2p101 aloのf a 遷移のバンド強度における フランク‐コンドン因...

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2P101 AlOのF 2 Σ + ―A 2 Π遷移のバンド強度における フランク‐コンドン因子化の破れ (大分大) 本城信光 【序】 フランク-コンドン因子はバンド(分子の電子スペクトルの振動構造を構成する要素 であり、回転線の集まりからなる)の相対強度の説明に使われる。分子の電子遷移のバンド 強度を表す式はコンドン近似を用いるとフランク-コンドン因子に比例する。このフランク-コン ドン因子化はコンドン近似における仮定 ――電子遷移モーメントの核座標への依存性は無 視できる――が妥当なことを前提としている。 AlO分子のF 2 Σ + ―A 2 Π遷移のバンド強度に対する非経験的計算の結果[1]によると、 この遷移の電子遷移モーメントは核間距離の変化にともなって大きく変動する。F 2 Σ + 状態 とA 2 Π状態それぞれの振動量子数の範囲を以前[1,2]よりも拡げてバンド強度とフランク-コ ンドン因子を計算し、その結果を用いてフランク-コンドン因子化の妥当性を調べた。 【方法】 分子振動計算、振動波動関数の重なり積分の計算、核間距離 R の関数である 電子遷移モーメント関数μ( R )、およびμ( R )に関するF 2 Σ + 状態(振動量子数 v ')とA 2 Π状 態(振動量子数 v ")との間の遷移行列要素の計算には、以前[1,2]と同じ方法を用いた。配 置間相互作用計算[1,3]とμ( R )計算にはALCHEMY II プログラムシステム[4]を用いた。 【結果・考察】 (1) F 2 Σ v' -A 2 Π v" 遷移に対するフランク-コンドン因子(FCF)の結 果を図 1(a)に、バンド強度(au)の結果を図 1(b)に示す。円の面積は値の大きさを表す。 FCFの分布には、0-0バンドを挟んで、 v "-プログレッションの v ' v " 域と v '<v "域のそれ ぞれにあるFCF極大(ただし0-0バンドの10%以上のFCF)を与えるバンドの連なりとして、コン ドン放物線がある (図1(a))。バンド強度の分布の場合、 v '<v "域のv '=3-16にはバンド強 度極大(ただし0-0バンドの10%以上のバンド強度)を与えるバンドの連なりはない(図1(b))。 v '=5-16の各 v "-プログレッションにあるv ' v " 域のFCF極大 バンドに対するv '<v "域の それの相対強度は、相対FCFのほうが相対バンド強度より10倍以上大きい。

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  • 2P101

    AlOのF2Σ+―A2Π遷移のバンド強度における

    フランク‐コンドン因子化の破れ

    (大分大) 本城信光

    【序】 フランク-コンドン因子はバンド(分子の電子スペクトルの振動構造を構成する要素

    であり、回転線の集まりからなる)の相対強度の説明に使われる。分子の電子遷移のバンド

    強度を表す式はコンドン近似を用いるとフランク-コンドン因子に比例する。このフランク-コン

    ドン因子化はコンドン近似における仮定――電子遷移モーメントの核座標への依存性は無

    視できる――が妥当なことを前提としている。

    AlO分子のF2Σ+―A2Π遷移のバンド強度に対する非経験的計算の結果 [1]によると、

    この遷移の電子遷移モーメントは核間距離の変化にともなって大きく変動する。F2Σ+状態

    とA2Π状態それぞれの振動量子数の範囲を以前 [1,2]よりも拡げてバンド強度とフランク-コ

    ンドン因子を計算し、その結果を用いてフランク-コンドン因子化の妥当性を調べた。

    【方法】 分子振動計算、振動波動関数の重なり積分の計算、核間距離Rの関数である

    電子遷移モーメント関数μ(R)、およびμ(R)に関するF2Σ+状態(振動量子数 v')とA2Π状

    態(振動量子数v")との間の遷移行列要素の計算には、以前 [1,2]と同じ方法を用いた。配

    置間相互作用計算 [1,3]とμ(R)計算にはALCHEMY II プログラムシステム[4]を用いた。

    【結果・考察】 (1) F2Σ+ v'-A2Π v" 遷移に対するフランク-コンドン因子 (FCF)の結

    果を図 1(a)に、バンド強度(au)の結果を図 1(b)に示す。円の面積は値の大きさを表す。

    FCFの分布には、0-0バンドを挟んで、v"-プログレッションのv'≧v"域とv'<v"域のそれ

    ぞれにあるFCF極大(ただし0-0バンドの10%以上のFCF)を与えるバンドの連なりとして、コン

    ドン放物線がある (図1(a))。バンド強度の分布の場合、v'<v"域のv'=3-16にはバンド強

    度極大(ただし0-0バンドの10%以上のバンド強度)を与えるバンドの連なりはない(図1(b))。

    v'=5-16の各v"-プログレッションにあるv'≧v"域のFCF極大バンドに対するv'<v"域の

    それの相対強度は、相対FCFのほうが相対バンド強度より10倍以上大きい。

  • (a) フランク-コンドン因子 (b) バンド強度

    図1. F2Σ+ v'-A2Π v" 遷移の強度分布。円の面積は値の大きさを表す

    (2) F2Σ+―A2Π遷移のv'=1-16のv"-プログレッションでは、v'≧v"域にあるFCF極大を与

    えるバンドのほとんどがバンド強度の極大も与える。一方、v'<v"域にあるFCF極大バンドの

    多くがバンド強度の極大を与えない。バンド強度がフランク-コンドン因子に比例するとす

    る因子化の近似は、多くのv"-プログレッションのv'<v"域で、強度極大を与えるバンドの説

    明には妥当でない。

    (3) 電子遷移モーメントの核間距離依存性を無視できるとする仮定が妥当でなければフラ

    ンク-コンドン因子化の近似は成り立たない。電子遷移モーメントのふるまいが遷移行列要

    素に及ぼす効果を、核間距離の区間による遷移行列要素への寄与のちがいにも注目して

    調べ、フランク-コンドン因子化の近似を成り立たなくさせる仕組みを考察する。

    【参考文献】 [1] N.Honjou, Computational and Theoretical Chemistry 978 (2011) 138.

    [2] 本城信光 , 第4回分子科学討論会 , 3P110 (2010).

    [3] N.Honjou, J. Mol. Struct. (Theochem) 939 (2010) 59.

    [4] A.D.McLean, M.Yoshimine, B.H.Lengsfield, P.S.Bagus and B.Liu, Modern Techniques

    in Computational Chemistry, edited by E. Clementi (ESCOM, 1990) Chap. 11.

  • 2P-102

    ジシラシクロブテン類の有機小分子挿入反応の量子化学的解明

    (東京工業大学 1, 倉敷芸術科学大学 2, 長崎総合科学大学 3) 林 慶浩 1, 大津 駿 1,

    山田 亮 1, 棗田 貴文 1, 石川 満夫 2, 山邊 時雄 3, 川内 進 1

    Quantum chemical study of small organic molecules insertion reaction to

    disilacyclobutens

    (Tokyo Tech.1, Kurashiki Univ. Sci. Arts

    2 , Nagasaki Inst. App. Sci.

    3)

    Yoshihiro Hayashi1, Shun Otsu

    1, Ryo Yamada

    1, Takafumi Natsumeda

    1, Mitsuo Ishikawa

    2,

    Tokio Yamabe3, Susumu Kawauchi

    1

    【序論】

    Scheme 1 に示したようにジシラシクロブ

    テンはアセチレンと 225 ºC、18時間、収率

    31%で反応し、ジシラシクロヘキサジエンを

    与え[1]、ベンゾジシラシクロブテンもアセ

    チレンと 250 ºC、24時間、収率 67-89%で反

    応し、ベンゾジシラシクロヘキサジエンを

    与える事が知られている[2]。これらの反応

    機構は、それぞれ開環体である 1,3-ジシラシクロブタジエン、オルトキノジシラン中

    間体を生じた後、Diels-Alder反応によって生成物を与えると考えられてきた。この反

    応機構について吉澤らによる理論計算が報告されている[3]。計算結果はジシラシクロ

    ブテンとアセチレンの反応の活性化エネルギーが 46.7 kcal/mol であるのに対し、ベン

    ゾジシラシクロブテンとアセチレンの反応の活性化エネルギーは64.3 kcal/molであっ

    た。両者の差は大きく、実験的には似た反応性を持つという報告と矛盾しており、

    Diels-Alder 反応とは異なる反応機構により反応が進行している可能性が示唆される。

    本研究では量子化学計算により、以上の反応について Diels-Alder反応とは異なる反応

    機構を探索したので報告する。

    【計算方法】

    計算モデルとして、Scheme 1 の R をメチル基としたジシラシクロブテン(1)、ベン

    ゾジシラシクロブテン(2)を用い、アセチレンとの反応を探索した。計算手法には代表

    的密度汎関数法、B3LYP, CAM-B3LYP, B97X-D の 3 種類を用い、基底関数は

    6-311G(d,p)を用いた。安定構造と遷移状態構造の最適化構造について振動計算を実行

    し、安定構造は虚の振動モードがないこと、遷移状態構造は反応座標に対応した唯一

    の虚の振動モードを持つ事により確認した。また、それぞれの構造について波動関数

    の安定性を確認し、不安定性を持つ場合は broken-symmetry 法を用いた計算により、

    一重項ビラジカル状態での構造最適化計算を行った。電子密度解析には Natural

    Population Analysis を用いた。プログラムは Gaussian 09 を用いた。

    Scheme 1

  • 【結果と考察】

    以下にB97X-D を用いた

    結果を中心に述べる。

    まず、1 と 2 がそれぞれ開

    環 体 (1a, 2a) と な り 、

    Diels-Alder 反応によって生成

    物(1b, 2b)を与える経路を探

    索した。(Figure 1) ただし 2a

    にアセチレンが付加する遷移

    状態 (TS-2b) は B97X-D と

    CAM-B3LYP では得られず、

    B3LYP でのみ見つかった。こ

    の経路の活性化エネルギーは

    1 では 53.49 kcal/mol、2 では

    70.90 kcal/mol であった。特記

    すべき点は、開環体 2a の波動

    関数は不安定性を持つ事であ

    る。そのため開殻計算を行っ

    たところ一重項ビラジカル状

    態が安定となった。これは 2a

    では共役が伸びることによる安定化よりもベンゼン環がひずむことによる芳香族性

    の不安定化が大きいためと考えられる。

    次に 2 から一重項ビラジカル開環体(2c)を経て、片方のケイ素へアセチレンが付加

    し(2d)となり閉環して 2b を与える経路を探索した。2c は 2a に比べて 12.97 kcal/mol

    安定であった。この経路の活性化エネルギーは 58.29 kcal/mol であり、これは

    Diels-Alder反応より 12.61 kcal/mol 低かった。

    これらの反応経路では依然反応障壁が高いため、閉環体のまま反応する経路を探索

    したところ、これまで報告されていない新規反応機構を見出した。この反応経路では

    Si-Si 結合へアセチレンが直接挿入(TS1-1e, TS1-2e)して 5員環構造(TS2-1e, TS2-2e)を

    形成し、6員環構造(1e, 2e)へ転位した後、さらに転移(TS3-1e, TS3-2e)して 2b を与え

    る。この経路の活性化エネルギーは 1と 2どちらの場合も 32 kcal/mol の同様の値であ

    った。いずれも開環体を生じる経路に比べて障壁が大きく低下している。このことは

    1 と 2 の実験結果にも合致する。さらに、TS1-1e, TS1-2e ではアセチレンはトランス

    ‐ベント構造をとり負電荷(-0.474e)をもつため、この反応機構は電荷移動が駆動力で

    あると言える。

    【参考文献】

    [1] T. J. Barton and J. A. Kilgour, J. Am. Chem. Soc. 1976, 98, 7746-7751

    [2] M. Ishikawa et al., Organometallics 1991, 10, 3173-3176

    [3] K. Yoshizawa et al., Organometallics 1999, 18, 4637-4645

    Figure 1 Energy profile for the reaction of disilacyclobutene and

    benzodisilacyclobutene with acetylene in B97X-D/6-311G(d,p)

