石油ガス探鉱における csem 探査の有効性と限界2019/02/12  · 2012 schlumberger...

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10 Copyright © 2019JAPT 石油技術協会誌 第 84 巻 第 1 (平成 31 1 月)10 16 Journal of the Japanese Association for Petroleum Technology Vol. 84, No. 1Jan., 2019pp. 1016 講   演 Lecture 1. 海洋 CSEMControlled Source Electromagnetics)法は, 地下深部の比抵抗構造を推定する物理探査手法の 1 つであ る。同手法は 2000 年代初期から石油ガス探鉱に適用され るようになり,特に深海探鉱における探鉱リスク低減に有 効であるという報告が多数見られるようになった。 JX 石油開発(以下「当社」)は 2010 年代にマレーシア において深海探鉱に取り組み,探鉱作業の一環として 2 CSEM 探査を実施した。合計 9 つの背斜構造に対して CSEM 探査を適用したが,いずれも炭化水素胚胎に伴う 高比抵抗体の存在は示唆されなかった。しかし,後にその うち 4 構造を試掘したところ,1 坑で油ガスを発見するこ とができた。これは CSEM 探査と矛盾する結果となった ため,当社内において CSEM の限界を認識し同手法のレ ビューを実施するきっかけとなった。本講演では当社の経 験を元に,石油ガス探鉱における CSEM 探査の有効性と 限界について考察した。 2. CSEM 探査の動向と当社の取り組み 石油ガス探鉱に関連する CSEM 探査の主要動向と,同 時期に当社が取り組んでいた CSEM 関連の活動を表 1 示す。CSEM 法の石油探査への適用は,2000 年に Statoil と大学の研究者らがアンゴラ沖で実施した探査から始まっ た(例えば山根,2008)。2002 年には後に大手 CSEM コン トラクターとなる EMGS 社がノルウェーで設立され,多 数の商業探査が実施されるようになった。当社が探鉱を続 けているマレーシアにおいても,2004 年から深海鉱区で CSEM 探査が多数実施されるようになり,それらの結果が ポジティブであるという話が伝わってくるようになった。 当社が CSEM 技術獲得を目指して集中的な情報収集を 開始したのは 2010 年頃である。情報収集の取り組みの 1 つとして,2012 年にスクリップス海洋研究所(カリフォ ルニア大学サンディエゴ校の付属施設)が主催する SEMC Seafloor Electromagnetic Methods Consortium)という研 究コンソーシアムに加入した(2015 年に退会)。同コンソー シアムには石油会社,CSEM コントラクター,電磁探査機 器の開発者などが参加しており,日本からも複数の企業が 参加している。 CSEM の情報収集を開始するのとほぼ同時期に,当社は マレーシア深海の 2 鉱区において,オペレータとして探鉱 に取り組んでいた。情報収集やモデル計算による感度テス トの結果,CSEM 探査が探鉱リスク低減に有効であるとの 石油ガス探鉱における CSEM 探査の有効性と限界 高 橋 優 志 **,† Received September 6, 2018accepted November 6, 2018Effectiveness and limitations of CSEM survey for oil and gas exploration Yuji Takahashi AbstractMarine CSEM survey over 9 anticlinal structures was conducted in deep water exploration blocks in Malaysia. Later 4 of the 9 structures were drilled and found 3 true negativeand 1 false negativein terms of CSEM results. In the false negativecase, CSEM failed to predict the well result where a certain amount of oil and gas was discovered by a well despite lack of CSEM anomaly. Since the inverted resistivity profiles are coincide with well logging data at shallow part, validity of the CSEM theory and technique is undoubtable. Based on our experiences and case studies in literature, Marine CSEM survey is deemed to be effective and useful when applied to shallow target, thick net reservoir, wide hydrocarbon accumulation area, and deep-water environment. KeywordsCSEM 平成 30 6 13 日,平成 30 年度石油技術協会春季講演会 地質 ・ 探鉱部門シンポジウム「効率化と技術の進展が石油・天然ガス探鉱 にもたらす影響」で講演 This paper was presented at the 2018 JAPT Geology and Exploration Symposium entitled Impacts of Efficiency and Technology Development on Oil and Gas Explorationheld in Niigata, Japan, June 13, 2018 ** JX 石油開発株式会社 JX Nippon Oil & Gas Exploration Corporation Corresponding authorE-Mailtakahashi.yuji.375@jxgr.com

