公共政策形成と世論の 新たなステージ公共政策形成と世論の...

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公共政策形成と世論の 新たなステージ ―― 東日本大震災以後のエネルギー・環境政策を題材に ―― 村上 圭子 NHK 放送文化研究所メディア研究部 問題意識 1.1 代議制の抱える課題 1.2 公共政策形成と世論 民主党政権下のエネルギー・ 環境政策と世論 2.1 “ 二項対立を乗り超える” 宣言 2.2 国民的議論」に至るまでの課題 2.3 「国民的議論」の課題 2.4 二項対立の狭間に沈んだ 「国民的議論」 自民党政権のエネルギー・ 環境政策と世論 3.1 “ 原発依存度 20 22 %” というエネルギーミックス 3.2 自民党政権下の原発を巡る 世論調査 3.3 もう1 つの国民的議論 公共政策形成と世論の 新たなステージに向けて 4.1 “ 熟慮型 ” 世論調査 4.2 討論型世論調査の新たな模索 4.3 ミニ・パブリックスのネットワーク 4.4 マスメディアの取り組み 1 2 3 4

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公共政策形成と世論の新たなステージ

―― 東日本大震災以後のエネルギー・環境政策を題材に ――

村上 圭子NHK放送文化研究所メディア研究部

問題意識1.1 代議制の抱える課題1.2 公共政策形成と世論

民主党政権下のエネルギー・

環境政策と世論2.1 “二項対立を乗り超える”宣言2.2 「国民的議論」に至るまでの課題2.3 「国民的議論」の課題2.4 二項対立の狭間に沈んだ

「国民的議論」

自民党政権下のエネルギー・

環境政策と世論

3.1 “原発依存度20~ 22%” というエネルギーミックス3.2 自民党政権下の原発を巡る

世論調査3.3 もう1つの国民的議論

公共政策形成と世論の

新たなステージに向けて4.1 “熟慮型”世論調査4.2 討論型世論調査の新たな模索4.3 ミニ・パブリックスのネットワーク4.4 マスメディアの取り組み

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254 放送メディア研究 No.13 2016

1 問題意識

 国を二分する議論や二項対立が続く困難な政策課題に対し,社会がより

相応しい判断を行っていくため,その判断に世論をどう接続させていくか。

その際の世論とは何を指すのか。これが本稿のテーマである。筆者は後述

する「討論型世論調査」について日本で実施される前から興味を持ち,そこ

から公共政策形成と世論との関係について関心を広げてきた取材者である。

個別の調査の専門家でなければ世論の理論研究者でもない。しかし,だか

らこそ,変容し続ける世論を取り巻く現状を俯瞰し,少しでもその全体像

に迫れるのではないかと考えている。冒頭で,なぜ今このテーマを考える

必要があるのか,筆者の問題意識を明らかにしておきたい。

1.1 代議制の抱える課題 本来,困難な政策課題に判断を下すことこそが政治の究極の役割である

といっても過言ではない。本稿の射程は国政だが,国政では,選挙で国民

の負託を受けた国会議員がこうした判断を行う責任を負う。政治の専門家

としての熟慮や国会の熟議に対する国民の期待は言うまでもない。これが

現在,多数の国家が採用する政治システムであり,いついかなる時もこれ

が有効に機能するなら,世論を公共政策形成に接続させようと考える必要

はない。しかし今日,この代議制が様々な課題を抱えていることは多くの

専門家が指摘するところである。どんな課題があるのか。今日の日本にひ

きつけ筆者なりに大きく3つに整理しておく。

 1つ目は代議制の根幹を支える選挙を巡る課題である。制度そのものや

進む低投票率化という課題もさることながら,ここでは,国民が直接,政

党,政治家から政策が聞ける機会であるという点に絞って述べる。

 日本では2003年の衆議院議員選挙(以下,衆院選)以降,マニフェス

トが定着してきた。個々の公約を実現していく方法や期間,財源等が事後

検証可能な形でパッケージ化されて示されるため,国民は従来の選挙より

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255第3章 世論が生まれる社会の困難

公共政策形成と世論の新たなステージ

も各政党がどんな社会を目指すのかを比較考慮して投票することが可能と

なった。とはいえ政党,政治家の側の,あえて票が割れる二項対立のテーマ

を争点化させない,耳触りのいい内容を掲げがち,等の傾向が解消された

わけではない。また有権者の側も,中長期的な国のあり方より自らの暮ら

しにつながるテーマに重きを置きがち,パッケージ化された公約全てに賛

同して投票するわけではない,等の状況がある。だからこそマスメディア

の議題設定機能が問われるのだが,その存在感の低下に加え,有権者に投

票の際にどのテーマを重視するかを尋ねてその順位を投票前に報じるとい

う,議題設定機能を有権者に委ねるかのような報道も日常化している。さ

らに災害や外交問題等突発的事象の発生も合わせ考えると,数年に一度の

選挙のみで後は白紙委任では,国民の納得が得られる政策が実施され続け

る保証はない。国を二分する判断困難な政策についてはなおさらである。

 2つ目は,公共政策形成の実質的なイニシアチブを握るのは原案をデッ

サンする官僚であるということである。日本の官僚機構は,かつては戦後

日本の経済成長の陰の立役者として全世界に紹介されたが1),バブル崩壊

後は一転して成功体験にすがり既得権益を守り続ける存在とされ,批判の

標的となってきた。右肩上がりの経済状況下で社会インフラの効率的な整

備を前提にデザインされた組織が,成長が鈍化した課題先進国の現実に適

応障害を起こすのはある意味当然である。政治家はこうした国民の批判を

背に受け,政治主導を謳い文句に官僚機構の改革を図っていくが,この取

り組みは時に天下り問題や業界との癒着の追及等の国民向けのアピールに

陥りがちで,マスメディアによる官僚叩きも激化した。このことは,官僚

機構を国民の批判を過度に気にする内向き組織には変えたが,それによっ

て本質的な改革がどれだけ進んだかは不明である。二項対立が続く困難な

政策課題ほど,官僚の影に産業界等ステークホルダーの旧態依然とした体

質は温存されていると思われる。

 3つ目は,社会が向き合わなければならないテーマや課題が,複雑化,高

度化していることである。地球環境や民族問題等のグローバルレベルでの

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256 放送メディア研究 No.13 2016

課題の解決から,国内の地域や個々人の間の格差の是正に至るまでを,か

つてのように増え続ける見通しのない富の再分配と,今後増え続けること

が確実に予想される“負担の分配”によって考えなければならないのであ

る。また科学技術がその進展と共に抱えることになった倫理的・法的・社

会的課題,いわゆる,トランスサイエンス2)の領域も広がっている。さら

に厄介なのは,長年に渡り二項対立が慣性化してきた政策課題のうち,基

地問題,安保法制等,臨界点を迎えつつある課題が増えていることである。

本稿で扱う,東日本大震災(以下,大震災)後の日本社会が,原子力発電

(以下,原発)とどう向き合いながらエネルギー・環境政策を進めていくの

かという課題は,上記のいずれにも当てはまる極めて判断困難な政策課題

である。

1.2 公共政策形成と世論 こうした中,公共政策形成に世論を接続させる重要性は日増しに高まっ

ていると思われる。しかし,そもそも接続させるべき世論とは何なのだろ

うか? これまでも世論を可視化すべく個々の主体による様々な取り組み

が行われてきたが,近年,“より確からしい世論”を捉え,それを政策形成

に接続しようとする新たな動きが生まれている。筆者はこれを公共政策形

成と世論の新たなステージと考えている。この議論に入る前に,個々に行

われている現在の取り組みを主体別に確認しておきたい。

 まず政策形成に接続を求める国民の側である。厳密にはプロの社会運動

家と運動に賛同する人々に分ける必要があると考えるが,ひとまずここは

同義とする。国会前や省庁周辺等での座り込みやデモを始め,個別テーマ

において国民投票を求める3)動きや,国政と地方政治を接続させて地方自

治法上の首長リコールや住民投票の実施を求める動き等の直接民主主義的

手段がとられてきた。

 マスメディアは,様々な政策課題においてその時々の国民の声を世論調

査で定量的に測定し,結果を報じることで間接的に政策形成に接続させる

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257第3章 世論が生まれる社会の困難

公共政策形成と世論の新たなステージ

取り組みを半世紀以上続けてきている。最近はネット上のポータルサイト

等も,政治意識等に関する調査に取り組んでいる。

 またSNS等の書き込みをビッグデータ解析し,意見募集やQ&Aによる

応答型調査ではなく,web上の人々の履歴が形作る“仮想の社会”から市民

の意見や社会の雰囲気を抽出する取り組みも注目され,様々な主体によっ

て取り組まれ始めている。発信層に限定される制約はあるものの恣意性や

バイアスがかからないマーケティング手法としてビジネスの分野では既に

定着しており,これを公共政策の分野にも応用していこうという流れは今

後も広がっていくであろう。

 もう1つ,政策形成への接続を強く意識しているのが,無作為抽出を始

めとした何らかの方法で一般市民を集めて“社会を縮図化”し,テーマに

関するバランスの取れた情報を基に,専門家の意見も聞きながら討論する

“熟慮の過程”を組み込む「ミニ・パブリックス4)」という欧米発の取り組

みである。手法は複数あるが現状認識と目的は以下で一致している。一般

市民の多くは,日頃はあえて複雑な社会問題や公共政策に対して関心を持

たない合理的無知5)状態や,社会のムードやメディアの情報に流されやす

い状態にある。そうした中で実施される既存の世論調査においては,回答

者は質問に対して十分に考えることなく反射的に回答する(させられる)

