状態図を基にした組織変化の考え方 (2) -固相変態-図6.1 a-b 2...

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2015 年 複合プロセス工学特論 小橋 眞,高田 尚記 1 状態図を基にした組織変化の考え方 (2) -固相変態- 6.1 固相変態の速度論 これまで熱力学の観点から相変態の駆動力(図 6.1(a)(b)に対応)を考えてきた.本講義では,相変態の 速度論(図 6.1(c)(d)に対応)について学習する. 6.1 A-B 2 元系における変態(母相から相の析出)の駆動力及び速度論の模式図 速度論(kinetics)を記述するために,以下に Johnson-Mehl-Avrami により提案されたモデルを述べる. 本モデルは,本講義の対象である過飽和固溶体からの析出(precipitation)や拡散型の固相変態(例えば, Fe-C 合金におけるγ→α変態等)などの相変態だけでなく,再結晶(再結晶粒の核生成・成長)の適用 できる. ここでは相変態の現象を単純化するために, 相の平衡体積率を 1100 %)とする(母相すべ てが相に相変態する場合を考える).母相から球形の相粒子が核生成し,その後一定の成長速度 G で成長するものと仮定する.潜伏期 後,析出した相粒子の時間 t における体積 V (t, ) は,以下の 式で表せる.

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Page 1: 状態図を基にした組織変化の考え方 (2) -固相変態-図6.1 A-B 2 元系における → 変態( 母相から 相の析出)の駆動力及び速度論の模式図

2015 年 複合プロセス工学特論 小橋 眞,高田 尚記

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状態図を基にした組織変化の考え方 (2) -固相変態-

6.1 固相変態の速度論

これまで熱力学の観点から相変態の駆動力(図 6.1(a)(b)に対応)を考えてきた.本講義では,相変態の

速度論(図 6.1(c)(d)に対応)について学習する.

図 6.1 A-B 2 元系における→変態(母相から相の析出)の駆動力及び速度論の模式図

速度論(kinetics)を記述するために,以下に Johnson-Mehl-Avrami により提案されたモデルを述べる.

本モデルは,本講義の対象である過飽和固溶体からの析出(precipitation)や拡散型の固相変態(例えば,

Fe-C 合金におけるγ→α変態等)などの相変態だけでなく,再結晶(再結晶粒の核生成・成長)の適用

できる.

ここでは→相変態の現象を単純化するために,相の平衡体積率を 1(100 %)とする(母相すべ

てが相に相変態する場合を考える).母相から球形の相粒子が核生成し,その後一定の成長速度 G

で成長するものと仮定する.潜伏期 後,析出した相粒子の時間 t における体積 V (t, ) は,以下の

式で表せる.

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V t, τ πr t τ (6.1)

ここで考慮すべきは,複数の析出粒子(相)が成長に伴い互いに衝突するが,衝突後の析出粒子の体

積の取り扱いである.粒子同士の衝突が生じても各粒子はそのまま成長を続けると仮定し,重なり合っ

た部分の体積をもすべて含めた析出物体積を考え,これを拡張体積(extended volume)Vex と定義する

(全体の体積を1とする).また,すでに析出した領域においても新しい析出粒子の生成が可能である

と仮定し,時間 t における単位体積あたりの核生成速度を N(t) とすると,拡張体積は以下のようにな

る.

V V t, τ N τ dτ (6.2)

真に相変態した部分(相の部分)の体積を V とすると,未変態の部分の体積は 1 - V である.時間 t か

ら dt だけ経過した間の拡張体積 Vexの増分 dVexのうち,まだ未変態部分に存在する確率は(1 -V) であ

るため,真の相変態完了部分の体積 V の増分 dV は下記で表される.

dV 1 V dV (6.3)

この式を積分すると,次式が導かれる.

V 1 exp V (6.4)

(6.4)式は,拡張体積 Vex と真の変態した相の体積 V の間の関係である.核生成速度 N(t)(単位体積,

単位時間あたり)が時間に依存せず一定(N)と仮定すると,(5.1)と(5.2)より拡張体積 Vexは次式となる.

