3dプリンティング技術・3dプリンターの 最新動向 -...

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12 機 械 設 計 はじめに 1) アディティブマニュファクチャリング(Additive Manufacturing,以下, AM と記す)技術,あるいは 3D プリンティング技術におけるここ数年の進歩 は目覚ましいものがある。この技術は装置,材料 およびソフトウェアの三位一体での開発が高品質 の製品を製造する上で極めて重要である。このと ころ,樹脂材料の 3D プリンターにおいては,新 たな装置開発や材料開発が行われており, Markforged 社の炭素繊維を利用した装置などが 注目されている。また,金属材料の分野において も,装置,金属粉末さらにはソフトウェアの性能 向上により,とりわけ航空宇宙分野においては必 須の加工技術となってきている。金属材料の分野 においては,GE 社が牽引役を務めており,2010 年より AM 技術の導入を検討し始め,その後パウ ダーベッド方式の装置メーカー 2 社を買収し,最 近では航空機エンジン部品などへ適用を始めてい る。パウダーベッド方式の装置と併せて,デポジ ション方式の装置に関しては,欧米や中国ではか なり導入が進んでいる。また,16年あたりから金 属粉末を対象としたバインダジェティング方式の 装置開発も進められており,ExOne 社やヘガネス 社が積極的に動いている。わが国では, RICOH もバインダジェティング方式の装置開発の研究を 進めている。さらに,17年よりMarkforged 社が金 属粉末を樹脂フィラメントに混合して造形する材 料押出し方式の装置開発を行っている。このよう に,金属材料の分野においても,これまで主流で あったパウダーベッド方式とデポジション方式だ けでなく,バインダジェティング方式や材料押出 し方式など製品に応じた造形方式の装置開発が活 発化してきている。バインダジェティング方式に 関しては,鋳造用砂型への適用も行われており, 技術研究組合次世代 3D 積層造形技術総合開発機 構(以下,TRAFAM と記す)のプロジェクトにより 開発された大型・高速造形装置がシーメット社か ら販売が開始され,国内装置メーカーによる装置 開発として注目されている。 17年10月のEuroPM2017 国際会議での会長の挨 拶では,16 年に新規導入された金属 3D プリンタ ーは約 1,000 台,稼働装置は約 3,500 台と予測され るとのことであった。これに伴って,AM 関連の 粉末生産量は,15年に700 t であったものが,23 年には 4,700 t に伸びるとの予測が示された。また, イタリアのガスタービンメーカーである GE Baker Huges 社の基調講演では,HIP とバインダ ジェティング(BJ)方式,レーザパウダーベッド L-PBF)方式,電子ビームパウダーベッド(E- PBF)方式(EBM),デポジション技術を組み合せ た製品開発を行っており,25年までにインコネル 合金を中心とした造形に L-PBF 装置を50台,ス テンレス鋼とセラミックスを中心とした造形に BJ 装置を 30 台導入予定であると報告された。 このような中,わが国においても,樹脂用 3D プリンターはもちろんのこと,大手企業を中心に かなりの台数の金属 3D プリンターの導入も行わ れてきている。 解説 1 3D プリンティング技術・3D プリンターの 最新動向 近畿大学 京極 秀樹 *きょうごく ひでき:工学部ロボティクス学科教授,次世代基盤技術研究所 3D 造形技術研究センターセンター長。主な著 書に『図解 金属 3D 積層造形のきそ』(日刊工業新聞社,共著),『機械技術者のための材料加工学入門』(共立出版,共著)が ある。

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Page 1: 3Dプリンティング技術・3Dプリンターの 最新動向 - …...3Dプリンティング技術におけるここ数年の進歩 は目覚ましいものがある。この技術は装置,材料

12 機 械 設 計

はじめに1)