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Copyright © 2019, JAPT

石油技術協会誌 第 84巻 第 1号 (平成 31年 1月)10~ 16頁Journal of the Japanese Association for Petroleum Technology

Vol. 84, No. 1(Jan., 2019)pp. 10~16

講   演Lecture

1. は じ め に

海洋 CSEM(Controlled Source Electromagnetics)法は,地下深部の比抵抗構造を推定する物理探査手法の 1つである。同手法は 2000年代初期から石油ガス探鉱に適用されるようになり,特に深海探鉱における探鉱リスク低減に有

効であるという報告が多数見られるようになった。

JX石油開発(以下「当社」)は 2010年代にマレーシアにおいて深海探鉱に取り組み,探鉱作業の一環として 2つの CSEM探査を実施した。合計 9つの背斜構造に対してCSEM探査を適用したが,いずれも炭化水素胚胎に伴う高比抵抗体の存在は示唆されなかった。しかし,後にその

うち 4構造を試掘したところ,1坑で油ガスを発見することができた。これは CSEM探査と矛盾する結果となったため,当社内において CSEMの限界を認識し同手法のレビューを実施するきっかけとなった。本講演では当社の経

験を元に,石油ガス探鉱における CSEM探査の有効性と限界について考察した。

2. CSEM探査の動向と当社の取り組み

石油ガス探鉱に関連する CSEM探査の主要動向と,同時期に当社が取り組んでいた CSEM関連の活動を表 1に示す。CSEM法の石油探査への適用は,2000年に Statoilと大学の研究者らがアンゴラ沖で実施した探査から始まっ

た(例えば山根,2008)。2002年には後に大手 CSEMコントラクターとなる EMGS社がノルウェーで設立され,多数の商業探査が実施されるようになった。当社が探鉱を続

けているマレーシアにおいても,2004年から深海鉱区でCSEM探査が多数実施されるようになり,それらの結果がポジティブであるという話が伝わってくるようになった。

当社が CSEM技術獲得を目指して集中的な情報収集を開始したのは 2010年頃である。情報収集の取り組みの 1つとして,2012年にスクリップス海洋研究所(カリフォルニア大学サンディエゴ校の付属施設)が主催する SEMC(Seafloor Electromagnetic Methods Consortium)という研究コンソーシアムに加入した(2015年に退会)。同コンソーシアムには石油会社,CSEMコントラクター,電磁探査機器の開発者などが参加しており,日本からも複数の企業が

参加している。

CSEMの情報収集を開始するのとほぼ同時期に,当社はマレーシア深海の 2鉱区において,オペレータとして探鉱に取り組んでいた。情報収集やモデル計算による感度テス

トの結果,CSEM探査が探鉱リスク低減に有効であるとの

石油ガス探鉱における CSEM探査の有効性と限界*

高 橋 優 志**,†

(Received September 6, 2018;accepted November 6, 2018)

Effectiveness and limitations of CSEM survey for oil and gas exploration

Yuji Takahashi

Abstract: Marine CSEM survey over 9 anticlinal structures was conducted in deep water exploration blocks in Malaysia. Later 4 of the 9 structures were drilled and found 3 “true negative” and 1 “false negative” in terms of CSEM results. In the “false negative” case, CSEM failed to predict the well result where a certain amount of oil and gas was discovered by a well despite lack of CSEM anomaly. Since the inverted resistivity pro�les are coincide with well logging data at shallow part, validity of the CSEM theory and technique is undoubtable. Based on our experiences and case studies in literature, Marine CSEM survey is deemed to be effective and useful when applied to shallow target, thick net reservoir, wide hydrocarbon accumulation area, and deep-water environment.

