神経病学 ‥神経病を極める‥ - histvet.co.jp · ‥神経病を極める‥...

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VMN セミナー 2006 神経病学 ‥ 神経病を極める ‥ 講師) Simon R. Platt BVM&S MRCVS DECVN DACVIM (Neurology) RCVS Specialist in Veterinary Neurology Head of Neurology Unit, Animal Health Trust, UK 日時) 2006 11 22 23 日(水、木) 会場)東京 TFT ビル 東館 908 号室 日時) 2004 11 28 29 日(水、木) 会場)大阪 新梅田研修センター 主催:株式会社ペット・ベット 株式会社ヒストベット

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VMNセミナー 2006年

神経病学

‥神経病を極める‥

講師)Simon R. Platt BVM&S MRCVS DECVN DACVIM (Neurology) RCVS Specialist in Veterinary Neurology Head of Neurology Unit, Animal Health Trust, UK

日時)2006年11月22・23日(水、木)

会場)東京 TFTビル 東館908号室

日時)2004年11月28・29日(水、木)

会場)大阪 新梅田研修センター

主催:株式会社ペット・ベット

株式会社ヒストベット

神経病学.indd 1 2006/11/16 10:53:25

ごあいさつ

平素は獣医学情報サービス(Veterynary Medical Network)ならびに(株)ヒストベット

病理組織・血液生化学検査・アレルギー検査に格段のお引き立てを賜り厚くお礼申し上

げます。また、弊社主催のVMNセミナー2006にご参加いただきましてありがとうござ

います。

さて、今回のセミナーは、2006年最後のセミナーとなります。

VMNセミナー 2006 神経病 ・・神経病を極める・・をアメリカ獣医内科学会の神経病

学、ヨーロッパ獣医神経学の認定専門医であり、獣医神経病学におけるRCVSでもある

Simon R. Platt BVM&S MRCVS DECVN DACVIM (Neurology)をお招きし、講演することと

なりました。

東京、大阪の2会場で神経病学の概論などをお時間の許す限り詳細に講演いただく予

定です。

今回のセミナーが先生方の臨床の場での一助となりましたら幸いに存じます。

弊社のインターネットによる獣医情報サービス(VMN:http://www.vmn.ne.jp/)ならび

に病理組織検査(Histvet :http://www.histvet.co.jp/)そしてセミナー等が先生方のお役に立て

るよう、今後ともよりいっそう努力してまいります。何卒、ご支援のほど宜しくお願い

申し上げます。

末筆ではございますが、先生方の益々のご活躍とご健勝をスタッフ一同お祈り申し上

げます。

平成18年11月 株式会社 ペット・ベット

株式会社 ヒストベット

代表 南 毅生

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目 次

神経病学

‥神経病を極める‥

11月22日(水) 東京1日目

・頚部椎間板疾患の診断

・外科治療

・合併症・神経学的検査:頭部

11月23日(木)東京2日目

・胸腰部椎間板疾患の診断

・外科治療

・合併症

11月28日(水)大阪1日目

・腰仙部椎間板疾患の診断

・外科治療

・合併症

11月29日(木)大阪2日目

・脳腫瘍の診断

・頭蓋内疾患の外科治療

・合併症

◆スライドデータ

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東京1日目

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頚部椎間板疾患の診断

Diagnosis of Cervical Intervertebral Disc Disease

Simon R. Platt BVM&S MRCVS DECVN DACVIM (Neurology)RCVS Specialist in Veterinary Neurology

Head of Neurology Unit, Animal Health Trust, UK

頚部椎間板疾患

症状と病因

頚部椎間板疾患はダックスフント、シーズー、ペキニーズなどの軟骨異栄養性犬種に多い疾患であ

る。ビーグルやコッカースパニエルにもしばしば発生し、また散発的にはほぼ全ての犬種に発生する

こともある。猫では頚部の椎間板ヘルニアは非常に少ない。椎間板は外側の線維部分(線維輪)とゲ

ル状の中心部分(髄核)から成っている。正常な加齢に伴い髄核は徐々に線維軟骨に置換されるが、

軟骨異栄養性犬種では髄核が早期に老化し、核基質が変性および石灰化する。このような変性性変化

の結果、罹患犬では石灰化した髄核が脊柱管内に突出しやすくなり(ハンセン1型の椎間板ヘルニ

ア)、これによって脊髄の振盪と圧迫が生じる。頚椎ではC2/3の椎間板で最も罹患が多く、それよ

り尾側になるほど発生率は低くなる。

症状は18ヶ月齢から発症することもあり、発生率のピークは3-7歳である。2歳未満の犬では素因

となる変性性変化がまだ起こっていないため、椎間板ヘルニアの発生は極めてまれである。頚椎は脊

柱管の内腔が充分に広く、椎間板物質がヘルニアを起こしても脊髄を圧迫しないため、最も多い症状

は重度の頚部痛になる。犬は頭部を下げた状態でいることが多く、頚部を硬直させ、体重を後肢で支

えるために背中は丸くなる。神経根の圧迫により神経根サイン(片側前肢の挙上と跛行)を生じるこ

とがある。頚部痛が重度になると犬は頭を動かしたがらず、頚部筋組織の痙縮と硬直が容易に触診で

きる。神経学的欠損はそれよりも少ないが脊髄がかなり圧迫されれば発現し、四肢あるいは片側肢の

不全麻痺あるいは完全麻痺、運動失調、意識下の固有感覚および姿勢反応の欠如などがこれにあたる。

診断

椎間板ヘルニアに特徴的な変性性変化を発見し、また症状を起こすその他の原因をルールアウトす

るため、単純 X線写真を撮影するべきである。椎間板ヘルニアを示唆する変化には、椎間板腔の狭窄、

椎間孔の縮小、脊柱管内や椎間板腔内の石灰化物質の存在などがある。しかし単純X線検査のみでは

外科手術の実施に十分正確な情報を得ることはできないため、コンピュータ断層撮影検査、脊髄造影

検査、MRI検査のいずれかで脊髄の圧迫部位を特定する。炎症性疾患をルールアウトするため、CSF分

析を併せて行う。

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頚椎症性脊髄症(ウォブラー症候群)

症状と病因

頚椎症性脊髄症(CSM)とは、頚椎の変性性変化による頚髄圧迫症候群を指す。この症候群にはウ

ォブラー症候群、尾側頚椎の脊椎脊髄症、頚椎奇形/関節異常、椎間板関連性ウォブラー疾患など多

くの名称がある。以前は大型犬種(ドーベルマン、ダルメシアン)や超大型犬種(グレートデン、イ

ングリッシュマスチフ)の疾患であると考えられていたが、チワワやヨークシャーテリアなど小型犬

種やトイ犬種にも全く同様の変化が発生している。脊柱の変性性変化により進行性の脊髄圧迫が起こ

り、次のような変化が起こる:

1. 線維輪の肥大と突出、しばしば椎体の“とんがり”を伴う

2. 黄色靭帯と背縦靭帯の肥大

3. 滑膜の肥大と関節面の滑液嚢胞形成

4. 脊柱管の狭窄

5. 関節面の変性性関節疾患

これらの変化は多因子性病因によって生じている可能性が最も高い。この疾患が特定の犬種に認め

られることからおそらく遺伝因子が関与していると考えられるが、好発犬種内での遺伝様式は確定さ

れていない。グレードデンでは生後1年間の過栄養および過剰なカルシウム摂取と関連性があると考

えられたが、こうした給与パターンを修正してもこの犬種での疾患発生を予防することはできなかっ

た。また、頭頚部の形態が病変発生に影響するという仮説が立てられている。しかしドーベルマンの

研究では、様々な身体計測値と X線学的所見あるいは神経症状の間には相関関係が確認できなかった。

結局の所、この症候群に認められる変性性変化は、頚椎の不安定症から生じていると考えられている。

多くの場合、超大型犬種では生後3年以内に、関節面とそれに関連した滑膜の変性性変化、滑液嚢

胞、第3-6頚椎の脊柱管狭窄のために来院する。大型犬種は“椎間板関連性ウォブラー疾患”あるい

は尾側頚椎の脊椎脊髄症と呼ばれる状態で来院する方が多い。これらの犬は中年あるいはそれよりも

高齢になってから、線維輪の肥大と突出、頚椎尾側に生じた靭帯肥大による症状を発現する。大型犬

種に起こるこれらの変化は静的(屈伸や牽引で変化しない脊髄圧迫)あるいは動的(屈伸や牽引で変

化する圧迫)と表現される。圧迫病変は大型犬種と超大型犬種ともに、複数存在することがある。

臨床症状には、進行性の運動失調、四肢麻痺、時に頚部痛がある。後肢の症状は前肢よりも重度で

ある。頚椎尾側に圧迫がある犬では、しばしば前肢に歩幅の短い測定障害を伴い、後肢と連結しない

歩様を呈する。神経根の圧迫が前肢の跛行と筋萎縮を生じることがある。特に肩甲上神経の圧迫は棘

上筋と棘下筋の著しい萎縮を生じる場合があり、このような症例では肩甲棘が容易に触知できる。こ

れは多くの場合慢性進行性疾患であるが、急性に重度の症状が発現することもある。

診断

頚椎の単純X線検査では、この症候群に特有の変性性変化が認められることもあるが、それで脊髄

の圧迫部位を特定することはできない。脊髄の圧迫を悪化させる危険があるため、ストレスをかけた

X線像は撮影するべきではない。CSMの診断と外科手術の計画には、脊髄造影検査とCT検査を併用す

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る。圧迫が脊椎の伸展や密着によって強まる(すなわち、動的病変)か否かを判定するために、直線

的に牽引した造影像を使う。圧迫部位の特定には特に超大型犬種では磁気共鳴映像法が行われるよう

になってきている。

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頚部椎間板疾患の外科手術

Surgery of Cervical Intervertebral Disc Disease

Simon R. Platt BVM&S MRCVS DECVN DACVIM (Neurology)RCVS Specialist in Veterinary Neurology

Head of Neurology Unit, Animal Health Trust, UK

犬猫の脊髄手術における最も一般的な適応症は、変性円板疾患、頚部脊椎症性脊髄症(CCSM :

cervical spondylomyelopathy)、外傷および腫瘍である。それよりも少ない適応症として、先天性奇形

(環軸椎不安定症、滑液嚢胞、脊柱側彎症)、感染症(蓄膿症、膿瘍、脊椎円板炎)、および硬膜外

/髄内出血がある。最もよく適応される神経外科手技の適応症と詳細について以下に概要を示す。

保存的治療法

頚部円板疾患の犬は4週間の厳密なケージレストと、抗炎症薬、オピエート、および/または筋弛

緩剤などの疼痛緩和を組み合わせて保存的に管理することもできる。非ステロイド系抗炎症薬に反応

しない疼痛には適切なケージレストと併せて抗炎症量のコルチコステロイドを慎重に使用するという

試みも可能である。筋肉の攣縮は頚部への優しいマッサージや温湿布にも反応することがある。胃潰

瘍形成の防止に、ファモチジンまたはラニチジンなどの H2 受容体拮抗剤の投与が役立つことがある。

ケージレストを行うねらいは、線維輪の欠損部を治癒させることであるため、疼痛が消えてもケージ

レストを解いてよいという意味にはならない。このアプローチで効果があった場合は、控えめの運動

から徐々に導入していき、飼い主にはペットに長期に渡ってジャンプのような動きをさせないよう注

意するべきである。犬は週毎にモニターし、疼痛が保存的治療に反応しない、再発する、または神経

学的欠如を発症した場合に手術が推奨される。

腹側頚椎減圧術 (腹側スロット):頚椎への腹側アプローチが主に適応されるのは、ヘルニアを起こし

た円板物質の除去、頚椎円板有窓術/バイオプシー、および頚椎安定化である。このアプローチでは

軟部組織及び骨組織の剥離が最小限で済むため、術後の合併症も少なく早期に快適性と機能が回復す

る。ヘルニアを起こした円板物質の除去は通常ベントラルスロット法によって行われる。術者が正中

線の直上に作成した有窓部すなわちスロットは、特に脊柱管の腹側部に位置する物質の除去に有用で

ある。脊髄の露出は非常に限られること、そして合併症は生命に関わる危険性があるため、大型の腹

側硬膜外腫瘤、硬膜内/髄内腫瘤、基本的に正中に位置していない病変部の除去は試みてはならない。

背側頚椎椎弓切除術:このアプローチ法は脊柱管または脊髄、あるいは両者をより大きく露出するこ

とが必要な場合、特に脊髄および脊柱の背側および背外側面を侵している病変部、もしくは腹側に複

数の圧迫病変が存在している場合に適応される。髄内腫瘍と、水脊髄空洞症および背側脊髄クモ膜嚢

胞などの先天性または後天性の病態には、バイオプシーや切除、造袋術に背側椎弓切除術を有効に行

うことができるだろう。脊柱をできる限り完全な状態で維持するためには関節突起の温存が不可欠で

ある。椎弓切除術は複数の脊骨で頭側と尾側に連続して拡大することもできる。このアプローチでは

脊柱管底部を注意深く触診することが可能である。C1では背側椎弓切除術が可能であるが、しかしな

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がら、C2-3では項靭帯付着部の整合性を維持するために、片側の背側半椎弓切除術が好ましい。ベン

