特集 ビッグデータの活用と個人情報保護特集...

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特集 ビッグデータの活用と個人情報保護 特集1 広がるビッグデータの流通・利活用と課題 1 特集2 グローバル社会におけるデータ利活用のための法整備 特集3 自己情報をどうコントロールするか–SNS やアプリの利用を中心に– 5 9 消費者問題アラカルト 改正医療法による医療機関の ウェブサイト等の広告規制 12 中古車の契約をめぐるトラブルQ&A 中古車の売却(1) -キャンセル、再査定のトラブル- こんなときどうしたら?インターネットのセキュリティガイド ランサムウェア 私と消費者問題 今井 純子さん 15 17 20 海外ニュース <ドイツ>健康的とはいえない大豆飲料も <オーストリア>地元で人気のチーズ入りソーセージをテスト <アメリカ>知っておきたいベビーフードの重金属リスク <オーストラリア>欠陥製品の安全規制の改善を 22 消費者教育実践事例集 パートナーシップでヨコとつながる! -コラボ講座で高齢者の消費者被害を防ごう- 気になるこの用語 捨印 24 26 消費生活相談員のための割賦販売法 包括信用購入あっせん(7)-事例検討- 苦情相談 バッグに色移りした黒いジャケット 暮らしの法律 Q&A マンションをリフォームするときの注意点は? 暮らしの判例 認知症の高齢者に対する仕組債の勧誘と適合性原則・説明義務違反 誌上法学講座 不当条項規制(9条)(2) 啓発用リーフレット 架空請求被害急増中! 28 32 34 35 38 ウェブ版 NO.752018目次 42

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特集 ビッグデータの活用と個人情報保護

特集1 広がるビッグデータの流通・利活用と課題 1

特集2 グローバル社会におけるデータ利活用のための法整備

特集3 自己情報をどうコントロールするか–SNSやアプリの利用を中心に–

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消費者問題アラカルト 改正医療法による医療機関の

ウェブサイト等の広告規制

12

中古車の契約をめぐるトラブルQ&A 中古車の売却(1)

-キャンセル、再査定のトラブル-

こんなときどうしたら?インターネットのセキュリティガイド ランサムウェア

私と消費者問題 今井 純子さん

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海外ニュース <ドイツ>健康的とはいえない大豆飲料も

<オーストリア>地元で人気のチーズ入りソーセージをテスト

<アメリカ>知っておきたいベビーフードの重金属リスク

<オーストラリア>欠陥製品の安全規制の改善を

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消費者教育実践事例集 パートナーシップでヨコとつながる!

-コラボ講座で高齢者の消費者被害を防ごう-

気になるこの用語 捨印

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消費生活相談員のための割賦販売法 包括信用購入あっせん(7)-事例検討-

苦情相談 バッグに色移りした黒いジャケット

暮らしの法律 Q&A マンションをリフォームするときの注意点は?

暮らしの判例 認知症の高齢者に対する仕組債の勧誘と適合性原則・説明義務違反

誌上法学講座 不当条項規制(9条)(2)

啓発用リーフレット 架空請求被害急増中!

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ウェブ版

NO.75(2018)

目次

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国民生活 2018.10 1

はじめにビッグデータという言葉とともに、多様な

データの利活用が試みられ、データの経済的価値が上がるとされています。その結果、データを現代の石油と呼ぶことさえあります。そのデータの中でも消費者一人一人にかかわるデータ、つまりパーソナルデータは経済価値を生み出すと信じられ、政府や企業において、その利活用が実施または検討されています。これは消費者からすると、本人が知らないところで勝手にパーソナルデータを使われてしまったり、プライバシー侵害などにもつながることになります。さらに流出・漏えいなどの不安も広がることになります。

本稿では消費者保護の観点から、パーソナルデータを中心にビッグデータの利用や流通の状況と今後について概説します。なお、パーソナルデータというとその流出・漏えいを心配する人が多いのですが、ビッグデータの普及は仮に流出・漏えいがなくても、大きなリスクがあり、それを理解することが重要です。

ビッグデータとはビッグデータという言葉がはやる以前から、

消費者に関するパーソナルデータの利活用は行われていました。しかし、ビッグデータにかかわる技術により、その利活用の仕方が大きく変わってきています。 さて、ビッグデータとは大量かつ多様なデータとそれを処理するシステムの総称です。何ができるのかという観点で説明すると、以前はコンピューターの処理能力的に難しかった大量データの分析や、多様な種類のデータを組み合わせた分析ができるようになります*1。この結果、これまでは一握りの消費者だけを抽出して分析したり、各消費者のごく一部の断片情報だけを扱ったりするケースが多かったのですが、ビッグデータにかかわる技術を駆使することにより、多数の顧客を抱える小売事業者が、顧客一人一人の購買履歴を詳細に分析できるようになっています*2。

例えば Amazon の強みは商品推奨ですが、そのしくみは図のようなものです。まず全顧客と全商品に関する巨大な表を作ります。次に各顧客について購入した商品やウェブページを見た商品などの度合いに応じて数値を入れていきます。そして商品に関する数値が似ている顧客同士は類似した購買行動があるとして、一方の顧客が購入した商品やウェブページを見た商品

* 1 コンピューターの処理性能やアルゴリズムの効率性が急激に向上したわけではなく、多数のコンピューターを協調させることで、大量かつ多様なデータを処理する方法が発達した。

* 2 小売事業者が消費者行動を細かく分析するようになった背景には、消費者が商品を購入する前に、その商品を製造または販売する企業の宣伝よりも、その商品を既に購入した消費者のクチコミ情報を信用するようになったために、従来のマスプロ的なマーケティングは難しくなり、個々の消費者の行動を細かく分析しなければならなくなったことが挙げられる。

ビッグデータの活用と個人情報保護

特 集

広がるビッグデータの流通・利活用と課題

総合研究大学院・情報学専攻教授を兼任。専門はシステムソフトウェア。個人情報保護法改正などの情報関連の法制度に関する政府委員など。

佐藤 一郎 Sato Ichiro 国立情報学研究所・副所長、教授

特 集

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を、もう一方の顧客に推奨していきます。当然、Amazon の場合、顧客数も商品数も多いので、前述の表は膨大な大きさとなり、ビッグデータの技術がなければ処理できません。

無料サービスの裏側ビッグデータにかかわる技術でパーソナル

データを駆使しているのが、通称、GAFA と呼ばれる企業群(Google、Apple、Facebook、Amazon)でしょう。 Googleの場合、個々のユーザーの検索履歴やウェブの閲覧履歴、視聴した動画などの大量のパーソナルデータを集めています。それを分析することで、ユーザーの特性や関心を把握し、それぞれに応じた広告を表示することで広告効果を高め、大きな広告収入を得ています*3。 さらに新しいサービスを開発・提供することで、さらにパーソナルデータを集めるというビジネスモデルです。

Google をはじめ、大手ウェブ検索サービスでは、1回の検索で 100 台程度のサーバを使っているはずです。それなりのコストがかかりますが、無料で提供できるということは、それに見合う利益があるからであり、その源泉がパーソナルデータです。ユーザーが検索したキーワードによって、ユーザーの関心事や状況がみえてきます。例えば病名を検索すれば、その検索事業者は、本人またはその家族がその病気にかかっている可能性があると推定して、それにかかわる広告を表示していきます。同様のこと

はネット通販にもいえます。例えば、ある消費者ががんに関する書籍とカツラを購入していれば、その消費者は抗がん剤を投与されていると推定して商品推奨に反映してきます。

また、Facebook に限らず、国内外のソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の大半は、ユーザーが書き込んだ文章の分析はもちろん、そのユーザーと友人になっているユーザーとの関係についても詳細な分析をし、表示する広告を選ぶことで広告効果を上げています。

消費者が無料でウェブ検索やメール、地図、SNS などの便利なサービスを享受できるのは、見返りに自らのパーソナルデータを提供しているからだということを忘れてはいけません。

パーソナルデータと種別パーソナルデータは次の3種類に分類されま

す。①主体的提供データ

本人が自ら提供する情報。氏名、住所、電話番号などが相当する。

②観測データセンサーやカメラなどで個人を観測することによって得られる情報。

③推定データある個人に関する断片的な情報に他人や何らかの統計情報を組み合わせ、その個人がどういう人かを推定するデータ。さて 10 年ほど前は、パーソナルデータとい

うと①主体的提供データが中心でしたが、近年、Internet of Things (IoT)という言葉で代表されるように、カメラはもちろん、各種センサーから取得された心拍や体温、位置、移動経路など、容易に取得・収集した大量かつ多様なデータを、自動的に分析できるようになっています。

例えば多数の個人に関する顔画像と氏名などの組み合わせに関するデータベースがあれば、防犯カメラに写った人物が誰であるか分かる確率が高くなっているのが実情です。さらにカメラやセンサーは小型化が進んでおり、消費者は行動を観測されていることに、気づきにくく

ビッグデータの活用と個人情報保護特集

特集1 広がるビッグデータの流通・利活用と課題

*3 Google の収入の 95% 以上は広告関連といわれている。

5 5 2 … 21 2 4 … 54 5 1 … 15 2 4 … 1: : : :3 2 3 … 2

類似

商品購入やウェブ表示実績に応じて数値を与える。1番目の顧客と3番目の顧客は数値の並びが似ているので、互いに類似した購買行動を取ると推測して、1番目の顧客の購買品を3番目の顧客に推奨し、またはその逆を推奨する。

多数ユーザー

多数商品

図  商品推奨(協調フィルタリング)のしくみ

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なっています。 一方、日本の法制度ではパーソナルデータのうち、個人情報とされる範囲は個人情報保護法を通じて保護されることになっていますが、保護対象は個人情報*4の利用に関するものにとどまり、カメラやセンサーなどによる個人情報の取得に関しては、ほとんど規制がないことは理解しておくべきです。

そしてビッグデータと密接な関係があるのは③推定データ(プロファイリングデータとも呼ばれます)です。例えば SNS などでは、ビッグデータにかかわる技術を駆使することにより、ユーザー本人が入力したデータ(①に相当)よりも、SNS 事業者により推定されたそのユーザーに関する推定情報の量のほうが多いとされます。その推定情報には、そのユーザーと他のユーザーとの関係、過去の書き込みなどから推定したユーザーの性格や行動などが含まれ、SNS の場合、事業者にもよりますが、ユーザー1人当たり数ギガバイトの量になることもあります。

プロファイリングされる消費者ここで問題となるのは、プロファイリング

データの精度が低く、しばしば間違ったプロファイリングにより、消費者の権利利益の侵害が起こり得ることです。

例えば SNS 事業者の場合、ユーザーの書き込みなどから、そのユーザーの性格や関心事を推定していきますが、SNS への書き込みはそのユーザーの断片的な情報に過ぎません。その結果、SNS の書き込みに乱暴な文言が頻繁に含まれていれば、そのユーザーは攻撃的な性格・行動の持ち主と推定されがちです。さらに断片的な情報だけでは不十分な場合、事業者は外部情報で補いますが、その外部情報となるのは、そのユーザーと類似した書き込みをする他のユーザーに関する情報や、「類は友を呼ぶ」という仮説からそのユーザーの友人の情報

です。しかし、あるユーザーの書き込みが他のユーザーの書き込みと類似しているからといって、両ユーザーの性格や関心事が同じとは限りません。また不幸にして外部情報に含まれる他のユーザーが仮に特異な性格や関心事の持ち主だと、そのユーザーも同じ性格と関心事の持ち主として推定されます。さらにプロファイリングによるデータを外部情報としてプロファイリングするので、間違いが増幅されやすいのが現実です。

問題なのは、こうした間違ったプロファイリングは個人の権利利益に影響を与えるにもかかわらず、消費者本人はプロファイリングが存在することも、自分がどのようにプロファイリングされているのかも知らず、間違っているプロファイリングの修正を求めることも困難だということです。

格付けされる消費者ビッグデータにおいて、消費者は常にデータ

として扱われる存在、つまりデータを通じて評価され、処遇されています。 例えばアメリカでは、企業に就職するときに、クレジットカードレポート(引き落とし日に残高不足やローン支払い延滞などを記載したもの。カード会社が発行する)の提出が求められることは少なくありません*5。 このレポートはある種の消費者の格付けとして利用され、スコアが低ければ就職や賃貸借契約などに影響します。また、中国でも企業による消費者の格付けは進んでおり、そのスコアは与信や金利優遇への利用はもちろん、最近、中国で普及しているQRコードなどを利用した簡易決済における不正抑止にも使われています。さらに、中国では企業による消費者の格付けと政府による国民信用データベースの連動が進み、格付けスコアは公共サービス利用可否にも利用され、一方で政治的な行動がそのスコアに影響するという報道もあります*6。

ビッグデータの活用と個人情報保護特集

特集1 広がるビッグデータの流通・利活用と課題

*4 個人情報の範囲は個人情報保護法によるが、簡単にいうと、誰であるかが分かる情報と、外部情報との照合により誰であるかが分かる情報となる。また 2016 年の同法改正により、一部識別子や生体情報も個人情報に加えられた。

*5 レポートの提出は任意ということになっているが、現実には提出を拒否すれば採用候補者から外されることもあり得る。*6 Christina Zhao: 「14 億人を格付けする中国の『社会信用システム』本格始動へ準備」、Newsweek 日本版 (2018 年 5 月 2 日 )

https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/05/14-8.php

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格付けは正しいとは限りません。ある人の出身地や育った場所が、たまたま犯罪率や貧困率が高い場所とすると、その人も同様に扱われるおそれがあり、格差がますます広がります。 今後はIoTにより取得される個人行動にかかわるデータを含めて、取得・利用されるパーソナルデータの範囲は広がり*7、至るところでプロファイリングされるでしょう。また、SNSの書き込み内容や購買履歴で与信審査が行われることになるでしょう*8。その場合、プロファイリングが間違っている場合だけでなく、若かりし日に勢いでSNSに書いた乱暴な言葉ひとつで、消費者は実情よりも高い保険料を算定されたり、支払い能力が疑問視されて金利が高めに設定されたりしかねません。SNS上の友人にローン延滞者や犯罪歴のある者が含まれれば、同様に扱われるリスクがあり、リスクを避けるために友人を選び、そのことが差別や社会的排除につながる可能性があります。また消費者のどんな行動が格付けに影響するかは明らかになっているとは限らず、格付けの仕方次第で消費者の行動を恣

し意い

的に方向づけることも不可能ではありません。 EUではこの問題を解決するために、「忘れられる権利」*9が導入されていますが、日本においては法制度が追いついていないのが実情です。

まとめビッグデータを活用することにより事業者が

実現したいことは、事業の効率化です。例えば消費者のパーソナルデータを駆使して広告を選別することは、消費者にとっては関心のない広告を見なくてすむというメリットもありますが、事業者にとっては広告効果を上げることに他なりません。

このとき留意することは、効率化と公平性は両立するとは限らないということです。無償サービスが広告収入によって賄われている場

合、事業者にしてみれば購買余力の高い層に広告を出したいのは当然です。その場合、逆に購買余力の低い層は広告効果がないとなると、これまで便利に使っていた無償のサービスが提供されなくなる可能性があり、ますます格差が広がる危険性をはらんでいます。

SNS を含めたサービスにおいて、数多くの広告を見させるためには、消費者がそのサービスを利用する時間を延ばせばよく、そのためには消費者にとって不快な情報、例えばその消費者の関心事や主義主張に合わない情報を見せないようにします。消費者にとっては心地良いことのように思えますが、偏った情報しか表示されないことになり、これは昨今問題となったSNS 上のフェイクニュースの遠因になっています。これを防ぐには、消費者も自らのパーソナルデータがどのように扱われているのかを気に留めておくべきです。

また、前述の GAFA のように、パーソナルデータを収集・分析して事業に生かし、さらに新しいサービスを開発・提供することでパーソナルデータを集めるというビジネスモデルが展開される状況においては、パーソナルデータが特定の事業者へ集中するという問題が起きています。過度な集中は事業者間の競争を阻害しますし、消費者の事業者への依存を高めることから、長期的には望ましい状態とはいえません。

EU は、2018 年 5 月に施行された GDPR(EU一般データ保護規則)などの法規制を通じて、特定の企業へのパーソナルデータの集中を規制する施策を打ち出しています。日本においては2017 年 5 月施行の改正個人情報保護法により、世界の個人情報保護制度に追いついた状況であり、今後も世界情勢に合わせて、企業の活動の活性化と消費者保護の両立を図っていかなければなりません。

ビッグデータの活用と個人情報保護特集

* 7 位置情報が取得できれば、今後は消費者が広告を見た後に実際に来店した場合、高額の広告料が支払われるようなケースも出てくるだろう。

* 8 近年、アメリカ「ゼスト・ファイナンス」、ドイツ「クレディテック」をはじめ、欧米諸国でソーシャルメディアの情報を活用して消費者向けローンを提供するベンチャー企業が生まれている。

*9 インターネット上に掲載された自分の個人情報を削除できる権利。2012 年 1 月、EU は個人情報保護を定めた「一般データ保護規則案」を公表。この第 17 条に「忘れられる権利 right to be forgotten」が明文化された。

特集1 広がるビッグデータの流通・利活用と課題

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* 1 「個人情報保護に関する取りまとめ(意見)」(2007 年 6月 29日国民生活審議会)* 2 犬童周作「官民データ活用推進基本法について」『自治体法務研究』2017 年夏号(2017 年)63-67 ページ。法令解説としては、

