4. 短波海洋レーダ装置の構成 - nict...narrow beam antenna. the transmitter and the...

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Vol.37 No.3 通信総合研究所季報 June 1991 pp. 375-382 研究 短波海洋レーダ 4. 短波海洋レーダ装置の構成 野崎憲朗本 (1991 1 21 日受理) HFOCEANRADAR 4. CONFIGURATIONOFTHEHFOCEANRADARSYSTEM By KenrouNOZAKI This paper describes the design andconfiguration oftheHF oceanradardevelopedatthe OkinawaRadioWaveObservatory,CRL. Theradarisapulsed-chirp(orFMICW)radarwitha narrowbeamantenna. Thetransmitterandthereceiverareswitchedat 1 kHztosharethe same antenna. Theradaroperatesat 24.5 MHzwithapeak transmittingpoweroflOOW. Theantenna consistsof a10-elementphasedarraywithanaperture lengthof 54 m. Theradar beambearings can be scanned azimuthally over 90 degrees with a 7.5 degreesstep. A personalcomputer controlstheradarsystemthroughatimer/interfacecircuitandalsoprocessestheoutputsignal fromtheradartoobtainaDopplerspectrumatevery 1.5 kmintherangedirection. Theentire systemcanbestoredinatransportablecontainer. 1. はじめに 電波の伝搬形式として地表波を利用する短波海洋レ ダは過去20 年間に世界各地で積極的に開発され, レーダ から数十 km 以内の表層海流のマッピングはほぼ実則 の域に達し,更に波浪スベクトル,洋上風,船舶・氷山 のトラッキング等の研究が続けられている.観測点式と して,指向性の少ないダイポールアンテナあるいはルー プアンテナで電波を送受信し,受信信号のデータ処理過 程で指向性を得る広ビーム方式と,指向性アンテナでビー ムを絞る狭ビーム方式がある. 広ビーム方式は数m四方の敷地に設置したホイップア ンテナの組合せか,直交ループアンテナで360 度の}j位 角をカバーする.効率を無視すれば,アンテナの大きさ 電波部電磁圏伝級研究室 375 は観測電波の波長に無関係に設計できる.移動観測に適 しているが,広い範囲を同時に観測電波で照射するので, 受信信号強度が弱く,最大探知距離が短くなる.また受 信信号処理に暖昧さが残り,同一距離にある多数のター ゲットからの反射信号を分別できない(1)(2) 狭ビーム方式は指向性の鋭いビームを観測方向に向け 電波の送信または受信を行うもので,方位角方向の分解 能はアンテナのビーム幅で決まる.このビーム幅は観測 電波の波長に対するアンテナ開口の長さで決まる.適当 なビーム幅を得るのにアンテナの開口が 75mから 300m 程度になるためアレイアンテナとし,各エレメントに供 給する信号の位相を変えてビームを振るのが一般的であ り, 1 組のアンテナで数十度の方位角をカバーする∞. 送受信共に狭ビームアンテナを使用すると観測電波のエ ネルギーが有効に利用でき,またレーダが他の通信回線 に与える影響も外来の混信も最小限に抑えることができ

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Vol.37 No.3 通信総合研究所季報 June 1991

pp. 375-382

研究

短波海洋レー ダ

4. 短波海洋レーダ装置の構成

野崎憲朗本

(1991年1月21日受理)

HF OCEAN RADAR

4. CONFIGURATION OF THE HF OCEAN RADAR SYSTEM

By

Kenrou NOZAKI

This paper describes the design and configuration of the HF ocean radar developed at the

Okinawa Radio Wave Observatory, CRL. The radar is a pulsed-chirp (or FMICW) radar with a

narrow beam antenna. The transmitter and the receiver are switched at 1 kHz to share the same

antenna. The radar operates at 24.5 MHz with a peak transmitting power of lOOW. The antenna

consists of a 10-element phased array with an aperture length of 54 m. The radar beam bearings

can be scanned azimuthally over 90 degrees with a 7.5 degrees step. A personal computer

controls the radar system through a timer/interface circuit and also processes the output signal

from the radar to obtain a Doppler spectrum at every 1.5 km in the range direction. The entire

system can be stored in a transportable container.