トラルスロットでは除去できない大きい腹側硬膜外圧迫病変はもちろん、外側に突出した円板物質、

神経根腫瘍や椎間孔から突出している脊髄腫瘍は、おそらくこのアプローチから切除できる。これに

は、椎弓切除を外側および腹側(関節突起部分切除を含む)へ拡大し、さらに椎間孔の拡張(椎間孔

拡大術)が必要になることがある。滑液嚢胞で生じるような骨性および軟部組織性の狭窄は、椎弓内

面をドリルで削ると効果的に除去できることがある。その結果生じる脊柱管の拡大は神経組織の減圧

としても役立つ。

外側頚椎椎弓切除術: 頚部脊椎を外側からアプローチすることにより、椎間板、脊髄、および神経

根の外側面と、椎間孔を出る末梢神経の近位部が最も良く視覚化できる。しかし、技術的には相当難

しいアプローチになるため、熟練した神経外科医でなければ試みてはならない。脊髄に浸潤する末梢

神経腫瘍の切除では、特に罹患した前肢の断脚術を併用すれば最良のアプローチ法になる。その他、

椎骨動静脈および神経に併走して椎間孔を出る脊髄腫瘍(髄膜腫)の切除や、椎間板の外側ヘルニア

の治療にも有用である。

頚椎安定化: 頚椎骨折/脱臼、(大型犬品種における)頚椎尾側の脊椎症性脊髄症で動的なタイプに

行う治療としての頚椎伸延術および椎体固定術、そして環軸椎不安定症が、頚椎安定化の主な適応症

である。椎体に装着されたインプラントの方が脊椎背側または関節突起/小関節窩に装着したインプ

ラントよりも安定性が優れている。筆者の考えであるが、頚椎骨折/脱臼の治療にはピンまたはスク

リューとポリメチルメタアクリレート(PMMA)を用いた方法が第1選択の治療である。CCSMの動的な

タイプに伸延および固定術を行う様々な外科手技が記述されている。これらには、ベントラルスロッ

ト法、ベントラルスロットにピンとPMMAの安定化を併用した方法、円錐テクニック、金属ワッシャ

ーとスクリュー、ポリビニリデン脊椎プレート、 Harrington ロッド、背側椎弓切除術、および椎体

のPMMAプラグが挙げられる。様々なアプローチ法が前向き研究で比較されているが、どの手法でも

優劣に違いは認められていない。頚椎の腹側アプローチは、軟部組織の損傷を最小限にとどめながら

椎体の正確な配列を良好に視覚化できる。外科的な安定化はベントラルスロットの後にも適用される。

これは、スロットが極端に大きい場合やスロットを形成した後に不安定化が予測される大型または超

大型犬に適応となる。 環軸椎(AA : atlantoaxial)関節の整復および安定化を行う背側および腹側ア

プローチが文献に記載されている。しかしながら、ほとんどの著者および外科医は腹側からの整復で

優れた固定が行えると考えている。

頚椎円板有窓術: 軟骨異栄養性犬種の変性円板疾患には頚椎の円板有窓術が有益である。これは減

圧術時に行ってもよいし、X線上あるいはMRIで変性円板疾患の徴候が認められるときに予防的に行

うことも可能である。頚椎円板有窓術は一般に、中型および大型犬の変性円板疾患には推奨されない

が、これは脊椎の不安定性を引き起こす可能性があるためである。

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頚部脊椎外科手術の合併症

Cervical Spinal Surgery Complications

Simon R. Platt BVM&S MRCVS DECVN DACVIM (Neurology)RCVS Specialist in Veterinary Neurology

Head of Neurology Unit, Animal Health Trust, UK

腹側頚椎減圧術 (腹側スロット):腹側スロットの主な欠点は外科医の脊柱管を露出できる範囲が限定

されることである。円板物質あるいはその他の空間占拠性腫瘤が正中線より側方に位置していると、

開窓部を極端に大きくしなければ完全な減圧を達成できないため、これが患者の脊柱不安定化や亜脱

臼につながる。隣接する椎骨の腹側スロットも不安定化の要因になることがある。腹側スロット法に

おいて一般的に認められる合併症には椎骨静脈叢の裂傷による多量出血、医原性脊髄損傷、および椎

間腔の虚脱が挙げられる。これは神経症状の悪化、頚部痛、および/または前肢跛行という形で現れ

ることがある。心不整脈、呼吸障害、低血圧症およびホルネル症候群は、頚部脊髄損傷および手術に

おける、あまり一般的に報告されていない合併症である。反回神経、頚動脈、迷走交感神経幹、およ

び椎骨動脈への損傷も、頚椎の腹側面を露出する際に組織の牽引中に生じる可能性がある。気管の牽

引および外傷はそれ程一般的ではないが、特に術前から臨床的または準臨床的な気管の基礎疾患を持

つ患者では、気管虚脱を続発することがある。

腹側頚椎安定化術: 腹側アプローチで頚部椎体にインプラントを使用する場合には、インプラント

の装着時に脊髄および神経根の視覚化が十分でないために特有の合併症を起こすことがある。外科医

はピンやスクリューなどを装着する時には、それぞれの頚椎腹側面の特徴的なランドマークを基に、

これらの構造を三次元の立体的なイメージで容易に描けるようでなければならない。椎骨動脈や脊髄

神経/神経根の裂傷、および脊髄の外傷がインプラント装着時に起こる主な合併症である。インプラ

ントの失敗はピンの移動または、インプラント/PMMA の不適切なサイズに起因して生じることがある。

ピンの移動は螺子山のあるインターフェースピンを用いることで顕著に低減できる。PMMAにおける感

染はまれにしか起こらず、インプラントを除去して治療する。特に頚部尾側の脊椎安定化により、隣

接する椎間腔に二次病変(「ドミノ」病変)を生じやすくなることがある。まれな状況ではあるが、

セメントの腫瘤効果により、嚥下困難および食道の機能障害などを生じる可能性がある。

環軸椎不安定症: 環軸椎安定化術に関連した合併症は外科的手法およびその専門性に大きく依存す

る。神経構造の視覚化が不十分であることによるピンの不適切な挿入とピン/スクリュー装着時に起

こる椎骨骨折は、特に先天的な椎骨奇形がしばしば認められるミニチュア品種の環軸椎安定化術では

潜在的な合併症である。頭側脊髄、脳幹、環椎後頭関節またはC1脊椎神経へのピンの挿入は深刻な

合併症であり、前庭症状、呼吸障害(ベンチレーターによる治療が必要)、重度の頚部痛、および/

または永久麻痺を引き起こすことになる。背側からの固定法はインプラントの失敗や呼吸障害の発生

率上昇と関連している。

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背側頚椎椎弓切除術: 背側から頚椎をアプローチする主な欠点はおそらく、軟部組織と骨の剥離が

広くなることであり、これは特に大型と超大型犬では外科的アプローチが深くなることで、更に剥離

と視覚化が難しくなるため起こりやすい。椎骨静脈叢の裂傷はもちろん軟部組織の剥離によっても大

量出血を起こすことがある。これは特に吻側の頚椎領域(C1-3)で手術を行っている場合に生命に関わ

る危険がある。術後の持続的出血、血腫形成による二次的な脊髄圧迫および低換気は深刻な合併症で

あり、再手術および/または機械的換気を必要とすることがある。腹側アプローチに比べ、特に連続

的な背側椎弓切除術などでは手術時間が長く、下層の脊髄を損傷し、機能回復が遅れることも考慮す

べきである。潜在的な長期合併症は脊柱不安定化の可能性および/または硬膜外の瘢痕化、そして臨

床的意義のあるlaminectomy membrane(術後の瘢痕組織)の形成であり、神経症状の再発につながる。

広範な軟部組織の剥離は、特に活動的な患者では術後に漿液腫を形成しやすくする。

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東京2日目

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胸腰部椎間板疾患の診断

Diagnosis of Thoracolumbar Disc Disease

Simon R. Platt BVM&S MRCVS DECVN DACVIM (Neurology)RCVS Specialist in Veterinary Neurology

Head of Neurology Unit, Animal Health Trust, UK

ハンセン1型疾患は軟骨異栄養性犬種の胸腰椎領域に発生することが最も多い。非軟骨異栄養性の

大型犬種でハンセン1型IVDDが最も好発する部位はL1-L2椎間腔である。胸腰部のIVD突出に対する

治療の決定には、知覚過敏と運動および感覚機能不全について説明した機能的グレード分類スキーム

が用いられてきた。しかし、突出の程度が同じでも神経学的機能不全の程度は様々であるため、こう

したスキームが使われるのはもっぱら予後判定のためであり、治療選択には使われていない。

高度画像診断法はここでも必須である。脊髄造影検査では、特に神経学的検査と病歴を組み合わせれ

ば、病的な椎間腔と円板の偏りを最大75%の正確度で決定することができる。しかしCT検査による正

確度は、病変部位の特定は少なくとも90%、偏りの予測は96%であることが示されている。MRIに関し

ては今のところ、獣医学患者で同様の研究は行われていないが、私個人の経験では、位置決めの正確

度という点ではCTと同程度の結果が得られている。

脊髄疾患患者の診断法

脊髄疾患が疑われる患者へのアプローチは、診断努力を最大限に活かすために系統的かつ徹底して

行うべきである。それをしないと不適切な診断検査の実施につながる可能性があり、患者に対する危

険性の増加と獣医師およびクライアントのフラストレーションを引き起こす。また多くの神経学的診

断検査は高価であるため、十分な正当性をもって実施すべきである。診断努力を最大限にするために

は、プロブレム・オリエンテド・アプローチを用いるべきである。まずシグナルメント、病歴、身体

検査、神経学的検査から問題と危険因子を特定する。神経学的検査で病変の位置を決定する。問題と

危険因子の評価ができたら、病変の位置を心に留めつつそれらの原因となる単一の疾患を特定するこ

とを試みる。可能性のある疾患を、最も考えられるものから順番に挙げたリストを作成する。次に診

断プランを立てる。ある種の外傷症例では、脊髄損傷を評価するための診断検査を実施する前に、シ

ョックに対する安定化が必要になる。

脊髄疾患の診断検査には完全血球計算、生化学プロフィール、尿検査、検便など通常のラボラトリ

ー検査が含まれることが多い。またこれらの検査は、より高度な診断検査で麻酔をかけるためにも重

要である。脊髄疾患に対するより特殊な検査法には、抗体価測定、脳脊髄液(CSF)分析、神経画像

検査(X線検査、脊髄造影検査、コンピュータ断層撮影法(CT)、磁気共鳴映像法(MRI))、電気診

断検査、外科的探査などが含まれる。これらの検査については以下に述べる。

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脳脊髄液(CSF)分析 - CSFは中枢神経系(CNS)で生じている免疫反応の少なくとも一部を反映して

