第5回 誘電体材料 補足資料_2010
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誘電体材料[1]誘電分極
物質に外部電界を印加すると、物質中の正電荷と負電荷が元の位置から変位し、よって、そ
れらの重心がずれて分極が生じる。 この誘電分極を物質にもたらす要因としては、以下の 4 つ
がある。
(1)誘電分極の種類
(i)電子分極 原子はその中心に位置する高密度の原
子核と、その周囲に雲のように分布している電子か
ら構成される。 図のように、外部電界のないときに
は、正電荷を帯びた原子核と負電荷を帯びた電子雲
の重心は一致しており、この場合、分極は現れない。
一方、外部電界を印加すると、電子雲は外部電界の
方向とは逆向きに変位し、よって、正負の重心がず
れ分極が生じる。 この分極は電子雲の振動の時間ス
ケール(10–16 ~10–15 s)で起こる。
(ii)イオン分極 イオン結晶中の正負イオンは、外部
電界に対して互いに逆向きに変位し、正負の重心が
ずれ、分極が生じる。 この分極は結晶の格子振動
の時間スケール(10–14~10–12 s)で生じる。
(iiii)配向分極 永久双極子を有する物質にみられる分
極である。 外部電界のないとき、各双極子は無秩序
に配向しており、正味の分極は存在しない。 外部電
界が印加されると、電界の方向に双極子を配向させ 、
正味の分極が生じる。 強誘電体は自発分極、すなわ
ち永久双極子を有し、よって、この配向分極の寄与
は大きい。 この分極は永久双極子の回転の時間スケ
ール108106 [s]で生じる。
(iv)界面分極 誘電体が不均一の場合、異種物質間の
境界に正負の電荷が蓄積される。 例えば、セラミ
ックスのような焼結体は、多数の結晶の集まりから
なり、材料内には多数の結晶粒界が存在する。その
粒界には正負の空間電荷が蓄積されているが、外部
電界が印加されると、正負の空間電荷は電界に対し 、
互いに逆方向に移動し、それぞれ別々の粒界に捕捉されて、分極が生じる。 この過程は空間電
荷の粒界から粒界への長距離移動と再捕捉といった現象を含み、よって、電界に対しての応答
が遅くなる。 この分極は104101 [s] の時間スケールで生じる。
(2)誘電分散
誘電分散とは、誘電率が外部交流電界の周波数によって変化する現象をいう。 具体的には、
図6.5に示すように、交流電界の周波数の増加に対し、誘電率は階段状に減少する。
原子核 電子雲
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これは、①, ②, ③, ④の各しきい周波数のところで、それぞれ、界面分極, 配向分極, イオン分
極, 電子分極が外部電界に追随できなくなり、それらの分極の寄与が消失する分、誘電率が減少
する。 また、①~④のしきい周波数における誘電率変化の挙動は、電子及びイオン分極につ
いては 下記(A)のような共鳴分散型で
あり、一方、配向及び界面分極につ
いては(B)の緩和分散型となる。 (A)の
共鳴分散型は、交流電界の振動数が、
電子雲の振動、あるいは格子振動の
固有振動数に一致するとき、いわゆ
る共振現象によって、それら振動の
振幅が著しく増大する現象に基づく。
(3)誘電損失(1)
D: 電束密度 [C/m2]
E: 外部電界 [V/m]
P: 分極 [C/m2],
: 誘起電率 [C V1 m1)]
外部電界E を角振動数 の交流電界と
する。
(2)
ここで、分極P が外部電界E に対して
追随できず、その結果、E に対して位相だけの遅れがD に生じるとすると、
(3)
(3)式は誘電率を次式のような複素誘電率’ として考えることと同等である。(4.1)
ただし、(4.2)
(4.3)
(4.4)
誘電損失
(2), (4.1), (4.2)式から変位電流をi’ は次式で与えられる
[C/(m2·s)]
(5)
単位体積、単位時間あたり、熱として散逸するエネルギーW(=誘電損失)はi, Eの実部のスカラー
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積をとって、[J/(m3·s)]
