4.電子,陽電子衝突型加速器の物理...4.1 はじめに...

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4.1 はじめに 衝突型加速器の目的は高いルミノシティを得ることであ る.ルミノシティ($ )は以下で表される. $ # % " % ! # *+ - + . ( +'* (1) ここで,% $ は衝突するビーム内の陽電子,電子数,+ - " . はビームの進行方向に垂直な面内(横方向という)のビー ムサイズ(水平 - ,鉛直 . ),( *')は衝突頻度である.加速器 では $ の単位を cm -2 s -1 で表すのが一般的で, $- 反応衝突 断面積は1秒あたりの反応の頻度になる.電子加速器では 電子ビームは数 100 MHz(KEKB では509 MHz)の高周波 で加速されるため,電場の加速位相のバケットが 60 cm (2 ns)間隔にあり,そこに電子の集団(バンチ)が入り加 速,蓄積される.バンチの進行(縦)方向長さ + /は 1 cm 程 度(KEKBでは + /# 7 mm)である.バンチの中には % $ # 10 10 -10 11 の電子,陽電子が蓄積される.ビームサイズは衝 突点の収束光学系により絞られ KEKB の場合 100 ( m×1 ( m である.高いルミノシティを得るためには %( *')を増 やし,ビームサイズ + - " .を小さくすればよいことになる. 加速器中の電子の運動は基本的に各々独立に運動すると 考える.単粒子の運動を決めるのは軌道,収束光学系を形 成する電磁石と,加速空洞である.電子の運動は電子の重 心の軌道と,その周りの振動であらわされる.重心軌道の 周りの運動を振幅に対して展開し,以下のような線形方程 式で運動の安定性を論じる[1‐3]. & " - & , " " # % , & - #! (2) # % , " ! &## % , & - #% - " . " / & は横方向振幅 - . ,進行方向重心位置に対する 相対的位置 / である.# % , & - . に関しては収束光学を 形成する磁石とりわけ四極磁石で決まる./ は進行方向の 軌道長(エネルギーに依存)と加速空洞で決まる.リング 型加速器であるため収束力は進行方向の座標 , に対して周 期的であり,周期は周長 ! である.この方程式の解は振幅 , の関数である振動で - ) # " $ ) % , & " ) ! %(+ & ) % , & ) #- " . " / (3) ここで $ % , & は周回に対する周期関数($ % , " ! &#$ % , & )で ベータ関数と呼び,いろいろな位相を持った振動の包絡線 を表す.&は周回ごとに決まった位相角 ( #" *) 進み,) をチューンと呼ぶ(& % , " ! &#& % , &" " *) ).一般に横方向 の振動は多数の収束磁石により収束,発散が繰り返され, チューンは1より大きいが,縦方向は加速空洞の電圧で1 周に1回エネルギーを変化(収束)させるだけなので, チューンは1より小さい(KEKBの場合 ) - " .# 44.51,40.57, ) /#! ! !"$ ).横方向の振動をベータトロン振動,進行方向 の振動をシンクロトロン振動という. 電子のシンクロトロン放射において光子は,電子エネル ギーと電磁場に応じて光子があるエネルギー分布を持ち, 放出時刻もポアッソン過程に従い,確率的に放出される. そのため電子の振動振幅は,平均的なエネルギー散逸によ る減衰と,確率過程からくる分散により,平衡状態になり, ある重心軌道の周りである偏差を持ったガウス分布をする ようになる[2].式の上では - % " & がガウス分布 ',) %! " #% & をし, ' " (#% をエミッタンスという.&方向に は一様分布である.式(1)のビームサイズ,前述のバンチ 長はこの分布,それを特徴づけるエミッタンスにより決 まっている.しかしながら電子の強度を上げたり,ビーム 小特集 ビーム物理の世界~近くて遠い隣の分野~ 4.電子,陽電子衝突型加速器の物理 大見和史 高エネルギー加速器研究機構(KEK) (原稿受付:2010年6月24日) 電子陽電子円形衝突加速器における典型的な物理現象としてのビーム不安定性を論じる.近年 KEKBの成功 に関与し,注目をあつめた,ビームビーム衝突,ビーム電子雲相互作用を中心に論じる.これらの問題はビーム 不安定性の典型的な面をもつ.ここでいう不安定性は,ビーム内の粒子の集団運動が誘起されるコヒーレント現 象,非線形力によるカオス的な拡散によるビームサイズ増加であるインコヒーレント現象の2つに大別される. ビームビーム衝突,ビーム電子雲相互作用におけるコヒーレント,インコヒーレント現象に注目しながら論じて いく. Keywords: ' -rays, circular collider, beam-beam effects, electron cloud instability 4. Beam Physics in Electron-Positron Colliders OHMI Kazuhito author’s e-mail: [email protected] J.PlasmaFusionRes.Vol.86,No.8(2010)466‐472 !2010 The Japan Society of Plasma Science and Nuclear Fusion Research 466

