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LL12282 司法試験 ― オリジナルテキスト - 3倍速インプット講座 著作権者 株式会社東京リーガルマインド Ⓒ2012 TOKYO LEGAL MIND K.K., Printed in Japan 無断複製・無断転載等を禁じます。

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LL12282

司法試験

刑 法

― オリジナルテキスト -

3倍速インプット講座

著作権者 株式会社東京リーガルマインド

Ⓒ2012 TOKYO LEGAL MIND K.K., Printed in Japan

無断複製・無断転載等を禁じます。

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<目 次>

序論 刑法の基礎理論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1

第1章 刑法の目的 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1 第2章 罪刑法定主義・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2 第3章 主観主義と客観主義 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3

第1篇 刑法総論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・4

第1章 犯罪論体系 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・4 第2章 基本的構成要件・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・8 第3章 違法性 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・41 第4章 責任・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・71 第5章 修正された構成要件 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・85 第6章 罪数論 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・131

第2編 刑法各論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・135

第1章 個人的法益に対する罪 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・135 第2章 社会的法益に対する罪 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・205 第3章 国家的法益に対する罪 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・220

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序論 刑法の基礎理論

第1章 刑法の目的

第1.法益保護機能

刑法=犯罪と刑罰に関する法

→犯罪に対して刑罰を科す

↓なぜ?

法益(=法によって保護される利益)保護のため

↓どうやって?

一般予防=社会の一般人を犯罪から遠ざける

特別予防=特定の者に対して将来犯罪を行わないようにする

第2.自由保障機能(人権保障機能)

一定の行為を犯罪とし、これに一定の刑罰を科すことを明示する

→刑法に書いていない行為を行ったとしても犯罪として処罰の対象とならない

↓結果的に

刑罰権の恣意的行使を防ぐことができる

→国民の自由を保障することにつながる

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第2章 罪刑法定主義

第1.意義

犯罪と刑罰はあらかじめ成文の法律によって明確に規定されていることを要するという原則

→①実体要件の法定、②実体要件の適正

第2.趣旨

①自由主義

犯罪と刑罰があらかじめ法定されている

→国民は、自己の行為が処罰されるか否か予測できることになり、自由な行動が可能となる

罪刑法定主義は行動の予測可能性の輪郭を示すことにより、国民の自由を保障する

②民主主義

何を犯罪とし、それをいかに処罰すべきかは、国民自らが民主的に決定すべき

→犯罪と刑罰は国民代表機関たる国会の制定する法律によって定めなければならない

※罪刑法定主義の根拠

憲法 31 条に求める見解

∵憲法 31 条は手続の法定を規定している

→憲法 31 条は実体要件の法定・適正についても要求している

第3.派生原理

①慣習刑法の禁止

犯罪と刑罰は法律の形式により明文で規定することを要し、刑法の法源として慣習法を認め

ないとする原則

②遡及処罰の禁止

刑法はその施行の時以後の犯罪に対して適用され、施行前の犯罪に対し、遡って適用される

ことはないという原則

③類推解釈の禁止 cf.拡張解釈は許容される

④明確性の原則

立法者は刑罰法規の内容を具体的かつ明確に規定しなければならないとする原則

⑤刑罰法規適正の原則

刑罰法規に定められる犯罪と刑罰は、当該行為を犯罪とする合理的根拠があり、刑罰はその

犯罪に均衡した適正なものでなければならないとする原則

(a)絶対的不定期刑の禁止

①「…した者は刑に処する」というように刑種と刑量をともに法定しない、②「…した者

は懲役に処する」のごとく刑種だけを法定するが、刑量は法定しない→禁止される

(b)罪刑の均衡

犯罪と刑罰とが著しく均衡を欠き不相当な法定刑が規定されているときは、罪刑の適正な

法定とはいえない

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第3章 主観主義と客観主義

主観主義→犯罪成立の要素のうち、主観的な要素を重視する考え方(近代派)

客観主義→犯罪成立の要素のうち、客観的な要素を重視する考え方(古典派:通説)

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第1篇 刑法総論

第1章 犯罪論体系

第1.犯罪の成立要件の検討順序

裁判官が判断しやすく、誤りの入りにくい順序がよい

まず、形式的かつ類型的な判断が可能な構成要件該当性を判断し、それが違法・有責行

為類型にあたることを確かめる

ex.およそ殺意をもって人を死亡させる行為は、形式的・類型的にみれば違法かつ有責

な行為であるから、甲が殺意をもって乙にピストルを発射し、死亡させた場合、甲

の行為は殺人罪の構成要件に該当する

次に、個別的・具体的な判断により、行為の違法性(※)を判断

→法規範に違反すること

ex.甲の行為が正当防衛として行われたというような事情があれば、殺人という形式

的・類型的には違法な行為も、具体的には違法とはいえない

さらに、個別・具体的な判断により有責性(※)を判断

→違法な結果を惹起した行為者に対する、他行為可能性の存在を前提とした非難可能性

ex.甲が心神喪失状態にあった場合、甲に非難を帰することはできないから、甲の行為

は構成要件を充足し、かつ違法な行為であっても、有責性の要件を欠くとして犯罪

を構成しないとされる

※判断のポイント

①まず、形式的・一般的・原則的な判断である「構成要件該当性」を検討し、

②次に、客観的・実質的・例外的な判断である「違法性」を検討し、

③ 後に主観的・実質的・例外的な判断である「責任」を検討する

※違法性(詳しくは後述)

結果無価値論→法益侵害と判断される結果たる事実を重視

行為無価値論→社会倫理規範に違反した行為態様にも着目

※有責性

道義的責任論→自由意思を有する者がその自由な決意のもとに行った行為およびその結

果は、行為者に帰属されるべきであり、行為者は、その行為及び結果につ

いて道義的に非難されうる

社会的責任論→将来における犯罪防止という刑罰の効果性の観点から構成された展望的

非難

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第2.構成要件

1.構成要件に関する争いの無い理解

構成要件=刑罰法規が犯罪として規定する行為の類型

→犯罪のカタログ

ある日ある所でXがAをナイフで刺して殺したという歴史的な生の事実

→「人を殺す」という殺人罪の構成要件に当てはまるという判断(性質)

=構成要件該当性

そして、その場合の生の事実を構成要件該当事実という

2.構成要件の理解に関する争い

(1)構成要件は違法・有責行為類型とする説(行為無価値論と親和的)

※本テキストでは、この立場を前提とする

構成要件

過失犯 故意犯

違法性

責 任

構成要件を違法・有責行為類型と考えるので構成

要件段階で故意犯と過失犯は区別させる

構成要件は犯罪類型である

ex.殺人罪(199)、傷害致死罪(205)、

過失致死罪(210)はそれぞれ別個の

犯罪類型であり、構成要件でもある。

※違法・有責行為類型説に立った場合でも、責任推定機能があるか否かについては争いがあ

∵責任要素の中で、故意・過失だけが類型化されている

※本テキストでは、類型的な心理状態である構成要件的故意(構成要件該当事実の認識)は

構成要件要素として理解し、非類型的な心理状態である違法性の意識(の可能性)及び違

法性阻却事由の認識は、責任故意として理解する

※故意・過失を構成要件要素とすると、違法性阻却事由の認識に過失がある場合に、故意犯

の構成要件該当性を認めた行為に過失犯が認められる、というおかしな現象(ブーメラン

現象)が起こり、妥当ではないという批判がある

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(2)構成要件は違法行為類型とする説(結果無価値論と親和的)

責 任

過失犯故意犯

構成要件

違法性

構成要件は違法行為類型にすぎないと考えている

ので、構成要件段階では故意犯と過失犯を区別し

ない(行違反と過失犯は違法行為の類型としては

同じであるから)

構成要件は犯罪類型ではない

ex.殺人罪(199)、傷害致死罪(205)、

過失致死罪(210)は同じ 1つの構成要件に属

するが、犯罪類型としては異なる。

※この立場からも、構成要件要素としての故意・過失を認める見解と認めない見解がある

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3.構成要件の機能

(1)罪刑法定主義的機能

犯罪になる行為と犯罪にならない行為を明確に区別する機能

→刑法の人権保障機能ないし罪刑法定主義の原則から導き出される

※この機能を重視するのであれば、違法・有責行為類型説を採るべき

∵立法者は、行為の類型的違法性だけでなく、類型的有責性も考慮して、処罰に値する

行為の類型を刑罰法規に規定する

(2)犯罪個別化機能

ある犯罪と別の犯罪を明確に区別する機能

→刑法の人権保障機能ないし罪刑法定主義の原則から導き出される

↓この機能を徹底するためには、

構成要件に客観的・記述的要素だけでなく、主観的・規範的要素も取り込まざるを得ない

→違法・有責行為類型説はこの機能を重視している

ex.殺人罪と傷害致死罪、過失致死罪は構成要件段階で区別する必要がある

→故意・過失といった主観的要素を取り込まざるを得ない

(3)違法性・責任推定機能

構成要件に該当する行為が理論上違法であること、及び有責であることを推定させる機能

→違法性の推定を認めることはほぼ争いがないが、責任の推定まで認めてよいか、またど

の程度まで認められるかについては争いがある

(4)故意規制機能

故意が成立するために認識しなければならない対象が構成要件によって示される機能

→通説は故意を客観的構成要件に該当する事実の認識(認容の有無については争いがあ

る)であると考えている

※詳しくは後述 ※故意を構成要件要素とすることについては、故意規制機能を失わせることになってしま

い妥当ではないとする批判がある

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第2章 基本的構成要件

第1.総説

1.基本的構成要件

基本的構成要件=刑法第2編「罪」に規定された個々の犯罪構成要件のこと

修正された構成要件=未遂、予備、共犯

2.基本的構成要件の構造

客観的構成要件要素=実行行為、結果、因果関係

主観的構成要件要素=故意、過失(一般的主観的構成要件要素)

