Ⅱ.上顎癌 - kkr札幌医療センターcancer 92:1495 1503, 2001. 2)nibu k, sugawara m, asai...

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頭頸部 70 Ⅱ.上顎癌 1.放射線療法の目的・意義 上顎癌ではリンパ節転移・遠隔転移の頻度は少なく,局所制御の可否が生命予後を 左右する。周囲を重要臓器(眼球,視神経,脳等)で囲まれているため完全切除困難 な例が多く,また一方で拡大手術により生じる顔面欠損は患者のQOLを著しく低下 させる。局所制御向上と手術範囲の縮小による機能形態温存のためにほぼ全例で放射 線治療が必要とされる。周囲臓器の放射線感受性が高いため放射線治療単独で用いら れることは少ない。欧米では進行症例に対し術後照射として施行される例が多いが, 本邦では三者併用療法(手術・放射線治療・抗癌剤の動注)が一般的である。しかし 手術の程度,放射線量と照射時期,使用薬剤などは施設ごとに異なり統一性はない。 様々な治療法が試みられているが,未だ標準治療は確立されていない。近年は三次元 照射による線量増加と動注療法の併用等による根治照射例も報告されている。 2.病期分類による放射線療法の適応 全ての進行期において放射線治療が施行される。従来は根治的適応ではないとされ てきたⅣ期においても30〜50%程度の局所制御例が報告されるようになっている 1〜3) 3.放射線治療 1)標的体積 GTV:原発腫瘍,および転移リンパ節。解剖が複雑でありまた副鼻腔炎を併発するこ とも多いため,腫瘍の進展範囲決定にはthin  slice  CT,MRI,PETCT等が必 要である。化学療法後に放射線治療を行う場合は化学療法前の腫瘍輪郭をGTV とすべきである 4) 。術後照射ではGTVの決定はより困難となるが,手術所見な どの情報も加味して残存腫瘍輪郭を決定する。 CTV:CTVの明確な設定基準はない。GTVおよび腫瘍の直接浸潤のない隣接領域と して,従来の二次元照射計画では眼窩,鼻腔,篩骨洞,蝶形骨洞,側頭下窩, 頬部軟部組織を含めるとされてきた。近年の三次元照射では,微視的浸潤方向 を考慮した上でGTVに 1 〜 2 ㎝マージンとする施設が多いようである 5,  6) 。い ずれの場合も眼球と涙腺は極力照射野からはずすべきである。 N0症例の場合,頸部リンパ節領域をCTVに含めるか否かの結論は出ていな い。リンパ節転移率は低いため不要とする意見が多いが 7) ,上顎洞外のリンパ 流の豊富な領域(上咽頭,中咽頭,口腔内,鼻腔)へ進展した扁平上皮癌症例 と未分化癌ではN0症例でも患側level  1b,level  2を含めるべきとする意見もあ 5, 8) 。しかしこの場合も下頸部はCTVに含める必要はないとされている。  PTV:上顎洞は骨構造で囲まれた領域であるため,呼吸や嚥下の影響は少なく,PTV

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Page 1: Ⅱ.上顎癌 - KKR札幌医療センターCancer 92:1495 1503, 2001. 2)Nibu K, Sugawara M, Asai M, et al. Results of multimodality therapy for squamous cell carcinoma of maxillary

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 Ⅱ.上顎癌

1.放射線療法の目的・意義 上顎癌ではリンパ節転移・遠隔転移の頻度は少なく,局所制御の可否が生命予後を左右する。周囲を重要臓器(眼球,視神経,脳等)で囲まれているため完全切除困難な例が多く,また一方で拡大手術により生じる顔面欠損は患者のQOLを著しく低下させる。局所制御向上と手術範囲の縮小による機能形態温存のためにほぼ全例で放射線治療が必要とされる。周囲臓器の放射線感受性が高いため放射線治療単独で用いられることは少ない。欧米では進行症例に対し術後照射として施行される例が多いが,本邦では三者併用療法(手術・放射線治療・抗癌剤の動注)が一般的である。しかし手術の程度,放射線量と照射時期,使用薬剤などは施設ごとに異なり統一性はない。様々な治療法が試みられているが,未だ標準治療は確立されていない。近年は三次元照射による線量増加と動注療法の併用等による根治照射例も報告されている。