1. はじめに

電波の伝搬形式として地表波を利用する短波海洋レ

ダは過去20年間に世界各地で積極的に開発され, レーダ

から数十 km以内の表層海流のマッピングはほぼ実則

の域に達し,更に波浪スベクトル,洋上風,船舶・氷山

のトラッキング等の研究が続けられている.観測点式と

して,指向性の少ないダイポールアンテナあるいはルー

プアンテナで電波を送受信し,受信信号のデータ処理過

程で指向性を得る広ビーム方式と,指向性アンテナでビー

ムを絞る狭ビーム方式がある.

広ビーム方式は数m四方の敷地に設置したホイップア

ンテナの組合せか,直交ループアンテナで360度の}j位

角をカバーする.効率を無視すれば,アンテナの大きさ

宇 電波部電磁圏伝級研究室

375

は観測電波の波長に無関係に設計できる.移動観測に適

しているが,広い範囲を同時に観測電波で照射するので,

受信信号強度が弱く,最大探知距離が短くなる.また受

信信号処理に暖昧さが残り,同一距離にある多数のター

ゲットからの反射信号を分別できない(1)(2) •

狭ビーム方式は指向性の鋭いビームを観測方向に向け

電波の送信または受信を行うもので,方位角方向の分解

能はアンテナのビーム幅で決まる.このビーム幅は観測

電波の波長に対するアンテナ開口の長さで決まる.適当

なビーム幅を得るのにアンテナの開口が 75mから 300m

程度になるためアレイアンテナとし,各エレメントに供

給する信号の位相を変えてビームを振るのが一般的であ

り, 1組のアンテナで数十度の方位角をカバーする∞.

送受信共に狭ビームアンテナを使用すると観測電波のエ

ネルギーが有効に利用でき,またレーダが他の通信回線

に与える影響も外来の混信も最小限に抑えることができ

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376

る.

国際的に周波数が込み合っている短波帯で新たにレー

ダ電波を発射すると,常に混信を受けたり逆に与える恐

れがある.英国パーミンガム大学では送受信共に混信の

少ないパルスドチャープ(FrequencyModulated Inter-

rupted Continuous Wave略して FMICWとも言う)

方式のレーダを開発したω.パルスレーダに比べて受信

信号処理時にスベクトル解析が1回多く必要だが,ピー

ク電力を低くできるので,送信機を半導体化することが

容易であり,保守性が向上すると共に,アンテナ系も耐

圧が低くて良く,簡易なものが使える利点がある.沖縄

電波観測所ではデータの解釈に暖昧さの残らない狭ビー

ム方式で移動観測可能なシステムを開発することとし,

アンテナを送受信兼用として送受信を時分割するパルス

ドチャープ方式を採用した.平均送信電力と受信機の雑

音指数が同じであれば,パルス方式でも連続チャープ

(FMCW)方式でも同じ信号対雑音比が得られる.パル

スドチャープは送受信を切り換えることにより受信時間

率が下がり,連続チャープに比べて感度が平均 6dB低

くなるが,アンテナは狭ビームの高利得なものを送受共

利用でき,これによって送信または受信時のみ狭ビーム

アンテナを使う連続チャープ方式と同等の感度を得るこ

とができる.

短波海洋レーダは地表波の伝搬モードを使うため,観

測電波の周波数が低いほど遠距離まで観測できるが,波

長に比例して同じ角度分解能を得るためのアンテナのサ

イズが大きくなる.またブラッグ条件を満たす波浪の波

長も電波の波長と共に長くなるので強い風が吹かないと

共鳴する波浪が励起されない.一般的に 7~30MHzが

使われるが,当所で開発したレーダは移動観測を容易に

するため比較的高い周波数に設定した.無線局の周波数

割当の制限もあり, 24.5MHz帯を使用している.この

観測周波数に共鳴する海洋波浪の波長は 6.1m で 5m/s

程度の風で充分励起される.

今回の開発では計画からシステム完成までの時聞が限

られたので新規に設計する装置は最小限に止め,できる

限り既製品を活用して対応した.送受信機は電離層観測

用レーダを一部改造し,制御・データ処理系はパソコン

に市販の周辺機器を追加した.送受信機とパソコンの聞

のデータを中継し送受信機に正確なタイミングを送るタ

イマとアンテナを送信機と受信機に交互に切り換えるス

イッチを新しく設計した.主要諸元を第l表に,装置構

成を第l図に示す.また,第2図に示すようにシステム

全体を一辺約 2mの FRP冷房コンテナにいれ,移動

観測も可能にした.以下海洋観測に要求されるレーダの

回線設計と,現システムの構成を紹介し,最後に問題点

通信総合研究所季報

を考察する.

