイオン液体の利用が期待されている本研究ではハロゲンフリーでホウ素を含有するイオン液体に着目し潤滑性を評価した結果ハロゲン系イオン液体や炭化水素系基油よりも特定のアニオン構造を持つイオン液体の摩擦係数が 001 以下の超低摩擦を示すことを見いだしたホウ素含有イオン液体は摩擦試験開始直後に付着物を生成ししゅう動表面が平滑されていることが確認されたまたエネルギー分散型X線分光法とX線分光分析の結果からしゅう動面にアニオン由来と考えられる付着物が確認されたさらにAFMにて表面形状測定とスクラッチ試験を行い超低摩擦を示したしゅう動表面ではスクラッチにより表面が凹む様子が確認した以上の結果より特定のアニオン構造を持つイオン液体が低摩擦を示すメカニズムとしてイオン液体の吸着による摩擦低減作用と平滑化による摩擦低減作用の二つが関与しているものと考察したすなわちしゅう動によってイオン液体分子が摩擦面に吸着して金属固体接触を抑制するとともに温度上昇によって油膜が薄くなった場合でもしゅう動表面の平滑化により固体接触頻度が抑制され低摩擦を示したと考えられるまたしゅう動面に形成された柔らかい被膜は超低摩擦の発現と平滑なしゅう動表面の形成維持に寄与したと考えられる今回の結果はハロゲンフリーのホウ素含有イオン液体の超低摩擦特性とのそのメカニズムに対する新たな発見であり超低摩擦現象を実現するためのメカニズム解明につながることが期待される

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E27

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2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

長谷川 直哉 君(NTN(株))

長谷川氏転がり接触によるピーリングの発生メカニズムとピーリング抑制に及ぼす黒染処理の影響(第 1報第 2報)

自動車や産業機械の摩擦低減の取組みの中で潤滑油の低粘度化の動向があるこれに伴い転がり軸受は希薄潤滑条件で使用される機会が増えるため当該条件での転動疲労はく離のメカニズム解明とその対策技術の確立は機械部品の信頼性向上のための重要な技術課題と考えられるピーリングは希薄潤滑条件で発生する転動疲労はく離の代表であり大きさが 1010495321049532m程度の微小はく

離の集合体のことを指す従来の研究からピーリングの原因は転動部で油膜切れが起こり真実接触部の直下に過大な繰返し応力が作用することであるとわかっているが初期き裂の発生メカニズムについては不明な点があった本研究の第 1報ではピーリングのき裂発生メカニズムを転動面の高倍率観察表面形状と残留応力の測定および表面粗さ解析の結果に基づいて多面的に考察したその結果ピーリングの初期き裂が転動面の塑性変形の繰返しによって形成された切欠き部から発生することを明らかにしたまた転動面に化成処理の一種である黒染処理を行うことでピーリングが抑制される効果についても検討し黒染品では運転中の表面粗さの低下(なじみ)が促進されるため相手面の塑性変形が軽減してピーリングが起こりにくくなることを明らかにしたさらにこのなじみの促進が黒染処理時に母材表面の凹凸が小さくなる現象と転動中に凸部の黒染層が摩耗することの両方によってもたらされることも明らかにした本研究の第 2報では第 1報で得られたピーリングのき裂発生メカニズムと黒染処理によるピーリング抑制効果を転動面の真実接触部直下に繰り返される応力(繰返し応力)の推定結果に基づいて定量的に検討した繰返し応力の推定では転動面に生成される 3軸の残留応力の影響も考慮している検討の結果第 1報で得られた結論は繰返し応力の観点からみても妥当性が高いと考えられた上記の研究成果はピーリングの発生メカニズムに対する理解を深める新しい知見であるだけでなく

ピーリング対策の指針となる実用的にも有用な知見と考えられる

対象論文トライボロジスト63 巻第 8号 (2018) 551 63 巻第 9号 (2018) 618

65-04-功績賞 Page 15 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会学生奨励賞受賞者

米山 長春 君(東京大学 大学院工学研究科)

米山氏プラズマ利用イオン注入法を用いたグラフェンの SiO2Si基板上への直接合成

グラフェンは sp11085301108530結合により平面上に六角形状に配列した炭素原子からなる二次元分子である極めて高い電子移動度や光透過度から半導体材料や透明電極としての応用が期待されておりまた優れた機械的強度化学的安定性を持つことから磁気ディスク等の極薄潤滑保護膜としての研究が進められている高品位なグラフェンを大規模に合成する方法として加熱したNiCu 等の触媒金属膜上で原料となる炭化水素ガスを熱分解させてグラフェンを合成する熱 CVD法が最も広く用いられているしかしこの手法で合成したグラフェンを機能性材料として用いるためには触媒膜上から目的とする基板上へと複雑なプロセスを経て転写する必要がありグラフェンを実用化する上での大きな障壁となっているこのため任意の基板上へとグラフェンを直接合成する手法が研究されておりこれまでに極めて薄い触媒膜を用いてグラフェンを合成した後に触媒を加熱蒸発させグラフェンのみを基板上に残す方法や金属蒸気を触媒として利用する方法等が報告されているが大面積にわたって均一にグラフェンを合成することは困難であるとされている本研究では基板上に炭素イオンを注入した Ni 膜と Cu 膜を積層してアニーリングすることで基板上へのグラフェンの直接合成を試みた

10486591048659104868110486811048655104865511085301108530基板上にスパッタ成膜したNi 膜にプラズマ利用イオン注入法を用いてメタンイオンを注入しさらにその上にCu膜をスパッタすることで炭素を含むNi 膜と Cu膜の積層膜を生成しこれを真空中にて 850でアニーリングすることによってグラフェンを基板と積層膜の界面に生成したNi 膜の厚みを 50nm150 nmCu 膜の厚みを 50nm350 nmと変化させ合計 4通りのサンプルを作成した積層膜をエッチングして取り除いたのち基板上に形成されたグラフェン膜をラマン分光分析法を用いて評価したNi 膜の厚みが比較的薄いサンプルについては欠陥を含む複層のグラフェンが基板全面にわたって合成されていたのに対しNi 膜が厚いサンプルについては微弱な非晶質炭素のピークが観測されたこの成膜メカニズムとしてはNi と Cu 中での炭素固溶度の違いによるものが考えられNi よりも CuおよびNiCu 合金の方が炭素固溶度が小さいためアニーリングによってNi と Cu が相互拡散し合金を形成するにつれて炭素が界面付近に集中しNiCu 合金の触媒作用によってグラフェンが合成されたものと考えられる本研究ではNi と Cu を積層した触媒膜を用いて触媒膜と基板上の界面に直接大面積のグラフェンを合成することに成功した任意の基板上に転写プロセスを用いることなく直接グラフェンを形成することができる本手法は表面保護膜の形成手法として有意義であると考えられる

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 B25

65-04-功績賞 Page 16 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会学生奨励賞受賞者

大内 春花 君(東京理科大学 大学院工学研究科)

大内氏ZDDP と無灰摩擦調整剤併用による ZDDP 錯体構造変化がトライボロジー特性へ与える影響

本研究は ZDDP と無灰 FM併用時の潤滑機構の解明を目的に摩擦面に形成されるトライボフィルムの特性と摩擦挙動との関係を考察したものであるしゅう動部品における要求性能を満たすために潤滑油添加剤の組合せや配合割合が重要となる個々の添加剤の機能は明らかになっているが複合添加した場合相乗効果が発現する場合と互いの効果を阻害する場合があり効果の解明はあまり進んでいない実際に使用される潤滑油は複合添加油であるためより高性能な潤滑油の開発には添加剤間の相互作用機構の解明が必要不可欠となるジアルキルジチオリン酸亜鉛(ZDDP)はトライボフィルムを摩擦面に生成し耐摩耗性向上に寄与する添加剤である一方で高摩擦化をもたらし無灰摩擦調整剤(無灰FM)との併用による摩擦低減が試みられているがその潤滑機構は不明な点が多いそこでZDDPと無灰 FM併用時の潤滑機構を解明するためZDDP 単独添加油と ZDDP10486191048619無灰 FM複合添加油により形成されたトライボフィルムの特性を調査した無灰 FM はグリセリンモノオレート(GMO)とタロウジエタノールアミン(TDEA)を用いたSRV摩擦試験の結果よりZDDP + TDEA複合添加油が最も低摩擦を示したXPS 元素分析結果よりZDDP単独添加油と ZDDP + GMO複合添加油のトライボフィルムは上層は Pが Sよりも高濃度で存在したが下層は S が P よりも高濃度で存在したZDDP10486191048619TDEA 複合添加油の場合は常に Sが P よりも高濃度で存在した 10486541048654104865310486531048658104865811085311108531110852911085291109522110952211085601108560 分析結果よりZDDP 単独添加油と ZDDP10486191048619GMO 複合添加油中では中性塩として ZDDP は存在したがZDDP10486191048619TDEA複合添加油中では塩基性塩に変化していた以上より複合添加する無灰FMの種類によって ZDDPの錯体構造が変化しZDDP単独添加の場合と深さ方向の組成が異なる性質のトライボフィルムを形成することで摩擦挙動に影響を与えたと考えられると結論付けた

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E4

65-04-功績賞 Page 17 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会学生奨励賞受賞者

井池 祐貴 君(兵庫県立大学 大学院シミュレーション学研究科)

井池氏金属表面におけるリン酸エステルの初期吸着過程の分子動力学シミュレーション

本研究は分子動力学法を用いて極圧添加剤の代表的化合物であるリン酸エステルの金属表面への吸着および拡散挙動を解析したものであるリン酸エステルは通常モノエステルジエステルの混合物で使用され各エステル単体に関する知見は少ないのが現状である実験からジエステルと比較してモノエステルの方が優れた摩擦摩耗特性を示すことはわかっているしかしこの特性の発現要因は明らかとなっていないそこで本研究ではモノエステルジエステルの物理吸着特性の理解および基油中の拡散挙動解析のため分子動力学シミュレーションを行った本研究ではまずリン酸エステル単体の吸着および拡散挙動に着目するために基油を含まない系でシミュレーションを行ったこの結果モノエステルジエステルともに金属表面に吸着後分極の強いリン酸基の相互作用から会合体を形成することがわかったまた添加剤分子の二乗変位の測定結果から初期吸着過程においてジエステルと比較してモノエステルのほうが優れた表面拡散性を示すことが明らかとなった次に基油中における拡散挙動に着目するために基油を含まない系でシミュレーションを行ったこの結果基油を含まない系における結果と同様にモノエステルジエステルともに会合体を形成することで逆ミセル化し安定した状態で基油中を拡散するという結果が得られたまた基油中における拡散性もジエステルと比較してモノエステルのほうが優れているということが明らかとなった添加剤分子同士が会合し安定した逆ミセルを形成し拡散するといった挙動は油性剤を対象とした先行研究では見られなかった極圧添加剤特有の挙動でありこれが両者の違いの物理化学的起源と考えられる以上のように本研究ではリン酸エステルのモノエステルおよびジエステルの吸着および拡散挙動を解析しモノエステルおよびジエステルの金属表面および基油中における拡散性の違いを明らかにした本研究の結果と実験結果は少なくとも定性的に一致しているといえモノエステルジエステルの摩擦摩耗特性の違いは本研究で示された拡散性の違いから説明することができるという推論が得られた今後はより広範な分子構造を有する極圧添加剤において同様のシミュレーションを行うことで添加剤の研究開発における更なる発展が期待される

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E6

Page 5: 2019年度日本トライボロジー学会功績賞受賞者 · 2020. 5. 7. · 65-04-功績賞 Page 3 20/03/30 13:42 v3.60 3 185 2019年度日本トライボロジー学会論文賞受賞者

65-04-功績賞 Page 5 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会論文賞受賞者

岡本 竜也 君(名古屋大学 大学院工学研究科)

梅原 徳次 君(名古屋大学 大学院工学研究科)

村島 基之 君(名古屋大学 大学院工学研究科)

斉藤 浩二 君(トヨタ自動車(株))眞鍋 和幹 君(トヨタ自動車(株))林 圭二 君(トヨタ自動車(株))

岡本氏

ベース油中CNxの摩擦界面その場反射分光分析観察による摩擦メカニズムの解明

本論文は反射分光分析による摩擦界面その場観察によりCNx 膜の低摩擦発現メカニズムを解明することを目的としたものであるこの目的を達成するためにベース油中でのサファイア半球とCNx 膜との摩擦時において摩擦界面その場反射分光分析を用いてCNx 膜の表面粗さ油膜とCNx 膜の構造変化層のそれぞれの厚さおよび体積分極率を測定しそれらの摩擦係数に与える影響を明らかにしており得られた結果よりCNx 膜の低摩擦発現メカニズムを検討した具体的には光学モデルとして雰囲気層にサファイアその下に油膜表面粗さ層構造変化層基板層にCNx 膜として得られた反射光スペクトルにフィッティングすることでそれぞれの層の膜厚屈折率消衰係数および表面粗さを算出しさらにその値から構造変化層と油の体積分極率を推定したその結果両面の粗さの減少と油膜厚さの増加から摩擦初期に摩擦係数が急激に減少した原因として境界潤滑領域の荷重分担比が減少したことが定量的に示唆されたまた構造変化層および油膜の体積分極率の増加により油膜分子が構造変化層極表面に吸着し薄い吸着分子膜が形成されることで境界潤滑領域部分の摩擦係数が減少したことが摩擦繰返しによる低摩擦発現の一つの要因であることが示唆された以上のように本研究では摩擦界面その場反射分光観察が表面粗さの減少に伴う潤滑形態の遷移や構造変化層の生成に伴う体積分極率の変化を in-situ でとらえ摩擦係数に及ぼすそれらの影響を解明することが可能な重要なツールであることを明らかにした今後同ツールが摩擦界面における現象解明のために汎用的に活用されることを期待する

対象論文トライボロジスト63 巻第 11 号(2018)755-767

梅原氏 村島氏 斉藤氏 眞鍋氏 林氏

65-04-功績賞 Page 6 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会論文賞受賞者

畑 一志 君(元出光興産(株))田本 芳隆 君(出光興産(株))

畑氏

各種粘度指数向上剤添加油の高圧粘度特性とポリマー挙動の関係に関する研究(第 2報)高圧粘度予測式の導出および圧力下の粘度 温度特性

本論文は10 種の基油と化合物タイプおよび分子量の異なる 11 種の粘度指数向上剤VII を用いて調製されたVII 添加油 23 油種を供試油としそれらの高圧粘度測定値に基づくVII 添加油の高圧粘度予測式の導出とVII 添加の本来の目的である粘度指数向上特性ならびに粘度 温度特性に及ぼす圧力の影響が油中ポリマーコイルの溶存状態挙動との関係において検討され定量的考察がなされているVII 添加油の高圧粘度は転落球式高圧粘度計を用いて測定され測定値および関連特性の解析は基油のそれらとの対比で行われた高圧粘度予測式はいわゆる BARUS式を基本とし圧力粘度係数を正割圧力 粘度係数 1049521104952111085461108546( ) とする式である本予測式利用に際しての簡便性に資するべく基油およびVII 油中溶存ポリマーコイル自体の二つの圧力ndash粘度係数値と VII ポリマーの重量混合比からなる1049521104952111085461108546( )110952211095221108546110854611085881108588予測式が導出されその適用によりVII 添加油の高圧粘度の予測が可能となった当該高圧粘度予測式の妥当性および適用性は測定値に対する予測値の偏差およびそれらの分布解析から確認された本研究における一連の特性解析を通じてVII 添加油中のポリマーコイル分子は二つの機能すなわち一つは増粘性発現に関わる流体力学的等価球(10486371048637剛体球)を形成する機能今一つはポリマーコイル自体がポリマー化合物のタイプや分子量の違いならびに基油化合物の違いや圧力温度の影響を受けない普遍的特性値の圧力粘度係数を発現する機能に関し前者にはVII 添加油中のポリマーコイル剛体球の体積分率(vol )に対応する関係性が認められるが後者には認められなかったまた剛体球の体積分率とVII 添加による相対粘度増分それぞれの値とその時の剛体球の溶存状態の関係がVII 添加油中ポリマー臨界濃度を基準とした希薄領域などのポリマー溶液の領域区分に準じて定量的に評価考察されたVII 添加油の大気圧下の粘度指数は圧力により低下し圧力 に対し下に凸の 11095221109522110854611085461108588110858810572981057298 関係の特性

を示す例えばある高分子量 PAMA系ポリマー 4 添加油の場合大気圧下 110952211095221108546110854611085881108588 10486371048637 245 rArr圧力下110952211095221108546110854611085881108588 10486371048637 208 の如きであるVII 化合物タイプの違い添加量の多少基油の違いなどによりVI 向上幅

の大きさは異なるがVI 向上幅が大きい油種ほどVI 低下の幅も大きい傾向にある本論文に提示された各種の測定結果や予測式を含む諸知見はVII 添加油の各種特性とポリマーコイルの溶存状態や挙動との関係解釈に新たな視点による情報を提供するものであるとともに新たな課題設定や関係解析に対する示唆的情報ともなり得ると考える更なる進展につながることを期待したい

対象論文トライボロジスト63 巻第 11 号(2018)782-794

田本氏

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2019 年度日本トライボロジー学会論文賞受賞者

小野 佑樹 君((株)本田技術研究所)松本 謙司 君((株)本田技術研究所)三原 雄司 君(東京都市大学 大学院工学研究科 総合研究所)

小野氏

A Study of the Lubrication under Impact Loading - Experimental and AnalyticalApplication to Push Belt CVTs

自動車の環境適合性や燃費性能が向上するにつれエンジンやトランスミッション内の機械要素は高回転高負荷低粘度オイル適用など潤滑条件が過酷になる傾向がある油膜を介した機械接触面では転がり 滑り運動だけでなく間欠的な動力伝達や振動負荷変動など様々な過渡的変化が生じるそのため部品の性能や寿命を設計するためにはこうした過渡状態を含めた油膜形成状態の把握と制御が重要と言える油膜解析に関しては光干渉法をはじめとする実測技術と弾性流体潤滑(EHL)の理論モデル構築が多くの研究者により日進月歩で進められている一方で運転中のエンジンやトランスミッション内部の油膜形成状態を直接的に計算するツールはなくいかにして実際の荷重発生領域や変動パターンを捉え理論モデルに導入するかが課題であるまた解析で得られる油膜形成状態が実機の状態に即したものかを検証することも必要である本研究で我々は自動車用金属ベルト式無段変速機(CVT)を対象とし運転中の金属ベルトエレメントプーリ間における油膜厚さ変化の推定を試みたそのために典型的な CVT運転条件において接触圧力変動パターンを取得しこれを EHL の理論モデルに導入することで油膜厚さ変化を得たまた得られた解析結果を検証するため光干渉法を用いて同様の条件下の油膜厚さを実測し解析手法の精度を定量的に示した本研究の特徴はEHLの理論モデルに関する研究成果を実際の機械設計や信頼性向上に適用するための手法を構築しその効果を実証した点にあると考えるこの本手法は金属ベルト式 CVTに限らず多くの産業機械へも適用が可能であり将来的にはそれらの潤滑膜形成状態の把握や制御にも資するものとなれば幸いである

対象論文Tribology Online Vol 14 No 2 (2019) 18-23

松本氏 三原氏

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2019 年度日本トライボロジー学会技術賞受賞者

秋田 秀樹 君(日立建機(株))倉迫 彬 君(日立建機(株))櫻井 茂行 君(日立建機(株))

秋田氏

建設機械用オイル状態監視システムの開発

本研究は油圧ショベルの実稼動下におけるセンサを用いたオイルの状態監視技術に関するものである近年建設機械業界では ICT を活用した機械稼動情報提供サービスを逐次開始している情報提供サービスの一つで潤滑油の継続的な状態監視が行われているが現在の潤滑油の状態監視は一定間隔でオイルを採取し分析を行うオフライン分析手法であるため状況に応じた的確なサービスを提供できないことや故障前駆現象に起因する突発的なオイル性状変化を捉えることが難しいのが実情であるこの解決策としてセンサを用いたオンラインでのオイル性状の常時監視が求められているそこで本研究はセンサによるオイルの状態監視およびその運用に関する技術についての検討を行った主な検討内容は建設機械に対応可能なオンライン形式の性状監視センサの選定そのセンサの最適な設置方法の検討これまでオフラインで行っているオイル分析のオイルの汚染劣化オイル中の摩耗を示す指標との相関関係についての検証であるこの結果を受けて計測値の統計的処理をはじめIoT を活用したセンサデータ収集ロジック従来から行われているオイル分析手法を基とした状態判断基準の作成これらを用いた自動オイル性状判断ロジック構築を行いさらにWeb 等デジタルデバイスを活用した顧客への情報通知システムを整備することでオイル状態監視の運用システムの構築運用を行ったこれにより潤滑油状態のldquo見える化rdquoが可能となり顧客や弊社にとってスピーディな対応が可能となったのみでなく顧客機のダウンタイム低下機体ダメージの低減適切なサービスの提供などにより一連のエコシステムの構築ができた今回のオイル状態監視システムは建設機械業界としては初のシステムである今後は弊社内の機種展開を図るのみではなくトライボロジー的観点から潤滑油の状態監視をキーとした機械の稼働状監視保全技術の最適化に寄与していきたい

倉迫氏 櫻井氏

65-04-功績賞 Page 9 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会技術賞受賞者

増田 耕平 君(JXTGエネルギー(株))中尾 元 君(JXTGエネルギー(株))小松原 仁 君(JXTGエネルギー(株))

増田氏

超低粘度ATFの開発

本技術は自動変速機油(以下ATF)の超低粘度化により自動変速機(以下AT)の効率向上ひいては自動車の省燃費化に寄与する技術である近年の地球温暖化対策を背景に年々厳しくなる自動車燃費規制に対応するためにATにおいても更なる伝達効率向上が求められているATF を低粘度化することで撹拌損失が低減しATの伝達効率向上が図れるが粘度が低くなりすぎるとギヤやベアリング等のしゅう動部品の潤滑性が低下し部品損傷が早期に生じてしまうすなわち疲労寿命の低下という課題が発生するしゅう動部品の疲労寿命を向上させるために部品同士が直接接触する境界潤滑領域と部品間の潤滑油が圧縮され局所的に粘性が大きく増加する弾性流体潤滑領域においてそれぞれ摩擦低減手法を探索したその結果境界潤滑領域では分子中に極性を有するエステル基油を部分的に適用することで摩擦が低減し弾性流体潤滑領域では直鎖構造を多く含む高性能基油を使用することで基油圧縮時の粘性増加が抑制でき疲労寿命の大幅向上に寄与することを見いだしたエステル基油と高性能基油を用いて開発した超低粘度ATFは従来ATFから 50 以上もの低粘度化(40動粘度比較)を図った世界で最も低粘度なATFであるほかATユニットにおける損失トルクは大幅に低減でき自動車の省燃費性向上に非常に大きく寄与するものであるまた近年増加傾向にあるハイブリッド車や電気自動車の変速機(減速機)においても伝達効率や疲労寿命の向上技術は引き続き要求されるため本技術は今後の自動車の電動化を見据えても有用であり将来にわたり自動車産業における二酸化炭素排出量削減すなわち地球温暖化対策への貢献が期待される

中尾氏 小松原氏

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2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

前田 成志 君(日本精工(株))

前田氏EHD接触における膜厚と破断率の同時測定 グリース潤滑の場合

本研究は電気インピーダンス法を用いて転がり軸受における接触域内の膜厚と破断率の同時測定を行い油潤滑下とグリース潤滑下の比較から低速度域におけるグリース潤滑のメカニズムを考察したものである近年地球温暖化を背景として軸受の更なる低トルク化が求められており潤滑剤の粘度を下げるあるいは潤滑剤の封入量を減らすといった手段が講じられているしかしそれらの方法は EHD(elastohydrodynamic)接触域における油膜の破断を促し軸受しゅう動面における様々な表面損傷の原因となるそこで筆者のグループでは従来の電気インピーダンス法を改良しEHD接触域における膜厚を光干渉法と同等な精度で測定できさらに破断率も同時に測定できる手法を開発した本手法は実際の転がり軸受に適用可能であることから軸受の更なる低トルク化と長寿命化を両立する上で非常に重要な技術である本研究ではアキシアル荷重を負荷した深溝玉軸受を用い内輪の回転数を低速から高速へ変化させた際の軸受トルク軸受外輪温度および電気インピーダンス法から得られる EHD接触域の平均膜厚と破断率を同時に測定した潤滑剤にはウレアを増ちょう剤としたグリースとその基油(poly- -olefinoil)を用いた基油の試験より軸受外輪温度が上昇しない低速度域において膜厚が HAMROCK-DOWSONの式による理論値と一致し破断率が上昇する低速度域において同じタイミングで軸受トルクが上昇する結果を得た一方ウレアグリースの試験より低速度域において膜厚が理論値および基油の膜厚よりも厚くなり破断率が上昇しないにも関わらず軸受トルクが上昇する結果を得たこれらの結果から基油を用いた場合低速度域で油膜が破断し金属接触が生じるため軸受トルクが上昇したと推察される一方ウレアグリースを用いた場合低速度域において接触部における増ちょう剤濃度が上昇しグリースの等価粘度が増加することで軸受トルクが上昇したと推察される以上のように本研究では開発した電気インピーダンス法を用いて転がり軸受で広く用いられているグリース潤滑のメカニズムの一端を実験結果に基づいて考察した今後本手法は様々な条件下において転がり軸受の潤滑メカニズム解明に貢献し低トルクかつ長寿命を両立する転がり軸受の実現に貢献することが期待される

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 C13

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2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

小谷田 早季 君(JXTGエネルギー(株))

小谷田氏マレイン化ジチオリン酸エステルの境界潤滑特性

本研究は少量の添加で性能を発揮する新たな硫黄-リン系添加剤の探索を目的にマレイン化ジチオリン酸エステル誘導体(MDTPs)の摩擦特性について検討したものである従来よりジアルキルジチオリン酸亜鉛(ZnDTP)は優れた摩耗防止剤として油圧作動油等に広く使用されているが劣化に伴う不溶性スラッジの生成が懸念されるこの課題に対し安定性の高いリン系摩耗防止剤を使用した技術が数多く検討され油圧作動油の性能向上が図られてきたしかしながらリン系摩耗防止剤のみでは ZnDTP と比較して高荷重下での摩耗防止性や極圧性に劣ることから硫黄系極圧剤等の併用によって性能を補填している一方で硫黄系極圧剤は ZnDTP と同様に耐熱性に劣るため長期間過酷な使用環境に曝される油圧作動油では多量に添加することが難しいそのため少量の添加でも高い性能が得られる添加剤の開発が必要となるそこで本研究では新たな添加剤としてMDTPs に着目しリン酸トリクレジル(TCP)との併用における境界潤滑域での特性を調査したTCPMDTPs 併用系はZnDTPと比較して低摩擦性低摩耗性を示しさらにTCP 単独系よりも優れた性能を示した加えて油圧ポンプの消費電力試験において省エネルギー性能を評価しTCPMDTPs 併用系はTCP単独系よりも消費電力量が小さく省エネルギー性能が向上することを確認したMDTPs は TCP との併用によって低摩擦性が向上し実機における省エネルギー性の向上に繋がったと推測されるまたTCPMDTPs 併用系の優れた潤滑特性について潤滑被膜の分析からメカニズムを考察したTCPMDTPs 併用系の潤滑被膜はリン酸化合物および硫化物を主成分とする被膜であり被膜深部ほど硫黄比率が高くなる結果が得られた硫黄を含有するMDTPs がしゅう動部表面に積極的に吸着反応したと推察されるTCPMDTPs 併用系ではMDTPs 由来の成分が摩擦特性に対して支配的に関与し形成被膜によるせん断抵抗の低減あるいはMDTPs によるしゅう動部の焼付き抑制によって低摩擦性が発現したと考えられる本研究では新たな添加剤としてMDTPs を合成しその摩擦特性および作用メカニズムの解明を行った引き続き形成被膜特性の更なる検証を進めより高性能で環境負荷の小さい添加剤の開発を通じてトライボロジー分野の技術発展に貢献していきたい

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 C24

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2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

川田 将平 君(東京理科大学 大学院工学研究科)