傾向が否めない。そのため,調査と討論を組み合わせることで,“練られ

た世論6)”,「国民感情」ではなく「公的意見」=“輿論7)”を導き出し,最

終的な結果とそこに至る過程を政策形成に接続させていこうというもので

ある。1970年代後半から欧米で取り組まれ始め,1990年代後半からは日

本でも海外事例の紹介と共に実験的に模索されてきた。主体としては公共

政策に接続させる国民の側,接続する(反映する)政策形成者の側,それ

らの共催等様々な活用があるが,代議制に取って代わる直接民主主義的手

法ではなく代議制を補強する手段として開発されてきたというのがポイン

トである。

 最後に,国等の公共政策形成者側の取り組みである。2005年,行政手

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258 放送メディア研究 No.13 2016

続法が改正され,政令,府省令,審査基準,行政指導指針等の案に対する

パブリックコメント(以下,パブコメ)が制度化された。最近は制度によ

らない意見募集も実施されている。また第一次小泉政権以降,タウンミー

ティング,意見交換会等の名を掲げ,国民と閣僚・官僚等が重要な公共政

策について直接対話する集会も全国で開催されている。

 以上挙げてきた多様な取り組みはそれぞれ特徴があって長所も短所もあ

り,可視化できる国民の声の内容も違う。しかし,広義な意味で世論と扱

われることも少なくなく,安易に使われがちな“民意”との区別も曖昧で

ある。

 こうした状況では,ともすれば何がどこまで世論であり,逆にはどこか

らは世論でないのかという議論が起きがちである。しかしその議論は,取

り組みの正統性や流儀争いの議論に矮小化される危険がある。個々の手法

の信頼性を確保するための研鑽や相互批判は大いに必要であるが,前提と

して,単独の手段・取り組みだけで世論を捉えることは困難であるという

認識がそれぞれの主体に求められるであろう。そして,いま動いている社

会に求められるのは,何が世論なのかを型にはめて無理に定義づけること

ではなく,それぞれ長所・短所併せ持った手法や取り組み,課題は多いが

可能性を持つ新たな取り組み等を政策課題に応じて連携させたり,可視化

された国民の声を鳥瞰,分析したりすることで,“より確からしい世論”を

柔軟に捉えようとする姿勢ではないだろうか。それは公共政策形成者のみ

ならず,調査主体であるマスメディア,調査対象となる国民等,社会を支

える全ての主体が共に考えるべきテーマである。こうした社会全体の模索

こそが,筆者が考える公共政策形成と世論の新たなステージである。

 この模索が国のイニシアチブの下で初めて本格的に行われたのが,2012

年夏の民主党政権下での「エネルギー・環境戦略の選択肢に関する国民的

議論(以下,「国民的議論」)」であった。実は,国民的議論を銘打った国の

取り組みはこれが初めてではない。2009年の自民党麻生政権下では,国

の温室効果ガス削減の中期目標を6つの選択肢として示した上で,国によ

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259第3章 世論が生まれる社会の困難

公共政策形成と世論の新たなステージ

る特別世論調査,パブコメ,意見交換会,各種団体による意見表明を参考

に決定を行った事例がある。しかしこの際はあくまで国が主体となって意

見聴取したもののみを横断的に検証し,また新たな潮流であるミニ・パブ

リックスの手法も取り入れられていなかったことから,2012年の民主党政

権の取り組みを最初のケースと位置づけたことを断っておく。

 筆者はこれまで日本で行われた全ての討論型世論調査並びに,2012年

に実施された模索の現場の取材を行い,その後2013年に行われた,「国民

的議論」に直接・間接的に関わった専門家,行政・報道関係者による横断

的ディスカッション「Lesson Learning 2012年夏のエネルギー・環境の選

択肢に関する国民的議論とは何だったのか これからの「政策形成のあり

方」を考える8)(以下,Lesson Learning)」にも参加した。以上の経験を

踏まえて本稿では,日本社会がこの模索から何を学び,何を今日につなげ

るべきかを考えてみたい。

 具体的には,民主党政権下での「国民的議論」について,当時の資料や新

聞報道,検証報告や筆者の取材等を通じて課題を検証する。次に自民党政

権下におけるエネルギー・環境政策と世論との関係を整理し,最後に様々

な主体で始まる新たな手法開発や連携の動きに触れることで今後を展望し

たい。

2 民主党政権下のエネルギー・環境政策と世論

 民主党政権下でのエネルギー・環境政策を巡る「国民的議論」が終わっ

て既に3年である。議論は困難の連続であり,難産の末に生み出した“戦

略”も数か月後の政権交代で雲散霧消した。現在は自民党政権が策定した

エネルギー基本計画の下で社会が動いている。では,この経験から我々が

学ぶことはないのか。いや,失敗こそ学びの宝庫である。公共政策形成に

世論を接続するにはどんな困難があり,“より確からしい世論”を捉えてい

くにはどんな課題が残り,国が国民的議論を呼びかけることにはどんなリ

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スクがあったのか。そして政権の如何を問わず世論を公共政策形成に接続

させる方法を社会は見出し得るのか。これらを考えるため「国民的議論」

を時系列に振り返っていく(表1)。

2.1 “二項対立を乗り越える”宣言 「『反原発』と『原発推進』の二項対立を乗り越え国民的議論を展開する」。

大震災4か月後の2011年7月,菅政権の宣言で模索は始まった。この二項

対立は大震災を機に引き起こされたものではなく,長年,日本社会を分断

し続けてきた対立の一つである。1995年の高速増殖炉もんじゅの事故後,

民間レベルでは推進派・批判派の対話の場を作る模索がなされる等9),対

立はいたずらに放置されてきたわけではなかった。しかし21世紀に入り,

世界は地球温暖化への対応やエネルギー安全保障の観点から,原発の延命

や建て替え等を推進する「原子力ルネサンス」のうねりの中にあり,日本

もその例外ではなかった。2010年6月に決定した第3次エネルギー基本計

画では,当時28.6%であった電源構成に占める原発の比率を2030年には

50%超に引き上げ,14基以上を新増設するとしていた。

 その後,原発事故を目の当たりにした日本社会が一転して脱原発のムー

表 1 民主党政権下の「国民的議論」の経過2011. 3.11 東日本大震災・福島第一原発事故発生2011. 6.7 内閣官房国家戦略室にエネルギー・環境会議設置2011. 7.29 原発依存度低減の方向性提示と国民的議論の呼びかけ2011. 10~ コスト等検証委員会開始2011. 12.21 「基本方針~エネルギー・環境戦略に関する選択肢の提示に向けて~」2012. 6.29 「エネルギー・環境の選択肢」提示2012. 7~ パブリックコメント募集(~ 8.12)

意見聴取会(~ 8.4)2012. 7.7~ 討論型世論調査①「世論調査」(~ 7.22)2012. 8.4-5 討論型世論調査②「討論フォーラム」2012. 8.22~ 国民的議論に関する検証会合(~ 8.28)2012. 9.4 「戦略策定に向けて~国民的議論が指し示すもの~」2012. 9.14 「革新的エネルギー・環境戦略」決定2012. 9.19 「今後のエネルギー・環境政策について」を閣議決定

