第 7 章 雪氷中の光吸収性エアロゾル - hokkaido...

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94 7. 1 はじめに 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第 4 次報告書(IPCC 2007)から,放射強制力の見積り に黒色炭素(black carbonBC)による積雪汚染に よって雪氷面のアルベド(反射能)が低下する効 果(“BC on snow”)が追加された。BC は太陽光を 強く吸収するため大気を加熱するだけでなく,雪氷 面に沈着するとアルベドを低下させることが知られ ている(Warren and Wiscombe 1980)。IPCC の第 4 次報告書では雪面上の BC によって+0.1±0.1 W/m 2 の放射強制力(全球年平均値)が見積もられてい る。これは二酸化炭素による放射強制力+1.7±0.2 W/m 2 に比べるとかなり小さい。しかし,二酸化炭 素が全球・通年で温暖化に寄与するのに対し,雪氷 面上 BC によるアルベド低下は主に北半球の,しか も雪氷面上かつ日射のある季節に働く効果である。 従って,少なくとも,対象となる領域及び季節にお いては全球年平均値の何倍も大きな効果を持ってい るはずである。また,一旦積雪や海氷が融解すると, アルベドの低い地面や海水面が現れるため,極域の 温度上昇が加速され,さらにその周辺の雪氷面の融 解が加速されるという正のフィードバックが働く。 BC 以外にも光を吸収する性質のエアロゾル(光 吸収性エアロゾル)として,鉱物性ダスト(以下 単にダストと呼ぶ)や場合によっては一部の有機 炭素(organic carbonOC)も雪氷面アルベドを低 下させる可能性を持っているが,今のところ全球 的に放射収支への影響が議論されているのは BC けである。なお,積雪に含まれることによってア ルベドを低下させるエアロゾルのことを,歴史的 には Warren and Wiscombe1980)の中で“snow impurities”(積雪不純物)と表現され,現在でもそ の用語が使われているが,ここでは光吸収性エアロ ゾルと表現し,光吸収性の不溶性固体エアロゾル粒 子と定義する。 一般にエアロゾルが大気中に存在する場合,エア ロゾル粒子は短波放射に対する直接効果として,太 陽光を散乱し惑星アルベド(大気上端におけるアル ベド)を上昇させる冷却効果と,太陽光を吸収して 惑星アルベドを低下させる加熱効果を持っている。 硫酸や海塩粒子など光吸収性の弱いエアロゾルの場 合,冷却効果が加熱効果を凌駕する。一方,BC 逆で加熱効果の方が大きい。ダストによる放射収支 への影響は,その複素屈折率の不確定性の範囲で加 熱にも冷却にもなりうる(Tanaka et al. 2007)が, 第 7 章 雪氷中の光吸収性エアロゾル 青木輝夫 1) ・田中泰宙 2) 1)青木輝夫 Teruo Aoki 気象研究所 2)田中泰宙 Taichu Y. Tanaka 気象研究所

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7. 1 はじめに

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第 4

次報告書(IPCC 2007)から,放射強制力の見積りに黒色炭素(black carbon:BC)による積雪汚染によって雪氷面のアルベド(反射能)が低下する効果(“BC on snow”)が追加された。BCは太陽光を強く吸収するため大気を加熱するだけでなく,雪氷面に沈着するとアルベドを低下させることが知られている(Warren and Wiscombe 1980)。IPCCの第 4

次報告書では雪面上の BCによって+0.1±0.1 W/m2

の放射強制力(全球年平均値)が見積もられている。これは二酸化炭素による放射強制力+1.7±0.2

W/m2に比べるとかなり小さい。しかし,二酸化炭素が全球・通年で温暖化に寄与するのに対し,雪氷面上 BCによるアルベド低下は主に北半球の,しかも雪氷面上かつ日射のある季節に働く効果である。従って,少なくとも,対象となる領域及び季節においては全球年平均値の何倍も大きな効果を持っているはずである。また,一旦積雪や海氷が融解すると,アルベドの低い地面や海水面が現れるため,極域の温度上昇が加速され,さらにその周辺の雪氷面の融

解が加速されるという正のフィードバックが働く。BC以外にも光を吸収する性質のエアロゾル(光吸収性エアロゾル)として,鉱物性ダスト(以下単にダストと呼ぶ)や場合によっては一部の有機炭素(organic carbon:OC)も雪氷面アルベドを低下させる可能性を持っているが,今のところ全球的に放射収支への影響が議論されているのは BCだけである。なお,積雪に含まれることによってアルベドを低下させるエアロゾルのことを,歴史的には Warren and Wiscombe(1980)の中で“snow

impurities”(積雪不純物)と表現され,現在でもその用語が使われているが,ここでは光吸収性エアロゾルと表現し,光吸収性の不溶性固体エアロゾル粒子と定義する。一般にエアロゾルが大気中に存在する場合,エア

