激突 - アルファポリス ·...

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5 成長チートになったので、生産職も極めます!3

1 

激突

静せい

寂じゃく

が支配する聖堂で、二人の男が睨に

み合う。

野生の狼のごとき鋭

するど

い眼光を湛た

えるのは、『影を穿う

つ者』の異名を持つSランク冒険者、ラエサ

ル・バルーディン。

対するのは黒衣を身に纏ま

った獅し

子し

とも言うべき隻せ

眼がん

の男――公こ

爵しゃく

の親衛隊の隊長、デュラン・

ローエンディールである。

バルドルース公爵による王位継承を阻止せんとするラエサルは、公爵のもとに潜入している密偵

であるロランと、この聖堂で情報交換をしていた。

しかし、そこに現れたデュランの凶刃によって、ロランは今や瀕ひ

死し

の重傷を負っている。

密偵として優れた実力を持つロランをも一刀のもとに切り伏せた黒衣の男を前に、ラエサルの剣

を握る手に力が入る。

まるで二人の闘気がその場に満ちていくかのように、酷ひ

く刺と

々とげ

しい空気だった。

7 6成長チートになったので、生産職も極めます!3

命を削る戦いを楽しむかのように隻眼の剣士は笑った。

「ほう、俺の太た

刀ち

筋すじ

が見えるのか? 

流さすが石

だな。だが狼は獅子には勝てん、決してな」

デュランの剣が少しずつラエサルの剣を押していく。

一撃の重さではデュランが上回るらしい。

首筋に迫る漆し

黒こく

の刃を辛か

うじて受け流して、ラエサルは鮮やかに後方に舞う。

手にしていた剣はいつの間にか腰の鞘さ

におさまり、代わりに両手の指先にはそれぞれ数本のナイ

フが挟まれていた。

地面に着地する瞬間、左右に振るった両手からナイフが放たれる。

銀色の光こ

跡せき

を残す刃が、一斉にデュランに襲い掛かった。

――いや、正確に言えば、彼の足元に伸びる影に。

『影を穿つ者』と呼ばれる男が投げた刃。その中の一本でも隻眼の剣士の影を貫

つらぬ

けば、勝負は決

する。

いや、すでに勝利はラエサルの手中にあるのか――戦いを見守る神がいたのならば、そう思った

であろう、まさにその瞬間。

「愚お

かな、このようなもの、子供だましに過ぎん!」

デュランの銀色の瞳は迫る刃の全てを捉えており、手にした漆黒の剣で弾き返していた。

妖あや

しく輝く漆黒の剣を持つ隻眼の男の動きが、ラエサルをジリジリと後退させる。

気がつけば戦いの場は、聖堂の中央から、崩れかけた祭さ

壇だん

の前の開けたスペースに移っていた。

ラエサルが誘ったのか、それともデュランの威い

圧あつ

感がそうさせるのか。

静寂の中で、張りつめた空気が極限のバランスを保っている。

僅わず

かなきっかけでそれが崩れれば、静けさは一気に打ち破られるだろう。

そんな中、二人の戦いを神が望むかのように、ひび割れた柱から小さな瓦が

礫れき

が一つ、聖堂の床に

落ちて音を立てた。

その刹せ

那な

――

ギィイイイイイイイイン!!

金属を激しく打ち合わせる音が響き渡る。

隻眼の剣士とSランクの冒険者が剣を交えていた。

今の動きを目視することができる者が、このフェロルクの町に何人いるだろうか。

それほど一瞬の出来事であった。

ステンドグラスから差す荘そ

厳ごん

な光の中、二人の男は激しく鍔つ

迫ぜ

り合いを繰り広げる。

間合いを詰めた一瞬の動き、そして力の膠こ

着ちゃく

静と動の極みがそこにある。

9 8成長チートになったので、生産職も極めます!3

思わずたたらを踏むデュラン。

ヒュン!!

