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Titleヒーローの文化的境界線 : 第二次世界大戦後における日米台マンガ・ヒーローの比較研究(1945-1973)( Abstract_要旨 )
Author(s) 孫, 郁�
Citation Kyoto University (京都大学)
Issue Date 2008-03-24
URL http://hdl.handle.net/2433/136476
Right
Type Thesis or Dissertation
Textversion none
Kyoto University
―1509―
【636】
氏 名 孫ソン
郁イク
学位(専攻分野) 博 士 (人間・環境学)
学 位 記 番 号 人 博 第 413 号
学位授与の日付 平 成 20 年 3 月 24 日
学位授与の要件 学 位 規 則 第 4 条 第 1 項 該 当
研究科・専攻 人 間 ・ 環 境 学 研 究 科 共 生 文 明 学 専 攻
学位論文題目 ヒーローの文化的境界線 ――第二次世界大戦後における日米台マンガ・ヒーローの比較研究
(1945-1973)
雫斐
(主 査)論文調査委員 教 授 前川玲子 教 授 島田真杉 准教授 ブライアン ハヤシ マサル
論 文 内 容 の 要 旨
本学位申請論文は,第二次世界大戦後から70年代初頭までの日本,アメリカ,台湾のマンガを取り上げ,各地域のマンガ
作品が外国の影響を受けながら自国の社会状況に適応して現地化されてきた過程を検証し,戦後の環太平洋地域におけるマ
ンガ交流の足跡を辿る国際的な比較研究である。
全体は序論と5つの章および結語からなる。申請者はまず序論において,文化本質主義か外来文化の押し付けかという二
者択一的な文化論に傾きがちだった先行研究の枠を超えるものとして,本論文を位置づける。すなわち,マンガという視覚
媒体を通した文化の越境,相互浸透に注目することで,今までそれぞれ個別的に行われてきたマンガ研究を統合し,立体的
に構成し直すことが本論文の狙いであることを明確にする。
第1章では,日本漫画が1960年代において隆盛の一時代を築いた複数の要因を,貸本屋という独自の流通網,大衆娯楽と
しての紙芝居,さらに戦前に人気を博した漫画,少年雑誌,小説にまで遡って考察する。こうした子供文化の歴史的考察を
通して漫画隆盛の要因を探る一方で,50年代後半から大手出版社が販路拡大のために打ち出した新戦略にも注目する。漫画
のアニメ化などテレビとの提携を取り入れる一方で,年齢別に細分化された読者層をターゲットにした内容の差異化を図る
ことで,漫画読者を子どもから少年・青年層まで拡大していったプロセスが浮き彫りにされる。
第2章では,戦後の日本漫画に登場する代表的なヒーロー類型を時系列で追う。まず,占領期に出現したカウボーイとジ
ャングル・ヒーローなど西洋風の主人公たちが,連合軍が去って以降,時代物ヒーローや熱血スポーツ少年などに取って代
わられた経過を,GHQの文化政策や日本の政治・社会状況を交えて論じる。しかし,60年代に入って,アメリカの影響を
色濃く残したスーパーマン型の超能力ヒーローは形を変えて,日本の漫画に欠かせない主役になった。やがて,そうしたヒ
ーロー像が,戦記もの,忍者もの,スポーツ漫画,SFなど多様なジャンルに広がっていったことが具体的に検証される。
そこには,高度成長期の日本の諸相を反映するかのように,国を背負って戦うヒーローや,個人的な理想を目指して困難を
乗り越えてゆくヒーローといった多様な青春群像が描かれたと指摘する。
第3章では,アメリカの文学作品や大衆小説を扱い,神話英雄の半神的力と高貴な信念を持つ紳士型ウェスタン・ヒーロ
ーが,アメリカ的スーパーヒーローの原型を形作ったという考察がなされる。そして,こうしたスーパーヒーローが,恐慌
と第二次世界大戦の危機の時代を背景にして社会正義と救国のヒーローとなり,冷戦期には反共戦士に変容し,ベトナム反
戦や若者の反乱の60年代には,アメリカの正義に対して懐疑的な人間臭いヒーローへと変貌していったとの議論が展開され
る。このようにスーパーヒーローの軌跡を辿るとともに,赤狩り時代に強化されたコミックの規制が,コミック業界の沈滞
と周縁化をもたらしたと示唆する。
第4章では,日本による植民地教育を受けた台湾人漫画家と,戦後中国から台湾にきた漫画家とが,新しい台湾漫画の道
を模索してきた歴史を辿りながら,台湾漫画におけるヒーロー像の形成の歴史的背景を探る。戦後に台湾漫画の主流となっ
たのは,香港を含む中国語圏でブームとなった武侠小説から着想を得た武侠ヒーローだった。しかし,台湾政府の思想規制
ブン
―1510―
と検閲制度が,台湾漫画家の創作意欲の低下と台湾漫画産業の衰退につながる一方で,検閲の網の目を逃れた日本漫画の盗
作版が大量に出版されるという皮肉な結果になったことが指摘される。
第5章では,漫画ヒーローの概念と視覚的要素が,いかに異なる文化圏に受容されたかというマンガのトランス・ナショ
ナルな越境のプロセスを,その生産面・作品面・受容面の比較を通して論じる。文化的境界線を越えて共通するマンガの諸
要素と,逆に現地化の過程で,元の意味が脱落して異なった意味を付与された視覚的記号の事例を挙げながら,文化的境界