目的(特殊的主観的構成要件要素、争いあり)

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第2.実行行為

1.行為論

≪論点≫行為概念

・問題の所在=行為とは何か

有意的行為論(因果的行為論)=意思に基づく人の身体の動静

(批判)犯罪現象が不自然な形で記述されることとなる(ex.侮辱罪(231条)→意思に基づい

て声帯を震わせ、その振動を空気に伝えること)

目的的行為論=目的によって支配された身体の運動

(批判)過失犯や不作為犯を包摂することができない

社会的行為論=意思による支配の可能な、何らかの社会的意味を持つ運動または静止

人格的行為論=行為者人格の主体的現実化と見られる身体の動静

2.実行行為

実行行為とは、

形式的には、特定の構成要件に該当する行為

実質的には、法益侵害の現実的危険性を有する行為

∵すべての構成要件はそれぞれ何らかの法益の保護を目的としている

3.不作為犯

不作為によって犯罪を実現する場合

(1) 真正不作為犯

条文が不作為の形で規定されている犯罪を不作為で実現する場合

ex.不退去罪(103 後)、保護責任者遺棄罪(218 後)

(2) 不真正不作為犯

条文が作為の形で規定されているものに不作為で違反する場合

ex.母親が殺意をもって嬰児に授乳することを怠り、これを餓死させた場合に、殺人罪(199)

を成立させる場合

※作為と不作為の区別

作為→社会的観点から、一定の身体運動を基準として、その身体運動をすること

不作為→上記の観点・基準から、その身体運動をしないこと

ex.母親が乳児に授乳せず、餓死させた場合

→授乳するという身体運動を基準に考えると、母親はこれに合致しない消極的態度を

取っており、不作為である

→しかし、母親は自然的・物理的には運動・制止を繰り返している(ex.食事)

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≪論点≫不真正不作為犯

事例:甲は自動車を運転中、誤ってAをはね、重傷を負わせてしまった。しかし甲は発覚をおそ

れて、Aがそのまま死んでしまえばよいと思ってAを置き去りにして、その場を立ち去っ

た。その結果Aは死亡した

●罪刑法定主義との関係

・問題の所在=「殺した」と作為による実行行為を予定している構成要件を不作為によって実現

することはできるのか。「…するな」という「禁止」規範に違反することを内容

とする構成要件を、「…しろ」という「命令」規範に違反することを内容とする

不真正不作為犯に適用することができるか。

定説=可能

∵刑法規範はその根底に命令規範をも含んでいると解される

↓そうだとしても

不作為の行為は無限に広がりうる

→明確性の原則に抵触するおそれがある

国民に積極的に法益状態を維持・改善する行為を要求するのは例外的場合に限られるべき

→不作為犯の処罰範囲を限定する必要がある

=作為犯との構成要件的同価値性を有する場合(同価値性・同等性の原則)

※構成要件的同価値性については議論が錯綜している

→不真正不作為犯の成立要件の一つと位置付ける立場や、成立要件の問題に位置付けた上

でこれを不要とする見解などがある

●不真正不作為犯の成立要件

①作為義務(保証人的義務)の存在

→かかる義務を負う地位を保障人的地位と表現する

∵法益は、第一次的には法益を積極的に侵害する作為の禁止によって維持されているが、そ

れだけでは法益保護の観点から十分でないと認められる場合には、第二次的に一定の範囲

の者に法益維持行為が命令される

※作為義務の発生根拠については争いがある

形式的三分説→法令、契約または事務管理、条理・慣習に求める

現在の有力説→先行行為の存在、事実上の排他的引受行為、自らの意思等による排他的支

配の設定等の要素を考慮に入れて、総合的に判断する

②作為の可能性・容易性

⒜作為の可能性→事実上、結果の回避が可能(結果回避可能性)でなければ、不作為の実

行行為性は認められない

ex.母親Aが河岸にいながら、溺れている子Bを助けなかったような場合、Aが泳ぐこ

とができず、事実上救助が不可能であるときは不作為犯は成立しない(作為の事実的

可能性)

ex.自己の過失で救命不可能な重傷を負わせた場合、救護行為そのものは可能かつ容易

であっても結果発生防止は不可能であるから、不作為犯は成立しない(結果発生を防

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止しうる事実的可能性)

∵一般人に対し不可能を強いるものではない

※ここでいう結果回避可能性とは、下記でいう結果回避可能性(条件関係)とは異なる

→単なる可能性(結果回避が確実であることまでは不要)・履行の可能性を指す

⒝作為の容易性

ex.飛び込んで助ける可能性はあっても自らも溺れる可能性もある場合

(③構成要件的同価値性)

●不作為犯における因果関係

・問題の所在=何もしないことから法益の侵害が起こるのか、無から有は生じないのではない

か?(問題点①)、仮にこの点否定したとしても「あれなければこれなし」という

条件関係の公式を適用することができない以上(仮定的判断が入らざるを得な

い)、条件関係を肯定することはできないのではないか?(問題点②)、条件関係

を肯定しうるとしてどの程度の結果回避可能性が要求されるのか?(問題点③)

・問題点①について

不作為とは「一定の期待された作為をしないこと」であって、無ではない

→ある「期待された行為」が存在したならば、結果が発生しなかったであろうという関係が認

められれば因果関係があると考えてよい(期待説)

・問題点②について

条件関係とは行為と結果との事実的なつながりの有無自体である

→作為であれ、不作為であれおよそ結果回避可能性がなければ、条件関係を肯定することはで

きない

→結果回避可能性が認められる限り、条件関係を肯定することができる

・問題点③について

判例=合理的な疑いを超える程度に確実であることを要する( 決平元.12.15)

→100%を要求するのは不可能だが、救命の可能性が非常に高く、ほぼ間違いないという程

度の高い可能性が要求される

※特異な事情が介在した場合には、(相当)因果関係が切断される可能性があるので注意

●主観的要件

・問題の所在=「既発の危険を利用する意思」という故意以外の主観的要件を必要とするか?

判例=不要説( 判昭 33.9.9 等)

∵作為の実行行為について要求されていない主観的要件を不作為で要求することは妥当で

はない

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【判例】( 決平 17.7.4) 「原判決の認定によれば、本件の事実関係は、以下のとおりである。

(1)被告人(甲)は、手の平で患者の患部をたたいてエネルギーを患者に通すことにより自

己治癒力を高めるという『シャクティパット』と称する独自の治療(以下『シャクティ治

療』という。)を施す特別の能力を持つなどとして信奉者を集めていた。

(2)Aは、甲の信奉者であったが、脳内出血で倒れて兵庫県内の病院に入院し、意識障害の

ため痰の除去や水分の点滴等を要する状態にあり、生命に危険はないものの、数週間の治

療を要し、回復後も後遺症が見込まれた。Aの息子乙は、やはり甲の信奉者であったが、

後遺症を残さずに回復できることを期待して、Aに対するシャクティ治療を甲に依頼した。

(3)甲は、脳内出血等の重篤な患者につきシャクティ治療を施したことはなかったが、乙の

依頼を受け、滞在中の千葉県内のホテルで同治療を行うとして、Aを退院させることはし

ばらく無理であるとする主治医の警告や、その許可を得てからAを甲の下に運ぼうとする

乙ら家族の意図を知りながら、『点滴治療は危険である。今日、明日が山場である。明日

中にAを連れてくるように。』などと乙らに指示して、なお点滴等の医療措置が必要な状

態にあるAを入院中の病院から運び出させ、その生命に具体的な危険を生じさせた。

(4)甲は、前記ホテルまで運び込まれたAに対するシャクティ治療を乙らからゆだねられ、

Aの容態を見て、そのままでは死亡する危険があることを認識したが、上記(3)の指示

の誤りが露呈することを避ける必要などから、シャクティ治療をAに施すにとどまり、未

必的な殺意をもって、痰の除去や水分の点滴等Aの生命維持のために必要な医療措置を受

けさせないままAを約1日の間放置し、痰による気道閉塞に基づく窒息によりAを死亡さ

せた。

2 以上の事実関係によれば、甲は、自己の責めに帰すべき事由により患者の生命に具体的な

危険を生じさせた上、患者が運び込まれたホテルにおいて、甲を信奉する患者の親族から、

重篤な患者に対する手当てを全面的にゆだねられた立場にあったものと認められる。その

際、甲は、患者の重篤な状態を認識し、これを自らが救命できるとする根拠はなかったの

であるから、直ちに患者の生命を維持するために必要な医療措置を受けさせる義務を負っ

ていたものというべきである。それにもかかわらず、未必的な殺意をもって、上記医療措

置を受けさせないまま放置して患者を死亡させた甲には、不作為による殺人罪が成立し、

殺意のない患者の親族との間では保護責任者遺棄致死罪の限度で共同正犯となると解す

るのが相当である。」

※ 乙ら親族は甲を信奉すると同時に、主治医を信頼しており、Aの状態が改善して、主

治医の退院許可が得られてからシャクティ治療を受けさせたい(後遺症が残らないよう

な状態まで回復させたいとの意向があった)と考えていた

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※ 決平元.12.15 の原審も以下のような事実を認定し、作為義務を肯定している ① 甲は、Aが同日にすでに他の者から覚せい剤を注射され、体調の不良を訴えていたに

