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皮膚科セミナリウム 第 58 回 物理・化学的皮膚障害 はじめに 物理・化学的皮膚障害である熱傷(burn,thermal injury)は,多種多様な外傷性皮膚疾患であり,多彩な 病態を示すことが特徴の 1 つでもある.一口に熱傷と いっても程度は軽症~重症まで千差万別であり,経過 や治療法も受傷面積,深度や病期によってかなり異 なってくる.重症~超重症熱傷の場合には,設備とス タッフの充実している専門的施設(熱傷センターある いは救命救急センター)での集学的治療を行わねばな らないが,皮膚科の日常診療において接する機会が多 いのは,ほとんどが軽症~中等症の熱傷である.言い 換えれば,軽~中等症の熱傷は皮膚の専門家である皮 膚科医が,スキルを活用して積極的に取り組むべき疾 患といえる. 熱傷治療のポイントは, “重症度”と“病期”を考え て対応することである.熱傷の診断では受傷面積,深 度に加えて,年齢,部位,持病や合併症の有無などを 総合して重症度を把握することが大切である.初期治 療では,入院や輸液療法の要否についての的確な判断 が必要になる.局所療法では受傷早期,感染期,回復 期のそれぞれの熱傷創面の状態に応じて,外用剤の選 択・変更をしていくことが,皮膚科医の腕の見せどこ ろである.自然上皮化が困難な深い熱傷では,漫然と 外用療法を続けずに,壊死組織除去と植皮術による早 期創閉鎖が不可欠である. 本稿では,通院で治療可能な小範囲の熱傷から,一 人医長や少数スタッフであっても,皮膚科医である以 上は対処せねばならない(対処可能な)中等度までの 熱傷を中心に,診断から治療までの要点を述べてみる. I 熱傷の病態,原因 熱による皮膚・皮下組織の損傷は,熱量(温度)と 作用時間(接触時間)の相関によって決まってくる(図 1) .通常の接触では熱傷を生じない温度であっても, 長い作用時間と圧迫による局所の循環障害も加わった 状態においては,いわゆる低温熱傷を生じることにな 熱傷の原因は,時代背景・生活環境の改善・安全装 置の発達とともに移り変わってきているものの,日常 生活と関連した過熱液体や火焔,高熱固体が大半を占 めている.高温液体や固体による軽症~中等症の熱傷 患者は,多くの場合幼小児である.虐待による熱傷も, 小児を中心に注意すべき原因の一つとなっている 重症熱傷の原因としては,火災,労災事故や自殺企図 によるものが高い頻度を示している. 気道熱傷(inhalation injury)は火災,爆発,高温水 蒸気,有毒ガスなどの吸入によって生ずる呼吸器系障 害の総称であり,早期の確定診断には気管支鏡検査が 必要である.気道熱傷の場合には早急に呼吸管理を開 始することが大切であり,専門施設での集中的管理が 必須となる. 電撃傷(electric burn)は感電,落雷(雷撃傷)など の電気的傷害による損傷で,電流による組織損傷(true electrical injury)と電気火花(スパーク)による電気 火傷に大別される )~.電撃傷の予後は,体表の受傷面 積よりも損傷体積によって決まるので,重傷度の判定 の際には注意が必要である )~化学熱傷(chemicalburn)は,酸,アルカリ,薬品, 毒ガス,重金属などの化学物質による皮膚組織の破 壊・腐蝕である.損傷皮膚が熱傷に類似した変化を示 すために化学熱傷と称されるが,化学損傷(chemical 1.熱傷 臼田 俊和 岩田 洋平(社会保険中京病院) 日皮会誌:120(2),173―192,2010(平22)

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皮膚科セミナリウム

第 58 回 物理・化学的皮膚障害

はじめに

物理・化学的皮膚障害である熱傷(burn,thermalinjury)は,多種多様な外傷性皮膚疾患であり,多彩な病態を示すことが特徴の 1つでもある.一口に熱傷といっても程度は軽症~重症まで千差万別であり,経過や治療法も受傷面積,深度や病期によってかなり異なってくる.重症~超重症熱傷の場合には,設備とスタッフの充実している専門的施設(熱傷センターあるいは救命救急センター)での集学的治療を行わねばならないが,皮膚科の日常診療において接する機会が多いのは,ほとんどが軽症~中等症の熱傷である.言い換えれば,軽~中等症の熱傷は皮膚の専門家である皮膚科医が,スキルを活用して積極的に取り組むべき疾患といえる.熱傷治療のポイントは,“重症度”と“病期”を考えて対応することである.熱傷の診断では受傷面積,深度に加えて,年齢,部位,持病や合併症の有無などを総合して重症度を把握することが大切である.初期治療では,入院や輸液療法の要否についての的確な判断が必要になる.局所療法では受傷早期,感染期,回復期のそれぞれの熱傷創面の状態に応じて,外用剤の選択・変更をしていくことが,皮膚科医の腕の見せどころである.自然上皮化が困難な深い熱傷では,漫然と外用療法を続けずに,壊死組織除去と植皮術による早期創閉鎖が不可欠である.本稿では,通院で治療可能な小範囲の熱傷から,一人医長や少数スタッフであっても,皮膚科医である以上は対処せねばならない(対処可能な)中等度までの熱傷を中心に,診断から治療までの要点を述べてみる.

