早稲田商学学生懸賞論文 要旨 - waseda universitybettinelli(2011)は、イ...
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早稲田商学学生懸賞論文 要旨
※以下に、表題、要旨(1 行 35 字・1000 字以内)を記述してください。
同攻会記入欄
書類番号 受付番号
④
本稿の目的は、日本のファミリー企業において、独立社外取締役が企業価値に
与える効果を実証的に明らかにすることである。
ファミリー企業は業績が高い傾向にある一方、そのコーポレートガバナンス
の弱さが指摘されている。近年、日本ではコーポレートガバナンスを強化する方
法の 1 つとして、経営に対する監視と助言を行い、中長期的に企業価値を高め
る独立社外取締役に注目が集まっている。しかし、日本のファミリー企業におけ
る独立社外取締役の効果を検証した研究は我々の知る限り存在しない。
そこで、日本の 1 部 2 部上場企業の中でファミリー企業のデータを作成し、
独立社外取締役が企業価値に与える効果を検証した。その結果、独立社外取締役
の効果は、非ファミリー企業に比べ、ファミリー企業でより大きいことが明らか
になった。これは、ファミリー企業が非ファミリー企業に比べてより深刻なガバ
ナンスの問題を抱えているためだと考えられる。
さらに、ファミリー企業において独立社外取締役が企業価値に与える効果は、
創業者一族が経営に与える影響が大きいほど大きくなると予想し、創業者一族
の経営権、株式所有比率に着目した追加検証を行った。その結果、統計的有意性
は認められなかったものの、独立社外取締役の係数は創業者一族が所有と経営
の両方を行うファミリー企業で最も大きく、創業者一族が所有のみを行う企業
で最も小さかった。このことから、創業者一族が経営に与える影響が大きいファ
ミリー企業ほどコーポレートガバナンスの問題が深刻であり、独立社外取締役
が企業価値に与える効果も大きい可能性があると考えられる。
本稿では、ファミリー企業において独立社外取締役比率を増加させることが、
企業価値を向上させるために有用な手段であることが明らかになった。これは、
コーポレートガバナンスが懸念されるファミリー企業にとって大いに価値のあ
る発見である。今後、ファミリー企業において独立社外取締役比率を増加させる
ことで、企業価値が向上し、ひいては日本経済の更なる活性化に寄与することが
期待される。
早稲田商学学生懸賞論文 本文
※以下に、表題、本文、図表、注、参考文献を 25 枚以内で記述してください。
1
日本のファミリー企業における独立社外取締役の効果
伊藤 千尋
高嶋 繁
前田 あゆ美
吉田 早織
1. はじめに
本稿の目的は、日本のファミリー企業において、独立社外取締役が企業価値
に与える効果を実証的に明らかにすることである。
ファミリー企業は、一般に創業者一族が経営に影響を与えている企業のこと
であり、世界中で注目されている重要な研究テーマの 1 つである 1。ファミリー
企業は業績が高く(Anderson and Reeb, 2003)世界中に数多く存在するため、
経済に与える影響が大きいといえる。主要先進国の経済や雇用に占めるファミ
リー企業の割合は高く、中でも日本は世界一のファミリー企業大国であり 2世界
においても日本のファミリー企業の存在感は大きい。
ファミリー企業は企業価値や業績が高いと言われる一方で、不祥事が相次い
で発生している。不二家では 2007 年に、創業者一族が経営する食品会社から
買い取った消費期限切れの牛乳を原材料として使用していたことが発覚した 3。
また、大王製紙では 2011 年に、会長を務めていた創業者一族の井川氏が、同
じく会長を務める子会社から不正に資金を引き出していたことが明らかになっ
た4。これらの不祥事は、一族の利益を優先するファミリー企業にとって特に起
1 Mehrotra and Morck(2013)など複数のサーベイ論文が存在する。
2 日本経済新聞、「ファミリービジネスの強みと課題(1)早稲田大学教授長谷
川博和――日本、歴史も長く世界一の大国(やさしい経済学)」、2017 年 11
月 29 日、28 頁。 3 日経産業新聞、「不二家、企業統治に問題、信頼回復会議が最終報告」、
2007 年、4 月 2 日、17 頁。 4 日本経済新聞、「大王製紙特別背任で特捜査部認定、子会社役員も共謀、グ
ループぐるみ鮮明に」、2011 年 11 月 23 日朝刊、3 頁。
2
こりやすいことが示唆されているが、私的利益を追求し、誤った判断をする経
営陣を監視する環境が整っていないために発生したと考えられる。
経営の監視を強化する主要な方法の 1 つとして、独立社外取締役 5の導入があ
る6。コーポレートガバナンス・コードによると、独立社外取締役には、経営陣
と支配株主から独立した立場でステークホルダーの利益相反を監督すること、
経営陣への助言を通して中長期的な企業価値の向上を図ることが期待されてい
る7。自らが企業を経営している内部取締役に比べ、独立社外取締役の方が十分
に監視の役割を果たすことができるため、重要であるといわれている(齋藤,
2011)。
ガバナンスに問題があると指摘されているファミリー企業において、社外取
締役がどのような効果をもたらすか、これまでに以下のような研究がなされて
いる。Anderson and Reeb(2003)は、アメリカの S&P 500 企業を対象にし、
社外取締役が業績に正の影響を与えていることを発見した。一方で、Johl et al.