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261第3章 世論が生まれる社会の困難

公共政策形成と世論の新たなステージ

ドに覆われたことは言うまでもない。2011年5月には「みんなで決めよう

『原発』国民投票」の会が発足し,海外では原発存続の是非を国民投票で

決めている事実も報じられるようになってきた10)。こうした中で民主党政

権は,エネルギー政策を所管する経産省ではなく内閣官房の国家戦略室に

「エネルギー・環境会議(以下,エネ・環会議)」設置し,国民の声を聞き

ながら戦略を構築することにした。政治主導と市民参加を謳う政権として

は必然の流れとも言えたが,様々な課題が待ち受けていた。

2.2 「国民的議論」に至るまでの課題2.2.1 情報提供の課題 最初の課題は,エネルギー・環境政策に関する情報を如何にわかりやす

くバランスよく社会で共有するかであった。この政策を考えるには当然だ

が原発をどうするかのみ考えればいいわけではない。先に述べた地球温暖

化対策やエネルギー安全保障,日本のような輸入依存国には安定供給も大

きな課題である。原発依存度を減らそうと考えればこれらの課題が眼前に

迫る。期待される再生可能エネルギーは本格活用までのコストと時間を考

慮しなければならず,この他,原発依存度を減らすならその時間軸,使用

済み核燃料の問題,電気料金値上げ,省エネ,経済成長のあり方等様々な

要素が絡み合う。

 しかし,前提となる各エネルギーのコストの算出根拠,特に原発が他の

エネルギーに比べ格段にコストが安いとされてきた点については,大震

災前から専門家の間で意見が分かれたままだった。そのため「国民的議

論」の前に,専門家による“二項対立を超える”議論を行わなければなら

なかった。

2.2.2 論点設定の課題 次の課題は議論を活性化させるための論点の設定であった。2011年12

月,「選択肢の提示などを通じて国民的な議論を進め,夏を目途に戦略をま

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262 放送メディア研究 No.13 2016

とめる」との方針が示され,選択肢は2012年春に提示するとされた。し

かし,先に触れたコスト検証の結果を受け,経産省の総合資源エネルギー

調査会では電源構成(以下,エネルギーミックス),内閣府の原子力委員会

では使用済み核燃料政策,環境省の中央環境審議会では国内温暖化対策を

議論し,それらをエネ・環会議がまとめて選択肢化することにしたため,作

業は困難を極めた。特に総合資源エネルギー調査会には,これまで参加す

ることが少なかった原発慎重派,反対派の専門家複数をメンバーに加えた

こともあり議論は紛糾した。こうして,2030年時点の原発比率を0%(以

下,ゼロシナリオ),15%(以下,15シナリオ),20-25%(以下,20-

25シナリオ)とする3つの選択肢が国民に示されたのは,予定から大幅に

遅れた6月末であった。

 選択肢は原発比率の他,温室効果ガス排出量,省エネへの投資額,使用

済み燃料の処理方法等,絡み合うテーマをワンセットにしたシナリオとし

て示された。これはすなわち,政策は原発依存度という分かりやすい値だ

けでなく,これらを総合的に検討して判断すべきものだという,国から国

民へのメッセージでもあった。

 ただ,「国民的議論」の終了後,国民は選択肢よりも,社会をどう変

えるのか,どんな社会を目指すのかを議論したかったとの指摘がなされ

た 11)。国は2011年7月に議論を呼びかけた際は「国民各層との対話を

続けながら」としていたが,2012年6月末の選択肢発表の際は「国民の

意向を把握する」が強調されていた 12)。世論を“反映したい”国の思い

と,世論を“接続させたい”国民の思いにいつしかズレが生じていたので

はないだろうか。ただ,このズレは,どの政権下においても大なり小なり

起きる課題であろう。今回であれば,議論の枠組み全てを国に委ねるので

はなく,選択肢の策定(論点の設定)の段階から,様々な国民の声を可視

化して国に接続させる努力が国民の側に必要であったのではないだろうか。

ただ自省もこめて言うと,「国民的議論」は選択肢が出てから,とマスメ

ディアも含め国民の大半が “待ちの姿勢” であったことは否めない。

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263第3章 世論が生まれる社会の困難

公共政策形成と世論の新たなステージ

2.2.3 手法選択の課題 “より確からしい世論”を捉えるため手法として何を活用するのか。筆者

はここが今回の最大の肝であり最大の課題だったと考える。国が自ら行っ

たのは,パブコメ募集,意見聴取会,討論型世論調査,政府関係者による

説明会だったが,最も挑戦的だったのは討論型世論調査の開催であった。

 この手法は先に述べた通り,ミニ・パブリックスの一形態である。特徴は,

通常の世論調査とその回答者から募集した参加者による討論フォーラムの

2階建ての設計にある。討論後,世論調査と同じ質問を再び行うことで“よ

り深く考えた上での”世論を炙り出す。1994年のイギリスでの開催以降,

18か国で70回以上実施され,日本では2009年の神奈川県での初開催以降

5回(その後2回行われたので現在8回)行われていた。ただ認知度が高い

とはとても言えず,さらに今回のような,国が主催して政策形成の参考に

する方法は世界でも初めてであり,当初から懸念の声も多く聞かれた。

 ではなぜ,この手法が採用されたのか。手法を検討していたのは国家戦

略室だったが,検討の最大のポイントは国民から国によるやらせや政策誘

導を疑われないことであったという。そのため無作為抽出が必須と考えて

いたが,従来型の世論調査では客観性を心掛けて質問文を作っても国民の

疑念は免れないと考えていた 13)。こうした中,2011年夏頃から,討論型

世論調査研究の第一人者である慶応義塾大学の曽根泰教教授(現在は名誉

教授)と,環境省出身で環境政策への市民参加のあり方を研究,実践して

きた上智大学の柳下正治教授(現在は名誉教授)が個別に国にアプローチ

し,討論型世論調査の実施を訴えていた。両教授とも,先に触れた麻生政

権下での国民的議論を検証し,パブコメとタウンミーティングで世論を見

極めるには限界があると考えていた。2人の熱心な働きかけもあり,国は

この手法の採用に至った。

 筆者は手法の採用については国が本気で「国民的議論」に取り組もうと

した一つの証と前向きに評価している。しかし認知度が低く,まだ実験段

階の状態の手法の採用が,選択肢提示と同時に唐突に発表されたのには驚

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264 放送メディア研究 No.13 2016

きを覚えた。一般の国民にはそれ以上の驚き,いや戸惑いに近い感覚で

あったことは想像に難くない。しかも,実施が原発の広報を担う資源エネ

ルギー庁の公募事業だったため,ミニ・パブリックスの研究者達からは国

の意見誘導にならないかと懸念を表明する意見書14)が提出されてしまった。

 同様の混乱は意見聴取会を巡っても起きた。会の方法はそれぞれの選択

肢支持を意見表明したい希望者を公募し,その人たちによる陳述と意見交

換を政府関係者や参加者が観覧する内容だった。これは国によるやらせや

誘導にならないようにするため,国家戦略室によって考えられたものだっ

た。しかし,開催初回と2回目に電力会社の社員が発表者として参加した

ことから,国の“やらせ”ではないかとの大批判が起きてしまった。そし

てその後も運営方法について何度も軌道修正を余儀なくされていった。

 こうした手法の選択について,国は公の場で議論を行おうとは考えな

かったのか。当時,国家戦略室で企画調整官として「国民的議論」を担当

していた井原智人氏は筆者の取材に対し,「当時は選択肢を決めるのに苦労

しており,手法に対する議論を公に行おうとは考えてもみなかった」とし

ている。しかし当時,国は国民からの批判を如何にかわすかに強くとらわれ

ており,そのことがかえって国の意図とは逆に国民の批判を強めてしまっ

たと思われる。社会がより良い決断をするため“より確からしい世論”を見

極めるにはどんな手法が相応しいのか,それを議論の主役である国民に示

し,ある程度の時間はかかったとしても公の場で議論すべきではなかった

か。そしてその過程でマスメディアの批判に晒した方が,結果的に「国民

的議論」を社会全体で支える気運を作れたのではないだろうか。

2.2.4 時間設定の課題 選択肢の提示が大幅にずれ込んだため,戦略をまとめる目途とした夏ま

でに与えられた「国民的議論」の時間は2か月弱しかなかった。これに対

し当時の新聞各紙や様々な研究者からは異口同音に強い懸念がなされたが,

スケジュールの見直しは検討されなかった。関係者の証言を総合すると,

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265第3章 世論が生まれる社会の困難

公共政策形成と世論の新たなステージ

民主党の代表選が9月末に予定されており,それまでに「国民的議論」を

終わらせ戦略を決定したいという政治的意図が働いていたためという。自

民党政権になり,原発依存度を含むエネルギーミックスが決定されたのは

2015年夏のことである。今さらながら,もう少し時間をかけて「国民的

議論」を行う方向に社会全体として舵を切れなかったかと,取材に関わっ

た一人としては忸怩たる思いが残る。本件に限らず,政治主導がひとたび

“政治都合”に陥った際の社会全体のリスクヘッジの課題は極めて大きい。

 また当時の政権では,「国民的議論」に向けた準備を進める一方で原発

再稼働に向けた作業を行っていた。選択肢の発表は,大飯原発の再稼働を

決定した直後であった。こうした中,2012年3月から始まった官邸前や

経産省前での座り込みやデモは,原発再稼働を決断した政権へと怒りの矛

先を向けた。そして原発即時ゼロを求める国民の声がマスメディアで繰り

返し報じられるようになっていく。過熱する国民の感情と過熱する政治家

の思惑,双方の熱がぶつかり合う中で,冷静な判断が求められる「国民的

議論」が2か月の足枷をはめられてスタートしたのである。

2.3 「国民的議論」の課題 ここからは「国民的議論」の中身の課題を見ていく。中でも新たな取り

組みとして行われた討論型世論調査と,あらゆる国民の声を横並びにして

“より確からしい世論”を捉えようと試みた検証会合の2つを取り上げる。

2.3.1 討論型世論調査の課題1)調査の概要 最初に調査の概要と結果を示す。まず2012年7月7 ~ 22日に全国の成

人男女を対象にRDD方式 15)で世論調査が行われ,その回答者から討論

フォーラムの参加者を募り285人が応じた。285人は,事前送付された資

料を読んだ上で8月4 ~ 5日に1泊2日で慶應義塾大学で行われた討論

フォーラムに参加。フォーラムでは小グループ討議と専門家との全体会議

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266 放送メディア研究 No.13 2016

が計約9時間行われた。

 世論調査時,フォーラム当日の討論前,全ての討論後のそれぞれの調査

の回答結果は図1のようになった。8月22日,実行委員長の曽根氏はこれ

らの結果を,学習し議論した,つまり“熟慮の過程”を経て,ゼロシナリ

オ支持が上昇したと発表すると共に,「原発の安全性に対する国民の疑念は

晴れていない」,国民は生活や経済への影響を理解した上で「覚悟の選択」

をしたと強調した。

 この結果については,各種報告書16),次項で触れる検証会合,実行委員

会の曽根氏や日本大学(当時は駒澤大学)の柳瀬昇准教授による書籍 17),

前述した筆者が参加したLesson Learningの実施報告書の他,数多くの研

