3.2 地域経済の分析手法 - esri③...

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55 3.2 地域経済の分析手法 3.2.1 地域景気の把握方法 3.2.1.1 地域景気の早期把握は地域経済政策の基礎 マクロ経済政策の企画立案の基礎が、経済の現状分析であるように、地域活性化の政策 立案のためには、まず、地域経済の現状把握と分析が基礎となる。今後、地域主権が進展 していくこととなると地域において地域の活性化や雇用の確保のために、適切な地域経済 運営が求められることとなる。このためには、先ず、基礎となる各種経済統計を整備し、 それを早期に公表できるようにすること、同統計を分析して地域活性化のための政策を合 理的に立案していくことが重要となる。 地域の経済政策運営のため必要な主要な経済統計としては以下のようなものがある。 地域の景気を把握するための地域景気動向指数 地域の経済情勢を詳細に把握するための県民経済計算 地域の産業構造と産業連関を把握するための地域産業連関表 市町村毎の特性を把握するための国勢調査データ 市町村よりもより詳細の地理経済情報を分析するための地域メッシュデータ 本稿では、地域の景気動向を早期に把握するための地域景気動向指数の各県での整備状況 と今後の課題、県民経済計算の特徴と活用法を中心に紹介する事とする。 3.2.1.2 地域景気動向指数 地域景気動向指数は、景気動向指数を県・地域別に集計して県・地域の景気動向を早期 に把握するために作成されるものである。 景気動向指数の基本的性格は生産、雇用など景気動向に敏感に反応し、且つ経済全体に 対して代表性の高い各種の経済指標を標準化、総合化して景気の動向を機械的に計算可能 にしたものである。機械的な計算というと何か単純なことのように考えられるかもしれな いが、これが景気判断の材料としては大きな意義を有している。景気判断には、常に主観 が入り込みやすく、客観的な判断に努めるエコノミストといっても、例えば政府の経済財 政運営に関る立場であれば、その政策運営のスタンスから景気判断に対しバイアスがかか る可能性がある。また、民間の市場関係のエコノミストであれば、市場動向への期待から 景気判断へのバイアスがかかる可能性がある。こうした主観的なバイアスのかかりやすい 問題に対して、景気動向指数は主観的なバイアスを排除した客観的な景気判断材料を提供 するものである。 景気動向指数には、景気循環と指数の変動のタイミングによって、先行指数、一致指数、 遅行指数の 3 種類がある。 先行指数は在庫変動や受注状況、金融関連指数など景気の変動に先行する指標群である。 一致指数は生産、販売、出荷関連指数など景気の変動と同じタイミングで変動する指標群 である。遅行指数は雇用や税など景気の変動の結果生じる活動に関連した指標群である。

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Page 1: 3.2 地域経済の分析手法 - ESRI③ 地域の産業構造と産業連関を把握するための地域産業連関表 ④ 市町村毎の特性を把握するための国勢調査データ