ナイフが風を切る音が聖堂に響いた。

反応するのが一瞬でも遅ければ、隻眼の剣士の命はなかったであろう。

彼の頬ほ

に、深い傷が刻まれていた。

「おのれ……」

たまらず後退して距離を取ると、デュランは慌あ

てて身構える。

もしも親衛隊の人間が彼のこんな姿を見れば、驚

きょう

愕がく

を禁じ得ないだろう。

デュランの瞳には、二本の刃を手にしたラエサルが映っている。

聖堂に差し込む光が、そのシルエットを鮮やかに浮かび上がらせていた。

鋭い二つの牙を持つ狼を。

「覚えておくんだな。獅子を食らう牙を持つ狼がいるということを」

「貴様……」

瞳を怒りに染めたデュランは、ジリジリと距離をはかりながら、右手で漆黒の剣を構える。

そして、左手で己

おのれ

の頬の傷をなぞった。

聖堂に、隻眼の剣士の殺気が色濃く満ちていく。

何という恐るべき技量の持ち主。

だが――

ナイフを投げるのと同時に、ラエサルは地面を蹴け

っていた。

「何!?」

疾しっ

風ぷう

と化して迫る影に、デュランは思わず身構える。

(この男、速い! 

先程のスピードが限界ではないのか!?)