もかかわらず、さらに 2 回、それも比較的多量に同女に覚せい剤を注射したこと(うち

1回は、本件ホテルに入る前にいた別のホテルで注射したものである。)

→違法な先行行為

② 甲もAの異常状態の悪化の一部始終をそばで目撃し、それが覚せい剤の薬理作用によ

るものであることを十分理解した上、当初は背中をさする、声をかけ、濡れたタオルで

額を冷やしてやるなどして介護したこと

→保護の引受け

③ 本件現場は甲とAが合意の下に赴いたラブホテルの一室であってその性質上当該利

用者の要請のない限りホテルの従業員はもちろんのこと他の者において立ち入ること

のできない密室性の高いものであるところ、Aが要保護状態に陥ってから後は、同室内

には正常な判断力、行動力を有する者は甲しかいなかったこと

→保護者としての独占的地位

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第3.因果関係

1.意義

実行行為と構成要件的結果との間にある一定の原因と結果との関係

2.趣旨

実行行為と結果の発生があっても、両者の間に因果関係、すなわち、実行行為によりその

結果が発生したという関係がなければ、その結果を構成要件的結果として実行行為に帰属

させることはできない。

因果関係は、社会通念上偶然に発生したとみられる結果を刑法的評価から除去し、処罰の

適正化を図るという機能を果たす

→因果関係が認められない場合、既遂結果は帰責されない

ex.甲がAを殴打してAに軽傷を負わせたところ、Aがその治療のため病院に向かう途中で

トラックに跳ねられて死亡したような場合に、A死亡の結果についても甲に帰責でき、

傷害致死罪(205)が成立するのか、死亡の結果については帰責できず、甲は傷害罪(204)

にとどまるのか

※結果が発生して初めて因果関係の問題となる

→構成要件上、一定の身体的動静のみを内容とし、結果を必要としない挙動犯(偽証罪・

169、住居侵入罪・130 等)については問題にならない

3.因果関係の構造

事実的基礎(事実的因果関係)と規範的観点(法的因果関係)から判断する

前者を条件関係と呼び、後者を(相当)因果関係と呼ぶ

※もっとも、近時後述の危険の現実化の法理の立場から、このような判断構造に疑問を呈す

る見解もある

(1)条件関係

・意義

当該行為が存在しなければ当該結果が発生しなかったであろうという関係(「あれなけれ

ばこれなし」という関係、仮定的消去公式)

ex.上記の具体例では、甲の殴打行為がなければAが病院へ向かうことはなく、その途中

でトラックに跳ねられて死亡することもなかったといえるから、甲の殴打行為とA死

亡の結果との間には、条件関係は存在する

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・判断方法

①結果は具体的に記述されなければならない

ex.被害者をピストルで射殺した

→人間はいつか死亡するから、という理由で条件関係を否定することはできない

②仮定的事実を付加してはならない(付け加え禁止)

ex.死刑が執行される直前、執行官がまさにボタンを押そうとしているときに、死刑囚に

よって殺された娘の敵を討っため、娘の父親が執行官を押しのけて自らボタンを押し、

死刑囚が死亡したような場合

→父親がボタンを押さなくても同じ時に死刑囚が死んだのは確実であり、抽象的には

父親の行為がなくても死刑囚の死亡という結果は発生したといえるが、だからとい

って条件関係がないことにはならない

※もっとも、付け加え禁止についても後述のように争いがある

≪論点≫択一的競合

事例:XYがそれぞれ致死量(100%)の毒薬を入れておいた場合は、Xの行為がなくてもAは

死んだし、Yの行為がなくてもAは死んだ以上、条件関係の公式をそのままあてはめれば

両者の行為とも条件関係が欠け殺人未遂罪として処断されることになる

→このような結論は妥当なのか?

修正否定説→XY共に殺人未遂罪として処断する

(批判)XとYが別個にAを殺そうと、致死量の半分(50%)の毒薬をそれぞれがAのコッ

プとウィスキーの中に入れ、Aがそれを飲んで死亡したという場合、相手の毒がな

ければAは死なない以上、両者の行為とも条件関係が認められ、二人とも殺人既遂

罪となる可能性がある

(反論)因果関係の断絶の事例との均衡を図るべき

修正肯定説

A説→いくつかの条件の内、いずれかを除去しても結果は発生するが、すべての条件を除

けば結果が発生しない場合、すべての条件につき条件関係を認める

→事例において、XYいずれにも殺人既遂罪が成立しうる

(批判)XYが共同正犯でなく、同時犯である以上、双方の行為を全体的に捉えることは

疑問である

B説→行為と結果とが因果法則に従って結びつけられているかを問題とする別の判断公

式(合法則的条件公式)を採用すべき

→事例において、XYいずれにも殺人既遂罪が成立しうる

※この見解も、例えば自動車事故によって被害者が死亡したというだけで、条件関係が肯

定されてしまうのは妥当でないとし、その結論を避けるために仮定的消去公式を別の帰

責要件(結果回避可能性)を判断するために用いている

(批判)結果回避可能性のみで足りるのでは?

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≪論点≫仮定的因果関係

事例:上記の死刑執行人事案

付け加え禁止説

→条件関係肯定

(批判)不作為犯の場合には、付け加えを肯定しているし、作為犯の場合も付け加えを肯定し

ている(ex.甲がAをピストルで射殺→「ピストルを発射しなければ」という付け加

えが行われている)

合法則的条件関係説

→条件関係肯定

論理的関係説(付け加え肯定説)

→仮定的消去公式という条件関係判断の公式を維持しつつ、当該行為が行われなかったとし

ても同一の結果が生じるとみられるときは条件関係は認められない

→この見解によれば、仮定的消去公式は結果回避可能性に帰一することとなる

∵条件関係の判断自体が「行為者が法の期待通りふるまっていれば」というある種の仮定を

前提としている

→付け加え禁止とは単に考慮される仮定的な事情を限定するものにすぎない

↓この見解からは

条件関係肯定

※考慮されない仮定的な事情の範囲

①現実化していない違法行為

ex.自分がAを撃たなかったら、ピストルを携えて物陰で見ていたBがきっとAを撃った

という場合

②異常な自然現象

ex.原因不明の飛行機墜落事故

③一定の手続を実際に履践したことにより正当化される行為

ex.死刑執行人事案

(批判)付け加えなければならない事情の範囲について争いがあること自体がこの見解の限

界を示している(客観的帰属論から)

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(2)因果関係

≪論点≫因果関係(行為時の事情の介在)

事例: 顔面を蹴った暴行行為自体は致命的なものではなかったが、たまたま被害者が高度の脳

梅毒にかかっていたため、脳組織の破壊によって死亡するに至った場合

・問題の所在=刑法上の因果関係があるといえるためには、条件関係を前提としてどのような要

件が必要なのか?

条件説(旧判例)

→条件関係の有無のみで因果関係を判断する

※条件説からしても、必ずしも条件関係のみで因果関係が肯定されるわけではない

因果関係の中断論→因果関係の中断とは、因果関係の進行中に、被害者もしくは第三者の

行為または自然力が介入する場合に、それによって、従来の因果関係が断ち切られる

ex. 甲がAに軽傷を負わせたところ、医師乙が治療を誤ってAが死亡した場合、条件関係

は認められるが、因果関係は否定されることになる

cf.因果関係の断絶

同じ結果に向けられた先行条件が奏功しないうちに、まったく無関係に別の条件によ

って結果が発生させられた場合

ex.甲がAを殺す意思でAに毒を飲ませたところ、まだ毒がまわらないうちに、第三者

乙が殺意をもってピストルでAを撃って死亡させた場合

→行為と結果との条件関係がそもそも存在しない

相当因果関係説

→行為と結果との間に条件関係が存在することを前提に、社会生活上の経験に照らして、通

常、その行為からその結果が発生することが一般的であり、相当であると認められる場合

に因果関係を認める

↓さらに

相当因果関係説内部で判断の基礎となる事情(基礎事情)をいかに解すべきか争いがある

主観説=行為者が行為当時認識していた事情および認識しえた事情

折衷説=行為の当時行為者が認識していた特別の事情および一般人が認識しえた一般的

事情

※ここでいう、「行為者が認識していた特別の事情」とは、真実である必要がある。単な

る思い込みは含まれない

客観説=行為当時におけるすべての客観的事情および行為後における事情でも行為当時

に経験法則上予見可能な事情

結論=条件説・客観説からすれば因果関係肯定、主観説・折衷説からすれば因果関係否定

※現在では、そもそも行為時の特殊事情と行為後の特殊事情に区別して考えること自体に疑

問が呈されている

→行為時の特殊事情として扱われてきた事例は、被害者の素因に関するもの

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≪論点≫因果関係(行為後の事情の介在)

・問題の所在=後掲の判例のように、行為後に事情が介在した場合の因果関係の判断をいかに解

すべきか?

