水稲の高温障害対策技術...独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構...

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独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 作物研究所 平成 22 年度普及指導員等研修(農政課題解決研修) 水稲の高温障害対策技術 平成22年10月 独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構 作物研究所

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独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構

作物研究所

平成 22 年度普及指導員等研修(農政課題解決研修)

水稲の高温障害対策技術

平成22年10月

独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構

作物研究所

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本研修テキストについては、引用等著作権法上認められた行為を除き、作物研究所の

許可なく複製、転載はできませんので、利用される場合は作物研究所(連絡先:電話番

号:029-838-8260)にお問い合せ下さい。

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目 次

温暖化によるイネの品質・収量への影響と生理メカニム・・・・・・・・・・・・ 1

高温による米品質、不稔への影響と対策・・・・・・・・・・・・・・・・・・10

温暖地における高温障害の特徴と適応性品種の開発・・・・・・・・・・・・・19

高温登熟による品質低下の遺伝要因と分子育種による品種改良の可能性・・・・26

高温による品質低下軽減のための栽培対策・・・・・・・・・・・・・・・・・36

温暖化による気候変動予測と早期警戒システムの開発・・・・・・・・・・・・43

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温暖化によるイネの品質・収量への影響と生理メカニズム (独)農業・食品産業技術総合研究機構 作物研究所 稲収量性研究チーム 近藤始彦

地球温暖化と水稲作

水田における水稲生産など農業生産は大気、土壌、水といった環境との相互作用の上に成り立っ

ている。地球温暖化の問題は改めてこの関係の重要性を認識させた。水田からの CO2、CH4、N2O

などの温室効果ガスの放出は大気の環境を変化させるとともに一方で温暖化を通して水稲への生育

へも影響する可能性が高いことが明らかになりつつある。IPCC の第4次評価報告書は、最近 100

年間(1906~2005 年)で世界の平均気温が 0.74℃上昇しており、その原因が人為的な温室効果ガ

スの放出である可能性を指摘した(IPCC 2007)。温暖化との関係についてはなお検証の余地はある

が、日本においては、1898~2004 年の夏季(6~8 月)の気温が+0.87℃/100 年上昇している(気象

庁 2005)。2010 年夏季も全国の広い地域で記録的な高温が記録された。水稲作からの温室効果ガ

スの発生削減などの緩和策と、高温化や気象変動、高 CO2条件下での収量・品質安定化のための栽

培管理法や適応品種の開発といった適応策の確立はイネ研究の重要な長期的課題と考えられる。

適応策においては高温による収量、品質へのマイナスの影響の軽減および日射など気象変動への

対応、さらには CO2の増加による生育促進の活用が大きな戦略の柱となろう。これまで日本におい

ては北日本を中心とした冷害を軽減するための耐冷性品種や栽培技術の開発に大きな努力が注がれ

多大な成果を上げてきた。一方、近年、高温による水稲への影響、特に玄米の外観品質の低下が問

題となっており、その対策が求められている。台湾、韓国など東アジア各国でも外観品質の低下が

問題となってきている。さらに開花期高温による不稔など高温による収量低下への影響の解明と対

策の確立も長期的には重要と考えられる。本稿では主に高温や日射条件の変動、高 CO2によるイネ

の生育、収量への影響を概観するとともに特に登熟障害に関わる生理要因についての研究の現状と

今後の課題を紹介する。

温度環境がイネ生育・収量に及ぼす影響

高温はイネの様々なステージの発育に影響し最終的な収量や品質に変化を及ぼす。一般に日本の

水田条件では、収量にとっての最適気温は登熟期で生育前半より低いと考えられる。初期の高温は、

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分けつの促進や養分吸収の増加により、収量の増加に結びつきやすい。ただし、生育初期の過剰な