まるでこの瞬間を狙っていたかのように加速するラエサル。すでに彼は、ナイフを弾は

くために僅

かに体勢を崩していた隻眼の剣士の懐

ふところ

に入り込んでいた。

ラエサルが右手に握ったナイフが、一直線にデュランの首筋を狙う。

「ぐぅううう!!」

一瞬たじろいだものの、何とかそれを受け流したデュランは、再び口元に不敵な笑みを浮かべる。

だが……その笑みはすぐに凍り付いた。

丁ちょう

度ど

ラエサルの体に隠れてデュランから死角になる左手には、もう一本のナイフが握られていた。

先程、全てのナイフを投げたわけではなかったのだ。

ラエサルの体がコマのように回転し、左手に隠し持った刃がデュランの喉の

笛ぶえ

を掻か

き切らんと弧こ

描く。

11 10成長チートになったので、生産職も極めます!3

一瞬交差した二つの影はすぐさま左右に分かれ、再び聖堂が静寂で満たされる。

両手に刃を持つ男と漆黒の剣を振るった男が、互いに背を向けて静かに佇

たたず

んでいた。

ラエサルの頬にうっすらと赤い線が走る。

そして、革製の肩当てがゆっくりと割れて地面に落ちた。

勝ったのはデュランか。

だが――

デュランの顔に浮かんだのは勝利を確信した笑みではなく、苦く

悶もん

の表情だった。

「ぐぬぅうううう!!」

男の利き

き腕にパックリと深い傷が生じた。

あまりにも鮮やかな切り口だったせいで、斬られた本人ですら気がつかなかったのであろう。

彼は左手でその傷口を押さえると、ラエサルを見て歯は

噛が

みした。

充血したその目は、怒りに満ちている。

公爵の命め

を受けて数多くの人間の血を吸ったであろう漆黒の剣に、腕を伝い、己の血が流れ落ち

ていた。

剣士が利き腕を負傷した以上、これで勝負は決した――誰もがそう思うはずだ。

しかし、静まり返った聖堂に、低い笑い声が響いた。

それを見て、ラエサルは言い放った。

「お前は自分のことを獅子と言ったが、俺は本物の獅子を知っている。そう呼ぶに相ふ

さわ応

しい男

をな」

彼は思い出していた。

燃え上がる炎のごとき真し

紅く

の髪を靡な

かせて、自分の前に現れた剣士のことを。

その横顔は雄お

お々

しく、まるで王の中の王のように、誰よりも逞

たくま

しかった。

ラエサルの体から気迫が迸

ほとばし

る。

その目は静かに前を見ていた。

己に剣を教えた男がそうであったように。

師である男に恥じぬ、堂々たる姿であった。

その瞳を見て、隻眼の剣士の闘気にほんの僅かな乱れが生じる。

次の瞬間――

恐るべき技量を持つ男たちは、切り結んでいた。

凄すさ

まじい速さで踏み込んだ両者が、すれ違いざまに繰り出した剣撃。

常人であればその姿を追うことは不可能だったであろう。

まさに刹那の絶ぜ

技ぎ

13 12成長チートになったので、生産職も極めます!3

『別の何か』に変へ

貌ぼう

を遂と

げているのだ。

剣を握る手は節ふ

くれだち、爪が獣のように伸びていく。

一回り太くなった腕と胸板。

肥大化した上半身に耐えきれず、黒い軍服が音を立てて破れていった。

ステンドグラス越しの光が、床にその生き物の影を映し出す。

先程まで人であったその生き物の影を。

肌の色は黒く変わり、黒く染まった髪は伸びて、鬣

たてがみ

のように逆立っている。

さながら、人の姿をした黒い獅子だった。

その口が大きく開き、凄まじい咆ほ

哮こう

が放たれる。

あまりの威圧感に、ラエサルは先程よりもこの聖堂を狭く感じていた。

崩れかけた祭壇を背に立つデュランの体を、漆黒の剣が放つ瘴気が包み込む。

その異様な姿は、人というより、もはや魔人と呼ぶ方が相応しい。

一回り大きくなった漆黒の体でただ一点、爛ら

々らん

と赤く光る左目が、ラエサルを睥へ

睨げい

していた。

「魔剣か……」

ラエサルは静かに息を吐いた。

恐るべき力を秘めているが故ゆ

に、魔剣と呼ばれる剣。

これほどの拮き

抗こう

した技量を持つ者同士の戦で、利き腕の負傷は致命的だ。

それなのに、敗北したはずの男が、なぜ笑っているのか。

「それで俺に勝ったつもりか? 

甘い男だ」

そう言って、隻眼の剣士は、左目を覆お

っていた眼帯をゆっくりと外した。

露あら

わになった瞳の色は赤。

まるで、この男が手にかけてきた者たちの返り血で濡れているかのようだった。

妖気さえ感じられるほどである。

眼帯が聖堂の床に投げ捨てられると、異様な気が辺りに満ち始める。

その目に反応したのか、デュランが手にする漆黒の剣から黒い瘴

しょう

気き

が生じた。

「まさか、これを使うことになるとはな……。ラエサル・バルーディン、貴様は楽には死ねんぞ」

何ということか、切り裂かれたはずのデュランの利き腕の深い傷が、立ちどころに治っていく。

漆黒の剣から生じた黒い瘴気が、それを可能にしているのか。

(これは、一体!?)

ラエサルは目の前の男から溢あ

れ出る、先程とは比較にならない闘気に身構えた。

そして理解する。

これは回復をしているのではない。

15 14成長チートになったので、生産職も極めます!3

「やはり、お前は獅子などではない」

「何だと?」

その言葉を聞いて、デュランの顔が歪ゆ

む。

まるで魔剣から立ち上る瘴気に侵食されるように、銀色に光る右側の目も血走り、赤く染まって

いく。

「ほざきおってぇええ! 

この力が分からんか!!」

魔剣を手にした男は、怒号とともに凄まじい速さで踏み込む。

そのままラエサルの体を縦に一閃。

恐るべき力を前に、微み

塵じん

の抵抗もなく両断された相手を見て、黒い魔人の顔に勝利の笑みが浮

かぶ。

だが、それも束つ

の間ま

のことであった。

己が切り裂いた影が、目の前から掻き消えたのだ。

ラエサルの姿は美しく宙を舞い、デュランの後方に降り立った。

着地した瞬間、ラエサルの体が霞か

むように動く。

後方からの気配を察知したデュランが首を巡め

らせると、姿勢を低くして突き進んでくる男の姿が

視界に入った。

それは使用者に大きな力を与えるが、相応の代償を求める、呪われた武具である。

常人であれば手にしただけで正気を保つことなど不可能だという。

だとしたら、今までそれを振るっていたという事実だけで、この男の力が尋じ

常じょう

でないという証拠

になる。

「くくく、魔剣だと? 

それは使いこなせぬ者が付けた名に過ぎん」

デュランは漆黒の剣を一い

閃せん

し、祭壇の近くにある石造りの柱を斬りつける。

音も立てず、それは静かに斜めに両断されていた。

少し間を置いた後、石柱が音を立てて崩落する。

恐るべき膂り

力りょく

と、刃の切れ味。

己の力に酔よ

いしれたかのような表情で、デュランが哄こ

笑しょう

する。

「見よこの力! 

これまでは使う機会などなかったが、貴様相手なら存分に楽しめる。この剣の本

当の力をな!!」

彼が床に投げ捨てた眼帯の裏には、複雑な魔法陣が描かれている。恐らく、魔剣の力を抑えるた

めの魔具だったのだろう。

ラエサルはしばし目の前の男の姿を黙って眺な

めた後、二本のナイフを構える。

そして目の前の魔人に言い放った。

17 16成長チートになったので、生産職も極めます!3

「使役されているだと? 

俺がこの力を使いこなしているのだ! 

