第19 回中医学会勉強会 漢方応用講座苦参4 炙鼈甲20 玫塊花9 炒酸棗15 厚朴9...

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1 19 回中医学会勉強会 漢方応用講座 講師 路京華 老師 リポート:岸奈治郎(館林厚生病院漢方内科) 開催日:2015 12 月5日 今回は症例提示から、参加者全員で自分の弁証を勘案して、平馬先生と岸が板書をし、そ れを解説しながら症例を考えて路先生が解説を加えていくというスタイルで進行しました。 【症例】 49 女性 訴)頭暈 頭痛 症)2 年前から上記症状が出現し治療目的に受診した。 既往歴)子宮頚部炎 症)頭痛、頭頂部を中心とした痛み。時々頭痛がして首、肩がこわばる。 目で見たものがボヤァッとしてはっきり見えないことがある。 全身倦怠感あり。 かーっと熱くなって汗が出る。 胸悶、心煩、胸部圧迫感が時々出現する。 口渇あり、水を飲みたい。 食欲はありおいしく食べられる。 大便は 1 1 回、有形便。小便黄色。 入眠困難有り。 月経、規則正しい。量が少ない。下腹部の重い感じがある。オリモノ、黄色有臭。 望:顔が赤い。目が元気なく疲れた感じ。 脈:弦細短 舌:淡、歯痕を認める。舌苔薄白。 ~~~~~~~ここまでの情報を整理して弁証、治法を組み立てました~~~~ 〈平間先生〉 〔病性〕裏熱虚実錯雑 〔病勢〕正虚邪実

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Page 1: 第19 回中医学会勉強会 漢方応用講座苦参4 炙鼈甲20 玫塊花9 炒酸棗15 厚朴9 川楝子9 旱蓮草12 女貞子12 21日分 天麻釣藤飲合二至丸加減 天麻釣藤飲(雑病証治新義)

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第 19回中医学会勉強会 漢方応用講座

講師 路京華 老師

リポート:岸奈治郎(館林厚生病院漢方内科) 開催日:2015年 12月5日

今回は症例提示から、参加者全員で自分の弁証を勘案して、平馬先生と岸が板書をし、そ

れを解説しながら症例を考えて路先生が解説を加えていくというスタイルで進行しました。 【症例】 49歳 女性 主 訴)頭暈 頭痛 現 症)2年前から上記症状が出現し治療目的に受診した。 既往歴)子宮頚部炎 現 症)頭痛、頭頂部を中心とした痛み。時々頭痛がして首、肩がこわばる。

