強度行動障害と医療 -...

Post on 06-Mar-2018

255 Views

Category:

Documents

1 Downloads

Preview:

Click to see full reader

TRANSCRIPT

強度行動障害と医療

川村学園女子大学 文学部心理学科 渡邉 昭彦

平成29年10月17日

栃木県強度行動障害支援者養成研修(基礎研修)

1

行動の特徴と理解

• 「してはいけないこと(理由のないこと)」をする

• 「するはずのないこと(理由のわからないこと)」をする

• 制止してもやめない

• 理解を超えた理由

• その場の文脈ではない理由

• 注意されても理解できない(「罰」を「罰と感じない)

2

自分の枠で理解しない

思い込み

安易な理解否定的感情

3

思い込みは裏切られる!

私たちの日常に当てはめれば・・

• 「文化」が違う=本人なりの論理で行動している

• 「理解・解釈」が違う=異なった経験をしている

• 「言葉の意味が違う」=異なった言語を話している

• 利用者の感情を過剰に理解しない

• 思い込み・感情ぬきの客観的事実の観察(場所、時間、持続、他の利用者、体調、など)

• 関わりでどのように変化したか、しなかったかの関与しながらの観察

4

強度行動障害のもたらすもの

Glynis H. Murphy et al. Chronicity of Challenging Behaviours in People with Severe Intellectual Disabilities and/or Autism: A Total Population SampleJournal of Autism and Developmental Disorders, Vol. 35, No. 4, August 2005S. Mills* & J. Rose The relationship between challenging behaviour, burnout and cognitive variables in staff working with people who have intellectual disabilitiesjir_1438 844.Journal of Intellectual Disability Research volume 55 part 9 pp 844–857 september 2011

5

強度行動障害の経過

• 行動障害は多くの場合、年齢とともに改善する

• 年齢は10代がピークで、30代前半には改善する

• 自傷行為は2年間で約4割は消失する

• 睡眠障害は変わらない

• 言語能力が低いと自閉スペクトラム症の症状は持続する

• なぜこの年令で多くなるのか

• 新たに出現した問題はどのように考えるか

Glynis H. Murphy et al. Chronicity of Challenging Behaviours in People with Severe Intellectual Disabilities and/or Autism: A Total Population SampleJournal of Autism and Developmental Disorders, Vol. 35, No. 4, August 2005S.-A. Cooper et al. Adults with intellectual disabilities: prevalence, incidence and remission of self-injurious behaviour, and related factors : J Intelle Disab Res vol. 53 200–216 march 2009

6

どのような人たちか?

• 知的能力障害だけでなく、発達障害もある人が多い

• 知的能力障害児・者の入所施設には多い

• 現在の医学的診断基準では、「複数の発達障害をもつ人」と考えられる

発達障害の理解が重要

7

神経発達障害(発達障害)とは

• DSM-5(アメリカの診断基準)では• 発達期に発症する疾患で、発達期早期(小中学校入

学前)に明らかとなる• 個人的・社会的・学業または職業における機能の障

害を引き起こす• 発達の欠陥の範囲は、社会的技能または知能の全般

的な障害まで多岐にわたる• 神経発達症はしばしば他の疾患に併発する

• 代表的な障害は• 知的能力障害(ID)• 自閉スペクトラム症(ASD)• 注意欠如・多動症(ADHD)

8

知的能力障害の重症度と特徴

•小学校3,4年生レベルの読字・書字・計算はできる

•多くは就労し自立して生活可能軽度知的障害

•基本的な読字・書字は可能で、危険などはわかる

•助言や援助が必要なことがある中度知的障害

•読字・書字は困難だが日常的・習慣的な作業はできる

•日常生活や生活環境に監督を要する重度知的障害

•濃厚な援助を要する

•言語的なコミュニケーションが可能なこともある

•継続的な医療を要することがある最重度知的障害

85%

10%

5%

1%

9

軽度知的能力障害は気づきにくい

重症度 概念的領域 社会的領域 実用的領域

・就学前は明らかな概念形成の差はない・学齢期以降では読字、書字、算数、時間、金銭などの学習技能を身につけることが困難・成人では抽象的思考、実行機能(計画、戦略、優先順位の設定、認知的柔軟性)、短期記憶の障害がある・問題解決の方法が固定化される傾向

