変分原理と関数解析の基礎 - 名大の授業 (nu ocw)4.1 変分原理 3 t1 0 t u+ v u ®...

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1 4 変分原理と関数解析の基礎 3 章までは,有限次元ベクトル空間上の最適化問題に関する理論と数値解法につ いてみてきた.本章からは,設計変数を場所や時間の関数に選んだ場合の最適化問題 について考えてみたい. 本章では,最初に力学の変分原理を取り上げて,それらが関数最適化問題の構造を もち,運動方程式などは最適性の条件になっていることを確認する.その後で,関数 最適化問題を考えるうえで必要となる道具を用意していきたい.第 3 章までの最適化 問題では有限次元のベクトル空間 (線形空間) 設計空間に選んだ.それに対して本 章では設計空間として関数空間を用意する.しかし,関数空間の説明に至るまでには, 線形空間の定義からはじめて極限操作がとれる連続な空間や内積が使える空間などい くつかの抽象的な空間の説明が必要となる.いろいろな関数空間はそれらの抽象的な 空間との関係をみながら説明していくことになる. 関数空間が定義できたならば,次に,関数最適化問題における評価関数を汎関数で 定義する.汎関数は関数空間から実数への写像として定義される.その定義に至るま でに,関数空間から関数空間への写像として定義される作用素から説明をはじめるこ とにする.作用素の例として,トレース作用素を取り上げる.トレース作用素は第 5 章で偏微分方程式の境界値問題の解の存在を考える際に使われることになる.その後 で,評価関数の微分を扱う上で必要になる作用素の Fr´ echet 微分を定義する.ここで も,適用範囲がより広い方向微分の説明からはじめることにする. 以上のように,関数最適化問題で必要となる道具について一通り説明したあとで,も う一度変分原理にもどって,変分原理を関数最適化問題として捉え直したい.それに より,変分原理はある関数空間上の最適化問題になっていて,最適性の条件は Fr´ echet 微分が零となる条件 (制約付きの問題では KKT 条件) で与えられていることを確認す る.変分原理の関数最適化問題としての理解は,第 5 章ですぐに役立つことになる.

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Page 1: 変分原理と関数解析の基礎 - 名大の授業 (NU OCW)4.1 変分原理 3 t1 0 t u+ v u ® ¯ 1 u 図4.2 拡張Hamilton の原理の変位u と任意変動v が停留するu

1

第 4章

変分原理と関数解析の基礎

第 3章までは,有限次元ベクトル空間上の最適化問題に関する理論と数値解法についてみてきた.本章からは,設計変数を場所や時間の関数に選んだ場合の最適化問題について考えてみたい.本章では,最初に力学の変分原理を取り上げて,それらが関数最適化問題の構造をもち,運動方程式などは最適性の条件になっていることを確認する.その後で,関数最適化問題を考えるうえで必要となる道具を用意していきたい.第 3章までの最適化問題では有限次元のベクトル空間 (線形空間) を設計空間に選んだ.それに対して本章では設計空間として関数空間を用意する.しかし,関数空間の説明に至るまでには,線形空間の定義からはじめて極限操作がとれる連続な空間や内積が使える空間などいくつかの抽象的な空間の説明が必要となる.いろいろな関数空間はそれらの抽象的な空間との関係をみながら説明していくことになる.関数空間が定義できたならば,次に,関数最適化問題における評価関数を汎関数で定義する.汎関数は関数空間から実数への写像として定義される.その定義に至るまでに,関数空間から関数空間への写像として定義される作用素から説明をはじめることにする.作用素の例として,トレース作用素を取り上げる.トレース作用素は第 5

章で偏微分方程式の境界値問題の解の存在を考える際に使われることになる.その後で,評価関数の微分を扱う上で必要になる作用素の Frechet 微分を定義する.ここでも,適用範囲がより広い方向微分の説明からはじめることにする.以上のように,関数最適化問題で必要となる道具について一通り説明したあとで,もう一度変分原理にもどって,変分原理を関数最適化問題として捉え直したい.それにより,変分原理はある関数空間上の最適化問題になっていて,最適性の条件は Frechet

微分が零となる条件 (制約付きの問題では KKT 条件) で与えられていることを確認する.変分原理の関数最適化問題としての理解は,第 5章ですぐに役立つことになる.

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2 第 4章 変分原理と関数解析の基礎

k m

pu

図 4.1 1自由度ばね質点系

4.1 変分原理力学でよく知られた Hamilton の原理やポテンシャルエネルギー最小原理は,運動方程式や力の釣合方程式があるエネルギーの停留点として得られることを示している.さらに,ある制御系の最適な制御則は,最適制御問題に対する Pontryagin の最小原理によって得られることが知られている.ここでは,それらが関数最適化問題の構造をもっていることをみていくことにする.

4.1.1 Hamilton の原理図 4.1 のようなばね質点系を考えてみよう.k と m をばね定数と質量を表す正定数とする.t1 を正定数として,ある時間 (0, t1) に対して p : (0, t1) → R を外力を表す固定関数とする.このとき,u : (0, t1) → R を変位として,u を決定する運動方程式を Hamilton の原理から求めてみよう.時刻 t ∈ (0, t1) に対して u = ∂u/∂t を速度,κ (u, u) を運動エネルギー,π (u, u)

をポテンシャルエネルギーとするとき,図 4.1 のばね質点系では,

l (u) = κ (u, u)− π (u, u) =1

2mu2 − 1

2ku2 + pu (4.1)

を力学における Lagrange 関数という.さらに,

a (u) =

∫ t1

0

l (u) dt

を作用積分という.Hamilton の原理は時刻 t = 0 と t = t1 のときの変位 u (0) とu (t1) が与えられているとき,u は a (u) が停留するようにきまることを主張する.ここでは Hamilton の原理の終端条件を変更した次の問題を考えてみよう.

問題 4.1 (拡張 Hamilton の原理) α, β を定数として,U を u (0) = α を満たすu : (0, t1) → R の集合,l (u) を (4.1) とする.このとき,拡張作用積分

f (u) =

∫ t1

0

l (u) dt−mβu (t1)

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4.1 変分原理 3

t1

0t

u+v

u

®

¯1

u

図 4.2 拡張 Hamilton の原理の変位 u と任意変動 v

が停留する u ∈ U の条件を求めよ.

(解答) u は u (0) = α の条件を満たす関数の集合 U の要素である.そこで,u からの任意の変動を表す関数を v : (0, t1) → R とかくことにすれば,v は v(0) = 0 の条件を満たす必要がある.このような v の集合を V とかく.このとき,任意の v ∈ V に対して

f (u+ v) =

∫ t1

0

1

2m (u+ v)2 − 1

2k (u+ v)2 + p (u+ v)

dt

−mβ (u (t1) + v (t1))

= f (u) +

∫ t1

0

(muv − kuv + pv) dt−mβv (t1)

+

∫ t1

0

(1

2mv2 − 1

2kv2)

dt

= f (u)−∫ t1

0

(mu+ ku− p) v dt−m (u (t1)− β) v (t1)

+

∫ t1

0

(1

2mv2 − 1

2kv2)

dt

= f (u) + f ′ (u) [v] +1

2f ′′ (u) [v, v] (4.2)

が成り立つ.ただし,muv の積分に対して部分積分を行った.したがって,f が停留するu ∈ U の条件は

f ′ (u) [v] = −∫ t1

0

(mu+ ku− p) v dt+m (u (t1)− β) v (t1) = 0 (4.3)

となる.この条件が任意の v ∈ V に対して成り立つためには,

mu+ ku = p in (0, t1) , (4.4)

u (t1) = β (4.5)

が成り立たなくてはならない.

変分法では f ′ (u), f ′′ (u) を u における第 1変分および第 2変分という.(4.4) は運動方程式である.また,(4.5) を速度の終端条件という.4.5 節では,これらが Frechet

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4 第 4章 変分原理と関数解析の基礎

b(x)a(x)

l

u(x)

px

図 4.3 1次元線形弾性体

微分の定義 (定義 4.24) を満たすことを確認する.また,4.6.1 項では,U がどのような関数空間であるのか,p はどのような関数空間の要素であるのかについて考える.

4.1.2 ポテンシャルエネルギー最小原理次に,図 4.3 のような 1 次元線形弾性体を考えてみよう.l を長さを表す正定数,

a : (0, l) → R, a > 0, を断面積,eY : (0, l) → R, eY > 0, を縦弾性係数 (Young 率),b : (0, l) → R を体積力 (単位体積当りの力),p ∈ R を x = l における境界力 (単位面積当りの力) として,これらは与えられているものとする.このとき,ポテンシャルエネルギー最小原理を指導原理にして,変位 u : (0, l) → R を決定する力の釣合方程式を求めてみよう.πin (u) および πout (u) を u = 0 のときを基準にした弾性ポテンシャルエネルギーおよび外力ポテンシャルエネルギーとする.このとき,

π (u) = πin (u) + πout (u)

=

∫ l

0

1

2σ (u) ε (u) a dx−

∫ l

0

bua dx− pu (l) a (l) (4.6)

を系全体のポテンシャルエネルギーという.ただし,

ε (u) =du

dx= ∇u,

σ (u) = eYε (u)

をひずみおよび応力という.ポテンシャルエネルギー最小原理は u が次の条件を満たすことを主張する.

問題 4.2 (ポテンシャルエネルギー最小原理) U を u (0) = 0 を満たす u : (0, l) → Rの集合,π (u) を (4.6) とする.このとき,

minu∈U

π (u)

を満たす u の条件を求めよ.

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4.1 変分原理 5

l0x

u

u+v

u

図 4.4 ポテンシャルエネルギー最小原理の変位 u と任意変動 v

(解答) uは u (0) = 0を満たす関数の集合 U の要素である.uからの任意変動を v : (0, l) →R とかくことにする.このとき,v は v(0) = 0 を満たす必要がある.そこで,v の集合は U

と同じことになる.このとき,任意の v ∈ U に対して

π (u+ v) =

∫ l

0

1

2eY (∇u+∇v)2 adx−

∫ l

0

b (u+ v) a dx

− p (u (l) + v (l)) a (l)

= π (u) +

∫ l

0

(eY∇u∇v − bv) adx− pv (l) a (l)

+

∫ l

0

1

2eY∇v2a dx

= π (u) +

∫ l

0

(∇ (eY∇u)− b) va dx+ (eY∇u (l)− p) v (l) a (l)

+

∫ l

0

1

2eY∇v2a dx

= π (u) + π′ (u) [v] + π′′ (u) [v, v]

が成り立つ.したがって,π (u) が停留する u の条件は

π′ (u) [v] =

∫ l

0

(∇ (eY∇u)− b) va dx+ (eY∇u (l)− p) v (l) a (l) = 0

となる.この条件が任意の v ∈ U に対して成り立つためには,

∇ (eY∇u) = ∇σ (u) = b in (0, l) , (4.7)

σ (u) = eY∇u (l) = p (4.8)

を得る.さらに,任意の v = 0 に対して

π′′ (u) [v, v] =

∫ l

0

1

2eY∇v2a dx > 0

が成り立つことから,上の停留条件は最小条件となる.

(4.7) は内部の力の釣合,(4.8) は端点の力の釣合を意味する.4.6.2 項でこの問題をもう一度見直すことにする.

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6 第 4章 変分原理と関数解析の基礎

4.1.3 Pontryagin の最小原理最後に,制約が課された例として最適制御問題を考えてみよう.なお,先を急ぐ読者は 4.1.3 項を飛ばしてもよい.まず,システムの状態方程式について考えてみよう.n (∈ N) 自由度系の運動方程式は

Mu+Cu+Ku = b (4.9)

のようにかける.ただし,M ,C,K ∈ Rn×n を質量,減衰,剛性を表す固定行列,ξ : (0, t1) → Rn を制御力,u : (0, t1) → Rn を変位とする.また,t1 は固定とみなす.ここで v = u とおけば (4.9) は(

I 0Rn×n

0Rn×n M

)(uv

)+

(0Rn×n −IK C

)(uv

)=

(0Rn

ξ

)(4.10)

のようにかける. (4.9) は時間に関する 2階の定数係数常微分方程式であるが,高階であっても変数を増やすことで同様のかきかえができて,1階の定数係数常微分方程式にかきかえることができる.したがって,一般に線形システムの状態方程式は 1階の定数係数常微分方程式でかけることを念頭において,あらためて記号を定義しなおして,次の制御問題について考えることにしよう.

問題 4.3 (線形システムの制御問題) A ∈ Rn×n, B ∈ Rn×d, uD ∈ Rn および制御力ξ : (0, t1) → Rd が与えられたとき,

u = Au+Bξ in (0, t1) , (4.11)

u (0) = uD (4.12)

を満たすシステムの状態 u : (0, t1) → Rn を求めよ.

制御力 ξ と問題 4.3 の解 u を用いて,最適制御の評価関数を

f0 (ξ,u) =1

2

∫ t1

0

(∥u∥2Rn + ∥ξ∥2Rd

)dt+

1

2∥u (t1)∥2Rn (4.13)

とおく.また,制御力の制約を

1

2∥ξ∥2Rd − 1 ≤ 0 in (0, t1) (4.14)

とおく.このとき,最適制御問題は次のようにかける.