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Page 1: 4.電子,陽電子衝突型加速器の物理...4.1 はじめに 衝突型加速器の目的は高いルミノシティを得ることであ る.ルミノシティ( )は以下で表される.

4.1 はじめに衝突型加速器の目的は高いルミノシティを得ることであ

る.ルミノシティ(�)は以下で表される.

������������

��� (1)

ここで,��は衝突するビーム内の陽電子,電子数,����

はビームの進行方向に垂直な面内(横方向という)のビー

ムサイズ(水平�,鉛直 �),����は衝突頻度である.加速器

では�の単位をcm-2s-1で表すのが一般的で,��反応衝突

断面積は1秒あたりの反応の頻度になる.電子加速器では

電子ビームは数 100 MHz(KEKBでは 509 MHz)の高周波

で加速されるため,電場の加速位相のバケットが 60 cm

(2 ns)間隔にあり,そこに電子の集団(バンチ)が入り加

速,蓄積される.バンチの進行(縦)方向長さ�は 1 cm程

度(KEKBでは��7 mm)である.バンチの中には���

1010-1011の電子,陽電子が蓄積される.ビームサイズは衝

突点の収束光学系により絞られKEKBの場合 100�m×1

�mである.高いルミノシティを得るためには�,����を増

やし,ビームサイズ����を小さくすればよいことになる.

加速器中の電子の運動は基本的に各々独立に運動すると

考える.単粒子の運動を決めるのは軌道,収束光学系を形

成する電磁石と,加速空洞である.電子の運動は電子の重

心の軌道と,その周りの振動であらわされる.重心軌道の

周りの運動を振幅に対して展開し,以下のような線形方程

式で運動の安定性を論じる[1‐3].

���

���� ������ (2)

������ ���

��������は横方向振幅�,�,進行方向重心位置に対する

相対的位置である. ���は�,�に関しては収束光学を

形成する磁石とりわけ四極磁石で決まる.は進行方向の

軌道長(エネルギーに依存)と加速空洞で決まる.リング

型加速器であるため収束力は進行方向の座標�に対して周

期的であり,周期は周長�である.この方程式の解は振幅

が�の関数である振動で

��� ��������� ������, ������ (3)

ここで����は周回に対する周期関数(�����������)で

ベータ関数と呼び,いろいろな位相を持った振動の包絡線

を表す.�は周回ごとに決まった位相角�����進み,�

をチューンと呼ぶ(���������������).一般に横方向

の振動は多数の収束磁石により収束,発散が繰り返され,

チューンは1より大きいが,縦方向は加速空洞の電圧で1

周に1回エネルギーを変化(収束)させるだけなので,

チューンは1より小さい(KEKBの場合�����44.51,40.57,

������).横方向の振動をベータトロン振動,進行方向

の振動をシンクロトロン振動という.

電子のシンクロトロン放射において光子は,電子エネル

ギーと電磁場に応じて光子があるエネルギー分布を持ち,

放出時刻もポアッソン過程に従い,確率的に放出される.

そのため電子の振動振幅は,平均的なエネルギー散逸によ

る減衰と,確率過程からくる分散により,平衡状態になり,

ある重心軌道の周りである偏差を持ったガウス分布をする

よ う に な る[2].式 の 上 で は����が ガ ウ ス 分 布

� ������をし,����をエミッタンスという.�方向に

は一様分布である.式(1)のビームサイズ,前述のバンチ

長はこの分布,それを特徴づけるエミッタンスにより決

まっている.しかしながら電子の強度を上げたり,ビーム

小特集 ビーム物理の世界~近くて遠い隣の分野~

4.電子,陽電子衝突型加速器の物理

大見和史高エネルギー加速器研究機構(KEK)

(原稿受付:2010年6月24日)

電子陽電子円形衝突加速器における典型的な物理現象としてのビーム不安定性を論じる.近年KEKBの成功に関与し,注目をあつめた,ビームビーム衝突,ビーム電子雲相互作用を中心に論じる.これらの問題はビーム不安定性の典型的な面をもつ.ここでいう不安定性は,ビーム内の粒子の集団運動が誘起されるコヒーレント現象,非線形力によるカオス的な拡散によるビームサイズ増加であるインコヒーレント現象の2つに大別される.ビームビーム衝突,ビーム電子雲相互作用におけるコヒーレント,インコヒーレント現象に注目しながら論じていく.