生育は、有効茎歩合や籾生産効率(籾数/乾物重、籾数/N 吸収量)の低下をもたらし、収量の低下

につながる側面もある。フィリピンの国際稲研究所(IRRI)での解析では、夜温度の上昇が主に穂数

の減少を通して収量を漸減させている可能性が示唆されている(Peng et al 2001)。高温は土壌を介

しても生育に影響する。地温が高くなると一般に地上部に対する根の発達は小さくなるため根圏域

が小さくなり(Arai-Sanoh et al 2010)、土壌下層からの水吸収や養分吸収が抑制されやすくなると

考えられる。また土壌窒素の無機化が早くなり、逆に生育後半の土壌窒素供給が減少しやすいなど

窒素吸収パターンに影響を及ぼす。

収量に最も大きな影響を及ぼすのは開花期の高温による不稔である。チャンバー実験では開花期

頃および出穂前の気温が 34〜35℃以上になると不稔籾の割合が増加することが示されている

(Sateke and Yoshida 1978、 金ら 1996)。開花時の高温によって、葯が裂開しにくくなったり、葯が

裂開しても花粉が落ちにくくなったりすることで、受粉が不安定になることが知られている(Matsui ら

2001)。2007 年夏季に異常高温であった関東・東海地域の調査結果からは、出穂・開花期の極度の高温

が不稔率を高めていた可能性が示された(石丸ら 2008、長谷川ら 2008)。しかし、気温と不稔率の

関係はチャンバー実験の結果と必ずしも一致しないことも示唆された。その原因としては前歴温度、穂温

の違い、イネの生理状態の違いなどが考えられる。開花期以前の温度感受性や栽培方法の影響につい

てはさらに検討が必要である。高湿度、弱風条件は不稔を助長する(Tian et al. ,2010)。また品種間の

耐性の差異や耐性に寄与する形質についても解明が望まれる。早朝開花性の導入により開花時の高

温を回避することで不稔を軽減できる可能性も示されている(Ishimaru et al. ,2010)

登熟期間中の高温は粒重の低下や外観品質の低下を引き起こす。その要因としては高温による登

熟期間の短縮による積算有効日射量の低下、および高温によるデンプン合成代謝への影響が考えら

れる。実験的な検証では日本のジャポニカ品種の収量にとっての登熟期の最適平均気温は約 21~

24℃とされた(松島・角田 1957)。また、全国の圃場のデータからは日射あたりの最大収量は平均

気温 21~22℃で最大とする経験式が得られている(村田 1964)。

高温による玄米外観品質の変化

現在顕在化している問題のひとつは外観品質である。特に胚乳部に白濁を生じる未熟粒(以下総

称として白未熟粒とする)や胴割れ米、カメムシによる被害粒などの発生が増加する傾向にあり、

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これらに高温化が関与することが明らかになっている。一般に玄米の外観品質は農産物検査法に基

づいて整粒、被害粒、死米、未熟粒に区分されている。近年問題となっている乳白粒、腹白未熟粒、

背白粒、基部未熟粒(基白粒)などの白未熟粒は未熟粒に含まれる。

白未熟粒の白濁部位ではデンプン蓄積の低下や異常によりデンプン粒の形成が未熟で隙間を生じ

るために乱反射が生じ白濁して見えると考えられている(Tashiro and Wardlaw 1991 など)。正常

な胚乳中ではデンプン粒がアミロプラスト中に隙間なくつまっているため透明性がある。白未熟粒

は白濁部の部位や形態でみると多様である。胚乳内のデンプンはおおまかには中央部から蓄積が始

まり、周辺部、腹部、背部、基部へと蓄積が進むことから推定すると、デンプン蓄積の低下・異常

の時期の違いが白濁部位の違い、白未熟粒のタイプの違いに現れていると考えられる。

図1. 玄米のタイプ(左から:整粒、背白粒、乳白粒、胴割れ粒)下段は断面

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白未熟粒の発生環境要因

水稲作況標本地点における玄米の外観品質データによると全国の広い地域で発生がみられる(図

2)。気象・栽培条件との関係を解析した結果(近藤ら 2007)、乳白粒と基白粒では出穂前後の

期間別気象要因との相関に違いが見られ、乳白粒は出穂前および出穂後の平均・最低気温との相関

が比較的高かった。

図2.白未熟粒発生率(山形県以南 2001~2005 年

平均)

5%>5-10%10-15%15-20%20%<

5%>5-10%10-15%15-20%20%<

0

2

4

6

8

10

12

14

16 18 20 22 24 26

出穂後20日間の最低気温

乳白

粒(%)

東北

関東

北陸

甲信

東海

近畿

中国

四国

九州 0

2

4

6

16 18 20 22 24 26

出穂後20日間の最低気温

背・

基白粒

(%)

