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038 NATURE INTERFACE Dec. 2003 no.18 Direct Methanol Fuel Cell 調 使 期待される燃料電池のなかでも、製品化に近づいているのが、携帯用燃料電池だ。 一方で、燃料電池周辺の技術開発にも、拍車がかかる。 携帯用燃料電池の開発の現状と課題をリポートする。 Case study 3 取材・文=田井中麻都佳 Photography by Masatoshi Sakamoto

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038NATURE INTERFACE Dec. 2003 no.18

エネルギー密度が高い電源とし

て、今、もっとも期待されているの

が燃料電池である。なかでも、いち

早く実用化されそうな気配があるの

が、モバイル機器用の小型燃料電池。

ノートパソコンや携帯電話の電池の

容量に不満をもつ消費者が多いなか

で、各社で開発に拍車がかかってい

る。今

秋、手のひらサイズの小型燃料

電池の開発を発表したのは東芝であ

る。容積は一四○CC、重量は一三

○グラムと、ちょうどコンピュータ

のマウスくらいと画期的な大きさを

実現した。出力は一Wだが、これは

ちょうど携帯電話を動かせるくらい

のパワー。高濃度のメタノール二五

CCを供給した場合、約二○時間の

発電が可能になるといい、現在のリ

チウムイオン電池の充電にして約六

回分に相当するという(携帯電話のリ

チウム電池が三・七V、六○○mAhの場合)。

もちろん、電池がなくなればメタノ

ールを注入するだけなので、充電は

不要。日頃から携帯電話の電池切れ

に悩まされてきた一消費者として

は、実用化が待ち遠しい製品だ。

今回、東芝が採用したのは、ダイ

レクトメタノール型燃料電池(DM

FC;D

irectM

ethanolFuelC

ell

)だが、D

MFCにはいくつかの欠点がある。

性能が出やすい三〜六パーセント程

度の燃料の濃度を設定する場合、ど

うしてもエネルギー密度の関係から

燃料タンクが大きくなってしまう上

に、長時間運転には多くの燃料が必

要となるためタンクの小型化は難し

い。一方で、高濃度のメタノールを

採用すれば、燃料タンクを小さくす

ることはできるのだが、本来水素イ

オンだけを透過するはずの電解質膜

をメタノールが透過する「クロスオ

ーバー」が発生して、発電効率が悪

くなる。

そこで、東芝が採用したのが「希

釈循環システム」である。これは、

高濃度メタノールを燃料として採用

するが、発電時に反応・生成される

水で希釈し、最適な燃料濃度に調整

するシステム。通常、燃料電池から

排出されるのは、水とCO2だが、

家電製品が嫌う水の一部は希釈に使

われるため、その管理が楽になる。

また、これまでの問題点として、

燃料電池に液送ポンプや送気ポンプ

などの補器を取り付ければ、燃料電

池の触媒の能力にあわせてメタノー

ルを供給でき、燃料を効率的に利用

できるが、一方で部品が多くなれば、

手のひらサイズの

携帯用燃料電池

期待される燃料電池のなかでも、製品化に近づいているのが、携帯用燃料電池だ。一方で、燃料電池周辺の技術開発にも、拍車がかかる。携帯用燃料電池の開発の現状と課題をリポートする。

Case study 3

取材・文=田井中麻都佳

Photography by Masatoshi Sakamoto

特集 エネルギー新世紀とウェアラブル039

それだけシステム全体が大きくなっ

てしまうというジレンマがあった。

そこで、東芝は今回、送液・送気系

統の改良とポンプの小型化によっ

て、システム全体をよりコンパクト

にしたのだという。

「現在、私どもでは、二○○五年の

製品化を目指して、さらなる小型化

と二W程度への出力の向上を図って

いるところです。こうした燃料電池

が実用化されれば、FOMAのよう

な動画が見られる携帯電話を一週間

くらい燃料を補給せずに使うことが

できるようになるかもしれません。

ただし、燃料電池の開発に携わっ

ていると、次から次へと難題が降り

かかってくるのも事実。問題の電解

質材料については、現在、さまざな

手法でその改良を試みているところ

です」(研究開発センター 機械・システム

ラボラトリー 研究主務 坂上英一氏)