ロゾル粒子は短波放射に対する直接効果として,太陽光を散乱し惑星アルベド(大気上端におけるアルベド)を上昇させる冷却効果と,太陽光を吸収して惑星アルベドを低下させる加熱効果を持っている。硫酸や海塩粒子など光吸収性の弱いエアロゾルの場合,冷却効果が加熱効果を凌駕する。一方,BCは逆で加熱効果の方が大きい。ダストによる放射収支への影響は,その複素屈折率の不確定性の範囲で加熱にも冷却にもなりうる(Tanaka et al. 2007)が,

第 7 章

雪氷中の光吸収性エアロゾル

青木輝夫 1)・田中泰宙 2)

1)青木輝夫 Teruo Aoki 気象研究所2)田中泰宙 Taichu Y. Tanaka 気象研究所

Page 2: 第 7 章 雪氷中の光吸収性エアロゾル - Hokkaido …下,0.004,0.017,ざらめ雪の場合は,それぞれ0.004,0.018,0.070 になる。従って,BC 濃度が,新雪の

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雪氷面上では惑星アルベドを低下させるため,加熱に働く(Aoki et al. 2005)。積雪面のアルベドは,その中に含まれる光吸収性エアロゾル濃度だけでなく,積雪粒径,積雪の幾何学的な厚さ,含水率,物理的な構造といった積雪そのものの性質に加え,太陽天頂角,大気成分(主に雲)といった積雪表面への日射の照射条件を変化させる要素に依存して変化する(Wiscombe and Warren

1980; Aoki et al. 1999)。一般に積雪のアルベドは可視域で高く,近赤外域で低い。これは氷による光の吸収特性(複素屈折率の虚数部)を反映したものである。不純物がなく十分な深さ(30~50cm以上)の積雪の場合,近赤外域のアルベドは積雪粒径に強く依存し,可視域のアルベドは積雪粒径にあまり依存しないが,光吸収性エアロゾルによって積雪が汚染されている場合,可視域のアルベドはエアロゾル濃度に依存して低下し,その低下率は積雪粒径が大きいほど顕著である(Aoki et al. 2003)。これらの効果を気候モデルに取り入れるためには,吸収性エアロゾルの沈着過程,積雪中での濃度,粒径分布,光学特性,積雪粒径等多くの要素を考慮する必要がある。このことが放射強制力の見積りにおける不確定性に関係している。なお,大気中のエアロゾルが日射の照射条件を変えることにより積雪アルベドを変化させる効果は,雲の効果によるアルベド変化に比べると非常に小さい(Aoki et al. 1999)。このような積雪アルベドの光学特性を前提として,以下に極域における積雪中 BC及びダスト濃度の観測に関する現状と気候影響に関するモデル研究について見ていく。

7. 2 雪氷中のBC1濃度

7. 2. 1 表面付近の積雪中のBC濃度積雪中の BCによりアルベドが低下する割合は,

前章で述べたように積雪粒径に依存する。図 7.1は

Aoki et al.(2003)の放射伝達モデルによって,積雪表面のアルベドの BC及びダスト濃度依存性を,新雪とざらめ雪の場合について計算したものである。BC濃度が 1, 10, 100 ppbw2と増加すると,新雪の場合の表面アルベド低下量はそれぞれ 0.001以下,0.004,0.017,ざらめ雪の場合は,それぞれ 0.004,0.018,0.070になる。従って,BC濃度が,新雪の場合には数百 ppbw以上,ざらめ雪の場合には数十ppbw以上になると放射収支に影響が出始めると言える。積雪中の BC濃度の測定を北極域の広域で系統的に行った最初の研究は,Clarke and Noone(1985)であろう。彼らは 1983-84年にアラスカ,カナダ,グリーンランド,スカンジナビア半島,スバルバール諸島のそれぞれ北極海沿岸域と海氷上,グリーンランドの内陸部で採取された積雪試料をフィルターに濾過し,その光学的な透過率から EC濃度を求めた。この測定法は,フィルターの種類によってIntegrated Plate(IP)法(Lin et al. 1973など),または Integrated Sandwich(IS)法(Clarke et al. 1982)と呼ばれている。ここではこれらをまとめて光学法

図7.1 大気-積雪系の放射伝達モデルで計算した積雪表面のアルベドの積雪不純物濃度依存性。計算には晴天中緯度大気モデルを仮定し,太陽天頂角は60°,新雪の有効半径を50 μm,ざらめ雪の有効半径を1000 μmの条件下で,半無限で1層積雪モデルを仮定した。BCの複素屈折率はBond and Bergstrom (2006)の提案に基づき,波長依存性のない1.85-0.71iを使用,ダストの複素屈折率はAoki et al. (2005)のADEC-2データを用いた。