他に、中司光紀「官民挙げてデータ活用を推進」『時の法令』2024 号 4〜 18ページ。

データ利活用のための法整備前史~いわゆる過剰反応

一昔前であれば、データの利活用を促進するための法整備というのは考えられませんでした。憲法は表現の自由(憲法 21 条)、営業の自由(憲法 22 条 1 項、職業選択の自由より)を保護しており、情報については、禁止されている一部の行為を除けば、自由に流通するものである、というのが法律の建前です。しかしながら、2005 年 4 月の個人情報の保護に関する法律(以下、保護法)全面施行後に起きたのは、いわゆる「過剰反応」でした。同法等に対する誤解等に起因して、必要とされる個人情報の提供までも行われなかったり、各種名簿の作成が中止されたりしたのです* 1。これに対応し、2008 年 4 月 25 日には個人情報の保護に関する基本方針(保護法 7 条)が変更され、広報・啓発活動を中心とした対策が進められました。

それから約 10 年が過ぎ、保護法が大改正されました(2017 年 5 月 30 日全面施行)。この 10 年の間に、スマートフォン、SNS、IoT、AI(人工知能)、クラウドコンピューティング、スマートスピーカーと、情報通信技術の発展は著しいものがあります。

官民データ活用推進基本法の成立と基本計画

(1)官民データ活用推進基本法の成立このような状況下で、2016 年 12 月 7 日に

は、官民データ活用推進基本法(以下、官民データ法)が成立しました。同法は「インターネットその他の高度情報通信ネットワークを通じて流通する多様かつ大量の情報を適正かつ効果的に活用することにより、急速な少子高齢化の進展への対応等の我が国が直面する課題の解決に資する環境をより一層整備することが重要であることに鑑み、(中略)官民データ活用の推進に関する施策を総合的かつ効果的に推進し、もって国民が安全で安心して暮らせる社会及び快適な生活環境の実現に寄与すること」を目的とし、個人情報・個人データのみに限られない電磁的記録たる「官民データ」の活用を推進しようとするものです。これは、AI や IoT を中心とした情報通信技術の進展を背景に、「官(国、地方公共団体等)、民(企業等)の諸活動自体を、データ活用を前提とした社会に適応するものに転換し、官民双方が各

おのおの々保有するデータ(官民

データ)をみんなで活用できる環境を整備することにより、国民一人一人が豊かさを真に実感できる社会モデルを構築していくことが必要である」との考え方をベースにしています* 2。(2)官民データ法と保護法の関係

では、官民データ法の考え方と、保護法はどのように折り合いをつけているのでしょうか。官民データ法については、保護法の改正に合わせて、自由民主党政務調査会名義で公表された

「個人情報保護法改正に関する提言」(2015 年2 月 12 日)にその萌芽をみることができます。

同提言の 3 項では、本来の法改正の趣旨を

ビッグデータの活用と個人情報保護特集

特 集

2

ひかり総合法律事務所弁護士。理化学研究所革新知能統合研究センター客員主幹研究員、国立情報学研究所客員教授。日本弁護士連合会消費者問題対策委員会副委員長(電子商取引・通信ネットワーク部会長)。

板倉 陽一郎 Itakura Yoichiro 弁護士

グローバル社会におけるデータ利活用のための法整備

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踏まえ、保護法の目的規定および新たに設置する第三者委員会の任務規定に、個人情報の利活用の推進に配慮する旨を明記すること、という内容が含まれていました。保護法の目的規定および個人情報保護委員会の任務規定に「個人情報の利活用の推進」を盛り込もうという動きがあったわけです* 3。

しかしながら、実際には、保護法の改正に当たって、保護と利活用のバランスを利活用側に倒すということは行われませんでした。保護法1 条の目的規定が加筆されたこと* 4 についても、保護と利活用のバランスを利活用側に傾斜させるものではないと説明されていますし* 5、むしろ官民データ法では、官民データ活用の推進は、保護法をはじめ、サイバーセキュリティ基本法や、いわゆるマイナンバー法など、その他の関係法律による施策と相まって、個人および法人の権利利益を保護しつつ情報の円滑な流通の確保を図ることを旨として行われなければならないとし、官民データの活用を推進するに当たっては保護法を遵

じゅんしゅ守し、「個人及び法人の

権利利益」が保護されなければならないことが明記されたのです。(3)官民データ活用推進基本計画

官民データ法の実施に当たっては、「官民データ活用の推進に関する施策の総合的かつ効果的な推進を図るため」(官民データ法 8 条 1 項)、官民データ活用推進基本計画が定められることになっています。

官民データ活用推進基本計画の最新のものは、2018 年 6 月 15 日付の「世界最先端デジタル国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」(以下、基本計画)です* 6。

基本計画では、①官民データ活用の推進に関する施策についての基本的な方針の中で重点分野(電子行政、健康・医療・介護、観光、金融、

農林水産、ものづくり、インフラ・防災・減災等および移動)を指定し、「推進体制」の中で②国の行政機関における官民データ活用に関する事項と③地方公共団体および事業者における官民データ活用の促進に関する事項についての大きな方針を定めたうえで、④官民データ活用に関し政府が重点的に講ずべき施策を「施策集」として、官民データ法の各条項に対応した取り組みが規定されています。「推進体制」においては、「個人情報等の適正な取扱いの確保」の項目が設けられており、官民データの利活用の推進に当たって、個人情報保護委員会による個人情報等の保護および適正かつ効果的な活用に係

かかる施策と連携することが確認されているほ

か、日 EU 間の相互の円滑な個人データ移転を図る枠組みの構築にも触れられています。

以下では、特に個人情報・個人データについての基本計画における施策を取り上げ、どのように個人情報保護との関係を整理していくかをみていきます。

基本計画における具体的な施策(1)匿名加工情報と非識別加工情報

「匿名加工情報」は、もともと、保護法の改正において、ビッグデータの利活用のための制度として導入されたもので(保護法 2 条 9 項、36 条~ 39 条)、基本計画においても「個人情報及び匿名加工情報の取扱いに関する相談対応及び情報発信」(№ 4‐2、官民データ法 12 条関係)の中で施策に位置づけられています。行政機関や独立行政法人等に関しては「非識別加工情報」が匿名加工情報に相当しますが、基本計画においては位置づけられていません。

他方、地方公共団体における非識別加工情報に関する制度の導入については、「地域におけるデータ利活用の環境整備」(基本計画№ 11

ビッグデータの活用と個人情報保護特集

特集 2 グローバル社会におけるデータ利活用のための法整備

* 3 成立過程の分析については、板倉陽一郎・寺田麻佑「官民データ活用推進基本法の制定と個人情報保護法制への影響」情報処理学会研究報告電子化知的財産・社会基盤(EIP)2017-EIP-75 巻 18号(2017 年)1〜 7ページ。

* 4 ウェブ版「国民生活」2016 年 2月号「個人情報保護法改正のポイントを学ぶ」(5)「目的・定義に関する規定」http://www.kokusen.go.jp/wko/pdf/wko-201602_10.pdf

* 5 瓜生和久編著『一問一答 平成 27年改正個人情報保護法』(商事法務、2015 年)9ページ(Q5)。* 6 官民データ法 8条 7項により、2017 年 5月 30日付の「世界最先端 IT 国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」を全部変

更した形式を採っている。

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国民生活 2018.10 7

‐2、官民データ法 19 条関係)において、「地方公共団体が保有する個人情報に関する非識別加工情報の仕組みに関する相談対応や情報提供を行うとともに、非識別加工情報の活用事例を整理する等、地方の非識別加工情報に係る取組を支援」との施策がみられます。地方公共団体の個人情報保護制度は、各地方公共団体の個人情報保護条例によるもので、都道府県・市町村のそれぞれにおいて別の個人情報保護条例を有しています。非識別加工情報の制度を導入するにしても、各地方公共団体がそれぞれの責任で導入しなければならないのであって* 7、特に加工基準について、地方公共団体が個別に検討することが可能であるか、個人情報保護の観点から適切であるかについては疑念があります。もっとも、この点は 2018 年 6 月 4 日付の「規制改革推進に関する第 3 次答申~来るべき新時代へ~」(規制改革会議)において、「例えば、ビッグデータの活用が進む中、匿名加工した個人情報について、国や民間企業には法律で同一ルールが定められたにもかかわらず、地方自治体が保有する個人情報は従来通り条例で定めることとされている。その結果、多くの地方自治体で条例の検討が始まり、全国的利用が前提のビッグデータにおいて自治体ごとに異なるルールが整備される可能性が出てきている。所管府省では有識者会議を開催し、データ利活用のニーズがない中、検討すべき対応策を整理したと言うが、会議としては、ルール整備を怠っていると評価せざるを得ない」と痛烈に批判されています。これを受けて、2018 年8 月 21 日からは総務省に「地方公共団体の非識別加工情報の作成・提供に係る効率的な仕組みの在り方に関する検討会」が設置されています。地方公共団体の非識別加工情報に関する国としての「ルール整備」が期待されます。(2)いわゆる情報銀行やデータ取引市場等

「いわゆる情報銀行やデータ取引市場等の実装に向けた制度整備」(基本計画№ 4

‐1、官民データ法 12 条関係)においては、「個人関与の下でのデータ流通・活用を進める仕組みである PDS(Personal Data Store)、情報銀行、データ取引市場の実装に向け、今後、観光分野等における情報信託機能を活用した実証実験、情報信託機能の認定スキームに関する指針を踏まえた民間団体による取組状況や、諸外国の検討状況等を注視しつつ、引き続き、必要な支援策、制度の在り方等について検討」とあります。

特にいわゆる情報銀行については、これを受けて総務省および経済産業省が設置した「情報信託機能の認定スキームの在り方に関する検討会」による「情報信託機能の認定に係る指針ver1.0」(2018 年 6 月)が公表されています。

この指針によると、いわゆる情報銀行(情報利用信用銀行、情報信託機能)は、「個人とのデータ活用に関する契約等に基づき、PDS 等のシステムを活用して個人のデータを管理するとともに、個人の指示又は予

あらかじめ指定した条件に

基づき個人に代わり妥当性を判断の上、データを第三者(他の事業者)に提供する事業」と定義されています(図)。特に「予め指定した条件」に基づいて個人情報・個人データを第三者に提供するとなると、どのように個人情報の保護が図られるかが不安になるところです。

この点、指針においては、民間の団体等による任意の認定のしくみが望ましいとされてお

ビッグデータの活用と個人情報保護特集

特集 2 グローバル社会におけるデータ利活用のための法整備

* 7 板倉陽一郎「非識別加工情報に関する個人情報保護条例の改正についての自治体の実情と対応」IP42 号(2018 年)11ページ。

資料 「AI、IoT 時代におけるデータ活用ワーキンググループ 中間とりまとめの概要」より

図 情報銀行のイメージ

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り、モデル約款においては、保護法の遵守は当然として、提供先の第三者と提供契約を締結したうえで、再提供を禁止し、提供先第三者に対する調査・報告徴収権限が求められるなど、相当程度個人情報保護に配慮した内容が含まれます。この認定については、一般社団法人日本 IT 団体連盟が名乗りを挙げています(2018年秋開始予定)。(3)データ利用に関する契約

匿名加工情報が提供されるにしても、いわゆる情報銀行において第三者への提供が行われるにしても、契約が介在することになります。

「データ利用に関する適切な契約の促進」(基本計画№ 3‐5、官民データ法 11 条 3 項関係)において、「データの流通・利用に関するB to B取引は契約類型や契約条件が様々。また、AI 技術の特性等に関する相互理解が進んでおらず、AI 活用に係る契約の取決め方も手探り。データ流通・活用や学習済みモデルの利活用のための契約交渉が十分になされていない実態が存在」との問題が指摘されていました。

そこで、2017 年 5 月に公表された「データの利用権限に関する契約ガイドラインVer1.0」について、データ利用に関する契約事項や契約条件等を整理するとともに、AI 技術に係る権利関係や責任関係について交渉ポイントや留意点を示した AI 編を追加し、2018 年 6 月に抜本改訂されました(「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」)。

個人情報の保護との関係では、例えばデータ編において「データに個人情報が含まれる場合にはプライバシー権等の個人の権利が侵害されることがある」ことが明記されているほか、

「データは無体物であり、民法上、所有権や占有権、用益物権、担保物権の対象とはならないため、所有権や占有権の概念に基づいてデータに係る権利の有無を定めることはできない(民法 206 条、同法 85 条参照)」という、法律の専門家からすれば当然のことが記述されたことも大きいといえます。個人情報・個人データの本人をそっちのけで「データの所有権」なる

ものが議論されがちな状況にも配慮されたものでしょう。(4)欧州との越境データ移転

以上のような国内の施策のほかに、「日 EU間で個人データの円滑な越境移転のための環境を整備するための、日 EU 間の相互の円滑な個人データ移転を図る枠組みについて、戦略的な取組を推進」(基本計画№ 12‐3、「国際貢献及び国際競争力の強化に向けた国際展開」関係)という項目もみられます。一般的に個人データの越境移転を禁止している欧州から、十分な保護措置を備えた国または地域として認定される、いわゆる十分性認定についての項目です。この点については、2018 年 9 月 5 日に欧州委員会から、日本の十分性認定の決定文書草案と、正式な十分性認定手続の開始が公表されました。同年 9 月 26 日以降、欧州データ保護ボードが決定文書草案の審査を行っており、同ボードおよび欧州委員会の手続きを経て、十分性認定を見据えて、「個人情報の保護に関する法律に係る EU 域内から十分性認定により移転を受けた個人データの取扱いに関する補完的ルール」(個人情報保護委員会)も制定され、十分性認定によって越境移転されてくる EU の個人データについては上乗せ措置が求められます。今後は、欧州データ保護ボードおよび欧州委員会での手続きを経て、十分性認定が得られることが期待されています。日本も、欧州(EU および EEA31 カ国)に対して保護法 24 条における同等性を認める予定となっています。

おわりに以上のとおり、官民データ法によるデータ利

活用のしくみの概要、具体的なしくみにおける個人情報保護の実情を見てきました。個人情報保護制度も複雑ですが、データ利活用に関する法制度は輪をかけて複雑なものとなっていることが理解できたのではないでしょうか。その中でも、適切に個人情報の保護が図られているか、適切に検証していくことが求められます。

ビッグデータの活用と個人情報保護特集

特集 2 グローバル社会におけるデータ利活用のための法整備

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国民生活 2018.10 9

はじめに

ネット上の閲覧履歴や検索ワードなどが広告に利用されていることをご存じの人も多いと思います。特にサービスの多くを無料で利用できる SNS やアプリは、利用者側の情報を取得し、それをさまざまなビジネスに利用しています。

ただ、どの情報が取得されて、どのようなルートで利用されるのか確認し、きちんと内容を覚えている人は少ないのではないでしょうか。

身近で発生するネットトラブルには、利用者側がこうしたことに無関心であることが原因の1つであるものも少なくありません。今回は、よくあるトラブル事例から考えていきたいと思います。

ターゲティング広告がきっかけになったトラブル事例

・有名人が出ている広告の化粧品がお試し価格で購入できると思って申し込んだら、自動的に定期購入となった。

・以前から興味があったグリーンカード(アメリカ永住権)を申請できると思い、表示された広告を見たら海外の代理業者だった。

ターゲティング広告とは、利用者の検索履歴や閲覧履歴などを参考に、特定のサイトを訪れたときに、その利用者に合わせた広告が出される手法です。例えば SNS を利用する場合、そのSNS に登録した自分の情報を利用して、その属

性に合わせたターゲティング広告が表示されます。事例のケースでは、サイトの閲覧履歴から、日頃、興味のある広告が表示され、クリックしたことがトラブルのきっかけとなっています。

SNS の多くは広告収入により賄われていますので、広告表示を避けることはできませんが、広告は、年齢や性別、国籍などの属性に合わせて表示されていることを十分認識しておきましょう。男性には女性向けの広告は表示されませんし、海外の事業者の広告を表示することも可能です。ただ、広告の質まで個別審査されているとは限りませんので、見る側で注意が必要です。

ターゲティング広告への対策としては、サイトごとにオプトアウト(無効化)できる方法が記載されていますので確認してみてください。

いずれも個人情報が直接利用されているわけではありませんが、自分の情報がどのように広告に利用されるのか、これを機にアプリやサービスの利用規約やプライバシーポリシーなどで確認しておくとよいでしょう。

連携アプリがきっかけになったトラブル事例

・SNS に知り合いの名前で「サングラスが安い」という投稿が載っていたので、投稿文内の URL をクリックして商品を購入したが偽物だった。知り合いに尋ねると、自分は投稿していないという。

・SNS に「ポイントプレゼント」という

ビッグデータの活用と個人情報保護特集

特 集

3

安心して利用できるEコマース市場をめざして活動。ネット関連の消費者相談を受ける。講演、啓発教材・書籍への寄稿や、関係省庁研究会、業界団体等委員会などに参加。

原田 由里 Harada Yuri 一般社団法人 EC ネットワーク理事

自己情報をどうコントロールするか–SNSやアプリの利用を中心に–

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国民生活 2018.10 10

投稿があったので、URL をクリックしポイントサイトに登録したが、肝心のポイントは後から抽選だと知った。その後、自分の名前で同じ内容の投稿がされていることを知った。