Keywords: CSEM

* 平成 30年 6月 13日,平成 30年度石油技術協会春季講演会 地質 ・探鉱部門シンポジウム「効率化と技術の進展が石油・天然ガス探鉱にもたらす影響」で講演 This paper was presented at the 2018 JAPT Geology and Exploration Symposium entitled “Impacts of Ef�ciency and Technology Development on Oil and Gas Exploration” held in Niigata, Japan, June 13, 2018

** JX石油開発株式会社 JX Nippon Oil & Gas Exploration Corporation † Corresponding author:E-Mail:[email protected]

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感触を得たため,両鉱区でそれぞれ 2013年に CSEM探査を実施した。試掘井の結果が判明した後,2016年に社内で CSEM探査についてレビューをおこなうことになり,CSEMは有効だったのか,今後はどのように付き合っていくかを考察することになった。

3. マレーシアにおける CSEM探査の実施

3.1 当社の探鉱活動CSEM探査を実施した 2つの探鉱鉱区の概要を表 2に示

す。Block-X,Yの両鉱区とも東マレーシアの海底斜面~深海域に位置している。衝上断層帯にともなう背斜構造が

多数形成されており,構造リスクは限定的であるものの,

タービダイト砂岩による貯留岩の発達程度が大きなリスク

となる点で共通している。両鉱区とも 2013年にそれぞれ3-D CSEM探査を実施した後,2015年に鉱区 Xに 3坑,Yに 1坑の試掘井を掘削した。

3.2 収録と解析当社が実施した CSEM探査は EMGS社に収録を依頼し

た。EMGS社が提供している収録方式は,曳航式の水平電流ダイポールソースと着底式電磁場センサーを使用する

タイプで,石油ガス探査における海洋 CSEM探査で古くから使われているオーソドックスな方式である。収録され

るデータは電場水平 2成分と,磁場 3成分である(磁場の鉛直成分は主に QC用に使用している)。

海洋 CSEMの収録方式には他にも曳航式のセンサーを用いるもの(PGS社)や,鉛直電流ダイポールソースを用いるもの(Petromarker社)などもあるが,当社は周辺海域で実績があるEMGS社の方式を採用することとした。収録データは,まず EMGS社によって受信点ごと・周波

表 1 石油ガス探鉱における CSEM探査の動向と,同時期における当社の CSEM探査に対する取り組み

年 石油ガス探鉱における海洋 CSEM探査の動向 JX石油開発の取り組み2000 石油ガス探鉱における初の海洋 CSEM探査実施2002 EMGS社設立2004~ マレーシア深海鉱区で複数の CSEM探査が実施される2009 2.5-D/3-D比抵抗インバージョンの利用が一般化2010 異方性を考慮した 3-D比抵抗インバージョンの利用が一般化 CSEM探査について本格的な情報収集を開始2011 EMGS社が OHM社の収録部門を買収 2012 Schlumberger社が CSEM収録から撤退

(EMGS社との提携を発表)スクリップス海洋研究所主催のコンソーシアムに

参加

2013 2つの探鉱鉱区において CSEM探査を実施2014~ 低油価が続き,深海探鉱が低迷 CSEM探査を実施した構造を試掘2016 CSEM探査についてレビューを実施

表 2 マレーシアにおける当社の深海探鉱鉱区の概要

Block-X Block-Y鉱区面積 700 km2 5,500 km2

水  深 400~ 1,100 m 100~ 1,200 m探鉱期間 4年 4年地震探査 3-D震探収録:700 km2 3-D震探再処理:2,300 km2

3-D震探処理:700 km2

CSEM探査 3-D CSEM探査:532 km2 3-D CSEM探査:400 km2

試 掘 井 3坑掘削:X1, X2, X3 1坑掘削:Y1

図 1 当社のマレーシアにおける CSEMと試掘結果を示すマトリックス

試掘をおこなった 4つの構造はいずれも CSEMアノマリーが出現しなかったが,うち 1つの構造(X1)は試掘に成功したため「False Negative」に分類される。

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石油ガス探鉱における CSEM探査の有効性と限界12

石油技術協会誌 84巻 1号(2019)

数ごとに MvO(Magnitude versus Offset)や PvO(Phase versus Offset)という CSEMアトリビュートに整理される。過去の CSEM探査ではこれらのアトリビュートを並べて比較し,CSEMアノマリーの有無を認定していた。現在主流の方法は,これらの CSEMアトリビュートを入力として,インバージョン手法により,観測値を説明できる比抵