Keywords:�-rays, circular collider, beam-beam effects, electron cloud instability

4. Beam Physics in Electron-Positron Colliders

OHMI Kazuhito author’s e-mail: [email protected]

J. Plasma Fusion Res. Vol.86, No.8 (2010)466‐472

�2010 The Japan Society of PlasmaScience and Nuclear Fusion Research

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Page 2: 4.電子,陽電子衝突型加速器の物理...4.1 はじめに 衝突型加速器の目的は高いルミノシティを得ることであ る.ルミノシティ( )は以下で表される.

サイズを非常に小さくする,あるいはバンチの繰り返しを

早くして電流値を増やすと,期待したようなビームサイズ

(エミッタンス)が得られなかったり,電子数を増やそうと

してもビームロスや寿命が短くなってしまって電子数を増

やせなくなる.場合によってはハードウェアの熱を持って

しまったり,ビームチェンバーの真空が悪化してしまった

りという限界もある.前者の問題が加速器の物理の問題で

あり,本章で取り上げるテーマである.

ビームサイズが広がったり,ビームロスを引き起こす現

象は大別してコヒーレント不安定性と,非線形力によるイ

ンコヒーレントエミッタンス増大がある.本章ではその原

因となるビームビーム効果,電子雲によるビーム不安定性

について紹介する.

4.2 ビームビーム効果ビーム同士の衝突による長距離クーロン相互作用による

ビームへの影響をビームビーム効果という[4].両ビーム

は衝突相互作用が弱い場合,ガウス分布を保つ.電子は衝

突点でガウス分布をした陽電子ビームと衝突する(逆も同

様に考えられる).振幅がビームサイズより小さい場合の

衝突力は振幅に対して線形である.

���

�����������

������

������������

��� ��

����� (4)

ここで�����は運動量変化(進行方向運動量 ��で規格化し

ている),��は衝突相手のバンチの陽電子数,��は古典電

子半径 2.81794×10-15 m,��は電子の相対論的因子であ

る.簡単のためバンチ長を無視したため,周長に関する周

期的デルタ関数が現れる.衝突力�が式(2)に摂動として

加わることにより,ベータトロン振動の位相が変わり,1

周あたりの位相進度,すなわちチューンがシフトする.

チューンシフトは以下で表される.

�����������

���������(5)

実際のビームはガウス分布をしている,または衝突力によ

りガウス分布から多少ずれていることも考えられるため,

衝突力は線形力とは全く言い難い.十分距離が離れれば力

は��で減衰するので,チューンシフトは遠方で0になる.

つまり,チューンシフトはチューン広がりと等しい.この

ような非線形振動系ではチューンの整数倍の和ないし差が

整数,いわゆる共鳴条件に近づくと,非線形力によりカオ

スが生じ,それぞれの方向の振幅が不変量でなくなり,エ

ミッタンス増大が起こる.この現象は相手ビームのポテン

シャルの中での単一粒子の運動として考えて良いので,イ

ンコヒーレント効果といえる.電子,陽電子数を増やして

いくと,このようなインコヒーレントエミッタンス増大が起

き,チューンシフトが飽和状態になってしまう.一般にエ

ミッタンス増大はエミッタンスが最も小さな垂直(�)方向

に現れる.その状態でのルミノシティは式(1),(5)から

����

������ (6)

と書ける.ルミノシティは両ビームのバンチ内粒子数の積

で増えていくはずが,どちらかのビームのチューンシフト

が飽和することで,その相手のビームを増やしてもルミノ

シティが上がらなくなる.このチューンシフトの飽和現象

は非線形振動系として一般的な問題である.加速器の世界

ではチューンシフトが 0.1 を超えることは非常に難しい.