(2010)は、インドにおけるファミリー上場企業を対象に、社外取締役が業績
に与える効果を検証したが、その効果に統計的な有意性が認められなかったこ
とを示している。その理由として、上場要件を満たすためだけに社外取締役が
任命されている可能性があることに加え、社外取締役がガバナンスに対して、
実質的には効果を持たない可能性があると示唆した。Bettinelli(2011)は、イ
タリアのファミリー企業を対象とし、社外取締役比率が高いほど、取締役会が
より努力するようになること、取締役会の結束が強まることを示した。以上の
先行研究から、いくつかの国においてファミリー企業のガバナンスに関する研
究が行われていることが分かるが、日本のファミリー企業を対象にした独立社
外取締役の研究はまだ行われていない。よって、本稿は日本のファミリー企業
を対象として独立社外取締役が企業価値に与える効果を検証する。
本稿の分析では、トービンの Q を被説明変数、独立社外取締役比率を説明変
数とする重回帰分析を行う。通常の最小二乗法に加え、逆の因果や観測できな
5 社外取締役のうち、東京証券取引所が定める独立性基準を満たす者を指す。 6 日本経済新聞、「統治改革どう見る、運用担当者らに聞く――独立社外取締
役、半分以上に」、2019 年 8 月 17 日朝刊、13 頁。 7 株式会社東京証券取引所(2018)「コーポレートガバナンス・コード」
3
い欠落変数などの内生性を考慮した操作変数法を用いた分析も行った。通常の
最小二乗法を用いた分析では、独立社外取締役が企業価値に与える効果に関し
て統計的有意性は認められなかった。しかし、操作変数法を用いた分析の結果、
独立社外取締役の効果はファミリー企業の方が大きいことが明らかになった。
さらに、ファミリー企業において、独立社外取締役が企業価値に与える効果
は、創業者一族が経営に影響を与える度合いによって異なると予想し、追加分
析を行った。ファミリー企業において創業者一族が経営に影響を与える度合い
は、同族経営所有企業 8で最も高く、同族経営企業9、同族所有企業 10の順で低く
なっていくと考え、その 3 つにおける独立社外取締役の効果を検証した。その
結果、各分類における独立社外取締役の係数は、すべて正の推定値であったが、
同族所有企業でのみ統計的有意性が見られなかった。また、係数は同族経営所
有企業で最も大きく、同族所有企業で最も小さかったが、その差に統計的有意
性が認められなかった。このことから、ファミリー企業において独立社外取締
役が企業価値に与える効果は、創業者一族が経営に影響を与える度合いによっ
て異なることは認められなかったものの、創業者一族が経営に与える影響が大
きいファミリー企業ほどコーポレートガバナンスの問題が深刻であり、独立社
外取締役が企業価値に与える効果も大きい可能性があると考えられる。
本稿の貢献は 2 つある。第一に、ファミリー企業において独立社外取締役が
企業価値に与える効果に関する研究を前進させたことである。本稿では、独立
社外取締役が企業価値に与える効果をファミリー企業と非ファミリー企業で比
較し、ファミリー企業における効果の方が大きいことを示している。また、内
生性によるバイアスを考慮した操作変数法を用いて分析している。先行研究で
は、非ファミリー企業と比較した分析や操作変数を用いた分析は行われていな
いため、本稿が初の試みとなる。第二に、この発見が日本経済の発展に寄与す
ることである。今回の研究で、日本の 1 部 2 部上場企業のうち 31%がファミリ
ー企業に該当することが分かった。今後、それらの企業において独立社外取締
8 創業者一族が経営権を持ち、さらに株式保有比率が高い企業。 9創業者一族が経営権を持つが、株式保有比率が低い企業。 10創業者一族は経営権を持たないが、株式保有比率が高い企業。
4
役比率を増加させることで企業価値が高まることは、更なる日本経済の活性化
に寄与するといえる。
本稿の構成は以下の通りである。まず、第 2 節で研究の背景を紹介し、第 3
節で検証する仮説を論理的に説明する。第 4 節ではファミリー企業において独
立社外取締役が企業価値に与える効果を検証し、結果を考察する。最後に、第
5 節で本研究を総括する。
2. 研究の背景
2.1. ファミリー企業の定義
ファミリー企業とは、一般に創業者一族が経営に影響を与える企業のことで
ある。その影響の与え方には、創業者一族が直接経営権を持つ方法と、株式を
保有することにより企業の所有者として経営に参画する方法がある。
本稿においても、ファミリー企業をこの 2 つの観点から定義する。まず、経
営権に関しては、創業者一族が会長・社長である企業をファミリー企業と定義
する。その理由は、Saito(2008)と Mehrotra and Morck(2013)が、会長・
社長は経営に関する意思決定の最大権力を持ち、経営に強い影響を与えると述
べているからである。次に、株式保有に関しては、創業者一族が筆頭株主もし
くは 10%以上保有株主である企業をファミリー企業と定義する。その理由は 2
つある。第一の理由は、筆頭株主はその企業の株式を最も多く保有する株主で
あり、経営に強い影響力を与えているからである 11。第二の理由は、筆頭株主で
