3.隠岐の産業振興...58 (3)隠岐の島町のswot分析...

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56 住田洋之(隠岐の島町商工会)     野津昭文(しまね産業振興財団) 瀧山直之(島根県産業技術センター)  明正宜久(島根県企業立地課) はじめに “隠岐は絵ノ島花ノ島” とは隠岐地方の代表的な民謡「しげさ節」の一節である。 海士町、西ノ島町、知夫村、隠岐の島町からなる隠岐地域は、この一節に象徴される ように風光明媚な景勝地にあふれ、また後醍醐天皇や後鳥羽上皇などに縁のある歴史 的史跡が点在するなど、豊富な観光資源により、古くから多くの観光客を迎え入れて きた。しかしながら、近年は旅行の多様化により、観光入り込み客数は減少傾向にあ る。 また、昔から豊富な農林水産資源をもとに漁業や農業も盛んであったが、近年は従 事者の高齢化等により衰退を余儀なくされている。 さらに、これまで地域経済を支えてきた建設業が、大規模公共事業の終了や地方自 治体の財政悪化による公共事業の削減により、非常に厳しい経営を強いられている。 以上、隠岐地域の現状は “厳しい” の一言に尽きる。こうした中で、我々は隠岐地 域の産業振興に一筋の “希望” を見いだすべく、以下の項目に沿って検討した。 1.現状分析 2.フィールドワーク 3.産業振興方策の提案 1.現状分析 (1)隠岐地域の現状 隠岐地域4町村の “人口” “面積” “総生産額” を見ると、すべての項目で “隠岐の島 町” が全体の70%以上を占めていることが分かる。 3.隠岐の産業振興 人口(人) 総面積(k㎡) 総生産額(百万円) うち製造業(百万円) 割合(%) 割合(%) 割合(%) 割合(%) 隠岐の島町 15,993 71.8 243 70.2 55,644 70.2 1,048 85.9 海士町 2,449 11.0 34 9.7 8,940 11.3 77 6.3 西ノ島町 3,242 14.6 56 16.2 12,671 16.0 86 7.0 知夫村 595 2.7 14 4.0 1,975 2.5 9 0.7 合計 22,279 100.0 346 100.0 79,230 100.0 1,220 100.0 ※【出典】人口・・・島根県推計人口(H20)、総面積・・・全国都道府県市区町村別面積調(H20)、総生産額(うち製造業)・・・市町村民経済計算(H17)

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Page 1: 3.隠岐の産業振興...58 (3)隠岐の島町のSWOT分析 ここで、町の強み・弱みを明らかにして今後の産業振興の方向性を探るため、 SWOT分析を行った。内容は下表のとおりである。

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   住田洋之(隠岐の島町商工会)     野津昭文(しまね産業振興財団)   瀧山直之(島根県産業技術センター)  明正宜久(島根県企業立地課)

はじめに “隠岐は絵ノ島花ノ島” とは隠岐地方の代表的な民謡「しげさ節」の一節である。海士町、西ノ島町、知夫村、隠岐の島町からなる隠岐地域は、この一節に象徴されるように風光明媚な景勝地にあふれ、また後醍醐天皇や後鳥羽上皇などに縁のある歴史的史跡が点在するなど、豊富な観光資源により、古くから多くの観光客を迎え入れてきた。しかしながら、近年は旅行の多様化により、観光入り込み客数は減少傾向にある。 また、昔から豊富な農林水産資源をもとに漁業や農業も盛んであったが、近年は従事者の高齢化等により衰退を余儀なくされている。 さらに、これまで地域経済を支えてきた建設業が、大規模公共事業の終了や地方自治体の財政悪化による公共事業の削減により、非常に厳しい経営を強いられている。 以上、隠岐地域の現状は “厳しい” の一言に尽きる。こうした中で、我々は隠岐地域の産業振興に一筋の “希望” を見いだすべく、以下の項目に沿って検討した。 1.現状分析 2.フィールドワーク 3.産業振興方策の提案