放射光放出減衰が大きなCERN-LEP(振幅減衰時間100周)

で 0.1 程度まで達したが,4000周の減衰時間のKEKBでは

0.09,さらに減衰が遅い加速器では 0.03-0.06 などである.

プラズマでも同様な系があると思われるので,このような

チューンシフト限界に対して何らかの実績があれば教え願

いたい.

このチューンシフト限界は計算機シミュレーションで評

価がされている.シミュレーションには2通りの方法が使

われる.1つは衝突相手のビームを固定ガウス分布として

扱う方法でweak-strong 法と呼ばれている.2つめは互い

のビームを任意分布として矛盾なく解を求める方法で

strong-strong 法と呼ばれる.Weak-strong 法ではビーム内

の粒子は独立に運動する,すなわち単粒子の運動に対し,

衝突点にガウス分布の荷電粒子標的による非線形力を考慮

した単粒子力学問題である.Strong-strong法ではビーム内

の粒子は相手の分布を介して,影響し合うので,多体系力

学である.Strong-strong法では互いのバンチが初期ガウス

分布から離れ,それぞれの平衡分布に移行する,インコ

ヒーレント的な効果と,互いが集団運動するコヒーレント

現象が取り扱うことができる.シミュレーションから見る

と,weak-strong 法はマクロ粒子数を少なくしてもシミュ

レーション結果は統計誤差で決まる量であるが,Strong-

strong 法では互いのビーム分布が統計誤差を含むため,非

線形力学系に数値的なノイズが入ることになり,結果が影

響を受けるので,マクロ粒子数には注意が必要である.電

子ビームはシンクロトロン放射による分散が�������程

度,� ���なので,それに対して十分に小さい統計ノイズで

ある必要がある.シミュレーションではインコヒーレント

チューンシフト限界はチューンの選び方でかなり大きくで

きる.�����である一般的な電子加速器では��は�にあま

りよらない.��は�に対して反対称なので,チューンを

� ���にすれば�の運動は近似的に解けるため,�方向の運

動のみがカオス的になり,エミッタンス増大が起こり得

る.このチューン条件ではチューンシフト限界がweak-

strong法で 0.3 以上,Strong-strong法でも0.25以上になる

ことが示せる.図1に電流に対する,チューンシフト値を

示す.このチューンシフト値は式(6)を使い,シミュレー

ションで得られたルミノシティから求めたものである.実

際のチューンシフトはバンチの長さ等を考慮することで

20%位高い値を使うことが多い.図中 0 mrad,11 mrad

はビームビーム衝突交差角である.KEKBでは元々ビーム

ビーム交差角は 11 mard の有限角で衝突させていた[5].

シミュレーションでは交差角を0の場合,2倍のチューン

Special Topic Article 4. Beam Physics in Electron-Positron Colliders K. Ohmi

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シフトが到達可能であることがわかった[6,7].そこで,有

限交差角衝突をクラブ空洞により[8],正面衝突にしこの

高いチューンシフト限界を狙った.ルミノシティは20%程

度向上したが,チューンシフト限界は 0.09 が最大であっ

た.図2にKEKBで得られた,様々な運転条件での電

流,ルミノシティプロットである.

原因はいくつか考えられる.シミュレーションでは衝突

点から衝突点までのリング1周の変換を3次元線形運動と

いうことで6×6の行列で表している.行列はエラーがない

場合以下のように区分対角化される.

���

��

��

��

� �(7)

��������

����������

�������

������ �

ここで������である.この変換による位相空間(����)

内の軌跡は直立楕円で座標,運動量の比が�である.楕円

の 面 積/�が エ ミ ッ タ ン ス�で,ビ ー ム サ イ ズ は

�����������である.光学設計により,衝突点では���とり

わけ��を小さくしてビームを絞る.また�が小さいと

チューンシフトも小さい利点がある(式(5)).

加速器にはエラーがあるため,この変換は区分対角に

なっていない.�方向ビームサイズが小さいので,�-�結合

や �-�結合がルミノシティに影響する.KEKBにおける

日々の加速器チューニングの大半の時間はこの変換行列を

区分対角化させることに費やされている.非対角要素(各

リング6個)を磁石の強さや軌道により変えながら,ス

キャンしルミノシティのピークにセットする作業である.