見ろ、貴様が与えた傷などもう

塞がっておるわ!!」

魔剣の瘴気で塞がっていく傷を押さえながら、デュランは血走った目で咆哮する。

その瞬間、魔人が持つ黒い剣から溢れる瘴気が、さらに勢いを増した。

ミシミシと骨と肉が軋き

む音がして、デュランの体がまた一回り大きくなっていく。

その口からは牙が生え、黒い瘴気が吐き出されている。

体中から溢れ出る瘴気は、それ自体が意思を持つ無数の大蛇のごとく形を成し、鎌首をもたげて

ラエサルに襲い掛かった。

魔剣の中に封じられている『何か』が解放されたようだ。

「コロス! 

貴様ヲ!!」

理性を失ったデュランの瞳は真紅に燃え、その顔はもはや人の面お

影かげ

を残してはいない。

黒い獅子の顔をした魔獣だ。

ラエサルは、牙を剥む

いて襲い来る瘴気の群れを、鮮やかな身のこなしでかわしていく。そして地

を蹴ると、デュランの頭上に舞った。

しなやかな野生の狼の動き。

美しいとすら思わせるその跳

ちょう

躍やく

に、魔剣に支配されている男も思わず見み

惚と

れた。

「おのれ! 

馬ば

鹿か

な! 

こんなことが!!」

漆黒の魔人は吠ほ

えるような声を上げ、振り向きざまにラエサルの体を横よ

薙な

ぎにする。

「死ねぇええええええいい!!」

再び交こ

錯さく

する二つの影。

その瞬間――!

魔人の剣をかわしたラエサルの影は、まるで狼が獲物の喉の

を噛み切るがごとく、鮮やかに相手の

喉笛を切り裂いた。

鮮血が辺りに飛び散る。

左手で喉を押さえ、後ずさるデュラン。

両の眼

まなこ

は真紅に染まり、あたかも、血に飢う

えた魔物かのよう。

「ぐぅうう! 

なぜだ! 

貴様、なぜそれほど強く……」

デュランは傷を庇か

いながら呻う

くが、黒い瘴気――あるいは魔人の闘気は、瞬時にその傷を塞ふ

いで

いく。

だが、ラエサルの方もすでに追撃の構えに入っていた。

「気がついていないのか? 

デュラン。俺が強くなったのではない、お前が弱くなったのだ。己を

失い、ただ魔剣に使し

役えき

される魔物と化した、その時点でな」

19 18成長チートになったので、生産職も極めます!3

魔獣の心臓を貫いていた。

それは、数々の魔物を倒してきたラエサルのユニークスキル、その秘ひ

奥おう

義ぎ

だ。

影を穿ち、狼の牙が敵を貫く。

「狼ろ

牙が

滅めっ

砕さい

!!」

青い闘気が波は

紋もん

になって魔獣の体に伝わっていく。

ビクン!! 