抗モデルを推定する。一般的には,感度が高い電場データ

から作成した CSEMアトリビュートを入力に使うことが多いようである。当社の CSEM探査では,Schlumberger社により 3-D比抵抗インバージョンを適用して解析がおこなわれた。

3.3 CSEM探査結果のまとめ石油ガス開発におけるCSEMの結果を表示するために,しばしば 4象限のマトリックス表示が用いられる。これは試掘結果を「CSEMアノマリーの有無」と「試掘の成功・失敗」の 2つの軸から分類したものである。CSEMアノマリーの定義が一様ではないうえ,試掘の成否も必ずしも単

純に白黒判断がつくというわけではないので,4象限の分類は正確性を欠く場合もあるが,このマトリックスは簡便

なツールとして多くの論文で用いられている。

当社の CSEM探査結果をこのマトリックスに表示すると,4坑の試掘のうち 3つのケースが右下の「True Negative」に,残る 1つは左下の「False Negative」に分類される(図 1)。本稿ではこれら 4坑井のうち,X1と Y1の結果を紹介する。

3.4 Block-Xにおける CSEM収録と解析結果Block-Xには衝上断層にともなう背斜構造が複数存在す

るが,構造内浅部に存在するシャローガスの影響により震

探イメージが悪く,詳細な解釈をおこなうことが難しい。

またこのエリアで期待できる貯留岩は主にタービダイト砂

岩であるが,これらの堆積場を推定するためには震探アト

リビュートやAVOが有効なツールとなる。しかしシャローガスによって反射面がはっきりしないため,震探アトリ

ビュート的手法の適用が困難である。そこで,CSEMがリ

スク低減のために有効であると考え,利用が検討された。

3-D CSEM収録は 2011年に実施された。鉱区内にはX1・X2・X3の 3つのプロスペクトが存在するため,これらをすべてカバーするよう,2 km間隔で 132の受信点と11本の測線を設定した。図 2にプロスペクト位置,CSEMの受信点および測線,試掘井の位置と結果を示す。

解析は異方性を考慮した 3-D比抵抗インバージョンを使用しておこなった。異方性の仮定は VTI(Vertically

図 2 Block-Xにおけるプロスペクト,坑井掘削位置,および CSEM受信点と探査測線

直線は CSEM信号の送信測線,赤丸は受信機の投下地点を示す。3つのプロスペクト X1・X2・X3に対して 3-D CSEM探査をおこなった。後に試掘をおこなった結果,X1は炭化水素を発見したが,X2と X3はドライだった。

図 3 Block-Xにおける CSEM探査から推定された比抵抗(Rv)構造断面

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Transverse Isotropic)で,鉛直・水平方向の 2成分の比抵抗を考慮するものである。

比抵抗インバージョンによって推定された比抵抗モデル

の断面図を図 3に示す。図は X1構造を通る断面で切っており,暖色系は高比抵抗,寒色系は低比抵抗に相当する。

海底から数百メートルまでの浅い深度に強い高比抵抗体が

複数存在するが,これらは震探上でシャローガスの存在を

示唆する強反射の深さ・位置と一致しており,CSEMがシャローガスを正しくイメージできたものと解釈している。一

方,目的とする貯留層深度では,高比抵抗体は見当たらず,

全体的に低比抵抗であることを示している。

CSEM探査後に X1に掘削された試掘井では,2,000 m TVDSS以深で,原油を胚胎する貯留層を複数発見した。同坑井で検層によって得た比抵抗と,CSEMから推定された比抵抗の比較を図 4に示す。検層ツールとしてSchlumberger社の Rt Scannerを使用しているので,比抵抗を鉛直成分(Rv)と水平成分(Rh)に分けて表示することができる。原油を胚胎する貯留層は比抵抗ログ上で顕

著な高比抵抗を示すが,CSEMによる推定値ではこれらに相当する高比抵抗異常は検出されなかった。

坑井掘削後,実際の貯留層を再現して 3-D電磁場シミュレータを用いた CSEM感度分析をおこなったところ,対

象の貯留層に対して CSEMは感度不足という結果となった。掘削前に感度分析をおこなった時の想定では,貯留層

を厚さ 90m・比抵抗 20 ohmmと仮定して分析をおこない,CSEMは十分に感度があると判断していた。実際に出現した貯留層は,複数あったとは言え,それぞれの厚さは事前