連携アプリとは、外部のサービスやアプリと機能上のつながりを持つアプリのことです。アカウント情報(ユーザー名、パスワード)を入力しなくても外部のサービスが利用できるしくみですが、悪質な連携アプリがあるので注意が必要です。

SNS を利用していると、勧誘や広告サイトに誘導するようなメッセージが投稿されることがあります。この時、投稿文に貼られた URLをクリックすると、別サイトが立ち上がり、連携アプリへの許可を求められることがあります。「連携アプリを許可する」に同意すると、連携先のサービスに、SNS の登録情報の権限を渡すことになります(図1)。

例えばメッセージの権限を許可すると、自分の SNS アカウント名で、連携先が勝手にメッセージを投稿することができます。

詐欺サイトに SNS のアカウントが乗っ取られる(実際に行われているのは「許可情報の委譲」)と、SNS でつながっている人に詐欺サイトへ誘導する投稿が流れ、その人たちが誘導先の URL をクリックし連携アプリを許可することで、さらに SNS でつながっている人へと連鎖的に流れていきます。

事例のケースも、SNS 上の知り合いの投稿

だから安心と思ってクリックしたところ、悪意あるサービスのサイトに誘導され、そのサービスと連携してしまっていました。さらに、自分では何もしていないのに、SNS 上で勝手に投稿されていた事例もみられます。

Facebook 上では同様の手法により、「自己診断アプリ」の提供先が取得した Facebook利用者の情報を、不正に流用していたという問題が発覚しました。流用は約 8700 万人分ともいわれています。

SNS 利用時は、連携アプリに簡単に権限を許可しないようにし、過去に許可した連携アプリがあれば、定期的に見直して連携解除することが必要です。

「○○がもらえる」「性格占い」などを楽しむ前に、連携アプリの許可を求められたら、ちょっと冷静になる必要があります。

不正アプリがきっかけになったトラブル事例

・SNS で知り合った異性から勧められたアプリを入れたらアドレス帳の情報が抜き取られ、過去に送った恥ずかしい写真を知人にばらまくと言われた。

・スマホに配送業者から不在通知の SMSが届いたので URL をクリックしたら、アプリがダウンロードされた。その後、勝手にアドレス帳登録者に同じ内容の文を SMS で配信され、さらに後日、キャリア決済で電子マネーが大量に購入されていたことが分かった。

スマホには、電話番号や連絡先、位置情報や各アプリの履歴などの情報、また、 メ ー ル やSMS(電話番号

ビッグデータの活用と個人情報保護特集

特集 3 自己情報をどうコントロールするか ―SNS やアプリの利用を中心に―

図1 連携アプリによるトラブル事例のイメージ

①SNS 内に投稿された URLを クリック

②連携サービスの許可 ③自分のアカウント名で勝手に 投稿される

図2 アクセス許可の表示画面例

クリック

A

サービス A があなたのアカウントを

利用することを許可しますか?

連携アプリを許可 キャンセル

連携アプリを許可した時点で、登録情報の権限を渡したことになる

・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・

乗っ取られる人が連鎖的に増加

・・・・・・

・・・・・

このアプリが下記にアクセ

スするのを許可する:

あなたの場所

ネットワーク通信

電話発信

アクションゲーム

A

図 1 連携アプリによるトラブル事例のイメージ

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国民生活 2018.10 11

に 送 る シ ョ ー トメッセージ)の送受信、カメラやマイクなどの機能が付いています。アプリは、これらの情報や機能を利用することにより便利なサービスを提供することができます。

しかしアプリの中には、提供するサービスとは無関係の情報を取得するものもあります。アプリのサービス内容からみて不要と思えるような、たくさんの権限を与える必要はありません。

例えば Android の場合「アクセス許可」の画面で、アプリに権限を許可する項目が表示されますので、その内容を必ず確認しましょう(図2)。

また、Google Play などの正規アプリストア以外から入れる「野良アプリ」は危険です。例えば、リンク先から直接ダウンロードして野良アプリを入れようとすると「提供元不明のアプリ」と表示されます。それを許可し、さらにアクセス許可を求める画面も、その内容を確認せずに許可して入れてしまうと、許可した情報や機能が相手に渡り、悪用される危険があります。

各情報へのアクセス権や SMS の送受信機能などが悪用されると、アドレス帳登録者にSMS を送りつけて被害を拡大させることがあります。また、キャリア決済(携帯電話料金合算払い)するのに必要な情報が漏えいすると、前述のトラブル事例のような、なりすましによる金銭被害が発生することもあります。

いずれにしても、アプリに与える権限によっては、スマホが乗っ取られた状態になり得ることがあります。

子どもの見守りアプリなども、使い方によってはストーカーに悪用される可能性があります。他人にスマホは触らせず、定期的に持っているアプリの見直しをしてください。

不正確な登録情報が原因のトラブル事例

・アダルトの広告が嫌で未成年で登録していたが機能制限があるので不便。登録年齢を変更したいができない。

・不正ログインの被害にあい、本人確認のためアドレスと生年月日を聞かれたが、登録情報を思い出せない。

SNS やアプリなどに登録する際、その情報が、広告を含め色々利用されているということは分かりました。すると、こう考える人がいます。「個人情報の悪用や漏えいに備えて、最初から虚偽の個人情報で登録しておこう」と。

これは決してお勧めしません。不正ログインやパスワード失念などで本人確認が必要な際に思い出せなかったり、身分証明書を要求された際に情報が一致しなかったりする可能性があるからです。本名や年齢が自由に変更できると犯罪に悪用されることから、その回数等を制限していることもあります。

SNS やアプリでは、利用規約などで登録情報の正確性や情報管理を利用者側に課しています。正しくない情報で不利益を被っても、誰も助けられません。個人情報を相手に渡すのが不安であれば、初めから利用しない、登録しないというのも選択肢に入れてください。

おわりに

自分が渡した情報を後から回収したり、渡した先の情報漏えいや悪用を利用者側から防いだりすることはできませんが、渡す情報を、ある程度自分でコントロールすることはできます。

少なくとも、何も考えず、何も読まずに、簡単に「許可」「同意」「登録」することが危険だということは、ご理解いただけたのではないかと思います。SNS やアプリの利用には、常に情報管理意識が求められているのです。

ビッグデータの活用と個人情報保護特集

特集 3 自己情報をどうコントロールするか ―SNS やアプリの利用を中心に―

図1 連携アプリによるトラブル事例のイメージ

①SNS 内に投稿された URLを クリック

②連携サービスの許可 ③自分のアカウント名で勝手に 投稿される

図2 アクセス許可の表示画面例

クリック

A

サービス A があなたのアカウントを

利用することを許可しますか?

連携アプリを許可 キャンセル

連携アプリを許可した時点で、登録情報の権限を渡したことになる

・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・

乗っ取られる人が連鎖的に増加

・・・・・・

・・・・・

このアプリが下記にアクセ

スするのを許可する:

あなたの場所

ネットワーク通信

電話発信

アクションゲーム

A

図 2 アクセス許可の表示画面例

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国民生活 2018.10 12

改正医療法による医療機関のウェブサイト等の広告規制

消費者問題 アラカルト

Before After

久屋大通法律事務所。特定非営利活動法人 消費者被害防止ネットワーク東海理事・検討委員、医療事故情報センター常任理事、包茎手術被害弁護団所属。

伊藤 陽児 Ito Yoji 弁護士

はじめに 医療機関の広告について規制する医療法が2017年に改正され、2018年6月1日に施行されました(以下、改正医療法)。また、これに伴い、医療法施行規則(省令)が改正され、医療広告ガイドライン*1も新たに策定されています。 今回の改正により、これまでは医療法上の「広告」には当たらないとされてきた医療機関のウェブサイト等についても、他の広告媒体と同様に「広告」として規制の対象となりました。また、「体験談」やいわゆるビフォーアフター(術前術後)の写真による広告についても新たな規制が設けられています。 この改正は、特に美容医療サービスに関する消費者トラブルが後を絶たず、サービスを利用するきっかけとしてウェブサイト等の電子媒体が増加していることを踏まえたもので、2度にわたる消費者委員会の建議(2011年および2015年)が大きな契機となりました。

ウェブサイト等も「広告」規制の対象に

 改正前は、次の3つの要件をすべて満たす場合だけが、医療法による規制の対象となる「広告」に当たる、とされていました(いわゆる広告の3要件)。①誘引性(患者を誘引する意図があること)②特定性(医療機関名等が特定できること)

③認知性(一般人が自分から求めなくても目に触れる状態にあること) そして、ウェブサイト等は、情報を入手しようとする人が自分でアクセスするものであるため、原則として「認知性」の要件を満たさない、との理由により、医療法の広告規制の対象外として扱われていました。そのため、特に自由診療を行う美容医療機関のウェブサイトに問題が多いことが消費者委員会等から指摘されていました。 これに対し、厚生労働省は、法改正ではなく「医療機関ホームページガイドライン」*2を策定(2012年)するなどの一定の対策を講じましたが、ガイドラインには強制力はなく、十分な効果がありませんでした。 こうした状況を踏まえ、消費者委員会より「美容医療サービスに係るホームページ及び事前説明・同意に関する建議」(2015年)がなされたことを受けて、医療法等が改正されるに至りました。 この改正等により、従来の広告の3要件から「認知性」の要件が削除された結果、医療機関のウェブサイトや、メールマガジン、患者の要請に応じて配布されるパンフレット等についても「広告」として規制の対象になったのです。

改正医療法における広告規制の内容

 改正医療法において、医療機関のウェブサイト等は「広告」としてみなされ、他の広告媒体

* 1 医業若しくは歯科医業又は病院若しくは診療所に関する広告等に関する指針* 2 医療機関のホームページの内容の適切なあり方に関する指針

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国民生活 2018.10 13

と同様に、次の①~⑦を主な内容とする広告規制を受けることとなり、これらに違反すると是正命令や罰則等の対象となります。

 禁止される広告の具体例や考え方については、医療広告ガイドラインや同ガイドラインに関するQ&Aをご参照ください*3。 なお、②~④は、これまでも省令に規定がありましたが、今回の改正により法律の規定に格上げされたものです。 ⑤は、医療機関は診療科名や診療時間等の14項目(広告可能事項)以外の事項を「広告」で表示してはならない、というものです。ただ、ウェブサイト等にも一律に同じ規制を課してしまうと、医療に関して適切な選択をするために有用な情報を提供する機能が損なわれるおそれがあることから、本改正に当たり一定の要件を満たす場合には広告可能事項の制限を解除する規定が設けられています(法6条の5第3項、法6条の7第3項、省令1条の9の2)。 ⑥の「体験談」および⑦の「治療前後の写真等」については、改正前も、内容によっては虚偽広告や誇大広告などに該当する場合があると

の考え方が示されていましたが、今回の改正により、省令で禁止される広告として明確化されました。いずれも消費者委員会の実態調査(2011年)の結果、患者が医療機関を選択する際の決め手になる情報となっていることが指摘されていたものです。

「体験談」について 患者等の主観または伝聞に基づく「体験談」の掲載は、すべてが禁止されたわけではありません。 今回の改正では、「治療等の内容又は効果」に関する体験談については、類型的に誤認を与えるおそれが強いことから、その内容や事実かどうかにかかわらず、例外なく広告をしてはならないこととされました(省令1条の9第1号)。 「治療は気づいたら終わっていて、ぜんぜん痛くなかったです(Aさん)」などが典型例ですが、「多くの患者様から喜びの声をいただいています」といった治療効果に関する感想を抽象的な表現で紹介するものも該当すると考えられます。 なお、患者自身がブログやSNSの個人ページや口コミサイトに体験談を掲載することも、医療機関が掲載を依頼したような場合は「誘引性」がありますので「広告」に当たり禁止されます。

ビフォーアフターの写真 いわゆるビフォーアフターの写真(治療前または治療後のみの写真も含む)等を掲載する広告についても、治療の結果は個人差があり誤認を与えるおそれがある一方で、患者が治療の内容を理解しやすいというメリットもあることから、全面的に禁止するのではなく、「誤認させるおそれがある」ものに限定して禁止されました(省令1条の9第2号)。 この「誤認させるおそれがある」の要件の解釈について、医療広告ガイドラインは、通常必要となる治療内容、費用、主なリスク・副作用

* 3 厚生労働省ウェブサイト「医療法における病院等の広告規制について」   https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/kokokukisei/index.html

①内容が虚偽にわたる広告(虚偽広告)の禁止(法6条の5第1項)

②他の病院又は診療所と比較して優良である旨の広告(比較優良広告)の禁止(法6条の5第2項1号)

③誇大な広告(誇大広告)の禁止(法6条の5第2項2号)

④公序良俗に反する内容の広告の禁止(法6条の5第2項3号)

⑤広告が可能とされていない事項の広告の原則禁止(法6条の5第3項)

⑥患者等の主観又は伝聞に基づく、治療等の内容又は効果に関する体験談の広告の禁止(省令1条の9第1号)

⑦治療等の内容又は効果について、患者等を誤認させるおそれがある治療等の前又は後の写真等の原則禁止(省令1条の9第2号)

消費者問題 アラカルト

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国民生活 2018.10 14

等について詳細な「説明」を写真に付した場合は該当しない、としたうえで、その説明は分かりやすいように十分に配慮する必要があり、リンク先ページに表示したり、利点や長所に関する情報と比べて極端に小さな字で掲載するなどの形式を採用しないこと、としています。つまり、写真に説明が付されていても、不十分な内容であったり、患者にとって分かりにくい不適切な形式になっている場合は、「誤認させるおそれがある」ものとして認められないと考えられます。 なお、修正を加えた写真や、治療前と治療後で撮影条件を変更した写真(治療後だけ化粧をするなど)は、虚偽広告、誇大広告として当然に禁止されます。

厚労省「医療機関ネットパトロール」事業の取り組み

 医療機関のウェブサイトの監視体制強化策として2017年8月より「医療機関ネットパトロール」事業が実施されています。 これは、厚労省が委託した消費者団体(一般財団法人日本消費者協会)が、一般から通報を受けたり、キーワード検索をして上位に表示された医療機関のウェブサイトを、現行ガイドラインに基づき審査し、違反ありと認めた場合には当該医療機関に対し改善を求める通知を送り、改善等が認められない場合は所管の自治体に情報提供する、というものです。 2018年3月末現在で、517の医療機関に通知し、97件で改善を確認、162件がリスティング広告を取りやめ、86件が修正中等とのことであり、着実に成果を上げていることが伺えます*4。

消費者が気をつけたいポイント 医療機関のウェブサイト等については、改正医療法による新たな広告規制と厚労省等による監視体制の強化によって、適正なものとなることが期待されます。

 しかし、特に美容医療は、病気ではないのにからだに侵襲を加えるものですので、緊急性が低い一方で、いったん施術を受けると場合によっては回復できない結果が生じることがあります。 消費者としては、①広告やインターネット上の情報をうのみにしない②施術の内容や後遺症などを含め、納得がいくまで医師から説明を受ける③セカンドオピニオンを求める④即日の契約や施術は避ける⑤消費生活センター等や医療機関団体等から信頼できる情報、特にリスクに関する情報を入手する、などして、慎重に判断することが必要です。

今後の課題について まずは今回の改正による広告規制が実効性のあるものとなるよう、監視・執行体制の強化が求められます。 また、治療前後の写真等の広告禁止における「誤認させるおそれ」の要件など、医療広告ガイドラインによっても必ずしも解釈が明確とはいえない部分もあり、これが抜け穴となるおそれもあります。「医療機関ネットパトロール」事業等により、積極的に事例を収集し、適時に医療広告ガイドラインの見直し等を行うことも必要です。 なお、医療機関のウェブサイト等の表示は、医療法の広告規制だけでなく、景品表示法の不当表示規制を受けます。また、美容医療については、2016年の特定商取引法改正により特定継続的役務提供に該当する場合には、同法の表示規制(誇大広告等の禁止)の対象になります。 近年、適格消費者団体による不当な表示に対する差止請求が活発になっていますが、差止請求できる不当な表示は、現在、景品表示法、特定商取引法および食品表示法の定めるものに限定されています。ですが、今後は医療法の定める不当な広告を差止請求の対象とすることも検討されるべき課題と言えるでしょう。

* 4 厚労省「第9回医療情報の提供内容等のあり方に関する検討会」資料1-1   https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10801000-Iseikyoku-Soumuka/0000209654.pdf

消費者問題 アラカルト

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Q 1

A 1

国民生活 2018.10 15

    買取事業者と中古車を売却する契約を締結し、一週間後に車と書類を引き渡すこと

になりました。翌日思い直し、解約を申し出た

ところ、解約をする場合「高額な違約金(キャ

ンセル料)」の支払いを求められました。違約

金(キャンセル料)を払わなければならないで

しょうか?