2.病期分類による放射線療法の適応 全ての進行期において放射線治療が施行される。従来は根治的適応ではないとされてきたⅣ期においても30〜50%程度の局所制御例が報告されるようになっている1〜3)。

3.放射線治療1)標的体積GTV:原発腫瘍,および転移リンパ節。解剖が複雑でありまた副鼻腔炎を併発するこ

とも多いため,腫瘍の進展範囲決定にはthin slice CT,MRI,PET−CT等が必要である。化学療法後に放射線治療を行う場合は化学療法前の腫瘍輪郭をGTVとすべきである4)。術後照射ではGTVの決定はより困難となるが,手術所見などの情報も加味して残存腫瘍輪郭を決定する。

CTV:CTVの明確な設定基準はない。GTVおよび腫瘍の直接浸潤のない隣接領域として,従来の二次元照射計画では眼窩,鼻腔,篩骨洞,蝶形骨洞,側頭下窩,頬部軟部組織を含めるとされてきた。近年の三次元照射では,微視的浸潤方向を考慮した上でGTVに 1 〜 2 ㎝マージンとする施設が多いようである5,  6)。いずれの場合も眼球と涙腺は極力照射野からはずすべきである。

    N0症例の場合,頸部リンパ節領域をCTVに含めるか否かの結論は出ていない。リンパ節転移率は低いため不要とする意見が多いが7),上顎洞外のリンパ流の豊富な領域(上咽頭,中咽頭,口腔内,鼻腔)へ進展した扁平上皮癌症例と未分化癌ではN0症例でも患側level  1b,level  2を含めるべきとする意見もある5, 8)。しかしこの場合も下頸部はCTVに含める必要はないとされている。 

PTV:上顎洞は骨構造で囲まれた領域であるため,呼吸や嚥下の影響は少なく,PTV

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は適切な固定具を用いた上でCTV+0.5〜1.0㎝マージンとする。  2)放射線治療計画 患者固定はシェル固定が原則である。コルク,マウスピース等を用いて舌を下方に圧排し照射野からはずす。術後照射の場合,開洞後の腔には軟膏ガーゼを充填することが望ましい。治療計画に用いる計画用CT画像は 5 ㎜厚以下とする。二次元治療計画 必ずCTなどの画像を参照して計画する。原発巣には前方と側方からの直交二門照射あるいは側方照射に交差角をつける準直交二門照射が一般的である。病変の進展範囲によっては左右対向二門と前方一門の三門照射を用いる。水晶体・眼球・涙腺は可能な限り遮蔽する。くさび形フィルタを用い線量の均一性をはかる。 標準的な照射野とその線量分布を図1に示す。側方からは15°角度をつけ,前方との照射角75°としている。前方から眼球,涙腺を遮蔽し,側方から水晶体,側頭葉を出来うるかぎり遮蔽する。(図1) 三次元治療計画 三次元治療計画を用いることでより正確なCTVの設定とリスク臓器への過線量を回避することが可能となる。水晶体,視神経,視交叉,涙腺,唾液腺,脳脊髄等がリスク臓器である。リスク臓器は臓器輪郭+ 5 ㎜マージンとする。術後残存腫瘍に対する三次元照射の線量分布を図2に示す。脳幹,側頭葉,対側視神経を避け,腫瘍に線量を集中している。3)照射法,X線エネルギー  4 〜 6 MV X線を用いる。上述のごとく前方側方直交あるいは多少の照射角をつけた二門照射が標準である。腫瘍 図1.標準的な照射野とその線量分布

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の進展により三門照射等を用いる。くさび形フィルタを用い線量の均一性をはかる。 4)線量分割 三者併用療法の場合50Gy /25回/ 5 週程度を施行する施設が多い。しかし総線量は20Gy程度から60Gy以上まで施設により差がある。肉眼的残存のある術後例や放射線単独,あるいは動注療法併用での根治照射例では,標準分割線量で総線量65Gy以上は必要とされている9)。5)併用療法 手術と化学療法併用の三者併用療法が一般的であり,薬剤はシスプラチンや5−FUの使用が多い。薬剤は全身投与のほかに,選択的な経動脈的投与も用いられている。