川田氏イオン液体の潤滑特性に周囲雰囲気が及ぼす影響の調査

地球環境問題を背景に機械システムにおいて摩擦損失を削減する試みが行われているその試みの一つとして潤滑剤の改良開発が挙げられる潤滑剤の潤滑特性を評価する場合摩擦係数や摩耗量といったマクロな物理量評価を行うが潤滑現象の実態は潤滑剤の摩擦界面におけるナノレベルの挙動によって大きく支配される上記の現象については多くの研究者の方々により原子間力顕微鏡などの様々な分析技術を用いて解明を試みているが未だ大きな課題が立ちはだかっているその一つに水の存在が挙げられる水は大気中および材料表面に常に存在し摩擦界面における潤滑剤のミクロな挙動に影響を与える非常に重要因子と言える水の存在が潤滑現象に及ぼす影響についてはこれまでも多くの研究が行われてきたが他の分子との相互作用などナノレベルでの現象解明には至っていないのが現状である本研究においてはイオン液体を潤滑剤のモデル物質として用いることで水が潤滑現象に与える影響の解明を試みたこの着想に至った経緯としてイオン液体はその多様な分子種の組合せにより水との親和性や粘度アルキル鎖長など必要な物性を選択できることから水との相互作用を検討する上で有用なモデル物質であると考えた本研究においては摩擦雰囲気を制御することでマクロな潤滑特性の評価および潤滑メカニズムの考察を行った本実験においてはイオン液体をモデル物質として用いるにあたり親水性かつ吸着膜を形成するもの親水性かつ反応膜を形成するものそして疎水性かつ反応膜を形成するイオン液体を選定しそれぞれ大気中乾燥空気中真空中で評価を行った親水性のイオン液体においては水分が存在する大気中において潤滑特性が悪化することが確認された一方で疎水性イオン液体は雰囲気の影響をほとんど受けなかったただし表面分析結果より疎水性イオン液体による潤滑膜は大気中の水分により成長することが確認されたことから微量な水分が潤滑現象に関与することが示唆された本研究成果はイオン液体が既存の潤滑メカニズムを明らかにするモデル物質としての有用性を提案し潤滑油と水の親和性が潤滑メカニズムに大きな影響を与えることを示した今後はナノスケールにおける潤滑膜と水分の挙動を明らかとすることで既存の潤滑油の潤滑メカニズム解明に大いに貢献するものと期待される

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E17

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2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

渡邉 保奈美 君(EMGルブリカンツ合同会社)

渡邉氏ホウ素含有イオン液体による摩擦低減効果(第 4報)

本研究では超低摩擦を示すハロゲンフリーのホウ素含有イオン液体について摩擦後の表面形状および形成した被膜の硬さなどの物性や組成を分析しその低摩擦メカニズムを考察したものである近年イオン液体は新規潤滑油としての応用が注目されているイオン液体は常温で溶融している塩であり分子性液体がもつ分子間相互作用よりも強い静電気的な相互作用を有しているそのため低融点低蒸気圧高い熱安定性高いイオン伝導率等の特徴を有しているイオン液体の潤滑油に関する研究はハロゲンを含む構造のものが多く良好な潤滑性を示すと報告されている一方でフッ化金属が水と反応することによりフッ化水素を発生し腐食摩耗を促進してしまうそのためハロゲンを含まないことが望ましくハロゲンフリーのイオン液体の利用が期待されている本研究ではハロゲンフリーでホウ素を含有するイオン液体に着目し潤滑性を評価した結果ハロゲン系イオン液体や炭化水素系基油よりも特定のアニオン構造を持つイオン液体の摩擦係数が 001 以下の超低摩擦を示すことを見いだしたホウ素含有イオン液体は摩擦試験開始直後に付着物を生成ししゅう動表面が平滑されていることが確認されたまたエネルギー分散型X線分光法とX線分光分析の結果からしゅう動面にアニオン由来と考えられる付着物が確認されたさらにAFMにて表面形状測定とスクラッチ試験を行い超低摩擦を示したしゅう動表面ではスクラッチにより表面が凹む様子が確認した以上の結果より特定のアニオン構造を持つイオン液体が低摩擦を示すメカニズムとしてイオン液体の吸着による摩擦低減作用と平滑化による摩擦低減作用の二つが関与しているものと考察したすなわちしゅう動によってイオン液体分子が摩擦面に吸着して金属固体接触を抑制するとともに温度上昇によって油膜が薄くなった場合でもしゅう動表面の平滑化により固体接触頻度が抑制され低摩擦を示したと考えられるまたしゅう動面に形成された柔らかい被膜は超低摩擦の発現と平滑なしゅう動表面の形成維持に寄与したと考えられる今回の結果はハロゲンフリーのホウ素含有イオン液体の超低摩擦特性とのそのメカニズムに対する新たな発見であり超低摩擦現象を実現するためのメカニズム解明につながることが期待される

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E27

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2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

長谷川 直哉 君(NTN(株))

長谷川氏転がり接触によるピーリングの発生メカニズムとピーリング抑制に及ぼす黒染処理の影響(第 1報第 2報)

自動車や産業機械の摩擦低減の取組みの中で潤滑油の低粘度化の動向があるこれに伴い転がり軸受は希薄潤滑条件で使用される機会が増えるため当該条件での転動疲労はく離のメカニズム解明とその対策技術の確立は機械部品の信頼性向上のための重要な技術課題と考えられるピーリングは希薄潤滑条件で発生する転動疲労はく離の代表であり大きさが 1010495321049532m程度の微小はく

離の集合体のことを指す従来の研究からピーリングの原因は転動部で油膜切れが起こり真実接触部の直下に過大な繰返し応力が作用することであるとわかっているが初期き裂の発生メカニズムについては不明な点があった本研究の第 1報ではピーリングのき裂発生メカニズムを転動面の高倍率観察表面形状と残留応力の測定および表面粗さ解析の結果に基づいて多面的に考察したその結果ピーリングの初期き裂が転動面の塑性変形の繰返しによって形成された切欠き部から発生することを明らかにしたまた転動面に化成処理の一種である黒染処理を行うことでピーリングが抑制される効果についても検討し黒染品では運転中の表面粗さの低下(なじみ)が促進されるため相手面の塑性変形が軽減してピーリングが起こりにくくなることを明らかにしたさらにこのなじみの促進が黒染処理時に母材表面の凹凸が小さくなる現象と転動中に凸部の黒染層が摩耗することの両方によってもたらされることも明らかにした本研究の第 2報では第 1報で得られたピーリングのき裂発生メカニズムと黒染処理によるピーリング抑制効果を転動面の真実接触部直下に繰り返される応力(繰返し応力)の推定結果に基づいて定量的に検討した繰返し応力の推定では転動面に生成される 3軸の残留応力の影響も考慮している検討の結果第 1報で得られた結論は繰返し応力の観点からみても妥当性が高いと考えられた上記の研究成果はピーリングの発生メカニズムに対する理解を深める新しい知見であるだけでなく

ピーリング対策の指針となる実用的にも有用な知見と考えられる

対象論文トライボロジスト63 巻第 8号 (2018) 551 63 巻第 9号 (2018) 618

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2019 年度日本トライボロジー学会学生奨励賞受賞者

米山 長春 君(東京大学 大学院工学研究科)

米山氏プラズマ利用イオン注入法を用いたグラフェンの SiO2Si基板上への直接合成

グラフェンは sp11085301108530結合により平面上に六角形状に配列した炭素原子からなる二次元分子である極めて高い電子移動度や光透過度から半導体材料や透明電極としての応用が期待されておりまた優れた機械的強度化学的安定性を持つことから磁気ディスク等の極薄潤滑保護膜としての研究が進められている高品位なグラフェンを大規模に合成する方法として加熱したNiCu 等の触媒金属膜上で原料となる炭化水素ガスを熱分解させてグラフェンを合成する熱 CVD法が最も広く用いられているしかしこの手法で合成したグラフェンを機能性材料として用いるためには触媒膜上から目的とする基板上へと複雑なプロセスを経て転写する必要がありグラフェンを実用化する上での大きな障壁となっているこのため任意の基板上へとグラフェンを直接合成する手法が研究されておりこれまでに極めて薄い触媒膜を用いてグラフェンを合成した後に触媒を加熱蒸発させグラフェンのみを基板上に残す方法や金属蒸気を触媒として利用する方法等が報告されているが大面積にわたって均一にグラフェンを合成することは困難であるとされている本研究では基板上に炭素イオンを注入した Ni 膜と Cu 膜を積層してアニーリングすることで基板上へのグラフェンの直接合成を試みた

10486591048659104868110486811048655104865511085301108530基板上にスパッタ成膜したNi 膜にプラズマ利用イオン注入法を用いてメタンイオンを注入しさらにその上にCu膜をスパッタすることで炭素を含むNi 膜と Cu膜の積層膜を生成しこれを真空中にて 850でアニーリングすることによってグラフェンを基板と積層膜の界面に生成したNi 膜の厚みを 50nm150 nmCu 膜の厚みを 50nm350 nmと変化させ合計 4通りのサンプルを作成した積層膜をエッチングして取り除いたのち基板上に形成されたグラフェン膜をラマン分光分析法を用いて評価したNi 膜の厚みが比較的薄いサンプルについては欠陥を含む複層のグラフェンが基板全面にわたって合成されていたのに対しNi 膜が厚いサンプルについては微弱な非晶質炭素のピークが観測されたこの成膜メカニズムとしてはNi と Cu 中での炭素固溶度の違いによるものが考えられNi よりも CuおよびNiCu 合金の方が炭素固溶度が小さいためアニーリングによってNi と Cu が相互拡散し合金を形成するにつれて炭素が界面付近に集中しNiCu 合金の触媒作用によってグラフェンが合成されたものと考えられる本研究ではNi と Cu を積層した触媒膜を用いて触媒膜と基板上の界面に直接大面積のグラフェンを合成することに成功した任意の基板上に転写プロセスを用いることなく直接グラフェンを形成することができる本手法は表面保護膜の形成手法として有意義であると考えられる

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 B25

65-04-功績賞 Page 16 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会学生奨励賞受賞者

大内 春花 君(東京理科大学 大学院工学研究科)

大内氏ZDDP と無灰摩擦調整剤併用による ZDDP 錯体構造変化がトライボロジー特性へ与える影響

本研究は ZDDP と無灰 FM併用時の潤滑機構の解明を目的に摩擦面に形成されるトライボフィルムの特性と摩擦挙動との関係を考察したものであるしゅう動部品における要求性能を満たすために潤滑油添加剤の組合せや配合割合が重要となる個々の添加剤の機能は明らかになっているが複合添加した場合相乗効果が発現する場合と互いの効果を阻害する場合があり効果の解明はあまり進んでいない実際に使用される潤滑油は複合添加油であるためより高性能な潤滑油の開発には添加剤間の相互作用機構の解明が必要不可欠となるジアルキルジチオリン酸亜鉛(ZDDP)はトライボフィルムを摩擦面に生成し耐摩耗性向上に寄与する添加剤である一方で高摩擦化をもたらし無灰摩擦調整剤(無灰FM)との併用による摩擦低減が試みられているがその潤滑機構は不明な点が多いそこでZDDPと無灰 FM併用時の潤滑機構を解明するためZDDP 単独添加油と ZDDP10486191048619無灰 FM複合添加油により形成されたトライボフィルムの特性を調査した無灰 FM はグリセリンモノオレート(GMO)とタロウジエタノールアミン(TDEA)を用いたSRV摩擦試験の結果よりZDDP + TDEA複合添加油が最も低摩擦を示したXPS 元素分析結果よりZDDP単独添加油と ZDDP + GMO複合添加油のトライボフィルムは上層は Pが Sよりも高濃度で存在したが下層は S が P よりも高濃度で存在したZDDP10486191048619TDEA 複合添加油の場合は常に Sが P よりも高濃度で存在した 10486541048654104865310486531048658104865811085311108531110852911085291109522110952211085601108560 分析結果よりZDDP 単独添加油と ZDDP10486191048619GMO 複合添加油中では中性塩として ZDDP は存在したがZDDP10486191048619TDEA複合添加油中では塩基性塩に変化していた以上より複合添加する無灰FMの種類によって ZDDPの錯体構造が変化しZDDP単独添加の場合と深さ方向の組成が異なる性質のトライボフィルムを形成することで摩擦挙動に影響を与えたと考えられると結論付けた

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E4

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2019 年度日本トライボロジー学会学生奨励賞受賞者

井池 祐貴 君(兵庫県立大学 大学院シミュレーション学研究科)

井池氏金属表面におけるリン酸エステルの初期吸着過程の分子動力学シミュレーション

本研究は分子動力学法を用いて極圧添加剤の代表的化合物であるリン酸エステルの金属表面への吸着および拡散挙動を解析したものであるリン酸エステルは通常モノエステルジエステルの混合物で使用され各エステル単体に関する知見は少ないのが現状である実験からジエステルと比較してモノエステルの方が優れた摩擦摩耗特性を示すことはわかっているしかしこの特性の発現要因は明らかとなっていないそこで本研究ではモノエステルジエステルの物理吸着特性の理解および基油中の拡散挙動解析のため分子動力学シミュレーションを行った本研究ではまずリン酸エステル単体の吸着および拡散挙動に着目するために基油を含まない系でシミュレーションを行ったこの結果モノエステルジエステルともに金属表面に吸着後分極の強いリン酸基の相互作用から会合体を形成することがわかったまた添加剤分子の二乗変位の測定結果から初期吸着過程においてジエステルと比較してモノエステルのほうが優れた表面拡散性を示すことが明らかとなった次に基油中における拡散挙動に着目するために基油を含まない系でシミュレーションを行ったこの結果基油を含まない系における結果と同様にモノエステルジエステルともに会合体を形成することで逆ミセル化し安定した状態で基油中を拡散するという結果が得られたまた基油中における拡散性もジエステルと比較してモノエステルのほうが優れているということが明らかとなった添加剤分子同士が会合し安定した逆ミセルを形成し拡散するといった挙動は油性剤を対象とした先行研究では見られなかった極圧添加剤特有の挙動でありこれが両者の違いの物理化学的起源と考えられる以上のように本研究ではリン酸エステルのモノエステルおよびジエステルの吸着および拡散挙動を解析しモノエステルおよびジエステルの金属表面および基油中における拡散性の違いを明らかにした本研究の結果と実験結果は少なくとも定性的に一致しているといえモノエステルジエステルの摩擦摩耗特性の違いは本研究で示された拡散性の違いから説明することができるという推論が得られた今後はより広範な分子構造を有する極圧添加剤において同様のシミュレーションを行うことで添加剤の研究開発における更なる発展が期待される

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E6

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2019 年度日本トライボロジー学会論文賞受賞者

畑 一志 君(元出光興産(株))田本 芳隆 君(出光興産(株))

畑氏

各種粘度指数向上剤添加油の高圧粘度特性とポリマー挙動の関係に関する研究(第 2報)高圧粘度予測式の導出および圧力下の粘度 温度特性

本論文は10 種の基油と化合物タイプおよび分子量の異なる 11 種の粘度指数向上剤VII を用いて調製されたVII 添加油 23 油種を供試油としそれらの高圧粘度測定値に基づくVII 添加油の高圧粘度予測式の導出とVII 添加の本来の目的である粘度指数向上特性ならびに粘度 温度特性に及ぼす圧力の影響が油中ポリマーコイルの溶存状態挙動との関係において検討され定量的考察がなされているVII 添加油の高圧粘度は転落球式高圧粘度計を用いて測定され測定値および関連特性の解析は基油のそれらとの対比で行われた高圧粘度予測式はいわゆる BARUS式を基本とし圧力粘度係数を正割圧力 粘度係数 1049521104952111085461108546( ) とする式である本予測式利用に際しての簡便性に資するべく基油およびVII 油中溶存ポリマーコイル自体の二つの圧力ndash粘度係数値と VII ポリマーの重量混合比からなる1049521104952111085461108546( )110952211095221108546110854611085881108588予測式が導出されその適用によりVII 添加油の高圧粘度の予測が可能となった当該高圧粘度予測式の妥当性および適用性は測定値に対する予測値の偏差およびそれらの分布解析から確認された本研究における一連の特性解析を通じてVII 添加油中のポリマーコイル分子は二つの機能すなわち一つは増粘性発現に関わる流体力学的等価球(10486371048637剛体球)を形成する機能今一つはポリマーコイル自体がポリマー化合物のタイプや分子量の違いならびに基油化合物の違いや圧力温度の影響を受けない普遍的特性値の圧力粘度係数を発現する機能に関し前者にはVII 添加油中のポリマーコイル剛体球の体積分率(vol )に対応する関係性が認められるが後者には認められなかったまた剛体球の体積分率とVII 添加による相対粘度増分それぞれの値とその時の剛体球の溶存状態の関係がVII 添加油中ポリマー臨界濃度を基準とした希薄領域などのポリマー溶液の領域区分に準じて定量的に評価考察されたVII 添加油の大気圧下の粘度指数は圧力により低下し圧力 に対し下に凸の 11095221109522110854611085461108588110858810572981057298 関係の特性

を示す例えばある高分子量 PAMA系ポリマー 4 添加油の場合大気圧下 110952211095221108546110854611085881108588 10486371048637 245 rArr圧力下110952211095221108546110854611085881108588 10486371048637 208 の如きであるVII 化合物タイプの違い添加量の多少基油の違いなどによりVI 向上幅

の大きさは異なるがVI 向上幅が大きい油種ほどVI 低下の幅も大きい傾向にある本論文に提示された各種の測定結果や予測式を含む諸知見はVII 添加油の各種特性とポリマーコイルの溶存状態や挙動との関係解釈に新たな視点による情報を提供するものであるとともに新たな課題設定や関係解析に対する示唆的情報ともなり得ると考える更なる進展につながることを期待したい

対象論文トライボロジスト63 巻第 11 号(2018)782-794

田本氏

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2019 年度日本トライボロジー学会論文賞受賞者

小野 佑樹 君((株)本田技術研究所)松本 謙司 君((株)本田技術研究所)三原 雄司 君(東京都市大学 大学院工学研究科 総合研究所)

小野氏

A Study of the Lubrication under Impact Loading - Experimental and AnalyticalApplication to Push Belt CVTs

自動車の環境適合性や燃費性能が向上するにつれエンジンやトランスミッション内の機械要素は高回転高負荷低粘度オイル適用など潤滑条件が過酷になる傾向がある油膜を介した機械接触面では転がり 滑り運動だけでなく間欠的な動力伝達や振動負荷変動など様々な過渡的変化が生じるそのため部品の性能や寿命を設計するためにはこうした過渡状態を含めた油膜形成状態の把握と制御が重要と言える油膜解析に関しては光干渉法をはじめとする実測技術と弾性流体潤滑(EHL)の理論モデル構築が多くの研究者により日進月歩で進められている一方で運転中のエンジンやトランスミッション内部の油膜形成状態を直接的に計算するツールはなくいかにして実際の荷重発生領域や変動パターンを捉え理論モデルに導入するかが課題であるまた解析で得られる油膜形成状態が実機の状態に即したものかを検証することも必要である本研究で我々は自動車用金属ベルト式無段変速機(CVT)を対象とし運転中の金属ベルトエレメントプーリ間における油膜厚さ変化の推定を試みたそのために典型的な CVT運転条件において接触圧力変動パターンを取得しこれを EHL の理論モデルに導入することで油膜厚さ変化を得たまた得られた解析結果を検証するため光干渉法を用いて同様の条件下の油膜厚さを実測し解析手法の精度を定量的に示した本研究の特徴はEHLの理論モデルに関する研究成果を実際の機械設計や信頼性向上に適用するための手法を構築しその効果を実証した点にあると考えるこの本手法は金属ベルト式 CVTに限らず多くの産業機械へも適用が可能であり将来的にはそれらの潤滑膜形成状態の把握や制御にも資するものとなれば幸いである

対象論文Tribology Online Vol 14 No 2 (2019) 18-23

松本氏 三原氏

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2019 年度日本トライボロジー学会技術賞受賞者

秋田 秀樹 君(日立建機(株))倉迫 彬 君(日立建機(株))櫻井 茂行 君(日立建機(株))

秋田氏

建設機械用オイル状態監視システムの開発

本研究は油圧ショベルの実稼動下におけるセンサを用いたオイルの状態監視技術に関するものである近年建設機械業界では ICT を活用した機械稼動情報提供サービスを逐次開始している情報提供サービスの一つで潤滑油の継続的な状態監視が行われているが現在の潤滑油の状態監視は一定間隔でオイルを採取し分析を行うオフライン分析手法であるため状況に応じた的確なサービスを提供できないことや故障前駆現象に起因する突発的なオイル性状変化を捉えることが難しいのが実情であるこの解決策としてセンサを用いたオンラインでのオイル性状の常時監視が求められているそこで本研究はセンサによるオイルの状態監視およびその運用に関する技術についての検討を行った主な検討内容は建設機械に対応可能なオンライン形式の性状監視センサの選定そのセンサの最適な設置方法の検討これまでオフラインで行っているオイル分析のオイルの汚染劣化オイル中の摩耗を示す指標との相関関係についての検証であるこの結果を受けて計測値の統計的処理をはじめIoT を活用したセンサデータ収集ロジック従来から行われているオイル分析手法を基とした状態判断基準の作成これらを用いた自動オイル性状判断ロジック構築を行いさらにWeb 等デジタルデバイスを活用した顧客への情報通知システムを整備することでオイル状態監視の運用システムの構築運用を行ったこれにより潤滑油状態のldquo見える化rdquoが可能となり顧客や弊社にとってスピーディな対応が可能となったのみでなく顧客機のダウンタイム低下機体ダメージの低減適切なサービスの提供などにより一連のエコシステムの構築ができた今回のオイル状態監視システムは建設機械業界としては初のシステムである今後は弊社内の機種展開を図るのみではなくトライボロジー的観点から潤滑油の状態監視をキーとした機械の稼働状監視保全技術の最適化に寄与していきたい

倉迫氏 櫻井氏

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2019 年度日本トライボロジー学会技術賞受賞者

増田 耕平 君(JXTGエネルギー(株))中尾 元 君(JXTGエネルギー(株))小松原 仁 君(JXTGエネルギー(株))

増田氏

超低粘度ATFの開発

本技術は自動変速機油(以下ATF)の超低粘度化により自動変速機(以下AT)の効率向上ひいては自動車の省燃費化に寄与する技術である近年の地球温暖化対策を背景に年々厳しくなる自動車燃費規制に対応するためにATにおいても更なる伝達効率向上が求められているATF を低粘度化することで撹拌損失が低減しATの伝達効率向上が図れるが粘度が低くなりすぎるとギヤやベアリング等のしゅう動部品の潤滑性が低下し部品損傷が早期に生じてしまうすなわち疲労寿命の低下という課題が発生するしゅう動部品の疲労寿命を向上させるために部品同士が直接接触する境界潤滑領域と部品間の潤滑油が圧縮され局所的に粘性が大きく増加する弾性流体潤滑領域においてそれぞれ摩擦低減手法を探索したその結果境界潤滑領域では分子中に極性を有するエステル基油を部分的に適用することで摩擦が低減し弾性流体潤滑領域では直鎖構造を多く含む高性能基油を使用することで基油圧縮時の粘性増加が抑制でき疲労寿命の大幅向上に寄与することを見いだしたエステル基油と高性能基油を用いて開発した超低粘度ATFは従来ATFから 50 以上もの低粘度化(40動粘度比較)を図った世界で最も低粘度なATFであるほかATユニットにおける損失トルクは大幅に低減でき自動車の省燃費性向上に非常に大きく寄与するものであるまた近年増加傾向にあるハイブリッド車や電気自動車の変速機(減速機)においても伝達効率や疲労寿命の向上技術は引き続き要求されるため本技術は今後の自動車の電動化を見据えても有用であり将来にわたり自動車産業における二酸化炭素排出量削減すなわち地球温暖化対策への貢献が期待される

中尾氏 小松原氏

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2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

前田 成志 君(日本精工(株))

前田氏EHD接触における膜厚と破断率の同時測定 グリース潤滑の場合

本研究は電気インピーダンス法を用いて転がり軸受における接触域内の膜厚と破断率の同時測定を行い油潤滑下とグリース潤滑下の比較から低速度域におけるグリース潤滑のメカニズムを考察したものである近年地球温暖化を背景として軸受の更なる低トルク化が求められており潤滑剤の粘度を下げるあるいは潤滑剤の封入量を減らすといった手段が講じられているしかしそれらの方法は EHD(elastohydrodynamic)接触域における油膜の破断を促し軸受しゅう動面における様々な表面損傷の原因となるそこで筆者のグループでは従来の電気インピーダンス法を改良しEHD接触域における膜厚を光干渉法と同等な精度で測定できさらに破断率も同時に測定できる手法を開発した本手法は実際の転がり軸受に適用可能であることから軸受の更なる低トルク化と長寿命化を両立する上で非常に重要な技術である本研究ではアキシアル荷重を負荷した深溝玉軸受を用い内輪の回転数を低速から高速へ変化させた際の軸受トルク軸受外輪温度および電気インピーダンス法から得られる EHD接触域の平均膜厚と破断率を同時に測定した潤滑剤にはウレアを増ちょう剤としたグリースとその基油(poly- -olefinoil)を用いた基油の試験より軸受外輪温度が上昇しない低速度域において膜厚が HAMROCK-DOWSONの式による理論値と一致し破断率が上昇する低速度域において同じタイミングで軸受トルクが上昇する結果を得た一方ウレアグリースの試験より低速度域において膜厚が理論値および基油の膜厚よりも厚くなり破断率が上昇しないにも関わらず軸受トルクが上昇する結果を得たこれらの結果から基油を用いた場合低速度域で油膜が破断し金属接触が生じるため軸受トルクが上昇したと推察される一方ウレアグリースを用いた場合低速度域において接触部における増ちょう剤濃度が上昇しグリースの等価粘度が増加することで軸受トルクが上昇したと推察される以上のように本研究では開発した電気インピーダンス法を用いて転がり軸受で広く用いられているグリース潤滑のメカニズムの一端を実験結果に基づいて考察した今後本手法は様々な条件下において転がり軸受の潤滑メカニズム解明に貢献し低トルクかつ長寿命を両立する転がり軸受の実現に貢献することが期待される

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 C13

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2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

小谷田 早季 君(JXTGエネルギー(株))

小谷田氏マレイン化ジチオリン酸エステルの境界潤滑特性

本研究は少量の添加で性能を発揮する新たな硫黄-リン系添加剤の探索を目的にマレイン化ジチオリン酸エステル誘導体(MDTPs)の摩擦特性について検討したものである従来よりジアルキルジチオリン酸亜鉛(ZnDTP)は優れた摩耗防止剤として油圧作動油等に広く使用されているが劣化に伴う不溶性スラッジの生成が懸念されるこの課題に対し安定性の高いリン系摩耗防止剤を使用した技術が数多く検討され油圧作動油の性能向上が図られてきたしかしながらリン系摩耗防止剤のみでは ZnDTP と比較して高荷重下での摩耗防止性や極圧性に劣ることから硫黄系極圧剤等の併用によって性能を補填している一方で硫黄系極圧剤は ZnDTP と同様に耐熱性に劣るため長期間過酷な使用環境に曝される油圧作動油では多量に添加することが難しいそのため少量の添加でも高い性能が得られる添加剤の開発が必要となるそこで本研究では新たな添加剤としてMDTPs に着目しリン酸トリクレジル(TCP)との併用における境界潤滑域での特性を調査したTCPMDTPs 併用系はZnDTPと比較して低摩擦性低摩耗性を示しさらにTCP 単独系よりも優れた性能を示した加えて油圧ポンプの消費電力試験において省エネルギー性能を評価しTCPMDTPs 併用系はTCP単独系よりも消費電力量が小さく省エネルギー性能が向上することを確認したMDTPs は TCP との併用によって低摩擦性が向上し実機における省エネルギー性の向上に繋がったと推測されるまたTCPMDTPs 併用系の優れた潤滑特性について潤滑被膜の分析からメカニズムを考察したTCPMDTPs 併用系の潤滑被膜はリン酸化合物および硫化物を主成分とする被膜であり被膜深部ほど硫黄比率が高くなる結果が得られた硫黄を含有するMDTPs がしゅう動部表面に積極的に吸着反応したと推察されるTCPMDTPs 併用系ではMDTPs 由来の成分が摩擦特性に対して支配的に関与し形成被膜によるせん断抵抗の低減あるいはMDTPs によるしゅう動部の焼付き抑制によって低摩擦性が発現したと考えられる本研究では新たな添加剤としてMDTPs を合成しその摩擦特性および作用メカニズムの解明を行った引き続き形成被膜特性の更なる検証を進めより高性能で環境負荷の小さい添加剤の開発を通じてトライボロジー分野の技術発展に貢献していきたい

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 C24

65-04-功績賞 Page 12 200330 1342 v360

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194

2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

川田 将平 君(東京理科大学 大学院工学研究科)

川田氏イオン液体の潤滑特性に周囲雰囲気が及ぼす影響の調査

地球環境問題を背景に機械システムにおいて摩擦損失を削減する試みが行われているその試みの一つとして潤滑剤の改良開発が挙げられる潤滑剤の潤滑特性を評価する場合摩擦係数や摩耗量といったマクロな物理量評価を行うが潤滑現象の実態は潤滑剤の摩擦界面におけるナノレベルの挙動によって大きく支配される上記の現象については多くの研究者の方々により原子間力顕微鏡などの様々な分析技術を用いて解明を試みているが未だ大きな課題が立ちはだかっているその一つに水の存在が挙げられる水は大気中および材料表面に常に存在し摩擦界面における潤滑剤のミクロな挙動に影響を与える非常に重要因子と言える水の存在が潤滑現象に及ぼす影響についてはこれまでも多くの研究が行われてきたが他の分子との相互作用などナノレベルでの現象解明には至っていないのが現状である本研究においてはイオン液体を潤滑剤のモデル物質として用いることで水が潤滑現象に与える影響の解明を試みたこの着想に至った経緯としてイオン液体はその多様な分子種の組合せにより水との親和性や粘度アルキル鎖長など必要な物性を選択できることから水との相互作用を検討する上で有用なモデル物質であると考えた本研究においては摩擦雰囲気を制御することでマクロな潤滑特性の評価および潤滑メカニズムの考察を行った本実験においてはイオン液体をモデル物質として用いるにあたり親水性かつ吸着膜を形成するもの親水性かつ反応膜を形成するものそして疎水性かつ反応膜を形成するイオン液体を選定しそれぞれ大気中乾燥空気中真空中で評価を行った親水性のイオン液体においては水分が存在する大気中において潤滑特性が悪化することが確認された一方で疎水性イオン液体は雰囲気の影響をほとんど受けなかったただし表面分析結果より疎水性イオン液体による潤滑膜は大気中の水分により成長することが確認されたことから微量な水分が潤滑現象に関与することが示唆された本研究成果はイオン液体が既存の潤滑メカニズムを明らかにするモデル物質としての有用性を提案し潤滑油と水の親和性が潤滑メカニズムに大きな影響を与えることを示した今後はナノスケールにおける潤滑膜と水分の挙動を明らかとすることで既存の潤滑油の潤滑メカニズム解明に大いに貢献するものと期待される