いるため、神経学的患者を調査する際には非常に有用な情報源になる。しかし、多くの脊髄および頭

蓋内疾患過程の検出感度は高いものの、CSF検査で診断が確定することはほとんどない。CSF中の総タ

ンパク質や有核細胞数の増加は様々な脊髄疾患の原因で(炎症性、感染性、腫瘍性、変性性)認めら

れ、多くの場合CSF自体では診断的価値は低い。更に脳または脊髄の急性疾患をもつ多くの患者では

CSFが正常である。脊髄疾患をもつ全ての患者には(特にX線検査と脊髄造影検査が正常、あるいは

多巣性の症状を示す患者)、CSFの採取と分析を考慮するべきである。CSFの採取には必ず全身麻酔が

必要である。採材部位は基本的に、病変の疑わしい部位(CSF は頭側から尾側に向かって流れるため、

異常なCSFは病変部の尾側に存在する方が多い)と獣医師の好みによって決定する。小脳延髄槽(大

槽)からの採材はより容易であり、サンプルに血液が混入しにくい。腰椎部からの採材はそれよりも

技術的に難しく、血液も混入しやすいが、特に胸腰部の脊髄疾患では診断的に有用である可能性が高

い。

X線検査 - 脊髄疾患の患者に対する最も有用な補助的診断検査の1つがX線検査である。このような

検査法は、既に完全な神経学的検査によってミエロパシーの位置が正確に特定できていれば価値が高

い。X線検査は臨床検査の代わりになるものではない。多くの症例で良質な単純X線写真から重要な

情報が得られる。患者を正しくポジショニングするには通常、全身麻酔が必要になる。例外は急性の

脊髄損傷患者であり、全身麻酔(脊髄周囲の筋痙攣による固定作用を減少させてしまう)や体の操作

によって神経損傷を悪化させる可能性がある。観察したい領域のラテラル像を最初に撮影する。関節

突起を評価するための斜位像は、動物を横臥位にしたままX線照射に角度をつけて撮影する。外傷が

疑われる場合には、不安定な脊髄を不適切に動かしてしまわないように、X線を水平に照射してDV像

を撮影することができる。椎体腫瘍、椎間板脊髄炎、骨折/脱臼などの疾患を除外するためには、単

純X線検査が特に有用である。X線学的な所見から骨折の安定性がある程度推測できる場合もある。

最終的に、単純X線検査でも椎間板疾患が存在するかどうか示唆できることはあるが、椎間板ヘルニ

アの正確な位置を特定できるのはわずか60-70%である。このため、減圧手術を計画する場合には、単

純X線所見だけに基づいて椎間板ヘルニアの診断を確定することはできない。

脊髄造影検査 – この方法は、特に減圧手術を考慮する際により確定的な診断を得るために適応される。

また神経学的検査では脊髄病変が疑われるものの単純X線検査では何も認められない場合や、単純X線

検査で検出された多発性病変の重要性を判断する場合に適応される。脊髄造影検査では、小脳延髄槽

あるいはL5-L6間の腰椎(こちらの方が好まれる)からクモ膜下腔に注入した陽性造影剤によって脊髄

の輪郭が描かれる。イオヘキソール(オムニパーク®)などの非イオン性水溶性造影剤を用いるべきで

ある。推奨用量は0.25-0.5ml/kgである。陽性造影剤の注入は緩徐に行う必要があり、流入抵抗は極め

て弱くあるべきで、全く感じられないことが望ましい。病変により特定部位で造影剤の流入がブロッ

クされ、脊髄全体の観察や病変の正確な特定ができなかった場合には、もう一方の注入部位から低用

量で再度脊髄造影を行うことが推奨される。最近のある研究では、脊髄造影検査後の合併症は症例の

20%までで起こっていた。合併症は痙攣発作、神経症状の悪化、心調律と心拍数の障害、呼吸障害など

である。病変部位は硬膜外、硬膜内-髄外、髄内に分かれ、下に示したような短い鑑別診断リストが作

られている。

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脊髄のCT検査 - 脊髄のCT検査は患者がよほど小型でない限りは横断面画像に限られる。観察したい

部位の解剖学的位置によってスライス厚を選択する。円板や関節面のような解剖学的に細かい構造に

対しては、部分容積効果による画質の低下を避けるため、スライス厚を薄くする必要がある。椎体の

ような大きい構造物をスキャンする場合にはより厚いスライスを用いることが可能である。完全な評

価をするために、脊髄は骨組織および軟部組織の両方のウィンドウの設定で観察するべきである。動

物の正常な脊髄のCT像における解説は既に発表されている。椎弓板や椎弓根など椎骨の基本的な部

位も、その他のより細かい部位と同様に観察できる。椎間板と椎体の靭帯は常に検出できるわけでは

ない。硬膜外脂肪は透過性の高い組織として認められ、脊柱管内にある軟部組織濃度の構造周囲に存

在してコントラストを与えている。thecal sac(馬尾を含んでいる硬膜の被包化部分)の内容物は明

確に識別しにくく、このため馬尾の検査の解釈を難しくしている。脊髄のCT検査では静脈内あるい

は髄腔内に造影剤を投与することが多い。脊髄造影後にCT検査を行うと、thecal sacや脊柱管の硬膜

外の異常を評価できる精度が更に増す。従来の脊髄造影検査では曖昧だった胸腰椎の病変部をよりは

っきりと特定するためにCTがますます使われるようになっている。これは特に、脊髄に著しい腫大

が存在する場合に有用であることが証明されている。CTは、腫大が髄内病変によるものか、椎間板ヘ

ルニアなど硬膜外の外傷性病変によるものかを決定するのに役立てられる。よりコントラストが優れ

た高解像度の断層像が得られるため、CTを用いた犬の腰仙椎腔の評価は他のX線学的手技よりも優れ

ている。しかしMRIと比較すると、CTのコントラスト解像能には限界がある。変性性の腰仙部狭窄症

では、主なCT所見は潜在する椎間板の変性と脊髄の不安定症を反映している。このような画像は椎

間板突出症候群に対する影響、軟部組織の増殖、可動関節の骨関節症、変形性脊髄症の決定に有用で

ある。これらの異常はしばしば脊柱管内や椎間孔の軟部組織性不透過性を増加し、同時に硬膜外脂肪

を見えづらくする。CTはまた頚椎尾側の不安定症の評価にも使われている。CTでは造影剤を用いな

くとも、椎骨の解剖はもちろん、脊柱管の形状と横径を示すことができる。CTは重度の管腔狭窄と石

灰化した椎間板のヘルニアを立証できる。また、通常の脊髄造影では診断の難しい、椎間板の外側型

ヘルニアあるいは椎間腔内ヘルニアといった病態の診断には特に有用である。しかし脊柱管内の軟部

組織構造の評価に関しては、CTが脊髄造影よりも著しく優れているといったことは認められていない。

これらの病態では検査に造影剤を加えることが有用かもしれない。従来の脊髄造影検査で非対称性の

脊髄圧迫を検出するには、造影剤を静脈内ではなく髄腔内投与する方が優れており、またその方が外

科的アプローチに関するより多くの情報が得られるとされている。ヒトでは、CTで脊髄の萎縮が認め

られた場合には予後不良が示されることから、予後的な情報を得るのにも役立っている。これは犬で

はいまだ確認されていない。

脊髄のMRI検査 - 脊髄の画像診断法としては、一般にMRIの空間分解能はCTよりも劣るが、MRIのコ

ントラスト解像能はCTよりも優れており、解剖学的に詳細な良質の情報が得られる。これは特に椎

間板および脊髄自体の構造に関連している。使用する画像列が正常な脊髄の所見を決定する。MRIは

椎間板の変性を評価する感度が高いため、変性性脊髄疾患の評価では第1に選択される画像検査法と

なりつつある。獣医療での報告のほとんどは犬の腰仙椎疾患の研究に限定されている。椎間板の変性

はT2強調矢状断面像で最もよく観察でき、椎間板の髄核内および線維輪内側部にある正常な高信号

の部分的あるいは完全な欠損として認められる。脊髄腫瘍の検出と評価に関しては、MRIは従来の脊

髄造影検査、CT脊髄造影検査、骨シンチグラフィーよりも遥かに優れている。椎体腫瘍の検出には最

も感度の高い検査法であり、脊髄圧迫を伴う非常に良質な画像が得られる。数件の報告では、MRIは

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転移に関連した骨病変の検出感度が最も高いことが証明されている。骨シンチグラフィーよりも60%

多く病変を検出することが示されている。

脊髄髄内の異常はMRIを用いることで検出できる。脊髄造影検査やCT検査では脊髄の腫大は検出で

きるが髄内病変を明らかにすることはできない。大半の腫瘍は、T1強調像では脊髄と比較すると等信

号から低信号に、T2強調像では高信号に見える。

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胸腰部椎間板疾患の外科手術

Surgery of Thoracolumbar Disc Disease

Simon R. Platt BVM&S MRCVS DECVN DACVIM (Neurology)RCVS Specialist in Veterinary Neurology

Head of Neurology Unit, Animal Health Trust, UK

片側椎弓切除術:片側椎弓切除術は胸腰部の脊柱、脊髄、および神経根を冒す大半の病態に最適なア

プローチ法である。この手術を実施する前に病変部が左右どちらにあるかを知ることが必要不可欠で

ある。なぜならこのアプローチ法では反対側の脊髄、神経根、および靱帯と骨構造を観察できないか

らである。

片側椎弓切除術では脊髄と神経根の腹側面および側面が良く観察でき、脊柱の十分な安定性が維持

できる。それは反対側の関節だけでなく、背棘とそれに関連する靱帯構造を維持できるからである。

臨床的に問題となる急性および慢性の椎間板突出と逸脱の大多数はこの方法で最もうまく治療でき

る。また、このアプローチにより、開窓術を行うための椎間板側面にアクセスしやすくなる。片側椎

弓切除術では頭側、尾側、背側にも範囲を拡大してより完全な露出や腫瘤の切除が行えるため、脊髄

の腹側面および側面にある硬膜外と硬膜内の占拠性病変に対しても、最もうまくアプローチできる。

脊髄の進行性の腫脹は、椎弓切除を頭側と尾側へ広げることで素早く対処できる。外傷(椎体骨折/

脱臼)による骨片や血腫、迷入した異物(草の種、銃弾)の除去だけでなく、脊髄側面または腹側面

の探査やバイオプシーも片側椎弓切除術によってルーチンに実施されている。

背側椎弓切除術:胸腰部の背側椎弓切除術に対する適応症は頚部の場合と同様である。場合によって

は、胸腰部(TL)の骨折に対し背側椎弓切除でアプローチして骨片除去と減圧をはかる事もある。

胸腰部椎骨安定化:椎骨の配列と安定化は、椎骨の不安定性が臨床的に疑われる時は必ず、また、動

的画像検査によって実証された場合にも適用される。胸腰部の安定化を必要とする神経学的病態とし

て最も多いのは、椎骨骨折と脱臼である。椎骨骨折-脱臼の外科的治療には椎骨の再配列、減圧、お

よび安定化が含まれる。場合によっては、腫瘍および感染性疾患が椎骨の不安定化、配列異常、関節

異常(例として、椎間板脊椎炎)を引き起こし、外科的減圧、減容積、および安定化が必要になるこ

とがある。

TL領域で脊柱管の狭窄を引き起こす、変性性および/または先天性疾患(例として、滑膜嚢胞、先

天性椎骨奇形および側弯症)は減圧的な椎弓切除術と安定化を併用して治療することが多い。この領

域は椎骨ピン/スクリューおよびPMMA、椎体骨プレートによって最も強固な固定が得られ、脊柱の解

剖学的配列を最も正確に行うことができる。

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胸腰部椎間板開窓術:TL 椎間板開窓術の役割については多くの論議が交わされているが、著者の意

見としては、軟骨形成異常の品種に変性性椎間板疾患がある場合、危険のある椎間板には髄核抜去を

伴う輪状開窓術を適応する。

椎間孔拡大術および/または椎弓根骨切除術: 椎間孔の拡大術に椎弓根の部分的切除が併用されるこ

とがある。この術式により椎間孔内、および脊柱管腹側面の腫瘤にアクセスできる。このアプローチ

法は関節面の完全性を維持できるという利点がある。

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胸腰部椎間板外科の合併症

Complicatoins of Thoracolumbar Disc Sugery

Simon R. Platt BVM&S MRCVS DECVN DACVIM (Neurology)RCVS Specialist in Veterinary Neurology

