8-4 ボアホール歪計で計測された歪変動の gps 観測との比 …-363 -...

3
363 ボアホール歪計で計測された歪変動の GPS 観測との比較:産総研安富観測 井の例 Comparison of a borehole strainmeter-measured strain variation with GPS, a case study at the Yasutomi station, GSJ, AIST. 8-4 産業技術総合研究所 Geological Survey of Japan, AIST 現在,ボアホール歪計による歪の観測においては,数週間から数ヶ月といった比較的中長期の現 象について,その信頼性の議論が続いている.こうした中,産業技術総合研究所(以降,単に産総 研という)が行っている,兵庫県の山崎断層近傍の安富観測点での石井式多成分ボアホール歪計では, 山崎断層近傍で生じていると推定される,時定数にして数ヶ月程度の非地震性すべりに伴うと考え られる変動が記録されており,数ヶ月程度の時定数の地殻変動の現象を捉えている可能性がある(北 川ほか 1) ).本報告では,こうした時定数でのボアホール歪計の特性を調べるために,安富観測点の 歪計で計測された線歪を,近傍にある国土地理院 GPS 連続観測網(GEONET)の GPS から求めた 歪と比較した. GPS による歪の計算は,以下のように行った.GPS データとして,国土地理院 2) による解析結果 の日値(F2 解)6 年分(2001/4/1 ~ 2006/3/31)を使用した.まず,ITRF 系による GPS の 3 次元 座標から水平面投影成分を計算し,歪計を囲む 3 点の GPS 局間の平面上での基線長を求めた.次に, ある時点での基線長の水平成分を基準として歪値を計算し,主歪計算を行って,歪計の設置方向に 対する線歪を求めた. GPS データには,アンテナの交換等によるステップが存在する.このステップを補正するため, 国土地理院 2) の方法に従って,ステップ前後の 10 日間のデータのそれぞれの平均の差を求め,その 大きさを推定した.ただし,欠測等のために,必ずしも 10 日分のデータ全てを使用できたわけでは なく,その場合にはステップの推定が不十分になっている場合があることに注意が必要である.こ うした補正の上,特に GPS で一番卓越する季節変動成分の傾向を見るために,直線トレンド成分, 年周・半年周成分を最小自乗法でフィットして,年周・半年周成分を取り出した. ボアホール歪計による歪データは,産業技術総合研究所 3) の結果を利用した.彼らは日値データ を使用して以下のデータ処理を行っている.一般に,ボアホール歪計は設置後,埋設後の初期緩和 による大きなドリフトが顕著である.そこで,指数関数をフィッティングすることでこれらのドリフ トを除去した.その上で,直線フィットして,中長期的な残差時系列を求めた.ただし,観測初期のデー タは原因不明の不安定な挙動を示すことが多いため,直線フィットする期間としては,観測開始数 年後のものに限定した. こうして求められた安富観測点周辺での比較結果を第 1 図に示す.黒点が安富観測点を囲む GEONET GPS 観測点(950346, 950347, 950350:第2図)から計算した線歪(ステップは補正済み), 白色の線が推定された直線トレンドと年周・半年周成分の和,一点鎖線が年周・半年周成分のみを 取り出したものを 10 倍して符号を逆転させて表示させたものである.また黒線はボアホール歪計に よるトレンド除去後の歪測定値である.黒点で表した GPS に基づく歪はトレンド等を取り除かない 生の時系列であるのに対して,黒線の歪計データは上記したようにドリフトを取り除いたものである ことに注意が必要である.歪計では,1998 年観測開始後の初期のデータは不安定であり,直線フィッ

Upload: others

Post on 06-Feb-2021

4 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

  • - 363-

    ボアホール歪計で計測された歪変動の GPS観測との比較:産総研安富観測井の例Comparison of a borehole strainmeter-measured strain variation with GPS, a case study at the Yasutomi station, GSJ, AIST.

    8-4

    産業技術総合研究所 Geological Survey of Japan, AIST

     現在,ボアホール歪計による歪の観測においては,数週間から数ヶ月といった比較的中長期の現象について,その信頼性の議論が続いている.こうした中,産業技術総合研究所(以降,単に産総研という)が行っている,兵庫県の山崎断層近傍の安富観測点での石井式多成分ボアホール歪計では,山崎断層近傍で生じていると推定される,時定数にして数ヶ月程度の非地震性すべりに伴うと考えられる変動が記録されており,数ヶ月程度の時定数の地殻変動の現象を捉えている可能性がある(北川ほか 1)).本報告では,こうした時定数でのボアホール歪計の特性を調べるために,安富観測点の歪計で計測された線歪を,近傍にある国土地理院 GPS連続観測網(GEONET)の GPSから求めた歪と比較した. GPSによる歪の計算は,以下のように行った.GPSデータとして,国土地理院 2)による解析結果の日値(F2 解)6 年分(2001/4/1 ~ 2006/3/31)を使用した.まず,ITRF系による GPSの 3次元座標から水平面投影成分を計算し,歪計を囲む3点の GPS局間の平面上での基線長を求めた.次に,ある時点での基線長の水平成分を基準として歪値を計算し,主歪計算を行って,歪計の設置方向に対する線歪を求めた. GPSデータには,アンテナの交換等によるステップが存在する.このステップを補正するため,国土地理院 2)の方法に従って,ステップ前後の 10 日間のデータのそれぞれの平均の差を求め,その大きさを推定した.ただし,欠測等のために,必ずしも 10 日分のデータ全てを使用できたわけではなく,その場合にはステップの推定が不十分になっている場合があることに注意が必要である.こうした補正の上,特に GPSで一番卓越する季節変動成分の傾向を見るために,直線トレンド成分,年周・半年周成分を最小自乗法でフィットして,年周・半年周成分を取り出した.  ボアホール歪計による歪データは,産業技術総合研究所 3)の結果を利用した.彼らは日値データを使用して以下のデータ処理を行っている.一般に,ボアホール歪計は設置後,埋設後の初期緩和による大きなドリフトが顕著である.そこで,指数関数をフィッティングすることでこれらのドリフトを除去した.その上で,直線フィットして,中長期的な残差時系列を求めた.ただし,観測初期のデータは原因不明の不安定な挙動を示すことが多いため,直線フィットする期間としては,観測開始数年後のものに限定した. こうして求められた安富観測点周辺での比較結果を第 1 図に示す.黒点が安富観測点を囲むGEONETの GPS観測点(950346, 950347, 950350:第2図)から計算した線歪(ステップは補正済み),白色の線が推定された直線トレンドと年周・半年周成分の和,一点鎖線が年周・半年周成分のみを取り出したものを 10 倍して符号を逆転させて表示させたものである.また黒線はボアホール歪計によるトレンド除去後の歪測定値である.黒点で表した GPSに基づく歪はトレンド等を取り除かない生の時系列であるのに対して,黒線の歪計データは上記したようにドリフトを取り除いたものであることに注意が必要である.歪計では,1998 年観測開始後の初期のデータは不安定であり,直線フィッ