    今回のケースは、売主から一方的な契約の解除(キャンセル)となります。契約は、契約当事者の申込みと承諾が合致することで、成立します。契約が「成立」することによって、契約当事者には、それぞれ法的な拘束力を持った約束の内容となる債権(権利)および債務(義務)が生じ、一度契約が成立すれば、契約の「無効」「取消」「解除」の原因がない限り、当事者は、契約に拘束されることになります。契約を解除する場合、相手方が被った損害を賠償する責任が生じますが、高額な違約金について、消費者契約法第9条第1号は、当該消費者契約の解除に伴う損害賠償予定額または違約金の定めについて、これらの合算額が「当該条項において設定された解除の事由、時期等の区分に応じ、当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超える」部分は無効となるものと規定しています。売主が車と移転登録書類も渡していない翌日に、

契約の解除を申し出ていることもあり、実際に損害が発生しているとは考えにくいため、このような請求に対しては、違約金の内訳など、根拠となる書面を求め、それが妥当なものなのか確認する必要があります。そこで、日本自動車購入協会(以下、JPUC)

はモデル約款*を策定・監修しています。このモデル約款を採用している会員事業者では、契約解除について、「売主は本契約締結日から契約車両の引渡しを行った日の翌日までは、買主に通知することにより何等の負担なく本契約を解除することができるものとする」としております。したがって、契約解除に伴う違約金の発生はありません。しかしながら、「JPUC車売却消費者相談室」に寄せられる相談には、消費者が中古自動車を売却の際に、十分に検討しないまま、売買契約書に署名・捺

なつ印した後に、家族に反対されたか

ら、親戚や知人に欲しいと言われたから、比較をしたら他社のほうが買い取り金額が高いから等、自己都合により契約解除を申し出てトラブルに発展するケースが多く見受けられます。いったん契約をすると、特別な場合を除いて一方的な解約をすることはできません。このようなトラブルを避けるためにも売買契約を締結する前に、売買契約書の裏面に記載されている「契約の成立時期」「契約の解除」条項等の契約内容や

* 一般社団法人日本自動車購入協会モデル約款・重要項目説明書http://www.jpuc.or.jp/document_c/

中古車の契約をめぐるトラブルQ&A

中古車の売却(1)−キャンセル、再査定のトラブル−

第7回

一般社団法人日本自動車購入協会(略称:JPUC/ジェイパック)自動車買取事業に関わる事業者が協働し、自主規制団体として設立、「消費者の皆様が安心して自動車を売却できる環境づくり」を推進するための活動を行っている。

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Q 2

A 2

国民生活 2018.10 16

「重要事項」について十分な説明を受け、安易な気持ちで契約をせず慎重な対応を心がけてください。前述のように、JPUCは会員事業者に対し、「モ

デル約款監修制度」を設けており、モデル約款の趣旨および内容と比較して消費者の権利を制限し、または消費者の義務を加重する趣旨および内容を含む約款であるか否か、モデル約款解説書において、契約書表面に記載すべきとされている事項が記載されているか否かを審査し、モデル約款と同程度以上に消費者の権利の保護に配慮した約款であると認められる場合に、監修番号および監修マークを発行しております(図1、2)。なお、JPUCの監修を受けるか否かは各会員が判断するものでありますが、現在、会員事業者店舗の 91.4% が監修済モデル約款を採用しており、全店舗の採用に向け推進しています。

    5年前に購入した車の査定時に、以前、車と接触事故を起こし修理していることを申

告しました。車を見せたうえで事業者から買い取

り金額の提示を受け、売却する契約をしました。

ところが、車と移転登録に関わる書類を引き渡

した数日後に「予想以上の修復歴が発見された

ので減額または解約」すると言われました。減額

または解約に応じなければならないでしょうか?

    車の修復歴は車体の骨格に当たる部位の修正または交換歴がある場合、修復歴があるとされ、車の価格に大きく影響されます。プロである事業者が通常の注意を払えば修復歴を発見できるはずであり、見積もり提示時に見落としたのは事業者に過失(事故歴の申告を受けている)があると言えます。

したがって、消費者に対し瑕か疵し担保責任を問う

ことはできません。査定の見落としを消費者に転嫁するような、事業者側の過失を問わずに契約を解除できる条項は、消費者契約法第 10条 「 消費者の利益を一方的に害する条項の無効」となります。JPUCのモデル約款を採用している会員事業者につきましては、「売却車両に、中古自動車取引業界における一般的かつ標準的な車両検査(修復歴 : 一般財団法人日本自動車査定協会が定める基準、走行距離 : 一般社団法人日本オートオークション協会への照会)において判明しない瑕疵があることが判明したときは、買取事業者は売主に協議を求めるものとし、両者で充分な協議を行ってもなお合意に至らなかった場合または協議が不能なときは、売買契約を解除することがあります」となっております。 このようなことから、車両に契約書表面に記載された「メーター交換歴」「災害歴」「修復歴」「走行上の不具合」がある場合は、売主は契約締結時に「判明している範囲」で、申告をしてください。 一方、事業者はこのような契約内容を売主に十分確認してもらう必要があります。当協会では、会員事業者に対し、契約の締結を勧誘するに際して、契約するかどうかの判断を左右すると考えられる基本的事項(物品、権利、役務その他契約の目的となるものの質、用途その他の内容、対価および取引条件)の資料として「重要項目説明書」( 図 3 )*を使用し説明を行うことを推奨しております。

図 1 モデル約款監修マーク 図2 監修済約款採用店舗ステッカー

図 3 重要項目説明書

中古車の契約をめぐるトラブルQ&A

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国民生活 2018.10 17

 本号では、2017年に世界的にも大きな脅威となったランサムウェアについて解説します。

ランサムウェアとは?■概要 ランサムウェアはRansom(身代金)とMalware(悪意のプログラム)を合わせた造語です。その名のとおり、パソコン内のデータファイル(写真や映像、Word、Excelなど)を暗号化*1して開けないようにし、「元に戻して欲しかったら、身代金を支払え」と脅迫メッセージを表示するマルウェアです。 目的は金銭ですが、現金を手渡しで受け取ろうとするわけではなく、主にビットコインと呼ばれる仮想通貨による支払いを要求することが特徴の1つでもあります。しかし仮想通貨の送金方法を知らない人も少なくないためか、送金方法を詳しく説明するケースもあります。■タイプ別影響 ランサムウェアはパソコン内のデータファイルを暗号化する「ファイル暗号化型」と、パソコン自体を暗号化する「端末暗号化型」のタイプが確認されています。・ファイル暗号化型 感染すると一部のデータファイルの拡張子*2

が書き換えられ、開けなくなります。この拡張子によって、ランサムウェアの種類を特定できる場合があります。・端末暗号化型 感染すると端末のディスクなどが暗号化され

て、OS(Windowsなど)が起動できなくなります。 なお、見た目は端末暗号化型と同じでも、ディスクなどを修復不可能にする種類も確認されています。■感染経路 次の3つが感染経路です。1)メール経由 「請求書送付」といった内容のメールを送り付けて、その添付ファイルや本文中のリンクから感染を図る手口です。2)ダウンロード経由 ウェブサーバにランサムウェアを仕込んでおき、無害なファイルと見せかけてだまし、実行させる手口です。3)ネットワーク経由 同一ネットワーク内にある、別の端末の脆

ぜいじゃく弱

性を突いて感染させる手口です。

ランサムウェアの種類 ここではランサムウェアにどういった種類があるかについて代表的なものを紹介します。●Locky(ロッキー)

 日本でも感染事 例 が 確 認 され、IPAにも相

談が寄せられた種類です。デスクトップの壁紙が書き換えられ、日本語による脅迫文(図1)が表示されます。国内ではLocky感染をねらったメールが多くばらまかれました。

こんなときどうしたら?インターネットのセキュリティガイド

第 4回

* 1 データに鍵をかけて読み取れないようにする技術のこと。* 2 ファイルの種類を識別するため、ファイル名の後ろにつく「~ . ○○」のこと。例:.txt .doc .pdf .mp4

感染経路 メール経由タイプ ファイル暗号化型拡張子 .lockyなど

ランサムウェア独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)セキュリティセンター

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国民生活 2018.10 18

●Petya(ペトヤ、ペチャ) 海外で確認された種類で、感染するとデスク

トップがどくろ模様に書き換えられるのが特徴です(図2)。このランサムウェアを改変した“亜種”がヨーロッパを中心に大規模な被害をもたらし、総務省が注意喚起を出すまでに至りました*3。この亜種はディスクなどを修復不可能にするタイプで、感染経路がメール経由からネットワーク経由へと改変されていました。

●GandCrab(ギャンドクラブ) 既存のウェブサイトが改ざんされ、ランサム

ウェアが仕込まれます。ユーザーが改ざんされたサイトにアクセスすると、パソコンに「フォントが対応してない」とポップアップが表示されます。ユーザーはそのメッセージに従い、フォントと見せかけたランサムウェアの実行

ファイルをダウンロードして、実行することで感染します。●Wanna Cryptor(ワナクリプター、通称:

ワナクライ) 2017年の5月頃に、日本のメディアでも大

きく取り上げられたことから、ご存じの人も多いでしょう。このランサムウェア(図3)の特徴は感染拡大という点にあります。一般的なランサムウェアであれば、感染した端末内、あるいはその端末からネットワーク越しに参照できるファイルが影響を受ける範囲でした。 しかし、Wanna Cryptorは感染源の端末からネットワークのつながる範囲で、感染可能な端末を探し出し、そこに自分自身をコピーする特徴があります。1台のパソコンから被害が拡大してパンデミック(大規模感染)を引き起こす危険性があり、実際に国内の企業・組織が受けた被害は甚大なものとなりました。日本のみならず、世界各国で被害が確認されており、脅迫文は28言語に対応しています。 Wanna Cryptorに感染するのは、次の条件をすべて満たしてしまったときです。1.Windowsの状態が最新ではない2.ファイアウォール*4が無効であった3.ADSLモデムによる接続などで、グローバ

ルIPアドレス*5でインターネットとつながっていた。

こんなときどうしたら?インターネットのセキュリティガイド

* 3 総務省「世界的な不正プログラムの感染被害について(注意喚起)」【更新】(2017 年 6 月 30 日 )   http://www.soumu.go.jp/menu_kyotsuu/important/kinkyu02_000266.html* 4 直訳すると防火壁。端末がネットワークで外部と通信する際、有害な通信などを遮断する機能を指す。* 5 ウェブ版「国民生活」2017 年 8 月号、9 月号「絵をみて分かるインターネット技術の基礎」参照

すべてのファイルは暗号化されています。あなたのファイルの復号化は秘密鍵でのみ可能であり、あなたの秘密鍵を受信するには……

感染経路 メール経由、ネットワーク経由

タイプ 端末暗号化型

感染経路 ダウンロード経由タイプ ファイル暗号化型拡張子 .crabなど

感染経路 ネットワーク経由タイプ ファイル暗号化型拡張子 .wcryなど

図 1 Locky の感染画面例

図 2 Petya の感染画面例

図 3 Wanna Cryptor の感染画面例

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国民生活 2018.10 19

ランサムウェアを提供する「サービス」 これまでランサムウェアを含めてマルウェアというものは、技術力の高い、悪意ある人によって作られてきました。しかし、昨今ではもはや技術力を必要とせずに、これらを利用した犯罪に手を出せるようになっています。 それを可能としているのが、ランサムウェアを「サービス」として提供するRansomware as a Service(RaaS)というものの存在です。RaaSはダークウェブ(闇市場)と呼ばれるネットワークに存在し、通常のインターネット検索では見つけられません。サービスの提供者があらかじめランサムウェアの本体を用意しておき、利用者は利用したいランサムウェアを選択してばらまきます。そして、被害者から仮想通貨(身代金)が支払われると、それを利用者と提供者で山分けするというしくみです。

ランサムウェアへの対策■対策 ランサムウェアは次の一般的なマルウェア対策で十分に対応できます。◦OSを最新の状態に保つ。◦セキュリティソフトを導入して、最新の状態

に保つ。◦メールの添付ファイルやURLのリンクに気を

つける。 もし、ランサムウェアに感染してしまったとしても、被害を最小限に抑えるための低減策があります。 それは、重要なファイルを定期的にバックアップすることです。 暗号化されてしまったファイルを復号することはほぼ不可能です。そのためバックアップデータからの復旧が頼りとなります。バックアップデータがなく、復号するために身代金を支払わざるを得なくなった例もあります*6 。

 ただしランサムウェアに感染すると同パソコンから参照できるフォルダやドライブ(ログイン状態にあるクラウド上のフォルダも)はすべて暗号化の対象となるので、バックアップの仕方が明暗を分けます。 DVDにコピーするなり、外付けHDDに保存したうえでパソコンと物理的に切り離しておくなど、パソコンから参照できない場所への保存が有効です。 なお、端末を初期化することでランサムウェアは駆除できるので、初期化後にバックアップデータを戻せば、身代金を払うことなく復旧可能となります。■No More Ransomについて ランサムウェアに対抗すべく、オランダ警察と欧州刑事警察機構(ユーロポール)、主要なセキュリティベンダー(セキュリティ対策ソフトや関連サービスを開発・提供している事業者)を中心とした国際的なプロジェクト「No More Ransom (以下、NMR)」*7というものがあり、IPAもサポートパートナーとして参加しています*8。同プロジェクトはランサムウェアの危険性と対策に関する情報を公開し、ランサムウェアの被害者に有用なリソース提供を目的として活動しています。 NMRのホームページでは各セキュリティベンダーによって開発された無料の復号ツールをまとめて公開しています。感染したランサムウェアに対応した復号ツールがあれば、適用して暗号化されたファイルを元に戻すことができます。また、ランサムウェアの種類を特定してくれる「Crypto Sheriff」というツールも公開しています。感染したランサムウェアの種類が分からない場合、暗号化されたファイルなどいくつかのデータを送信することで、自動で種類を判定してくれます。ランサムウェアに感染してしまったときなどは、ぜひNMRを参考にするといいでしょう。

こんなときどうしたら?インターネットのセキュリティガイド

* 6 実際に海外ではシステム復旧のため身代金要求に応じた例もあるが、身代金を支払っても復号される保証はない。   http://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/1602/19/news063.html* 7 https://www.nomoreransom.org/ja/index.html* 8 IPA ランサムウェア対策特設ページ https://www.ipa.go.jp/security/anshin/ransom_tokusetsu.html

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国民生活 2018.10 20

警察回りの新人記者から霞が関を取材する経済記者へ――――NHKには記者として入局なさったとか。記者をめざした理由を教えてください。

戦争や争いのニュースが流れる度に、互いを知らないことが誤解や無理解を生み、争いに発展していると感じていました。民族や国籍が違っても、皆似た感情を持つ人間同士だと自然に思えたのは、子ども時代に外国に住んだ経験があったからかもしれません。

本当は直接知り合うのが最良ですが、映像でも理解を広げられるのではないか。映像による報道で少しでも争いを減らしたい。若者特有の甘い考えではありますが、それが記者志望の動機でした。入局後は京都に配属され、担当はいわゆる警察回り。殺人や火事などを取材し、アナウンサーが読むニュース原稿を書くのが主な仕事でした。

京都の次は志望がかない、東京の経済部に異動しました。経済学部出身ではなく、特に経済に強かったわけでもありません。ただ当時日本の経済は勢いがあり、「Japan as No.1」などといわれた時代です。その中心をじかに知り、経済を通して世界を見たかったのです。

――――経済記者を14年経験し、その後NHK解説委員になられたのはなぜですか?

NHK では一般的に、記者は経験を積むとやがてデスク*1 に移ることになります。私は現

場が好きで、いつの頃からか解説委員の仕事を意識するようになっていました。というのも解説委員はトピックスを自分で選び、自分で取材することができるからです。いつまでも現場取材できることが何よりも魅力的でした。

解説委員の役目は今日的な問題を専門的な目線でひも解き、分かりやすく視聴者に伝えること。番組作りのための取材から自身が解説するオンエアまで、原稿書きやフリップの指示などもすべて行うのが基本です。

初めて消費者問題に触れたスキミングによる被害――――ご専門とする分野に消費者問題が加わったのは、何がきっかけだったのですか?