  • 2P-103

    密度汎関数法による非線形光学応答量の計算

    (岐阜大学1, 豊技大院工2, 理研・AICS3) 神谷宗明1, 関野秀男2, 中嶋隆人3

    Nonlinear optical property calculations by the time-dependent

    density-functional method (Gifu Univ.

    1, Toyohashi Sci. Tech. Univ.

    2, RIKEN AICS

    3)

    Muneaki Kamiya1, Hideo Sekino

    2 and Takahito Nakajima

    3

    【序】

    非線形光学材料の物質設計の指針として、分子の非線形光学定数の理論的予測は多く

    の興味が持たれている。理論的に非線形光学定数を高精度に計算するためには、電子

    相関の考慮や動的な効果である入射光の振動数依存性の考慮が特に重要となる。近年

    様々な ab initio 高精度電子相関法による計算が試みられているが、その計算機負荷に

    より現状においては計算できる系が限られてしまっている。ここで時間依存密度汎関

    数法(TDDFT)は、時間依存 Hartree-Fock 法と同等の計算コストで、電子相関を取り込

    むことが可能なため非線形応答量計算において期待されている。特に長距離交換相互

    作用を補正した汎関数は TDDFT 法の問題である共役π電子系のような系で見られ

    た分極率、超分極率の過大評価が改善されることが報告されている[1]。しかしながら

    TDDFTによる入射光依存性を考慮した非線形応答量を計算するプログラムは数多く

    の項を含み非常に煩雑となるため、今日までそれほど多くは実装されておらず、非線

    形光学定数の理論計算の大きな妨げとなっている。そこで本発表では、交換相関ポテ

    ンシャル高階微分を計算するプログラムの自動実装プログラムの開発を行い、

    TDDFTによる振動数依存性を考慮した高次の非線形応答量を求めるプログラムの実

    装を行った。

    【理論】

    時間依存密度汎関数法において、分極率、超分極率、2次超分極率などの応答量は外

    部電場に対するn次の密度行列, (1)D , (2)D , (3)D 等を用いることにより 1 1

    Tr D H ,

    2 1Tr

    D H ,

    3 1Tr

    D H ,….

    として計算される[2]。更に 2n+1則より )12( nD は n次の時間依存 Kohn-Sham方程式

    )()()0()1()1()0()()()0()1()1()0()( ...... nnnnnnn Ct

    iSCSCSCCFCFCF

    を解くことによって求められる n 次の波動関数 )(nC から計算される。n 次の

    Kohn-Sham行列は一電子積分 1

    pqh 、二電子積分 pqrsg を用いて

    ( ) 0 ,, , , , , , , , ,n nn

    pq a b n n pq pqrs rs a b n xc pq a b nrsF h g D

  • と定義される。ここで ab nxc は n次の交換相関ポテンシャルであり、

    , ,a a

    xc pq a xc pqrs a rs af D

    , , ,, , ,ab ab a b

    xc pq a b xc pqrs a b rs a b xc pqrstu a b rs a tu bf D g D D

    のように、交換相関汎関数の高階微分である交換相関カーネル xcf , xcg 等と n 次の

    電子密度より計算される。ここで時間依存 Harree-Fock 方程式との違いはこの交換相

    関ポテンシャルであるが、これらの項は密度行列に対して非線形であるので、2n+1

    則を適用したときに交換相関ポテンシャルに由来する煩雑な項を計算する必要があ

    るが、すべての項を実装してあるプログラムは少ない[3]。そこでこれらの交換相関汎

    関数の高階微分項を自動で導出し、コードにするプログラムの開発を行った。

    【実装】

    交換相関カーネルは基底関数を用いた表現では、

    , ,xc a xc af d d f r r r r r r r r

    , , , , ,xc a b xc a bg d d d g r r r r r r r r r r r r

    と書ける。この積分計算はKohn-Sham行列に対する部分積分した表現[4]

    2XCf f f

    F d

    r

    と同様の操作をすることにより、系統的に項を導出することができる。そこで交換相

    関カーネル項の導出、プログラムの実装を行う自動実装プログラムの開発を行った。

    次に、密度汎関数法に用いられる汎関数は煩雑であるが、足し算、掛け算、指数とい

    った連続な初等関数の組み合わせのみで書かれている。また微分演算は演算の性質上、

    もとの式と共通の項が生成される。そこでこれらの重複をなくすように最適化する自

    動実装プログラムの開発も行った。これらの自動実装プログラムの詳細、それによっ

    て実装された非線形応答量の計算結果は当日発表する。

    参考文献

    [1] H. Sekino, Y. Maeda and M. Kamiya, Mol. Phys. 103, 2183 (2005); M. Kamiya, H.

    Sekino, T. Tsuneda and K. Hirao, J. Chem. Phys. 122, 234111 (2005); H. Sekino, Y. Maeda,

    M. Kamiya, and K. Hirao, J. Chem. Phys. 126, 014107 (2007)

    [2] H. Sekino and R.J.Bartlett, J. Chem. Phys. 85, 976 (1986)

    [3]B. Jansik, P. Sałek, D. Jonson, O. Vahtras and H. Ågren, J. Chem. Phys. 122, 054107 (2005); A. Ye

    and J. Autschbach, J. Chem. Phys. 125, 234101 (2006); A. Ye, S. Patchkovskii and J. J. Autschbach, J.

    Chem. Phys. 127, 074104 (2007)

    [4] J. A. Pople, Chem. Phys. Lett. 199, 557 (1994)

  • 2P2P2P2P----104104104104

    Comparative Theoretical Study of Reactivities of Pd (II), Pd (III), and P(IV) Complexes towards C-C and Si-Si bond reductive elimination reactions

    (Fukui Institute for Fundamental Chemistry, Kyoto University) Milind Deshmukh, Shigeyoshi Sakaki

    [Introduction] The activation of small molecules by transition metals is of fundamental importance in recent organometallic chemistry. One of the typical examples is C-H bond activation reaction of alkanes and aromatics. This reaction is difficult by conventional organic reagents in general. However, the activation of C-H bond has been achieved by many transition metal complexes. During the past few decades, palladium (Pd) has gained much attention as a one of the most versatile and efficient transition metal catalysts for wide range of C-C coupling and C-H functionalization. Though Pd(0) and Pd(II) chemistries have been extensively studied, much less is known about the Pd(III) complex until the recent studies by Ritter et al.1 and Sanford et al.2 They reported that the dinuclear Pd(III) complexes play important role as a key intermediate in the oxidative functionalization of C-H bond. Though several such dinuclear Pd(III) complexes have been structurally characterized, no mononuclear Pd(III) complex has been known till the recent report by Khusnutdinova et al.3 These authors succeeded in the synthesis of mononuclear organometallic Pd(III) complexes starting from Pd(II) complex with four nitrogen containing ligands shown in Scheme 1.

    Scheme1: Synthesis of Pd(III) Complexes

    In this work, we wish to report theoretical investigation on the electronic structure of one of the Pd(III) complexes (3+, where R=X=Me) mentioned in Scheme 1, in comparison to the Pd(II) and Pd(IV) complexes. As the first step toward understanding the reactivity of Pd(III) complex, the C-C and Si-Si reductive elimination reactions are investigated. The reactivities of these Pd-complexes for such reactions are discussed with the electronic structures of these complexes.

    [Computational Details] Geometry optimization was carried out with B3PW91 functional. Two kinds of basis set system (BS-I and BS-II) were employed. For H, C, N, P, and Cl, 6-31G* were used in BS-I and cc-pVTZ basis sets were used in BS-II. The (311111/22111/411) basis set for Pd-atom was used in both BS-I and BS-II, where its core electrons were replaced by Stuttgart-Dresden-Born (SDD) ECP. To test the suitability for DFT functionals, calculations of model systems were carried out at various levels of theory. The reaction energies and population were calculated with basis set III (BS-III), where (311111/22111/411/11) basis sets was used for Pd atom with SDD ECP and cc-pVTZ basis sets for H, C, N, P, and Cl atoms. [Results and Discussion]

    First, we investigated the electronic structure of the Pd(III) complex. In this complex, the dZ2 orbital is SOMO. In the other possible electron configuration, the dx2-y2 is SOMO. However, the latter electron configuration is much less stable than the former by 53.05 kcal/mol in the DFT calculation of the real complex and 17.85 kcal/mol in the calculations of model complex. Considering this result, we investigated the former electron configuration hereafter. To find out suitable DFT functional, model reactions 1 to 3 shown below were considered.

    Pd(III) (NH3)4(CH3)2 Pd(I) (NH3)4 + C2H6 (1) Pd(II) (PH3)2(CH3)2 Pd(0) (PH3)2 + C2H6 (2) Pd(IV) (PH3)2(Cl)2(CH3)2 Pd(II) (PH3)2(Cl)2 + C2H6 (3) The reaction energies and activation barrier in these reactions were computed with various DFT

    functionals and were compared with CCSD(T) values. Only B3PW91 and M06L functionals reproduce the trend in the reactivities obtained at CCSD(T) level. Here, we used B3PW91 and M06L functionals for studying the reactivity in the real Pd-complexes shown in reaction 7 to 9.