なくとも一定比率以上の株式を保有していれば、経営に強い影響を与えると考
えられるからである。Aoi et al.(2015)は、創業者一族が経営に影響を与える
株式保有比率を 10%以上と定義しているため、本稿でもこれを参考にする 12。
11 Saito(2008)は、「創業者一族が筆頭株主である」企業をファミリー企業と
定義している。
12 日本の相続税が 50%と非常に高いことと、東京証券取引所の上場条件に 35%
5
以上より、本稿ではファミリー企業を次のように定義する。
「創業者一族が会長・社長である」または「創業者一族が筆頭株主もしくは
10%以上保有株主である」企業 13
2.2. ファミリー企業のガバナンス
ファミリー企業において、その特徴がガバナンスの向上に貢献する一方で、
ファミリー企業特有のガバナンスの問題を引き起こす可能性がある。
ガバナンスの向上に関しては、ファミリー企業の特徴がフリーライダー問題
を解消させ、また、エージェンシー問題を縮小させることによって実現される。
フリーライダー問題とは、経営者を監視することで株主全体の利益を高めるこ
とができる状況においても、株主個人に対する見返りが少ない場合に、結果的
に株主が監視を放棄してしまうことである。その結果、ガバナンスに問題が生
じる可能性がある。しかし、ファミリー企業においては、創業者一族が大株主
として一族の利益を優先するために、積極的に監視を行うことで、この問題を
防ぐことができる。そのため、ガバナンスが向上すると考えられる。また、所
有と経営の両方を行っているファミリー企業では、株主と経営者の間に発生す
るエージェンシー問題が縮小する(Demsetz and Lehn, 1985;Bertrand and
Schoar, 2006)。エージェンシー問題とは、企業の経営を経営者に依頼する株主
と、実際に経営を行う経営者の利害が一致しないという問題である。一般的な
企業では、株主と経営者は異なるため、経営者が株主の意に沿わない経営をし
てしまう可能性がある。しかし所有と経営が一致するファミリー企業では、株
主と経営者がどちらも創業者一族であるため、互いの利害が一致し、エージェ
ンシー問題が小さいと考えられる。これら 2 つが、ファミリー企業の特徴によ
って実現されるガバナンス向上の例である。
一方で、ファミリー企業では、その特徴が以下 2 つのファミリー企業特有の
ガバナンスの問題を引き起こすと考えられる。1 つ目の問題として、創業者一
以上の浮動株が設定されていることの 2 つを理由としている。
13 両方の条件を満たす企業も含まれる。
6
族による身内ひいきが挙げられる。Schulze et al.(2001)と Le Breton-Miller
et al.(2004)は、能力に関わらず、一族出身者であるという理由で一族内から
経営メンバーが選出される可能性や、従業員や役員の評価が不平等になる可能
性を指摘している。また、Burkart et al.(1997)、Perez-Gonzalez(2006)、
Bennedsen et al.(2007)は、身内ひいきが原因で一族出身者以外の優秀な人
材を逃したり、従業員の生産性が低下したりすることで、企業価値や業績が低
下すると述べている。2 つ目の問題として、不適切な経営判断がなされる可能
性が挙げられる。Bertrand et al.(2008)は、ファミリー企業では、創業者一
族による経営の継続を優先するために、過度なリスク回避や合併の拒否を行う
など、企業にとって状況に応じた最適な判断ができないと述べる。これら 2 つ
の問題点のように、ファミリー企業においては、その特徴によって非ファミリ
ー企業では発生しないファミリー企業特有のガバナンスの問題が発生している。
3. 仮説
3.1. 独立社外取締役がファミリー企業と非ファミリー企業の企業価値
に与える効果を検証する仮説
一般に、独立社外取締役は、取締役会に対する監視や助言を通して、経営者
が自身の利益を優先することで、他の利害関係者の利益が損なわれるなどとい
った、ガバナンスの問題を解決する役割を果たす14。これに加え、ファミリー企
業において独立社外取締役は、非ファミリー企業では発生しないファミリー企
業特有のガバナンスの問題を解決し得る。そのため、独立社外取締役がファミ
リー企業で果たす役割は非ファミリー企業よりも大きいと考えられる。
実際に独立社外取締役が、身内ひいきや不適切な意思決定に代表されるファ
ミリー企業特有のガバナンスの問題をどのように解決するのか検討する。まず、
身内ひいきは、能力に関わらず創業者一族出身という理由で経営者に選ばれる
可能性があることや、従業員や役員の評価が不平等になることが問題である。
14 日本経済新聞、「統治改革どう見る、運用担当者らに聞く――独立社外取締
役、半分以上に」、2019 年 8 月 17 日朝刊、13 頁。
7
そこで、第三者的視点から独立社外取締役が監視を行うことで、公正な評価へ
と改善されると考えられる。特に、独立社外取締役が指名委員会の一員となる
場合には、役員の選任に携わることができるため、身内ひいきの解消に大きく
貢献すると考えられる。次に、不適切な意思決定に関しては、創業者一族の利