2 単位積雪重量あたりの BC重量比(ng/g)

1 光吸収性の炭素は,その測定方法によって“BC”,“elemental carbon(EC)”,“soot”といった様々な名称で呼ばれているため,ここではこれらを各文献の表現通りに記述する。

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と呼ぶことにする。測定結果は表 7.1に示すようにグリーンランドの Dye 3で 6.4 ppbw,その他の地域では数十 ppbwという放射収支に影響を及ぼす高濃度が観測されている。グリーンランドでは歴史的には氷床コア掘削

と一緒に表面積雪の分析が行われた。Chýlek et

al.(1987, 1995)はフィルター上に濾過した試料をECが燃焼する温度まで加熱し,OCと ECが異なった温度で揮発・燃焼することを利用して ECと OC

濃度を測定した。実際にはこれに光学的な手法を組み合わせているため,熱光学法と言われている。その結果,2.0 ppbw(Summit),2.4 ppbw(Camp

7.1 BC

ppbw *1

*2

Alert, Canada 56.9 (0-127) Nov.- Dec. 1984 O Clarke and Noone (1985)(83.5°N, 62.5°W)

Barrow, USA 22.9 (7.3-60.4) Apr. 1983, Mar. 1984 O Clarke and Noone (1985)(71.3°N, 156.6°W)

Abisko, Sweden 33.0 (8.8-77) Mar. - Apr. 1984 O Clarke and Noone (1985)(68.3°N, 18.5°W)

10 sites in Canada 15 (median) 2007 O Hegg et al. (2009)(63-68°N, 96-145°W)3 sites in Russia*3 22 (median) 2007 O Hegg et al. (2009)

Dye 3, Greenland 6.4 (4.3-8.5) May 1983 O Clarke and Noone (1985)(65.2°N, 43.8°W)

Summit, Greenland 2.0 (1.5-2.7) (1989-1990) TO Chýlek et al. (1995)(72.6°N, 38.5°W) 14.6 (4.2-30.1) 1996 (1994-1996) AT Slater et al. (2002)

0.55 (0.16-1.21) 2006 (2002-2006) TO Hagler et al. (2007)Camp Century Greenland 2.4 (2.1-2.6) ~1985 TO Chýlek et al. (1987)(77.2°N, 61.8°W)

8 sites in Greenland*4 4 (median) 2007 O Hegg et al. (2009)

Greenland Sea 38.7 (5.4-75.5) Jul. 1983 O Clarke and Noone (1985)(79.8°N, 4.2°W)

Arctic Ocean 4.4 (1-9) Mar. - Apr. 1998 O Grenfell et al. (2002)(76°N, 165°E)

7 sites around North Pole 4 (median) 2007 O Hegg et al. (2009)(~90°N)

Spitsbergen, Svalbard 30.9 (6.7-52) May 1983 O Clarke and Noone (1985)(79°N, 12°E)

7 sites in Svalbard 8.7 (0-80.8) Feb. - Apr. 2007 TO Forsström et al. (2009)(78-80°N, 12-24°E)

Siple Dome, Antarctica 2.5 1982-1985? TO Chýlek et al. (1987)(81.7° S, 148.8°W)

South Pole, Antarctica 0.23 (0.1-0.34) Jan. - Feb. 1986 O Warren and Clarke (1990)(90°S)

Vostok, Antarctica 0.6 Dec. 1990 - Feb. 1991 O Grenfell et al. (1994)(78.5° S, 106.9°W)

*1 TO: Thermal/optical method, AT: Acid-base wet oxidation/thermal method, O: Optical method *2 *3 Nar’yan Mar (67.6°N, 53.2°E), Khatanga (72.4°N,

103.3°E), Dikson (73.4°N, 81.4°E) *4 Petermann (81°N, 159°W), GITS (77.45°N, 60.5°W), NASA-SE (67.0°N, 43.0°W), Saddle (66.4°N, 44.5°W), Dye 2 (67.0°N, 46.0°W), Summit (72.6°N, 38.5°W), South Dome (63.3°N, 44.5°W)

Thule (76.4°N, 67.7°W),

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Century)という EC濃度を得ている。一方,Slater

et al.(2002)は,同じ加熱法に化学的な手法を組み合わせた方法(表 7.1では便宜的に酸化加熱法と呼ぶ)により OCと ECを分離し,Clarke and

Noone(1985)や Chýlek et al.(1987, 1995)よりも高い 14.6 ppbw(Summit)という濃度を得た。そして,最近では,Hagler et al.(2007)が熱光学法により 0.55 ppbw(Summit)という低い濃度を報告している。さらに,Hegg et al.(2009)はワシントン大学の Stephen Warrenの“Soot In Arctic Snow”プロジェクト(http://www.atmos.washington.edu/

sootinsnow/)によってグリーンランド上の 8つの観測サイトで得られた積雪を用いて,光学法により4 ppbwという中央値を得ている。これらを比較すると,Slater et al.(2002)の値を除き,0.55-2.4 ppbw