  • Pd(III)-(CH3)2

    TSIII / I Pd(III)-(CH3)2

    Pd(I) + C2H6

    (7)

    Pd(II)-(CH3)2

    TS II / 0 Pd(II)-(CH3)2

    Pd(0) + C2H6

    (8)

    Pd(IV)-(CH3)2 TSIV / II Pd(III)-(CH3)2 Pd(II) + C2H6

    (9)

    Table 1: Reaction energies, activation barrier, Pd-CH3 and Pd-SiH3 bond energies for reaction 7 to 12

    Pd(III) → Pd(I) (7) Pd(II) → Pd(0) (8) Pd(IV) → Pd(II) (9) Level of theory Ea ∆Ε Pd-CH3 BE Ea ∆Ε Pd-CH3 BE Ea ∆Ε Pd-CH3 BE

    B3PW91 28.5 -7.0 43.3

    41.1 5.6 49.7

    33.4 -10.4 41.7

    Pd(III) → Pd(I) (10) Pd(II) → Pd(0) (11) Pd(IV) → Pd(II) (12) Level of theory Ea ∆E Pd-SiH3 BE E ∆Ε Pd-SiH3 BE Ea ∆Ε Pd-SiH3 BE

    B3PW91 16.6 28.5 51.1

    21.8 56.5 65.1

    23.1 20.7 47.2

    As can be seen in Table 1, the reductive elimination of C-C bond from the Pd(III) and Pd(IV)

    complexes is exothermic, whereas that for Pd(II) is slightly endothermic. The activation barrier increases in the order Pd(III) Pd(II). The exothermicity and small activation barrier suggest that the C-C bond elimination reactions would occur easily from Pd(IV) and Pd(III) centers. Interestingly, the reactivity of Pd(III) is close to that of Pd(IV). The Pd-CH3 bond energies are correlated to reaction energies of above reactions, as expected. For instance, smaller Pd-CH3 bond energy in the Pd(IV) complex is in agreement with the relatively large exothermicity of the reaction 9. [References] 1. (a) Powers, D. C.; Geibel, M. A. L.; Klein, J.; Ritter, T. J. Am. Chem. Soc. 2009, 131, 17050. (b)

    Powers, D. C.; Ritter, T. Nat. Chem. 2009, 1, 302. 2. Deprez, N. R.; Sanford, M. S. J. Am. Chem. Soc. 2009, 131, 11234. 3. (a) Khusnutdinova, J. R.; Rath, N. P.; Mirica, L. M. J. Am. Chem. Soc. 2010, 132, 7303. (b)

    Khusnutdinova, J. R.; Rath, N. P.; Mirica, L. M. J. Am. Chem. Soc. 2012, 134, 2414.

  • 2P105

    密度汎関数法による C60とアセンの Diels-Alder 反応機構の理論解析

    (北九大国際環境工 1 院生 2) ○川上裕馬 1,2、野上敦嗣 1

    【序】

    [C60]フラーレンは優れた電子受容体で [4+2]環化付加反応で多様な C60 誘導体が生成されて

    おり、有機エレクトロニクス分子など応用面からも精力的に研究が進められている 1),2)。環化付加

    の主要な反応機構である Diels-Alder 反応については C60 とアセンに対する反応速度の測定実験

    の報告がありアセン分子同士もしくはアセン・エチレン理論計算との比較を行っているが 3)、C60

    とアセンの Diels-Alder 反応の理論計算はあまり行われていない。そこで本研究では、密度汎関数

    法を用いて C60とアセン分子(ベンゼン、ナフタリン、アントラセン)との Diels‐Alder 反応の反

    応経路計算を実施し、遷移状態、生成物の構造およびポテンシャルエネルギー局面の比較を行っ

    た。また、活性化エネルギーの計算精度を検証するため、基底関数、汎関数を変えた計算、溶媒

    効果を加えた計算を行い、計算精度への影響を調べた。

    【計算方法】

    密度汎関数法計算は Gaussian09 を用いた。C60とアセン分子の計算は B3LYP/6-31g(d)を用い

    て吸着状態と生成物の構造最適化を行い、遷移状態は吸着状態と生成物の構造から

    opt=(calcfc,qst2)で求めた。最適化された構造の整合性は振動数計算、IRC 計算によって確認した。

    活性化エネルギーの計算精度の検証は、B3LYP/6-31g(d)に対して基底関数を 6-311g(d,p)、汎関

    数を CAM-B3LYP、溶媒効果をトルエンにして計算を行い、各エネルギー値を比較した。

    【結果と考察】

    図 1 に C60とベンゼン、ナフタリン、アントラセンの Diels-Alder 反応におけるポテンシャルエ

    ネルギー曲面を示す。生成物はベンゼン、ナフタリン、アントラセンの順に安定になり、活性化

    エネルギーもベンゼン、ナフタリン、アントラセンの順に小さくなる。アントラセンとの活性化

    エネルギーは 26.2kcal/molであり、実験で報告されている 59kcal/mol 3)よりも低い。

    各アセンと C60との遷移状態及び生成物の最適化構造の特徴を表 1 に示す。アセンと C60間で環

    化する C-C 結合の距離は生成物では 1.60~1.61 とほぼ同じであるが、遷移状態ではベンゼンの

    2.03 に対してアントラセンは 2.18 と差が大きくなる。これに対応して結合次数も生成物

    図 1 気相中での(a) C60+C6H6,(b) C60+C10H8,(c) C60+C14H10のポテンシャルエネルギー曲面

  • 表 1 C60-アセンの遷移状態及び生成物の最適化構造の特徴

    C60+C6H6 C60+C10H8 C60+C14H10

    TS Product TS Product TS Product

    Distance of C-C between

    C60 and acene (Å) 2.032 1.613 2.096 1.605 2.184 1.599

    Bond order of C-C between

    C60 and acene 0.50 0.90 0.45 0.91 0.39 0.91

    Bend angle of acene ① (°) 142.51 126.50 143.93 124.61 146.56 123.35

    Bend angle of C60 ② (°) 103.03 99.81 103.49 99.81 104.06 99.75

    Bend angle of C60 ③ (°) 172.05 168.39 172.60 168.29 173.35 168.28

    ※①、②、③は図 2 に示す角度、C60単体の角度②は 108°

    では差がないが、遷移状態のアントラセンはベンゼンに対して 0.1

    以上小さくなる。折れ曲がり角度はベンゼンが 142.5°とアントラセ

    ンより 4°湾曲が大きい。遷移状態でベンゼンは C60により接近してベ

    ンゼン環の湾曲も大きくなるため活性化エネルギーが高いと考えら

    れる。環化に関わる C60の 6 員環の変形はナフタレンが他と大きく異

    なり、アセンのベンゼン環の数に従った系統的な変化はなかった。

    表 2 は C60-アントラセンに対して基底関数、汎関数、溶媒を代え

    て計算した結果である。①と②、③、④を比較すると、②は活性化エネ

    ルギーが高くなるが、相違は小さい。③では生成物が大きく安定化し、逆

    反応の活性化エネルギーは高くなったが、正反応の活性化エネルギーは

    低下した。④は実験と同じトルエン溶媒での計算であるが①との差はない。トルエンの極性が小さいことに

    対応していると考えられる。今後はもう少し大きな基底関数を用いて計算精度の検討の必要がある。また

    MP2/6-31g(d)による計算も行ったが、活性化エネルギーが負の値を示した。これは C60がHF法では閉殻

    での安定解が求まらなかったことが原因である。

    本討論会では分子軌道(Woodward-Hoffmann則)に対する考察も含めて報告をする。

    表 2 C60-アントラセンの基底関数、汎関数、溶媒効果の相違によるエネルギー値の変化

    Energy(kcal/mol)

    Adsorption Activation Reverse

    activation reaction

    ① B3LYP/6-31g(d) -0.339 26.2 26.0 -0.14

    ② B3LYP/6-311g(d,p) -0.173 27.0 24.9 1.85

    ③ CAM-B3LYP/6-31g(d) -1.401 24.0 36.1 -13.58

    ④ B3LYP/6-31g(d)_scrf=(solvent=toluene) -0.191 26.0 25.9 -0.08

    [参考文献] 1) Akirou Chikama, Hiroyuki Fueno, and Hiroshi Fujimoto., J. Phys. Chem. 1995,99,

    8541-8549. 2) Sílvia Osuna, Marcel Swart and Miquel Sola. Phys. Chem. A 2011, 115, 3491–3496.

    3). Ginka H. Sarova, Ma´rio N. Berberan-Santos, Chemical Physics Letters 397 (2004) 402–407.

