5 芳香療法(アロマセラピー) とヘルスケア電子版 vol.5 no.1 2016 39 前の...

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電子版 Vol.5 No.1 2016 39 前の 記事へ 次の 記事へ 目次へ 5 芳香療法(アロマセラピー)という言葉ですが、「アロマ」は香り、「セラピー」 は療法という意味です。アロマセラピーはリラクセーション効果や鎮静効果など の効果のあることが知られていますが、近年これを健康維持や疾病の予防・治療 に活用する試みが増えてきています。その要因として香り成分の分析やその効 果の有無を科学的にしらべ評価できるようになってきたことが大きいと思われま す。バラやラベンダーの香りは気分を鎮める鎮静効果があり、レモングラスやレ モンなどの柑橘系の香りは気分を高揚させやる気を出させる効果があることはよ く知られています。ただ、それらはこれまで経験的にはわかっていたことですが、 なぜかという科学的根拠は長年不明のままでした。 香りの研究については古くは 10 世紀頃から行われてきました。嗅覚に関する研 究では、米国のリチャード・アクセル、リンダ・バックなどの基礎医学の研究者 が 1991 年に匂いの受容体の遺伝子をネズミで発見し、またその生理機能などを明 らかにして 2004 年にノーベル生理医学賞を受賞したことがこの分野での発展に たけのや ノ谷 文 ふみこ (塩田清二プロフィールは巻頭言参照) 星薬科大学薬学部 分子生理科学教室 1967年生。日本体育大学体育学部卒。医学博士(昭和大学)。2007年 星薬科大学薬学部運動生理学教室講師、2010年 星薬科大学薬学部運動 生理学教室准教授、2015 年 星薬科大学薬学部分子生理科学教室准教授。 スポーツ生理学および神経ペプチドの研究を行う。2015 年より日本糖尿 病・肥満動物学会理事、日本アロマセラピー学会評議委員。 Author 著者 Key words アロマセラピー / 脳機能 / 緩和医療 / 統合医療 星薬科大学 *先端生命科学研究所、**薬学部分子生理科学教室 *塩田 清二、**竹ノ谷 文子 芳香療法 (アロマセラピー) とヘルスケア

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     芳香療法(アロマセラピー)という言葉ですが、「アロマ」は香り、「セラピー」は療法という意味です。アロマセラピーはリラクセーション効果や鎮静効果などの効果のあることが知られていますが、近年これを健康維持や疾病の予防・治療に活用する試みが増えてきています。その要因として香り成分の分析やその効果の有無を科学的にしらべ評価できるようになってきたことが大きいと思われます。バラやラベンダーの香りは気分を鎮める鎮静効果があり、レモングラスやレモンなどの柑橘系の香りは気分を高揚させやる気を出させる効果があることはよく知られています。ただ、それらはこれまで経験的にはわかっていたことですが、なぜかという科学的根拠は長年不明のままでした。 香りの研究については古くは 10 世紀頃から行われてきました。嗅覚に関する研究では、米国のリチャード・アクセル、リンダ・バックなどの基礎医学の研究者が 1991 年に匂いの受容体の遺伝子をネズミで発見し、またその生理機能などを明らかにして 2004 年にノーベル生理医学賞を受賞したことがこの分野での発展に

    竹た け の や

    ノ谷 文ふみこ

    子(塩田清二プロフィールは巻頭言参照)星薬科大学薬学部 分子生理科学教室1967年生。日本体育大学体育学部卒。医学博士(昭和大学)。2007年 星薬科大学薬学部運動生理学教室講師、2010年 星薬科大学薬学部運動生理学教室准教授、2015年 星薬科大学薬学部分子生理科学教室准教授。スポーツ生理学および神経ペプチドの研究を行う。2015年より日本糖尿病・肥満動物学会理事、日本アロマセラピー学会評議委員。

    Author 著者

     Key words  アロマセラピー / 脳機能 / 緩和医療 / 統合医療

    星薬科大学 *先端生命科学研究所、**薬学部分子生理科学教室*塩田 清二、**竹ノ谷 文子

    芳香療法(アロマセラピー)とヘルスケア

  • Special Topic 5

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    大きく寄与したといってよいでしょう 1)。その後の嗅覚受容体の探索研究の結果、ヒトでは嗅覚受容体の遺伝子が 350 以上あることも遺伝子レベルでの研究で明らかになりました。また最近では、香りの脳への影響を直接画像で視覚化できる装置の開発も行われるようになり、より直接的に香りの脳へ作用することが分かってきました。   我々の研究室では、味の素の中央研究所の研究者の協力をえて、さまざまなにおいを動物に嗅がせ、fMRI 装置を使って動物(ラット)の脳機能の画像化を行いました。その結果、ジンジャーやティートリーの精油は、ラットの視床下部の

    図 1 ミイラ作りと植物香料

    図 2 香りに魅了された歴史的人物

  • Special Topic 5

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    摂食センターを刺激し、食欲を高めることが分かりました 2)。ただ残念ながら食欲を抑制する精油についてはよくわかっていません。食欲を抑制する精油がわかれば、ヒトにおいてダイエットの香りとして使える可能性が出てきます。これは将来的な研究課題であるといってよいでしょう。これらの香りの研究はまだ端緒についたばかりですが、この研究が進めば将来的にヒトの脳内における嗅覚伝導の情報伝達機構を明らかにすることが可能となるでしょう。 さらにアロマセラピーにより脳機能の機能解明が進めば、認知症などの患者さんの脳機能の機能解析や改善法の開発が進むと考えられます。認知症あるいはパーキンソン病などの患者さんは、嗅覚が障害されている場合が多いといわれています。我々は、近赤外光を使った NIRS(光トポグラフィー)という最近開発された装置を使用して香りと脳機能をしらべていますが、実際に認知症の患者さんでは香りに対する感受性が低下していることがわかりました 3)。近赤外光を脳に照射して香りを嗅いでもらい、とくに大脳皮質の脳血流を測定して実験研究を行っていますが、レモングラスの香りを嗅いで NIRS によって脳の血流量を見ると、大脳皮質前頭葉の内側部に脳血流量の増加がみられます 3)。他の乳香やコショウの香りではそのような脳血流の変化は認められませんでした。認知症の患者さんが健常人と比較して脳内のどの部位の脳血流量に差異があるか、その原因を探っています。とくに認知症の患者さんの多くは大脳皮質の前頭葉の脳血流量が低下しており、またその時に嗅覚の機能も低下していることが明らかとなってきています。そこで、芳香療法によって患者さんの脳機能を活性化し、記憶障害の

    図 3 アロマセラピーの概念