※条件説と主観説は省略

相当因果関係説

→介在事情が予測可能であったか否か(経験的通常性)を基準とする

修正された相当因果関係説

折衷説から→因果経過の相当性を認めうるのは、刑法規範がその行為を禁止することによ

り回避しようとした当の結果が現実化したときであり、禁止された行為の実

質としての危険性が現実に結果の発生によって確証されたときであるとす

る(井田)

客観説から→行為後に特殊事情が介在する場合、①実行行為に存する結果発生の確率の大

小、②介在事情の異常性の大小、③介在事情の結果への寄与の大小、を組み

合わせて因果関係の有無を判断する説(前田)

※前田説については、相当因果関係説に分類する見解の他、客観的帰属論に分類する見解

もある

客観的帰属論

→因果関係は自然科学的なカテゴリーであり、それは条件関係(事実的因果関係)に尽きる

としたうえで、さらなる帰責範囲はさまざまな刑事政策的観点を考慮した、別箇の規範的

な「客観的帰属」の基準が担うべきであるとする

ex.牧場を経営する行為者は、家畜が逃げて周辺住民に危害を加えないよう、1.5 メートル

以上の柵を設ける注意義務を負っていた。しかし、行為者は経済的な理由からその義務

に違反し 1 メートルの柵しか設けなかった。ある日、子供が柵を乗り越えて牧場内に入

り、家畜にかまれて傷害を負った。仮に法定の 1.5 メートル以上の柵を設けていれば、

子供はそれを乗り越えられなかったであろう。

→この事例では、条件関係も相当因果関係も肯定されるが、ここで問題となっている注

意義務の目的は、あくまで「家畜の逃走防止」であって、「子供の侵入防止」ではな

いから、帰責は否定されるべきである。

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危険の現実化の法理(判例)

→行為の危険性が結果となって現実化したか否かを基準とする

→①行為の危険性と、②介在事情の結果発生への寄与度を重視する

さらに以下のように類型化を試みている

第一類型→介在事情によっても、行為者の行為によって生じていた結果発生の危険を上回る

だけの新たな結果発生への危険性が生じない限りは当然に行為者の行為と結果

との間の因果関係が肯定される

ex.後掲判例②③④⑥⑦⑧

第二類型→介在事情が、行為者の行為により生じ、かつ現存する危険を上回り、結果を発生

させるだけの危険を新たに生じさせた場合でも、それが行為者の行為によって誘

発されたなど、行為者の行為の影響下にある場合には、因果関係が肯定される

ex.後掲判例⑤

第三類型→介在事情が、行為者の行為により生じかつ現存する危険を上回り、結果を発生

させるだけの危険を新たに生じさせた場合で、かつ、それが行為者の行為と独

立したものであるときには、因果関係が否定される場合がありうる

その場合においても、具体的な結果発生の中に、当初の行為の影響力がなお競

合して寄与していると見られる限り、それが間接的、劣後的なものであるとい

うだけでは、因果関係が否定されることにはならない

因果関係が否定される余地があるのは、具体的な結果発生の中に、当初の行為

の影響力が、事実的な側面はもとより、規範的評価の面からしても、因果関係

を否定するに足りるほど軽微なものと見ることができるという場合に限られる

ex.交通事故によって足首に傷害を負わせ、救急車で搬送中、別の交通事故によって頭部打

撲の傷害を負い、これが死因となって死亡した場合

ex.後掲判例④において、鮫に襲撃されて死亡した場合や、航路外を航行していた船舶と接

触したことにより死亡した場合

ex.後掲判例⑥において、被害者が自宅に帰宅するため、2 階病室から飛び降りたところ、

その衝撃で治療中の患部の縫合が開き再出血し、失血死した場合

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【判例】

●第三者(被害者含む)の行為(過失行為、故意行為)が介在する場合

(1)故意行為が介在する場合

判例①( 決昭 42.10.24)

事案: 在日米兵甲が自動車で歩行者Aと接触し、Aを自動車の屋根にはね上げたが、その状態

で4キロメートル程走行した後、助手席の同乗者乙が走行中にAを引きずり降ろし、道路

上に転落したためAが死亡した。なお、Aの死因は 初の甲の自動車との衝突から生じた

ものか、乙が引きずりおろしたことによるものか確定できなかった。

要旨: 「同乗者が進行中の自動車の屋根の上から被害者を逆さまに引きずり降ろし、アスファ

ルト舗装道路上に転落させるというがごときことは、経験上、普通、予想しうるところ

ではなく…死の結果の発生することが、われわれの経験則上当然予想しえられるところ

であるとは到底いえない」

判例②( 決平 2.11.20)

事案: 甲がAの頭部を洗面器などで数回殴打し意識を失わせ港の資材置き場に放置したところ、

何者かがAの頭部を角材で殴打し翌日未明Aが死亡した。何者か(※検察官は被告人によ

る暴行である旨主張したが、この点は証拠上証明できなかった)によって加えられた暴行

は、すでに発生していたAの死因である脳出血を拡大させ、幾分死期を早める影響を与え

るものであった。

要旨: 「犯人甲の暴行により被害者Aの死因となった傷害が形成された場合には、仮にその後

第三者により加えられた暴行によって死期が早められたとしても、犯人甲の暴行と被害者

Aの死亡との間に因果関係を肯定することができる」

※第二暴行を行った者についても因果関係が認められるとするのが通説

(2)過失行為が介在する場合

判例③( 決昭 63.5.11)

事案: 甲は、県知事の免許を受けて柔道整復業を営む一方、風邪等の症状を訴える患者に対し

ては、医師の資格がないにもかかわらず、反復継続して治療としての施術等を行っていた

が、Aから風邪ぎみであるとして診察治療を依頼されたところ、これを承諾し、熱が上が

れば体温により雑菌を殺す効果があって風邪は治るとの誤った考えから、熱を上げること、

水分や食事を控えること、閉め切った部屋で布団をしっかり掛け汗を出すことなどを指示

し、その後被害者の病状が次第に悪化しても、格別医師の診察治療を受けるよう勧めもし

ないまま、再三往診するなどして引き続き前同様の指示を繰り返していた。Aは、これに

忠実に従ったためその病状が悪化の一途をたどり、当初 37 度前後だった体温が 5 日目に

は 42 度にも昇ってけいれんを起こすなどし、その時点で初めて医師の手当てを受けたも

のの、既に脱水症状に陥って危篤状態にあり、まもなく気管支肺炎に起因する心不全によ

り死亡するに至った。

※原審では、Aが自己の体力を過信していたこと、Aの家族が甲を絶対的に信頼していた

こと、Aらが甲に対してAの病状を逐一報告して治療を求めたこと等が認定されている

要旨: 「甲の行為は、それ自体がAの病状を悪化させ、ひいては死亡の結果をも引き起こしか

ねない危険性を有していたものであるから、医師の診察治療を受けることなく甲だけに依

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存したA側にも落度があったことは否定できないとしても、甲の行為とAの死亡との間に

は因果関係がある」

判例④( 決平 4.12.17)

事案: 海中における夜間潜水の講習指導中、指導者甲は不用意に受講生Aらのそばから離れて

同人らを見失うに至った。Aらとともに沖に流された指導補助者は、海中ではぐれた場合

は海上に浮上して待機するようにとの注意を受けていたにもかかわらず、甲を探し求めて

沖に向かって水中移動を行い、Aの圧縮空気タンク内の空気残圧量が少なくなっているの

を確認したにもかかわらず、受講生らに水中移動を指示した。これに従ったAが水中移動

中に空気を使い果たして恐慌状態に陥り、自ら適切な措置をとることができないままに、

溺死した。

要旨: 「甲が、夜間潜水の講習指導中、受講生らの動向に注意することなく不用意に移動して

受講生らのそばから離れ、同人らを見失うに至った行為は、それ自体が、指導者からの適

切な指示、誘導がなければ事態に適応した措置を講ずることができないおそれがあったA

をして、海中で空気を使い果たし、ひいては適切な措置を講ずることもできないままに、

でき死させる結果を引き起こしかねない危険性を持つもの」であり、「Aを見失った後の

指導補助者およびAに適切を欠く行動があったことは否定できないが、それは甲の右行為

から誘発されたものであって、甲の行為とAの死亡との間の因果関係を肯定するに妨げな

い」

判例⑤( 決平 15.7.16)

事案: 甲らに、公園で約2時間にわたり激しく暴行されたのち、さらにマンション内で約 45

分間、同様の暴行を受けたAが、隙を見て逃げ出し、近くの高速道路内に進入し、疾走し

てきた自動車に衝突されて後続車に轢過されて死亡した。

要旨: 「Aが逃走しようとして高速道路に進入したことは、それ自体極めて危険な行為である

というほかないが、Aは、甲らから長時間激しくかつ執拗な暴行を受け、甲らに対して極

度の恐怖感を抱き、必死に逃走を図る過程で、とっさにそのような行動を選択したものと

認められ、その行動が、甲らの暴行から逃れる方法として、著しく不自然、不相当であっ

たとはいえない。そうすると、被害者が高速道路に進入して死亡したのは、甲らの暴行に

起因するものと評価することができるから、Xらの暴行と被害者の死亡との間の因果関係

を肯定した原判決は、正当として是認することができる。」

※本件の第一審判決は、Aが逃走した付近には、中央自動車道以外にも身を隠すのに適し

た場所が少なからずあるなどの事情を認定しており、Aの逃走方法は通常人にとって異

常なものであると評している

※本件の原審は甲らが6名で、また自動車2台による徹底した追跡が行われていること、

マンションから事故現場までの時間的・場所的近接性が認められることを認定している

(なお、これらの事実からAの逃走方法が通常人から見て異常ではないとしているが、

本件の調査官解説は第一審判決の事実認定を支持している)

