4.電子,陽電子衝突型加速器の物理...4.1 はじめに...
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4.1 はじめに衝突型加速器の目的は高いルミノシティを得ることであ
る.ルミノシティ(�)は以下で表される.
������������
��� (1)
ここで,��は衝突するビーム内の陽電子,電子数,����
はビームの進行方向に垂直な面内(横方向という)のビー
ムサイズ(水平�,鉛直 �),����は衝突頻度である.加速器
では�の単位をcm-2s-1で表すのが一般的で,��反応衝突
断面積は1秒あたりの反応の頻度になる.電子加速器では
電子ビームは数 100 MHz(KEKBでは 509 MHz)の高周波
で加速されるため,電場の加速位相のバケットが 60 cm
(2 ns)間隔にあり,そこに電子の集団(バンチ)が入り加
速,蓄積される.バンチの進行(縦)方向長さ�は 1 cm程
度(KEKBでは��7 mm)である.バンチの中には���
1010-1011の電子,陽電子が蓄積される.ビームサイズは衝
突点の収束光学系により絞られKEKBの場合 100�m×1
�mである.高いルミノシティを得るためには�,����を増
やし,ビームサイズ����を小さくすればよいことになる.
加速器中の電子の運動は基本的に各々独立に運動すると
考える.単粒子の運動を決めるのは軌道,収束光学系を形
成する電磁石と,加速空洞である.電子の運動は電子の重
心の軌道と,その周りの振動であらわされる.重心軌道の
周りの運動を振幅に対して展開し,以下のような線形方程
式で運動の安定性を論じる[1‐3].
���
���� ������ (2)
������ ���
��������は横方向振幅�,�,進行方向重心位置に対する
相対的位置である. ���は�,�に関しては収束光学を
形成する磁石とりわけ四極磁石で決まる.は進行方向の
軌道長(エネルギーに依存)と加速空洞で決まる.リング
型加速器であるため収束力は進行方向の座標�に対して周
期的であり,周期は周長�である.この方程式の解は振幅
が�の関数である振動で
��� ��������� ������, ������ (3)
ここで����は周回に対する周期関数(�����������)で
ベータ関数と呼び,いろいろな位相を持った振動の包絡線
を表す.�は周回ごとに決まった位相角�����進み,�
をチューンと呼ぶ(���������������).一般に横方向
の振動は多数の収束磁石により収束,発散が繰り返され,
チューンは1より大きいが,縦方向は加速空洞の電圧で1
周に1回エネルギーを変化(収束)させるだけなので,
チューンは1より小さい(KEKBの場合�����44.51,40.57,
������).横方向の振動をベータトロン振動,進行方向
の振動をシンクロトロン振動という.
電子のシンクロトロン放射において光子は,電子エネル
ギーと電磁場に応じて光子があるエネルギー分布を持ち,
放出時刻もポアッソン過程に従い,確率的に放出される.
そのため電子の振動振幅は,平均的なエネルギー散逸によ
る減衰と,確率過程からくる分散により,平衡状態になり,
ある重心軌道の周りである偏差を持ったガウス分布をする
よ う に な る[2].式 の 上 で は����が ガ ウ ス 分 布
� ������をし,����をエミッタンスという.�方向に
は一様分布である.式(1)のビームサイズ,前述のバンチ
長はこの分布,それを特徴づけるエミッタンスにより決
まっている.しかしながら電子の強度を上げたり,ビーム
小特集 ビーム物理の世界~近くて遠い隣の分野~
4.電子,陽電子衝突型加速器の物理
大見和史高エネルギー加速器研究機構(KEK)
(原稿受付:2010年6月24日)
電子陽電子円形衝突加速器における典型的な物理現象としてのビーム不安定性を論じる.近年KEKBの成功に関与し,注目をあつめた,ビームビーム衝突,ビーム電子雲相互作用を中心に論じる.これらの問題はビーム不安定性の典型的な面をもつ.ここでいう不安定性は,ビーム内の粒子の集団運動が誘起されるコヒーレント現象,非線形力によるカオス的な拡散によるビームサイズ増加であるインコヒーレント現象の2つに大別される.ビームビーム衝突,ビーム電子雲相互作用におけるコヒーレント,インコヒーレント現象に注目しながら論じていく.