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E17

65-04-功績賞 Page 13 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

渡邉 保奈美 君(EMGルブリカンツ合同会社)

渡邉氏ホウ素含有イオン液体による摩擦低減効果(第 4報)

本研究では超低摩擦を示すハロゲンフリーのホウ素含有イオン液体について摩擦後の表面形状および形成した被膜の硬さなどの物性や組成を分析しその低摩擦メカニズムを考察したものである近年イオン液体は新規潤滑油としての応用が注目されているイオン液体は常温で溶融している塩であり分子性液体がもつ分子間相互作用よりも強い静電気的な相互作用を有しているそのため低融点低蒸気圧高い熱安定性高いイオン伝導率等の特徴を有しているイオン液体の潤滑油に関する研究はハロゲンを含む構造のものが多く良好な潤滑性を示すと報告されている一方でフッ化金属が水と反応することによりフッ化水素を発生し腐食摩耗を促進してしまうそのためハロゲンを含まないことが望ましくハロゲンフリーのイオン液体の利用が期待されている本研究ではハロゲンフリーでホウ素を含有するイオン液体に着目し潤滑性を評価した結果ハロゲン系イオン液体や炭化水素系基油よりも特定のアニオン構造を持つイオン液体の摩擦係数が 001 以下の超低摩擦を示すことを見いだしたホウ素含有イオン液体は摩擦試験開始直後に付着物を生成ししゅう動表面が平滑されていることが確認されたまたエネルギー分散型X線分光法とX線分光分析の結果からしゅう動面にアニオン由来と考えられる付着物が確認されたさらにAFMにて表面形状測定とスクラッチ試験を行い超低摩擦を示したしゅう動表面ではスクラッチにより表面が凹む様子が確認した以上の結果より特定のアニオン構造を持つイオン液体が低摩擦を示すメカニズムとしてイオン液体の吸着による摩擦低減作用と平滑化による摩擦低減作用の二つが関与しているものと考察したすなわちしゅう動によってイオン液体分子が摩擦面に吸着して金属固体接触を抑制するとともに温度上昇によって油膜が薄くなった場合でもしゅう動表面の平滑化により固体接触頻度が抑制され低摩擦を示したと考えられるまたしゅう動面に形成された柔らかい被膜は超低摩擦の発現と平滑なしゅう動表面の形成維持に寄与したと考えられる今回の結果はハロゲンフリーのホウ素含有イオン液体の超低摩擦特性とのそのメカニズムに対する新たな発見であり超低摩擦現象を実現するためのメカニズム解明につながることが期待される

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E27

65-04-功績賞 Page 14 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

長谷川 直哉 君(NTN(株))

長谷川氏転がり接触によるピーリングの発生メカニズムとピーリング抑制に及ぼす黒染処理の影響(第 1報第 2報)

自動車や産業機械の摩擦低減の取組みの中で潤滑油の低粘度化の動向があるこれに伴い転がり軸受は希薄潤滑条件で使用される機会が増えるため当該条件での転動疲労はく離のメカニズム解明とその対策技術の確立は機械部品の信頼性向上のための重要な技術課題と考えられるピーリングは希薄潤滑条件で発生する転動疲労はく離の代表であり大きさが 1010495321049532m程度の微小はく

離の集合体のことを指す従来の研究からピーリングの原因は転動部で油膜切れが起こり真実接触部の直下に過大な繰返し応力が作用することであるとわかっているが初期き裂の発生メカニズムについては不明な点があった本研究の第 1報ではピーリングのき裂発生メカニズムを転動面の高倍率観察表面形状と残留応力の測定および表面粗さ解析の結果に基づいて多面的に考察したその結果ピーリングの初期き裂が転動面の塑性変形の繰返しによって形成された切欠き部から発生することを明らかにしたまた転動面に化成処理の一種である黒染処理を行うことでピーリングが抑制される効果についても検討し黒染品では運転中の表面粗さの低下(なじみ)が促進されるため相手面の塑性変形が軽減してピーリングが起こりにくくなることを明らかにしたさらにこのなじみの促進が黒染処理時に母材表面の凹凸が小さくなる現象と転動中に凸部の黒染層が摩耗することの両方によってもたらされることも明らかにした本研究の第 2報では第 1報で得られたピーリングのき裂発生メカニズムと黒染処理によるピーリング抑制効果を転動面の真実接触部直下に繰り返される応力(繰返し応力)の推定結果に基づいて定量的に検討した繰返し応力の推定では転動面に生成される 3軸の残留応力の影響も考慮している検討の結果第 1報で得られた結論は繰返し応力の観点からみても妥当性が高いと考えられた上記の研究成果はピーリングの発生メカニズムに対する理解を深める新しい知見であるだけでなく

ピーリング対策の指針となる実用的にも有用な知見と考えられる

対象論文トライボロジスト63 巻第 8号 (2018) 551 63 巻第 9号 (2018) 618

65-04-功績賞 Page 15 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会学生奨励賞受賞者

米山 長春 君(東京大学 大学院工学研究科)

米山氏プラズマ利用イオン注入法を用いたグラフェンの SiO2Si基板上への直接合成

グラフェンは sp11085301108530結合により平面上に六角形状に配列した炭素原子からなる二次元分子である極めて高い電子移動度や光透過度から半導体材料や透明電極としての応用が期待されておりまた優れた機械的強度化学的安定性を持つことから磁気ディスク等の極薄潤滑保護膜としての研究が進められている高品位なグラフェンを大規模に合成する方法として加熱したNiCu 等の触媒金属膜上で原料となる炭化水素ガスを熱分解させてグラフェンを合成する熱 CVD法が最も広く用いられているしかしこの手法で合成したグラフェンを機能性材料として用いるためには触媒膜上から目的とする基板上へと複雑なプロセスを経て転写する必要がありグラフェンを実用化する上での大きな障壁となっているこのため任意の基板上へとグラフェンを直接合成する手法が研究されておりこれまでに極めて薄い触媒膜を用いてグラフェンを合成した後に触媒を加熱蒸発させグラフェンのみを基板上に残す方法や金属蒸気を触媒として利用する方法等が報告されているが大面積にわたって均一にグラフェンを合成することは困難であるとされている本研究では基板上に炭素イオンを注入した Ni 膜と Cu 膜を積層してアニーリングすることで基板上へのグラフェンの直接合成を試みた

10486591048659104868110486811048655104865511085301108530基板上にスパッタ成膜したNi 膜にプラズマ利用イオン注入法を用いてメタンイオンを注入しさらにその上にCu膜をスパッタすることで炭素を含むNi 膜と Cu膜の積層膜を生成しこれを真空中にて 850でアニーリングすることによってグラフェンを基板と積層膜の界面に生成したNi 膜の厚みを 50nm150 nmCu 膜の厚みを 50nm350 nmと変化させ合計 4通りのサンプルを作成した積層膜をエッチングして取り除いたのち基板上に形成されたグラフェン膜をラマン分光分析法を用いて評価したNi 膜の厚みが比較的薄いサンプルについては欠陥を含む複層のグラフェンが基板全面にわたって合成されていたのに対しNi 膜が厚いサンプルについては微弱な非晶質炭素のピークが観測されたこの成膜メカニズムとしてはNi と Cu 中での炭素固溶度の違いによるものが考えられNi よりも CuおよびNiCu 合金の方が炭素固溶度が小さいためアニーリングによってNi と Cu が相互拡散し合金を形成するにつれて炭素が界面付近に集中しNiCu 合金の触媒作用によってグラフェンが合成されたものと考えられる本研究ではNi と Cu を積層した触媒膜を用いて触媒膜と基板上の界面に直接大面積のグラフェンを合成することに成功した任意の基板上に転写プロセスを用いることなく直接グラフェンを形成することができる本手法は表面保護膜の形成手法として有意義であると考えられる

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 B25

65-04-功績賞 Page 16 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会学生奨励賞受賞者

大内 春花 君(東京理科大学 大学院工学研究科)

大内氏ZDDP と無灰摩擦調整剤併用による ZDDP 錯体構造変化がトライボロジー特性へ与える影響

本研究は ZDDP と無灰 FM併用時の潤滑機構の解明を目的に摩擦面に形成されるトライボフィルムの特性と摩擦挙動との関係を考察したものであるしゅう動部品における要求性能を満たすために潤滑油添加剤の組合せや配合割合が重要となる個々の添加剤の機能は明らかになっているが複合添加した場合相乗効果が発現する場合と互いの効果を阻害する場合があり効果の解明はあまり進んでいない実際に使用される潤滑油は複合添加油であるためより高性能な潤滑油の開発には添加剤間の相互作用機構の解明が必要不可欠となるジアルキルジチオリン酸亜鉛(ZDDP)はトライボフィルムを摩擦面に生成し耐摩耗性向上に寄与する添加剤である一方で高摩擦化をもたらし無灰摩擦調整剤(無灰FM)との併用による摩擦低減が試みられているがその潤滑機構は不明な点が多いそこでZDDPと無灰 FM併用時の潤滑機構を解明するためZDDP 単独添加油と ZDDP10486191048619無灰 FM複合添加油により形成されたトライボフィルムの特性を調査した無灰 FM はグリセリンモノオレート(GMO)とタロウジエタノールアミン(TDEA)を用いたSRV摩擦試験の結果よりZDDP + TDEA複合添加油が最も低摩擦を示したXPS 元素分析結果よりZDDP単独添加油と ZDDP + GMO複合添加油のトライボフィルムは上層は Pが Sよりも高濃度で存在したが下層は S が P よりも高濃度で存在したZDDP10486191048619TDEA 複合添加油の場合は常に Sが P よりも高濃度で存在した 10486541048654104865310486531048658104865811085311108531110852911085291109522110952211085601108560 分析結果よりZDDP 単独添加油と ZDDP10486191048619GMO 複合添加油中では中性塩として ZDDP は存在したがZDDP10486191048619TDEA複合添加油中では塩基性塩に変化していた以上より複合添加する無灰FMの種類によって ZDDPの錯体構造が変化しZDDP単独添加の場合と深さ方向の組成が異なる性質のトライボフィルムを形成することで摩擦挙動に影響を与えたと考えられると結論付けた

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E4

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2019 年度日本トライボロジー学会学生奨励賞受賞者

井池 祐貴 君(兵庫県立大学 大学院シミュレーション学研究科)

井池氏金属表面におけるリン酸エステルの初期吸着過程の分子動力学シミュレーション

本研究は分子動力学法を用いて極圧添加剤の代表的化合物であるリン酸エステルの金属表面への吸着および拡散挙動を解析したものであるリン酸エステルは通常モノエステルジエステルの混合物で使用され各エステル単体に関する知見は少ないのが現状である実験からジエステルと比較してモノエステルの方が優れた摩擦摩耗特性を示すことはわかっているしかしこの特性の発現要因は明らかとなっていないそこで本研究ではモノエステルジエステルの物理吸着特性の理解および基油中の拡散挙動解析のため分子動力学シミュレーションを行った本研究ではまずリン酸エステル単体の吸着および拡散挙動に着目するために基油を含まない系でシミュレーションを行ったこの結果モノエステルジエステルともに金属表面に吸着後分極の強いリン酸基の相互作用から会合体を形成することがわかったまた添加剤分子の二乗変位の測定結果から初期吸着過程においてジエステルと比較してモノエステルのほうが優れた表面拡散性を示すことが明らかとなった次に基油中における拡散挙動に着目するために基油を含まない系でシミュレーションを行ったこの結果基油を含まない系における結果と同様にモノエステルジエステルともに会合体を形成することで逆ミセル化し安定した状態で基油中を拡散するという結果が得られたまた基油中における拡散性もジエステルと比較してモノエステルのほうが優れているということが明らかとなった添加剤分子同士が会合し安定した逆ミセルを形成し拡散するといった挙動は油性剤を対象とした先行研究では見られなかった極圧添加剤特有の挙動でありこれが両者の違いの物理化学的起源と考えられる以上のように本研究ではリン酸エステルのモノエステルおよびジエステルの吸着および拡散挙動を解析しモノエステルおよびジエステルの金属表面および基油中における拡散性の違いを明らかにした本研究の結果と実験結果は少なくとも定性的に一致しているといえモノエステルジエステルの摩擦摩耗特性の違いは本研究で示された拡散性の違いから説明することができるという推論が得られた今後はより広範な分子構造を有する極圧添加剤において同様のシミュレーションを行うことで添加剤の研究開発における更なる発展が期待される

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E6

Page 7: 2019年度日本トライボロジー学会功績賞受賞者 · 2020. 5. 7. · 65-04-功績賞 Page 3 20/03/30 13:42 v3.60 3 185 2019年度日本トライボロジー学会論文賞受賞者

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2019 年度日本トライボロジー学会論文賞受賞者

小野 佑樹 君((株)本田技術研究所)松本 謙司 君((株)本田技術研究所)三原 雄司 君(東京都市大学 大学院工学研究科 総合研究所)

小野氏

A Study of the Lubrication under Impact Loading - Experimental and AnalyticalApplication to Push Belt CVTs

自動車の環境適合性や燃費性能が向上するにつれエンジンやトランスミッション内の機械要素は高回転高負荷低粘度オイル適用など潤滑条件が過酷になる傾向がある油膜を介した機械接触面では転がり 滑り運動だけでなく間欠的な動力伝達や振動負荷変動など様々な過渡的変化が生じるそのため部品の性能や寿命を設計するためにはこうした過渡状態を含めた油膜形成状態の把握と制御が重要と言える油膜解析に関しては光干渉法をはじめとする実測技術と弾性流体潤滑(EHL)の理論モデル構築が多くの研究者により日進月歩で進められている一方で運転中のエンジンやトランスミッション内部の油膜形成状態を直接的に計算するツールはなくいかにして実際の荷重発生領域や変動パターンを捉え理論モデルに導入するかが課題であるまた解析で得られる油膜形成状態が実機の状態に即したものかを検証することも必要である本研究で我々は自動車用金属ベルト式無段変速機(CVT)を対象とし運転中の金属ベルトエレメントプーリ間における油膜厚さ変化の推定を試みたそのために典型的な CVT運転条件において接触圧力変動パターンを取得しこれを EHL の理論モデルに導入することで油膜厚さ変化を得たまた得られた解析結果を検証するため光干渉法を用いて同様の条件下の油膜厚さを実測し解析手法の精度を定量的に示した本研究の特徴はEHLの理論モデルに関する研究成果を実際の機械設計や信頼性向上に適用するための手法を構築しその効果を実証した点にあると考えるこの本手法は金属ベルト式 CVTに限らず多くの産業機械へも適用が可能であり将来的にはそれらの潤滑膜形成状態の把握や制御にも資するものとなれば幸いである

対象論文Tribology Online Vol 14 No 2 (2019) 18-23

松本氏 三原氏

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2019 年度日本トライボロジー学会技術賞受賞者

秋田 秀樹 君(日立建機(株))倉迫 彬 君(日立建機(株))櫻井 茂行 君(日立建機(株))

秋田氏

建設機械用オイル状態監視システムの開発

本研究は油圧ショベルの実稼動下におけるセンサを用いたオイルの状態監視技術に関するものである近年建設機械業界では ICT を活用した機械稼動情報提供サービスを逐次開始している情報提供サービスの一つで潤滑油の継続的な状態監視が行われているが現在の潤滑油の状態監視は一定間隔でオイルを採取し分析を行うオフライン分析手法であるため状況に応じた的確なサービスを提供できないことや故障前駆現象に起因する突発的なオイル性状変化を捉えることが難しいのが実情であるこの解決策としてセンサを用いたオンラインでのオイル性状の常時監視が求められているそこで本研究はセンサによるオイルの状態監視およびその運用に関する技術についての検討を行った主な検討内容は建設機械に対応可能なオンライン形式の性状監視センサの選定そのセンサの最適な設置方法の検討これまでオフラインで行っているオイル分析のオイルの汚染劣化オイル中の摩耗を示す指標との相関関係についての検証であるこの結果を受けて計測値の統計的処理をはじめIoT を活用したセンサデータ収集ロジック従来から行われているオイル分析手法を基とした状態判断基準の作成これらを用いた自動オイル性状判断ロジック構築を行いさらにWeb 等デジタルデバイスを活用した顧客への情報通知システムを整備することでオイル状態監視の運用システムの構築運用を行ったこれにより潤滑油状態のldquo見える化rdquoが可能となり顧客や弊社にとってスピーディな対応が可能となったのみでなく顧客機のダウンタイム低下機体ダメージの低減適切なサービスの提供などにより一連のエコシステムの構築ができた今回のオイル状態監視システムは建設機械業界としては初のシステムである今後は弊社内の機種展開を図るのみではなくトライボロジー的観点から潤滑油の状態監視をキーとした機械の稼働状監視保全技術の最適化に寄与していきたい

倉迫氏 櫻井氏

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2019 年度日本トライボロジー学会技術賞受賞者

増田 耕平 君(JXTGエネルギー(株))中尾 元 君(JXTGエネルギー(株))小松原 仁 君(JXTGエネルギー(株))

増田氏

超低粘度ATFの開発

本技術は自動変速機油(以下ATF)の超低粘度化により自動変速機(以下AT)の効率向上ひいては自動車の省燃費化に寄与する技術である近年の地球温暖化対策を背景に年々厳しくなる自動車燃費規制に対応するためにATにおいても更なる伝達効率向上が求められているATF を低粘度化することで撹拌損失が低減しATの伝達効率向上が図れるが粘度が低くなりすぎるとギヤやベアリング等のしゅう動部品の潤滑性が低下し部品損傷が早期に生じてしまうすなわち疲労寿命の低下という課題が発生するしゅう動部品の疲労寿命を向上させるために部品同士が直接接触する境界潤滑領域と部品間の潤滑油が圧縮され局所的に粘性が大きく増加する弾性流体潤滑領域においてそれぞれ摩擦低減手法を探索したその結果境界潤滑領域では分子中に極性を有するエステル基油を部分的に適用することで摩擦が低減し弾性流体潤滑領域では直鎖構造を多く含む高性能基油を使用することで基油圧縮時の粘性増加が抑制でき疲労寿命の大幅向上に寄与することを見いだしたエステル基油と高性能基油を用いて開発した超低粘度ATFは従来ATFから 50 以上もの低粘度化(40動粘度比較)を図った世界で最も低粘度なATFであるほかATユニットにおける損失トルクは大幅に低減でき自動車の省燃費性向上に非常に大きく寄与するものであるまた近年増加傾向にあるハイブリッド車や電気自動車の変速機(減速機)においても伝達効率や疲労寿命の向上技術は引き続き要求されるため本技術は今後の自動車の電動化を見据えても有用であり将来にわたり自動車産業における二酸化炭素排出量削減すなわち地球温暖化対策への貢献が期待される

中尾氏 小松原氏

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2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

前田 成志 君(日本精工(株))

前田氏EHD接触における膜厚と破断率の同時測定 グリース潤滑の場合

本研究は電気インピーダンス法を用いて転がり軸受における接触域内の膜厚と破断率の同時測定を行い油潤滑下とグリース潤滑下の比較から低速度域におけるグリース潤滑のメカニズムを考察したものである近年地球温暖化を背景として軸受の更なる低トルク化が求められており潤滑剤の粘度を下げるあるいは潤滑剤の封入量を減らすといった手段が講じられているしかしそれらの方法は EHD(elastohydrodynamic)接触域における油膜の破断を促し軸受しゅう動面における様々な表面損傷の原因となるそこで筆者のグループでは従来の電気インピーダンス法を改良しEHD接触域における膜厚を光干渉法と同等な精度で測定できさらに破断率も同時に測定できる手法を開発した本手法は実際の転がり軸受に適用可能であることから軸受の更なる低トルク化と長寿命化を両立する上で非常に重要な技術である本研究ではアキシアル荷重を負荷した深溝玉軸受を用い内輪の回転数を低速から高速へ変化させた際の軸受トルク軸受外輪温度および電気インピーダンス法から得られる EHD接触域の平均膜厚と破断率を同時に測定した潤滑剤にはウレアを増ちょう剤としたグリースとその基油(poly- -olefinoil)を用いた基油の試験より軸受外輪温度が上昇しない低速度域において膜厚が HAMROCK-DOWSONの式による理論値と一致し破断率が上昇する低速度域において同じタイミングで軸受トルクが上昇する結果を得た一方ウレアグリースの試験より低速度域において膜厚が理論値および基油の膜厚よりも厚くなり破断率が上昇しないにも関わらず軸受トルクが上昇する結果を得たこれらの結果から基油を用いた場合低速度域で油膜が破断し金属接触が生じるため軸受トルクが上昇したと推察される一方ウレアグリースを用いた場合低速度域において接触部における増ちょう剤濃度が上昇しグリースの等価粘度が増加することで軸受トルクが上昇したと推察される以上のように本研究では開発した電気インピーダンス法を用いて転がり軸受で広く用いられているグリース潤滑のメカニズムの一端を実験結果に基づいて考察した今後本手法は様々な条件下において転がり軸受の潤滑メカニズム解明に貢献し低トルクかつ長寿命を両立する転がり軸受の実現に貢献することが期待される

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 C13

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2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

小谷田 早季 君(JXTGエネルギー(株))

小谷田氏マレイン化ジチオリン酸エステルの境界潤滑特性

本研究は少量の添加で性能を発揮する新たな硫黄-リン系添加剤の探索を目的にマレイン化ジチオリン酸エステル誘導体(MDTPs)の摩擦特性について検討したものである従来よりジアルキルジチオリン酸亜鉛(ZnDTP)は優れた摩耗防止剤として油圧作動油等に広く使用されているが劣化に伴う不溶性スラッジの生成が懸念されるこの課題に対し安定性の高いリン系摩耗防止剤を使用した技術が数多く検討され油圧作動油の性能向上が図られてきたしかしながらリン系摩耗防止剤のみでは ZnDTP と比較して高荷重下での摩耗防止性や極圧性に劣ることから硫黄系極圧剤等の併用によって性能を補填している一方で硫黄系極圧剤は ZnDTP と同様に耐熱性に劣るため長期間過酷な使用環境に曝される油圧作動油では多量に添加することが難しいそのため少量の添加でも高い性能が得られる添加剤の開発が必要となるそこで本研究では新たな添加剤としてMDTPs に着目しリン酸トリクレジル(TCP)との併用における境界潤滑域での特性を調査したTCPMDTPs 併用系はZnDTPと比較して低摩擦性低摩耗性を示しさらにTCP 単独系よりも優れた性能を示した加えて油圧ポンプの消費電力試験において省エネルギー性能を評価しTCPMDTPs 併用系はTCP単独系よりも消費電力量が小さく省エネルギー性能が向上することを確認したMDTPs は TCP との併用によって低摩擦性が向上し実機における省エネルギー性の向上に繋がったと推測されるまたTCPMDTPs 併用系の優れた潤滑特性について潤滑被膜の分析からメカニズムを考察したTCPMDTPs 併用系の潤滑被膜はリン酸化合物および硫化物を主成分とする被膜であり被膜深部ほど硫黄比率が高くなる結果が得られた硫黄を含有するMDTPs がしゅう動部表面に積極的に吸着反応したと推察されるTCPMDTPs 併用系ではMDTPs 由来の成分が摩擦特性に対して支配的に関与し形成被膜によるせん断抵抗の低減あるいはMDTPs によるしゅう動部の焼付き抑制によって低摩擦性が発現したと考えられる本研究では新たな添加剤としてMDTPs を合成しその摩擦特性および作用メカニズムの解明を行った引き続き形成被膜特性の更なる検証を進めより高性能で環境負荷の小さい添加剤の開発を通じてトライボロジー分野の技術発展に貢献していきたい

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 C24

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2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

川田 将平 君(東京理科大学 大学院工学研究科)

川田氏イオン液体の潤滑特性に周囲雰囲気が及ぼす影響の調査

地球環境問題を背景に機械システムにおいて摩擦損失を削減する試みが行われているその試みの一つとして潤滑剤の改良開発が挙げられる潤滑剤の潤滑特性を評価する場合摩擦係数や摩耗量といったマクロな物理量評価を行うが潤滑現象の実態は潤滑剤の摩擦界面におけるナノレベルの挙動によって大きく支配される上記の現象については多くの研究者の方々により原子間力顕微鏡などの様々な分析技術を用いて解明を試みているが未だ大きな課題が立ちはだかっているその一つに水の存在が挙げられる水は大気中および材料表面に常に存在し摩擦界面における潤滑剤のミクロな挙動に影響を与える非常に重要因子と言える水の存在が潤滑現象に及ぼす影響についてはこれまでも多くの研究が行われてきたが他の分子との相互作用などナノレベルでの現象解明には至っていないのが現状である本研究においてはイオン液体を潤滑剤のモデル物質として用いることで水が潤滑現象に与える影響の解明を試みたこの着想に至った経緯としてイオン液体はその多様な分子種の組合せにより水との親和性や粘度アルキル鎖長など必要な物性を選択できることから水との相互作用を検討する上で有用なモデル物質であると考えた本研究においては摩擦雰囲気を制御することでマクロな潤滑特性の評価および潤滑メカニズムの考察を行った本実験においてはイオン液体をモデル物質として用いるにあたり親水性かつ吸着膜を形成するもの親水性かつ反応膜を形成するものそして疎水性かつ反応膜を形成するイオン液体を選定しそれぞれ大気中乾燥空気中真空中で評価を行った親水性のイオン液体においては水分が存在する大気中において潤滑特性が悪化することが確認された一方で疎水性イオン液体は雰囲気の影響をほとんど受けなかったただし表面分析結果より疎水性イオン液体による潤滑膜は大気中の水分により成長することが確認されたことから微量な水分が潤滑現象に関与することが示唆された本研究成果はイオン液体が既存の潤滑メカニズムを明らかにするモデル物質としての有用性を提案し潤滑油と水の親和性が潤滑メカニズムに大きな影響を与えることを示した今後はナノスケールにおける潤滑膜と水分の挙動を明らかとすることで既存の潤滑油の潤滑メカニズム解明に大いに貢献するものと期待される

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E17

65-04-功績賞 Page 13 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

渡邉 保奈美 君(EMGルブリカンツ合同会社)

渡邉氏ホウ素含有イオン液体による摩擦低減効果(第 4報)

本研究では超低摩擦を示すハロゲンフリーのホウ素含有イオン液体について摩擦後の表面形状および形成した被膜の硬さなどの物性や組成を分析しその低摩擦メカニズムを考察したものである近年イオン液体は新規潤滑油としての応用が注目されているイオン液体は常温で溶融している塩であり分子性液体がもつ分子間相互作用よりも強い静電気的な相互作用を有しているそのため低融点低蒸気圧高い熱安定性高いイオン伝導率等の特徴を有しているイオン液体の潤滑油に関する研究はハロゲンを含む構造のものが多く良好な潤滑性を示すと報告されている一方でフッ化金属が水と反応することによりフッ化水素を発生し腐食摩耗を促進してしまうそのためハロゲンを含まないことが望ましくハロゲンフリーのイオン液体の利用が期待されている本研究ではハロゲンフリーでホウ素を含有するイオン液体に着目し潤滑性を評価した結果ハロゲン系イオン液体や炭化水素系基油よりも特定のアニオン構造を持つイオン液体の摩擦係数が 001 以下の超低摩擦を示すことを見いだしたホウ素含有イオン液体は摩擦試験開始直後に付着物を生成ししゅう動表面が平滑されていることが確認されたまたエネルギー分散型X線分光法とX線分光分析の結果からしゅう動面にアニオン由来と考えられる付着物が確認されたさらにAFMにて表面形状測定とスクラッチ試験を行い超低摩擦を示したしゅう動表面ではスクラッチにより表面が凹む様子が確認した以上の結果より特定のアニオン構造を持つイオン液体が低摩擦を示すメカニズムとしてイオン液体の吸着による摩擦低減作用と平滑化による摩擦低減作用の二つが関与しているものと考察したすなわちしゅう動によってイオン液体分子が摩擦面に吸着して金属固体接触を抑制するとともに温度上昇によって油膜が薄くなった場合でもしゅう動表面の平滑化により固体接触頻度が抑制され低摩擦を示したと考えられるまたしゅう動面に形成された柔らかい被膜は超低摩擦の発現と平滑なしゅう動表面の形成維持に寄与したと考えられる今回の結果はハロゲンフリーのホウ素含有イオン液体の超低摩擦特性とのそのメカニズムに対する新たな発見であり超低摩擦現象を実現するためのメカニズム解明につながることが期待される

