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特許からみる産業構造の変化とイノベーション
木村 遥介
財務総合政策研究所
2017年 11月 9日
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目次
はじめに
特許統計
特許と産業構造
特許と企業成長
まとめ
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はじめに:経済成長とイノベーション▶ 経済成長理論において、技術進歩(生産性の上昇)は成長の源泉である。(Solow, 1957)
▶ 日本経済が低成長から抜け出すためには、全要素生産性(total factor productivity; TFP)の上昇が必要である。
0.34% 0.42%
-0.59% -0.59%0.01%
1.63% 1.50%
0.97%
0.13% -0.09%
2.68% 2.51%
0.55%
1.14%0.86%
-1%
0%
1%
2%
3%
4%
5%
1970-80 1980-90 1990-2000 2000-10 2010-12
経済成長率の要因分解
労働投入増加の寄与 資本投入増加の寄与 TFP(生産性)の寄与 GDP成長率
(出所)JIP2015 をもとに作成したものを、第一回問題意識より引用
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はじめに:イノベーション
TFPの成長には、“イノベーション”が必要であると考えられてきた。
▶ イノベーションとは、新たな経済的な価値を創出することである。
経済学者は、イノベーションを計測すること試みてきた。
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知識資本(knowledge capital)企業・産業・マクロ経済レベルの成長とイノベーションの関係を分析するとき、イノベーションをどのようにして計測するかが問題になる。
▶ イノベーションを捉えるときの1つのアイディアは、“知識資本”(knowledge capital)とイノベーションの関係(知識生産関数)を仮定することである。1 (cf. Pakes & Griliches,1984; Griliches, 1990)
(出所)Pakes & Griliches (1984) を参考に筆者作成
1知識資本は無形資産の一つとして分類されることがある。5 / 24
イノベーションに関する観測可能なデータ
イノベーションを直接観測することが難しいので、観測可能なデータを利用してイノベーションの指標や知識資本の推計が行われてきた。
▶ イノベーションを捉えるために様々なデータが利用されてきた。1. 研究開発費(Griliches & Lichtenberg, 1984など)2. 特許・発明(Scherer,1965など)
今回は特許統計に注目して、イノベーションについて考える。
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特許とは
特許は、発明 (invention)を独占的に使用する権利を、一定期間、発明者(特許の権利者)に与える。
▶ 発明の独占的な使用によって得られる利潤は、発明者に研究開発を行うインセンティブを与える。
▶ 特許は発明に関する情報を含むため、技術的イノベーションについての有益な情報を含んでいる。
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特許出願数・登録数日本における特許の全出願数と登録数
出所:特許庁「特許行政年次報告書」より作成8 / 24
特許データベース
▶ 日本の特許に関する情報が、IIPパテントデータベース 2にまとめられている。
▶ 特許の出願日、登録日、出願人、発明者、権利者、引用情報、国際特許分類など
▶ 『NISTEP企業名辞書と外部データとの接続テーブル』を用いて、企業と特許を関連付けることができる。
▶ 国際特許分類(International Patent Classification; IPC)3は、通常の産業分類と異なるので、特許を保有する企業の業種(日本標準産業分類)に関連付けて、特許を分類する。
2知的財産研究所(Institute of Intellectual Property)3A.生活必需品、B.処理操作;運輸、 C.科学;冶金、 D.繊維;紙、 E.固定
構造物、 F.機械工学;照明;加熱;武器;爆破、 G.物理学、 H.電気9 / 24
特許出願数の分布企業が1年間に出願した特許数の分布は裾の厚い(ロングテールな)分布である。
5 10 50 100 500 5000
15
5050
0
Patent
Fre
quen
cy
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特許統計の特徴
“特許数はイノベーションのアウトプットとして不完全である(Lanjouw et al., 1998) ”
1. ほとんど価値のない特許、利用されない特許が存在する。2. 特許申請されない重要な発明が存在する。
Kogan et al. (2017, QJE)
特許の経済的な価値には、非常に大きな異質性が存在するので、特許数の増加は、技術的なイノベーションの創出を必ずしも意味しない。
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特許統計を用いたイノベーション指標
特許の異質性を考慮して、以下のイノベーションの指標が提案されてきた。
▶ 特許の被引用文献数:被引用文献数が多いほど、後に出願された特許に影響を及ぼしていると考えられる。(Hall et al.2005など)
▶ 一般性:どれだけ多様な技術分野の特許に引用されているかを表す指標(Hsu et al. 2014)