Head of Neurology Unit, Animal Health Trust, UK

外科的および非外科的管理の両方に共通する合併症には消化管潰瘍、医原性副腎皮質機能亢進症、

膵炎、肺血栓塞栓症、褥瘡、尿焼け、尿滞留、および尿路感染症がある。

術中合併症

片側椎弓切除術:TL片側椎弓切除術に関連する合併症はまれである。TL領域に実施される片側椎弓

切除術の主な術中合併症は、正確な椎間腔を適切に識別できない、椎間板物質が見つけられない、椎

間板物質の除去が不十分、医原性脊髄損傷、神経根の外傷、および出血である。脊柱不安定症は、椎

弓切除術を椎骨3つ分よりも広く実施した場合(隣接する関節の3つ分以上に影響する)、または活

動的な大型犬の場合に問題となる可能性がある。椎弓切除術を背側に延長し過ぎると、背側棘突起の

脆弱化/骨折を生じる事がある。

術後早期の合併症

進行性脊髄軟化症は対麻痺と痛覚消失を示す犬の約10%に発生する。罹患した犬の大半は12時間

以内に対麻痺を発症する。この病態は通常、初期の麻痺の5日以内に発生し、その範囲は1-10日であ

る。そのため、術後初めて症状が明らかになることがある。その後病態は3-7日かけて進行する。前

兆となる症状は抑うつ、食欲不振、嘔吐、低血圧、毒血症、著しい知覚過敏、頭側へ移動する皮膚神

経幹遮断、後肢の進行性反射消失および腹式呼吸を伴う四肢不全麻痺である。脊髄造影では造影剤が

脊髄実質に、び漫性に浸潤しており、MRIでは罹患領域全体に出血の症例で認められるような高強度

シグナルが検出される。脳脊髄液は通常、小脳延髄槽から採取した場合であっても、非常に蛋白濃度

が高い。硬膜外とクモ膜下出血を伴う広汎な軟化症が起こるが、これらは手術時に常に明らかになる

わけではない。進行性脊髄軟化症の犬の大半では、椎間板物質が硬膜上腔に沿って広がり、硬膜を囲

んでいることも多いが、脊髄を直接圧迫することはない。カテコールアミンやその他の物質が放出さ

れ重度の進行性血管痙攣を引き起こしていることが考えられる。この病態の臨床症状が認められたら

直ちに、人道的見地から安楽死を行うべきである。なぜなら、患者は低換気から窒息死へ進行するの

が常だからである。時に、犬が死亡する前にこの状態の進行が止まることがある。進行性脊髄軟化症

に対する鑑別診断には、硬膜内出血を起こし得る全ての血液凝固障害を含める。

術中に椎間板物質がほとんどあるいは全く回収できず、患者の改善が全く認められない場合には、

直ちに画像再検査を考慮するべきである。可能性として、誤った部位を減圧したか、椎間板物質が脊

髄の反対側に隠れていた、手術時に椎間板物質を見失った、犬が進行性脊髄軟化症を発症しているこ

とが考えられる。

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犬では時おり、術後早期に2番目の椎間板がヘルニアを起こすことがある。これは不適切な開窓術

の合併症として起こることがあり、または麻酔による筋緊張低下によって生じる可能性がある。

過剰に厚い脂肪グラフトによる非感染性壊死は、術後2~3日以内に悪化をもたらす。有害反応は

Gelfoamの使用後でも報告されている。

一部の犬では、上記の要因が何もなくとも術後に悪化を来す。脊髄への医原性損傷はまれであるが、

脊髄造影の最中や手術時に起こる可能性はある。術後の悪化は、慢性的な圧迫のある犬では特に問題

になると思われる。このように明らかな代償不全は、傷害された脊髄分節への環流不足、再環流傷害

によるもの、または慢性的な圧迫によって犬には歩く程度の生存軸索しかなく、それ以上失う余裕が

ないために起こると思われる。

早期悪化または長期的な合併症で考えられるもう1つの原因は、面関節除去による低グレードの不

安定性がある。面関節除去は側方向の屈曲にはほとんど影響しないが、特に開窓術と組み合わせると、

回転の最中に大きな影響を与える。片側面関節切除術は屈曲および伸展に対する検査では強度に影響

を与えないが、可動域を大幅に増加(11%)させ、これがすでに重度に傷害された脊髄および大型犬に有

害な影響を与える。

術後早期に起こり得るその他の潜在的な問題として、術後疼痛;創傷滲出(5%);尿路感染症(グレ

ード5の病変を持つ犬の26%);または自傷がある。側弯症または体壁の弛緩が開窓術を受けた犬の

10%近くに報告されている。気胸および大腿不全麻痺も報告されている。

術後遅発性の合併症

犬ではごくまれに、拘束性硬膜外線維症または椎弓切除術の瘢痕が認められている。これは過去に

広汎な背側椎弓切除術を行った犬や、片側椎弓切除術と共に背側の骨を過剰に除去した場合、数個の

椎間腔に渡る片側椎弓切除術を行った後、術部に置いた物質に対して慢性的な反応があった場合など

に起こる可能性が最も高い。

椎間板腔の感染も起こる事があるが、これは医原性に生じることがある。症状の再発も起こること

があり、それは通常術後1ヶ月から2年の間に生じる。その原因は新たな椎間腔に遅発性の椎間板ヘ

ルニアが起こるためである。未だに論議を呼ぶところであるが、開窓術は再発率を低下させ、より多

くの椎間板を開窓すればその分、低下率も更に抑えられると思われる。ある研究では、再発率は4%

前後と見積もられており、その83%は開窓術を施されていない椎間腔での再発であった。遺残性の神

経学的欠損は通常、軽度の不全対麻痺や後肢の運動失調であるが、20-25%の犬が重度の欠損を示す。

この率は大型犬でより高い(39%)と思われる。一部の犬の遺残性欠損では不適切な脊髄の減圧が一

要因になっている。ヒトでは術後の脊柱管狭窄が水脊髄空洞症を発生させることがあり、動物の遺残

性欠損の原因としては見過ごされているかも知れない。

便失禁は手術から回復した犬の5-39%に報告されているが、これは通常間歇的なものである。これ

らの犬では軽度の尿失禁も生じることがある。

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再発性尿路感染症は、グレード5の欠損から回復した犬の一部に発生する。これは腎盂腎炎または

膀胱結石といった基礎的な問題に起因している事がある。しかし、より重要な原因は、犬が随意排尿

(便)や痛覚を回復しないまま歩行能力を回復した場合であり、これを脊髄反射歩行と呼ぶ。この問

題があまり認識されていないのは確実である。

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大阪1日目

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腰仙部椎間板疾患の診断

Diagnosis of Lumbosacral Disc Disease

Simon R. Platt BVM&S MRCVS DECVN DACVIM (Neurology)RCVS Specialist in Veterinary Neurology

Head of Neurology Unit, Animal Health Trust, UK

犬の腰仙部疼痛には多数の病因がある。腰仙部領域の病理学的異常は、馬尾症候群、腰仙部狭窄症、

変性性腰仙部狭窄症、腰仙部脊椎症、脊椎すべり症、腰仙部奇形-関節不全症、そして腰仙部疾患と

いう用語で呼ばれている。腰仙部疾患は奇形、発育異常、変性、圧迫、炎症、感染、変位および血管

循環の減少を含む種々の病理学的状態を総称した用語である。上記の病態は最後腰椎、仙椎、腰仙部

椎間板、腰仙骨結合または馬尾周囲の軟部組織構造、および関連する神経根に生じることがある。腰

仙部疾患の最も一般的な原因は変性性腰仙部狭窄症である。L7の背側脱臼を含む腰仙部の不安定症も

報告されている。体型測定の研究から、大型犬では腰仙部脊柱管の様々なレベルに先天性または発育

性狭窄症があると、後天性の腰仙部狭窄症を助長させる可能性があると示唆されている。後天性狭窄

症のその他の原因としては、L7-S1、仙椎あるいは仙尾骨結合の椎間板脊椎炎、腫瘍、そして外傷性骨

折/脱臼がある。また、仙椎あるいはL7椎骨の椎体終板の発育障害である腰仙部骨軟骨症は、その後

に起こる骨軟骨弁の分離と併せて、成犬における腰仙部狭窄症の原因の1つとして報告されている。

この場合は、高い信頼性をもって外科的に病変を修復できるかどうかを判断しなければならないとき

に診断が難しくなる可能性がある。

腰仙部疾患の臨床所見

L4-5からS1-3(+尾骨分節)までの脊髄分節、あるいは馬尾(大腿神経、閉鎖神経、坐骨神経、

陰部神経、骨盤神経、そして尾骨神経がある)を形成する腰仙部神経根におよぶ病変は、腰仙部症候

群を引き起こす。腰仙部症候群は後肢、膀胱、肛門括約筋および尾に様々な程度で問題が生じている

ことを反映している。臨床所見は後肢および尾の弛緩性虚弱から麻痺まで様々である。罹患犬では、

あまりうまく起き上がれない、階段を登れなくなった、広範囲の運動中に疼痛や硬直を示すなどの症

状に飼い主が気付くことが多い。臨床所見としては、腰仙部領域を直接触診している最中(特に尾側

方向への圧)や、腰仙部を過伸展させたときの疼痛(最も一般的に報告されている症状)、片側また

は両側の後肢不全麻痺または跛行、固有受容の欠如、尾の不全麻痺、便失禁を伴う肛門括約筋の緊張

低下、そして尿失禁がある。(腓腹筋および頭側脛骨筋反射と同様に)後肢の膝蓋腱反射および引き

込み反射は減弱または欠如することがあり、会陰(肛門)および球海綿体筋(雄犬の場合)の反射も

同様のことがある。後肢筋肉の緊張は減弱するか欠如することがある。臨床所見の発現から1~2週

間後に、脱神経による分節筋の萎縮が認められるようになる。“分節”とは当該病変に含まれる特定

の脊髄分節のことを言う(例えば、L4-6脊髄分節を損傷した後では、腸腰筋、大腿四頭筋、そして

縫工筋に分節性萎縮が発現する)。後肢、尾、そして会陰の疼痛感覚は減弱または欠如することがあ

る。跳び直り反射および踏み直り反射のような後肢の姿勢反応は低下することがある。前肢の機能は

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影響を受けない。正常な排尿には尿道平滑筋の収縮と尿道骨格筋の弛緩が同時に起こる必要がある。

尿道平滑筋は骨盤(副交感)神経と下腹(交感)神経に支配されており、骨盤および下腹神経は骨盤

神経叢を形成している。外陰部神経は尿道骨格筋に分布している。骨盤神経、仙髄分節、あるいは脳

幹への流入および流出経路を侵す病変は排尿反射を廃止させる。結果として、膀胱は尿の充満で拡張

し、最終的に溢出する。仙髄分節の病変も尿道骨格筋への神経支配を喪失させる。そのような症例で

は尿道の抵抗が最小になる結果、手による膀胱の圧迫で容易に排尿できる。このため、仙髄病変のあ

る動物は断続的な溢流尿失禁になることがある。肛門括約筋は弛緩かつ拡張し、便失禁になることが

ある。外肛門括約筋は外陰部神経に支配され、これも仙髄分節から起始しているので、会陰(肛門)