消費者問題に目を向けるきっかけとなったのは多発したスキミングによる被害です。ATMに仕掛けられたカメラや読み取り装置でキャッシュカード等の情報を盗まれ、不正に使用されるといった被害ですが、被害者は普通にカードを使っただけで何の落ち度もない。それなのに、銀行に非はなく被害者の自己責任であるとされ、これはおかしいと思いました。このような被害は誰にでも起こる可能性があり、経済と

NHK 解説委員 今井 純子さんNHK解説委員として長年消費者問題に取り組み、繰り返し社会に問題を訴え続ける今井純子さんに、お話を伺いました。

* 1 記者の書いた原稿のチェックや取りまとめを行う。

ぶれない視点で分かりやすく消費者問題を繰り返し報道

私と消費者問題 第 4回

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私と消費者問題

国民生活 2018.10 21

消費者問題が深く結び付いていることにも気づかされたのです。

消費者問題に関心を持っても、制度や法律の知識は何もありませんから、国民生活センターの書籍などを辞書のように使わせてもらいました。消費生活アドバイザー資格の存在を知ったのもその過程です。ちょうど 2 人目の子どもができ、産休・育休を利用して資格試験に挑戦しました。

――――消費生活アドバイザーの資格はどのように仕事に役立っていますか。

まずは解説委員として、経済分野に加えて消費者問題も扱えるようになりました。また消費者問題をさまざまな事例を含めてきちんと勉強したことで、自分の「視点」がはっきりしたことが何より大きな収穫だったと思います。行政寄りでも企業寄りでも、消費者寄りでもなく、常に同じスタンスで、公平に物事を見つめる私自身の視点です。

その目線で消費者問題におけるウィンウィンの関係を見いだしたい。良い商品や良い制度というものは取り巻くすべてにより良く作用し、行政も企業も消費者も皆が得をするはずなのです。ひとり勝ちもなく、二者だけでもなく、周りすべてが得をする。そんなウィンウィンの関係が必ず成り立つはずで、その方法を誰もがめざすべきだと常々考えています。

NHKだからできる報道があるわずかに届く感謝の声に勇気百倍――――解説番組を作るうえで気をつけていることは何でしょう。大変さや喜びなども教えてください。

番組ではトピックスを厳密に伝えるのではなく、ざっくりと紹介するようにしています。そのうえで、要点や大事なことを押し付けにならないようにお知らせする。何よりも分かりやすさが肝心ですね。番組を見た人が「そうか、こういうことが起きているのか。では少し調べてみよう」と自分の問題としてとらえ、行動に移

してくれることを願っています。例えば 18 歳を成人とする民法改正が決まっ

た時には、18 歳で親の許可なく契約できるうえ、未成年者取消しもできないわけですから、注意喚起とともに若者を守る制度の必要性を訴える番組を作りました。仮想通貨など難解なトピックも多くの人に興味を持ってもらえるように分かりやすさを意識して解説しました。旬な話題をどのように経済問題や消費者問題として取り上げるか。それが難しさでもあり、面白さでもあります。

地味な番組ですが、ときにはうれしい反響もあります。多重債務の問題を何度も取り上げた後に消費生活センターからかかってきた電話は忘れられません。「放送を見て自殺を思いとどまり、窓口に相談に来た人がいました。今井さんの放送がひとりの命を救ったのですよ」との報告は涙が出るほどうれしく、大きな励みになりました。

消費者問題は企業とのしがらみのない NHKだからこそ扱える問題も多いのです。繰り返し取り上げることも使命ですね。

全国の適格消費者団体や特定適格消費者団体の働きも積極的に紹介し、応援していきたいと考えています。これらの団体は景品表示法に違反する表示の差止請求権を行使するなど、消費者被害の拡大防止に大きな成果を上げています。その恩恵を誰もが受けながら、歯がゆいほどほとんど知られていないのが実情です。被害者のために手弁当で奔走する弁護士や関係者の方々の熱意には頭が下がるばかりですが、長く続けていくためには他からの支援が欠かせません。まずは認知度を高めたい。そして消費者スマイル基金*2などの寄付制度を含めて、機会あるごとに報道し、後方支援の輪を広げたいものです。

解説委員としての現在の仕事は、戦争を防ぐとまではいかなくても、被害者救済につながり、若い頃の目標に少しは沿っているでしょうか。今後も目標を忘れず、消費者問題に深くこだわり続けていきたいと考えています。

(ライター:丹羽 ひさ江)*2 http://www.smile-fund.jp/

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国民生活 2018.10 22

ナッツ類や穀類など、さまざまな原料を使った牛乳代替品が販売されている。中でも、大豆イソフラボン等を含むノンコレステロールの大豆飲料は消費者の健康志向に合致し、ドイツでも人気が高い。そこで、商品テスト財団では大豆飲料15商品(そのうち12商品に有機マーク)を試買し、味、有害物質、栄養成分等のテストを行った。バニラやチョコレートの味・香り付きの商品も流通しているが、今回はプレーンタイプを対象とした。 味(香り、外観、後味、口当たりを含む)の評価は、5名のテスターによる目隠しテストの方法で行った。11商品が良好と評価された一方で、グラスに注ぐと液体が分離し、強い酸味・腐敗臭がある1商品(有機品)が「最悪」と評価された。同商品は細菌に汚染されていることが分かり、事業者は同一賞味期限の商品を回収したとのことである。

 また、6商品(すべて有機品)からニッケルが検出され、そのうち3商品の値が極めて高かったという。大豆は土壌から重金属を取り込みやすいこと、加工の過程や汚染大気からも重金属が移行する可能性があることが原因ではないかと、同財団は推測する。 栄養面では全般的に高評価だったが、カルシウム無添加の5商品は、牛乳に比べてカルシウム含有量が不十分と評価された。そこでビーガン(完全菜食主義者)には、カルシウム添加品を勧めている。 なお、日常的に大豆ミルク(豆乳)とも呼ばれる大豆飲料だが、EU規則では「ミルク」という用語の使用を乳・乳製品を原料とする食品に限定している。これを受けて、欧州司法裁判所は植物性食品への「ミルク」表示を、同規則違反であると判決で示した。

 「ケーゼクライナー」(Käsekrainer)は、オーストリアで人気のチーズ入りソーセージである。脂っぽくて、強烈な香りがするという理由で敬遠する人がいる一方、最近の売上げ増加は著しいという。名称に含まれる“Krain”とは、かつてオーストリア=ハンガリー帝国に属したスロベニアの地名(ドイツ語表記)だが、同ソーセージは現代オーストリアで生まれたとされる。角切りチーズが混ぜ込まれているのが特徴で、牛・豚肉のほか、七面鳥を原料肉とする商品もある。 今回、VKI(オーストリア消費者情報協会)では、市販の包装済みケーゼクライナー28商品(そのうち6商品の原料肉が七面鳥)を対象に、衛生状態や味をテストした。その結果、15商品が総合的に非常に高評価となった一方で、1商品は衛生状態

が悪く、人間の食用に適さないと評価された。 また、ケーゼクライナーの主役といえば、中から溶け出るチーズである。テスト品の多くがエメンタールチーズを使っていたが、単に「チーズ」(Käse)とだけ表示されていた商品もあった。 食味テストは、専門家グループと一般消費者グループに依頼した。驚くべきことに、両者で評価は大きく異なり、専門家が13商品を「とてもおいしい」と評価したのに対し、一般消費者が「とてもおいしい」と評価した商品は皆無だったという。 脂肪分が多く、「カロリーの爆弾」とも表現されるケーゼクライナー。カロリーが気になる人には、原料肉が七面鳥の商品を選ぶよう勧めている。牛・豚肉を原料肉とする商品よりも、100g当たり平均100kcal少ないとのことである。

ドイツ   健康的とはいえない大豆飲料も●商品テスト財団『テスト』2018年 8月号 https://www.test.de/Sojadrinks-im-Test-1567644-0/●欧州司法裁判所ホームページ https://curia.europa.eu/jcms/upload/docs/application/pdf/2017-06/cp170063de.pdf

● VKI『消費者』2018年 8月号 https://www.konsument.at/Kaesekrainer082018

オーストリア  地元で人気のチーズ入りソーセージをテスト

文 / 岸 葉子 Kishi Yoko

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国民生活 2018.10 23

 飲み水や食品などに存在するヒ素、カドミウム、鉛などの重金属は、微量でも長期間摂取するとがんや糖尿病などの発症リスクが増す。CR(コンシューマーレポーツ)はこれまでツナ缶やプロテインパウダーなどに含まれる重金属をテストしてきたが、今回初めてベビーフードや幼児用食品の分析を行った。 対象は、シリアル、パック済み果実・野菜、スナックなど50品。その結果、すべての製品で重金属が検出され、34品は懸念されるレベル、特に15品は、乳幼児が毎日1食(それ以下でも)食べ続けると健康リスクのおそれがあるレベルであった。さらに米が原料のシリアル2品からメチル水銀も検出された。また、米やサツマイモが原材料である幼児用スナック(クッキー、ビスケットなど)は、特に高いレベルになる傾向があり、有機製品だから安全ということはなかった。

 CRが実施したアンケートでは、3歳以下の子どもの保護者の9割以上がときどきベビーフードを使うという。それにもかかわらず、多くは重金属リスクを知らず、半数以上はむしろ他の食品よりも規制が厳しく、安全テストを受けているはずだ、と信じていた。 これまでもFDA(食品医薬品局)は、幼児用米製シリアルの無機ヒ素含有量の上限を100ppbにする等のガイドラインを提唱したが、いまだ決定されていない。そのため、CRは2018年中の決定と同時に、より厳しい基準値を求めている。メーカーには、原材料(特に収穫地)の厳選など重金属汚染ゼロをめざす努力を要求、消費者に対しては、今回の結果からパニックに陥ることはないが、可能な限り幅広い食品や製品を選んで与えるよう勧めている。

 オーストラリアでは消費者用製品の安全性に関してACCC(競争・消費者委員会)が所管しており、企業や消費者から製品安全に関する情報を例年約1万600件収集し公表するほか、調査、強制的・自主的リコール、警告などの措置を行う。 このほど2017年度のリコール情報が発表された。613件のうち1位が自動車関連で171件(主にエアバッグ)、次いで食品・日用品の68件、モーターバイク36件などであった。注目されたのは、これら総数450万点以上に上るリコール対象の欠陥製品の影響が国民の約半数世帯に及び、毎日少なくとも10人が医療機関の受診を要する傷害を負っているという事実である。この警戒すべき事態に対し、ACCCの副委員長は「これは氷山の一角。扱った製品の欠陥で消費者に危害が及んでも販売業者に

報告しない消費者が多数いる。欠陥製品を販売しても違法ではないためだ」と言う。 オーストラリアの製品安全に関する規制は、2011年に制定のCCA(競争消費者法)の一部であるACL(オーストラリア消費者法)に規定されている。2016年3月よりCAANZ(オーストラリア・ニュージーランド消費者問題委員会)による同規定の見直しが始まり、2017年4月にその最終報告が発表され、GSP(一般安全条項:市場のすべての製品の安全性の確保)の導入、制裁金の増額などが提唱され、2018 年8月には制裁金増額が可決された。 ACCCは、GSPの導入に強く期待しており、現時点では消費者にACCCのポータルサイトに登録するなどして、情報を速やかに入手したり、危険な製品の情報を報告するように勧めている。

アメリカ  知っておきたいベビーフードの重金属リスク●CRホームページ https://www.consumerreports.org/food-safety/heavy-metals-in-baby-food/?EXTKEY=NWTSC1808P&utm_source=acxiom&utm_medium

=email&utm_campaign=20180816_nsltr_whatsnew_newsletter● FDAホームページ https://www.fda.gov/NewsEvents/Newsroom/PressAnnouncements/ucm604807.htm           https://www.fda.gov/Food/FoodborneIllnessContaminants/Metals/ucm280209.htm                      ほか

●ACCCホームページ https://www.accc.gov.au/media-release/half-of-all-australian-homes-affected-by-unsafe-products●オーストラリア財務省ホームページ http://mfm.ministers.treasury.gov.au/media-release/047-2017/

ほか

オーストラリア  欠陥製品の安全規制の改善を

文 / 安藤 佳子 Ando Yoshiko

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国民生活 2018.10 24

千葉県木更津市消費生活センター(以下、当センター)*では、2017 年度から「消費生活センター発 ACTION! SDGs プロジェクト」を進めています。これは、国連の提唱する SDGs

(持続可能な開発目標)と、本市が独自に行っている、人と自然が調和した持続可能な都市を構築し次世代につなぐ「オーガニックなまちづくり」の方向性が同じであることに着目し、両 者を融合することによってタテ割りのないスム ーズな社会をめざす取り組みです。ここから地域包括支援センターとの共催講座のアイデアが生まれました。

本稿で紹介する共催講座「めざせ!スマイル生活」は、消費生活センターと地域包括支援センター(以下、両センター)のコラボレーション企画です。両センター共催による市民向け講座は、全国的にもほとんど前例がないため、ま さに手探りで進めてきたという実感があります。

多様な団体が運営に深く携わる

本市には「消費者教育サポーター」という制度があり、市長の委嘱を受けたサポーターが2年間の任期で当センターと連携しながら消費者教育にかかわる活動を行います。2017 年4月、今回の講座で大きな役割を果たすことになる、読み聞かせボランティアの市民団体「空とぶくじら」のメンバー3名が新たに加入しました。 同団体は、人形劇や紙芝居からピアノ演奏までこなす多才な集団です。こうしたスキルを消費者教育に活用することで、エンターテインメント性に富んだ講座を提案できるのではないかと

考えました。また、高齢者の消費者被害を防止するために

は両センターの連携が必要だと当センターの消費生活相談員が感じていたこともあり、「それならばみんな一緒にやっちゃおうよ」というアイデアが講座開催のきっかけとなりました。

開催までのプロセス

 2017年度は、市内に4つある各地域包括支援センター単位で講座を開催しました(写真)。各担当エリア内の公民館を会場とし、4回合計で114名の市民が参加しました。

すべてが初めてのことであったため、講座開催までは走りながら考えるような感覚がありました。まず、各地域包括支援センターが集まる定例会議で企画の提案を行い、コンセンサスを得てから内容を組み立てていきました。地域包括支援センターになるべく負担をかけないように、資料の作成や会場の手配などに関しては主に当センターが担当し、案内チラシの配布や参加者募集については両センター共同で行いました。

パートナーシップでヨコとつながる!-コラボ講座で高齢者の消費者被害を防ごう-

消費者教育実践事例集

このコーナーでは、消費者教育の実践事例を紹介します。

第 55回

松木 貴史 Matsuki Takafumi 木更津市消費生活センター 主任主事

* http://www.city.kisarazu.lg.jp/12,575,24,157.html

写真 講座のようす

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国民生活 2018.10 25

参加者募集は、社会福祉協議会や木更津商工会議所の医療・福祉・教育部会にもアプローチを行い、今後の活動につながる組織の枠組みを超えた協力関係の構築が実現しました。

楽しみながら役立つ講座

地域包括支援センターとお互いに「顔の見える関係」を築くことが本講座開催の一番のねらいでした。消費生活センター単独では解決できない問題が増加しているため、他部署や他機関との連携が何よりも必要となってきています。今後の消費者安全確保地域協議会の設置までを視野に入れながら、ひとまず「今、できること」を追加予算なしでやってみるという、実験的取り組みとしての意味合いもありました。

また、参加者に楽しんでもらえることも本講座のねらいの1つです。楽しいことは人の記憶に残りやすい傾向がありますので、この部分を強くアピールしました。講座のテーマは「ポップ&キャッチー」であり、緊急時の適切な対応を可能とする高齢者見守りキーホルダー紹介の人形劇や、両センターに関するクイズ、点検商法への注意喚起の紙芝居など気軽に楽しめる形式を採用することはもちろん、参加者募集においても、楽しそうな雰囲気が伝わるようなチラシとなるよう工夫をしました。そのかいもあって「楽しいイベントに参加したら、ついでに役立つ情報も教えてもらえた」といった感想も参加者から寄せられました。

両センターを知ってもらうために

実際に講座を開催した結果、各地域包括支援センターの職員と気軽に声をかけ合える関係ができたように思います。 また、2017年度の講座開催を通して、新たに見えてきた課題もあります。本講座は、いざ というときに相談できる両センターの存在を知 ってもらうことを重要なポイントとしています

が、既に両センターを知っている参加者の多さが目立ちました。そこで、まだ相談窓口の存在を知らない市民に情報を届けることが最も重要であると判断し、2018年度は5月の消費者月間に、本市の庁舎が入っているショッピングセンターのイベントスペースを講座の会場に設定し実施しました(図)。

講座会場がフードコート前にあることを生かすため、2017 年度は1時間だった講座の時間を 30 分に短縮し、人が集まりやすいランチタイムに合わせて開催したところ、多くの一見さんを始めとする 54 名の参加者がありました。人が集まる場所に出向くことによって、講座の存在を知らなかった人にも参加してもらえることが分かったので、同様の講座を 11 月にも開催する予定です。

今後もさまざまな組織とコラボを

当センターは、皆さんの知恵や力を借り、それらを編集しながら新しい価値を創造する、いわゆるプロデュース型の組織をめざしています。SDGs の目標 17「パートナーシップで目標を達成しよう」に基づき、今後もさまざまな組織とコラボ事業を行っていく予定です。従来の手法や枠組みにとらわれずに、さまざまなアイデアを実現させようと日々奮闘している熱意ある人々との出会いに期待しています。

図 消費者月間に開催した講座の案内チラシ

消費者教育実践事例集

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国民生活 2018.10 26

ハンコにはたくさんの種類がある

私達は、日常生活のさまざまな場面でハンコを押しています。毎日のように気軽に押す場合(出勤簿など)もあれば、改まった場面で緊張しながら押す場合(不動産売買契約書など)もあります。今回は、色々なハンコ(印)について整理してみたいと思います。

ハンコの押し方による整理

■捨印 捨

すて印いんとは、押印後に訂正箇所が生じた場合

に備えて、文書の欄外にあらかじめ押しておく印のことをいいます(図1)。捨印があれば、例えば、誤記が1字見つかったときに、「1行目、1字削除、1字加入」等と、訂正箇所、削除文字数、加入文字数を記載することで誤記を訂正することができます。“事前に押す訂正印”といってもよいでしょう。しかし、この捨印を押す時点では、どこをどのように訂正するかについては特定されていません。弁護士など信頼できる相手に対して、しかも、単純な誤記が生じた場合に限り使用するというのが一般的ですので、捨印はむやみに押さないほうが賢明です。 なお、最高裁昭

和53年10月6日判決(『金融法務事情』878号26ページ)は「いわゆる捨印が押

おう捺なつされて

いても、捨印がある限り債権者においていかなる条項をも記入できるというものではなく、その記入を債権者に委ねたような特段の事情のない限り、債権者がこれに加入の形式で補充したからといって当然にその補充にかかる条項について当事者間に合意が成立したとみることはできない」と判示しています。このように、捨印があるからといって何でも訂正できるわけではありませんが、争いとなることを防ぐためには、捨印を押すことにはくれぐれも慎重になるべきです。■訂正印訂てい正せい印いんとは、書面の記載内容を訂正する場合