I 熱傷の病態,原因

熱による皮膚・皮下組織の損傷は,熱量(温度)と作用時間(接触時間)の相関によって決まってくる(図1)1).通常の接触では熱傷を生じない温度であっても,長い作用時間と圧迫による局所の循環障害も加わった状態においては,いわゆる低温熱傷を生じることになる2)3).熱傷の原因は,時代背景・生活環境の改善・安全装置の発達とともに移り変わってきているものの,日常生活と関連した過熱液体や火焔,高熱固体が大半を占めている.高温液体や固体による軽症~中等症の熱傷患者は,多くの場合幼小児である.虐待による熱傷も,小児を中心に注意すべき原因の一つとなっている4)5).重症熱傷の原因としては,火災,労災事故や自殺企図によるものが高い頻度を示している.気道熱傷(inhalation injury)は火災,爆発,高温水蒸気,有毒ガスなどの吸入によって生ずる呼吸器系障害の総称であり,早期の確定診断には気管支鏡検査が必要である.気道熱傷の場合には早急に呼吸管理を開始することが大切であり,専門施設での集中的管理が必須となる.電撃傷(electric burn)は感電,落雷(雷撃傷)などの電気的傷害による損傷で,電流による組織損傷(trueelectrical injury)と電気火花(スパーク)による電気火傷に大別される6)~8).電撃傷の予後は,体表の受傷面積よりも損傷体積によって決まるので,重傷度の判定の際には注意が必要である6)~8).化学熱傷(chemical burn)は,酸,アルカリ,薬品,毒ガス,重金属などの化学物質による皮膚組織の破壊・腐蝕である.損傷皮膚が熱傷に類似した変化を示すために化学熱傷と称されるが,化学損傷(chemical

1.熱傷

臼田 俊和 岩田 洋平(社会保険中京病院)

日皮会誌:120(2),173―192,2010(平22)

皮膚科セミナリウム 第 58 回 物理・化学的皮膚障害174

図1 熱による組織の破壊(Moritz & Henriques,1947)

図2 熱傷の診断と治療のフローチャート(文献5より引用)

injury)が用語としては適切である2).酸よりもアルカリの方が傷害作用が強く,化学物質の種類によっては肝,腎,心臓,神経などに対する二次的な障害(中毒症)にも注意を要する9).

II 熱傷の診断

熱傷の診断と治療のフローチャートを図 2に示す.熱傷の診断は,予想される経過を推定して適切な治療計画を立てる第一歩である.熱傷深度の判定と受傷面積の算定に加えて,重症度を総合的に評価することにより,通院治療,入院治療,輸液療法,専門施設への転送の要否などを的確に判断することが必要である10)~16).診断の手順①基本的事項の確認②熱傷深度の診断(図 3)③受傷面積の診断(図 5)④熱傷重症度の診断(表 1,図 6)⑤入院加療か通院治療かを最終的に確認

(1)基本的な確認事項①バイタルサイン,全身状態.②年齢,体重,性別,職業.③持病・基礎疾患の有無,内服中薬剤の有無,受傷時の飲酒の有無,既往歴.④受傷した時間,原因,場所(屋内か屋外かなど),受傷部位,受傷範囲.⑤受傷してからの尿量,尿回数(長時間の無尿あるいは乏尿の場合には,熱傷ショックや臓器障害に注

意する).⑥応急処置の有無と方法,冷却処置の有無.⑦小児虐待による熱傷が疑われる場合には,家族や付添い者の観察.⑧外傷,骨折,ガス中毒などの合併症の有無.

(2)熱傷深度(深さ)の診断(図 3)熱傷深度は温度だけでは決まらず,接触時間も問題となる(図 1).日本熱傷学会の分類2)では I 度(epidermal burn),II度(dermal burn),III 度(deep burn)に分けられている.水疱を形成する II 度熱傷は,さらに浅達性 II 度(superficial dermal burn,SDB)と深達性 II 度(deepdermal burn,DDB)に分けられるが,両者の臨床経過はかなり異なる.また,受傷早期には SDBか DDBかの判別はしばしば困難であり,経時的観察によって確定できる場合も多い.受傷早期における簡便な深度検査法としては,pin-prick test や抜毛試験があり,痛

1.熱傷 175

図3 熱傷深度と病歴・所見からの診断文献5,16より引用

みの減弱や消失を認める場合は深い熱傷(DDB~III度)である可能性が高い.熱傷の深さがわかれば,熱傷創の辿る一般的経過を予想することができる.深度診断は重要ではあるが,SDBと DDB,DDBと III 度熱傷の鑑別は受傷早期では難しい場合も多いので,経時的な観察を行って最終的に判定することが必要である.一般的には,受傷後1~2週間で深さの違いがはっきりとしてくる.安易な深度判定による経過説明は,後のトラブルを生じやすいので注意を要する.また,同じ熱傷創の中においても深さは均一ではなく,混在して認められることが普通である(図 4).

(3)受傷面積の診断(図 5)総体表面積に占める熱傷面積の割合(%)で示される.成人では 9の法則を用いて概略の面積の算定を行う.幼小児の場合には下肢が小さく頭部の占める割合が大きいので,9の法則では誤差が大きくなるため 5の法則を用いる.正確な受傷面積の算定に際しては,Lund&Browder の chart(1944)を使用する.小範囲熱傷の場合には,手掌法(熱傷患者の手のひらを約 1%として算定)が簡便である.受傷直後には受傷範囲が不明確なこともあるので,受傷面積と受傷部位は 1~2日後に再確認する必要がある16).