反射は仙髄機能を評価するのに役立つ。腰仙部椎間板突出のある動物の中には、片側後肢が不完全に

屈曲したままになるか、反復的な“足踏み”運動が観察されることがある。このような動物は患肢お

よび腰仙椎の触診で著しい疼痛を示すことがよくある。この所見の組み合わせは“根徴候”と呼ばれ、

突出した椎間板物質の断片による神経根の圧迫または絞扼に関連していると信じられている。一部の

罹患犬では神神経原性間欠性跛行と呼ばれる運動誘発性疼痛が、神経根血管の拡張とそれに続く狭窄領

域の隣接神経根の圧迫、例えば、変性性過程で狭窄した椎間孔または尾側L7椎孔の外側陥凹に関連

して生じることがある。

単純X線検査

単純X線写真で変性性腰仙部狭窄症を示す間接的な徴候は、変形性脊椎症、椎間腔の狭窄、そして

椎体終板硬化症がある。しかし、上記の異常はいずれも特異的なものではなく、臨床的に正常な犬で

も生じる。椎間板脊椎炎または先天性腰仙部狭窄症に関連した腰仙部骨折/脱臼、骨腫瘍、椎間板内

骨髄炎といった所見も認められることがある。しかし、単純X線検査の最大の欠点は神経組織の圧迫

を評価することができないことである。単純X線検査は、動物に深い鎮静または全身麻酔と適切な保

定を施し、できれば結腸を空にして実施する必要がある。ある研究では、馬尾圧迫の臨床症状を示す

ジャーマン・シェパードの30%以上で仙椎の椎体終板に骨軟骨症と一致するX線学的異常がみつかっ

ている。別の研究では、遷移性脊椎が変性性腰仙部狭窄症のあるジャーマン・シェパードのほぼ40%

と、変性性腰仙部狭窄症のないジャーマンシェパードの11%に認められた。

腰仙部骨軟骨症の犬の場合、罹患している終板の背側面にX線透過性の欠如が生じ、これに脊柱管

内の1つ以上の骨片や、終板背側部のリッピング(骨辺縁)、骨棘形成、硬化症を伴っている。動的

な屈曲/伸展検査のようなストレスX線検査が腰仙部不安定性を強調することがある。ある研究では

52頭の正常犬およびLS脊椎症をもつ32頭の犬(そのうち24頭は神経学的欠如を示していた)の単

純X線検査で認められたLS角度と、L7と比較した仙椎亜脱臼の程度を評価した。結論としては、そ

のような測定はこの疾患の診断に役立たないというものであった。

コントラスト増強X線検査

硬膜外造影検査および椎間板造影検査から役立つ情報が得られることがある。ある研究では、単純

X線検査および椎間板造影検査-硬膜外造影検査の組み合わせで18頭中16頭(89%)の犬が正確に陽

性を示した。硬膜外造影検査単独では、外科的に確認された犬の78-93%で診断的であったことが報

告されている。脊髄造影検査と比べて実施しやすく、合併症も少ない。欠点は、硬膜腔は不明瞭で、

脂肪を含んでおり、複数の外側孔をもつために、硬膜腔の充填が不完全になることがあるという点で

ある。硬膜外脊髄造ではLS関節の屈曲および伸展像により圧迫病変を強調できることがある。正常

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犬では椎骨静脈洞または傍脊柱静脈系への充填が随伴することがあるが、LS疾患の犬の方が一般的に

認められることが多い。

脊髄造影検査は、硬膜嚢が脊柱管床から挙上し、腰仙部結合の前で終止していることが多いため、

馬尾を評価する価値は限られる。硬膜嚢は正常犬の85%および変性性腰仙部狭窄症の犬の80%で仙

骨の位置に終始しており、LS関節を正常、屈曲および伸展姿勢で脊髄造影したところLS疾患を適切

に診断したことが報告されている。別の研究では、30頭のうち77%の犬の硬膜嚢が仙骨以内で終始

していた。脊髄造影は頭側からLS領域までの脊髄を評価できるため、その他の疾患を鑑別除外する

のに役立つことがある。小脳延髄槽で実施した脊髄造影は、腰椎穿刺よりも局所的なアーティファク

トが少ない。腰部脊髄造影は硬膜外漏出があるときは診断的でない可能性がある。

コンピュータ断層撮影法

CTおよびMRIはおそらく最も選択される診断手技であるが、臨床疾患のない高齢犬の腰仙髄に類似

したCTの変化が(しかし脊椎の亜脱臼はない)認められると診断は難しいことがある。背側および

矢状断面の画像は横断面画像から再構築される。CTは正確であり、外側陥凹、椎間孔、関節突起のよ

うな普通のX線検査では完全に視覚化できない構造を評価できる。骨の詳細はMRIよりも優れ、軟部

組織コントラストは通常のX線検査よりも優れている。硬膜外脂肪がもたらすコントラストにより、

個々の神経根を視覚化できる。CTの欠点は電離放射線を使用することと費用、実施できる施設が限ら

れることである。

ある研究では経静脈コントラスト増強CTを用いた犬の腰仙部狭窄症を評価しており、背側管、腹

側管、そして外側陥凹に生じた軟部組織圧迫の陽性予測値はそれぞれ83%、100%、そして81%であ

った。馬尾症候群である7歳のロットワイラーでは、腰仙部椎間板腔にガスが充填し(椎間板真空現

象)、それと共に変性したL5-L6の背側関節窩腔に微小ガス泡を伴う所見(関節窩真空現象)がCTで

明らかとなった。CTデンシトメーター法の診断的役割については今後の研究が必要である。

MRI

MRIは造影剤を用いずに腰仙部領域の馬尾、硬膜外脂肪、そして椎間板のような軟部組織を明瞭に

描出することができる。またMRIは、変性性腰椎疾患がある犬の椎間板の状態(例えば、髄核の水和

状態)に関して、X線検査やCT検査以上に優れた情報を提供するものと考えられている。しかしある

研究では、臨床症状の重篤度とMRIで評価された馬尾圧迫病変の圧迫の程度には相関関係は全く認め

られなかった。ヒトの場合、背部痛を伴わなくてもMRI画像では椎間板膨隆または突出が認められる

ヒトが多くいるため、MRI画像は椎間板疾患の過剰診断を招く可能性があると提唱されている。現在

では獣医学領域においてもMR画像がかなり頻繁に利用されるようになったため、椎間板異常と臨床

症状の不一致は考慮に入れるべきであり、診断は画像診断だけでなく常に正確な臨床所見を加味して

下すべきである。

電気生理学

筋電図検査(EMG)は腰仙部傍脊髄筋、後肢、尾骨筋、そして肛門括約筋の線維攣縮電位を証明す

ることができるため、神経学的疾患を確定するだけでなく、脱神経部位のマッピングにも役立つ。あ

る研究では全症例においてEMGが馬尾の圧迫病変の有無を正確に予測したことを証明している。しか

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し別の研究では、LS疾患(特に疼痛のみを発現した症例)の一部の犬はEMGが正常であったとしてい

る。疾患が軽度の犬は脱神経を引き起こさない大きなニューラプラクシー病変である可能性がある。

探査的手術

補助的診断法の結果が曖昧な症例では、探査的手術が確定診断と治療を行う唯一の方法になること

がある。肉眼的には、狭窄病変、骨断片、椎間板物質、炎症性病変、腫瘍などに関連した神経根の著

しい圧迫や陥凹が認められることがある。

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腰仙部椎間板疾患の外科手術

Surgery of Lumbosacral Disc Disease

Simon R. Platt BVM&S MRCVS DECVN DACVIM (Neurology)RCVS Specialist in Veterinary Neurology

Head of Neurology Unit, Animal Health Trust, UK

非外科的治療法

ほとんどの犬は、初回は安静と抗炎症薬療法で治療されるべきである。この方法は、疼痛が主な臨

床症状であれば成功すると考えられる。ある研究では3~4ヶ月の運動制限で16頭中8頭(50%)に

改善が認められている。しかし、使役犬ではそのような治療法はまず効果がなく、通常の活動に戻れ

ば症状は再発することが多い。

外科的治療法

非外科的治療法がうまくいかない場合や使役犬、疼痛あるいは神経障害のある犬に対しては外科的

治療法が適応される。硬膜外線維症を示唆する軟部組織の増加といった所見がCTやMRIで認められ、

特に造影剤投与後にそれが増強される場合には更に手術適応の指標となる。

そのため、選択される術式は背側椎弓切除術、伸延と固定癒合術、あるいはこれら2つの組み合わ

せが挙げられる。これらの術式に対する決定的な判断基準というものはない。慢性的な失禁のある犬

では、椎弓切除術だけでは有効ではない。固定癒合術のみでは、神経障害や激痛がある犬に対しては

不十分であろう。こうした発現をする患者には、背側椎弓切除術と固定-融合術の組み合わせが必要

になる。伸延と固定融合術を行うその他の適応症は、圧迫の程度が屈曲と伸展時で顕著に異なる、あ

るいは関節面の短縮など、不安定性が示唆される場合である。

背側椎弓切除術:腰仙骨(LS)関節の背側椎弓切除術を実施すると、馬尾、L7-S1 の背側輪、関節面、

および周囲の軟部組織構造を非常によく観察できる。背側輪などの底部構造を見やすくし、同様に椎

間孔に入るL7神経根を評価するためにも、馬尾を慎重に牽引することができる。馬尾を明らかな膨

隆部でいったん外側に牽引したら、線維輪を切除すべきである。通常の造窓術も必要となるであろう。

また、余分な関節包は全て切除すべきである。馬尾の神経根は、このアプローチによって容易にバイ

オプシーでき、硬膜内外の腫瘤を切除することもできる。L7あるいはS1の移行椎のような先天性異

常は、LS関節不安定性の素因となることがある。二次性圧迫性骨関節症や靭帯肥大、2型椎間板疾患

炎による脊柱管の関節異常、不安定性、変性性狭窄は、必要に応じて背側椎弓切除術による減圧と安

定化で治療するのが最も効果的であると考えられる。

椎間孔拡大術/脊椎関節突起切除術:L7神経根の絞扼は、腰仙椎部の狭窄をもたらす多くの状態に伴

ってよく発生する。椎間孔への軟部組織の増加、硬膜外脂肪の喪失、関節面の骨棘などはおそらく神

経根疾患を示唆している。CTないしMRIの造影剤増強により、術前でも椎間孔の疾患である疑いがい

っそう強くなる。神経根の圧迫や、それに関連する明らかな疼痛や機能不全を緩和するためには、背

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側椎弓切除術と椎間孔拡大術の両方を行うとよい。まれに、完全な関節突起切除術が必要となること

がある。椎弓切除術は、椎間孔の上を単に切り落とすか広げるだけで行え、それによってどの骨棘も

除去できる。しかし、関節面を取り除くまでは椎間孔を十分に調べることは難しいかもしれない。関

節突起切除術の危険性と利点は、その後の安定化の必要性と同様に不明である。両側関節突起切除術

を行った後は、腰仙部の硬直性が著しく減少する。

腰仙椎部の安定化-背側融合-固定術:腰仙部の安定化については、論争中である。LS節を安定化す

る必要性については一致した見解に至っていない。一般には、動的画像検査に基づいて、関節の過度

な動きを証明する確固たる所見がある場合には、LS関節の安定化が適応されることがある。LS関節

に関する生体力学的なデータが少ないだけでなく、同犬種内そして犬種間で正常と異常の解剖学的違

いが大きく、画像検査法やポジショニングも様々なことから、実施するかどうかの判断を難しくして

いる。LS関節の内部固定には経関節ピンやスクリューを使用する術式が述べられているが、著者が好

んで行うのはPMMAを使いL7およびS1にピンを設置する手技である。これは背側椎弓切除術の減圧後

に正確に行うことができる。

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腰仙部椎間板疾患における手術の合併症と予後

Complications & Prognosis of Lumbosacral Disc Disease Surgery

Simon R. Platt BVM&S MRCVS DECVN DACVIM (Neurology)RCVS Specialist in Veterinary Neurology

Head of Neurology Unit, Animal Health Trust, UK

腰仙椎の手術に関連して合併症が起こることはまれである。ヒトでは腰部椎間板手術が行われる患

者の年齢と手術時間が合併症の予測因子になっている。

術中合併症

術者は、L7-S1椎間板に造窓を行うために脊柱管にメス刃を使用する際や、関節面を切り落とすた

めにドリルバーを使用する際は不注意に馬尾を損傷しないよう絶えず注意すべきである。一部の症例

では、ドリルバーで神経組織を傷つけないようAOドリルガードを使用することができる。

特に椎間孔減圧術を行う場合は、L7関節突起の基部を薄くし過ぎてはならない。それだけでなく、

L7とS1関節面にスクリューを設置する際は、過度に締めつけないようにしないと関節面を骨折させ

てしまう。スクリューを設置するときは坐骨神経の腰仙部神経幹を損傷させないように、ドリルビッ

ト、タップ、およびスクリューは遠位の皮質を超えて刺入してはならない。

神経根周囲の術中出血や神経根への医原性損傷は疼痛を引き起こし、(尾、膀胱、肛門括約筋、お

よび坐骨神経への)下位運動ニューロンサインを悪化させることがある。

術後早期合併症

術後すぐに運動制限を厳しく行わなかった動物では特に、そして特に死腔があると術部に漿液腫形

成を生じる可能性がある。また、特に尿路感染を起こしていた犬では再び感染を生じる可能性がある。

時おり、交感神経の緊張亢進によって術後に排泄できなくなることがあり、それは尾側仙骨の損傷後

に見られる症状と類似している。

術後遅発性合併症

背側減圧術と併せて椎間板切除術を行うと、患者はLS関節の椎間板脊椎炎や不安定性を起こしや

すくなる場合がある。

器具を使用した融合固定術後は、常にインプラントの緩みや破損といったリスクがある。それは通

常、インプラントの選択が不適切であったか、あるいは手技が適切でなかったためである。融合固定

のプロセスが生理学的に十分早く進むと、インプラントの失敗による臨床的な問題を起こさないこと

がある。

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術後に再発する腰仙部痛を、特に静脈造影剤を使って画像検査してみると、遺残した椎間板物質や