  • - 364-

    トでは大きな変動が取れきれないことから,データが安定した 2001 年以降の値を示してある. 両者の比較から以下のことが分かる.まず,GPS,歪計両者とも顕著な季節変動的な成分がみられる.両者の位相は,N115°Eでは相関ははっきりしないが,N235°Eでは負の相関があるように見え(黒の線と一点鎖線で正の相関があるように見え),N355°Eでも同様の傾向が見える. 2002 年半ば以前や 2005 年半ば以降については,GPS(一点鎖線)と歪計の変動(黒線)に違いが見られるが,このうち,2002 年前後に N355°E,N115°Eの方向が大きく変動しているのは,近傍の山崎断層で発生したと考えられる非地震性すべりによるとみられる大きな変動の影響を受けているためであると考えられる(北川ほか 1)).この非地震性すべりによる影響は,歪計観測点に隣接した産総研の GPSによる水平変位にも認められるようであるが(北川ほか 1)),第1図の GPSによる歪データには認められない.この非地震性すべりは,産総研安富観測点から 10km以上離れた,今回使用した GPS局には影響しなかったごく局所的なものであったと考えるならば,第1図の GPS歪に変動が現れなくても不思議ではない.このように,2002 年半ば以降,2005 年半ば以前の N235°E,N355°Eの成分については, GPSによる季節変動と歪計との間に,負の相関の傾向が見られるといえる.ただし,季節変動の全振幅は N235°Eについては GPSによる歪と歪計によって観測された歪とでは同じ程度の大きさだが,他の成分では大きく違うため,キャリブレーションの妥当性等の更なる検討が必要である.               (大谷竜・板場智史・北川有一)

    参 考 文 献

     1) 北川有一・小泉尚嗣・大谷竜・渡辺邦彦・板場智史 , 山崎断層沿いの産業技術総合研究所安富観測点で観測された顕著な地殻歪変化 , 地震 2, 56, 245-254, 2003.

     2)国土地理院 , 電子基準点 1,200 点の全国整備について , 国土地理院時報 , 103, 2-51, 2004. 3) 産業技術総合研究所 , 産総研のボアホール歪計による近畿地方の地殻歪観測結果 (1997 年

    1 月~ 2005 年 9 月 ), 連絡会報 , 75, 487-494, 2006.

    http://cais.gsi.go.jp/YOCHIREN/report.html

  • - 365-

    2001 2002 2003 2004 2005 2006

    0

    5

    10

    x 10 −7

    year

    950346−950347−950350

    53

    2(ni

    arts

    enil

    ° )

    2001 2002 2003 2004 2005 2006 −8

    −6

    −4

    −2

    0

    2x 10

    −7

    year

    55

    3(ni

    arts

    enil

    ° )

    2001 2002 2003 2004 2005 2006 −8

    −6

    −4

    −2

    0

    2x 10

    −7

    year

    51

    1(ni

    arts

    enil

    ° )

    第1図 

    産総研

    第 1図  安富観測点のボアホール歪計と,周囲の国土地理院 GPSによる歪変化の比較.上からそれぞれ,N235°E,N355°E,N115°Eの線歪の成分.黒い実線が,トレンド除去後の歪計の測定値.黒点が安富観測井を囲む国土地理院の GPS(950346, 950347, 950350)から計算した線歪(ステップは補正済み),白色線が GPSから推定された年周・半年周成分と直線成分の和,一点鎖線がそのうち年周・半年周成分のみを取り出し,10 倍して符号を逆転させたもの.

    Fig.1  Line strain time series at N235°E,N355°E,N115°E at the Yasutomi station. Black thick line indicates de-trended borehole-derived line strain. Black dots are GPS-derived line strain, where the displacement data nearby three GPS stations of the GEONET (950346, 950347, 950350) surrounding the Yasutomi station are used to calculate the strain. White line is the estimated component of the sum of annual, semiannual, and linear trends by the least square fit of the GPS data. Dot dash line is the extracted annual and semiannual components whose amplitude is magnified by -10 times.

    第2図  産総研安富観測点(YSTM)とその周囲を囲む国土地理院の GPS観測点(950346, 950347, 950350)の位置

    Fig.2 Location of the Yasutomi (YSTM) and the GEONET (950346, 950347, 950350) stations.

    本文第1図、第2図