・対人的相互反応において未熟・コミュニケーション、会話、言語は未熟・年齢に応じた方法で情動や行動を制御することが困難、仲間から気づかれる・危険性の理解は限られ、社会的判断も未熟であるため他人に操作されやすい

・日常生活は年齢相応・複雑な判断(社会的サービスの利用)には支援を要する・概念的な技能を求められない、非競争的な職業は可能・健康管理、子育てには支援を必要とする

・学齢前の子どもでは言語の発達は遅い・学齢期の子どもでは読字、書字、算数、時間や金銭の管理は遅れている・成人期にも小学校水準の技能にとどまる

・話し言葉は同世代と比べて単純・人間関係は持てるかもしれない、時には恋愛関係も持てる・社会的判断、意思決定能力は限られ、重要な決断には支援が必要である

・日常生活は可能であるが、自立するには支援が必要である・概念的およびコミュニケーション能力が必要とされない職業につくことはできるかもしれない・日常生活や職業に付随する多様で一貫性のない作業には支援を必要とする・娯楽は楽しめる・社会的問題を生じることがある

10

中等度

1.複数の状況で社会的コミュニケーシヨンおよび対人的相互

反応における持続的な欠陥

2.行動,興味,または活動の限定された反復的な様式

• 上記の問題は、現在または病歴によって明らかとなる

• 症状は発達早期に存在していなければならない

• 社会的要求が能力の限界を超えるまでは症状は完全に明らかにならないかもしれないし、 その後の生活で学んだ対応の仕方によって隠されている場合もある

• 従来の自閉性障害、アスペルガー障害を含んでいるが、社会的コミュニケーションの障害のみの場合、社会的(語用論的)コミュニケーション障害に該当する可能性がある

自閉スペクトラム症とは

11

自閉スペクトラム症の症状

常同的・反復的な身体運動、物の使用、会話 単調な常同運動、反響言語、独特な言い回し

同一性への固執、習慣への頑ななこだわり、言語的・非言語的な儀式的行動様式 小さな変化に対する極度の苦痛(パニック)

きわめて限定された興味 感覚過敏

痛みや温度への無関心、特定の音または触感への過敏、対象を過度に嗅いだり触れたりする

情緒的関係の問題 異常な近づき方や通常の会話のやりとりができないこと 興味・情動・感情を共有することが難しいこと 社会的相互反応を開始したり応じたりすることができないこと

非言語的コミュニケーションの問題 まとまりのわるい言語的、非言語的コミュニケーション アイコンタクトと身振りの異常、非言語的コミュニケーシヨンの完全な欠落

対人関係を維持発展させること、理解すること 状況に合わせた行動の困難 ごっこ遊びの障害 他者に対する無関心

社会的コミュニケーション

行動・興味・活動

12

自閉スペクトラム症の行動特性

目の前のことにしか注意が向かない 自分勝手な方法でする 計画的に進められない 一部分しか覚えていない

対人関係

誤解しやすい、誤解されやすい 被害的になりやすい 自分の行為を他者の視点で振り返れない

作業課題

社会的行動

自分が納得しないと取り掛かれない 「とりあえず同じようにする」ができない 複数の情報を与えられると混乱する 目と手を同時に使う作業ができない 細かいところが気になって先に進めない

• フラッシュバック様の回想(何らかの類似性を通じて、時間を超えて過去の体験がよみがえり,そのときの情動もよみがえる)

自閉スペクトラム症の感覚障害

未分化な知覚

• 光と色彩,音色と雑音,強烈な臭いの世界

• 常同行動が目立つ(2歳前後)