東北

関東

北陸

甲信

東海

近畿

中国

四国

九州

図 3 乳白粒(上)、背白粒・基部未熟粒(下)発生と出穂後 20 日間の最低

気温との関係(2001~2005 年地域ごとの平均値、東北地域は山形県のみ)

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一方、基白粒、背白粒の発生率は出穂後の気温との相関が高かったことより登熟期の高温の影響が

強いことが示唆された。乳白粒発生は出穂後20日間の気温が高まると増加する傾向にあるが、ばら

つきも大きく気温以外の要因も強く影響していると推察される。その要因のひとつとしては、低日

射や高籾数による発生の助長が考えられた。地域別にみると特に九州地域においては、乳白粒の発

生が高いが、必ずしも登熟期間の温度域は高くないことより(図3)、低日射や台風の影響がかな

り大きいといえる。一方、基白粒・背白粒発生の地域間差異は登熟期間の気温で比較的よく説明で

き、東海地域では高気温によって発生が高まっていると推察される。

こうした発生環境から背白・基白粒の発生登熟後期のデンプン合成能の低下に関係すると推察さ

れる。また乳白粒についてはデンプン合成基質の競合の増加とデンプン合成能の低下の双方が関与

することが想定される。胚乳の断面をみると乳白粒では白濁部がリング状になっている場合が多く

(図1下)特に低日射下では多い。一方で中心部が白濁するタイプの乳白粒もみられ主に高温下で

発生が多い。このように白未熟粒には多様なタイプがあり、その発生環境が異なることより対策開

発やメカニズム解明においてもそれぞれのタイプを考慮して検討が進められる必要がある。特に乳

白粒における高温と低日射によるタイプ間での発生メカニズムの相違は興味ある点である。温暖化

は高温化に加えて降雨や日照の変動を拡大させることも予測されており、低日射への対応は今後の

重要な課題と思われる。

高温によるシンク、ソース機能の変化

イネの登熟は穎果への基質の供給(ソース)能と穎果における基質の受け入れ(シンク)能の大

きく2つの機能によって成り立っている。高温条件下では一般に登熟初期においては強勢穎果、弱

勢穎果ともに乾物集積が速まり両者の基質への競合が激しくなる。また後期に乾物増加速度は低下

し、最終粒重は低下する。一方、主要なソース能である光合成能は比較的広い温度域で安定である。

またもうひとつのソースである茎葉部のデンプン蓄積量は高温条件下において登熟初期には減少す

るが後期において再蓄積量は増加する。これらより高温下では、登熟初期にはシンクによる基質要

求が高まり穎果間での基質への競合が激しくなる一方で、後期にはシンク能の早期低下が起きてい

ると考えられる。高温処理の影響は穂部で茎葉部より大きい(佐藤・稲葉 1973)ことからも穂部の

シンク能の変化が登熟に大きく影響していると考えられる。

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高温によるシンク能の変化は、デンプン合成に関連する酵素活性、遺伝子発現および組織発達に

