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平成30年度研究報告書 超高周波の電波ばく露による眼部等の人体への影響 に関する定量的調査 31

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平成30年度研究報告書

超高周波の電波ばく露による眼部等の人体への影響

に関する定量的調査

平 成 31 年 3 月

総 務 省

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1

Ⅰ 要 旨

100 GHz を超える超高周波数帯の電波利用の安全を担保する実験データを

得るために以下の実験を行った。

1. 倫理的に障害の程度が許容範囲で、眼障害に再現性のあるばく露条件を

決定し、480 mW/cm2 6分を162 GHzミリ波ばく露眼障害モデルとした。 2. 眼障害モデルによる障害の程度を OECD ガイドラインの眼病変グレー

ド付けにしたがって分類し、参考とした。

3. 眼障害モデルの経過観察を行い、ばく露 6 日目までに治癒することを確

認した。

4. 眼障害モデルを陽性対照とし、ばく露量を低減させていく過程で、眼障

害の発症が消える時点を閾値と定義し、眼障害閾値検索を行った。形態

学的観察による眼障害の発症閾値は 120-240 mW/cm2の範囲内にある

と推定された。

5. 感温液晶マイクロカプセルを使って、162 GHz 240 mW/cm2ばく露によ

る前房内熱輸送を可視化した。ばく露開始後、前房内の温度上昇が観察

され、水晶体等の眼組織に熱輸送があることが示唆された。

6. 162 GHz ミリ波ばく露による外眼部の熱輸送を可視化することに成功

し、角膜から熱が外眼部に輸送されていることが示され、角膜表面の涙

液の蒸散による放熱作用が示唆された。

7. 瞬目を抑制しない条件では、162 GHz ミリ波ばく露は瞬目頻度の顕著な

増加を誘導し、その結果、角膜上皮障害が見られなかったが、熱障害に

よる上眼瞼部腫脹が観察された。

Ⅱ 研究目的

超高周波数帯が日常生活で十分に活用されることにより、国民生活の質は飛

躍的に向上することが期待される。30-300 GHz の超高周波の利用はすでに拡

大し始めており、「無線通信」や「セキュリティ検査」、皮膚癌検査等の「医療

アプリケーション」等では既に実用化が進んでいる。60 GHz や 77 GHz 帯で

はハイビジョン画像のデータ通信や自動車の衝突防止レーダー技術において

既に実用化されており、120-300 GHz においても無線通信やセキュリティ検

査技術に関して実用化に向けた実証試験や実用化研究が開始されている(総務

省 R&D 研究)。 一方で、100-300 GHz の超高周波での研究知見は大幅に不足しており、生

体影響に関する十分な根拠がない状態での利用促進には国民の不安を伴う。ま

た不必要に厳しい安全基準は電波活用の普及を阻み、国民にとって大きな不利

益ともなり得る。そのためにも超高周波数帯の電波ばく露の安全性を適切に評

価し、根拠となる生体影響データを蓄積することは必要不可欠である。

超高周波のほとんどは体表で吸収されるため、生体影響を考慮すべき部位は

(以下、金沢医科大学 受託分)

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皮膚および眼部である。100-300 GHz 帯の超高周波は周波数の増加に伴い体

表の浅い部位に吸収されるが、ばく露障害を受けやすい眼表面(角膜)に関し

ては血流がなく、また生体内波長・侵入深度が角膜組織厚と同程度のオーダー

であることから、体表内外での熱の輸送を十分に考慮した上での影響評価が必

要である。しかし、これまで 100-300 GHz の超高周波数帯では、その周波数

帯固有の熱輸送を体表内外で考慮した生体影響についての研究知見がほとん

どないため、眼表面への安全性が十分に確認できない状態である。

一方で、Tri バンド(11n: 2.4 GHz, 11ac: 5 GHz, 11ad: 60 GHz)の Wi-Fiチップセットの普及が見込まれており、100 GHz 以上の超高周波数帯に近接す

る 60 GHz 帯を使用する次世代無線 LAN 規格の WiGig 等を使用する製品の増

加が想定される。このような背景から 60 GHz 帯の電波利用に関する技術基準

が情報通信審議会において議論されているが、この技術基準が眼部へのばく露

に関わる熱的生体影響とどのような関係にあるかについての知見もほとんど

ない。

以上より本研究の目的は、ミリ波帯電波についてこれまで報告されている研

究知見を総合的に評価し、現在の電波防護指針の妥当性について検証するとと

もに、将来の電波防護指針改定等のために必要な安全性評価の方向性を明らか

にすることである。そのための成果目標として以下の項目を設定した。

1. ジャイロトロンを用いた熱的障害閾値を検索可能な超高周波数帯高強度電

磁界ばく露システムを開発する。

2. 上記システムを用いて、160 GHz から 265 GHz の間の適切な周波数を選択

し、超高周波数帯における眼障害の閾値を動物実験により明らかにする。

3. 超高周波数帯における角膜内外の熱輸送について明らかにするため動物実

験とシミュレーションを実施する。動物実験では眼球組織内での温度測定

を行い、また角膜外部の外気流と角膜内部の房水対流の特徴を明らかにす

る。シミュレーションでは家兎の眼球モデルを用い、超高周波数帯に適し

た電磁界シミュレーション技法を検討し、実験で得た温度計測と対流熱輸

送の結果と首尾一貫するような角膜内外での流体熱輸送を考慮した計算コ

ードを開発する。

4. 眼障害の閾値を推定するための数理モデルを検討し、それに基づいた計算

機シミュレーションシステムを構築する。閾値の推定モデルの構築ではそ

の精密化のため、角膜上皮細胞を用いた温度ばく露実験を実施し、熱障害

の温度閾値と温度ばく露依存性の関係を明らかにする。細胞実験により得

たデータに基づいた理論的なモデルを構築し、電磁界及び熱輸送シミュレ

ーションと連携し閾値推定を行う。最終的には動物実験の閾値検索結果と

首尾一貫するように閾値推定シミュレーションシステムの最適化を行い、

実験で実施した以外の周波数においても閾値推定を行う。またヒトの眼球

モデルに閾値推定シミュレーションを実施し、ヒトの眼球に与える影響に

ついて定量的な推測を行う。この成果は、動物実験基準についての 3R

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(「Replacement(代替)」「Reduction(削減)」「Refinement(改善)」)の

一つである代替法の開発(Replacement)にも貢献することが期待できる。

Ⅲ 試験方法

1. 超高周波ばく露が家兎眼球に与える影響について

1.1. 実験動物

Specific Pathogen Free(SPF:特定の病原菌がいない環境で飼育された

動物:付帯資料「1. 家兎感染症に関する検査成績」を参照)の有色家兎

(Dutch 種(ダッチ:家兎の種類)、体重:1.74-1.90 kg、平均体重:1.82 kg、週齢:10-13 週齢)45 羽を実験に供した。なお、実験家兎の体重や週齢が

実験データに影響を及ぼさない予備実験には、体重と週齢のみが異なるリタ

イア動物 2 羽を使用した(体重:2.39, 2.42 kg、週齢:19 週齢)。

飼育は金沢医科大学(以下、「金沢医大」と略す)動物実験施設(基礎研

究棟地下 1 階 実験室 104 号室、105 号室)または福井大学(以下、「福井

大」と略す)遠赤外領域開発研究センター(以下、「遠赤センター」と略す)

総合開発実験補助室(101 室)に設置する仮設実験動物飼育室(以下、「仮設

飼育室」と略す)で飼育した。金沢医大の実験では、実験開始の少なくとも

3 日前に家兎を搬入し、実験開始日まで飼育環境(温度:24±2ºC、湿度:40-60%)に順化させた(図 1)。 福井大での実験では、仮設飼育室での順化期間を、実験動物の体重変化を

指標にした予備実験結果[1]より、2 日間とした。 家兎には飼料(170 g/家兎/日)および水道水を飲料水として(650 ml

/家兎/日)を摂取させた。実験動物の汚物は動物ペット用シーツを利用し

て処理を行った(図 2)。

図 1:金沢医大の SPF 環境動物飼育装置(A:104 号室、B:105 号室)

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図 2:福井大での動物飼育状況

家兎は実験開始前に細隙灯顕微鏡(眼部観察用顕微鏡 SL-130、Carl Zeiss AG、Germany)および Optical coherence tomography(OCT、model 5000、 Zeiss、Tokyo、Japan)で眼部に異常がないことを確認した後に実験に供し

た(図 3)。 なお、動物実験は金沢医大動物実験規定[2]および福井大動物実験規定[3]、

眼科・視覚研究における動物実験指針(Statement for the Use of Animals in Ophthalmic and Visual Research)[4]を順守して行った。

図 3:遠赤センターに設置した細隙灯顕微鏡(A)および OCT(B)

1.2. レンタカーを利用した家兎用飼養保管施設

当該研究遂行には、高額な 100 GHz 超のばく露装置が必要となるが、福

井大遠赤センターが保有するジャイロトロンを当該研究のばく露装置とし

て利用することにより、本実験の予算を大幅に削減できる。

ジャイロトロンを保有している遠赤センターで当該研究を行うには、福井

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大学内での実験動物の飼養保管施設(以下、「飼養施設」と略す)の利用が

前提条件となる。

研究に使用する実験動物は通常、移動によるストレスからの回復と新しい

飼育環境に順化するために、輸送日から2-3日間の順化期間を設けている。

一方で、福井大の動物実験規定では、動物を飼養する施設以外での実験動物

の保管時間を 48 時間と定めているため、遠赤センター内での動物飼養施設

の確保が必須条件である。

遠赤センターでは、既存の飼養施設が 1カ所(福井大学文京キャンパス 総

合研究所 7 階 生体システム研究室)利用できるが、本施設は飼育スペース

が満杯状態で、家兎の受け入れは 2 羽から最大 4 羽が限界である。従って、

この動物飼養施設を使用する場合、飼育スペースの確保が困難であり、計画

の遂行が難しくなる。仮に確保できた場合でも、1 回当たりの実験で使用で

きる動物の数が少なくなり、統計的な有意性を得るために、出張回数が増加

することになる。

代替案として、レンタカーを遠赤センター内に仮設飼育室として設置し、

実験動物の飼育条件である温度、湿度、明暗サイクル、衛生的な飼養環境を

整備した(図 4)。

図 4:レンタカーを利用した仮設飼育室

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レンタカー会社からレンタルしたワンボックスカー(図 4A, 4D)を遠赤セ

ンター101 室内に駐車し、エンジンを切った状態で仮設飼育室として用いた。

101 室の温度は、季節に応じて 20ºC から 26ºC に設定した。ワンボックスカ

ーの窓は黒ビニールシートで被い遮光し、庫内の明暗サイクルは LED ライ

ト(図 4B, 4F)およびタイマーにより制御した。レンタカー庫内の温度・湿

度制御のため、窓用エアコン(CWH-A1815-WS、コロナ株式会社)(図 4C)、

加湿器(図 4F)をレンタカー内に設置した。臭気を防止するため、光触媒

脱臭装置(QOL-MINI-V3、株式会社レナテック)(図 4F)によって除菌・

脱臭した。家兎飼育中は、レンタカー庫内の温度、湿度、二酸化炭素濃度を

データロガー(TR-76Ui-H、株式会社ティアンドデイ)、またはデジタル温

湿度計(PC-7700II、佐藤計量器製作所)によって測定した。家兎飼育中の

ケージ扉前における騒音(特性 A)、照度、風速をそれぞれ積分形普通騒音

計(NL-14、リオン株式会社)、照度計(T-1M、コニカミノルタジャパン株

式会社)、風速計(アネモマスター®風速計 Model 6004、日本カノマックス

株式会社)で測定した。また、庫内および庫外のアンモニア濃度は気体採取

器(GV-100、株式会社ガステック)にアンモニア検知管(NO.3L、株式会

社ガステック)を装着して測定した。測定法は機器説明書に従った。アンモ

ニア測定は 45秒吸引を 2回繰り返し、その合計値をアンモニア濃度とした。

福井大遠赤センター101 室内には、飼養施設設置の条件である専用清掃道

具(ほうき、塵取り、ごみ袋、キムタオル)、専用履物、専用実験衣、手指

消毒薬(ウェルパス、丸石製薬株式会社)、飼養施設用消毒薬(消毒用アル

コール)を配置した。また、家兎用餌(ラボ R ストック、日本農産工業株式

会社)は密閉できる専用餌箱に保管した(図 5)。

図 5:飼養施設専用物品

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レンタカー庫内には最大で家兎 12 羽をケージ(W385 x D450 x H400 mm、

アルミ打抜製)に入れて個別に飼養した(図 4E)。糞尿はペット用シーツで

収集し、福井県のゴミ処理方式に従い、可燃物用の大型ごみ袋に入れて、毎

日適切に処理を行った。 なお、本飼養施設は福井大動物実験委員会にて承認された。また、日本実

験動物学会(H29 年 5 月 24-27 日、郡山市)、米国実験動物学会(AALAS 68th National Meeting, H29 年 10 月 15-19 日、オースティン、USA)で

報告したが、何れの学会でも飼育方法等に関する疑義は無かった。本研究で

使用したレンタカーを用いた仮設飼育室の作成に関する論文を米国実験動

物学会誌(Journal of the American Association for Laboratory Animal Science)に投稿し、平成 31 年 2 月 21 日に受理された[1]。

1.3. ばく露装置

福井大遠赤センター2 階実験室の Gyrotron FU CW G V(以下、「ジャイ

ロトロン」と略す)を使用して 162 GHz ミリ波を家兎眼ばく露実験に使用

した。ばく露装置の詳細は首都大学東京(以下、「首都大」と略す)の報告

書を参照されたい。

1.4. 福井大、首都大で共同開発した超高周波ばく露装置による家兎眼部へ

のばく露方法の確立

家兎を使用したミリ波による眼障害の実験の際に、瞬目(まばたき)の抑

制なしに熱障害が起こる程度のミリ波を眼部に照射すると、忌避反応によっ

て家兎が眼瞼(まぶた)を閉瞼(まぶたを閉じること)するため、熱障害は

眼瞼皮膚に発生する。一方、瞬目抑制下にミリ波を眼部にばく露すると、眼

部の熱障害は瞳孔領中央に角膜混濁を誘発することを報告者はすでに報告

している(図 6)[5]。

図 6:瞬目抑制の有無によるミリ波熱障害部位の相違

電波分布が最も収束する位置を可視化する方法として、実験に使用するア

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ンテナの詳細なビームプロファイルの検討により、最も均一に照射される部

位を特定し、この位置に仮のターゲットを設置する(図 7A)。このターゲッ

トの位置に赤色および緑色の 2 種類のレーザーポインターを交差させ、この

レーザーの交点に家兎眼球瞳孔領中心部の角膜頂点に一致させる(図 7B)。

図 7:162 GHz 帯ばく露装置

前述の 2種類のレーザーポインターで可視化したばく露の最適位置への家

兎角膜の設置には、麻酔下の家兎をプラスチック製固定器に保定し、図 8Aの XYZθ 装置および電動光学台(図 8B)を使用して家兎眼球の位置合わせ

を正確に行った。

A B

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図 8: A:家兎眼部の位置調節用 XYZθ装置、B:電動光学台

1.5. ばく露方法

実験家兎は塩酸メデトミジン(ドミトール®、日本全薬工業株式会社、福

島)0.25-0.5 mg/kg およびブプレノルフィン塩酸塩(ブプレノルフィン 0.2 mg 注「日新」、日新製薬株式会社)0.025-0.05 mg/kg を皮下に注射するこ

とにより全身麻酔および実験動物の鎮静化を行い、前述の如くプラスチック

製の固定器(本実験用にデザインした特注品)で保持した。

電波ばく露時には全ての家兎に、眼部局所麻酔として 2%塩酸リドカイン

液(キシロカイン®注射液 2%、アストラゼネカ株式会社)をばく露眼、非ば

く露対照眼の両眼に点眼した。

ばく露中の家兎の瞬目は眼内への電波の進入を妨げる。また、通常瞬目に

より角膜表面上温度は一瞬上昇するが(1 秒程度)、その後徐々に低下するこ

とが知られている[6]。一方、10-300 GHz の高周波のエネルギーは皮膚表

面や眼球の外部(角膜:報告者加筆)で吸収されると報告されている[7]。電

波ばく露により角膜表面温度が、眼瞼の皮膚温度よりも大きく上昇した場合

は、家兎の瞬目により、角膜表面温度が低下する可能性も考えられる。これ

らのことから、ばく露中に家兎が随意に瞬目をすることにより、電波ばく露

により眼部に生じる障害が軽減され、実験データのバラつきの原因となるこ

とが予測される。 本研究では、電波ばく露による最悪の事態を想定した実験を行うため、ば

く露中の家兎の眼瞼をばく露直前にガムテープで両眼瞼ともに固定した(図

9)。瞬目抑制による角膜の乾燥を防止する目的で生理食塩水を適宜点眼した。

本実験は室温 24±2ºC、湿度 60±5%の条件(以下、「標準環境」と略す)で実

験を施行した。

図 9:家兎の眼瞼保持と電波ばく露実験

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1.6. ばく露中の表面温度測定方法

ジャイロトロンから発振した 162 GHz ミリ波ばく露による表面温度の測

定には、サーモグラフィカメラ(CPA‐T620、FLIR Systems, Inc.、USA)

を使用した。

1.7. 162 GHz ばく露による眼障害実験

1.7.1. 眼障害発生の閾値検索法

眼障害閾値検索の手法として、以下の方法を採用した。実験家兎に明らか

な眼障害が作成できるばく露量を基準とし、その際に出現する眼障害の程度、

経時変化を詳細に記録し、同様のモデルを複数の実験家兎に誘発した際に再

現性良く同様の眼障害の推移を示すものを実験モデルとした。

実際的には、Rosenthal (1976) [8]、Chalfin (2002) [9]で報告されている

角膜上皮障害および角膜実質障害が再現性良く誘発されるばく露量を基準

とした。なお、電波非照射の反対眼を非ばく露対照眼とした。また、標準的

なばく露時間設定については、我が国の防護指針[10]に従い、6 分間と規定

した。 上述の実験モデルを使用し、ばく露量を徐々に低下させていく中で、眼障

害が消失する値を閾値とする方法を採用した。

1.7.2. 角膜上皮障害検出法

角膜上皮障害を観察する方法は、Rosenthal [8]、Chalfin [9]に従い、角膜

蛍光染色法を若干改良した方法を用いた。すなわち、家兎の眼球を充分量の

生理食塩水で洗浄後、0.05%フルオレセイン溶液(蛍光色素の名称)25 μlを結膜嚢内にマイクロピペットで点眼、一回閉瞼を行って蛍光色素を眼球表

面に拡散後、充分な生理食塩水で余剰のフルオレセインを洗浄除去後に観察

し、ばく露前の角膜の正常性を画像記録した。 蛍光色素観察の蛍光励起フィルターは従来のものと同様で、細隙灯顕微鏡

に付属するブルーフィルターを使用したが、本研究では、新たに励起光カッ

トフィルターを記録用の CCD カメラの前面に挿入することにより、蛍光染

色部位をより明確にした(図 10)。 蛍光染色による角膜上皮障害の検討では、電波ばく露による障害以外に、

全身麻酔による瞬目の抑制が原因の乾燥による角膜上皮障害や、家兎の体毛

が眼内に入ることによる角膜上皮障害が生じる。これら電波ばく露以外の原

因による角膜上皮障害を除去するための除外基準は既報の基準に準拠した

[11]。ばく露眼、非ばく露眼の両方に蛍光染色を認める家兎は除外した。ま

た、実験開始後に体毛等による擦過が原因と思われる線状の障害痕(図 11)は形状から判定し、当該家兎は実験から除外した。

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図 10:蛍光観察方法(A:蛍光励起フィルターのみ(従来の観察方法)

B:蛍光励起フィルター+励起光カットフィルター(今回使用の方法)

A、B は同一の家兎症例であるが、B の方が角膜中央部の緑色染色がより鮮明

に観察されている。)