視野・感覚野の狭窄

記憶形式の異常

• 小さい形(細部や隅)に目が向く

• 聞いた言葉の一部しか理解できない

• 年齢が進むと形態の理解の進化が進み,全体がわかるようになる

14

ADLとQOL

• ADL(日常生活活動)とは• 日常生活の基本的かつ具体的な活動で、主に食事、

排泄、整容(着替え、洗面、歯みがき、整髪など)、移動、入浴など基本的な行為・動作をいう

• リハビリテーション分野で患者の機能障害や効果測定のために開発された

• QOL(生活・人生の質)とは• ひとりひとりの人生の内容の質や社会的にみた生活

の質のことを指し、ある人がどれだけ人間らしい生活や自分らしい生活を送り、人生に幸福を見出しているかをいう

15

医学モデルと生活モデル

16

• 医学(医療)モデル

• 医学モデルは、様々な症状に対して対症療法ではなく、その根本的な病因を診断し、それに基づいて治療方針を示す

• 医師の専門性の基盤であり、個人内で完結する

• 病気を対象とし、治療により、より健康な状態で社会に参加することを目指す

• 生活(社会)モデル

• 障害は個人に帰する問題ではなく、様々な状態が絡み合った複雑さとして受け止める

• 個人のニーズの充足を目指す

• 医学モデルが問題なのではなく、本来、生活機能の視点が必要な問題に対して医学モデルを誤用することが問題

医学的検討 -身体的原因の探索-

• 行動障害と関連のある身体的状態• 尿失禁・尿路感染

• 慢性の痛み(身体障害、皮膚症状など)

• 慢性の睡眠障害

• 視覚障害(自傷行為と関連)

• 行動障害と関連のない身体的状態• 聴覚障害

• 運動障害

• てんかん

de Winter CF et al. Physical conditions and challenging behaviour in people with intellectual disability: a systematic review. J Intellect Disabil Res. 2011 Jul;55(7):675-698

17

県内医療機関の現状

[成人]

• 成人になった場合は• こどものときからの児童精神科医が持ち越して診療する• 成人になっての初診は成人の精神科医• 成人の精神科医にとってはボランティア活動?

• 入院は精神科病院、専門の病棟はない• 精神の精神科病院は統合失調症と認知症が中心• 民間病院では発達障害の入院治療は難しい

• 医療側に経験がない• 高齢の患者に危険• 退院・引取の保証がない• 長期入院は経営を圧迫する

短期入院の徹底が必要

薬物療法のまえに考えること

[理解]

① その行動障害の時間的因果関係を考える(5W1Hを整理する)

② 行動障害を悪化させた理由を考えてみる

③ 行動のメッセージ(意味)を推測する

[対応]

④ キーパーソンを中心に信頼を回復できる対人環境

⑤ 話し言葉に依存しないコミュニケーション

⑥ 本人に理解しやすい環境を作る(生活の構造化・リズム作り)

⑦ 行動障害の前のサインを探す

⑧ 別の適応的な行動に誘う

⑨ 静穏環境を整え知覚過敏を予防

(「タイムアウト」「カームダウン」の学習)

19

タイムアウトとは

20

[定義]

• 子どもを落ち着かせたり自己の行動を反省させるため、または親や教師が怒りを収めたり対処方法を考える時間を持つために、子どもを所定の場所で一定時間じっとさせておくこと

[目的]

• 神経の高ぶりを納めること(カームダウン)が目的

• 周囲が関われば関わるほど、騒げば良いことがある(疾病利得)を学習するため、安全を確保できる場所で「放っておく」

[方法]

• 静かなところとか、あまり明るくないところで刺激を遮断する

• 「逃げ場所」を作り、本人が主体的に利用できるように働きかける

・ 叱るときは,その場で強く手短に叱る・ 長々とお説教をすると不快な刺激となり,次の

問題行動の要因となることがある・一回の教育で根本的な解決を考えない

行動修正の考え方

はじめに検討すること

・ 現在の対応が問題行動の強化因子になっていないか

・ 過度な要求をしていないか・ 本人のプライドに見合った要求か

無効なもしくは逆効果な対応

原則的な対応

・ 非指示的な対応(「考えればわかるでしょ」)・ オペラント条件付け(できたらご褒美)・ 罰(意味がわからず、不快さが次の問題行動を

誘発することがある

21

医学的対応の位置づけ

22

どのような薬が使われるのか日本ではすべて適用外使用

名称 本来の適応疾患 使用の目的 用量(1日量)