究論文 18)が出されている。多くの課題が示されているが,筆者は調査そ

のものの専門家ではないので個々の課題検証は専門家に委ねる。ただこの

手法が公共政策形成への世論の接続を強く意識しているため,社会実装を

視野に考えた場合,この手法が今後どこまで社会的信頼を得られるのか,

そしてその信頼は何によって担保されうるのかについて,筆者のような社

会との接点を持つ取材者の視点から論じることも必要と考える。本項では

この点に絞って見ていく。

2)調査の信頼性 今回は,調査の信頼性を見極めるため2つの委員会が発足した。1つは

図 1 討論型世論調査の結果3 つのシナリオへの賛否の強さを 11 段階評価で尋ねたところ,支持レベルが最も高かったシナリオ

出典:国民的議論に関する検証会合資料

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267第3章 世論が生まれる社会の困難

公共政策形成と世論の新たなステージ

この手法の提唱者であるスタンフォード大学のジェイムズ・フィシュキン

教授が委員長を務めた監修委員会である。スタンフォード大学は,手法の

信頼性を担保するための基準を策定している。代表的なものは,①サンプ

ルの代表性の確保,②政策に対する態度変化が起こることとその大きさ,

③政策態度の変化が基準に従った望ましい討論過程によって現れること

(多様な意見が表明されること,議論により個々人の意見がより先鋭的に

なる集団分極化が起きないこと),④討論後の態度あるいは討論前後の態

度変化が公共政策に影響を及ぼすこと(合理的な判断の形成が行われたこ

と)である19)。フィシュキン教授は基準に照らし問題はなかったとした。

ただこれは学術的信頼を担保するものではあるが,そのまま社会的信頼に

つながるわけではない。

 もう1つが第三者検証委員会である。これは先に述べたミニ・パブリッ

クスの研究者たちの意見書や,「激烈な意見対立が存在しているため(中

略)いかに公平に調査を実施したとしても,調査そのものに対する不毛な

議論が展開されることを懸念し 20)」,柳瀬氏が設置を提案したもので世界

的に例のないことであった。検証委員会は「問題点の多くは国の呼びかけ

に十分な時間の余裕がなかったことに起因する」とした上で,①運営の独

立性,②参加者の抽出方法,③討議資料・質問紙,④公平な討論の進行,

⑤プロセスの公開性・透明性の観点から評価と課題を示した21)。以下,こ

れに沿って見ていく。

 まず④の公平な討論の進行という観点は,この手法に対する批判として

平素から多くの研究者が挙げるものである。典型的なものとしては,討論

が意見の強い人に引きずられるのではないか,とか,発言において自分を

よりよく見せようとする意識が働くのではないか,といったものがある22)。

委員会は「公平な議論はほぼ実現されていた」とした。取材した筆者も同

様の印象である。曽根氏が著書23)で,「それまでマスコミや評論家の言説

の受け売りのような発言が多かったのに対して,みんなが自分の言葉で語

る(中略),身近な事例をもとに議論するように変わる」潮目があったと

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268 放送メディア研究 No.13 2016

いうモデレーターの証言を紹介していたが,筆者もそうした場面に何度か

遭遇した。テーマを“他人事”から“自分事化”していく態度変容である。

また議論が深まるにつれ,対立する意見に対し反発せず違いを認めて議論

していこうという空気も醸成されていた。いわば政治的寛容性の向上であ

る。これは筆者の取材者としての実感値でしかないものの,討論を見学し

た研究者やメディア関係者も同様の印象を持つ人が多かった。もちろん印

象論だけではなく,こうした態度変容,集団分極化,政治的寛容性向上の

有無に関しては,討論内容のテキスト分析等の研究もある24)。

 ③の情報提供は,準備時間不足はあったが決定的な偏りはなかったとし

た。⑤の公開性は,運営の信頼性に直接大きな影響を及ぼすものではない。

残るは①の運営の“独立性”と②の参加者の“代表性”である。筆者はこの

2つが社会的信頼性確保のため最も重要な観点と考える。以下詳細に見て

いく。

3)“独立性”と“代表性” ①については,実行委員会の発足前は国の主導権で準備されていたとし,

独立性に課題が残ったとしている。ただ実行委員会が発足してからは独立

性が侵される事態は生じていなかったとした。以上の記述から,検証委員

会は真っ向から国の主催を否定しているわけではなく,逆に言えば,独立

性さえ担保されれば国が主催することを受容していると読むこともできる。

国が主催せず民間が主催した場合には,かえって参加率が低くなったり参

加者の政治的効用感が低下したりするのではないかと指摘する専門家もい

る25)。また別な観点ではあるが,この手法の最大の課題として,参加者を

一同に集めるため高額になる実施コストを誰が負担するかがあり,スポン

サーとしての国の存在は大きいという現実的な側面もある。今回は総額約

6,000万円かかったが,これを民間ベースで行うのはかなり難しいと言わ

ざるを得ない。

 筆者は,国等の公共政策形成者が直接単独で開催することは出来る限り

避けるべきとの立場をとる。政策への同意や承認手続きの代わりに行われ

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269第3章 世論が生まれる社会の困難

公共政策形成と世論の新たなステージ

る可能性が否めないし,そうでなくてもあらぬ疑いの目で見られる可能性

があるからである。ただもし仮に実施するなら,今回のような第三者委員

会の存在は不可欠であろう。その場合,委員会の客観性と信頼性をどう担

保するのかも熟考される必要がある。ただテーマにもよるが,これまで地

方レベルで行われてきたような,公共政策形成者と民間や各種団体が“対等

な関係性”の下で共催する形態はありうると思われる。また,検証委員会

の委員長で国の検証会合メンバーでもあった大阪大学の小林傳司教授(現

在は副学長)は,「こうした対話型組織を,例えば議員の政策形成に資する

活動をする組織である国会図書館に置くという考え方はないのか26)」と問

題提起している。

 筆者は,将来的には学術界,民間団体,マスメディア等の国民の側が一

定のルールの下でこうした手法を活用し,国等の公共政策形成者へ世論の

接続を求めていくことを行いうる社会を期待している27)。海外では公共放

送がその担い手となっている場合も少なくない28)。

 そうなるとなおさら重要になるのが,この手法の社会的信頼である。そ

こで次に考えたいのが②の参加者の抽出方法である。討論フォーラムの参

加者の代表性をどこまで担保すれば,手法の社会的信頼は得られるのだろ

うか。

 今回の討論フォーラム参加者は,総務省発表の2012年10月の日本の総

人口と比較すると,参加者の方は女性と若年層の割合が低く,逆に60代の

割合が高かった29)。これについて検証委員会は,最初の世論調査が固定電

話の利用者を対象としたRDD方式だったことを挙げ,「若い世代が十分に

代表されていないことに懸念が残る。2030年という未来の日本のエネル

ギー政策を検討する上で,年齢層の偏りにはより注意を払うべきであった」

とした。また,この代表性については,検証委員会だけでなく多くの研究

者からも課題が示された。東京大学先端科学技術研究センターの菅原琢客

員研究員は,公開資料を分析して複数の課題を挙げている30)。その1つと

して,「交通の便の良さそうな人口の多い都道府県からの参加は多く,原

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270 放送メディア研究 No.13 2016

発が立地しているような農村地域からの討論参加は少ない傾向が明らかと

なった。今回のDP(討論型世論調査)は原発政策がテーマとなっている

点から,討論参加者の居住地域の分布がこのように歪んでいることは好ま

しいことではない」としている。

 討論型世論調査はこうした代表性の歪みをどこまで是正すべき,もしく

はその歪みはどの程度許容されるものなのか。最初の世論調査について,

可能であれば配付回収法が望ましいというのは多くの研究者共通の見解で

あった31)。ただ主催地については,全国的なテーマを議論するには一堂に

会し議論することにこそ意味があるため,仮に参加者に偏りが見られたと

しても今回のような形の開催にすべき,という意見と,地域ごとに複数開

催してそれを取りまとめる方法もあるのではとの意見に分かれた32)。

 筆者が参加したLesson Learningでも,代表性については時間を割いて

議論し,大きく3つの課題が提起された。スタートは無作為抽出でも討論

の参加に応じる時点で一定以上の知識と言語能力を持つというバイアスが

かかる,本気で代表性を担保しようとするなら裁判員制度のように参加を

義務づけないと無理,無作為抽出にかかわらず,強い意見を持つ人の排除

が担保されれば十分なのでは,というものであった。

 こうして代表性を巡る課題を列挙して改めて思うのは,専門家や関係者

ですら見解の隔たりが大きく,社会実装するにはまだかなりのハードルが

あるのでは,ということである。また,そもそもこの手法については,「理

想的公衆」による「熟慮された公共的判断」が「観衆」に接続される保証

がない33),議論後の意見の変化は一過性に過ぎない34),等の根本的批判も

根強い。しかし逆説的ではあるが,こうして批判が多く課題が山積してい

ながらも全世界で取り組まれ続けているのは,公共政策形成と世論を取り

巻く環境に如何に課題が多いかの表れでもあるということである。討論型

世論調査と同じ目的を持つミニ・パブリックス手法の中には無作為抽出を

前提としないものもある。社会的信頼は必ずしも代表性の追求のみで得ら

れるものではなく,その手法の目指す目的によって得られることもあるで

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271第3章 世論が生まれる社会の困難

公共政策形成と世論の新たなステージ

あろう。代表性の追求を諦めるということではないが,狭い意味での代表

性の議論に入り込みすぎて隘路に陥り,手法そのものを社会的に封殺して

しまうことだけは避けたい。専門家,主催者,参加者,報じるマスメディ

アが共に経験を積み,課題を共有することで,社会が手法を育て,その結

果として社会的信頼という共有のものさしを見出していく,討論型世論調

査を含むミニ・パブリックスという手法は,こういう形で進化していくも

のなのかもしれない。

2.3.2 検証会合の課題1)検証会合の概要 2012年8月13日,国は実施した様々な手法と,マスメディアやネット

メディアの調査,各種団体からの意見を横断的に検証する検証会合を開催

すると発表した。突然の発表に,国は15シナリオを落としどころに考え

ていたが 35)世の流れがゼロシナリオに傾きつつあり,その対応のため会

合を開催するのでは,と憶測する報道が多くなされた。当時,内閣官房審

議官を務めていた下村健一氏は検証会合の一回目で,「そんなこと(落と

しどころ)が決まっていたら,この会をやること自体が意味を失ってしま

う」「どうすれば独善的あるいは恣意的にならないか。本当に今,我々は

悩みながら作業を進めております」と訴えた。国民的議論といっても直接

民主主義のような制度的裏付けがない以上,どんな声を世論とし,それを

どう反映するかは政策形成者に委ねるしかない。国の意思決定の過程を可

能な限り公にしようとしたことについては,筆者は積極的に評価したい。

 検証会合は8月下旬の3日間で集中的に行われた。事務局からは,それぞ

れの手法と特徴,結果が横並びで提示された資料が用意された。パブコメ

や意見聴取会の意見は全文を公開すると共に24の視点で分類して図表化さ