という低い範囲に分布している。図 7.1に基づけば,グリーンランドでは積雪中の BCは放射収支に対して大きな影響を与えないということになる。海氷上では Grenfell et al.(2002)が 1998年春の

Surface Heat Budget of the Arctic Ocean(SHEBA)の観測で得られた積雪サンプルから,光学法によって BC濃度を求めている。このときの濃度は風上側で 1-7 ppbw,船から 16 km離れた地点での平均濃度は 4.4 ppbwと報告している。この値はClarke and Noone(1985)による北極海における38.7 ppbw(1983年)よりも低い濃度で,Hegg et

al.(2009)による最新の北極点近傍における観測結果,4 ppbwに近い。3者の測定方法が同じであることから,1980年代よりも最近の積雪は BC濃度が低下している可能性がある。しかし,Clarke

and Noone(1985)では北極海の低緯度側での採集地点が多いため,試料採集地点の違いによる BC濃度の違いの可能性も考えられる。カナダやロシアにおける Hegg et al.(2009)の結果は,Clarke and Noone(1985)に比べると低い値を示しているが,最近のグリーンランドや北極海での測定値に比べるとやや高く,10 ppbwを超えている。一方,スバルバール諸島では,Forsström et

al.(2009)が 2007年に周辺の数百キロ範囲の広域

で積雪試料を集め,熱光学法で EC濃度を求めた。その結果,ローカルな汚染を除き,平均値で 8.7

ppbwという値を得ている。この値はやはり Clarke

and Noone(1985)の 30.9 ppbw(1983年)よりも小さく,最近,BC濃度が減少していることを示唆している。また,個々の測定値は 0-80.8 ppbwの範囲に分布し,それらはスバルバール諸島の東側で高濃度,西側で低濃度であった。彼らは大気エアロゾルの観測も行い,流跡線解析から東風のときに大気中のすす濃度が高かったことが,東側の積雪中EC濃度が高いことに関連していると述べている。Hegg et al.(2009)は表 7.1に示す彼らの積雪試料中の BC及び他の化学成分の分析結果を Positive

Matrix Factorization (PFM) modelに入力し,北極域における BC濃度は,(1)ロシアのバイオマス燃焼起源,(2)北米のバイオマス燃焼起源,(3)人為汚染起源,(4)海洋起源の 4つの内,(1)と(2)の 2つの要素で積雪中 BC濃度の 90%を説明でき,また,特にロシアのバイオマス燃焼起源の割合が高いと結論付けている。このことはスバルバール諸島における Forsström et al.(2009)の解析結果と整合する。参考までに南極のことも若干触れておくと,南極では低濃度の BC濃度が報告されている。Chýlek

et al.(1987)は 1980年代にロス棚氷の東側に位置する Sipleドームの積雪試料から熱光学法で 2.5

ppbwという結果を得ている。更に内陸の基地では Warren and Clarke(1990)が 1986年に南極点基地の積雪試料から光学法で 0.23 ppbw,Grenfell et

al.(1994)が 1990-1991年にボストーク基地で 0.6

ppbwという値を得ている。これらの BC濃度範囲ではアルベドへの影響は非常に小さいと考えられる。

7. 2. 2 氷床コア中のBC濃度前章では,1980年代から現在までの積雪中 BC

濃度を見てきたが,もっと古い年代の BC濃度はグリーンランドの氷床コアの分析から求められている。Chýlek et al. (1987)は Camp Centuryで掘削された 807 m(約 4,000年前)と 1,073 m(約 6,000

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年前)のコア試料から熱光学法でそれぞれ,2.5,1.1

ppbwの BC濃度を得た。また,同じ方法で,Dye 3

の 102-1,107 m(約 100-3,380年前)の氷床コア中の 22試料から,平均 1.53 ppbw,最高 3.2 ppbw(1,270

年前),最低 0.1 ppbw(100年前)という結果を得た。750年以前の平均値 1.93 ppbwの方が,750年以降の平均値は 0.64 ppbwよりも高く,彼らはその原因を小氷期と関連付けている。さらに,Summitで掘削された 404 - 406m(320-330年 A.D.)のコア試料から平均 2.0 ppbwの BC濃度を得ている。さらに時間分可能の高いデータは,McConnell et

al.(2007)による D4コア(71.4°N, 44.0°W)と D5

コア(68.5°N, 42.9°W)の分析によるもので,彼らはレーザー誘起白熱法による Single Particle Soot

Photometer(SP2)測定器を用いて,非常に高い時間分解能で,1788年から 2002年まで 215年間のBC濃度を求めた。この 215年間での大まかな変動は,まず,1850年以前の産業活動が活発化する以前の時代には平均で 1.7 ppbwの濃度が続き,1888