現れる。高温下では胚乳細胞の分裂・肥大が加速する一方、登熟関連酵素活性のピークや組織の老

化が早まることが以前より認められていた(佐藤・稲葉 1976、相見ら 1959)が、近年、より詳細な

代謝への影響が明らかになってきている。

イネ穎果へ茎葉部から供給される炭素基質はスクロースである。また穎果でのデンプン合成の直

接の主要な基質は ADP-グルコースであり、ADP-グルコースはデンプン合成酵素によってデンプン

に変換されると考えられている。イネ科作物において穎果中でスクロースから ADP-グルコースの

生成、また ADP-グルコースからのデンプン合成過程を担う酵素の活性や遺伝子発現が高温により

低下したとする報告は多い。イネにおける網羅的発現解析の結果(Yamakawa et al 2007)では、高

温によって発現が変動する遺伝子はデンプン代謝関連、貯蔵タンパク質関連、熱ショックタンパク

質(HSP)に大別され、デンプン代謝関連のデンプン粒結合型デンプン合成酵素遺伝子、デンプン

分枝酵素遺伝子、細胞質型ピルビン酸リン酸ジキナーゼ遺伝子の発現低下およびアミラーゼ遺伝子

の発現誘導がみられた。また高温下ではデンプン粒が分解した跡とも思われる形状があること

(Zakaria et al. 2002) 、アミラーゼ活性とともに ADP-グルコースの加水分解酵素が高温下で上昇

しやすいことも報告されている(三ツ井・福山 2005)。代謝産物レベルでの解析も進められており、

高温によるヘキソースや有機酸の低下などが認められている(Yamakawa and Hakata 2010)。これ

らの知見を基礎に、今後デンプン合成と分解過程における炭素の流れをより詳細に解析することに

より、白濁形成に関わる具体的な代謝ステップの同定が期待される。

栽培的対策

白未熟粒の発生軽減栽培対策としてはイネが高温にさらされる程度を軽減する方向とイネの耐性

を改善し同一温度域でも発生を抑制する方向がある。前者では作期の移動や直播による登熟期間の

移動やかけ流しによる圃場温度の抑制などが含まれる。移植時期を遅らせることは、過剰な初期生

育や籾数の制御を通して高温への耐性を高める効果もあると考えられる。しかし、登熟期の気温の

低下させるために移植を移動させた場合、日射量も低下しやすく、また倒伏や秋雨への遭遇が増大

するケースも想定されるため、最適な作期の策定には、気温と日射の相互作用や出穂期前の気象条

件についての考慮が不可欠である。このためには発生予測モデルの開発が有効であろう。

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イネの耐性を向上させるためには出穂期までの栽培管理が重要となる。籾数が高くなると乳白粒

発生が増加しやすいことから籾数の制御は有効である。深水栽培は無効茎数を制限するとともに、

登熟期のNSC含量や葉色を高めることで白未熟粒を軽減できることが示されている(千葉ら

2009)。登熟期の低窒素状態は、白未熟粒、特に背白粒、基白粒発生を助長する。近年、コシヒカ

リに代表される良食味品種栽培ではタンパク含量低減を重視するあまり、過度に生育後半の窒素供

給が制限されむしろ外観品質の低下を招いている可能性は高い。窒素施肥改善の方向としては、背

白・基白粒を対象とした登熟期の適正な窒素レベルの維持と主に乳白粒を対象とした籾数の制御と

の2つからなる(近藤 2007)。低窒素状態による白未熟粒特に基白粒、背白粒の増加の生理メカニ

ズムは必ずしも明確でないが、玄米窒素含有率が低い場合に基白粒の発生が増加していた(近藤ら

2006)ことより、ソース能よりもシンク能への影響が大きいと推定される。

高温耐性品種の開発

栽培的対策に加えて高温耐性品種の開発は重要な適応策となる。高温下で登熟や品質の低下を受

けにくい適応性品種の育成が進んでおり各地域で実用品種が開発されてきている。また品種差異を

生じる生理的・遺伝的要因についても研究が進められている。特に基白粒や背白粒には比較的環境

間で安定した品種差異があることより遺伝解析が進んでいる。背白粒、基白粒については耐性の異

なる「チヨニシキ」と「越路早生」、「ハナエチゼン」と「新潟早生」の後代集団を用いた遺伝解析

がなされ候補QTLの同定も進められている(Tabata et al. 2007, Kobayashi et al. 2007)。今後、

インディカ品種を含めて高温や低日射への適応性に優れる有用な遺伝資源の探索と関与する生理・

遺伝要因の解明が期待される。

高 CO2の影響

大気高 CO2条件は光合成を促進することによりイネの生育を促進するとともに、気孔開度を低下

させ水利用効率を高める。圃場条件下での高 CO2環境実験(FACE)の結果では、現在の大気 CO2分

圧に比べて 20Pa 高い高 CO2環境下で収量は 7-15%高まった(Kobayashi et al. 2006)。特に生育前

半の生育促進効果が大きく、地上部乾物重は成熟期で 11-12%増加したのに対し幼穂形成期で

21-34%増加した。収量構成要素では籾数の増加が主に収量の増加に寄与していた。高温と高 CO2

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は相互に関係しながらイネ生育に影響を及ぼす。高 CO2下では気孔開度の低下により群落温度は上