東芝ではすでに、一二W級のノート

パソコン向け燃料電池を二○○四年に

発売すると発表している。同様の原理

で、一○時間の駆動が可能だとして、

手のひらサイズの燃料電池とともに、

こちらも注目の的となりそうだ。

早くから、電卓や時計において、

低消費電力化によるソーラーバッテ

リー化を実現してきたカシオ計算機

でも、ウェアラブル機器の消費電力

の増加に伴い、小型高性能電池の一

つとして燃料電池の開発に力を入れ

ている。

カシオが採用するのは、メタノー

ルを直接電極に供給する方式のDM

FCに対して、独自の改質器を採用

してメタノールから取り出した水素

を使う改質型。改質型にこだわるの

は、今後、ノートパソコンなど、一

○○○Whr/L以上の高いエネルギ

ー密度を必要とする分野では、DM

FC方式では出力密度が足りず、改

質型が主流になるとみるためだ。ち

なみに、現状のDMFCの出力密度

は50mW/cm。実用化には、10

0mW/cm程度の出力だと考える同

社では、現状のDMFCで使われる

白金触媒やスルホン酸系高分子電解

質膜では限界があると指摘する。一

方で、発電に純水素を使う改質型で

は、仕組みは複雑になるが、出力密

度を上げることができる上に、小型

化も可能だという。

カシオの燃料電池の小型化を後押

しするのが、メタノールを水素ガス

に変換する独自のマイクロリアクタ

ーと呼ばれる改質器の存在だ。自社

の半導体加工技術を応用して、従来

なら三○○〜一○○○点の部品が必

要だった改質器の小型化を実現し

た。このマイクロリアクターをシリ

コンウェハー上に形成し、触媒を通

して化学反応をおこなったところ、

水素ガスを九八パーセント以上の変

換効率で生成することに成功したと

いう。生成した水素と酸素を反応さ

せる発電セルは、面積あたりの発電

能力が極めて高いため、小型で大き

な電力を得ることができるようにな

った。

現在、カシオではノートパソコン

に適用した場合の製品イメージを打

ち出しているが、一○○円ライター

程度の大きさのカートリッジを二つ

はめ込めるような形になっており、

コンパクトですっきりとしたデザイ

ンに仕上がっている。実用化されれ

ば、リチウムイオン二次電池方式と

比較すると、半分の重量で約四倍の

電池寿命が実現可能で、カシオが販

売している携帯用パソコン「カシオ

ペアFIVAならば二○時間の連続

動作が可能になる。さらに高エネル

ギーのアルコールを燃料として使え

ば、リチウムイオン二次電池の六〜

八倍まで電池寿命を延ばすこともで

き、燃料自体のランニングコストも、

きわめて安価になるという。

「ただし、現行の法規制ではメタノ

独自のマイクロリアクターで

小型化を実現

東芝が開発した手のひらサイズの携帯用燃料電池。カートリッジに燃料を充填している状態で130gの重さ

カシオの燃料電池の実用化イメージ

小型化に貢献したマイクロリアクター(表・裏)

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040NATURE INTERFACE Dec. 2003 no.18

