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7 THE WIZ ワークショップ リードシートのストレートメロディと歌詞について 2012 11 23 はじめに いつ THE WIZ ワークショップにご くださりありが うございます。 これま 3 ずつ してきました。 、大変 いをされた あったか います。 ころ をするために 、ふつう楽 す。ここ 、ワークショップ じゅう ん扱う かったジャズ について、 にメロディ をあてて えてみたい います。 1 「ジャズは楽譜通りに演奏しない」? 、ジャズ 楽ジャンル く演 えています。そ して 、「 あるジャズ りに演 い」 にするこ がありますが、 たして しょうか。 たちが演 する きに キー、コード 、楽 かれたこ をあえて するこ しょうか。 さん いかが すか。 つまり、 に演 する して楽 かれてい いだけ 「楽 りに し(よう め)ている」 いか われて す。 ジャズ 「楽 りに演 い」 く「 ずし りに演 され い」 いうほうが す。 2 ストレートメロディ ただし、メロディ し異 ります。 じキー じリズム テンポ した プレイヤー シンガーによってフレージング( し) 大きく異 ります。 いた メロディをストレートメロディ いいますが、ジャズ ぞいて、メロディが り演 されるこ ありません。 、楽 ためにある しょう。ストレートメロディを て演 する意 ある しょうか。 、ストレートメロディを するこ 、より ある演 をするために 、また を学 おいて えています。 3 リードシートとは リードシート ジャズを むポピュラー す。メロディ、 されるこ る)、コードネームを、 して一 きます。メンバー 員が じ楽 て演 きる がリード シート ジャズバンド ふつうリードシートを います。 コードを変 したり、 員が るリズム め(キック いいます)を えるこ 、メロディが影 1

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第 7回 THE WIZワークショップ特別寄稿

リードシートのストレートメロディと歌詞について

2012年 11月 23日

吉岡 直樹

はじめに

いつも THE WIZのワークショップにご参加くださりありがとうございます。

これまで毎回、課題曲を 3曲ずつ設定してきました。参加者の方は、準備や練習にと、大変な思いをされた

こともあったかと思います。

ところで、曲を練習をするためには、ふつう楽譜が必要です。ここでは、ワークショップでじゅうぶん扱う

ことのできなかったジャズの楽譜について、特にメロディや歌詞に焦点をあてて考えてみたいと思います。

1 「ジャズは楽譜通りに演奏しない」?

筆者は、ジャズとは音楽ジャンルではなく演奏方法だと考えています。その是非は措くとしても、「即興音

楽であるジャズは楽譜通りに演奏しない」と耳にすることがありますが、はたして本当でしょうか。

通常、私たちが演奏するときには、拍子やキー、コード進行、曲の構成など、楽譜に書かれたことをあえて

無視することなどほとんどないのではないでしょうか。皆さんの場合はいかがですか。

つまり、実際に演奏する音が具体的な音符として楽譜に書かれていないだけで、実際には案外「楽譜通りに

演奏し(ようと努め)ている」のではないかと思われてならないのです。

ジャズは「楽譜通りに演奏しない」のではなく「必ずしも原曲通りに演奏されない」というほうが正確です。

2 ストレートメロディ

ただし、メロディの場合は事情が少し異なります。同じ曲を同じキーや同じリズムやテンポで演奏したとし

てもプレイヤーやシンガーによってフレージング(節回し)は大きく異なります。

作曲者が書いた原曲のメロディをストレートメロディといいますが、ジャズの演奏では器楽曲など一部をの

ぞいて、メロディが原曲通り演奏されることはほとんどありません。

では、楽譜とは何のためにあるのでしょう。ストレートメロディを見て演奏する意味はあるのでしょうか。

筆者は、ストレートメロディを理解することは、より深みのある演奏をするためにも、また曲を学ぶ過程に

おいてもとても大切だと考えています。

3 リードシートとは

リードシートとはジャズを含むポピュラー音楽の記譜法の一種です。メロディ、歌詞(省略されることもあ

る)、コードネームを、原則として一段譜に書きます。メンバー全員が同じ楽譜を見て演奏できるのがリード

シートの特徴で、小編成のジャズバンドではふつうリードシートを使います。

コードを変更したり、全員が守るリズムの決め(キックといいます)を加えることで、メロディが影響を受

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けるような場合は別ですが、原則としてリードシートには原曲であるストレートメロディを書くのが望ましい