と魔獣の巨き

躯く

が痙け

攣れん

した。

「バカ……ナ……コノ……オレガ……グゥオオオオオ!」

断だん

末まつ

魔ま

の叫さ

びが聖堂を揺らす。

黒い影はゆっくりと崩れ落ち、魔剣が音を立てて床に転がった。

やがて、魔獣と化したデュランの肉体を覆っていた黒い瘴気が、音もなく魔剣に吸い込まれて

いく。

聖堂の中に静けさが戻った。

すでに絶命したデュランを見下ろすラエサルが、ゆっくりと口を開く。

「馬鹿な野郎だ……。デュラン、お前は強かった。そんな魔剣になど頼らずともな」

そう呟

つぶや

き、彼はその場にガクリと膝ひ

をついた。

敵を倒したとはいえ、かなりの力を注ぎ込んだのだろう。顔には疲労が色濃く浮かんでいた。

ラエサルの手にはいつの間にか、何本もの投げナイフが握に

られている。

放たれた刃は、銀の光を放ちながら凄まじい速さで、魔獣の足元に突き刺さった。

これで勝負は決した。

しかし――

「グゥオオオオオオオオン!!」

影を貫かれて吠える巨大な魔獣。

恐るべきことにその体は、呪じ

縛ばく

を破ろうとジリジリと前に動いている。

禍まが

々まが

しいまでの執念と、その身を包む黒い闘気。

黒き魔獣の傍そ

に着地したラエサルの右手には、先程敵の喉笛を切り裂いた長いナイフが握られて

いる。

ナイフを持つ右手に、左手を軽く添える。

両手からナイフに込められた闘気が、バチバチと音を立てて具現化した。

さながら刃が青い雷を帯びたかのようである。

次の瞬間、青い牙を持った狼が大地を蹴った。

魔獣はそれを血走った目で睨むと、再び咆哮を放つ。

恐るべき力で、穿たれた影の呪縛を打ち破ろうとしたまさにその時――ラエサルのナイフは黒い

21 20成長チートになったので、生産職も極めます!3

「お前に剣を教えたというのは、もしや……」

ラエサルは何も応えず、黙って立ち上がりロランに肩を貸した。

ロランは自分を支える男の横顔を見る。

「そうか。お前のその眼差し……確かにどこか陛下に似ている」

そう言うと、ロランは何かを思い出したように笑った。

「陛下には王子殿下がおられぬ。陛下ほどの腕があれば、お伝えになりたいこともあったのではな

いかと思っていたが……。口さがない侍女たちがあることないこと噂

うわさ

するのを聞いて、陛下が笑っ

ておられたのを思い出すな」

「レオンが?」

ラエサルの問いに、ロランは頷

うなず

いた。

「ああ、レオンリート陛下は笑いながら仰

おっしゃ

られた。伝えるべき者にはもう伝えたと、だからもう

良いのだと。あの時は、それが誰のことなのかは分からなかったが」

ロランは、ラエサルの体に寄り掛かるようにして続けた。

「陛下は良い弟子を持たれた……」

力なく自分に身を預ける男の声は、酷く弱々しい。

見ると、その手には腰の鞘から抜いた短刀が握られており、ロラン自身の腹部に深々と突き立て

そこへ、聖堂の入り口の方から一人の男が、ヨロヨロと近づいてきた。

王おう

弟てい

であるバルドルース公爵を監視する密偵、ロランである。

「ラエ……サル」

デュランに傷を負わされた彼は、ラエサルに歩み寄ると崩れ落ちた。

「ロラン」

ロランの体を支えるラエサルの手に、ベッタリと血がついた。

致命傷ではないが、手足など体のいたるところに傷を負わされている。

戦いの前にデュラン自身が言っていたように、ロランを生かしておいて、後で情報を聞き出すつ

もりだったのだろう。

意識を取り戻したロランは、どうやら自力で歩いてきたらしい。入り口からここまで、床に点々

と赤い血の跡が続いている。

ロランは、祭壇の傍に倒れるデュランを見つめながら言った。

「……まさか、この男を倒すとは。ラエサル、お前は一体」

「俺に剣を教えてくれた男は、もっと強かった。こんな紛ま

い物ではなく、赤い髪を靡かせた本物の

獅子のようにな。ただそれだけのことだ」

それを聞いて、ロランはハッと息を呑む。

23 22成長チートになったので、生産職も極めます!3

震える唇

くちびる

にはもう血の気け

がない。

虚うつ

ろな目で、彼はただうわごとのように言葉を発していた。

「ラエサル、陛下を頼む……薔ば

薇ら

を……もう一つの薔薇、王女殿下を……」

その言葉に、ラエサルの眉がぴくりと動く。

「ロラン、どういうことだ? 

もう一つの薔薇とは、王女殿下とは一体!?」

そう問いかけてはみたものの、ラエサルはもはやそれが無意味であることを察した。

死してなお真っすぐに前を見つめながら、ロランはすでに事切れていた。

「もういい、ロラン。眠れ、疲れただろう……」

ラエサルは、しっかりと短刀を握って放そうとしないロランの手を解ほ

き、それを外した。

そして、強い意志を象徴する目を、右手でゆっくりと閉じる。

しばしの間、彼はただ静かに、友の手を握りしめていた。

聖堂には、死者を弔

とむら

う静寂が満ちている。

そこに、まるで鈴の音のような美しい女の声が響いた。

「『もう一つの薔薇』、どうやら探る価値はあったようですね」

ラエサルはとっさに声の方を振り返る。

そこには女が立っていた。

られていた。

「ロラン、お前!」

「ラエサル、俺を置いていけ……恐らく周りは囲まれている。俺は足手まといにしかならん」

ロランの言う通りだろう。

ロランに気取られぬよう、聖堂にやって来たのがデュラン一人であったとしても、ここにいると

いう合図は仲間に送ったはずだ。

周囲は包囲されているに違いない。

ラエサルだけならともかく、傷を負った自分を連れては逃げきれぬ――ロランはそう判断した上

で自害を決意したに違いない。

そして、もしもこの男が自分の主

あるじ

の弟子ならば、自分が生きている限りは決して見捨てぬという

ことも理由の一つだ。

ロランが自ら裂いた深い傷を見て、ラエサルは黙って友の体を下ろし、聖堂の柱の一つにもたせ

かけるように座らせた。

密偵の宿命とでも言うべきか、恐らくは自ら命を絶たねばならぬ時のために、その刃には毒が仕

込んであったのだろう。

ロランが深く息を吐く。

25 24成長チートになったので、生産職も極めます!3

(王女だと? 