図 11:擦過(外傷)による角膜上皮障害

1.7.3. 超高周波ばく露が家兎眼球に与える影響について

1.7.3.1. 超高周波ばく露による障害発生の経時変化、治癒過程、障害発生

閾値検索

1.7.3.1.1. 超高周波ばく露による眼障害モデル作成

ジャイロトロンより発振した 162 GHz ミリ波は導波管(WR-6 rectangular waveguide system)により、家兎眼球設置部位に設置したパワ

ーセンサーまで導かれた(図 12)。P-I-N アッテネーターによりジャイロト

ロンのパワーを数 100 mW/cm2程度まで減衰して、162 GHz 実験用に開発

されたレンズアンテナ(図 9B)を介して、家兎角膜中央にばく露した。な

お、予備実験でジャイロトロンの発振開始 20 分程度は出力パワーにバラつ

きがあるため、ジャイロトロンの発振開始後に電波を遮蔽板で遮蔽しながら

家兎をばく露位置にセット後、遮蔽板を除去または挿入することにより、ば

く露時間を制御した。 162 GHz 6 分間ばく露中に明らかな角膜混濁(角膜の白濁化)が生じるば

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く露条件を人為的な実験のエンドポイントと設定し、数百 mW/cm2のばく露

実験を行った。

図 12:ジャイロトロンばく露装置の概要

1.7.3.1.2. 超高周波ばく露による眼障害モデルの眼障害の治癒過程の検討

他の動物実験と同様に全身および眼部局所麻酔下の家兎を固定ホルダー

で保定後に 162 GHz のばく露を実施した。眼障害の惹起に再現性がみられ、

眼障害の進行過程において、動物愛護の観点より倫理的に許容範囲の障害

を惹起できる条件での眼障害を実験モデルとした。実験モデルで惹起した

眼障害の治癒過程の追跡調査を行った。

1.7.3.1.3. 超高周波ばく露による眼障害の閾値検索

他の動物実験と同様に全身および眼部局所麻酔下の家兎を固定ホルダー

で保定後に 162 GHz のばく露を実施した。眼障害の閾値の絞り込みには、

動物実験における障害が倫理的に許容範囲内の眼障害モデルを作成し、この

モデルを 162 GHz 6 分間ばく露惹起による眼障害の陽性コントロールとし

た。 本眼障害モデルで生じる眼障害(角膜上皮障害(蛍光染色陽性所見)、角

膜混濁、角膜浮腫)の出現の有無を指標に眼障害閾値の検索を行った。なお、

現時点では入射電力密度の正確度の範囲は 100 mW/cm2程度であるため、そ

の範囲での閾値の絞り込みを目指した。

1.7.3.2. 超高周波ばく露による眼内での熱輸送の検討

1.7.3.2.1. 感温液晶マイクロカプセルによる超高周波ばく露中の前房内熱

輸送の可視化の検討

ミリ波は皮膚表面または眼表面で吸収されることはよく知られている[7]。

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角膜で吸収された 162 GHz のミリ波により発生した熱が眼部周辺でどのよ

うに熱輸送をされるのかを可視化することにより、ミリ波ばく露による眼障

害が及ぶ眼組織を明らかにする目的で実験を行った。 他の動物実験と同様に、全身麻酔下の家兎をプラスチック製の固定器で保

定後、キシロカイン点眼による眼部局所麻酔を施行した。温度により色調が

変化する感温液晶マイクロカプセル(以下、「 MTLC 」と略す; Micro-encapsulated thermo-chromic liquid crystal、株式会社日本カプセル

プロダクツ)を生理食塩水で 0.2%懸濁液にし、30 G 注射針を装着した 1 mlシリンジで家兎前房内に注入した。MTLC を家兎眼内に注入する手術手技の

概略を以下に記載する。 1) 手術顕微鏡下で角膜の瞳孔領辺縁部より 30 G 注射針を装着した空の

1 ml シリンジを前房内に刺入する。この際、ディスポーザルのシリ

ンジに一旦生理食塩水を吸引、脱水したシリンジを使用することで、

シリンジと注射針の連結部からの空気の前房内への侵入が阻止でき

る。 2) 30 G シリンジを角膜内に刺入する際は、シリンジ抜去後の房水

(MTLC を含む)の刺入創からの漏出を防ぐ目的で自己閉鎖創(シ

リンジ抜去後に前房の圧力により、シリンジの刺入創が閉じる方法)

を作成すべく角膜実質部の横断マージンを長く取った。 3) 自己閉鎖創を介して前房内に刺入後、房水を 0.2 ml 程度を吸引採取

した。 4) 吸引した房水は注射針を前房内に残したままで注射筒のみを抜去し、

0.2% MTLC 懸濁液を前房内に 0.2-0.5 ml 注入した。MTLC の注入

時は前房内での MTLC の濃度が均一になるように一度に注入するの

ではなく、ポンピングを行いながら、徐々に注入した。また、MTLCの注入量に関しては、眼圧上昇に注意しながら実施した。

なお、MTLC の色調変化の幅は 35-45˚C の範囲のものを使用した。ばく

露前でも血流の多い虹彩周辺部では家兎の体温により、MTLC の色調が変化

する場合がある。ミリ波ばく露実験を行う前には、家兎耳静脈部分を冷却も

しくは、室温保存の生理食塩水を眼部に点眼し、MTLC の色調変化を防止し

た。 ばく露中の前房内観察には、図 14 に示すようにレンズアンテナから家兎

角膜の軸を 0 度とし、その左右 45 度方向にスリット光源とビデオカメラを

配置し、画像記録を行った。ばく露は 200 mW/cm2 の条件を基本とした。

本実験は標準環境で施行した。

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14

図 14:前房内熱輸送可視化のための光路図

1.7.3.3. 超高周波ばく露による眼外での熱輸送の検討

1.7.3.3.1. 外眼部での熱輸送可視化チャンバー作成

外眼部の熱輸送に関しては、小島の学術研究助成金による研究実績報告

[12]に準じてチャンバーの設計を行った。チャンバー本体の作成は本研究の

主要部分ではないので、外部発注により調達した。 以下に、家兎用眼部チャンバー作成の概要を記載する。全身麻酔下の家兎

を保定器で保定後、家兎外眼部周辺の 3 次元構造を 3 次元スキャナーでデー

タを採取した。この眼外部形状データより、家兎顔面にフィットする外眼部

対流可視化用チャンバーを 3 次元プリンターで作成した(図 15)。

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15

図 15:家兎外眼部での熱輸送可視化の概要

1.7.3.3.2. 162 GHz ばく露下の角膜からの熱輸送可視化

全身麻酔下の家兎をプラスチック製の固定器で保定後、キシロカイン点眼

による眼部局所麻酔を施行した。家兎に上述のチャンバーを装着後、162 GHz 360 mW/cm2または 600 mW/cm2をばく露した。微細粒子の煙をトレ

ーサーとして、眼外部可視化チャンバー内にトレーサーを充填した後、緑色

レーザーで可視化サイトを作成した上で、ミリ波電波をばく露し、家兎角膜

から眼外部に蒸散する熱の可視化を試みた(図 15)。可視化用トレーサーと

して、市販の線香(花ふぜい、カメヤマ株式会社)および香(堀川、松榮道

堂)の 2 種類の煙を使用した。 1.7.4. 超高周波ばく露が家兎眼瞼に与える影響

全身麻酔下で、ばく露 1 日前に、実験動物用バリカンを用いてばく露箇所

の体毛をできるだけ取り除いた。全身麻酔下の家兎をプラスチック製の固定

器で保定後、瞬目抑制なしの条件で 162 GHz 480 mW/cm2を 4 分間ばく露

した。瞬目の頻度を計測するため、遮光されたばく露チャンバー内で外部の

刺激を与えないようにし、スリット光源とビデオカメラ(図 14)で記録した。

ばく露前・後の表面温度を計測するためサーモグラフィカメラを使用した。

また、家兎腹部の皮膚に対して 480 mW/cm2を 6 分間ばく露した。 1.7.4.1. 皮膚障害検出法

全身麻酔下の家兎を実験台に横たえて、眼部および腹部皮膚を汎用超音波

画像診断装置(Vscan Extend、GE ヘルスケア・ジャパン株式会社)を用い

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16

て、水浸法[13]によりスキャンした。プローブは Linear Array Transducer(Broad-bandwith linear array: 3.3-8.0 MHz)を使用し、頸部診断モード

使用した。水浸には生理食塩水を用いた。 Ⅳ 試験結果および考察 1. 超高周波ばく露が家兎眼球に与える影響について

1.1. 仮設飼養施設での家兎飼育

平成 30 年度は、計 5 回(平成 30 年 10 月、11 月、12 月、平成 31 年 1 月、

2 月)にわたり、ジャイロトロンを使用した動物実験を福井大遠赤センター

において実施した。平成 28 年度に確立した方法を用い、レンタカーを利用

した仮設飼育室を遠赤センター内に設置した。 レンタカー内の温湿度およびその他の環境値を測定した。温湿度および二

酸化炭素濃度推移の記録は付帯資料 3 を参照されたい。 平成 30 年度の福井大での家兎飼養環境は、平成 28 年度、平成 29 年度と

同様に日本の標準環境値[14]をほぼ満たすことができた。

1.2. ジャイロトロンによる 162 GHz ばく露による眼障害実験

1.2.1. 162 GHz 6 分ばく露による眼障害モデルのばく露量検索

1.2.1.1. 162 GHz 600 mW/cm2 6 分ばく露による眼障害

ジャイロトロンで発振した電波をアッテネーターにより 600 mW/cm2 に

制御し、6 分間のばく露を行った。ばく露中に家兎角膜が白濁あるいは、麻

酔下の家兎が過度の忌避反応を示した際には、直ちに人道的エンドポイント

として、実験を中止することを念頭に、最小の動物実験数で実施した。 2 例の家兎を用いて実験を実施したが、6 分間のばく露中に上述の人道的

エンドポイントに匹敵する所見は認めなかった。 ばく露 10 分後の所見では、家兎番号#980[15]、#1021 ともに、電波ばく

露による眼炎症惹起を示す明らかな縮瞳(瞳孔(瞳)が収縮する)を認めた

(図 16)。#980 は瞳孔領中央部の角膜は、白濁には至らなかったが、虹彩の

文様が識別し難い程度の混濁を認めた。フルオレセインによる蛍光染色所見

では、両家兎ともにびまん性の蛍光染色を認めたことより、角膜上皮障害が

惹起されたことが示された。 同条件でばく露を行ったが、#980 と#1021 とでは障害の程度が異なった。

角膜混濁を比較すると、#980 は瞳孔領を中心とした直径 7-8 mm の角膜混

濁を認めたが、#1021 では混濁の程度も弱く、混濁は鼻側方向に変位してい

た(図 16)。サーモグラフィによる角膜表面温度のばく露開始前とばく露終

了間際の温度差(以下、「ΔT」と略す)も両者に差を認めたが、ばく露条件

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の変位が原因と考えられた。本ばく露条件は、家兎にとって過酷なため、こ

の条件をばく露の上限として、これ以上の実験は行わなかった。

図 16:162 GHz 600 mW/cm2 6 分間ばく露による眼所見

ミリ波を家兎角膜にばく露した際、ばく露による角膜の乾燥によって、ば

く露 10 分後の角膜厚が正常角膜厚(0.36-0.38 mm: 体重 2 kg 程度の有色

家兎ダッチの平均角膜厚)より菲薄化することは、すでに Kojima らにより

報告されている[16]。#1021 は、先の報告と同様にばく露 10 分後の角膜厚

測定で、角膜の菲薄化を認めた。一方、#980 のばく露前の角膜厚は正常値

であったが、ばく露 10 分後の角膜厚測定値は瞳孔領中央部より 1.5 cm 上方

で 0.42 mm、瞳孔領中央部で 0.39 mm と正常角膜厚より肥厚していた(図

17)。また、前房内にフィブリンの析出(図 17)が見られたことにより眼内

に炎症が惹起されたことが窺えた。 ミリ波ばく露による角膜混濁(白濁)の本態は、角膜実質内に水が侵入す

ることにより[16]、角膜を通過する光が散乱されて白濁するものと考える。

ばく露 10 分後の OCT 所見で#980 の角膜厚が正常より肥厚していたことよ

り、600 mW/cm2 6 分ばく露以上のばく露実験条件は、倫理的にも問題があ

るとして、162 GHz ばく露による眼障害モデルとしては、採用しないこと

に決定した。

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18

図 17:162 GHz 600 mW/cm2 6 分間ばく露による OCT 所見

1.2.1.2. 162 GHz 480 mW/cm2 6 分ばく露による眼障害

図 18 に 162 GHz 480 mW/cm2 6 分ばく露による典型的な眼障害の例

(#988)を示した。サーモグラフィによる角膜表面温度測定では、ばく露前

の 30.5˚C からばく露終了 5 秒前に 49.2˚C(ΔT は 18.7˚C)を示した。ばく

露 10 分後の細隙灯顕微鏡所見では、ばく露眼(右眼)と非ばく露対照眼(左

眼)の瞳孔径が異なることより、ばく露眼ではミリ波ばく露による眼内炎が

惹起されたことが窺えた(図 18:ばく露 10 分後の所見を比較)。ばく露 10分後の角膜混濁所見は、経済協力開発機構(Organization for Economic Co-operation and Development:以下、「OECD」と略す)の化学物質の試

験に関する OECD テストガイドライン(TG405)[17]の眼病変グレード付け

の分類に従うと、グレード 1(散在性またはびまん性の混濁部分(正常な光

沢の軽度な曇りを除く)、虹彩細部は明瞭)に相当した。 ばく露 1 日後のばく露眼では瞳孔領を覆う部分に角膜混濁が見られ、蛍光

染色検査において、角膜混濁が見られる部位に一致して蛍光染色を認めた

(図 18:ばく露 1 日後所見)。この角膜混濁は、OECD のグレードでは 3(真

珠様光沢部位、虹彩細部は不明、瞳孔の大きさがかろうじて識別可)に相当

した。ばく露 2日後には角膜混濁部位は瞳孔領より小さくなっていたことと、

蛍光染色部位の面積もばく露 1 日後よりも小さくなっていたことより、162 GHz 480 mW/cm2 6分ばく露による眼障害はばく露1日後に障害程度のピー

クを迎え、徐々に眼障害の治癒が始まっていることが窺えた。ばく露 2 日後

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の角膜混濁は OECD グレードでは 2(容易に識別可能な半透明部分、虹彩細

部はやや不明瞭)相当すると思われる。 総務省継続評価の際に評価委員から、OECD テストガイドラインと照らし

合わせることで、「リスクハザードレベルが理解しやすくなる」との指摘を

受けたため、図 18 に OECD テストガイドライン(TG405)のグレードも併

記した。OECD テストガイドラインでは、被験物質を下眼瞼(下まぶた)の

結膜嚢に付けた後、約1秒間閉瞼後に眼障害の有無を角膜、虹彩、結膜、結

膜浮腫の 4 項目について、グレード分類する[17]。一方、電波ばく露では角

膜の瞳孔領中心に電波をばく露するので、角膜のグレード分類を主体にし、

虹彩のグレード分類は参考として扱った。化学物質による眼障害は、薬物毒

性による障害である。一方、ミリ波ばく露による眼障害は、熱障害によるも

のであるため、眼障害誘発の機序が全く異なるものであることを明記してお

く。

図 18: 162 GHz 480 mW/cm2 6 分ばく露による典型的な眼障害

同家兎(#988)の OCT 所見を図 19 に示した。ばく露前の OCT 所見では

瞳孔領の角膜厚の値が瞳孔領中央より 1.5 cm 上方で 0.37 mm、1.5 cm 下方

で 0.36 mm と正常値を示したが、瞳孔領中央部では 0.34 mm と実験開始前

に角膜の菲薄化が認められた。OCT の画像で角膜の最表面を図 17 の#980と#1021 の OCT 画像と比較すると、#988 の OCT 画像の角膜上皮層部分は

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白く撮像されていることより、全身麻酔開始後から実験開始前の眼部チェッ

クまでの時間が長くかかり、角膜が乾燥気味であったと推察された。 162 GHz 600 mW/cm2 6 分ばく露のばく露 10 分後に見られたびまん性の

角膜上皮障害(図 16)は、162 GHz 480 mW/cm2 6 分ばく露では 10 羽中 1羽のみに見られ、10 羽中 6 羽はフルオレセインの励起光を高強度にした際に

観察された。10 羽中 3 羽は高強度の観察下でも蛍光染色は認めなかった。以

上より、162 GHz 480 mW/cm2 6 分ばく露によるばく露 10 分後の角膜上皮

障害はなしと判定した。 角膜厚の推移はばく露 10 分後に一旦、乾燥による菲薄化が起こり、ばく

露 1 日後に浮腫を示した。この所見は、すでに報告済みの 40, 75, 95 GHzばく露による眼障害の推移と一致した [16]。

図 19:162 GHz 480 mW/cm2 6 分ばく露による眼障害の細隙灯顕微鏡及び OCT所見

同様のばく露は、日差再現性の評価も考慮し、異なる実験日に合計 10 羽

の家兎に施行した。ばく露終了時の角膜表面温度を指標に 10 羽のバラつき

を検討した結果、平均:48.5±1.2˚C(最低温度:46.7˚C、最高温度:51.2˚C)であった。実験開始前(ばく露前)の角膜表面温度は 31.5±1.3˚C であった

ことから、ばく露中の角膜表面温度のバラつきは、個体差によるものとも考

えられる。 162 GHz 480 mW/cm2 6 分ばく露による眼障害は、障害の程度が倫理的に

許容範囲であること、眼障害(角膜混濁、蛍光染色所見、角膜厚測定)に再

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現性があったことから、本実験条件を 162 GHz ばく露による眼障害のモデ

ルと決定した。なお、本モデルの眼障害は可逆性で治癒方向に向かった。

1.2.1.3. 162 GHz 480 mW/cm2 6 分ばく露による眼障害の治癒過程

162 GHz 480 mW/cm2 6 分ばく露による眼障害のうち、角膜上皮障害(蛍

光染色所見)とこれに続く角膜浮腫の障害のピークはばく露 1 日後が最も重

篤で、ばく露 2 日後の蛍光染色所見では、染色面積が縮小していた(図 20)。OCT による瞳孔領中央部の角膜厚計測では、ばく露前の値 0.36 mm を基準

として、ばく露 1 日後は 0.65 mm と最大を示し、ばく露 2 日後には 0.49 mm、

ばく露 3 日後には 0.48 mm と徐々に減少した。ばく露 6 日後には、細隙灯

顕微鏡検査でも角膜は再透明化し、角膜厚も 0.36-0.37 mm と正常値を示

したことより、眼障害は治癒したと判定した。

図 20:162 GHz 480 mW/cm2 6 分ばく露による眼障害の治癒過程

1.3. 162 GHz ばく露による眼障害閾値検索

162 GHz 480 mW/cm2 6 分ばく露による眼障害は、1)ばく露実験中に家

兎角膜が熱変性を生じる程過酷な条件ではなく、2)ばく露後の眼障害はば

く露 1 日後を障害程度がピークを迎え、徐々に回復に向かう可逆性の混濁で

あること、3)本条件により惹起される眼障害(角膜混濁、角膜上皮障害(蛍

光染色)、角膜浮腫)は同時・日差再現性も良い(10 羽に同様に処置を行い、

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バラつきの少ない眼障害の惹起が見られた)ことから、162 GHz ミリ波ばく

露による眼障害モデルとして採用した。 本モデルを陽性対照とし、ばく露量を低減させていく過程で、前述の眼障

害(角膜混濁、角膜上皮障害(蛍光染色)、角膜浮腫)の発症が消える時点

を閾値と定義し、眼障害閾値検索を行った。なお、倫理的配慮のため、家兎

数は 2 羽に限定したが、162 GHz 480 mW/cm2 6 分ばく露を超える 162 GHz 600 mW/cm2 6 分ばく露により誘発される眼障害も本モデルに見られる眼障