判例⑥( 決平 16.2.17)

事案: 甲らは、被害者Aに対し、その頭部をビール瓶で殴打したり、足蹴にしたりするなどの

暴行を加えた上、共犯者の1名が底の割れたビール瓶で被害者の後頸部等を突き刺すなど

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し、同人に左後頸部刺創による左後頸部血管損傷等の傷害を負わせた。Aの負った左後頸

部刺創は、頸椎左後方に達し、深頸静脈、外椎骨静脈沿叢などを損傷し、多量の出血を来

すものであったが、Aは、直ちに医師の治療を受け、いったんは容体が安定した。ところ

が、その後、Aの容体が急変し、結局、Aは、上記傷害に由来する脳機能障害により死亡

するに至ったが、その間には、Aが医師の指示に従わず安静に努めなかったという事情が

介在しており、そのため治療の効果が上がらず、死に至った可能性が否定できない。

要旨: 「甲らの行為により被害者Aの受けた…傷害は、それ自体死亡の結果をもたらし得る身

体の損傷であって、仮にAの死亡の結果発生までの間に、上記のようにAが医師の指示

に従わず安静に努めなかったために治療の効果が上がらなかったという事情が介在して

いたとしても、甲らの暴行による傷害とAの死亡との間には因果関係がある」

判例⑦( 決平 16.10.19)

事案: 高速道路を乗用車で走行していた被告人甲が、トレーラーを運転して同方向に走行して

いた他人Aの自動車の運転態度に立腹し、Aに文句を言い謝罪させようと考えて、A車の

前に自車を割り込ませて減速するなどして、執ようにAに停車を求め、ついには夜明け前

の暗い高速道路のかなり交通量のある追越車線上に自車及びA車を停止させるに至った

という過失行為により、A車に後続車を追突させて同車の運転者及び同乗者3名を死亡さ

せ、同乗者1名に重傷を負わせたなどとして、業務上過失致死傷等に問われた。

本件で問題となったのは、死傷事故が上記過失行為の直後に生じたわけではなく、同行

為の後、甲が降車してAに暴行を加え、Aもこれに対して反撃するなどしているうち、別

の自動車2台がA車を避けようとして接触事故を起こして停止(※この自動車2台も第3

通行帯上に停車し、しかもA車とさほど離れていない地点に停車していることが認定され

ている)し、そのうち甲車は走り去ったが、Aは、エンジンキーを甲に投棄されたと勘違

いして周辺を捜したり、前方に停止した他車に進路を空けてもらおうとしたりして、甲車

が走り去ってから7、8分後まで、危険な現場に停車し続けていた(※Aは甲にエンジン

キーを投棄されることを防ぐために、ズボンのポケットの中に入れていたためであり、ま

た甲から様々な嫌がらせや暴行を受けていたために冷静に記憶を喚起できなかった)ため

に、そのころ後方から高速度で進行してきた被害車両がA車に衝突し、その運転者らが死

傷するに至ったという点である。

要旨: 「Aに文句を言い謝罪させるため、夜明け前の暗い高速道路の第3通行帯上に自車及び

A車を停止させたという甲の本件過失行為は、それ自体において後続車の追突等による人

身事故につながる重大な危険性を有していたというべきである。そして、本件事故は、甲

の上記過失行為の後、Aが、自らエンジンキーをズボンのポケットに入れたことを失念し

周囲を捜すなどして、甲車が本件現場を走り去ってから7、8分後まで、危険な本件現場

に自車を停止させ続けたことなど、少なからぬ他人の行動等が介在して発生したものであ

るが、それらは甲の上記過失行為及びこれと密接に関連してされた一連の暴行等に誘発さ

れたものであったといえる。そうすると、甲の過失行為と被害者らの死傷との間には因果

関係がある」

判例⑧( 決平 18.3.27)

事案: 甲は、2 名と共謀の上、平成 16 年 3 月 6 日午前 3 時 40 分ころ、普通乗用自動車後部の

トランク内に被害者Aを押し込み、トランクカバーを閉めて脱出不能にし同車を発進走行

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させた後、呼び出した知人らと合流するため、大阪府岸和田市内の路上で停車した。その

停車した地点は、車道の幅員が約 7.5mの片側 1 車線のほぼ直線の見通しのよい道路上で

あった。上記車両が停車して数分後の同日午前 3 時 50 分ころ、後方から普通乗用自動車

が走行してきたが、その運転者は前方不注意のために、停車中の上記車両に至近距離に至

るまで気付かず、同車のほぼ真後ろから時速約 60 ㎞でその後部に追突した。これによっ

て同車後部のトランクは、その中央部がへこみ、トランク内に押し込まれていたAは、第

2・第 3 頸髄挫傷の傷害を負って、間もなく同傷害により死亡した。

要旨: 「被害者Aの死亡原因が直接的には追突事故を起こした第三者の甚だしい過失行為にあ

るとしても、道路上で停車中の普通乗用自動車後部のトランク内に被害者を監禁した本

件監禁行為とAの死亡との間の因果関係を肯定することができる。したがって、本件に

おいて逮捕監禁致死罪の成立を認めた原判断は、正当である。」

→本件の第一審は次のように判示している。

「自動車で走行中、交通事故に巻き込まれることは日常的に起こり得る出来事であり、

その中には停止中の車両に後方から走行してきた車両が追突するという事故もしばしば

みられるところ、自動車のトランクは、人が入ることを想定して設計・製作されたもの

ではないため、その中に人を入れた場合には、車内に乗る場合に比べてはるかに危険性

が高く、したがってAを自動車のトランク内に監禁した上で道路上を走行したこと自体、

非常に危険な行為であったと評価することができ…経験則上、十分に予測し得るところ

であるといわなければならない」

※本件では、甲の行為が、死因を直接作出していない点で判例②と異なり、介在事情発

生に強い影響力を与えていない点で、判例④⑤⑦とも異なる

→本件の特色は、夜間の路上での停車という追突の危険性を高める状況や、被害者を

人が入ることが想定されておらず、追突の際には危険の極めて高いトランク内に監

禁するという危険状況を作出した点にある

●行為者の行為が介在する場合

事案: 甲はAを熊と誤信して猟銃を発射し瀕死の重傷を負わせた。甲はAの苦悶の状況から同

人を射殺して早く楽にさせた上逃走しようと決意し、さらに一発を発射しAを即死させた

→判例は、業務上過失傷害罪と殺人罪との併合罪とした( 決昭 53.3.22)

※この判例は一種の罪数論的考慮によるもので、いわゆる因果関係論とは異なる問題であるとす

る理解がある

∵一発目の銃弾が死因となっていることが認定されている

※この事案では、故意行為と死の結果の条件関係も問題となる

→前述条件関係における「①結果は具体的に記述されなければならない」というルールからす

れば、条件関係を十分肯定することができる

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第4.故意(構成要件的故意)

1.意義(38Ⅰ)

犯罪事実の表象(認識および予見)

→犯罪事実とは、客観的構成要件該当事実の他、行為の主体(収賄罪において自分が公務

員であること)、行為の客体(公務執行妨害罪において相手方が公務員であること)、

行為の状況(消火妨害罪において「火災の際」という状況にあること)をいう

∵犯罪事実を認識した場合には規範の問題が与えられる

→反対動機の形成可能性がある

→にもかかわらず、あえて行為に及んだ点について、重い責任非難が可能

※認容まで要求する見解もある

→≪論点≫故意の意味

※客観的構成要件該当事実のうち、因果関係の認識の要否については争いがある

→≪論点≫因果関係の錯誤

2.故意処罰の原則

犯罪は、原則として、故意によるものであることが必要

→過失犯を処罰するのは例外(38Ⅰ)

≪論点≫故意の意味

・問題の所在=故意の成立には、犯罪事実の表象のみで足りるのか、それを超えて意思的要素(ex.

認容等)まで要求されるのか

認識説(表象説)

犯罪事実の表象のみで足りる

認容説(判例?)