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3.2 地域経済の分析手法

3.2.1 地域景気の把握方法

3.2.1.1 地域景気の早期把握は地域経済政策の基礎

マクロ経済政策の企画立案の基礎が、経済の現状分析であるように、地域活性化の政策

立案のためには、まず、地域経済の現状把握と分析が基礎となる。今後、地域主権が進展

していくこととなると地域において地域の活性化や雇用の確保のために、適切な地域経済

運営が求められることとなる。このためには、先ず、基礎となる各種経済統計を整備し、

それを早期に公表できるようにすること、同統計を分析して地域活性化のための政策を合

理的に立案していくことが重要となる。

地域の経済政策運営のため必要な主要な経済統計としては以下のようなものがある。

① 地域の景気を把握するための地域景気動向指数

② 地域の経済情勢を詳細に把握するための県民経済計算

③ 地域の産業構造と産業連関を把握するための地域産業連関表

④ 市町村毎の特性を把握するための国勢調査データ

④ 市町村よりもより詳細の地理経済情報を分析するための地域メッシュデータ

本稿では、地域の景気動向を早期に把握するための地域景気動向指数の各県での整備状況

と今後の課題、県民経済計算の特徴と活用法を中心に紹介する事とする。

3.2.1.2 地域景気動向指数

地域景気動向指数は、景気動向指数を県・地域別に集計して県・地域の景気動向を早期

に把握するために作成されるものである。

景気動向指数の基本的性格は生産、雇用など景気動向に敏感に反応し、且つ経済全体に

対して代表性の高い各種の経済指標を標準化、総合化して景気の動向を機械的に計算可能

にしたものである。機械的な計算というと何か単純なことのように考えられるかもしれな

いが、これが景気判断の材料としては大きな意義を有している。景気判断には、常に主観

が入り込みやすく、客観的な判断に努めるエコノミストといっても、例えば政府の経済財

政運営に関る立場であれば、その政策運営のスタンスから景気判断に対しバイアスがかか

る可能性がある。また、民間の市場関係のエコノミストであれば、市場動向への期待から

景気判断へのバイアスがかかる可能性がある。こうした主観的なバイアスのかかりやすい

問題に対して、景気動向指数は主観的なバイアスを排除した客観的な景気判断材料を提供

するものである。

景気動向指数には、景気循環と指数の変動のタイミングによって、先行指数、一致指数、

遅行指数の 3種類がある。

先行指数は在庫変動や受注状況、金融関連指数など景気の変動に先行する指標群である。

一致指数は生産、販売、出荷関連指数など景気の変動と同じタイミングで変動する指標群

である。遅行指数は雇用や税など景気の変動の結果生じる活動に関連した指標群である。

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景気動向指数は、日本では永らくDIという各指数の変動方向のみにより判断する指数