害に一致することを確認できた。 表1に 162 GHz ばく露量(入射電力密度)と眼障害発症数(障害発症家

兎数/供試実験家兎数)の関連を示した。 眼障害モデルである 162 GHz 480 mW/cm2 6 分ばく露ではサーモグラフ

ィで測定した角膜表面温度は 48.4±1.2˚C で、本モデルでの眼障害の指標で

ある角膜上皮障害(蛍光染色陽性)、角膜混濁、OCT による横断面(人の眼

の矢状断に相当する。家兎眼は顔の横についているので、家兎頭部短軸に対

して平行となる横断面と呼ぶ)による角膜断面での瞳孔領中心部、上下 1.5 cm の位置での角膜厚測定の全てにおいて、10 羽中 10 羽の障害陽性所見が

得られた。 162 GHz ばく露量(入射電力密度)を下げていく過程において、角膜混濁

の陽性出現が低下し、角膜浮腫と角膜上皮障害(蛍光染色所見)は、ほぼ同

様の陽性率であった(表1)。 眼障害モデルの半分である 240 mW/cm2 6 分ばく露では、角膜表面温度は

42.9±1.8˚Cで、角膜混濁は 9 羽中 1 羽、角膜上皮障害および角膜浮腫は、9羽中 4 羽に認められた(表1)。

120 mW/cm2 6 分ばく露では、角膜表面温度は 37.6±0.7˚Cと家兎の平均

直腸温度 37.3-39.8˚C [18]と大差はなかった。6 羽中、角膜上皮障害、角膜

混濁、角膜浮腫ともに眼障害を示した例はなかった。 60 mW/cm2 6 分ばく露による検討では、ばく露終了時の角膜平均温度は

34.3±0.8˚Cで熱障害を及ぼす温度以下であった。 以上より、162 GHzミリ波6分ばく露による眼障害の発症閾値は120-240

mW/cm2 の範囲内にあると推定された。閾値が存在する範囲の下限を 120 mW/cm2とした理由は、現時点でのジャイロトロンを波源としたばく露装置

を用いた実験では 100 mW/cm2 以下の低出力でのばく露条件は再現性に問

題があるためである。これ以上の眼障害閾値検索については、金沢医大の実

験で得られたデータを首都大がシミュレーションにより求めることになっ

ており、詳細な眼障害の閾値に関しては、首都大の報告書を参照されたい。

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表1:162 GHz ミリ波ばく露量と眼障害発症数

1ばく露終了時の角膜表面温度

報告者らは 40、75、95 GHz ばく露による角膜障害の機序として、以下の

ような説明をしている[16]。1)ミリ波は角膜で吸収され、角膜で熱に変換さ

れる。角膜上皮細胞は熱障害により、びまん性の角膜上皮障害が惹起される。

このびまん性の角膜上皮障害が 162 GHz 600 mW/cm2 6 分ばく露 10 分後の

所見(図 16)と同等のものであると考える。Rosenthal らは、35 と 107 GHzのばく露を家兎に行い、角膜上皮障害を“surface keratitis”[8]と表現して

いるものと一致するものと考える。2)ばく露 1 日後には、びまん性の上皮

障害部位は、ミリ波ばく露領域に一致した部位に認められる円形の蛍光染色

部位として観察される。これは角膜上皮が欠損した部位であると考える。 報告者は 40 GHz 600 mW/cm2 6 分ばく露 4 日後の家兎角膜をコンフォー

カル顕微鏡で観察した所見を報告している[19]。図 21 はその引用であるが、

図 21A は細隙灯顕微鏡所見で、角膜上皮が欠損したような部分が観察される。

図 21B は蛍光染色所見で、図 21A の細隙灯顕微鏡で観察された形状と同じ

形の蛍光染色所見を認めることより、蛍光染色部分の角膜上皮細胞に障害が

あることが示唆される。図 21の C~G はコンフォーカル顕微鏡により図 21Aの部位を観察し、パノラマ状に配置したものであるが、図 21 の C~G の黒

く撮影されている部分(*印部分)は上皮細胞が欠損していることが示され

た。 角膜の最表にある角膜上皮細胞にはバリア機能があり、涙液の角膜内へ

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の侵入を阻止していること[20]は良く知られており、角膜上皮細胞が図 21に示すように脱落した場合は、角膜内に水が侵入し、浮腫を起こすことは

容易に想像できる。従って、本実験による角膜混濁や角膜浮腫の発生機序

は、水の侵入に対する角膜上皮のバリア機能が破綻したことによる 2 次的

な障害であると考える。 角膜障害の治癒過程において、角膜上皮細胞障害を示す蛍光染色所見が

消失した後(図 20:ばく露 3 日後)に、徐々に角膜厚が減少し、ばく露 6日後までに角膜浮腫が消失し正常角膜厚に戻るのも、角膜上皮細胞が再生

されることにより水侵入のバリアが復活し、角膜内に侵入した水が徐々に

吸収されることによって角膜障害が回復することにも矛盾しない。

図 21:文献 17 より引用(40 GHz 600 mW/cm2 6 分ばく露 4 日後の 家兎角膜のコンフォーカル顕微鏡所見)

1.4. MTLC による超高周波ばく露中の前房内熱輸送の可視化の検討

MTLC を前房内に注入し、ばく露中の前房内熱輸送の可視化を検討した。

図 22 は、162 GHz 240 mW/cm2ばく露(162 GHz 用レンズアンテナ使用)

による前房内の温度変化を示す。MTLC は温度上昇によって灰色→赤→黄→

緑→青→紫の順番に色が変化する。ばく露開始 8 秒後には角膜直下の MTLC粒子の色調(黄色矢印部分)がオレンジに変化し、ばく露開始 22 秒後には

前房内の対流によりオレンジから黄色の MTLC 粒子が虹彩および水晶体前

面に方向に熱輸送されるのが観察された。ばく露開始 60 秒後には前房の下

部は黄色から緑の粒子が認められるが、前房の上部は水色の粒子が主体であ

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った。これ以降の継続したばく露でも水晶体前面の温度は水色の 40˚C 以上

になることはなかった。この結果から、162 GHz ばく露による前房内熱輸送

の可視化に成功し、ばく露による熱が前房水によって水晶体に輸送されるこ

とが示唆された。 162 GHz 240 mW/cm2ばく露 6 分ばく露による眼障害は、角膜表面温度

が 42.9±1.8˚Cで、角膜混濁は 9 羽中 1 羽、角膜上皮障害および角膜浮腫は、

9 羽中 4 羽に認めている(表1)。 以上の結果を考え合わせると、162 GHz 240 mW/cm2ばく露 6 分ばく露

による眼障害は角膜に限定され、水晶体に影響を及ぼす可能性は低いことが

示された。

図 22:MTLC による前房内熱輸送の可視化

1.5. 外眼部熱輸送の可視化

線香または香の煙をチャンバーに充填させた後に、グリーンレーザーによ

り、対流の可視化サイトを作成した。トレーサーとして用いた線香及び香に

よる煙の可視化し易さを比較したところ、香による煙の粒子が粗く煙粒子の

動きが明瞭であったため、以降の実験には香の煙をトレーサーとして使用し

た。 外眼部対流を惹起するミリ波のばく露量として、360 mW/cm2 と 600

mW/cm2を比較検討したところ、360 mW/cm2は対流が明瞭ではなかったの

で、以降の実験のばく露量を 600 mW/cm2とした。家兎眼に与える影響を考

慮し、6 分ばく露ではなく、外眼部での熱の対流が可視化された時点をばく

露の終了点とした。 図 23 に外眼部での熱対流の可視化実験の結果を示した。ばく露開始前は

家兎の体温によりチャンバー内の空気が加温され、チャンバーの形状に沿っ

た上向きの緩やかな対流が観察された(図 23:ばく露前:2 本の黄色矢印)。

162 GHz 600 mW/cm2ばく露開始 4 秒後には、ばく露前に見られた対流の渦

の一部が消失した(図 23:ばく露開始 4 秒後:渦の一部は 1 本のみ観察さ

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れる)。ばく露開始 13 秒後では、家兎眼部の着前でジグザグに曲がる対流の

一部が観察された(図 23:ばく露開始 13 秒後:矢頭)。 以上の対流形状の変化より、体温により加温されたチャンバー内の空気の

流れは、家兎眼部への 162 GHz 600 mW/cm2ばく露により、角膜で熱が産

生され、涙液の蒸散により眼部前面に新たな対流ができたことを示唆するも

のと考える。

図 23:外眼部の熱対流の可視化

共同研究を行っている首都大では、162 GHz ばく露中の眼内の熱輸送の状

態を数学的シミュレーションにより検討を行っている。 図 24は 162 GHz 240 mW/cm2ばく露による家兎前房内の熱輸送をシミュ

レーションしたものである。ばく露開始 350 秒後には、水晶体前面は角膜か

ら輸送されてきた熱が水晶体に達するところが描写されている。熱の輸送状

態は、色から判断すると水晶体前面では42˚Cに達することが示されている。

一方、MTLC を用いた家兎眼での 240 mW/cm2 ばく露では水晶体の温度は

40˚C程度で 2˚C程度の開きがある。この差異の原因として、シミュレーショ

ンでは角膜からの蒸散による前眼部への熱の放出が考慮されていないのが

原因の一つと考えられる。 外眼部での熱の可視化の実験として、今後はトレーザー粒子の大きさの検

討に加えて、粒子の動きを計測する粒子画像流速測定法(Particle Image Velocimetry:以下、「PIV」と略す)を導入することにより、どの程度の熱

が眼外部に放出されているかを計算可能であると考える。また、PIVにより、

ミリ波の眼内への侵入深度と眼外への熱の放散の関連が明らかになるもの

と考える。 また、本実験はすべて標準環境(ばく露実験チャンバー内温度 24±2℃、

湿度 60±10%)で実施した。しかし、Kojima らは、40 GHz ばく露実験に

おいて、ミリ波ばく露による眼障害の程度が環境湿度により異なる可能性を

報告している[22]。今後、ミリ波ばく露における眼障害と環境条件による検

討において、本研究手法は重要な意味合いを持つものと考える。

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27

図 24:眼内部熱輸送の数学的シミュレーション(首都大より供与)

本実験では、ミリ波ばく露は全て連続波によるばく露を使用した。また、

6 分間のばく露中は家兎の眼瞼をテープで固定することにより、家兎の忌避

反応を抑制した状態で実験を行っている。従って、ミリ波の電波が眼部に照

射されている際に 6 分間の長きに渡って瞬きをせずに、ミリ波をばく露する

ことはないとの批判がある。しかし、100 GHz を超えるミリ波の眼障害の報

告は、Rosenthal らの 107 GHz[8]以外の報告は、我々が知る限りない。 本研究は 162 GHz ミリ波の眼部ばく露の世界で初めての報告である。今

後は、波源として使用した高出力のジャイロトロンの特性を生かし、短時間

で高強度のパルスによる眼障害の研究が必要であると考える。

1.6. 超高周波ばく露が家兎眼瞼に与える影響

当該研究は、眼部への最悪のばく露環境を想定した眼部障害閾値を検索す

るために電磁波を照射する際、眼瞼を開いた状態で固定し瞬目を抑制してい

る(試験方法 1.4.および 1.5.参照)。一方、報告者らは、瞬目抑制なしで 60 GHzミリ波を眼部にばく露させると、眼瞼に熱障害を引き起こすことを報告して

いる(図 6)[5]。ヒトの上眼瞼皮膚は体表面の中でも最も薄い部分の一つで [23]、上眼瞼板の上を緩く覆っている[24]。皮下脂肪がなく疎性の結合組織

で眼瞼板と接しているため外傷や炎症により浮腫や内出血を起こしやすい

[24]。そこで、上眼瞼部への 162 GHz ミリ波ばく露の影響を、家兎を用いて

検討した。

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28

1.6.1. 162 GHz ミリ波ばく露が瞬目に与える影響

始めに 162 GHz ばく露が瞬目に与える影響をみた。ばく露チャンバー内

で刺激を与えずに 7 分間、右眼(#1031)をビデオカメラで撮影したところ、

瞬目回数は 1 回であった。これは報告されている 6.3 分に 1 回という瞬目頻

度[25]と合致していたため、次に#1031 の右眼に対して眼障害モデルを作成

する条件(1.2.1.2.)と同じように 162 GHz 480 mW/cm2を照射した。ばく

露開始直後から、瞬目が頻繁に観察され 4 分間までに 51 回計測された。ば

く露前の照射部表面温度は 33.1˚Cであったものが 2分後には 49.1 ˚Cまで上

昇し(図 25)、ばく露終了時には 49.2 ˚Cと高温の状態が続いた。また、ば

く露後 2 分の時点で上眼瞼は下垂していた(図 25)。これらの結果は、162 GHz ばく露による熱刺激に対して、忌避反応により瞬目を反射的および自発

的に行ったことを示唆している。なお、当初は 6 分間ばく露の計画であった

が、ばく露装置が不安定化したため 4 分で中止した。

図 25:家兎眼部への 480mW/cm2 4 分間ばく露(瞬目抑制なし)

1.6.2. 超音波診断装置を用いた皮膚障害評価

上眼瞼の熱障害が起きた場合、浮腫を伴うことが考えられた。そこで超音

波画像診断装置を用いて浮腫を診断できないかどうか検討した。図 26 は局

所麻酔薬のリドカインを皮内注射し、上眼瞼部と腹部に実験的な浮腫を作成

した様子を表す。これらの浮腫モデルを対象に超音波画像診断装置によるス

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キャンを試みた(図 26)。通常のスキャンでは超音波伝導性のゲルをプロー

ブと皮膚の間に挟むが、最もプローブに近い皮膚を観察することは難しい。

プローブを接触させるため、浮腫のような柔らかい組織は形が変形してしま

う恐れがある。そこで、眼部または腹部皮膚に底に穴の開いた容器を押し当

て生理食塩水を注ぎ込み、その中にプローブを浸してスキャンを試みた。水

浸法は、指の関節や外傷など複雑な形や痛みを伴う患部の検査に適している

[13, 26]。図 26 に示すように、リドカイン皮下注射によって疑似的に作製し

た浮腫の様子を超音波画像で観察することに成功した。 次に、装置内の距離計測機能を用いて眼瞼(眼瞼皮膚+眼瞼板)2 か所(4

mm 間隔)、角膜から後眼部までの長さ、および皮膚表面から筋膜までの厚

さを計測した(図 27)。コントロールと浮腫モデルの眼部画像では、角膜か

ら眼底までの長さが 14.8 mm、14.9 mm と変わらないのに対して、眼瞼の

厚さは、コントロール眼瞼(1.3 mm, 0.9 mm)、浮腫眼瞼(3.8 mm, 3 mm)

であった。一方、腹部ではコントロールで 2.2 mm、浮腫モデルで 4.2 mmであった。これらの結果から、超音波画像診断装置を用いて浮腫の数値化が

可能であるが分かった。

図 26:浮腫モデルの作成と超音波画像診断

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30

図 27:超音波画像診断装置による計測

1.6.3. 162 GHz ミリ波ばく露が家兎眼部に与える影響

#1031 に全身麻酔を施し、ばく露実験前の眼検査、眼部の超音波検査を行

った。その後、眼障害モデル条件(1.2.1.2.)と同様に 162 GHz 480 mW/cm2

を右眼に対して 4 分間照射した。ただし、瞬目抑制は行っていない。1.6.1.に記したように 162 GHz 480 mW/cm2ばく露によって、家兎は頻繁に瞬目

を行い上眼瞼は下垂した(図 25)。ばく露 1 日後に実施した細隙灯顕微鏡、

OCT、フルオレセイン染色による眼障害検査では、#1031 右眼に眼障害は見

られなかった(図 28)。これは、瞬目抑制下で、ばく露 1 日後に 100%(10羽中 10 羽)の角膜障害が現れた結果と大きく異なる(表 1)。ばく露 1 日後

には、ばく露眼上眼瞼の発赤、腫脹が明らかであり(図 28、図 29)、超音波

検査でもばく露眼の上眼瞼(図 29:点線で囲った部分)が大きくなっている

ことが分かった。さらに、上眼瞼の厚さを計測したところ、ばく露前の#1031右眼(1.6 mm, 0.8 mm)、ばく露 1 日後の#1031 右眼(2.1 mm, 2.5 mm)、

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左眼(1.6 mm, 1 mm)であった(図 30)。一方、角膜から後眼部までの長

さは、それぞれ 14.7 mm, 14.9 mm, 14.7 mm であった。これらの結果から、

瞬目抑制していない条件では、162 GHz ミリ波ばく露実験においても 60 GHz 実験と同様に上眼瞼に熱障害を起こしていることを示唆している。

図 28:162 GHz 480 mW/cm2 4 分間(瞬目抑制なし)眼障害検査

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図 29:162 GHz 480 mW/cm2 4 分間(瞬目抑制なし)超音波検査

図 30:162 GHz ばく露によって障害を受けた上眼瞼の超音波検査による計測

1.6.4. 162 GHz ミリ波ばく露が家兎腹部皮膚に与える影響

Lee らの報告では、韓国人の眼瞼の平均皮膚厚は 521.2 ± 115.8 mm に対

し、腹部皮膚厚の平均は 1,331.6 ± 254.2 mm と約 2.5 倍の差がある[23]。ダ

ッチウサギの場合も、図 27、図 29、図 30 から腹部の皮膚の方が分厚いこと

が窺える。使用した超音波画像診断装置では皮膚厚を正確に測定するほどの

解像度はない。前項で 162 GHz ミリ波ばく露により眼瞼部に熱障害を引き

起こすことが示唆されたため、比較実験として腹部皮膚に対する 162 GHzミリ波ばく露の影響を調べた。 腹部に照射すると、ばく露前の 30.3˚Cから 2 分後の 55.4˚Cまで皮膚表面

温度が上昇した(図 31)。腹部表面温度はその後も上昇し、ばく露 4 分では

60.5˚C に達し、終了直前(6 分)の計測値は 60.5˚C であった。ばく露 1 日

後には、ばく露皮膚には発赤と腫脹が観察された(図 32)。ばく露 1 日後の

非ばく露皮膚とばく露皮膚を超音波検査で比較すると、腫脹部分(図 32 の

*印)の皮膚と筋膜との間に隙間が存在することが観察できた。皮膚と筋膜

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との間を計測したところ、非ばく露皮膚では 1.6 mm、ばく露皮膚では 2.4 mm であった(図 33)。 これらの結果から、眼瞼部位と同様、162 GHz 480 mW/cm2ばく露は腹部

皮膚に熱障害を引き起こすことが示唆された。表面温度が眼瞼では 2 分後と

4 分後でほぼ変わらない(49.1˚C→49.2˚C)のに比べ、腹部皮膚では 5˚C前

後上昇した(55.4˚C→60.5˚C)ことから、眼瞼と腹部皮膚では 162 GHz ミ

リ波の吸収や熱輸送に違いがあることが考えられる。報告者らは以前、眼部

と腹部皮膚に 75 GHz ミリ波ばく露(150 mW/cm2 6 分間)を行った際、ば

く露 1 日後に眼瞼浮腫(図 34:矢頭)が観察されたのに対して、腹部皮膚で

は軽い発赤程度で浮腫は確認されなかった(図 34)。この違いは、眼瞼と腹

部の皮膚厚の違いによると考えられた。本実験では、眼部と腹部へのばく露

時間が異なっているため、眼瞼と皮膚を比較することはできない。したがっ

て、今後 100 GHz 超のミリ波ばく露による影響を眼部、腹部および他の体

表部位と比較して調べる必要がある。

図 31:162 GHz 480 mW/cm2ばく露による腹部表面の温度上昇

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図 32:162 GHz 480 mW/cm2ばく露 1 日後の皮膚所見と超音波検査

図 33:超音波検査による腹部腫脹部位の計測

図 34:75 GHz 150 mW/cm2 6 分ばく露

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Ⅴ まとめ

1. 162 GHz 480 mW/cm2 6 分ばく露による眼障害は、障害の程度が倫理的に

許容範囲であること、眼障害(角膜混濁、蛍光染色所見、角膜厚測定)に

再現性があったことから、この実験条件を 162 GHz ばく露による眼障害

のモデルとした。

2. 162 GHz 眼障害モデルの治癒過程を観察した。ばく露 1 日後の障害をピ

ークに、2 日後から障害の程度が小さくなり、6 日後には眼障害は治癒し

たと判定し、本モデルは可逆性障害モデルであった。

3. 162 GHz 480 mW/cm2 6 分ばく露を陽性対照とし、ばく露量を低減させて

いく過程で、眼障害の発症が消える時点を閾値と定義し、眼障害閾値検索

を行った。

4. 162 GHz ミリ波 6 分ばく露による眼障害の発症閾値は 120-240 mW/cm2

の範囲内にあると推定された。動物実験で得られたデータを首都大学東京

がシミュレーションにより求めることになっており、詳細な眼障害の閾値

に関しては、首都大学東京の報告書を参照されたい。

5. MTLC を前房内に注入し、ばく露中の前房内熱輸送の可視化を検討した。

162 GHz ばく露による前房内熱輸送の可視化に成功し、ばく露による熱が

前房水によって虹彩や水晶体に輸送されることが示唆された。

6. まとめ 5 の結果および平成 29 年度のマイクロ温度プローブを用いた実験

結果から、162 GHz 240 mW/cm2ばく露 6 分ばく露による眼障害は角膜

に限定され、水晶体に影響を及ぼす可能性は低いことが示された。

7. 外眼部の熱輸送を可視化することに成功した。可視化した対流形状の変化

より、体温により加温されたチャンバー内の空気の流れは、家兎眼部への

162 GHz 600 mW/cm2ばく露により角膜で熱が産生され、涙液の蒸散によ

り眼部前面に新たな対流ができたことを示唆した。

8. 瞬目を抑制しない条件下で、眼障害モデル作成と同様のばく露実験を行っ

たところ、瞬目頻度の顕著な上昇が見られた。ばく露 1 日後には、角膜上

皮障害が見られず上眼瞼部に熱障害を確認した。さらに眼瞼皮下に液体が

貯留し腫脹している様子が観察された。また、比較実験として腹部皮膚に

も同様のばく露を行ったところ、眼部より高い体表面温度上昇とばく露 1日後の腫脹が観察された。

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36

Ⅵ 文 献 1. T. Tasaki, M. Kojima, Y. Suzuki, Y. Tatematsu, H. Sasaki: Creating a stable

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年 度 研 究 報 告 書 ( 平 成 29 年 3 月 ) 総 務 省 pp 1-34 https://www.tele.soumu.go.jp/resource/j/ele/body/report/pdf/h29_04.pdf (アクセス日:2019 年 3 月 26 日)

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省 、 平 成 26 年 度 報 告 書 ( 平 成 27 年 3 月 ) pp1 - 54 https://www.tele.soumu.go.jp/resource/j/ele/body/report/pdf/h26_01.pdf (アク

セス日:2019 年 3 月 14 日) 20. DG. Dawson, JL Ubels, HF Edelhauser: Cornea and sclera. In: L. A. Levin et al.