に押す印のことをいいます。実際に訂正したい箇所が見つかってから押す点で、捨印とは異なります。訂正したい文字の部分を二重線で消し、その脇に正しい文字を書き加えるもので、一般的によく使われるものです。■割印 割わり印いんとは、契約書や示談書などを当事者の人

数分作成するときのように独立した文書が複数あるときに、それぞれの文書が同一の機会に同一の内容(または関連する内容)で作成されたことを証するために、各文書にまたがって印鑑を押すことをいいます(図2)。文書を重ね合わせると1つの印となり、同一の機会に同一の内容または関連する内容で作成されたことが容易に分かります。

気になるこの用語 第 2回

「“契約書に捨印を押すように”と言われて、つい押してしまった」という経験はありませんか。しかし、改めて考えると、「捨印」の意味がよく分からないという人も多いのではないでしょうか。今回は、「捨印」だけでなく、いろいろなハンコについて解説します。

捨 印

消費生活相談の周辺用語を取り上げ、やさしく解説します。

捨印

東京芝法律事務所。日弁連消費者問題対策委員会副委員長。共著に『お買いもので世界を変える』(岩波ブックレット、2016 年)、『Q&A 振り込め詐欺救済法ガイドブック−口座凍結の手続と実践−』(民事法研究会、2013 年)など。

中村 新造 Nakamura Shinzo 弁護士

図 1 捨印

佐藤

佐藤

委任状

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国民生活 2018.10 27

■契印 契けい印いんとは、契約書など文書が2ページ以上に

なる場合に、その文書が一連の文書であることを証明するために、文書の継ぎ目や製本部分にまたがって印を押すことをいいます(図3)。契印を押すことで、作成後にページを差し替えたり、抜いたりすることを防ぐことができます。割印は独立した複数の文書の関連性(同一機会・同一内容)を証明するための印ですが、契印は1つの文書の関連性・連続性を証明するための印という違いがあります。

■消印消けし印いんとは、切手や印紙と文書にまたがって押

す印のことをいいます。切手や印紙が使用済みであることを示すもので、消印が押してある切手や印紙はそれ以降、使用できなくなります。

ハンコの種類による整理

■実印実じつ印いんとは、住民票がある役所で印鑑登録をし

て、これが受理された印のことをいいます。どんなに高価で立派な印でも、たとえハンコ屋さんで「実印」として売られていても、自分で役所に行って印鑑登録をしなければ実印とはなりません。実印は、役所という公的機関が届出さ

れていることを証明してくれるため、なりすましを防ぐという効果があります。そのため、不動産契約など重要な書類では実印が要求されることがありますが、その場合は印鑑登録証明書を付すことが必要となります。

■銀行印銀ぎん行こう印いんとは、銀行等金融機関に登録した印の

ことをいいます。金融機関は、あらかじめ登録された印と同じであることをもって、本人確認を行います。実印を銀行印と兼ねることも理屈上は可能ですが、両方を同時に悪用されてしまうことを防ぐためには、実印と銀行印は別の印にしたほうが安全です。■認印認みとめ印い んとは、印鑑登録や銀行登録をしていない

印のことをいいます。認印は、宅配物や郵便物を受領するときに押したり、簡単な契約書や婚姻届、出生届など市区町村役所で提出する書類などにも使われたりするのですから、最も身近な印といえます。実印や銀行印を認印として使うこともできますが、実印や銀行印は悪用されたときのリスクが大きいので大切に保管しておき、普段は認印を使用するというのが一般的な役割分担でしょう。なお、民事訴訟法 228条4項は「私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する」と規定していますが、ここでいう「押印」には認印による場合も含まれますので、たとえ認印でも慎重に押すようにしてください。

最後に

ハンコは色々な場面で使われますが、その呼び方や意味はさまざまです。よく分からない文書に安易に押すことは控えましょう。

気になるこの用語

佐藤

鈴木

佐藤

鈴木

契約書

佐藤

鈴木

中村 契約書

佐藤

鈴木

中村

契約書

佐藤

鈴木

中村

契約書

佐藤

鈴木

中村

図 2 割印

図 3 契印

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包括信用購入あっせん(7)-事例検討-

国民生活 2018.10 28

今回は、これまでに解説した包括クレジットの知識を踏まえて、相談事例を実際に処理する過程で割賦販売法(以下、割販法)をどのように活用するかを整理してみます。クレジットカード決済は、店舗取引でも日常的に頻繁に利用されていますが、ここではインターネット取引における情報商材のトラブルを素材に検討します。

 情報商材の相談事例

ブログやアフィリエイトで高額の副業収入が得られる情報を提供するとか、FX投資で確実に儲

もうかる情報を提供するとか、SNS で仲間の

参加を呼び掛けるだけで月収 50万円以上になるなどと称して、インターネットのホームページ、電子メール、SNS 等を利用した悪質情報商材のトラブルが増えています*。その代金決済手段には、口座振込やプリペイドカード決済やデビットカード決済もありますが、高額なものはクレジットカード決済が多くなります。クレジットカード決済のトラブルを解決する場合、本体の情報商材売買契約について解除・取消し・無効等の主張が成り立つかどうかの検討をまず行い、クレジット会社にこれを主張して支払いを止めるか既払金を返還してもらう可能性を検討するという手順となります。その意味で、消費者契約法(以下、消契法)や特定商取引法(以下、特商法)に基づく検討が先決です。

情報商材売買契約の効力の検討

情報商材の販売事例には、情報を搭載したDVD等を販売する売買契約型と情報提供を内容とする役務提供契約型があるほか、副業を継続的にサポートする業務提供誘引販売取引型や、他の会員を紹介するとボーナスを支払うという連鎖販売取引型など、儲け話の材料や取引のしくみはさまざまです。このうち、業務提供誘引販売取引や連鎖販売取引に当たる場合は、特商法の書面交付義務やクーリング・オフの適用可能性を検討することになります。情報商材の売買契約や役務提供契約だけの場合は、通信販売にはクーリング・オフの適用がないので、勧誘内容を分析して消契法による不実告知や断定的判断の提供による取消しの可能性を検討することになります。広告画面に記載されている内容が「必ず儲かる情報」とか「月に○○万円以上確実」というように、一般消費者から見てその情報の内容や効果を誤認して申し込む可能性が高いような具体的な記載であれば、消契法による取消しを主張できる可能性があります(後述Q&A)。その場合は、消費者が見た広告画面を提出してもらい、その記載内容を分析してクレジット会社にも送付し、取消しの可否を協議します。事業者が契約締結時に約束した義務を履行しない場合、催告を行ったうえで債務不履行解除(民法 541条)を主張する方法もあります。

日本弁護士連合会消費者問題対策委員会幹事、内閣府消費者委員会委員、経済産業省産業構造審議会割賦販売小委員会委員、特定適格消費者団体埼玉消費者被害をなくす会理事長、国民生活センター客員講師、明治大学法科大学院非常勤講師など。著書に『割賦販売法(クレサラ叢書 解説編)』(共著、勁草書房、2011 年)ほか。

池本 誠司 Ikemoto Seiji 弁護士

第 8 回消費生活相談員

のための割賦販売法

* 国民生活センター「簡単に高額収入を得られるという副業や投資の儲け話に注意!-インターネット等で取引される情報商材のトラブルが急増-」(2018 年 8月 2日公表) http://www.kokusen.go.jp/news/data/n-20180802_1.html

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国民生活 2018.10 29

Q 不特定多数に向けた広告の記載を見て申し込んでも、個別的に言葉で「勧誘」されたわけではないので、不当な勧誘行為による不実告知には当たらないのでしょうか? A 従来の一般的な考え方によれば、不実告知などの不当勧誘行為による取消し(消契法4条1項)は、事業者が個別の消費者に言葉で「勧誘」する場面が想定されており、通信販売の広告については勧誘ではないと解されていました。特商法も、通信販売の虚偽誇大広告の禁止(特商法12条)には、行政規制や罰則だけで、契約取消権は規定されていません。しかし、広告に記載された文章であっても、その内容が商品の効能・効果などを具体的に記載することにより、これを読んだ消費者が契約内容を誤認することも十分にあるのではないかということが、以前から議論されていました。特にインターネット取引のように、広告画面を見てクリックボタンですぐに契約を申し込む場合は、こうした特徴が顕著です。この点について、最高裁平成29年1月24日判決(『判例時報』2332号 16ページ、裁判所ウェブサイト)は、新聞折り込み広告に健康食品を飲めば病気が治るかのような具体的な効能効果を記載していた事案について、不特定多数に向けたチラシ広告でも、その記載内容からみて個別の消費者の意思形成に直接影響を与えることもあり得るから、一律に「勧誘」に当たらないものと扱うのは相当でない、という判断を下しました。この最高裁判決を踏まえれば、インターネットの広告画面の記載でも、その内容が消費者の誤認を招くような具体的な内容であれば、不実告知や断定的判断の提供による誤認契約として取消しが認められる可能性があります。

 代金決済方法の確認

次に、代金支払い方法が、クレジットカード決済か、どこのクレジット会社かを確認します。最近は、プリペイドカードの代金登録をク

レジットカードでチャージするケースもあります。その場合はサイト業者に対する代金決済の問題はプリペイドカード発行会社(前払式支払手段発行業者)が交渉相手となりますので、区別が必要です。クレジットカード決済である場合、割販法の適用がある 2月超後払いか、適用がないマンスリークリア払いかの区別が重要です。決済時はマンスリークリア払いでも後からリボルビング払いに変更できるカード機能が広がっていますので、この点も確認が必要です。後からリボ払い機能を行使した場合には割販法の適用を受けます(第 2回のQ&Aで解説)。マンスリークリア払いのため割販法の抗弁接続が主張できない場合でも、改正割販法によるアクワイアラー等の加盟店調査措置義務や自主規制規則を活用して、サイト業者との契約をキャンセル処理に導く可能性を検討する必要があります。 Q 代金50万円の情報商材をクレジットカード決済で契約するとき、1回でそんなに支払えないと言ったら、業者から、月々10万円で5回分のマンスリークリア払いでカード決済すると言われました。こうした方法もできるのでしょうか? A クレジットカード決済は、商品代金を割賦払いやリボルビング払いとするときは、割販法の適用により、契約書面交付義務、支払可能見込額調査義務、抗弁接続などの消費者保護規定が適用されます。加盟店が1つの契約代金を複数回のカード決済伝票に分けて毎月順次クレジット会社に提出することは、割販法の適用を逃れる脱法行為だというべきです。クレジット会社と加盟店との間の加盟店契約条項の中でも、1つの契約代金を複数の伝票に分割して順次提出することや、別々のクレジット会社に分割して決済処理することは、禁止行為とされているのが通例です。販売業者がこうした不正な操作をしたことをクレジット会社に説明して、翌月以降の未提出のカード決済伝票の受け入れ

消費生活相談員のための割賦販売法

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国民生活 2018.10 30

を拒否するよう申し入れるべきです。解釈論としては、1つの契約代金を複数回の決済伝票に分割して毎月提出することは、実質的に割賦払いの包括クレジットに当たるとして、抗弁接続が主張できるものと解すべきだと考えます。

 抗弁接続の主張とその後の処理手順

割販法の適用を受ける包括クレジットの場合は、情報商材売買契約について解除・取消し等を主張できるときは、これをクレジット会社に抗弁接続を主張してクレジット契約の支払いを拒否できます(割販法 30条の 4)。サイト画面の記載内容などからみて不実告知や断定的判断の提供が明らかなケースや、違法な情報提供を表示していることが明らかなケースの場合は、サイト画面を提出して違法性を確認できれば、クレジット会社も比較的すんなりと抗弁主張による支払い拒絶を受け入れてくれる可能性があります。訪問販売のケースでクーリング・オフや未成年者取消しのように解除・取消しの成立が容易に判定できる場合と同様です。これに対し、サイト画面やメール等の証拠が一部しか残っていない場合や、電話のやり取りが介在していて言った言わないの争いがある場合には、クレジット会社としても直ちに抗弁接続を受け入れるという判断は困難です。このような場合は、サイト業者とクレジット会社に抗弁主張の通知書を送付するだけでなく、消費生活センターからサイト業者に対し情報商材売買契約の解除・取消しを受け入れるよう交渉し、キャンセル処理の回答を引き出す必要があります(抗弁接続の行使方法は、第 7回の解説を参照)。その交渉をするために必要なしばらくの期間については、とりあえずクレジットの引落しを猶予してもらうよう要請することが必要です。この点について、日本クレジット協会の「包括信用購入あっせんに係

かかる自主規制規則」49条

1 項(3)は、「明らかに抗弁事由に該当しな

いと判断した場合を除き、前号の調査結果を当該購入者等に伝えるまでの間は、当該購入者等に対する包括クレジット契約に基づく債務の支払いに関する請求は行わないこととする」と定めています。抗弁主張が正当かどうかは、消費者と販売業者との交渉に任せるのでなく、クレジット会社側も加盟店調査を優先して行うこととしているのです。抗弁主張が成立するかどうか販売業者と対立があり、クレジット会社が支払いの一時猶予を認めてくれない場合、口座引落しされないように自衛することも検討する必要があります。ただし、光熱費や電話料金など他の自動引落しが設定されている預金口座の場合は、預金残高をゼロにするわけに行きません。このような場合、抗弁主張を維持していることをクレジット会社にきちんと伝えて、抗弁事由の存在が後日明らかとなったときは、その間の自動引落しによる既払金は返還するよう申し入れておく必要があります。この点について、主務省の昭和 59年11月 26日付通達の 5.(5)(カ)には、「あっせん業者は、調査の結果対抗事由が存在すると認めた場合であって、金融機関の自動引落しの約定により対抗の申出が行われた日以降当該商品に係る代金の支払分の引落しが行われたときは、当該支払分を購入者に返還するものとする」と記載されています。この通達は、割販法の「監督の基本方針」が策定されたことに伴い、2013 年 3月 31日付けで廃止され、「監督の基本方針」は行政規制権限に基づく監督事項に限定されているため、抗弁接続への対応方法の記述は見られません。しかし、抗弁接続に対するクレジット会社の対応方法の考え方としては、変更されるものではないと考えるべきです。事前にこうした取り扱いを確認しておくことが肝要です。

 苦情の伝達義務と加盟店調査措置 義務の活用

改正割販法は、イシュアーとアクワイアラー

消費生活相談員のための割賦販売法

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国民生活 2018.10 31

が役割を分離したオフアス取引において、イシュアーが加盟店を直接調査指導できない場合の悪質加盟店排除のため、「クレジットカード番号等取扱契約締結事業者」という定義を定め、実質的な加盟店契約締結権限を有するアクワイアラーおよび決済代行業者(以下、アクワイアラー等)に対し登録制および加盟店調査措置義務を定めました(割販法 35条の 17の 2〜 8、第 3、5回解説参照)。すなわち、包括クレジットのイシュアーは、消費者から販売業者の販売方法に関する苦情申し出を受けたときは、その苦情の内容が不実告知などの取消し事由に当たるときは、1件の苦情でもその販売業者と加盟店契約を結んでいるアクワイアラー等に伝達する義務を負うほか(割販法 30条の 5の 2、省令 60条)、加盟店情報交換制度に苦情情報を登録します(割販法35条の 20)。アクワイアラー等は、イシュアーから苦情情報の通知を受けた場合や加盟店情報交換制度に同種苦情が多数登録された場合は、加盟店に対する販売方法の調査を行い、是正のための措置を講ずる義務を負います。アクワイアラー等は、調査措置の結果を加盟店情報交換制度に登録する義務を負うほか、イシュアーから苦情情報の通知を受けて調査した場合は、調査結果をイシュアーに通知する義務も負います(省令133 条の 8 〜 9、省令 135 条の 2 項、第 5回解説参照)。こうした苦情の伝達義務と加盟店調査措置義務により、イシュアーとアクワイアラー等は協力して悪質加盟店を排除することが求められているのです。悪質サイト業者が消費者や消費生活センターの申入れに誠実に対応しない場合でも、クレジット会社や決済代行業者からサイト業者に対する加盟店調査措置を適切に実行することにより、解約処理につながるケースも少なくありません。加盟店情報交換制度にイシュアーとアクワイアラー等から情報を登録することは、悪質加盟

店をクレジット業界全体で排除するうえで大変重要です。ただし、加盟店情報交換制度は非公開の情報交換システムですので、消費生活センターが直接開示を求めることはできないとされています。消費生活センターとしては、不実告知等の取消し事由に当たる苦情を申し出る場合は、イシュアーは 1件でもアクワイアラー等に通知する義務と加盟店情報交換制度に登録する義務を負うことを指摘して、必ず情報登録することをその都度促すことが重要です。

 マンスリークリア払いの場合の 対処方法

改正割販法は、アクワイアラー等の加盟店調査措置義務はマンスリークリア払いを含めて義務の対象としましたが、イシュアーは包括クレジットだけが適用対象であり、マンスリークリア払いについては苦情伝達義務が適用されません。せっかくアクワイアラー等に対しマンスリークリア払いを含めた義務を定めても、イシュアーから苦情情報の伝達や登録が適切になされなければアクワイアラー等の調査は始まりません。これについては、国会審議でも取り上げられ、衆議院・参議院の委員会附帯決議でも指摘された結果、日本クレジット協会の自主規制規則の中に、マンスリークリア払いのイシュアーも包括クレジットに準じて苦情伝達に努めることが規定されました(第 5回解説参照)。自主規制は法律上の義務を前提としないものですから、これに違反したことが行政処分の対象となるわけではありません。しかし、国会の附帯決議に基づいて規定された自主規制規則ですから、法律上の義務に準じて苦情伝達と加盟店調査措置を適切に行うことは、クレジット会社の消費者に対する責務としてきちんと実施することを申し入れることができます。