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E27

65-04-功績賞 Page 14 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

長谷川 直哉 君(NTN(株))

長谷川氏転がり接触によるピーリングの発生メカニズムとピーリング抑制に及ぼす黒染処理の影響(第 1報第 2報)

自動車や産業機械の摩擦低減の取組みの中で潤滑油の低粘度化の動向があるこれに伴い転がり軸受は希薄潤滑条件で使用される機会が増えるため当該条件での転動疲労はく離のメカニズム解明とその対策技術の確立は機械部品の信頼性向上のための重要な技術課題と考えられるピーリングは希薄潤滑条件で発生する転動疲労はく離の代表であり大きさが 1010495321049532m程度の微小はく

離の集合体のことを指す従来の研究からピーリングの原因は転動部で油膜切れが起こり真実接触部の直下に過大な繰返し応力が作用することであるとわかっているが初期き裂の発生メカニズムについては不明な点があった本研究の第 1報ではピーリングのき裂発生メカニズムを転動面の高倍率観察表面形状と残留応力の測定および表面粗さ解析の結果に基づいて多面的に考察したその結果ピーリングの初期き裂が転動面の塑性変形の繰返しによって形成された切欠き部から発生することを明らかにしたまた転動面に化成処理の一種である黒染処理を行うことでピーリングが抑制される効果についても検討し黒染品では運転中の表面粗さの低下(なじみ)が促進されるため相手面の塑性変形が軽減してピーリングが起こりにくくなることを明らかにしたさらにこのなじみの促進が黒染処理時に母材表面の凹凸が小さくなる現象と転動中に凸部の黒染層が摩耗することの両方によってもたらされることも明らかにした本研究の第 2報では第 1報で得られたピーリングのき裂発生メカニズムと黒染処理によるピーリング抑制効果を転動面の真実接触部直下に繰り返される応力(繰返し応力)の推定結果に基づいて定量的に検討した繰返し応力の推定では転動面に生成される 3軸の残留応力の影響も考慮している検討の結果第 1報で得られた結論は繰返し応力の観点からみても妥当性が高いと考えられた上記の研究成果はピーリングの発生メカニズムに対する理解を深める新しい知見であるだけでなく

ピーリング対策の指針となる実用的にも有用な知見と考えられる

対象論文トライボロジスト63 巻第 8号 (2018) 551 63 巻第 9号 (2018) 618

65-04-功績賞 Page 15 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会学生奨励賞受賞者

米山 長春 君(東京大学 大学院工学研究科)

米山氏プラズマ利用イオン注入法を用いたグラフェンの SiO2Si基板上への直接合成

グラフェンは sp11085301108530結合により平面上に六角形状に配列した炭素原子からなる二次元分子である極めて高い電子移動度や光透過度から半導体材料や透明電極としての応用が期待されておりまた優れた機械的強度化学的安定性を持つことから磁気ディスク等の極薄潤滑保護膜としての研究が進められている高品位なグラフェンを大規模に合成する方法として加熱したNiCu 等の触媒金属膜上で原料となる炭化水素ガスを熱分解させてグラフェンを合成する熱 CVD法が最も広く用いられているしかしこの手法で合成したグラフェンを機能性材料として用いるためには触媒膜上から目的とする基板上へと複雑なプロセスを経て転写する必要がありグラフェンを実用化する上での大きな障壁となっているこのため任意の基板上へとグラフェンを直接合成する手法が研究されておりこれまでに極めて薄い触媒膜を用いてグラフェンを合成した後に触媒を加熱蒸発させグラフェンのみを基板上に残す方法や金属蒸気を触媒として利用する方法等が報告されているが大面積にわたって均一にグラフェンを合成することは困難であるとされている本研究では基板上に炭素イオンを注入した Ni 膜と Cu 膜を積層してアニーリングすることで基板上へのグラフェンの直接合成を試みた

10486591048659104868110486811048655104865511085301108530基板上にスパッタ成膜したNi 膜にプラズマ利用イオン注入法を用いてメタンイオンを注入しさらにその上にCu膜をスパッタすることで炭素を含むNi 膜と Cu膜の積層膜を生成しこれを真空中にて 850でアニーリングすることによってグラフェンを基板と積層膜の界面に生成したNi 膜の厚みを 50nm150 nmCu 膜の厚みを 50nm350 nmと変化させ合計 4通りのサンプルを作成した積層膜をエッチングして取り除いたのち基板上に形成されたグラフェン膜をラマン分光分析法を用いて評価したNi 膜の厚みが比較的薄いサンプルについては欠陥を含む複層のグラフェンが基板全面にわたって合成されていたのに対しNi 膜が厚いサンプルについては微弱な非晶質炭素のピークが観測されたこの成膜メカニズムとしてはNi と Cu 中での炭素固溶度の違いによるものが考えられNi よりも CuおよびNiCu 合金の方が炭素固溶度が小さいためアニーリングによってNi と Cu が相互拡散し合金を形成するにつれて炭素が界面付近に集中しNiCu 合金の触媒作用によってグラフェンが合成されたものと考えられる本研究ではNi と Cu を積層した触媒膜を用いて触媒膜と基板上の界面に直接大面積のグラフェンを合成することに成功した任意の基板上に転写プロセスを用いることなく直接グラフェンを形成することができる本手法は表面保護膜の形成手法として有意義であると考えられる

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 B25

65-04-功績賞 Page 16 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会学生奨励賞受賞者

大内 春花 君(東京理科大学 大学院工学研究科)

大内氏ZDDP と無灰摩擦調整剤併用による ZDDP 錯体構造変化がトライボロジー特性へ与える影響

本研究は ZDDP と無灰 FM併用時の潤滑機構の解明を目的に摩擦面に形成されるトライボフィルムの特性と摩擦挙動との関係を考察したものであるしゅう動部品における要求性能を満たすために潤滑油添加剤の組合せや配合割合が重要となる個々の添加剤の機能は明らかになっているが複合添加した場合相乗効果が発現する場合と互いの効果を阻害する場合があり効果の解明はあまり進んでいない実際に使用される潤滑油は複合添加油であるためより高性能な潤滑油の開発には添加剤間の相互作用機構の解明が必要不可欠となるジアルキルジチオリン酸亜鉛(ZDDP)はトライボフィルムを摩擦面に生成し耐摩耗性向上に寄与する添加剤である一方で高摩擦化をもたらし無灰摩擦調整剤(無灰FM)との併用による摩擦低減が試みられているがその潤滑機構は不明な点が多いそこでZDDPと無灰 FM併用時の潤滑機構を解明するためZDDP 単独添加油と ZDDP10486191048619無灰 FM複合添加油により形成されたトライボフィルムの特性を調査した無灰 FM はグリセリンモノオレート(GMO)とタロウジエタノールアミン(TDEA)を用いたSRV摩擦試験の結果よりZDDP + TDEA複合添加油が最も低摩擦を示したXPS 元素分析結果よりZDDP単独添加油と ZDDP + GMO複合添加油のトライボフィルムは上層は Pが Sよりも高濃度で存在したが下層は S が P よりも高濃度で存在したZDDP10486191048619TDEA 複合添加油の場合は常に Sが P よりも高濃度で存在した 10486541048654104865310486531048658104865811085311108531110852911085291109522110952211085601108560 分析結果よりZDDP 単独添加油と ZDDP10486191048619GMO 複合添加油中では中性塩として ZDDP は存在したがZDDP10486191048619TDEA複合添加油中では塩基性塩に変化していた以上より複合添加する無灰FMの種類によって ZDDPの錯体構造が変化しZDDP単独添加の場合と深さ方向の組成が異なる性質のトライボフィルムを形成することで摩擦挙動に影響を与えたと考えられると結論付けた

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E4

65-04-功績賞 Page 17 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会学生奨励賞受賞者

井池 祐貴 君(兵庫県立大学 大学院シミュレーション学研究科)

井池氏金属表面におけるリン酸エステルの初期吸着過程の分子動力学シミュレーション

本研究は分子動力学法を用いて極圧添加剤の代表的化合物であるリン酸エステルの金属表面への吸着および拡散挙動を解析したものであるリン酸エステルは通常モノエステルジエステルの混合物で使用され各エステル単体に関する知見は少ないのが現状である実験からジエステルと比較してモノエステルの方が優れた摩擦摩耗特性を示すことはわかっているしかしこの特性の発現要因は明らかとなっていないそこで本研究ではモノエステルジエステルの物理吸着特性の理解および基油中の拡散挙動解析のため分子動力学シミュレーションを行った本研究ではまずリン酸エステル単体の吸着および拡散挙動に着目するために基油を含まない系でシミュレーションを行ったこの結果モノエステルジエステルともに金属表面に吸着後分極の強いリン酸基の相互作用から会合体を形成することがわかったまた添加剤分子の二乗変位の測定結果から初期吸着過程においてジエステルと比較してモノエステルのほうが優れた表面拡散性を示すことが明らかとなった次に基油中における拡散挙動に着目するために基油を含まない系でシミュレーションを行ったこの結果基油を含まない系における結果と同様にモノエステルジエステルともに会合体を形成することで逆ミセル化し安定した状態で基油中を拡散するという結果が得られたまた基油中における拡散性もジエステルと比較してモノエステルのほうが優れているということが明らかとなった添加剤分子同士が会合し安定した逆ミセルを形成し拡散するといった挙動は油性剤を対象とした先行研究では見られなかった極圧添加剤特有の挙動でありこれが両者の違いの物理化学的起源と考えられる以上のように本研究ではリン酸エステルのモノエステルおよびジエステルの吸着および拡散挙動を解析しモノエステルおよびジエステルの金属表面および基油中における拡散性の違いを明らかにした本研究の結果と実験結果は少なくとも定性的に一致しているといえモノエステルジエステルの摩擦摩耗特性の違いは本研究で示された拡散性の違いから説明することができるという推論が得られた今後はより広範な分子構造を有する極圧添加剤において同様のシミュレーションを行うことで添加剤の研究開発における更なる発展が期待される

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E6

Page 8: 2019年度日本トライボロジー学会功績賞受賞者 · 2020. 5. 7. · 65-04-功績賞 Page 3 20/03/30 13:42 v3.60 3 185 2019年度日本トライボロジー学会論文賞受賞者

65-04-功績賞 Page 8 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会技術賞受賞者

秋田 秀樹 君(日立建機(株))倉迫 彬 君(日立建機(株))櫻井 茂行 君(日立建機(株))

秋田氏

建設機械用オイル状態監視システムの開発

本研究は油圧ショベルの実稼動下におけるセンサを用いたオイルの状態監視技術に関するものである近年建設機械業界では ICT を活用した機械稼動情報提供サービスを逐次開始している情報提供サービスの一つで潤滑油の継続的な状態監視が行われているが現在の潤滑油の状態監視は一定間隔でオイルを採取し分析を行うオフライン分析手法であるため状況に応じた的確なサービスを提供できないことや故障前駆現象に起因する突発的なオイル性状変化を捉えることが難しいのが実情であるこの解決策としてセンサを用いたオンラインでのオイル性状の常時監視が求められているそこで本研究はセンサによるオイルの状態監視およびその運用に関する技術についての検討を行った主な検討内容は建設機械に対応可能なオンライン形式の性状監視センサの選定そのセンサの最適な設置方法の検討これまでオフラインで行っているオイル分析のオイルの汚染劣化オイル中の摩耗を示す指標との相関関係についての検証であるこの結果を受けて計測値の統計的処理をはじめIoT を活用したセンサデータ収集ロジック従来から行われているオイル分析手法を基とした状態判断基準の作成これらを用いた自動オイル性状判断ロジック構築を行いさらにWeb 等デジタルデバイスを活用した顧客への情報通知システムを整備することでオイル状態監視の運用システムの構築運用を行ったこれにより潤滑油状態のldquo見える化rdquoが可能となり顧客や弊社にとってスピーディな対応が可能となったのみでなく顧客機のダウンタイム低下機体ダメージの低減適切なサービスの提供などにより一連のエコシステムの構築ができた今回のオイル状態監視システムは建設機械業界としては初のシステムである今後は弊社内の機種展開を図るのみではなくトライボロジー的観点から潤滑油の状態監視をキーとした機械の稼働状監視保全技術の最適化に寄与していきたい

倉迫氏 櫻井氏

65-04-功績賞 Page 9 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会技術賞受賞者

増田 耕平 君(JXTGエネルギー(株))中尾 元 君(JXTGエネルギー(株))小松原 仁 君(JXTGエネルギー(株))

増田氏

超低粘度ATFの開発

本技術は自動変速機油(以下ATF)の超低粘度化により自動変速機(以下AT)の効率向上ひいては自動車の省燃費化に寄与する技術である近年の地球温暖化対策を背景に年々厳しくなる自動車燃費規制に対応するためにATにおいても更なる伝達効率向上が求められているATF を低粘度化することで撹拌損失が低減しATの伝達効率向上が図れるが粘度が低くなりすぎるとギヤやベアリング等のしゅう動部品の潤滑性が低下し部品損傷が早期に生じてしまうすなわち疲労寿命の低下という課題が発生するしゅう動部品の疲労寿命を向上させるために部品同士が直接接触する境界潤滑領域と部品間の潤滑油が圧縮され局所的に粘性が大きく増加する弾性流体潤滑領域においてそれぞれ摩擦低減手法を探索したその結果境界潤滑領域では分子中に極性を有するエステル基油を部分的に適用することで摩擦が低減し弾性流体潤滑領域では直鎖構造を多く含む高性能基油を使用することで基油圧縮時の粘性増加が抑制でき疲労寿命の大幅向上に寄与することを見いだしたエステル基油と高性能基油を用いて開発した超低粘度ATFは従来ATFから 50 以上もの低粘度化(40動粘度比較)を図った世界で最も低粘度なATFであるほかATユニットにおける損失トルクは大幅に低減でき自動車の省燃費性向上に非常に大きく寄与するものであるまた近年増加傾向にあるハイブリッド車や電気自動車の変速機(減速機)においても伝達効率や疲労寿命の向上技術は引き続き要求されるため本技術は今後の自動車の電動化を見据えても有用であり将来にわたり自動車産業における二酸化炭素排出量削減すなわち地球温暖化対策への貢献が期待される

中尾氏 小松原氏

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2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

前田 成志 君(日本精工(株))

前田氏EHD接触における膜厚と破断率の同時測定 グリース潤滑の場合

本研究は電気インピーダンス法を用いて転がり軸受における接触域内の膜厚と破断率の同時測定を行い油潤滑下とグリース潤滑下の比較から低速度域におけるグリース潤滑のメカニズムを考察したものである近年地球温暖化を背景として軸受の更なる低トルク化が求められており潤滑剤の粘度を下げるあるいは潤滑剤の封入量を減らすといった手段が講じられているしかしそれらの方法は EHD(elastohydrodynamic)接触域における油膜の破断を促し軸受しゅう動面における様々な表面損傷の原因となるそこで筆者のグループでは従来の電気インピーダンス法を改良しEHD接触域における膜厚を光干渉法と同等な精度で測定できさらに破断率も同時に測定できる手法を開発した本手法は実際の転がり軸受に適用可能であることから軸受の更なる低トルク化と長寿命化を両立する上で非常に重要な技術である本研究ではアキシアル荷重を負荷した深溝玉軸受を用い内輪の回転数を低速から高速へ変化させた際の軸受トルク軸受外輪温度および電気インピーダンス法から得られる EHD接触域の平均膜厚と破断率を同時に測定した潤滑剤にはウレアを増ちょう剤としたグリースとその基油(poly- -olefinoil)を用いた基油の試験より軸受外輪温度が上昇しない低速度域において膜厚が HAMROCK-DOWSONの式による理論値と一致し破断率が上昇する低速度域において同じタイミングで軸受トルクが上昇する結果を得た一方ウレアグリースの試験より低速度域において膜厚が理論値および基油の膜厚よりも厚くなり破断率が上昇しないにも関わらず軸受トルクが上昇する結果を得たこれらの結果から基油を用いた場合低速度域で油膜が破断し金属接触が生じるため軸受トルクが上昇したと推察される一方ウレアグリースを用いた場合低速度域において接触部における増ちょう剤濃度が上昇しグリースの等価粘度が増加することで軸受トルクが上昇したと推察される以上のように本研究では開発した電気インピーダンス法を用いて転がり軸受で広く用いられているグリース潤滑のメカニズムの一端を実験結果に基づいて考察した今後本手法は様々な条件下において転がり軸受の潤滑メカニズム解明に貢献し低トルクかつ長寿命を両立する転がり軸受の実現に貢献することが期待される

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 C13

65-04-功績賞 Page 11 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

小谷田 早季 君(JXTGエネルギー(株))

小谷田氏マレイン化ジチオリン酸エステルの境界潤滑特性

本研究は少量の添加で性能を発揮する新たな硫黄-リン系添加剤の探索を目的にマレイン化ジチオリン酸エステル誘導体(MDTPs)の摩擦特性について検討したものである従来よりジアルキルジチオリン酸亜鉛(ZnDTP)は優れた摩耗防止剤として油圧作動油等に広く使用されているが劣化に伴う不溶性スラッジの生成が懸念されるこの課題に対し安定性の高いリン系摩耗防止剤を使用した技術が数多く検討され油圧作動油の性能向上が図られてきたしかしながらリン系摩耗防止剤のみでは ZnDTP と比較して高荷重下での摩耗防止性や極圧性に劣ることから硫黄系極圧剤等の併用によって性能を補填している一方で硫黄系極圧剤は ZnDTP と同様に耐熱性に劣るため長期間過酷な使用環境に曝される油圧作動油では多量に添加することが難しいそのため少量の添加でも高い性能が得られる添加剤の開発が必要となるそこで本研究では新たな添加剤としてMDTPs に着目しリン酸トリクレジル(TCP)との併用における境界潤滑域での特性を調査したTCPMDTPs 併用系はZnDTPと比較して低摩擦性低摩耗性を示しさらにTCP 単独系よりも優れた性能を示した加えて油圧ポンプの消費電力試験において省エネルギー性能を評価しTCPMDTPs 併用系はTCP単独系よりも消費電力量が小さく省エネルギー性能が向上することを確認したMDTPs は TCP との併用によって低摩擦性が向上し実機における省エネルギー性の向上に繋がったと推測されるまたTCPMDTPs 併用系の優れた潤滑特性について潤滑被膜の分析からメカニズムを考察したTCPMDTPs 併用系の潤滑被膜はリン酸化合物および硫化物を主成分とする被膜であり被膜深部ほど硫黄比率が高くなる結果が得られた硫黄を含有するMDTPs がしゅう動部表面に積極的に吸着反応したと推察されるTCPMDTPs 併用系ではMDTPs 由来の成分が摩擦特性に対して支配的に関与し形成被膜によるせん断抵抗の低減あるいはMDTPs によるしゅう動部の焼付き抑制によって低摩擦性が発現したと考えられる本研究では新たな添加剤としてMDTPs を合成しその摩擦特性および作用メカニズムの解明を行った引き続き形成被膜特性の更なる検証を進めより高性能で環境負荷の小さい添加剤の開発を通じてトライボロジー分野の技術発展に貢献していきたい

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 C24

65-04-功績賞 Page 12 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

川田 将平 君(東京理科大学 大学院工学研究科)

川田氏イオン液体の潤滑特性に周囲雰囲気が及ぼす影響の調査

地球環境問題を背景に機械システムにおいて摩擦損失を削減する試みが行われているその試みの一つとして潤滑剤の改良開発が挙げられる潤滑剤の潤滑特性を評価する場合摩擦係数や摩耗量といったマクロな物理量評価を行うが潤滑現象の実態は潤滑剤の摩擦界面におけるナノレベルの挙動によって大きく支配される上記の現象については多くの研究者の方々により原子間力顕微鏡などの様々な分析技術を用いて解明を試みているが未だ大きな課題が立ちはだかっているその一つに水の存在が挙げられる水は大気中および材料表面に常に存在し摩擦界面における潤滑剤のミクロな挙動に影響を与える非常に重要因子と言える水の存在が潤滑現象に及ぼす影響についてはこれまでも多くの研究が行われてきたが他の分子との相互作用などナノレベルでの現象解明には至っていないのが現状である本研究においてはイオン液体を潤滑剤のモデル物質として用いることで水が潤滑現象に与える影響の解明を試みたこの着想に至った経緯としてイオン液体はその多様な分子種の組合せにより水との親和性や粘度アルキル鎖長など必要な物性を選択できることから水との相互作用を検討する上で有用なモデル物質であると考えた本研究においては摩擦雰囲気を制御することでマクロな潤滑特性の評価および潤滑メカニズムの考察を行った本実験においてはイオン液体をモデル物質として用いるにあたり親水性かつ吸着膜を形成するもの親水性かつ反応膜を形成するものそして疎水性かつ反応膜を形成するイオン液体を選定しそれぞれ大気中乾燥空気中真空中で評価を行った親水性のイオン液体においては水分が存在する大気中において潤滑特性が悪化することが確認された一方で疎水性イオン液体は雰囲気の影響をほとんど受けなかったただし表面分析結果より疎水性イオン液体による潤滑膜は大気中の水分により成長することが確認されたことから微量な水分が潤滑現象に関与することが示唆された本研究成果はイオン液体が既存の潤滑メカニズムを明らかにするモデル物質としての有用性を提案し潤滑油と水の親和性が潤滑メカニズムに大きな影響を与えることを示した今後はナノスケールにおける潤滑膜と水分の挙動を明らかとすることで既存の潤滑油の潤滑メカニズム解明に大いに貢献するものと期待される

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E17

65-04-功績賞 Page 13 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

渡邉 保奈美 君(EMGルブリカンツ合同会社)

渡邉氏ホウ素含有イオン液体による摩擦低減効果(第 4報)

本研究では超低摩擦を示すハロゲンフリーのホウ素含有イオン液体について摩擦後の表面形状および形成した被膜の硬さなどの物性や組成を分析しその低摩擦メカニズムを考察したものである近年イオン液体は新規潤滑油としての応用が注目されているイオン液体は常温で溶融している塩であり分子性液体がもつ分子間相互作用よりも強い静電気的な相互作用を有しているそのため低融点低蒸気圧高い熱安定性高いイオン伝導率等の特徴を有しているイオン液体の潤滑油に関する研究はハロゲンを含む構造のものが多く良好な潤滑性を示すと報告されている一方でフッ化金属が水と反応することによりフッ化水素を発生し腐食摩耗を促進してしまうそのためハロゲンを含まないことが望ましくハロゲンフリーのイオン液体の利用が期待されている本研究ではハロゲンフリーでホウ素を含有するイオン液体に着目し潤滑性を評価した結果ハロゲン系イオン液体や炭化水素系基油よりも特定のアニオン構造を持つイオン液体の摩擦係数が 001 以下の超低摩擦を示すことを見いだしたホウ素含有イオン液体は摩擦試験開始直後に付着物を生成ししゅう動表面が平滑されていることが確認されたまたエネルギー分散型X線分光法とX線分光分析の結果からしゅう動面にアニオン由来と考えられる付着物が確認されたさらにAFMにて表面形状測定とスクラッチ試験を行い超低摩擦を示したしゅう動表面ではスクラッチにより表面が凹む様子が確認した以上の結果より特定のアニオン構造を持つイオン液体が低摩擦を示すメカニズムとしてイオン液体の吸着による摩擦低減作用と平滑化による摩擦低減作用の二つが関与しているものと考察したすなわちしゅう動によってイオン液体分子が摩擦面に吸着して金属固体接触を抑制するとともに温度上昇によって油膜が薄くなった場合でもしゅう動表面の平滑化により固体接触頻度が抑制され低摩擦を示したと考えられるまたしゅう動面に形成された柔らかい被膜は超低摩擦の発現と平滑なしゅう動表面の形成維持に寄与したと考えられる今回の結果はハロゲンフリーのホウ素含有イオン液体の超低摩擦特性とのそのメカニズムに対する新たな発見であり超低摩擦現象を実現するためのメカニズム解明につながることが期待される

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E27

65-04-功績賞 Page 14 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

長谷川 直哉 君(NTN(株))

長谷川氏転がり接触によるピーリングの発生メカニズムとピーリング抑制に及ぼす黒染処理の影響(第 1報第 2報)

自動車や産業機械の摩擦低減の取組みの中で潤滑油の低粘度化の動向があるこれに伴い転がり軸受は希薄潤滑条件で使用される機会が増えるため当該条件での転動疲労はく離のメカニズム解明とその対策技術の確立は機械部品の信頼性向上のための重要な技術課題と考えられるピーリングは希薄潤滑条件で発生する転動疲労はく離の代表であり大きさが 1010495321049532m程度の微小はく

離の集合体のことを指す従来の研究からピーリングの原因は転動部で油膜切れが起こり真実接触部の直下に過大な繰返し応力が作用することであるとわかっているが初期き裂の発生メカニズムについては不明な点があった本研究の第 1報ではピーリングのき裂発生メカニズムを転動面の高倍率観察表面形状と残留応力の測定および表面粗さ解析の結果に基づいて多面的に考察したその結果ピーリングの初期き裂が転動面の塑性変形の繰返しによって形成された切欠き部から発生することを明らかにしたまた転動面に化成処理の一種である黒染処理を行うことでピーリングが抑制される効果についても検討し黒染品では運転中の表面粗さの低下(なじみ)が促進されるため相手面の塑性変形が軽減してピーリングが起こりにくくなることを明らかにしたさらにこのなじみの促進が黒染処理時に母材表面の凹凸が小さくなる現象と転動中に凸部の黒染層が摩耗することの両方によってもたらされることも明らかにした本研究の第 2報では第 1報で得られたピーリングのき裂発生メカニズムと黒染処理によるピーリング抑制効果を転動面の真実接触部直下に繰り返される応力(繰返し応力)の推定結果に基づいて定量的に検討した繰返し応力の推定では転動面に生成される 3軸の残留応力の影響も考慮している検討の結果第 1報で得られた結論は繰返し応力の観点からみても妥当性が高いと考えられた上記の研究成果はピーリングの発生メカニズムに対する理解を深める新しい知見であるだけでなく

ピーリング対策の指針となる実用的にも有用な知見と考えられる

対象論文トライボロジスト63 巻第 8号 (2018) 551 63 巻第 9号 (2018) 618

65-04-功績賞 Page 15 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会学生奨励賞受賞者

米山 長春 君(東京大学 大学院工学研究科)

米山氏プラズマ利用イオン注入法を用いたグラフェンの SiO2Si基板上への直接合成

グラフェンは sp11085301108530結合により平面上に六角形状に配列した炭素原子からなる二次元分子である極めて高い電子移動度や光透過度から半導体材料や透明電極としての応用が期待されておりまた優れた機械的強度化学的安定性を持つことから磁気ディスク等の極薄潤滑保護膜としての研究が進められている高品位なグラフェンを大規模に合成する方法として加熱したNiCu 等の触媒金属膜上で原料となる炭化水素ガスを熱分解させてグラフェンを合成する熱 CVD法が最も広く用いられているしかしこの手法で合成したグラフェンを機能性材料として用いるためには触媒膜上から目的とする基板上へと複雑なプロセスを経て転写する必要がありグラフェンを実用化する上での大きな障壁となっているこのため任意の基板上へとグラフェンを直接合成する手法が研究されておりこれまでに極めて薄い触媒膜を用いてグラフェンを合成した後に触媒を加熱蒸発させグラフェンのみを基板上に残す方法や金属蒸気を触媒として利用する方法等が報告されているが大面積にわたって均一にグラフェンを合成することは困難であるとされている本研究では基板上に炭素イオンを注入した Ni 膜と Cu 膜を積層してアニーリングすることで基板上へのグラフェンの直接合成を試みた

10486591048659104868110486811048655104865511085301108530基板上にスパッタ成膜したNi 膜にプラズマ利用イオン注入法を用いてメタンイオンを注入しさらにその上にCu膜をスパッタすることで炭素を含むNi 膜と Cu膜の積層膜を生成しこれを真空中にて 850でアニーリングすることによってグラフェンを基板と積層膜の界面に生成したNi 膜の厚みを 50nm150 nmCu 膜の厚みを 50nm350 nmと変化させ合計 4通りのサンプルを作成した積層膜をエッチングして取り除いたのち基板上に形成されたグラフェン膜をラマン分光分析法を用いて評価したNi 膜の厚みが比較的薄いサンプルについては欠陥を含む複層のグラフェンが基板全面にわたって合成されていたのに対しNi 膜が厚いサンプルについては微弱な非晶質炭素のピークが観測されたこの成膜メカニズムとしてはNi と Cu 中での炭素固溶度の違いによるものが考えられNi よりも CuおよびNiCu 合金の方が炭素固溶度が小さいためアニーリングによってNi と Cu が相互拡散し合金を形成するにつれて炭素が界面付近に集中しNiCu 合金の触媒作用によってグラフェンが合成されたものと考えられる本研究ではNi と Cu を積層した触媒膜を用いて触媒膜と基板上の界面に直接大面積のグラフェンを合成することに成功した任意の基板上に転写プロセスを用いることなく直接グラフェンを形成することができる本手法は表面保護膜の形成手法として有意義であると考えられる