線維性瘢痕組織が判明することがある。関節面と椎弓根の広範囲な切除により、術後数週間から数ヶ

月経過しないとわからないことの多い、臨床的に重要な laminectomy membraneの形成を促進することが

ある。

関節面での骨折は、背側椎弓切除術後に持続的な症状を引き起こすことがある。それは椎弓切除術

時にL7関節の基部を薄くし過ぎた場合や、スクリューの締め過ぎによって発生する可能性がある。

椎弓切除による欠損部から硬膜嚢ヘルニアを生じたとの報告もある。これは硬膜裂傷による二次性

のものと考えられる。改善しないその他の理由には、手術箇所の誤り、減圧あるいは椎間板物質の除

去が不十分であった、第2の椎間板病変、脊椎外からの圧迫や神経根の損傷などがある。術後に問題

が発生したら、再度画像検査を行うことが推奨される。それは、2回目の手術後には非常に良好な結

果が報告されているためである。

術後管理

術後3ヶ月間は厳密な安静が必要であり、その後更に2ヶ月かけて徐々に適応させていく。術後す

ぐに犬が自由に動けるようにすると、回復を妨げる危険がある。使役犬やアスレチックドッグの場合

には、完全な活動へ向けて更にもう1ヶ月の移行期間を置くことが推奨される。固定-融合術後は少

なくとも6~8週間、あるいはX線所見で融合が認められるまで犬を安静にさせておく。

理学療法

2~3ヶ月かけながら、リードをつけた歩行や水泳を使ってもとの運動に徐々に戻していく。術後の

瘢痕形成を低減し、良好な転帰をもたらすとして、長期的な非ステロイド系抗炎症剤が提唱されてい

るが、その根拠はない。犬によっては、神経根に関わっている場合は非ステロイド剤よりも低用量の

プレドニゾンを抗炎症薬として使用した方が反応の良いことがある。さらに、神経根の絞扼や不快感、

神経根サインを示す犬では、ヒトの神経関連性不快感に使われているガバペンチンを、10-20mg/kg、

PO、8時間毎に投与すると有効なことがある。

予後

椎弓切除術は、ほとんどの犬に急速な疼痛緩和をもたらす。同じく、跛行と軽度の神経障害も急速

に改善するのが通常である。より重度の障害があれば、おそらく予後もそれだけ悪くなる。腰仙部の

術後を長期的に追跡調査した研究はあまり行われていない。平均1年を越えて行われたある追跡調査

では、73-93%という全体的な成功率を示している。離断性骨軟骨炎の病変の存在は、術後の予後に

影響を与えないようである。使役犬の予後も同様で、88頭中67頭(76%)が背側減圧術後に通常の

労働へ復帰している。これら使役犬の一部は、椎間孔減圧術または関節突起切除術も受けていた。

術前から便失禁と尿失禁があること、そしてその発症期間はいずれも、腰仙部疾患をもつ犬のマイ

ナス予後因子となる。失禁が6週間より長く続いていると予後は要注意である。ヒトでは術後の成功

率が時間の経過と共に低下することが知られており、それは犬でも同様と考えられる。

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椎間孔減圧術または関節突起切除術の具体的な結果はわかっていない。椎間孔減圧術が行われた12

頭の犬では、椎弓切除術のみが行なわれた15頭の犬に比べ、その転帰は向上しなかった。1つの研

究では、関節突起切除術により15頭中15頭の犬で長期的に良好な結果が得られているが、その多く

は小型犬種であった。別の研究では、11頭中9頭の大型犬種で関節突起切除後に改善が見られたが、

症状の残る例が多かった。初回の結果が悪かった犬や、背側椎弓切除術後に症状が再発した犬には、

再手術が適応される。2回目の手術を受けた犬6頭中4頭は結果が良好であり、その際に最も多く認

められた所見は瘢痕組織であった。

固定‐融合術後の長期的追跡調査を行なった研究はあまりない。1つの研究ではその8頭全てが、

別の研究では5頭中5頭が良好な結果を得ていた。ヒトで報告されているある研究では、減圧術単独

後よりも融合術後の結果の方が良好であったとしていたが、ヒトの入手可能な全データを使った大規

模なメタ解析では、融合術が結果を向上することはなく、より高い合併症率と関連していたことを示

している。

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大阪2日目

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脳腫瘍の診断

Diagnosis of Brain Tumours

Simon R. Platt BVM&S MRCVS DECVN DACVIM (Neurology)RCVS Specialist in Veterinary Neurology

Head of Neurology Unit, Animal Health Trust, UK

疫学と病因

ヒトでは脳腫瘍は悪性腫瘍全体の2%未満であり、このため担癌患者全体のごくわずかを占めるに過

ぎない。ヒトの頭蓋内腫瘍全体では、約60%が神経上皮由来、28%が髄膜、7.5%が脳および脊髄神経由

来である。リンパ腫と胚細胞腫瘍が各 4々%と1%を占めている。ヒトの遺伝的腫瘍症候群を除いて、脳

腫瘍の原因論は多くが未だに不明である。分析的疫学研究は無数に行われているが、大半が環境、食

事、ライフスタイルの因子に関連したものであり、これらは統計的に有意ではないか、あるいは見解

が一致していない。治療に使われるX線照射は、脳腫瘍の危険性増加と明らかに関連が認められる唯

一の環境因子である。放射線誘導性の髄膜腫は、原発性脳腫瘍に対する高用量照射の後に最も多く認

められる。これらは通常照射野内に位置している。

死亡率/発生率比は、診断法と治療法の有効性を反映している。ヒトの頭蓋内腫瘍では3年および5

年生存率に著しい差がある。神経膠芽腫は常に予後が最も悪く、生存期間が3年を超える患者は3%未

満である。一方でび漫性グレードⅡの星状細胞腫(WHO分類)の生存期間は5年を超える確率が約50%

であり、髄膜腫の患者の5年生存率は70%を超えている。

特定の年齢群に好発するのはCNS腫瘍の特徴であり、しばしば腫瘍の発生部位と併せて腫瘍の性質

と予後に関する最初のヒントとなる。脳腫瘍の年齢分布は二峰性であり、発生率の始めのピークは小

児、2つのピークは45-70歳の成人である。

分類とグレード

神経系の腫瘍は組織学的外見や細胞学的由来が極めて多様であるが、これは腫瘍の発生する器官系

が形態的に複雑であることを反映している。このため当然ながら、普遍的に受け入れられるような分

類法の作成に多大な努力が注がれている。腫瘍の分類は形態学的特徴、生物学的挙動、組織学的由来、

免疫病理学的表現、遺伝的異常などを基に行われる。1979年にWHOが刊行した Histological typing of

tumours of the central nervous system(中枢神経系腫瘍の組織学的分類)は1990年に改訂後、1993年

に刊行された。改訂された分類法では組織学的分類法の基本原則を採用しており、構成する細胞の種

類や組織のパターンなど主に形態学的な外観から腫瘍の実体を分類している。しかし新しい調査法、

特に遺伝学および免疫組織化学的調査法の結果が考慮され始めている。腫瘍の分類に密接に関係して

いる問題は、腫瘍の生物学的挙動である。この極めて複雑な問題は、頭蓋内腫瘍にグレードⅠ(良

性)からグレードⅣ(悪性)までの組織学的なグレード分類を当てはめることでは充分には対応でき

そうにない。このような数値表示システムは悪性腫瘍のグレード分類に基づいており、これまで広く

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受け入れられている。更にこれに代わるグレード分類システムが星状細胞腫に用いられている。この

システムは、核の異形性、多形性、有糸分裂活性、内皮の過形成と壊死という4種類の組織学的特徴

を考慮したものである。グレードⅠの病変はこれらの特徴が認められてはならず、1種類が存在する

腫瘍はグレードⅡ、2種類が存在すればグレードⅢ、これらの特徴のうち3種類あるいは4種類が存

在すればグレードⅣの腫瘍であることを示す。WHOのグレードⅡ星状細胞腫はび漫性の星状細胞腫の

中では最も成長が遅い。それにもかかわらずこれら低グレードの腫瘍は浸潤性であり、 悪性進行す

る可能性が著しく高い。WHOのグレードⅡ星状細胞腫からWHOグレードⅢの未分化星状細胞腫への移

行は、悪性挙動の著しい増加を伴う。星状細胞腫の最も悪性の段階は多形性膠芽腫(GBM)であり、

それ自体が星状細胞腫の変遷の最終段階を示している。しかし全ての星状細胞腫が直線的で明瞭な発

生段階を経て進行するという仮定は単純化しすぎであろう。実際に、これらの腫瘍に認められる臨床

的な不均一さを反映した、星状細胞腫の生物学的なサブセットがあるように思われる。ヒトの脳腫瘍

は各腫瘍のタイプや多くの進行ステージに特徴的な分子改変を生じる。グレードⅡの星状細胞腫の形

成では、17p染色体上でp53抑制遺伝子の不活化が生じる。星状細胞腫から未分化星状細胞腫への移

行は、細胞周期に重要な細胞調節経路の変更が関係し、これにはp16だけでなく19q染色体上の腫瘍

抑制遺伝子と推定される遺伝子も含まれる。最終的にGBMへの進行には、10染色体上の抑制遺伝子と

推定される遺伝子のうち少なくとも1つの喪失が関与している。更に2つの点についても強調するべ

きであろう。まず、同じ腫瘍の中の組織学的な多様性がグレード分類を困難にしていること、そして

2つ目が、予後に関して組織学的要素とは別の因子の重要性がしばしば見過ごされている点である

(患者の年齢、腫瘍の存続時間、根治的な外科的切除術、臨床的な一般状態など)。

臨床症状

頭蓋内腫瘍が臨床症状を生じるメカニズムは主に2種類ある。もっぱら腫瘍および周囲の浮腫が原

因のマスエフェクト(および頭蓋内圧の上昇)と、正常組織への浸潤や破壊である。ヒトでは最初の

臨床徴候は頭痛である。これは獣医医療では認識が難しい現象であるが、脳腫瘍の動物の飼い主は、

頭痛の存在に一致した漠然とした行動について述べることがある。脳腫瘍の動物はより特異的な臨床

症状を示すまで評価されないことが多く、最も一般的なものは発作である。その時でさえ、神経学的

検査で明らかな特異的欠損が認められなければ、これらの動物は腫瘍を強く疑われることなく何ヶ月

も過ごすことになる。

頭蓋内疾患の診断

近年の神経診断学の進歩によって獣医学分野の専門家は神経病変が更に評価できるようになり、こ

のため特異的な治療の導入や正確な予後を判定できるようになってきた。しかし、最も進んだ神経学

的診断法でも、動物の病歴の完全な聴取と神経機能の重要な検査の代わりになるものではない。どの

ような検査の解釈も、病歴、神経学的検査、鑑別診断、他の臨床データを考慮した上で始めて正確な

ものになる。下に述べるのは、頭蓋内疾患の診断に有用な神経画像検査法を短くまとめたものである。

X線的検査 – 頭蓋骨の場合、X線撮影と解釈の両方に問題が存在する。その1つは解剖学的な多様性

で、グレイハウンドのような長頭犬種(頭蓋の左右の幅が狭く、頭尾側の長さは長いのが特徴)から

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ペキニーズやブルドッグのような短頭犬種(頭蓋の左右の幅が広く、頭尾側の長さは短いのが特徴)