気温や天候が変われば微妙に非対角要素がずれていくの

で,このチューニングは毎日行われている.この非対角要

素の測定も行われている.モニタの設置,測定エラーがあ

り,絶対値まで決めることは困難である.この非対角要素

の有無には不確定性が排除できていない.

ビームビーム相互作用は非線形が強いので,衝突点軌道

のわずかな揺らぎがエミッタンス増大につながる.カオス

が強い系にノイズが入った場合に拡散が増長されることは

よく知られている.ビームサイズの%レベルの早い成分

(周回周波数100 kHz)のランダムノイズがルミノシティに

影響しうる.ビーム振動測定は行われているが精度的に限

界に近いので,はっきりした結論は得られていない.

ビームビーム相互作用のコヒーレント効果についても少

し述べる[9].2つのビームの線形力は式(4)で与えられ

ているが,これは両ビームの相対位置に対する力である.

この力は両ビームの線形振動に結合をもたらす.2ビーム

の2つのチューンは結合した4×4の行列の固有値から決

まる.2つのチューンが等しい場合で,固有値の縮退が解

けるのは他の物理でもよくある話である.2つのチューン

が整数や半整数に近づかない限り,この線形系は安定であ

るが,実際にはビーム形状が変形するモードもあるので,

シミュレーションをすると,あるチューンシフト以上にな

ると,コヒーレント不安定性が起こる.条件はチューンな

どにもよる.��がバンチ長��程度まで小さくなると,バン

チ内のビーム粒子の�位置によって,異なるビームビーム

力を受けることになる.これによるチューン広がりによ

り,コヒーレント振動はかなり抑制されることがシミュ

レーションで見られる.実験的にもKEKBではコヒーレン

図1 陽電子バンチ電流に対する,ビームビームチューンシフト.シミュレーションによりルミノシティを計算し,式(6)からチューンシフトを求める.電子のバンチ電流も同じ割合で変えている.(a)(b)はそれぞれweak-strong法,strong-strong法で求めたもの.図中 0 mrad,11 mradはビームビーム衝突交差角である.

図2 実験で得られた,電子陽電子バンチ電流積に対する,電流積で規格化したルミノシティ.規格化ルミノシティはビームサイズの逆数に等しい(定数/�x�y).多くの点は様々な条件での実験値.シミュレーションはベータ関数を変え2種類行っている.

Journal of Plasma and Fusion Research Vol.86, No.8 August 2010

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ト振動でルミノシティ限界になっている様子は見られな

い.

4.3 ビームの振動モード前節でのビームビーム力によるコヒーレント振動はビー

ムの重心がベータトロン振動するコヒーレント(ダイポー

ル)モードである.位相空間で見ると粒子分布が中心点の

周りをリング1周あたり角周波数�で回転している.前節

はビームビーム衝突だったので,2つのビームがある位相

のずれでコヒーレント振動していた.一般にビームの振動

を考えれば,ビームにはもっといろいろなモードが存在す

る(プラズマほどではないであろうが).ビームサイズが

膨らんだり縮んだりする四極モード,位相空間では二回点

対称の分布,さらに位相空間での大きな回転対称性をもつ

多極モードが存在しうる[10].

他の自由度とりわけ進行方向との結合モードが加速器で

は重要である.光速で運動するビーム粒子は粒子同士で相

互作用しない.ビームビーム衝突は反対側に運動する粒子

同士が相互作用している.加速器のビームが運動する真空

チェンバーの中に低速度の荷電粒子が漂っている場合はそ

れらと相互作用する.またビームは電磁場を真空チャン

バー内に誘起するが,その電磁場との相互作用する.媒体

は何であれ,バンチの先頭部分の摂動が後方部分に影響を

及ぼす.その結果現れるだろうモードはバンチ内のモード

としてはベータトロン振動と,シンクロトロン振動の結合

モード,シンクロベータモードである.

図3にバンチ内の進行方向振動に関係するモードを示

す.+-は�によって電子密度の濃淡(���モード),

�の振幅(���モード),��(���モード)の大小などを

示す.+-は���で振動すると同時に��で回転する.左上

図は全体が+になったり-になるモード(���),右上は

位相空間の半分で+-に分かれているモード(���),下

は 1/4,1/6 に分かれているモード(�����)である.