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 B25

65-04-功績賞 Page 16 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会学生奨励賞受賞者

大内 春花 君(東京理科大学 大学院工学研究科)

大内氏ZDDP と無灰摩擦調整剤併用による ZDDP 錯体構造変化がトライボロジー特性へ与える影響

本研究は ZDDP と無灰 FM併用時の潤滑機構の解明を目的に摩擦面に形成されるトライボフィルムの特性と摩擦挙動との関係を考察したものであるしゅう動部品における要求性能を満たすために潤滑油添加剤の組合せや配合割合が重要となる個々の添加剤の機能は明らかになっているが複合添加した場合相乗効果が発現する場合と互いの効果を阻害する場合があり効果の解明はあまり進んでいない実際に使用される潤滑油は複合添加油であるためより高性能な潤滑油の開発には添加剤間の相互作用機構の解明が必要不可欠となるジアルキルジチオリン酸亜鉛(ZDDP)はトライボフィルムを摩擦面に生成し耐摩耗性向上に寄与する添加剤である一方で高摩擦化をもたらし無灰摩擦調整剤(無灰FM)との併用による摩擦低減が試みられているがその潤滑機構は不明な点が多いそこでZDDPと無灰 FM併用時の潤滑機構を解明するためZDDP 単独添加油と ZDDP10486191048619無灰 FM複合添加油により形成されたトライボフィルムの特性を調査した無灰 FM はグリセリンモノオレート(GMO)とタロウジエタノールアミン(TDEA)を用いたSRV摩擦試験の結果よりZDDP + TDEA複合添加油が最も低摩擦を示したXPS 元素分析結果よりZDDP単独添加油と ZDDP + GMO複合添加油のトライボフィルムは上層は Pが Sよりも高濃度で存在したが下層は S が P よりも高濃度で存在したZDDP10486191048619TDEA 複合添加油の場合は常に Sが P よりも高濃度で存在した 10486541048654104865310486531048658104865811085311108531110852911085291109522110952211085601108560 分析結果よりZDDP 単独添加油と ZDDP10486191048619GMO 複合添加油中では中性塩として ZDDP は存在したがZDDP10486191048619TDEA複合添加油中では塩基性塩に変化していた以上より複合添加する無灰FMの種類によって ZDDPの錯体構造が変化しZDDP単独添加の場合と深さ方向の組成が異なる性質のトライボフィルムを形成することで摩擦挙動に影響を与えたと考えられると結論付けた

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E4

65-04-功績賞 Page 17 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会学生奨励賞受賞者

井池 祐貴 君(兵庫県立大学 大学院シミュレーション学研究科)

井池氏金属表面におけるリン酸エステルの初期吸着過程の分子動力学シミュレーション

本研究は分子動力学法を用いて極圧添加剤の代表的化合物であるリン酸エステルの金属表面への吸着および拡散挙動を解析したものであるリン酸エステルは通常モノエステルジエステルの混合物で使用され各エステル単体に関する知見は少ないのが現状である実験からジエステルと比較してモノエステルの方が優れた摩擦摩耗特性を示すことはわかっているしかしこの特性の発現要因は明らかとなっていないそこで本研究ではモノエステルジエステルの物理吸着特性の理解および基油中の拡散挙動解析のため分子動力学シミュレーションを行った本研究ではまずリン酸エステル単体の吸着および拡散挙動に着目するために基油を含まない系でシミュレーションを行ったこの結果モノエステルジエステルともに金属表面に吸着後分極の強いリン酸基の相互作用から会合体を形成することがわかったまた添加剤分子の二乗変位の測定結果から初期吸着過程においてジエステルと比較してモノエステルのほうが優れた表面拡散性を示すことが明らかとなった次に基油中における拡散挙動に着目するために基油を含まない系でシミュレーションを行ったこの結果基油を含まない系における結果と同様にモノエステルジエステルともに会合体を形成することで逆ミセル化し安定した状態で基油中を拡散するという結果が得られたまた基油中における拡散性もジエステルと比較してモノエステルのほうが優れているということが明らかとなった添加剤分子同士が会合し安定した逆ミセルを形成し拡散するといった挙動は油性剤を対象とした先行研究では見られなかった極圧添加剤特有の挙動でありこれが両者の違いの物理化学的起源と考えられる以上のように本研究ではリン酸エステルのモノエステルおよびジエステルの吸着および拡散挙動を解析しモノエステルおよびジエステルの金属表面および基油中における拡散性の違いを明らかにした本研究の結果と実験結果は少なくとも定性的に一致しているといえモノエステルジエステルの摩擦摩耗特性の違いは本研究で示された拡散性の違いから説明することができるという推論が得られた今後はより広範な分子構造を有する極圧添加剤において同様のシミュレーションを行うことで添加剤の研究開発における更なる発展が期待される

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E6

Page 9: 2019年度日本トライボロジー学会功績賞受賞者 · 2020. 5. 7. · 65-04-功績賞 Page 3 20/03/30 13:42 v3.60 3 185 2019年度日本トライボロジー学会論文賞受賞者

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2019 年度日本トライボロジー学会技術賞受賞者

増田 耕平 君(JXTGエネルギー(株))中尾 元 君(JXTGエネルギー(株))小松原 仁 君(JXTGエネルギー(株))

増田氏

超低粘度ATFの開発

本技術は自動変速機油(以下ATF)の超低粘度化により自動変速機(以下AT)の効率向上ひいては自動車の省燃費化に寄与する技術である近年の地球温暖化対策を背景に年々厳しくなる自動車燃費規制に対応するためにATにおいても更なる伝達効率向上が求められているATF を低粘度化することで撹拌損失が低減しATの伝達効率向上が図れるが粘度が低くなりすぎるとギヤやベアリング等のしゅう動部品の潤滑性が低下し部品損傷が早期に生じてしまうすなわち疲労寿命の低下という課題が発生するしゅう動部品の疲労寿命を向上させるために部品同士が直接接触する境界潤滑領域と部品間の潤滑油が圧縮され局所的に粘性が大きく増加する弾性流体潤滑領域においてそれぞれ摩擦低減手法を探索したその結果境界潤滑領域では分子中に極性を有するエステル基油を部分的に適用することで摩擦が低減し弾性流体潤滑領域では直鎖構造を多く含む高性能基油を使用することで基油圧縮時の粘性増加が抑制でき疲労寿命の大幅向上に寄与することを見いだしたエステル基油と高性能基油を用いて開発した超低粘度ATFは従来ATFから 50 以上もの低粘度化(40動粘度比較)を図った世界で最も低粘度なATFであるほかATユニットにおける損失トルクは大幅に低減でき自動車の省燃費性向上に非常に大きく寄与するものであるまた近年増加傾向にあるハイブリッド車や電気自動車の変速機(減速機)においても伝達効率や疲労寿命の向上技術は引き続き要求されるため本技術は今後の自動車の電動化を見据えても有用であり将来にわたり自動車産業における二酸化炭素排出量削減すなわち地球温暖化対策への貢献が期待される

中尾氏 小松原氏

65-04-功績賞 Page 10 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

前田 成志 君(日本精工(株))

前田氏EHD接触における膜厚と破断率の同時測定 グリース潤滑の場合

本研究は電気インピーダンス法を用いて転がり軸受における接触域内の膜厚と破断率の同時測定を行い油潤滑下とグリース潤滑下の比較から低速度域におけるグリース潤滑のメカニズムを考察したものである近年地球温暖化を背景として軸受の更なる低トルク化が求められており潤滑剤の粘度を下げるあるいは潤滑剤の封入量を減らすといった手段が講じられているしかしそれらの方法は EHD(elastohydrodynamic)接触域における油膜の破断を促し軸受しゅう動面における様々な表面損傷の原因となるそこで筆者のグループでは従来の電気インピーダンス法を改良しEHD接触域における膜厚を光干渉法と同等な精度で測定できさらに破断率も同時に測定できる手法を開発した本手法は実際の転がり軸受に適用可能であることから軸受の更なる低トルク化と長寿命化を両立する上で非常に重要な技術である本研究ではアキシアル荷重を負荷した深溝玉軸受を用い内輪の回転数を低速から高速へ変化させた際の軸受トルク軸受外輪温度および電気インピーダンス法から得られる EHD接触域の平均膜厚と破断率を同時に測定した潤滑剤にはウレアを増ちょう剤としたグリースとその基油(poly- -olefinoil)を用いた基油の試験より軸受外輪温度が上昇しない低速度域において膜厚が HAMROCK-DOWSONの式による理論値と一致し破断率が上昇する低速度域において同じタイミングで軸受トルクが上昇する結果を得た一方ウレアグリースの試験より低速度域において膜厚が理論値および基油の膜厚よりも厚くなり破断率が上昇しないにも関わらず軸受トルクが上昇する結果を得たこれらの結果から基油を用いた場合低速度域で油膜が破断し金属接触が生じるため軸受トルクが上昇したと推察される一方ウレアグリースを用いた場合低速度域において接触部における増ちょう剤濃度が上昇しグリースの等価粘度が増加することで軸受トルクが上昇したと推察される以上のように本研究では開発した電気インピーダンス法を用いて転がり軸受で広く用いられているグリース潤滑のメカニズムの一端を実験結果に基づいて考察した今後本手法は様々な条件下において転がり軸受の潤滑メカニズム解明に貢献し低トルクかつ長寿命を両立する転がり軸受の実現に貢献することが期待される

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 C13

65-04-功績賞 Page 11 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

小谷田 早季 君(JXTGエネルギー(株))

小谷田氏マレイン化ジチオリン酸エステルの境界潤滑特性

本研究は少量の添加で性能を発揮する新たな硫黄-リン系添加剤の探索を目的にマレイン化ジチオリン酸エステル誘導体(MDTPs)の摩擦特性について検討したものである従来よりジアルキルジチオリン酸亜鉛(ZnDTP)は優れた摩耗防止剤として油圧作動油等に広く使用されているが劣化に伴う不溶性スラッジの生成が懸念されるこの課題に対し安定性の高いリン系摩耗防止剤を使用した技術が数多く検討され油圧作動油の性能向上が図られてきたしかしながらリン系摩耗防止剤のみでは ZnDTP と比較して高荷重下での摩耗防止性や極圧性に劣ることから硫黄系極圧剤等の併用によって性能を補填している一方で硫黄系極圧剤は ZnDTP と同様に耐熱性に劣るため長期間過酷な使用環境に曝される油圧作動油では多量に添加することが難しいそのため少量の添加でも高い性能が得られる添加剤の開発が必要となるそこで本研究では新たな添加剤としてMDTPs に着目しリン酸トリクレジル(TCP)との併用における境界潤滑域での特性を調査したTCPMDTPs 併用系はZnDTPと比較して低摩擦性低摩耗性を示しさらにTCP 単独系よりも優れた性能を示した加えて油圧ポンプの消費電力試験において省エネルギー性能を評価しTCPMDTPs 併用系はTCP単独系よりも消費電力量が小さく省エネルギー性能が向上することを確認したMDTPs は TCP との併用によって低摩擦性が向上し実機における省エネルギー性の向上に繋がったと推測されるまたTCPMDTPs 併用系の優れた潤滑特性について潤滑被膜の分析からメカニズムを考察したTCPMDTPs 併用系の潤滑被膜はリン酸化合物および硫化物を主成分とする被膜であり被膜深部ほど硫黄比率が高くなる結果が得られた硫黄を含有するMDTPs がしゅう動部表面に積極的に吸着反応したと推察されるTCPMDTPs 併用系ではMDTPs 由来の成分が摩擦特性に対して支配的に関与し形成被膜によるせん断抵抗の低減あるいはMDTPs によるしゅう動部の焼付き抑制によって低摩擦性が発現したと考えられる本研究では新たな添加剤としてMDTPs を合成しその摩擦特性および作用メカニズムの解明を行った引き続き形成被膜特性の更なる検証を進めより高性能で環境負荷の小さい添加剤の開発を通じてトライボロジー分野の技術発展に貢献していきたい

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 C24

65-04-功績賞 Page 12 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

川田 将平 君(東京理科大学 大学院工学研究科)

川田氏イオン液体の潤滑特性に周囲雰囲気が及ぼす影響の調査

地球環境問題を背景に機械システムにおいて摩擦損失を削減する試みが行われているその試みの一つとして潤滑剤の改良開発が挙げられる潤滑剤の潤滑特性を評価する場合摩擦係数や摩耗量といったマクロな物理量評価を行うが潤滑現象の実態は潤滑剤の摩擦界面におけるナノレベルの挙動によって大きく支配される上記の現象については多くの研究者の方々により原子間力顕微鏡などの様々な分析技術を用いて解明を試みているが未だ大きな課題が立ちはだかっているその一つに水の存在が挙げられる水は大気中および材料表面に常に存在し摩擦界面における潤滑剤のミクロな挙動に影響を与える非常に重要因子と言える水の存在が潤滑現象に及ぼす影響についてはこれまでも多くの研究が行われてきたが他の分子との相互作用などナノレベルでの現象解明には至っていないのが現状である本研究においてはイオン液体を潤滑剤のモデル物質として用いることで水が潤滑現象に与える影響の解明を試みたこの着想に至った経緯としてイオン液体はその多様な分子種の組合せにより水との親和性や粘度アルキル鎖長など必要な物性を選択できることから水との相互作用を検討する上で有用なモデル物質であると考えた本研究においては摩擦雰囲気を制御することでマクロな潤滑特性の評価および潤滑メカニズムの考察を行った本実験においてはイオン液体をモデル物質として用いるにあたり親水性かつ吸着膜を形成するもの親水性かつ反応膜を形成するものそして疎水性かつ反応膜を形成するイオン液体を選定しそれぞれ大気中乾燥空気中真空中で評価を行った親水性のイオン液体においては水分が存在する大気中において潤滑特性が悪化することが確認された一方で疎水性イオン液体は雰囲気の影響をほとんど受けなかったただし表面分析結果より疎水性イオン液体による潤滑膜は大気中の水分により成長することが確認されたことから微量な水分が潤滑現象に関与することが示唆された本研究成果はイオン液体が既存の潤滑メカニズムを明らかにするモデル物質としての有用性を提案し潤滑油と水の親和性が潤滑メカニズムに大きな影響を与えることを示した今後はナノスケールにおける潤滑膜と水分の挙動を明らかとすることで既存の潤滑油の潤滑メカニズム解明に大いに貢献するものと期待される

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E17

65-04-功績賞 Page 13 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

渡邉 保奈美 君(EMGルブリカンツ合同会社)

渡邉氏ホウ素含有イオン液体による摩擦低減効果(第 4報)

本研究では超低摩擦を示すハロゲンフリーのホウ素含有イオン液体について摩擦後の表面形状および形成した被膜の硬さなどの物性や組成を分析しその低摩擦メカニズムを考察したものである近年イオン液体は新規潤滑油としての応用が注目されているイオン液体は常温で溶融している塩であり分子性液体がもつ分子間相互作用よりも強い静電気的な相互作用を有しているそのため低融点低蒸気圧高い熱安定性高いイオン伝導率等の特徴を有しているイオン液体の潤滑油に関する研究はハロゲンを含む構造のものが多く良好な潤滑性を示すと報告されている一方でフッ化金属が水と反応することによりフッ化水素を発生し腐食摩耗を促進してしまうそのためハロゲンを含まないことが望ましくハロゲンフリーのイオン液体の利用が期待されている本研究ではハロゲンフリーでホウ素を含有するイオン液体に着目し潤滑性を評価した結果ハロゲン系イオン液体や炭化水素系基油よりも特定のアニオン構造を持つイオン液体の摩擦係数が 001 以下の超低摩擦を示すことを見いだしたホウ素含有イオン液体は摩擦試験開始直後に付着物を生成ししゅう動表面が平滑されていることが確認されたまたエネルギー分散型X線分光法とX線分光分析の結果からしゅう動面にアニオン由来と考えられる付着物が確認されたさらにAFMにて表面形状測定とスクラッチ試験を行い超低摩擦を示したしゅう動表面ではスクラッチにより表面が凹む様子が確認した以上の結果より特定のアニオン構造を持つイオン液体が低摩擦を示すメカニズムとしてイオン液体の吸着による摩擦低減作用と平滑化による摩擦低減作用の二つが関与しているものと考察したすなわちしゅう動によってイオン液体分子が摩擦面に吸着して金属固体接触を抑制するとともに温度上昇によって油膜が薄くなった場合でもしゅう動表面の平滑化により固体接触頻度が抑制され低摩擦を示したと考えられるまたしゅう動面に形成された柔らかい被膜は超低摩擦の発現と平滑なしゅう動表面の形成維持に寄与したと考えられる今回の結果はハロゲンフリーのホウ素含有イオン液体の超低摩擦特性とのそのメカニズムに対する新たな発見であり超低摩擦現象を実現するためのメカニズム解明につながることが期待される

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E27

65-04-功績賞 Page 14 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

長谷川 直哉 君(NTN(株))

長谷川氏転がり接触によるピーリングの発生メカニズムとピーリング抑制に及ぼす黒染処理の影響(第 1報第 2報)

自動車や産業機械の摩擦低減の取組みの中で潤滑油の低粘度化の動向があるこれに伴い転がり軸受は希薄潤滑条件で使用される機会が増えるため当該条件での転動疲労はく離のメカニズム解明とその対策技術の確立は機械部品の信頼性向上のための重要な技術課題と考えられるピーリングは希薄潤滑条件で発生する転動疲労はく離の代表であり大きさが 1010495321049532m程度の微小はく

離の集合体のことを指す従来の研究からピーリングの原因は転動部で油膜切れが起こり真実接触部の直下に過大な繰返し応力が作用することであるとわかっているが初期き裂の発生メカニズムについては不明な点があった本研究の第 1報ではピーリングのき裂発生メカニズムを転動面の高倍率観察表面形状と残留応力の測定および表面粗さ解析の結果に基づいて多面的に考察したその結果ピーリングの初期き裂が転動面の塑性変形の繰返しによって形成された切欠き部から発生することを明らかにしたまた転動面に化成処理の一種である黒染処理を行うことでピーリングが抑制される効果についても検討し黒染品では運転中の表面粗さの低下(なじみ)が促進されるため相手面の塑性変形が軽減してピーリングが起こりにくくなることを明らかにしたさらにこのなじみの促進が黒染処理時に母材表面の凹凸が小さくなる現象と転動中に凸部の黒染層が摩耗することの両方によってもたらされることも明らかにした本研究の第 2報では第 1報で得られたピーリングのき裂発生メカニズムと黒染処理によるピーリング抑制効果を転動面の真実接触部直下に繰り返される応力(繰返し応力)の推定結果に基づいて定量的に検討した繰返し応力の推定では転動面に生成される 3軸の残留応力の影響も考慮している検討の結果第 1報で得られた結論は繰返し応力の観点からみても妥当性が高いと考えられた上記の研究成果はピーリングの発生メカニズムに対する理解を深める新しい知見であるだけでなく

ピーリング対策の指針となる実用的にも有用な知見と考えられる

対象論文トライボロジスト63 巻第 8号 (2018) 551 63 巻第 9号 (2018) 618

65-04-功績賞 Page 15 200330 1342 v360

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197

2019 年度日本トライボロジー学会学生奨励賞受賞者

米山 長春 君(東京大学 大学院工学研究科)

米山氏プラズマ利用イオン注入法を用いたグラフェンの SiO2Si基板上への直接合成

グラフェンは sp11085301108530結合により平面上に六角形状に配列した炭素原子からなる二次元分子である極めて高い電子移動度や光透過度から半導体材料や透明電極としての応用が期待されておりまた優れた機械的強度化学的安定性を持つことから磁気ディスク等の極薄潤滑保護膜としての研究が進められている高品位なグラフェンを大規模に合成する方法として加熱したNiCu 等の触媒金属膜上で原料となる炭化水素ガスを熱分解させてグラフェンを合成する熱 CVD法が最も広く用いられているしかしこの手法で合成したグラフェンを機能性材料として用いるためには触媒膜上から目的とする基板上へと複雑なプロセスを経て転写する必要がありグラフェンを実用化する上での大きな障壁となっているこのため任意の基板上へとグラフェンを直接合成する手法が研究されておりこれまでに極めて薄い触媒膜を用いてグラフェンを合成した後に触媒を加熱蒸発させグラフェンのみを基板上に残す方法や金属蒸気を触媒として利用する方法等が報告されているが大面積にわたって均一にグラフェンを合成することは困難であるとされている本研究では基板上に炭素イオンを注入した Ni 膜と Cu 膜を積層してアニーリングすることで基板上へのグラフェンの直接合成を試みた

10486591048659104868110486811048655104865511085301108530基板上にスパッタ成膜したNi 膜にプラズマ利用イオン注入法を用いてメタンイオンを注入しさらにその上にCu膜をスパッタすることで炭素を含むNi 膜と Cu膜の積層膜を生成しこれを真空中にて 850でアニーリングすることによってグラフェンを基板と積層膜の界面に生成したNi 膜の厚みを 50nm150 nmCu 膜の厚みを 50nm350 nmと変化させ合計 4通りのサンプルを作成した積層膜をエッチングして取り除いたのち基板上に形成されたグラフェン膜をラマン分光分析法を用いて評価したNi 膜の厚みが比較的薄いサンプルについては欠陥を含む複層のグラフェンが基板全面にわたって合成されていたのに対しNi 膜が厚いサンプルについては微弱な非晶質炭素のピークが観測されたこの成膜メカニズムとしてはNi と Cu 中での炭素固溶度の違いによるものが考えられNi よりも CuおよびNiCu 合金の方が炭素固溶度が小さいためアニーリングによってNi と Cu が相互拡散し合金を形成するにつれて炭素が界面付近に集中しNiCu 合金の触媒作用によってグラフェンが合成されたものと考えられる本研究ではNi と Cu を積層した触媒膜を用いて触媒膜と基板上の界面に直接大面積のグラフェンを合成することに成功した任意の基板上に転写プロセスを用いることなく直接グラフェンを形成することができる本手法は表面保護膜の形成手法として有意義であると考えられる

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 B25

65-04-功績賞 Page 16 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会学生奨励賞受賞者

大内 春花 君(東京理科大学 大学院工学研究科)

大内氏ZDDP と無灰摩擦調整剤併用による ZDDP 錯体構造変化がトライボロジー特性へ与える影響

本研究は ZDDP と無灰 FM併用時の潤滑機構の解明を目的に摩擦面に形成されるトライボフィルムの特性と摩擦挙動との関係を考察したものであるしゅう動部品における要求性能を満たすために潤滑油添加剤の組合せや配合割合が重要となる個々の添加剤の機能は明らかになっているが複合添加した場合相乗効果が発現する場合と互いの効果を阻害する場合があり効果の解明はあまり進んでいない実際に使用される潤滑油は複合添加油であるためより高性能な潤滑油の開発には添加剤間の相互作用機構の解明が必要不可欠となるジアルキルジチオリン酸亜鉛(ZDDP)はトライボフィルムを摩擦面に生成し耐摩耗性向上に寄与する添加剤である一方で高摩擦化をもたらし無灰摩擦調整剤(無灰FM)との併用による摩擦低減が試みられているがその潤滑機構は不明な点が多いそこでZDDPと無灰 FM併用時の潤滑機構を解明するためZDDP 単独添加油と ZDDP10486191048619無灰 FM複合添加油により形成されたトライボフィルムの特性を調査した無灰 FM はグリセリンモノオレート(GMO)とタロウジエタノールアミン(TDEA)を用いたSRV摩擦試験の結果よりZDDP + TDEA複合添加油が最も低摩擦を示したXPS 元素分析結果よりZDDP単独添加油と ZDDP + GMO複合添加油のトライボフィルムは上層は Pが Sよりも高濃度で存在したが下層は S が P よりも高濃度で存在したZDDP10486191048619TDEA 複合添加油の場合は常に Sが P よりも高濃度で存在した 10486541048654104865310486531048658104865811085311108531110852911085291109522110952211085601108560 分析結果よりZDDP 単独添加油と ZDDP10486191048619GMO 複合添加油中では中性塩として ZDDP は存在したがZDDP10486191048619TDEA複合添加油中では塩基性塩に変化していた以上より複合添加する無灰FMの種類によって ZDDPの錯体構造が変化しZDDP単独添加の場合と深さ方向の組成が異なる性質のトライボフィルムを形成することで摩擦挙動に影響を与えたと考えられると結論付けた

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E4

65-04-功績賞 Page 17 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会学生奨励賞受賞者

井池 祐貴 君(兵庫県立大学 大学院シミュレーション学研究科)

井池氏金属表面におけるリン酸エステルの初期吸着過程の分子動力学シミュレーション

本研究は分子動力学法を用いて極圧添加剤の代表的化合物であるリン酸エステルの金属表面への吸着および拡散挙動を解析したものであるリン酸エステルは通常モノエステルジエステルの混合物で使用され各エステル単体に関する知見は少ないのが現状である実験からジエステルと比較してモノエステルの方が優れた摩擦摩耗特性を示すことはわかっているしかしこの特性の発現要因は明らかとなっていないそこで本研究ではモノエステルジエステルの物理吸着特性の理解および基油中の拡散挙動解析のため分子動力学シミュレーションを行った本研究ではまずリン酸エステル単体の吸着および拡散挙動に着目するために基油を含まない系でシミュレーションを行ったこの結果モノエステルジエステルともに金属表面に吸着後分極の強いリン酸基の相互作用から会合体を形成することがわかったまた添加剤分子の二乗変位の測定結果から初期吸着過程においてジエステルと比較してモノエステルのほうが優れた表面拡散性を示すことが明らかとなった次に基油中における拡散挙動に着目するために基油を含まない系でシミュレーションを行ったこの結果基油を含まない系における結果と同様にモノエステルジエステルともに会合体を形成することで逆ミセル化し安定した状態で基油中を拡散するという結果が得られたまた基油中における拡散性もジエステルと比較してモノエステルのほうが優れているということが明らかとなった添加剤分子同士が会合し安定した逆ミセルを形成し拡散するといった挙動は油性剤を対象とした先行研究では見られなかった極圧添加剤特有の挙動でありこれが両者の違いの物理化学的起源と考えられる以上のように本研究ではリン酸エステルのモノエステルおよびジエステルの吸着および拡散挙動を解析しモノエステルおよびジエステルの金属表面および基油中における拡散性の違いを明らかにした本研究の結果と実験結果は少なくとも定性的に一致しているといえモノエステルジエステルの摩擦摩耗特性の違いは本研究で示された拡散性の違いから説明することができるという推論が得られた今後はより広範な分子構造を有する極圧添加剤において同様のシミュレーションを行うことで添加剤の研究開発における更なる発展が期待される

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E6

Page 10: 2019年度日本トライボロジー学会功績賞受賞者 · 2020. 5. 7. · 65-04-功績賞 Page 3 20/03/30 13:42 v3.60 3 185 2019年度日本トライボロジー学会論文賞受賞者

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2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

前田 成志 君(日本精工(株))

前田氏EHD接触における膜厚と破断率の同時測定 グリース潤滑の場合

本研究は電気インピーダンス法を用いて転がり軸受における接触域内の膜厚と破断率の同時測定を行い油潤滑下とグリース潤滑下の比較から低速度域におけるグリース潤滑のメカニズムを考察したものである近年地球温暖化を背景として軸受の更なる低トルク化が求められており潤滑剤の粘度を下げるあるいは潤滑剤の封入量を減らすといった手段が講じられているしかしそれらの方法は EHD(elastohydrodynamic)接触域における油膜の破断を促し軸受しゅう動面における様々な表面損傷の原因となるそこで筆者のグループでは従来の電気インピーダンス法を改良しEHD接触域における膜厚を光干渉法と同等な精度で測定できさらに破断率も同時に測定できる手法を開発した本手法は実際の転がり軸受に適用可能であることから軸受の更なる低トルク化と長寿命化を両立する上で非常に重要な技術である本研究ではアキシアル荷重を負荷した深溝玉軸受を用い内輪の回転数を低速から高速へ変化させた際の軸受トルク軸受外輪温度および電気インピーダンス法から得られる EHD接触域の平均膜厚と破断率を同時に測定した潤滑剤にはウレアを増ちょう剤としたグリースとその基油(poly- -olefinoil)を用いた基油の試験より軸受外輪温度が上昇しない低速度域において膜厚が HAMROCK-DOWSONの式による理論値と一致し破断率が上昇する低速度域において同じタイミングで軸受トルクが上昇する結果を得た一方ウレアグリースの試験より低速度域において膜厚が理論値および基油の膜厚よりも厚くなり破断率が上昇しないにも関わらず軸受トルクが上昇する結果を得たこれらの結果から基油を用いた場合低速度域で油膜が破断し金属接触が生じるため軸受トルクが上昇したと推察される一方ウレアグリースを用いた場合低速度域において接触部における増ちょう剤濃度が上昇しグリースの等価粘度が増加することで軸受トルクが上昇したと推察される以上のように本研究では開発した電気インピーダンス法を用いて転がり軸受で広く用いられているグリース潤滑のメカニズムの一端を実験結果に基づいて考察した今後本手法は様々な条件下において転がり軸受の潤滑メカニズム解明に貢献し低トルクかつ長寿命を両立する転がり軸受の実現に貢献することが期待される