想定よりも薄かった(3分の 1程度)ことが感度不足の主因と考えられる。

原油胚胎部分を除く全体的な比抵抗トレンドとしてみ

ると,検層で得られた比抵抗と CSEMから推定された比抵抗はよく一致していると言える。ただし深度が 2,400 m TVDSS(海底下 1,250 m)を超えるあたりから Rvに大きな乖離が見られるようになる。CSEMによる比抵抗推定値は,ある程度より深くなると実際の比抵抗との整合性が悪

くなるということが分かった。

3.5 未解決の問題-向斜部における偽像Block-Xにおける CSEMでは,3-D比抵抗インバージョンによって,向斜部に極めて強い高比抵抗異常がイメージさ

れた。図 5に示すように,X1と X2周辺で向斜トレンドに対応して F1・F3・F4という高比抵抗体がイメージされたが,これらの成立を地質的に説明することは全く不可能で

あるため,最終的には偽像であると判断した。

後の研究によると,傾斜が大きい構造に対して VTIの仮定をおいて比抵抗インバージョンを適用すると,このよう

な偽像が出現することが示唆されている(例えば Hansen et al., 2016)。しかし現時点では結論や対策がはっきりしておらず,依然として未解決の問題となっている。ユーザー

側が取れる対策としては,傾斜が大きい構造に対しては

CSEM探査の適用を控えるというのが現実的な対応であると思われる。

3.6 Block-Yにおける CSEM収録と解析結果Block-Yでは衝上断層帯にともなう多数の背斜構造がプ

ロスペクト・リードとして認定されたが,そのうち 5~ 6個をカバーするように,1.5~ 2 km間隔で 173の受信点と 11本の測線を設定した。図 6にプロスペクト・リード

図 4 X1坑井における比抵抗検層結果と CSEMから推定された比抵抗の比較

左は比抵抗の鉛直成分(Rv),右は水平成分(Rh)を示す。深度 2,000 mTVDSS以深に複数の貯留層があり,坑井では顕著な高比抵抗を示すが,CSEMによる推定値はこれらの高比抵抗を検出できていない。ただし全体的な比抵抗トレンドで

見ると,海底下 1,250 m以浅では両者はよく一致している。

図 5 Block-Xにおける CSEMインバージョン結果で出現した向斜部の偽像

3-D比抵抗インバージョンによって向斜部に F1・F3・F4という高比抵抗異常がイメージされたが,偽像であると判断さ

れた。

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石油技術協会誌 84巻 1号(2019)

の位置と CSEMの受信点および探査測線を示す。解析は Block-Xと同様に VTI異方性を考慮した 3-D比抵抗インバージョンを使用しておこなった。インバージョン

で得られた比抵抗モデルの断面を図 7に示す。Y1構造周囲の目的深度には比抵抗異常は見られないが,それより浅

部に強い高比抵抗体がイメージされていることが分かる。

この高比抵抗体の Rvと Rhに比較的大きな差があること

から,水平方向に広がった高比抵抗と低比抵抗の互層であ

ることが示唆される。この高比抵抗体は,背斜構造のエリ

アとほぼ一致していること,Y1に試掘井を掘削した時に,対応する深度でガスバブルが観察されたことなどから,

CSEMによってシャローガスの存在が正しくイメージできたものと解釈されている。

Y1坑井における比抵抗検層結果と CSEMによる比抵抗推定値の比較を図 8に示す。本坑井は厚い貯留岩を見る

ことなく,結果はドライであった。本坑井では比抵抗検

層ツールとして,Rt Scannerおよび LWDによるインダクションツールを使用した。垂直井におけるインダクション

ツールは Rhに相当する比抵抗を測定するため,図では Rt Scannerの Rhと重ねて表示している。坑井はおよそ 2,300 mで掘止めたが,水深が 500 m程度であるので坑底における海底面からの深度は 1,800 m程度である。結果を見ると CSEMによって推定された比抵抗と,検層による比抵抗がよく一致していることが分かる。特にRhは浅部のシャ