(4)熱傷重症度の診断(表 1)予後の推定と治療方針の決定において,最も重要な

のは重症度の診断である.受傷面積や深度だけではなく,受傷原因,部位,合併症も総合しての診断が不可欠であり,入院や専門施設への転送が必要かどうかの判断基準となる.代表的な 重 症 度 の 判 定 方 法 はArtz の 基 準

(1957)17)18)である.Burn index も頻用されているが,必ずしも予後を正確には反映しておらず,エビデンスレベルも低い19).特別な専門知識を必要としないSCALDS score(図 6)は,救急隊との連絡や医療機関相互の診療情報提供といった実地臨床において,簡明で役に立つ20).気道熱傷や電撃傷は,受傷面積の大小とは関係なく重症度の高い熱傷である.糖尿病,腎不全,肝障害,脳血管障害などの基礎疾患の存在は,熱傷の治療を行う上で大きな障害となりやすい.

(5)小児熱傷の特徴と注意点5)

小児の熱傷では成人とは異なったいくつかの特徴があり,小児は成人の単なるミニチュアではないことをよく理解しておくべきである.初期治療,局所療法,感染対策,手術の要否と時期,後遺症の予防と対策といった一連の問題に関して,総合的・長期的視野に立った初期からの治療計画が大切である.小児熱傷の特徴5)

①小児の皮膚は薄いので成人よりも深い熱傷となりやすい→瘢痕,拘縮を生じやすい.②細胞外液量の占める比率が高く不感蒸泄も多い→熱傷ショックを生じやすい.

皮膚科セミナリウム 第 58 回 物理・化学的皮膚障害176

図4 症例1.1歳5カ月,男児.頸部から胸腹部の熱傷Ⅱ度(SDB~DDB),15%,ポットの湯で受傷.

図5 受傷面積算定法 文献16より引用

1.熱傷 177

表1 熱傷重症度の診断(文献5,16より改変)

Artzの基準(1957)①重症熱傷(熱傷専門病院または総合病院で治療)

1)体表面積の25%以上のI I度熱傷2)顔,手,足,外陰部のI I I度熱傷,または10%以上のI I I度熱傷3)気道損傷,広範な軟部組織の損傷,骨折を合併した熱傷4)電撃傷※上記以外でも,基礎疾患として糖尿病,心不全,慢性腎障害などの基礎疾患がある場合は,重症熱傷のリスクグループとして扱う

②中等度熱傷(一般病院で治療)1)15~25%のI I度熱傷2)10%未満のI I I度熱傷,ただし顔面,手,足,陰部の熱傷は除く

③軽症熱傷(通常は外来治療で可能)1)15%未満のI I度熱傷2)2%未満のI I I度熱傷※但し乳幼児では短期間の入院加療も考慮する

Burn Index(BI)(Schwartz 1956)BI= (第I I I度熱傷面積) + (第I I度熱傷面積) ×1/2

10~15以上の場合は重症

※Prognostic Burn Index(PBI) =BI+年齢PBI 70以上が重症

※Abbreviated Burn Severity Index(ABSI) (Tobiasen,1982)年齢,性別,気道熱傷の有無,I I I度熱傷などを加味

米国外科学会における患者選択基準(1990)①重症熱傷(高度の熱傷治療専門施設での治療が必要)

1)年齢10歳以下,50歳以上でBSA 10%以上2)他の年齢層でBSA 20%以上3)いずれの年齢でもI I I度BSA 5%以上4)顔面・眼・耳・手・足・会陰熱傷で整容面・機能面で喪失の疑い

5)高電圧,雷撃による電撃傷6)気道熱傷の疑い7)広範囲の化学熱傷8)糖尿病,肝・腎・呼吸器・循環機能障害を有する場合

②中等度熱傷(一般病院での治療が可能)1)年齢10歳以下,50歳以上でBSA 10%以下2)他の年齢層でBSA 20%以下3)整容上の問題や機能喪失の恐れのない場合4)合併症のない場合5)既往歴に危険因子がない場合

SCALDS score(中京病院,1983)図6熱傷スコアの総点数 10点以上が重症

③小児では腎機能が未熟→電解質異常を生じやすい.高張Na液輸液は禁忌である.④日常生活と関連した高熱液体による受傷が多い→周囲の大人の日常的配慮が予防対策には不可欠.⑤背が低いので高熱液体を頭からかぶって受傷する場合が多い→生活環境を把握.⑥被虐待児症候群の一症状としての熱傷も稀ではない→家族環境の観察,把握.⑦周囲の大人の不注意による熱傷も多い→両親,家族への精神的バックアップも必要.

(6)入院経過観察を考える場合の判断基準熱傷ショックのおそれや経過に不安を感じたときには,迷わずに入院経過観察を選択すべきである5)16).成人の 10~15%以上の II~III 度熱傷,小児・老人の7~10%以上の II~III 度熱傷では,入院・輸液療法による経過観察が必須である.これ以下の受傷面積でも,顔面~頸部,手指,足,陰部の II~III 度熱傷の場合には,入院経過観察のうえで整容的・機能的予後を考慮しつつ治療に当るべきであろう.小児虐待による熱傷が疑われる場合には,小範囲であっても経過観察入院の適応となる4)5).

初療時のピットフォール■熱傷ショック対策は十分か?受傷早期には,時間経過とともに病態は大きく変化する.来院時には元気で問題がないように見えても,数時間後には熱傷ショック(脱水ショック)を生じてぐったりとしてしまう場合もある21)→輸液療法の適応を見落とさない.■熱傷の深度判定は初期では難しい!熱傷は深度によって治癒するまでの期間や瘢痕の程度が,かなり異なってくる.受傷初期では正確な深度判定が困難な場合も多く,安易な深度判定は後々のトラブルの一因となりかねない→深度判定は日を置いての再確認が不可欠.