を主に用いてきた。しかし、平成 20年度からは諸外国と同様のCI(合成指数)を主に用

いるようになっている。CIは景気動向指数を構成する各指数を標準化した上で平均した

指数である。DIが景気の上昇、下降の各分野への波及程度を割合で示すのに対し、CI

は景気変動の量感を示している。

景気動向指数の大きな役割の一つに、景気の山谷の時期を設定することがある。今回の

景気回復局面についても 6月に 2008年 3月を暫定的な景気の谷と認定することとされたと

ころである。この判断は、一致指数を構成する各指数について、ヒストリカルDIという

変動局面の評価方法によって何月に下降から上昇に転じたか評価した上で、変化する指数

の割合が 50%を上回った前月を景気の底と判定する方法に基づいている。同手法に基づく

機械的な判断に各種の景気関連指標の動きを加味して、景気動向指数研究会(内閣府経済

社会総合研究所に設置された景気判断の専門家集団による研究会)が検討し、最終的には

経済社会総合研究所が景気の山谷の時期を判定することとなっている。

3.2.1.3 県別景気動向指数の作成状況と今後の課題

景気動向指数は、多くの都道府県においても策定されている。その策定状況は図3-1

1の通りである。47都道府県のうち、DIについては 36道府県、CIについては 19府県

が策定している。DIに比してCIを策定している自治体の数が少ないのは、CIの策定

にははずれ値の刈込計算、標準化、トレンドの処理など統計的に複雑な作業を要するため

と考えられる。平成 20年度以降のCIの本格的な導入に当たって、政府による自治体への

周知、計算パッケージの提供に加え、民間シンクタンクの各種サービスの提供があったも

のの、都道府県レベルでのCI化は十分進んでいないのが現状である。

これには、行政機関における統計関係業務の予算・機構定員の縮減が大幅且つ継続的に行

われてきていること、このため統計の知識、計算分析能力の向上への制約が大きくなって

いること、地域の景気動向の客観的な把握へのニーズが十分認識されていないことなどが

影響していると考えられる。

県別景気動向指数の整備のためには、このような障害を取り除いていくことが必要であ

る。特に、地域主権の確立のためには、自治体の客観的な現状分析に基づいて地域の経済

政策や地域活性化策を立案、実施していくことが重要である。このために重要性の高い統

計整備や分析に関する行政組織の重点的な強化が国、自治体ともに必要と考えられる。

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先行 一致 遅行

北海道 - - - - - ○ ○

青森 - - - - - ○ ○

岩手 H21.7 H5.1 ○ ○ ○ ○ ○H21.4月分から、CI中心の公表形態へ移行

宮城 - - - - - ○ ○

秋田 H14.6 H8.1 ○ ○ ○ ○ ○H21.5月分から、CI中心の公表形態へ移行

山形 H8 H5.1 ○ ○ ○ ○ ○

福島 H6 H6.1 ○ ○ ○ ○ ○

新潟 H11.10 H7.1 ○ ○ - ○ ○

茨城 H12.10 S55.1 ○ ○ ○ ○ ○

栃木 H15.2 S60.1 ○ ○ ○ ○ ○

群馬 H7.7 S58.1 ○ ○ ○ ○ ○

神奈川 - - - - - ○ ○

長野※ S56.10 S55.1 ○ ○ 財団法人長野経済研究所

石川 - - - - - ○ ○

福井 H18.1 H9.1 ○ ○ ○ ○ ○

静岡 S60.9 S55.1 ○ ○ ○ ○ ○

岐阜 H21.2 H3.1 ○ ○ ○ ○ ○H20.11月分から、CI中心の公表形態へ移行

愛知 H2.7 S53.1 ○ ○ ○ ○ ○

三重 H10.3 H11.1 ○ ○ ○ ○ ○H21.6月分から、CI中心の公表形態へ移行

大阪 H13夏季 S62.1 ○ ○ ○ ○ ○ 大阪府立産業開発研究所

兵庫 H9.4 S56.1 ○ ○ ○ ○ ○

奈良 H22.4 H1.1 ○ ○ ○ ○ ○

和歌山 S63.10 S55.1 - ○ - ○ -

鳥取 H20.4 H5.1 - ○ - ○ ○

島根 - - - - - ○ ○

岡山※ S61.4 H1.1 ○ ○ ○ ○ ○ 財団法人岡山経済研究所

広島※ - - - - - ○ - 財団法人ひろぎん経済研究所

山口 - - - - - ○ ○

香川 H12.12 H6.1 ○ ○ ○ ○ ○H20.6月分から、CI中心の公表形態へ移行(DIは参考系列)

福岡 - - - - - ○ ○

佐賀 - - - - - ○ ○

長崎 - - - - - ○ -

熊本 - - - - - ○ ○

大分 S60.1 S60.1 ○ ○ ○ ○ -

宮崎 - - - - - ○ ○

鹿児島 H12.3 H6.1 ○ ○ ○ ○ ○

(備考)内閣府調べ。開始年月は全てCI。一部の県においては、CIもしくはDIが参考系列として公表されている。

都道府県別景気動向指数の公表状況

○(総合CI)

備考都道府県

(※印の県の作成元は民間団体)

公表開始年月

データ開始年月

CI 景気基準日付

(参考)DI

図3-11

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3.2.1.4 具体的な地域景気動向指数の事例

ここでは、具体的な地域景気動向指数の現状を愛知県、東海地方の景気動向指数につい

てみていくこととする。自動車、機械などの製造業のウェイトの高い同地域では、90 年代

後半以降も他の地域に比較して好調な経済状況を示してきたが、リーマンショック以降の

落ち込みも大きかった。(図3-12参照)

こうした状況は、愛知県が第 14循環の景気循環において、全国的な大手製造業中心の輸

出の拡大による景気拡大を先導してきた様相を如実に示している。過去の景気循環局面に

おいては、愛知県の景気動向指数は、谷の付け方において全国のそれに多少遅行する傾向

が見られたが、今回の景気循環では暫定的ながら多少先行していたと見られる。

3.2.1.5 県民経済計算の特徴

県民経済計算は、国民経済計算(SNA)の地域版として、地域の経済循環や景気動向を

総合的に表示する統計である。

県民経済計算によって地域ごとの総合的な経済活動の変動の状況が読み取れる。先に公

表された平成 19年度の県民経済計算によれば、実質県内生産額は、最も伸びの高かった佐

賀県の5%から最も低下幅の大きかった北海道の-3.1%までばらつきが見られる。同年度

は、第 14循環の景気拡大局面の転換点に当たり、先に例示した愛知県など大手製造業のウ

ェイトの高い地域や関東地方などの経済状況に比して、東北、北海道、四国、山陰などの

経済・雇用情勢の厳しさが課題となっていた。こうした状況は、県民経済計算の地域別の

シェアの推移を見ると総合的な数値として評価することができる。(図3-13参照)

国民経済計算では、一人当たりGDPの国際比較が日本国民の相対的な豊かさを示す指

標として利用されるが、県民経済計算においても一人当たり県民所得が地域の相対的な豊

かさを示す指標として利用される。第 14循環の景気拡大局面においては、地域間格差の拡

図3-12

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注)1人当たり県民所得の変動係数は、全県平均に対する都道府県の開差率を相対的に表したもの。