1.現状分析(1)隠岐地域の現状 隠岐地域4町村の “人口” “面積” “総生産額” を見ると、すべての項目で “隠岐の島町” が全体の70%以上を占めていることが分かる。

3.隠岐の産業振興

人口(人) 総面積(k㎡) 総生産額(百万円) うち製造業(百万円)割合(%) 割合(%) 割合(%) 割合(%)

隠岐の島町 15,993 71.8 243 70.2 55,644 70.2 1,048 85.9海士町 2,449 11.0 34 9.7 8,940 11.3 77 6.3西ノ島町 3,242 14.6 56 16.2 12,671 16.0 86 7.0知夫村 595 2.7 14 4.0 1,975 2.5 9 0.7合計 22,279 100.0 346 100.0 79,230 100.0 1,220 100.0

※【出典】人口・・・島根県推計人口(H20)、総面積・・・全国都道府県市区町村別面積調(H20)、総生産額(うち製造業)・・・市町村民経済計算(H17)

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 そこで、今回はターゲットを隠岐の島町に絞り、産業振興方策について検討することとする。

(2)隠岐の島町の現状 隠岐の島町(以下「町」という)の人口は約1万6千人(H21.10.1現在)であり、ピーク時の約2万8千人と比べ約40%減少している。2035年には約1万人まで減少すると予想されている。老年人口の割合も30%を超えており、県内他市町村と同様、人口減少と高齢化は重い課題となっている。

 次に産業構造を見ると、県内他市町村と比べ、漁業と建設業の割合が高く、製造業の割合が低い。

 また町の産業の柱である観光業は、近年、観光客入り込み数が漸減傾向にある。

《人口推移と将来予測》 《年齢構成》

20,04316,904

10,413

0

5,000

10,000

15,000

20,000

25,000

1980 1985 1990 1995 2000 2005 2010 2015 2020 2025 2030 2035

(人)

(年)

13.0

13.5

13.8

55.8

59.2

66.1

31.2

27.1

20.2

0% 50% 100%

隠岐の島町

県平均

全国平均

年少人口 生産年齢人口 老年人口

0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100%

県平均

東出雲町

奥出雲町

隠岐の島町

製造業 農業 林業 水産業鉱業 建設業 電気・ガス・水道業 卸売・小売業金融・保険業 不動産業 運輸・通信業 サービス業

333,994 335,082312,016

259,855287,579 288,815

207,215

050,000100,000150,000200,000250,000300,000350,000400,000

H13 H14 H15 H16 H17 H18 H19

(人)

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(3)隠岐の島町のSWOT分析 ここで、町の強み・弱みを明らかにして今後の産業振興の方向性を探るため、SWOT分析を行った。内容は下表のとおりである。 町の強みは、水産資源・観光資源が豊富であること、県内2箇所しかない隠岐水産高校の存在などが挙げられる。 弱みとしては、人口減少・少子高齢化はもとより、建設業や観光業に偏った産業構造や、大学等進学先がなく多くの高校卒業者が島外へ流出することなどが挙げられる。 一方、消費者の食の安全・安心意識の高まりやインターネット通販利用者の増加は、豊富な農水産品があるものの離島というハンデを持つ町にとって、追い風である。

(4)隠岐の島町の産業振興の方向性 言うまでもなく、「付加価値の創出」と「雇用の場の確保」は産業振興の大命題である。 前述のSWOT分析を踏まえ、我々がこの大命題に応え得ると考える、町の産業振興の方向性は、

�である。いわゆる “第六次産業化” である。 “食品製造業” を町の産業の柱として育成することにより、   ○農水産物を一次産品としてだけでなく、付加価値を与えた加工品として販売   ○加工することで、一次産品としてより、長期間で販売が可能   ○加工技術を持つ隠岐水産高校卒業生の雇用の場の確保