III 熱傷の治療

軽症か重症かによって,熱傷の治療はかなり異なってくる.軽症や小範囲熱傷の場合には局所療法が主体となるが,中等~重症熱傷では輸液療法によるショックの防止,多臓器障害の防止,感染症対策,手術治療(壊死組織除去と植皮術)と多岐にわたる.この際に大切なことは,軽症でも重症の場合でも熱傷の病期(表2)に応じた適切な治療法を選択することである10)16)22).

皮膚科セミナリウム 第 58 回 物理・化学的皮膚障害178

図6 SCALDS Score(熱傷スコア) 6項目の総計点数によって,概略の重症度を判定します

1.熱傷 179

図6 SCALDS Score(熱傷スコア) 6項目の総計点数によって,概略の重症度を判定します

皮膚科セミナリウム 第 58 回 物理・化学的皮膚障害180

表2 重症熱傷の病期と治療法(文献16より改変)

主な治療法主な症状受傷後の時間経過熱傷の病期

輸液療法(乳酸加リンゲル液)24時間以降のコロイド液滲出液対策の局所療法

熱傷ショック(血管透過性の亢進による低容量性ショック)

48時間までショック期急性期

呼吸器系,循環器系管理体位変換創面保護の局所療法

血管へのrefilling大量の排尿肺水腫,心不全

2日~1週ショック離脱期(利尿期)

抗生剤投与局所療法,局所化学療法温浴療法debridement ,植皮術高カロリー栄養

肺炎敗血症多臓器不全burn wound sepsis貧血

1週~4週感染期

植皮術,瘢痕拘縮形成術外用療法,内服療法圧迫療法機能訓練遮光療法

熱傷潰瘍肥厚性瘢痕瘢痕拘縮色素沈着,脱失瘢痕潰瘍 (瘢痕癌)

4週~回復期

表3 代表的な輸液療法(文献5,16より改変)

受傷24時間~48時間受傷~24時間

最初の24時間の1/2~3/4アルブミン:1g/kg

乳酸加リンゲル:1.5× 熱傷面積(%) × 体重(kg)コロイド:1× 熱傷面積(%) × 体重(kg)5%糖液:2,000ml受傷後8時間で半量を,16時間で半量を

Brooke法

コロイド:250~1,200ml維持水分量として5%糖液

乳酸加リンゲル:4× 熱傷面積(%) × 体重(kg)受傷後8時間で半量を,16時間で半量を

Parkland法

1)尿が出るまでハルトマン液(pH8)を急速に輸液*12)尿が出たら時間尿量50ml(小児1.5~2ml/kg)に輸液量調節*23)16時間目より冷凍血漿を血漿蛋白6g/dlを目標に輸液*3中京病院

方式28,30)* 1:尿量が目安のため利尿薬禁忌* 2:尿がよく出る場合でも最低Brooke量は入れる* 3:重症例で血漿蛋白3g/dl以下になった場合は冷凍血漿を10時間目より開始

熱傷初期治療の標準化へ向けて,ABLS(advancedburn life support)コースの導入も試みられている23).

(1)初期治療…輸液療法で尿量を確保熱傷ショックを防止するため,初期治療では輸液療法を優先して行うことが大切である.熱傷の低容量性ショック(hypovolemic shock)は,適切な輸液療法を行うことによって防止することができる.最も古典的・基本的な輸液法はEvans の公式24)であるが,現在ではさらに改良されたBaxter 法(Parkland 法)25)やBrooke 法26)27)が一般的となっている(代表的な輸液公

式を表 3に示す).10~25%程度の熱傷では計算量に必ずしもとらわれる必要はなく,時間尿量(1.5~2ml�kg�h)と全身状態を指標として輸液管理する方法が簡便で確実である28)29).成人の 10%以上,小児の 7~10%以上の熱傷では,輸液療法を要すると考えて対応すべきであろう16)29).循環動態の保持や利尿の目的で昇圧薬や利尿薬を使用することは,初期治療において最も避けるべき治療法である30)31).

(2)全身管理,呼吸管理輸液療法に伴った肺浮腫・肺水腫,心不全に対する

1.熱傷 181

表4 外用剤(熱傷局所治療剤)の分類(文献5,16より改変)

基剤による分類

※油脂性軟膏(疎水性軟膏)・創面保護作用・痂皮の浸軟,除去・浸出液貯留しやすい

白色ワセリン,流動パラフィン(プラスチベース),亜鉛華軟膏 など

ゲンタシン軟膏,プロスタンディン軟膏アズノール軟膏(精製ラノリンと白色ワセリン)など

※乳剤性軟膏(クリーム)・経皮浸透力あり・水で洗い流せる・界面活性剤,防腐剤を含む・刺激・皮膚炎に注意(びらん,潰瘍面)

①水中油型(o/w):バニシングクリームゲーベンクリームオルセノン軟膏

②油中水型(w/o):コールドクリームリフラップ軟膏ソルコセリル軟膏

※水溶性軟膏ポリエチレングリコール(PEG)分子量1000以下…常温で液体 〃  〃 以上… 〃 固体

・浸出液吸収,創面乾燥化・伸びがよい・水で洗い流せる・刺激痛あり,時に接触皮膚炎

マクロゴール軟膏(ソルベース®)テラジアパスタ(サルファ剤配合)アクトシン軟膏(ブクラデシンNa配合)ブロメライン軟膏

※外用散剤※外用液剤エレースイソジン液カデックス などヒビテン液 など

※懸濁性基材FAPG基材ハイドロゲル基材(ソフレットゲル)など

配合剤による分類

※サルファ剤テラジアパスタゲーベンクリーム など

※抗生物質ゲンタシン軟膏,クリームバラマイシン軟膏アイロタイシン軟膏 など

(ソフラチュール)