犯罪事実の表象に加え、結果発生を認容(結果が発生しても構わないと思ってあえて行為し

た)することが必要

∵故意犯は過失犯よりも、より重い道義的非難に値する

→故意犯と過失犯を分かつ分水嶺が構成要件的故意

意思説(希望説、意欲説)

犯罪事実の実現を、希望し、意欲していることが必要

※実務上、未必の故意と認識ある過失を区別することは極めて困難

→たとえば、殺人罪については下記のような客観的要素(情況証拠)から、殺意を推認し

ている

ex.凶器の種類や形状、犯行の態様(攻撃の方向・強さ・執拗さ)、被害者に生じた傷害

の部位・程度、犯行の動機

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3.種類

(1)確定的故意と不確定的故意

確定的故意 犯罪事実の表象が確定的な場合

不確定的故意 犯罪事実の表象が不確定な場合

概括的故意 犯罪事実の客体・個数が不確定な場合

ex.誰かが負傷することを表象し、群衆中に馬を乗り入れる場合

択一的故意 数個の客体のうちどれかに結果が発生することは確実であるが、

どれに発生するのか不明な場合

ex.弾丸が、ABどちらかに命中するであろうという場合

未必の故意 犯罪事実の実現そのものが不確定な場合

ex.自己の投げた石が、Aにあたるかもしれないが、それでもいいと

いう場合

(2)条件付故意

行為者が確定的な犯罪遂行の意思は有しているが、その遂行を一定の条件にかからせている

場合の心理状態

・条件の成就が、一般的ないし抽象的にしか想定できない場合

→故意には犯罪行為をするという決意が必要とされるから、故意は否定される

ex.地震が来たら乗り逃げしようと思って、施錠されていない自動車のドアの前にたたず

んでいる場合

・条件の成就が、近い将来において具体的に予想される場合

→行為者が行為を実行することについての考慮は既に終了しており、ただその実行が一

定の条件にかからしめられているにすぎない

→故意の成立を肯定できる

ex.別居中の妻が自分のところに戻らないときは妻を殺そうと夫が決意した場合

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4.錯誤

(1)錯誤の種類

事実の錯誤 構成要件的事実の錯誤→構成要件的故意を阻却

=構成要件の客観面を表象していない場合

違法性阻却事由に関する錯誤

=違法性阻却事由があると

誤信する場合

法律の錯誤 違法性の意識に関する錯誤

=行為が法律上許されないことを

知らない場合

責任要素としての故意を阻却

(争いあり)

※事実の錯誤と法律の錯誤の区別については、後述≪論点≫事実の錯誤と法律の錯誤の区別

参照

(2)事実の錯誤

具体的事実(同一構成要件内)の錯誤

ex.Aを殺すつもりで誤って

Bを殺してしまった場合

抽象的事実(異なる構成要件間)の錯誤

ex.器物を損壊する意思で投石した

ところ、傍らにいた人に命中して

これに傷害を負わせた場合

客体(目的)の錯誤

方法(打撃)の錯誤

因果関係の錯誤

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・具体的事実の錯誤

(ア)客体の錯誤

行為者が、意図した客体とは別個の客体について、行為者が意図した客体であると誤

信して侵害した場合

ex.甲がAを殺そうと思って、Aだと思った人に向けてピストルを撃ち、弾はその人に

命中したが、実はその人はBであった場合

(イ)方法の錯誤

行為者のとった具体的手段がその予見した客体からはずれて、別の客体の上に結果が発

生した場合

ex. 甲がAを狙ってピストルを撃ったが、弾がそれて側に立っていたBに当たりBが死

亡してしまったような場合(甲には、Bの死について未必の故意もないことが前提)

・抽象的事実の錯誤

行為者が表象した事実と発生した事実とが異なる構成要件に属する場合

(ア)軽い罪のつもりが重い罪の結果になった場合

ex.甲がAの自動車に穴を開けるつもりでピストルを発射したところ弾がそれて、Aにあ

たり死亡した

→重い罪(殺人罪)に問えないことは条文上明らか(38Ⅱ)

→軽い罪(器物損壊罪)の限度では故意責任を問うことができるか?

(イ)重い罪のつもりが軽い罪の結果になった場合

ex.甲は人だと思ってそれに向けて発砲したら、実は銅像であった

→殺人罪については客観面が存在しないので、問うことができないのが明らか

→現に発生した器物損壊罪について故意責任を問うことができるか?

※殺人未遂罪の成否については、≪論点≫不能犯に関する学説による

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≪論点≫具体的事実の錯誤

事例: 甲はAを殺すつもりでピストルを発射したところ、狙いが外れて側にいたBにあたり、

Bが死亡した

・問題の所在=甲はAを殺すことを表象・認容していたのであり、Bを殺すことの表象・認容は

ないことから、Bの死についての故意責任を問うことができるか?

●Bの死についての故意責任

抽象的符合説(結論的には、法定的符合説と同様となる)

→認識した内容と発生した結果とが意思ないし性格の危険性の点で抽象的に符合していれ

ば故意を阻却しない

判例=法定的符合説(抽象的法定符合説)( 判昭 53.7.28 等)

→行為者が表象した事実と発生した事実とが構成要件内において符合していれば故意は認

められる

→具体的事実の錯誤については、故意を阻却しない

具体的符合説(具体的法定符合説)

→行為者が表象した(構成要件的に重要な)事実と発生した事実が具体的に一致していなけ

れば故意を認めない

※具体的符合説からしても、客体の錯誤については故意を阻却しない

∵「目の前の人を殺そう」として「目の前の人を殺した」のであり、「目の前の人」が誰で

あるかは構成要件的には重要な事実ではない

→具体的符合説は、構成要件上重要な事実の範囲(法益の同一性の範囲)で符合を認める見

解といえる

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●Aについての故意責任

・問題の所在=法定的符合説(抽象的法定符合説)からすれば、Bの死についての故意責任を問

うことができる。では、Aに対する殺人の故意を認めることができるか(Aに対

する殺人未遂罪に問うことができるか)?

判例=数故意犯説( 判昭 53.7.28)

→故意の個数を問題としない

→Aに対する殺人の故意も肯定することができる

(批判)構成要件要素を抽象的にとらえようとする法定的符合説の前提からすれば、抽象的

に把握された「人」に対する殺人罪一罪が成立するはずである

※Bに対する殺人罪とAに対する殺人未遂罪は観念的競合となる

※この立場からしても、常に意外な結果について責任を負わせるものではない

ex.目の前の人を射殺しようとしたが、銃が暴発し天井を貫通して上の階の人が死亡した

場合→因果関係が否定される(折衷的相当因果関係説から)

※具体的符合説の立場からも数故意犯説を採ることが出来ることに注意

ex.甲が重なり合っているAとBに向けてピストルを発射し、弾がどちらかに当たってど

ちらかの人間が死亡するだろうが、2 人同時に当たることがないだろうと思っていた場

合(択一的故意の事例)

→Aを殺す意思も、Bを殺す意思もあるから、認識された犯罪事実(殺人罪の犯罪事実)

は 2 個であり、どちらにも故意を認めることができる(行為者が、どちらかしか死な

ないだろうと思っていたことは(構成要件的に)重要な錯誤ではない)

一故意犯説

→故意の個数を問題とし、被害者に着目して 1 個の故意犯の成立だけを認める

(批判)法定的符合説からは、本来、抽象的に 1 個の故意犯が肯定されるべきであり、被害

者に着目して 1 個の故意を認定することはできない

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≪論点≫抽象的事実の錯誤

・問題の所在→前述の具体例を参照

抽象的符合説

→軽い方の罪(器物損壊罪)の既遂犯の成立を認める

法定的符合説(具体的符合説も結論的には同様となる)

→構成要件の範囲内で主観と客観が一致することを要求する

↓原則として

構成要件の範囲内での一致も無い以上、故意を阻却するのが原則

↓しかし、

構成要件の重なり合いが認められる範囲では、故意責任を問うことができる

∵規範の問題に直面し、反対動機の形成可能性がある

↓重なり合いの判断基準

①行為態様

②保護法益

⒜ 殺人と傷害 ⒣ 殺人と同意殺人

⒝ 窃盗と占有離脱物横領 ⒤ 同意殺人と自殺幇助

⒞ 窃盗と強盗

⒟ 恐喝と強盗 ⒥ 「印章」を利用した公文書偽造と「署

名」を利用した公文書偽造

⒠ 現住放火と非現住放火 ⒦ 一項詐欺と二項詐欺

⒡ 業務上横領と単純横領 ⒧ 公文書偽造と虚偽公文書作成

⒢ 尊属殺人と普通殺人 ⒨ 麻薬所持と覚せい剤所持

※法定刑が同一の場合、客観的に生じた罪が成立すると考えるのが判例

ex.覚せい剤だと思って麻薬を輸入した場合(法定刑は同一)

→麻薬輸入罪が成立する( 決昭 54.3.27)

※薬物事犯について、いかなる認識が必要であるかについては≪論点≫事実の錯誤と法律の

錯誤の区別参照

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≪論点≫因果関係の錯誤

事例:XがAを川で溺死させようとして、Aを橋の上から突き落としたところ、Aは落下途中に

橋桁に頭部を激突させることによって死亡した(橋桁事例)

事例:Xが、絞殺しようとして首を絞めたところ、Aがぐったりしたため、死んだと思って砂に

埋めたら、仮死状態のAが砂を吸って窒息死したという場合(いわゆる「ウェーバーの概

括的故意」)

※他に、早すぎた構成要件の実現でも本論点が問題となる

法定的符合説から

→行為者が事前に予見した因果関係の内容と実際の因果の経過とが構成要件の範囲内で符

合している限り、故意責任を問うことができる

※因果関係については、認識を不要とする立場もある

(批判)因果関係は客観的構成要件要素である

※ウェーバーの概括的故意について、因果関係が認められないとして殺人未遂罪と過失致死

罪の成立のみ認める立場もある

→本論点は、客観面である因果関係の認定は終わっていることが前提となっていることに

注意

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第5.過失(構成要件的過失)