益追求を第一に考えた経営を行うため、企業にとって有益な判断を行えないこ
とが問題である。これは、独立社外取締役が監視と助言を行うことで改善され
ると考えられる。よって、独立社外取締役の存在によってファミリー企業のガ
バナンスが向上することが考えられる。
以上のとおり、ファミリー企業において独立社外取締役は、非ファミリー企
業では発生しないファミリー企業特有のガバナンスの問題を解決する役割も持
つ。そのため、ファミリー企業においては、独立社外取締役が持つ役割の効果
は、非ファミリー企業における効果よりも大きいと考えられる。よって、以下
の仮説を立てる。
仮説 1 ファミリー企業において、独立社外取締役が企業価値に与える効果
は非ファミリー企業よりも大きい
3.2. ファミリー企業において独立社外取締役が企業価値に与える効
果を創業者一族が経営に与える影響の度合いによって比較する
仮説
仮説 1 では、ファミリー企業における独立社外取締役の効果は非ファミリー
企業よりも大きいと予想したが、その独立社外取締役がもたらす効果は、身内
ひいきや不適切な意思決定が行われるなどといった、ファミリー企業特有のガ
バナンスの問題がより深刻なファミリー企業で大きくなると考えた。このよう
なファミリー企業特有の問題は、創業者一族が経営に与える影響が大きいファ
ミリー企業であるほど深刻であり、それと同時に独立社外取締役の役割の効果
は大きくなると予想される。創業者一族が経営に影響を与える度合いは、創業
者一族の経営権の有無や株式保有比率の高低などといった、ファミリー企業の
形態によって異なると考えられる。よって、創業者一族の経営権の有無と株式
保有比率の高低という 2 つの観点から、ファミリー企業を次の 3 つに分類する。
8
1 つ目は、創業者一族が経営権を持ち、さらに株式保有比率が高い企業(以下、
同族経営所有企業)とする。2 つ目を、創業者一族が経営権を持つが、株式保
有比率が低い企業(以下、同族経営企業)とし、3 つ目を、創業者一族は経営
権を持たないが、株式保有比率が高い企業(以下、同族所有企業)とする。同
族経営所有企業では、創業者一族が経営権を持つことに加え、株式を多く保有
しているため経営に大きな影響を与えているといえる。しかし、同族経営企業
では、創業者一族が経営権を持つが、保有する株式の割合は低いため、同族経
営企業における創業者一族が経営に与える影響は、同族経営所有企業よりも小
さくなると考えられる。そして、同族所有企業では、保有する株式は多いが、
経営権を持たないため、創業者一族が経営に与える影響は、同業者経営所有企
業と同族経営企業よりも小さくなると予想される。
本稿では、創業者一族が経営に与える影響が大きいほど、ファミリー企業特
有のガバナンスの問題がより深刻になり、それと同時に独立社外取締役の効果
も大きくなると予想する。そして、創業者一族が経営に影響を与える影響は、
同族経営所有、同族経営、同族所有企業の順で大きいことから、ファミリー企
業特有のガバナンスの問題の深刻さもこの順に大きくなる。よって、社外取締
役の効果もその順に大きくなると考え、以下の仮説をたてる。
仮説 2 ファミリー企業において同族経営所有、同族経営、同族所有企業の
順で、独立社外取締役が企業価値に与える効果が大きくなる
4. ファミリー企業において独立社外取締役が企業価値に与える
効果の検証
4.1. データとサンプル
本稿の分析には、データが入手可能な日本の 1 部 2 部上場企業における 2017
年度のクロスセクションデータを用いる。なお、これらの企業から銀行、保険
業、その他金融機関を除外した結果、サンプルサイズは 2490 となった。
分析にあたり、まずファミリー企業の抽出を行った。ファミリー企業の抽出
には各企業の創業者、会長、社長、株主に関するデータが必要である。創業者
9
は、有価証券報告書の沿革および役員状況欄、各企業のホームページの沿革を
参照し特定した。会長、社長は、2017 年度の有価証券報告書の沿革および役
員状況欄、各企業のホームページを参照し、会長、社長のどちらか一方または
両方が創業者と同一の名字であればファミリー企業であると判断した。株主に
ついては、日本経済新聞社の日経 NEEDS-Financial QUEST の大株主データ
、各企業の大量保有報告書、変更保有報告書を参照し、創業者一族の株式保有
比率を調査した。創業者一族の合計株式保有比率が 10%以上もしくは他の株
主と比較して最大であった場合、ファミリー企業であると判断した。
抽出の結果、分析対象企業のサンプルサイズの内訳は、ファミリー企業が 789、
非ファミリー企業が 1701 となった。そして、ファミリー企業のうち、同族経
営所有企業が 332、同族経営企業が 331、同族所有企業が 126 となった。
その他各企業の財務データは、日本経済新聞社のコーポレートガバナンス評
価システム(CGES)から入手した。
4.2. 分析方法
第 3 節ではファミリー企業において独立社外取締役が企業価値に与える効果
を検証する仮説 1、2 を立てた。これらの仮説の検証にあたり、本稿ではトービ
ンの Q を被説明変数、独立社外取締役比率を説明変数とする重回帰分析を行う。