※消毒薬イソジンゲルユーパスタ(白糖ポビドンヨード)ヒビテン液 など

※非ステロイド系鎮痛消炎剤アンダーム軟膏,クリームコンベック軟膏,クリームスルプロチン軟膏 など

※壊死組織除去剤エレースC軟膏ブロメライン軟膏リフラップ軟膏

※肉芽形成促進剤オルセノン軟膏アクトシン軟膏リフラップ軟膏ソルコセリル軟膏フィブラストスプレーなど

※創面保護,上皮形成促進剤亜鉛華軟膏アズノール軟膏アクトシン軟膏

※創傷被覆剤,特定医療保険材料2週間を標準とし3週間を限度として使用

注意が必要であるが,絶対安静にする必要はない.体位変換も可能な限り頻回に行った方がよい.中等度熱傷までの全身管理は,通常はバイタルサインのチェックのみで十分であり,ラインやモニターの数をできるだけ少なくしておくと,かえって管理しやすくなる.

(3)必要な検査①バイタルサインと時間尿量の経時的測定.②血液検査では,末梢血一般,電解質,血清総蛋白

(T.P),腎機能値,肝機能値,HBs 抗原,HCV抗体,梅毒血清反応など.中等度~重症熱傷では,受傷後 48時間頃まではHct 値とT.P 値は変動が激しいので,経時的(可能なら数時間おき)に測定を行う.

皮膚科セミナリウム 第 58 回 物理・化学的皮膚障害182

表5 熱傷の局所療法の目的

①創面を保護して外的刺激を避ける②上皮化を促進,補助する③疼痛の緩和④創の感染抑制,防止⑤浸出液,膿の除去と貯留防止⑥壊死組織の除去,保存的デブリードマン⑦肉芽形成促進,上皮化促進

表6 消毒薬の作用機序

・タンパク質の変性・タンパク質の合成阻害・酵素活性の阻害・DNA,RNAの合成阻害

消毒は 注意が  必要

生体の細胞にも障害を与える刺激作用が強いアレルゲンとなりやすい

券献献鹸

表7 burn wound sepsis(熱傷創重症感染) 2)

〇熱傷創感染があって,臨床的に敗血症症状を呈している状態

〇熱傷組織1g中に105以上の菌が存在し,周囲の正常組織にも菌の侵入が認めれらる状態(Teplitzの定義)

〇血中に菌は証明されなくてもよい

③胸部X線,心電図は,臨床症状に応じて施行.中心静脈圧などの測定は基本的には不要.

(4)初期治療と薬物投与初期治療において最も避けるべきことは,薬物(利尿薬,昇圧薬,鎮痛薬など)で病態をコントロールしようとすることである5)16)30).①急性期は輸液(乳酸加リンゲル液)と尿量による管理が基本かつ重要.②ステロイド薬の投与は原則として不要.③鎮痛薬などの投与は,なるべく避けるほうが賢明

(全身状態の把握が困難となりやすい).④熱傷創の汚染がひどくなければ,抗菌薬の投与は,基本的には受傷後数日してから開始.⑤筋注・皮下注による薬物投与は不適切(熱傷による浮腫のため吸収・効果発現までの時間が不明確で,再吸収期になってはじめて作用を発揮する場合もある).⑥屋外での受傷や汚染された熱傷創の場合は,破傷風に留意.

(5)経口摂取と栄養管理,早期離床ショック期,再吸収期を脱して消化管の活動が回復したら,経口摂取をなるべく早くから開始する.熱傷後は創治癒と身体防御のためにエネルギー代謝は亢進しているので,通常よりも高カロリーを摂取する必要

があるが,何よりもバランスのよい食事が基本である.急性期を過ぎたら,可能な限りラインやカテーテル類を減らし,早期離床を目指す.できるだけ早くシャワー浴や温浴療法も開始する.

IV 局所療法・外用療法

熱傷の局所処置・外用療法は,受傷後の時間経過と創面の状態に適した方法を選ぶことが,最も重要なポイントである.基剤の特性と配合剤の薬理作用をよく理解して,“何を目的として外用療法を行うのか”を考えて外用剤を選択すべきである(表 4,5)10)16)32).最も基本的で大切なことは,「創面の保護」と「刺激を避ける」ことである.不適切な外用療法を行うことによって,かえって熱傷創の治癒が遷延化してしまう場合もある(症例 4を参照).皮膚科医である以上は,「適応症として能書に記載されている」といった単純な理由だけで漠然と使用せずに,創面の状態を確認して最も適した外用薬を選択すべきであろう.

(1)受傷直後の処置5)16)33)

①受傷直後には,水道水などの清浄な流水によるすみやかな冷却・洗浄が最も大切(10~30 分).熱傷深度の進行を防ぐとともに,創面の泥や異物,油脂類の汚れも洗い流すことができる.②氷水に浸したり,氷で直接冷やすことは不適.③衣服の上からの熱傷の場合は,冷却後に脱がせるかハサミで衣服を切り除く.指輪,腕時計,ベルトなども外しておく.④小児の場合は,低体温にならないように気をつける.⑤酸やアルカリによる化学熱傷の場合も,流水による希釈と洗浄が第一選択である.⑥冷却後は清潔なガーゼやタオルなどを当てて医療機関へ.タオルの上から間接的に保冷剤や氷を入れたビニール袋で冷やすと,痛みを軽減・緩和させることができる.⑦消毒(とくに色のある消毒薬)や民間療法(アロ

1.熱傷 183

図7 症例2 35歳,男性.プールでの日焼けによる熱傷Ⅰ度.