2. 回線設計

風波が充分に発達し,かっレーダから観測海域までの

第1表短波海洋レーダ主要請元

観測中心周波数 24.515MHz

電波型式 パルスドチャープ(送受切り換え型FMCW)

周波数掃引幅 lOOkHz

距際分解能 1.5km

送信出力 lOOW (ピーク)

受信機雑音指数 25dB以下

利得可変範囲 114dB (3dBステップ)

AGC動作入力 -125 dBm (パンド幅500Hz)

中間周波パンド幅 2500Hz, 500 Hz

シンセサイザ

周波数分解能 lHz

応答時間 1μ 秒以下

周波数掃号|速度 25,50, 100, 200 kHz/a

周波数源振 5MHz水晶発振器安定庶10-B

アンテナ 送受信兼用

型式 反射器付イき短縮ホイップ10素子フィイズドアレ

偏波 垂直偏波

利得 12. 7 dBi

ピーム幅 15・(水平面内)

ビームスキャン 士45・.7. 5・ステップ

サイドaープ -15dB以下

全幅 66m

全高 6m

消費電力 2.5kW以下

アンテナ

第l図短波海洋レーダのシステム構成

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Vol. 37 No. 3 June 1991 377

(a)アンテナ (b)FRP冷房コンテナ

アンテナは分解してコンテナに納められる パソコン

以外の観測機類はコンテナ中央部のラックに組み付け

たまま輸送する ラックの上段からタイマ,制御/デー

タ処理用パソコン,送受信機

第2図 沖縄電波観測所で開発した短波海洋レーダ

海面が滑らかなときは,送信電力 P,に対して距離R

にある波浪からの散乱電波の受信機入力電力 Prは

P,G,G,).2F4cR) P= ル ‘ ’ 内 anL1RL18 …・・(1)

(4nR)" v

で与えられる(3). ただし, えは電波の波長,G,とGr

はそれぞれ送{言及び受信アンテナの絶対利得, F(R)は

海上での地表波に対する Nortonの減衰係数(5), Ooは

単位蘭積当りの波浪の散乱断面積, LlRとdθ はレー

ダの距離と角度の分解能である.。。は風波の充分な発

達段階では -17dBになる

実際の観iJ!IJでは風速の変化に伴い波浪スベクトルが変

化して,海表面インピーダンスが変わり静水面 (海況0)

に対して付加的な伝搬損失 Lssが生じる(6) さらに当

所で開発した海洋レ ダはアンテナを送受信兼用とし,

送信と受信を時分割しているので後述するように受信時

間率ρが距離により変化する.給電線の損失等を考店、す

ると(1)式は

P,G,Gr).2F4(R) ρ(R) Pr= • OnLJRLJθ一一一一一一一

(4πR)3 u Ls,LsrL21L2s/R)

・・・・(2)

と表される ただし, G= G, = G,, Ls,とLsrはそれ

ぞれ送受切り換えスイッチの送信時及び受信時の挿入損

失,L1はアンテナの電力分配器や移相器を含む給電線

損失である

送信と受信を交互に切り換えるパルスドチャ ープレー

ダでは,送信の期間に戻ってきた散乱エコーは有効な受

信電力にな らない.全観測時間に対して距離Rからの散

乱信号が受信の期間に戻る割合を受信時間率ρ(R)と

言う.送信と受信をノマルス状に切り換えるとして

g,(t) = 1, gr(t) = 0:送信時

g,(t) = 0, gr(l〕= 1:受信時

とおくと

Sg,(t-2R I c)gr(t)dt ρ(R) = r.. ・・・・・・(3)

となる.