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4.1 変分原理 7

問題 4.4 (線形システムの最適制御問題) Ξ を ξ : (0, t1) → Rd の集合,U を u :

(0, t1) → Rn の集合とする.f0 を (4.13) とする.このとき,

minξ∈Ξ

f0 (ξ,u) | (4.14), u ∈ U, 問題 4.3

を満たす ξ を求める問題に対する KKT 条件を求めよ.

(解答) この問題は等式と不等式制約付き最適化問題となっており,問題 2.11 と同じ構造をしている.問題 2.11 では,Ξ と U が有限次元ベクトル空間であった.ここでは,Ξ と U を有限次元ベクトル空間を拡張したものとみなして,形式的に KKT 条件を求めてみることにする.問題 4.4 の Lagrange 関数は

L (ξ,u, z0, p) = L0 (ξ,u,z0) + L1 (ξ, p)

とおくことができる.ただし,z0 : (0, t1) → Rn を (4.11)に対する Lagrange乗数, p (0, t1) →R を (4.14) に対する Lagrange 乗数として,

L0 (ξ,u, z0) = f0 (ξ,u)−∫ t1

0

(u−Au−Bξ) · z0 dt

=

∫ t1

0

∥u∥2Rn

2+

∥ξ∥2Rd

2− (u−Au−Bξ) · z0

dt+

1

2∥u (t1)∥2Rn ,

L1 (ξ, p) =

∫ t1

0

(∥ξ∥2Rd

2− 1

)pdt

をそれぞれ f0 (ξ,u) と (4.14) に対する Lagrange 関数とおいた.u が (4.11) を満たすとき,z0 の任意変動 z′

0 : (0, t1) → Rn, z′0 (0) = 0, に対して,

L0z0 (ξ,u, z0, p)[z′0

]= −

∫ t1

0

(u−Au−Bξ) · z′0 dt = 0

が成り立つ.一方,u の任意変動 y : (0, t1) → Rn に対する停留条件

L0u (ξ,u,z0, p)[u′] = ∫ t1

0

u · u′ −

(u′ −Au′) · z0

dt+ u (t1) · u′ (t1)

=

∫ t1

0

(u+ z0 +ATz0

)· u′ dt+ (u (t1)− z0 (t1)) · u′ (t1)

= 0

は,z0 が次の随伴問題のときに満たされる.

問題 4.5 (f0 に対する随伴問題) A ∈ Rn×n を問題 4.3 のとおりとする.このとき,

z0 = −ATz0 − u in (0, t1) , (4.15)

z0 (t1) = u (t1) (4.16)

を満たす z0 : (0, t1) → Rn を求めよ.

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8 第 4章 変分原理と関数解析の基礎

u と z0 が,それぞれ問題 4.3 と 4.5 を満たすとき,ξ の変動 η : (0, t1) → Rd に対して

L0ξ (ξ,u, z0, p) [η] =

∫ t1

0

(ξ +BTz0

)· η dt = ⟨g0,η⟩

が成り立つ.ここで,⟨·, ·⟩ は双対積 (定義 4.18) を表す.ここでは,有限次元ベクトル空間における内積に相当するものとみなす.一方,ξ の変動 η : (0, t1) → Rd に対して

L1ξ (ξ, p)[p′]=

∫ t1

0

ξ · η dt = ⟨g1,η⟩

が成り立つ.そこで,問題 2.11) の KKT 条件が (2.59) から (2.62) で与えられたことに対応させて,問題 4.4 の KKT 条件は

g0 + pg1 = (1 + p) ξ +BTz0 = 0Rd in (0, t1) , (4.17)

1

2∥ξ∥2Rd ≤ 1 in (0, t1) , (4.18)(1

2∥ξ∥2Rd − 1

)p = 0 in (0, t1) , (4.19)

p ≥ 0 in (0, t1) (4.20)

となる.

ここで得られた KKT 条件を別の表現に変更してみよう.ξ, u, z0 が (4.17) から (4.20) を満たすとき,∥ζ∥2Rd /2 ≤ 1 を満たす任意の ζ への変動 ζ − ξ に対して,∥ξ∥2Rd /2 < 1 ならば p = 0 となり,

⟨g0, ζ − ξ⟩ =(ξ +BTz0

)· (ζ − ξ) = 0 in (0, t1)

が成り立つ.また,∥ξ∥2Rd /2 = 1 ならば p > 0, ξ · (ζ − ξ) ≤ 0 となり,さらに,

⟨g0 + pg1, ζ − ξ⟩ =(ξ +BTz0

)· (ζ − ξ) + pξ · (ζ − ξ) = 0 in (0, t1)

が成り立つ.したがって,いずれの場合も(ξ +BTz0

)· (ζ − ξ) ≥ 0 in (0, t1) (4.21)

が成り立つ.(4.21) は Pontryagin の局所最小条件とよばれる.さらに,Hamilton 関数を

H (ξ,u, z) = (Au+Bξ) · z +1

2

(∥u∥2Rn + ∥ξ∥2Rd

)と定義するとき,随伴問題 (問題 4.5) は,任意の u′ に対して

z0 · u′ = −Hu (ξ,u, z0) [u′] in (0, t1) ,

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4.1 変分原理 9

z0 (t1) = u (t1)

とかける.このとき,(4.21) は

Hξ (ξ,u,z0) [ζ − ξ] ≥ 0 in (0, t1)

とかける.この関係は,∥ζ∥2Rd /2 ≤ 1 を満たす任意の ζ と,そのときの (4.11) と(4.15) の解 v, w0 に対して

H (ξ,u,z0) ≤ H (ζ,v,w0) in (0, t1)

となる.このように,ξ は Hamilton 関数を最小にすることを Pontryagin の最小原理という.さらに,非線形システムに対しても同様の結果が得られる.非線形システムの制御問題を次のように定義する.

問題 4.6 (非線形システムの制御問題) b : Rd × Rn → Rn, uD ∈ Rn および制御力ξ : (0, t1) → Rd が与えられたとき,

u =∂b

∂uT(ξ,u)u+

∂b

∂ξT(ξ,u) ξ in (0, t1) , (4.22)

u (0) = uD (4.23)

を満たすシステムの状態 u : (0, t1) → Rn を求めよ.

関数 h : Rd × Rn → R と j : Rn → R が与えられたとき,制御力 ξ と問題 4.3 の解 u を用いて,最適制御の評価関数を

f0 (ξ,u) =

∫ t1

0

h (ξ,u) dt+ j (u (t1)) (4.24)

とおく.また,凸領域 Ω ∈ Rd が与えられたとき,制御力の制約を

ξ ∈ Ω in (0, t1) (4.25)

とおく.このとき,最適制御問題は次のようにかける.

問題 4.7 (非線形システムの最適制御問題) Ξ を ξ : (0, t1) → Rd の集合,U を u :

(0, t1) → Rn の集合とする.f0 を (4.24) とする.このとき,

minξ∈Ξ

f0 (ξ,u) | (4.25), u ∈ U, 問題 4.6

を満たす ξ を求める問題に対する KKT 条件を求めよ.

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10 第 4章 変分原理と関数解析の基礎

(解答) 問題 4.4 と同様に Lagrange 関数を定義する.このとき,この問題の随伴問題は次のようになる [12].

問題 4.8 (f0 に対する随伴問題) b : Rd ×Rn → Rn を問題 4.6 のとおり,h : Rd ×Rn → Rと j : Rn → R を (4.24) のとおりとする.このとき,

z0 = −(

∂b

∂uT(ξ,u)

)T

z0 −∂h

∂u(ξ,u) ,

z0 (t1) =∂j

∂u(u (t1))

を満たす z0 : (0, t1) → Rn を求めよ.

u と z0 が,それぞれ問題 4.6 と 4.8 を満たすとき,Pontryagin の局所最小条件は,任意のζ ∈ Ω に対して,(

∂h

∂ξ(ξ,u) +

(∂b

∂ξT(ξ,u)

)T

z0

)· (ζ − ξ) ≥ 0 in (0, t1)

となる.

問題 4.4 や 4.7 は時間発展問題に対する関数最適化問題の解法を考える上で,随伴問題がどのように構成されるのかをみるのによい例題になっている.これらの問題で使われた関数空間 Ξ や U に関しても 4.6.3 項で特定することにする.

4.2 位相空間4.1 節において変分原理は時間や場所の関数を設計変数とする関数最適化問題になっていることをみてきた.ここからは,関数最適化問題が定義されている設計空間についてみていくことにしよう.4.2 節では,線形空間の定義からはじめて極限操作ができる連続な線形空間や内積が使える線形空間など解析的に重要な性質を備えたいくつかの位相空間についてみていくことにする.ここで,位相とは,ある集合 X 上で要素の違いあるいは近さを判定する規準を意味するものとする.すべての要素間でその規準が与えられるような集合を位相空間とよぶことにする.

4.2.1 線形空間まず,本書で最も基本的な位相空間として位置付ける線形空間の定義を示そう.いわゆるベクトル空間は線形空間の別称である.四則演算が自由にできる数の集合を体,その要素をスカラーという.実数 R,複素数 C,有理数 Q はスカラーになり得る.

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4.2 位相空間 11

X をある集合とする.X の任意の要素 x,y,z に対して,

(1) 結合則 (x+ y) + z = x+ (y + z)

(2) e+ x = x を満たす単位元 e ∈ X の存在(3) (−x) + x = e を満たす逆元 −x ∈ X の存在(4) 交換則 x+ y = y + x

を満たすときの2項演算 x+ y を加法といい,X をアーベル群という.X をアーベル群,K を体とする.このとき,任意の x,y ∈ X, α, β ∈ K に対して,

(1) ベクトル分配則 α (x+ y) = αx+ αy

(2) スカラー分配則 (α+ β)x = αx+ βx

(3) スカラー乗法の合成 α (βx) = (αβ)x

(4) 1x = x を満たす単位元 1 ∈ K の存在

を満たすとき,αx をスカラー倍という.以上の定義を用いて,線形空間は次のように定義される.

定義 4.1 (線形空間) X をアーベル群,K を体とする.このとき,加法とスカラー倍が定義され,任意の x,y ∈ X, α, β ∈ K に対して

αx+ βy ∈ X

を満たすとき,X を K 上の線形空間あるいはベクトル空間, X の要素をベクトルあるいは X 上の点という.K = R のとき X を実線形空間という.

さらに,線形空間X, Y の直積空間X×Y は (x1, y1)+(x2, y2) = (x1 + x2, y1 + y2),

α (x1, y1) = (αx1, αy1) により,線形空間になる.線形空間が定義されたので,さっそくその例を挙げてみよう.d をある自然数 (正の整数) としたとき Rd は実線形空間の定義を満たすことはすぐにわかる.このとき,単位元 e は零元 0Rd となり,x ∈ Rd の逆元はマイナス元 −x となる.

連続関数全体の集合次に,実数を値域とする連続関数全体の集合が実線形空間になることをみてみよう.連続関数全体の集合は関数空間の一つであることから,本書の構成では 4.3 節で解説するのが適当である.しかし,線形空間のイメージをはやく具体化しておくためにあえてここで定義を示しておくことにする.

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12 第 4章 変分原理と関数解析の基礎

これ以降,d を自然数 (N = 1, 2, · · · ), s を非負の整数 (0, 1, · · · ) とする.まず,連続関数の偏微分を表す際に使われる多重指数とよばれる規約について説明しておこう.s 階微分可能な関数 f : Rd → R に対して,∑i∈1,··· ,d βi ≤ s を満たすβ = β1, · · · , βdT ∈ 0, · · · , dd が与えられたとき,

∇βf =∂β1∂β2 · · · ∂βdf

∂xβ1

1 ∂xβ2

2 · · · ∂xβd

d

, |β| =∑

i∈1,··· ,d

βi ≤ s

を意味すると約束する.このときの β を多重指数とよぶ.s 階微分まで連続な実数値関数全体の集合を次のようにかく.なお,本書では Ω を

Ω ∪ ∂Ω の意味で用いる.

定義 4.2 (連続関数全体の集合) Ω ⊂ Rd 上で定義された連続関数 f : Ω → R の全体集合を C

(Ω;R

)あるいは C0

(Ω;R

)とかく.また,f の s 階微分 ∇βf : Ω → R,

|β| ≤ s, が連続な関数全体の集合を Cs(Ω;R

)とかく.さらに,

Cs0

(Ω;R

)=f ∈ Cs

(Ω;R

) ∣∣ f = 0 on ∂Ω

とかく.

Cs(Ω;R

)と Cs

0

(Ω;R

)について,次のことがいえる.

命題 4.1 (連続関数全体の集合) Cs(Ω;R

)と Cs

0

(Ω;R

)は,単位元 e を零元 f0 =

0 on Ω,f の逆元をマイナス元 −f とする実線形空間である.また,Cs0

(Ω;R

)は

Cs(Ω;R

)の部分実線形空間である.

(証明) 連続関数の和やスカラー倍が連続関数になることを確認すればよい.任意の f1, f2 ∈

Cs(Ω;R

)と任意の α1, α2 ∈ R に対して α1f1 + α2f2 は Cs

(Ω;R

)の要素に入る (図

4.5).したがって,Cs(Ω;R

)は実線形空間である.同様に,任意の f1, f2 ∈ Cs

0

(Ω;R

)と

任意の α1, α2 ∈ R に対して α1f1 + α2f2 は ∂Ω で α1f1 + α2f2 = 0 が成り立つので,α1f1 + α2f2 は Cs

0

(Ω;R

)の要素に入る.したがって,Cs

0

(Ω;R

)も実線形空間である.さら

に,Cs0

(Ω;R

)⊂ Cs

(Ω;R

)であるので Cs

0

(Ω;R

)は Cs

(Ω;R

)の部分実線形空間である.