▶ 株価へのインパクト:特許が公開された時の株価の変動の大きさによって、特許の重要性を測る(Kogan et al., 2017)
これらの指標は、それぞれの特許の重要性を間接的に計測することを目的としている。
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特許の被引用数の分布企業が 2000年に出願した特許の被引用数の分布は裾の厚い(ロングテールな)分布である。
1 2 5 10 20 50 100 200
110
010
000
Citation
Fre
quen
cy
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産業間における特許申請数の異質性特許出願数は研究開発投資のアウトプットとして捉えることができる。全特許出願数に占める各産業の特許出願の割合は変動する。
0
5
10
15
20
25
30
35
40
1971 1973 1975 1977 1979 1981 1983 1985 1987 1989 1991 1993 1995 1997 1999 2001 2003 2005 2007 2009
化学工業 業務用機械器具製造業 電気機械器具製造業
情報通信機械器具製造業 輸送用機械器具製造業
Figure: 産業別特許出願比率 14 / 24
バブル後の日本の経験バブル崩壊により、財務状況が悪化した日本企業の R&D投資の成長率は低下した。
藤原 (2016)は特許データを用いて、日本企業から中国、韓国、台湾企業への技術者の移動について分析している。
▶ 90年以降、多くの技術者がアジア企業へと移動している。▶ 主に電気機械産業において、研究開発を担う人材が流出した。
0
2
4
6
8
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1987
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1990
1991
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1998
1999
2000
2001
2002
2003
2004
2005
2006
2007
2008
2009
2010
2011
2012
2013
2014
2015
2016
Figure: 民間社内研究費総額(出所)総務省「科学技術研究調査」
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企業成長企業の成長は、イノベーションによって説明されるだろうか?
Growth Rate
Fre
quen
cy
−1.5 −1.0 −0.5 0.0 0.5 1.0 1.5
020
4060
8010
0
Figure: 企業サイズ(売上高)の成長率の分布
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企業成長率とイノベーション活動
企業成長率とイノベーション活動(特許統計や研究開発など)を用いた実証分析の例として、次が挙げられる:
▶ Yasuda (2005)は、日本の製造業の成長率に対して、労働者一人当たりの R&D支出が、企業成長に対して正の影響を持つことを示した。
▶ Coad & Rao (2008)は、R&D投資額と特許申請数を利用した主成分分析によって “innovativeness”を計測し、企業サイズ(売上高)の成長率との関係を分析している。
▶ ハイテク産業では、“innovativeness”は高成長企業にとって重要であり、少数の企業がイノベーションによって高い成長を達成している。
▶ しかし、ほとんど影響がない 4か、負の影響を持つ 5と主張する研究も存在する。
4Bottazzi et al. (2001)など。5Freel and Robson (2004)など。
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市場の競争とイノベーション
技術的イノベーションと企業成長の持続性の関係は、市場の競争の激しさに依存する。
▶ 競争が激しい産業では、イノベーション(特許)が生み出す利潤は一時的である(Greenhalgh & Longland, 2005)
▶ 研究開発の競争の激化▶ プロダクト・ライフサイクルの短期化
▶ イノベーションを連続的に起こすことで、企業は高い収益を達成し続けることができる(Barczak, 1995; Roberts, 1999)
企業が成長し続けるためには、持続的にイノベーションを生じさせるような研究開発活動が必要である。
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研究開発環境の変化
研究開発はリスクを伴う行動である(元橋, 2009)。▶ 技術レベルは欧米の企業に追いつき、研究開発活動はキャッチアップモデルからトップランナーモデルへと移行した。
企業がイノベーションを持続的に生み出していくために、大企業と研究開発型ベンチャー企業が連携することが考えられる。
▶ ベンチャー企業は、高い技術力を持つが、十分な資金を調達することは難しい。
▶ 大企業は十分な資金や販路・マーケティングの技術を持っている。
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まとめ
特許データの特徴:▶ 企業の特許出願数には、大きなばらつきが存在する。▶ 特許の被引用数には、大きなばらつきが存在する。▶ 非常に大きな特許出願数をもつ企業や被引用数をもつ特許が存在する。
特許と産業構造について▶ 産業ごとの特許出願比率を見ると、期間ごとに特許の出願数が高い産業が存在した。これらは産業構造の変化と考えることができる。
▶ バブル崩壊が、研究開発費を減らし、電気機械や情報通信機械産業における特許出願数の減少をもたらした可能性がある。