昇し、高温の影響が増幅される可能性がある。一般にインディカ品種はジャポニカ品種より気孔コ

ンダクタンスが高く群落温度が低い傾向にある。ジャポニカ、インディカ品種間の高 CO2への気孔

反応性の違いを含めて、高CO2条件による収量促進を最大限に生かすことができる品種特性や栽培

法が明らかにされることが期待される。

おわりに

世界の水田からの1年間のメタン発生は 25.6Tg と推定されているが、間断灌漑の導入や稲わら

すきこみ時期の改善により 7.6Tg の削減も可能と推定されている(Yan et al. 2009)。また水田に施

肥された窒素の 0.31%がN2O として放出されると推定されているが(Akiyama et al. 2005)、肥効

調節型肥料の利用など施肥法の改善により発生を軽減し得る。こうした温暖化ガス発生抑制効果と

生産性を両立させる水稲栽培技術開発が求められている。世界的にみれば温暖化による農業生産へ

の影響では水不足による収量の減少が最も懸念されている。こうした状況の中で水供給が比較的安

定的な日本の水田を最大限に活用し、食糧生産に貢献していくことは日本の稲作の重要な役割と思

われる。

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高温による米品質、不稔への影響と対策

(独)農業・食品産業技術総合研究機構 作物研究所

稲収量性研究チーム 石丸 努

1.はじめに

近年、我が国では登熟期が高温で推移する傾向にあり、コメの外観品質が低下し

ている。高温は登熟期間を短縮させ、千粒重を低下させるとともに、一部に白濁を持つ玄

米(以下、白未熟粒)の発生を助長する(森田 2008)。白未熟粒のタイプは、乳白粒・心白

粒・背白粒・基白粒・腹白粒などに分類されるが、その発生メカニズムはタイプ別に異な

ることが明らかになりつつある。また世界の稲作に目を向けると、アジア、アフリカの熱

帯・温帯地域では、夜温の上昇による収量の漸減(Peng et al., 2004, Welch et al., 2010)

や、開花期の高温によると考えられる不稔が発生しており(Osada et al., 1973,

Matsushima et al., 1982, Tian et al., 2010)、コメ生産が大きな打撃を受けている事例も報

告されている。

高温を受ける時期や高温の程度によって、イネに与える影響は異なる。本項では、

高温による外観品質の低下に関して、白未熟粒の発生メカニズムの観点から解説するとと

もに、開花期における高温不稔発生に関する研究を報告する。

2.登熟期の高温による白未熟粒の発生

1)胚乳におけるデンプン蓄積の様相

図1に、登熟期における胚乳のデンプン蓄積の様相を示す。通常、胚乳では、開

花 5 日後から活発なデンプン蓄積が中心部で始まり、乳熟期ではまだ全体が白く見えるが、

糊熟期では中心部のデンプン蓄積がほぼ終了し透明化する。活発なデンプン蓄積は登熟が

進行するにつれて外周部に及ぶ。白未熟粒の白濁が発現する時期は、タイプ別に様々であ

るが、胚乳中心部で白濁が発現する場合、糊熟期までの比較的早い段階で白濁が確認でき

る。

2)白未熟粒の発生が食味に及ぼす影響

コメの白濁部では、デンプン粒の発達が未熟あるいは異常となっており、それら

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の間に大きな隙間が生じる(図2)。このようなデンプン蓄積の違いは、玄米の物理特性や

炊飯特性に大きな影響を及ぼす。胚乳各部位の硬度を測定した報告では、整粒でも中心部

では玄米の硬度が低く、白濁の生じる部位で著しく硬度が低くなる(長戸 1962)。また磁気

共鳴画像法(MRI)により、白未熟粒の水分浸透の様相を可視化したところ、白濁部に水

がいち早く浸透した(Horigane et al., 2006)。このように、白濁部の玄米の硬度と水の浸

透は空間的に一致し、炊飯適性などにも関係すると考えられる。一例として、白未熟粒の

割合が 15%になると、有意に食味が低下するという報告もある(Kim et al., 2000)。

白未熟粒では以上のような玄米の共通点があるにも関わらず、食味に対する影響

はタイプ別に異なる。若松ら(2010a)のヒノヒカリを用いた官能試験では、背白粒が 80%

以上も含まれる場合でも、食味の総合評価は有意に低下しなかった。一方で、乳白粒の割

合が多い場合、総合評価は著しく低下した。食味と外観品質との関係を考えた場合、乳白

粒の発生抑制がより重要になることを明確に示している。

2)高温による成分変化と発現解析による生理メカニズム解明

一般に、高温条件で登熟すると、アミロース含量が低下し、アミロペクチンの鎖

長分布が変化する。アミロペクチンに関しては、グルコースの重合度 20 以上の長鎖での分

11

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布が顕著になる(Umemoto et al., 1999, Yamakawa et al., 2007)。また、高温条件で発生