エなど)は禁忌である.創面の状態がわかりにくくなったり,かぶれ(接触皮膚炎)の原因となりやすい.(2)救急来院時~受傷早期の局所処置5)16)33)

受傷早期においては,創面の保護と滲出液対策を主体に考える.熱傷創面を消毒することは,かえって創傷治癒を阻害し(表 6),創面への刺激や接触皮膚炎の原因となりやすいので,可能な限り使用しない.創の汚染がひどくて消毒が必要な場合でも,消毒後には必ず生食水などで消毒薬を洗い流す方がよい.①創面を微温生理食塩水やシャワーで洗浄.②水疱はハサミで小孔をあけて内容液を排出させるのみとし,水疱膜は除去せずに残しておく方がよい(創面保護,疼痛緩和,上皮化促進作用があり,創面も湿

潤環境に保たれる).③ガーゼが創面に固着するのを防ぎ,創面の観察も容易になるように非固着性ガーゼ(ソフラチュールⓇ)を当て,厚目にガーゼで被覆して弾力包帯で軽く巻いておく(後で生じてくる浮腫によって,きつくなりすぎないように留意する).④油紙やラップ,疎水性の軟膏は,滲出液が多い時期にはかえって不潔になりやすい.創面を疎水性のもので覆ってしまうと,外見上は汚染されていないように見えても,油紙などの下に滲出液や膿が貯留している場合も多い.⑤創傷被覆剤の最も良い適応は II 度熱傷(疼痛緩和,滲出液減少)であり,III 度には無意味(壊死組織

皮膚科セミナリウム 第 58 回 物理・化学的皮膚障害184

図8 症例3 38歳,女性.熱傷Ⅱ度(SDB).入れたてのティーポットの湯で受傷(水道水で数10分間クーリング施行).

の上に植皮することと同様).⑥抗菌薬配合外用剤は受傷初期には不必要.⑦顔面,陰部などの SDBでは,開放療法がよい適応となる.外用療法のピットフォール抗菌外用薬の中でもゲーベンクリームⓇは,熱傷創重症感染(burn wound sepsis,表 7)を起こしているような熱傷創に対して用いられる外用薬である.決して創面を保護(びらん・潰瘍面へのクリーム基剤は原則的に禁忌である)したり,創治癒を促進する外用薬でもないので,受傷初期に用いても全く意味はない.

(3)受傷後数日~感染期の局所処置壊死組織の融解や細菌感染が明らかとなったら,抗菌外用薬(ゲーベンクリームⓇ,テラジアパスタⓇなど)による処置を考慮する.この場合にも,「創面の状態」と「外用薬の特性」が合ったものを選択することが大切である(表 4).クリーム基剤は浸透力が強いので,配合された抗菌薬による全身性の副作用にも注意を要する.テラジアパスタⓇは水溶性軟膏基剤の特性として,創面の滲出液や膿を吸収・乾燥化する力が強く保存的デブリードマンにも適しているが,貼付時の疼痛が強いことが難点である.また,除去時に出血しやすいこと,時に接触皮膚炎を生じることも留意点である.滲出液や膿によってドロドロになった前日の外用薬

は,シャワー洗浄や温浴療法で洗い流してから新しい外用薬を貼付することが肝要である.洗浄・温浴を併用しなければ,外用療法を効果的に行うことは困難である16)34)35).

V 手術治療

(1)熱傷潰瘍は植皮術の適応受傷後 2~3週間以上経過しても上皮化が見込めないような場合には,外用療法を漫然と続けずに,植皮術による早期創閉鎖を計る必要がある.感染期の熱傷患者では持続的な発熱がしばしば認められるが,どんなに優れた抗菌薬を投与しても,どのような強力な外用療法を行っても,植皮術による創閉鎖が行われない限りは,平熱状態を得ることは不可能である.抗菌薬療法は,あくまでも手術(デブリードマンと植皮術)までの補助的・繋ぎ的療法であり,本質的治療法ではないことを理解しておくべきであろう16)36).

(2)手術治療(症例 7,図 12)外科的壊死組織除去術(debridement,デブリードマン)は超早期切除術(受傷後 48 時間以内),早期切除術(受傷後 5~7日以内),晩期切除術に分類される.早期から焼痂除去・植皮術を行うことも重症熱傷では救命目的で行われるが,熱傷後 2~3週(創の自然上皮化の有無が明確となる)を手術時期の目安として考え

1.熱傷 185

図9 症例4 45歳,男性.熱傷Ⅱ度,ラーメンのスープで受傷.①受傷後1カ月(当科初診時).消毒薬による接触皮膚炎が著しい.②初診より4日後.シャワー洗浄と亜鉛化軟膏貼付,リンデロンVG軟膏®塗布で接 触皮膚炎は軽快.③初診の2週後.プロスタグランディン軟膏®処置で熱傷潰瘍はほぼ上皮化.④初診の17日後.乾燥上皮化して安定.⑤初診の6週後(受傷後2カ月半).肥厚性瘢痕の形成もなく,色素沈着もかなり改善.