V πNG t τ dτ NG t (6.5)

したがって,変態完了した体積率は以下のようになる.

V 1 exp NG t (6.6)

この式を,Johnson-Mehl-Avrami の式と呼ぶ.これはより一般的に次式で表される.

V 1 exp At (6.7)

ここで,A 及び n(Avrami 定数)は定数である.異なる温度で時効時間に伴う析出物の体積率(V)変

化を調べ,ln{1/(1-V)}の対数と時間 t の対数の関係を求めることによって n を求めることができる.

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これらの n と A を変化させることによって,温度保持時間と変態相の体積率の変化(S 字曲線)が温度

によって異なることを再現できる.(図 6.1(d))

5.2 鉄鋼材料の固相変態に伴う組織変化

相変態に伴う組織変化の具体例を示すため,ここでは鉄鋼材料の最も重要な 2 元系である Fe-C 2 元系

状態図を用いる.本 2 元系状態図の特徴的な相変態は,727℃において生じる共析変態(パーライト変

態)である.共析変態組成は 0.77wt%C であり,共析組成(eutectoid composition)より少ない量の炭素

を含む鋼を亜共析鋼(hypoeutectoid steel),炭素量の多い鋼を過共析鋼(hypereutectoid steel)と呼ぶ.な

お,実用的には,0.02〜0.2wt%の炭素を含む鋼を低炭素鋼,0.30〜0.50%C を中炭素鋼,0.50〜2.0%の C

を含む鋼を高炭素鋼と呼ぶことがある.亜共析鋼,共析鋼をそれぞれオーステナイト単相域から徐冷し

た場合に生じる標準組織を模式的に示したものが,図 6.2 である.これは,平衡状態を維持しながら冷

却された場合の組織変化である(実際には,非常に遅い速度で冷却された組織変化に対応する).

図 6.2 オーステナイト単相域から徐冷した亜共析鋼及び共析鋼の組織変化

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共析組成を有するオーステナイト相が A1 点以下に冷却されると(過冷オーステナイト相となると),次

の共析反応(eutectoid reaction)が生じる.

→ + (6.8)

ここで,フェライト相()と,鉄の炭化物であるセメンタイト相(:Fe3C)とは、図 5.2(b)の模式図

に示すように,薄い板状に交互に並んで生じ,ラメラ組織(lamellar structure)を形成する.フェライト

とセメンタイトのラメラ組織を,パーライト(Pearlite)と呼ぶ.炭素鋼における上記の共析変態は,パ

ーライト変態(pearlitic transformation)とも呼ばれる.共析鋼をパーライト変態温度で等温保持した場

合の組織変化及びパーライト変態の速度論を,図 6.3 に模式的に示す.図 6.1 と比較すると,状態図と

速度論の関係が理解しやすいと思われる.

図 6.3 Fe-C 2 元系におけるパーライト変態( → + )の組織変化及び速度論

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図 6.4 共析組成におけるパーライト変態( → + )の連続冷却曲線(CCT 図)

参考図書

[1] Phase Transformations in Metals and Alloys 3rd edition , David A. Porter, Kenneth E. Easterling and Mohamed

Y. Sherif, CRC Press (2009).

[2] Materials Science and Engineering 8th edition, William D. Callister and David G. Rethwisch, p. 283-390,

Wiley (2011).

[3] ミクロ組織の熱力学,西澤泰二,p. 199-227, 日本金属学会 (2002).

[4] 鉄鋼材料,菊池實・牧正志・佐久間健人・須藤一・田村今男・田中良平,p. 13-51, 日本金属学会 (1985).

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演習問題 6

学籍番号:

氏名:

図 6.4 を参考にして,C 濃度 C0 の組成を持つ Fe-C2 元系合金の恒温変態図(TTT 図)を描きなさい.

下にそのように描いた理由を示しなさい.