する背白粒においては、その発生割合が大きいほど玄米のタンパク含有率が低下する(若

松ら 2010a)。高温で背白粒や乳白粒が多く発生した玄米では、貯蔵タンパク質のうち、特

に 13kDa プロラミン含量が低下する(Yamakawa et al., 2007)。

デンプンやタンパク質の成分変化は、登熟粒における遺伝子発現変化と密接に関

係して起こる。高温条件におけるアミロース含量の低下は、胚乳の結合型デンプン合成酵

素(GBSSI)の発現低下が主因であり、アミロペクチンの鎖長分布変化には、デンプン合成酵

素(SSI)の発現上昇やデンプン枝付け酵素(BEIIb)の発現低下などが関係していると考えら

れている(Yamakawa et al., 2007)。高温登熟粒における 13kDa プロラミンの発現も顕著

に減少するが、異なる分子量のプロラミン(16kDa)やグルテリンでは発現量は大きく変化し

ないようである(Yamakawa et al., 2007)。白濁部ではデンプン合成能力が低下しているこ

とが想定されるが、①遺伝子レベルの解析から、特定のデンプン合成系遺伝子の発現調節

を通じて起こることがうかがえること、②白濁に見える直接的な原因はデンプン粒の形態

異常であるにも関わらず、白未熟粒では特定の貯蔵タンパク質の含量が変化していること、

は非常に興味深い。さらに、デンプン分解酵素であるα-アミラーゼの数種の遺伝子発現が

上昇していることから、白濁部における未発達・異常なアミロプラストは、デンプン分解

による可能性も示されている(Asatsuma et al., 2006, Yamakawa et al., 2007)。ここで述

べた一連の研究は、高温登熟粒全体を用いた解析であり、デンプンや貯蔵タンパク質の成

分変化が、単に気温の上昇に関係して起こっている現象なのか、それとも白未熟粒の発生

と密接に関係して起こっている現象なのか、については今後の研究で明らかにしていかな

ければならない。

図 1 で示したように、高温によって白濁の発生する部位は、胚乳の一部である。

白濁の発生機構を詳細に把握するためには、白濁部だけを抽出して解析を行うことも一つ

のアプローチである。そこで私は現在、高温で白濁が頻発する胚乳中心部(心白粒と乳白

粒に相当する)に着目し、成分や遺伝子発現の側面から生理メカニズムの解析を行ってい

る。これまでにデンプン蓄積の様相は、胚乳における水分分布の推移と空間的・時期的に

一致することが MRI を用いた解析により明らかとなっており(Horigane et al., 2001)、デ

ンプン蓄積と水分動態との密接な関係が示唆される。登熟期に高温ストレスを受け頻発す

る胚乳中心部の白濁は、登熟初期から中期にかけて発現し(図1)、登熟初期において胚乳

12

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中心部では水分が早期に低下する(図3)。この結果は、胚乳中心部における水分動態の早