Keywords:�-rays, circular collider, beam-beam effects, electron cloud instability
4. Beam Physics in Electron-Positron Colliders
OHMI Kazuhito author’s e-mail: [email protected]
J. Plasma Fusion Res. Vol.86, No.8 (2010)466‐472
�2010 The Japan Society of PlasmaScience and Nuclear Fusion Research
466
サイズを非常に小さくする,あるいはバンチの繰り返しを
早くして電流値を増やすと,期待したようなビームサイズ
(エミッタンス)が得られなかったり,電子数を増やそうと
してもビームロスや寿命が短くなってしまって電子数を増
やせなくなる.場合によってはハードウェアの熱を持って
しまったり,ビームチェンバーの真空が悪化してしまった
りという限界もある.前者の問題が加速器の物理の問題で
あり,本章で取り上げるテーマである.
ビームサイズが広がったり,ビームロスを引き起こす現
象は大別してコヒーレント不安定性と,非線形力によるイ
ンコヒーレントエミッタンス増大がある.本章ではその原
因となるビームビーム効果,電子雲によるビーム不安定性
について紹介する.
4.2 ビームビーム効果ビーム同士の衝突による長距離クーロン相互作用による
ビームへの影響をビームビーム効果という[4].両ビーム
は衝突相互作用が弱い場合,ガウス分布を保つ.電子は衝
突点でガウス分布をした陽電子ビームと衝突する(逆も同
様に考えられる).振幅がビームサイズより小さい場合の
衝突力は振幅に対して線形である.
���
�����������
������
�
������������
��� ��
����� (4)
ここで�����は運動量変化(進行方向運動量 ��で規格化し
ている),��は衝突相手のバンチの陽電子数,��は古典電
子半径 2.81794×10-15 m,��は電子の相対論的因子であ
る.簡単のためバンチ長を無視したため,周長に関する周
期的デルタ関数が現れる.衝突力�が式(2)に摂動として
加わることにより,ベータトロン振動の位相が変わり,1
周あたりの位相進度,すなわちチューンがシフトする.
チューンシフトは以下で表される.
�����������
�
���������(5)
実際のビームはガウス分布をしている,または衝突力によ
りガウス分布から多少ずれていることも考えられるため,
衝突力は線形力とは全く言い難い.十分距離が離れれば力
は��で減衰するので,チューンシフトは遠方で0になる.
つまり,チューンシフトはチューン広がりと等しい.この
ような非線形振動系ではチューンの整数倍の和ないし差が
整数,いわゆる共鳴条件に近づくと,非線形力によりカオ
スが生じ,それぞれの方向の振幅が不変量でなくなり,エ
ミッタンス増大が起こる.この現象は相手ビームのポテン
シャルの中での単一粒子の運動として考えて良いので,イ
ンコヒーレント効果といえる.電子,陽電子数を増やして
いくと,このようなインコヒーレントエミッタンス増大が起
き,チューンシフトが飽和状態になってしまう.一般にエ
ミッタンス増大はエミッタンスが最も小さな垂直(�)方向
に現れる.その状態でのルミノシティは式(1),(5)から
����
������ (6)
と書ける.ルミノシティは両ビームのバンチ内粒子数の積
で増えていくはずが,どちらかのビームのチューンシフト
が飽和することで,その相手のビームを増やしてもルミノ
シティが上がらなくなる.このチューンシフトの飽和現象
は非線形振動系として一般的な問題である.加速器の世界
ではチューンシフトが 0.1 を超えることは非常に難しい.
放射光放出減衰が大きなCERN-LEP(振幅減衰時間100周)
で 0.1 程度まで達したが,4000周の減衰時間のKEKBでは
0.09,さらに減衰が遅い加速器では 0.03-0.06 などである.