  • 2P106

    リチウムイオン電池正極材料 Li2MSiO4

    (M=Mn, Fe, Co, Ni)に関する理論的研究

    (東大院工)椿山健太,工藤友佑,山下晃一

    Ab initio study on Li2MSiO4 (M=Mn, Fe, Co, Ni) as cathode materials

    of the Lithium ion battery

    (Univ. of Tokyo) Kenta Tsubakiyama, Yusuke Kudo, Koichi Yamashita

    【研究背景】

    Li2MSiO4はリチウムイオン電池における正極材料として、ポリアニオン構造に起因する安定性

    に加え、既存の材料を超える高いエネルギー密度を発揮する可能性があるとされ大きな注目を集

    めている。既存の材料以上の性能を発揮するには組成式当たり 1 つ以上のリチウムが反応に関与

    する必要があり(2 電子反応)、遷移金属 M を変え様々な研究が成されているが、結晶構造の乱

    れやこの2電子反応が困難という報告[1] [2]があり未だ実用化には至らない。そこで本研究では第

    一原理計算によるアプローチから、充放電過程においてリチウムが脱離・挿入する際の結晶構造

    の変化と安定性、発揮しうる電気的特性についての予測を立て、またこれらの性能と結晶中の電

    子状態を関連付けて説明し、新たな材料設計の指針を与えることを目標とした。

    【モデルと計算手法】

    空間群 Pmn21型を有する Li2MSiO4を計算の対象とする。結晶中では M, Si を中心に酸素が 4 配

    位した四面体構造が頂点共有によって平面的に広がって層を成し、Li は同様に層間に存在する酸

    素 4 つの形成する四面体の中心サイトを占めている。

    計算に用いたモデルは単位格子中に組成式の二倍量の原子を含み、結晶中に 4 つの Li サイトが

    存在する(図1)。はじめに、先行研究から求められている格子定数を初期値として LixMSiO4(x=0,

    0.5, 1, 1.5, 2)の構造最適化を行い(最適構造の調査)、次にここで得られた各最適構造の全電子エ

    ネルギーを用いて、結晶の相分離傾向の予測と起電力の計算を行った(充

    放電特性の予測)。最後にここまでの計算によって得られている物性と、

    結晶中の電子状態の関連付けを試みた(電子状態の解析)。以上の内容を、

    M= Mn, Fe, Co, Ni 及びこれらのうち 2 種の金属が固溶した系の、計 10

    種の系において検証した。密度汎関数法(DFT)に基づき、計算パッケー

    ジ VASP.5.2.8 を用いて計算を行った。PAW 法を用い、交換相関汎関数

    の近似にはGGA-PBE法を採用して遷移金属にはUパラメータを設定し

    補正を施した。

    図 1 単位格子

  • 【結果と考察】

    [最適構造の調査] 単位格子中の Li 数が 4,3,2,1,0 の場合それぞれについて周期境界条件の下で

    構造最適化計算を行い、実験データが存在する物質に関しては格子定数の一致を確認した。また、

    Li 数が少ない場合、結晶には 2 種類の安定構造が存在することが確認され、一方は層状構造を保

    っているが、もう一方は MO4の四面体が MO5へ転移し結晶構造の乱れを生んでいることが分か

    った。遷移金属種 M によって、安定構造が異なることも確認した。

    [充放電特性の予測] 構造最適化計算から得られた全電子エネルギーを用いて、Li が結晶から

    脱離・挿入する際の充放電特性の予測を行った。

    図 2 に示すように、LixMnSiO4 は x=2 から x=0

    まで一段階的に反応が進行するのに対し、

    LixFeSiO4は x=1 において電圧が大きく変化する

    二段階的な反応を起こすことが示唆され、その起

    電力の値も含めて実験から得られている知見との

    一致を確認した。また、他の遷移金属種に対して

    も同様の計算を行い、充放電特性の予測を行った。

    なお、起電力の計算には以下の(1)式を用いた。

    [電子状態の解析] 遷移金属種による物性の違いは電子状態、中でも遷移金属種の 3d 電子の状

    態の違いに起因することが考えられる。Li2FeSiO4の Li 脱離に伴う DOS の変化から、はじめは

    Li の脱離に伴って Fe の 3d 軌道の電子が奪われるのに対し、後半の Li の脱離の際には O の 2p

    軌道から電子が奪われていることが示唆された(図 3)。また、安定構造の違いと電子状態の相関

    についても議論を行う予定である。

    図 3 Li2FeSiO4, LiFeSiO4, FeSiO4の DOS

    [参考文献]

    [1] A.Nyten, A.Abouimrane, M.Armand, T.Gustaffson, and J.O.Thomas Electrochem. Commun. 7 (2005) 156–160

    [2] R. Dominko, M. Bele, M. Gaberscek, A. Meden , M. Remskar, J. Jamnik Electrochem. Commun. 8 (2006) 217–222

    図 2 LixMnSiO4, LixFeSiO4の充放電特性

    n

    nnEnEnEV Li

    )()(

    n: 単位格子中の Li 数 Δn: n の変化量

    E(n): 単位格子中の Li が n 個時のエネルギー (1)

  • 2P107

    分子動力学シミュレーションによる ZnCl2の構造と動的性質の研究

    (京大院・理)吉宗聖司,谷村吉隆

    Structural and Dynamical Properties of ZnCl2

    - A Molecular Dynamics Simulation Study

    (Graduate School of Science, Kyoto University)

    Seiji Yoshimune, Yoshitaka Tanimura

    【序】塩化亜鉛(Ⅱ)(ZnCl2)は、温度・圧力によって様々な結晶構造を持つことが知ら

    れており、また他の二価金属ハロゲン化物に比べて、融点が低く、融点近くで非常に

    高い粘性を示し、電気伝導度も低い。さらに、液体状態から急冷することで正四面体

    的ネットワークを形成しガラスになりやすいという特徴をもつことから、液体状態・

    共融体の研究が盛んであり、多次元 THz分光の対象としても注目されている。

    本研究では、いくつかのポテンシャルモデルに基づいたMDシミュレーションによ

    り ZnCl2の液体状態(1200K)ならびに急冷法による疑似ガラス状態を作り出し、それ

    ぞれの部分動径分布関数と赤外スペクトルを計算し、これらと実験値を比較すること

    によって ZnCl2の構造、動的性質ならびにポテンシャルモデルを考察した。

    【計算方法】ZnCl2のポテンシャルに関しては、Born-Mayer-Huggins (BMH)ポテ

    ンシャル[1]を用い、パラメータはWACモデル[2]・HSモデル[3]・KDRモデル[4]を使

    用した。クーロン力の部分については、Ewald法で計算を行った。粒子数は 375個

    で、1fs刻みで速度 Verlet法により 20万ステップ時間発展させ、解析を行った。比

    較する状態は 1200Kの液体状態と、それを 100Kに急冷した疑似ガラス状態である。

    【結果と考察】図 1に KDRモデルの動径分布関数 g(r)を示す。ガラス状態の方が

    Zn-Cl間の距離が2.20Åに集中しており、より固定された構造を持っているとわかる。

    また、WAC,HSモデルでは実験値の再現ができなかった Zn-Zn 間の距離も KDRモ

    デルではうまく再現することができた。また Zn-Cl-Znの角度から、全体として Zn

    を中心として Clが正四面体的構造をとることも確認できた。

    次に、IRスペクトルと関連[5]づけられる総電荷流量相関関数スペクトルα(ω)を図

    2(HSモデル)に示す。ガラス状態の 2つのピークの位置は 5THz(~166cm-1)、

    8THz(~266cm-1)となっている。これは IRスペクトル実験値[6] の 2つのピーク

    (100-115cm-1,255cm-1)に近い。基準振動解析[7]から低振動数側のピークは Cl-Zn-Cl

    の変角運動であり、高振動数側は Cl-Zn-Cl間の伸縮運動であるとされている。これ

    らとWAC・HS・KDRモデルのピーク位置の違いから、それぞれのパラメータの違

  • いについて考察を行った。高振動数側のピークは (Zn-Znイオンサイズパラメ

    ータ)と に関連したものであり、低振動数のピークは に関連したものである

    ことがわかった。当日は、動径分布関数と IRスペクトルの詳しい考察についても述

    べる予定である。

    図1:KDRモデル動径分布関数 g(r) 図2:HSモデル IRスペクトル α(ω)

    1200K液体(上)、疑似ガラス状態(下) 1200K液体(上)、疑似ガラス状態(下)

    【参考文献】

    [1] M. P. Toshi and F. G. Fumi, J. Phys. Chem. Solids 25, 31 (1964)

    [2] L. V. Woodcock, et al.., J. Chem. Phys. 65, 1565 (1976)

    [3] K. Hirao and N. Soga, J. Non-Cryst. Solids 95-96, 577 (1987)

    [4] P. N. Kumta, P. A. Deymier and S. H. Risbud, Physica B 153, 85 (1988)

    [5] S. Huang, et al.., J. Mol. Liq. 115, 81 (2004)

    [6] C. A. Angell, J. Wong, J. Chem. Phys. 53, 2053 (1970)

    [7] M. C. C. Ribeiro, M. Wilson and P. A. Madden, J. Chem. Phys. 109, 9859 (1998).

  • 2P108

    並列 FMO プログラム OpenFMO の高性能化

    (九大情基セ 1, 九州先端研 2, 理研 3, CREST4)稲富雄一 1, 眞木淳 2, 本田宏明 1,4,

    高見利也 1,4, 小林泰三 1, 青柳睦 1, 南一生 3

    Performance Improvement of Parallel FMO Program, OpenFMO

    (RIIT Kyushu Univ.1, ISIT2, RIKEN3, CREST4) Yuichi Inadomi1, Jun Maki2, Hiroaki Honda1,4, Toshiya Takami1,4, Taizo Kobayashi1, Mutsumi Aoyagi1, and

    Kazuo Minami3 【はじめに】フラグメント分子軌道(FMO)法は,タンパク質や DNA,糖鎖などの巨大生体分

    子に対する量子化学に基づいた電子状態計算を高速に行うために開発された計算手法である.

    FMO 法では,巨大分子を小さなフラグメントに分割して,各フラグメント(モノマー)やフラグ

    メントペア(ダイマー)に対する小規模電子状態計算を行うことで,分子全体の電子状態を近似

    する.各モノマー,ダイマーの電子状態を独立に計算できるため,複数の小規模電子状態計算を

    並列に処理できる(疎粒度並列処理).また,各小規模電子状態もさらに並列処理(細粒度並列処

    理)できるため,FMO 法は大規模並列処理向きの計算手法と考えらており,現在開発中の「京」

    コンピュータにおけるターゲットアプリケーションとしても取り上げられている.しかしながら,

    1 万~数 10 万並列といった超並列処理時に効率的な FMO 計算を行うためには,超並列実行を

    行うための最適化が必須である.

    我々は,FMO 法がどの程度までの並列処理に耐え得るのか,という計算機科学的な観点から,九

    大などで開発されたFMO計算プログラムOpenFMOの超並列処理に向けた最適化を行っている.

    昨年度はモノマーやダイマーの電子状態計算の負荷分散に注目した最適化について報告した.今

    回は,FMO 計算で最も通信コストがかかるモノマー密度行列データの保存,および,アクセス方

    法について検討したので,その結果を報告する.

    【モノマー密度行列データの取り扱い】FMO 計算で行うモノマーやダイマーなどに対する小規

    模電子状態計算を行う場合には,周辺モノマーの密度行列データが必要になる.計算を行う各プ

    ロセスがすべてのモノマー密度行列データを保存すると入力が大きくなった場合に対応できなく

    なるため,大規模入力にも対応するためにはモノマー密度行列データを分散保存して,そのデー

    タに対して効率的にアクセスする必要がある.そのために,今回は 2 つの方法を検討した.1つ

    は,計算に参加している各プロセスに分散して保存する方法である(方法 1,図 1 参照).この

    方法では,データを多くのプロセスで分散保存するため,入力データに対する scalability が非常

    に高い.ただし,この方法を用いるためには MPI-2 など実装されている片側通信機構を用いる必

    要がある.2 つ目は,データ保存のための専用プロセスを用いる方法である(方法 2,図 2 参照).

    この方法では,モノマー密度行列データを保持してワーカプロセスからのアクセス要求に応答す

    ることを専門とするストレージプロセス(storage group に属する)と,計算を専門に行うワー

    カプロセス(いずれかの worker group に属する)とを分離する.入力データに対する scalability

    にはストレージプロセスの増減で対応でき,また,MPI-1 でも実装されている 1 対 1 通信だけ

  • で記述可能である.一方で,ストレージプロセスとワーカプ

    ロセスの 2 種類を記述する必要があるため,コードが複雑に

    なる.

    【結果】密度行列の保存方法として前述の2つの方法を実装

    して,その性能を調べた.その結果を図3に示す.この図は

    あるモノマーの小規模電子状態計算に対する実行プロファイ

    ルで,横軸が時間経過,縦軸が並列処理で用いたプロセスの ID

    (MPI における rank 番号)を表している.縦方向の白線は 1

    対 1 通信を行っていることを示しており,黒色以外の部分は

    何らかの通信,あるいは同期待ちをしていることを表してい

    る.この結果から,MPI-2 の片側通信機構を用いた方法 1 の

    実装では,大きな通信待ちが発生しており,性能が非常に悪

    いことが分かる.一方,データ保存専用プロセスを用いた方

    法 2 では,通信待ち時間がほとんどなく,効率よく密度行

    列データにアクセスできていることが分かった.