通常の FMICWレーダでは距離に対する受信時間率

を一機にするために,適当な段数のシフ トレジスタに帰

還をかけて生成される最長符号系列等の 1ビット乱数を

用いて送受信を切り換える(7).η 段のシフトレジスタか

ら生成される周期 N=2" 1ピットの最長符号系列を

シンボル送出悶|漏らで送受信の切り換えに使うと(3)式

は, 12R I 1/噌 l¥ 1---c: kN tol 4γl NJ一t 「一一,

2R ρ(R) = ~ ij(kN-1)~ ---c; ~ kNら,……(4)

(k=0,1,2,3,)

N+l 4N’

上記以外の R

となり, nを大きく取ると ρ(R)が一定の値を取る範

聞が広がり, 1/4に近づく.しかし,送信信号を g,(t)

で振幅変調するため,送信電波のスペク トルが広がり搬

送波の角周波数叫にたいし,

N+l f sin((w一ω。I2)t0) 1 2 φ(ω)=一一一{ ト

4N2 l w一ω。I2 J

IM o((w一Wo)一続)

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通信総合研究所季報

海洋レーダのエコー強度と,最長符号系列で送受信を

切り換えた場合の距離 20kmの散乱波のスプルアス

成分の広がり(計算値)

ら=lmsとし, nはシフトレジスタの段数

1000 日抱100 21抱距離{岡}

闘し信号強度

切舘1日

第3図

宝石、国司自己制怨昨細胞桝寂回再

/ ,,,t:!I~ (a)送受信の切り換えタイミング,(b)切り換え信号とし

て(a)を用いた時のエコー受信時間率の距離特性

海況0(風速 Qkt) 海況I(風速 5kt) 海況2(風速IOkt) 海況3(風速I5忙t)海況4(恩返20kt)海況5(風速25kt)海況6(風速30kt)

受信機ノイズレベル

第4図

一+一)δ(ω一Wo)(1 1 2

2 N

というスベクトル構造を持つ. (5)式の右辺第2項が観測

に必要なキャリア成分であり,第1項はスプリアスを表

す. FMCWレーダは送信波と受信波の周波数差から距

離を算出しているので,送信電波のスベクトルが広がる

と,近距離からのスプリアス成分のエコーの強度が遠距

離からの主成分のエコーの強度を上回り,遠距離からの

エコーが隠されてしまう 周波数掃引速度 200kHz/s

のパルスドチャープレーダを最長符号系列で切り換えた

ときに,スプリアス成分によって距離 20kmからの散

乱波が見かけの上で他の距離に現れる程度を, (1)式で表

される主成分の強度変化と共にプロットすると第3図の

ようになる.例えば, 10段のシフトレジスタによる最長

符号系列を用いても 50kmより遠方に対しては散乱エ

コーより 20kmのエコーのスプリアス成分が卓越し,

一見遠距離からもエコーが帰ってきて 20kmにある海

洋と同じ振舞いをするように見える.段数を増やすほど

散乱信号の別の距離への漏れ込みが少なくなるが,観測

の一周波数掃引で乱数系列は完結しなければならないの

で,シフトレジスタの段数は無制限には増やせない.

距離により受信時間率は変化するが,海洋レーダでは

単純な繰り返しパルスで送受信を切り換える.送信波が

受信の期間に漏れないためには,送信状態と受信状態の

切り換えの間にある程度のラグタイムが必要である.例

えば,第4図(a)のように繰り返し周期 lmsの聞を

0 < t < 0.4 ms :送信

0.5 < t < 0.9 ms :受信

と分割すると受信時間率 ρ(R)は(2)式から第4図(b)の

ようになり,ラグタイムに対応してレーダから 150kmの

整数倍の距離の前後 15kmの聞に感度がなくなる領域

が生じる.当所で整備したシステムの値を(2)式に代入し

て計算すると受信機入力信号強度は第5図のようになる.

風向がレーダの視線方向から角度Oの方向にあると(2)

式にはさらに

・・・(5)

378

-250

100目

波浪が充分に励起されたときの散乱エコー強度の距離

特性の計算値

送受信の切り換え時に生じるラグタイムのために

15 kmまでと 135~165kmの感度がなくなる.

500 101目 201目距離{畑}

5目2日1lll

第5図

・・・・・(6)

という係数がかかるが,簡単のために以下においては,

風向は視線方向にあるものとする.ここで E及びsは観

測電波に共鳴する波長 6.lmの海洋波浪に対してそれ

ぞれ0.01と2程度の値になるω.

海洋レーダでは観測する対象によって散乱信号に必要

な信号対雑音比が異なる.海洋レーダでは波浪によって

散乱された電波を周波数解析して得られるドップラスベ

クトルから海洋の種々の情報を抽出するが,もしドップ

ラスペクトルに現れる正負二つの l次ブラッグ散乱のピー

GCト刊-e)cos2•(f ). 0 <lei<π

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Vol.37 No.3 June 1991

クのうち強い方のピークの位置の理論値からのずれから

視線方向の海流を検出するのであれば,観測する距離で

の散乱信号の信号対雑音比が受信機入力端で 5~lOdB

程度あればよい.正負の 1次散乱の強度の比から風向を

求めるのであれば信号対雑音比が 20~25dB必要にな

る.さらに高次散乱から波浪スベクトルを求めるために

は 40~50dBの信号対雑音比が受信機入力端で要求さ

れるω.