年頃から上昇し始め,1851-1951年の平均値で 4.0

ppbw,1908年には 12.5 ppbwの年平均値を記録し,その後,1952年以降の平均値は 2.3 ppbwに低下した。低濃度の時代でも,スパイク状に非常に高濃度の年もあり,1850年前後には 10 ppbw近い年が 2回記録され,1952年以降でも 5 ppbw近い年が見られる。月平均値では上記の数倍の高濃度が記録されており,さらに,冬期よりも夏期の濃度が高くなっている。この結果から,20世紀前半の人間活動による高濃度の時代と,全期間に現れるスパイク状の高濃度の年(他の化学成分の分析結果から北方域の森林火災が原因と考えられている)があったことを示している。彼らは得られた BC濃度から地表面における放射強制力(ここでは BCの有無による短波放射収支の変化)を計算し,グリーンランドの6-7月には,1850年以前の平均値で+0.20 W/m2,1850-1951年では+0.38 W/m2,1951年以降は+0.22

W/m2になると述べている。これらの値は,それほど大きなものではないが,彼らはさらに氷床コアから得られた BC濃度をもとに北極域全域における放

射強制力を計算した結果,上記と同じ 3期間の計算値はそれぞれ,+0.42,+1.13,+0.59 W/m2の加熱,高濃度のピーク 5年間の平均値では 3.2 W/m2という大きな値を算出している。

7. 3 雪氷中のダスト濃度

北極圏ではグリーンランド氷床コアや山岳氷河の氷コアからダストが見つかっている。気候への影響を考えある場合,果たしてそれらは雪氷のアルベドを低下させるだけの濃度に達しているかどうかが問題となる。Svensson et al. (2000)はグリーンランド の Greenland Ice Core Project(GRIP)氷床コアに,2.1-2.3万年前の最終氷期最盛期において 104

ppbw近い高ダスト濃度が記録されていることを報告している。ダストの光学的な吸収特性は図 7.1に示すように BCに比べて 2桁近く小さい。ダスト濃度が 104 ppbwのとき,アルベド低下量は新雪の場合 0.012,ざらめ雪の場合 0.050になり,氷床表面で無視できないアルベドの低下が起こっていたことになる。一方,最近 210年間のダスト濃度変化については,Fujii et al. (2001)がグリーンランド Site-J

の氷床コアから数年から数十年間の間隔でダストイベント(顕著なダスト濃度の増加)を報告している。彼らはコールターカウンターを用いて直径 0.63μm

以上の粒子数を求めている。210年間の平均的なダスト粒子濃度は約 700個 /0.05 ml,1835年の顕著なダストイベントでは約 4000個 /0.05 mlの記録が示されている。もし,粒子の直径を 0.63μmと仮定して重量濃度に換算するなら,平均的なダスト濃度時で 4.76 ppbw,ピーク時で 27.2 ppbwとなる。このような濃度では図 7.1から氷床表面で顕著なアルベドの低下は起こらないと考えられるが,氷床コア解析の時間分解能をもっと高くした場合(スライスするコア試料の厚みを薄くする)や,ダストの粒径をもっと大きいと仮定した場合には,アルベド低下も起こる可能性がある。しかし,歴史的には 210

年程度の時間スケールで考えた場合,高濃度のダストイベントは BCに比べると少ないと言える。

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最近,積雪中のダストの鉱物組成から,ダストの起源を推定する研究が行われるようになってきた。Bory et al. (2003)はグリーンランド NorthGRIPの積雪サンプルに含まれるダストの Srと Nd組成から,春季ダストの起源はタクラマカン砂漠,夏季~冬季ダストの起源は内モンゴルの砂漠であると述べている。Uno et al. (2009)もエアロゾル輸送モデルを用いて,ダストが地球を 1周以上長距離輸送されることを示している。

7. 4 積雪中の光吸収性エアロゾルによる放射強制力

7. 4. 1 積雪中BCによる放射強制力IPCC の第 4 次報告書(IPCC 2007)において

放射強制力の図に“BC on snow”の効果が追加されたことから,にわかにこの話題が注目されるようになったが,実はその根拠になる論文は事実上,Hansen and Nazarenko(2004)と Hansen et

al.(2005)の 2編だけである。前者では主に Clarke

and Noone(1985)の BC測定結果を用い,Warren

and Wiscombe(1980)のアルベドモデルによってBCによるアルベド低下量を見積り,それを気候モ

デルの初期値として放射強制力を求めた。その計算結果は全球年平均値で+0.16 W/m2(全球平均値の温度変化+0.24 K)であった。表 7.2は積雪中BCによる放射強制力と温度変化をまとめたものである。その後,Hansen et al.(2005)は,現在のBC濃度が Clarke and Noone(1985)の時代よりも少ないと考え,アルベド低下量を下方修正し,放射強制力を+0.08 W/m2(温度変化+0.07 K)と見積もっている。それらの不確実性も考慮して IPCC