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 C13

65-04-功績賞 Page 11 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

小谷田 早季 君(JXTGエネルギー(株))

小谷田氏マレイン化ジチオリン酸エステルの境界潤滑特性

本研究は少量の添加で性能を発揮する新たな硫黄-リン系添加剤の探索を目的にマレイン化ジチオリン酸エステル誘導体(MDTPs)の摩擦特性について検討したものである従来よりジアルキルジチオリン酸亜鉛(ZnDTP)は優れた摩耗防止剤として油圧作動油等に広く使用されているが劣化に伴う不溶性スラッジの生成が懸念されるこの課題に対し安定性の高いリン系摩耗防止剤を使用した技術が数多く検討され油圧作動油の性能向上が図られてきたしかしながらリン系摩耗防止剤のみでは ZnDTP と比較して高荷重下での摩耗防止性や極圧性に劣ることから硫黄系極圧剤等の併用によって性能を補填している一方で硫黄系極圧剤は ZnDTP と同様に耐熱性に劣るため長期間過酷な使用環境に曝される油圧作動油では多量に添加することが難しいそのため少量の添加でも高い性能が得られる添加剤の開発が必要となるそこで本研究では新たな添加剤としてMDTPs に着目しリン酸トリクレジル(TCP)との併用における境界潤滑域での特性を調査したTCPMDTPs 併用系はZnDTPと比較して低摩擦性低摩耗性を示しさらにTCP 単独系よりも優れた性能を示した加えて油圧ポンプの消費電力試験において省エネルギー性能を評価しTCPMDTPs 併用系はTCP単独系よりも消費電力量が小さく省エネルギー性能が向上することを確認したMDTPs は TCP との併用によって低摩擦性が向上し実機における省エネルギー性の向上に繋がったと推測されるまたTCPMDTPs 併用系の優れた潤滑特性について潤滑被膜の分析からメカニズムを考察したTCPMDTPs 併用系の潤滑被膜はリン酸化合物および硫化物を主成分とする被膜であり被膜深部ほど硫黄比率が高くなる結果が得られた硫黄を含有するMDTPs がしゅう動部表面に積極的に吸着反応したと推察されるTCPMDTPs 併用系ではMDTPs 由来の成分が摩擦特性に対して支配的に関与し形成被膜によるせん断抵抗の低減あるいはMDTPs によるしゅう動部の焼付き抑制によって低摩擦性が発現したと考えられる本研究では新たな添加剤としてMDTPs を合成しその摩擦特性および作用メカニズムの解明を行った引き続き形成被膜特性の更なる検証を進めより高性能で環境負荷の小さい添加剤の開発を通じてトライボロジー分野の技術発展に貢献していきたい

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 C24

65-04-功績賞 Page 12 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

川田 将平 君(東京理科大学 大学院工学研究科)

川田氏イオン液体の潤滑特性に周囲雰囲気が及ぼす影響の調査

地球環境問題を背景に機械システムにおいて摩擦損失を削減する試みが行われているその試みの一つとして潤滑剤の改良開発が挙げられる潤滑剤の潤滑特性を評価する場合摩擦係数や摩耗量といったマクロな物理量評価を行うが潤滑現象の実態は潤滑剤の摩擦界面におけるナノレベルの挙動によって大きく支配される上記の現象については多くの研究者の方々により原子間力顕微鏡などの様々な分析技術を用いて解明を試みているが未だ大きな課題が立ちはだかっているその一つに水の存在が挙げられる水は大気中および材料表面に常に存在し摩擦界面における潤滑剤のミクロな挙動に影響を与える非常に重要因子と言える水の存在が潤滑現象に及ぼす影響についてはこれまでも多くの研究が行われてきたが他の分子との相互作用などナノレベルでの現象解明には至っていないのが現状である本研究においてはイオン液体を潤滑剤のモデル物質として用いることで水が潤滑現象に与える影響の解明を試みたこの着想に至った経緯としてイオン液体はその多様な分子種の組合せにより水との親和性や粘度アルキル鎖長など必要な物性を選択できることから水との相互作用を検討する上で有用なモデル物質であると考えた本研究においては摩擦雰囲気を制御することでマクロな潤滑特性の評価および潤滑メカニズムの考察を行った本実験においてはイオン液体をモデル物質として用いるにあたり親水性かつ吸着膜を形成するもの親水性かつ反応膜を形成するものそして疎水性かつ反応膜を形成するイオン液体を選定しそれぞれ大気中乾燥空気中真空中で評価を行った親水性のイオン液体においては水分が存在する大気中において潤滑特性が悪化することが確認された一方で疎水性イオン液体は雰囲気の影響をほとんど受けなかったただし表面分析結果より疎水性イオン液体による潤滑膜は大気中の水分により成長することが確認されたことから微量な水分が潤滑現象に関与することが示唆された本研究成果はイオン液体が既存の潤滑メカニズムを明らかにするモデル物質としての有用性を提案し潤滑油と水の親和性が潤滑メカニズムに大きな影響を与えることを示した今後はナノスケールにおける潤滑膜と水分の挙動を明らかとすることで既存の潤滑油の潤滑メカニズム解明に大いに貢献するものと期待される

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E17

65-04-功績賞 Page 13 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

渡邉 保奈美 君(EMGルブリカンツ合同会社)

渡邉氏ホウ素含有イオン液体による摩擦低減効果(第 4報)

本研究では超低摩擦を示すハロゲンフリーのホウ素含有イオン液体について摩擦後の表面形状および形成した被膜の硬さなどの物性や組成を分析しその低摩擦メカニズムを考察したものである近年イオン液体は新規潤滑油としての応用が注目されているイオン液体は常温で溶融している塩であり分子性液体がもつ分子間相互作用よりも強い静電気的な相互作用を有しているそのため低融点低蒸気圧高い熱安定性高いイオン伝導率等の特徴を有しているイオン液体の潤滑油に関する研究はハロゲンを含む構造のものが多く良好な潤滑性を示すと報告されている一方でフッ化金属が水と反応することによりフッ化水素を発生し腐食摩耗を促進してしまうそのためハロゲンを含まないことが望ましくハロゲンフリーのイオン液体の利用が期待されている本研究ではハロゲンフリーでホウ素を含有するイオン液体に着目し潤滑性を評価した結果ハロゲン系イオン液体や炭化水素系基油よりも特定のアニオン構造を持つイオン液体の摩擦係数が 001 以下の超低摩擦を示すことを見いだしたホウ素含有イオン液体は摩擦試験開始直後に付着物を生成ししゅう動表面が平滑されていることが確認されたまたエネルギー分散型X線分光法とX線分光分析の結果からしゅう動面にアニオン由来と考えられる付着物が確認されたさらにAFMにて表面形状測定とスクラッチ試験を行い超低摩擦を示したしゅう動表面ではスクラッチにより表面が凹む様子が確認した以上の結果より特定のアニオン構造を持つイオン液体が低摩擦を示すメカニズムとしてイオン液体の吸着による摩擦低減作用と平滑化による摩擦低減作用の二つが関与しているものと考察したすなわちしゅう動によってイオン液体分子が摩擦面に吸着して金属固体接触を抑制するとともに温度上昇によって油膜が薄くなった場合でもしゅう動表面の平滑化により固体接触頻度が抑制され低摩擦を示したと考えられるまたしゅう動面に形成された柔らかい被膜は超低摩擦の発現と平滑なしゅう動表面の形成維持に寄与したと考えられる今回の結果はハロゲンフリーのホウ素含有イオン液体の超低摩擦特性とのそのメカニズムに対する新たな発見であり超低摩擦現象を実現するためのメカニズム解明につながることが期待される

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E27

65-04-功績賞 Page 14 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

長谷川 直哉 君(NTN(株))

長谷川氏転がり接触によるピーリングの発生メカニズムとピーリング抑制に及ぼす黒染処理の影響(第 1報第 2報)

自動車や産業機械の摩擦低減の取組みの中で潤滑油の低粘度化の動向があるこれに伴い転がり軸受は希薄潤滑条件で使用される機会が増えるため当該条件での転動疲労はく離のメカニズム解明とその対策技術の確立は機械部品の信頼性向上のための重要な技術課題と考えられるピーリングは希薄潤滑条件で発生する転動疲労はく離の代表であり大きさが 1010495321049532m程度の微小はく

離の集合体のことを指す従来の研究からピーリングの原因は転動部で油膜切れが起こり真実接触部の直下に過大な繰返し応力が作用することであるとわかっているが初期き裂の発生メカニズムについては不明な点があった本研究の第 1報ではピーリングのき裂発生メカニズムを転動面の高倍率観察表面形状と残留応力の測定および表面粗さ解析の結果に基づいて多面的に考察したその結果ピーリングの初期き裂が転動面の塑性変形の繰返しによって形成された切欠き部から発生することを明らかにしたまた転動面に化成処理の一種である黒染処理を行うことでピーリングが抑制される効果についても検討し黒染品では運転中の表面粗さの低下(なじみ)が促進されるため相手面の塑性変形が軽減してピーリングが起こりにくくなることを明らかにしたさらにこのなじみの促進が黒染処理時に母材表面の凹凸が小さくなる現象と転動中に凸部の黒染層が摩耗することの両方によってもたらされることも明らかにした本研究の第 2報では第 1報で得られたピーリングのき裂発生メカニズムと黒染処理によるピーリング抑制効果を転動面の真実接触部直下に繰り返される応力(繰返し応力)の推定結果に基づいて定量的に検討した繰返し応力の推定では転動面に生成される 3軸の残留応力の影響も考慮している検討の結果第 1報で得られた結論は繰返し応力の観点からみても妥当性が高いと考えられた上記の研究成果はピーリングの発生メカニズムに対する理解を深める新しい知見であるだけでなく

ピーリング対策の指針となる実用的にも有用な知見と考えられる

対象論文トライボロジスト63 巻第 8号 (2018) 551 63 巻第 9号 (2018) 618

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2019 年度日本トライボロジー学会学生奨励賞受賞者

米山 長春 君(東京大学 大学院工学研究科)

米山氏プラズマ利用イオン注入法を用いたグラフェンの SiO2Si基板上への直接合成

グラフェンは sp11085301108530結合により平面上に六角形状に配列した炭素原子からなる二次元分子である極めて高い電子移動度や光透過度から半導体材料や透明電極としての応用が期待されておりまた優れた機械的強度化学的安定性を持つことから磁気ディスク等の極薄潤滑保護膜としての研究が進められている高品位なグラフェンを大規模に合成する方法として加熱したNiCu 等の触媒金属膜上で原料となる炭化水素ガスを熱分解させてグラフェンを合成する熱 CVD法が最も広く用いられているしかしこの手法で合成したグラフェンを機能性材料として用いるためには触媒膜上から目的とする基板上へと複雑なプロセスを経て転写する必要がありグラフェンを実用化する上での大きな障壁となっているこのため任意の基板上へとグラフェンを直接合成する手法が研究されておりこれまでに極めて薄い触媒膜を用いてグラフェンを合成した後に触媒を加熱蒸発させグラフェンのみを基板上に残す方法や金属蒸気を触媒として利用する方法等が報告されているが大面積にわたって均一にグラフェンを合成することは困難であるとされている本研究では基板上に炭素イオンを注入した Ni 膜と Cu 膜を積層してアニーリングすることで基板上へのグラフェンの直接合成を試みた

10486591048659104868110486811048655104865511085301108530基板上にスパッタ成膜したNi 膜にプラズマ利用イオン注入法を用いてメタンイオンを注入しさらにその上にCu膜をスパッタすることで炭素を含むNi 膜と Cu膜の積層膜を生成しこれを真空中にて 850でアニーリングすることによってグラフェンを基板と積層膜の界面に生成したNi 膜の厚みを 50nm150 nmCu 膜の厚みを 50nm350 nmと変化させ合計 4通りのサンプルを作成した積層膜をエッチングして取り除いたのち基板上に形成されたグラフェン膜をラマン分光分析法を用いて評価したNi 膜の厚みが比較的薄いサンプルについては欠陥を含む複層のグラフェンが基板全面にわたって合成されていたのに対しNi 膜が厚いサンプルについては微弱な非晶質炭素のピークが観測されたこの成膜メカニズムとしてはNi と Cu 中での炭素固溶度の違いによるものが考えられNi よりも CuおよびNiCu 合金の方が炭素固溶度が小さいためアニーリングによってNi と Cu が相互拡散し合金を形成するにつれて炭素が界面付近に集中しNiCu 合金の触媒作用によってグラフェンが合成されたものと考えられる本研究ではNi と Cu を積層した触媒膜を用いて触媒膜と基板上の界面に直接大面積のグラフェンを合成することに成功した任意の基板上に転写プロセスを用いることなく直接グラフェンを形成することができる本手法は表面保護膜の形成手法として有意義であると考えられる

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 B25

65-04-功績賞 Page 16 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会学生奨励賞受賞者

大内 春花 君(東京理科大学 大学院工学研究科)

大内氏ZDDP と無灰摩擦調整剤併用による ZDDP 錯体構造変化がトライボロジー特性へ与える影響

本研究は ZDDP と無灰 FM併用時の潤滑機構の解明を目的に摩擦面に形成されるトライボフィルムの特性と摩擦挙動との関係を考察したものであるしゅう動部品における要求性能を満たすために潤滑油添加剤の組合せや配合割合が重要となる個々の添加剤の機能は明らかになっているが複合添加した場合相乗効果が発現する場合と互いの効果を阻害する場合があり効果の解明はあまり進んでいない実際に使用される潤滑油は複合添加油であるためより高性能な潤滑油の開発には添加剤間の相互作用機構の解明が必要不可欠となるジアルキルジチオリン酸亜鉛(ZDDP)はトライボフィルムを摩擦面に生成し耐摩耗性向上に寄与する添加剤である一方で高摩擦化をもたらし無灰摩擦調整剤(無灰FM)との併用による摩擦低減が試みられているがその潤滑機構は不明な点が多いそこでZDDPと無灰 FM併用時の潤滑機構を解明するためZDDP 単独添加油と ZDDP10486191048619無灰 FM複合添加油により形成されたトライボフィルムの特性を調査した無灰 FM はグリセリンモノオレート(GMO)とタロウジエタノールアミン(TDEA)を用いたSRV摩擦試験の結果よりZDDP + TDEA複合添加油が最も低摩擦を示したXPS 元素分析結果よりZDDP単独添加油と ZDDP + GMO複合添加油のトライボフィルムは上層は Pが Sよりも高濃度で存在したが下層は S が P よりも高濃度で存在したZDDP10486191048619TDEA 複合添加油の場合は常に Sが P よりも高濃度で存在した 10486541048654104865310486531048658104865811085311108531110852911085291109522110952211085601108560 分析結果よりZDDP 単独添加油と ZDDP10486191048619GMO 複合添加油中では中性塩として ZDDP は存在したがZDDP10486191048619TDEA複合添加油中では塩基性塩に変化していた以上より複合添加する無灰FMの種類によって ZDDPの錯体構造が変化しZDDP単独添加の場合と深さ方向の組成が異なる性質のトライボフィルムを形成することで摩擦挙動に影響を与えたと考えられると結論付けた

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E4

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2019 年度日本トライボロジー学会学生奨励賞受賞者

井池 祐貴 君(兵庫県立大学 大学院シミュレーション学研究科)

井池氏金属表面におけるリン酸エステルの初期吸着過程の分子動力学シミュレーション

本研究は分子動力学法を用いて極圧添加剤の代表的化合物であるリン酸エステルの金属表面への吸着および拡散挙動を解析したものであるリン酸エステルは通常モノエステルジエステルの混合物で使用され各エステル単体に関する知見は少ないのが現状である実験からジエステルと比較してモノエステルの方が優れた摩擦摩耗特性を示すことはわかっているしかしこの特性の発現要因は明らかとなっていないそこで本研究ではモノエステルジエステルの物理吸着特性の理解および基油中の拡散挙動解析のため分子動力学シミュレーションを行った本研究ではまずリン酸エステル単体の吸着および拡散挙動に着目するために基油を含まない系でシミュレーションを行ったこの結果モノエステルジエステルともに金属表面に吸着後分極の強いリン酸基の相互作用から会合体を形成することがわかったまた添加剤分子の二乗変位の測定結果から初期吸着過程においてジエステルと比較してモノエステルのほうが優れた表面拡散性を示すことが明らかとなった次に基油中における拡散挙動に着目するために基油を含まない系でシミュレーションを行ったこの結果基油を含まない系における結果と同様にモノエステルジエステルともに会合体を形成することで逆ミセル化し安定した状態で基油中を拡散するという結果が得られたまた基油中における拡散性もジエステルと比較してモノエステルのほうが優れているということが明らかとなった添加剤分子同士が会合し安定した逆ミセルを形成し拡散するといった挙動は油性剤を対象とした先行研究では見られなかった極圧添加剤特有の挙動でありこれが両者の違いの物理化学的起源と考えられる以上のように本研究ではリン酸エステルのモノエステルおよびジエステルの吸着および拡散挙動を解析しモノエステルおよびジエステルの金属表面および基油中における拡散性の違いを明らかにした本研究の結果と実験結果は少なくとも定性的に一致しているといえモノエステルジエステルの摩擦摩耗特性の違いは本研究で示された拡散性の違いから説明することができるという推論が得られた今後はより広範な分子構造を有する極圧添加剤において同様のシミュレーションを行うことで添加剤の研究開発における更なる発展が期待される

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E6

Page 11: 2019年度日本トライボロジー学会功績賞受賞者 · 2020. 5. 7. · 65-04-功績賞 Page 3 20/03/30 13:42 v3.60 3 185 2019年度日本トライボロジー学会論文賞受賞者

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2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

小谷田 早季 君(JXTGエネルギー(株))

小谷田氏マレイン化ジチオリン酸エステルの境界潤滑特性

本研究は少量の添加で性能を発揮する新たな硫黄-リン系添加剤の探索を目的にマレイン化ジチオリン酸エステル誘導体(MDTPs)の摩擦特性について検討したものである従来よりジアルキルジチオリン酸亜鉛(ZnDTP)は優れた摩耗防止剤として油圧作動油等に広く使用されているが劣化に伴う不溶性スラッジの生成が懸念されるこの課題に対し安定性の高いリン系摩耗防止剤を使用した技術が数多く検討され油圧作動油の性能向上が図られてきたしかしながらリン系摩耗防止剤のみでは ZnDTP と比較して高荷重下での摩耗防止性や極圧性に劣ることから硫黄系極圧剤等の併用によって性能を補填している一方で硫黄系極圧剤は ZnDTP と同様に耐熱性に劣るため長期間過酷な使用環境に曝される油圧作動油では多量に添加することが難しいそのため少量の添加でも高い性能が得られる添加剤の開発が必要となるそこで本研究では新たな添加剤としてMDTPs に着目しリン酸トリクレジル(TCP)との併用における境界潤滑域での特性を調査したTCPMDTPs 併用系はZnDTPと比較して低摩擦性低摩耗性を示しさらにTCP 単独系よりも優れた性能を示した加えて油圧ポンプの消費電力試験において省エネルギー性能を評価しTCPMDTPs 併用系はTCP単独系よりも消費電力量が小さく省エネルギー性能が向上することを確認したMDTPs は TCP との併用によって低摩擦性が向上し実機における省エネルギー性の向上に繋がったと推測されるまたTCPMDTPs 併用系の優れた潤滑特性について潤滑被膜の分析からメカニズムを考察したTCPMDTPs 併用系の潤滑被膜はリン酸化合物および硫化物を主成分とする被膜であり被膜深部ほど硫黄比率が高くなる結果が得られた硫黄を含有するMDTPs がしゅう動部表面に積極的に吸着反応したと推察されるTCPMDTPs 併用系ではMDTPs 由来の成分が摩擦特性に対して支配的に関与し形成被膜によるせん断抵抗の低減あるいはMDTPs によるしゅう動部の焼付き抑制によって低摩擦性が発現したと考えられる本研究では新たな添加剤としてMDTPs を合成しその摩擦特性および作用メカニズムの解明を行った引き続き形成被膜特性の更なる検証を進めより高性能で環境負荷の小さい添加剤の開発を通じてトライボロジー分野の技術発展に貢献していきたい

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 C24

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2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

川田 将平 君(東京理科大学 大学院工学研究科)

川田氏イオン液体の潤滑特性に周囲雰囲気が及ぼす影響の調査

地球環境問題を背景に機械システムにおいて摩擦損失を削減する試みが行われているその試みの一つとして潤滑剤の改良開発が挙げられる潤滑剤の潤滑特性を評価する場合摩擦係数や摩耗量といったマクロな物理量評価を行うが潤滑現象の実態は潤滑剤の摩擦界面におけるナノレベルの挙動によって大きく支配される上記の現象については多くの研究者の方々により原子間力顕微鏡などの様々な分析技術を用いて解明を試みているが未だ大きな課題が立ちはだかっているその一つに水の存在が挙げられる水は大気中および材料表面に常に存在し摩擦界面における潤滑剤のミクロな挙動に影響を与える非常に重要因子と言える水の存在が潤滑現象に及ぼす影響についてはこれまでも多くの研究が行われてきたが他の分子との相互作用などナノレベルでの現象解明には至っていないのが現状である本研究においてはイオン液体を潤滑剤のモデル物質として用いることで水が潤滑現象に与える影響の解明を試みたこの着想に至った経緯としてイオン液体はその多様な分子種の組合せにより水との親和性や粘度アルキル鎖長など必要な物性を選択できることから水との相互作用を検討する上で有用なモデル物質であると考えた本研究においては摩擦雰囲気を制御することでマクロな潤滑特性の評価および潤滑メカニズムの考察を行った本実験においてはイオン液体をモデル物質として用いるにあたり親水性かつ吸着膜を形成するもの親水性かつ反応膜を形成するものそして疎水性かつ反応膜を形成するイオン液体を選定しそれぞれ大気中乾燥空気中真空中で評価を行った親水性のイオン液体においては水分が存在する大気中において潤滑特性が悪化することが確認された一方で疎水性イオン液体は雰囲気の影響をほとんど受けなかったただし表面分析結果より疎水性イオン液体による潤滑膜は大気中の水分により成長することが確認されたことから微量な水分が潤滑現象に関与することが示唆された本研究成果はイオン液体が既存の潤滑メカニズムを明らかにするモデル物質としての有用性を提案し潤滑油と水の親和性が潤滑メカニズムに大きな影響を与えることを示した今後はナノスケールにおける潤滑膜と水分の挙動を明らかとすることで既存の潤滑油の潤滑メカニズム解明に大いに貢献するものと期待される

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E17

65-04-功績賞 Page 13 200330 1342 v360

13

195

2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

渡邉 保奈美 君(EMGルブリカンツ合同会社)

渡邉氏ホウ素含有イオン液体による摩擦低減効果(第 4報)

本研究では超低摩擦を示すハロゲンフリーのホウ素含有イオン液体について摩擦後の表面形状および形成した被膜の硬さなどの物性や組成を分析しその低摩擦メカニズムを考察したものである近年イオン液体は新規潤滑油としての応用が注目されているイオン液体は常温で溶融している塩であり分子性液体がもつ分子間相互作用よりも強い静電気的な相互作用を有しているそのため低融点低蒸気圧高い熱安定性高いイオン伝導率等の特徴を有しているイオン液体の潤滑油に関する研究はハロゲンを含む構造のものが多く良好な潤滑性を示すと報告されている一方でフッ化金属が水と反応することによりフッ化水素を発生し腐食摩耗を促進してしまうそのためハロゲンを含まないことが望ましくハロゲンフリーのイオン液体の利用が期待されている本研究ではハロゲンフリーでホウ素を含有するイオン液体に着目し潤滑性を評価した結果ハロゲン系イオン液体や炭化水素系基油よりも特定のアニオン構造を持つイオン液体の摩擦係数が 001 以下の超低摩擦を示すことを見いだしたホウ素含有イオン液体は摩擦試験開始直後に付着物を生成ししゅう動表面が平滑されていることが確認されたまたエネルギー分散型X線分光法とX線分光分析の結果からしゅう動面にアニオン由来と考えられる付着物が確認されたさらにAFMにて表面形状測定とスクラッチ試験を行い超低摩擦を示したしゅう動表面ではスクラッチにより表面が凹む様子が確認した以上の結果より特定のアニオン構造を持つイオン液体が低摩擦を示すメカニズムとしてイオン液体の吸着による摩擦低減作用と平滑化による摩擦低減作用の二つが関与しているものと考察したすなわちしゅう動によってイオン液体分子が摩擦面に吸着して金属固体接触を抑制するとともに温度上昇によって油膜が薄くなった場合でもしゅう動表面の平滑化により固体接触頻度が抑制され低摩擦を示したと考えられるまたしゅう動面に形成された柔らかい被膜は超低摩擦の発現と平滑なしゅう動表面の形成維持に寄与したと考えられる今回の結果はハロゲンフリーのホウ素含有イオン液体の超低摩擦特性とのそのメカニズムに対する新たな発見であり超低摩擦現象を実現するためのメカニズム解明につながることが期待される

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E27

65-04-功績賞 Page 14 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

長谷川 直哉 君(NTN(株))

長谷川氏転がり接触によるピーリングの発生メカニズムとピーリング抑制に及ぼす黒染処理の影響(第 1報第 2報)

自動車や産業機械の摩擦低減の取組みの中で潤滑油の低粘度化の動向があるこれに伴い転がり軸受は希薄潤滑条件で使用される機会が増えるため当該条件での転動疲労はく離のメカニズム解明とその対策技術の確立は機械部品の信頼性向上のための重要な技術課題と考えられるピーリングは希薄潤滑条件で発生する転動疲労はく離の代表であり大きさが 1010495321049532m程度の微小はく

離の集合体のことを指す従来の研究からピーリングの原因は転動部で油膜切れが起こり真実接触部の直下に過大な繰返し応力が作用することであるとわかっているが初期き裂の発生メカニズムについては不明な点があった本研究の第 1報ではピーリングのき裂発生メカニズムを転動面の高倍率観察表面形状と残留応力の測定および表面粗さ解析の結果に基づいて多面的に考察したその結果ピーリングの初期き裂が転動面の塑性変形の繰返しによって形成された切欠き部から発生することを明らかにしたまた転動面に化成処理の一種である黒染処理を行うことでピーリングが抑制される効果についても検討し黒染品では運転中の表面粗さの低下(なじみ)が促進されるため相手面の塑性変形が軽減してピーリングが起こりにくくなることを明らかにしたさらにこのなじみの促進が黒染処理時に母材表面の凹凸が小さくなる現象と転動中に凸部の黒染層が摩耗することの両方によってもたらされることも明らかにした本研究の第 2報では第 1報で得られたピーリングのき裂発生メカニズムと黒染処理によるピーリング抑制効果を転動面の真実接触部直下に繰り返される応力(繰返し応力)の推定結果に基づいて定量的に検討した繰返し応力の推定では転動面に生成される 3軸の残留応力の影響も考慮している検討の結果第 1報で得られた結論は繰返し応力の観点からみても妥当性が高いと考えられた上記の研究成果はピーリングの発生メカニズムに対する理解を深める新しい知見であるだけでなく

ピーリング対策の指針となる実用的にも有用な知見と考えられる

対象論文トライボロジスト63 巻第 8号 (2018) 551 63 巻第 9号 (2018) 618

65-04-功績賞 Page 15 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会学生奨励賞受賞者

米山 長春 君(東京大学 大学院工学研究科)

米山氏プラズマ利用イオン注入法を用いたグラフェンの SiO2Si基板上への直接合成

グラフェンは sp11085301108530結合により平面上に六角形状に配列した炭素原子からなる二次元分子である極めて高い電子移動度や光透過度から半導体材料や透明電極としての応用が期待されておりまた優れた機械的強度化学的安定性を持つことから磁気ディスク等の極薄潤滑保護膜としての研究が進められている高品位なグラフェンを大規模に合成する方法として加熱したNiCu 等の触媒金属膜上で原料となる炭化水素ガスを熱分解させてグラフェンを合成する熱 CVD法が最も広く用いられているしかしこの手法で合成したグラフェンを機能性材料として用いるためには触媒膜上から目的とする基板上へと複雑なプロセスを経て転写する必要がありグラフェンを実用化する上での大きな障壁となっているこのため任意の基板上へとグラフェンを直接合成する手法が研究されておりこれまでに極めて薄い触媒膜を用いてグラフェンを合成した後に触媒を加熱蒸発させグラフェンのみを基板上に残す方法や金属蒸気を触媒として利用する方法等が報告されているが大面積にわたって均一にグラフェンを合成することは困難であるとされている本研究では基板上に炭素イオンを注入した Ni 膜と Cu 膜を積層してアニーリングすることで基板上へのグラフェンの直接合成を試みた