境界条件 f = 0 on ∂Ω を同次型とよぶ.非零の場合を非同次型とよぶ.同次型の境界条件を満たす連続関数の集合は線形空間になるが,非同次型の境界条件を満たす連続関数の集合は線形空間にはならない.なぜならば,∂Ω 上で f1 = c の関数と f2 = c

の関数の和をとれば,∂Ω 上で f1 + f2 = 2c = c となるからである.次に,Cs

(Ω;R

)の次元について考えてみよう.次元を次のように定義する.

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4.2 位相空間 13

R

f1(x)

0 1f2(x)

®1f1(x)+®2f2(x)

0 1x

f1(x)

f2(x)

®1f1(x)+®2f2(x)

f1, f2 ∈ C0 ([0, 1] ;R) f1, f2 ∈ C00 ([0, 1] ;R)

図 4.5 連続関数の和やスカラー倍

定義 4.3 (次元) n を自然数として,線形空間 X が n 個の線形独立 (1次独立) なベクトルを含むが,n+ 1 個のベクトルを選ぶと必ず線形従属になるとき, X の次元をn という.

このとき,次のことがいえる.

命題 4.2 (連続関数全体の集合の次元) Cs(Ω;R

)の次元は無限次元である.

(証明) 1 次独立な連続関数が無限個みつけられることを示す.fnn∈N ∈ C0 ([0, 1];R) をf1 (x) = 1, f2 (x) = x, f3 (x) = x2, · · · , fn (x) = xn のように選べば,これらは 1次独立 (xn

を 1, · · · , xn−1 の線形結合で表せない) である.n は任意に選べるので無限次元である.

これまでみてきたように,連続関数全体の集合は無限次元 (命題 4.2 ) の実線形空間(命題 4.1) であることがわかった.

4.2.2 線形空間の部分空間線形空間のイメージが具体化されたところで,線形空間の部分空間に関するいくつかの定義を示しておこう.まず,有限個の要素の線形結合によって構成される部分線形空間を次のように定義する.

定義 4.4 (線形包) m を自然数として,体 K 上の線形空間 X に対して,V =

x1, · · · , xm を X の有限部分集合とする.このとき,

spanV = α1x1 + · · ·+ αmxm | α1, · · · , αm ∈ K

を V の線形包,あるいは V によって張られた X の部分線形空間という.spanV の要素を V の要素の線形結合あるいは 1次結合という.

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14 第 4章 変分原理と関数解析の基礎

spanV は X の部分集合で V を含む最小の部分線形空間となることが示せる.第6章で数値解法として示す Galerkin 法では,既知関数の線形包で近似関数の集合を構成することが重要な特徴となる.また,部分線形空間をある固定要素だけ平行移動した集合を次のようにいう.

定義 4.5 (アフィン部分空間) V を線形空間 X の部分線形空間とする.ある x0 ∈ X

に対して,

V (x0) = x0 + x | x ∈ V

とかいて,V (x0) を V のアフィン部分空間あるいは線形多様体という.

非同次型の境界条件を満たす連続関数の集合は線形空間にはならないことをみてきたが,アフィン部分空間にはなれる.なぜならば,非同次型の境界条件を満たすある関数 f0 ∈ Cs

(Ω;R

)を固定して,V (f0) =

f0 + f | f ∈ Cs

0

(Ω;R

)とかけるから

である.この表現は,4.6 節で,変分問題に対する関数の集合を定義するときに使われる.また,V を線形空間 X の部分線形空間として,ある x0 ∈ X に対するアフィン部分空間の要素 y ∈ V (x0) は,

y − x0 ∈ V

のようにかくこともできる.この表現の方が線形空間 V が陽に現れるので,第 5章以降ではこの表現を主に使うことにする.

4.2.3 距離空間次に,関数の集合において極限の操作や連続性を定義する際に必要となる距離を定義しよう.距離は次のように定義される.X をある集合とする.このとき,関数 d : X×X → Rが,任意の x,y,z ∈ X に対して

(1) 非負性 d (x,y) ≥ 0,

(2) 同一性 d (x,y) = 0 ⇔ x = y,

(3) 対称性 d (x,y) = d (y,x),

(4) 三角不等式 d (x,z) ≤ d (x,y) + d (y,z)

を満たすとき,d を X 上の距離という.さらに,ある集合 X に距離を位相として入れた位相空間を距離空間とよぶ. すなわち,次のように定義される.

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4.2 位相空間 15

定義 4.6 (距離空間) 集合 X 上で定義された距離 d を位相とする位相空間 (X, d)

を距離空間という.

この定義からわかるように,距離空間は線形空間である必要はない.しかし,線形空間において距離を定義すれば線形空間は距離空間になる.その具体的な定義は 4.2.4

項で示すノルム空間である.関数空間は線形空間であるので,ノルム空間において連続性や閉包性についての話をはじめてもよい.しかし,ここでは,距離空間であれば成り立つ議論なのでここでみておくことにする.

可分性最初に,距離空間の連続性や閉包性を調べるために,無限点列がとれるという性質について考えてみよう.X をある距離空間として,X がたがだか可算個 (自然数全体の要素数と同じ程度の無限個) の点からなる稠密な部分集合をもつとき,X は可分であるという.有理数全体の集合 Q は可算集合であるので,R は可分であることになる.このような可分性は,無限点列を使って収束を議論する際の前提条件となる性質である.

完備性可分な距離空間において連続性は完備性とよばれ Cauchy 列を使って定義される.まず,Cauchy 列を次のように定義する.

定義 4.7 (Cauchy 列) 距離空間 X の異なる点を無限個並べた集合 xnn∈N を無限点列とよび,

limn,m→∞

d (xn,xm) = 0

を満たすとき, xnn∈N を Cauchy 列という.

Cauchy 列を使って完備性を次のように定義する.

定義 4.8 (完備) 距離空間 X のいかなる Cauchy 列も X 内の点に収束するとき,X

は完備であるという.

ここで,無限点列の無限個の意味について解説しておきたい.自然数全体の集合 Nの要素の数は無限個であるというときと,実数全体の集合 R の要素の数は無限個であるというときの意味は同じであるようには思えない.この素朴な疑問に答えたのが

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16 第 4章 変分原理と関数解析の基礎

Cantor の対角線論法である.無限集合の濃度という概念が定義され,それにより Rの濃度 (連続体濃度) は N の濃度 (可算濃度) よりも高いことが示されている.しかし,Cauchy 列の定義で使われた無限点列は可算濃度の意味の可算無限個で構成される.このことは R の濃度は連続体濃度であっても,距離空間における連続性 (完備性)

を調べる目的に対しては可算無限個の Cauchy 列を用意すれば十分であるという意味である.そのことは,実数全体の集合 R の連続性を次の公理で済ますことからみてとれる.

公理 4.1 (Rの完備性) x, y ∈ R に対して絶対値 |x− y| を距離とするとき,R のCauchy 列は必ず R 内の点に収束する.

この公理において,R の Cauchy 列は有理数全体の集合 Q の要素だけでもつくることができる.実際,x1 = 1 と xi+1 = xi/2 + 1/xi で定義された数列を考えるとき,これは Cauchy 列である.ところが,収束点は無理数

√2 ∈ Q になる.したがって,

Q の Cauchy 列の収束点をすべて含むような集合を考えれば,その集合は完備になる.それを R とみなすと約束している.このことから,R は Q を完備化した集合ということができる.また,完備性と実数の部分集合との関係は次のようになる.開区間 (0, 1) は完備ではない.しかし,閉区間 [0, 1] は完備である. なぜならば,Cauchy 列1/2, 1/3, 1/4, 1/5, · · · は (0, 1) 内に収束しないが, [0, 1] には収束するからである.

稠密性次に,距離空間の部分集合に関する性質について考えてみよう.X をある距離空間として,V をその部分集合とする.このとき,任意の x ∈ X に対して,xn → x となる V 上の無限点列 xnn∈N が存在するとき,V は X において稠密であるという.このことは,V の閉包 V = X となることと同値である.このことは,有理数全体の集合 Q と R の関係を考えてみれば理解できよう.

x, y ∈ Q に対して絶対値 |x− y| を距離とするとき,すべての実数 x に対してxn → x となるような Q 上の無限点列 xnn∈N が存在することから,Q は R において稠密である.また,完備性と稠密性の関連でいえば,R において稠密な Q を完備化した距離空間が R であることができる.

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4.2 位相空間 17

コンパクト性稠密性は,距離空間の部分集合の中でもその部分集合の閉包が距離空間になる性質を示していた.それに対して,距離空間の部分集合でその部分集合の中にとった無限点列はいつもその部分集合の中に収束する性質をコンパクト性という.X を完備な距離空間,V をその部分集合とする.V の任意の無限点列が V の中に収束する部分無限点列を含むとき,V はコンパクトであるという.V の閉包の中に収束する部分無限点列を相対コンパクトであるという.このとき,次の命題が成り立つ.

命題 4.3 (コンパクト部分集合の有界性) X を完備な距離空間,V を X の部分集合とする.V がコンパクトならば,V は有界閉集合である.

(証明) V が有界でないならば,X の固定点 x に対して,d (x,yn) → ∞ となる無限点列ynn∈N が存在する.収束する無限点列は有界であるから, ynn∈N の中から収束する部分無限点列を選びだせないからである.

4.2.4 ノルム空間完備性を距離空間でみてきたが,距離空間は線形空間である必要はなかった.ここでは,距離が定義された線形空間を定義して,完備性を備えた線形空間を定義しよう.X を体 K 上の線形空間とする.関数 ∥ · ∥ : X → R が,任意の x,y ∈ X,α ∈ K

に対して

(1) 正値性 ∥x∥ ≥ 0,

(2) ∥x∥ = 0 と x = 0 は同値,

(3) 斉次性あるいは比例性 ∥αx∥ = |α| ∥x∥,(4) 三角不等式 ∥x+ y∥ ≤ ∥x∥+ ∥y∥

を満たすとき ∥ · ∥ を ∥ · ∥X ともかいて,X 上のノルムという.このとき,ノルム空間を次のように定義する.

定義 4.9 (ノルム空間) ノルムの定義された線形空間をノルム空間という.体が R のとき実ノルム空間という.

ノルム空間は,d (x,y) = ∥x− y∥ を距離と定義することにより,距離空間となる.したがって,Cauchy 列が定義できて,完備性を調べることができる.

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18 第 4章 変分原理と関数解析の基礎

Banach 空間完備なノルム空間を次のように定義する.

定義 4.10 (Banach 空間) 完備なノルム空間 X を Banach 空間という.体が R のとき実 Banach 空間という.

具体例を挙げてみよう.x ∈ R に対して絶対値 |x| をノルムとするとき,R はBanach 空間である.しかし,[0, 1] は Banach 空間ではない. なぜならば,[0, 1] は線形空間ではないためである.次に,有限次元ベクトル空間 Rd のノルムについて考えてみよう.x =

(x1, · · · , xd)T ∈ Rd に対して,

∥x∥Rd =

√|x1|2 + · · ·+ |xd|2

を Euclid ノルムとよぶ.このノルムは後で示す内積を用いたノルムになることから,内積を使う場合はこのノルムが使われる.しかし,ノルムの定義を満たすものを探せば他にもある.p ∈ [1,∞) に対して

∥x∥p = (|x1|p + · · ·+ |xd|p)1/p

を pノルムとよぶ.また,p = ∞ に対して

∥x∥∞ = max |x1| , · · · , |xd|

を最大値ノルムあるいは Chebyshev ノルムとよぶ.ここで,連続関数全体の集合 Cs

(Ω;R

)(定義 4.2) は Banach 空間になることを確

認してみよう.命題 4.1 で Cs(Ω;R

)は実線形空間になることをみた.そこで,完備

性 (連続関数の Cauchy 列が連続関数に収束すること) を示せばよい.そのために,まず,連続関数全体の集合が可分であること (任意の連続関数に対して Cauchy 列がつくれること) を調べておきたい.連続関数は係数が有理数をとる多項式全体の集合を含む.この集合はたかだか可算個はある.そこで,係数が有理数をとる多項式全体の集合は,係数が実数をとる多項式全体の集合の稠密な部分集合となる.さらに,Weierstrass の近似定理より,係数が実数をとる多項式全体の集合は連続関数全体の集合の稠密な部分集合であるといえる.そこで,連続関数全体の集合は可分であることが確かめられた.完備性は次のように確かめられる.

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4.2 位相空間 19

命題 4.4 (連続関数全体の集合) Ω ⊂ Rd に対して,Cs(Ω;R

)は

∥f∥Cs(Ω;R) = max|β|≤s

supx∈Ω

∣∣∇βf(x)∣∣

をノルムとして実 Banach 空間になる.