目で見たものがボヤァッとしてはっきり見えないことがある。 全身倦怠感あり。 かーっと熱くなって汗が出る。 胸悶、心煩、胸部圧迫感が時々出現する。 口渇あり、水を飲みたい。 食欲はありおいしく食べられる。 大便は 1日 1回、有形便。小便黄色。 入眠困難有り。 月経、規則正しい。量が少ない。下腹部の重い感じがある。オリモノ、黄色有臭。 望:顔が赤い。目が元気なく疲れた感じ。 脈:弦細短 舌:淡、歯痕を認める。舌苔薄白。

~~~~~~~ここまでの情報を整理して弁証、治法を組み立てました~~~~ 〈平間先生〉 〔病性〕裏熱虚実錯雑 〔病勢〕正虚邪実

Page 2: 第19 回中医学会勉強会 漢方応用講座苦参4 炙鼈甲20 玫塊花9 炒酸棗15 厚朴9 川楝子9 旱蓮草12 女貞子12 21日分 天麻釣藤飲合二至丸加減 天麻釣藤飲(雑病証治新義)

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〔病位〕肝心腎 〔 邪 〕陽亢 湿熱 〔不足〕陰 血 〔弁証〕肝腎不足(肝血・腎精虚衰) 肝陽上亢 肝経湿熱 〔治法〕補肝腎 沈肝潜陽 清利湿熱 〔処方〕熟地黄 9 白芍 6 当帰 6 枸杞子 9 釣藤鈎 6(後下) 石決明 15 牛膝 6 天麻 6 白芷 6 牡丹皮 6 滑石 12 車前子 6 〈岸〉 〔病性〕裏熱虚実錯雑 〔病勢〕正虚邪存 〔病位〕肝心下焦 〔 邪 〕気逆 血虚 湿 〔弁証〕肝心血虚 肝陽上亢 下焦湿熱 〔治法〕補血肝心 潜陽 利湿清熱 〔処方〕竜胆瀉肝湯(医方集解)

(竜胆/柴胡/黄芩/山梔子/木通/沢瀉/車前子/当帰/生地黄/生甘草) 加 釣藤鈎 薄荷 当帰 川芎 酸棗仁 呉茱萸 路先生「邪のところに気逆とありますが、どこの気逆ですか?」 岸「肝の気逆です。」 路先生「肝の気逆というとその前に肝鬱になりますが、その症状は見られますか?」 岸「肝鬱ではイライラや気分の偏重が見られますが……この症例では見られません。肝血

虚で陽亢しているでしょうか。」 路先生「気逆の原因はなんですか?」 岸「肝血虚です。目が見えにくいとか入眠困難、月経血が少ないなどは血虚の症状です。」 路先生「肝血虚で気逆になりますか?」 岸「血が肝の気を制御できなくなって気が上がってしまいます。」 路先生「肝腎陰虚から肝風内動となって肝陽上亢となることはありますが、肝血虚から肝

陽上亢にはなりません。では、肝気上逆は肝鬱状態から起こりますが、肝鬱の症状は見ら

れますか?」 岸「肝鬱の状態の特徴としてはイライラとかストレスが原因となりますが、そういった症

状は見られないと思います。」 路先生「胸悶、心煩、胸に圧迫感がある、というのはどうですか?」

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岸「気が胸で詰まっている症状です。」 路先生「これは胸脇苦満と取れます。胸脇苦満は、胸や脇に気が滞って詰まっていたとい

う症状です。よく眠れないと言うのは精神的症状と取れます。小柴胡湯や柴胡剤を使う目

安になっています。そのほかに気分が良くないとか心筋梗塞のような症状も気鬱です。竜

胆瀉肝湯には柴胡が入っていますか?」 岸「入っています(私はエキス剤ではなくて医方集解の方剤を念頭においていたため)。」 路先生「では肝鬱がありそうなこの症例では柴胡を使ったほうが良いでしょうか?」 岸「胸脇苦満の症状があるということは肝鬱がある状態なので使ったほうが良いのではな

いかと思います。」 路先生「柴胡は鬱結した肝気を巡らせる発散性のある方剤です。この症例ではすでに肝陽

上亢の症状が見られています。頭痛、眩暈、首、肩のこわばり、顔が赤く見えるなどは皆

これらの症状と考えられます。この方は 49才と言うことで陰虚が考えられる年齢になってきてもいます。陰陽のバランスが崩れてきているので陽気が上にあがりやすくなっていま

す。気鬱の症状と、陰陽のバランスの崩れ、このような状態で柴胡を使うとなると、すで

に上向きに気が動いている所に柴胡で後押しをしてしまうため、非常に注意して使うか使

わないほうが無難でしょう。そうならないために、柴胡ではなくて肝陽上亢している所を

改善する薬を選んだほうが良いと思います。薄荷はその意味では良いと思います。梔子鼓

湯の中の淡豆鼓などもそのような働きで加えられています。」 路先生「そのほかにやはり下焦の湿がありますね。これは子宮頚部の炎症もそうですが、

オリモノが黄色くて臭いがあるという症状が示しています。下焦の湿熱の原因は脾胃で出

来た湿が下注して起こることがありますが、この症例では脾胃は大丈夫のようですからそ

れはありません。これは足厥陰肝経の経絡に湿が停滞した症状と考えられます。足厥陰肝

経は足の親指の爪の根本、大敦から始まって足の内側を走行し陰部をまとって鼠経部から

脇腹を通り乳頭の下外則、期門に至ります。ですからオリモノや子宮頚部炎などは肝経に

湿熱が滞りそれによって陰部の症状が出現している経絡の症状、と説明できます。そうい

う意味だけでは竜胆瀉肝湯は良いですね。臓腑の肝にある熱と、肝経絡の熱は違います。」 路先生「また、先ほど指摘もありましたが舌色は淡です。これは熱がある状態とは考えに

くいです。つまりからだの本質として陽気が虚しているということが伺えます。なので、

生薬を選ぶ時にも陽虚に少しでもマイナスにならないように気をつけなければなりません。