10486591048659104868110486811048655104865511085301108530基板上にスパッタ成膜したNi 膜にプラズマ利用イオン注入法を用いてメタンイオンを注入しさらにその上にCu膜をスパッタすることで炭素を含むNi 膜と Cu膜の積層膜を生成しこれを真空中にて 850でアニーリングすることによってグラフェンを基板と積層膜の界面に生成したNi 膜の厚みを 50nm150 nmCu 膜の厚みを 50nm350 nmと変化させ合計 4通りのサンプルを作成した積層膜をエッチングして取り除いたのち基板上に形成されたグラフェン膜をラマン分光分析法を用いて評価したNi 膜の厚みが比較的薄いサンプルについては欠陥を含む複層のグラフェンが基板全面にわたって合成されていたのに対しNi 膜が厚いサンプルについては微弱な非晶質炭素のピークが観測されたこの成膜メカニズムとしてはNi と Cu 中での炭素固溶度の違いによるものが考えられNi よりも CuおよびNiCu 合金の方が炭素固溶度が小さいためアニーリングによってNi と Cu が相互拡散し合金を形成するにつれて炭素が界面付近に集中しNiCu 合金の触媒作用によってグラフェンが合成されたものと考えられる本研究ではNi と Cu を積層した触媒膜を用いて触媒膜と基板上の界面に直接大面積のグラフェンを合成することに成功した任意の基板上に転写プロセスを用いることなく直接グラフェンを形成することができる本手法は表面保護膜の形成手法として有意義であると考えられる

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 B25

65-04-功績賞 Page 16 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会学生奨励賞受賞者

大内 春花 君(東京理科大学 大学院工学研究科)

大内氏ZDDP と無灰摩擦調整剤併用による ZDDP 錯体構造変化がトライボロジー特性へ与える影響

本研究は ZDDP と無灰 FM併用時の潤滑機構の解明を目的に摩擦面に形成されるトライボフィルムの特性と摩擦挙動との関係を考察したものであるしゅう動部品における要求性能を満たすために潤滑油添加剤の組合せや配合割合が重要となる個々の添加剤の機能は明らかになっているが複合添加した場合相乗効果が発現する場合と互いの効果を阻害する場合があり効果の解明はあまり進んでいない実際に使用される潤滑油は複合添加油であるためより高性能な潤滑油の開発には添加剤間の相互作用機構の解明が必要不可欠となるジアルキルジチオリン酸亜鉛(ZDDP)はトライボフィルムを摩擦面に生成し耐摩耗性向上に寄与する添加剤である一方で高摩擦化をもたらし無灰摩擦調整剤(無灰FM)との併用による摩擦低減が試みられているがその潤滑機構は不明な点が多いそこでZDDPと無灰 FM併用時の潤滑機構を解明するためZDDP 単独添加油と ZDDP10486191048619無灰 FM複合添加油により形成されたトライボフィルムの特性を調査した無灰 FM はグリセリンモノオレート(GMO)とタロウジエタノールアミン(TDEA)を用いたSRV摩擦試験の結果よりZDDP + TDEA複合添加油が最も低摩擦を示したXPS 元素分析結果よりZDDP単独添加油と ZDDP + GMO複合添加油のトライボフィルムは上層は Pが Sよりも高濃度で存在したが下層は S が P よりも高濃度で存在したZDDP10486191048619TDEA 複合添加油の場合は常に Sが P よりも高濃度で存在した 10486541048654104865310486531048658104865811085311108531110852911085291109522110952211085601108560 分析結果よりZDDP 単独添加油と ZDDP10486191048619GMO 複合添加油中では中性塩として ZDDP は存在したがZDDP10486191048619TDEA複合添加油中では塩基性塩に変化していた以上より複合添加する無灰FMの種類によって ZDDPの錯体構造が変化しZDDP単独添加の場合と深さ方向の組成が異なる性質のトライボフィルムを形成することで摩擦挙動に影響を与えたと考えられると結論付けた

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E4

65-04-功績賞 Page 17 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会学生奨励賞受賞者

井池 祐貴 君(兵庫県立大学 大学院シミュレーション学研究科)

井池氏金属表面におけるリン酸エステルの初期吸着過程の分子動力学シミュレーション

本研究は分子動力学法を用いて極圧添加剤の代表的化合物であるリン酸エステルの金属表面への吸着および拡散挙動を解析したものであるリン酸エステルは通常モノエステルジエステルの混合物で使用され各エステル単体に関する知見は少ないのが現状である実験からジエステルと比較してモノエステルの方が優れた摩擦摩耗特性を示すことはわかっているしかしこの特性の発現要因は明らかとなっていないそこで本研究ではモノエステルジエステルの物理吸着特性の理解および基油中の拡散挙動解析のため分子動力学シミュレーションを行った本研究ではまずリン酸エステル単体の吸着および拡散挙動に着目するために基油を含まない系でシミュレーションを行ったこの結果モノエステルジエステルともに金属表面に吸着後分極の強いリン酸基の相互作用から会合体を形成することがわかったまた添加剤分子の二乗変位の測定結果から初期吸着過程においてジエステルと比較してモノエステルのほうが優れた表面拡散性を示すことが明らかとなった次に基油中における拡散挙動に着目するために基油を含まない系でシミュレーションを行ったこの結果基油を含まない系における結果と同様にモノエステルジエステルともに会合体を形成することで逆ミセル化し安定した状態で基油中を拡散するという結果が得られたまた基油中における拡散性もジエステルと比較してモノエステルのほうが優れているということが明らかとなった添加剤分子同士が会合し安定した逆ミセルを形成し拡散するといった挙動は油性剤を対象とした先行研究では見られなかった極圧添加剤特有の挙動でありこれが両者の違いの物理化学的起源と考えられる以上のように本研究ではリン酸エステルのモノエステルおよびジエステルの吸着および拡散挙動を解析しモノエステルおよびジエステルの金属表面および基油中における拡散性の違いを明らかにした本研究の結果と実験結果は少なくとも定性的に一致しているといえモノエステルジエステルの摩擦摩耗特性の違いは本研究で示された拡散性の違いから説明することができるという推論が得られた今後はより広範な分子構造を有する極圧添加剤において同様のシミュレーションを行うことで添加剤の研究開発における更なる発展が期待される

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E6

Page 12: 2019年度日本トライボロジー学会功績賞受賞者 · 2020. 5. 7. · 65-04-功績賞 Page 3 20/03/30 13:42 v3.60 3 185 2019年度日本トライボロジー学会論文賞受賞者

65-04-功績賞 Page 12 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

川田 将平 君(東京理科大学 大学院工学研究科)

川田氏イオン液体の潤滑特性に周囲雰囲気が及ぼす影響の調査

地球環境問題を背景に機械システムにおいて摩擦損失を削減する試みが行われているその試みの一つとして潤滑剤の改良開発が挙げられる潤滑剤の潤滑特性を評価する場合摩擦係数や摩耗量といったマクロな物理量評価を行うが潤滑現象の実態は潤滑剤の摩擦界面におけるナノレベルの挙動によって大きく支配される上記の現象については多くの研究者の方々により原子間力顕微鏡などの様々な分析技術を用いて解明を試みているが未だ大きな課題が立ちはだかっているその一つに水の存在が挙げられる水は大気中および材料表面に常に存在し摩擦界面における潤滑剤のミクロな挙動に影響を与える非常に重要因子と言える水の存在が潤滑現象に及ぼす影響についてはこれまでも多くの研究が行われてきたが他の分子との相互作用などナノレベルでの現象解明には至っていないのが現状である本研究においてはイオン液体を潤滑剤のモデル物質として用いることで水が潤滑現象に与える影響の解明を試みたこの着想に至った経緯としてイオン液体はその多様な分子種の組合せにより水との親和性や粘度アルキル鎖長など必要な物性を選択できることから水との相互作用を検討する上で有用なモデル物質であると考えた本研究においては摩擦雰囲気を制御することでマクロな潤滑特性の評価および潤滑メカニズムの考察を行った本実験においてはイオン液体をモデル物質として用いるにあたり親水性かつ吸着膜を形成するもの親水性かつ反応膜を形成するものそして疎水性かつ反応膜を形成するイオン液体を選定しそれぞれ大気中乾燥空気中真空中で評価を行った親水性のイオン液体においては水分が存在する大気中において潤滑特性が悪化することが確認された一方で疎水性イオン液体は雰囲気の影響をほとんど受けなかったただし表面分析結果より疎水性イオン液体による潤滑膜は大気中の水分により成長することが確認されたことから微量な水分が潤滑現象に関与することが示唆された本研究成果はイオン液体が既存の潤滑メカニズムを明らかにするモデル物質としての有用性を提案し潤滑油と水の親和性が潤滑メカニズムに大きな影響を与えることを示した今後はナノスケールにおける潤滑膜と水分の挙動を明らかとすることで既存の潤滑油の潤滑メカニズム解明に大いに貢献するものと期待される

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E17

65-04-功績賞 Page 13 200330 1342 v360

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195

2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

渡邉 保奈美 君(EMGルブリカンツ合同会社)

渡邉氏ホウ素含有イオン液体による摩擦低減効果(第 4報)

本研究では超低摩擦を示すハロゲンフリーのホウ素含有イオン液体について摩擦後の表面形状および形成した被膜の硬さなどの物性や組成を分析しその低摩擦メカニズムを考察したものである近年イオン液体は新規潤滑油としての応用が注目されているイオン液体は常温で溶融している塩であり分子性液体がもつ分子間相互作用よりも強い静電気的な相互作用を有しているそのため低融点低蒸気圧高い熱安定性高いイオン伝導率等の特徴を有しているイオン液体の潤滑油に関する研究はハロゲンを含む構造のものが多く良好な潤滑性を示すと報告されている一方でフッ化金属が水と反応することによりフッ化水素を発生し腐食摩耗を促進してしまうそのためハロゲンを含まないことが望ましくハロゲンフリーのイオン液体の利用が期待されている本研究ではハロゲンフリーでホウ素を含有するイオン液体に着目し潤滑性を評価した結果ハロゲン系イオン液体や炭化水素系基油よりも特定のアニオン構造を持つイオン液体の摩擦係数が 001 以下の超低摩擦を示すことを見いだしたホウ素含有イオン液体は摩擦試験開始直後に付着物を生成ししゅう動表面が平滑されていることが確認されたまたエネルギー分散型X線分光法とX線分光分析の結果からしゅう動面にアニオン由来と考えられる付着物が確認されたさらにAFMにて表面形状測定とスクラッチ試験を行い超低摩擦を示したしゅう動表面ではスクラッチにより表面が凹む様子が確認した以上の結果より特定のアニオン構造を持つイオン液体が低摩擦を示すメカニズムとしてイオン液体の吸着による摩擦低減作用と平滑化による摩擦低減作用の二つが関与しているものと考察したすなわちしゅう動によってイオン液体分子が摩擦面に吸着して金属固体接触を抑制するとともに温度上昇によって油膜が薄くなった場合でもしゅう動表面の平滑化により固体接触頻度が抑制され低摩擦を示したと考えられるまたしゅう動面に形成された柔らかい被膜は超低摩擦の発現と平滑なしゅう動表面の形成維持に寄与したと考えられる今回の結果はハロゲンフリーのホウ素含有イオン液体の超低摩擦特性とのそのメカニズムに対する新たな発見であり超低摩擦現象を実現するためのメカニズム解明につながることが期待される

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E27

65-04-功績賞 Page 14 200330 1342 v360

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196

2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

長谷川 直哉 君(NTN(株))

長谷川氏転がり接触によるピーリングの発生メカニズムとピーリング抑制に及ぼす黒染処理の影響(第 1報第 2報)

自動車や産業機械の摩擦低減の取組みの中で潤滑油の低粘度化の動向があるこれに伴い転がり軸受は希薄潤滑条件で使用される機会が増えるため当該条件での転動疲労はく離のメカニズム解明とその対策技術の確立は機械部品の信頼性向上のための重要な技術課題と考えられるピーリングは希薄潤滑条件で発生する転動疲労はく離の代表であり大きさが 1010495321049532m程度の微小はく

離の集合体のことを指す従来の研究からピーリングの原因は転動部で油膜切れが起こり真実接触部の直下に過大な繰返し応力が作用することであるとわかっているが初期き裂の発生メカニズムについては不明な点があった本研究の第 1報ではピーリングのき裂発生メカニズムを転動面の高倍率観察表面形状と残留応力の測定および表面粗さ解析の結果に基づいて多面的に考察したその結果ピーリングの初期き裂が転動面の塑性変形の繰返しによって形成された切欠き部から発生することを明らかにしたまた転動面に化成処理の一種である黒染処理を行うことでピーリングが抑制される効果についても検討し黒染品では運転中の表面粗さの低下(なじみ)が促進されるため相手面の塑性変形が軽減してピーリングが起こりにくくなることを明らかにしたさらにこのなじみの促進が黒染処理時に母材表面の凹凸が小さくなる現象と転動中に凸部の黒染層が摩耗することの両方によってもたらされることも明らかにした本研究の第 2報では第 1報で得られたピーリングのき裂発生メカニズムと黒染処理によるピーリング抑制効果を転動面の真実接触部直下に繰り返される応力(繰返し応力)の推定結果に基づいて定量的に検討した繰返し応力の推定では転動面に生成される 3軸の残留応力の影響も考慮している検討の結果第 1報で得られた結論は繰返し応力の観点からみても妥当性が高いと考えられた上記の研究成果はピーリングの発生メカニズムに対する理解を深める新しい知見であるだけでなく

ピーリング対策の指針となる実用的にも有用な知見と考えられる

対象論文トライボロジスト63 巻第 8号 (2018) 551 63 巻第 9号 (2018) 618

65-04-功績賞 Page 15 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会学生奨励賞受賞者

米山 長春 君(東京大学 大学院工学研究科)

米山氏プラズマ利用イオン注入法を用いたグラフェンの SiO2Si基板上への直接合成

グラフェンは sp11085301108530結合により平面上に六角形状に配列した炭素原子からなる二次元分子である極めて高い電子移動度や光透過度から半導体材料や透明電極としての応用が期待されておりまた優れた機械的強度化学的安定性を持つことから磁気ディスク等の極薄潤滑保護膜としての研究が進められている高品位なグラフェンを大規模に合成する方法として加熱したNiCu 等の触媒金属膜上で原料となる炭化水素ガスを熱分解させてグラフェンを合成する熱 CVD法が最も広く用いられているしかしこの手法で合成したグラフェンを機能性材料として用いるためには触媒膜上から目的とする基板上へと複雑なプロセスを経て転写する必要がありグラフェンを実用化する上での大きな障壁となっているこのため任意の基板上へとグラフェンを直接合成する手法が研究されておりこれまでに極めて薄い触媒膜を用いてグラフェンを合成した後に触媒を加熱蒸発させグラフェンのみを基板上に残す方法や金属蒸気を触媒として利用する方法等が報告されているが大面積にわたって均一にグラフェンを合成することは困難であるとされている本研究では基板上に炭素イオンを注入した Ni 膜と Cu 膜を積層してアニーリングすることで基板上へのグラフェンの直接合成を試みた

10486591048659104868110486811048655104865511085301108530基板上にスパッタ成膜したNi 膜にプラズマ利用イオン注入法を用いてメタンイオンを注入しさらにその上にCu膜をスパッタすることで炭素を含むNi 膜と Cu膜の積層膜を生成しこれを真空中にて 850でアニーリングすることによってグラフェンを基板と積層膜の界面に生成したNi 膜の厚みを 50nm150 nmCu 膜の厚みを 50nm350 nmと変化させ合計 4通りのサンプルを作成した積層膜をエッチングして取り除いたのち基板上に形成されたグラフェン膜をラマン分光分析法を用いて評価したNi 膜の厚みが比較的薄いサンプルについては欠陥を含む複層のグラフェンが基板全面にわたって合成されていたのに対しNi 膜が厚いサンプルについては微弱な非晶質炭素のピークが観測されたこの成膜メカニズムとしてはNi と Cu 中での炭素固溶度の違いによるものが考えられNi よりも CuおよびNiCu 合金の方が炭素固溶度が小さいためアニーリングによってNi と Cu が相互拡散し合金を形成するにつれて炭素が界面付近に集中しNiCu 合金の触媒作用によってグラフェンが合成されたものと考えられる本研究ではNi と Cu を積層した触媒膜を用いて触媒膜と基板上の界面に直接大面積のグラフェンを合成することに成功した任意の基板上に転写プロセスを用いることなく直接グラフェンを形成することができる本手法は表面保護膜の形成手法として有意義であると考えられる

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 B25

65-04-功績賞 Page 16 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会学生奨励賞受賞者

大内 春花 君(東京理科大学 大学院工学研究科)

大内氏ZDDP と無灰摩擦調整剤併用による ZDDP 錯体構造変化がトライボロジー特性へ与える影響

本研究は ZDDP と無灰 FM併用時の潤滑機構の解明を目的に摩擦面に形成されるトライボフィルムの特性と摩擦挙動との関係を考察したものであるしゅう動部品における要求性能を満たすために潤滑油添加剤の組合せや配合割合が重要となる個々の添加剤の機能は明らかになっているが複合添加した場合相乗効果が発現する場合と互いの効果を阻害する場合があり効果の解明はあまり進んでいない実際に使用される潤滑油は複合添加油であるためより高性能な潤滑油の開発には添加剤間の相互作用機構の解明が必要不可欠となるジアルキルジチオリン酸亜鉛(ZDDP)はトライボフィルムを摩擦面に生成し耐摩耗性向上に寄与する添加剤である一方で高摩擦化をもたらし無灰摩擦調整剤(無灰FM)との併用による摩擦低減が試みられているがその潤滑機構は不明な点が多いそこでZDDPと無灰 FM併用時の潤滑機構を解明するためZDDP 単独添加油と ZDDP10486191048619無灰 FM複合添加油により形成されたトライボフィルムの特性を調査した無灰 FM はグリセリンモノオレート(GMO)とタロウジエタノールアミン(TDEA)を用いたSRV摩擦試験の結果よりZDDP + TDEA複合添加油が最も低摩擦を示したXPS 元素分析結果よりZDDP単独添加油と ZDDP + GMO複合添加油のトライボフィルムは上層は Pが Sよりも高濃度で存在したが下層は S が P よりも高濃度で存在したZDDP10486191048619TDEA 複合添加油の場合は常に Sが P よりも高濃度で存在した 10486541048654104865310486531048658104865811085311108531110852911085291109522110952211085601108560 分析結果よりZDDP 単独添加油と ZDDP10486191048619GMO 複合添加油中では中性塩として ZDDP は存在したがZDDP10486191048619TDEA複合添加油中では塩基性塩に変化していた以上より複合添加する無灰FMの種類によって ZDDPの錯体構造が変化しZDDP単独添加の場合と深さ方向の組成が異なる性質のトライボフィルムを形成することで摩擦挙動に影響を与えたと考えられると結論付けた

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E4

65-04-功績賞 Page 17 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会学生奨励賞受賞者

井池 祐貴 君(兵庫県立大学 大学院シミュレーション学研究科)

井池氏金属表面におけるリン酸エステルの初期吸着過程の分子動力学シミュレーション

本研究は分子動力学法を用いて極圧添加剤の代表的化合物であるリン酸エステルの金属表面への吸着および拡散挙動を解析したものであるリン酸エステルは通常モノエステルジエステルの混合物で使用され各エステル単体に関する知見は少ないのが現状である実験からジエステルと比較してモノエステルの方が優れた摩擦摩耗特性を示すことはわかっているしかしこの特性の発現要因は明らかとなっていないそこで本研究ではモノエステルジエステルの物理吸着特性の理解および基油中の拡散挙動解析のため分子動力学シミュレーションを行った本研究ではまずリン酸エステル単体の吸着および拡散挙動に着目するために基油を含まない系でシミュレーションを行ったこの結果モノエステルジエステルともに金属表面に吸着後分極の強いリン酸基の相互作用から会合体を形成することがわかったまた添加剤分子の二乗変位の測定結果から初期吸着過程においてジエステルと比較してモノエステルのほうが優れた表面拡散性を示すことが明らかとなった次に基油中における拡散挙動に着目するために基油を含まない系でシミュレーションを行ったこの結果基油を含まない系における結果と同様にモノエステルジエステルともに会合体を形成することで逆ミセル化し安定した状態で基油中を拡散するという結果が得られたまた基油中における拡散性もジエステルと比較してモノエステルのほうが優れているということが明らかとなった添加剤分子同士が会合し安定した逆ミセルを形成し拡散するといった挙動は油性剤を対象とした先行研究では見られなかった極圧添加剤特有の挙動でありこれが両者の違いの物理化学的起源と考えられる以上のように本研究ではリン酸エステルのモノエステルおよびジエステルの吸着および拡散挙動を解析しモノエステルおよびジエステルの金属表面および基油中における拡散性の違いを明らかにした本研究の結果と実験結果は少なくとも定性的に一致しているといえモノエステルジエステルの摩擦摩耗特性の違いは本研究で示された拡散性の違いから説明することができるという推論が得られた今後はより広範な分子構造を有する極圧添加剤において同様のシミュレーションを行うことで添加剤の研究開発における更なる発展が期待される

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E6

Page 13: 2019年度日本トライボロジー学会功績賞受賞者 · 2020. 5. 7. · 65-04-功績賞 Page 3 20/03/30 13:42 v3.60 3 185 2019年度日本トライボロジー学会論文賞受賞者

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2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

渡邉 保奈美 君(EMGルブリカンツ合同会社)

渡邉氏ホウ素含有イオン液体による摩擦低減効果(第 4報)

本研究では超低摩擦を示すハロゲンフリーのホウ素含有イオン液体について摩擦後の表面形状および形成した被膜の硬さなどの物性や組成を分析しその低摩擦メカニズムを考察したものである近年イオン液体は新規潤滑油としての応用が注目されているイオン液体は常温で溶融している塩であり分子性液体がもつ分子間相互作用よりも強い静電気的な相互作用を有しているそのため低融点低蒸気圧高い熱安定性高いイオン伝導率等の特徴を有しているイオン液体の潤滑油に関する研究はハロゲンを含む構造のものが多く良好な潤滑性を示すと報告されている一方でフッ化金属が水と反応することによりフッ化水素を発生し腐食摩耗を促進してしまうそのためハロゲンを含まないことが望ましくハロゲンフリーのイオン液体の利用が期待されている本研究ではハロゲンフリーでホウ素を含有するイオン液体に着目し潤滑性を評価した結果ハロゲン系イオン液体や炭化水素系基油よりも特定のアニオン構造を持つイオン液体の摩擦係数が 001 以下の超低摩擦を示すことを見いだしたホウ素含有イオン液体は摩擦試験開始直後に付着物を生成ししゅう動表面が平滑されていることが確認されたまたエネルギー分散型X線分光法とX線分光分析の結果からしゅう動面にアニオン由来と考えられる付着物が確認されたさらにAFMにて表面形状測定とスクラッチ試験を行い超低摩擦を示したしゅう動表面ではスクラッチにより表面が凹む様子が確認した以上の結果より特定のアニオン構造を持つイオン液体が低摩擦を示すメカニズムとしてイオン液体の吸着による摩擦低減作用と平滑化による摩擦低減作用の二つが関与しているものと考察したすなわちしゅう動によってイオン液体分子が摩擦面に吸着して金属固体接触を抑制するとともに温度上昇によって油膜が薄くなった場合でもしゅう動表面の平滑化により固体接触頻度が抑制され低摩擦を示したと考えられるまたしゅう動面に形成された柔らかい被膜は超低摩擦の発現と平滑なしゅう動表面の形成維持に寄与したと考えられる今回の結果はハロゲンフリーのホウ素含有イオン液体の超低摩擦特性とのそのメカニズムに対する新たな発見であり超低摩擦現象を実現するためのメカニズム解明につながることが期待される

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E27

65-04-功績賞 Page 14 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

長谷川 直哉 君(NTN(株))

長谷川氏転がり接触によるピーリングの発生メカニズムとピーリング抑制に及ぼす黒染処理の影響(第 1報第 2報)

自動車や産業機械の摩擦低減の取組みの中で潤滑油の低粘度化の動向があるこれに伴い転がり軸受は希薄潤滑条件で使用される機会が増えるため当該条件での転動疲労はく離のメカニズム解明とその対策技術の確立は機械部品の信頼性向上のための重要な技術課題と考えられるピーリングは希薄潤滑条件で発生する転動疲労はく離の代表であり大きさが 1010495321049532m程度の微小はく

離の集合体のことを指す従来の研究からピーリングの原因は転動部で油膜切れが起こり真実接触部の直下に過大な繰返し応力が作用することであるとわかっているが初期き裂の発生メカニズムについては不明な点があった本研究の第 1報ではピーリングのき裂発生メカニズムを転動面の高倍率観察表面形状と残留応力の測定および表面粗さ解析の結果に基づいて多面的に考察したその結果ピーリングの初期き裂が転動面の塑性変形の繰返しによって形成された切欠き部から発生することを明らかにしたまた転動面に化成処理の一種である黒染処理を行うことでピーリングが抑制される効果についても検討し黒染品では運転中の表面粗さの低下(なじみ)が促進されるため相手面の塑性変形が軽減してピーリングが起こりにくくなることを明らかにしたさらにこのなじみの促進が黒染処理時に母材表面の凹凸が小さくなる現象と転動中に凸部の黒染層が摩耗することの両方によってもたらされることも明らかにした本研究の第 2報では第 1報で得られたピーリングのき裂発生メカニズムと黒染処理によるピーリング抑制効果を転動面の真実接触部直下に繰り返される応力(繰返し応力)の推定結果に基づいて定量的に検討した繰返し応力の推定では転動面に生成される 3軸の残留応力の影響も考慮している検討の結果第 1報で得られた結論は繰返し応力の観点からみても妥当性が高いと考えられた上記の研究成果はピーリングの発生メカニズムに対する理解を深める新しい知見であるだけでなく

ピーリング対策の指針となる実用的にも有用な知見と考えられる

対象論文トライボロジスト63 巻第 8号 (2018) 551 63 巻第 9号 (2018) 618

65-04-功績賞 Page 15 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会学生奨励賞受賞者

米山 長春 君(東京大学 大学院工学研究科)

米山氏プラズマ利用イオン注入法を用いたグラフェンの SiO2Si基板上への直接合成

グラフェンは sp11085301108530結合により平面上に六角形状に配列した炭素原子からなる二次元分子である極めて高い電子移動度や光透過度から半導体材料や透明電極としての応用が期待されておりまた優れた機械的強度化学的安定性を持つことから磁気ディスク等の極薄潤滑保護膜としての研究が進められている高品位なグラフェンを大規模に合成する方法として加熱したNiCu 等の触媒金属膜上で原料となる炭化水素ガスを熱分解させてグラフェンを合成する熱 CVD法が最も広く用いられているしかしこの手法で合成したグラフェンを機能性材料として用いるためには触媒膜上から目的とする基板上へと複雑なプロセスを経て転写する必要がありグラフェンを実用化する上での大きな障壁となっているこのため任意の基板上へとグラフェンを直接合成する手法が研究されておりこれまでに極めて薄い触媒膜を用いてグラフェンを合成した後に触媒を加熱蒸発させグラフェンのみを基板上に残す方法や金属蒸気を触媒として利用する方法等が報告されているが大面積にわたって均一にグラフェンを合成することは困難であるとされている本研究では基板上に炭素イオンを注入した Ni 膜と Cu 膜を積層してアニーリングすることで基板上へのグラフェンの直接合成を試みた

10486591048659104868110486811048655104865511085301108530基板上にスパッタ成膜したNi 膜にプラズマ利用イオン注入法を用いてメタンイオンを注入しさらにその上にCu膜をスパッタすることで炭素を含むNi 膜と Cu膜の積層膜を生成しこれを真空中にて 850でアニーリングすることによってグラフェンを基板と積層膜の界面に生成したNi 膜の厚みを 50nm150 nmCu 膜の厚みを 50nm350 nmと変化させ合計 4通りのサンプルを作成した積層膜をエッチングして取り除いたのち基板上に形成されたグラフェン膜をラマン分光分析法を用いて評価したNi 膜の厚みが比較的薄いサンプルについては欠陥を含む複層のグラフェンが基板全面にわたって合成されていたのに対しNi 膜が厚いサンプルについては微弱な非晶質炭素のピークが観測されたこの成膜メカニズムとしてはNi と Cu 中での炭素固溶度の違いによるものが考えられNi よりも CuおよびNiCu 合金の方が炭素固溶度が小さいためアニーリングによってNi と Cu が相互拡散し合金を形成するにつれて炭素が界面付近に集中しNiCu 合金の触媒作用によってグラフェンが合成されたものと考えられる本研究ではNi と Cu を積層した触媒膜を用いて触媒膜と基板上の界面に直接大面積のグラフェンを合成することに成功した任意の基板上に転写プロセスを用いることなく直接グラフェンを形成することができる本手法は表面保護膜の形成手法として有意義であると考えられる

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 B25

65-04-功績賞 Page 16 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会学生奨励賞受賞者

大内 春花 君(東京理科大学 大学院工学研究科)