  1人当たり県民所得の変動係数(%)

13.74

15.30

15.62

14.1514.14 13.82

15.33

14.38

13.8213.65

13.95

14.92

12.00

14.00

16.00

18.00

平8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19

0

(年度)

大が指摘されてきたが、県民経済計算の一人当たり県民所得の変動係数を見ると、平成 14

年度から平成 17年度にかけて変動係数が上昇しており、このことが数字の上でも確認でき

る。(図3-14参照)

1.7

3.2

▲ 1.2

▲ 1.8

3.0

0.3

▲ 0.5

5.0

0.70.7

▲ 0.2

0.5

1.2

▲ 0.6

▲ 1.7 ▲ 1.8

4.5

▲ 1.1

▲ 1.4

4.6

0.8

1.1

0.6 0.6

1.31.0

▲ 3.1

1.0

0.6

3.6

1.8

3.1

▲ 0.6

2.1

0.1

4.0

0.7

1.9

▲ 1.2

1.31.5

▲ 1.4

3.1

1.1

0.1

▲ 1.0

0.7

-4.0

-3.0

-2.0

-1.0

0.0

1.0

2.0

3.0

4.0

5.0

6.0

香川

愛媛

鹿

(%)都道府県別実質経済成長率 図3-13

図3-14

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県民経済計算の問題点としては、その推計を国民経済計算からの地域分割に依存してい

ること等から公表される時期が 2 年ほど遅れる点が実用上大きな障害となっている。地域

の経済動向の迅速な把握とそれに基づいた政策形成のためには、SNAにおけるQEのよ

うな四半期地域経済計算速報の作成が必要とされよう。

3.2.1.6 地域景気動向把握の早期化に向けて

地域の景気動向をより早期に把握するためには、上記のように県民経済計算の四半期速

報値の開発を行う方法、地域景気動向指数の充実を図る方法などいくつかのアプローチが

考えられる。

最も総合的で国レベルのQEとの整合性も取れたものとして県別或いは地域別経済計算

四半期速報が早期に公表されることは一つの理想である。しかしながら、県民経済計算は

基本的に生産側からの推計に依拠しており、支出側の統計には四半期データとして県別・

地域別の統計を活用できないものが多い。このため、基本的に支出側のデータを中心に推

計しているQEと整合性のある県別・地域別経済計算四半期速報の計算のためには、多く

の困難が存在する。各種の補助系列の収集による生産額推計の新たな手法開発、既存県民

経済計算の四半期化、年度・暦年調整、地域ブロック計算のための県別係数の合算手法、

など研究課題が多い。

一方、景気動向指数については、DIについては既にほとんどの県が公表しているもの

の、現在景気動向把握の中心となっているCIについては、まだ策定地域が限られている。

県別CIの計算については、既存のDI系列を用いるものであれば、国で策定しているC

I計算のパッケージの活用、市販のソフトパッケージの利用で比較的容易に導入が可能で

ある。ただし、景気動向指数の場合、県民経済計算と国民経済計算のような相互の整合性

が無く、地域間の景気動向の量的な比較ができない点は留意が必要である。

以上のような双方の景気統計の特徴を考慮すれば、地域景気動向の把握迅速化のために

は次のような方向で準備を進めていくことが望ましいと考えられる。

県民・地域経済計算四半期速報については、既存の県民経済計算に基づいた四半期系列

の整備を先行させ、そこから補助指標の整備による速報推計の可能性を模索していく。Q

Eと整合的な四半期系列が県別・地域別に策定されれば、各種の補助指標によって速報推

計の検討が行われる機運が醸成されると考えられる。

景気動向指数については、早期に各県別のCIの整備を慫慂していくことが望まれる。

地域主権の広がりにより、地域における経済政策の発動余地が財政面、税制面で高まれば、

地域景気動向の把握へのニーズは急速に高まることが予想される。こうした中で、統計部

局の集中と選択の中で、総合的な景気関連統計が重視される機会に、CIの整備が進めら

れることが考えられる。

四半期県民経済計算及び県別CIの整備に共通した活動は地域景気関連補助指標の整備

とその分析の推進である。最終的に地域の景気動向や経済状況を早期に総合的に把握する

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目的に対応して、関連統計整備の重点付けが的確になされれば、限られた資源の下でも適