3. 送受信 機

電離層観測用パルスドチャープレーダ仰を一部改造

し送受信機に用いた.この送受信機は 1.6~30MHzの

任意の周波数で使用可能である.送信機は非同調回路で

ありスプリアスを下げるために最終段はバイポーラトラ

ンジスタのA級プッシュプル回路を4組並列接続した構

成になっている.このため 100Wの送信出力を得るの

に l.2kWの電力を送信機で消費している.

送受信機は8085マイクロプロセッサを内蔵し,制御は

すべてRS-232Cインターフェイスからのコマンドと TTL

レベルのストロープ信号によってなされる.内臓のマイ

クロフエイズ型シンセサイザによって 1Hzの周波数の

確度を維持しながら位相が連続した周波数掃引を実現し

ている.FMCWレーダの距離分解能 LJRは周波数掃

引幅Bで決まり,

LJR=会 ・・・(7)

で与えられる.シンセサイザとしては任意の周波数範囲

を掃引できるが,通常は lOOkHzの幅を0.5秒で直線的

に掃引して l.5kmの距離分解能を得ている.送受信の

切り換え変調信号を第4図(a)のように理想的な矩型波に

すると強いスプリアスを含むので,矩型波の立ち上がり

と立ち下がりを時定数回路で滑らかにしている.この時,

受信期間に送信信号か残らないよう送信側と受信側の各々

の変調回路(Gain Weighter)のタイミングを調整し

ている.電離層観測においては 90~lOOOkmが観測範

囲であるため送信と受信が切り換わる時のラグタイムに

余裕があるが,海洋レーダではより近距離から観測する

必要があるため,ラグタイムを極力切り詰めた.実測で

は約 lOkmからエコーが入感し始めているので,ラグ

タイムは 70μ 程度になる.

電離層のように境界のはっきりしたターゲットの場合

は掃引開始周波数をずらして観測することにより, ドッ

プラ速度を 2回の掃引と簡単なデータ処理で算出できる

が(10),海洋レーダの場合は気象レーダ同様ターゲット

が一様に分布しているのでこの手法は使えない.計算量

が多くなるが,同一掃引開始周波数から繰り返し周波数

379

掃引して得られた距離一信号強度情報の配列をもう 1度

周波数解析してドップラ速度を求めるcm. }jlj軒12)にあ

るように一回の観測に0.5秒間隠で周波数掃引を256回繰

り返すので,デチャープしたベースパンド信号の等価的

な受信機バンド幅は 11128Hzとなり,雑音指数 25dB

の受信機の等価入力雑音レベルは-200dBWになる.

観測する対象によって必要な信号対雑音比が異なるので

長大探知距離が変わり,例えば海流を観測するには第5

図から海況0(無風状態)の場合最雄日測距離は 130km,

風向に対しては lOOkm,波浪スベクトルに対しては

60km程度になる.しかし短波帯ではシステム雑音よ

りは混信のレベルが強いといわれてい).)(13).このため,

最大観測距離はもっと短いものになる.

FMCWレーダの特徴として近距離からのエコーと遠

距離からのエコーが同時に受信されるので,第5図から

わかるように受信機は 90dB以上の信号レベルについ

てリニアに動作しなければならない.また,短波帯では

第2中間周波段で最終的にバンド制限するまでは常に近

接周波数から強力な混信が重なる恐れがある.第6図に

受信機のプロック図を示す.この図からもわかるように,

受信機は高周波増幅部の無いダブルスーパヘテロダイン

で,第 1ローカルに+27dBmの信号を矩型波で加え

+20dBmのプロッキングレベルと+30dBmの3次帯

域外混変調レベルを達成している.またフロントエンド

の 12dBアッテネータは 2Wの入力に耐えられる.

第1IF段の婚幅回路はベース接地とし,利得を 17dB

に抑えて広いダイナミックレンジを得ている.さらにフ

ロントエンドからベースパンド出力までの各段で細かく

利得の調整をして非線形動作が生じるのを避けている.

