第 1 設計の意義 章 〜設計とはどんなものか〜 · 2014. 12. 10. · 第1章...
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ここでは設計の必要性,設計の意義,企画と設計の関係,設計に対する心構
え,設計における基本的な視点を取り扱い,メカトロニクス設計の基本となる
エレクトロニクスとソフトウェアの設計が,機械の設計と同じ構造になってい
ることを示す.
1.1 設計の定義 〜 設計とは何をすることか?
自分の大切な人を喜ばせるために,何かものをプレゼントしたいと思ったと
きのことを考えてみよう.まず,その人が何を受け取ったら喜ぶかを考えるだ
ろう.その人の言ったことや行動を思い返して,どんな形や色のものが好きだ
ろうか,不便に感じていることや困っていることはないか,などを考えて,贈
りたいものを頭の中に思い浮かべる.そして次に,それを手に入れるにはどう
すればよいかを考え,店に行ったり,インターネットで調べたりするであろう.
しかし,どんなに探しても贈りたいものが見つからなかったら,どうするだろ
うか.諦めるしかないのだろうか? 答えは Noである.欲しいものがなかっ
たときには新しく作り出せばよいのである.
それでは,新しいものを作ろうとしたときのことを思い浮かべてみよう.ど
んな形や色で,どんな働きをするものかを具体的に考え,決めることが必要に
なる.そして,自分で製作できる場合を除いて,誰か製作の技術を持っている
人に,どんなものを作ってほしいかを伝える情報をつくることが必要になる.
このように,まだ世の中にない新しいものを生み出すときには,欲しいもの
設計の意義〜設計とはどんなものか〜1 章第
第 1章 設計の意義~設計とはどんなものか~
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が何かを具体的に考えること,決めること,それを伝えるための情報をつくる
ことが必要になる.本書では,これらの活動のすべてを設計であると定義する.
1.2 設計の意義 〜 使う人や社会のことを考えて設計しよう
上記の例で,できあがったものを自分の大切な人にプレゼントするときのこ
とを思い浮かべてみよう.贈ったものが,その人の好きな色や形だったり,困
っていることを解決してくれるものであったり,やりたいと思っていることを
実現するものであれば,心から喜んで使ってもらえるだろう.
設計の意義は,このように使う人が欲しいと思っているものを世の中に生み
出すことによって,その人に心から喜んでもらうことにある.
ここまでの例は,最終消費者向け(BtoC,Business to Consumer/Customer)
の製品設計者にしか当てはまらないと思われるかもしれない.しかし,企業向
け(BtoB,Business to Business)の生産財(生産設備など)設計者でも,プ
レゼントする相手を,自分の設計した機械を購入し,使用する人に置き換えて
考えれば本質は全く同じである.その人の要望をよく聞き,自分なりの工夫を
加えた製品を届けることで,その人の仕事が快適になり,よりよい仕事ができ
るようになったら素晴らしいと思うはずである.
読者には大学で研究用の装置を設計している人も多いだろう.研究において
大切なことは,自らの研究テーマが社会にとってどのように役立つ知見や技術
をもたらすかを考えることである.研究の世界では,得ようとする知見の新規
性や面白さばかりに重点が置かれがちであるが,いくら新しいことであっても
それが社会の役に立つ知見でなければ意味がない.自分なりに,その知見や生
み出された技術が,将来,誰かを助けたり,社会の発展に役立ったりしている
場面を想像した上で研究の企画や設計にあたってほしい.
このように,本書は,単に決められた仕様や機能をどのような機械で実現す
るかを考えるだけでなく,そもそも使う相手や社会にどのような価値を提供す
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1.3 設計の過程 ~ 設計者が考える範囲と深さ
るか,その実現のためには何をどう作ればよいか,ということから考える事こ
そが設計の意義であると考えている.
1.3 設計の過程 〜 設計者が考える範囲と深さ
設計の流れを図 1.1 に示す.設計は,大きく分けて,
(1) 新しい物を構想・着想するまでの過程
(2) 構想した物を具体化する過程
という 2つの過程からなる.
設計で考える対象は,課題の立案から,機械の廃棄まですべての過程である.