まで幅広いことである。X線撮影時のポジショニングは頭蓋骨のタイプによって大きく異なり、また

様々な品種で骨の密度や厚さが異なるため撮影条件も違ってくる。正確なポジショニングには麻酔が

必要であり、また挿管した気管チューブが観察したい領域の観察を妨げないようにする。頭蓋の構造

は複雑であるため、頭蓋の1方向像を別な方向の像と比較することが必須である。頭蓋骨は様々な部

位で骨濃度が著しく違うこと、そのため撮影条件は厚みの変化を補うよう様々に変更しなければなら

ないこと、つまり1つの撮影条件が頭蓋の全領域に適しているわけではないことなど、これらに注意

することも同様に重要である。

神経組織は基本的に他の軟部組織とX線密度が同じである。CNSの出血や腫瘍のような病変は、病

変部に石灰化が生じている症例や隣接する骨に融解性変化を生じている症例など、まれな例を除いて

検出できない。頭蓋骨の X線写真では形状の異常がわかり、例えば水頭症、骨折のような外傷性損傷、

骨髄炎に認められるような骨増殖、ある種の腫瘍に伴う融解/増殖性病変などである。

脳血管造影検査 - 主にこの検査法が役立つのは、脳の占拠性病変の診断である。患者の保定には全

身麻酔が必要である。造影剤を脳血管に注入するためには内頚動脈が用いられるが、この方法ではカ

テーテル装着のために外科的な露出や透視が必要となる。完全に血管を満たせないこともあり、この

ため時には両側からの注入が行われる。注入した造影剤は迅速に脳血管構造の輪郭を描き、これは動

脈相と静脈相として観察できる。頭蓋の標準的なラテラル像とVD像を撮影する。ウィリス輪などの

主要血管のゆがみや、血管の非対称性などは占拠性病変の存在を示唆するものである。ある種の腫瘍

では血管新生のために造影剤が滞留して、濃染が観察されることがある。

超音波検査 – CNSの超音波検査は限られている。軟部組織と骨組織では音響インピーダンスが大きく

異なるので、ほとんどのビームが反射されてしまうためである。約1ヶ月齢までの犬猫では、泉門を

音響窓として用いれば脳の評価が可能である。トイ犬種の中には1つ以上の泉門が残存するものもあ

り、これらの犬は成犬でも脳が検査できる。それ以外の成犬では、バーホールの作成か頭蓋骨切除術

が必要である。大半の成犬では脳の検査に7.5-MHzのトランスデューサーを使えるが、非常に小型の

トイ犬種や新生仔には10-MHzのトランスデューサーが好まれる。脳の超音波検査が最も適応となるの

は水頭症の診断、脳組織への腫瘍の浸潤を術中評価する、脳バイオプシーのガイド、頭蓋内出血の検

出である。超音波検査中に側脳室のサイズが容易に測定でき、全ての品種のデータはないものの、公

表されている文献の値と比較できる。

脳シンチグラフィー – 1960年代に脳血管造影検査に代わる非侵襲的な方法として開発された脳の放

射性核種画像検査は、ヒトの医療ではCTやMRIに取って代わられたが、獣医療では現在でも有用な診

断法の1つである。放射性薬剤は注入されると急速に腎から排泄される。これらの薬剤は正常な脳血

管関門を通って脳実質から排出されるため、正常な脳はシンチグラフィー画像上では活性の低い領域

として認められる。脳血管関門を障害する脳内病変があると、局所の細胞外液腔に放射性薬剤が貯留

する。シンチグラフィー画像上では、病変部は活性の低い正常脳領域に囲まれた活性増加領域あるい

は“ホットスポット”として認められる。この画像は放射性薬剤投与後 2-4 時間で得ることができる。

小動物の脳シンチグラフィー検査の経験からは、この方法が脳腫瘍のよいスクリーニング法であるこ

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とが認められている。変性性疾患やび漫性炎症性疾患の検出は、巣状病変の検出よりも正確度に欠け

る。単光放出コンピュータ断層撮影(SPECT)検査とポジトロン放出断層撮影(PET)検査は新しい世

代の核医学画像診断法であり、脳画像の解像度が更に改善されている。核医学画像診断法がCTやMRI

の解剖学的解像能に近づくことはないが、SPECTやPETには脳血流および脳代謝の機能的な画像診断

法としての利点がある。

コンピュータ断層撮影法(CT) - は、X線エネルギーとコンピュータ処理を利用して構造物の横断面

像を作成するデジタル画像診断法である。軟部組織の鑑別に優れ、また重なった構造がオーバーラッ

プせずに見えることが、従来のX線検査法に勝る主なCTの利点である。近年CTスキャナー技術が進

歩したため、データ収集がより迅速に可能となり、また空間およびコントラストの解像能が改善して

いる。

完全なCTスキャンは、確認したい領域全体の多数のスライスあるいは画像(通常は連続画像)か

らなっている。画像はピクセルと呼ばれる微細な正方形に黒、白、グレーの色調(グレースケールと

呼ばれる)を割り当てて作られ、それが配列されてcolumnやrowとなる。各々のピクセルはボクセル

と呼ばれる。各々のピクセルに割り当てられるグレースケールの色合いは、スライス内に存在する組

織の種類によって決定される。各々の画像やスライスは、rowやcolumnとして配列されたピクセルに

分布したグレースケールから成っている。従来のX線画像上のグレースケールは、X線ビームが通過

して来た構造物の相対密度を示す。このためグレースケールの色合いは、X線ビームの吸収や散乱

(減衰)量を示している。異なった組織には異なった物理的性質があるため、それぞれが減衰させる

X線ビームは異なっている。CTで従来のX線写真と比較して優れた組織のコントラスト付けが可能と

なったのは、グレースケールの色合いの配列をCT値に対してコントロールできる能力によるもので

ある(Hounsfield Unit)。

脳のCT検査 - 現代のCTスキャナーは1mm未満の空間解像能で軟部組織をスキャンし、また脳室系、

大脳皮質の灰白質と白質、視床と大脳基底核などの鑑別が可能である。CTは頭蓋内の骨変化の検出に

優れている。画像はデジタル形式で得られるため、画像データはスキャン終了後に軟部組織構造や骨

構造の強調処理を行うことができる。頭蓋内病変はその二次的な影響のために検出されることが多い。

脳室の歪み、大脳鎌の移動、脳実質の変位などがその典型である。異常な脳組織は周囲組織と比較し

て高吸収(白が強い)、等吸収、低吸収(暗い)であると表現する。脳実質内に高吸収領域を生じる

病理学的タイプには、石灰化、出血、細胞成分の増加、瘢痕組織の形成などが含まれる。低吸収領域

は浮腫と急性出血が原因で生じる。多くの動物では頭蓋骨の大きさと形から画像のアーティファクト

が生じる。これは特に深部の側頭骨錐体部周囲を描出した時に認められる。腹側尾側窩(脳幹)はこ

こで生じるアーティファクト(ビームの硬化)によってうまく描出できないことが多い。

画像診断中にヨード造影剤を静脈注射すると脳組織を強調できる。造影剤の投与により脳の各領域

が血管の増加や減少に応じて強調され、血液脳関門が損傷した領域が明らかになる。造影剤による強

調パターンが犬猫の病変の鑑別に役立つこともある。細胞成分および血管成分が比較的均質な病変は

均一な強調パターンを示すのに対し、細胞の均質性に欠ける病変や巣状壊死や出血が生じている病変

では辺縁パターン(リング)の強調像が認められる。

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磁気共鳴映像法(MRI) –現在のMRIの臨床応用では全て水素原子核を利用している。水素プロトンは

体内に豊富に存在する。バラバラになっている時には各プロトンの磁場は互いに打ち消しあう。しか

し患者を磁場の内部に置くと、プロトンは磁場に平行あるいは逆平行の向きに整列する。伝達コイル

から出るラジオ波の波動で刺激すると、これらのプロトンの方向が90度反転し、回転あるいは特徴

的な周波数で反響し始める - 共振周波数。反響しているプロトンの磁場は受信コイルに電圧を誘導

し、シグナルを産生する。体内の様々な臓器に存在する水素プロトンの結合の仕方は異なっているた

め、シグナルは各々の組織で異なり、かつ特徴的である。MRIの独特な利点は異なる平面での画像描

出能力である。どのパルス系列を用いるかによって、組織は黒、白、その中間など、全ての色調で観

察できる。例えばCSFのような純粋な水分は、T1画像では黒色、T2画像では白色に見える。水素プロ

トンを最小限しか含まない組織(空気、骨、石灰化)にはシグナルがなく、このためsignal voidあ

るいは黒色に見える。血流の回転はパルスに影響されるほど長時間スライスに残存しないので、これ

らのシグナルは急速に消失する。このためこれらもまたsignal voidとして認められる。

脳のMRI検査 - MRIの脳内病変診断能力はCTと同様に、正常構造の変位を生じるマスエフェクトやコ

ントラストが強調される領域の観察を元にしている。対称性の消失、シグナル強度の変化、正常構造

の変位は病変を示すのに極めて有用である。MRIのコントラスト解像能では、軸外や軸内の位置を鑑

別できることがある。軸外病変はCNSの外側に位置しており、髄膜、下垂体、脈絡叢が罹患している

可能性がある。一般にシグナル強度は、特にT2強調画像では、腫瘍の部分で増加することが多い。

しかし用いる画像系列によっては、腫瘍が周囲の正常組織と比べて低強度、等強度、あるいは強度が

不均一となることもある。軸外腫瘍は造影剤で強調しないと描出が難しいことがある。特に髄膜腫は

プロトン密度強調画像、T1強調画像、T2強調画像で等強度となることが多い。しかし、全ての軸外

画像はBBBを欠くため、Gd-DTPAの投与後に強いコントラストの強調を示す。犬の脳におけるMRI診断

の概説は発表されている。

MRIにより、脳室のサイズ、皮質の萎縮の範囲、水頭症の原因となり得る巣状病変の存在などの正

確な評価が可能である。臨床症状と脳室のサイズにはほとんど関連が認められないことが多く、正常

な犬や子犬で対称性あるいは非対称性の側脳室の拡大が認められることは比較的多い。このためMRI

による水頭症の診断は、脳室のサイズだけによるものではなく、臨床徴候を元にして行うべきである。

腫瘍、肉芽腫、嚢胞など水頭症の原因となる閉塞性腫瘤が検出されることがある。MRIはCTよりも小

型病変、特に尾側窩内の病変の検出率が高い。脳室周囲の浮腫はMRIのT2強調画像で、正常な白質と

比較した場合の強度の増加として認められることがある。CSNの炎症性疾患にみられるMRIの特徴は

わずかしか記載されていない。多巣性疾患は腫瘍性疾患よりも炎症性疾患であったと報告されている。

実質性病変よりも脳室の拡大が識別されることが多いが、脳の実質に異常を起こす炎症性疾患の症例

も我々は多数経験している。

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頭蓋内疾患の外科治療

Intracranial Surgery

Simon R. Platt BVM&S MRCVS DECVN DACVIM (Neurology)RCVS Specialist in Veterinary Neurology

Head of Neurology Unit, Animal Health Trust, UK

頭蓋内手術が最もよく行われるのは、腫瘍性腫瘤の切除、減圧および外傷を受けた脳組織のデブリ

ードメント、頭蓋の陥没骨折の除去、頭蓋内病変のバイオプシー、および上昇した頭蓋内圧(ICP)

の安定化のためである。それよりは少ないが、頭蓋内肉芽腫(真菌性、異物性)、膿瘍(細菌性、真菌

性)の排液/排出、先天性奇形(例として、頭蓋内のくも膜嚢胞内開窓術)および脳室腹腔シャント

の設置に手術が適用される事がある。将来的には難治性発作の治療にも頭蓋内手術が適用されるかも

知れない。

基礎的な病態生理学的過程を十分理解すると共に、徹底的な神経学的評価を行うことが、効果的な

内科および外科的決定を下す上で必要不可欠である。神経外科医は頭蓋内の解剖に精通している必要

があり、また神経学的画像検査の読影の経験を積んでおく必要がある。標準的な麻酔および生理学的

モニター装置を使用して体温、心拍数や心調律、血圧、血液ガス、および尿の産生をモニターする。

理想的には患者は生理学的なモニターを継続でき、頭蓋内圧のモニター、機械的換気および血液製剤

が利用できるような、集中治療室で回復させる。患者に医原性脳損傷とそれに関連した合併症を起こ

しやすくさせるような、脳の過度な操作を避けるために、病変部を最大限に露出させることが頭蓋内

外科手術では特に重要である。そのために、脳への外科的アプローチは標準的なアプローチの組み合

わせから成ることも多い。

患者のポジショニング

大半の開頭術は動物を腹臥位にして行うことが多い。頭部は真空成形サポートバッグによって支持

するが、目はガーゼを用いて長時間の圧力から保護するべきである。脳流出を補助するため、また頭

蓋内圧の増加を防ぐために頭部は手術台から30°の角度で持ち上げ維持されることが多い。後頭下頭

蓋骨切除術のためには、頭部は頚部側へ少なくとも90°屈曲させなければならない。この場合、気管

内チューブのねじれを避け、酸素供給を維持するために、チューブを強化させる必要がある。

脳への吻側アプローチ法:脳の嗅葉および前葉吻横側部にある病変には、両側経前頭骨開頭術/頭蓋

骨切除術によって最もうまくアプローチできる。嗅球の腫瘍、異物の遊走から続発した膿瘍または肉

芽腫、真菌性肉芽腫および篩板全体を冒す鼻腔内腫瘍が、このアプローチ法を適用する最も一般的な

病態である。

脳への側方向および背側アプローチ法:大脳の頭頂葉、側頭葉、後頭葉の側面における病変は、脳の

吻側テントアプローチ法によって露出が可能である。大脳円蓋部または実質内腫瘤の切除/減量およ

び上昇した頭蓋内圧の安定化のための開頭術が、これらのアプローチ法に対する最も一般的な臨床的

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適応症である。馬蹄形の皮膚切開を施し、その後に関節前後の筋肉を剥離して下側に反転させる。側