リスパダール※

統合失調症

鎮静興奮の軽減こだわりの軽減

~2㎎

エビリファイ※ ~6㎎

ハロペリドール ~3㎎

ジプレキサ

鎮静興奮の軽減

~5㎎

セロクエル

ロナセン

ルーラン

ルボックスうつ病 こだわりの軽減

~150㎎

パキシル ~20㎎

コンサータ ADHD 多動の改善 ~72㎎

※ アメリカでは自閉スペクトラム症の興奮・衝動性に使用が認められている23

薬は効果があるのか?

Peter Tyrer. et al. Risperidone, haloperidol, and placebo in the treatment of aggressive challenging behaviour in patients with intellectual disability: a randomised controlled trial. Lancet Vol 371 January 5, 2008 57 - 63

何をしても良くなっている

新しい薬だから効くわけでもない

結局、統計的に差はなかった

薬に過信は禁物!個人的関わりが有効?

24

薬を増やしても効果は変わらない

RONALD N. et al. A Placebo-Controlled, Fixed-Dose Study of Aripiprazole in Children and Adolescents With Irritability Associated With Autistic DisorderJ. AM. ACAD. CHILD ADOLESC. PSYCHIATRY, 48:11, NOVEMBER 2009

偽薬(乳糖など)に比べて、統計的には有効

25

だからといって完全に問題が解決するわけではない

薬を増やしても効果は変わらない

薬の効果は中止しても持続する

Research Units on Pediatric Psychopharmacology Autism Network : Risperidone Treatment of Autistic Disorder: Longer-Term Benefits and Blinded Discontinuation After 6 Months Am J Psychiatry 2005; 162:1361–1369

リスパダールは少量(1.96 mg/day)でも効果があった

8週間服薬し、効果のあった群を薬なしで6ヶ月経過を観察したが大きな変化はなかった

大量に使用しない漫然と続けない効果はあるが、完全ではない

26

薬物療法の効果と限界

• 限られた条件の効果は確認されている

• 効果がある場合は、少量で効果がある

• 「なおす」薬ではなく、落ち着ける薬

• 強度行動障害や自閉スペクトラム症に開発された薬ではない

• 完全に問題が解決するわけではない

• 強度行動障害全般への効果は確認できない

• 大量に使用しても変化はなく、副作用だけ目立つ

• 増やした当初は効果があるように見える

• 薬で「気持ち」は変えられない

• 「過剰な期待」は裏切られる

27

薬物療法による副作用

• 身体症状• 肥満(体重増加)

• 血圧(薬により低血圧・高血圧)

• QT延長

• 悪性症候群(高熱・異常発汗・体の硬直)

• 尿閉・腎機能障害

• 生活場面• 食欲低下

• 眠気・倦怠感・よだれ

• 前傾姿勢・手の震え・嚥下困難

• 行動場面• イライラ・落ち着きの無さ

• 衝動行為

28

入院の目的を明確にする

• 外来でできなかった医学的検査・身体的治療

• 薬物療法の検討、とくに多剤大量の薬の減量

• 生活の場以外での行動観察

• タイムアウト

• 「養育者の休息」は悪いことではない• 虐待・燃え尽きの予防

• 振り返りの機会

• 「こちらの都合」を自覚することは必要

29

終わりに

• 「強度行動障害」に相当する英語は

“Challenging behavior”らしい

“Challenge”と聞くと

• 日本語の語感 困難な課題を達成する努力

• 英語の語感 結果を恐れず行動すること

• 相手に固有な考え方の様式を知らずに理解しようとすると、誤解を生じる

30

top related