プラズマでも同様な系があると思われるので,このような
チューンシフト限界に対して何らかの実績があれば教え願
いたい.
このチューンシフト限界は計算機シミュレーションで評
価がされている.シミュレーションには2通りの方法が使
われる.1つは衝突相手のビームを固定ガウス分布として
扱う方法でweak-strong 法と呼ばれている.2つめは互い
のビームを任意分布として矛盾なく解を求める方法で
strong-strong 法と呼ばれる.Weak-strong 法ではビーム内
の粒子は独立に運動する,すなわち単粒子の運動に対し,
衝突点にガウス分布の荷電粒子標的による非線形力を考慮
した単粒子力学問題である.Strong-strong法ではビーム内
の粒子は相手の分布を介して,影響し合うので,多体系力
学である.Strong-strong法では互いのバンチが初期ガウス
分布から離れ,それぞれの平衡分布に移行する,インコ
ヒーレント的な効果と,互いが集団運動するコヒーレント
現象が取り扱うことができる.シミュレーションから見る
と,weak-strong 法はマクロ粒子数を少なくしてもシミュ
レーション結果は統計誤差で決まる量であるが,Strong-
strong 法では互いのビーム分布が統計誤差を含むため,非
線形力学系に数値的なノイズが入ることになり,結果が影
響を受けるので,マクロ粒子数には注意が必要である.電
子ビームはシンクロトロン放射による分散が�������程
度,� ���なので,それに対して十分に小さい統計ノイズで
ある必要がある.シミュレーションではインコヒーレント
チューンシフト限界はチューンの選び方でかなり大きくで
きる.�����である一般的な電子加速器では��は�にあま
りよらない.��は�に対して反対称なので,チューンを
� ���にすれば�の運動は近似的に解けるため,�方向の運
動のみがカオス的になり,エミッタンス増大が起こり得
る.このチューン条件ではチューンシフト限界がweak-
strong法で 0.3 以上,Strong-strong法でも0.25以上になる
ことが示せる.図1に電流に対する,チューンシフト値を
示す.このチューンシフト値は式(6)を使い,シミュレー
ションで得られたルミノシティから求めたものである.実
際のチューンシフトはバンチの長さ等を考慮することで
20%位高い値を使うことが多い.図中 0 mrad,11 mrad
はビームビーム衝突交差角である.KEKBでは元々ビーム
ビーム交差角は 11 mard の有限角で衝突させていた[5].
シミュレーションでは交差角を0の場合,2倍のチューン
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シフトが到達可能であることがわかった[6,7].そこで,有
限交差角衝突をクラブ空洞により[8],正面衝突にしこの
高いチューンシフト限界を狙った.ルミノシティは20%程
度向上したが,チューンシフト限界は 0.09 が最大であっ
た.図2にKEKBで得られた,様々な運転条件での電
流,ルミノシティプロットである.
原因はいくつか考えられる.シミュレーションでは衝突
点から衝突点までのリング1周の変換を3次元線形運動と
いうことで6×6の行列で表している.行列はエラーがない
場合以下のように区分対角化される.
���
��
�
�
�
��
�
�
�
��
� �(7)
��������
����������
�������
������ �
ここで������である.この変換による位相空間(����)
内の軌跡は直立楕円で座標,運動量の比が�である.楕円
の 面 積/�が エ ミ ッ タ ン ス�で,ビ ー ム サ イ ズ は
�����������である.光学設計により,衝突点では���とり
わけ��を小さくしてビームを絞る.また�が小さいと
チューンシフトも小さい利点がある(式(5)).
加速器にはエラーがあるため,この変換は区分対角に
なっていない.�方向ビームサイズが小さいので,�-�結合
や �-�結合がルミノシティに影響する.KEKBにおける
日々の加速器チューニングの大半の時間はこの変換行列を
区分対角化させることに費やされている.非対角要素(各
リング6個)を磁石の強さや軌道により変えながら,ス
キャンしルミノシティのピークにセットする作業である.