(Eds), Adler’s physiology of the eye. Eleventh edition, St. Louis: Elsevier; 71-115, 2011.

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目次

Ⅰ 要 旨 ....................................................................................................................... 1

II 研究全体の背景と目的 ................................................................................................ 6

Ⅲ 動物実験用ばく露装置の開発とばく露評価 .............................................................. 11

3.1 超高周波数帯高強度ばく露システムの開発 ..................................................................... 11

3.1.1 実験方法 ...................................................................................................................... 11

3.1.2 放射パターンの計測結果 .............................................................................................. 16

3.1.3 出力電力の計測結果 ..................................................................................................... 19

3.2 ばく露評価とばく露システムの保守およびばく露管理 .................................................... 28

3.2.1 目的 ............................................................................................................................... 28

3.2.2 100GHz 以上の様々な波源と THz ギャップ ............................................................... 28

3.2.3 ジャイロトロン ............................................................................................................. 31

3.2.4 ジャイロトロン FU CW GV ........................................................................................ 31

3.2.5 162GHz 動物用ばく露システム ................................................................................... 32

3.2.6 感温液晶を添加することによるファントム内部の温度分布測定の検討 ..................... 42

Ⅳ 数理モデルによる超高周波数帯の眼障害閾値推定 ................................................. 53

4.1 細胞影響の温度閾値とそのばく露時間依存性に関する研究 ............................................. 53

4.1.1 はじめに ........................................................................................................................ 53

4.1.2 高温ばく露の熱ショックタンパク質および DNA の損傷などに対する影響 ................ 56

4.1.3 短時間高温ばく露の細胞生残率に対する影響 ............................................................... 78

4.1.4 細胞死に関する温度閾値のまとめ ................................................................................. 82

4.1.5 高温ばく露におけるばく露前の温度の影響................................................................... 86

4.1.6 まとめ ............................................................................................................................. 89

4.2 シミュレーションによる閾値推定 ................................................................................... 91

4.2.1 テラヘルツ時間領域分光(THz-TDS) .......................................................................... 91

4.2.2 162GHz ばく露実験の電磁界解析および熱解析 ......................................................... 95

Ⅴ 60 GHz 帯システムのドシメトリと人体への影響評価 ........................................... 108

5.1 数理モデルを用いた熱的影響の評価 .............................................................................. 108

(以下、首都大学東京 受託分)

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5.1.1 ビーム伝搬方と FDTD 法を組み合わせた複合シミュレーションシステム ............. 108

5.1.2 60GHz 帯高速無線通信システムの多様な放射パターンに対応した数値解析 ......... 132

Ⅵ 超高周波数帯眼障害閾値の総合的な評価 ............................................................... 151

6.1 28GHz から 162GHz までの CEM43ºC 基準を用いた解析 ............................................ 151

6.2 ミリ波帯の広い周波数領域における角膜障害の閾値 ..................................................... 154

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1

Ⅰ 要 旨

本研究では,0.16THz帯電磁波が眼部に及ぼす影響を明らかにするため,ジャイロト

ロンを THz波源とする眼障害閾値検索システムを開発する.また 0.1THz以上の電力吸

収の特性,前眼部の熱輸送の特性を数値解析するための手法,そしてそれらの数値シミ

ュレーション結果から眼障害を推定するための数学モデルの構築と眼障害推定シミュ

レーションシステムの開発を行う.さらに今後普及するであろう WiGigで使用される周

波数帯(60GHz)に関して,パッチアレイアンテナからの指向生の高い電波に眼球がばく

露された場合のばく露評価を実施する.本研究課題において平成 30 年度は以下の項目

に関して研究開発を実施した.

イ)動物実験用ばく露装置の開発とばく露評価

イ-1 超高周波数帯高強度ばく露システムの開発

・超高周波数帯の眼障害の周波数依存性の実験の可能性を考慮するため,前年度選定

した周波数帯よりも高い周波数帯のばく露装置開発の技術課題の検討を行った.具体的

にはジャイロトロンで 0.26THzの発振を行い 1W程度の電力を連続波として出力出来る

ことを確認した.また,ジャイロトロンからの出力ビームの空間分布をガウシアン分布

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2

に整形するための位相補正鏡の設計・製作を行った.またそのシステムを使用し,15例

のファントムに対するばく露実験を行った.

イ-2 ばく露評価とばく露システムの保守およびばく露管理

・前年度構築したばく露システムを用いて家兎眼への周波数 0.16THzの電磁波ばく露

を実施した.また,ジャイロトロンの出力特性について明らかにし,時間的に安定した

ばく露を実現するための保守を行った.さらに家兎眼へのばく露において,所望の電力

密度を正確にばく露出来るようにばく露管理を実施した.

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エ)数理モデルによる超高周波数帯の眼障害閾値推定

エ-1 細胞影響の温度閾値とそのばく露時間依存性に関する研究

・ 37℃曝露からの 47℃以上の高温曝露,30℃の低温曝露からの 47℃以上の高温曝露

等の実験で,細胞の生残率の動きと連動して,細胞がより死ぬような条件の場合はHSP90,

HSP70,HSP27,Akt および mTor の発現が抑制される傾向が確認された.生残率に替わ

ってこれらの生体防御関連の因子が指標になる可能性が示された.また,上記因子が減

少する場合には生体内酸化状態を表わす 8OHdG の量が上昇している傾向が認められた.

エ-2 シミュレーションによる閾値推定

・ 前年度開発した閾値推定システムを用いて,10例の入射電力密度に対する熱輸送

計算を実施した.その結果を用いてばく露時間-入射電力密度ダイヤグラムを作成し,

160GHz のばく露における家兎の角膜上皮障害の閾値推定を実施した.またヒトの解剖

学的眼球モデルを用いて同様にばく露時間-入射電力密度ダイヤグラムを作成し閾値推

定のヒトへの外挿を試みた.

オ)60 GHz帯システムのドシメトリと人体への影響評価

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オ-3 数理モデルを用いた熱的影響の評価

・ 前年度に作成したパッチアレイアンテナの波源モデルを用いて 60 GHz帯システム

の吸収電力(SAR)分布を計算した.吸収電力の計算では,3種類のパッチアレイアン

テナに対して,それぞれ 8パターンの距離依存性,計 24パターンのシミュレーション

を実施した.またそれらの結果を用いて,熱輸送計算を実施した.さらに熱輸送計算の

結果を用いて CEM43ºC指標モデルに基づいた閾値推定を行った.

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カ)超高周波数帯眼障害閾値の総合的な評価

・162 GHzまでの実験とシミュレーションに基づく既存の閾値データを利用して超高

周波数帯までの入射電力密度の閾値の曲線を求めた.結果として実験値よりプロビット

解析を用いることにより,40GHzから 162GHzまでの角膜上皮障害発生確率 10, 50, 90%

となる入射電力密度の周波数依存性プロファイルを得た.さらに CEM43ºC基準を用いた

数理モデルによる閾値推定を 28GHzから 162GHzまで実施し,実験結果から得られた角

膜上皮障害発生確率 50%の結果とほぼ同様な結果が得られた.またそれらについて考察

を行い,赤外線のガイドラインとの整合性についても議論を行った.

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II 研究全体の背景と目的

超高周波帯が日常生活で十分に活用されることにより,国民生活の質は飛躍的に向上

することが期待されるため,その活用推進が求められている.30-300 GHz の超高周波

の利用はすでに拡大し始めており,「無線通信」や「セキュリティ検査」,皮膚癌検査

等の「医療アプリケーション」等は既に実用化が進んでいる.60 GHzや 77 GHz帯では

ハイビジョン画像データ通信や衝突防止レーダーが既に実用化されており,120〜300

GHzにおいても無線通信やセキュリティ検査技術に関して実用化に向けた実証試験や実

用化研究が開始されている(総務省 R&D研究).一方で,100-300 GHzの超高周波での

研究知見は大幅に不足しており,この領域における電波利用が開始される前に,生物学

的な検証データの収集が必須である.生体影響に関する十分な根拠がない状態での利用

促進には国民の不安を伴う.また一方で,不必要に厳しい安全基準は電波活用の普及を

阻み,国民にとって大きな不利益ともなり得る.そのためにも超高周波帯の電波ばく露

の安全性を適切に評価し,根拠となる生体影響データを蓄積することは必要不可欠であ

る.

超高周波のほとんどは体表で吸収されるため,生体影響を考慮すべき部位は皮膚およ

び眼部である.100-300 GHz帯の超高周波は周波数の増加に伴い体表の浅い部位に吸収

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されるが,ばく露障害を受けやすい眼表面(角膜)に関しては血流がなく,また生体内

波長・侵入深さが角膜組織厚と同程度のオーダであることから,体表内外での熱の輸送

を十分に考慮した上での影響評価が必要である.しかし,これまで 100-300 GHzの超高

周波帯では,その周波数帯固有の熱輸送を体表内外で考慮した生体影響についての研究

知見がほとんどないため,眼表面への安全性が十分に確認できない状態である.

一方で,Triバンド(11n: 2.4 GHz, 11ac: 5 GHz, 11ad: 60 GHz)の WiFiチップセ

ットの普及が見込まれており,100 GHz以上の超高周波数帯に近接する 60 GHz帯を使

用する次世代無線 LAN規格の WiGigなどを使用する製品の増加が想定される.このよう

な背景から 60 GHz帯の電波利用に関する技術基準が情報通信審議会において議論され

ているが,この技術基準が眼部へのばく露に関わる熱的生体影響とどのような関係にあ

るかについての知見もほとんどない.

以上より本研究の目的は,ミリ波帯電波についてこれまで報告されている研究知見を

総合的に評価し,現在の電波防護指針の妥当性について検証するとともに,将来の電波

防護指針改定等のために必要な安全性評価の方向性を明らかにすることである.そのた

めの成果目標として以下の項目を設定した.

1. ジャイロトロンを用いた熱的障害閾値を検索可能な超高周波帯高強度電磁界ば

く露システムを開発する.

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2. 上記システムを用いて,160 GHzから 265 GHzの間の適切な周波数を選択し超高

周波数帯における眼障害の閾値を動物実験により明らかにする.

3. 超高周波数帯における角膜内外の熱輸送について明らかにするため動物実験と

シミュレーションを実施する.動物実験では眼球組織内での温度測定を行い,また角膜

外部の外気流と角膜内部の房水の対流の特徴を明らかにする.シミュレーションでは家

兎の眼球モデルを用い,超高周波数帯に適した電磁界シミュレーション技法を検討し,

実験で得た温度計測と対流熱輸送の結果と首尾一貫するような角膜内外での流体熱輸

送を考慮した計算コードを開発する.

4. 眼障害の閾値を推定するための数理モデルを検討し,それに基づいた計算機シ

ミュレーションシステムを構築する.閾値の推定モデルの構築ではその精密化のため,

角膜上皮細胞を用いた温度ばく露実験を実施し,熱障害の温度閾値と温度ばく露依存性

の関係を明らかにする.細胞実験により得たデータに基づいた理論的なモデルを構築し,

電磁界及び熱輸送シミュレーションと連携し閾値推定を行う.最終的には動物実験の閾

値検索結果と首尾一貫するように閾値推定シミュレーションシステムの最適化を行い,

実験で実施した以外の周波数においても閾値推定を行う.またヒトの眼球モデルに閾値

推定シミュレーションを実施し,ヒトの眼球に与える影響について定量的な推測を行う.

5. 実用化される 60 GHz WiGigシステムの電波の放射特性について調査を行い,そ

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れに基づいたヒトの眼球モデルを用いた計算機シミュレーションに基づいたばく露評

価を実施する.ばく露評価では電磁界解析による吸収電力の評価,流体熱輸送を含めた

温度上昇の評価,および 4.において開発した障害閾値推測システムを用いた評価を実

施し,眼球への熱的影響のリスクに関する考察を行う.

6. 上記の 2. 4. 5. の結果及びこれまで金沢医科大学・首都大学東京のグループで

実施してきたミリ波帯における障害閾値の既存データを総合的に評価し,我が国の電波

防護指針の妥当性および国際的なガイドライン・規格との整合性を検証する.検証結果

に基づき将来の電波防護指針の安全性の評価方法について提言を行う.

なお,本研究の全体的な枠組みは次のとおりである.

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Ⅲ 動物実験用ばく露装置の開発とばく露評価

3.1 超高周波数帯高強度ばく露システムの開発

ジャイロトロン FU CW GV の 265GHz/TE10,6モード用の位相補正鏡からの放射パター

ンと出力電力を計測した.放射パターン計測では,ジャイロトロン中心からの距離を変

えながら,IR カメラを用いて塩ビ板の温度上昇を測定した.出力電力はパイロ素子で

主磁場強度ごとの出力電力の相対値を計測し水負荷で値を較正した.

3.1.1 実験方法

ビーム整形には 2 枚の位相補正鏡を用いる.図1にそれぞれの位相補正鏡の写真を示

す.業者によると表面の焼け焦げの様な痕は加工時の切削冷却液との化学反応とのこと

である.図2に実験系の写真と位相補正鏡架台の組立図を示す.位相補正鏡の位置はジ

ャイロトロン出力窓の法線方向を基準としてポイントレーザーとレーザー墨出し器を

用いて決定した.位相補正鏡のM1と中心とジャイロトロン中心間の距離は 1100 mm

である.放射パターンの計測系は M2 中心位置を基準としており,位相補正鏡架台の辺

に平行になるように光学ベンチをアライメントした.計測系の座標系はM2から塩ビ板

へ向かう方向をz軸の正にとり,右手系で xy 座標を定義する.

放射パターン計測では IR カメラで放射前の画像と放射後の画像を取りその減算画像

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を 5 枚平均し,さらに端部から見積もったノイズ成分を減算した.M2 からの放射距離

が 300 mm,400 mm,450 mm,500 mm,550 mm,600 mm,700 mm,800 mm,900

mm,1000 mm の位置で計測を行った.

電力計測はパイロ素子と水負荷で行った.水負荷試験ではミリ波を導波管で導き,20

ml の水に入射し温度上昇を計測した.水の比熱は 4.184 J/K/ml と仮定し,各磁場の値

で 5 回計測を行い平均を取った.パイロ素子は焦電効果により表面の温度変化を計測す

る方法であり,各パラメータの相対的な出力電力を計測できる.主磁場強度を変えなが

らパイロ素子で計測し,水負荷試験により出力電力の絶対値を計測した.

表 1 に放射パターン計測でのジャイロトロンの運転パラメータを示す.()内は水負

荷試験時のパラメータである.

表 1 放射パターン計測でのジャイロトロンの運転パラメータ

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a) M1 b) M2

図 1 位相補正鏡

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図 2 実験系の写真と位相補正鏡架台の組立図

図 3に M1への入射ビームを示す.ジャイロトロンからの出力ビームは鉛直方向に伸

びた楕円ガウスビームである.今回開発した位相補正鏡は入射ビームをM2から 500 mm

の位置で半径 5 mmのビームウェストを持つように整形する.図 4に数値計算で求めた

ビームウェスト(M2から距離 500 mm)での放射パターンを示す.

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図 3 M1 への入射ビーム(ジャイロトロン中心から 1100 mm の位置)の放射パターン.温

度の等高線は 0.5℃刻み.計測時ジャイロトロンのパルス幅 1.5 ms,繰返し周波数 10 Hz.(左)

図 4 数値計算で求めたビームウェスト位置での放射パターン.強度ピークを1で規格

化.等高線は 0.1 刻み.(右)

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3.1.2 放射パターンの計測結果

図5にIRカメラで計測した位置ごとの放射パターンを示す.

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図 5 M2からの放射距離ごとの放射パターン.設計ビームウェスト位置 500 mm,ビー

ムウェストサイズ 5 mm.温度の等高線は a)-f)まで 1℃刻み,g)より 0.5 ℃刻み.

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計測の結果,設計ビームウェスト位置でおおよそ数値計算で得られたビーム形状を再

現していることが分かった.中心位置のオフセットはミラー角度のミスアライメントに

よるものと考えられる.

しかし図 6に示すように数値計算では M2からの距離 700 mm以降において y方向にビ

ーム幅が広がる予想であったが,計測では x方向にビーム幅が拡大している.この違い

の原因を調べるためには,M1 からの反射光の計測を行いより厳密な比較を行うことが

必要である.

図 6 数値計算で求めた M2 からの距離 700 mm での放射パターン.強度ピークを1で規

格化.等高線は 0.1 刻み.

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3.1.3 出力電力の計測結果

図7に 2018年 10月 10日に計測した FU CW GV TE10,6モードでの出力電力の磁場依

存性を示す.出力電力は平均ではなく突入電力を示している.また図 8に今回計測した

位相補正鏡通過後の出力電力の磁場依存性を示す.パイロ素子での計測値の較正は

9.685 Tでの水負荷の計測値で行った.位相補正鏡通過後のパイロ素子での計測では磁

場を動かす方向によって強度のピーク位置に 0.005 mT程度のずれが生じた.水負荷計

測との比較では低磁場側から高磁場側に動かした時の計測結果の方が傾向が合う.出力

電力の磁場依存性は 2018年 10月 10日の計測に対し変化しており,位相補正鏡のミリ

波伝送効率の見積は困難である.しかし実験の結果より,位相補正鏡通過後で 1 kW以

上の突入電力を達成できるため応用には問題ないと考えられる.

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図 7 2018 年 10 月 10 日に計測した FU CW GV TE10,6 モードでの出力電力の磁場依存

性.ジャイロトロンの電子ビーム電流 400 mA.

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図 8 位相補正鏡通過後の出力電力の磁場依存性.ジャイロトロンの電子ビーム電流 460 mA.