馬鹿な、レオンリートに子はいないはずだ。だが、確かにロランも王女殿下と)

まるで、女神のような笑みを浮かべる女。

しかし、彼女の正体を知っている者が見れば、瞳の奥にある冷れ

酷こく

さに気づくだろう。

そして、この言葉が本心からのものではないことも明らかだ。

アンリーゼは、魔獣と化して息絶えているデュランを見た。

「デュランには、私が行くまでその間か

者じゃ

を生かしておくように言っておいたのですが。これでは余

計な手間が増えたというもの。魔剣まで与えて今日まで飼ってきたというのに……存外使えぬ男で

したね」

女は床に転がる漆黒の剣に目をやり、事もなげにそう言った。

密偵と接触する者を捕らえる――デュランもこの女の指示に従っていただけに違いない。

ラエサルは視線を巡らせて女の動きを警戒した。

(アンリーゼ・リア・エルゼスト、デュランに魔剣を与えたのはこの女か)

恐らく、あの眼帯も。

「ここからはもう、逃げられませんよ」

油断のないラエサルの視線を受けて、アンリーゼは静かにそう言った。

ロランが危き

惧ぐ

した通り、もはや周囲は包囲されているのだろう。

聖堂の入り口に佇むその姿。

もしも正体を知らぬ者であれば、この女ほどこの場所に相応しい存在はいないと感じるであろう。

月光のような輝きを放つ髪、銀色の瞳、そして清せ

楚そ

な唇。

神に仕える聖女と呼ぶに相応しい。

たおやかなウエストラインは、清楚さの中にも男を虜

とりこ

にする妖よ

艶えん

な色気を漂

ただよ

わせている。

デュランとの戦いで酷く消耗しているとはいえ、ラエサルに気配すら感じさせずに現れるあたり、

ただ者ではない。

「アンリーゼ、どうしてお前が……」

女は美しい笑みを浮かべる。

「その鼠

ねずみ

を泳がせるようにデュランに命じたのは、私です。白王の薔薇を奪おうとする者、その正

体を暴あ

くためでしたが。残念ですラエサル、お前だったのですね」

白王の薔薇とは、どんな病

やまい

も治す奇跡の薔薇で、病

びょう

床しょう

に伏した現王レオンリートを救うために必

要な品である。しかし、次期王座を狙う公爵は、この薔薇の探索を妨害しているという。

アンリーゼは目の前の男を恐れる素振りすら見せず、ゆっくりと聖堂の中へと歩を進める。

「ですが、それだけの価値はあった。もう一つの薔薇――まさか、国王陛下に王女殿下がおいでに

なるとは。敬愛する兄君のご息女です、公爵閣か

下か

もさぞやお会いしたいと望まれることでしょう」

27 26成長チートになったので、生産職も極めます!3

稲妻を誘うためだ。

それをかわし、頭上から女自身が作り上げた影を穿つ。

アンリーゼの白い雷、その閃せ

光こう

が生み出す一瞬の影を。

闘気を込めたナイフは、すでにアンリーゼに放たれていた。

彼女が作り出した閃光が、聖堂の床に長い影を落とす。

ナイフはその伸び切った先を正確に狙っていた。

(この女に勝つには、これしかない)

『殺せずの聖女』――たとえ正面からナイフで切り裂いたとしても、この女は一瞬で致命傷を治ち

癒ゆ

することだろう。

同時に、ラエサルはアンリーゼの雷の餌え

食じき

とされる。

かといって、普通に影を狙ってもこの女には通じない。

油断が生じるとしたら、女自身が作り出す影。

それは、自らが作り出したが故に死角になる。

ナイフが、長く伸びた影を貫いたかに見えた。

しかし、ラエサルの目の前で、それは消えていた。

その時、彼は見た。

彼女はラエサルの傍で息を引き取ったロランを、冷たい目で眺めている。

そして、嘲あ

笑わら

うかのように言った。

「愚かですね、ラエサル。いずれ公爵閣下が国王となるのはもう決まっていること。こんな薄汚い

ドブネズミと運命をともにするとは」

「黙れ!」

その言葉が終わる前に、ラエサルの体は霞むような速さで動いた。

両手にナイフを構え、アンリーゼに向かって走るラエサル。

彼の目は抑えがたい怒りに満ちている。

しかし、銀色の髪の聖女はまるで動じず、すっと右手を上げる。

その手のひらから白い稲い

妻ずま

のような光が放たれた。

凄まじい速さでアンリーゼに迫るラエサルを迎撃すべく、白い雷

いかづち

が瞬

またた

く。

束の間、その光が美しいシルエットを浮かび上がらせた。

しかし、そこにはもうラエサルはいない。

「貰ったぞ! 