気温や天候が変われば微妙に非対角要素がずれていくの
で,このチューニングは毎日行われている.この非対角要
素の測定も行われている.モニタの設置,測定エラーがあ
り,絶対値まで決めることは困難である.この非対角要素
の有無には不確定性が排除できていない.
ビームビーム相互作用は非線形が強いので,衝突点軌道
のわずかな揺らぎがエミッタンス増大につながる.カオス
が強い系にノイズが入った場合に拡散が増長されることは
よく知られている.ビームサイズの%レベルの早い成分
(周回周波数100 kHz)のランダムノイズがルミノシティに
影響しうる.ビーム振動測定は行われているが精度的に限
界に近いので,はっきりした結論は得られていない.
ビームビーム相互作用のコヒーレント効果についても少
し述べる[9].2つのビームの線形力は式(4)で与えられ
ているが,これは両ビームの相対位置に対する力である.
この力は両ビームの線形振動に結合をもたらす.2ビーム
の2つのチューンは結合した4×4の行列の固有値から決
まる.2つのチューンが等しい場合で,固有値の縮退が解
けるのは他の物理でもよくある話である.2つのチューン
が整数や半整数に近づかない限り,この線形系は安定であ
るが,実際にはビーム形状が変形するモードもあるので,
シミュレーションをすると,あるチューンシフト以上にな
ると,コヒーレント不安定性が起こる.条件はチューンな
どにもよる.��がバンチ長��程度まで小さくなると,バン
チ内のビーム粒子の�位置によって,異なるビームビーム
力を受けることになる.これによるチューン広がりによ
り,コヒーレント振動はかなり抑制されることがシミュ
レーションで見られる.実験的にもKEKBではコヒーレン
図1 陽電子バンチ電流に対する,ビームビームチューンシフト.シミュレーションによりルミノシティを計算し,式(6)からチューンシフトを求める.電子のバンチ電流も同じ割合で変えている.(a)(b)はそれぞれweak-strong法,strong-strong法で求めたもの.図中 0 mrad,11 mradはビームビーム衝突交差角である.
図2 実験で得られた,電子陽電子バンチ電流積に対する,電流積で規格化したルミノシティ.規格化ルミノシティはビームサイズの逆数に等しい(定数/�x�y).多くの点は様々な条件での実験値.シミュレーションはベータ関数を変え2種類行っている.
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ト振動でルミノシティ限界になっている様子は見られな
い.
4.3 ビームの振動モード前節でのビームビーム力によるコヒーレント振動はビー
ムの重心がベータトロン振動するコヒーレント(ダイポー
ル)モードである.位相空間で見ると粒子分布が中心点の
周りをリング1周あたり角周波数�で回転している.前節
はビームビーム衝突だったので,2つのビームがある位相
のずれでコヒーレント振動していた.一般にビームの振動
を考えれば,ビームにはもっといろいろなモードが存在す
る(プラズマほどではないであろうが).ビームサイズが
膨らんだり縮んだりする四極モード,位相空間では二回点
対称の分布,さらに位相空間での大きな回転対称性をもつ
多極モードが存在しうる[10].
他の自由度とりわけ進行方向との結合モードが加速器で
は重要である.光速で運動するビーム粒子は粒子同士で相
互作用しない.ビームビーム衝突は反対側に運動する粒子
同士が相互作用している.加速器のビームが運動する真空
チェンバーの中に低速度の荷電粒子が漂っている場合はそ
れらと相互作用する.またビームは電磁場を真空チャン
バー内に誘起するが,その電磁場との相互作用する.媒体
は何であれ,バンチの先頭部分の摂動が後方部分に影響を
及ぼす.その結果現れるだろうモードはバンチ内のモード
としてはベータトロン振動と,シンクロトロン振動の結合
モード,シンクロベータモードである.