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図 9 位相補正鏡を使用した 265GHz 空間伝送型ばく露システム(ジャイロトロン側から

の全景)

図 10 位相補正鏡を使用した 265GHz 空間伝送型ばく露システム(位相補正鏡設置部拡

大)

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図 11 水負荷試験の機器配置

図 12 寒天ファントムを用いた 265GHz 空間伝送型ばく露システムの温度上昇評価試験.

右図のように赤外線サーモグラフィーカメラによるファントム表面の温度計測を実施.

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図 13 赤外線サーモグラフィーカメラによる計測結果の例.

ばく露開始後 180 秒後の熱画像

図 14 寒天ファントム表面の最大温度上昇位置での温度上昇の時間依存性

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図 15 265GHz, 180 秒ばく露時のファントム表面の温度上昇の平均照射電力依存性

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図 16 赤外線サーモグラフィーカメラによる計測結果の例.平均電力 100W, ばく露開始

後 3 秒後の熱画像

試みとしてピークパワー1kW, パルス幅 10 ms(duty比 10%), 1周期 100ms,平均電力

100Wの条件でファントムをばく露した結果を図 15に示す.この条件でばく露開始から

3秒後にファントム表面温度は約 120ºCとなり,温度上昇は約 103ºC程度であった.こ

のようにジャイロトロンを波源として用い,位相補正鏡による空間伝送を行った際のば

く露システムは超高強度,極短時間の生体へのばく露影響評価を試験するシステムとし

て使用出来る可能性が示された.

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3.2 ばく露評価とばく露システムの保守およびばく露管理

3.2.1 目的

本研究では 162GHz 用のジャイロトロンを波源として利用する新型ばく露装置を開発

し,熱的な眼組織の障害が誘導される閾値について調査を行う.そのたに,ばく露装置

により角膜の眼障害モデルを得る程度に十分な温度上昇を観測できることを確認する.

また,電力密度を掃引し,統計的な手法により眼障害の生じる確率分布を得ることも目

的とする.

3.2.2 100GHz以上の様々な波源と THzギャップ

ミリ波帯・THz帯の波源は下記のような種類の物がある.

(1)真空管:ジャイロトロン, 後進波発信器 (BWO), クライストロン, Grating

Vacuum devices.

(2)半導体:逓倍器, MMIC

(3)レーザー:量子カスケードレーザー (QCL), 自由電子レーザー (FEL), シンクロ

トロン放射光源.

(4)フォトニクス:光ミキサー, 差周波発生器.

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図 17 に示すようにこれらの波源の多くは 100GHz 以上で十分に強い電力が得られな

い.しかしジャイロトロンは数 Wから kW程度の出力が可能であり,この周波数帯で生

体への熱影響について研究を行う波源として有望である.

図 17 様々なミリ波・THz 波源と THz ギャップ(C. M. Armstrong, “The truth about terahertz ,” IEEE Spectr., vol. 49, no. 9, pp. 36–41, 2012 より引用)

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3.2.3 ジャイロトロン

ジャイロトロンは真空管型の波源の一つであり,次のような方法によりミリ波・THz

帯の電磁波を発生させる.電子銃から照射された電子は磁場中に入ることによりサイク

ロトロン運動を行う.このサイクロトロン運動により電磁波が発生する.発生した電磁

波は共振器のキャビティ中で電子と電磁波が相互作用することにより増幅され,それを

取り出すことにより,比較的大電力な電磁波が得られる.

3.2.4 ジャイロトロン FU CW GV

本研究では波源となるジャイロトロンとして図 18 に示す福井大の FU CW GV を用い

た.このジャイロトロンは 160から 260GHzの間で 10GHzごとの周波数を離散的に発生

することが出来る.出力されるビームはガウシアンであり,パルスモードの発信電力は

1kWを超える装置である.また,このジャイロトロンで 10W程度の連続波が出力出来る

ことを確認している.

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図 18 ジャイロトロン FU CW GV

3.2.5 162GHz動物用ばく露システム

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図 19 162GHz 動物用ばく露システムのブロック図

図 19に開発した 162GHz動物用ばく露装置のブロックダイヤグラムを示す.162GHzの

電磁波はジャイロトロンにより生成され,直径 28 mm のオーバーサイズ導波管により

WR-6導波管径まで導かれる.電磁波はテーパー導波管により WR-6の導波管径に導入さ

れる.また,電磁波の電力は P-I-Nアッテネータにおいて減衰率を制御できるような構

成になっている.図 20にジャイロトロンを波源とした、162GHz動物用ばく露システム

の全景を示す。左奥はばく露用チャンバーであり、チャンバー内の温度はと相対湿度は

それぞれ 24.0±1.0ºC、60±10%に制御されている。実際の伝送系とアンテナのセット

アップ状況を図 21 に示す。ここで使用されているレンズアンテナについては、図 22 に

示すような電界分布測定システムを用いてばく露位置での電界の位相・振幅分布を行な

った。図 23 に電界分布の測定結果を示す。このレンズアンテナは図に示すようにガウ

ス分布をしており、半値幅は約 6mm である。

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図 20 ジャイロトロンを波源とした 162GHz ばく露システムの全景

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図 21 162GHz ばく露システムの伝送部と照射用レンズアンテナ

図 22 162GHz ばく露システム用レンズアンテナの照射位置での電界分布の測定

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図 23 162GHz 用レンスアンテナと電界分布測定から得た照射位置での電界分布

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図 24 家兎眼への照射実験における実験配置

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図 25 寒天ファントムおよび角膜表面の温度上昇の入射電力密度依存性

図 25 に寒天ファントムおよび角膜表面の温度上昇の入社電力密度依存性を示す。本ば

く露システムでは、ばく露位置において最大 600mW/cm2 の入射電力密度を達成した。こ

のときアンテナへの入力電力は 808mW である。温度上昇は赤外線サーモグラフィーで測

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定しており、600mW/cm2 の入射電力密度においてファントム表面の温度上昇は 26.4ºC、

家兎角膜表面の温度上昇は 19.8ºC であった。この温度上昇は家兎眼角膜に角膜障害を生

じさせるのに十分な値である。

本研究では家兎眼角膜障害の閾値を求めるために、一般化線型モデルを用いた最尤推

定を行なった。最尤推定にはプロビットモデルを使用した。また、解析には R 言語を用

いた。プロビット解析における累積分布関数は式(1)に示す通りである。また式(2)で示さ

れる win が入射電力密度である。式(1)中のα, βはばく露実験の入射電力密度と障害の有

無の結果から決定される。本研究ではプロビット解析により推定された角膜障害のおこる

確率に対する入射電力密度の値を DD(damaged dose)とし、特に 50%の確率で障害が起

こる入射電力密度のことを DD50 とする。

(1)

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40

(2)

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41

図 26 162GHz ばく露実験結果に基づいたプロビットモデルによる閾値推定

図 26 に 162GHz の家兎ばく露実験の結果に対してプロビットモデルを用いて閾値推定

をした結果を示す。図の縦軸は入射電力密度に依存した角膜障害が起こる確率であり、

DD50 となる入射電力密度は約 250 mW/cm2 であることが分かった。表2に 162GHz にお

ける 10%, 50%, 90%の確率で障害が起こる電力密度の推定結果を示す。表中の+, -は

95%信頼区間の上限および下限である。このように 10%, 50%, 90%の確率で障害が生じ

る電力密度の用量 DD10, DD50 , DD90 が得られた。

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42

表 2 162GHz における 10%, 50%, 90%の確率で障害が起こる電力密度の推定結果

3.2.6 感温液晶を添加することによるファントム内部の温度分布測定の検討

3.2.6.1 目的

超高周波の電波ばく露による眼部等人体への影響を定量的調査する場合に,人体の代

替として人体の形状,電気的性質を模擬したファントムを用いる.

従来,このファントムのゲル化剤として寒天を用い,電波ばく露された表面の温度変

化を測定する.

今回これに感温液晶(MTLC)を添加することによりファントム内部の温度変化の可視

化を目的とし,ファントム処方の検討を行った.現在用いている寒天をゲル化剤とした

ファントムは不透明であり,MTLC の呈色を観察するのに適当ではない.そこで無色透

明のファントムが可能になるゲル化剤及び,処方を検討した.

検討したゲル化剤

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43

i-カラギーナン ① 三晶 GENUTINE X-9303

② 三栄源 カラギニン CSI-1(F)

k-カラギーナン ③ 三菱ケミカルフーズ CAM-H

④ 三晶 ゲニュゲル WR-78J

ジェランガム ⑤ ケルコゲル AFT

ローカストビーンガム ⑥ 三栄源 ビストップ D-171

平成 17 年度修士論文 「感温液晶を用いたファントム内部の温度分布測定と SAR 推

定」において,既に SAR分布測定を目的としたファントムの開発の検討がされ,表 3に

示す処方のファントムが提案されている.今回はこれをもとに更なる検討を進める.こ

こで GENUTINE X-9303(三晶)は修士論文にはカッパタイプとラムダタイプの混合物と

記載されているが,三晶㈱に確認したところイオタタイプであることが判明したのでイ

オタタイプとして扱う.

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44

表 3 平成 17 年度修士論文で提案されたファントム処方

① カラギーナンを主剤としたファントムの検討

カラギーナンには k-(カッパ),i-(イオタ),λ-(ラムダ)の 3タイプに分類され,

表 4にそれぞれの性質について簡単に示す.

表 3 の処方 A と処方 B に用いられるゲル化剤は i(イオタ)-カラギーナンであり,

スクロースや PG を併用することにより透明度が高く硬いゲルを生成することが出来る.

処方 Aと処方 Bをベースに試作した結果,処方 Bは PGの添加量を 30〜50%の範囲内

でゲルが柔らかいこと,PGを増やすことにより調製が困難になるため,以後,スクロー

スとの併用で検討を行う.

表 5 は i-カラギーナンについて,GENUTINE X-9303(三晶)とカラギニン CSI-1(F)

(三栄源)の 2種の原料を用いてスクロースと併用した処方について検討したもののう

ち一部を示している.スクロースの添加量並びに KClの添加量を変化させてそれぞれ試

作を行った.

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まず 2 種の原料のうちカラギニン CSI-1(F)は自立する硬さに調製することが困難で

あった.

KClの濃度が高いとゲル化温度が高くなり,調製が困難になる.また,一度ゲル化す

るとゲル化温度より高い温度でしか溶解しないため均一なゲルの作成が難しい.そこで

処方 Aより KClの添加量を削減することにより調製の簡易化を試みた.その結果処方 A

の KCl添加量 0.5%から 0.1%まで減少させることが可能であることが分かった(処方

No.8, No.13).また No.13においてスクロースを30%まで減らしても硬さ,透明度

において十分であることが確認された.

次にゲル化剤として k(カッパ)-カラギーナンを用いて i-タイプとの比較,検討を

行った.k- タイプは i-タイプより更に硬いゲルの形成が期待できる.離水があり,弾

力に乏しく脆いという欠点もあるが,他のゲル化剤を少量添加することで補うことも可

能である.

k-タイプを主剤として検討した結果を表 6に示す.また,脱気が困難であるため製法

についても更に検討した.

表 4 カラギーナンのタイプ毎のゲルの特徴

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46

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47

k-カラギーナンとして CAM-H(三菱ケミカルフーズ)を用いた.また,原料メーカー

からアドバイスを頂き,KClの添加のタイミングをカラギーナン溶解後からカラギーナ

ン添加前に変更し,比較した.

その結果,i-タイプは自立するが側面が若干たわむのに対し,k-タイプは側面がたわ

むことなく自立した.ただし i-タイプと比較して離水が若干多い点が気になる.

また,調製方法について,KClの添加のタイミングをカラギーナン溶解後からカラギ

ーナン添加前に変えたことで均一なゲル化が可能となり,調製作業が容易になった.

更にk-タイプをゲル化剤として用いる際の離水の軽減を試み,ローカストビーンガ

ムとジェランガム,それぞれの併用効果について検討した.

ローカストビーンガムにはビストップ D-171(三栄源)と GENU RL-200-J(三晶)を,

ジェランガムにはケルコゲル AFT(三晶)を用いた.

ビストップ D-171は著しく白濁し,透明化が期待できる GENU RL-200-Jは添加により

調製中の粘度が著しく高くなり,均一なゲル化が困難であり脱気が不可能であった.

ケルコゲル AFT は添加することにより調製段階やファントムの外観を損なうことな

く離水が若干軽減できた.調製の容易さを考慮して 0.20%の添加が適当であると判断

する.

今後,処方 No.41をベースに MTLC,保存剤を添加する.

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表 5 i-カラギーナンをゲル化剤としたファントムの検討

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表 6 k-カラギーナンをゲル化剤としたファントムの検討

② ジェランガムを主剤としたファントムの検討

次にジェランガムを主剤としたファントムの検討を行った.用いた原料ケルコゲル

AFTは溶解に 90℃以上の加熱が必要であるが,約 100℃の耐熱性がある.また,ゲルを

溶解させた溶液は粘度が低く脱気し易く,非常に調製が容易である.検討した処方を表

7に示す.

AFT1%では自立しないが,塩化カルシウムを添加することにより硬いゲルが得られ

る.

しかし塩化カルシウムの添加量によりゲルが硬くなる一方,白濁が生じる.

そこで添加量を変化させて検討した結果,10%塩化カルシウム 0.3%で若干白濁は見

られるが測定に差し支えないレベルと判断し,以後,処方 No.55 をベースに MTLC,保

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50

存剤を添加する.

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表 7 ジェランガムをゲル化剤としたファントムの検討

③ MTLC添加ファントムの調製

①,②の検討により処方 No.41と No,55をベースにして MTLCを添加し試作を行った.

保存剤としてはパラヒドロキシ安息香酸メチル(MP)を 0.10%,MTLCは 0.02%添加

した.

表 8にその処方と調製方法を示す.

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表 8 MTLC 添加ファントムの提案処方と調製フロー

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Ⅳ 数理モデルによる超高周波数帯の眼障害閾値推定

4.1 細胞影響の温度閾値とそのばく露時間依存性に関する研究

数理モデルによる超高周波数帯の眼障害閾値推定

4.1.1 はじめに

高温ばく露の生体影響は,一般に,温度の他にばく露時間にも依存し,単純な温度閾

値は存在しない.本研究では,さまざまな影響指標を用い,どのくらいの温度にどの程

度の時間ばく露されると影響が現れるかを定量的に明らかにする.

図 27 に本研究の意義を示す.一般に,数値シミュレーションは,生体に対する電磁

界の熱作用を調べる際の有効な手法であり,これによって電磁界ばく露の際の生体内の

温度およびその経時的変化を予測することができる.しかし,ばく露温度・時間と障害

発生の関係のデータが不足しているため,数値シミュレーションの結果のみから障害の

発生を予測することはできない.本研究の目的は,このばく露温度・時間と障害発生の

関係のデータを提供することである.さまざまな電磁界強度,周波数,ばく露状況につ

いて,数値シミュレーションを行い,その結果に本研究で得られる関係を適用すること

によって,障害の発生を予測できる.

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図 27 本研究の意義

本研究では,培養角膜上皮細胞を高温へばく露させ,その影響(細胞死,熱ショック

タンパク質の発現など)を調べる.さまざまな温度と時間のばく露を行い,どのくらい

の温度にどの程度の時間ばく露されると影響が現れるのかを定量的に評価する.そのデ

ータをアレニウスモデルによる予測と比較することによって,ばく露温度・時間と障害

性の関係を定式化する.

本研究で得られたばく露温度・時間と障害性の関係を数値シミュレーションに組み込

むことにより,広範な周波数範囲にわたって,また,その他のさまざまな条件について,

障害発生の閾値など,電波防護指針のばく露規制値の策定のための基礎データを提供す

ることができる.

3 年計画の初年度である平成 28 年度は,ヒト角膜上皮細胞の培養系および細胞死の

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定量評価の測定系を確立した.2 年目である平成 29 年度は,この培養系および測定系

を用い,高温ばく露の細胞生残率に対する影響を定量的に調べ,その温度閾値を求めた.

また,熱ショックタンパク質および DNAの損傷の測定系を確立した.さらに,短時間高

温ばく露系を確立した.最終年度である平成 30 年度は,前年度までに確立した実験系

を用い,高温ばく露による熱ショックタンパク質の発現および DNA損傷の生成を定量的

に調べる.また,各種の追加,補足の実験を行う.

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56

4.1.2 高温ばく露の熱ショックタンパク質および DNAの損傷などに対する影響

(1) 目的

不死化ヒト角膜上皮細胞(HCT)を高温へばく露させ,その熱ショックタンパク質の

発現,DNA損傷の生成などに対する影響を明らかにする.熱ショックタンパク質として

は,HSP90,HSP70,HSP27を,DNA損傷としては,8-OHdG を調べる.さらに,生体防御

関連因子である Aktおよび mTorに対する影響も調べる.

(2) 方法

次の 2種類のばく露実験を行った.

② 各指標の変化に関する温度閾値を求めるため,細胞を異なった温度へばく露さ

せる.

② メカニズムに関する情報を得るため,細胞を低温で培養した後,高温へばく露さ

せる.

【消耗品】

実験に用いた細胞は不死化ヒト角膜上皮細胞(京都大学より譲渡)を用いた.50%D-

MEM(5%FBS, hEGF, インスリン)培地および 50%Ham’s F-12培地により培養を行なっ

た.

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57

Anti-Rabbit IgG (H+L)-HRP コンジュゲートはプロメガ(マディソン,WI,USA)製

である.Anti-Hsp27,Anti-Hsp60,Anti-Hsp70,Anti-Hsp90,mTor,p-mTOR,Akt,p-

Akt抗体は アブカム(ケンブリッジ,英国),コスモ・バイオ(東京)およびセルシグ

ナリング(Danvers, MA, USA)から購入した.インターナルコントロールはβアクチン

(CST β-Actin Antibody 100UL #4967S)を用いた.8-OHdG定量のための DNA Damage

(8-OHdG) ELISA Kitは Biosciences社製の StressMarqを用いた.他の一般的化学薬品

は,市販特級試薬を用いた.

細胞培養用フラスコおよびピペット(1, 5, 10, 25 mL)はそれぞれサーモフィッシ

ャーサイエンスティフィック社(ウォルサム, MT, USA)およびアズワン(大阪)のも

のを用いた.ホースラディッシュペルオキシダーゼ結合抗マウスイムノグロブリンは,

サーモフィッシャーサイエンスティフィック社(ウプサラ,スウェーデン)から購入さ

れた.

【高温ばく露】

高温ばく露にはアズワン社製内部循環式恒温水槽アズワン WBX-270を用いた.そのた

め培養フラスコにはフィルターの装着していないタイプのものを選び高温ばく露中お

よび 37℃移行の為の水浴中ではフタを密封した.不死化ヒト角膜上皮細胞を 37℃でア

ステック社製ダイレクトヒート CO2 インキュベーターSCA-165D で培養しているフラス

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58

コを密封後,予め温度設定を行なっているばく露用恒温水槽に移し,ばく露後,速やか

に 37℃に戻すため Sanyo気槽恒温槽に設置した 37℃水浴中に 5分浸漬し,密封を解除

後元のインキュベーターに戻した.ばく露温度は 45°Cから 52°Cの範囲,ばく露時間

は 5分から 15分までの範囲でばく露を行ない,ばく露後,37°C CO2インキュベータ

ーでさらに 48 時間引き続き培養を行ない,細胞を回収した.回収した細胞を用いて細

胞生残率の測定を行ない,さらにウェスタンブロット解析のためにタンパク質抽出を行

なった.また,DNA 損傷の指標になる 8-OHdG 量定量のため,培養後の培養液を採取し

実験まで-20℃の冷凍庫で保存した.

また,高温ばく露及びばく露後の培養に際し,予備実験で得た温度変化の知見に従い,

フラスコは上に積み上げること無く,平面的に配置するようにした.