湿熱があるからといって冷ましてばかりだと、本質の陽虚に対してダメージが及びます。」 路先生「呉茱萸を加えているのはどうしてですか?」 岸「頭痛の場所が頭頂部だからです。頭頂部の痛みは厥陰の痛みです。呉茱萸や藁本を加

えるのが良いと考えました。」 路先生「呉茱萸は確かに頭頂部が痛い厥陰頭痛に用いられます。肝の経絡は足の親指の内

側、大敦から始まって足の内側を走行して脇に上がり、頭頂部に繋がります。肝の気を巡

らせる作用がありますが性質が熱なので、寒が肝経に凝集して頭痛になるものに用いられ

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ます。今回の症例では熱が上にあがってしまっている状態ですから使わないほうが良いで

しょう。」 弁証:気鬱胸膈 復気亢張、陰陽倶虧、下焦湿熱 治法:沈瀉亢陽、展気寛胸、填精固本、清利湿熱、兼陽心神 処方:灵磁石 30 生石決明 20 竜胆草 6 天麻 12

羗活 6 川芎 8 当帰 9 黄柏 5 苦参 4 炙鼈甲 20 玫塊花 9 炒酸棗 15 厚朴 9 川楝子 9 旱蓮草 12 女貞子 12 21日分 天麻釣藤飲合二至丸加減

● 天麻釣藤飲(雑病証治新義) 天麻 釣藤鈎 石決明 山梔子 黄芩 牛膝 杜仲 益母草 桑寄生 夜交藤 朱茯神 〔主治〕肝陽上亢 肝風内動 〔効能〕平肝熄風 清熱安神 補益肝腎

● 二至丸(医方集解) 旱蓮草 女貞子 旱蓮草の煎汁を濃縮し、女貞子を蒸熟した後粉末にし、両者を混合して蜜丸にして朝

晩 15gずつ湯で服用する。 ・旱蓮草(カンレンソウ)キク科タカサブロウの全草

甘酸 寒 肝腎 補肝腎陰<涼血止血

・女貞子(ジョテイシ) モクセイ科トウネズミモチの成 熟果実 甘苦 涼 肝腎 補肝腎陰 止血作用なし。

磁石:天然磁鉄鉱 辛鹹 寒 肝心腎

腎虚などの虚証にも使用可能な安神潜陽納気薬。 浮き上がってしまった陽気を生薬の重さでよく降ろ

す。 虚実どちらでも用いることが出来る。腎気を養い陰を益し耳、目の機能を高める。

旱蓮草

女貞子

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竜胆:リンドウ科トウリンドウの根 苦寒 肝胆胃 肝胆の火を下ろし下焦の湿熱を除く。竜胆草、山梔子、夏枯草の中でもっとも瀉火

作用が強い。ここでは熱を冷ますために使っているけれども、元の体質として陽虚

があるから使いすぎないように注意する必要がある。瀉肝胆実火 清熱燥湿 山梔子(クチナシの成熟果実)は三焦の熱を冷ますと言われ広範囲な実熱証に用いられる。

特に心肝の火を良く冷ます。夏枯草(ウツボグサの花穂)は清肝火作用は弱いが乾

かす作用が無いので肝陰不足にも使用可能で清目作用、消痰散結作用を有する。 石決明:ミミガイ科アワビ、トコブシの貝殻 鹹 寒 肝

平肝潜陽作用。補血滋陰作用も有しており血虚、陰虚証による肝陽上亢にも多用さ

れる。清肝名明目。 生石決明・砕いてそのまま用いる。平肝潜陽、清熱名目の時に使う。 煅石決明・炒って使う。収斂作用がある。胃酸の分泌を抑える。寒性が弱まる。

羗活:セリ科キョウカツの根茎および根

発散風寒。その気雄にして良く散ず。と言われ、羗活、藁本、白芷の解表薬の中で

一番発汗、発散風寒、去湿止通作用が強い。川芎とあわせると太陽経の頭痛、肩こ

りに用いられる。感冒ではない時の袪風薬として用いられる。 肝陽上亢の時に使うと火を煽ってしまうので注意を要する。平馬先生はその性質を

注意して白芷を入れたけれども、それでも注意が必要。 処方のバランスも大切。風を煽るような薬はここでは羗活、川芎 2味で、袪風の薬は磁石、石決明、竜胆、天麻と 4味使っているので、バランスが取れていると考える。 使っている薬の強さとバランスを取るのが重要である。 下焦の湿熱には黄柏 厚朴 川楝子。 局部の鬱結した熱であるから冷すのではなくて「散らす」。苦参、黄柏 下焦に作用する。 竜胆は黄柏、苦参と組み合わせて下焦の熱を取る。 路先生「日本の漢方では病態を分析する姿勢が弱いです。どうしてもすぐ薬を考えてしま

う傾向があります。弁証論治がないときちんとした薬の選択が出来ません。 それが出来ないで処方すると、当たるときも有るし当たらないこともあります。 本当に治療するときには、病態をきちんと分析して一つ一つきちんと処方をする、と言う

のが大切です。」 路先生「半夏白朮天麻湯は一虚二盛。これが今日の中で一番大切です。脾気虚・痰湿盛・

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肝気盛。」 岸「なぜ湿が溜まってしまったのでしょうか?」 路先生「婦人科的な問題かもしれません。一人でたくさんの病気を持つことがあります。

下焦の湿熱、膣炎によって分泌物が多くなることによって湿になったと言うことでよいと

思います。」 質問「竜骨牡蠣では駄目でしょうか?」 路先生「竜骨牡蠣でもいいですが、磁石のほうが重くて下げる作用が強いです。竜骨牡蠣

では汗を押さえる作用もあるので、この症例で用いても良いと思います。」 質問「肝腎陰虚と肝経湿熱を別々に治療してもいいのかと思いますが、同時に治療をする

方がいいですか?」 路先生「急であれば急いで治療するべきですし、頭痛が酷くて触れないと言う場合は分け

て治療しても良いです。出来るなら両方治療したほうがいいと思います。虚の治療と実の

治療を両方同時に行ってお互いに触るようであれば別にした方がいいでしょう。その場合

場合によりますので別々にしてもいいと思います。」