れ,世論調査については質問文の違いも見比べられるようにしてあった36)。

 各手法の結果である。パブコメは89,124件でうちゼロシナリオが87%,

意見聴取会は意見表明申込者1,542人のうちゼロシナリオが68%。共にゼ

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272 放送メディア研究 No.13 2016

ロシナリオが多かった。マスメディアの世論調査は7 ~ 8月の12件が取り

上げられた。20-25シナリオはいずれの調査でも10%前後で3位だった

が,1位についてはゼロシナリオと15シナリオに二分されていた。ニコニ

コ動画における10 ~ 40代のユーザー約127万人の調査では,「すぐにで

も原発を廃止するべき」が10.7%,「徐々に減らしていき,いずれは全廃

するべき」が58.6%,「安全性の向上図り,原発を減らす必要はない」が

30.5%という結果が報告された。

 会合では,手法の特徴に応じて支持率や内容をどう解釈すればいいかが

議論された。会合の議事録は現在もweb上で閲覧できる。世論の今後を考

える上で極めて示唆に富む論点が議論されているが,実施した手法をどう

俯瞰しまとめ上げるかという観点では課題が残った。いくつか提示してい

きたい。

2)検証会合の課題 まず検証会合の委員の人選である。準備に時間がなかったことを国は認

めているが37),手法を実施した当事者が委員として手法の正当性や課題を

論じているのには違和感があった。検証と銘打つからには,当事者はヒア

リング対象であっても委員からは外すべきだっただろう。また議論の主人

公である国民の立場から発言するメンバーが少なかったことも指摘してお

く。

 次に議論の内容である。議論の半分以上が討論型世論調査についてであ

り,委員間で知識,認識の差が大きかったため,そもそも手法がどういう

ものかというところから議論が立ち上がってしまった。手法を選択する際

に議論が行われていれば避けられたはずの内容であった。一方,パブコメ

や意見聴取会については,従来から確認されている,「強い意見を持つ人

がコメントを寄せるので意見分布が一方に偏る可能性が高い」(パブコメ),

「時間があって関心の高い人が参加するので国民の意見の縮図とは異なる」

(意見聴取会)という一般論が多く,詳細に入り込んだ議論があまりなさ

れなかったのは残念だった。

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273第3章 世論が生まれる社会の困難

公共政策形成と世論の新たなステージ

 また,可視化されにくい層の声や,選択肢前提の議論が故に潜ってしま

った声をいかにすくい上げるかという観点は意識されて論じられていたと

感じたが,より丁寧な議論が可能だったと思う。特に今回は,2030年に社

会の主軸となる若年層の声をどう拾うかが最大の課題であった。ニコニコ

動画の調査では,10 ~ 20代は他の世代と比べて原発を容認する声が高い

との結果だったが,マスメディアの世論調査の年層別データではどうだっ

たのか。意見聴取会,パブコメでこの世代のみ抽出した詳細な分析はでき

なかったのか。また筆者は当時,若年層の声をどう可視化するかという観

点から,「エネルギー政策に若者の声を38)」という大学生が主催する団体

を取材していた。団体では,自分たち世代こそ政策形成にイニシアチブを

持たなければと考え,パブコメを書く下準備として学習会を企画していた。

約30人の大学生がいずれの選択肢にも偏らない多角的な観点から議論を

行っており,その学習会の最初のプログラムは,国から派遣された職員に

よる説明であった。今回の検証会合では,早い段階で政府協力の説明会は

検証対象から外されたが,問題意識さえ明確であれば,例えばこうした取

り組みを意識的に拾い上げることも可能であっただろう。

 以上のように,この会合は検証という面では課題が残った。しかし,広

く社会に対し,世論を巡る多様な手法を相対化する学習の機会を提供する

という面から見れば有意義であったと思われる。例えば新聞各社が実施し

一面を競い合うように報じる世論調査が,実施主体によって質問内容,方

法,そして結果も大きく異なっているということは,調査担当者の間では

常識化していることだが,実際に報道に触れる国民にとっては貴重な情報

提供であった。

 検証会合の結果は9月4日,「戦略策定に向けて~国民的議論が指し示す

もの~」としてまとめられた。そこでは,意見のスピード感に関しては意

見が分かれているものの,「過半の国民は原発に依存しない社会の実現を望

んでいる」ことが示された。NHKが9月7日から3日間行った世論調査39)

では,新たなエネルギー・環境政策に将来,原発をなくすことが盛り込ま

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274 放送メディア研究 No.13 2016

れる方向になっていることについて,24%が「大いに評価する」,41%が

「ある程度評価する」という結果となっていた。

2.4 二項対立の狭間に沈んだ「国民的議論」 バトンは戦略立案担当の国家戦略室に渡された。そして9月14日,「革

新的エネルギー・環境戦略」が決定した。戦略には「2030年代に原発稼

働ゼロを可能とするよう,あらゆる政策資源を投入する」と書き込まれた。

2030年代と幅を持たせた表現にはなったものの,「国民的議論」の含意が

汲み取られたことはインパクトがあり,各メディアも大きく報じた。

 9月19日,今度は内閣で「今後のエネルギー・環境政策について」が閣

議決定された。ここでは「『革新的エネルギー・環境戦略』を踏まえて,関

係自治体や国際社会等と責任ある議論を行い,国民の理解を得つつ,柔軟

性を以て不断の検証と見直しを行いながら遂行する」とされたが,戦略そ

のものは参考文書扱いとなった。このことが大きな波紋を呼んでいく。古

川大臣(当時)は,閣議決定の形式としてはこういう方法もあり“特別な

意図”はないとした。しかし閣議前に戦略の内容について,産業界,核燃

料サイクル施設の立地自治体,アメリカはじめ原子力平和利用協力の二国

間協定を締結している諸外国等から,強い反発が挙がっていることが既に

報じられていた。

 “特別な意図”はないとされたこの閣議決定を受け,産業界は原発ゼロ

を回避したと受け止めたとの強いメッセージを発信した。原発即時廃止を

訴え経産省前や官邸前にデモに集まっていた人々は抗議の声を一層強めた。

「国民的議論」を報じてきたマスメディアはこの2か月は何だったのかと

厳しく非難した。そして,やはり政治は“世論”よりステークホルダーの

声や外交で決まるものだとの既視感が社会を覆っていった。それらは全て

民主党政権不信へと合流していく。9月下旬からこの戦略をもとに新たな

エネルギー基本計画が策定される予定だったが,解散総選挙を直前に控え,

作業に着手できる状況ではなくなっていったという40)。こうして「国民的

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275第3章 世論が生まれる社会の困難

公共政策形成と世論の新たなステージ

議論」の夏は終わり,季節は足早に,衆院選,そして政権交代の冬へと向

かっていった。

 結局,「国民的議論」とは何だったのか。いささか感傷的かもしれないが,

現場を取材した筆者は3年前の情景が今も時々蘇ってくる。なぜ自分がそ

の選択肢を選ぶのか,たどたどしいながら論理的に説明しようと努力した

り,自分と正反対の意見を持つ人の説明を,感情を抑えて耳を傾けようと

努力したりする討論型世論調査の参加者たち。こみ上げる怒りや悲しみの

感情を堪え,絞り出すように言葉を発する福島の人たちと,彼らから目を

反らすことができずに向かい合う政治家や官僚たち,そして我々のような

取材者が同じ空気を共有した,福島県民の意見を聴く会。民主党政権下で

の「国民的議論」は,国から選択肢という教材を与えられた国民が,その

枠内ではあったものの,議論の機会を以て実りある学びを得たことは間違

いなかった。ただ同時に社会全体としては,“より確からしい世論”を捉え,

それを公共政策形成に接続すること,それを国が主導するということが如

何に困難なのかという学びを記憶することになったのである。

3 自民党政権下のエネルギー・環境政策と世論

 2012年12月の衆院選で原発の存続を掲げたのは自民党だけであった。

国民が自民党のエネルギー政策に対し賛同して投票したかどうかはともか

くとして,結果は自民党の圧勝であった。

 「前政権が掲げた2030年代に原発稼働ゼロを可能とするという方針は,

具体的な根拠を伴わないものであり,これまで国のエネルギー政策に対し

て協力してきた原発立地自治体,国際社会や産業界,ひいては国民に対し

て不安や不信を与え 41)」たとして,安倍政権は原発を重要なベースロード

電源(コストが安く安定的に発電できる電源)とする第4次エネルギー基

本計画 42)を策定した。現在はそれに沿って政策が進行中である(表2)。

2015年8月には原子力規制委員会の新規制基準の下で初めて川内原発1号

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276 放送メディア研究 No.13 2016

機が再稼働した。

 本稿はこうしたエネルギー・環境政策の是非を論じるものではない。以

下,自民党政権下で進む政策,特に民主党政権から大きく変化した原発を

巡る政策と世論とがどのような位置関係にあるのかを見ていく。なお,政

策はめまぐるしく進行中であり,現在,取材を進めている段階である。そ

のため本項は論考ではなく事実関係の整理にとどめる。

3.1 “原発依存度20~ 22% ”というエネルギーミックス 2015年12月,気候変動枠組条約第21回締結国会議(COP21)が開催

され,京都議定書に続く2020年以降の新たな温暖化防止の枠組みを定め

たパリ協定が採択された。日本は温室効果ガスを2030年に2013年比で

26%削減するという目標の実現に向けて動き出すことになった。

 この目標の前提となっているのが,2015年7月に決定された2030年の

エネルギーミックスの値である。大震災後,例えば2012年度は大飯原発

のみの稼働だったため原発の割合は1.7%,火力は88.4%であった。それ

表 2 自民党政権下のエネルギー・環境政策に関連する動き2012. 12.16 〈第 46回衆院選で自民党大勝・政権交代へ〉2013. 1.31 安倍首相 国会で「民主党のエネルギー・環境政策をゼロベースで見直す」と表明2013. 6.14 「日本再興戦略」発表 原発再稼働明記2013. 7.8 〈原子力規制委員会 新規制基準施行〉2013. 7.21 〈第 23回参院選で再び自民党大勝・衆参ねじれ解消へ〉2013. 12.6~ 第4次「エネルギー基本計画」策定に向けたパブリックコメント募集(~ 2014.1.6)2014. 2.9 〈東京都知事選〉2014. 4.11 第4次「エネルギー基本計画」決定 2014. 12.14 〈第 47回衆院選〉 2015. 1.27 「エネルギーミックス意見箱」設置 宮沢経産大臣 会見で国民的議論呼びかけ2015. 1.30 経産省 長期エネルギー需給見通し小委員会でエネルギーミックスの議論開始2015. 3.4~ シンポジウム「日本のエネルギーミックスについて考える」開催開始(~ 3.12)2015. 4.28 「長期エネルギー需給見通し」案(エネルギーミックス原案)提示2015. 5.26 長期エネルギー需給見通し小委員会の 3委員から原案への意見書提出2015. 6.2~ 「長期エネルギー需給見通し」案へのパブリックコメント募集(~ 7.1)2015. 7.16 「長期エネルギー需給見通し」決定2015. 8.11 〈川内原発 1号機再稼働〉2015. 10.14 〈川内原発 2号機再稼働〉2015. 12.13 COP21「パリ協定」採択