【低温培養後高温ばく露】

高温ばく露にはアズワン社製内部循環式恒温水槽アズワン WBX-270を用いた.また低

温(30℃)培養には CO2インキュベーターを用いた.また培養フラスコには上記と同様

にフィルターの装着していないタイプのものを選び高温ばく露中および 37℃移行の為

の水浴中ではフタを密封した.不死化ヒト角膜上皮細胞を 30℃で 24 時間から 96 時間

培養し,フラスコを密封後,予め温度設定を行なっているばく露用恒温水槽に移し,ば

く露後,速やかに 37℃に戻すため Sanyo気槽恒温槽に設置した 37℃水浴中に 5分浸漬

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59

し,密封を解除後元のインキュベーターに戻した.またこの実験のコントロールとして

37℃培養後高温ばく露させ,37℃に戻した細胞および 30℃培養後 37℃ CO2インキュベ

ーター戻した細胞の 2種を用意し熱ショックタンパク質の発現などを比較した.

また,高温ばく露及びばく露後の培養に際し,予備実験で得た温度変化の知見に従い,

フラスコは上に積み上げること無く,平面的に配置するようにした.

【細胞生残率】

細胞生残率は,0.5%トリパンブルー染色液を用いて測定された.高温ばく露後 37℃に

戻して 48時間後に,まず 8-OHdG量測定のための培地を 500 μL採取し-20℃で保存

した.その後,フラスコの角膜上皮細胞は,HEPES 緩衝液にて洗浄後,37℃5 分のトリ

プシン EDTA 処理さらに中和剤処理により回収された(底面に強固に付着している細胞

はスクレイパーで軽く掻き取る).回収細胞は,1,500 rpmで 2分間遠心後,リン酸緩

衝化生理的食塩水で 1回洗浄を行なう.洗浄後の細胞の一部をエッペンドルフチューブ

に取り(ca 5 μL),同量の 0.5%トリパンブルー染色液を加えた.全細胞数およびト

リパンブルー染色細胞数は,セルカウンター(バイオラド,USA)を用いて数えた.細

胞生残率は,各々の実験の総細胞数に対する生存細胞(染色されなかった細胞)のパー

センテージ比として表される.生残率測定後,細胞はもう一度 1,500 rpmで 2分間遠心

し,上清を注意深く取り除き,得られた細胞をさらなる測定のために-20℃で保存した.

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【タンパク質抽出】

生残率測定後に保存した細胞に 200 µLの lysis緩衝液(2 mM HEPES, pH7.4, 100 mM

NaCl, 10 mM EGTA, 1 mM PMSF, 1 mM Na3VO4, 0.1 mM NaMoO4, 5 mM 2-グリセロリン

酸, 50 mM NaF, 1mM MgCl2, 2 mM DTTおよび 1% Triton X-100)を加え氷中に 10分間

静置する.その後,超音波破砕機(Sonifire250 Branson)を用いて氷温中で 30秒 2回

処理を行ない(30秒超音波処理後 30〜60秒氷温静置),未破砕細胞および細胞破砕物

を取り除くため 3,000 rpmで 5分間遠心し,遠心上清を 1.5 mLエッペンドルフチュー

ブに移す.移した遠心上清のうち 5〜50 µLをタンパク質濃度測定に,残りをウェスタ

ンブロット測定に使用する.蛋白濃度測定はバイオラド社製の Protein Assay Dyeを用

いて牛血清アルブミンを標準液として濃度を算出した.

【ウェスタンブロット】

タンパク質濃度測定後のサンプル溶液は lysis 緩衝液を用いて同じタンパク質濃度

に合わせられた.その後,同量の 2x サンプル緩衝液(0.1 M Tris-HCl, pH 6.8, 12%

ß- mercaptoethanol, 4% SDS, 20% glycerolおよび 0.2% ブロモフェノルブルー)を

加え,100°Cで 10分処理し,4˚C, 3,000 rpmで 5分間遠心後,ウェスタンブロット

実験に供するまで–20˚Cで保存した.処理したサンプルは 12から 15%の SDSを含んだポ

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61

リアクリルアミドゲルで分画され,その後分画されたタンパク質はセミドライ方式

(type-AE6678,ATTO,東京)でニトロセルロースメンブランに転写された.転写された

メンブランは 2%のブロッキング溶液および 150mM NaClを含む 40 mM Tris-HCl 緩衝液,

pH 7.4中に一晩 4°Cで浸漬し,メンブランへの結合およびメンブランに結合したタン

パク質への抗体の非特異的な結合を抑制させる.翌朝,メンブランをプラスチックバッ

グに入れ,1%のブロッキング溶液および 150mM NaClを含む 40 mM Tris-HCl 緩衝液,

pH 7.4に一次抗体(500から 2000倍希釈)を加え密封し,37°Cで 1時間反応させる.

反応後,0.3% Tween 20および 150mM NaClを含む 40 mM Tris-HCl 緩衝液, pH 7.4で

メンブランを 3回洗浄する.その後,最初と同様にメンブランをプラスチックバッグに

入れ,1%のブロッキング溶液および 150mM NaClを含む 40 mM Tris-HCl 緩衝液, pH 7.4

に過酸化酵素が結合された二次抗体(500倍希釈)およびビオチン化二次抗体(タンパ

ク質の分子量マーカーの可視化のため)を加え密封し,37°Cで 1時間反応させる.反

応後,0.3% Tween 20および 150mM NaClを含む 40 mM Tris-HCl 緩衝液, pH 7.4でメ

ンブランを 3分間 5回洗浄する.抗体に対応するタンパク質のバンドは化学発光試薬を

用いて,バイオラド社の ChemiDoc XRS で可視化し撮影し,そのシステム内のソフトを

用いバンドの濃さから抗体に結合したタンパク量の定量化を行なう.定量化後,βアク

チン量で割って標準化した.

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【8-OHdG】

8-OHdG 量定量のために恒温水槽で 47℃から 54℃10 分ばく露させた細胞を 37℃に戻

し 48時間引き続き培養した.培養後,生残率測定前に 500 µLの培地を採取し,実験ま

で-20℃の冷凍庫で保存した.8-OHdGは酸化ストレスのマーカーであり,DNAの 1-4グ

アノシンのヒドロキシル化は,DNAの損傷に伴い誘発されることが知られている.通常,

8-OHdGは加齢の過程だけでなく,癌,糖尿病,高血圧症など,生体がストレス反応を受

けるとみられると考えられている.

通常培養細胞での測定は細胞から DNAを抽出し,人為的に分解してその中に含まれる

8-OHdG 量を測定する方法がとられるが,操作が煩雑なため,本試行では,培地中に排

泄される 8-OhdG量をキットの定める方法に準拠して測定した.

まず,標準物質を 0から 60 ng/mLの範囲で 8段階(0, 0.94, 1.875, 3.75, 15, 30,

60 ng/mL)作成し,次にサンプルを数段階に分けて希釈する.培地をサンプルとする時

はコントロールとして牛胎児血清が入った培地,無血清培地および PBS の三種を用い

る.キットに添付された 96 穴培養プレートに標準物質,コントロール及び希釈した培

地を入れ,その後 50 µLの 8-hydroxy-2-deoxy Guanosine Antibody Preparationを添

加する.その後室温で遮光状態で 20時間反応させ,プレートを 3回洗浄する.洗浄後

100 µLの TMB Substrateを添加し,室温で 30分反応させ,100 µLの Stop Solutionを

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加えた後,450 nm の吸光値を測定する.結果はメーカーが指定するウェブサイトに置

かれているエクセルシート を用いて計算することが推奨されている

(http://www.stressmarq.com/wp-content/uploads/SKT-120-96S-DNADamage-8-OHdG-

ELISA-Kit-Calculations-Worksheet.xlsx).

(3) 結果と考察

① 異なった温度へのばく露

図 28 に示すように熱ショックタンパク質グループの一つである HSP27 は 43℃から

45.5℃までの 1時間ばく露においては発現が確認されるが,47℃以上では発現が大幅に

減少していた.また同タンパク質の 46℃までの 15分の曝露においても発現が確認され

ているが 47℃15分ばく露以上では発現が大きく減少している.

図 28 各温度曝露による HSP27 の発現量

また,オートファジー系の mTor および pAkt(図 29a),および他の熱ショックタン

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64

パク質グループである HSP70 および HSP90(図 29b)では 47℃までばく露では pAkt と

HSP70 は発現が確認されているが mTor および HSP90 では発現が大幅に減少していた.

49℃1時間ばく露ではすべての因子で発現の大幅な減少が確認された(図 29).これら

の結果から考えると 47℃近辺に不死化ヒト角膜上皮細胞における温度ばく露の影響の

閾値が存在することが示唆された.

図 29 各温度ばく露による mTor および pAkt (a) および HSP70 および HSP90 (b)の発現

全ての培養液からコントロールの値を引いた後の値で 8-OhdG を検出することができ

た.高温ばく露温度と 8-OhdG量をプロットすると図 30のようになる.相関係数は 0.64

であり,サンプル数から考えると P<0.01でばく露温度と 8-OHdG放出量との間は有意な

相関があると言える.つまり高温ばく露されると細胞はよりストレスを受け DNA損傷が

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起こり細胞死が誘起されることが確かめられた.

図 30 45℃から 54℃高温ばく露による 8-OHdG 生成量

また同じ温度における結果(n=1から 4)を平均して棒グラフにしたものを図 31に示

す.この結果もばらつきはあるものの同様に温度が上がるにつれ 8-OHdG 量が上昇して

いることを示している.本結果から,50℃近辺に 8-OHdG 生成に関する温度閾値が存在

することが考えられる.

今後さらに詳細な検討を加えれば高温ばく露の指標になりえることが示された.

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66

図 31 高温ばく露による 8-OHdG 生成量(その2)

② 低温培養後の高温ばく露

本年度はオートファジーに関する因子および熱ショックタンパク質に関しては 37℃

培養から高温ばく露及び低温培養(30℃)から高温ばく露での発現の状態を比較し,同

じ実験における生残率の違いを考察した.

47℃15 分のばく露条件は致死的効果の閾値の領域であるが,低温培養から通常の

37℃培養条件に戻した条件に比べて通常の培養条件から 47℃に 15分ばく露した条件で

はオートファジー系の因子である mTorおよび Aktは有意に減少し,同様に HSP27およ

び HSP90も有意に減少していた(図 32から 34).これらの因子は致死的な高温ばく露

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条件下においては減少傾向を示し,昨年,報告した結果を裏付ける結果を得ることがで

きた.ストレスに応答して核へ移行し,DNA や核膜を安定化させると考えられている

HSP27や細胞死を救済すると考えられるオートファジー系の因子が減少していることは

この温度ばく露条件が致死的効果の閾値領域であることを示唆している.

細胞が初めより,より低温の状態(30℃)に置かれていた後に 47℃15 分の高温ばく

露を受けるとどうなるかについては上記の4因子は普通の培養条件から 47℃にばく露

された時よりもさらに有意に低下していることが示された(図 32から 34).このこと

は,この条件で細胞生残率が有意に低下したことの理由を示すものだと考えられる.

図 32 30℃24 時間培養後 47℃15 分ばく露が mTor の発現に及ぼす影響 30(24)→37

30℃24時間培養後 37℃で 48時間培養,37-47-37:37℃で培養後 47℃で 15分ばく露

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し,その後 37℃で 48時間培養,30(24)-47-37:30℃で 24時間培養後 47℃で 15分ばく

露し,その後 37℃で 48時間培養.各棒グラフは平均値±標準誤差(n=8)

図 33 30℃24 時間培養後 47℃15 分ばく露が HSP27 の発現に及ぼす影響 30(24)→37

30℃24時間培養後 37℃で 48時間培養,37-47-37:37℃で培養後 47℃で 15分ばく露

し,その後 37℃で 48時間培養,30(24)-47-37:30℃で 24時間培養後 47℃で 15分ばく

露し,その後 37℃で 48時間培養.各棒グラフは平均値±標準誤差(n=4)

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69

図 34 30℃24 時間培養後 47℃15 分ばく露が Akt および HSP90 の発現に及ぼす影響

30(24)→37

30℃24時間培養後 37℃で 48時間培養,37-47-37:37℃で培養後 47℃で 15分ばく露

し,その後 37℃で 48時間培養,30(24)-47-37:30℃で 24時間培養後 47℃で 15分ばく

露し,その後 37℃で 48時間培養

しかし,HSP70の発現量はいずれの実験条件でも有意な違いは認められなかった(図

35).HSP70は,熱に対する耐性を形成することにあると報告されている(Schlesinger

MJ.(1990)"Heat shock proteins."J.Biol.Chem. 265,12111-12114.)ことから,より

厳しい高温ばく露条件になってもまだ細胞防御機構が機能しているのかもしれない.

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70

図 35 30℃24 時間培養後 47℃15 分ばく露が HSP70 の発現に及ぼす影響 30(24)→37

30℃24時間培養後 37℃で 48時間培養,37-47-37:37℃で培養後 47℃で 15分ばく露

し,その後 37℃で 48時間培養,30(24)-47-37:30℃で 24時間培養後 47℃で 15分ばく

露し,その後 37℃で 48時間培養.各棒グラフは平均値±標準誤差(n=3-4)

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71

次に低温培養による効果が 24時間から 48時間あるいは 96時間と培養時間を増やす

ことでより細胞死が増大するか,またそれに伴ってこれらの因子の発現がさらに低下す

るかどうかを明らかにすることを試みた.

図 36に示すように最初に低温培養(30℃)を 48時間に増やした時,mTor,Akt,HSP27

等の発現減少傾向は 24時間と同じであったが,その低下は 24時間の場合とあまり変わ

らなかった.また,HSP90も同様の傾向を示していた(データ略).そのことは,生残

率の結果ともよく一致している.

図 36 30℃48 時間培養後 47℃15 分ばく露が mTor,Akt および HSP27 の発現に及ぼす影

響 30(48)→37

30℃48時間培養後 37℃で 48時間培養,37-47-37:37℃で培養後 47℃で 15分ばく露

し,その後 37℃で 48時間培養,30(24)-47-37:30℃で 48時間培養後 47℃で 15分ばく

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露し,その後 37℃で 48時間培養

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73

しかし HSP70に関しては,30℃48時間培養後,47℃15分ばく露すると 30℃24時間培

養後に比べて,有意に低下していることが認められた(図 37).

図 37 30℃48 時間培養後 47℃15 分ばく露が HSP70 の発現に及ぼす影響 30(48)→37

30℃48時間培養後 37℃で 48時間培養,37-47-37:37℃で培養後 47℃で 15分ばく露

し,その後 37℃で 48時間培養,30(48)-47-37:30℃で 48時間培養後 47℃で 15分ばく

露し,その後 37℃で 48時間培養.各棒グラフは平均値±標準誤差(n=4)

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この傾向は 30℃での培養を 96時間に延ばした際にさらに顕著になった.30℃で 96時

間培養した後に 47℃15分ばく露した際,30℃48時間培養の時よりさらに HSP70の発現

量が低下するのみならず,これまであまり変化が認められなかった 30℃培養の後で

37℃に戻す場合においても 96時間培養の場合は有意に低下していた(図 38).

しかしながら,他の因子については 48時間同様,30℃96時間培養で大きな変化は認

められなかった(図 39).

図 38 30℃96 時間培養後 47℃15 分ばく露が HSP70 の発現に及ぼす影響 30(96)→37

30℃96時間培養後 37℃で 48時間培養,37-47-37:37℃で培養後 47℃で 15分ばく露

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し,その後 37℃で 48時間培養,30(96)-47-37:30℃で 96時間培養後 47℃で 15分ばく

露し,その後 37℃で 48時間培養.各棒グラフは平均値±標準誤差(n=4)

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図 39 30℃96 時間培養後 47℃15 分ばく露が mTor,HSP90 および HSP27 の発現に及ぼ

す影響 30(48)→37

30℃48時間培養後 37℃で 48時間培養,37-47-37:37℃で培養後 47℃で 15分ばく露

し,その後 37℃で 48時間培養,30(24)-47-37:30℃で 48時間培養後 47℃で 15分ばく

露し,その後 37℃で 48時間培養

この結果を考えるとストレス防御に一番関与していると考えられる HSP70 は低温培

養の影響を大きく受けていた.細胞における低温培養後の高温曝露での生残率の変化は,

24 時間では有意な低下が認められたが,低温培養の時間を延ばしても生残率は大きな

低下を示さなかった.しかし,HSP70では低温培養時間が延びるにつれ高温ばく露によ

る発現低下が増大し,96 時間培養では低温ばく露だけで有意の低下を示していた.動

物実験と細胞実験の違いを考える上で HSP70 の発現を動物の眼球においても測定する

ことがこの両者の違いの機構を明らかにすることに繋がるかもしれない.

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78

4.1.3 短時間高温ばく露の細胞生残率に対する影響

(1) 目的

ヒト角膜上皮細胞を,15分以下の短時間,さまざまな高温へばく露させ,その後の細

胞生残率を測定する.ばく露温度とばく露時間を変えることによって,これらの条件に

対する細胞生残率の依存性を明らかにする.特に,各ばく露時間について,細胞死に関

する温度閾値を求める.

(2) 方法

HCE-T(ヒト由来不死化角膜上皮細胞,理化学研究所)を,適切な培地を入れた 25 cm2

フラスコに継代し,5%CO2,37°C に保ったインキュベータ内において 1 日から 2 日間

培養した.細胞を入れた 25 cm2フラスコの首の部分にパラフィルムを巻いて密閉した

後,指定のばく露温度に保った恒温水槽(アズワン)の内部に,指定のばく露時間の間,

全体が浸るように入れた.37°C に保った容器の水の中に移し,5 分間入れた後,パラ

フィルムを外し,インキュベータ内に戻した.本ばく露系におけるフラスコ内の温度変

化の時定数は,1分以下である(平成 29年度報告書).通常の培養条件下で 48時間培

養した後,細胞をトリパンブルーで染色し,セルカウンター(バイオラド,USA)を用

いて,細胞生残率を測定した.

ばく露時間は,5分,10分,15分とした.各ばく露時間について,細胞をさまざまな

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高温へばく露させることによって,ばく露温度と細胞生残率の関係を示すデータを求め

た.バックグラウンドを考慮したプロビット関数をこのデータへフィッティングさせた.

フィッティングさせたプロビット関数の関数値の振幅の中点に対応するばく露温度を

温度閾値とした.

(3) 結果

HCE-T を 5 分,10 分,15 分高温へばく露させた場合の結果をそれぞれ図 40,図 41,

図 42 に示す.それぞれの図において,白丸は,細胞生存率の測定データ,実線は,測

定データにフィッティングさせたプロビット関数である.ばく露時間 10分の場合には,

適切なプロビット関数のフィッティングができなかった.破線および破線上の数値は,

プロビット関数から求められた温度閾値を表す.各ばく露時間について,細胞生存率は,

予測されるように,ばく露温度の上昇と共に減少した.その依存性は,ばく露時間が 5

分と 15分の場合には,プロビット関数によってよく近似することができた.

温度閾値は,ばく露時間が 5 分の場合には 51.4°C,15 分の場合には 47.8°C であ

り,ばく露時間が長い方が低かった.

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図 40 5分ばく露の場合の結果

図 41 10分ばく露の場合の結果

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図 42 15分ばく露の場合の結果

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82

4.1.4 細胞死に関する温度閾値のまとめ

平成 29年度は,高温に設定したインキュベータを用い,30分以上の比較的長い時間,

HCEpC(ヒト角膜上皮細胞,東洋紡ライフサイエンス)および HCE-T (ヒト由来不死化角

膜上皮細胞,理化学研究所)を高温へばく露させ,細胞死に関する温度閾値を求めた(平

成 29年度報告書).平成 30年度も,同じ実験を行い,測定データの数を増やすことに

よって,より正確な温度閾値を求めた.同年度は,さらに,高温に設定した恒温水槽を

用い,15分下の比較的短い時間,HCE-Tを高温へばく露させ,細胞死に関する温度閾値

を求めた.これらの温度閾値をまとめて図 43に示す.ばく露時間が長くなるにつれて,

細胞死に関する温度閾値が低下した.