(2007)では積雪面上 BCによる放射強制力を+0.10

±0.10 W/m2とされた。実際,2.1章で述べたように,1980年代に比べ,現在の測定値は減少しており,Hansen et al.(2005)の修正は妥当なものかも知れない。しかし,まだ,十分広域での積雪中 BC

濃度の測定が少ないという点と,もう一つ,アルベドを計算する際の積雪中の BCの扱い(モデル化)に関する不確実性の問題が存在する。大気中の BC

における緒問題,すなわち,粒径分布,複素屈折率,吸湿特性,形態,混合状態(Bond and Bergstrom

2006)など,積雪中においても同様の問題が多く存在する。Warren and Wiscombe(1980)のアルベドモデルでは,BCの質量吸収係数(mass absorption

7.2

*1

(W/m2) (K)

*2

Hansen and Nazarenko (2004) BC 120 yrs. +0.16 *3 +0.24 Jacobson (2004) BC 10 yrs. - +0.27Jacobson (2004) BC recent 3 yrs. - +0.32Hansen et al. (2005) BC 81 - 120 yrs. +0.08 +0.07Flanner et al. (2007) BC 1998 and 2001 +0.054~+0.049 +0.10~+0.15Flanner et al. (2009) BC 50 yrs. +0.057 +0.08 *4

BC 15 yrs. +0.09 0.27 *5 +0.01 0.03 *5

dust 15 yrs. +0.04 0.30 *5 0.00 0.03 *5

BC + dust 15 yrs. +0.42 0.35 *5 +0.16 0.04 *5

*1 IPCC 2007Flanner et al. 2007

*2 *3 2.5% 5%1% *4 5% *5 1

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cross section:MAC)を波長 0.55μmにおいて 10

m2/gと仮定しているが,Bond and Bergstrom(2006)は大気中で観測された新鮮な(疎水性)BCの MAC

の平均値は 7.5 m2/gであるとしている。また,地表面放射収支に重要な融雪期において,積雪中の BC

濃度が涵養期と同じプロセスで積雪中に堆積するのか,あるいは積雪中の BC粒子の移動はないのかなど,まだ十分理解されていない。

Jacobson(2004)はエアロゾル輸送モデルによって,化石燃料とバイオ燃料起源の BC及び OCの輸送・沈着と積雪中の BC濃度を計算し,積雪粒径を150μmに固定して放射伝達モデルで BCによるアルベド低下を求めている。BCと積雪粒子の混合形態には,コア /シェル型の内部混合(BC:コア,氷=シェル)と外部混合(BCそのものは他の水溶性エアロゾルとコア /シェル型で混合)を仮定し,いずれの場合も BCの有効半径を 0.133μm(密度 0.15

g/cm3)に固定している。気候再現実験の結果,積雪中 BC濃度の全球平均値は約 5 ppbw,全球平均した積雪アルベドの低下は 0.4%,全球年平均気温の変化は+0.27 K(10年平均)という Hansen and

Nazarenko(2004)に近い結果を得た。なお,彼らは放射強制力を見積もっていない。

Flanner et al.(2007)は積雪変質過程を考慮して積雪粒径を計算する手法(Flanner and Zender

2006)をエアロゾル輸送モデルに組み込み,積雪中における化石燃料,バイオ燃料,森林火災起源の BCによる放射強制力を見積った。彼らの BC粒子の扱いは,疎水性と親水性の 2種類に分けて計算している。疎水性の BCは Bond and Bergstrom

(2006)のレビューに従い,半径の中心値が 0.05μm,密度は波長 0.55μmで,MAC=7.5 m2/gになるようチューニングパラメータにしている。親水性のBCは硫酸によって覆われたコア /シェル型で,シェルの大きさはコアの 1.67倍と仮定し,これによる吸収の増加は 1.5倍になる。BCの効果についての計算は森林火災起源 BCの発生が多かった 1998年と少なかった 2001年に対して行い,地表面における放射強制力はそれぞれ+0.054 W/m2と+0.049 W/

m2,全球年平均気温変化は+0.15 Kと+0.10 Kという結果を得ている。これらの放射強制力は地表面における値なので大気上端における他の計算結果と直接比較できないが,放射強制力,気温上昇共にやや小さい値となっている。しかし,Flanner