アンリーゼ!!」

聖堂の床を蹴り、ラエサルはアンリーゼの頭上に舞っていた。

挑発されたと見せかけて、彼はいたって冷静だった。正面から突っ込むフリをしたのは、迎撃の

28

自分を見上げて笑みを浮かべる女の顔を。

凄まじい稲光が聖堂の中、全体に生じる。

周囲に溢れる光が、突き刺さるはずだった影を消し去った。

どれほどの魔力があればそんなことが可能なのだろうか。

雷を受けた祭壇が崩れ、衝撃で割れたステンドグラスの破片が飛び散る。

「ぐぅううううう!!」

床に激しく打ちつけられて転がるラエサルの口から、苦悶の声が漏れる。

あらぬ方向からの衝撃で、受け身を取ることもままならない。

彼は何とか上体を起こし、状況を確認する。

見ると、聖女と呼ばれる女の両目には、魔法陣が浮かんでいた。

あの雷は、魔法陣によって作り出したものなのか。

聖女の白いローブと銀色の髪が、バチバチと音を立てて白く帯電している。

その姿は、まるで雷帝。

「ふふ、私にこの瞳を使わせるとは……このまま殺すには惜しい。ラエサル、お前にはもう一度機

会を与えてあげましょう」

そう言った女の微ほ

笑え

みは、人を闇に誘

いざな

う悪魔のように邪悪で、美しかった。

31 30成長チートになったので、生産職も極めます!3

公爵や、マーキスに仕える『殺せずの聖女』と呼ばれるアンリーゼに自分が狙われているというこ

とも。

俺はラエサルさんの協力を得て、仲間や自分を守るために修業をすることに決めた。

そんな中、ラエサルさんの紹介でやって来たのが、ダークエルフの少女アンジェ。

ちょっとしたいざこざもあって手合わせをしたりもしたけど、結局彼女も俺たちの仲間になって

くれたんだ。

アンジェと和解した後、俺はお世話になっている武器屋の家の奥で休んでいた彼女を連れて食卓

へと向かっていた。

「あ……」

俺が扉を閉めた時、後ろでアンジェが小さく声を出した。

振り返ると、廊下に出た彼女は足を止め、短剣をしまう鞘の革か

紐ひも

に視線を落としていた。

腰のベルトに鞘を括く

り付けるためのものだ。

どうやら、切れてしまったようである。

「この鞘、気に入ってたのに。ラエサルがくれた大切な剣と鞘なんだから」

「はは、さっきの戦いは激しかったからな。安心しろよ、後で親父さんと一緒に直してやるから」

2 

切れた革紐

俺、結ゆ

城き

川かわ

英えい

志じ

は、目指していた高校の合格通知を手にしたその日、思わぬ事故で死んでし

まった。

だが、ふとしたきっかけで時の女神メルティを救い、そのお礼として加護を貰って、異世界に転

生することになった。

新しい世界、エディーファ。

そこで俺が辿た

り着いたのは、迷宮の町フェロルクだった。

人よりも十倍速く成長する能力と、時魔術と呼ばれる力を頼りに、何とか冒険者として生計を立

てようとした俺は、冒険者ギルドで二人の少女に出会った。

勝気な赤毛の魔法使いエリス、そして清楚で可か

憐れん

な治療魔道士のリアナ。

二人の美少女の依頼を受けて、俺は一緒に迷宮に入ってレベル上げをすることになったのだ

が……そこで、マーキスとギリアムという悪質で残忍な二人組の冒険者に絡か

まれてしまった。

そのマーキスが公爵家の息子だということを、俺は後でラエサルさんから聞かされた。おまけに、

33 32成長チートになったので、生産職も極めます!3

「ん?」

アンジェは、食卓がある部屋の方をちらりと見る。

あの人っていうのは、フィアーナさんのことだろう。

そして俯

うつむ

くと、そっと呟いた。

「私もいつかラエサルのことを、お父さんって……そんな風に呼べたらいいなって」

そっか、そうなんだな。

ラエサルさんの背中。

あまり多くのことは語らないけど、頼りになる背中だった。

容姿はまるで違うが、ラエサルさんはどこか親父さんに似ている。

俺が思わず笑みを浮かべると、アンジェがこちらを睨んだ。

「何よ、おかしい? 