それぞれのモードの周回あたりの振動数は��������

である.相互作用,減衰がなければこれらのモードは安定

モードとして存在する.(�����は物理的に無意味)

リング内にバンチが複数はいっている場合,個々のバン

チはベータトロン振動あるいはシンクロトロン振動をして

いるが,全体としてある振動数で振動するようなコヒーレ

ント不安定性も起こりうる.これをバンチ結合型不安定性

という.バンチ結合モードは以下のように定義される.

������������������������������ (8)

ここで�はバンチの進行方向位置で,は時刻である

(��).この式はある時刻のバンチの位置をモードで表

したもので,周期条件に従い,モードの数はバンチの数に

等しい.図4にバンチ結合モードのイラストを示す.

実験では加速器のある場所(定点)で,バンチの通過時の

位置 yを測定する.モードに応じて������ の振動数

(周回あたり)が観測される.ここで はリングに一様に

バンチがあるとしたときのバンチ数,�は任意整数である.

不安定性により,どのモードが誘起されるかは,相互作

用がそのモードとどう結合するかによる.電子加速器の場

合バンチ長(1 cm)とバンチ間隔(1 m)の間にオーダー2

の違いがあり,相互作用のもつ周波数成分によって,バン

チ内か,バンチ結合かのどちらに影響するか,ほぼ分離で

きる.たとえば数 10 GHz 帯の周波数をもった相互作用は

バンチ内不安定性,数GHz より遅ければ,バンチ間不安定

性に効く.

前述したようにバンチ内,バンチ間の相互作用,相関は

前方から後方に伝搬する.前方の密度,�,�位置の摂動が

後方に作用を及ぼす.加速器では相互作用を航跡力により

記述する.�方向を例にとり,バンチ内,バンチ間に対し

て,それぞれ以下のように表される.

������������������

���� (9)

�����������

���������� (10)

ここで�����,��はそれぞれバンチ(��)内前方位置��

での�方向のダイポールモーメントと,前方にある�バンチ

の �位置である.� は航跡場と呼ばれ,バンチ内,あるい

はバンチ間の進行方向位置の差の関数であり,摂動の振幅

������に比例すると考えている.物理的には加速器のあ

る場所に存在する低速荷電粒子や構造物の中の電磁場の誘

起が後方に相関をもたらすことを記述する関数で,その粒

子の運動や電磁場の周波数成分を持っている.

バンチ内の前後の相関は zの関数で表される一方,シン

クロトロンモードはシンクロトロン位相で表されているの

図3 シンクロベータ振動モード.z-pz位相空間での密度やy振幅が変化する.

図4 リングに沿ったバンチの位置.直線からのずれが振幅を表す.ずれは x,y,zどれでも良い.

Special Topic Article 4. Beam Physics in Electron-Positron Colliders K. Ohmi

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で,異なる�をもったシンクロトロンモードに結合をもた

らす.モードの振動を行列で表すと,非対角要素が現れる.

モードが不安定,モードの固有周波数が虚数になるために

は,いわゆるモード結合という形で不安定性が生じる.物

理系で2つのモードがマージする際,1つのモードが虚数

周波数になることはよくあることである.

バンチ結合モードは zに対する相関なので,モード間の

結合はない.相関を記述するWの周波数成分が定点でのバ

ンチ列の振動数�������に一致したとき,共鳴を起こし

て不安定になる.

4.4 電子雲不安定性KEKBの成功に大きく関与し,ビーム不安定性の新しい

タイプであり,かつ典型的要素を含む電子雲不安定性につ

いて述べる[11].

KEKBでは従来の加速器と違い,多バンチで衝突を行う

ため,陽電子ビームの大電流運転が必要であった.KEKB

運転以前から放射光実験施設KEK-PFで陽電子の多バンチ

運転がされていた.電子運転では陽イオンがビームの周り

にまとわりつく現象であるイオントラッピングを避けるた

めであった.その際,電子運転では見られない不安定性に

よって悩まされることになった[12,13].当時KEKBは設

計中であったが,KEKBに何らかの影響があるであろう点

は,心配されていた.電子雲不安定性は前節のバンチ内,

バンチ間の不安定性の両面を持つ.

バンチが偏向磁石下流のビームパイプを通過する度に放

射光を放出し,パイプ壁面での光電効果により大量の電子

が発生する.電子の生成量は光子10個につき1個程度と知

られている.ビーム陽電子1個の光子の放出量はリング

1周あたり500個程度(ビームエネルギー 3.5 GeV)なの

で,50個が電子の生成量になる.電子が仮に周回時間の

1/50 の時間とどまっていれば,加速器のビームと電子は中

性になる.ビーム‐電子雲はプラズマではあるが熱力学平

衡状態にあるわけではない.バンチ付近の電子の受ける線

形力は以下である.