1.総説

(1)意義

故意ではなく、過失を成立要件とする犯罪

(2)種類

・認識なき過失

行為者が犯罪事実の認識を全く欠いている過失

・認識ある過失

認識はあるが認容を欠いている過失

→未必の故意との区別については、≪論点≫故意の意味を参照

(3)過失犯の構造

≪論点≫過失犯の構造

旧過失論

→過失は責任の問題と位置づけ、行為と法益侵害との間に因果関係があれば、その行為は直

ちに違法なものとする

旧過失論は過失の本質を、結果を予見すべきであったにもかかわらず、不注意で結果を予見

しえなかった点(結果予見義務違反)に求める

→この立場からは、故意犯と過失犯とは責任形式に違いがあるだけで、構成要件・違法性に

ついては共通となる

新過失論

→過失を客観的結果予見可能性を前提にした客観的結果予見義務と、客観的結果回避可能性

を前提とした客観的結果回避義務(これが実行行為)と構成する

注意義務の内容としては結果回避義務を中心に考える

※責任の段階で、行為者を判断基準とする主観的注意義務の検討を行う

修正旧過失論

→予見可能性としての過失を責任段階において維持しつつ、過失犯の実行行為を実質的で許

されない危険な行為と捉え、構成要件段階で、客観的に過失犯の成立範囲を限定する

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【判例】( 決昭 42.5.25)

「本件事故は、新潟県西蒲原郡a村所在A神社の職員である被告人らが、昭和 30 年 12 月 31 日

から翌年元旦にかけていわゆる二年詣りと呼ばれる行事を企画施行し、その行事の一環として午

前零時の花火を合図に拝殿前の斎庭で餅まき〔福餅撒散〕を行なったが、その二年詣りの参拝者

中、午前零時より前に右斎庭内に入り、餅まきの餅を拾うなどしたのち同神社随神門から出よう

とする群衆と、その頃餅まきに遅れまいとして右随神門から右斎庭内に入ろうとする群衆とが、

右随神門外の石段付近で接触し、いわゆる滞留現象を生じたため、折り重なって転倒する者が続

出し、窒息死等により 124 名の死者を出したというものである。この事故において、被告人らに

より餅まき等の催しが行なわれたことおよび右死者の生ずる結果の発生したことについては、疑

いを容れる余地がない。そこで、右神社の職員である被告人らにこの事故に関する過失の罪責が

あるかどうかを、右結果の発生を予見することの可能性とその義務および右結果の発生を未然に

防止することの可能性とその義務の諸点から順次考察してみると、本件発生の当時においては、

群衆の参集自体から生じた人身災害の事例は少なく、一般的にこの点の知識の普及が十分でなか

ったとはいえるにしても、原判決の認定するごとく、右二年詣りの行事は、当地域における著名

な行事とされていて、年ごとに参拝者の数が増加し、現に前年〔昭和 30 年元旦〕実施した餅ま

きのさいには、多数の参拝者がひしめき合って混乱を生じた事実も存するのであるから、原判決

認定にかかる時間的かつ地形的状況のもとで餅まき等の催しを計画実施する者として、参拝のた

めの多数の群衆の参集と、これを放置した場合の災害の発生とを予測することは、一般の常識と

して可能なことであり、また当然これらのことを予測すべきであったといわなければならない。

したがって、本件の場合、国鉄弥彦線の列車が延着したことや、往きと帰りの群衆の接触地点が

地形的に危険な右随神門外の石段付近であったこと等の悪条件が重なり、このため、災害が異常

に大きなものとなった点は否定できないとしても、かかる災害の発生に関する予見の可能性とこ

れを予見すべき義務とを、被告人らについて肯定した原判決の判断は正当なものというべきであ

る。そして、右予見の可能性と予見の義務とが認められる以上、被告人らとしては、あらかじめ、

相当数の警備員を配置し、参拝者の一方交通を行なう等雑踏整理の手段を講ずるとともに、右餅

まきの催しを実施するにあたっては、その時刻、場所、方法等について配慮し、その終了後参拝

者を安全に分散退出させるべく誘導する等事故の発生を未然に防止するための措置をとるべき

注意義務を有し、かつこれらの措置をとることが被告人らとして可能であったことも、また明ら

かといわなければならない。それにもかかわらず、被告人らが、参集する参拝者の安全確保につ

いて深い関心を寄せることなく、漫然餅まきの催しを行ない、雑踏の整理、参拝者の誘導等につ

いて適切な具体的手段を講ずることを怠り、そのために本件のごとく多数の死者を生ずる結果を

招来したものであることは、原判決の認定するとおりであり、結局、本件について被告人らを過

失致死の罪責に問擬した原判決の判断は正当というべきである」

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≪論点≫結果予見可能性

●判断の基準者

客観説(判例?)→一般人の能力を基準とする

∵構成要件的過失の問題である

※一般人→社会一般の通常人ではなく、行為者と同じ立場(地位、年齢、職業等)にある通

常人を指す(東京地判平 13.3.28)

●対象

(1)程度

具体的予見可能性説

→具体的な結果および当該結果に至る因果経過の基本的部分の予見可能性が必要

↓もっとも、

一般人をして結果回避へと動機づける程度の予見可能性があれば足りる

∵結果回避義務を基礎づけるためのものである

※旧過失論の具体的予見可能性説からは、結果発生の高度の予見可能性を要求する見解が有

cf.危惧感説

結果発生にいたる具体的因果経過の予見までは必要なく、一般人ならばすくなくともそ

の種の結果の発生がありうるとして、具体的に危惧感をいだく程度のものであれば足りる

(2)結果

事例:甲が助手席に同乗者Aを乗せてトラックを運転中、無謀な運転によりトラックを衝突させ

て同乗者にけがを負わせたのみならず、知らないうちに荷台に隠れていたBをも死亡させ

た場合、Aに対する死傷の予見可能性は存在している。しかし、Bについては存在すら知

らなかったのであり、Bに対する死傷は予見していなかったといえる

→Bに対する関係で、具体的予見可能性があるといえるか

錯誤論における法定的符合説と同様に解する立場(判例?)

→生じた事象が、自己が予見しえた当該構成要件の範囲内で生じていれば、当該過失犯とし

て非難するに値するだけの予見可能性あり

※旧過失論のうち、錯誤論を「裏返しされた故意論」として把握する立場と親和的

※判例は事例類似の事案において「人の死傷を伴ういかなる事故を惹起するかもしれない

ことは当然認識しえた」として、予見可能性を肯定している( 決平元.3.14)

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(3)因果経過

事例: トンネル内の電気ケーブルの接続工事のミスにより、接続機内に誘起電流が蓄積し、炭

化導電路が形成されるという特殊な現象がおき、それが原因で火災が発生し、電車乗客が

死亡した

判例→現実に結果発生に寄与した決定的要因が予見可能であることは、必ずしも必要とし

ない(ある程度抽象化されたものが予見可能であれば足りる)( 決平 12.12.20)

※因果経過については、上記の「基本的部分」の範囲を緩やかに解しているものとみられる

※判例は事例類似の事案において、「被告人は、炭化導電路が形成されるという経過を具体

的に予見することはできなかったとしても、右誘起電流が大地に流されずに本来流れるべ

きでない部分に長期間にわたり流れ続けることによって火災の発生に至る可能性がある

ことを予見することはできた」として予見可能性を肯定している。

cf.中間項の理論

因果経過の一コマで、結果を発生させた原因となった事実を取り出し、その予見可能性を

問う判断手法

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≪論点≫結果回避可能性と結果回避義務

●結果回避義務の発生根拠

法文にまったく規定がない

法令・契約・慣習・条理等の様々な根拠から生じる

特に、行政取締法規には種々の注意義務が規定されている

→ただし、行政取締法規を遵守しているだけで、結果回避義務を果たしたことにはならない

∵行政取締法規は行政的な取締を目的として定められたものである

↓したがって、

行政取締法規の内容を十分参考にしつつ、刑法独自の観点から、真に結果を回避するうえで、

必要かつ適切な具体的義務を検討する必要がある

●結果回避可能性が欠ける場合

事例:トレーラーの運転手甲が、法規上 1~1.5 メートル間隔をあけて追い越さなければならな

いのに 75 センチしか間をおかずに運転して、自転車に乗っていたAをひき殺したが、A

が酔っていたので、たとえ法規通り距離をおいて運転していたとしても同じ結果となった

ような場合

→この場合、結果回避可能性が無いものと言えるが、その場合どの要件を欠くことになる

のか

結果回避義務が欠けるとする見解(=実行行為性が欠ける)

∵結果回避義務は結果回避可能性を前提としている

因果関係が欠けるとする見解(=条件関係が欠ける)

※条件関係以外の別の要件が欠けるとする見解もある(危険増加説)

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【判例】( 判平 15.1.24)