図 6 Block-Yにおけるリード・プロスペクト,坑井掘削位置,および CSEM受信点と探査測線

図 7 Y1構造における CSEMインバージョン結果暖色系は高比抵抗,寒色系は低比抵抗を示す。Y1プロスペクトの浅部にシャローガスがイメージされている。

図 8 Y1坑井における比抵抗検層結果と CSEMから推定された比抵抗の比較

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ローガスによる高比抵抗から深部の低比抵抗部まで極め

て整合的である。Rvは検層区間が限られているものの,

CSEMによる推定結果とある程度は一致している。まとめると,海底下 1,800 m程度までの深度で,CSEMから推定された比抵抗は実際の比抵抗とよく一致しており,比抵抗

推定手法としての CSEM法には信頼がおけると考えられる。

4. 他社の石油ガス探鉱における CSEM利用状況

2015年には試掘作業が一段落ついた後,2016年に社内で CSEMの有効性についてレビューすることになった。レビュー内容は当社の CSEM探査に加えて,他社がCSEMを適用している条件,CSEMの結果検証などの文献調査も含まれる。ここではこれらの文献調査の一部を紹介

する。

4.1 ノルウェーとセネガルにおける事例Hesthammer et al.(2012)は,2011年から 12年の 12か月間に掘削された構造に対し実施された CSEM探査の検証結果をまとめている。対象となった事例はバレンツ海 4件(Skrugard,Norvarg,Havis,Heilo),ノルウェー海と北海各 1件(Breiflabb,Phoenix),セネガル 1件(Kora)の合計 7件である。執筆者はベルゲン大学に所属する研究者であり,コントラクターや NOCよりも比較的中立な立場から発信できると思われる。論文中ではターゲット深度

や貯留層の情報は秘匿されているので,これらの情報は別

のデータベースを用いて補完した。

本論文に掲載された探査事例をマトリックスで示す

と,7つの結果のうち 3つが True Positive,3つが True Negative,1つが False Positiveとなった(図 9)。唯一の

False Positiveとなった Koraでは,炭化水素は胚胎していなかったものの,地層は実際に高比抵抗だったというもの

で,CSEM探査は技術的には成功だったと言える。仮にKoraを True Positiveに分類すると,7つのケース全てが「True」であったことになる。

True Positiveであった 3つについて見てみると,いずれもバレンツ海にあり水深は 400 m弱で,貯留層は海底面から 800~ 1,400 m程度と極めて浅い。原始埋蔵量は2~3億バレル程度と大規模で,貯留層のネット層厚も 80m程度以上と厚かった。つまりTrue Positiveの結果に限ると,CSEM探査に理想的な条件の下で探査が行われ,実際に成果を出したということになる。

また,True Positive以外の 4つの構造では,いずれも水深は 300 m以上で対象深度は海底下 2,000 mであった。なお注意点として,True Negativeに分類された Breiflabb・Phoenix・Heiloのケースでは,試掘前は CSEMアノマリーがポジティブであると判断されていて,試掘後に著者ら

による精査でネガティブに再分類されている。そのため

これらの結果はマトリックス上で False Positiveと True Negativeの間にまたがるようにプロットした。これらの結果は「CSEMアノマリーの有無」の定義方法は曖昧さを含んでおり,マトリックス表示にも限界があることを示して

いる。

4.2 他社の CSEM事例から分かることノルウェーとセネガルの合計 7件の CSEM探査事例のうち,Falseであったのはわずかに 1件だけであった。詳細は示さないが,当社が収集したマレーシア深海における

他社の事例でも,Falseとなる割合は 20%以下にとどまった。これらの結果から,CSEM探査は石油ガス探鉱に有効なツールと成り得ると考えている。

CSEM探査が実施されている条件について見ると,水深は 300 m以上,貯留層深度は一例を除いて海底下 2,000 m以浅というのが共通した条件である。海洋 CSEMは海底下 3,000 m程度まで適用可能,と説明するコントラクターもあるが,実際の石油ガス探鉱における CSEM探査は,ほぼ全ての事例で海底下 2,000 m以浅に適用されているということが分かった。True Positiveだけに限って見ると,貯留層深度はさらに浅く数 100~ 1,500 m程度,貯留層ネット層厚は 80m程度以上だった。つまり,はっきりとCSEM探査が有効であったと言えるケースでは,明らかにCSEM探査に適した条件でそれが実施されているということ分かった。