(6)
(6)式で与えられるWの1周期あたりの平均をとると、
(7)
(7)と(4.4)式から、誘電損失は、誘電率の虚数成分に比例
して大きくなる。 すなわち、各分極が外部電界に追随で
きなくなるしきい周波数付近で誘電損失は極大値をとる。
[2]強誘電体
(1)強誘電体の性質 物質固有の相転移温度(= Curie温度)以
下の温度において、外部電界E を印加した際に物質に生
じる分極Pが、図6.6に示すように、いわゆるヒステリシ
スループを描くように変化する性質を有する。 外部電
界を印加する直前、強誘電体材料全体の正味の分極はゼ
ロである ( 注 1) が、これにある一定以上の電界を印加する
と、その電界を取り去っても方向のそろった自発分極 Pr
(= 残留分極)が残存する。 さらに、逆電界によりその自
発分極が反転する。 なお、強誘電体材料を Curie温度以
上にすると、結晶構造の相転移が生じ、自発分極が消滅
して常誘電体として振る舞うようになる。
(2)代表的な強誘電体材料
代表的な強誘電体材料としては、BaTiO3 (チタン酸バリ
ウム)があげられる。 これは、図6.7(a)に示すようなペロ
ブスカイト型結晶構造を有している。 立方体の中心に
Ti4+イオンが、立方体の8つの頂点にBa2+イオンが、立方体
の6つの面心にO2–イオンがそれぞれ位置する。 BaTiO3は
そのCurie温度TC = 120ºCにおいて、立方晶から正方晶への相転移が生じ、図6.7(b)に示すように、
結晶の [001]方位に沿って正負のイオンが
逆方向に変位し、よって、正負イオンの
重心にずれが生じる。 その結果、外部電
界が存在しなくても、あるいは印加した
電界取り去っても自発分極が存在するよ
うになる。 ちなみに、BaTiO3の場合、さ
[001]
–
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らに温度を下げていくと、図1.38に示すように、0ºC付近で正方晶から斜方晶への相転移が生じ、
イオンは[110]方位に沿って変位し、さらに約–80 ºC付近では、斜方晶から菱面体晶への相転移
が生じ、イオンは[111]方位に沿って変位するといったように、温度によってその分極軸が変化
する。
(3) 上記(1)の下線部(注意1)について
上記(2)では、強誘電体は外部電界が存在しなくても自発分極が存在すると説明しているが、
このことと、(1)の下線部「外部電界を印加する直前において、強誘電体材料の正味の分極はゼ
ロである」という記述には一見矛盾があるようにみえる。 以下、このことに関して説明する。
チタン酸バリウム(BaTiO3)やチタン酸ジルコン酸鉛(PZT)などの強誘電性セラミックスは、焼
結によって無数の微結晶粒子が集合した、いわゆる多結晶体である(下図参照)。 図の多角形は
結晶粒を表しており、結晶粒間の境界は結晶粒界である。 各結晶粒には、複数の線(= ドメイ
ンウォール)で区切っているように、複数のドメインが存在する。 そして、各ドメインには、
図の矢印で示す向きの自発分極が存在している。 しかし、電界の無印加時において、各ドメ
インの自発分極は互いに無秩序な方向を向いているので、材料全体としては正味の分極はゼロ
となる。 しかし、ひとたび電界を印加し、それを強めていくと、無秩序な方向を向いていた自
発分極が次第に電界の方向へ揃うようになり、材料全体として正味の自発分極を有するように
なる。
(4)強誘電体材料の応用例
FeRAM (Ferroelectric RAM, 強誘電体メモリ )
MOSFETにおけるゲート電極と絶縁膜との間に強
誘電体層を設け、ゲート電圧を印加した後の強誘
電体の残留分極により不揮発性のメモリー機能を
もつ。
図の強誘電体層に用いる材料としては、以下のも
のがあげられる。
SrBi2Ta2O9, 通称 SBT
PbZrO3-PbTiO3 (1:1), 通称 PZT
(その他応用例) BaTiO3強誘電体セラミックスは積層セラミックコンデンサに利用されている。
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[3]圧電体