大内氏ZDDP と無灰摩擦調整剤併用による ZDDP 錯体構造変化がトライボロジー特性へ与える影響

本研究は ZDDP と無灰 FM併用時の潤滑機構の解明を目的に摩擦面に形成されるトライボフィルムの特性と摩擦挙動との関係を考察したものであるしゅう動部品における要求性能を満たすために潤滑油添加剤の組合せや配合割合が重要となる個々の添加剤の機能は明らかになっているが複合添加した場合相乗効果が発現する場合と互いの効果を阻害する場合があり効果の解明はあまり進んでいない実際に使用される潤滑油は複合添加油であるためより高性能な潤滑油の開発には添加剤間の相互作用機構の解明が必要不可欠となるジアルキルジチオリン酸亜鉛(ZDDP)はトライボフィルムを摩擦面に生成し耐摩耗性向上に寄与する添加剤である一方で高摩擦化をもたらし無灰摩擦調整剤(無灰FM)との併用による摩擦低減が試みられているがその潤滑機構は不明な点が多いそこでZDDPと無灰 FM併用時の潤滑機構を解明するためZDDP 単独添加油と ZDDP10486191048619無灰 FM複合添加油により形成されたトライボフィルムの特性を調査した無灰 FM はグリセリンモノオレート(GMO)とタロウジエタノールアミン(TDEA)を用いたSRV摩擦試験の結果よりZDDP + TDEA複合添加油が最も低摩擦を示したXPS 元素分析結果よりZDDP単独添加油と ZDDP + GMO複合添加油のトライボフィルムは上層は Pが Sよりも高濃度で存在したが下層は S が P よりも高濃度で存在したZDDP10486191048619TDEA 複合添加油の場合は常に Sが P よりも高濃度で存在した 10486541048654104865310486531048658104865811085311108531110852911085291109522110952211085601108560 分析結果よりZDDP 単独添加油と ZDDP10486191048619GMO 複合添加油中では中性塩として ZDDP は存在したがZDDP10486191048619TDEA複合添加油中では塩基性塩に変化していた以上より複合添加する無灰FMの種類によって ZDDPの錯体構造が変化しZDDP単独添加の場合と深さ方向の組成が異なる性質のトライボフィルムを形成することで摩擦挙動に影響を与えたと考えられると結論付けた

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E4

65-04-功績賞 Page 17 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会学生奨励賞受賞者

井池 祐貴 君(兵庫県立大学 大学院シミュレーション学研究科)

井池氏金属表面におけるリン酸エステルの初期吸着過程の分子動力学シミュレーション

本研究は分子動力学法を用いて極圧添加剤の代表的化合物であるリン酸エステルの金属表面への吸着および拡散挙動を解析したものであるリン酸エステルは通常モノエステルジエステルの混合物で使用され各エステル単体に関する知見は少ないのが現状である実験からジエステルと比較してモノエステルの方が優れた摩擦摩耗特性を示すことはわかっているしかしこの特性の発現要因は明らかとなっていないそこで本研究ではモノエステルジエステルの物理吸着特性の理解および基油中の拡散挙動解析のため分子動力学シミュレーションを行った本研究ではまずリン酸エステル単体の吸着および拡散挙動に着目するために基油を含まない系でシミュレーションを行ったこの結果モノエステルジエステルともに金属表面に吸着後分極の強いリン酸基の相互作用から会合体を形成することがわかったまた添加剤分子の二乗変位の測定結果から初期吸着過程においてジエステルと比較してモノエステルのほうが優れた表面拡散性を示すことが明らかとなった次に基油中における拡散挙動に着目するために基油を含まない系でシミュレーションを行ったこの結果基油を含まない系における結果と同様にモノエステルジエステルともに会合体を形成することで逆ミセル化し安定した状態で基油中を拡散するという結果が得られたまた基油中における拡散性もジエステルと比較してモノエステルのほうが優れているということが明らかとなった添加剤分子同士が会合し安定した逆ミセルを形成し拡散するといった挙動は油性剤を対象とした先行研究では見られなかった極圧添加剤特有の挙動でありこれが両者の違いの物理化学的起源と考えられる以上のように本研究ではリン酸エステルのモノエステルおよびジエステルの吸着および拡散挙動を解析しモノエステルおよびジエステルの金属表面および基油中における拡散性の違いを明らかにした本研究の結果と実験結果は少なくとも定性的に一致しているといえモノエステルジエステルの摩擦摩耗特性の違いは本研究で示された拡散性の違いから説明することができるという推論が得られた今後はより広範な分子構造を有する極圧添加剤において同様のシミュレーションを行うことで添加剤の研究開発における更なる発展が期待される

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E6

Page 14: 2019年度日本トライボロジー学会功績賞受賞者 · 2020. 5. 7. · 65-04-功績賞 Page 3 20/03/30 13:42 v3.60 3 185 2019年度日本トライボロジー学会論文賞受賞者

65-04-功績賞 Page 14 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会奨励賞受賞者

長谷川 直哉 君(NTN(株))

長谷川氏転がり接触によるピーリングの発生メカニズムとピーリング抑制に及ぼす黒染処理の影響(第 1報第 2報)

自動車や産業機械の摩擦低減の取組みの中で潤滑油の低粘度化の動向があるこれに伴い転がり軸受は希薄潤滑条件で使用される機会が増えるため当該条件での転動疲労はく離のメカニズム解明とその対策技術の確立は機械部品の信頼性向上のための重要な技術課題と考えられるピーリングは希薄潤滑条件で発生する転動疲労はく離の代表であり大きさが 1010495321049532m程度の微小はく

離の集合体のことを指す従来の研究からピーリングの原因は転動部で油膜切れが起こり真実接触部の直下に過大な繰返し応力が作用することであるとわかっているが初期き裂の発生メカニズムについては不明な点があった本研究の第 1報ではピーリングのき裂発生メカニズムを転動面の高倍率観察表面形状と残留応力の測定および表面粗さ解析の結果に基づいて多面的に考察したその結果ピーリングの初期き裂が転動面の塑性変形の繰返しによって形成された切欠き部から発生することを明らかにしたまた転動面に化成処理の一種である黒染処理を行うことでピーリングが抑制される効果についても検討し黒染品では運転中の表面粗さの低下(なじみ)が促進されるため相手面の塑性変形が軽減してピーリングが起こりにくくなることを明らかにしたさらにこのなじみの促進が黒染処理時に母材表面の凹凸が小さくなる現象と転動中に凸部の黒染層が摩耗することの両方によってもたらされることも明らかにした本研究の第 2報では第 1報で得られたピーリングのき裂発生メカニズムと黒染処理によるピーリング抑制効果を転動面の真実接触部直下に繰り返される応力(繰返し応力)の推定結果に基づいて定量的に検討した繰返し応力の推定では転動面に生成される 3軸の残留応力の影響も考慮している検討の結果第 1報で得られた結論は繰返し応力の観点からみても妥当性が高いと考えられた上記の研究成果はピーリングの発生メカニズムに対する理解を深める新しい知見であるだけでなく

ピーリング対策の指針となる実用的にも有用な知見と考えられる

対象論文トライボロジスト63 巻第 8号 (2018) 551 63 巻第 9号 (2018) 618

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2019 年度日本トライボロジー学会学生奨励賞受賞者

米山 長春 君(東京大学 大学院工学研究科)

米山氏プラズマ利用イオン注入法を用いたグラフェンの SiO2Si基板上への直接合成

グラフェンは sp11085301108530結合により平面上に六角形状に配列した炭素原子からなる二次元分子である極めて高い電子移動度や光透過度から半導体材料や透明電極としての応用が期待されておりまた優れた機械的強度化学的安定性を持つことから磁気ディスク等の極薄潤滑保護膜としての研究が進められている高品位なグラフェンを大規模に合成する方法として加熱したNiCu 等の触媒金属膜上で原料となる炭化水素ガスを熱分解させてグラフェンを合成する熱 CVD法が最も広く用いられているしかしこの手法で合成したグラフェンを機能性材料として用いるためには触媒膜上から目的とする基板上へと複雑なプロセスを経て転写する必要がありグラフェンを実用化する上での大きな障壁となっているこのため任意の基板上へとグラフェンを直接合成する手法が研究されておりこれまでに極めて薄い触媒膜を用いてグラフェンを合成した後に触媒を加熱蒸発させグラフェンのみを基板上に残す方法や金属蒸気を触媒として利用する方法等が報告されているが大面積にわたって均一にグラフェンを合成することは困難であるとされている本研究では基板上に炭素イオンを注入した Ni 膜と Cu 膜を積層してアニーリングすることで基板上へのグラフェンの直接合成を試みた

10486591048659104868110486811048655104865511085301108530基板上にスパッタ成膜したNi 膜にプラズマ利用イオン注入法を用いてメタンイオンを注入しさらにその上にCu膜をスパッタすることで炭素を含むNi 膜と Cu膜の積層膜を生成しこれを真空中にて 850でアニーリングすることによってグラフェンを基板と積層膜の界面に生成したNi 膜の厚みを 50nm150 nmCu 膜の厚みを 50nm350 nmと変化させ合計 4通りのサンプルを作成した積層膜をエッチングして取り除いたのち基板上に形成されたグラフェン膜をラマン分光分析法を用いて評価したNi 膜の厚みが比較的薄いサンプルについては欠陥を含む複層のグラフェンが基板全面にわたって合成されていたのに対しNi 膜が厚いサンプルについては微弱な非晶質炭素のピークが観測されたこの成膜メカニズムとしてはNi と Cu 中での炭素固溶度の違いによるものが考えられNi よりも CuおよびNiCu 合金の方が炭素固溶度が小さいためアニーリングによってNi と Cu が相互拡散し合金を形成するにつれて炭素が界面付近に集中しNiCu 合金の触媒作用によってグラフェンが合成されたものと考えられる本研究ではNi と Cu を積層した触媒膜を用いて触媒膜と基板上の界面に直接大面積のグラフェンを合成することに成功した任意の基板上に転写プロセスを用いることなく直接グラフェンを形成することができる本手法は表面保護膜の形成手法として有意義であると考えられる

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 B25

65-04-功績賞 Page 16 200330 1342 v360

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2019 年度日本トライボロジー学会学生奨励賞受賞者

大内 春花 君(東京理科大学 大学院工学研究科)

大内氏ZDDP と無灰摩擦調整剤併用による ZDDP 錯体構造変化がトライボロジー特性へ与える影響

本研究は ZDDP と無灰 FM併用時の潤滑機構の解明を目的に摩擦面に形成されるトライボフィルムの特性と摩擦挙動との関係を考察したものであるしゅう動部品における要求性能を満たすために潤滑油添加剤の組合せや配合割合が重要となる個々の添加剤の機能は明らかになっているが複合添加した場合相乗効果が発現する場合と互いの効果を阻害する場合があり効果の解明はあまり進んでいない実際に使用される潤滑油は複合添加油であるためより高性能な潤滑油の開発には添加剤間の相互作用機構の解明が必要不可欠となるジアルキルジチオリン酸亜鉛(ZDDP)はトライボフィルムを摩擦面に生成し耐摩耗性向上に寄与する添加剤である一方で高摩擦化をもたらし無灰摩擦調整剤(無灰FM)との併用による摩擦低減が試みられているがその潤滑機構は不明な点が多いそこでZDDPと無灰 FM併用時の潤滑機構を解明するためZDDP 単独添加油と ZDDP10486191048619無灰 FM複合添加油により形成されたトライボフィルムの特性を調査した無灰 FM はグリセリンモノオレート(GMO)とタロウジエタノールアミン(TDEA)を用いたSRV摩擦試験の結果よりZDDP + TDEA複合添加油が最も低摩擦を示したXPS 元素分析結果よりZDDP単独添加油と ZDDP + GMO複合添加油のトライボフィルムは上層は Pが Sよりも高濃度で存在したが下層は S が P よりも高濃度で存在したZDDP10486191048619TDEA 複合添加油の場合は常に Sが P よりも高濃度で存在した 10486541048654104865310486531048658104865811085311108531110852911085291109522110952211085601108560 分析結果よりZDDP 単独添加油と ZDDP10486191048619GMO 複合添加油中では中性塩として ZDDP は存在したがZDDP10486191048619TDEA複合添加油中では塩基性塩に変化していた以上より複合添加する無灰FMの種類によって ZDDPの錯体構造が変化しZDDP単独添加の場合と深さ方向の組成が異なる性質のトライボフィルムを形成することで摩擦挙動に影響を与えたと考えられると結論付けた

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E4

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2019 年度日本トライボロジー学会学生奨励賞受賞者

井池 祐貴 君(兵庫県立大学 大学院シミュレーション学研究科)

井池氏金属表面におけるリン酸エステルの初期吸着過程の分子動力学シミュレーション

本研究は分子動力学法を用いて極圧添加剤の代表的化合物であるリン酸エステルの金属表面への吸着および拡散挙動を解析したものであるリン酸エステルは通常モノエステルジエステルの混合物で使用され各エステル単体に関する知見は少ないのが現状である実験からジエステルと比較してモノエステルの方が優れた摩擦摩耗特性を示すことはわかっているしかしこの特性の発現要因は明らかとなっていないそこで本研究ではモノエステルジエステルの物理吸着特性の理解および基油中の拡散挙動解析のため分子動力学シミュレーションを行った本研究ではまずリン酸エステル単体の吸着および拡散挙動に着目するために基油を含まない系でシミュレーションを行ったこの結果モノエステルジエステルともに金属表面に吸着後分極の強いリン酸基の相互作用から会合体を形成することがわかったまた添加剤分子の二乗変位の測定結果から初期吸着過程においてジエステルと比較してモノエステルのほうが優れた表面拡散性を示すことが明らかとなった次に基油中における拡散挙動に着目するために基油を含まない系でシミュレーションを行ったこの結果基油を含まない系における結果と同様にモノエステルジエステルともに会合体を形成することで逆ミセル化し安定した状態で基油中を拡散するという結果が得られたまた基油中における拡散性もジエステルと比較してモノエステルのほうが優れているということが明らかとなった添加剤分子同士が会合し安定した逆ミセルを形成し拡散するといった挙動は油性剤を対象とした先行研究では見られなかった極圧添加剤特有の挙動でありこれが両者の違いの物理化学的起源と考えられる以上のように本研究ではリン酸エステルのモノエステルおよびジエステルの吸着および拡散挙動を解析しモノエステルおよびジエステルの金属表面および基油中における拡散性の違いを明らかにした本研究の結果と実験結果は少なくとも定性的に一致しているといえモノエステルジエステルの摩擦摩耗特性の違いは本研究で示された拡散性の違いから説明することができるという推論が得られた今後はより広範な分子構造を有する極圧添加剤において同様のシミュレーションを行うことで添加剤の研究開発における更なる発展が期待される

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E6

Page 15: 2019年度日本トライボロジー学会功績賞受賞者 · 2020. 5. 7. · 65-04-功績賞 Page 3 20/03/30 13:42 v3.60 3 185 2019年度日本トライボロジー学会論文賞受賞者

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2019 年度日本トライボロジー学会学生奨励賞受賞者

米山 長春 君(東京大学 大学院工学研究科)

米山氏プラズマ利用イオン注入法を用いたグラフェンの SiO2Si基板上への直接合成

グラフェンは sp11085301108530結合により平面上に六角形状に配列した炭素原子からなる二次元分子である極めて高い電子移動度や光透過度から半導体材料や透明電極としての応用が期待されておりまた優れた機械的強度化学的安定性を持つことから磁気ディスク等の極薄潤滑保護膜としての研究が進められている高品位なグラフェンを大規模に合成する方法として加熱したNiCu 等の触媒金属膜上で原料となる炭化水素ガスを熱分解させてグラフェンを合成する熱 CVD法が最も広く用いられているしかしこの手法で合成したグラフェンを機能性材料として用いるためには触媒膜上から目的とする基板上へと複雑なプロセスを経て転写する必要がありグラフェンを実用化する上での大きな障壁となっているこのため任意の基板上へとグラフェンを直接合成する手法が研究されておりこれまでに極めて薄い触媒膜を用いてグラフェンを合成した後に触媒を加熱蒸発させグラフェンのみを基板上に残す方法や金属蒸気を触媒として利用する方法等が報告されているが大面積にわたって均一にグラフェンを合成することは困難であるとされている本研究では基板上に炭素イオンを注入した Ni 膜と Cu 膜を積層してアニーリングすることで基板上へのグラフェンの直接合成を試みた

10486591048659104868110486811048655104865511085301108530基板上にスパッタ成膜したNi 膜にプラズマ利用イオン注入法を用いてメタンイオンを注入しさらにその上にCu膜をスパッタすることで炭素を含むNi 膜と Cu膜の積層膜を生成しこれを真空中にて 850でアニーリングすることによってグラフェンを基板と積層膜の界面に生成したNi 膜の厚みを 50nm150 nmCu 膜の厚みを 50nm350 nmと変化させ合計 4通りのサンプルを作成した積層膜をエッチングして取り除いたのち基板上に形成されたグラフェン膜をラマン分光分析法を用いて評価したNi 膜の厚みが比較的薄いサンプルについては欠陥を含む複層のグラフェンが基板全面にわたって合成されていたのに対しNi 膜が厚いサンプルについては微弱な非晶質炭素のピークが観測されたこの成膜メカニズムとしてはNi と Cu 中での炭素固溶度の違いによるものが考えられNi よりも CuおよびNiCu 合金の方が炭素固溶度が小さいためアニーリングによってNi と Cu が相互拡散し合金を形成するにつれて炭素が界面付近に集中しNiCu 合金の触媒作用によってグラフェンが合成されたものと考えられる本研究ではNi と Cu を積層した触媒膜を用いて触媒膜と基板上の界面に直接大面積のグラフェンを合成することに成功した任意の基板上に転写プロセスを用いることなく直接グラフェンを形成することができる本手法は表面保護膜の形成手法として有意義であると考えられる

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 B25

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2019 年度日本トライボロジー学会学生奨励賞受賞者

大内 春花 君(東京理科大学 大学院工学研究科)

大内氏ZDDP と無灰摩擦調整剤併用による ZDDP 錯体構造変化がトライボロジー特性へ与える影響

本研究は ZDDP と無灰 FM併用時の潤滑機構の解明を目的に摩擦面に形成されるトライボフィルムの特性と摩擦挙動との関係を考察したものであるしゅう動部品における要求性能を満たすために潤滑油添加剤の組合せや配合割合が重要となる個々の添加剤の機能は明らかになっているが複合添加した場合相乗効果が発現する場合と互いの効果を阻害する場合があり効果の解明はあまり進んでいない実際に使用される潤滑油は複合添加油であるためより高性能な潤滑油の開発には添加剤間の相互作用機構の解明が必要不可欠となるジアルキルジチオリン酸亜鉛(ZDDP)はトライボフィルムを摩擦面に生成し耐摩耗性向上に寄与する添加剤である一方で高摩擦化をもたらし無灰摩擦調整剤(無灰FM)との併用による摩擦低減が試みられているがその潤滑機構は不明な点が多いそこでZDDPと無灰 FM併用時の潤滑機構を解明するためZDDP 単独添加油と ZDDP10486191048619無灰 FM複合添加油により形成されたトライボフィルムの特性を調査した無灰 FM はグリセリンモノオレート(GMO)とタロウジエタノールアミン(TDEA)を用いたSRV摩擦試験の結果よりZDDP + TDEA複合添加油が最も低摩擦を示したXPS 元素分析結果よりZDDP単独添加油と ZDDP + GMO複合添加油のトライボフィルムは上層は Pが Sよりも高濃度で存在したが下層は S が P よりも高濃度で存在したZDDP10486191048619TDEA 複合添加油の場合は常に Sが P よりも高濃度で存在した 10486541048654104865310486531048658104865811085311108531110852911085291109522110952211085601108560 分析結果よりZDDP 単独添加油と ZDDP10486191048619GMO 複合添加油中では中性塩として ZDDP は存在したがZDDP10486191048619TDEA複合添加油中では塩基性塩に変化していた以上より複合添加する無灰FMの種類によって ZDDPの錯体構造が変化しZDDP単独添加の場合と深さ方向の組成が異なる性質のトライボフィルムを形成することで摩擦挙動に影響を与えたと考えられると結論付けた

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E4

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2019 年度日本トライボロジー学会学生奨励賞受賞者

井池 祐貴 君(兵庫県立大学 大学院シミュレーション学研究科)

井池氏金属表面におけるリン酸エステルの初期吸着過程の分子動力学シミュレーション

本研究は分子動力学法を用いて極圧添加剤の代表的化合物であるリン酸エステルの金属表面への吸着および拡散挙動を解析したものであるリン酸エステルは通常モノエステルジエステルの混合物で使用され各エステル単体に関する知見は少ないのが現状である実験からジエステルと比較してモノエステルの方が優れた摩擦摩耗特性を示すことはわかっているしかしこの特性の発現要因は明らかとなっていないそこで本研究ではモノエステルジエステルの物理吸着特性の理解および基油中の拡散挙動解析のため分子動力学シミュレーションを行った本研究ではまずリン酸エステル単体の吸着および拡散挙動に着目するために基油を含まない系でシミュレーションを行ったこの結果モノエステルジエステルともに金属表面に吸着後分極の強いリン酸基の相互作用から会合体を形成することがわかったまた添加剤分子の二乗変位の測定結果から初期吸着過程においてジエステルと比較してモノエステルのほうが優れた表面拡散性を示すことが明らかとなった次に基油中における拡散挙動に着目するために基油を含まない系でシミュレーションを行ったこの結果基油を含まない系における結果と同様にモノエステルジエステルともに会合体を形成することで逆ミセル化し安定した状態で基油中を拡散するという結果が得られたまた基油中における拡散性もジエステルと比較してモノエステルのほうが優れているということが明らかとなった添加剤分子同士が会合し安定した逆ミセルを形成し拡散するといった挙動は油性剤を対象とした先行研究では見られなかった極圧添加剤特有の挙動でありこれが両者の違いの物理化学的起源と考えられる以上のように本研究ではリン酸エステルのモノエステルおよびジエステルの吸着および拡散挙動を解析しモノエステルおよびジエステルの金属表面および基油中における拡散性の違いを明らかにした本研究の結果と実験結果は少なくとも定性的に一致しているといえモノエステルジエステルの摩擦摩耗特性の違いは本研究で示された拡散性の違いから説明することができるという推論が得られた今後はより広範な分子構造を有する極圧添加剤において同様のシミュレーションを行うことで添加剤の研究開発における更なる発展が期待される

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E6

Page 16: 2019年度日本トライボロジー学会功績賞受賞者 · 2020. 5. 7. · 65-04-功績賞 Page 3 20/03/30 13:42 v3.60 3 185 2019年度日本トライボロジー学会論文賞受賞者

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2019 年度日本トライボロジー学会学生奨励賞受賞者

大内 春花 君(東京理科大学 大学院工学研究科)

大内氏ZDDP と無灰摩擦調整剤併用による ZDDP 錯体構造変化がトライボロジー特性へ与える影響

本研究は ZDDP と無灰 FM併用時の潤滑機構の解明を目的に摩擦面に形成されるトライボフィルムの特性と摩擦挙動との関係を考察したものであるしゅう動部品における要求性能を満たすために潤滑油添加剤の組合せや配合割合が重要となる個々の添加剤の機能は明らかになっているが複合添加した場合相乗効果が発現する場合と互いの効果を阻害する場合があり効果の解明はあまり進んでいない実際に使用される潤滑油は複合添加油であるためより高性能な潤滑油の開発には添加剤間の相互作用機構の解明が必要不可欠となるジアルキルジチオリン酸亜鉛(ZDDP)はトライボフィルムを摩擦面に生成し耐摩耗性向上に寄与する添加剤である一方で高摩擦化をもたらし無灰摩擦調整剤(無灰FM)との併用による摩擦低減が試みられているがその潤滑機構は不明な点が多いそこでZDDPと無灰 FM併用時の潤滑機構を解明するためZDDP 単独添加油と ZDDP10486191048619無灰 FM複合添加油により形成されたトライボフィルムの特性を調査した無灰 FM はグリセリンモノオレート(GMO)とタロウジエタノールアミン(TDEA)を用いたSRV摩擦試験の結果よりZDDP + TDEA複合添加油が最も低摩擦を示したXPS 元素分析結果よりZDDP単独添加油と ZDDP + GMO複合添加油のトライボフィルムは上層は Pが Sよりも高濃度で存在したが下層は S が P よりも高濃度で存在したZDDP10486191048619TDEA 複合添加油の場合は常に Sが P よりも高濃度で存在した 10486541048654104865310486531048658104865811085311108531110852911085291109522110952211085601108560 分析結果よりZDDP 単独添加油と ZDDP10486191048619GMO 複合添加油中では中性塩として ZDDP は存在したがZDDP10486191048619TDEA複合添加油中では塩基性塩に変化していた以上より複合添加する無灰FMの種類によって ZDDPの錯体構造が変化しZDDP単独添加の場合と深さ方向の組成が異なる性質のトライボフィルムを形成することで摩擦挙動に影響を与えたと考えられると結論付けた

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E4

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2019 年度日本トライボロジー学会学生奨励賞受賞者

井池 祐貴 君(兵庫県立大学 大学院シミュレーション学研究科)

井池氏金属表面におけるリン酸エステルの初期吸着過程の分子動力学シミュレーション

本研究は分子動力学法を用いて極圧添加剤の代表的化合物であるリン酸エステルの金属表面への吸着および拡散挙動を解析したものであるリン酸エステルは通常モノエステルジエステルの混合物で使用され各エステル単体に関する知見は少ないのが現状である実験からジエステルと比較してモノエステルの方が優れた摩擦摩耗特性を示すことはわかっているしかしこの特性の発現要因は明らかとなっていないそこで本研究ではモノエステルジエステルの物理吸着特性の理解および基油中の拡散挙動解析のため分子動力学シミュレーションを行った本研究ではまずリン酸エステル単体の吸着および拡散挙動に着目するために基油を含まない系でシミュレーションを行ったこの結果モノエステルジエステルともに金属表面に吸着後分極の強いリン酸基の相互作用から会合体を形成することがわかったまた添加剤分子の二乗変位の測定結果から初期吸着過程においてジエステルと比較してモノエステルのほうが優れた表面拡散性を示すことが明らかとなった次に基油中における拡散挙動に着目するために基油を含まない系でシミュレーションを行ったこの結果基油を含まない系における結果と同様にモノエステルジエステルともに会合体を形成することで逆ミセル化し安定した状態で基油中を拡散するという結果が得られたまた基油中における拡散性もジエステルと比較してモノエステルのほうが優れているということが明らかとなった添加剤分子同士が会合し安定した逆ミセルを形成し拡散するといった挙動は油性剤を対象とした先行研究では見られなかった極圧添加剤特有の挙動でありこれが両者の違いの物理化学的起源と考えられる以上のように本研究ではリン酸エステルのモノエステルおよびジエステルの吸着および拡散挙動を解析しモノエステルおよびジエステルの金属表面および基油中における拡散性の違いを明らかにした本研究の結果と実験結果は少なくとも定性的に一致しているといえモノエステルジエステルの摩擦摩耗特性の違いは本研究で示された拡散性の違いから説明することができるという推論が得られた今後はより広範な分子構造を有する極圧添加剤において同様のシミュレーションを行うことで添加剤の研究開発における更なる発展が期待される

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E6

Page 17: 2019年度日本トライボロジー学会功績賞受賞者 · 2020. 5. 7. · 65-04-功績賞 Page 3 20/03/30 13:42 v3.60 3 185 2019年度日本トライボロジー学会論文賞受賞者

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2019 年度日本トライボロジー学会学生奨励賞受賞者

井池 祐貴 君(兵庫県立大学 大学院シミュレーション学研究科)

井池氏金属表面におけるリン酸エステルの初期吸着過程の分子動力学シミュレーション

本研究は分子動力学法を用いて極圧添加剤の代表的化合物であるリン酸エステルの金属表面への吸着および拡散挙動を解析したものであるリン酸エステルは通常モノエステルジエステルの混合物で使用され各エステル単体に関する知見は少ないのが現状である実験からジエステルと比較してモノエステルの方が優れた摩擦摩耗特性を示すことはわかっているしかしこの特性の発現要因は明らかとなっていないそこで本研究ではモノエステルジエステルの物理吸着特性の理解および基油中の拡散挙動解析のため分子動力学シミュレーションを行った本研究ではまずリン酸エステル単体の吸着および拡散挙動に着目するために基油を含まない系でシミュレーションを行ったこの結果モノエステルジエステルともに金属表面に吸着後分極の強いリン酸基の相互作用から会合体を形成することがわかったまた添加剤分子の二乗変位の測定結果から初期吸着過程においてジエステルと比較してモノエステルのほうが優れた表面拡散性を示すことが明らかとなった次に基油中における拡散挙動に着目するために基油を含まない系でシミュレーションを行ったこの結果基油を含まない系における結果と同様にモノエステルジエステルともに会合体を形成することで逆ミセル化し安定した状態で基油中を拡散するという結果が得られたまた基油中における拡散性もジエステルと比較してモノエステルのほうが優れているということが明らかとなった添加剤分子同士が会合し安定した逆ミセルを形成し拡散するといった挙動は油性剤を対象とした先行研究では見られなかった極圧添加剤特有の挙動でありこれが両者の違いの物理化学的起源と考えられる以上のように本研究ではリン酸エステルのモノエステルおよびジエステルの吸着および拡散挙動を解析しモノエステルおよびジエステルの金属表面および基油中における拡散性の違いを明らかにした本研究の結果と実験結果は少なくとも定性的に一致しているといえモノエステルジエステルの摩擦摩耗特性の違いは本研究で示された拡散性の違いから説明することができるという推論が得られた今後はより広範な分子構造を有する極圧添加剤において同様のシミュレーションを行うことで添加剤の研究開発における更なる発展が期待される

対象論文トライボロジー会議 2019 春 東京 E6