アッテネータと利得の設定は総て外部からのコマンドに

よる.受信機は送信機とアンテナを共有しているので,

後述の送受切り換え器と 1段当り 70dBの分離が得ら

れる PINダイオード送受切り換えスイッチ(T/RSW)

2段で送信信号を分離し,更にゲインウェイタ(G/W)で

パルスのエンベロープを滑らかにしている.

第2'第 3ローカル周波数は第lローカルと同ーの源

振からシンセサイザによって作られる.最終的にデチャー

プした散乱信号は 1Vrmsのベースパンド信号として出

力される.

4. アンテナ・送受切り換え器

アンテナは給電部に短縮コイルを組み込んだ地線付き

ホイップアンテナを 6m間隔に並べ,背後に反射器を

配置した構成になっている.各エレメントはステーで固

定し,両端のステーまで含めると全幅 66mある.反射

エレメンントが約1/2波長あるのでアンテナの高さは 6m

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380 通信総合研究所季報

トキ古-@ i~~:;持;91511Hz2nd Local 40 Miiz +17d8m

E子

第6図受信機のプロック図

BASE BAND

O町PUT

3rd. L。caloJ 250 kHz

4V p-p

第1中間周波まではアッテネータで,第2中間周波では増幅器の利得を変えて最適な利得

配分が得られる.各ローカル周波数は同ーの源振からシンセサイザによって作られる

ある.反射エレメントと短縮ホイップを載せるポールは

アルミ合金製で,旗竿と同じように伸縮する.輸送時は

2mに縮めてコンテナに格納する.

送信機からの信号は電力分配器を通して各アンテナ素

子に給電されるが,アンテナ・パターンのサイド・ロー

プを減らすため,中央部の素子ほど電力を大きし両端

ほど小さく給電し,メインロープとして水平面内で半値

幅15度,垂直面内で半値幅80度のファンビームを得てい

る.さらに移相器で各素子聞の佼相を変えてビームを7.5

度刻みにアンテナ正面から左右45度の範囲に振ることが

できる.移相器は必要な位相の変化量に対応した長さの

同軸ケーブルを PINダイオードスイッチで切り換えて

いる.方向は4ビットの接点信号で与えられ,電力分配

器の中の制御回路でデコードしている.アンテナ全体の

特性としては,シミュレーション計算によると,正面方

向で利得 12dBi,前後比 14dB以上を得ている.

パルスド・チャープ方式では送信機と受信機を交互に

アンテナに接続するが,数μ秒以内に切り換え動作を完

了しなければならないのでスイッチ素子として PINダ

イオードを用いた. HF帯という比較的低い周波数で,

低い挿入損失と高い分離度を得るためにいくつかの方式

を試作した結果,第 7図に示す回路を採用した. PIN

ダイオード D1~D3は送信時は順方向にバイアスされ,

高周波信号に対してオンになる. a点はアース電位にな

るが L2,C2を観測周波数に同調させると,アンテナと

受信機は切り放される. Ll, Clも同様に観測周波数で

は並列共娠し送信信号は制御回路側に漏れない.受信時

は D1~D3が逆バイアスされ PINダイオードはオフ

になり,アンテナと送信機が切り放される 高周波信号

はC2,L2, C3, L3, C4からなるローパスフィルタを通

して受信機に入力される. D4, D5の逆並列ダイオード

は受信時のサージ吸収用である.

5. 制御/データ処理計算機・タイマ

レーダ及びアンテナの設定とベースパンド信号の取り

込み,一次処理はすべて i8086マイクロプロセッサを

内蔵するパソコンで制御される.データの取り込み及び

処理速度を上げるため, 4Mバイト拡張メモリボード,

DMA (Direct Memory Access)機能を内蔵した12

ピット AID変換ボード, FFT処理ボード及び24ビッ

トDIO(Digital 1/0)ボードをパソコンの拡張スロッ

トに収納し, リアルタイムでの処理を可能にしている.

一時処理されたデータはハードディスク(HD)のファ

イルに格納される.詳しい制御とデータ処理の手!|聞は別

府l却を参照されたい.