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83

図 43 細胞死に関する温度閾値

高温ばく露による細胞死のメカニズムがアレニウムモデルによって記述されるなら

ば,絶対温度で表した温度閾値の逆数は,ばく露時間の対数の一次式で表される(平成

29年度報告書).これまで得られた細胞死に関する温度閾値(K)の逆数とばく露時間

(秒)の対数の関係を図 44に示す.インキュベータによる高温ばく露の場合,HCEpC と

HCE-Tのどちらの測定データにおいても,温度閾値の逆数とばく露時間の対数の関係は

ほぼ一次式で表された(決定係数(R2)は,それぞれ,0.996と 0.995である).した

がって,高温ばく露による細胞死のメカニズムは,アレニウムモデルによって記述され

ると考えられる.この一次式から計算される活性化エネルギー(平成 29 年度報告書)

は,HCEpC の場合には,8.52×10-19 J,HCE-Tの場合には,9.36×10-19 Jであり,お

おむね一致していた.恒温水槽による高温ばく露によって求めた HCE-Tの温度閾値の場

合は,測定点が 2つしかないため,温度閾値の逆数とばく露時間の対数の関係が一次式

で表されるかどうかは不明である.一次式で表される仮定した場合,活性化エネルギー

は,4.33×10-19 Jであった.

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84

図 44 細胞死に関する温度閾値(絶対温度)の逆数とばく露時間(秒)の対数の関係

細胞死に関する温度閾値(絶対温度)の逆数とばく露時間(秒)の対数の関係を次の

式で表すとする.

(3)

ここで,T は温度閾値,D はばく露時間,C1 と C0 は係数である.本研究で得られた

C1と C0の値を表 1に示す.

表 9 温度閾値の逆数とばく露時間の対数の関係を表す一次式の係数

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C1と C0のこれらの値を用い,次の式によって,高温へのばく露の履歴から細胞死を

予測することができる(平成 29年度報告書).

(4)

ここで,tは時刻,T(t)は高温へのばく露の履歴である.y(t)/yTHの値が 1以上の場

合,細胞死が起きる.

角膜の熱障害に関する数値シミュレーションでは,計算の空間的要素のそれぞれにお

いてこの式の値を計算し,値が 1 を超えた場合にその部分に熱障害が発生するとする.

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86

4.1.5 高温ばく露におけるばく露前の温度の影響

(1) はじめに

本サブテーマでは,ヒト角膜上皮細胞の細胞死に関する温度閾値は,ばく露時間が 5

分の場合には,52℃程度であることが示された.一方,同じ研究課題の動物電波ばく露

実験のサブテーマでは,家兎の角膜上皮障害に関する温度閾値は,ばく露時間が 6分の

場合には,42℃程度であることが示されており,培養細胞実験の温度閾値よりも 10℃

も低い.その原因として,ばく露前の温度が,培養細胞では 37℃,動物の角膜では 42℃

程度と異なることが考えられる.そこで,培養細胞の実験系を用い,高温ばく露におけ

るばく露前の温度の影響を調べた.

(2) 方法

HCE-T(ヒト由来不死化角膜上皮細胞,理化学研究所)を,適切な培地を入れたフラス

コに継代し,5%CO2,37°C に保ったインキュベータ内において 1 日から 2 日間培養し

た.細胞を入れた培養フラスコを,通常培養高温ばく露,低温培養高温ばく露,低温培

養無ばく露の 3群,各群フラスコ 4個ずつに分けた.

通常培養高温ばく露群は,37℃で培養した後,高温へばく露させ,また,低温培養高

温ばく露群は,30℃で培養した後,高温へばく露させた.低温培養無ばく露群は,30℃

で培養したが,高温へはばく露させなかった.通常培養高温ばく露および低温培養高温

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ばく露群では,高温ばく露終了後,また,低温培養無ばく露群は低温培養終了後から 2

日間 37℃培養した後に細胞生残率を測定した.高温ばく露には,恒温水槽を用いた.ば

く露温度は 47℃,ばく露時間は 15分とした.低温培養の期間は,1日,2日,4日とし

た.実験のスケジュールを図 45に示す.

図 45 実験のスケジュール

(3) 結果と考察

結果を図 46 に示す.高温ばく露前に低温で培養した場合の方が,通常の温度で培養

した場合よりも,高温ばく露後の細胞生残率が低くなった.低温培養のみでは,細胞生

残率の低下は見られなかった.したがって,高温ばく露前の低温培養によって,細胞死

に関する温度閾値は低くなると考えられる.なお,低温培養による細胞生残率の低下の

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度合いは,低温培養の時間が長くなっても,大きくならなかった.

培養細胞高温ばく露実験における細胞死の温度閾値と動物電波ばく露実験における

角膜障害の温度閾値の違いの理由のひとつは,ばく露前の温度の違いであると考えられ

る.

図 46 結果

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89

4.1.6 まとめ

3年計画の最終年である本年度の目標は,培養角膜上皮細胞の熱ショックタンパク質

発現および DNA損傷に関する温度閾値を求めることである.熱ショックタンパク質とし

ては,HSP90,HSP70,HSP27を,DNA損傷としては,8-OHdG を調べた.47℃以上の高温

へ培養角膜上皮細胞をばく露させた場合に,3種類の熱ショックタンパク質の発現が抑

制される傾向が見られた.同時に測定した生体防御関連因子 Aktおよび mTorについて

も同様に抑制される傾向が見られた.一方,8-OHdGの場合には,50℃以上の高温へばく

露させた場合に,生成量が増加する傾向が見られた.これらの生体防御関連および DNA

損傷の因子は,熱障害の影響指標として使用できる可能性があると考えられる.

昨年度に引き続き高温ばく露の細胞生残率に対する影響を調べた.測定データの数を

増やすことによって,より正確な温度閾値を求めた.また,15分以下の短時間のばく露

の場合の温度閾値も求めた.

動物実験における角膜障害発生の温度閾値との違いを検討するための補足的な実験

として,あらかじめ低温で培養した細胞を高温へばく露させ,その後の細胞生残率を調

べた.高温ばく露前の低温培養によって,細胞生残率が低下することが明らかとなった.

動物実験における温度閾値との違いの理由のひとつは,ばく露前の温度の違いであると

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90

考えられる.

37℃曝露からの 47℃以上の高温曝露,30℃の低温曝露からの 47℃以上の高温曝露等

の実験で,細胞の生残率の動きと連動して,細胞がより死ぬような条件の場合はHSP90,

HSP70,HSP27,Akt および mTor の発現が抑制される傾向が確認された.生残率に替わ

ってこれらの生体防御関連の因子が指標になる可能性が示された.また,現在,予備的

な検討であるが上記因子が減少する場合には生体内酸化状態を表わす 8OHdG の量が上

昇している傾向が認められた.

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91

4.2 シミュレーションによる閾値推定

4.2.1 テラヘルツ時間領域分光(THz-TDS)

本研究では,シミュレーションに用いる角膜の誘電率を精密化するために,テラヘル

ツ時間分光法により実験から誘電率を求めている.図 47 に本研究で用いたテラヘルツ

時間分光システムの全体を示す.サンプルホルダーは資料の温度を制御できるような構

造になっている.図 48 にサンプルホルダーとそこに挟まれた角膜試料を示す.本検討

では図のように4つのサンプルを用いて測定を実施した.

測定手順は次の通りである.まず家兎から角膜を摘出し,図 49 に示すようなサンプ

ルホルダーで角膜試料を石英ガラスの間に挟む.次に試料を 10 分間 33ºC に加温する.

その後サンプルのスペクトルを測定し,同時に空気のスペクトルも測定する.測定は 20

分以内に終了するように留意する.

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92

図 47 テラヘルツ分光法による角膜の複素誘電率の測定システム

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93

図 48 角膜を保持するためのサンプルホルダーとそのホルダーに角膜を挟んだ時の様子

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図 49 サンプルホルダーの断面図

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95

4.2.2 162GHzばく露実験の電磁界解析および熱解析

図 50 に本研究のための開発した家兎眼球モデルを示す.このモデルのメッシュサイズは 25µm であり,10億ボクセルで構成される.また,このモデルは角膜,房水,虹彩,水晶体,硝子体,強膜,皮膚の7組織で構成される.

図 50 家兎眼球モデル

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96

図 51 に本研究のために開発した 162GHz 用レンズアンテナにより生成される電磁波

ビームのプロファイルを示す.ビーム径は焦点付近で約 6-7mm程度になるように設計さ

れており,図のように水平方向に長径を持つガウシアンビームである.また,レンズか

らの焦点距離は 200mmである.

図 52,53に図 50の眼球モデルと図 51の入射電磁界を用いて散乱界 FDTD法により得

られた家兎眼球に誘導された SAR分布を示す.図 52は眼球の正中断面であり,図 53は

眼軸上の SAR分布である.図から分かるように,角膜の極表面にのみ大きな SAR値が得

られる.また侵入長は約 250µmであり,家兎眼の角膜の厚みが約 400µmであることを考

慮すると,ほぼすべての電力が角膜表面で吸収されることが分かる.

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97

図 51 測定結果から再構成した 162GHz 用レンズアンテナにより生成される電磁波ビーム

のプロファイル

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98

図 52 SAR 分布

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99

図 53 眼軸上の SAR 分布

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100

前述で得た角膜中の SAR 分布を熱源にして、家兎眼に関する熱輸送計算を行なった。熱

輸送計算において、流体は非圧縮条件とし、対流には Boussinesq 近似を用いた。熱輸送計

算に用いた方程式系は下記の通りである。式(5)は連続の式、式(6)はナビエストークス方

程式、式(7)は対流エネルギー輸送項を追加した生体熱輸送方程式である。ここで、ρ

[kg/m3]は密度、ν は動粘性係数、Cp [J/kg・K]は比熱、K [W/m・K]は熱伝導係数、A0

[W/m3]は生体の産熱項、B [W/m3・K]は血流定数、g [m/s2]は重力である。この式中の Q

は熱源であり、本研究では式(8)のように前述で得た SAR 分布を用いる。SAR の定義は式

(10)に示す通りである。これらの方程式系で未知変数は速度 V [m/s], 温度 T [ºC], 圧力 p

[kg/m2]である。また数値計算手法としては SMAC(Simplified marker and cell)法を用いた。

SMAC 法では式(10)に示すように圧力に関する Poisson 方程式を解いて圧力分布を得て、

式(6)を用いて流体速度を導出する。

(5)

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101

(6)

(7)

(8)

(9)

(10)

図 54 に熱輸送計算に用いた境界条件を示す。Γ1 は式(11)に示すように温度に関する固

定境界条件であり、強膜の外側において式(12)に示すように深部体温を 39ºC に固定し

た。またΓ2 は角膜表面の温度境界条件であり、式(13)に示すように角膜表面での熱流速

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102

を連続にする条件になっている。ここで h は熱伝達係数、Tair は環境温度でありそれぞ

れ式(14),(15)のように値を設定している。Γ3 は速度に関する境界条件であり、式(16)で

示すように境界上で速度を 0 とする、非すべり境界条件としている。圧力はポテンシャル

として扱えるため、明示的な境界条件は与えていない。

(11)

(12)

(13)

h = 20.0 ~ 40.0 W/(m2 ºC) (14)

Tair = 22 ~ 24 ºC (15)

(16)

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103

図 54 熱輸送計算における境界条件

図 55 から図 58 に 162GHz ばく露における熱輸送計算の結果を示す。図 55 は 200

mW/cm2, h=20、図 56 は 400 mW/cm2, h=20、図 57 は 200 mW/cm2, h=40、図 58 は

400 mW/cm2, h=40 である。照射電力密度が増加すると角膜の温度上昇が増加し、房水

の流れが強くなることがわかる。また熱伝達係数が 20 から 40 に増加すると角膜表面の

温度上昇が抑制されることがわかる。

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104

図 55 160GHz 200mW/cm2 h=20

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図 56 160GHz 400mW/cm2 h=20

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図 57 160GHz 200mW/cm2 h=40

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107

図 58 160GHz 400mW/cm2 h=40

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108

Ⅴ 60 GHz帯システムのドシメトリと人体への影響評価

5.1 数理モデルを用いた熱的影響の評価

5.1.1 ビーム伝搬方と FDTD法を組み合わせた複合シミュレーションシステム

5.1.1.1 はじめに

本章ではミリ波帯電磁界の生体へのばく露評価を目的とした大規模な数値解析のた

めの複合シミュレーションシステムについて述べる. 計算時間及びメモリ使用量を削

減するために, FDTD 法とビーム伝搬法 (BPM) [3] を組み合わせた複合シミュレーシ

ョンを提案する.ます,二次元複合シミュレーションにおける検討により,本研究で提案

する複合シミュレーションの有効性を確認した.次に,複合シミュレーションを三次元に

拡張し,現実に使用されるアレイアンテナモデルと眼組織を含むばく露評価のために,実

用的な複合シミュレーションシステムを構築した.

5.1.1.2 複合シミュレーションの概要

図 59 に示すようなアレイアンテナモデルと眼組織モデルを含む問題を考える.ここ

て,アンテナと眼組織の間は空気とする.この問題を解析する際には,小型アンテナや眼

組織を表現するために,十分に小さな空間刻み幅で解析領域を離散化する必要かあり,

計算時間,主メモリ,ストレージなどに関して多くの計算資源が必要となる.FDTD 法を

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109

用いて評価に必要な程度に十分な精度て計算を行う際,小さな空間刻み幅ての離散化が

必要となる.このとき,Courant-Friedrichs-Lewy 条件により時間刻み幅が非常に小さ

な値に制限される.これによる計算時間とメモリ使用量の増加への対応が課題となる.

本研究では計算時間とメモリ使用量を削減するために,図 60に示すように散乱・吸収を

解析する領域は FDTD 法を用いて解析し,電波の自由空間伝搬を解析する領域は BPM

を用いて解析する複合シミュレーションシステムを構築する.BPM は光導波路解析の分

野て利用実績をもつ電磁界解析手法であり,陰解法であるクランク・ニコルソン (CN)

法を用いた定式化により,伝搬方向の空間刻み幅を大きな値に設定することができる.

また,この計算スキームは三重対角行列と呼ばれるバンド幅 3 の連立一次方程式に帰

着てきる.三重対角行列は直接法である Thomas 法を用いることで,非常に高速に計算

することができ,計算コストを大幅に削減できる.

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110

図 59 FDTD 法によるばく露解析の概要

図 60 複合シミュレーションの概要

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111

5.1.1.3 二次元複合シミュレーション[4]

●二次元ビーム伝搬法の原理[5]

図 61 ビーム伝搬法の概要

y 方向に一様な構造をもつ 2 次元のスラブ導波路を伝搬する TE 波について考える.

TE波は以下の式に従う.

(17)

(18)

(19)

ここて 𝑘𝑘0 は真空中の波数を表す.ここで次の 3 つの仮定をおく.

1. z逆方向に伝搬する波は存在しない (反射波は存在しない)

2. 比屈折率差は小さい

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112

3. 波の伝搬方向と z軸とのなす角は小さい

これらの仮定より,電界 𝐸𝐸𝑦𝑦(x, z) は解析領域中のあらゆる場所で一定に近い振動を

することが予想できる.そこて,新しい変数 F を導入して 𝐸𝐸𝑦𝑦 を次のように表す.

(20)

𝑛𝑛𝑟𝑟 はビーム伝搬法の参照屈折率と呼ばれ,コアとクラッドの屈折率 𝑛𝑛1 と 𝑛𝑛0 の範

囲内の値に設定する.(20) を (17) に代入し,両辺を 𝑒𝑒−𝑗𝑗𝑘𝑘0𝑛𝑛𝑟𝑟𝑧𝑧 で割り整理すると,

(21)

ここて,F は z 方向に非常に緩やかな変化を持つ関数なので z の 2 階微分をほぼ

0 とみなすことかでき,(22) 式のような近軸式と呼ばれる近似を得る.これを緩慢変化

包絡線近似という.

(22)

(22)式の近軸式をクランクニコルソン法を用いて差分化すると,次式のようになる.

(23)

さらに,未知数を左辺,既知の量を右辺に集め,両辺を 2 倍すると次式を得る.

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113

(24)

この式は (25) のような三重対角行列の行列式で表せる.a は常に同じ値であり,b

はその場所によって異なった値をとる.三重対角行列は直接法である Thomas 法を用い

ることで,非常に高速に計算することができる.

(25)

(25) は図 62に示すように,6 点ずつが 1 つの式 (未知数 3) を形成している.x 方

向には N+2 個のサンプル点があるので,未知数が N+2 個で式の数が N 個となってお

りこのままでは解けない.そこで,図 63 に示すように 𝐹𝐹0𝑗𝑗+1

と 𝐹𝐹𝑁𝑁+1𝑗𝑗+1

の 2 点の値を透

過境界条件(TBC)[6]て与える.

(26)

(27)

𝑘𝑘𝑥𝑥𝑥𝑥 が正の実数のとき x の負方向へ伝搬する波を表し, 𝑘𝑘𝑥𝑥𝑟𝑟 が正の実数のとき x の

正方向へ伝搬する波を表す. 𝑘𝑘𝑥𝑥𝑥𝑥 と 𝑘𝑘𝑥𝑥𝑟𝑟 は以下のように得られる.

(28)

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114

(29)

図 62 三重対角行列の行列式

図 63 透過境界条件

●FDTD 法とヒーム伝搬法の相互接続方法

図 64 二次元複合シミュレーションの概要

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本節ては,図 64 に示すような FDTD→BPM→FDTD の二次元複合シミュレーション を

構築するために,FDTD 法と BPM の相互の接続方法を述へる.先行研究において, BPM

から FDTD 法への接続,及ひ FDTD 法を用いて解析した散乱波の BPM への接続か提案

されている.本研究ては,これらの接続方法を導入し,二次元複合シミュレーションを構

築した.ます,BPM から FDTD への接続方法[7]について述へる.BPM は周波数領域の解

析手法てあり,解析結果として複素電界か得られる.一方て,FDTD 法は時間領域の解析

手法てあり,電界と磁界の瞬時値か得られる.したかって,BPM から FDTD 法に接続する

ためには,BPM て得られた周波数領域の複素電界を時間領域の電界値に変換する必要か

ある.接続境界において (30) 式の関係を使用すると,BPM て得られた複素電界の分布

から FDTD 法の初期値として必要な瞬時値か得られる.

(30)

ここて,ω は角周波数,𝐸𝐸𝑎𝑎𝑎𝑎𝑎𝑎(x, y), θ(x, y) はそれそれ BPM より得られた電界の振

幅, 位相てある.続いて,FDTD 法から BPM への接続方法について述へる.FDTD 法から

BPM に接続すためには,FDTD 法より得られる電界の瞬時値から接続境界の電界の振幅

と位相を計算する必要かある.本研究ては以下のような文献 [8] に基ついた手法を適

用した.(31) 式のような単一周波数て励振された電界を考える.位相か ∆θ すれた電

界は (31) 式を用いて (32) 式のように表される.

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116

(31)

(32)

簡単のために,∆θ = 270°にすると (32) 式より (33), (34) 式か得られ,振幅,位

相を計算てきる.

(33)

(34)

この手順て得られた複素電界を BPM の初期値として用いる.ここて,∆θ は波源の励

振 周波数に応して適切な値を設定する必要かある.今回は,WiGig の使用周波数てある

60 GHz を想定して ∆θ = 270°とした.また,FDTD 領域に散乱体かある場合は,同様に

して求めた複素電界を逆方向に伝搬する BPM の初期値として用いることて,双方向の

複合シミュレーションに拡張てきる.