ラエサルはまだ若いけど、頼りになるもの!」

少し頬を膨ふ

らますアンジェは可愛い。

戦っている時は大人びているけど、こうして見ると、年相応の少女だ。

「いや、よく分かるよ。ラエサルさんだって、嬉う

しいと思うぜ。アンジェみたいな可愛い娘がいた

らさ」

俺の言葉に、アンジェの顔が赤くなった。

鍛か

冶じ

の作業場には革で作る装備品の修復材や、そのための道具らしきものも置いてあったからな。

食事が終わったら、ロイの親お

父じ

さんに頼んでみよう。

アンジェは切れてしまった革の紐をジッと見ている。

「もう、縁え

起ぎ

でもない」

どうやら、この世界でも縁起や験げ

を気にするようだ。

分からなくもないよな。

冒険者にとって、装備品は命を繋つ

ぐための大切なものだ。それが破損したら、不吉に思う人がい

てもおかしくない。

俺は、少ししょんぼりしてるアンジェに言う。

「それにしてもさ、アンジェはラエサルさんのことがよっぽど好きなんだな」

ラエサルさんに貰った剣だってことが、彼女にとっては大事なのだろう。

俺にとっても、親父さんやフィアーナさんに貰った装備は宝物だ。アンジェの気持ちはよく分

かる。

彼女は長い耳をピクンと動かし、可憐な顔をツンと澄す

まして言った。

「別に、変な意味はないんだから。……私、お父さんのことを知らないし。ラエサルがあの人のこ

とを、いつかお母さんって呼びたいって言った時、思ったの」

35 34成長チートになったので、生産職も極めます!3

人?」

「はは、面白い冗談だな……」

どこをどう見たら、俺とエリスが恋人同士だと思うんだ?

むしろ下僕……いやいや、エリスが言うようにナイトぐらいにしておこう。自分が惨み

めになる。

「ふ~ん、そうなんだ」

アンジェは少し悪い

戯ずら

っぽい目で俺を見た。

「何だよ? 

ふ~ん、って」

まるで妖精のように軽やかに、アンジェは身を翻

ひるがえ

す。

しなやかなその仕草に、健康的な小麦色の肌が良く映えた。

「別に! 

何でもないわ」

そう言って廊下を歩き始める。その様子はどこか楽しげに見える。

まったく、何だっていうんだよ……。

俺は肩をすくめると、先を行くアンジェに続いた。

食卓がある部屋に入ると、エリスやリアナ、そしてフィアーナさんが料理を用意してくれていた。

親父さんもすでにテーブルに着いている。

ふと、アンジェの軽やかな足取りが止まった。

そして、口を尖と

らせて、ブツブツと抗議する。

「あ、貴あ

なた方

って誰にでもそんなこと言うの? 

部屋を出る前にも綺き

麗れい

だとか、いきなり」

「誰にでもってわけじゃないさ。けど、思ったことをそのまま言っただけだろ?」

俺がそう言うと、アンジェは俺をジッと見て黙り込む。

ああ、また失敗したか。

恋愛経験が少ない俺は、どうもこの辺の加減が下へ

手た

らしい。

ラエサルさんのことを慕し

っているアンジェに対して、素す

直なお

に感想を言っただけなんだけどな。

「だって、パーティメンバーだって、二人とも女の子じゃない」

「いや、別に下心があってパーティ組んでるわけじゃないって! 

最初はあの二人から依頼を受け

て、たまたまさ」

全く下心がないかって言われたら……そりゃあ俺だって男だからさ。

エリスやリアナは人目を惹ひ

くほど可愛いし、一緒にパーティを組めるのは嬉しい。

でも本当に大事なのは、あの二人が信用できる相手だってことだ。

そうじゃなかったら、ずっとパーティを組もうなんて思わない。

アンジェは少し疑わしそうな顔で俺を見ている。

「でもあの赤毛の子、エイジのことを必死に応援してた。ねえ、もしかしてあの子、エイジの恋

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