と筆者は考えます。そして、実際にはメロディ奏者(歌手)が自由(それには常に責任が伴います)なフレー

ジングで演奏するのがジャズの流儀でしょう。

では、作曲者が書いたストレートメロディとはどのようなものでしょうか。市販の楽譜にはストレートメロ

ディが書かれているのではないのでしょうか。

4 リードシートに書かれたメロディとストレートメロディ

残念なことに、市販の譜面のすべてがストレートメロディを掲載しているというわけではありません。

第 2回ワークショップの課題曲、コール・ポーターの You’d Be So Nice To Come Home To の 12-16小

節目を比べてみましょう。

資料 1 高島慶司編『スタンダードジャズのすべて 2』(全音楽譜出版社、1988年、394ページ)

資料 2 Dr. Herb Wong The Ultimate Jazz Fakebook “C” Edition Hal Leonard, 1988, p. 441

資料 3 The Real Book Volume II p. 403

資料 4 伊藤伸吾編著『ザ・プロフェッショナル スタンダード・ジャズハンドブック』(中央アート出版

社、1992年、188ページ)

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資料 1と 2は、コード表記が異なるものの、メロディはまったく同じであることがわかります。

資料 3は、資料 1・2と比べて全体的にシンコペーションをしているものの、ピッチ(音の高さ)はこれらと

まったく同じです。また、歌詞がありませんが、タイで結ばれた音を 1個と数えた場合、音符の数が資料 1・2

と同じですから、このまま歌詞を載せることができます。

資料 4は、全音低いキー(Gm/ B[)で書かれていますが、メロディのピッチが部分的に資料 1–3と異な

ります。また、音符の数も異なるので、このまま歌詞を載せようとすると字余りになってしまいます。

さて、これらの資料をどう評価したらよいのでしょう。

資料 1と 2は、引用した箇所に限らず、曲全体を通してメロディのピッチと符割が完全に一致していまし

た。コード表記にも共通点が多いので、どちらの資料も原曲を参照して収録したものと判断できます。

資料 3は、曲全体を通して、メロディの符割の違いがみられましたが、ピッチは資料 1と 2と完全に一致し

ていました。タイを一音と数えると音符が同数なので、そのまま歌詞を載せることができます。

資料 4は、曲全体を通して、資料 1–3と比べてメロディのピッチが異なる箇所が散見されました。音符の数

も異なるので、困ったことに歌詞をそのまま載せることができません。

このように、同じ曲でも資料によってこれほどの違いがあります。これは曲集のクオリティの差と言い換え

てよいのではないでしょうか。資料 1・2はともに原典にあたっている点で優秀ですが、筆者は唯一ヴァース

を収録している資料 1を特に評価したいと思います。資料 3はかろうじて許容範囲、資料 4は落第でしょう。

5 言語とメロディの関係

メロディは、歌詞の言語の影響を受けます。

さっそく、第 6回ワークショップ課題曲の『イパネマの娘』(英題、Girl From Ipanema。原題、Garota de

Ipanema)の冒頭 4小節を例にみてみます。次の 2つの資料を比べてみましょう。

資料 5 高島慶司編『スタンダードジャズのすべて 2』(全音楽譜出版社、1988年、46ページ)

資料 6 吉野幸子著『ボサノヴァ・ハンドブック 2すぐに使える 91曲 Vol. 44–91』(中央アート出版社、

2010年、6ページ)