「第1審判決が認定し、原判決が是認した犯罪事実は、起訴状記載の公訴事実と同旨である。そ

の内容は、『被告人は、平成11年8月28日午前零時30分ころ、業務としてタクシーである

普通乗用自動車を運転し、広島市南区宇品東7丁目2番18号先の交通整理の行われていない交

差点を宇品御幸4丁目方面から宇品東5丁目方面に向かい直進するに当たり、同交差点は左右の

見通しが利かない交差点であったことから、その手前において減速して徐行し、左右道路の交通

の安全を確認して進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、漫然時速約30ないし4

0キロメートルの速度で同交差点に進入した過失により、折から、左方道路より進行してきたA

運転の普通乗用自動車の前部に自車左後側部を衝突させて自車を同交差点前方右角にあるブロ

ック塀に衝突させた上、自車後部座席に同乗のB(当時44歳)を車外に放出させ、さらに自車

助手席に同乗のC(当時39歳)に対し、加療約60日間を要する頭蓋骨骨折、脳挫傷等の傷害

を負わせ、Bをして、同日午前1時24分ころ、同区宇品神田1丁目5番54号県立広島病院に

おいて、前記放出に基づく両側血気胸、脳挫傷により死亡するに至らせたものである。』という

にある。過失の存否に関する評価の点を除き、本件における客観的な事実関係は、以上のとおり

と認められる。」

「また、1、2審判決の認定によれば、次の事情が認められる。すなわち、本件事故現場は、

被告人運転の車両(以下「被告人車」という。)が進行する幅員約8.7メートルの車道とA運

転の車両(以下「A車」という。)が進行する幅員約7.3メートルの車道が交差する交差点で

あり、各進路には、それぞれ対面信号機が設置されているものの、本件事故当時は、被告人車の

対面信号機は、他の交通に注意して進行することができることを意味する黄色灯火の点滅を表示

し、A車の対面信号機は、一時停止しなければならないことを意味する赤色灯火の点滅を表示し

ていた。そして、いずれの道路にも、道路標識等による優先道路の指定はなく、それぞれの道路

の指定 高速度は時速30キロメートルであり、被告人車の進行方向から見て、左右の交差道路

の見通しは困難であった。」

「このような状況の下で、左右の見通しが利かない交差点に進入するに当たり、何ら徐行する

ことなく、時速約30ないし40キロメートルの速度で進行を続けた被告人の行為は、道路交通

法42条1号所定の徐行義務を怠ったものといわざるを得ず、また、業務上過失致死傷罪の観点

からも危険な走行であったとみられるのであって、取り分けタクシーの運転手として乗客の安全

を確保すべき立場にある被告人が、上記のような態様で走行した点は、それ自体、非難に値する

といわなければならない。」

「しかしながら、他方、本件は、被告人車の左後側部にA車の前部が突っ込む形で衝突した事

故であり、本件事故の発生については、A車の特異な走行状況に留意する必要がある。すなわち、

1、2審判決の認定及び記録によると、Aは、酒気を帯び、指定 高速度である時速30キロメ

ートルを大幅に超える時速約70キロメートルで、足元に落とした携帯電話を拾うため前方を注

視せずに走行し、対面信号機が赤色灯火の点滅を表示しているにもかかわらず、そのまま交差点

に進入してきたことが認められるのである。このようなA車の走行状況にかんがみると、被告人

において、本件事故を回避することが可能であったか否かについては、慎重な検討が必要であ

る。」

「この点につき、1、2審判決は、仮に被告人車が本件交差点手前で時速10ないし15キロ

メートルに減速徐行して交差道路の安全を確認していれば、A車を直接確認することができ、制

動の措置を講じてA車との衝突を回避することが可能であったと認定している。上記認定は、司

法警察員作成の実況見分調書…に依拠したものである。同実況見分調書は、被告人におけるA車

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の認識可能性及び事故回避可能性を明らかにするため本件事故現場で実施された実験結果を記

録したものであるが、これによれば、①被告人車が時速20キロメートルで走行していた場合に

ついては、衝突地点から被告人車が停止するのに必要な距離に相当する6.42メートル手前の

地点においては、衝突地点から28.50メートルの地点にいるはずのA車を直接視認すること

はできなかったこと、②被告人車が時速10キロメートルで走行していた場合については、同じ

く2.65メートル手前の地点において、衝突地点から22.30メートルの地点にいるはずの

A車を直接視認することが可能であったこと、③被告人車が時速15キロメートルで走行してい

た場合については、同じく4.40メートル手前の地点において、衝突地点から26.24メー

トルの地点にいるはずのA車を直接視認することが可能であったこと等が示されている。しかし、

対面信号機が黄色灯火の点滅を表示している際、交差道路から、一時停止も徐行もせず、時速約

70キロメートルという高速で進入してくる車両があり得るとは、通常想定し難いものというべ

きである。しかも、当時は夜間であったから、たとえ相手方車両を視認したとしても、その速度

を一瞬のうちに把握するのは困難であったと考えられる。こうした諸点にかんがみると、被告人

車がA車を視認可能な地点に達したとしても、被告人において、現実にA車の存在を確認した上、

衝突の危険を察知するまでには、若干の時間を要すると考えられるのであって、急制動の措置を

講ずるのが遅れる可能性があることは、否定し難い。そうすると、上記②あるいは③の場合のよ

うに、被告人が時速10ないし15キロメートルに減速して交差点内に進入していたとしても、

上記の急制動の措置を講ずるまでの時間を考えると、被告人車が衝突地点の手前で停止すること

ができ、衝突を回避することができたものと断定することは、困難であるといわざるを得ない。

そして、他に特段の証拠がない本件においては、被告人車が本件交差点手前で時速10ないし1

5キロメートルに減速して交差道路の安全を確認していれば、A車との衝突を回避することが可

能であったという事実については、合理的な疑いを容れる余地がある…。」

「以上のとおり、本件においては、公訴事実の証明が十分でないといわざるを得ず、業務上過

失致死傷罪の成立を認めて被告人を罰金40万円に処した第1審判決及びこれを維持した原判

決は、事実を誤認して法令の解釈適用を誤ったものとして、いずれも破棄を免れない。」

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(4)過失犯の諸問題

≪論点≫信頼の原則

※信頼の原則=被害者ないし第三者が適切な行動を取ることを信頼するのが相当な場合には、た

とえそれらの者の不適切な行動により犯罪結果が生じても、それに対して刑責を

負わなくてよいとする理論

体系的位置付けについては、結果回避義務を否定すると考える見解が有力(新過失論から)

●適用要件

①他の者が適切な行動をすることに対する現実の信頼が存在すること

②信頼が社会生活上相当なものであること

ex.被害者の交通秩序に反した行動が容易に認識できる場合(蛇行運転を繰り替えすことか

ら酩酊状態であることがうかがわれる場合)

ex.被害者が幼児・老人・身体障害者であるために、その者に交通秩序に従った行動が期待

できない場合

ex.幼稚園・小学校の門前、雪道など事故発生の危険性が高い場所であって、周囲の状況か

らみて適切な行動が期待できない場合

→被害者の適切な行動を信頼する状況は存在しなくなるので、信頼の原則は適用されない

※判例は、行為者に交通法規違反が認められる事案でも、同原則の適用を否定していない

( 判昭 42.10.13)

●適用事例

同原則は当初交通事故に関する事案を前提として論じられていた

→現在では、チーム医療や工場事故等における第三者の違反行為についても適用が論じられ

ている

ex.電気メスケーブルの誤接続と心電機の併用のために患者への熱傷が生じた事案

→誤接続をした看護婦の罪責は肯定したものの、電気メスを使用した執刀医について

はベテラン看護婦が誤接続をしないことを信頼したことは無理からぬとして、業務

上過失致傷罪の成立を否定した(札幌高判昭 51.3.18)

ex.病院の火災事故において、警備員・看護婦が当然果たしてくれるだろうと想定される

行動をとらなかったために新生児が死亡した事案

→病院長について結果予見義務違反を否定した(札幌高判昭 56.1.22)

Page 43: 3倍速インプット講座 - LEC東京リーガルマインド...LEC・新司法試験・3倍速インプット講座・刑法 -1- 無断複製・頒布を禁じます 序論

LEC・新司法試験・3倍速インプット講座・刑法

無断複製・頒布を禁じます -40-

≪論点≫段階的過失

事例:自動車を運転していた甲が、前方不注意で停止信号を見落としたことによって歩道を横断

中のAをひきそうになり、急ブレーキを踏むつもりが誤ってアクセルを踏んだためAをひ

いて殺してしまった

問題の所在=甲が前方不注意で信号を見落としたこと、ブレーキと間違ってアクセルを踏んだこ

とは、いずれも注意義務違反行為である

→いずれの行為が「過失」と捉えられるべきか?

直近過失一個説

→結果に も近接した 終の過失行為のみが「過失」として捉えられるべきである

過失併存説

→併存する各注意義務違反行為の全体を実行行為として捉え、一個の過失犯を認めるべきで

ある

※実務的には、以下のような背景事情があるとされる

過失併存説

→結果との間に因果関係の認められる過失をかなり広範囲に起訴状の公訴事実に列挙する

審理のポイントが定めにくい、証拠調べの範囲も不必要に拡散する

↓そこで、

直近過失一個説

↓しかし、

2 個以上の過失が密接不可分に絡み合っている場合が少なくない

→過失を一個に絞ることができない

↓そこで、

基本的には、過失併存説

→直近過失一個説の趣旨を取り込み、単なる背景事情にすぎないと認められるような過失行

為はできる限り訴因や判決の「罪となるべき事実」から除外する

ex.上記事例の場合には、両過失が「過失」として捉えられるべき

ex.酒を飲んで酩酊状態に陥り(①)、前方不注意のため事故を起こした(②)場合

→②のみが「過失」として捉えられるべき