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   ○観光業のオフシーズンにおける雇用の場の確保   ○建設業など異業種からの参入の場の確保   ○お土産品の充実や体験観光の実施による、観光地としての魅力の向上など様々な効果が期待できる。 そこで、まず町の食品製造業(特に食品加工関連)の現状を把握するために、実際に現地においてフィールドワークを行った。内容は次章で述べる。

2.フィールドワーク 平成20年12月11日、12日の2日間において、以下の5箇所に訪問した。

(1)隠岐の島町役場(定住対策課) 木質バイオマスを核とした産業創出「緑のコンビナート構想」を中心にお話を伺った。町の未利用資源である “木材” “海藻” を活用し、荒廃する里山や里海の再生を図るとともに、関連工場や研究所の誘致による雇用の場の確保や、業況が悪化する建設業の参入分野としても期待しているとのことであった。

(2)産直問屋しおさい 社員3名、旧都万村にある産直施設であり、㈱あいらんどが運営。鮮魚(さざえ等)、地元農産物や特産品を販売していた。インターネット販売もしているが、量の確保が難しく拡大できないとのことであった。

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(3)㈲隠岐海鮮舎(写真③) 社員11名、岩がき・あわび・ヒオウギ貝を養殖・販売しており、水産加工もしている。販売はカタログギフト向けが中心だが、インターネット販売や町内料理店へも卸しているとのことであった。

(4)㈱久見特産(写真④) 社員7名(全て女性)、20年以上の食品加工実績があり、菓子・餅・干物などを扱っている。原材料はすべて地元産を使用し、無添加無着色の安全安心な食品作りをされていた。売れるからといって無理な拡大はせず、“手の届く範囲” で取り組んで来たこと、また社員同士の仲の良さが長続きの秘訣とのことであった。

(5)隠岐の島づくり㈱(写真⑤) 社員5名、観光施設である「さざえ村」と旧漁協の加工場を運営している。水産加工は原材料の安定的な確保や加工機械の更新が課題とのことであった。“地域振興”を掲げるのも大切だが、企業として“顧客満足”を重視した経営をしなければならない、との言葉が印象的であった。

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(6)フィールドワークを終えて 以上、フィールドワークを終えて見えてきたのは、

である。 次章では、これらを念頭に、隠岐の島町における産業振興方策を提案する。

3.産業振興方策の提案(1)提案の概要 1章で述べた産業振興の方向性、2章で見えてきた課題と方向性を踏まえ、食品製造業の振興を図るためには、核となる “大規模・高度な加工施設” が不可欠であるが、現状そうした施設を持つ食品加工業者は町内に存在しない。 一方、観光客にとって魅力的な “体験” から “購入” “飲食” まで扱う施設も町内には存在していない。 よって、それらの機能を併せ持った “複合拠点施設” を設立することで、食品製造業と観光業を一体的に振興することをここに提案する。

未利用資源の有効活用

原材料の安定供給体制

地元住民の意識改革

地産地消

会社・設備が小規模

豊富で多様な農水産物を活用

安定的な供給先の確保

住民参画型の産業振興

町内での消費の活性化

大規模・高度な加工施設の整備

課題 方向性

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(2)期待される効果 本提案により期待される効果として、以下の項目が挙げられる。《食品加工業者にとって》 ○�本施設と連携することにより、これまで対応が難しかった大量注文や、より高度な加工注文への対応が可能となる。

《農業・漁業従事者にとって》 ○�本施設が近距離かつ継続的な販路となることで、輸送コストの削減や、年間を通じた安定的な販路が確保され、所得の向上及び安定につながる。