(証明) 証明の要点は,連続関数の Cauchy 列は各点で収束するが,各点で収束した関数が一様に連続となるかという点である.まず s = 0 の場合を考える.fnn∈N ∈ C0

(Ω;R

)を Cauchy 列とする.任意の x ∈ Ω を

選んで固定するとき,n,m → ∞ に対して

|fn (x)− fm (x)| ≤ ∥fn − fm∥C0(Ω;R) → 0

となることから,各点 x ∈ Ω において R ノルムで収束する.それを f (x) とかく.次に,任意の ϵ > 0 に対して,n,m > n0 に対して

∥fn − fm∥C0(Ω;R) <ϵ

2

が成り立つような n0 を選ぶ.このとき,任意の n > n0 に対して,

|fn (x)− f (x)| ≤ |fn (x)− fm (x)|+ |fn (x)− fm (x)|≤ ∥fn − f∥C0(Ω;R) + |fm (x)− f (x)|

となる.ここで,|fm (x)− f (x)| ≤ ϵ/2となるようにmを大きくとれば,|fn (x)− f (x)| ≤ ϵ

が成り立ち,fnn∈N は f に一様収束する.連続関数が一様収束すればその極限も連続であることから f ∈ C0

(Ω;R

)となり,C0

(Ω;R

)は完備となる.

さらに s > 0 とする.Cs(Ω;R

)のノルムの定義から,n → ∞ のとき,すべての |β| ≤ s

に対して,一様収束の意味で ∇βfn → ∇βf となることと ∥fn − f∥Cs(Ω;R) → 0 とは等価となる.したがって,Cs

(Ω;R

)は完備となる.

また, Banach 空間 X と Y の直積空間 X × Y は,∥(x, y)∥X×Y = ∥x∥X + ∥y∥Yをノルムとして Banach 空間になる.そこで,r を自然数として,Rr を値域とするs 階微分連続な関数 f = (f1, · · · , fr)T : Ω → Rr の全体集合 Cs

(Ω;Rr

)は直積空間(

Cs(Ω;R

))r となり,∥f∥Cs(Ω;Rr) =∑r

i=1 ∥fi∥Cs(Ω;R) をノルムとする Banach 空間になる.あるいは,∥f∥Rr を Euclid ノルム √

f · f として

∥f∥Cs(Ω;Rr) = max|β|≤s

supx∈Ω

∥∥∇βf(x)∥∥Rr

をノルムとする Banach 空間にもなる.さらに,r 次元ベクトル空間の pノルムや最大値ノルムを用いることもできる.このことは,命題 4.4 の証明において,絶対値 | · |を ∥ · ∥Rr などに変更した議論が成り立つためである.

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20 第 4章 変分原理と関数解析の基礎

ここで,最適化問題と Banach 空間の関係について考えておこう.設計変数が定義された線形空間 (設計空間) を Banach 空間に選べば,空間の連続性 (完備性) が備わっているので,第 3章でみてきたようなアルゴリズムにより,試行点を次々にみつけていって,収束した点は Banach 空間の要素として存在することが約束されることになる.勾配法を使うためには,評価関数の Frechet 微分や勾配法を一般化する必要がある.Frechet 微分については,4.5 節で解説する.勾配法の一般化は第 7章のテーマである.そこでは,次に示す完備性を備えた内積空間である Hilbert 空間が必要になる.

4.2.5 内積空間さらに,有限次元ベクトル空間における内積を抽象的な線形空間に導入しよう.内積は次のように定義される.X を体 K 上の線形空間とする.関数 ( · , · ) : X×X → K

が,任意の x,y,z ∈ X,α ∈ K に対して

(1) (x,x) = 0 と x = 0X は同値,

(2) (x+ y, z) = (x, z) + (y, z),

(3) (αx,y) = α (x,y),

(4) 対称性 : (x,y) = (y,x) あるいは共役対称性 : (x,y) = (y,x)∗,

(5) 正値性 : 任意の x ∈ X \ 0 に対して (x,x) > 0,

を満たすとき,( · , · ) を ( · , · )X ともかいて,X 上の内積あるいはスカラー積という.ただし,( · )∗ は複素共役を表す.内積空間は次のように定義される.

定義 4.11 (内積空間) 内積の定義された線形空間を内積空間という.体が R のとき実内積空間という.

内積が定義されていれば,∥x∥ =√(x,x) はノルムの定義を満たす.したがって,

内積空間はノルム空間にもなり,完備性を調べることができる.

Hilbert 空間完備性を備えた内積空間を次のようにいう.

定義 4.12 (Hilbert 空間) 内積空間がノルム

∥x∥ =√(x,x)

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4.3 関数空間 21

に関して完備のとき Hilbert 空間という.体が R のとき,実 Hilbert 空間という.

有限次元ベクトル空間 Rr は r 次元の実 Hilbert 空間である.関数空間の中にもHilbert 空間があることを 4.3 節でみていくことにする.実は,本書で最も重要な関数空間は Hilbert 空間である.重要である理由の一つは,4.1 節でみてきた変分原理のほとんどが実 Hilbert 空間上の最適化問題になっているためである.そのことを 4.6

節で確認する.もう一つの理由は,第 7章で勾配法を一般化する際に必要となるためである.

4.3 関数空間線形空間と距離空間を基本として完備性や内積を備えた抽象的な空間をみてきた.それに対して,連続関数全体の集合 Cs

(Ω;R

)のようなある性質を備えた関数全体の

集合を関数空間という.ここでは,Cs(Ω;R

)以外の関数空間を定義して,それらが

Banach 空間や Hilbert 空間の要件を満たしていることを確認していきたい.4.3 節では,定理や命題の証明を省略する.詳細は関数解析の専門書を参照されたい.

4.3.1 Holder 空間まず,連続の定義をより厳しくした Cs

(Ω;R

)の部分線形空間を定義しよう.ここ

で示す Lipschitz 連続は,第 5章で偏微分方程式の境界値問題を定義する際,領域の境界形状の滑らかさの必要要件として使われる.その結果,第 8章や第 9章で形状最適化問題を構成する際も,その滑らかさを保つことが話題になる.

定義 4.13 (Holder 空間) Ω ⊂ Rd, α ∈ (0, 1], s ∈ 0, 1, 2, · · · に対して,あるb > 0 が存在して,関数 f : Rd → R が,任意の x,y ∈ Ω に対して

|f(x)− f (y)| ≤ b ∥x− y∥αRd

を満たすとき,f を Holder 連続という.α を Holder 指数という.∇βf , |β| ≤ s, がHolder 連続な f の集合を Cs,α

(Ω;R

)とかき,Holder 空間という.α = 1 のとき,

Lipschitz 連続であるという.このときの b を Lipschitz 定数という.

f : R → R が Holder 連続 (Holder 指数 α = 0.5) の場合と Lipschitz 連続の場合の極端なの例を図 4.6 に示す.連続の条件に加えて,変動幅がべき関数状に制限されていることに注意してほしい.Holder 空間 Cs,α

(Ω;R

)について次の結果を得る.

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22 第 4章 変分原理と関数解析の基礎

xy

f

xy

f

(a) α = 0.5 (b) α = 1 (Lipschitz 連続)

図 4.6 Holder 連続な関数

命題 4.5 (Holder 空間) α ∈ (0, 1], s ∈ 0, 1, 2, · · · に対して Cs,α(Ω;R

)は,

∣∣∇βf∣∣C0,α(Ω;R) = sup

x,y∈Ω

∣∣∇βf(x)−∇βf(y)∣∣

∥x− y∥αRd

をセミノルムとして

∥f∥Cs,α(Ω;R) = ∥f∥Cs(Ω;R) + max|β|=s

∣∣∇βf∣∣C0,α(Ω;R) (4.26)

をノルムとして実 Banach 空間になる.

Holder 空間 Cs,α(Ω;R

)のノルムを与える (4.26) において,Cs

(Ω;R

)のノルム

を含んでいる.したがって,

Cs,α(Ω;R

)⊂ Cs

(Ω;R

)が成り立つことになる.

4.3.2 Lebesgue 空間次に,連続性を用いずに,積分が定義できる性質 (可積分性) に注目した関数全体の集合を定義しよう.図 4.7 のような不連続関数であっても積分は定義できることに注意してほしい.このような可積分性は,変分原理ではエネルギーが計算されればよいことから,外力に対して必要とされる性質となる.そのことを 4.6 節で確認する.なお,Ω ⊂ Rd に対して測度といった場合,d = 1, 2, 3 に対して長さ,面積,体積の意味で用いる.

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4.3 関数空間 23

f(x)

X

図 4.7 可積分関数 f

定義 4.14 (Lebesgue 空間) f : Ω → R を領域 Ω ⊂ Rd 上の関数とする.p ∈[1,∞) のとき,Lebesgue 積分 (測度 0 の集合を除いた領域における積分) の意味で∫

Ω

|f (x)|p dx ≤ ∞

を満たすとき,f は p 乗 Lebesgue 可積分であるという.p = ∞ のとき,

ess supx∈Ω

|f (x)| < ∞

を満たすとき,f は本質的有界であるという.f 全体の集合を Lebesgue 空間といい,Lp (Ω;R) とかく.

Lp (Ω;R) について次の結果を得る.

命題 4.6 (Lebesgue 空間) Lp (Ω;R) は

∥f∥Lp(Ω;R) =

(∫

Ω

|f (x)|p dx

)1/p

(1 ≤ p < ∞)

ess supx∈Ω

|f (x))| (p = ∞)

をノルムとして実 Banach 空間になる.

ここで,L∞ (Ω;R) のノルムが関数の絶対値の上限値になることは,有限次元ベクトルに対する最大値ノルムの関数への拡張と考えれば理解できよう.さらに,p = 2 のとき L2 (Ω;R) は 2乗可積分な関数全体の集合を意味し,

(f, g)L2(Ω;R) =

∫Ω

f (x) g (x) dx (4.27)

を内積として,実 Hilbert 空間になる.この関数空間は今後の展開において重要な関数空間のひとつとなる.

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24 第 4章 変分原理と関数解析の基礎

x

fn(x)

0 1 20

1

図 4.8 [0, 2] 上の連続関数の関数列 fnn∈N

ここで,連続関数全体の集合 C0(Ω;R

)と L2

(Ω;R

)の違いを示す重要な事実をみ

ておくことにしよう.次の例題では,C0(Ω;R

)ノルムを用いたのでは Cauchy 列は

収束しない (完備ではない) ことを示している.

例題 4.1 (L2 ノルムを用いた連続関数の Cauchy 列) [0, 2] 上の連続関数の関数列fnn∈N

fn (x) =

xn (0 ≤ x ≤ 1)

1 (1 ≤ x ≤ 2)

は,f ∈ C0 ([0, 2];R) に対して

∥f∥L2((0,2);R) =

(∫ 2

0

|f (x)|2 dx

)1/2

をノルムとした Cauchy 列であることを示せ.また,Cauchy 列が不連続関数に収束することを示せ.

(解答) 図 4.8 のような関数列 fnn∈N に対して,m,n → ∞ のとき,

(fm, fn)L2(0,2) =

∫ 1

0

xm+n dx+

∫ 2

1

1 dx =1

m+ n+ 1+ 1 → 1

を得る.これより,

∥fm − fn∥2L2(0,2) = (fm, fm)L2(0,2) − 2 (fn, fm)L2(0,2) + (fn, fn)L2(0,2) → 0

が成り立つことから,fnn∈N は Cauchy 列である.また,∥fn − f∥L2(0,2) → 0 なる f は不連続関数

f =

0 (0 ≤ x < 1)

1 (1 ≤ x ≤ 2)

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4.3 関数空間 25

となる.なぜならば,n → ∞ のとき,この f に対して

∥fn − f∥2L2((0,1);R) =

∫ 1

0

x2ndx =1

2n+ 1→ 0,

∥fn − f∥2L2((1,2);R) = 0

が成り立つためである.

この事実をいいかえれば,L2 (Ω;R) ノルムに関して C0(Ω;R

)の Cauchy 列が収

束することを公理として認めた (完備化した) 関数空間が L2 (Ω;R) であるという見方ができる.さらに,C∞ (Ω;R) の完備化にもなっていることを示すことができる.一方,この事実は,C0

(Ω;R

)は L2 (Ω;R) の稠密な部分空間になることを示している.

このことから,L2 (Ω;R) は可分である (Cauchy 列がとれる) ことがいえることになる.可分性に関しては,p ∈ [1,∞) に拡張できて,Lp (Ω;R) の可分性は C0

(Ω;R

)が稠密な部分空間になることを使って示される.

4.3.3 Sobolev 空間次に,微分も含めた可積分関数全体の集合を定義しよう.4.1 節でみてきた変分原理では,変位を時間や場所に対して微分した関数を積分した値によってエネルギーを定義していた.以下に登場する関数空間の中のあるものは,まさに変位に対して必要とされる性質を備えたものとなる.そのことを 4.6 節で確認する.ここでは,可積分性だけを備えた関数の微分の定義についてみてから,本題に入ることにしよう.

Schwartz 超関数積分可能な関数の微分に対しては,Schwartz の超関数を使った定義が使われる.ここでは,その定義と基本的な応用例をみておこう.すべてのコンパクトな部分集合 S ⊂ Rd において Lebesgue 積分が有界な関数

f : Rd → R を局所 Lebesgue 可積分な関数といい,そのような関数の集合をL1loc

(Rd;R

)とかく.一方,関数の値が 0 以外の値をとる定義域を台とよび,コン

パクトな台を持ち (無限遠で 0),無限階微分可能連続な関数 ϕ : Rd → R の集合をC∞

0

(Rd;R

)とかく.Schwartz の超関数は次のように定義される.