5. ま と め

CSEM探査を実施した経験と文献調査により,比抵抗推定手法としての CSEM法の信頼性は高いという結論に達したが,一方で石油ガス探鉱において CSEMを有効利用するためには多くの制約があり,探鉱上の利用機会はかな

り限られていることも分かった。

石油ガス探鉱において CSEM探査が有効に機能する定性的な条件を並べると,貯留層が浅く,厚く,面積が広い

図 9 Hesthammer et al. (2012)によるノルウェー・セネガルの CSEM検証結果

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石油ガス探鉱における CSEM探査の有効性と限界16

石油技術協会誌 84巻 1号(2019)

ことが必要である。特に,高い感度を得るためには貯留層

が浅いことが重要である。このような条件に合うのは規模

が大きな油ガス田となるので,CSEM探査に最も適した探鉱対象は,浅部に位置するハイリスク・ハイリターンのも

のであると言えるかもしれない。

一方で CSEM探査に向いていない条件は,炭酸塩岩プラットフォーム,岩塩によって規制された構造,基盤岩な

どで,これらは背景構造と貯留層の比抵抗コントラスト

が小さいため,原理的に不適である。浅海では観測時に

Air Waveによってシグナルがマスクされてしまう問題があるため CSEM探査実績が深海に比べて極めて少なく,避けるべきである。また貯留層の傾斜が大きい場所では,

VTI異方性を仮定した比抵抗インバージョンによって偽像を生じる可能性がある。傾斜の問題は,将来 TTI(Tilted Transverse Isotropy)を取り込んだ比抵抗インバージョンによって解決する可能性があるが,現時点では高傾斜構造

は CSEM適用に不向きであると言える。浅部にハイドレートやシャローガスなどの高比抵抗体が存在する場合,これ

らが顕著な CSEMアノマリーを生じるので,CSEM結果の解釈には注意を要する。

CSEM探査の感度は,想定する比抵抗モデルを電磁場シミュレータに入力することによって,正確に推定すること

ができる。しかし,比抵抗モデルを都度作成してシミュレー

トするのは相当な時間と労力が必要になるので,シミュ

レータを回すことなく簡易的に CSEM適用の向き不向きを判断できるガイドラインのようなものがあると便利であ

る。筆者らは社内で以下のようなガイドラインを提案して

いる。

・ 水深が 300 m以上である。・ 貯留層深度が,海底下 2,000 mよりも十分浅い。

・ 貯留層が少なくともネット 50 m以上の厚さを持つと予想される。

・ 期待される集油エリアが少なくとも 4 km以上の幅を 持つ。

上記を満たすとき,フィージビリティースタディー(電

磁場シミュレーションを用いた感度チェック)へと進むこ

ととする。ただし上記は暫定的なガイドラインであり,今

後さらに文献調査をおこなって定量的な条件を更新してい

く必要がある。

謝 辞

石油技術協会には平成 30年度石油技術協会春季講演会地質・探鉱部門シンポジウムにおいて本内容を講演する機

会を与えていただきました。JX石油開発株式会社には同講演および本稿公表許可をいただくとともに,発表資料作

成に際して助言を頂きました。講演内容を原稿にまとめる

にあたって査読者の方から多くの有用な助言をいただきま

した。心より感謝いたします。

引 用 文 献

山根一修,2008:油ガス田探鉱における海洋電磁法の適用可能性,JOGMEC石油・天然ガスレビュー,42(2),55-73.

Hesthammer, J., Stefatos, A., and Sperrevik, S., 2012 : CSEM efficiency – evaluation of recent drilling results. First Break, 30, 47–55.

Hansen, K.R., Panzer, M., Shantsev, D. and Mittet, R., 2016 : EMGS, http://www.emgs.com/content.ap?contentId=1259(accessed 2018/8/1).