���������������

���������

��� � (11)

電子はバンチが過ぎた後,自由にあるいは磁場に従い運動

するのでビーム位置から遠く離れ,次のビームが来るとき

には線形領域にはない.つまり電子はビームの引力により

線形振動はしない.引力なので振動は可能だが,引力がパ

ルス的なので安定な振動にはならず,生成後,反対側の壁

に吸収されるのがほとんどで,少数が何周期かビームの周

りを振動する.

ビームパイプ中の電子の分布は図5のシミュレーション

モデルで予測できる.バンチが次々通過し,そのたびに電

子が生成され,陽電子ビームに引きつけられ,壁に吸収さ

れる.図6にあるように,数十バンチ通過すれば,電子分

布は定常状態に達する.ビームのパラメータによるが,吸

収と生成のバランスで中性になる前に定常状態になる場合

が多い.この例では中性度10%で定常状態になっている.

KEK-PFで観測されていたのはバンチ結合型不安定性で

ある.電子はバンチ列の通過に対して,特定周波数の線形

振動をしないが,図6でわかるように,ビームパイプの中

には10バンチ通過する時間程度滞在する.その間前方のバ

ンチが後方に影響及ぼすなら,バンチ結合不安定性を引き

起こすことは可能である.バンチ間の相関はシミュレー

ションで調べられた.あるバンチに小さな振幅を与えて,

電子雲を通過させ,その後方のバンチの受ける力を計算し

たものが図7である.この力は式(10)の航跡力に他ならな

図6 バンチの通過ごとのチェンバー内の平均電子密度およびビーム近傍の電子密度.50バンチ通過でほぼ定常状態に達している.

図5 電子のシミュレーションモデル.ビームチェンバーを円筒なので,その断面を表す(2次元モデル).ビームは中心を通過し,その際放射光が照らす右端から光電子が発生.ビームから力を受け運動する状態をシミュレーション.反射光,2次電子発生も考慮する.

図7 バンチ間相関.図6の計算を続け,100番目のバンチに変位を与え,以降のバンチの受ける力を計算.変位を 1 mmと2 mmの場合で,変位に対して航跡力は比例している.

Journal of Plasma and Fusion Research Vol.86, No.8 August 2010

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Page 6: 4.電子,陽電子衝突型加速器の物理...4.1 はじめに 衝突型加速器の目的は高いルミノシティを得ることであ る.ルミノシティ( )は以下で表される.

い.その相関力,航跡力からモードに対する不安定増幅度

を評価した結果が図8に描かれている.最も不安定なモー

ド(モード番号�~4500)はリング1周あたり 5120-4500

=620 位節のあるモードでその増幅時間は 1/3000 s=0.3 ms

と非常に早い.

この不安定モードは実験でも観測されている[14,15].

また加速器全体を弱いソレノイド磁場で覆うことで,電子

の運動を変え,対応して不安定モードが変わることも観測

された.この不安定性はバンチ数を増やそうとすると厳し

くなる.現在KEKBは3バケット間隔1600バンチで,バン

チ振動をフィードバックで抑えたり,ビームビーム衝突の

非線形によるランダウ減衰を利用することで安定化させて

いる.

KEKBで新たに観測されたのが,バンチ内振動不安定性

モードである[16].電子はバンチと相互作用している間,

以下の角周波数で振動する.

����

������

���������(12)

バンチの前部で振動が誘起されると,バンチの電子雲通過

と共に,後方にその周波数で伝わりバンチ内のベータトロ

ン振動の進行方向相関が生じる.電子の振動位相の変化,

������は3-5ラジアンで,バンチ内で電子は有意に振動

する.前節にあるようにバンチの振動モードと航跡力

(�-��の関数)は対角的ではないので,モード結合という形

で不安定性を引き起こす.この不安定性はモード結合なの

で,ビーム電流がある閾値をこえると,y方向のビームサ

イズが増大し,ルミノシティが上がらなくなる.この不安

定性はビーム近傍の電子雲を除去することで抑制できる.