4.標準的な治療成績 標準的治療法が確立されていないため,治療成績も報告により異なる。本邦で主に施行されている三者併用療法での 5 年生存率あるいは 5 年制御率は,40〜70%とされている。Nibuらは上顎洞全摘術や頭蓋底手術を用いた三者併用療法で 5 年局所制御率 T3:86%,T4:67%と報告し2), Yoshimura らは三者併用療法の成績を 5 年局所制御率 T1〜2:80%,T3:64%,T4:52%,また 5 年原病生存率 T1〜2:94%,T3:73%,T4:46%としている3)。HommaらはⅢ,Ⅳ期の非手術 20例を対象とした超選択的動注療法と放射線治療の併用によりCR 35%,PR 65%と報告している10)。

5.合併症 代表的な急性有害反応は放射線皮膚炎と口腔粘膜炎である。特に化学療法併用により重篤となることがあるので注意を要する。晩期有害反応としては白内障,緑内障,放射線網膜症,角膜炎,視神経障害,脳壊死,骨壊死,dry  eye などがある。脳,水晶体,涙腺は極力照射野からはずし,また健側視神経の照射線量には常に注意が必要である。障害発生率は照射体積, 1 回線量により異なる。わずか 1 〜 2 ㎜の照射誤差

図2.術後残存腫瘍に対する三次元照射とその線量分布

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でも,視神経領域の場合は最大線量あるいは照射体積が大きく変わり,耐容線量を超える場合がある。治療計画および治療再現性には細心の注意が必要である。 

6.参考文献1)Hayashi  T, Nonaka  S,  Bandoh N,  et  al.  Treatment  outcome  of  maxillary  sinus 

squamous cell carcinoma. Cancer 92 : 1495­1503, 2001. 2)Nibu K, Sugawara M, Asai M, et al. Results of multimodality therapy for squamous 

cell carcinoma of maxillary sinus. Cancer 94 : 1476­1482, 2002.3)Yoshimura R,  Shibuya H, Ogura  I,  et  al.  Trimodal  combination  therapy  for 

maxillary sinus carcinoma. Int J Radiat Oncol Biol Phys 53 : 656­663, 2002.4) Chao K, Ozyigit G : Paranasal sinus and Nasal cavity. Eds Chao K and Ozyigit G. 

Intensity Modulated Radiation Therapy  for Head  and Neck Cancer. Philadelphia, Lippincott Williams & Wilkins, 2003, p51­67.

5)Hoppe BS,  Stegman LD, Zeflefsky MJ,  et  al.  Treatment  of  nasal  cavity  and paranasal  sinus  cancer with modern  radiotherapy  techniques  in  the  postoperative setting –The MSKCC experience. Int J Radiat Oncol Biol Phys 67 : 691­702, 2007.

6) Daly ME, Chen AM, Bucci MK, et  al.  Intensity­modulated  radiation  therapy  for malignancies  of  the  nasal  cavity  and  paranasal  sinuses.  Int  J  Radiat  Oncol  Biol Phys 67 : 151­157, 2007.

7)Jansen EP, Keus RB, Hilgers FJ, et al. Does the combination of radiotherapy and debulking surgery favor survival in paranasal sinus carcinoma? Int J Radiat Oncol Biol Phys 48 : 27­35, 2000.

8)Jeremic  B,  Nguyen­Tan PF,  Bamberg M.  Elective  neck  irradiation  in  locally advanced squamous cell carcinoma of the maxillary sinus : a review. J Cancer Res Clin Oncol 128 :  235­238, 2002.

9) Giri  SP,  Reddy EK, Gemer LS,  et  al. Management  of  advanced  squamous  cell carcinomas of the maxillary sinus. Cancer 69 :  657­661, 1992.

10)Homma A, Furuta Y, Suzuki F,  et  al. Rapid  superselective  high­dose  cisplatin infusion with  concomitant  radiotherapy  for  advanced  head  and  neck  cancer. Head Neck 27 : 65­71, 2005.

  (栃木県済生会宇都宮病院診療部放射線科 柴山千秋,

 自治医科大学医学部放射線医学講座 仲澤聖則)