図3にバンチ内の進行方向振動に関係するモードを示
す.+-は�によって電子密度の濃淡(���モード),
�の振幅(���モード),��(���モード)の大小などを
示す.+-は���で振動すると同時に��で回転する.左上
図は全体が+になったり-になるモード(���),右上は
位相空間の半分で+-に分かれているモード(���),下
は 1/4,1/6 に分かれているモード(�����)である.
それぞれのモードの周回あたりの振動数は��������
である.相互作用,減衰がなければこれらのモードは安定
モードとして存在する.(�����は物理的に無意味)
リング内にバンチが複数はいっている場合,個々のバン
チはベータトロン振動あるいはシンクロトロン振動をして
いるが,全体としてある振動数で振動するようなコヒーレ
ント不安定性も起こりうる.これをバンチ結合型不安定性
という.バンチ結合モードは以下のように定義される.
������������������������������ (8)
ここで�はバンチの進行方向位置で,は時刻である
(��).この式はある時刻のバンチの位置をモードで表
したもので,周期条件に従い,モードの数はバンチの数に
等しい.図4にバンチ結合モードのイラストを示す.
実験では加速器のある場所(定点)で,バンチの通過時の
位置 yを測定する.モードに応じて������ の振動数
(周回あたり)が観測される.ここで はリングに一様に
バンチがあるとしたときのバンチ数,�は任意整数である.
不安定性により,どのモードが誘起されるかは,相互作
用がそのモードとどう結合するかによる.電子加速器の場
合バンチ長(1 cm)とバンチ間隔(1 m)の間にオーダー2
の違いがあり,相互作用のもつ周波数成分によって,バン
チ内か,バンチ結合かのどちらに影響するか,ほぼ分離で
きる.たとえば数 10 GHz 帯の周波数をもった相互作用は
バンチ内不安定性,数GHz より遅ければ,バンチ間不安定
性に効く.
前述したようにバンチ内,バンチ間の相互作用,相関は
前方から後方に伝搬する.前方の密度,�,�位置の摂動が
後方に作用を及ぼす.加速器では相互作用を航跡力により
記述する.�方向を例にとり,バンチ内,バンチ間に対し
て,それぞれ以下のように表される.
������������������
���� (9)
�����������
���������� (10)
ここで�����,��はそれぞれバンチ(��)内前方位置��
での�方向のダイポールモーメントと,前方にある�バンチ
の �位置である.� は航跡場と呼ばれ,バンチ内,あるい
はバンチ間の進行方向位置の差の関数であり,摂動の振幅
������に比例すると考えている.物理的には加速器のあ
る場所に存在する低速荷電粒子や構造物の中の電磁場の誘
起が後方に相関をもたらすことを記述する関数で,その粒
子の運動や電磁場の周波数成分を持っている.
バンチ内の前後の相関は zの関数で表される一方,シン
クロトロンモードはシンクロトロン位相で表されているの
図3 シンクロベータ振動モード.z-pz位相空間での密度やy振幅が変化する.
図4 リングに沿ったバンチの位置.直線からのずれが振幅を表す.ずれは x,y,zどれでも良い.
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で,異なる�をもったシンクロトロンモードに結合をもた
らす.モードの振動を行列で表すと,非対角要素が現れる.
モードが不安定,モードの固有周波数が虚数になるために
は,いわゆるモード結合という形で不安定性が生じる.物
理系で2つのモードがマージする際,1つのモードが虚数
周波数になることはよくあることである.
バンチ結合モードは zに対する相関なので,モード間の
結合はない.相関を記述するWの周波数成分が定点でのバ
ンチ列の振動数�������に一致したとき,共鳴を起こし
て不安定になる.
4.4 電子雲不安定性KEKBの成功に大きく関与し,ビーム不安定性の新しい
タイプであり,かつ典型的要素を含む電子雲不安定性につ
いて述べる[11].