切な補助指標の整備が行われ、両統計の充実に繋がりうる。

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3.2.2 地域活性化の政策評価

不景気や少子高齢化など地域経済は困難な状況に直面しており、政府も様々な地域活性

化支援策を打ち出して、地域の活力を向上させるための事業を展開している。例えば、内

閣府は「補完性」の原則、「自立」の原則、「共生」の原則、「総合性」の原則、「透明性」

の原則という 5 原則を掲げ、生活者の暮らしや産業、交流、雇用、教育、都市機能、地域

コミュニティーなどの各課題について地方の課題に応じた地方再生の取り組みを行ってい

る。内閣府だけではなく農林水産省、国土交通省、経済産業省、総務省、環境省など様々

な省庁が多様な事業メニューを用意しているが、一方で事業の事後評価の仕組みについて

は明確になっておらず、議論が残るところであろう。

そこで、本節では、地域活性化事業の政策評価方法を簡単にまとめる。地域活性化の成

果指標について説明した後、活性化指標を作成する際の考え方を整理する。次に、統計用

語なども交えながらどのような政策評価手法があるのかを説明し、最後に提案した成果指

標と政策評価手法を用いて、地域活性化事業の一部を対象に政策評価を試行的に実施する。

3.2.2.1 地域活性化の成果指標

これまで地方自治体ではイベントの実施回数など活動指標で事業報告を行っていること

が多かったが、地域活性化事業の効果を測定するためには事業活動の結果もたらされた成

果に基づいた評価が必要になる。地域活性化の成果指標には観光客数や商店街の売上等が

考えられるが、どのような指標が望ましいのかについては曖昧な点も多い。そこで、地域

活性化指標の考え方について、最初に整理する。

アウトプットとアウトカム

行政活動の執行過程は、簡単に整理すると図 1に

あるように財源、インプット、プロセス、アウトプ

ット、アウトカムとなる(石原(2001))。まず財源

があり、それに基づいて事業が決定されて予算と人

員が確保されるのが「インプット」である。このイ

ンプットを用いて事業活動を実際に執行するのが

「プロセス」となり、プロセスの結果、行政による

住民サービスや公的サービスである「アウトプッ

ト」が提供される。この事業活動の結果であるアウ

トプットが住民の満足度や生活一般に及ぼす効果

が「アウトカム」となる。アウトプットとアウトカムは分かりにくいが、例えば道路工事

で整備された道路の長さはアウトプットで、その結果住民の交通の便がどれだけ良くなっ

たのかがアウトカムである。アウトプットには、アウトカムに比べて測定が容易であり、

概念的に分かりやすいが、行政活動の最終目的ではないという短所もある。一方、アウト

図1.行政の執行過程

財源

インプット(予算・人員)

プロセス(行政活動)

アウトプット(行政サービス)

アウトカム(住民満足度)

出典:石原(2001)。

図3-15 行政の執行過程

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カムは住民満足度つまり住民が行政サービスから得られる便益であり、測定が困難である