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277第3章 世論が生まれる社会の困難

公共政策形成と世論の新たなステージ

を2030年には火力を56%にまで引き下げ,代わりに再生可能エネルギー

を22 ~ 24%に,原発については20 ~ 22%にするという。火力発電の運

転が増加したことで,2013年度の日本の温室効果ガス排出量は統計を取

り始めて以来過去2番目に多くなり,電気料金は2009年度と比べて家庭

用で19%,産業用で28%上昇していた。こうした状況を踏まえ,国は「安

全性を前提とした上で,エネルギーの安定供給を第一として,経済効率性

の向上による低コストでのエネルギー供給を実現し,同時に環境への適合

を図る43)」との基本的視点で,このエネルギーミックスの値を決めた。「東

日本大震災前に約3割を占めていた原発依存度は,20 ~ 22%程度へと大

きく低減する」としている。

 しかし,2030年の原発依存度が20 ~ 22%という値は,民主党政権下で

行われた「国民的議論」のあらゆる調査で最も支持が低かった選択肢,20-

25%に近い。政権交代によって原発を巡る国民の意識は大きく変化したの

だろうか。国民は安倍政権の政策をどのように受け止めているのだろうか。

3.2 自民党政権下の原発を巡る世論調査 NHKは原発を今後どうすべきかについて,衆院選後の2013年2月,参

院選後の9月,そして12月に同じ手法で世論調査を実施している44)。それ

によると,「原発を増やすべきだ」は2%→2%→1%,「現状を維持すべき

だ」は29%→27%→21%,「減らすべきだ」は43%→41%→46%,「す

べて廃止すべきだ」は25%→29%→31%,無回答はいずれも1%で,現状

維持が減り,代わりに減少と全廃が増加していることがわかる。中央調査

社でも2011年5月から2014年5月まで継続して「原子力発電に関する意

識調査45)」を行っている。こちらは回答を0点から10点で表記する方法で,

原発の今後のあり方について,0点の「速やかに廃止する」から4点まで

の「廃止(脱原発)派」が調査開始からほぼ6割台で推移している。また

2012年の3月から調査を開始した原発再稼働に関する質問については,反

対派が常に5割台の半ば前後を占めている。なお再稼働については,マス

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278 放送メディア研究 No.13 2016

メディア各社の調査でもほぼ反対が5割を超えている。

 こうして世論調査だけを概観すると,国民の意識は政権交代後もほとん

ど変わっておらず,むしろ政権が原発維持に舵を切ったのに反比例する傾

向も窺える。ただ,再生可能エネルギー,温室効果ガス排出量,電力価格,

省エネ等,原発以外のエネルギー・環境政策に関わるテーマの設問はある

ものの,それらを総合的に判断したり,個々のエネルギーを相対的に見比

べてどのような割合にするのかを尋ねたりする質問はほとんどない。これ

は,世論調査,ことさら,電話調査では,複雑なテーマを問うのに限界が

あることが一因しているのであろう。

3.3 もう1つの国民的議論3.3.1 エネルギーミックスはどのように決まったか 以上のような原発に関する世論調査の結果,特に再稼働については常に

回答者の過半が反対していることに対し,安倍首相は何度か国会で答弁し

ている。内容は一貫して「国民生活や産業活動,中小規模事業者を守る,責

任あるエネルギー政策を実現するためには,世論調査の結果だけを見て安

易に『原発ゼロ』というわけにはいきません46)」というものである。質問

する側も,マスメディアの世論調査結果ばかりを根拠に挙げるため質疑は

マンネリズムに陥っている感が否めないが,少なくとも世論調査に表れて

いる世論と政策とのかい離は常態化しているといえる。

 こうした中,2015年1月に宮沢経産大臣は会見で,「幅広く国民的な議論

を行っていきたい」と国民に呼びかけた。議論のテーマはエネルギーミッ

クスの検討である。手法としては「エネルギーミックス意見箱」を設置し

原案検討時から意見を募集すること,全国で有識者,経産省職員が参加す

る政府主催シンポジウム(以下,シンポ)を行うことが示された。民主党

政権の時に行った討論型世論調査については,参加できる人数が限られる

ので今回は行わないとした。この宮沢大臣の会見については,マスメディ

ア各社とも民主党政権下での「国民的議論」を引き合いに出しながら大き

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279第3章 世論が生まれる社会の困難

公共政策形成と世論の新たなステージ

く報じ,今後の国民的議論の行方に注目していこうとする姿勢が窺えた。

 検討を行う総合資源エネルギー調査会長期エネルギー需給見通し小委員

会の第1回目の議事録47)を見ると,原発を巡り国が二分され,再稼働に異

を唱える国民が多く存在する現状については委員間で共有されていた。そ

のためこれから開始されるであろう国民的議論に対して,多くの委員から

国に対する要望が示されている。要望は2つのベクトルを示していた。1つ

は,自民党政権になって国民の意見が政策に反映されなくなった,一般消

費者にもっとわかりやすく説明してもらえないと意見が出せない,という

一般国民の側に立ったもの,もう1つは,原発の必要性について国民を如

何に“説得”するか,そのためのコンセンサス作りを国に期待したい,とい

う原発立地自治体首長や産業界側に立ったものであった。

 原案が提示されるまでの約3か月,意見箱には1,029件の声が寄せられ

た。この数字は,民主党政権下での「国民的議論」の際のパブコメが8万

件を超えていたことに比べると,その数の少なさがよくわかる。また,全

国6か所で行われた政府主催シンポも,定員150人で満席だったのは1回

のみで,中には半数しか席が埋まらない時もあった。意見箱の声とシンポ

で出た意見は,その都度委員会で席上配布されたが,議事録を見る限り委

員会でそれが議論されたことはなかったし,マスメディアも一連のこれら

の動きを国民的議論と報じることもほとんどなかった。こうして盛り上が

りに欠ける国民的議論を経て,4月末の委員会で原発割合が20 ~ 22%の

原案が示されるに至った。

 しかし,この原案が示された後の第9回以降,委員会の議論はこれまで

と様相を異にしていく。きっかけは委員のうちの3人が原案に対して意見

書を提出する異例の事態が発生したからである。意見書提出の理由として,

全国消費者団体連絡会事務局長の河野康子事務局長は,意見箱の声に全て

目を通したとした上で,「多くの国民はこの数字の背景をよく知りません。

実際,この長期エネルギー需給見通しでは(中略),原子力の今後に関して

も,国民の理解と参加が絶対に必要不可欠(中略)情報提供が圧倒的に不

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280 放送メディア研究 No.13 2016

足している」と発言した。

 また,東京理科大学大学院の橘川武郎教授は,「原発依存度を最大限可能

な限り下げ,再生エネルギーを最大限入れるという(中略)安倍内閣が言

ってきた公約と違う(中略)一見,この数字が通ると,原子力復権というほ

うが勝ったというふうに伝えられる事になろうかと思いますが(中略)正々

堂々と言うべきことを言わなかったというのは(中略)非常に禍根に残るの

ではないか」と発言した。発言の中の“言うべきこと”とは,既存原発の建

て替え(リプレースメント)のことである。日本に現存する50基全てを再

稼働させ40年原則で稼働させた場合,2030年には15%の割合にしかなら

ない。原案の20 ~ 22%を実現するには,運転を20年延長するか既存原発

の建て替えを行わなくてはならず,それが国民に見える形で議論されてい

ない,という主張であった。

 これらの意見に対し委員長の小松製作所の坂根正弘相談役はこう応答し

た。河野氏に対しては,「メディアの方から,国民すべての意見を聞いたら

どうだ,という話がありました。実はこの会は国民にオープンになってい

るんですよね。その上にヒアリングをしているわけです。(中略)メディ

アの方々が,もう少し国民の意見をリードする,あるいは我々に対して言

う部分を代行すべき役割のはずなんですよ。(中略)今,河野さんのおっ

しゃったことを言い続けていたら,我々はいったいどこまで作業を進めな

ければいけないんですか」。

 橘川氏に対しては以下である。「リプレースメントというのは,今この

タイミングで言い出すことの反響の大きさを考えれば(中略)私はとても

じゃないけれども,そんな話を今言い出す勇気はありません。原発の再稼

働がこの後どうなるのかということについて,今の時点では私自身も全く

読めない」。

 原案に対しては改めてパブコメが募集され,2,060件が集まった。経産

省からは代表的な意見50件とそれに対する回答が公開されたが,情報公開

請求して全意見を分析した中日新聞によれば,原発依存度を下げるか0に

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281第3章 世論が生まれる社会の困難

公共政策形成と世論の新たなステージ

するよう求める声は89.6%であったという48)。原案はほぼ原文通りで決定

された。

3.3.2 国民的議論の意味 2014年4月に閣議決定されたエネルギー基本計画には「双方向的なコ

ミュニケーションの充実」という項目がある49)。少し長いが引用する。「エ

ネルギー政策の立案プロセスの透明性を高め,政策に対する信頼を得てい

くため,国民各層との対話を進めていくためのコミュニケーションを強化

していく。(中略)国のみがエネルギー政策の立案・運用に責任を持った形

にするのではなく,自治体,事業者,非営利法人等の各主体が(中略)責

任ある主体として政策立案から実施に至るプロセスに関与していく仕組み

へと発展させていくことが重要である。」

 国はエネルギーミックス決定後の現在も,全国各地で政策の理解,普及

のためのシンポを開催し続けている。また,候補地選定を巡り難航を続け

る高レベル放射性廃棄物の最終処分に対しても,国民の理解を深めるため

の対話活動として,シンポ,ワークショップを全国各地で開催している。こ

うした国と国民との直接的なコミュニケーションの場は,それが仮にどの