KEKBでは従来の加速器と違い,多バンチで衝突を行う
ため,陽電子ビームの大電流運転が必要であった.KEKB
運転以前から放射光実験施設KEK-PFで陽電子の多バンチ
運転がされていた.電子運転では陽イオンがビームの周り
にまとわりつく現象であるイオントラッピングを避けるた
めであった.その際,電子運転では見られない不安定性に
よって悩まされることになった[12,13].当時KEKBは設
計中であったが,KEKBに何らかの影響があるであろう点
は,心配されていた.電子雲不安定性は前節のバンチ内,
バンチ間の不安定性の両面を持つ.
バンチが偏向磁石下流のビームパイプを通過する度に放
射光を放出し,パイプ壁面での光電効果により大量の電子
が発生する.電子の生成量は光子10個につき1個程度と知
られている.ビーム陽電子1個の光子の放出量はリング
1周あたり500個程度(ビームエネルギー 3.5 GeV)なの
で,50個が電子の生成量になる.電子が仮に周回時間の
1/50 の時間とどまっていれば,加速器のビームと電子は中
性になる.ビーム‐電子雲はプラズマではあるが熱力学平
衡状態にあるわけではない.バンチ付近の電子の受ける線
形力は以下である.
���������������
���������
��� � (11)
電子はバンチが過ぎた後,自由にあるいは磁場に従い運動
するのでビーム位置から遠く離れ,次のビームが来るとき
には線形領域にはない.つまり電子はビームの引力により
線形振動はしない.引力なので振動は可能だが,引力がパ
ルス的なので安定な振動にはならず,生成後,反対側の壁
に吸収されるのがほとんどで,少数が何周期かビームの周
りを振動する.
ビームパイプ中の電子の分布は図5のシミュレーション
モデルで予測できる.バンチが次々通過し,そのたびに電
子が生成され,陽電子ビームに引きつけられ,壁に吸収さ
れる.図6にあるように,数十バンチ通過すれば,電子分
布は定常状態に達する.ビームのパラメータによるが,吸
収と生成のバランスで中性になる前に定常状態になる場合
が多い.この例では中性度10%で定常状態になっている.
KEK-PFで観測されていたのはバンチ結合型不安定性で
ある.電子はバンチ列の通過に対して,特定周波数の線形
振動をしないが,図6でわかるように,ビームパイプの中
には10バンチ通過する時間程度滞在する.その間前方のバ
ンチが後方に影響及ぼすなら,バンチ結合不安定性を引き
起こすことは可能である.バンチ間の相関はシミュレー
ションで調べられた.あるバンチに小さな振幅を与えて,
電子雲を通過させ,その後方のバンチの受ける力を計算し
たものが図7である.この力は式(10)の航跡力に他ならな
図6 バンチの通過ごとのチェンバー内の平均電子密度およびビーム近傍の電子密度.50バンチ通過でほぼ定常状態に達している.
図5 電子のシミュレーションモデル.ビームチェンバーを円筒なので,その断面を表す(2次元モデル).ビームは中心を通過し,その際放射光が照らす右端から光電子が発生.ビームから力を受け運動する状態をシミュレーション.反射光,2次電子発生も考慮する.
図7 バンチ間相関.図6の計算を続け,100番目のバンチに変位を与え,以降のバンチの受ける力を計算.変位を 1 mmと2 mmの場合で,変位に対して航跡力は比例している.
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い.その相関力,航跡力からモードに対する不安定増幅度
を評価した結果が図8に描かれている.最も不安定なモー
ド(モード番号�~4500)はリング1周あたり 5120-4500
=620 位節のあるモードでその増幅時間は 1/3000 s=0.3 ms
と非常に早い.
この不安定モードは実験でも観測されている[14,15].
また加速器全体を弱いソレノイド磁場で覆うことで,電子
の運動を変え,対応して不安定モードが変わることも観測
された.この不安定性はバンチ数を増やそうとすると厳し
くなる.現在KEKBは3バケット間隔1600バンチで,バン
チ振動をフィードバックで抑えたり,ビームビーム衝突の
非線形によるランダウ減衰を利用することで安定化させて
いる.