定義 4.15 (Schwartz 超関数) f ∈ L1loc

(Rd;R

)とする.任意の ϕ ∈ C∞

0

(Rd;R

)に対して

⟨f, ϕ⟩ =∫Rd

fϕdx

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26 第 4章 変分原理と関数解析の基礎

を満たす有界線形汎関数 ⟨f, · ⟩ : C∞0

(Rd;R

)→ R を f の Schwartz 超関数といい,

f とかく.

ここで使われたような任意の関数 ϕ ∈ C∞0

(Rd;R

)は,積分値が定義できるように

試験的に使われた関数であることから,試験関数 (test function) とよばれる.超関数とは,このように通常の定義では意味をなさない関数に対して性質のよい試験関数を介在させて,既知の公式によるかきかえができるようにした下で,そのかきかえを通して関数を定義しようという試みであるということができる.このような Schwartz 超関数に対する微分は次のように定義される.

定義 4.16 (Schwartz 超関数の微分) f ∈ L1loc

(Ωd;R

)とする.任意の ϕ ∈

C∞0

(Rd;R

)に対して

⟨∇f, ϕ⟩ = −⟨f,∇ϕ⟩

が成り立つとき, ⟨∇f, · ⟩ を Schwartz 超関数の微分といい,単に ∇f ともかく.また,β を多重指数として,Schwartz 超関数の微分

⟨∇βf, ·

⟩を⟨

∇βf, ϕ⟩= (−1)

|β| ⟨f,∇βϕ

⟩で定義して,∇βf とかく.

ここで,具体的な例を挙げておこう.任意の ϕ ∈ C∞0

(Rd;R

)に対して

⟨δ, ϕ⟩ =∫Rd

δϕ dx = ϕ (0Rd) (4.28)

が成り立つ δ ∈ L1loc

(Ωd;R

)を Dirac デルタ関数という.それを用いて,階段関数の

微分について考えてみよう.

例題 4.2 (Heaviside 階段関数の微分) Heaviside 階段関数 (Heaviside step func-

tion)

h (x) =

0 (x < 0)

1 (x > 0)

の Schwartz 超関数微分は,Dirac デルタ関数となることを示せ.

(解答) Schwartz 超関数微分の定義により

⟨∇h, ϕ⟩ =∫ ∞

−∞∇hϕdx = −

∫ ∞

−∞h∇ϕdx = −

∫ ∞

0

∇ϕdx = ϕ (0) = ⟨δ, ϕ⟩

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4.3 関数空間 27

0 x

f(x)

図 4.9 不連続な関数

が成り立つ.

階段関数の微分が Dirac デルタ関数になることをみた.この関係を用いれば,不連続関数の微分を次のように定義することができる.

例題 4.3 (不連続関数の微分) 原点で不連続な関数 f : R → R の Schwartz 超関数微分を示せ.

(解答) Schwartz 超関数微分の定義により

⟨∇f, ϕ⟩ = −∫ ∞

−∞f∇ϕdx = −

∫ 0

−∞f∇ϕdx−

∫ ∞

0

f∇ϕdx

=(f(0+)− f

(0−))

ϕ (0) +

∫ ∞

−∞∇fϕ dx

=(f(0+)− f

(0−))

⟨δ, ϕ⟩+∫ ∞

−∞∇fϕ dx

となる.

Sobolev 空間可積分性を備えた関数の微分が定義できたので,それを用いて微分も含めた可積分関数の関数空間を定義しよう.

定義 4.17 (Sobolev 空間) f : Ω → R を領域 Ω ⊂ Rd 上の関数とする.p ∈ [1,∞],

s ∈ [0,∞] に対して,∑|β|≤s

∫Ω

∣∣∇βf (x)∣∣p dx < ∞ (1 ≤ p < ∞) ,

max|β|≤s

ess supx∈Ω

∣∣∇βf (x)∣∣ < ∞ (p = ∞)

を満たすような f の全体集合を Sobolev 空間といい,W s,p (Ω;R) とかく. さらに,Ω の境界 ∂Ω は滑らか (5.1 節で定義する) であるとき,s− 1/p > 0 に対して,同次

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28 第 4章 変分原理と関数解析の基礎

型の境界条件を満たす f の全体集合を

W s,p0 (Ω;R) = f ∈ W s,p (Ω;R) | γf = 0 a.e. on ∂Ω

とかく.ただし,γ : W s,p (Ω;R) → W s−1/p,p (∂Ω;R) はトレース作用素である.

上の定義において,a.e. は測度が 0 の集合を除いたほとんど至るところで (almost

everywhere) の意味である.本来,Sobolev 空間においては a.e. を明記した方がよいが,本書ではこれ以降省略することをことわっておく.また,この定義に現れた s − d/p > 0 の条件は,後で示す Sobolev の埋蔵定理 (定理 4.1) より,連続関数であるための条件になっている (例題 4.5).また,同次型の境界条件を満たすf ∈ W s,p

0 (Ω;R) の Schwartz 超関数は,任意の試験関数 ϕ ∈ C∞ (Ω;R) (C∞0

(Ω;R

)でないことに注意) に対して

⟨f, ϕ⟩ =∫Ω

fϕ dx

を満たす ⟨f, · ⟩ : C∞ (Ω;R)→ R で定義する.W s,p (Ω;R) が Banach 空間になること関しては次の結果を得る.

命題 4.7 (Sobolev 空間) W s,p (Ω;R) は

|f |W i,p(Ω;R) =

|β|=i

∥∥∇βf (x)∥∥pLp(Ω;R)

1/p

(1 ≤ p < ∞)

max|β|=i

∥∥∇βf (x)∥∥L∞(Ω;R) (p = ∞)

をセミノルムとして

∥f∥W s,p(Ω;R) =

(

s∑i=0

|f |pW i,p(Ω;R)

)1/p

(1 ≤ p < ∞)

max0≤i≤m

|f(x)|W i,∞(Ω;R) (p = ∞)

をノルムとして実 Banach 空間になる.

さらに,p = 2のときW s,2 (Ω;R)を Hs (Ω;R)ともかく.その中でも H1 (Ω;R)は本書でもっとも重要な関数空間である.なぜならば,次のように内積が使える Hilbert

空間になるためである.

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4.3 関数空間 29

命題 4.8 (Sobolev 空間 Hs (Ω;R)) W s,2 (Ω;R) = Hs (Ω;R) は

(f, g)Hs(Ω;R) =∑|β|≤s

∫Ω

∇βf (x) · ∇βg (x) dx (4.29)

を内積とする実 Hilbert 空間になる.

L2 (Ω;R) と同様,(4.29) 右辺の内積を使って定義されたノルムに関して Cs(Ω;R

)(および C∞ (Ω;R)) を完備化した関数空間が Hs (Ω;R) であるといえる.Hs (Ω;R) の中でも,H1 (Ω;R) と H1

(Ω;Rd

)は,偏微分方程式の境界値問題や形

状や位相の最適化問題の関数が属する関数空間として使われる重要な関数空間である.そこで,確認のために内積の定義を示しておく.f, g ∈ H1 (Ω;R) の内積は

(f, g)H1(Ω;R) =

∫Ω

(fg +∇f ·∇g) dx, (4.30)

f , g ∈ H1(Ω;Rd

)の内積は

(f , g)H1(Ω;Rd) =

∫Ω

f · g +

(∇fT

)·(∇gT

)dx

=

∫Ω

(f · g + fxT · gxT) dx (4.31)

で定義される.ここで,H1 ((0, 1) ;R) に属する関数とはどのようなものか,べき関数を使ってみておこう.

例題 4.4 (H1 ((0, 1) ;R) に属する関数) x ∈ (0, 1) に対して,関数

f = xα

が H1 ((0, 1) ;R) の要素に入るような α ∈ R の条件を示せ.

(解答) f の x に対する微分を f ′ とかく.このとき,∫ 1

0

f ′2dx =

∫ 1

0

α2x2(α−1)dx =

[α2

2α− 1x2α−1

]10

< ∞

となるためには,2α− 1 > 0, すなわち α > 1/2 であればよい.

例題 4.4 より,f =√x の x = 0 における特異性は,H1 ((0, 1) ;R) では許容され

ないことがわかる.

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30 第 4章 変分原理と関数解析の基礎

4.3.4 Sobolev の埋蔵定理Ω ⊂ Rd に対する Sobolev 空間 W s,p (Ω;R) は,s, d, p によりたくさんの関数空間で構成される.それらに Holder 空間 Cs,α

(Ω;R

)を含めた関数空間の包含関係は次

の Sobolev の埋蔵定理によって明らかになる.

定理 4.1 (Sobolev の埋蔵定理) Ω ⊂ Rd, s, s′ ∈ [0,∞], p, p′ ∈ [1,∞] に対して,

W s′,p′(Ω;R) ⊆ W s,p (Ω;R) ,

s′ ≥ s,

s′ − d

p′≥ s− d

p(4.32)

が成り立つ.また,α ∈ (0, 1] として s = l + α に対して

W s,∞ (Ω;R) = Cl,α(Ω;R

)が成り立つ.

(4.32) を Sobolev の不等式という.実際,Sobolev の不等式が成り立つことは次のように確かめられる.ある c > 0 に対して

∥f∥W s,p(Ω;R) ≤ c ∥f∥W s′,p′ (Ω;R)

が成り立つとする.このとき,λ > 0, fλ (x) = f (λx) = f (y), Ωy = λx | x ∈ Ωに対して

∥fλ∥W s,p(Ω;R)

= λ(sp−d)/p

∫Ωy

∑|β|≤s

∣∣∣∣∣ ∂|β|f

∂yβ1

1 ∂yβ2

2 · · · ∂yβd

d

∣∣∣∣∣p

dy1dy2 · · ·dyd

1/p

= λs−d/p ∥f∥W s,p(Ωy ;R) ≤ cλs′−d/p′∥f∥W s′,p′ (Ωy;R)

= c ∥fλ∥W s′,p′ (Ω;R)

が成り立つためには λ(s′−d/p′)−(s−d/p) ≥ 1 である必要がある.これより Sobolev の

不等式 s′ − d/p′ ≥ s− d/p が得られることになる.ここで,Sobolev の埋蔵定理を使って,f ∈ W s,p (Ω;R) が連続関数となる条件を確認しておこう.

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4.4 作用素 31

例題 4.5 (W s,p (Ω;R) における連続関数の条件) f ∈ W s,p (Ω;R) が連続関数となる条件は

s− d

p> 0

となることを示せ.

(解答) 連続関数全体の集合 C0(Ω;R

)と Holder 空間 C0,α

(Ω;R

), α ∈ (0, 1], の定義より,

C0,α(Ω;R

)⊆ C0

(Ω;R

)が成り立つ. Sobolevの埋蔵定理より,Wα,∞ (Ω;R) = C0,α

(Ω;R

)が成り立つ.したがって,

W s,p (Ω;R) ⊆ Wα,∞ (Ω;R) ⊆ C0 (Ω;R)となるためには,s− d/p > 0 であればよい.

また,第 8 章や第 9 章では W 1,∞ (Ω;Rd)や W 1,∞ (Ω;R) を Lipschitz 連続な関

数全体の集合の意味で使われる.その理由は,p = ∞ および s = 1 のとき,ノルムの定義により,

W 1,∞ (Ω;R) = C0,1(Ω;R

)が成り立つためである.

4.4 作用素これまで,いろいろな関数空間を定義して,それらが Banach 空間や Hilbert 空間になることをみてきた.関数最適化問題においては,設計空間をみてきたことになる.次に,考えなくてはいけないことは,設計変数である関数にいろいろな演算を施した上で評価関数を定義して,その評価関数の Frechet 微分を定義することである.ここでは,それらを考える上で基礎となる有界線形作用素を定義する.それらの性質や微分との関連,さらには偏微分方程式の解の存在に関わる重要な定理についてもみておくことにしよう.関数に演算を施すことは,関数空間から関数空間への写像を定義することになる.このときの写像を作用素という.作用素の中でも線形性を備えているものを線形作用素という.すなわち,次のように定義する.X, Y を K 上の Banach 空間とする.任意の x1,x2 ∈ X, α1, α2 ∈ K に対して,写像 f : X → Y が

f (α1x1 + α2x2) = α1f (x1) + α2f (x2) (4.33)

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32 第 4章 変分原理と関数解析の基礎

を満たすとき,f を線形作用素という.また,f は線形形式,あるいは 1次形式であるともいう.例えば,微分作用素は (4.33) を満たすことから線形作用素である.したがって,線形微分方程式は未知関数に微分作用素を施した関数と既知関数に関する方程式であるとみなせば,微分作用素の性質を調べることで解の性質を調べることができることになる.しかし,本書ではそこまでは立ち入らないことにする.さらに,線形作用素 f が任意の x ∈ X に対して,

supx∈X\0X

∥f (x)∥Y∥x∥X

< ∞ (4.34)

を満たすとき,f を有界線形作用素という.本書では,X から Y への有界線形作用素の全体集合を L (X;Y ) とかく.また,f が (4.34) を満たすならば,f : X → Y は連続となる.そこで有界線形作用素は連続線形作用素ともいわれる.さらに,L (X;Y ) は

∥f∥L(X;Y ) = supx∈X\0X

∥f (x)∥Y∥x∥X

をノルム ∥ · ∥L(X;Y ) とする Banach 空間になる.有界線形作用素の例を挙げてみよう.n と m を自然数として n 行 m 列の行列

Rn×m は有界線形作用素であり,Rn×m 全体の集合は,L (Rm;Rn) とかける.そこで,行列 A ∈ Rn×m のノルムは,x ∈ Rm に対して y (x) = Ax とおくとき,

∥A∥Rn×m = ∥y∥L(Rm;Rn) = supx∈Rm\0Rm

∥Ax∥Rn

∥x∥Rm

(4.35)

によって定義される.この定義から,行列のノルムは,固有値の中で絶対値の最大値によって評価されることがわかる.また,偏微分方程式の境界値問題で使われる有界線形作用素としてトレース作用素を示しておこう.