仮説 1(ファミリー企業において、独立社外取締役が企業価値に与える効果
は非ファミリー企業よりも大きい )の検証にあたり、サンプル内の全企業を対象
とし、ファミリー企業ダミー(FAMILY)15と独立社外取締役比率(OUTSIDE)
の交差項を用いた分析を行う。この相互作用項(FAMILY*OUTSIDE)の係数
は、ファミリー企業における独立社外取締役比率の企業価値に与える効果が、
ファミリー企業において、独立社外取締役が企業価値に与える効果は非ファミ
リー企業よりも大きい非ファミリー企業と比べてどの程度異なるかを示す。サ
ンプルに非ファミリー企業が含まれているのは、ファミリー企業と非ファミリ
ー企業を比較するためである。式は(1)の通りである。
15 ファミリー企業の定義に属する場合に 1、それ以外の場合に 0 をとるダミ
ー変数。
10
TOBINQ = β0 + β1OUTSIDE+ β2FAMILY*OUTSIDE + β3FAMILY
+β4LN(ASSET) + β5LN(FIRMAGE) + β6DEBT
+β7STOCKOP + β8~36Industry + u (1)
また、仮説 2(ファミリー企業において同族経営所有、同族経営、同族所有
企業の順で、独立社外取締役が企業価値に与える効果が大きくなる)を検証す
るにあたり、まずサンプルをファミリー企業に限定した。そして、同族所有企
業をベースカテゴリーとして同族経営企業ダミー(M)16、同族経営所有企業ダ
ミー(MO)17と独立社外取締役比率の相互作用項を用いて分析を行う。式は(2)
の通りである。
TOBINQ = β0 + β1OUTSIDE + β2M*OUTSIDE+ β3MO*OUTSIDE + β4M + β5MO
+β6LN(ASSET) + β7LN(FIRMAGE) + β8DEBT + β9STOCKOP
+β10~38Industry + u (2)
推計に用いた各変数の説明は以下の通りである。
被説明変数である TOBINQ(トービンの Q)は、株式の時価総額と負債の合
計との和を総資産の帳簿価額で割った指標であり、各企業の企業価値の代理変
数として用いる。
本稿の分析における説明変数である OUTSIDE(独立社外取締役比率[%] ;
(独立社外取締役人数/取締役会人数)×100)は、取締役会内に独立社外取締
役が何パーセント在籍するかを示し、0%から 100%までの値をとる。また、企
業価値に影響を与える他の要因をコントロールするため、先行研究を参考に、
4 つの変数をコントロール変数として推定式に加える。コントロール変数は、
LN(ASSET)(総資産額の自然対数値)、LN(FIRMAGE)(調査年における企業
の存続年数の自然対数値)、DEBT(負債比率[%] ;(負債総額/総資産額)
16 同族経営企業の定義に属する場合に 1、それ以外の場合に 0 をとるダミー
変数。 17 同族経営所有企業の定義に属する場合に 1、それ以外の場合に 0 をとるダ
ミー変数。
11
×100)、STOCKOP(ストックオプション導入ダミー 18)を用いる 19。また、
以上 4 つのコントロール変数に加え、東証 33 業種分類をもとに Industry(業
種ダミー)を推定式に追加する 20。これらの変数の基礎統計量は図表 1 に記し
た通りである。
図表 1 基礎統計量
仮説 1 の検証では全企業において分析を行う。また、仮説 2 の検証において
はサンプルをファミリー企業に限定して分析を行う。推定方法は通常の最小二
乗法(Ordinary Least Squares regression、以下 OLS)と、二段階最小二乗法
(2 Stages Least Squares regression、以下 2SLS)を用いる。
OLS による推定量は企業価値が独立社外取締役比率に影響するという逆の
因果関係や、経営者の経営能力など観測できない欠落変数によってバイアスを
もつ可能性がある。この逆の因果関係としては、企業価値(トービンの Q)が
高い企業はそれだけ市場からの評価が高く、市場から注目されていると言え、
そのことにより、企業はガバナンスの高さを保持するために独立社外取締役比
率を高めるといった関係が考えられる。そのため、より正確な分析を行うにあ
18 ストックオプションを導入している場合 1、それ以外の場合 0 をとるよう
なダミー変数。 19 LN(ASSET)、LN(FIRMAGE)、DEBT は Saito(2008)を参考にした。
STOCKOP は説明変数である OUTSIDE と相関があり、ストックオプション
によって直接株式に影響を与える可能性が高く、株価に影響を与えると考えた
ためコントロール変数とした。 20 なお、銀行業、証券・商品先物取引業、保険業、その他金融業に属する企
業をサンプルから除いているため、実際には 29 業種に関する業種ダミーとな
っている。
変数 定義 平均値 標準偏差 最小値 最大値
TOBINQ トービンのQ 1.36 1.06 0.38 14.83
OUTSIDE 独立社外取締役比率(%) 24.97 11.68 0 85.70
LN(ASSET) 総資産額(自然対数値) 10.87 1.73 4.70 19.49