消費生活相談員のための割賦販売法

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国民生活 2018.10 32

相談内容福袋に入っていた黒いバックスキン風のジャ

ケットをクローゼット内のハンガーにつるして保管し、1年後に初めて着用した。ジャケットを着て、薄いピンク色のバッグを肩に掛けていたところ、ジャケットの色がバッグに移ってしまった(写真 1)。

着用後のジャケットを約 40℃のぬるま湯と洗濯用合成洗剤を用いて、3回手洗いしたものの、3回目でも洗浄液が黒くなった。乾いたジャケットをティッシュペーパーでこすると今でも色がつく。  

ジャケットのタグ(写真 2)には色移りに関する注意書きがないため、販売店に申し出たが、対応されなかった。

バッグはとても大事にしており、まだ数回しか使用していない。クリーニング店に尋ねると、色を落とすのは無理であろうとの答えだった。ジャケットに問題がないか調べてほしい。

商品テストおよび調査相談を受けた消費生活センター(以下、受付

センター)は、国民生活センターに商品テストを依頼した。その結果、次のことが分かった。

(1)苦情品の概要および外観等苦情品のジャケットには、取り扱い方法(図)

と「ポリエステル 100%」の表示(写真2)があった。

苦情品の生地はスエード調で、材質を調べたところ、主にポリエチレンテレフタレート(ポリエステル系樹脂)を使用しているものと考えられた。

(2)表面観察等苦情品の袖の部分を拡大して観察したとこ

ろ、細い繊維の束で編まれており、表面が毛羽立っていた(写真 3、4)。一般的なポリエステル繊維の太さがおよそ 20 μm * 1 であるのに対し、それより細く、数μm であった(写真 5)。

さらに、写真 3 の円で囲んだ箇所の周辺を

* 1 1マイクロメートル(ミクロン)=1/1000mm

写真 1 色が付着したバッグ 写真 2 ジャケットのタグ

図 取り扱い方法

国民生活センター 商品テスト部

バッグに色移りした黒いジャケット

黒いジャケットを着用し、薄いピンク色のバッグを肩から掛けていたところ、ジャケットの色がバッグに移った事例を紹介する。

苦 情 相 談

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国民生活 2018.10 33

エタノールに浸した綿棒で数回軽く叩いたところ、綿棒が黒く着色した。

一般的にポリエステル糸は、原料を熱で溶かした後、糸状に押し出して作る。そのため、表面が平らで染料が浸透しにくく、濃色に染色することが非常に難しい素材である。特に、この苦情品のような超極細繊維(マイクロファイバー)では、細い繊維を多く用いるため、表面積が大きくなり、黒のような濃色を出すには多くの染料が必要となり、より色移りしやすいとされている。

(3)染色堅ろう度JIS L0207「繊維用語(染色加工部門)」に

よれば「繊維製品の製造工程又はその後の使用及び保管中の作用に対する色の耐性」を染色堅ろう度といい、色の落ちやすさのことを表す(級数が低くなるほど色移りしやすい)。

新品の苦情同型品が入手できなかったため、3回洗った苦情品の染色堅ろう度を調べた。

【摩擦に対する染色堅ろう度】JIS L0849「摩擦に対する染色堅ろう度試験

方法」に準じて調べたところ、乾燥状態ではJIS 基準と同等であったが、湿潤状態では JIS

基準を下回っていた。【洗濯およびドライクリーニングに対する染色堅ろう度】

JIS L0844「洗濯に対する染色堅ろう度試験方法」A-2 法および JIS L0860「ドライクリーニングに対する染色堅ろう度試験方法」B-1 法に準じて調べた。

洗濯、ドライクリーニングともに苦情品の変退色* 2 は JIS 基準とほぼ同等であったが、他の衣料等への汚染* 3 は洗濯、ドライクリーニングともに、JIS 基準を大きく下回っていた。なお、テストに使用した洗浄液、ドライクリーニング液は黒色になった。

JIS 基準は本来、製造に必要な品質に関するものであるが、苦情品は 3 回洗濯した後で試験を行っているため、洗濯前はさらに色移りしやすい状態であったと考えられた。

(4)表示苦情品のタグを調べたところ、家庭用品品質

表示法繊維製品品質表示規程の「上衣」に定められた、繊維の組成、家庭洗濯等取扱方法、表示者の名称および電話番号は表示されていたが、義務づけられた表示ではないものの、使用時や洗濯時等の色移りに関する注意事項はなかった。

結果概要受付センターは販売店に、商品テスト結果を

伝えるとともに、受付センターが市販されている濃い色の繊維製品を調べたところ、その多くに摩擦による色移りに対する注意事項が添付されていたことも伝え交渉した。その結果、販売店がバッグ購入額の一部に当たる金額を支払うことになった。

写真 3 苦情品の表面 写真 4 表面の毛羽立ち

写真 5 繊維の太さ ※細い繊維がジャケットの繊維

*2 JIS L0207「繊維用語(染色加工部門)」変退色:繊維に染まっている染料などが光反射、熱処理、湿潤処理、ガスなどの外的作用によって化学的に分解したり、物理的に脱落することによって変色または退色する現象。

* 3 JIS L0207「繊維用語(染色加工部門)」汚染:本来付着してはならない着色汚れ。堅ろう度試験では、試験片から添付白布への染料などの移行。

一般的なポリエステル繊維

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国民生活 2018.10 34

A リフォームする箇所が分譲マンションの専有部分なのか、それとも共用部分なのかによって注意すべき点は異な

ります。また、リフォームを行う際は、分譲マンションの管理規約に従う必要があります。国土交通省が作成しており、マンションの管理規約として広く利用されている「マンション標準管理規約及びマンション標準管理規約コメント」*の単棟型(以下、規約)を参考にしながら、注意点をみてみましょう。規約によれば、専有部分とは住戸番号を付した住戸であり(7条 1項)、天井、床及び壁は躯く体たい部分を除く部分(同条 2項 1号)、玄関扉

は錠及び内部塗装部分(同項 2号)が含まれます(建物の区分所有等に関する法律〈以下、法〉2条 3項、1条も参照)。他方、共用部分とは、窓枠、窓ガラス(規約 7条 2項 3号)、屋上、屋根、内外壁、床、天井、柱、基礎部分、バルコニー等(以上、専有部分に属さない建物の部分)、エレベーター設備、電気設備、給水・排水設備、各種の配線配管の一部(以上、専有部分に属さない建物の附属物)などを指します(規約 8条、別表第 2、法 2条 4項参照)。専有部分であると勘違いしやすいバルコニーや窓枠及び窓ガラスは、専用使用権(特定の人が排他的に使用できる権利。規約 14条)があるだけですので注意しましょう。

共用部分は区分所有者(分譲マンションの所有者)が共有している(規約 9条)ため、基本的に、相談者が勝手にリフォームを行うことはできません(規約 21条)。もしリフォームが必要になった場合は、管理組合が行うことになります(規約 21条、22条、32条)。また、専有部分についても、自由にリフォームを行うことができるわけではありません。規約では、専有部分について共用部分又は他の専有部分に影響を与えるおそれのある修繕等を行おうとするときは、あらかじめ、管理組合の理事長に設計図、仕様書及び工程表を添付した申請書を提出し、書面による承認を受けなければならないとされています(規約 17条 1項及び2項)。また、上記承認を要しない場合であっても、工事業者の立入り、工事の資機材の搬入、工事の騒音、振動、臭気等工事の実施中における共用部分又は他の専有部分への影響について管理組合が事前に把握する必要があるものを行おうとするときは、あらかじめ、理事長にその旨を届け出る必要があります(同条 7項)。相談者が取り払おうとしている間仕切りは、

分譲マンションの構造上、取り払うことが禁止されているものかもしれません。また、水回りの設備変更も、工事内容次第では理事長の承認や届け出が必要です。トラブルを避けるために、まずは管理組合に相談することをお勧めします。

* マンション標準管理規約及びマンション標準管理規約コメント http://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk5_000052.html

マンションをリフォームするときの注意点は?

分譲マンションの一室(居住用)をリフォームしたいと思います。間仕切りを取り払ったり、水回りの設備等を変更したりする場合、どのような注意が必要でしょうか?

Q暮らし &法律 Q A

第一東京弁護士会所属。企業法務を中心に、一般民事事件、家事事件などを広く手がける。協力:萩谷 雅和(萩谷法律事務所)

菅原 修 Sugawara Shu 弁護士

第 77 回

相談者の気持ち

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国民生活 2018.10 35

  事案の概要

1.Xは、1930年生まれで、夫を亡くして自宅等を相続し、一人暮らしをしていた。2006年3月までに「要支援1」の認定を受けており、その後、介護保険の主治医から2006年5月を発症日とした認知症の診断を受けている。本件取引当時は、独立した長男とヘルパーの援助をそれぞれ週1回程度ずつ受けながら生活していた。2.Xは、Y1(銀行)で国債と定期預金を保有していたが、2007年にはAの勧誘で変額年金保険を契約した。その後Xは、2008年4月15日にY1に外貨預金口座を開設し、他行の外貨預

金を解約して約20万ドル(約2100万円)を預けた。その際、Aは外貨の運用についてXと相談し、XにY2(証券会社)を紹介することにした。その結果、同月22日、Bが担当してXとY2との総合取引申込書が作成された。この時のXの年齢は77歳であった。その後、Bの勧誘によってXは、次の仕組債を順次購入した。商品12008年4月30日を約定日とするエクイティリンク債*2(2銘柄を参照銘柄*3とするバスケット型*4株価連動債*5)を20万ドル。商品2同年5月26日を約定日とするエクイティリンク

暮らしの判例

認知症の高齢者に対する仕組債の勧誘と適合性原則・説明義務違反 本件は、認知症により要支援の認定を受けていた高齢者 (取引開始当時 77 歳 )が、勧誘を受けて購入した仕組債*1によって損失を被ったとして、証券会社と銀行に対して損害賠償を請求した事例である。 裁判所は、証券会社の勧誘を行った者に適合性原則違反と説明義務違反を認め、その使用者である証券会社に対して、3割の過失相殺を行ったうえで、損害賠償の支払いを命じた。 一定程度の投資経験があり、高額な資産を保有していた認知症の高齢者に対する金融商品の勧誘について、適合性原則・説明義務違反を認めた点において、参考になる判決である。( 東京地裁平成 28年 6月 17 日判決<確定>、『証券取引被害判例セレクト』51巻 53 ページ、『金融商事判例』1499号 46ページ掲載 )

消費者問題にかかわる判例を分かりやすく解説します

原告:X(消費者)被告:Y1(銀行)、Y2( 証券会社 )関係者:A(Y1のX 担当者)、B(Y2のX 担当者)

国民生活センター 相談情報部

*1 複雑な金融派生商品を組み合わせた債権のこと。*2 仕組債の一種で、株式取得のオプションが付随した債権の総称。例として、転換社債(債権を株式に変換可能なもの)がある。*3 * 7 にて後述。*4 複数の銘柄を一括で売買する取引のこと*5 日経平均株価などと連動して時価が変動するもの。

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国民生活 2018.10 36

債を20万ドル。商品3同年6月9日を約定日とする他社株転換条項付社債(3銘柄を参照銘柄とするバスケット型EB*6)を2000万円。商品4同年9月24日を約定日とする他社株転換条項付社債(3銘柄を参照銘柄とするバスケット型EB)を1000万円。3.上記商品1と商品2の元本償還額は、3年の期間中、参照銘柄の株価が一度もノックイン価格*7に達しない場合は100%であるが、一度でも(商品1については2銘柄のうちいずれかが)ノックイン価格以下となった場合には、満期時の評価時点の価格の当初価格からの値下がり率に応じて元本が減少する(3割下がっていると元本が3割目減りする。商品1については値下がりの大きいほうを基準にする)。また、外貨建てであるから、償還された外貨は円換算の際、円高であれば為替差損が生じる。 商品3と商品4の場合は、参照銘柄のうちどれかが1度でもノックイン価格以下になると、最も値下がりした株式で償還される(このため、ワーストEBともいわれる)。 上記仕組債は、2008年10月から11月にかけてノックイン価格を下回り、いずれもノックアウト価格*8以上とならなかったため、商品2についてはドルで償還され、商品3と商品4については株式償還となった。商品1については中途売却している。この結果、Xは約4000万円の損失を被った。4.Xは、A・Bの勧誘には適合性原則違反、説明義務違反があるとして、民法709条、715条、719条に基づいてY1・Y2に損害賠償を請求した。

  理由

 本判決は、Y1については、AはY2を紹介しただけであり、本件仕組債の勧誘はもっぱらBによって行われたとして、請求を棄却している。しかし、Y2については、次のように判断して適合性原則違反と説明義務違反を認めた。○適合性原則違反について 「本件各商品の含むリスクは相当程度大きく、Xは本件取引によってその抱えるリスクを過大に負担することになったものであり、かつ、そのリスクの大きさおよびしくみの難解さに鑑みれば本件各商品の購入による損得を適切に判断するためには相当程度高度の投資判断能力が要求されるものであったと認められる。これに対し、Xの年齢や認知症の程度に加え、その投資意向、財産状態および投資経験等の諸要素を総合的に考慮すると、BがXに対して本件各商品の購入を勧誘したことは、適合性の原則から著しく逸脱したものであるというほかなく、これによって本件取引を行わせたことは、不法行為法上も違法と評価することができる」として、説明義務違反について検討するまでもなくY2は使用者責任を負うとした。○説明義務違反について 過失相殺の判断に影響すると考えられるので検討しておくこととするとしたうえで、商品内容や投資リスクについて形式的には一応の説明があったことが認められるとしつつ、「Xの投資取引に関する知識、経験、財産状況等に照らすと、(中略)、Xにおいて本件各商品の取引に伴う危険性を具体的に理解できるような情報が、必要な時間をかけて十分に提供されたとは認め難い」として、説明義務違反があるとした。なお、商品4の仕組債の購入に際しては、その直前のリーマン・ブラザースの破たんについての

暮らしの判例

*6 EB=エクスチェンジャブル・ボンド。転換対象銘柄の株価があらかじめ定められた価格以下になった場合、償還が現金ではなく所定の銘柄の株券でなされるという条項付きの債券のこと。

*7 償還条件の変更が発生することになる価格。この価格と等しくなるかこれを超えることを「ノックイン」といい、* 8「ノックアウト」とともに、参照銘柄の値がこの判定の基準となる。

*8 償還条件の変更が発生しないことが確定する価格。この価格と等しくなるかこれを超えることを「ノックアウト」という。

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国民生活 2018.10 37

情報提供も行われていなかったことがうかがわれるとしている。○過失相殺について 「Xは元本割れのリスクを含む金融商品に投資を行う余裕があり、かつ、リスクのある商品に投資する意図が一切なかったとは認められない。本件各仕組債が元本割れのリスクを含むものであることの限度では理解している。Bは形式的には一応の説明をしており、虚偽の説明をしたとの事実やリスクの説明を著しく怠った事実はうかがわれないことなどに照らすと、Xは理解できないのであれば説明の補完を求め、又は長男に相談することなどによって本件取引を回避することができたと考えられるから、Xにも相応の落ち度があるというべきである」などとして3割の過失相殺をした。

  解説

適合性原則については最高裁判例(参考判例①)があり、「証券会社の担当者が、顧客の意向と実情に反して、明らかに過大な危険を伴う取引を積極的に勧誘するなど、適合性の原則から著しく逸脱した証券取引の勧誘をしてこれを行わせたときは、当該行為は不法行為法上も違法となると解するのが相当である 」としたうえで、適合性の判断は 「具体的な商品特性を踏まえて、これとの相関関係において、顧客の投資経験、証券取引の知識、投資意向、財産状態等の諸要素を総合的に考慮する必要がある 」としている 。本判決は、この判断枠組みに従い、各仕組債の商品特性を認定したうえで、4つの仕組債のうち、3つはバスケット型で対象銘柄が 1つの場合よりリスクが大きいこと、2つは外貨建てであり為替変動リスクを含んでいることなどを指摘し、「本件各商品は、上場株式の現物等その他の金融資産と比べても相当程度リスクの高い商品であり、積極的にリスクを取って利得の拡大を志向する投資者に適した商品であったと評価できる 」とした 。