定理 4.2 (トレース定理) s ∈ 1, 2, · · · , p ∈ [1,∞), s − 1/p > 0 とする.Ω ⊂ Rd

の境界 ∂Ω は Cs 級境界で, このとき,f ∈ W s,p (Ω;R) に対して境界の値 f |∂Ω を返す写像 γ : W s,p (Ω;R) → W s−1/p,p (∂Ω;R) は有界線形作用素である.

定理 4.2 における写像 γ をトレース作用素といい,γf = f |∂Ω とかく. ここで,微分可能性の指数が s′ = s − 1/p に落ちたのは,定義域の次元が d′ = d − 1 になっ

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4.4 作用素 33

図 4.10 領域 Ω とその境界 ∂Ω

ても,Sobolev の不等式 (4.32) の値は

s′ − d′

p=

(s− 1

p

)− d− 1

p= s− d

p

のように不変となる関係による.トレース作用素は第 5章で境界値問題の解の存在を示すときに使われる.また,第 9 章でも形状微分の関数空間を調べるときにも使われる.さらに,双線形性を備えた作用素も定義しておこう.X, Y , Z を K 上の Banach空間とする.任意の x1,x2 ∈ X, y1,y2 ∈ Y , α1, α2 ∈ K に対して,写像 f : X×Y → Z

f (α1x1 + α2x2,y1) = α1f (x1,y1) + α2f (x2,y1) ,

f (x1, α1y1 + α2y2) = α1f (x1,y1) + α2f (x1,y2)

を満たすとき,f を双線形作用素という. また,f は双線形形式,あるいは双 1次形式であるという.さらに,任意の (x,y) ∈ X × Y に対して,

supx∈X\0X, y∈Y \0Y

∥f (x,y)∥Z∥x∥X ∥y∥Y

< ∞

を満たすとき,f を有界双線形作用素という.本節では X × Y から Z への有界線形作用素の全体集合を L (X,Y ;Z) とかく.有界双線形作用素の例として,運動エネルギーや弾性ポテンシャルエネルギーなどが挙げられる.しかし,これらは値域が R となる作用素で,次項の汎関数でもあることから有界双線形汎関数の例になっている.4.6.1 項と 4.6.2 項では,運動エネルギーや弾性ポテンシャルエネルギーが有界双線形性をもつことを意識した表現を示す.その表現は第 5章でも使われることになる.

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34 第 4章 変分原理と関数解析の基礎

4.4.1 有界線形汎関数作用素の中でも値域が R のものを汎関数という.関数最適化問題では,評価関数は関数空間から実数への写像として与えられることになるので,汎関数の性質を知っておくことは評価関数の性質を知ることにつながる.汎関数の線形性と有界性は (4.33) と (4.34) において Y = R とおいた関係によって定義される.しかし,ここでは f ( · ) = ⟨ϕ, · ⟩ : X → R とかくことにして,次のように定義する.X を K 上のある Banach 空間とする.任意の x1,x2 ∈ X, α1, α2 ∈ K

に対して,汎関数 ⟨ϕ, · ⟩ : X → R が

⟨ϕ, α1x1 + α2x2⟩ = α1 ⟨ϕ,x1⟩+ α2 ⟨ϕ,x2⟩

を満たすとき,⟨ϕ, · ⟩ を X 上の線形汎関数という.さらに,

supx∈X\0X

|⟨ϕ,x⟩|∥x∥X

< ∞

を満たすとき,⟨ϕ, · ⟩ を X 上の有界線形汎関数という.X が有限次元ベクトル空間であれば,ある有界線形汎関数を選ぶことは,ある

ϕ ∈ Rd を選んで,内積 (ϕ, · )Rd を選ぶことにほかならない.実際,ϕ を固定したときに, (ϕ, · )Rd : Rd → R は汎関数でかつ線形であるからである.

4.4.2 双対空間有限次元ベクトル空間の有界線形汎関数は,ある ϕ ∈ Rd との内積 (ϕ, · )Rd : Rd →

R であった.そこで,(ϕ, · )Rd 全体の集合は ϕ 全体の集合 Rd と同一視できることになる.このことを一般化すれば有界線形汎関数全体の集合なるものが定義できる.

定義 4.18 (双対空間) X を Banach 空間とするとき,X 上の有界線形汎関数全体の集合 L (X;R) を X ′ とかいて, X の双対空間あるいは共役空間,随伴空間という.また,⟨·, ·⟩ : X ′ ×X → R を ⟨·, ·⟩X′×X ともかいて,双対積という.

有限次元ベクトル空間 X = Rd の双対空間は X ′ = Rd となり,やはり有限次元ベクトル空間になる.さらに,Banach 空間の双対空間も次のようなノルムに対してBanach 空間になる.

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4.4 作用素 35

命題 4.9 (双対空間) Banach 空間 X の双対空間 X ′ は

∥ϕ∥X′ = supx∈X\0X

|⟨ϕ,x⟩|∥x∥X

をノルムとする Banach 空間になる.

ここまでの議論で,Banach 空間のみならず,その双対空間もそれぞれのノルムに対して Banach 空間 (完備なノルム空間) になることがわかった.すなわち,それぞれのノルムで計った Cauchy 列は必ず収束することを意味する.有限次元ベクトル空間の場合は,その双対空間も同じ有限次元ベクトル空間であったので,収束をノルムではかればよかった.しかし,Banach 空間とその双対空間では一般にノルムの定義が異なるために,ノルムを使った収束の他に別の収束も定義することができる.ここでは,双対積を使った収束について定義しよう.

定義 4.19 (弱収束) X を Banach 空間,X ′ をその双対空間とする.任意の ϕ ∈ X ′

に対して,無限点列 xnn∈N ∈ X が

limn,m→∞

⟨ϕ, xn − xm⟩ = 0

を満たすとき,xnn∈N を弱 Cauchy 列という.弱 Cauchy 列の収束を弱収束といい,xn → x (弱) とかく.X のいかなる弱 Cauchy 列も X 内の点に収束するとき,X は弱完備であるという.さらに,弱完備な X の部分集合 V の任意の無限点列がV の中に弱収束する部分無限点列を含むとき,V は弱コンパクトであるという.

なお,ノルムに関する収束を強収束という.また,Banach 空間とその双対空間の役割を逆にすれば,もうひとつの収束の定義が可能である.

定義 4.20 (汎弱収束) X を Banach 空間,X ′ をその双対空間とする.任意の x ∈ X

に対して,無限点列 ϕn (x)n∈N ∈ X ′ が

limn,m→∞

⟨ϕn − ϕm,x⟩ = 0

を満たすとき,ϕn (x)n∈N ∈ X ′ を汎弱 Cauchy 列という.汎弱 Cauchy 列の収束を汎弱収束といい,ϕn → ϕ (∗ 弱) とかく.X ′ のいかなる汎弱 Cauchy 列も X ′ 内の点に収束するとき,X ′ は汎弱完備であるという.さらに,汎弱完備な X ′ の部分集合 V ′ の任意の無限点列が V ′ の中に汎弱収束する部分無限点列を含むとき,V ′ は汎弱コンパクトであるという.

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36 第 4章 変分原理と関数解析の基礎

後で示すように,関数最適化問題における評価関数の Frechet 微分は双対積を用いて定義される.弱完備性と汎弱完備性は評価関数の Frechet 微分を用いて最小点をみつける際に必要な性質である.弱完備性を保障する条件は Banach 空間が反射的であるという条件を満たせばよい.反射的 Banach 空間は次のように定義される.

定義 4.21 (反射的 Banach 空間) X を Banach 空間, X ′′ を X の第 2双対空間 (双対空間の双対空間) とする.このとき,f : X → X ′′ が存在して,すべての x ∈ X に対して |x|X = |f (x)|X′′ が成り立つとき X を反射的 Banach 空間あるいは回帰的Banach 空間という.

反射的 Banach 空間に対して次の結果が得られる.

定理 4.3 (弱完備) 反射的 Banach 空間は弱完備である.

定理 4.3 により,反射的 Banach 空間上であれば,収束する点列の収束点は必ずその空間の要素に入ることが保証される.Sobolev 空間は Banach 空間である.Sobolev

空間が反射性をもつためには次のような条件が必要になる.

命題 4.10 (Sobolev 空間の可分性と反射性) Ω ⊂ Rd, p ∈ [1,∞], s ∈ [0,∞] に対して,W s,p (Ω;R)を Sobolev空間とする.このとき,p ∈ [1,∞)のとき可分,p ∈ (1,∞)

のとき反射的となる.

Hs (Ω;R) は,p = 2 のときの Sobolev 空間なので,反射的 Banach 空間の一つである.したがって,命題 4.10 により,Hs (Ω;R) は弱完備であることになる.次に,コンパクト性について考えてみよう.無限次元空間の単位球は一般にはコンパクトではない.なぜならば,単位球上のある有限次元の任意ベクトルに対して,次元を増やした点列を構成していくと, Cauchy 列を含まない無限点列がつくれるからである.しかし,次の命題により L2 (Ω;R)の閉単位球

ϕ ∈ L2 (Ω;R)

∣∣ ∥ϕ∥L2(Ω;R) ≤ 1

は弱コンパクトであることがいえる.

命題 4.11 (弱コンパクト) Hilbert 空間の閉単位球は弱コンパクトである.

また,Lebesgue 空間 Lp (Ω;R) の双対空間に関しては,次の結果が得られる.

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4.4 作用素 37

命題 4.12 (Lp (Ω;R) の双対空間) p ∈ [1,∞] に対して,Lp (Ω;R) の双対空間をLp′

(Ω;R) とする.このとき,

1

p′+

1

p= 1

が成り立つ.ただし,p = ∞, p′ = 1 のときは,汎弱収束の意味でのみ成り立つ.

p に対して p′ を双対指数という.この定理の証明には,Holder の不等式 (定理A.14) が使われる.さらに,微分も含む Sobolev 空間の双対空間では,境界条件が必要となる.そのことを例題の解答として示しておこう.Ω ⊂ Rd に対して,ΓD ⊂ ∂Ω とおく.

U =u ∈ H1 (Ω;R)

∣∣ u = 0 on ΓD

(4.36)

は実 Hilbert 空間となる.第 5章では,Poisson 問題の既知関数が U の双対空間 U ′

に入るとき,解は U の中に一意に存在することが示される.ここでは,そのための準備として,U ′ とはどのようなものか,具体的にみておこう.

例題 4.6 (U の双対空間) Ω ⊂ Rd, ΓD ⊂ ∂Ω に対して,U を (4.36) とする.このとき,U の双対空間 U ′ を具体的に示せ.

(解答) 任意の u ∈ U , v ∈ H1 (Ω;R) に対して,Gauss-Green の定理 (定理 A.11) を形式的に用いて,

(u, v)H1(Ω;R) =

∫Ω

(uv +∇u ·∇v) dx =

∫∂Ω\ΓD

u∂νv dγ +

∫Ω

u (v −∆v) dx

とかく.ここで,ΓD 上で u = 0を用いた.ただし,∆v = ∇ ·∇v は Schwartz超関数微分の意味で (上式の第 2の等号によって) 定義されたものとする.また,ν を法線として,∂ν = ∇ · νとかいた.このとき,b : Ω → R と p : ∂Ω \ ΓD → R を,任意の u ∈ U に対して∫

Ω

|ub| dx < ∞ (4.37)∫∂Ω\ΓD

|up| dγ < ∞, (4.38)

を満たす関数とする.すなわち,任意の v ∈ H1 (Ω;R) に対して

−∆v = b in Ω,

∂νv = p on ∂Ω \ ΓD

を満たすことと同値である.このとき,

l (u) =

∫∂Ω\ΓD

up dγ +

∫Ω

u (v + b) dx

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38 第 4章 変分原理と関数解析の基礎

を用いて,

U ′ =l∣∣∣ u ∈ U, v ∈ H1 (Ω;R) , (4.37), (4.38)

とかくことができる.

例題 4.6において |ΓD| = 0ならば,U = H1 (Ω;R) , U ′ = H1′ (Ω;R)となる.このとき,b = −∆v は H1′ (Ω;R) の要素であり,それを 1階積分した ∇v は L2

(Ω;Rd

)に含まれることになる.いいかえれば,H1′ (Ω;R) は,それに含まれる要素の 1階積分が 2乗可積分な関数の集合である.そのような意味も込めて, Hs (Ω;R) の双対空間 Hs′ (Ω;R) を H−s (Ω;R) とかくこともある.

4.4.3 Rellich-Kondrachov のコンパクト埋蔵定理Sobolev の不等式 の ≥ を > に変更すれば,コンパクト性を備えた埋蔵関係を与える次の定理になる.

定理 4.4 (Rellich-Kondrachov のコンパクト埋蔵定理) Ω ⊂ Rd, s, s′ ∈ [0,∞],

p, p′ ∈ [1,∞] に対して

W s′,p′(Ω;R) ⋐ W s,p (Ω;R) , s′ > s, s− d

p> s′ − d

p′

が成り立つ.ただし,⋐ はコンパクトに埋蔵を表す.