つまり,何をテーマとして考え,どのような課題を設定し,その課題を解決す
るために,どんな具体的な開発を立案するのか,どんな機械を設計対象として
立案するのか.それを具体化していくためにどのように設計案を構想していく
のか.構想したものをどのように製作する情報まで具体的にしていくのか.そ
して,実際の使用状況を想定し,使用時のメンテナンスや使用後の廃棄までを
考える.このようにテーマの設定,課題の立案,機械の構想,構想した機械の
具体化,製作,使用,維持管理,廃棄に至るすべての流れが設計で考える対象
である.
したがって,次のような考えは全くの間違いである.
・ 設計とは図面を描くこと.すなわち“設計=製図”の考え.
図面は設計者が考えた事柄を現し,伝えるものであり,その考えを作る
過程が設計であり,計画図から部品図に「ばらす」作業は何ら新しい情報
を作る過程ではない.「きれいな図面」を描くことが設計ではない.
・ いずれ,“設計なんかはコンピュータがやるだろう”という考え.
設計は,大きなテーマや課題の中で具体化されるものであり,人間が考
えなければ,設計は始まらない.
・ 設計とは“設計計算だ”という考え.これはまったく狭い見方である.
第 1章 設計の意義~設計とはどんなものか~
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1.3.1 新しい機械を構想・着想するまでの過程 まず図 1.1で示した設計の流れにおける①~③までの過程,つまり研究テー
マや開発テーマの設定から機械の構想までの過程について述べる.テーマの設
定とは,大学であれば,どのような研究テーマを立てるかということであり,
企業であれば,どのような視点から社会に役立つものを供給するかということ
である. テーマ設定に当たって考えることを図 1.2に示す.
テーマを設定する方法には:
● 既存の技術の問題点を分析し,改善の必要性,性能向上の必要性を把握す
る.
● 社会的要請,ニーズ,社会の変化を捉える.
● 新しい知識や技術(シーズ)の適用,応用,組み合わせを考えてみる.
などがある.
社会的必要性には,顕在化しているものと,潜在的なものとがある.地球温
①開発テーマ,研究テーマを設定する
新しいものを構想・着想するまでの過程
構想したものを具体化する過程
②具体的に開発・設計する課題を決める
③その課題を実現する機械の構想を立てる
④機械の具体的なシステム・構造をすべて決める
⑤製作・組立・検査 どう作るかどう検査するか
解体法,廃棄方法
⑥使用
⑦廃棄
④までにすべて考える
どう動くか,どんな使われ方をするか,メンテナンスをどうするか,安全か,環境への影響は,使い勝手はよいか
図 1.1 設計の流れ
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1.3 設計の過程 ~ 設計者が考える範囲と深さ
暖化防止のために省エネルギ機器を開発するとか,多発する事故を改善するた
めに機器を改善するなどの課題は,社会的必要性が顕在化している例である.
一方,新たな商品や知識によって,需要が顕在化するものもある.多くの企
業は,このような潜在的な需要に応える新商品を他に先駆けて開発して,「オ
ンリーワン」の商品を供給し,利益を上げることを求めている.大型コンピュ
ータしかなかった時代にマイクロコンピュータを開発することによって,新た
な需要が現れ,マイクロコンピュータがインターネットとつながることによっ
て,さらに新たな需要が増大していった.近年の情報技術の発展には目を見張
るものがある.ブルドーザに GPSをつけることによって世界中の機械の稼働
状況を知ることができるし,産業機械をインターネットにつなげることによっ
て,世界中の産業機械の稼働状況が把握でき,故障にもすぐに対応できる.既
存のものであっても,それを新たに組み合せたり,他に適用することによって,
新たに需要が発現することは非常に多い.一方,人間生活や社会事象を考察し
て,潜在的な需要を見つけるのも大事なことである.
近年日本の電機産業を凌駕している韓国のサムスン電子は,まず社員が海外
に行って,ホテルには泊まらず,現地の家に泊まって,一緒に生活し,現地の
人がどのような生活をして,どのような考え方をしているかを体得し,どのよ
うなニーズが潜在しているかを考えている.
図 1.2 テーマ設定にあたって考えること
既存技術の問題点の分析
そのテーマの価値必要性有用性
社会的要請,ニーズ
新しい知識,シーズの適用
を明らかにする例えば ・高齢化に対応した支援機器 ・手術支援機器 ・炭素繊維複合材の加工技術