LN(FIRMAGE) 企業の存続年数(自然対数値) 3.89 0.67 0.69 4.91
DEBT 負債比率(%) 46.46 19.23 2.50 119.70
STOCKOP ストックオプションの有無(ダミー) 0.28 0.45 0 1
12
たり内生性を考慮した推計を行う必要がある。この推計を行うために本稿では
操作変数法を用いる。また、本稿では操作変数としてサンプルにおける同業種
の独立社外取締役比率の平均値を用いる。そのため、以下の分析には同業種の
独立社外取締役比率の平均値(OUTSEC)を操作変数とした 2SLS による分析
も行う。
4.3. 分析結果
ファミリー企業において独立社外取締役が企業価値に与える効果は非ファミ
リー企業よりも大きいという仮説 1 を検証するにあたり、全企業をサンプルと
し、ファミリー企業ダミーを用いて通常の最小二乗法(OLS)と二段階最小二
乗法(2SLS)による分析を行った。結果は図表 2 の通りである。まず、OLS に
よる分析を行った。ファミリー企業における独立社外取締役の企業価値に与え
る効果が、非ファミリー企業と比べてどの程度異なるかを示す相互作用項
(FAMILY*OUTSIDE)の係数を見ると、負の推定値を得たが統計的有意性は
見られなかった。つまり、この OLS の結果に基づくと、ファミリー企業におけ
る独立社外取締役が企業価値に与える効果は、非ファミリー企業と比べて異な
るとはいえないということである。また、ファミリー企業における独立社外取
締役比率の効果 δ121について F 検定したが、δ1 係数の統計的有意性は認められ
なかった。つまり、ファミリー企業における独立社外取締役比率が企業価値に
与える効果も認められないといえる。
しかし、前述したように OLS における推定量は内生性によってバイアスを
も つ 可 能 性 が あ る た め 2SLS を 行 う 22 。 2SLS の 結 果 に お い て 、
FAMILY*OUTSIDE の係数は 10%水準で正に有意である。つまり、内生性を考
21 δ
1= (β1
+ β2FAMILY)
22 2SLS の 1 段階目において操作変数である同業種における独立社外取締役比
率(OUTSEC)と FAMILY*OUTSEC が両方とも 0 であるという仮説を F
検定した結果、数値が 74.01(10 以上)であったため、弱い操作変数ではな
いといえる。(Staiger and Stock, 1997)
13
慮した 2SLS を行うと、ファミリー企業における独立社外取締役比率が企業価
値に与える効果は非ファミリー企業と比べて高いといえる。この結果は本稿の
仮説 1 と整合的であることが確認できる。また、OLS と同様に δ1 について F
検定を行うと、1%水準で有意であった。このことから、ファミリー企業におい
て独立社外取締役比率が高い企業は、低い企業に比べて高い企業価値をもつと
いえる。なお、この 2SLS の結果は OLS の結果と異なるが、内生性を考慮した
分析であるため、本稿では 2SLS の結果を信頼している。
図表 2 独立社外取締役が企業価値に与える効果
(ファミリー・非ファミリー企業)
FAMILY
*OUTSIDE
説明変数 OLS 2SLS
OUTSIDE0.0066***
(0.0022)
0.0439***
(0.0087)
FAMILY*OUTSIDE-0.0047
(0.0045)
0.0482*
(0.0254)
FAMILY0.2257*
(0.1204)
1.8904
(5.6164)
0.8572
(4.7859)
-1.1045*
(0.6208)
LN(ASSET)-0.0514***
(0.0128)
0.9944***
(0.1583)
0.0912
(0.0763)
-0.1151***
(0.0185)
LN(FIRMAGE)-0.3192***
(0.0383)
-1.1783***
(0.3929)
-0.4889**
(0.2095)
-0.3352***
(0.0471)
DEBT-0.0050***
(0.0010)
-0.0148
(0.0129)
-0.0055
(0.0081)
-0.0046***
(0.0013)
STOCKOP0.3297***
(0.0493)
3.9287***
(0.5636)
1.6259***
(0.3483)
-0.1361*
(0.0795)
OUTSEC0.8860***
(0.1284)
-0.0591***
(0.0172)
FAMILY*OUTSEC-0.0720
(0.2267)
0.9588***
(0.1914)
定数項2.75***
(0.22)
-3.81
(4.18)
2.25
(1.56)
2.95***
(0.32)
Industry Yes No No No
サンプルサイズ 2490 2490 2490 2490
決定係数 0.2621 0.0841 0.7520 -
注)括弧内の数値はロバスト標準誤差を示す。 係数における***、**、*はそれぞれ1%、5%、10%水準で有意であることを示す。 また、変数名における*は変数間の相互作用項を表す。 2SLSの際にIndustryは操作変数(社外取締役比率の業種平均値)と独立ではないため分析 に含めない。