(1)圧電体の性質 圧電体とは図6.8に示すような圧電正効果と圧電逆効果を有する物質である。
(2) 圧 電 体 の代表的な材料と
その応用例
(注)アクチュエータ: 機械・装
置などで、エネルギーの供給を
受けて最終的な機械的仕事に変
換する機械要素
以下、上記表の主要なものについて説明する。
(i)PZT PZT(PbZrO3–PbTiO3 (1:1)の焼結体)やBaTiO3のようなABO3系多結晶粒子を焼結したてでき
たセラッミクスは、微結晶が無秩序に集合しているため、そのままでは圧電効果を示さないが 、
高い直流電界を加えると残留分極が生じ、圧電性を有するようになる。
(用途)
1. 圧電着火素子: 圧電体に機械的応力を加え、圧電正効果により発
生した高圧電界により、電気火花が生じ、それが気化した燃料ガス
に着火する。
2. インクジェットノズルへの利用: 右図のように ひとつひとつの
ノズルに、圧電素子(ピエゾ素子)が配置されている。 これに電圧
をかけて変形させ,インクを押し出す。 (キヤノン インクジェッ
ト技術開発センター 中島 一浩 氏の解説より) ちなみにこの方式
はEPSONが採用している方式で、CANONは小型ヒーターによる膜
沸騰方式を採用している。
(ii)LiNbO3 三方晶系 イルメナイト型の結晶構造を有する。
(用途) 表面弾性波(SAW)現象を用いた高周波フィル
ター (図は富士通研究所HPより)
右図のように圧電体基板上に、入出力用一対のす
だれ状電極を配置する。 ここで、入力側のすだれ
表面弾性波 (Surface Acoustic Wave, SAW)
5 m
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誘電体材料 6/6
状電極に高周波電圧を印加すると、圧電逆効果により、圧電体の基板表面を表面弾性波が伝搬
する。 ここで、すだれ電極の構造周期を(図では5 m)と設定したとする。 このとき、表面弾
性波の音速をVとして、f = V/で与えられる周波数成分のみがこの表面弾性波と強め合い、出力
側電極に出力される。
(iii)PVDF (poly-vinylidene fluoride) [-CF2CH2-]n C–F結合の双極子が分子全体にわたって揃うこと
で大きな自発分極が生じる。 PVDFフィルムは薄く(厚さ28から200µm、非常に柔軟であるので,
曲面や不定形材料などにも取り付けることが容易である。
(用途) スピーカー
(iv)水晶
固有振動数近くの周波数領域で誘導性リアクタンス(コイル)として作用する。 したがって、コ
ルピッツ型発振器に利用することで、高精度の発振器が実現する
(用途) 時計用発振子
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誘電体材料 7/6
[4]焦電体
(1)性質 焦電体に属する物質極性結晶であり、下記の焦電気という性質を有する。
(極性結晶) 結晶を構成するイオンの正負電荷の重心が一致していないために、電場をかけなく
ても自発分極を有している結晶をさす。
(焦電気)温度変化を電圧変化に変換する性質で、以下にその原理を説明する。
上図のように、焦電体材料(極性結晶)では、その自発分極に基づき、材料表面に電荷が現れるが、
通常、これは空気中のイオンの付着によって、電気的に中和されている。 しかし、赤外線など
の入射により、結晶内部の温度変化が変化すると、新たに自発分極が生じ、それに由来する表
面電荷が現れることで、材料両面に電位差が発生する。
(2)焦電体材料の応用例
・PZT: PbZrO3-PbTiO3 (1:1) 焼結体
・LiTaO3
(用途)人体から発生される赤外線による微妙な温度変化を捉えるセンサ
∙ ∙ ∙ ∙ 自動照明や自動ドア
[5]圧電体–焦電体–強誘電体の相関
1. 誘電体のうち、結晶が対称中心をもたない物質
は圧電性を示す
2. 圧電体のうち、極性結晶で自発分極を有する物
質は焦電性を示す
3. 焦電体のうち、外部電界により自発分極の方向
が変化する性質を有する物質が強誘電体である