が、アウトカムの最大化が行政活動の最終目的である。また、アウトカムの測定では、パ

ラメータ(利子率や時間選好率、効用関数)の設定の仕方によって、推計結果が大きく変

動するという問題もある。

したがって、地域活性化事業の成果を、定量的かつなるべく早い時期に測定する必要が

あるのであれば、アウトカムではなくアウトプットで測定する方が望ましいと考えられる。

ただし、アウトプットの測定結果を政策立案に反映させる際には、上記のような欠点があ

ることを考慮する必要があろう。

成果の測定単位:スピルオーバー効果の考慮

地域活性化事業の政策評価は、市町村データ或いは独自に集計している自治会や集落、

商店街レベルのデータで行われることが多い。始めたばかりの活性化事業は規模が小さく、

その影響は事業が実施されている地域だけに限定されることが多いからである。しかし、

近年、交通インフラの整備や技術革新による人的交流の拡大によって、ある地域で実施さ

れた事業が他の地域に波及効果(スピルオーバー効果)を持つ可能性がある。例えば A 地

区の観光促進事業が成功して観光客が増加したが、A地区にはそもそも宿泊施設がない場合、

A地区に近く昔からの宿場町であった B地区の宿泊客数が増加している可能性がある。

したがって、市町村データや地区データだけではなく、通勤圏や都市圏データを用いて

スピルオーバーも考慮した事業評価を行う必要があるかもしれない。なお都市圏は、市を

中心として通勤や通学などで交流のある市町村で構成される。日本には都市圏単位のデー

タは基本的に整備されていないが、市町村データを集計することで作成できる。日経産業

消費研究所編(2003)に、都市圏が定義されている。

定量的評価と定性的評価

定量的評価は政策の効果を数字に基づいて評価する方法で、数字に表れない効果を見落

とす可能性があるが客観性を保てるという特徴がある。一方、定性的評価は政策の効果を

言葉で説明する評価方法で、客観性に欠けるが数字には表れない効果を論じることが出来

る。一般的に、評価対象によって 2つの評価手法を使い分けていることが多いと思われる。

龍・佐々木(2000、P. 198)によれば、どちらの手法が優れているのかについては長い間議

論があったが、現在では両方を併用して用いることで双方の欠点を補えるという結論に達

しているとのことである。

地域特性の考慮

少子高齢化や経済のグローバル化、厳しい財政制約により、地域経済格差が生じている

と言われている。少子高齢化時代の地域活性化検討委員会(2006)では、格差の背景とし

て、「地域の産業構造やグローバル化の影響の違いによると考えられる。昭和 40年代以降、

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工業再配置が進んだが、地域によって、自動車、電気・電子等の国際競争力のある産業の集