    8000 並列での性能評価でも,方法 2 によるモノマー密度

    行列データへのアクセス性能が非常に高いことが示された.

    謝辞 本研究の一部は理化学研究所と九州大学との共同研究

    で行っている.また,科学研究費補助金基盤研究(C)「超

    並列フラグメント分子軌道法プログラムライブラリの開発」

    (課題番号 22550015),および,JST,CREST の研究領

    域「ポストペタスケール高性能計算に資するシステムソフト

    ウェア技術の創出」の研究課題「省メモリ技術と動的最適化

    技術によるスケーラブル通信ライブラリの開発」の支援を受

    けている.さらに,学際大規模情報基盤共同利用・共同研究拠点の公募型共同研究平成23年度

    採択課題「超並列フラグメント分子軌道法プログラム OpenFMO の 性能評価と高性能化」によ

    る計算機利用を行っている.

    図1:方法 1によるモノマー密度行列データの分散保存方法 (ワーカプロセス数=8,モノマー数=9の場合)

    図2:方法2によるモノマー密度行列データの分散保存方法 (ワーカプロセス数=8,ストレージプロセス数=2,モノマー数=9の場合)

    図3:モノマー電子状態計算の実行プロファイル(抜粋)

    (左)方法1(MPI-2の片側通信利用) (右)方法2(データ保存専用プロセス利用)

  • 図 1 ZnO の結晶構造(1), (2)

    2P109

    電場勾配テンソル計算による ZnO 結晶にドープされた In の局所構造解析

    (金沢大院・自然) 川村 祐史,大橋 竜太郎,井田 朋智,水野 元博

    Local structure analysis of In-doped ZnO crystal by EFG tensor calculation

    (Graduate School of Natural Science and Technology, Kanazawa University)

    Yuji Kawamura, Ryutaro Ohashi, Tomonori Ida, Motohiro Mizuno

    【序論】

    現在、日常的に利用されている液晶パネル等には透明電極が不可欠である。その材料とし

    て一般的に、高い電気伝導性と透明性を持つ酸化インジウムスズ(ITO)が用いられている。し

    かし、ITO の主成分である In は希少金属であり、高価で残存埋蔵量が乏しいことから、代替

    物となりうる無機または有機物質の研究が盛んに行われている。

    ITO 代替材料の候補の一つである ZnO 結晶(図 1)は、高い透明性を持ちながら伝導性を有

    する n 型半導体であり、埋蔵量が豊富で比較的安価である。また、ドープする不純物の種類

    や量によって電気伝導性が変化する性質を持ち、ZnO 薄膜に In を 1%前後添加することで高

    い透明性を維持しながら抵抗率が下がるといった研究結果が報告された(3)。よって、In をド

    ープした ZnO 結晶(In-doped ZnO)は ITO の代替物として十分期待でき、高電気伝導性の解

    明のため In 核の局所構造情報を得ることはきわめて重要であると考えられる。

    近年、In-doped ZnO に対し、111Cd(←111In)をプローブと

    する摂動角相関法による測定(4)が行われた。その結果 In 核近

    傍でバルクの伝導性とは異なる局所場の電気伝導異常が観測

    され、結晶中の In 核が特異な環境下にあることが示唆され

    た。さらに我々は、In 核の環境を明らかにするため、1 at.%

    In-doped ZnO の 115In NMR 測定を行い、そのスペクトル解

    析から 115In の環境が 2 種類以上存在することを

    明らかにした。また、大きな非対称パラメータを

    得たことから、115In 核が通常の ZnO 結晶中の Zn

    核とは大きく異なった電場勾配下に存在している

    ことを解明した(図 2)。

    そこで本研究では、In 核位置における電場勾配

    テンソルを密度汎関数法(DFT)によって計算し、

    NMR 測定から得られた四極子結合定数( hqQe2 )

    や非対称パラメータ()と比較することで、ZnO 結

    晶中における In核の局所構造の解析を目的とする。

    【計算】

    はじめに確認のため、ZnO 結晶中にドープされた In 核が ZnO 結晶中の Zn 核に置換され

    た状態に類似した局所構造を取っていると仮定し、計算を行った。

    図 2 115 In NMR スペクトルと解析結果

    四極子結合定数 91.8MHz 121 MHz 非対称パラメータ 0.42 0.69

  • 図 3 ZnO のモデル結晶内の

    中心位置(1), (2)

    ZnO結晶は 293 Kで空間群 P63mc, 格子定数 a = b = 3.2494 Å, c = 5.2038 Åと報告されて

    いる(2)。これらの結晶パラメータから、39 原子(Zn:19 個 O:20 個)によって構成される ZnO

    結晶モデルを作成した。また、In3+原子をモデル中心に位置する Zn 原子と置換した(図 3 参

    照)結晶モデルを作成した。

    中心位置における原子について DFT による電場勾配テンソル計算を行い、非対称パラメー

    タと四極子結合定数を求めた。計算は全て ADF 2012 を用い、LDA として VWN、GGA と

    して PBEx / VWN、ハイブリッド汎関数として MPW1PW と B3LYP を使用した。また、全

    ての計算において基底関数として TZPを選択した。

    【結果】

    各関数による中心位置原子の電場勾配テンソルの主値 11V , 22V , 33V (a.u.)、非対称パラメータ

    および四極子結合定数 hqQe2 (MHz)の計算結果を下表にまとめる。

    表 1 中心位置の 67Zn 核におけるそれぞれの計算結果

    表 2 MPW1PW による中心を 115In 核に

    置換したモデルでの計算結果

    ZnO結晶における 67 Zn NMRの測定結果は= 0 , hqQe2 = 2.40±0.02 MHzと報告され

    ている(5)。よって計算値は MPW1PW による結果が最もよく一致した。さらに 115In 核を置換

    したモデルにおいて MPW1PW によるの計算結果はであるため、ドープされた In 核は

    ZnO 結晶中に均一に分散し置換している構造ではないことが確認された。

    当日のポスターでは、ZnO モデル結晶中で In 核近傍の様子を変化させたモデルなどの計

    算結果と実験から得られた値を比較していき、In-doped ZnO 中の In 核近傍の局所構造を考

    察する。

    【参考文献】

    (1) K. Momma, F. Izumi, J. Appl. Crystallogr., 2008, 41, 653. (2) K. Kihara, G. Donnay, The Canadian Mineralogist., 1985, 23, 647. (3) B. JOSEPH, et al., Bull. Mater. Sci., 2005, 28, 487. (4) W. Sato, et al., Phys. Rev. B., 2008, 78, 045319. (5) Gang Wu, Chem. Phys. Lett., 1998, 298, 375.

    汎関数 11V 22V 33V hqQe2

    VWN -0.033 -0.033 0.067 0.00 2.35

    PBEx / VWN -0.033 -0.033 0.066 0.00 2.34

    MPW1PW -0.034 -0.034 0.068 0.00 2.41

    B3LYP -0.033 -0.033 0.067 0.00 2.36

    中心核 11V 22V 33V hqQe2

    115In -0.244 -0.244 0.487 0.00 92.7

    中心 Zn 核

    Zn

    O

  • 2P-110

    電子移動を伴う水素移動反応に関する理論的研究

    (東大院・工) 黒木 彩香,牛山 浩,山下 晃一

    Theoretical studies on electron coupled hydrogen transfer reaction

    (Univ. of Tokyo) Ayaka Kuroki, Hiroshi Ushiyama, Koichi Yamashita

    【はじめに】

    分子の波動関数を表現する方法には,原子価結合法(valence bond(VB)法)と分子軌道法

    (molecular orbital(MO)法)というふたつのモデルが存在する.これらふたつの大きな違いは,

    MOは実在するのに対し,VB 法で基本とするボンドが原子価という一定の公理に基づいて生み出

    された考え方のツールであるという点である.この差が起因した VB 法の限界がみられる例とし

    て,共鳴理論が挙げられる.マロンアルデヒドも共鳴構造式を用いて表現される分子のひとつで

    ある(図 1).この分子では分子内プロトン移動反応が起こり,そのメカニズムは,まず OHの共

    有結合が切れ,水素結合を形成していたもう一方の酸素の非共有電子対へと電子を運びながらプ

    ロトンが移動し,新たな共有結合を形成すると説明されている.同時に,分子骨格は結合の組み

    換えではなく電荷の移動が起こると言われている[1].しかしながら,どのように電荷が移動する

    のかといったより踏み込んだ議論をするためには,MO法での解釈が不可欠であり,Ehrenfest 分

    子動力学法(Ehrenfest MD)を用いて電子の時間発展を追うことにより,動的な解釈が可能とな

    る.近年では MO の直接観測が報告されており[2],フロンティア軌道論をはじめ,MO 法は化学

    反応のメカニズムを考えるスタンダードな手法のひとつとなった.化学反応のメカニズムをダイ

    ナミクスの手法で解析し,MO 法に基づいて考察することにより,単純かつより深く理解できる

    ようになると期待できる.

    本研究では,マロンアルデヒドの基底状態分子内プロ

    トン移動反応について,Ehrenfest MDを用い電子の時

    間発展から反応メカニズムの考察を行った.

    【計算方法】

    Ehrenfest MDでは,全波動関数を核と電子の波動関数の積

    (1)

    で近似し,時間依存の Schrödinger方程式

    (2)

    に代入することにより得られる,核と電子それぞれの従う方程式を連立して解く.両方程式につ

    いて核を古典近似すると,核の自由度と電子の自由度双方の情報が核の運動にも電子の運動にも

    組み込まれる式を得る.電子波動関数を配置状態関数によって展開

    (3)

    し,配置間相互作用法(CI法)に基づいて電子状態の記述する[3]と,原子核と電子を記述する方

    程式は以下のようになる.

    図 1. マロンアルデヒドの共鳴構造式

  • (4)

    (5)

    式(4),(5)を連立して解くことにより,核とそれに追随するように運動する電子の時間発展を表現

    する.これにより,移動する電子の量や方向,反応に関与する軌道の時間変化を追うことができ

    る.なお,基底関数は STO-6Gとした.

    【結果】

    マロンアルデヒドのプロトン移動の活性化エネルギーは酸素原子間距離に依存し,酸素原子間

    距離が小さくなるときに反応が起こりやすいことが知られている[4].一方の酸素原子を O1,もう

    一方の酸素原子を O2とし,その間で移動する水素原子 H との距離 O1-H,O2-H および酸素原子

    間距離 O1-O2の時間変化をプロットすると(図 2),トラジェクトリ中でプロトンの運動と酸素原

    子の運動との比較的強いカップリングがみられるような,酸素原子間距離に依存するパスがみつ

    かった.