そこでリングに沿って進行()方向に 50 G 程度の磁場を発

生するソレノイド磁石を巻き,電子をビームパイプ壁面に

トラップさせることで対処した.図9に2000-2001年の陽

電子電流に対するルミノシティを示す.2000年12月には

600 mA以上の電流ではルミノシティが下がっていた

が,2001年正月にソレノイドを足した効果が効いて,2001

年3月には陽電子電流増加に応じてルミノシティが上がる

ようになった.その後ソレノイド磁石は付け足され現在で

は加速器リングの隙間の95%以上巻かれている.

不安定性がモード結合によって起こっているかは,ビー

ムのシンクロ-ベータ信号を測定することで確かめられた

[17].図10にバンチ列にそっての振動周波数スペクトルを

示す.

不安定性のシミュレーションはビームビーム相互作用の

strong-strong法と同様な手法で行われてる.図11にシミュ

レーションによるスペクトルを示す.電子密度が閾値を超

えるとシンクロベータの山(右側)が発生し,電子密度の

増加と共に山の位置が右にシフトしていく.

4.5 まとめ電子陽電子円形衝突加速器におけるビームビーム衝突相

互作用,ビーム電子雲相互作用によるビーム不安定性を論

図8 図7の相関により決まる,バンチ結合不安定モード.不安定成長時間は 0.3 msと非常に早い.

図10 バンチごとの振動スペクトル.上は後方バンチ.チューン0.55は後方に行くに従い,大きくなり,0.6あたりからシンクロベータ振動を表すシンクロトロンサイドバンドを見ることができる.

図11 シミュレーションによって求めた電子密度ごとのベータトロンとそのシンクロトロンサイドバンド.この計算でのチューンは 0.58.バンチ後方は電子密度が高いので図10とよく一致していることがわかる[18].

図9 2000‐2001年の陽電子電流に対するルミノシティ.x,+は2000年12月測定,破線は2001年3月測定.

Special Topic Article 4. Beam Physics in Electron-Positron Colliders K. Ohmi

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じた.KEKBの初期はビーム電子雲不安定性との戦いで

あった.研究は理論,実験,シミュレーションを駆使して

行われ,ソレノイドコイルを加速器全体に巻きつけ,その

成果はルミノシティ記録更新という形で現れていった.ク

ラブ衝突によるルミノシティ向上は十分とは言えないが,

初期目標の2倍のルミノシティを達成した.カオスの制

御,チューンシフト限界の打破という目標で行ったクラブ

衝突であったが,非線形力学の物理的限界を極めるまでに

は至らなかったようである.今後KEKBは衝突点ビームサ

イズを極限まで小さく手法で高ルミノシティをめざす.こ

ちらはどちらかというと,技術的限界を極める方向であ

る.

参 考 文 献[1]E.D. Courant and H.S. Snyder, Ann. Phys. 3, 1 (1958).[2]M. Sands, SLAC-121 (1970).[3]OHO高エネルギー加速器セミナー,テキストシリーズ

(高エネルギー加速器科学研究奨励会1984).

[4]多和田正文:OHO’04高エネルギー加速器セミナー(2004).

[5]K. Hirata, Phys. Rev. Lett. 74, 2228 (1995).[6]K. Ohmi et al., Phys. Rev. Lett. 92, 214801 (2004).[7]K. Ohmi et al., Phys. Rev. ST-AB 7, 104401 (2004).[8]K. Oide and K. Yokoya, Phys. Rev. A40, 315 (1989).[9]K. Hirata and E. Keil, Nucl. Instru. Methods A292, 156

(1990).[10]A.W. Chao, “Physics of collective beam instabilities in high

energy accelerators” (John Wiley & Sons, inc., 1993).[11]大見和史,Journal of the Particle Accelerator Society of

Japan 3, 31 (2006).[12]M. Izawa et al., Phys. Rev. Lett. 74, 5044 (1995).[13]K. Ohmi, Phys. Rev. Lett. Phys. Rev. Lett. 75, 1526 (1995).[14]S.S. Win et al., Phys. Rev. ST-AB 8, 094401 (2005).[15]M. Tobiyama et al., Phys. Rev. ST-AB 9, 012801 (2006).[16]K. Ohmi and F. Zimmermann, Phys. Rev. Lett. 85, 3821

(2000).[17]J.Flanagan et al., Phys. Rev. Lett. 94, 054801 (2005).[18]E. Benedetto et al., Proceedings of PAC07, 4033 (2007).

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