頭筋を骨膜エレベーターで持ち上げ、やはり下方へ反転させると、頭蓋骨側面が露出できる。エアド

リルを使用して骨フラップを予定している箇所の角4カ所に穴を開ける。ドリルを補助的に使い、そ

の角をつなげる。そしてロンジュールを用い、骨を硬膜から持ち上げる。必要であれば、中硬膜動脈

を見つけ、その基部付近を5-0絹糸で結紮する。成犬では、硬膜が骨の内板に癒着していることがあ

り、中硬膜動脈は骨フラップを除去する際に破れてしまう可能性がある。そのため、動脈の基部を迅

速に見つけ、結紮しなくてはならない。硬膜フックを使用して硬膜を穿孔し、持ち上げ、11番のメス

刃を使用して硬膜鋏の導入に十分な大きさの開口部を作る。硬膜開口部の背側、吻側、および尾側縁

を切開し、5-0の縫合用撚糸を、切開した上側の硬膜の角に通しておく。硬膜フラップは湿らせた2

つのシート材料の間に挟んでおく。縫合糸を把持したモスキート鉗子を使用して硬膜フラップを腹側

に引っ張り、反転させた側頭筋の上にかぶせる。硬膜の乾燥と収縮を防ぐため、施術中は湿潤した状

態を保つようにする。露出された実質では、施術を行うための目印を確認する。表面下にある腫瘤は

表層からは観察できないため、超音波検査を使用して位置を確認する。より尾横側の脳を露出させる

ため、横静脈洞の片側を閉塞させてもよい。このことにより小脳延髄角、テント領域および大脳の側

面へのアクセスが可能になる。両側吻側テント開頭術/頭蓋骨切除術によって前葉、頭頂葉、および

後頭葉の背側面へのアクセスが可能になる。しかし、開存性の横静脈洞の両側、または背側矢状静脈

洞を完全に閉塞させてしまうと、通常は生命を脅かす循環障害を招く事になる。

脳への尾側アプローチ法:後頭下アプローチによって大脳尾側、脳幹の尾背側および脊髄頭背側への

アクセスが可能になる。減圧や腫瘤病変の切除および脳幹尾側/頚髄吻側の延髄水脊髄症の治療は、

このアプローチによって行う。

脳への腹側アプローチ法:微小腺腫の切除を目的とした下垂体へのアクセスは、経蝶骨下垂体切除術

によって行う。脳幹尾側への腹側アプローチは可能であるが、経蝶骨アプローチ法と同様、手術は技

術的に難しく、露出は極めて限定される。

続発性水頭症の外科的治療

腫瘍から続発した水頭症の犬猫には脳室腹腔シャントを設置する。ヒトの小児用のシャントが犬に

必要なサイズと最も適合する。広範な皮下織の剥離を必要とするが、これは施術を長引かせる可能性

がある。

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頭蓋手術の合併症

Cranial Surgery Complications

Simon R. Platt BVM&S MRCVS DECVN DACVIM (Neurology)RCVS Specialist in Veterinary Neurology

Head of Neurology Unit, Animal Health Trust, UK

頭蓋内手術による長期的転帰の不良に伴う周術期合併症の発生には多くの因子が関係しており、そ

れらには;術前の神経学的状態、腫瘤の位置と大きさ、組織学的診断、併発する内科的疾患および年

齢が含まれる。手術を考慮している患者は個々に評価すべきである。頭蓋切開術(開頭術)/頭蓋切

除術における一般的で深刻な術後合併症は神経学的および非神経学的な問題に分けることができる。

神経学的な原因は一般に脳に対する医原性傷害の結果であり、非神経学的な原因は主に肺炎または脳

幹障害に続発する低換気である。術中および術後の頭蓋内圧上昇は最も一般的な開頭術誘発性の合併

症である。頭蓋内圧亢進の機序に関しては広範に研究が行われ、それにより麻酔、外科手技および術

後管理の方法が改善された。既存の水頭症を持つ動物に脳幹腫瘍が生じ、第四脳室が閉塞した場合に

は頭蓋内圧亢進の傾向はより強くなる。麻酔管理が悪いと頭蓋内圧の亢進を助長する多くの因子を発

生させることになる。頭蓋内圧の動力学とこれらの動態に対する麻酔プロトコールの影響を熟知して

おくことで、頭蓋内圧亢進に伴って発生する多くの合併症を防ぐことができる。

出血および/または大脳浮腫、虚血、および進行性頭蓋内圧亢進を引きおこす医原性の脳傷害は手

術直後から明白であり、神経学的状態の悪化および、おそらくは脳ヘルニアとして反映される。犬猫

における医原性の頭蓋内感染は希であり、通常少なくとも36-72時間は臨床的に明らかにならない。

感染は壊滅的な場合もある。予防的な抗生物質投与が頻繁に用いられている。この投与法は術中に高

い血中レベルを維持し、その後24から36時間の抗生物質を継続する方法である。より長期的な療法

(日)は予防的ではなく、治療的と考えられる。セファゾリンナトリウム20mg/kgを術前に静脈内お

よび筋肉内投与し、6時間毎に36時間投与する方法で効果が出ている。開放性頭蓋骨骨折または脳に

達する汚染した開放創は治療的抗生物質投与の適応となる。経前頭洞開頭術後における前頭洞への脳

の露出は術後感染症の危険性を上昇させるかも知れないが、臨床的な発生率は低い。これは大型の頭

蓋欠損部におけるポリメチルメタアクリレートなどの補綴材料を使った再建後に、より生じやすい。

経前頭洞開頭術後の合併症としては脳室内気脳症の報告はまれである。感染症および気脳症の危険性

は筋膜移植または人工硬膜で硬膜欠損部を閉鎖することで低減できるだろう。経前頭洞開頭術におけ

るその他の短期的合併症には同側性の鼻出血および皮下気腫がある。

病変部切除、神経組織の牽引、または術後出血および瘢痕化による医原性の痙攣病巣の発生は重要

な潜在性合併症である。特に側頭/背側アプローチを使った広範の頭蓋切除術では再建しないと上層

の筋肉組織による皮質組織の圧迫を起こすことがある。長期的な後遺症の発生率は不明であるが、皮

質の萎縮および後天性の発作性疾患を生じることがある。

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多くの患者において、手術直後に神経学的状態の悪化を生じることがある。これは小脳および脳幹

尾側の術後に明らかとなることが最も多いが、一般的に長期的な代償は良好である。経蝶形骨洞下垂

体切除術後に特異的な術後合併症が報告されており、これには涙液産生の低下、甲状腺機能低下症、

高ナトリウム血症および尿崩症を挙げられる。筆者の経験では高ナトリウム血症および尿崩症は様々

な頭蓋内疾患および神経外科的手技に関連しているようである。

二次性の細菌感染を伴う誤嚥性肺炎および/または化学性肺炎は開頭術が行われた患者の術後24-36

時間に最も多くみられる合併症である。誤嚥の危険因子は多因子性のようであり、麻酔時間、吐出お

よび嘔吐、咽頭/喉頭機能の低下および痙攣発作などが挙げられるだろう。発熱および白血球増多症

がまず初めの症状であり、X線画像上の変化はその後すぐに生じてくる。積極的な治療として、気管

洗浄と培養、静脈内投与の抗生物質療法、酸素療法、ネブライザーによる吸入療法およびcoupage

(体位ドレナージやパーカッションによる肺の排液を促す理学療法)があり、機械的換気が必要とな

ることもある。

術後管理

開頭手術の患者においては、少なくとも最初の3~5日間は連日24時間体制のモニタリングを行う

べきである。恒常的に行うモニター項目として、全体的な態度、意識状態、瞳孔対光反射、体温、脈

拍数、呼吸数、毎日の体重測定、連続的血液ガス分析が挙げられる。加えて、頭蓋内圧および電気診

断的なモニタリング(通常は脳幹聴性誘発反応)も価値がある。小動物の昏睡尺度を連続して用い、

意識レベル、脳幹反射および運動活動をモニターする。連日モニターおよび記録するその他の項目に

は、食欲、飲水量、尿および便排泄、輸液療法の種類と量、そして投与された薬剤が含まれる。

静脈内輸液療法はしばしば行われるが通常の1日維持量(おおよそ40ml/kg)の3分の2を超えるべき

ではない。それより量が多い場合は大脳浮腫の発症または悪化に貢献してしまうことがある。正常な

電解質バランスは極めて重要であり、これは大きな変動により痙攣発作が引きおこされることがある

ためである。

開頭術後の動物のカロリー要求量を満たすことは、回復過程を構成する重要な一要素である。経鼻

胃チューブ、咽頭チューブ、完全非経腸栄養法、および経皮胃チューブは全て、必要時にカロリー要

求量を供給する効果的な方法である。摂食に問題のない動物では、回復期の初め1~2週間は通常の

カロリー要求量の最高2倍までを供給すべきである。

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講 師 紹 介

Seimon Platt, DVM, DACVS

◆ 先生のご経歴

1992年 エディンバーグ大学を卒業

1992~1993年 カナダ ゲルフ大学にてインターン研修終了

1995年 イングランドの動物病院に勤務

1995~1998年 アメリカ フロリダ大学にてレジデントを修了

1998~2000年 アメリカ ジョージア大学の神経学および神経外科学の助教授

2000年 アニマルヘルストラストの神経学および神経外科学科のヘッドであり

会長就任

※ アメリカ獣医内科学会の神経病学および、ヨーロッパ獣医神経学の認定専門医であ

り、獣医神経病学におけるRCVSでもある。

◆ 現在のご活躍

イングランド、ニューマーケットにある、アニマルヘルストラストの小動物研究セン

ター、神経学および神経外科学科のヘッドを務めている。また、ヨーロッパ獣医神経病

学の調査委員会会長でもある。アメリカ内科学会神経学のフォーラム委員会会員であり、

小動物神経学のBSAVAマニュアルの編集にも携わっている。

また、専門雑誌として、Vet Radiology & Ultrasound, Veterinary Record、 The Veterinary Journal、Veterinary Surgery and Journal of Small Animal Practiceの批評家でもあり、オンラインの

Vetsream Canis and Felisで神経学セクションを編集している。

◆ ご家族とペット

結婚して8年目になりますが、かわいい3人の娘と犬が1頭います。

◆ ご趣味は?

スキューバダイビング、スカッシュ、音楽などです。

◆ 好きな食べ物は?

魚とパスタです。

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日本語編集スタッフ

三浦 あかね(アン・ベット・クリニック&株式会社ペット・ベット)

総監修、翻訳

倉持 好(株式会社ペット・ベット) 翻訳

斑鳩燎 翻訳

金子 志乃生 セミナー通訳、翻訳

川崎 康宏 翻訳

田中 稔 翻訳

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VMNセミナー2006

「 神経病学

‥神経病を極める‥ 」

定 価 8,400円(消費税込)

発 行 2006年11月22日著 者 Simon R.Platt BVM&S MRCVS DECVN DACVIM (Neurology)

RCVS Specialist in Veterinary Neurology Head of Neurology Unit, Animal Health Trust, UK

制 作 株式会社 ペット・ベット

発行所 株式会社 ペット・ベット

〒221-0052横浜市神奈川区栄町22番地9 栄町中央ビル2階

TEL 0120-181870(10:00~17:00) FAX 0120-440964(24時間)

電子メール [email protected]

Copy right:Pet-Vet Inc.,2006 printed in Japan

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