ここで,W s,p (Ω;R) の中に W s′,p′(Ω;R) がコンパクトに埋蔵されるとは,任意の

ϕ ∈ W s′,p′(Ω;R) に対して,ある定数 c が存在して,

∥ϕ∥W s,p(Ω;R) ≤ c ∥ϕ∥W s′,p′ (Ω;R) (4.39)

が成り立つことと定義する.このとき,W s′,p′(Ω) における任意の無限点列は

W s,p (Ω) の中に ∥·∥W s,p(Ω;R) を用いて収束する部分無限点列を含むこと (コンパクト) になる.したがって,W s,p (Ω) が弱完備ならば,W s′,p′

(Ω) は W s,p (Ω) のノルム ∥·∥W s,p(Ω;R) で完備になる.そこで,次のことがいえることに注意しておこう.

注意 4.1 (H1 (Ω;R) の完備性) 定理 4.4 より,H1 (Ω;R) は L2 (Ω;R) の中にコンパクトに埋蔵される.

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4.4 作用素 39

4.4.4 Ascoli-Arzela の定理本書では,第 8 章と第 9 章において連続関数を設計変数にした最適化問題を扱う.その際,設計変数の許容集合が設計空間上でコンパクトであることが必要となる.連続関数の集合のコンパクト性に関して,次の定理が知られている.

定理 4.5 (Ascoli-Arzela の定理) X を完備な距離空間,V をコンパクトな X の部分集合とする.V 上の連続関数の列 fnn∈N が V 上で一様に有界かつ同程度連続ならば,fnn∈N は一様に収束する部分列を含む.

この定理は,ある有界な領域 Ω ⊂ Rd で定義された連続関数全体の集合 Cs(Ω;R

)の有界な部分集合は,∥·∥Cs(Ω;R) を用いて収束する部分無限点列を含むこと (コンパクト) になる.このことは,連続関数を設計変数にした最適化問題を考えるとき,最適化アルゴリズムを使って Cs

(Ω;R

)の有界な部分集合の関数列をみつけていった結

果,収束したならば,収束点はその有界な部分集合に含まれることが保証されることを表している.

4.4.5 Riesz の表現定理4.4 節の最後に,偏微分方程式の解が一意に存在することを示す際に使われる Riesz

の表現定理を示しておく.

定理 4.6 (Riesz の表現定理) X を Hilbert 空間,X ′ を X の双対空間,( · , · )X をX 上の内積,⟨ · , · ⟩X′×X を双対積とする.ϕ ∈ X ′ において,ある x ∈ X が一意に存在して,任意の y ∈ X に対して

⟨ϕ,y⟩X′×X = (x,y)X , ∥ϕ∥X′ = ∥x∥X

が成り立つ.また,

⟨ϕ,y⟩X′×X = (τϕ,y)X , ∥τ∥L(X′;X) = 1

を満たす同型写像 τ : X ′ → X が存在する.

この定理より,双対空間 X ′ は, (ϕ,φ)X′ = (τϕ, τφ)X を内積とする Hilbert 空間となることがわかる.この定理の利用方法は第 5章で示される.

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40 第 4章 変分原理と関数解析の基礎

4.5 一般化微分4.4 節では,Banach 空間上の有界線形作用素と有界線形汎関数を定義して,有界線形汎関数全体の集合が双対空間になることをみてきた.この節の最後に,その関係を用いて,Banach 空間上の写像に対する微分の定義を示しておきたい.実際,関数最適化問題においては,設計空間として関数空間を選び,評価関数にはその上で定義された汎関数を選ぶ.第 2章でみてきたような最適化理論を関数空間上の汎関数に対して適用するためには,汎関数の微分が定義されていなければならない.本節では,より一般的な微分の定義として使われる方向微分の定義から説明をはじめて,微分をBanach 空間上の写像として捉えたときに,満たしてほしい性質に注目した Frechet

微分の定義までを示しておくことにしよう.

4.5.1 方向微分まず,必要とする条件が緩やかな方向微分の定義からみていこう.この節では,X

を Banach 空間,s を非負の整数とする.関数は X 上で定義されていると仮定するが,ある点において微分を定義するためには,その点のまわりで動ける開領域が必要となる.それを S とかくことにする.

定義 4.22 (s 階の方向微分) X, Y を体 K 上の Banach 空間,S を X の開集合,f : S → Y とする.ある x ∈ S とある y ∈ X を固定する.任意の ϵ ∈ K に対して,写像 ϵ 7→ f (x+ ϵy) が Cs (K;Y ) の要素であるとき,

f (s) (x) [y] =ds

dϵsf (x+ ϵy)

∣∣∣∣ϵ=0

を f の x における s 階の方向微分という.

ここで,方向微分を用いたときの Taylor 展開について考えてみよう.定義 4.22 において,f ′ (x) [y] : S ×X → Y が連続関数ならば,

f (x+ y)− f (x) =

∫ 1

0

f ′ (x+ ty) [y] dt

が成り立つ.この関係を用いれば,定理 2.2 の証明がそのまま方向微分に対して適用できて,

f (x+ y) = f (x) + f ′ (x) [y] + f ′′ (x) [y]

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4.5 一般化微分 41

+ · · ·+ 1

(s− 1)!f (s−1) (x) [y] + rs (x) [y]

のようにかくことができる.ただし,剰余項は

rs (x) [y] =

∫ 1

0

(1− t)s−1

f (s) (x+ ty) [y] dt

となる.

4.5.2 Gateaux 微分方向微分の定義では,y は固定されていた.方向微分の定義において,y を X のすべての方向にとったときに,ベクトルの大きさ (スカラー) に対する微分が連続写像になるならば,次に示す Gateaux 微分とよぶことができるようになる.

定義 4.23 (s 階の Gateaux 微分) X, Y を体 K 上の Banach 空間,S を X の開集合,f : S → Y とする.ある x ∈ S において,任意の y ∈ X および ϵ ∈ K に対して,写像 ϵ 7→ f (x+ ϵy) が Cs (K;Y ) の要素であるとき,

f (s) (x) [y] =ds

dϵsf (x+ ϵy)

∣∣∣∣ϵ=0

を f の x における s 階の Gateaux 微分という.

変分問題 4.1 における f の第 1変分と第 2変分が Gateaux 微分の定義を満たしていることを確認してみよう.

例題 4.7 (拡張作用積分の Gateaux 微分) 問題 4.1 で定義された拡張作用積分

f (u) =

∫ t1

0

l (u) dt−mβu (t1)

の 1階と 2階の Gateaux 微分を求めよ.ただし,u (0) = αとする.

(解答) X =v ∈ H1 ((0, t1) ;R)

∣∣ v (0) = 0とおく (4.6.1 項で解説する).任意の v ∈ X

と ϵ ∈ R に対して

f (u+ ϵv) =

∫ t

0

1

2m (u+ ϵv)2 − 1

2k (u+ ϵv)2 + p (u+ ϵv)

dt

−mβ (u (t) + ϵv (t))

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42 第 4章 変分原理と関数解析の基礎

とおく.このとき,1階の Gateaux 微分は

f ′ (u) [v] =df

∣∣∣∣ϵ=0

=

[∫ t

0

m (u+ ϵv) v − k (u+ ϵv) v + pvdt−mβv (t)

]∣∣∣∣ϵ=0

=

∫ t

0

(muv − kuv + pv) dt−mβv (t)

となり, (4.2) と一致する.また,2階の Gateaux 微分は

f ′′ (u) [v] =d2f

dϵ2

∣∣∣∣ϵ=0

=

∫ t

0

(mv2 − kv2

)dt

となり,(4.2) と一致する.

4.5.3 Frechet 微分Gateaux 微分は方向微分の一般化であった.しかし,本書で必要となるのは,微分が Banach 空間上の写像として満たしてほしい性質を備えていることである.すなわち,y を X のすべての方向にとったときに,y の大きさに対する微分が X の双対空間の要素に入るならば,次に示す Frechet 微分となる.

定義 4.24 (s 階の Frechet 微分) X, Y を体 K 上の Banach 空間,S を X の開集合,f : S → Y とする.ある x ∈ S において,任意の y1 ∈ X に対して,

lim∥y1∥X→0

∥f (x+ y1)− f (x)− f ′ (x) [y1]∥Y∥y1∥X

= 0 (4.40)

を満たす有界双線形作用素 f ′ (x) ∈ L (X;Y ) が存在するとき,f ′ (x) を f の x における Frechet 微分という.すべての x ∈ S に対して f ′ が存在して C0 (S;L (X;Y ))

に属するとき,f ∈ C1 (S;Y ) とかく. さらに,任意の y2 ∈ X に対して,

lim∥y2∥X→0X

∥f ′ (x+ y2) [y1]− f ′ (x) [y1]− f ′′ (x) [y1,y2]∥Y∥y2∥X

= 0

を満たす f ′′ = (f ′)′ ∈ L (S;L (X;Y )) が存在するとき,f ′′ を 2 階の Frechet

微分という.すべての x ∈ S に対して,2 階の Frechet 微分が存在して,f ′′ ∈C0 (S;L (S;L (X;Y )))のとき,f ′′ ∈ C2 (S;Y )とかく.以下,同様に s階の Frechet

微分を定義する.

定義 4.24 で使われた (4.40) は,Bachmann-Landau の small-o 記号を用いれば,

f (x+ y1) = f (x) + f ′ (x) [y1] + o (∥y1∥X)

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4.5 一般化微分 43

のような Taylor 展開表示が可能になる.ここで,

lim∥y1∥X→0

o (∥y1∥X)

∥y1∥X= lim

∥y2∥X→0X

f (x+ y1)− f (x)− f ′ (x) [y1]

∥y2∥X= 0Y

のように定義する.また,定義 4.24 において,Y = R ならば,f : S → Y は汎関数になり,X が反射的 Banach 空間のときに Frechet 微分が存在し,f ′ (x) は X の双対空間 X ′ の要素となる.ここでも,変分問題 4.1 における f の第 1変分と第 2変分を Frechet 微分の定義に従って見直してみよう.

例題 4.8 (拡張作用積分の Frechet 微分) 問題 4.1 で定義された拡張作用積分

f (u) =

∫ t1

0

l (u) dt−mβu (t1)

の 1階と 2階の Frechet 微分を求めよ.ただし,u (0) = αとする.

(解答) X =v ∈ H1 ((0, t1) ;R)

∣∣ v (0) = 0, Y = R とおく. (4.3) の f ′ (u) [v1] は

L (X;Y ) に入る (4.6.1 項で解説する).したがって,f ′ (u) [v1] は 1 階の Frechet 微分である.次に,f ′ (u) [v1] に対して

f ′ (u+ v2) [v1] =

∫ t1

0

m (u+ v2) v1 − k (u+ v2) v1 + pv1 dt−mβv1 (t1)

= f ′ (u) [v1] +

∫ t1

0

(mv1v2 − kv1v2) dt

= f ′ (u) [v1] + f ′′ (u) [v1, v2]

とかける.これより,f ′′ (u) [v, v] = f ′′ (u) [v1, v2] が得られ, (4.2) と一致する.

f : X → Y が Frechet 微分可能であれば,同時に Gateaux 微分可能である.しかし,逆は成り立たない.例題 4.7 と 4.8 の結果が一致したのは f が Frechet 微分可能であったためである.第 8 章や第 9 章で扱う形状最適化問題では,評価関数の設計変数に対する微分を方向微分を使って定義する.しかし,その後の展開で,Frechet 微分の定義に従うことが確認されたあとは Frechet 微分として扱うことになる.その理由は評価関数のFrechet 微分は f ′ (x) [y] = ⟨g (x) ,y⟩ とかけて,g (x) は設計空間の双対空間の要素として性質が明快になるからである.このときの g (x) を勾配とよぶことにする.

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44 第 4章 変分原理と関数解析の基礎

g (x) は双対空間 X ′ の要素となることに注目すれば,g (x) のノルムは,有界線形汎関数のノルムの定義により,

∥g (x)∥X′ = supy∈X\0X

|⟨g (x) ,y⟩|∥y∥X

= supy∈∂BX(0,1)

|⟨g (x) ,y⟩|

とかける (図 3.1 参照).ただし,∂BX (0, 1) = y ∈ X | ∥y∥X = 1 である.

4.6 変分原理の関数空間4.3 節でさまざまな関数空間を定義して,4.4 節で有界線形汎関数の定義から関数空間の双対空間が定義できることみてきた.4.5 節では,汎関数の Frechet 微分は双対空間の要素となり,それを勾配とよんだ.これらのことを踏まえて,4.1 節の変分原理や最適制御問題をもう一度見直してみよう.