積の厚さなど、地域を支える主要産業や産業構造に違いが見られる」と述べている。

また、地域を①東京を中心とする地域(京浜葉大都市圏:東京都特別区を中心市とし、

周辺市町村から中心市への通勤・通学者数の割合が 1.5%以上の圏域)、②政令指定都市を中

心とする地域及びそれと近隣関係にある地域、③地方中核都市を中心とする地域(地方中

核都市:県庁所在地及び人口 30万人以上の都市(ただし上記①、②の地域に存在する都市

を除く)、④地方中小都市を中心とする地域(地方中小都市:県庁所在地を除く 30 万人未

満の都市(ただし、上記①と②の地域に存在する都市を除く)、⑤中山間地域等(都市圏を

構成しない離島・半島を含む地域)に分類し、各地域の経済状態や産業構造の特徴をまと

めており、異なる経済的特徴を有する各地域では異なる地域活性化策の必要性を述べてい

る。例えば、少子高齢化時代の地域活性化検討委員会(2006)は地域経済の持続的な発展

のためには地域外を市場とする産業の活性化が必要であるが、「①東京を中心とする地域」

では、既に産業が集積しており、引き続きこれらの産業を育成することが必要と述べてい

るが、「⑤中山間地域等」では一次産業や観光業に頼らざるを得ず、一次産業の販路を全国

や海外に拡大するとともに観光業の活性化に取り組むべきと記述している。

したがって、地域によって地域活性化の目的や手法が異なっており、活性化指標も地域

特性に合わせたものとする必要がある。

3.2.2.2 活性化事業の政策評価

① 政策評価の考え方

最初に、行政学や行政の現場における「政策評価」と政策科学や経済学における「政策

評価」の違いについて説明したい。市では、作成が義務付けられている「総合計画」を頂

点として、様々な政策、施策や具体的な施策、事業或いは事務事業が上位の階層と目的と

手段の関係として体系づけられている。各市町村で階層の大きさは異なるが、行政学では

概ね上から順に政策、施策、事務事業と定義され、例えば施策は政策という目的の手段と

して、事務事業は施策という目的の手段として位置づけられる。この政策の評価を、行政

学では「政策評価」と呼ぶ。

一方、政策科学や経済学では、主にアメリカで使われていた Program Evaluationの日本

語訳として「政策評価」という言葉を用いている。龍・佐々木(2001)では「政策」を「あ

る社会状況を改善するために、ひとつの或いはいくつかの目的に向けて組織化された諸資

源及び行動」と定義し、「評価」を政策に対する「目的、目標、介入理論、実施過程、結果、

成果、効率性を明らかにするための体系的な社会調査活動」と定義している。簡単に述べ

ると、プログラムの目的や成果と個別目標の因果関係(セオリー)やサービスの利用状況

や組織の機能(プロセス)、プログラムによる質的・量的な改善効果(インパクト)、効果の

貨幣価値とコスト(コスト・パフォーマンス)といった評価段階をそれぞれ評価するものと

言える。

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② 政策評価手法

政策評価には、インプット、活動、アウトプット(結果)、アウトカム(成果)という一

連の流れを評価する「セオリー評価」、プログラムの執行過程が当初のデザイン通りに実施

されているか、想定された質・量のサービスを提供しているかという問題を評価する「プ

ロセス評価」、費用・便益分析や費用・効果分析と呼ばれる「コスト・パフォーマンス評価」

などがあるが、この節で紹介する分析手法は「インパクト評価」に関するものである。イ

ンパクト評価は、実施された政策によって社会・経済に対してどの程度の効果があったのか

を測定する評価で、事業の効果を直感的に分かりやすい方法で測定するためこれまで多く

の関心が寄せられてきた。

様々な手法の中でも、事前・事後推定(before-after 推定:BA推定)、クロスセクション

推定(cross-section 推定:CS推定)、DID推定(difference-in-difference 推定)について、

分析方法の簡単な紹介と実証上の問題点などを議論する。

事前・事後推定

事前・事後推定とは、同じグループの政策実施前と政策実施後を比べて政策の効果を測定

する推計方法である。図 2 は、横軸に政策実施前と政策実施後の時間軸を、縦軸にアウト

カム の平均値をとったものである。図 2 の BA Est が事前・事後推定量となり、数式では

と表せる。ここで、

である。ただし、事前・事後推定では、処置群の政策実施前と実施後のアウトカムに変化が

ないという仮定が成立する必要がある。この仮定が成立しないと、推定にバイアスが生じ

ることになる。

クロスセクション推定

クロスセクション推定とは、政策実施後の処置群と比較群の差から政策の効果を測定する

推定方法である。図 2の CS Estになる。クロスセクション推定は、数式では

Page 12: 3.2 地域経済の分析手法 - ESRI③ 地域の産業構造と産業連関を把握するための地域産業連関表 ④ 市町村毎の特性を把握するための国勢調査データ

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で表すことが出来る。

ただし、この推定方法

では、政策が実施され

なかった場合の処置群

のアウトカムと比較群

のアウトカムに差がな

いという仮定が満たさ

れる必要があり、この

仮定が満たされないと

推計にバイアスが生じ

る。

DID推定

DID 推定は、差の差(difference-in-difference)という名称から類推できるように、「処

置群の政策実施後と実施前のアウトカムの差」から「比較群の政策実施後(政策は適用さ

れていない)と実施前のアウトカムの差」を差し引いて計算される。図 2の DID Estであ

る。この推計方法は、時系列方向とクロスセクション方向の差分を考慮しているため、事

前・事後推定とクロスセクション推定の仮定が満たされなくても、一致性をもった推計が可

能である。ただし、DID 推計は政策を実施しなかった場合の処置群のトレンドと比較群の

トレンドが同じという「平行トレンド」が満たされる必要がある。

定性的評価手法

紙幅の関係で詳しく述べることは出来ないが、簡便な評価方法として、評価を実施する

のに十分な知識と経験を有する専門家による評価である「エキスパート評価」、プログラム

実施前の状況を受益者の記憶に基づいて特定して評価する「受益者評価」、プログラムを担

当した行政官が評価者となる「行政官評価」がある。

3.2.3.3 政策評価の具体例

例:やねだん地区の人口

やねだんでは、豊重哲郎氏のリーダーシップにより、様々な地域活性化の取り組みを成

功させ、事業から収益金を上げるとともに域外から芸術家などに定住してもらい、地区の

人口が上昇に転じている。市の補助金に一切頼らず、手作業で集会広場、公民館、空き家

を改装した迎賓館などを整備し、さつまいもの栽培と焼酎の製造から収益を上げている。

政策評価

豊重氏による地域活性化によって、やねだん地区の人口と平均年齢は影響を受けている

図 2.政策評価手法の比較 図3-16 政策評価手法の比較

Page 13: 3.2 地域経済の分析手法 - ESRI③ 地域の産業構造と産業連関を把握するための地域産業連関表 ④ 市町村毎の特性を把握するための国勢調査データ