 アディティブマニュファクチャリング(Additive

Manufacturing,以下,AMと記す)技術,あるいは3Dプリンティング技術におけるここ数年の進歩は目覚ましいものがある。この技術は装置,材料およびソフトウェアの三位一体での開発が高品質の製品を製造する上で極めて重要である。このところ,樹脂材料の3Dプリンターにおいては,新たな装置開発や材料開発が行われており,Markforged社の炭素繊維を利用した装置などが注目されている。また,金属材料の分野においても,装置,金属粉末さらにはソフトウェアの性能向上により,とりわけ航空宇宙分野においては必須の加工技術となってきている。金属材料の分野においては,GE社が牽引役を務めており,2010年よりAM技術の導入を検討し始め,その後パウダーベッド方式の装置メーカー2社を買収し,最近では航空機エンジン部品などへ適用を始めている。パウダーベッド方式の装置と併せて,デポジション方式の装置に関しては,欧米や中国ではかなり導入が進んでいる。また,16年あたりから金属粉末を対象としたバインダジェティング方式の装置開発も進められており,ExOne社やヘガネス社が積極的に動いている。わが国では,RICOH社もバインダジェティング方式の装置開発の研究を進めている。さらに,17年よりMarkforged社が金属粉末を樹脂フィラメントに混合して造形する材料押出し方式の装置開発を行っている。このよう

に,金属材料の分野においても,これまで主流であったパウダーベッド方式とデポジション方式だけでなく,バインダジェティング方式や材料押出し方式など製品に応じた造形方式の装置開発が活発化してきている。バインダジェティング方式に関しては,鋳造用砂型への適用も行われており,技術研究組合次世代3D積層造形技術総合開発機構(以下,TRAFAMと記す)のプロジェクトにより開発された大型・高速造形装置がシーメット社から販売が開始され,国内装置メーカーによる装置開発として注目されている。 17年10月のEuroPM2017国際会議での会長の挨拶では,16年に新規導入された金属3Dプリンターは約1,000台,稼働装置は約3,500台と予測されるとのことであった。これに伴って,AM関連の粉末生産量は,15年に700 tであったものが,23年には4,700 tに伸びるとの予測が示された。また,イタリアのガスタービンメーカーである GE

Baker Huges社の基調講演では,HIPとバインダジェティング(BJ)方式,レーザパウダーベッド(L-PBF)方式,電子ビームパウダーベッド(E- PBF)方式(EBM),デポジション技術を組み合せた製品開発を行っており,25年までにインコネル合金を中心とした造形にL-PBF装置を50台,ステンレス鋼とセラミックスを中心とした造形にBJ装置を30台導入予定であると報告された。 このような中,わが国においても,樹脂用3Dプリンターはもちろんのこと,大手企業を中心にかなりの台数の金属3Dプリンターの導入も行われてきている。

解説1

3Dプリンティング技術・3Dプリンターの最新動向

近畿大学 京極 秀樹*

*きょうごく ひでき:工学部ロボティクス学科教授,次世代基盤技術研究所3D造形技術研究センターセンター長。主な著書に『図解 金属3D積層造形のきそ』(日刊工業新聞社,共著),『機械技術者のための材料加工学入門』(共立出版,共著)がある。

Page 2: 3Dプリンティング技術・3Dプリンターの 最新動向 - …...3Dプリンティング技術におけるここ数年の進歩 は目覚ましいものがある。この技術は装置,材料

13第 62 巻 第 8 号(2018 年 7 月号)

特集設計の可能性を広げる IT技術活用の現在

 一方,この分野における研究開発の状況について見ると,AMに関する国際会議としては最も古くからテキサス大学オースティン校で開催されているSFFシンポジウム2017においては,17年には約500件の発表が行われるなど,ここ数年の間に欧米や中国などにおける他の国際会議においても発表件数は大幅に増えてきており,論文数も急激に増加してきている。これは,海外においてはAmerica Makesのプロジェクト,EUのプロジェクトを始め,多くのプロジェクトが動いており,着々と成果が出始めているとともに,大学や研究機関の拠点化が進んできていることに起因していると考えられる。 わが国においても,14年度より,TRAFAMを設置して開始された経済産業省「三次元造形技術を核としたものづくり革命プログラム―次世代型産業用3Dプリンタ等技術開発―」2), 3)と,内閣府による府省連携のSIPプログラム24テーマが実施されて成果が出始めているが,欧米や中国に比べて圧倒的に研究者が少ないことから,学会における研究発表件数や論文数も少ないのが現状である。

 本稿では,3Dプリンティング技術における研究開発動向,装置開発および材料開発の最新動向について紹介するとともに,製品設計における考え方についても述べる。

装置開発の最新動向

1.AM技術の分類4)

 AM技術は,09年にASTM F42委員会により7つのカテゴリーに分類された。それぞれの方式の概要は,図1に示すとおりである。(1) バインダジェティング(結合剤噴射):石膏,