KEKBで新たに観測されたのが,バンチ内振動不安定性
モードである[16].電子はバンチと相互作用している間,
以下の角周波数で振動する.
����
������
���������(12)
バンチの前部で振動が誘起されると,バンチの電子雲通過
と共に,後方にその周波数で伝わりバンチ内のベータトロ
ン振動の進行方向相関が生じる.電子の振動位相の変化,
������は3-5ラジアンで,バンチ内で電子は有意に振動
する.前節にあるようにバンチの振動モードと航跡力
(�-��の関数)は対角的ではないので,モード結合という形
で不安定性を引き起こす.この不安定性はモード結合なの
で,ビーム電流がある閾値をこえると,y方向のビームサ
イズが増大し,ルミノシティが上がらなくなる.この不安
定性はビーム近傍の電子雲を除去することで抑制できる.
そこでリングに沿って進行()方向に 50 G 程度の磁場を発
生するソレノイド磁石を巻き,電子をビームパイプ壁面に
トラップさせることで対処した.図9に2000-2001年の陽
電子電流に対するルミノシティを示す.2000年12月には
600 mA以上の電流ではルミノシティが下がっていた
が,2001年正月にソレノイドを足した効果が効いて,2001
年3月には陽電子電流増加に応じてルミノシティが上がる
ようになった.その後ソレノイド磁石は付け足され現在で
は加速器リングの隙間の95%以上巻かれている.
不安定性がモード結合によって起こっているかは,ビー
ムのシンクロ-ベータ信号を測定することで確かめられた
[17].図10にバンチ列にそっての振動周波数スペクトルを
示す.
不安定性のシミュレーションはビームビーム相互作用の
strong-strong法と同様な手法で行われてる.図11にシミュ
レーションによるスペクトルを示す.電子密度が閾値を超
えるとシンクロベータの山(右側)が発生し,電子密度の
増加と共に山の位置が右にシフトしていく.
4.5 まとめ電子陽電子円形衝突加速器におけるビームビーム衝突相
互作用,ビーム電子雲相互作用によるビーム不安定性を論
図8 図7の相関により決まる,バンチ結合不安定モード.不安定成長時間は 0.3 msと非常に早い.
図10 バンチごとの振動スペクトル.上は後方バンチ.チューン0.55は後方に行くに従い,大きくなり,0.6あたりからシンクロベータ振動を表すシンクロトロンサイドバンドを見ることができる.
図11 シミュレーションによって求めた電子密度ごとのベータトロンとそのシンクロトロンサイドバンド.この計算でのチューンは 0.58.バンチ後方は電子密度が高いので図10とよく一致していることがわかる[18].
図9 2000‐2001年の陽電子電流に対するルミノシティ.x,+は2000年12月測定,破線は2001年3月測定.
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471
じた.KEKBの初期はビーム電子雲不安定性との戦いで
あった.研究は理論,実験,シミュレーションを駆使して
行われ,ソレノイドコイルを加速器全体に巻きつけ,その
成果はルミノシティ記録更新という形で現れていった.ク
ラブ衝突によるルミノシティ向上は十分とは言えないが,
初期目標の2倍のルミノシティを達成した.カオスの制
御,チューンシフト限界の打破という目標で行ったクラブ
衝突であったが,非線形力学の物理的限界を極めるまでに
は至らなかったようである.今後KEKBは衝突点ビームサ
イズを極限まで小さく手法で高ルミノシティをめざす.こ
ちらはどちらかというと,技術的限界を極める方向であ
る.
参 考 文 献[1]E.D. Courant and H.S. Snyder, Ann. Phys. 3, 1 (1958).[2]M. Sands, SLAC-121 (1970).[3]OHO高エネルギー加速器セミナー,テキストシリーズ
(高エネルギー加速器科学研究奨励会1984).
[4]多和田正文:OHO’04高エネルギー加速器セミナー(2004).
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Journal of Plasma and Fusion Research Vol.86, No.8 August 2010
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