et al.(2007)は地域差が非常に大きいことを強調している。続く Flanner et al.(2009)ではさらに積雪だけでなく,大気中の BCと OCの効果も同時または独立して産業革命前後の条件で計算した。これは大気中にエアロゾルが存在することにより,地表面に到達する日射量が減少する効果(dimming)が,積雪中の BCによって雪面が暗くなる効果(darkening)に対しても影響することを調べるためである。大気上端における放射強制力の見積り結果は,積雪中の BCのみによる効果が+0.057 W/m2,大気中の BC+OCのみによる効果が+0.21 W/m2,両者が存在する場合の効果の内訳は積雪中の BCが+0.056 W/m2,大気中の BC+OCが+0.21 W/m2となり,単独の場合とほとんど変化なかった。すなわち,dimming効果による darkeningへの影響は僅かであったと結論付けている。また,これらの効果を取り入れたことにより,IPCC第 4次報告書に参加した 22の気候モデルが過小評価していた 1979年以降のユーラシアにおける春期の急激な気温上昇(0.64℃/10年)の予測を,大きく改善できたと述べている。

7. 4. 2 気象研究所のエアロゾル輸送モデルによる放射強制力の見積り

前節で表 7.2に示した気候感度実験では,大気中においては BC以外の光吸収性エアロゾルも扱っているが,積雪中では BCの効果しか考慮していない。しかし,ダストは BCに比べて吸収は弱いながら,発生量が桁違いに多いため,積雪アルベドに対する効果は無視できない。例えば,Painter et

al.(2007)は北米のサンファン(San Juan)山脈における春期の融雪が,砂漠からのダストイベントによって,18-35日も早まった例を示している。このときの地表面におけるローカルな放射強制力は 39-

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59 W/m2(2006年),17-37 W/m2(2005年)であったと見積もっている。我々は独自に開発した積雪アルベド物理モデ

ル(青木・田中 2008)をエアロゾル輸送モデルModel of Aerosol Species IN the Global AtmospheRe

(MASINGAR,Tanaka et al. 2003; Tanaka et al.

2007)に組み込んで,積雪中の BC及びダストがアルベド低下を通じて気候へ与える効果を調べた。ここで,積雪アルベドは積雪粒径,積雪中 BC及びダスト濃度,太陽天頂角の関数となっている。その計算には大気-積雪系の放射伝達モデル(Aoki et al.

1999; 2000)を用い,可視域と近赤外域における直達日射に対するアルベド(black sky albedo)と等方散乱成分に対するアルベド(white sky albedo)を計算する。アルベドモデルに入力する日射量の直達成分と散乱成分,BCとダストの乾性及び湿性沈着量は MASINGARで計算し,この結果,MASINGAR

の中で,任意の地点,時間における積雪アルベドが計算できる。BCとダストの吸収の強さは大きく異なるため,次式で定義する「snow impurity factor

(SIF)」によって 1つのパラメータとして扱っている:

 SIF = ka BCCBC + ka dustCdust.      (1)

ここで ka BCと ka dustはそれぞれ BC及びダストの質量吸収係数,CBCと Cdustは積雪表層中の各不純物濃度である。青木・田中(2008)に示された積雪中光吸収性エアロゾルによる放射強制力は MASINGARによる3年間の気候感度実験の結果であったが,ここでは15年間の気候再現実験の結果を示す(表 7.2及び図 7.2)。BC単独の放射強制力は平均で+0.09 W/m2

で他の最近の研究よりやや大きい程度,ダスト単独の場合は+0.04 W/m2と無視できない大きさである

図7.2 雪氷中のエアロゾル沈着による大気上端における放射強制力(W/m2)の1981-1995の15年間の平均値。(a) 雲の影響を除去した場合 (clear sky) のBC沈着の影響,(b) clear skyでのダスト沈着の影響,(c) 雲の影響を含む場合(whole sky)のBC沈着の影響,(d) whole sky でのdust沈着の影響。ここでいう放射強制力とは,積雪中に吸収性エアロゾルがあった場合となかった場合の大気上端における放射収支差と定義する。

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が,標準偏差は平均値よりも一桁大きく,年々変動が非常に大きいことを意味している。一方,気温変化は BC単独で+0.01℃と小さいが,これはこの計算において海面温度に気候値を用いているためと考えられる。ダスト単独の場合も同様に過小評価している可能性が高い。図 7.2は積雪面アルベドにエアロゾル沈着がある場合とないと仮定した場合の大気上端における放射収支の差を示したものである。この図では雲の影響を含めた場合(whole sky)と雲の影響を除外した場合(clear sky)とを示している。図 7.2において地域的に見ると BCによる放射強制力の大きな場所はダストのそれに比べ,カナダ北部などやや極域に偏在している。BC+ダストの場合,放射強制力の大きな場所は,中央シベリア北部,東シベリア,カナダ北部,ヒマラヤである。いずれも初夏に積雪が残っている場所で,日射量の強さが大きな放射強制力をもたらしていると解釈できる。Clear sky と Whole skyでの結果を比較すると,Whole sky では積雪のない地域や海上でも放射収支に差が見られる。これは,積雪アルベド変化によって,大気大循環が変化し,雲の分布に変化が生じたことに起因する。