 ○一次産品として出荷できない規格外品などを、加工原材料として販売できる。《高校生・UIターン希望者にとって》 ○加工従事者はもとより、観光・販売等に係る事務系雇用の場が提供できる。《観光客にとって》 ○観光施設として分かりやすい(他人にも紹介しやすい)。 ○加工工場の見学・加工体験など、魅力的な観光メニューを体験できる。 ○地元産品を使用した食事やお土産が購入できる。 ○あちこち移動せずに、1ヵ所で、さまざまな観光体験ができる。《町経済にとって》 ○第一次産業と第三次産業をつなぐ、第二次産業の “柱” ができる。 ○町内で加工することにより、町産業の付加価値が増大する。 ○町の “顔” ができる。

(3)提案の課題とその解決に向けた方策 本提案の課題とその解決方策について、「ヒト」「モノ」「カネ」「その他」の視点から検討した。《ヒト》 ○事業の継続性を担保するためには、経営感覚に優れたリーダーの存在が不可欠  →食品関連企業のOBなど外部の有能な人材を登用する。 ○加工従事者の確保・養成  →�各種研修制度の活用、島外食品加工業者との出資・業務提携による人材育成や、

経験者のUIターンを促進する。《モノ》 ○加工原料の供給体制の整備  →�原料供給者である農・漁業者に、本提案の実施に計画段階から参画を促すとと

もに、出資により経営に参画してもらうことで、高品質で安定的な原料の供給体制を構築する。

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 ○商品開発力の養成  →�各種研修会・講習会の活用のほか、主婦によるレストランメニュー・加工商品

のコンテストや、学生の授業内における商品開発の取り組みを促す。《カネ》 ○多額の初期投資や運転資金が必要  →�各種補助金の活用のほか、島外食品加工企業の誘致や他事業者等からの出資を

募ることで賄う。 ○物流や電力など他地域と比べ高コストである(離島ハンデ)  →�高付加価値製品、徹底的に差別化した商品を開発するとともに、加工残渣はバ

イオマス原料として利用することも可能。《その他》 ○販路(優良顧客)の確保  →�インターネット販売に注力、商社や銀行と提携しネットワークを活用する。ま

た海外販路(ロシア、韓国、中国)も視野に入れた取組みを行う。なお、ここで得た顧客を観光客としても誘導する。

 ○既存事業者、観光施設、地元住民、島前町村との連携  →�例えば既存事業者が一次加工、本提案施設が二次加工を行うといった、本施設

とそれぞれの強み・弱みを明確にした上で、お互いがメリットを見出せるような関係を構築する。

(4)具体例 本提案において、我々が加工する食材の柱として提案したいのは、“烏賊(いか)” である。

       《烏い か

賊を選んだ理由》

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 今後 “烏い か

賊” も含め、町の豊富で多様な農水産物の活用方策を検討する必要がある。

(3)提案の実現に向けて これまで述べた提案を実行に移すためには、より詳細かつ具体的な検討をすることは言うまでもなく、地域事業者や住民との協働体制を構築するなど数々なステップを経る必要がある。 したがって、施設の設立と併せ、以下のプロジェクトの立ち上げを提案する。

 ここで重視したのは、変化をもたらす “外部の力” と、自らの手で未来を創り出すべき “地元の若手” である。スピード感をもってこれを実現したい。

おわりに 我々が今回の提案にあたり最も重視したのは、“今の若者が10年、20年、30年後も生き生きと暮らせる町” であるために、今隠岐の島町に何が必要かであった。グループメンバーで隠岐の島町在住者は1名のみであったため、まず身をもって現状

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を知るために、前述のとおり現地でフィールドワークを行った。企業訪問の成果だけでなく、隠岐の島町の空気を肌で感じられたことは、その後の検討に大いに役立ったと感じている。 我々は、単なる一過性のブームに終わることなく、一歩づつでもいい、確実に積み上げることのできる産業振興方策を目指した。その結果、我々が導き出した一つの答えが、町の主要産業である漁業と観光業と密接な関係にある “食品製造業” の育成と、その育成を若者が主体となって動かす “NGOプロジェクト” の立ち上げである。 本提案を、隠岐の島町の若者にとっての “希望” にすべく、今後も活動を継続していきたい。