いかがですか。大きな違いに気づかれたと思います。

資料 5は歌詞は英語です。前節で取り上げた資料 1と同じ曲集に収録されたもので、きちんとソース(原

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典)にあたって収録したことは疑いありません。おそらく参照したのは米国で出版された資料だったのでしょ

う。そこに掲載されていた英語の歌詞とメロディをそのまま収録したものと想像されます。

一方、資料 6は、吉野幸子さんによる優れた楽曲研究に裏打ちされたボサノバ曲集で、歌詞はポルトガル語

です。ブラジル本国に足を運び、著者みずから日本での出版のための交渉するなど苦労をされたそうです。

筆者(吉岡)は、この曲集を購入する際に、国内外の数種類のボサノバ曲集を入念に比較しました。これが

もっとも優れていると判断したのですが、比較に用いた曲のひとつがこの曲です。編者の異なる複数の曲集が

同じ符割で収録していましたから、資料 6の内容は信用してよさそうです。

つまり、このふたつの資料はいずれも信頼できるものです。それにもかかわらず大きく内容が異なるのは、

言語の違いが原因です。単にシラブル(音節)の数の違いだけでなく、言語固有のリズムがメロディに大きく

影響を及ぼしていることは、たいへん興味深い発見です。

それでは、資料 5と 6のどちらの譜面を使うべきでしょうか。

歌手であれば、英語とポルトガル語のいずれの言語で歌うかで答えはおのずと決まるでしょう。

悩ましいのはインストゥルメンタルで演奏する場合です。筆者自身は、ボサノバを育んだブラジルの大地

と、作曲者アントニオ・カルロス・ジョビンに敬意を払い、資料 6のリードシートで演奏したいと考えます。

おわりに

画家を志すひとが名作を模写をしたり同時代の作者の個展に通うように、ジャズを学ぶ私たちは、名盤とい

われているような録音資料や実際のライブ演奏から多くを学びます。

一方で、それら演奏を分析し、またみずから練習をするときには、楽譜と向き合うことも大切です。

本稿では、同じ曲でも曲集によってメロディが異なることを明らかにしました。これは曲集の質の違いに由

来します。ですから、なるべく質の高い楽譜、すなわち原典に取材し丁寧に編まれた曲集に学ぶべきです。

いわゆるスタンダードナンバーの多くは、ジャズで演奏するために作曲されたわけではありません。ですか

ら、原典に取材した曲集は、必ずしもジャムセッションのような場で使いやすい譜面ではないかもしれませ

ん。しかし、なるべく原典に忠実な質の高い譜面を用意して、原曲、さらには作者と向き合いたいものです。

筆者は、メロディを演奏する歌手や管楽器奏者にはもちろん、リズムセクションの奏者にもこのことを強調

したいと思います。リズムセクションの伴奏は、コードや拍子に対してではなく、実際のメロディに対して行

われるべきだと考えるからです。

THE WIZワークショップでは筆者も多くを学んでいます。特に、英語とポルトガル語の歌詞ごとに『イパ

ネマの娘』のメロディが大きく変化するという発見は、このワークショップがきっかけで気づいたことです。

今後も、ワークショップでともにジャズについて学んでいけたら、たいへん嬉しく思います。

最後に、原典のメロディを参照して編集されたと思われる筆者おすすめの曲集を紹介します。

• 高島慶司編『新版スタンダードジャズのすべてベスト 401』(全 2巻。別に資料編あり)(全音楽譜出版

社、2008年)(筆者が持っているのは旧版)

• 吉野幸子著『ボサノヴァ・ハンドブックすぐに使える 91曲』(全 2巻)(中央アート出版社、2010年)

• Dr. Herb Wong The Hal Leonard Real Jazz Book (Hal Leonard, 1988)

• The Ultimate Jazz Fakebook (Hal Leonard)

• Irving Berlin Fake Book (Hal Leonard, 1992)(曲集に収められることの少ないアービング・バーリン

の作品を補完してくれる一冊。)

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