線を越えるものと,越えられない諸要素が分類され,その要因が分析される。
結語では,本論の議論が整理され,マンガのヒーローは,自国文化固有の価値観や美意識と異文化圏からの視覚記号の組
み合わせであり,読者にそれぞれ解読されて,多様な意味が生成されることが明らかにされる。日本,アメリカ,台湾の戦
後マンガのヒーロー描写に使用された混成的な視覚言語の考察は,環太平洋圏における文化の越境と浸透のプロセスの解明
に資すると述べられ,その考察方法を今後いっそう練成していく方向性が示唆される。
論 文 審 査 の 結 果 の 要 旨
マンガは,文化史研究,メディア論,大衆文化論などの中で扱われることが近年多くなったが,アカデミックな研究の対
象としてはいまだ未発達な分野である。本学位申請論文は,地域の特殊文化として捉えられる傾向が強かった閉鎖的なマン
ガ研究を,国際的な視野で統合する意欲的な試みである。申請者は,日本,アメリカ,台湾という三地域のマンガ作品に登
場するヒーローの変遷に注目し,それぞれの地域社会による異文化の受容や拒否のプロセスの解明に取り組んだ。
本論文は,第一に,英語,日本語,中国語の文献を広く渉猟し,各地域のマンガ作品のテクストとそれを取り巻く社会・
文化史的コンテクストを丹念に読み解くことで,第二次世界大戦後約20年間にわたる各地域の社会・文化史に新しい光をあ
てたという点で評価できる。第二に,申請者は,これら三地域のマンガ・ヒーローには,地域固有の文化的特徴が反映され
ていると同時に,文化的境界線を越境した相互影響関係があることを実証的に提示することに成功し,マンガを日本の固有
文化だとする最近の文化本質主義的論議に一石を投じている。
第1章では,日本の戦前から戦後にかけての漫画をめぐる文化史,生活史が詳細に扱われ,漫画という視覚文化が日本の
庶民生活の中に定着していった過程を,紙芝居,絵本,少年・少女向け雑誌,貸し本屋の歴史のなかに探る。ここでは,戦
後の漫画ブームがアメリカン・コミックの流入という外来文化の影響の産物であるとともに,大正期から昭和初期に確立さ
れていった視覚的な大衆文化への日本人の嗜好と深く関わりあっていたことが強調され,戦前と戦後の大衆文化の連続性が
浮き彫りになっている。
第2章では,占領期,戦後復興が実現していく1950年代から60年代初め,高度経済成長期からオイル・ショック頃までの
3つの時代区分の下に,それぞれの時期を代表する漫画作品をとりあげる。作品分析という観点からみると,漫画ヒーロー
と社会的背景との関係をやや短絡的に捉えすぎるきらいはあるが,その一方で,個別の作品を取り巻く人間模様や社会現象
への申請者の細かな目配りは注目に値する。例えば,漫画という視覚媒体に新しい表現の可能性をみた意欲的な漫画家たち
の出現,漫画の商品価値を高めようとする雑誌編集者の意図,漫画読者の多様化といった様々なファクターに光があてられ
ている点が優れている。
第3章では,アメリカン・コミックの中のスーパーヒーローのルーツがギリシャ神話やアメリカ西部のヒーローに遡って
論じられ,さらに大恐慌,第二次世界大戦,冷戦などの政治的文脈のなかでスーパーヒーローに託すアメリカ人の夢や願望
が変化していく過程が辿られる。政治的背景の掘り下げがさらに必要ではあるが,赤狩りの時代に起きたコミックへの集中
豪雨的非難やその後の自主規制など,文化史と政治史の接点ともいえる事象を扱っている点が,本論文に奥行きを与えてい
る。
台湾の漫画史を辿る第4章では,日本統治下において日本漫画の影響を受けた台湾の漫画家と中国大陸から来た漫画家が
出会うことで,文化混淆が実現していく過程や,香港のカンフーブームが台湾の漫画に与えた影響などが緻密に分析される。
日米台の影響関係だけではなく,中国語文化圏の中での文化の相互浸透が論じられており,文化の越境の実態が実証的に示
されている。
三地域の個別的叙述から相互関係へと展開する第5章では,外来の視覚記号の解読は,その社会の文化知識の基盤に深く
―1511―
関連していること,さらには,植民地支配や占領の影響は部分的かつ選択的であり,現地化の過程で支配的文化のマンガ・
ヒーローの原型からの離脱,変更が常に見られることが明らかにされている。この章では,実証的データをカルチュラル・
スタディーズの知見を援用して読み解く努力も見られ,本研究に文化研究としての広がりを与えている。結語では,これま
での議論がよく整理され,戦後の環太平洋地域における越境的マンガ交流史としての本論文に一貫性を与えるものになって
いる。
本論文は,全体的にみて高度な水準に達している。ヒーローの伝統的ルーツやマンガ作品と時代背景との屈折した関係と
いった問題の解明が十分になしきれていない憾みもあるが,このような瑕疵は,本論文の国際的比較研究としての独自性を
損ねるほどのものではなく,今後の研究の継続によって十分に補正しうるものである。とりわけ本学位申請論文は,異なる
文明・文化間における共生の可能性に注目する研究を目指して創設された共生文明学専攻,現代文明論講座にふさわしい内
容を備えているものと言える。
よって,本論文は博士(人間・環境学)の学位論文として価値あるものと認める。また,平成20年1月25日,論文内容と
それに関連した事項について試問を行った結果,合格と認めた。
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