他方、顧客の属性に関しては、認知症の程度などを踏まえたうえで、一定程度は元本割れのリスクを含む金融商品に投資を行う財産的余裕を有していたが、保有する金融資産の半額を大きく上回る約 7000 万円もの資金を高いリスクのある商品に投資するのが相当といえるほどの余裕があるとまでは認め難いし、積極的に望んでいたとまでは認め難いと認定した 。また、一定程度の投資経験があったとしつつ、本件各商品のような複雑で難解なリスクを含み、高度な投資判断能力が要求されるような商品への投資経験があったとはうかがわれないなどとした。その他の諸要素も総合考慮し適合性原則違反とした 。本判決は、説明義務違反にも該当するとして前記理由のとおり判断したが、3割の過失相殺をしている点には問題がある 。適合性原則違反の勧誘であるのに過失相殺している点に加え、本件は Xが Y2との取引を希望したわけではなく、もともと Y1に外貨を預けていたところAからの案内で本件仕組債の勧誘となった経緯もある 。本件訴訟の前に、Xは Y1を相手方として銀行 ADR にあっせんの申し立てをしているが、これは Xに 「 銀行を信用していたのにだまされた 」という意識が強いためである(あっせんは、Y1が勧誘していないと主張して、不成立に終わっている)。控訴審での判断が期待されたが、双方控訴せず、本判決が確定した 。

  参考判例

①最高裁平成17年7月14日判決(『判例時報』1909号30ページ)

②大阪高裁平成27年12月10日判決(『金融・商事判例』1483号26ページ)、EB債の勧誘について、金融商品販売法違反により過失相殺なしで損害賠償請求を認めた事例。

暮らしの判例

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国民生活 2018.10 38

消費者契約の解除

今回は、前回紹介した学納金返還訴訟をめぐる一連の最高裁判決(以下、学納金最高裁判決)の内容を踏まえて、法9条1項の要件を順に確認していくことにしましょう(ただし、消費者契約という要件については、本連載第2回で検討済みであるため割愛します)。法9条1号の適用対象は、消費者契約の解除に伴う損害賠償額の予定または違約金を定める条項です。消費者庁の『逐条解説 消費者契約法』(以下、逐条解説)*1では、ここでいう解除とは、法律上の規定の要件を満たせば解除できる「法

ほう定てい解除権」と当事者間の契約によって

定められた要件を満たした場合に解除できる「約

やく定じょう解除権」の双方を指すとされています。

これに対して、日本弁護士連合会の『コンメンタール消費者契約法』(以下、コンメンタール)* 2

では、消費者からの法定解除権または約定解除権の行使による解除のみならず、消費者の債務不履行を理由とする事業者からの解除、解約告知(将来に向かってのみ契約解消の効力が生じるもの)、事業者と消費者との間の合意解除、解除の意思表示とみなされる事由の発生、解除条件の成就(一定の条件を充足すると契約の効力が失われること)等、「およそ消費者契約が解消された場合における消費者の金員支払義務

を定める契約条項」はすべて該当すると解すべきであるとされています。裁判例に目を向けると、学納金最高裁判決は、大学と合格者との間の在学契約では「解除」という言葉は使われていないものの、合格者による入学辞退の申し出を契約解除の意思表示に該当するとして、入学辞退があった場合の学納金の不返還特約(不返還条項)が法9条1号の適用対象になるとしました。下級審の裁判例には、パーティーの予約を解約した場合に「営業保証料」を支払う旨の特約が本号に該当するとしたもの(東京地裁平成14年 3月 25 日判決、『判例タイムズ』1117号 289ページ)、また、本連載第2回でも紹介した大学のラグビーチームが複数の部員のインフルエンザ感染を理由に前日に旅館の宿泊予約をキャンセルした事案で、「お客様の都合」により宿泊前日に旅行を取り消した場合には、宿泊料金の 100%に相当する金額を支払う旨の「取消料」条項が本号に該当するとしたもの(東京地裁平成 23年 11月 17日判決、『判例時報』2150号 49ページ)等があります。このように、直接「解除」という言葉が使われていない条項であっても、実質的に解除と評価できるものであれば、法9条1項の適用対象となることに留意する必要があります。

不当条項規制(9条)(2)博士(法学)。専門は民法・消費者法。消費者庁「消費者契約法の運用状況に関する検討会」委員等を歴任。宮下 修一 Miyashita Shuichi 中央大学法科大学院教授

誌上法学講座 新時代の消費者契約法を学ぶ

第 13 回

* 1 消費者庁「逐条解説 消費者契約法」http://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_system/consumer_contract_act/annotations/

* 2 日本弁護士連合会消費者問題対策委員会編『コンメンタール消費者契約法(第2版増補版)』(商事法務、2015 年)

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損害賠償額の予定・違約金

次に、法9条1号にいう「損害賠償の額の予定」(以下、損害賠償額の予定)または「違約金」は、どのようなものを指すのでしょうか。『逐条解説』では、損害賠償額の予定とは契約の解除に伴うもので、違約金とは損害賠償とは趣旨が異なる違約罰的なものとしています。これに対して、『コンメンタール』では、立法趣旨に照らして、実質的に損害賠償額の予定等と解釈される約定であれば、違約罰、解約料、キャンセル料といった名目にかかわらず、本号に該当するとします。具体的には、費用償還請求権、使用利益償還請求権、減価賠償請求・原状回復義務等の減免を定めた契約条項、さらに、保守契約・リース契約等の継続的契約を中途解約した場合における既払金の一部または全部の不返還条項も含むとしています。裁判例に目を向けると、学納金最高裁判決では、授業料の不返還特約は在学契約の解除に伴う損害賠償額の予定または違約金の定めに当たるとしています(ちなみに、『コンメンタール』では、授業料不返還特約は、有償双務契約である在学契約の前払対価返還義務(原状回復義務)の免責を定めた特約であると評価しています)。下級審の裁判例では、前述した「営業保証料」や「取消料」は前記の定めに該当するとされています。さらに、やや特殊ですが、依頼者から業務の委任を受けた弁護士が自らの責任によらない事由で中途で解任されたときは委任の目的を達したものとみなし、報酬の全額を請求できる旨の特約(みなし成功報酬特約)における「報酬」が、前記の定めに該当するとしたものもあります(東京地裁平成21年7月19日判決、『判例時報』2074号 97ページ)。このように、損害賠償額の予定や違約金という言葉を使っていなくても、実質的にそれらの内容を備えているかが、本号の適用の可否を判断するポイントとなります。

平均的損害の意味

法9条1号では、損害賠償額の予定や違約金を合算した額が、「当該条項において設定された解除の事由、時期等の区分に応じ、当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額」を超える場合に、その超える部分が無効となるとされています。それでは、ここでいう「平均的な損害」(以下、平均的損害)とは何を意味するのでしょうか。現在の『逐条解説』では、平均的損害とは、「同一事業者が締結する多数の同種契約事案について類型的に考察した場合に算定される平均的な損害の額」、すなわち、「解除の事由、時期等により同一の区分に分類される複数の契約の解除に伴い、当該事業者に生じる損害の額の平均値」をいうものとされています。ここでいう「平均値」とは、「当該消費者契約の当事者たる個々の事業者に生じる損害の額について、契約の類型ごとに合理的な算出根拠に基づき算定された平均値であり、当該業種における業界の水準を指すものではない」とされています。消費者契約法の立法に向けた議論にかかわっ

た落合誠一教授は、この「平均的損害」について、個々の事案における具体的な損害ではなく、一般的かつ客観的な平均的損害であると指摘しています*3。また、『コンメンタール』では、この見解を前提としつつ、さらに「当該」事業者に生じる損害が基準になるとすると、経営努力が不十分な場合には、平均的損害の額が大きくなって事業者が有利になるのではないかという疑問、さらに、逸失利益(契約が当初の約定通りに履行されたのであれば得られたであろう利益)については、当該消費者契約の目的が他の契約において代替ないし転用される可能性のない場合にのみ考慮すべきであると指摘しています。

平均的損害の具体的な計算方法

もっとも、抽象的・一般的な説明はその通り

誌上法学講座

* 3 落合誠一『消費者契約法』(有斐閣、2000 年)139 ページ

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であるとしても、実務的にはこの場合の平均的損害を具体的にどのように計算すべきでしょうか。裁判例に目を向けてみると、学納金最高裁判決では、平均的損害とは大学に一般的・客観的に生ずると認められる損害であるとして、入学辞退が大学にとって「織り込み済み」、すなわち客観的にも高い蓋

がい然ぜん性をもって予測される

時点(毎年4月1日)よりも前の時期における解除については、推薦入学など一部の例外的な場合を除いてそもそも平均的損害が生じないとしました。そこで、授業料等や諸費用等の不返還特約のうち、その全額にわたる部分が平均的損害を超える部分に当たるとして無効とされ、返還する必要があるとされたわけです。これに対して、前記の時点(毎年4月1日)以降は、入学辞退は「織り込み済み」であるとは言えないため、入学辞退の意思表示がその前になされていたと考えられる一部の例外的な場合を除き、授業料等や諸費用等の全額が平均的損害であり、返還をする必要はないとされました。授業料等や諸費用等の具体的な金額は、大学によって(さらにいえば、同じ大学内でも受験した学部等によって)異なりますが、ここでは具体的な金額を離れて、一般的・客観的に授業料等や諸費用等が平均的損害といえるかどうかが判断基準となっていると言えるでしょう。下級審裁判例をみると、前記の大学ラグビーチームによる旅館キャンセルの事案(東京地裁平成 23 年 11 月 17 日判決、前掲)では、平均的損害をかなり具体的に計算しています。宿泊費・グラウンド使用料金の合計額(127 万円余)から、キャンセルによって支出を免れた食材費・光熱費・クリーニング費用・アメニティー費用の合計(47万円余)を引いた金額(80 万円弱)が平均的損害であるとして、それを超える部分は無効であるとしています。また、前記のパーティー予約の解約の事案

(東京地裁平成 14 年 3 月 25 日判決、前掲)では、平均的損害の計算に際しては、解除の事由・時期、当該契約の特殊性、逸失利益・準備

費用・利益率等損害の内容、契約の代替可能性・変更ないし転用可能性等の損害の生じる蓋然性等の事情を考慮するとしました。具体的には、解約は開催予定日の2カ月前であって他の予約の可能性が高いこと、また、材料費・人件費の支出がないことを考慮する半面、予約当日は「仏滅」で結婚式二次会等が行われにくいこと、店舗側が当日同時刻開催予定の他の客からのパーティーの申込みを断ったにもかかわらず消費者側が自己都合で解約したこと、顧客も一定の負担はやむを得ないと考えていることを考慮しています。もっとも、本事案における予約と同種の消費者契約の解約に伴い事業者に生ずべき平均的損害の額を算定する証拠資料に乏しいとして、損害の立証が困難な場合には裁判所が相当な損害額を認定できると規定する民事訴訟法 248 条に基づき、営業保証金(1人当たり 5,229 円)ではなく、予定されていた1人当たりのパーティー料金 4,500 円の3割に 30~ 40 名と予定していた人数の平均である 35名を掛けた 47,250 円を平均的損害として、それを超える部分は無効になると判示しました。さらに、前記の弁護士委任契約が中途解約された事案(東京地裁平成21年7月19日、前掲)では、受任後に発生した費用は「着手金」で賄うことができるため、それ以上の平均的損害は存在しないとして、みなし報酬の全額が平均的損害を超えると判示しています。このように、下級審裁判例では、現実に発生した(あるいは発生し得る)損害を前提に、できるだけ具体的な計算が試みられています。

平均的損害の額の立証責任

それでは、平均的損害の額は、事業者と消費者のどちらが立証すべきでしょうか。従来の下級審裁判例には、消費者が立証するのは困難であるとして、事業者に立証責任を課すものもいくつか存在しました。これに対して、学納金最高裁判決では、前回の連載で紹介したように消費者である学生がその責任を負うものと判示さ

誌上法学講座

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誌上法学講座

れました。ただし、具体的な事情によっては「事実上の推定」が働く場合があるとされています。『コンメンタール』は、平均的損害の額の立証責任を消費者に厳格に課すと、事業者が自らの情報開示や証拠提出を拒絶して法9条1号の適用を免れることを可能となりその趣旨が没却されかねないとして、この「事実上の推定」を積極的に活用することを求めています。ところで、2017年8月に内閣府消費者委員会消費者契約法専門調査会(以下、専門調査会)が公表した「報告書」(以下、2017年報告書)では、法9条1号の平均的損害の額に関し、消費者が「事業の内容が類似する同種の事業者に生ずべき平均的な損害の額」を立証した場合には、その額が「当該事業者に生ずべき平均的な損害の額」と推定される旨の規定を追加することが提言されていました。その理由としては、法律上の推定規定を設けることによって、消費者による立証の困難を緩和することが挙げられています。ただ同時に、事業の内容の類似性を要件として規定する場合には、事業活動の内容や事業規模その他の類似性判断の基礎となり得る要因を精査し、その判断が明確に行われるようにすることが適当であるとされていました。ところが、この 2017 年報告書を踏まえて国会に提出された「消費者契約法の一部を改正する法律案」では、前記のような推定規定を設けるという提案がなされませんでした。この点は、国会における審議でも問題となりましたが、立法担当者はその理由として「平均的な損害の額の推定規定を設けるに当たり、消費者契約一般に通ずる事業の内容の類似性判断の基礎となる要因を見出すことが困難であったこと」を挙げています*4。しかしながら、このような推定規定を設けるということは、事業者・消費者・法律実務家・法学研究者等が一堂に会した専門調査会の場で長い時間を掛けコンセンサスを得て決定されたことです。確かに、2017年報告

書でも国会審議で立法担当者が言及した問題は指摘されていますが、むしろそれは一種の解釈論における判断基準の明確化を求めるものであって、『逐条解説』においてそれを示すかたちで対応することが十分可能であるといえるものです。今回の改正は、技術的なことを理由に、専門調査会で示された「総意」を無視するかたちで行われたものであり、本来許されるべきことではありません。本連載第 10回で紹介した衆議院および参議院の附帯決議においても、平均的損害の額を法律上推定する規定の創設など消費者の立証責任の負担軽減に向け早急に検討を行い、本法成立後 2年以内に必要な措置を講ずることが求められており、専門調査会での議論が早期に再開されることを強く期待するところです。なお、かねてから『コンメンタール』では、消費者が平均的損害を認識できるように事業者ができるだけ情報公開に努めることが要請されると説かれていました。『逐条解説』でも、消費者に平均的損害の額の立証責任があるとした前記の最高裁判決を前提としつつ、その立証が困難な場合もあると指摘したうえで、事業者に消費者に対する情報提供の努力義務を課す法3条1項の趣旨を踏まえ、事業者は消費者に対して平均的損害の額に関して必要な情報を提供するよう努めることが求められています。さらに、専門調査会の「2017年報告書」は、前記の推定規定とは別に、消費者庁その他の政府として法9条1号の意義を周知するとともに、事業者においては、合理的な根拠をもって平均的損害の額をあらかじめ算定しておくことが期待されていると述べています。この点についても、2017年報告書が専門調査会において委員全員のコンセンサスを得て作成されたことを踏まえて、最低限、『逐条解説』に明記することが求められるでしょう。

* 4 衆議院消費者問題に関する特別委員会議事録平成 30 年第6号 2018 年5月 17 日(木曜日)。http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/019719620180517006.htm

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詳しくは裏面をご覧ください188 に相談!

消費者ホットライン

123無視する

まずは、

連絡しない

間違っても、

聞いてみる

不安なときは、

こんなハガキが届いたら

架空請求被害急増中!

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※取り下げ最終期日  ××年××月××日

消費料金に関する訴訟最終告知のお知らせ

法務省管轄支局 日本民事訴訟管理センター

東京都千代田区霞が関×××××××××××

取り下げ等のお問合せ窓口 03-×××××-×××××

受付時間 9:00~20:00(日、祝日除く)

この度、ご通知致しましたのは、貴方の利用されていた契約会

社、もしくは運営会社側から契約不履行による民事訴訟とし

て、訴状が提出されました事を改めて告知致します。

管理番号(わ)257 訴訟取り下げ最終期日を経て訴訟を開

始させていただきます。また、このままご連絡なき場合は、原告側の主張が全面的に

受理され、執行官立ち会いの下、給与等の差し押さえ及び、動

産、不動産物の差し押さえを強制的に執行させていただきます

ので裁判所執行官による執行証書の交付を承諾してい

ただきたく様お願い致します。尚、訴訟取り下げなどのご相談につきましては、当局にて承って

おりますので下記までお問合せ下さい。書面での通達となりますのでプライバシー保護の為、ご本人様

からご連絡いただきます様お願い申し上げます。

被害発生

2018年10月発行 編集・発行 : 独立行政法人国民生活センター(法人番号4021005002918) デザイン : 株式会社ファーブル イラスト : 川崎敏郎

消費生活センターは、地方自治体が運営する消費生活に関する相談窓口です。

消費者ホットライン

最寄りの相談窓口に電話がつながります。

い や や!

188(3桁の電話番号)

お住まいの自治体の相談窓口は…

1

32

4

(*1)電子メールやSMSの場合は、架空請求業者がランダムに生成したメールアドレスや電話番号に送信している可能性がある。(*2)架空請求業者から伝えられた支払番号を端末に入力し、出力された用紙を持ってレジで代金を支払う。

銀行口座へ振込み等

仮想通貨の購入代金を送金等

電話等でカード番号を通知

架空請求業者

被害発生までの流れ

プリペイドカード購入端末操作後レジで支払い(*2)

コンビニ

架空請求に、ご注意!

ハガキや電子メール、SMS(*1)が届く

「訴訟取り下げ料が必要」などウソを言って金銭の支払いを要求

業者にあわてて連絡すると…

だまされて支払いに応じてしまう

被害急増中

コンテンツ利用料金の清算確認が取れません。本日ご連絡なき場合には法的手続きに移行致します。

(03 )

00:00

今日2018/10/1

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