タイマ装置はノfソコンの DIO信号を送受信機とアン

テナに中継し,送受信機の動作状態を LEDで表示す

ると共に,送信周波数を監視する機能を持つ.更にアン

テナ制御等一部の制御はタイマから手動で操作できるよ

うにもなっている

ドップラレーダは周波数掃引のタイミングを正確に刻

む必要があるので,送受信機シンセサイザの動作開始を

トリガするストロープ信号は源振の 5MHzを分周して

作り出す.タイマ装置はパソコンからの制御信号と送受

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Vol. 37 No. 3 June 1991 381

アンテナ101

I ZOOOp Dl a

問 ZI +1Z.5V

§ ro

ー1Z.5V

第7図送受信切り換え回路

信機のステータスを論理回路で合成して適当なタイミン

グでシンセサイザにストロープをかけ,また AID変換

器をトリガする.

6. むすび

地表波レーダの観測方式としてアンテナを送受信兼用

とするパルスドチャープ方式を選択し現在まで報告さ

れている狭ビーム地表波レーダ(4)(15)と同等あるいはそ

れ以上の性能を達成した.実際に運用して生じた問題点

をあげると以下のようになる.

これまで沖縄県内数カ所で移動観測を実施したが,シ

ステムの立上げに4人掛かりで1日かかる.大半はアン

テナの組立に費やされる 50箇所近くのケーブルを接続

し,防水する玉程がなくなれば装置の展開撤収にかかる

手聞が半減すると思われる.観測モードを立ち上げてし

まえば無人運転が可能で, 1日か 2日に一回一次処理さ

れたデータを回収する手間だけになる.コンテナは空調

機を装備しているので密閉しでも観測機の熱を放出する

ことが可能であり,海岸に設置したコンテナで 1カ月以

上観測を続けても何等問題は生じなかった.

ほとんどの観測では回線設計で予想したより最大観測

距離が短かった.周波数掃引する lOOkHzの中にいく

っか固定周波数の無線局があり,また自然電波と恩われ

る広いスベクトルが重なって,受信信号のノイズレベル

を上げている.レーダ側はパソコンやタイマ等高周波雑

音の発生源と隣接して置かれ,受信機の電源もスイッチ

ングレギュレータを用いているなど雑音環境は必ずしも

良くない.掃引周波数内での系統的な混信波の調査はま

だなされていない.

送受信機がもともと電離層観測用に設計されたものな

ので,海洋観測(特に移動観測)に使うには上記の内部

雑音が高いという問題のほか,運用する上で不便な点も

ある.海洋レーダ用として新たに設計するならば,送信

機を MOSトランジスタのC級動作にして同調回路を

つけ,消費電力を下げることも可能である. レーダ全体

の電源が家庭用コンセントから取れれば観測場所の選定

に自由度が増す.受信機は雑音指数を数 dB程度のも

のにして,ノイズプランカ,特定周波数の感度を下げる

回路等,混信対策を施すと最大観測距離が延びるものと

期待される.一般にレーダは近距離エコーでも飽和しな

いように受信機ゲインを設定するので,観測距離が遠く

なると急速にエコー信号が弱くなり,受信機と AID変

換器に広いダイナミックレンジが必要になる.パルスレー

ダの STC(Sensitivity Time Control)同様, FMCW

Page 8: 4. 短波海洋レーダ装置の構成 - NICT...narrow beam antenna. The transmitter and the receiver are switched at 1 kHz to share the same antenna. The radar operates at 24.5 MHz

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法においても周波数や振幅の変調のしかたを変えると等

価的に近距離からの強い信号強度を下げて受信機を最大

感度で運用できる手法がある(!4). 装置構成は複雑にな

るが,今後の実験課題になる.

アンテナが一辺数十m の平坦な敷地を必要とするこ

とが海洋レーダの移動観測に最大の障害になっている.

狭ビーム法を採る限り,ビームを絞るためにアンテナ関

口が波長の数倍~数十倍の長さになることは避けられな

いが,反射エレメントも稿射エレメント同様のホイップ

アンテナにして適当な位相で給電すると全高が 2m程

度にできかっ利得も上げられる

地表波レーダは沿岸で使用するので海岸地形や沿岸海

流,潮汐の様々に異なる条件の下で性能を評価する必要

がある.今回開発したレーダはシステム全体をコンテナ

に納めてトラック l台あれば移動できる.送受信機がタ

イマを内蔵し,制御計算機と共にそれぞれスーツケース

並の大きさになり,背丈の低いアンテナが開発されれば

海洋レーダの実用化に向けて大きく前進する.

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