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のか、そうであるとすればどの程度の効果を持っているのかについて、政策評価分析を行

う。

分析結果

事前・事後推定は、政策

の実施年とその効果が発現

する年が明確ではないので、

1998 年から 2008 年までの

人口の推移を分析した。図 3

が人口の推移であるが、

2007年からは明らかにそれ

までのトレンドとは異なり、

人口が上昇していることから、この年ぐらいから活性化策が効果を表しているのかもしれ

ない。なお、1998年から 2006年までのデータに基づいて回帰分析を行ったところ

と推計できた。この回帰直線から予測値を計算すると、2007 年と 2008 年の人口はそれぞ

れ 278.4人、273.1人だったことが示され、やねだん地区は人口が予測値よりも大幅に上昇

していることが分かる。

クロスセクション分析

については、地区別人口

を比較しても意味のある

分析が出来ないことから、

2010年 1月の 65歳以上

人口比率を比較した。図

4 には横軸に人口、縦軸

に 65 歳以上人口比率を

図示しており、大きな丸

がやねだん地区、横線は

鹿屋市全体の平均を表している。この表から、やねだん地区は他の地区と比べて特別高齢

者割合が高いわけではないが、平均を上回っており、高齢者割合が低いわけではない。し

たがって、クロスセクション推計では活性化事業によって高齢者割合が低いという結果は

得られなかった。しかし、図 4 より分かるように、町内会の人口規模が小さいほど高齢者

割合は高くなっており、人口規模をコントロールしない分析には注意が必要だろう。

なお、今回 DID推計に必要な政策の実施前と実施後のやねだん地区と他の町内会のデー

タがなかったので、DID推計は行っていない。しかし、DID推計の必要性について、議論

してみたい。まず、事前・事後推計ではやねだん地区の人口が 2007 年以降急激に回復して

260

270

280

290

300

310

320

330

19

98年

19

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20

01年

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03年

20

04年

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05年

20

06年

20

07年

20

08年

図3.やねだん地区人口の推移人

図3-17 やねだん地区人口の推移

図3-18 鹿屋市自治会の 65歳以上人口比率

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いるという結果が得られたが、他地域も同様のトレンドにあれば、この回復は活性化事業

の成功によるものではなくなってしまう。また、高齢者割合をクロスセクション分析した

が、以前の高齢者割合が分からないので、活性化事業によってやねだん地区の高齢者割合

方と比べて上昇しているのか減少しているのかを判断できない。これらの問題点は、政策

実施前と実施後のやねだん地区と他地区のデータがあれば分析できることから、DID 推計

を用いた分析の必要性と事前・事後推計及びクロスセクション推計の欠点を強調しておき

たい。

今後の課題

なお、今回紙幅の関係から、活性化事業の他地域への波及効果を考慮した地域経済分析

を行うことが出来なかったが、近隣の町内会だけではなく、やねだんに視察に訪れる関係

者が鹿児島市内等に宿泊することもあると想定されることから、波及効果を考慮した分析

も必要だろう。

【参考文献】

石原俊彦監修(2001)『行政評価導入マニュアル Q&A』中央経済社。

少子高齢化時代の地域活性化検討委員会(2006)『地域活性化戦略-少子高齢化時代の地域

活性化検討委員会 報告書-』経済産業省。

内閣府(2007)「地域活性化・地域再生に資する施策一覧」地域活性化統合本部会合(第6

回)資料(平成 21年 4月 21日)。

内閣府政策統括官室(2007)「地域経済動向」平成 21年 5月 28日。

中村隆英・新家健精・美添泰人・豊田敬(1992)『経済統計入門(第 2 版)』東京大学出版

会。

中村良平・森田学(2008)「持続可能な地域経済システムの構築:倉敷市における調査に基

づいた経済構造分析」RIETI Policy Discussion Paper Series 08-P-011。

日経産業消費研究所編(2003)『変貌する都市圏 2004 年版―2000 年国勢調査にみる全国

都市圏の盛衰―』日本経済新聞社。

山田浩之・徳岡一幸(2007)『地域経済学入門』有斐閣コンパクト。

龍慶昭・佐々木亮一(2000)『「政策評価」の理論と技法』多賀出版。