図10 症例5 76歳男性 左足の低温熱傷(湯たんぽ)

る方が実用的・合理的である29)36).通常の手術方法は,壊死組織を除去(debridement)して自家植皮で被覆す

る.植皮術としてはメッシュ植皮術,分層植皮術,極薄分層植皮術(Thiersch 植皮術)が一般的に行われている.筆者は,生着しやすく採皮痕の目立たないThiersch 植皮術を頻用しており,熱傷の手術法として有用な方法と考えている(図 12)16)36)~38).広い範囲の手術では,出血量をできるだけ減らすために,複数のスタッフで手順よく短時間に行う必要がある.広範囲熱傷で採皮部が不足する場合には,同種皮膚移植(他家植皮)や培養表皮を用いる方法(自家培養皮膚移植)も行われている39)40).(3)開創,術後療法術後数日間は,植皮片のズレ(とくにThiersch 植皮術の場合)や血腫を防ぐため術後安静を要するが,できるだけ早期離床を目指すようにする.開創は術後5~7日で行うが,ガーゼ汚染が目立ったり悪臭が強いようなら開創を早める.Thiersch 植皮片の採皮部は,術後 10 日~2週間で自然上皮化してくるので,それまでは上層のガーゼ交換のみを行っておく37)38).植皮片の生着が良好であれば,コンベック軟膏Ⓡ,リンデロンVG軟膏Ⓡ塗布やテラジアパスタⓇ処置(湿潤部や残存潰瘍)を行い,シャワー浴も開始する(採皮部の濡れたガーゼはドライヤーで乾かせばよい).肥厚性瘢痕を予防・軽減するために,ヒルドイドソフトⓇの外用やリザベンⓇの内服のほか,症例によっては圧迫療法も考慮しておく(肥厚性瘢痕の生じ方は,熱傷深度,

皮膚科セミナリウム 第 58 回 物理・化学的皮膚障害186

図11 症例6 21歳,男性.仕事中にプレス機で heat-press injury.

部位,体質によってかなり異なる).色素沈着・脱失の予防・軽減のために,遮光療法も忘れてはならない後療法の一つである.肥厚性瘢痕(ケロイド)は受傷後半年前後にピークの状態となるが,一般的にはその後徐々に消褪していく症例が多い.瘢痕拘縮を生じた場合には,Z形成術や植皮術による機能改善を必要とする(症例 8).長期的観点では,熱傷瘢痕癌の予防,早期発見も重要な問題である.いずれにしても,熱傷治癒後もできるだけ長期間の経過観察を行うことが,熱傷の治療においてはきわめて大切であろう.

VI 患者,家族への説明

できるだけ平易な言葉(医学・専門用語はなるべく使わないこと)で,わかりやすく説明することがポイントである5)41).1)熱傷の一般的経過をわかりやすい言葉で説明する.とくに初期においては,断定した表現は避けて含みを残しておく.2)受傷直後の家族の関心は,キズ跡(瘢痕)が残るかどうかについてであるが,深度の診断は数日~1週間経過を診てからでないと判定は難しいこと.3)一定の範囲以上の熱傷では,熱傷ショック防止の

ため入院経過観察と輸液が必要であること.4)深いやけどの場合には,キズ跡(瘢痕)やひきつれ(拘縮)が残りやすいこと.5)ケロイド(肥厚性瘢痕)の残り方は体質(遺伝的素因)も関係があること.6)2週間たっても上皮化が見込めない時には,植皮術が必要であること.7)通院の場合は,尿量に注意すること.8)食事はバランスが良ければ特に制限はないこと.9)シャワー浴であれば早期から入浴可能であり,かえって創治癒も早くなること.10)消毒は基本的には不要である(しない方がよい)こと.11)上皮化治癒後も,熱傷部は遮光療法が必要なこと.12)肥厚性瘢痕(ケロイド)は受傷後半年位でピーク(最も目立つ)を迎え,その後は徐々に消褪していくことが多いこと.13)熱傷瘢痕は長期経過観察を要すること.14)経過を診てひきつれ(瘢痕拘縮)の手術が必要になる場合もあること.

1.熱傷 187

図12 熱傷潰瘍の植皮術による治療.

皮膚科セミナリウム 第 58 回 物理・化学的皮膚障害188

図13 症例8 11カ月,女児.右手のDDB.炊飯器の蒸気孔で受傷.

図14 症例9 18歳,男性.電撃傷(電気工事中にドライバーがヒューズに触れて生じたスパークにより受傷).受傷翌日 200V,交流,60Hz

VII 症 例

症例 1(図 4):1 歳 5 カ月,男児.熱傷 II 度(SDB~DDB,15%).ポットの湯をかぶって受傷.近医で局所処置後に当

院へ紹介入院.輸液(3日間)と外用療法で受傷後 2週間で上皮化治癒となったが,胸部のDDB部には肥厚性瘢痕を生じた.圧迫療法とヒルドイドソフトⓇ外用,痒みの強い部へのドレニゾンテープⓇ夜間貼付を行い軽快・安定.

1.熱傷 189

図15 症例10 27歳,男性.電撃傷(左手).

図16 症例11 41歳,男性.仕事中に生石灰が付着して生じた化学熱傷(化学損傷). 第5病日

症例 2(図 7):35 歳,男性.上半身の熱傷 I度(sunburn).8月中旬の天気のよい日に,プールで長時間過ごして日焼けをした.同日夜には 38℃台の発熱と強い口渇があった.翌日になっても悪寒と倦怠感が続き,日焼け部の痛みが強いため当院を受診.乏尿傾向があり,血液検査でヘマトクリット値上昇などの血液濃縮所見を認めたため,入院して輸液療法を行い軽快した.局所療法としては,疼痛部を軽く冷却するとともにエアゾリンDⓇとリンデロンVG軟膏Ⓡの外用療法を行った.日焼け(sun burn)といえども広範囲の場合には,重症熱傷の初期治療に準じて対応する必要があり,とく

に脱水症状に要注意.症例 3(図 8):38 歳,女性.右足~下腿の熱傷 II度(SDB).ティーポットの湯(高温)で受傷後,すぐに水道水で 20~30 分間クーリングを行ったという.水疱膜を温存し,ソフラチュールⓇとガーゼの保存的治療で受傷後2週間で上皮化治癒.症例 4(図 9):45 歳,男性.足背の II 度熱傷(SDB~DDB?)に接触皮膚炎を合併.ラーメンのスープをこぼして受傷.市販外用薬で自己治療していたがよくならないため近医受診.消毒と抗菌薬軟膏処置を行っていたが,難治で滲出液も増加してくるため受傷 1カ月後に当院を紹介受診.