    酸素の 2p軌道は,2pxが炭素とのσ結合を形成し,2pyは非共有電子対で占有,2pzがπ軌道を

    形成している.図 2 に示したトラジェクトリ中での各 AO のポピュレーションの時間変化を調べ

    ると,プロトン移動の前に酸素 O1の 2px軌道の電子が増加し、逆に O2の 2px軌道の電子が減少

    して大小関係が入れ替わるという変化が見られた.それに対し,π軌道を形成する 2pz 軌道はほ

    ぼ増減がなかった.この結果は,プロトン移動においてπ軌道ではなくσ軌道の切断が寄与して

    いることを意味する.このように,Ehrenfest MDによってMO法に基づいた解析を行うことで,

    AOに着目したより深い議論が可能となる.詳細は当日報告する.

    [1] X. Krokidis, V. Goncalves, A. Savin, and B. Silvi, J. Phys. Chem. A, 102, 5065 (1998)

    [2] L. Gross, Nature Chem. 3, 273 (2011)

    [3] M. Amano and K. Takatsuka, J. Chem. Phys. 122, 084113 (2005)

    [4] R. S. Brown, A. Tse, T. Nakashima, and R. C. Haddont, J. Am. Chem. Soc., 101, 3161

    (1976)

    図 2. 酸素原子とプロトン,および酸素原子間の距離の時間変化

  • 2P111

    大規模分子系における環境の熱運動の効果に関する理論研究

    (神奈川大・理) 浅井早織,神田篤人, 松原世明

    Theoretical study on the new environmental effects induced by the thermal motion in the large molecular system

    (Kanagawa Univ.) Saori Asai, Takuya Teshima, Toshiaki Matsubara

    【緒言】 酵素は、活性サイトにおいて、温和な条件下でも反応を効率よく行うことができる。

    その原因をつきとめるための糸口として、我々は、巨大分子系を反応部分と環境部分に分割し、

    環境部分の反応部分に及ぼす新らたな効果に着目している。反応座標の振動モードが示唆するよ

    うに、大規模分子の反応部分は、反応に直接関与する原子とその周辺に局在化しているので、環

    境部分と反応部分に分割する考え方は妥当であろう。近年、盛んに行われている、ONIOM 法を代表するハイブリッド QM/MM 法などのマルチスケールシミュレーションによるタンパク質の解析は、このような考え方で行われている。これまで、基質が酵素の活性サイトポケット内で周囲

    のアミノ酸残基の環境の効果によって、反応し易い不安定な状態になることはイメージされてき

    たが、環境の効果の具体的なイメージは、明確にされていない。我々は、分子系全体の熱振動を

    考慮し、反応性を左右する新たな効果として、環境部分が反応部分のエネルギーの揺らぎを増幅

    させる効果に着目している。この効果を取り込んだ新たな化学反応理論を構築することを目的と

    し、エネルギーの揺らぎへの環境の熱運動の効果を簡単なモデル分子を用い、我々が開発した

    ONIOM-分子動力学法(MD)法 1-3)により解析している。

    【計算方法】 モデル分子として、図 1 の簡単な分子を用いた。酵素の活性サイトとそうでないものを想

    定し、1 および 2 のそれぞれについて環境が異なる aと b を採用した。ここで、解析するエネルギーの揺らぎは分子の自由度に依存するので 4,5)、緻密な解析

    を行うために、a と b は同じ自由度にした。置換基は、a では n-Bu、b では t-Bu である。立体的な混み具合いは b の方が大きい。図 1 の ONIOM 法による構造最適化の結果が示すように、環境の立体反発によ

    って b の方がエネルギー的に不安定化している。ここで、C=C を中心部分、その他は環境部分とした。この aと bの間で環境の熱運動の効果をONIOM-MD法により比較した。ONIOM-MD シミュレーションは、ONIOM(HF/3-21G:MM3)レベルでエネルギーを計算し、温度一定(300 K)で、1ステップを 1 fsとし、100 ps行った。また、MM-MDシミュレーションは、エネルギーはMM3力場を用いて計算し、同様に行った。

    【結果と考察】 1 および 2 のそれぞれについて、環境の異なる a と b の間で中心部分に及ぼす環境の熱運動の効果を比較した。まず、分子のポテンシャルエネルギーの平均値と揺らぎの理

    図 1. ONIOM(HF/3-21G:MM3)レベルでのモデル分子1、2の最適化構造(Å)と相対エネルギー(kcal/mol)

  • 論値を計算し、ONIOM-MD シミュレーションの結果が理論値と一致している

    ことを確認した。その中で、問題として

    いる中心部分 C=C のポテンシャルエネルギーの揺らぎについては、嵩高い t-Bu基をもつ b の場合は理論値より約2倍大きいことが分かった。図 1 にモデル分子 2 の場合について示してあるように、n-Bu 基をもつ a の場合はエネルギーの揺らぎは理論値と一致するが、t-Bu基をもつ b の場合は a の場合よりもエネルギーの揺らぎは大きく増加しているこ

    とが分かる。この結果は、これまでの理

    論式から説明できない環境の効果の存在

    を示唆している。

      次に、MM-MD シミュレーションを行った後、ONIOM-MD シミュレーション同様の解析を行った。その結果、ONIOM-MDシミュレーション同様の結果を得た。このことから、中心部分のエネルギーの

    揺 ら ぎ の増 加 は 、 分 子 を分 割 す る

    ONIOM-MD 法の人工的産物ではないと考えられる。

      さらに、どの領域でエネルギーの揺

    らぎの増加が生じるのか、中心部分の範囲を変えて調べた。その結果、図 3 に示すように、中心部分の領域を広げると、t-Bu 基の場合に増大していたエネルギーの揺らぎは小さくなり、理論値に近づくことが分かった。一方、n-Bu の場合は、もともと理論値に近く、中心部分の領域を広げてもさほど変化はなかった。これによって、中心部分のある領域でエネルギーの揺らぎが明

    らかに増大していることが確認できた。また同時に、中心部分(反応部分)の領域は、エネルギ

    ーの揺らぎと反応性を関連付けて議論していく際、反応性の評価の精度を左右する重要な因子で

    あると言える。

      今後は、実在酵素で解析を行うとともに、化学反応理論へのエネルギーの揺らぎの具体的な

    導入を考えていく必要がある。当日は、エネルギーの揺らぎが大きくなる原因の議論や化学反応

    理論を用いてのエネルギーの揺らぎと反応性との関係の議論をもう一つのポスター発表である

    2P113と併せて行いたい。

    【参考文献】

    1) T. Matsubara, M. Dupuis, and M. Aida, Chem. Phys. Lett., 437, 138-142 (2007).2) T. Matsubara, M. Dupuis, and M. Aida, J. Phys. Chem. B, 111, 9965-9974 (2007).3) T. Matsubara, M. Dupuis, and M. Aida, J. Comput. Chem., 29, 458-465 (2008).4) T. Matsubara, J. Phys. Chem. A, 112, 9886-9894 (2008).5) T. Matsubara, J. Phys. Chem. A, 113, 3227-3236 (2009).

    図 3. 1 および 2 の中心部分を広げた時のエネルギーの揺らぎσE の計算値と理論値の比の変化. 青:n-Bu, 赤:t-Bu.

    図 2. ONIOM-MD 法による 2 の中心部分 C=C のエネルギー変化. A: 2a, B: 2b.

  • 2P-112

    溶液内水素移動反応のトンネリング効果:

    ユビキノール-ビタミン Eの抗酸化反応

    (京大院理) 稲垣 泰一、山本 武志

    Tunneling effects in solution-phase hydrogen transfer reaction:

    Antioxidant reaction of ubiquinol and vitamin E

    (Kyoto University) Taichi Inagaki and Takeshi Yamamoto

    【序論】水素移動反応は生体内反応でよく見られ、その重要性は広く認識されている。実験

    室での反応と比べれば、生体内反応は比較的低い温度 (~310 K) で進行しなければならない。

    従って、生体内反応にはトンネリング効果が重要になってくることが予想される。溶液内実

    験[1]において、エタノール中でのユビキノール-10 (UbiqH) とビタミン E誘導体

    (5,7-diisopropyl tocopheroxyl radical; Toc) (図1) の間の水素移動反応が生体膜中の抗酸化反

    応のモデルとして調べられ、そこでは非常に大きな速度論的同位体効果 (KIE, KIE > 20) が

    確認された。この大きな値は実験においては水素のトンネリング効果が原因であると主張さ

    れているが、KIEより他の結果はなく、詳細な反応メカニズムも

    明らかにされていない。よって理論研究がこの実験結果を支持す

    ることで、生体内反応のメカニズムにおいてトンネリング効果が

    重要であることを示すことができる。

    そこで、本研究では UbiqH-Tocのエタノール中での水素移動

    反応のメカニズム、反応速度を理論的に調べ、トンネリング効果

    の重要性を調べることにした。

    【計算方法】UbiqHと Tocの反応メカニズムを調べるため電子状態計算には DFT法

    (MPW1K、M06-2X)を、溶媒効果の記述には 3D-RISM法を用いた。速度定数は平衡溶媒和

    と断熱的電子移動反応を仮定し、遷移状態理論を基にした variational transition state

    theory with multi-dimensional tunneling (VTST/MT) 法によって算出した。ここではトン

    ネリング効果は透過係数の形で速度定数に寄与し、透過確率は半古典的に評価した。

    【結果・考察】まず、反応の静的性質を調べるため、溶媒自由度を統計平均して得られる自

    由エネルギー面上での溶質構造の主な停留点 (水素結合錯体、遷移状態など) を決定した。こ

    れによりこの反応はわずかな吸熱反応であることがわかった。またこの自由エネルギー面上

    図 1. UbiqH (上)、Toc (下)

  • でのMinimum Free Energy Path (MFEP) 計算では遷移状態周辺でほぼ水素原子のみが動

    く“トンネリング領域”が存在し、そこではかなり“薄い”自由エネルギー障壁になってい

    ることが確認できた。

    次に速度定数を遷移状態理論によって計算した。透過係数 (トンネリング効果) を考慮し

    ていない結果では実験値に比べ、10,000倍近くも小さい速度定数となった。変分型遷移状態

    理論によっても速度定数を算出したが、速度定数はほぼ変わらなかった。透過係数なしの速

    度定数から得られた KIEの値は ~6程度で、これはほぼ振動ゼロ点エネルギーの差から生じ

    ているものであることを考えると妥当な値である。

    透過係数の算出には small-curvature tunneling (SCT) 法を使用した。この方法はMFEP

    を参照した effectiveなトンネリング経路を使用している。軽水素における透過係数は 1,000

    を越える値が得られ、この反応のトンネリング効果はかなり大きいことが示された。そして

    透過係数を含めた速度定数は実験値と非常によく合うことが確認された。透過係数を含めた

    速度定数から得られた KIEの値は 8~12の値となり、透過係数を考慮することで KIEの値は

    大きくなった。しかし実験値と比べると計算値はいまだに過小評価している。この不一致は

    SCT法では考慮されていない large-curvature (corner-cutting) tunneling effectによるもの

    だと考えられる。というのは、UbiqH-Tocの系の水素移動反応はいわゆる“heavy-light-heavy”