●二次元複合シミュレーションの性能評価

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117

図 65 二次元複合シミュレーション

図 65のように,二次元複合シミュレーションを用いて振幅 1 V/m,スホットサイス 10

mm のカウシアンヒームの伝搬を確認した.全領域を FDTD 法て解析した場合と比較し,

二次元複合シミュレーションの性能評価を行った.ここて,図 65 内の領域 (a) を

FDTD1, 領域 (c) を FDTD2 と呼ふ.シミュレーション条件を表 10に示す.境界条件は

FDTD 法を PML,BPM を TBC て実装した.FDTD 法ての解析において,十分に収束した解

を得るために,複合シミュレーションにおける FDTD1,FDTD2 の領域における時間ステ

ッフ数をそれそれ 10000とした.FDTD1およひ BPMの領域を電波か光速(3×108 m/s)て

伝搬すれは,t=0 ns に波源を発した波の先頭か FDTD2 の領域の左端つまり y=300 mm

の位置に到達する時間は t=1 ns となる.ここて,BPM の領域を左端から右端まて通過

する時間は 0.5 ns てある.このように仮定した場合に,x = 75 mm, y = 400 mm の観

測点において,全領域を FDTD 法て解析した場合と,複合シミュレーションて解析した

場合の観測時間の条件を同しにし,両者を比較するために,全領域を FDTD 法て解析す

る場合の時間ステッフを 20000 とした.図 66に図 65に示す観測点における電界値の

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時間変化を示す.横軸は全領域を FDTD 法て解析した場合の時間軸を基準にして表示し

た.また, 一例として,図 67に t = 2.0 ns 時の y = 400 mm の観測断面における電界

の瞬時値を示す.図 66, 67より,全領域を FDTD 法て解析した場合と概ね一致すること

か確認てきた. また,観測断面において,全領域を FDTD 法て解析した場合を基準とし

た最大相対差か 7.69 % てあった.続いて,計算時間を比較した.両手法とも表 10に示

す CPU を用いて計算した.その結果,複合シミュレーションか 3860 s,FDTD 法か

11618 s てあり,複合シミュレーションにより,計算時間を 66.78 % 削減てきた.メモ

リ使用量に関しては複合シミュレーションか 372 MB, FDTD 法か 547 MB てあり,メモ

リ使用量を 32.00 % 削減てきた.本節ては,二次元複合シミュレーションにおい

て,FDTD→BPM,BPM→FDTD それそれの不連続点の取扱を導入し,本研究て提案する複合

シミュレーションの有効性を確認した.次節ては,複合シミュレーションを三次元に拡

張し,現実に使用されるアレイアンテナモテルと眼組織を含むはく露評価のために,実

用的な複合シミュレーションシステムを構築する.

表 10 シミュレーションの条件

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図 66 観測点における時間変化の比較

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120

図 67 観測断面における複素振幅の比較

5.1.1.4 三次元複合シミュレーション

●三次元 BPM の原理 [5]

(35) 式に示す 3 次元のスカラ波動方程式を考える.

(35)

2 次元と同様に 𝐸𝐸 = 𝐹𝐹𝑒𝑒−𝑗𝑗𝑘𝑘0𝑛𝑛𝑟𝑟𝑧𝑧 とおくと (36) 式に示す近軸式か得られる

(36)

(36) 式をクランクニコルソン法て差分化すると,図 68 に示す 10 点の関係を表す方

程式になる.x 方向に M 個,y 方向に N 個 のサンフル点をとるとすると,未知数 M×N

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個,ハント幅 2N+1 の連立一次方程式か得られる.この場合ハント幅か 2N+1 てあり,

カウスの消去法ては非常に時間かかかる.そこて,演算子分割に基つく ADI 法 (交互方

向陰的差分法) か用いられる.ADI 法を用いて図 68に示すように演算子を分割し,2 ス

テッフに分けて解く.二次元の場合と同様に緩慢変化包絡線近似を行う.ADI 法を適用

し,2 ステッフに分割し整理すると (37),(38) 式を得る.

(37)

(38)

x, y 方向にも離散化して整理すると (39),(40) 式のようにまとめられ,図 69に示す

ように,二次元と同様の三重対角行列を複数回解く問題に帰着てきる.

(39)

(40)

図 68 ADI 法を用いた演算子分割

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122

図 69 三重対角行列を繰り返し解く

三次元複合シミュレーションては,実用的なはく露評価を行うことを目指し,現実て

の使用か想定されているハッチアレイアンテナから放射された電界を接続する.しかし,

アンテナから放射された電界を接続する際には,境界からの反射の影響か大きくなり,

二次元複合シミュレーションて用いた透過境界条件ては,吸収しきれないという問題か

ある. そこて,三次元複合シミュレーションにおいては,境界条件として PML吸収境界

条件 [9] を適用する.図 70に示すように PML 層を配置し,x, y 方向の導電率 σ を

考慮する.導電率を考慮して定式化すると,(39),(40) 式の各係数は以下のようになる.

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123

ここで

PML層内において (41),(42) 式で𝜎𝜎𝑥𝑥, 𝜎𝜎𝑦𝑦を与える.(41),(42) 式は図 71に示すような滑

らかに変化する M次分布の関数であり,パラメータとして,層数𝐿𝐿𝑃𝑃𝑃𝑃𝑃𝑃,次数 M,最大導電率

𝜎𝜎𝑎𝑎𝑎𝑎𝑥𝑥𝑃𝑃𝑃𝑃𝑃𝑃 を設定する.

(41)

(42)

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124

図 70 PML 層の配置

図 71 導電率分布

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125

●ハッチアレイアンテナから放射された電界の接続

図 72 三次元複合シミュレーション

本節ては,図 72 に示す三次元複合シミュレーションを用いて,FDTD 法から三次元

ADI-BPM への接続を検討する.WiGig テハイスて用いられるアンテナとしてハッチアレ

イアンテナか想定されている.そこて,6×6 の 36 素子ハッチアレイアンテナモテルを

数値解析ソフト SEMCADX ver14.8.6.1(SPEAG) て作成し,FDTD 法により解析を行う.さ

らに,FDTD 法により求めた電界の振幅と位相を用いて BPM への接続を行う.図 73に示

すようなハッチアレイアンテナモテルを作成した. FDTD 法 (SEMCADX を使用) のシミ

ュレーション条件を表 11に示す.

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126

図 73 パッチアレイアンテナモデルの概要

表 11 パッチアレイアンテナのシミュレーション条件

図 74に yz 平面の電界の実効値を示す.ここて,アンテナ表面から 35 mm 離れた xy

平面の複素電界を BPM に接続し,赤枠内の電界分布を BPM を用いて解析し,全領域を

FDTD 法で解析した場合と比較する.図 75,76に FDTD 法で解析した電界の y 成分の振

幅と位相を示す.図 77,78 に FDTD 法で解析した電界の x 成分の振幅と位相を示す.

図 75∼78 に示す複素電界を BPM の初期値として接続し,電界の伝搬を確認した.表 12

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127

に BPM のシミュレーション条件を示す.

図 74 パッチアレイアンテナモデルから放射される電界の実効値

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128

図 75 y 成分の振幅 図 76 y 成分の位相

図 77 x 成分の振幅 図 78 x 成分の位相

表 12 ADI-BPM のシミュレーション条件

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129

図 79,80にアンテナ表面から 60 mm 離れた xy 平面の電界 y 成分の振幅を示す.

図 79か全領域を FDTD 法て解析した際の結果,図 80か複合シミュレーションて解析し

た結果てある.図 81,82にアンテナ表面から 60 mm 離れた xy 平面の電界 y 成分の位

相を示す. 図 81か全領域を FDTD 法て解析した際の結果, 図 82か複合シミュレーシ

ョンて解析した結果てある.図 83,84にアンテナ表面から 60 mm 離れた xy 平面の電

界 x 成分の振幅を示す.図 83か全領域を FDTD 法て解析した際の結果,図 84か複合シ

ミュ レーションて解析した結果てある.図 85,86 にアンテナ表面から 60 mm 離れた

xy 平 面の電界 x 成分の振幅を示す. 図 85か全領域を FDTD 法て解析した際の結果,

図 86か複合シミュレーションて解析した結果てある.図 79∼86より,全領域を FDTD 法

て解析した場合と概ね一致することか確認てきた.続いて,計算時間の比較を行った.全

領域を FDTD 法て解析した際の計算時間か 11036 s てあった.複合シミュレーション

においては,FDTD 法の領域か 7561 s,BPM の領域か 132 s てあり,全体て 7693 s て

あった. よって,複合シミュレーションにより,計算時間を 30.29 %削減てきた.ま

た,BPM の解析時間は FDTD 法の解析時間よりはるかに短いため,計算か大規模になる

ほと,BPM の寄与か大きくなり,計算時間を削減てきる

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130

図 79 y 成分の振幅 (FDTD 法) 図 80 y 成分の振幅 (複合シミュレーション)

図 81 y 成分の位相 (FDTD 法) 図 82 y 成分の位相 (複合シミュレーション)

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131

図 83 x 成分の振幅 (FDTD 法) 図 84 x 成分の振幅 (複合シミュレーション)

図 85 x 成分の位相 (FDTD 法) 図 86 x 成分の位相 (複合シミュレーション)

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5.1.2 60GHz 帯高速無線通信システムの多様な放射パターンに対応した数値解析

5.1.2.1 はしめに

図 87 ばく露評価システムの概要

本節では,WiGig の多様な放射ハターンに対応した数値解析を行う.現実ては,WiGig の

様々な利用シーンに応して,多様な放射ハターンの電界に眼部かさらされることか想定さ

れる.多様な放射ハターンを考慮するために,アンテナ利得 (アレイアンテナのアンテナ素

子数),アンテナからの距離の 2 つのハラメータを設定した.これらの 2 つのハラメータ

を考慮するために,5.1.1節て述へた複合シミュレーションを応用し,図 87に示すような眼

部はく露評価システムを構築した.図 87 に示すように,現実ての使用か想定される様々な

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利得のアンテナを設計し,各アンテナについて複合シミュレーションを用いて比吸収率

(SAR [W/kg]) を解析する.SAR は電磁界にさらされた際に吸収されるエネルキーの指標て

ある.以下ては,図の流れに沿って眼部はく露評価システムについて詳述する.

5.1.2.2 現実ての使用か想定されるアンテナモテルの設計

本節ては現実の WiGig テハイスての使用か想定されるアンテナモテルの設計について述

へる.表 13に示すように,陸上無線通信委員会において,60GHz 帯無線通信システムにおけ

る空中線電力,等価等方輻射電力及ひ空中線利得の基準か定められている [10].ま

た,WiGig ては,複数の無線機か共存することを想定しており,ヒーム幅を 30 度以下に絞

ったヒームをヒームフォーミンク機能により制御する運用方法か望まれている [11].そこ

て,高利得のアレイアンテナの使用か想定されている.本研究ては,テハイスての使用か想

定されるハッチアレイアンテナモテルを作成する.多様な放射ハターンてのはく露評価を

行うために,3×3 の 9 素子,6×6 の 36 素子,9×9 の 81 素子の 3 ハターンのアンテナ

モテルを作成し,様々な利得ての解析を行う.図 88 にハッチアレイアンテナモテルの概要

を示す.アンテナを小型化するために図 88 に示すように誘電体を配置した.また,各素子を

振幅 1 V,内部抵抗 75 Ωて給電した.アンテナの各種ハラメータを表 14に示す. 電磁界

解析ソフト SEMCADX ver14.8.6.1 を用いて解析を行った.シミュレーション条件を表 15

に示す.

表 13 ADI-BPM のシミュレーション条件

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図 88 パッチアレイアンテナモデルの概要

表 14 アンテナの各種パラメータ

表 15 パッチアレイアンテナのシミュレーション条件

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● 9素子ハッチアレイアンテナモテル (3×3)

図 89にハッチアレイアンテナの指向性を示す.図 89において最大絶対利得か 14.9 dBi

てあった.また,給電点における電圧定在波比か 1.12∼1.68 てあった.図 90に z = 50 mm

における xy 平面の電界の実効値を示す.図 91に x = 17.5 mm における yz 平面の電界

の実効値を示す.

図 89 指向性 (9 素子) 図 90 xy 平面の電界の実効値 (9 素子)

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図 91 yz 平面の電界の実効値 (9 素子)

● 36素子ハッチアレイアンテナモテル (6×6)

図 92にハッチアレイアンテナの指向性を示す.図 92において最大絶対利得か 20.8 dBi

てあった.また,給電点における電圧定在波比か 1.07∼1.4 てあった.図 93に z = 50 mm

における xy 平面の電界の実効値を示す.図 94に x = 17.5 mm における yz 平面の電界

の実効値を示す.

図 92 指向性 (36 素子) 図 93 xy 平面の電界の実効値 (36 素子)

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図 94 yz 平面の電界の実効値 (36 素子)

● 81 素子ハッチアレイアンテナモテル (9×9)

図 95にハッチアレイアンテナの指向性を示す.図 95において最大絶対利得か 24.2 dBi

てあった.また,給電点における電圧定在波比か 1.07∼1.41 てあった.図 96に z = 50 mm

における xy 平面の電界の実効値を示す.図 97に x = 17.5 mm における yz 平面の電界

の実効値を示す.

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図 95 指向性 (81 素子) 図 96 xy 平面の電界の実効値 (81 素子)

図 97 yz 平面の電界の実効値 (81 素子)

5.1.2.3 眼内 SAR 解析結果

前述した複合シミュレーションを応用し,アンテナからの距離を変化させた際の電磁界解

析を行う.この電磁界解析により,電磁界にさらされた際に吸収されるエネルキーの指標て

ある SAR を解析する.図 99に示すように,BPM を用いて任意の距離まて電波を伝搬させ,

その電界分布を入射界とした散乱界 FDTD 法により,眼内 SAR 分布を解析する.このよう

にアンテナ・眼組織の解析を最小限の領域て行うことて,計算資源を削減する.また,アンテ

ナと眼組織の距離か近い場合にはそれらの間ての電磁波の多重反射によるカッフリンクを

考慮する必要性か生しる.そこて,アンテナからの距離に応して 2 つの解析手法を使い分

ける.ます,眼組織からの反射の影響てアンテナ・眼組織間に定在波か生しる距離をカッフ

リンクを考慮する条件として扱い,図 98 に示すようにアンテナモテルと眼組織モテルを含

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む全領域を FDTD 法のみて解析する.アンテナ遠方の多重反射によるカッフリンクを考慮

する必要のない領域ては,図 99に示す複合シミュレーションを用いる.

図 98 全領域を FDTD 法で解析

図 99 BPM を用いた複合シミュレーション

● アンテナ・眼組織間の多重反射を考慮した解析

カッフリンクを考慮する条件を設定するために,図 100 に示すように SEMCADX を用いて

全領域を FDTD 法て解析した.アンテナから眼組織まての距離を 25 mm, 50 mm, 75 mm の

3 ハターンて変化させた.ここて,図 100内に示すアンテナ中央部の素子における電圧定在

波比を確認し,カッフリンクを考慮する条件を設定した.表 16 にアンテナから眼組織まて

の距離を変化させた際の電圧定在波比を示す.図 101 に各距離ことの yz 平面の電界の実

効値を示す.眼組織を配置せす,空気中にアンテナモテルのみを配置した条件てのアンテナ

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給電点の定在波比か 2.58 てあることから,75 mm 以上離れた領域ては,多重反射によるカ

ッフリンクを考慮する必要かないと考えた.つまり,25 mm,50 mm の場合については,全領

域を FDTD 法て解析し,75 mm 以上離れた領域については複合シミュレーションを用いて

解析した.

図 100 全領域を FDTD 法で解析

表 16 定在波比の変化

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図 101 各距離ごとの yz 平面の電界の実効値

● 複合シミュレーションを応用した眼内 SAR 解析

図 99に示すように BPM を用いて,ハッチアレイアンテナから放射された電界を任意の距

離まて伝搬させる.ハッチアレイアンテナから放射された電界分布か眼内にとのように吸

収されるかを求める計算手法として,散乱界 FDTD 法を使用する.散乱界 FDTD 法ては入射

界か分かっている状態て散乱界を求めることて全電磁界を求める.散乱電磁界を求める式

を以下に示す [12].

(43)

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(44)

ここて,(44) 式より解析領域内すへての透磁率か μ0 てあれは,入射磁界を与える必要

かないことか分かる.BPM を用いて 75 mm∼200 mm まての電界分布を解析し,各距離におけ

る眼内 SAR 分布を解析した.眼モテルは,先行研究 [13] て作成された家兎眼モテルを用

いた.表 17に今回使用した家兎眼の各組織の複素誘電率を示す.表 18に散乱界 FDTD 法の

計算条件を示す.図 102に今回使用した家兎眼モテルの断面図を示す.

表 17 家兎眼モデルの各組織の複素誘電率

表 18 散乱界 FDTD 法のシミュレーション条件

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図 102 家兎眼モデルの断面図

● 眼内 SAR 解析結果

図 103は 9素子アンテナからの距離か 25 mm、図 104は 100mmの場合の眼球内部の SAR

分布である.また、図 105は 36 素子アンテナからの距離か 25 mm、図 106は 100mmの場

合の眼球内部の SAR分布を示である.さらに、図 107は 81 素子アンテナからの距離か 25

mm、図 108は 100mmの場合の眼球内部の SAR分布である.ここて,アンテナからの距離か 25

mm の場合はカッフリンクを考慮して解析し,100 mm の場合はカッフリンクを考慮せすに,

複合シミュレーションを用いて解析した.また,アンテナからの放射電力は 100 mW て正規

化した.

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図 103 眼球内部の SAR 分布 (9 素子,25 mm)

図 104 眼球内部の SAR 分布 (9 素子,100 mm)

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図 105 眼球内部の SAR 分布 (36 素子,25 mm)

図 106 眼球内部の SAR 分布 (36 素子,100 mm)

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図 107 眼球内部の SAR 分布 (81 素子,25 mm)

図 108 眼球内部の SAR 分布 (81 素子,100 mm)

ここて,アンテナ利得の違いによる眼軸上の SAR 値の比較を行った.図 109にアンテ

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ナからの距離か 100 mmの場合における比較を示す.図 109において,9素子の場合を基

準として角膜表面ての SAR値を比較すると 36素子か 3.8倍,81素子か 7.7倍てあった.

最後に,眼軸を含む断面における眼内 SARの最大値の距離特性を図 110に示す.図より,

アンテナ利得,アンテナからの距離の変化に応して眼内 SAR の最大値か変化することか

確認てきた.

図 109 眼軸上における SAR 値の比較 (100 mm)

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図 110 眼内 SAR の最大値の距離特性

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参考文献

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コスト削減の検討,” 電子情報通信学会論文誌 (C),vol.J102-C, no.5, May 2019 (掲載

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[6] G.R. Hadley, ”Transparent boundary condition for beam propagation,” Opt.

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[9] W. P. Huang, C. L. Xu, W. Lui, and K. Yokoyama, ”The perfectly matched layer

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[12] 宇野 亨,”FDTD 法のよる電磁界およひアンテナ解析,” コロナ社.

[13] 佐々木 真央,チャカロタイ シェトウィスノフ,小池 梓,高村 政代,鈴木 敬久,小島

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前房水の対流を考慮した熱輸送解析のためのヒト及ひ家兎の数値眼球モテルの開発及ひミ

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Ⅵ 超高周波数帯眼障害閾値の総合的な評価

6.1 28GHzから 162GHzまでの CEM43ºC基準を用いた解析

図 111 に CEM43ºC 基準に基づいた数理モデルより得られた角膜障害閾値の電力密度-

照射時間ダイアグラムを示す.この図は 28, 40, 75, 95, 162GHzの 5つの周波数に関

して解析を行った結果である.マーカーはシミュレーションで得られたデータを示し,

実線はフィッティングを行った結果である.図の角周波数帯の曲線よりも右上の部分は

角膜障害が起こる領域である.表 19に図 111から得られる6分間照射時の角膜障害が

生じる電力密度の閾値を示す.今回行ったシミュレーションの条件化では 95GHzで最小

の閾値を取ることが分かる.

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図 111 28, 40, 75, 95, 162GHz ばく露時の角膜障害閾値の入射電力密度-ばく露時間ダイ

アグラム

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表 19 CEM43ºC 基準に基づいた数理モデルより推測された入射電力密度の閾値(28, 40, 75, 95, 162GHz,6分間ばく露)

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6.2 ミリ波帯の広い周波数領域における角膜障害の閾値

図 112 28GHz から 162GHz までのプロビット推定と CEM43ºC に基づくシミュレーシ

ョンから推定された角膜障害閾値の比較

図 112に 5G無線通信システムで用いられる 28GHzから本プロジェクトで実験を実施

した 162GHz までの閾値の推定結果を示す.黒のマーカーは実験値を用いてプロビット

解析より得られた角膜障害が 50%の確率で起こる電力密度である.また.オレンジ色の

マーカーは CEM43ºC基準の数理モデルより推測された閾値である.両者の周波数依存性

は良く一致しており,おおよそ 70GHzから 100GHzあたりに閾値の極小値を持つようで

ある.また周波数の低い 28GHzと最も周波数の高い 162GHzにおいては角膜障害の閾値

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が緩和されていることが分かる.