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まとめ②
企業成長率に関する研究:▶ 研究開発費や特許などのイノベーション指標と企業成長率との関係は、分析対象によって異なる。
▶ 他方、イノベーション指標は高成長企業の急速な成長を説明する。
インプリケーション:▶ 大企業と研究開発型ベンチャー企業の連携を促し、リスクを分散することでイノベーションを実現させる必要がある。
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参考文献 I
[1] 文部科学省 科学技術・学術政策研究所『NISTEP 企業名辞書と外部データとの接続テーブル』 URL:http://www.nistep.go.jp/research/scisip/data-and-information-infrastructure
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[3] 元橋一之 (2009)「日本企業の研究開発資産の蓄積とパフォーマンスに関する実証分析」深尾京司編 『マクロ経済と産業構造』 慶應義塾大学出版会, 251-288.
[4] Barczak, G. (1995) “New product strategy , structure, process, and perfomancein the telecommunications industry.” Journal of product innovation management,12(3), 224–234
[5] Bottazzi, G., G. Dosi, M. Lippi, F. Pammolli and M.Riccaboni (2001)“Innovation and corporate growth in the evolution of the drug industry.”International Journal of Industrial Organization, 19(7), 1161–1187.
[6] Coad, A., and R. Rao (2008) “Innovation and Firm Growth in High-tech Sectors:A Quantile Regression Approach”. Research Policy, 37(4), 633-648.
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[8] Greenhalgh, C. and M. Longland (2005) “Running to stand still? - The Value ofR&D. Patents and Trad Marks in Innovating Manufacturing Firms. InternationalJournal of the Economics of Business 12(3), 307–328.
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参考文献 II
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[13] Kogan, L., D. Papanikolaou, A. Seru, and N. Stoffman (2017) “TechnologicalInnovation, Resource Allocation, and Growth.” Quarterly Journal of Economics,132(2), 665-712.
[14] Lanjouw, j.O,, A. Pakes and J. Putnam (1998) “How to Count Patents andValue Intellectual Property: The Uses of Patent Renewal and Application Data.”The Journal of Industrial Economics, 46(4), 405-432.
[15] Pakes, A., and Z. Griliches (1984) “Patents and R&D at the firm level: a firstlook,” in Griliches, Z. (Ed.) R&D, Patents, and Productivity, University ofChicago Press, 55-72.
[16] Roberts, P.W. (1999) “Product Innovation, Product-Market Competition andPersistent Profitability in the U.S. Pharmaceutical Industry.” StrategicManagement Journal, 20(7), 655–670.
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参考文献 III
[17] Schmookler, J. (1966) Invention and economic growth. Harvard University Press,Cambridge.
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[20] Yasuda. T. (2005) “Firm growth, size, age and behavior in Japanesemanufacturing¿” Small Business Economics, 25(1), 1-15.
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