4.6.1 Hamilton の原理問題 4.1 では u (0) = α を満たす関数 u : (0, t1) → R の集合を U とかいた.また,

v (0) = 0 を満たす関数 v : (0, t1) → R の集合を V とかいた.このとき,u ∈ U に対して

f (u) =

∫ t1

0

(1

2mu2 − 1

2ku2 + pu

)dt−mβu (t1) (4.41)

とおき,v (0) = 0 を満たす任意の v ∈ V に対して

f ′ (u) [v] =

∫ t1

0

(muv − kuv + pv) dt−mβv (t1) = 0 (4.42)

を得た.ここで使われた U と V が何であったのかを考えてみよう.u が H1 ((0, t1) ;R)の要素であると仮定しよう.そうであれば,(4.41) において mu2/2 と ku2/2 の積分は定義できる.また,Sobolev の埋蔵定理 (定理 4.1) より H1 ((0, t1) ;R) =

C0,1/2 ([0, t1] ;R) であるので,u は連続関数となり,境界値 u (t1) も確定する.さらに,u は H1 ((0, t1) ;R) の要素であることに加えて,u (0) = α を満たさなければならない.そこで,

U =u ∈ H1 ((0, t1) ;R) | u (0) = α

とおけば,u に対して必要とされる条件はすべて満たされることになる.しかし,U

は非同次型の境界条件 u (0) = 0 により線形空間にはなれない.

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4.6 変分原理の関数空間 45

一方,任意にとった関数 v の集合 V は,同次型の境界条件 v (0) = 0 を満たすH1 ((0, t1) ;R) の要素であればよい.そこで,

V =v ∈ H1 ((0, t1) ;R) | v (0) = 0

とかくことができる.V は線形空間になり,かつ実 Hilbert 空間となる.ここで,u (0) = α を満たすある H1 ((0, t1) ;R) の要素 u を固定する.このとき,

U は V に対するアフィン部分空間 (定義 4.5) となり,U = V (u) とかく,あるいは u− u ∈ V とかくことができる.それに対して,v は実 Hilbert 空間 V の要素であった.p に関しては,(4.41) において pu の積分が定義できればよいので,L2 ((0, t1) ;R)の要素とみなせばよい.また,(4.42) は

f ′ (u) [v] = −∫ t1

0

(mu+ ku− p) v dt+m (u (t1)− β) v (t1) = ⟨g (u) , v⟩ = 0

とかける.このとき,f ′ (u) [v] は有界線形汎関数であり,g (u) は V ′ の要素で f の勾配といえる.任意の v ∈ V に対して ⟨g (u) , v⟩ = 0 が成り立つことは,運動方程式(4.4) と速度の終端条件 (4.5) が成り立つことと同値である.さらに,エネルギーの u と v に対する双線形性や線形性に着目して,

a (u, v) =

∫ t1

0

kuv dt, (4.43)

b (u, v) =

∫ t1

0

muv dt, (4.44)

l (v) =

∫ t1

0

pv dx−mβv (t1) (4.45)

とおけば,

f (u) =1

2b (u, u)− 1

2a (u, u) + l (u)

とかける. このとき,任意の v ∈ V に対して f ′ (u) [v] = 0 は,任意の v ∈ V に対して

a (u, v)− b (u, v) = l (v)

とかける.これらの定義を用いれば,拡張 Hamilton の原理に基づいてばね質点系の変位を求める問題は次のようにかくことができる.

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46 第 4章 変分原理と関数解析の基礎

問題 4.9 (拡張作用積分停留問題) a, b, l を (4.43), (4.44), (4.45)とする.このとき,

f (u) =1

2b (u, u)− 1

2a (u, u) + l (u)

が停留する u − u ∈ V =v ∈ H1 ((0, t1) ;R) | v (0) = 0

を求めよ.ただし,u は

u (0) = α を満たす H1 ((0, t1) ;R) のある固定要素とする.

なお,時間 t1 を固有振動の半周期 π/√k/m 以下で十分小さくとったときに,停留

を最小に変えて,最小点の一意存在がいえる [2].さらに,任意の v ∈ V に対して f ′ (u) [v] = 0 が成り立つに注目すれば,次のようにかくこともできる.

問題 4.10 (拡張作用積分変分問題) a, b, l を (4.43), (4.44), (4.45) とする.このとき,任意の v ∈ V =

v ∈ H1 ((0, t1) ;R) | v (0) = 0

に対して,

a (u, v)− b (u, v) = l (v)

を満たす u − u ∈ V を求めよ.ただし,u は u (0) = α を満たす H1 ((0, t1) ;R) のある固定要素とする.

問題 4.10 のような記述法を変分形式あるいは弱形式という.第 5 章ではこれらの問題の解の一意存在について考える.

4.6.2 ポテンシャルエネルギー最小原理問題 4.2 に対しても U =

v ∈ H1 ((0, l) ;R) | v (0) = 0

とおいて 4.6.1 項と同様

の議論ができる.また,u, v ∈ U に対して

a (u, v) =

∫ l

0

aeY∇u · ∇v dx, (4.46)

l (v) =

∫ l

0

afv dx+ a (l) pv (l) (4.47)

とおけば,ポテンシャルエネルギーは

π (u) =1

2a (u, u)− l (u)

とかける. このとき,任意の v ∈ U に対して π′ (u) [v] = 0 となる条件は,任意のv ∈ U に対して

a (u, v) = l (v)

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4.6 変分原理の関数空間 47

とかける.これらの定義を用いれば,1次元線形弾性体の変位を求める問題は次のようにかける.

問題 4.11 (ポテンシャルエネルギー最小問題) a, l を (4.46), (4.47) とする.このとき,

minu∈U

π (u) =

1

2a (u, u)− l (u)

を満たす u ∈ U =

v ∈ H1 ((0, l) ;R) | v (0) = 0

を求めよ.

さらに,任意の v ∈ U に対して π′ (u) [v] = 0 に注目すれば次のようにもかける.

問題 4.12 (ポテンシャルエネルギー変分問題) a, l を (4.46), (4.47) とする.このとき,任意の v ∈ U =

v ∈ H1 ((0, l) ;R) | v (0) = 0

に対して,

a (u, v) = l (v)

を満たす u ∈ U を求めよ.

問題 4.12 に対する解の一意存在を第 5章で示す.

4.6.3 Pontryagin の最小原理問題 4.4 では,まず,f の Lagrange 関数を

L (ξ,u, z, p) = f (ξ,u)−∫ t1

0

(u−Au−Bξ) · z dt+

∫ t1

0

(∥ξ∥2Rd

2− 1

)pdt

=

∫ t1

0

∥u∥2Rn

2+

∥ξ∥2Rd

2− (u−Au−Bξ) · z +

(∥ξ∥2Rd

2− 1

)p

dt

+1

2∥u (t1)∥2Rn (4.48)

とおき,

Lξ (ξ,u, z0, p) [η] =

∫ t1

0

((1 + p) ξ +BTz0

)· η dt = ⟨g,η⟩ = 0, (4.49)

Lu (ξ,u, z0, p) [u′] =

∫ t1

0

(u+ z0 +ATz0

)· u′ dt+ (u (t1)− z0 (t1)) · u′ (t1)

= 0, (4.50)

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48 第 4章 変分原理と関数解析の基礎

Lz0 (ξ,u, z0, p) [z′0] = −

∫ t1

0

(u−Au−Bξ) · z′0 dt = 0, (4.51)

Lp (ξ,u, z0, p) [p′] =

∫ t1

0

(∥ξ∥2Rd

2− 1

)p′ dt = 0 (4.52)

を用いて KKT 条件を求めた.したがって,これらの積分が定義されるように ξ, u,

z0, p に対する関数空間を設定する必要がある.まず,制御力 ξ の集合 Ξ について考えてみよう.(4.48) から (4.52) においてそれぞれの積分が意味をなし,かつ ξ に課された制約を満たすためには,

Ξ =

ξ ∈ L2

((0, t1) ;Rd

) ∣∣∣∣ 12 ∥ξ∥2Rd ≤ 1 in (0, t1)

であればよい. それに対して,u と z0 の集合をそれぞれ U と Z0 とおく.このとき,u と z0 に対しては時間微分を含む積が可積分である必要がある.また,境界条件 (時刻における条件も時間領域の境界条件とみなす) を満たす必要がある.そこで,

U =u ∈ H1 ((0, t1) ;Rn)

∣∣ u (0) = uD

,

Z0 =z0 ∈ H1 ((0, t1) ;Rn)

∣∣ z0 (t1) = u (t1)

であればよい.これらは,線形空間

V =u ∈ H1 ((0, t1) ;Rn)

∣∣ u (0) = 0Rn

,

W0 =z0 ∈ H1 ((0, t1) ;Rn)

∣∣ z0 (t1) = 0Rn

のアフィン部分空間とみなすことができる.すなわち,u (0) = uD を満たすようなある u ∈ H1 ((0, t1) ;Rn)と z0 (t1) = u (t1)を満たすようなある z0 ∈ H1 ((0, t1) ;Rn)

を固定して,それぞれ U = V (u) と Z0 = W0 (z0) とかく,あるいは

u− u ∈ V,

z0 − z0 ∈ W0

のようにかくことができる.以上のような定義を用いれば,問題 4.3 を次のようにかくことができる.

問題 4.13 (線形システムの制御問題) A ∈ Rn×n, B ∈ Rn×d, uD ∈ Rn および制御力 ξ ∈ Ξ が与えられたとき,任意の z′

0 ∈ W0 に対して,(4.51) を満たす u− u ∈ V

を求めよ.

z0 を決定する随伴問題 (問題 4.5) は次のようにかける.

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4.7 第 4章のまとめ 49

問題 4.14 (f0 に対する随伴問題) A ∈ Rn×n を問題 4.13 のとおりとする.このとき,任意の u′ ∈ V に対して,(4.50) を満たす z0 − z0 ∈ W0 を求めよ.

非線形システムの最適制御問題 (問題 4.7) に対しても同様の表現が可能であるが,ここでは省略する.

4.7 第 4章のまとめ本章では,力学の変分原理が関数最適化問題となっていることを確認した.それらの問題の設計空間は関数空間になった.汎関数の微分はその双対空間の要素であった.

(1) 力学の変分原理と最適制御問題を取り上げ,それらが関数最適化問題になっていることをみた.• 1 自由度ばね質点系の運動方程式は,力学における Lagrange 関数の停留条件として得られる (Hamilton の原理).

• 1 次元線形弾性体の弾性方程式は,ポテンシャルエネルギーの最小条件として得られる (ポテンシャルエネルギー最小原理).

• 最適制御問題は,Hamilton 関数の最小条件として得られる (Pontryagin

の最小原理).(2) 関数解析で使われる用語の定義と基本的な結果についてみてきた.

• 加法とスカラー倍の公理から線形空間を定義した.• ノルムについて完備な線形空間を Banach 空間という.• 内積が定義され,内積を用いて定義されたノルムについて完備な線形空間を Hilbert 空間という.

• Holder 空間 Cs,α(Ω;R

), Lebesgue 空間 Lp (Ω;R), Sobolev 空間

W s,p (Ω;R) は Banach 空間になる.また,L2 (Ω;R), Hs (Ω;R) =

W s,2 (Ω;R) は Hilbert 空間になる.• Banach 空間上の有界線形汎関数全体の集合を双対空間という.汎関数のFrechet 微分は双対空間の要素となる.

(3) 力 学 の 変 分 原 理 と 最 適 制 御 問 題 は ,H1 ((0, t1) ;R), H1 ((0, l) ;R),L2((0, t1) ;Rd

)上の関数最適化問題として定義される.運動方程式,弾

性方程式は有界線形汎関数の勾配の停留条件あるいは最小条件として,Pontryagin の局所最小条件は KKT 条件として得られた.

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50 第 4章 変分原理と関数解析の基礎

4.8 第 4章の演習問題(1) 問題 4.2 に時間 (0, t1) を導入する.ρ : (0, l) → R, ρ > 0, uD : (0, l) → R,

β : (0, l) → R, b : (0, l)× (0, t1) → R, p : (0, t1) → R が与えられたとき,拡張作用積分

f (u) =

∫ t1

0

∫ l

0

(1

2ρu2 − 1

2eY (∇u)

2+ bu

)a dx+ p u|x=l a|x=l

dt

−∫ l

0

ρβ u|t=t1a dx

が停留する u : (0, l)× (0, t1) → R の条件を求めよ.ただし,

u|x=0 = 0 in (0, t1) ,

u|t=0 = uD in (0, l)

とする.(2) u : (0, t1) 7→ Rn を n 自由度系の一般化変位,u = du/dt を一般化速度,

κ (u, u) を運動エネルギー,π (u, u) をポテンシャルエネルギー,l (u, u) =

κ (u, u)− π (u, u) を力学における Lagrange 関数,

f (u, u) =

∫ t1

0

l (u, u) dt

を作用積分とする.このとき,u (0) と u (t1) が与えられたとき f (u, u) が停留する (Hamilton の原理) 条件から Lagrange の運動方程式

d

dt

∂l

∂u− ∂l

∂u= 0Rn

を導け.(3) 演習問題 (2) に一般化運動量 q を導入して,H (u, q) = −l (u, q) + q · u を

Hamilton 関数とよび,作用積分を

f (u, q) =

∫ t1

0

(−q · u− H (u, q)) dt

とかく.このとき,f (u, q) の停留条件が,Hamilton の運動方程式

q = −∂H

∂u, u =

∂H

∂q

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4.8 第 4章の演習問題 51

になることを示せ.また,Hamiltonの運動方程式が成り立つとき, ˙H (u, q) =

0 となる (運動方程式が満たされるとき Hamilton 関数が保存される) ことを示せ.さらに,図 4.1 のばね質点系に対して外力 p = 0 のときの H (u, q) を求めよ.

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参考文献

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