ような形であっても意味があることは間違いない。社会の各主体が責任を

持って政策に関与していくのも当然のことである。ただ,現行の自民党政

権下における国民的議論を見てくると,“選択なき説得”のコミュニケー

ションと国民に捉えられても仕方ないと思える点があるのも事実である。

これは,「担当分野に精通した官僚が,解決を求められる社会の諸問題に対

して合理的な唯一の『正解』を出しているのであり,これを国民は,正し

く『理解』し『受容』すべき50)」という,これまでの原子力政策で取られ

続けてきたとの批判がなされてきた社会的受容モデルを彷彿とさせるもの

がある。

 一方,対する国民の側は,選挙を除けばマスメディアによる世論調査,パ

ブコメ,デモや座り込み等の社会運動という形でしか政策形成に世論を接

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282 放送メディア研究 No.13 2016

続させる手段を持っておらず,そこで可視化された国民の声が,熟慮なき

声,一部の人の声との指摘を受けた際,その指摘を乗り越える論理を持ち

得ていないのも事実である。また,複雑なテーマに対し理解を深めたり,

はじめに結論ありきではなく意見の異なる立場と議論を深めたりする場を

自らでどこまで持ち得ているだろうか。果たすべき責任の一端はマスメ

ディアにもある。そうした意味で,先に触れた長期エネルギー需給見通し

小委員会委員長の坂根氏の,マスメディアがもっと国と国民を媒介者とし

て機能すべき,との指摘は重い。さらに言えば,社会運動やマスメディア

の関心は時流と共に移ろいやすい傾向がある。こうしてまた,「反原発」と

「原発推進」という二項対立の慣性化が進行してしまうのだろうか。

 エネルギー・環境政策は廃棄物処分まで含めると何世代にもまたがる極

めて息の長いテーマである。原発再稼働も始まったばかりであり,リプ

レースメントの議論もなされていない。再生エネルギー等の技術革新のス

ピードも加速化している。国もエネルギーミックスについては必要に応じ

て見直すとしている。引き続き深く取材していきたい。

4 公共政策形成と世論の 新たなステージに向けて

 自民党に政権が移り,公共政策形成に世論を接続させる取り組みは一見

後退したかのように見える。確かに国による取り組みはそうであろう。た

だし,いや,だからこそ今,国民の側から実効性のある取り組みを作り出

そうという模索が様々な所で始まっている。本項ではこうした模索をいく

つか紹介して結びとしたい。いずれも大震災後のエネルギー・環境政策と

の関わりの中で問題意識を持ち,起点としているのが興味深い。

4.1 “熟慮型”世論調査 まず,通常の世論調査に“熟慮”の要素を加えた世論調査の試みである。

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283第3章 世論が生まれる社会の困難

公共政策形成と世論の新たなステージ

先に触れた討論型世論調査は,通常の世論調査に討論を組み込むことで回

答者に熟慮を促す手法だが,この手法は討論ではない方法で熟慮を促す。具

体的には,まずweb調査を実施し,その後そのテーマに関する情報を回答

者に提供するグループとそうしないグループに分け,ある程度時間をおい

て再び同じ質問を行って比較検討を行うというものである。民主党政権下

の「国民的議論」の検証会合の委員でもあった早稲田大学の田中愛治教授

が研究代表を務める科学技術研究費基盤研究(S)51)の「日本のエネルギー

政策の将来像に関する意識調査」として2014年9月に実施された。分析

結果は既に報告がなされているのでここでは触れないが,世論調査という,

ミニ・パブリックスよりも一般的に合意された手法の応用であること,コ

ストをかけず大規模に代表性の高いサンプルの意見変容が測定できること

等から,活用可能性を検討すべく研究が続けられている52)。

4.2 討論型世論調査の新たな模索 討論型世論調査についてもオンライン上で実施するという新たな取り組

みが行われた。これは日本学術会議の監修の下,東京工業大学の坂野達郎

教授の研究室が実施したもので,実空間と同じ質の討論がオンライン上で

も行えるかどうかを検証したものである。坂野氏は日本で最初に,神奈川

県と共催で討論型世論調査を実施しており,その経験から,もしオンライ

ンで実施可能であれば,コストの大幅削減と,時間的・距離的制約から参

加できない人の参加機会拡大が見込めると考えた。実施は2015年3月で,

テーマは高レベル放射性廃棄物の処分方法についてであった。結果の詳細

は報告書を待たなければならないが,実空間同様に態度変容が起きたこと,

オンラインのため全国の参加者が議論する空間が作れたこと等の成果が

あったとした。一方で,議論中に映像が乱れて進行が滞る等,オンライン

が故の技術的課題も確認された。

 この取り組みは,オンラインという方法の模索に留まらず,扱ったテー

マそのものも意義深いものであった。高レベル放射性廃棄物というテーマ

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284 放送メディア研究 No.13 2016

は,エネルギー・環境政策の中でも最も行き詰まっているといえるものだ

からである。国は現在,廃棄物を地底深く埋める「地層処分」を計画して

いるが,そのリスクを巡り研究者間で意見が対立しており,処分地の候補

地選定も進んでいない。日本学術会議はこうした状況を鑑み,「地層処分に

ついての安全性確保の研究並びに国民の理解と合意形成を図るための期間

を確保するため53)」「暫定保管」という提案を行っており,この調査では,

国が進める地層処分と日本学術会議の提案する暫定保管のどちらが望まし

いかをテーマに議論が行われた。前項で触れたように,国は全国でシンポ

やワークショップを行っているが,今後,日本学術会議という民間からの

提案を選択肢に加える可能性はあるのか,今回行われた討論型世論調査の

結果をどう受け止めるのかについても注目していきたい。

4.3 ミニ・パブリックスのネットワーク こうした新たな手法の模索だけでなく,異なる手法を研究,実践する人

たちによるネットワーク作りも始まっている。2015年12月には「日本ミ

ニ・パブリックス研究フォーラム」が設立され,討論型世論調査,コンセ

ンサス会議,市民討議会という3つのミニ・パブリックスの手法に関わる

研究者と熟議民主主義理論の研究者,実践する市民等が集う記念シンポジ

ウムが行われた。そこでは,ヨーロッパでは既にミニ・パブリックスが制

度化され自治体の都市計画を決める過程に組み込まれている実践事例が紹

介された。またシンポでは,市民協働や参加型まちづくりが重視される地

方自治では比較的実践が容易だが,国政での実践には大きなハードルがあ

るという点や,公共政策形成への接続先として相応しい相手は,官僚なの

か,審議会なのか,議会なのか,という点が議論された。中でも議会にミ

ニ・パブリックスを接続させることで,代議制そのものを世論によって改

善させる可能性があるという視点は興味深かった。

 筆者が最も関心を抱いたのは,社会運動との連携の可能性に関する議論

であった。社会運動家を一般市民としてではなく特定のテーマの専門家と

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285第3章 世論が生まれる社会の困難

公共政策形成と世論の新たなステージ

位置づけてミニ・パブリックスに組み入れることについては意見が分かれ

る54)。ただ,SEALDs等,日本でも新たな社会運動の萌芽が広がる中,世

論を形作る様々な取り組みを,その関係性と共に幅広く捉えてあらゆる連

携の可能性を思考していくことは,今後,国民の側から世論を公共政策形

成に接続させていくことを考える上で必要不可欠なことであると感じた。

4.4 マスメディアの取り組み 最後にマスメディアの取り組みにも触れておきたい。マスメディアには

世論調査を行う主体としての役割と,政策課題について伝える報道機関と

しての役割の2側面がある。前者については,2015年11月に行われた日

本世論調査協会の研究大会の議論が興味深かった。新聞・通信各社の世論

担当責任者が登壇するシンポで複数の登壇者が口にしたのは,最近,互い

の調査を比較したり概観したりする報道が必要と感じ,実践も始めている

ということであった。背景には読者の調査へのリテラシー向上や安倍政権

の世論調査に対する姿勢等があるという。もちろん,各社が独自に世論調

査を行い,それを大々的に報じるこれまでの世論調査報道のあり方がドラ

スティックに変わることはないだろう。しかし,調査を俯瞰することで

“より確からしい世論”をマスメディア自身が提示していく機能を作り出

していかなければならないという問題意識の芽を見たような気がした。

 後者については様々な方法が考えられよう。本誌に登場する池上彰氏の

ような取り組みや,NHKによる多様な専門家による各種討論番組のよう

な模索もあるであろう。マスメディア,とりわけテレビメディアの役割は,

出来るだけ幅広い層の人たちに番組を見てもらい,まずは重要な政策課題

に関心を持ってもらい,その上で少しでも理解を深めてもらうことにある。

そのためには,ハードルの低さを担保しながらも気づきの仕掛けをしっか

り仕込んでいく高い番組制作力が求められる。これこそがテレビメディア

の真骨頂である。

 ただ筆者は,放送と通信がますますシームレスになっていくこれからの

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286 放送メディア研究 No.13 2016

メディア環境においては,テレビメディアは次なる新たな役割を構築しな

ければならないと考える。特に公共放送から公共メディアへとその役割の

拡張を宣言したNHKは,早急に新たな役割とは何かを具体的に国民に提

示していかなければならない。筆者は討論型世論調査が日本で実施される

はるか以前から,アメリカやイギリスのように,公共放送がその実践を担

う姿を思考し続けてきた。NHKは,世論調査機能を備え,複雑な情報を

整理してバランスよく伝える力や討論のモデレーション力があり,そして

何より調査結果やその過程を広く社会に伝える媒体力を備えている。これ

までは,無作為抽出をきっかけとした一般市民による議論が多くの人を引

きつける番組になりうるのか,という点が大きなハードルであった。しか

しこれからは放送だけを模索する必要はない。公共メディアにとって最も