砂,セラミックス粉末などにバインダー(液体結合剤)を噴射して選択的に造形する方法

(2) マテリアルジェティング(材料噴射):光硬化樹脂などをインクジェットノズルなどから噴射して選択的に造形する方法

(3) 粉末床溶融(パウダーベッド):金属や樹脂粉末を敷き詰めたパウダーベッドにレーザや電子ビームを照射して,選択的に溶融させて造形する方法

図1 AM技術の各方式の概要4)

バインダジェティング(BJ) マテリアルジェティング

粉末床溶融(PBF) シート積層

材料押出し

指向性エネルギー堆積(DED)(ecoms, 42(2015), pp.37-40)

光造形

液体結合材

インクジェットヘッド

ローラ

造形物 造形物

造形物

石膏粉末ないし樹脂粉末

粉末床 粉末床

粉末床

ヘッド紫外線

紫外線硬化性樹脂

サポート材台座

台座

フィラメント ノズル

レーザ レーザ

金属粉末

ガルバノスキャナ

X‒Yスキャナ

モデル上面

積層中のモデル 

CO2レーザ

熱圧着用ヒートローラ

ロール紙

造形物 紫外線レーザ

造形ステージ

液体樹脂

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14 機 械 設 計

(4) 指向性エネルギー堆積(デポジション):金属粉末あるいはワイヤを供給しながらレーザや電子ビームを照射し,溶融・堆積して造形する方法

(5) シート積層:シート材を所望の形状に切断し,接着や溶接などにより結合して造形する方法

(6) 光重合硬化(光造形):光硬化樹脂に光を当て,選択的に硬化させて造形する方法

(7) 材料押出し(熱溶融積層):樹脂ワイヤなどの造形材料をノズルやオリフィスから押し出して選択的に造形する方法

2.装置開発の最新動向 ここでは,最近の金属3Dプリンター開発の状況を中心に述べる。金属3Dプリンターに利用されている造形方式は,上述したように主として(1)粉末床溶融[Powder Bed Fusion(PBF);以下,パウダーベッドと記す]方式と,(2)指向性エネルギー堆積[Directed Energy Deposition(DED);以下,デポジションと記す]方式であるが,最近ではバインダジェティング方式,材料押出し方式,マテリアルジェティング方式の装置開発も行われ始めている。

(1) パウダーベッド(PBF)方式 パウダーベッド方式における光源には,レーザと電子ビームがあるが,レーザを利用した装置開発のトレンドは,次のとおりである。①レーザの高出力化②レーザの多重光源化による高速化③造形エリアの大型化

 レーザについては,大型装置においては1kWのファイバーレーザが搭載され,2台あるいは4台搭載されている装置も開発されている。また,大型化については,17年にはGE社による□1,000 mm の造形エリア,SLM Solutions 社によるSLM800の開発など,さらに大型化が進んでいる。このようなレーザの高出力化・多重光源化や造形エリアの大型化は,造形速度を大幅に向上させるために行われており,この傾向は今後も続くと予測される。 これに対して,小型精密造形に対応した装置開

発も進んでおり,Trumpf社やAddUp社の装置などがこれに当る。AddUp社の装置では,粉末積層にはローラ方式を採用しており,粉末は6~8 μm

の粒径のものを使用しているため,図2に示すように精密かつ薄肉部品,微細な貫通穴の造形も可能としている。これにより自動車精密部品への適用を検討している。

図2� 精密部品の例(AddUp社の好意による:3D Printing2018展示会にて)

(2) デポジション(DED)方式 デポジション方式は,表1に示すようにパウダーベッド方式に比べて単純形状で大型製品を高速造形でき,マルチマテリアルの造形が可能などのメリットを有している。わが国においても,海外製のデポジション方式の装置の導入が可能となり,Optomec社のレーザによるパウダー供給方式やSciaky社の電子ビームによるワイヤ供給方式などが注目される。また,17年秋にTRAFAMによる開発装置も,東芝機械ならびに三菱重工工作機械により上市され,高速で高精度の造形体の作製が可能となっており,今後さらに開発が進んでいくものと予測される。

表1 PBFとDED方式の比較5)

DED方式 PBL方式

造形速度 ~300 cc/h ~70 cc/h

積層厚さ 0.3~1.5 mm 0.03~0.1 mm

大きさ 装置に依存 ~500×500 mm

精度 <0.5 mm <0.1 mm

表面粗さ Ra 10~200 μm Ra 5~10 μm

(3) バインダジェティング(BJ)方式 バインダジェティング方式の装置のうち,最近