被説明変数 TOBINQ OUTSIDE TOBINQ
2SLSの1段階目
14
次に、ファミリー企業において創業者一族が経営に影響を与える度合いが大
きいほど独立社外取締役の効果が大きくなるという仮説 2 を検証するにあたり、
サンプルをファミリー企業に限定し、同族所有企業をベースカテゴリーとして、
同族経営企業ダミー(M)、同族経営所有企業ダミー(MO)と独立社外取締役
比率の相互作用項を用いた OLS および 2SLS を行う。結果は図表 3 の通りで
ある。ここではより信頼性のある 2SLSの結果についてのみ述べる 23。この 2SLS
の結果において、M*OUTSIDE24、MO*OUTSIDE25の係数の推定値は正であり、
同族経営所有企業における独立社外取締役比率の係数が一番大きく、同族所有
企業が一番小さいことを示しているが、統計的有意性は見られなかった。また、
M*OUTSIDE と MO*OUTSIDE について F 検定をし、同族経営企業と同族経
営所有企業における独立社外取締役比率を比較したが、同様に統計的有意性は
見られなかった。これらの結果から、同族経営所有・同族経営・同族所有企業
間における独立社外取締役比率について有意に異なるとは認められないため、
仮説 2 は支持されなかった。
また、各分類における独立社外取締役比率の係数について、同族所有企業に
おける独立社外取締役比率(図表 3 における OUTSIDE)の係数の推定値は正
であるが、統計的有意性は認められなかった。同族経営企業における独立社外
取締役比率 δ226について F 検定すると、5%水準で正に有意であり、同族経営所
有企業における独立社外取締役比率 δ327は 10%水準で正に有意であった。この
結果から、ファミリー企業についての分析と同様に、同族経営所有企業および
同族経営企業では独立社外取締役が企業価値に正の効果をもつといえるが、同
族所有企業においては有意な効果は認められなかった。
23 2SLS の 1 段階目において操作変数である同業種における独立社外取締役
比率(OUTSEC)を F 検定した結果、数値が 26.52(10 以上)であったた
め、弱い操作変数ではないといえる。(Staiger and Stock, 1997) 24 同族経営企業における独立社外取締役の企業価値に与える効果が、同族所
有企業とどの程度違うかを示す相互作用項 25 同族経営所有企業における独立社外取締役の企業価値に与える効果が同族
所有企業とどの程度違うかを示す相互作用項 26 δ
2= (β1
+ β2M)
27 δ2= (β1
+ β3MO)
15
図表 3 独立社外取締役が企業価値に与える効果
(同族経営所有・同族経営・同族所有企業)
M MO
*OUTSIDE *OUTSIDE
説明変数 OLS 2SLS
OUTSIDE0.0039
(0.0090)
0.0525
(0.0350)
M*OUTSIDE-0.0036
(0.0097)
0.0068
(0.0412)
MO*OUTSIDE-0.0086
(0.0115)
0.0529
(0.0543)
M0.2459
(0.2424)
2.5178
(11.7500)
2.0887
(7.4314)
-1.0554
(1.5023)
-0.0940
(0.9962)
MO0.2254
(0.3004)
-0.8824
(12.0429)
-0.2937
(0.9578)
-1.9204
(8.0318)
-1.2549
(1.3240)
LN(ASSET)-0.0899***
(0.0337)
0.5839*
(0.3221)
0.2494
(0.1831)
0.3450
(0.2486)
-0.1567***
(0.0525)
LN(FIRMAGE)-0.7197***
(0.1153)
-2.1037**
(0.8238)
0.2123
(0.4695)
-1.8014***
(0.5821)
-0.5748***
(0.1799)
DEBT-0.0125***
(0.0023)
-0.0216
(0.0240)
0.0014
(0.0141)
-0.0204
(0.0169)
-0.0097***
(0.0033)
STOCKOP0.3471***
(0.1034)
4.3679***
(1.0155)
1.6620***
(0.5978)
2.0111***
(0.7137)
0.0281
(0.2068)
OUTSEC0.7742**
(0.3698)
-0.0370
(0.0454)
-0.1975***
(0.0667)
M*OUTSEC-0.0628
(0.4692)
0.9214***
(0.2972)
0.0638
(0.0607)
MO*OUTSEC0.0144
(0.4795)
0.0133
(0.0371)
1.0591***
(0.3186)
定数項4.92***
(0.51)
6.71
(10.35)
-3.06
(2.98)
8.17***
(3.72)
4.36***
(1.18)
Industry Yes No No No No