    型の反応であるからである。従って corner-cuttingの効果を取り入れることにより KIEの値

    は実験値にさらに近づくと考えられる。

    当日は、上の結果の詳細に加え、corner-cuttingの効果について議論する予定である。

    表 1. TST速度定数 k TST、透過係数κ、VTST/MT速度定数κ×k TSTの計算結果。

    速度定数の単位:M-1s-1、実験値:4.1×104 M-1s-1 (298.15 K)

    MPW1K M06-2X

    T (K) k TST κ κ×k TST k TST κ κ×k TST

    288.15 3.3×10-4 4.5×103 1.43 5.5 2.1×103 1.13×104

    298.15 7.1×10-4 3.0×103 2.06 8.6 1.4×103 1.23×104

    308.15 1.5×10-4 2.0×103 2.91 13.1 1.0×103 1.34×104

    表 2. それぞれの要素ごとの KIEの計算結果。実験値:21.6 (298.15 K)

    MPW1K M06-2X

    T (K) KIE(k TST) KIE(κ) KIE(total) KIE(k TST) KIE(κ) KIE(total)

    288.15 6.67 1.85 12.34 5.99 1.53 9.16

    298.15 6.28 1.89 11.87 5.71 1.56 8.91

    308.15 5.99 1.92 11.50 5.42 1.59 8.62

    【参考文献】[1] S. Nagaoka, Y. Nishioku, K. Mukai, Chem. Phys. Lett., 287, 70-74 (1998).

  • 2P113

    化学反応における環境の熱運動の効果に関する理論研究

    (神奈川大・理) 小川耕平,手島拓哉,
松原世明

    Theoretical study on the new environmental effects induced by the thermal motion in the chemical reaction

    (Kanagawa Univ.) Kohei Ogawa, Takuya Teshima, Toshiaki Matsubara

    【緒言】 近年、我々は、化学反応の反応性を議論するためには、環境の熱運動の効果を考慮す

    る必要があると考え、我々が開発した ONIOM-分子動力学(MD)法を有機金属錯体や酵素に応用し、環境の熱運動が分子の反応性に影響を及ぼしている可能性を示唆してきた 1-3)。2P111 の要旨で述べたように、大きな分子ほどこの効果は重要であると考えられる。当研究室では、この環境

    の熱運動の効果が、反応性を左右する新たな因子の可能性があるとして、この効果を取り込んだ

    新たな化学反応理論を構築することを目的として研究を行っている。反応座標の振動モードが示

    唆するように、大規模分子の反応部分は、反応に直接関与する原子とその周辺に局在化している。

    したがって、化学反応を正確に議論するには、反応部分と環境部分に分割するのが適切であると

    考えられる。そこで我々は、ONIOM-MD 法を用い、まず簡単な反応系について解析を行っている。モデル反応として、次のような有機金属錯体反応を用いている。

    cis-Pt(H)2(PR3)2 → Pt(PR3)2 + H2 (1)

    この反応は置換基 R が嵩高いほど進行し易い。ONIOM 法により、置換基が Me、Ph 基である場合に比べ t-Bu 基の場合では、出発物質はエネルギー的に不安定でありエネルギー障壁は小さくなることが示された。さらに ONIOM-MD 法により、t-Bu 基の場合は、熱振動の効果も大きいことが分かった。反応部分(cis-Pt(H)2P2)のエネルギーの揺らぎは、Me、Ph 基の場合に比べ t-Bu 基の場合に2倍に大きくなっていることが分かった。しかしながら、理論的に示されるように 2)、

    エネルギーの揺らぎは自由度にも依存する。したがって、t-Bu 基のように原子数が増加すると、理論的にエネルギーの揺らぎも増加することになる。そこで、置換基 R は自由度が同じで嵩高さの異なる n-Bu と t-Bu を採用し、ホスフィン配位子の置換基の熱運動が反応部分のエネルギーの揺らぎに与える影響を正確に解析した。

    【計算方法】 まず、cis-Pt(H)2(PR3)2 (R=n-Bu, t-Bu) を ONIOM 法で構造最適化し、置換基の立体効果を調べた。分子の cis-Pt(H)2P2 を反応部分とし、置換基 R を外側の部分に含め、ONIOM(HF:MM3)レベルで計算した。次に、置換基の熱運動の効果を

    調べるために、分子動力学シミュレーショ

    ンを行った。ONIOM-MD 法を用い、温度一定(300K)で、1ステップを 1 fsとし、100 ps行なった。

    図 1. ONIOM 法による cis-Pt(H)2(PR3)2(R=n-Bu,t-Bu)の最適化構造(degree)および相対エネルギー(kcal/mol)

  • 【結果と考察】 ONIOM 法による cis-Pt(H)2(PR3)2 (R=n-Bu, t-Bu)の最適化構造および相対エネルギーを図 1 に示す。n-Bu および t-Bu の場合を比較すると、嵩高い t-Bu 基の立体効果は大きく、そうでない n-Bu 基の立体効果は小さいことが分かった。n-Bu の場合よりも t-Bu の場合は、立体効果によって、d(Pt-P)は平均で 0.087Å伸び、∠P-Pt-P は 16.8°大きくなっている。また、立体効果によって、t-Buの場合の方が分子全体で 57.8 kcal/mol不安定だった。  次に、n-Bu および t-Bu の場合について、最適化構造を初期構造とし ONIOM-MD 法により分子動力学シミュレーションを行った。まず、cis-Pt(H)2(PR3)2(R=n-Bu, t-Bu)のポテンシャルエネルギーの平均値と揺らぎの理論値を計算し、ONIOM 分子動力学シミュレーションの結果が理論値と一致していることを確認した。ただし、図 2 に示すように、中心部分(cis-Pt(H)2P2)のポテンシャルエネルギーの平均値および揺らぎともに嵩高い t-Bu 基の場合に理論値よりも大きく、特に揺らぎについては理論値の約 2 倍大きかった。分子全体の温度は一定なので、分子全体のエネルギーの揺らぎは理論値と一致する。それにもかかわらず、反応部分のこの局所的なエネルギー

    の揺らぎが増大することは極めて興味深い。

    これには、これまで考慮されていなかった

    熱運動の効果が反映されていると考えられ

    る。そこで、中心部分のポテンシャルエネ

    ルギーの揺らぎの増加に何が寄与している

    のか明らかにするために、中心部分が環境

    部分から受ける力を解析し、n-Bu 基と t-Bu基の場合の間で比較した。その結果、図 3に示すように、環境部分から受ける力の平

    均値と揺らぎは、嵩高い t-Bu 基の場合の方が明らかに大きかった。このことが中心部

    分のエネルギーの揺らぎの増加に寄与して

    いることは間違いなさそうである。一方、

    中心部分の運動エネルギーについては n-Bu 基と t-Bu 基の間で明らかな違いは見られなかった。また、中心部分の原子の座標の変化

    は t-Bu 基の場合の方が若干大きかったが、特定の構造パラメータには明らかな差が見

    出せなかった。原子の座標の変位は複雑なの

    で、エネルギーの揺らぎと同様の差が必ずし

    も反映されるとは限らないと考えられる。

    このような、反応部分のエネルギーの揺ら

    ぎを増加させる置換基の熱運動の効果は、

    反応性を左右する新たな因子の可能性があ

    る。当日は、化学反応理論を用い反応性と

    の関係を議論したい。

    【参考文献】

    1) T. Matsubara, M. Dupuis, and M. Aida, J. Phys. Chem. B, 111, 9965-9974 (2007).2) T. Matsubara, J. Phys. Chem. A, 112, 9886-9894 (2008).3) T. Matsubara, J. Phys. Chem. A, 113, 3227-3236 (2009).

    図 2. ONIOM-MD 法による cis-Pt(H)2(PR3)2(R=n-Bu, t-Bu)の反応部分 cis-Pt(H)2P2 のエネルギー変化. A: R=n-Bu, B: R=t-Bu.

    図 3. Cis-Pt(H)2(PR3)2(R=n-Bu, t-Bu)の中心部分(cis-Pt(H)2P2)の 2 つの H(A, B)が環境部分から受ける力の経時変化. 赤: n-Bu, 青: t-Bu.

  • 2P-114 多環芳香族炭化水素のシングレットフィッションに 関する励起エネルギーの量子化学計算

    (阪大院基礎工) 伊藤 聡一、南 拓也、中野 雅由

    Quantum chemical calculations of excited states related to singlet fission of polycyclic aromatic hydrocarbons

    (Graduate School of Engineering Science, Osaka University)

    Soichi Ito, Takuya Minami, Masayoshi Nakano

    【序】シングレットフィッション(SF)は古くから知られている光物理化学現象の一つであ

    るが、近年有機太陽電池への応用が示唆され、SFを示す新規物質系の探索やその機構解明を

    含め、理学的•工学的見地から再び注目を集めている[1]。SFは、一重項励起状態 S1に光励起

    された分子が、近くの分子と相互作用し、この二分子がともに三重項励起状態 T1となる現象

    である。SFが発熱的に起き、かつエネルギーロスを少なくするための条件は、近似的に以下

    のように表せる[1]。 2E(T1)!E(S1) ~ 0!or !