ールが劇物に指定されているので、

一○○パーセントの高濃度のカート

リッジを採用することができないの

です。ブタンを触媒として使う一○

○円ライターと同様に、カートリッ

ジを流通させることができれば、い

ずれはリチウムイオン電池と同じく

らいのコストにできるでしょう。

いずれにせよ、燃料電池は、充電

の必要もなく、従来の電池に比べて

製造にかかるエネルギーも少ない。

さらに、カートリッジはペットボト

ル素材でつくれるためリサイクルも

容易です。環境に負荷をかけない燃

料として非常に期待できると思いま

す」(広報部 経営広報グループ

渡邉彰氏

燃料電池の開発競争はアメリカで

も白熱している。補機類を使わない

「パッシブ型」の水管理システムを

開発したのは、米国の燃料電池ベン

チャーであるMTIマイクロフュエ

ルセルズ社。「パッシブ型」という

のは、「生成した水をポンプや配管

を使わずに電極に戻して燃料の高濃

度メタノールを希釈する」というも

の。一○○パーセント濃度のメタノ

ールを使うため、エネルギー密度は

約一三○ccで二五○Wh/lと、

リチウムイオン二次電池と同じくら

いのパワーが出せるまで向上してい

る。現在、こちらの方式は特許申請

中だが、材料を工夫したと伝えられ

ており、今後の進展が注目される。

実は、ウェアラブル機器向けの燃

料電池に熱い視線を送っているの

は、米軍なのだという。日本では、

パソコンや携帯電話などの機能の充

実によって、携帯用燃料電池の開発

が待ち望まれているという現状があ

るが、アメリカではイラク戦争で見

られたように、砂漠地帯など過酷な

条件下で数日間にわったって活動す

るような軍隊のウェアラブル機器の

電源として、携帯用燃料電池に期待

が高まっているのである。

やはり今回も、軍事的な目的が科

学技術の進展を促すことになるのだ

ろうか――。

ところで、燃料電池への期待が高

まる一方で、燃料として使う水素に

対しては、「危ない」「怖い」といっ

たイメージを抱く人も多いだろう。

実際に、水素は無色・無臭で、爆発

限界は体積割合で四〜七五パーセン

トと爆発を起こしやすく、気づかな

いまま空気中に漏れ出した場合、静

電気などから爆発を引き起こす可能

性がある(都市ガスは四〜一四%、プロパ

ンガスは二・二〜九・五%)。燃料電池の

普及には、ガス検知器と同様な水素

検知のための新たな技術が必要とな

ってくるだろう。

日本特殊陶業が採用するのは、接

触燃焼方式による水素漏洩センサ

だ。この方式は、Pt(白金)を触媒

にして酸素と水素が結合すると水が

生成されると同時に熱が出るが、こ

の反応で生じる熱を検出して電気信

号に変えるというもの。これをSi基

板上に実現したのが特徴で、これま

で四秒以上かかっていた時間を、約

一秒に短縮できるようになったのが

画期的という。

一方で、産業技術総合研究所が開

発するのは、水素にだけ反応する小

型の漏洩センサである。実は、先の

接触燃焼方式は、水素以外の可燃性

ガスにも反応してしまう点が課題と

なっている。そこで、Ptでの熱反応

を熱電変換素子で電気信号に変える

という方法を採用、低濃度の水素ガ

スを検出できるようになった(動作

温度一○○℃において二五○ppm

から一○%濃度の水素ガスを検知)。

現状のセンサは二×一cmほどの大き

さだが、今後は、一mm角ほどのマイ

クロセンサを目指し、課題となって

いる反応速度を上げるとともに、よ

り高性能で低価格なチップの開発を

目指すという。

これらのセンサは、まずは燃料電

池車への搭載を目指すものだという

が、燃料電池がウェアラブル機器の

電源として有力視されていることを

考えると、人間が身に付けるものだ

けに、今後は、携帯用燃料電池への

搭載も当然、視野に入ってくるだろ

う。今後の開発に期待したい。

「パッシブ型」の

水管理システムが登場

水素を検出する

センサにも期待

日本特殊陶業の水素流量センサと水素漏れ探知センサに使われている素子(シリコン・マイクロヒータ)

日本特殊陶業が開発した水素濃度センサ。

[参考文献]「日経エレクトロニクス」(2003年11月10日)

「日経ビジネス」(2003年10月20日)