重要なのは,何のために社会に存在するのか,そのためにどのような役割

を果たすのか,その具現として,どういう機能を放送と通信の両舞台で果

たしていくのか,ということである。もちろんその前提として,国民の社

会的信頼を得られているということは言うまでもない。

 “より確からしい世論”を見極め,より相応しい判断を社会が行い続けて

いくために,国民と国を媒介するマスメディアには今まで以上に重い責任

が課されていると筆者は考える。どのような政権であろうとも揺るがない

健全な民主主義を社会に根付かせるため,今後もこの分野の取材,研究を

進めていきたい。

注、引用・参考文献 1) エズラ・ヴォーゲル著『ジャパン・アズ・ナンバーワン』(1979),チャルマーズ・ジョンソン著『通

産省と日本の奇跡』(1982) 等 2) 小林傳治著『トランス・サイエンスの時代―科学技術と社会をつなぐ』(2007)等

3) 現行の国民投票制度は日本国憲法改正のみが対象である

4) 討論型世論調査,コンセンサス会議,市民討議会,市民陪審(アメリカ),計画細胞(ドイツ)他。詳しくは,篠原一編『討議デモクラシーの挑戦―ミニ・パブリックスが拓く新しい政治』(2012)

5) アンソニーダウンズ著・古川精司監訳『民主主義の経済理論』(1980) 6) 田村哲樹「討議デモクラシーとその多様性」『Vote rs』9号(2012.8) 7) 佐藤卓己著『世論と輿論-日本的民意の系譜学』(2008)

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287第3章 世論が生まれる社会の困難

公共政策形成と世論の新たなステージ

8) h t tp : / /s t ips . jp /wp-content /up loads/LessonLearn ing .pd f  9) 「原子力政策円卓会議」「みんなのエネルギー・環境会議」などの取り組み

10) イタリア,ドイツ,スイス,デンマーク,スウェーデン,リトアニア等

11) 検証会合における大阪大学の小林傳治教授(現副学長)の発言

12) h t tp : / /www.env.go . jp /counc i l /06ear th /y060-110/mat01_2.pd f

13) 元国家戦略室企画調整官・井原智人氏へのヒアリング

14) h t tp : / /matsuura- lab .o rg/dp-op in ion-a rch ive/contents-1.h tm l

15) 電話番号をランダムに発生させ,その番号に電話をかけ,かけた世帯の対象者から調査相手を等確率で選ぶ方法

16) 実行委員会はht tp : / /www.cas .go . jp / jp /se isaku/npu/kokuming i ron/dp/120827_01.pd f

第三者検証委員会はhttp://www.cas.go.jp/jp/seisaku/npu/kokumingiron/dp/120822_04.pdf

17) 曽根泰教ほか著『「学ぶ,考える,話し合う」討論型世論調査―議論の新しい仕組み』(2013),柳瀬昇著『熟議と討議の民主主義理論』(2015)

18) 木下健,田中宏樹「公共的討議は,「代表性」の確保に成功したか : 「エネルギー・環境の選択肢に関する討論型世論調査」に関する定量評価」(2015),泰松典行「制度的次元における討議の場の目的と機能性 : 政策決定と国民的議論の連結手法としての討論型世論調査の検証」(2013),菅原琢「公開データから得られる「エネルギー・環境の選択肢に関する討論型世論調査の教訓」(2012)ほか

19) 前掲,曽根泰教ほか著『「学ぶ,考える,話し合う」討論型世論調査』より。( )内は筆者加筆 20) 前掲,柳瀬昇著『熟議と討議の民主主義理論』 21) 前掲,第三者検証委員会報告書

22) 第2回「国民的議論に関する検証会合」(8月27日)での複数メンバーの発言等,http://www.cas.

go . jp / jp /se isaku/npu/po l i cy09/pdf /20120905/g i ron_g i j i yosh i02.pd f

23) 前掲,曽根泰教ほか著『「学ぶ,考える,話し合う」討論型世論調査』 24) 本調査については曽根氏が詳細に分析している。また他の調査では,例えば,杉山慈朗「討論型世論

調査における情報提供と討論は機能しているか」(2012)他 25) 本稿の前に掲載されている座談会での鳥海氏の発言

26) 第3回「国民的議論に関する検証会合」(8月28日)での発言

27) この時期,公式の討論型世論調査ではないが,その手法を応用し,川崎市民を対象に規模を限定し,民間の資金で独自に実施したイベントもあった。

28) 村上圭子「日本初実施・全国版「討論型世論調査」~問い直される世論調査と放送メディア~」(『放送研究と調査』2011年8月)

29) 参加者の内訳は,男女比67%:33%,年齢は20代4.9%,30代10.5%,40代23.9%,50代13.7%,60代29.5%,70代以上17.5%。総務省発表(2012年10月)は,男女比46.8%:51.9%,20代12.7%,30代16.4%,40代16.8%,50代14,9%,60代17.6%,70代以上21.5%。

30) 前掲,菅原琢「公開データから得られる「エネルギー・環境の選択肢に関する討論型世論調査の教訓」 31) 第三者検証委員会や,検証会合,前掲の菅原氏,Lesson Learn ingの議論等

32) 柳瀬氏は著書で,当初は地方で複数開催するという意見も提起されていたが,このテーマは全国の人が一同に会さないと意味をなさないと反対したとしている。

ちなみに「World Wide Views」(世界市民会議)という環境問題に関するテーマを世界的に議論するミニ・パブリックスの取り組みでは,各国100人ほどの市民の代表者が,同一のテーマを同一の資料を使い同日に議論している,ht tp: / /www. js t .go. jp/csc/de l iberat ion/WWV2015/ index.html

33) 内田智「熟議デモクラシー 国境横断的なその制度化の課題と可能性 欧州における討論型世論調査の試みを一例として」(2013)

34) 第3回「国民的議論に関する検証会合」(8月28日)での議論

35) 細野原発担当相(当時)が,15%がベースになると発言,それがメディアで大きく報じられていた 36) http://www.cas.go.jp/ jp/seisaku/npu/pol icy09/sentakushi/database/video/index.html

37) 井原智人氏へのヒアリングより 38) h t tp : / /c l imateyouth japan.o rg/ 

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288 放送メディア研究 No.13 2016

39) 2012年9月11日のNHKニュース 全国20歳以上の男女を対象にRDD法で実施。調査対象の65%にあたる1060人から回答を得た

40) 井原智人氏へのヒアリングより

41) 2013年1月31日の安倍首相の衆議院本会議での答弁

42) h t tp : / /www.met i .go . jp /p ress/2014/04/20140411001/20140411001-1.pd f 

43) 通称「S+3E」と呼ばれている

44) 詳細は河野啓・政木みき「震災3年「防災とエネルギー調査」~国民と被災者の意識を探る」(『放送研究と調査』2014年4月)

45) h t tp : / /www.crs .o r. jp /backno/No682/6822.h tm  46) 2015年2月18日の衆議院本会議での安倍首相の答弁 47) http://www.enecho.meti.go.jp/committee/council/basic_policy_subcommittee/#mitoshi

48) 2015年10月26日 中日新聞「核心 エネ政策 矛盾指摘 公募意見分析」 49) h t tp: / /www.enecho.met i .go. jp/category/others/bas ic_p lan/pdf/140411.pdf p.76~ 50) 詳しくは,安田利枝「原子力政策:政策決定の法制度に関わる「公共空間」⑴」(2012) 51) https://www.jsps.go. jp/ j-grantsinaid/12_kiban/ichiran_25/j-data/h25_j2201_tanaka.pdf

52) 山崎新,遠藤晶久,清水和巳,田中愛治「熟慮と「考えられた世論」:ウェッブ「熟慮」実験の結果」(2015)。このほか,以下も参照。

横山智哉「政策争点に関する情報提示が異なる意見を支持する他者の寛容性に及ぼす影響:オンラインサーベイ実験を通じて」(2015),日野愛郎,他「世論調査における回答者の「熟慮」-その度合いに関する指標化の試み-」(2015)

53) 日本学術会議 高レベル放射性廃棄物の処分に関するフォローアップ検討委員会「高レベル放射性廃棄物の処分に関する政策提言―国民的合意形成に向けた暫定保管」(2015年4月)http://www.scj.

go . jp / ja / in fo /kohyo/pdf /kohyo-23- t212-1.pd f  54) 社会運動家を一般参加者としてではなく専門家の側に積極的に組み入れていくという意見としては,

鈴木宗徳「公共性と熟議民主主義を分離・再接続する」『規範理論の探求と公共圏の可能性』(2012),批判的な意見としては,野宮大志郎「熟議民主主義と社会運動:政治のコンテキストで考える」『学術の動向』(2015)

村上圭子 むらかみ・けいこ

NHK放送文化研究所メディア研究部主任研究員。1992年NHK入局。報道局でディレクターとして『NHKスペシャル』等を制作,ラジオセンターを経て現職。放送通信融合時代のテレビ・放送の今後のあり方,災害情報から見る新たな情報環境と社会などについて取材,研究を進めている。主な著書・論文:「日本初実施・全国版「討論型世論調査」~問い直される世論調査と放送メディア~」『放

送研究と調査』2011年8月/「東日本大震災・安否情報システムの展開とその課題」インプレスジャパン『IT時代の震災と核被害』2011年12月/「災害ビッグデータ活用の今後」日本都市計画学会誌『都市計画』306号,2013年12月/「これからのテレビを巡る動向を整理する~ Vo l .7」『放送研究と調査』/ほか