サンプルサイズ 789 789 789 789 789
決定係数 0.3071 0.0755 0.7516 0.6999
2SLSの1段階目
注)括弧内の数値はロバスト標準誤差を示す。 係数における***、**、*はそれぞれ1%、5%、10%水準で有意であることを示す。 また、変数名における*は変数間の相互作用項を表す。 2SLSの際にIndustryは操作変数(社外取締役比率の業種平均値)と独立ではないため 分析に含めない。
被説明変数 TOBINQ OUTSIDE TOBINQ
16
5. おわりに
本稿では、日本のファミリー企業において独立社外取締役が企業価値に与え
る効果を実証的に検証した。
まず、ファミリー企業における独立社外取締役の効果は非ファミリー企業に
比べて大きいという仮説 1 を検証した。その結果、独立社外取締役が企業価値
に与える効果は、ファミリー企業の方が非ファミリー企業よりも大きいことが
明らかになった。この結果は仮説 1 と整合的である。
さらに、ファミリー企業における独立社外取締役の効果は、創業者一族が経
営に影響を与える度合いによって異なると予想し追加分析を行った。追加分析
では、同族経営所有企業、同族経営企業、同族所有企業にファミリー企業を分
類し、この順で創業者一族が経営に与える影響が大きく、独立社外取締役の効
果も大きくなるという仮説 2 を検証した。その結果、各分類における独立社外
取締役の係数は、創業者一族が所有と経営両方を行う企業で最も大きく、創業
者一族が所有のみを行う企業で最も小さかった。この結果は仮説 2 と整合的で
あったが、その差に統計的有意性が認められなかったため、仮説 2 は支持され
なかった。つまり、ファミリー企業において独立社外取締役が企業価値に与え
る効果は、創業者一族が経営に影響を与える度合いによって異なるとは必ずし
も言えない。
本稿の貢献は 2 つある。第一に、ファミリー企業における独立社外取締役の
効果に関する研究を前進させたことである。本稿では、独立社外取締役が企業
価値に与える効果をファミリー企業と非ファミリー企業で比較し、ファミリー
企業における効果の方が大きいことを示している。また、内生性によるバイア
スを考慮した操作変数法を用いて分析している。先行研究では、非ファミリー
企業と比較した分析や操作変数法を用いた分析は行われていないため、本稿が
初の試みとなる。第二に、この発見が日本経済の発展に寄与することが期待さ
れることである。現在、コーポレートガバナンスの強化を目的とした一連の独
立社外取締役に関する政策が推進されているが、この政策は特にファミリー企
業において大きな意味を持つということが今回の分析から分かった。実社会で、
ファミリー企業において独立社外取締役が増員されると、独立社外取締役はフ
17
ァミリー企業が抱えるガバナンスの問題を改善することで、ファミリー企業の
企業価値を向上させ、ひいては日本経済の活性化に貢献することが期待される。
今後、ファミリー企業のコーポレートガバナンスに関する研究を発展させる
にあたり、次の 3 つの事項を考慮する必要がある。第一に、ファミリー企業の
データベースをより精緻に作成することによって、より正確な結果が得られる
可能性がある。本稿では、創業者一族が大株主であるか判断する際、個人の大
株主の名字が創業者と同一であるかによって判断した。しかし、ファミリー企
業の大株主のなかには、創業者一族が所有する財団や子会社などが含まれる。
これらの団体を通して、創業者一族が企業の経営に影響を与えている可能性が
あるため精査する余地があるが、これらの団体や企業は情報開示が少なく、ど
のような団体、企業であるか、親会社とどのような関係にあるか、正確に把握
することは困難である。また、創業者一族であっても婚姻によって名字が異な
る者を正確に把握することには、膨大な時間を要する。これらを考慮すること
によって、より精緻なファミリー企業のデータベースができるため、より正確
な分析結果を得られる可能性がある。第二に、本稿の分析に用いたデータは
2017 年度のみであったため、今回得られた結果は 2017 年度に起きた経済的要
因の影響を強く受けている可能性がある。そのため、今後はパネルデータを用
いることが望ましい。第三に、経営に影響を与える創業者一族の世代に着目す
る必要がある。ファミリー企業において、企業を発展させ、上場させた創業経
営者が企業価値に与える影響が突出して高いことはよく知られている。そのた
め、世代を考慮した分析を行うことは重要である。
日本はファミリー企業大国と呼ばれるが、そのコーポレートガバナンスに関
する研究は、未だ多くない。ファミリー企業の特定やデータベースの作成には
膨大な時間を要するが、上述の事項を考慮することで、ファミリー企業のガバ
ナンスに関する研究を一段と発展させることができる。それにより、ファミリ
ー企業においてより良いコーポレートガバナンスが実現され、ファミリー企業
の企業価値を更に向上させる方法が見いだせる可能性がある。今後の研究の進
展が、日本や世界におけるより良い企業経営に大きく貢献することを期待する。
18
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