皮膚科セミナリウム 第 58 回 物理・化学的皮膚障害190

図17 症例12 35歳,女性.電気メスの漏電による皮膚障害.

足背の熱傷潰瘍部の周囲は接触皮膚炎状で,熱傷部と皮膚炎部の境界は混然一体としていた.消毒を中止してシャワー洗浄とし,潰瘍部の亜鉛化軟膏処置と周囲へのステロイド外用薬処置によって,接触皮膚炎はすみやかに軽快した.熱傷潰瘍部もプロスタグランディン軟膏Ⓡ処置を行い,初診の 2週後には略治.症例 5(図 10):76 歳,男性.足の低温熱傷(DDB~III 度熱傷).11 月になって寒くなったため湯たんぽを使用した.2日後になり,足の変色と違和感に気付いた.大きな水疱を形成するようになったため,受傷 2日後に当院を受診.同部は時間経過とともに次第に壊死~熱傷潰瘍となった.本人が手術を希望しないため保存的治療を行ったが,上皮化治癒までに約 3カ月を要した.症例 6(図 11):21 歳,男性.右手の圧挫損傷(heatpress injury).仕事中にプレス機に右手をはさまれて受傷.近医で初療を行い,翌日当院へ転院となった.DDB~III 度の深い熱傷で,右手関節の亜脱臼も合併していた.第 17病日にデブリードマンとメッシュ植皮術を行うも植皮片が一部融解したため,その 3週後に極薄分層植皮術(Thiersch 植皮術)を追加した.瘢痕治癒するも瘢痕拘縮による機能障害を伴うため,リハビリテーションを行いつつ経過観察中である.Z形成術と植皮術による瘢痕拘縮形成術を計画.症例 7(図 12):66 歳,男性.熱傷 II~III 度(DDB~DB,7%).

非定型抗酸菌症で内科加療中.溶接の火花で着衣が燃えて火傷.近病院で受傷部の洗浄とテラジアパスタⓇ

貼付処置を行っていたが,39℃台の発熱を伴うようになったため第 9病日に当院へ転院.その後も 37~38℃前後の発熱が持続していたが,第 22 病日に全麻下でデブリードマンと極薄分層植皮術(Thiersch 植皮術)を施行後は数日で平熱状態に復した.術後 5日目に開創し,肥厚性瘢痕の治療・経過観察中.症例 8(図 13):11 カ月,女児.右手の熱傷潰瘍→瘢痕拘縮.炊飯器の蒸気孔に右手を置いたため受傷.5分ほど水道水でクーリングを行ったという.近医加療するも難治なため当科紹介受診.熱傷潰瘍はプロスタグランディン軟膏Ⓡ処置で上皮化したが,瘢痕拘縮を生じて環指の伸展が不能となった.瘢痕拘縮の解除と全層植皮術(右ソケイ部より採皮)を行い環指の伸展機能は著快した.その後,指間の水かき状瘢痕を Z形成術で修正し,手指の機能・外観ともに良好.症例 9(図 14):18 歳,男性.電撃傷(電気火傷,右手).電気工事中にドライバーがヒューズに触れて受傷.救急来院時に胸腹部不快感を訴えたがECG,心エコーともに正常範囲内であった.局所療法のみで約 2週間後には上皮化治癒した.スパークによる電気火傷と考えられた6)~8).症例 10(図 15):27 歳,男性.電撃傷(左手).コンセントの修理中に受傷.小範囲であったが略治

1.熱傷 191

となるまでに 1カ月半余りを要した.症例 11(図 16):41 歳,男性.化学損傷(化学熱傷).鉄工所の地下で清掃作業中に,手袋のすき間から生石灰が入り水で濡れた9).当初は軽い痛みのみであったため,そのまま仕事を続けていた.翌日になって痛みが増強し,受傷部の発赤も強くなってきたため近医を受診し,第 5病日に当院紹介受診.壊死・潰瘍を形成したため第 21 病日に植皮術を行い軽快.症例 12(図 17):35 歳,女性.電気メスの漏電による皮膚障害.砕石位による子宮筋腫の手術(全身麻酔で 2時間)の2日後に,臀部の不整形の暗赤色斑,血疱,びらんと皮下硬結に気付いた.保存的治療で約 3週間後には乾燥上皮化したものの,皮下硬結の軽快には 1年余を要し

た.消毒薬のパッチテストは陰性.「電気メスの漏電による皮膚障害」と考えられた42)~44).

おわりに

熱傷は大変ありふれた外傷性皮膚疾患である.しかしながら,民間療法は言うまでもないが,熱傷創面を毎日消毒していたり,創面の状態や病期を無視した外用療法を漫然と行うといった不適切な治療法を,いまだに行っている皮膚科医が存在していることも否定できない.皮膚と外用療法の専門家である皮膚科医が,熱傷局所治療において指導的役割を果たすとともに,更に積極的に熱傷の治療に参加,活躍していくことを望みつつこの稿を終えたい.

文 献

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