7. 5 まとめと今後の展望

大気中の光吸収性エアロゾルは,雪氷面に沈着してアルベドを低下させることにより,温暖化を加速する効果を持っている。これは可視域の積雪アルベドが主に積雪中の光吸収性エアロゾル濃度に強く依存しているためであるが,この可視域のアルベド低下率は積雪粒径に依存している。また,近赤外域のアルベドは光吸収性エアロゾル濃度よりも積雪粒径に強く依存している。このため,「積雪汚染→可視アルベド低下→積雪が吸収するエネルギー増加→積雪粒径増加→近赤外域のアルベド低下→可視アルベド低下・積雪が吸収するエネルギー増加」という正のフィードバック効果が働く(青木・田中 2008)。近年,このような効果を気候モデルに取り込み,主に BCによる気候への影響評価が見積もられるよう

になった。積雪中の BC濃度については,グリーンランドのアイスコア解析から,過去約 200年間の変動は,1850年以前の期間平均 1.7 ppbwという低濃度の時代,1890年頃から 1950年頃までは産業活動によって平均 4 ppbw,ときに 10 ppbw超の放射収支に影響を及ぼすような高濃度の時代,その後,1950年以降の平均 2.3 ppbwというやや低濃度の時代があり,全期間を通じて時々スパイク状に森林火災起源によると思われる高濃度(5-10 ppbw)の年が現れるという姿が浮かび上がった。1920年代から 40

年代の北極域における急激な気温の上昇(Serreze

and Francis 2006)との関係は確認されてはないが,やや位相がずれているものの時期的には重なっている。一方,積雪中の BC観測からは 1980年代以降,現在までの積雪中 BC濃度を全体的に見ると,北極域ではグリーンランドを除く北極域で 1980年台に数十 ppbwという放射収支に影響を及ぼすような非常に高濃度が観測され,現在はカナダやロシア大陸上で 10 ppbw以上のやや高い濃度が観測されている。グリーンランドでは 1980年代から現在まで数 ppbwの範囲で放射収支への影響は少ないと思われる。南極では 1980年代から 90年代にかけ,1

ppbw前後の放射収支に影響を与えないレベルの濃度が観測されている。上記の結果のうち,1980年代以降の広域観測値

の大半は光学的な手法で測定されたもので,一部はより精度が高いと思われる熱光学法である。両者の精度検証は十分行われていないため,異なった測定方法の相互検証が必要である。同時に,積雪中のBC濃度は極域周辺の森林火災の影響を強く受けるため,短期間の観測からトレンドを議論するのは危険である。また,BCだけでなく,ダストや OC濃度も測定し,それらの光学特性についても検証する必要がある。さらにアルベドへの影響を意識して,積雪中光吸収性エアロゾル濃度と同時に精密なアルベド測定を行えば,放射収支への影響も観測的に見積ことができるであろう。気候モデルを使って,BCが雪氷面アルベドを低

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下させることにより,気候に与える影響は Hansen

and Nazarenko(2004)以降,注目されるようになり,積雪中の BCに関する放射過程や積雪物理過程に関するモデルも徐々に精緻化されつつある。しかし,研究そのものがまだ少なく,不確かな要素が多い。大気エアロゾルが雪氷面に沈着する過程,積雪粒子とエアロゾルの混合状態や時間変化,積雪中におけるエアロゾルの移動(特に融雪期)など,まだ多くの課題が存在する。エアロゾルや雲の効果を考える場合,温室効果気体による放射強制力を基準に全球年平均した放射強制力を計算すると便利であるが,積雪中の光吸収エアロゾルが気候に与える効果は,地域的なインパクトを論じる必要がある(Shindell and

Faluvegi 2009)。2.2章で述べたように McConnell et

al.(2007)は 1951年以降の北極域全域における放射強制力を+0.59 W/m2と大きな値を見積もっている。積雪アルベドの低下は融雪を早め,積雪が融雪期に一旦融解すると,その後,BCの沈着がなくなっても積雪は復活しない。このため,全球平均での放射収支や気温変化より,直接影響を受ける地域の気候や気象条件がどう変化したかを知ることが重要であろう。Qian et al.(2009)は化学版 Weather

Research and Forecasting model(WRF-chem) にJacobson(2004)の積雪中 BCによる放射過程を組み込み,北米西部の気象変化を計算した。その結果,積雪中に BCが沈着することによりアルベドが低下し,気温が上昇し,雪が雨で降ることにより積雪量が減少し,同時に融雪が早まり,川からの流出量が変化するという効果を指摘している。従って,今後,モデル研究においては気候感度実験だけでなく,地域的な気象条件の変化に与える影響も調べる必要がある。

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