    ここで、E(S1)、E(T1)はそれぞれ分子の一重項、三重項第一励起エネルギーを示す。量子化学

    計算により条件式(1)を適切に評価することは SF の分子設計に非常に重要であるが、その理

    論的検討のためには、一重項、三重項励起エネルギーをバランス良く再現できる計算法が必

    要である。また、(1)を満たし SF を起こすことが知られている分子は、ポリアセン、カロテ

    ノイド、ポリエンなど、比較的サイズの大きな分子であるため、高精度ではあるが計算コス

    トの高い post-Hartree-Fock(HF)法を適用することが困難である。そこで本研究では、ポリアセ

    ン C4N+2H2N+4 (N = 2 – 5)(Scheme1)を対象分子とし、E(S1)、E(T1)の大きさやサイズ依存性につ

    いて、計算コストの低い時間依存密度汎関数(TDDFT)法や一電子励起配置間相互作用(CIS)法

    の適用性について検討する。また多配置波動関数理論である完全活性空間配置間相互作用

    (CASCI)法の結果との比較も行う。

    【モデル分子と計算手法】

    ポリアセンの構造最適化は UB3LYP/6-311G*法により行った。E(S1)、E(T1)と SF 条件(1)を

    TDDFT 法、TDDFT/TDA(Tamm-Dancoff 近似)法、CIS 法、CASCI 法により評価した。なお、

    考慮した励起エネルギーは基底状態からの垂直励起エネルギーである。交換相関汎関数には

    BLYP、LC-BLYP汎関数の二種類を用いた。さらに、LC-BLYP汎関数に関しては、光学遷移

    計算用として広く用いられている領域分割パラメータ(µ = 0.33 bohr-1)の他に、最近 Baerら

    によって提案された、分子ごとにパラメータを最適化する tuned LC-BLYP法についても検討

    した[2]。また、基底関数依存性は、TDDFT、TDDFT/TDA、CIS において STO-3G、6-31G、

    6-31G*、6-31+G*、6-31++G*、6-311G*、6-311+G*、6-311++G*を用いて検討した。またこの

    結果に基づき CASCI法には 6-31G*を用いた。

    【結果と考察】ここでは 6-311++G*基底関数を用いた TDDFTの結果について述べる。Fig. 1

    に E(S1)、E(T1)、及び tuned LC-BLYPの領域分割パラメータµtunedの分子サイズ(N)依存性を示

    す。高精度計算の参照値として、T1については MRMP2/cc-pVDZ(N = 3, 4) [4], cc-pVTZ(N = 5)

  • [5]、S1については completely renormalized(CR)-EOMCCSD(T)/POL1 [6]の文献値も示す。まず、

    各サイズのµtunedはデフォルト値 0.33 bohr-1より小さくなることがわかった。E(S1)については、

    N > 2では BLYPは文献値より小さい値を与え、LC-BLYPおよび tuned LC-BLYPは文献値を

    よく再現する。これは分割パラメータµの導入によって、BLYPなどの既存の汎関数の問題の

    一つである H-L(最高占有軌道-最低非占有軌道)ギャップの過小評価(delocalization error)を

    改善したことが理由として考えられる。また、T1は、H-L 励起が主配置でかつ電子相関の効

    果が大きくないので、N = 2 – 4では、tuned LC-BLYPおよび BLYPは文献値と良く一致する。

    しかし、ペンタセン(N = 5)では、一重項基底状態を持つことが知られているにも関わらず、

    LC-BLYP は負の E(T1)を与える。これは N が増大するにつれて、占有・非占有軌道エネルギ

    ーが擬縮重となり、基底一重項状態における静的相関の寄与が増大するにも関わらず、既存

    の汎関数ではこれを十分に記述できないこと(静的相関誤差)に起因する。この誤差は既存

    の純粋 DFT 汎関数よりも HF の方が大きいため、今回の方法の中で HF 交換項の比率が最も

    大きな LC-BLYP(µ = 0.33)が定性的にも誤った結果を与えたと考えられる[3]。大きなサイズの

    ポリアセンは開殻性をもつ(静的相関が増大する)ことが知られており、BLYP及び tunedに

    おいても Nが大きくなると同

    様の問題が生じると予想され

    る。静的相関問題の根本的な

    解決には多配置波動関数の方

    法を用いる必要があるが、こ

    の問題が大きく影響しない中

    程度の大きさまでの系では

    tuned LC-BLYPが(1)式の評価

    に有用であると期待される。

    基底関数依存性、CASCIなど

    静的相関を取り込んだ計算手

    法との比較については当日報

    告する。

    【参考文献】 [1] M. B. Smith, J. Michl Chem. Rev. 2010, 110, 6891. [2] R. Baer et al. Annu. Rev.

    Phys. Chem. 2010, 61, 85. [3] Aron J. Cohen et al. Science 2008, 321, 792. [4] Y. Kawashima et al.

    Theor. Chem. Acc. 1999, 102, 49. [5] P. Zimmerman et al. Nature Chemistry 2010, 2, 648. [6] K.

    Lopata et al. J. Chem. Theory Comput. 2011, 7, 3686.

    Figure 1. ポリアセン C4N+2H2N+4の一重項、三重項励

    起エネルギー[E(S1), E(T1)]の分子サイズ(N)及び汎

    関数依存性(使用基底関数:6-311++G*)。 文献値:a

    (N = 3, 4) [4], a (N = 5) [5], b [6]。 Scheme 1. ポリアセン C4N+2H2N+4(N = 2–5)

    N-1

    -1.0

    0.0

    1.0

    2.0

    3.0

    4.0

    5.0

    0.15

    0.2

    0.25

    0.3

    0.35

    2 3 4 5

    T1 BLYP

    T1 LC-BLYP

    T1 tuned LC-BLYP

    T1 MRMP a

    S1 BLYP

    S1 LC-BLYP

    S1 tuned LC-BLYP

    S1 CR-EOMCCSD(T)b

    µtuned

    Excit

    atio

    n En

    ergy

    [eV]

    µ tuned [bohr -1]

    N

  • 2P-115 フルオレン骨格をもつ開殻一重項縮環共役炭化水素の

    非線形光学応答についての理論的研究

    (阪大院基礎工) 福田 幸太郎、米田 京平、南出 秀、岸 亮平、中野 雅由

    Theoretical study on the nonlinear optical properties of open-shell singlet condensed-ring conjugated hydrocarbons with fluorene structures

    (Graduate School of Engineering Science, Osaka University) Kotaro Fukuda, Kyohei Yoneda,

    Shu Minamide, Ryohei Kishi, Masayoshi Nakano

    【序】非線形光学(NLO)効果は超高速光スイッチや三次元メモリなど将来の光エレクトロ

    ニクスへの応用が期待される重要な現象であり、優れた NLO物性を有する化合物の探索が実

    験、理論の両面から盛んに行われている。これまでに当研究室では新しい NLO系として開殻

    一重項化合物に注目し、三次 NLO 効果の微視的起源である第二超分極率 γ と開殻性の間に

    強い相関関係があり、中間的な開殻性を有する化合物が顕著な γ の増大を示すことを理論的

    に明らかにした[1]。開殻性は量子化学計算によって求められるジラジカル因子 y(0 ≤ y ≤ 1, y

    = 0:閉殻, y = 1:完全ジラジカル)を用いて評価することができる。我々はこの新しい原理

    に基づき、量子化学計算を用いて、優れた NLO物性を有する化合物の設計を行ってきた[1]。

    最近、我々は開殻一次元共役系の例として、polyacene(PA)の両端を cyclopentadienyl 環へ

    置き換えた dicyclopenta-fused acene(DPA)を検討し、長軸方向の γ が短鎖領域で PAに比べ飛

    躍的に増大することを報告した[2]。DPAでは両端の五員環にスピン分極が発生し、π 電子共

    役の方向である長軸方向に開殻性を示すため、短軸方向にスピン分極が生じるPAに比べて γ

    の著しい増大が生じたと考えられる。しかし、両端の五員環に起因する yは縮環数 N ~ 10で

    ほぼ 1に達し、また PAに見られる短軸方向のスピン分極が生じるため、より長鎖領域(N ≥ 10)

    Scheme. Compound structures

    1 (N=5) 2 (N=10)

    x

    PA (N=5)

    DPA (N=5)

  • では γ の増大率が低下し、同サイズの PAと同程度の γ を与えることがわかった[2]。これは

    今までの閉殻共役鎖分子では見られない特異な鎖長依存性である。そこで我々は DPA構造を

    持つユニットを鎖状につなぐことで、よりサイズ依存性に優れた NLO物性を持つ系が設計で

    きると考え、Schemeに示すような繰り返し構造を有する鎖状縮環共役炭化水素(1, 2)の検討を

    行った。本研究ではスピン非制限密度汎関数法を用いて γ を算出し、そのユニット構造の違

    いによる γ の鎖長依存性および yとの相関について考察を行った。

    【理論計算】系の構造最適化は U/RB3LYP法で行

    い、長軸(x軸)方向成分の γ (= γxxxx)を LC-UBLYP

    法を用いた有限場法により求めた。また、y には

    LC-UBLYP法による自然軌道の占有数を採用した。

    基底関数には 6-31G*を用いた。以上全ての計算に

    は Gaussian 09を用いた。

    【結果】計算により得られた γ / N の鎖長依存性

    を Figure 1に示す。DPAが短鎖領域(N < 10)におい

    て大きな γ を示すのに対し、化合物 1は長鎖領域

    で大きな γ を示し、その増加傾向はより大きな鎖

    長域にまで見られた。一方、2 は鎖長を伸ばして

    も増加量が小さく、PA と同程度の γ を有するこ

    とがわかった。次に yの鎖長依存性を Figure 2に

    示す。DPAは短鎖領域で急に yが増大し、N ~ 10

    で 1 近くとなり飽和するのに比べ、1 では長鎖領

    域でもまだ中間的な y を持ち、増加傾向に飽和は

    見られなかった。また、2は同程度の鎖長を持つ 1

    よりも大きな y を有し、完全開殻状態に近い。以

    上の結果から、1が示す γ / Nの非常に大きな鎖長

    依存性は、広い鎖長域に亘って中間的なジラジカ

    ル性を維持していることに起因すると推測される。

    構造とこれらジラジカル性の大きさや鎖長依存性

    との相関及び他の化合物についての結果は当日報

    告する。

    【参考文献】

    [1] M. Nakano et al., J. Chem. Phys. 2006, 125, 074113; Chem. Phys. Lett. 2006, 429, 174; Phys. Rev.

    Lett. 2007, 99, 033001; J. Chem. Phys. 2009, 131, 114316.

    [2] S. Motomura et al., Phys. Chem. Chem. Phys. 2011, 13, 20575.

    Figure 1. Size dependences of γ values per the number of fused rings(N) for PA, DPA, 1 and 2

    Figure 2. Size dependences of diradical character y for PA, DPA, 1 and 2

  • 2P116

    RISM-SCF 法によるメロシアニン類の 励起スペクトルに対する溶媒効果と溶媒和構造

    (九大院理) 田中佑一, 吉田紀生, 中野晴之

    RISM-SCF study of solvent effect on excitation spectra

    and solvation structure of merocyanines

    (Kyushu Univ.) Yuichi Tanaka, Norio Yoshida, and Haruyuki Nakano

    【序論】

    メロシアニンは分子内に窒素原子や酸素原子などのヘテロ原子を持つ分子で、色素として用い

    られている。このヘテロ原子の存在による極性のため、メロシアニンは気相中と溶液中で電子状

    態が大きく異なり、溶液中で励起スペクトルが変化するソルバトクロミズムを示す。また、励起

    スペクトルは溶媒の種類によっても変化する。よって、溶媒分子がメロシアニンの電子状態に与

    える影響を調べることは興味深い。

    そこで本研究では、直鎖状のモデル系メロシアニンである

    streptopolymethinemerocyanine(SPMC, 図 1)の溶液中で

    の励起スペク