期化が、登熟期間の短縮を通じたデンプン蓄積の低下と関係する可能性を示している

(Ishimaru et al., 2009)。また、登熟粒の胚乳から白濁が発現しやすい微細部位をレーザ

ーマイクロダイセクション(組織観察を行った切片から、特殊なレーザーでターゲットと

する部位のみを単離できる装置)で切り取り(図4)、発現解析を行うことのできる実験系

を開発し(Ishimaru et al., 2007)、白濁部で特異的に発現が変化する遺伝子群の解明を行

っている。

3)異なる環境要因で発生する乳白粒

背白粒や基白粒発生は、登熟期の高温によって比較的よく説明できる。一方で乳

白粒では、その発生を助長する環境要因は高温以外にも、低日射など複合要因が関係する

ことが指摘されている(近藤 2008)。今までの乳白粒に関する白濁発現の表現型を見る限り

では、高温をかけたチャンバー実験で図 1 のような中心部が白濁する形状があるのに対し

(Yamakawa et al., 2007, Ishimaru et al., 2009)、中心部よりも少し周縁がリング状に白

濁する形状も見られる(森田 2008、近藤 2008)。若松ら(2010b)はヒノヒカリを用いた

チャンバー実験で、前者が高温条件によって発生しやすい「高温型乳白粒」、後者が遮光(低

日射)条件で発生しやすい「低日射型乳白粒」であると実験的に示している。筆者もコシ

ヒカリを用いて圃場で高温や遮光処理を行ったところ、若松ら(2010b)と同様に、2 つの

形状の乳白粒が発生することが分かった。今後は、どの程度の日射・温度域で高温型と低

図4.レーザーマイクロダイセクションによ

るイネ乳熟期登熟粒からの背側糊粉層(Aと

A’)とデンプン性胚乳中心部(BとB’)の単離

al

se

se

ce

200μm 200μm

al

se

se

ce

200μm 200μm

A

A’

B

B’

13

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日射型の乳白が発現してくるのか、背白粒と基白粒などが発現する温度域との関係、など

を整理し、乳白粒が発生する環境要因をある程度予測できる技術の確立に繋げていきたい。

3.開花期の高温による不稔発生への影響

開花期の異常高温は受精障害を引き起こし、不稔を発生させる。はじめに述べた

ように、熱帯・温帯地域の一部ではすでに、高温不稔による減収が報告されている(Osada

et al., 1973, Matsushima et al., 1982, Tian et al., 2010)。我が国でも 2007 年の 8 月中旬、

関東・東海地域を中心に、38℃を超す異常高温に見舞われた地点があり、その時に開花期

を迎えたイネの中には、不稔の発生が通常よりも多く見られたことが圃場レベルでの実態

調査で明らかとなった(図5、表 1;長谷川ら 2008、石丸ら 2008)。今後我が国のコメ生

産を考える上で、高温不稔発生は懸念材料になることも想定されるため、今から軽減策を

講じておく必要性を感じている。

1)不稔発生のメカニズムと耐性品種

イネの生殖成長開始から登熟終了までの間で、高温による不稔発生に最も感受性

の高い時期は開花期であり(Satake and Yoshida 1978)、開花時に 1 時間でも高温に遭遇

すれば不稔が発生するリスクが高まる(Jagadish et al., 2007)。今までの人工気象室を用

いたポット実験により、高温不稔耐性に関する品種間差が存在し、開花時の気温が 32-36℃

を超えると不稔の発生が助長されることが明らかとなっている(Satake and Yoshida 1978,

圃場内部y = 0.0469e0.1347x

R = 0.637

0

2

4

6

8

10

12

14

16

30 32 34 36 38 40

不稔

率(%

)

出穂後5日間最高気温

圃場内部

圃場周縁部

指数 (圃場内部)

図5.2007年群馬県館林市における不稔率 品種:あさひの夢

出穂日出穂後5日間の最高気温 (℃)

不稔率(%)

8/1 33.5 4.7

8/13 36.3 12.5

8/21 32.5 7.9

8/23 32.0 7.7

出穂日出穂後5日間の最高気温 (℃)

不稔率(%)

8/1 33.5 4.7

8/13 36.3 12.5

8/21 32.5 7.9

8/23 32.0 7.7

表1.2007年作物研究所圃場における不稔率

品種:コシヒカリ

14

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金ら, 1996, Matsui et al., 2001, Jagadish et al., 2007)。ジャポニカ品種では、高温不稔の

耐性品種として「あきたこまち」が、感受性品種として「ヒノヒカリ」が挙げられる(Mastui

et al., 2001)。不稔の原因は、雌しべではなく雄しべにあり、高温により葯の裂開が悪くな

り、柱頭への花粉の放出が減ることや、柱頭からの花粉管の発芽能力が低下することで受

精障害が生じる(図6、Satake and Yoshida 1978, Matsui 1997b)。すなわち、高温耐性と

感受性品種の違いは、葯の形状、あるいは葯裂開のタイミングの違いによる受粉能力の差

異に起因し、葯(特に基部)に生じる裂開が長いことや、葯がまだ穎内にある間に葯の裂

開が起こることは、高温不稔耐性品種が持つ大きな特徴である。このような裂開時の葯の

特性は、高温不稔耐性品種を育成する上で、重要な指標となる。

高温条件に加えて、高湿度(Mastui et al., 1997b, Weerakoon et al., 2008)や強

風(Matsui et al., 1997b)、高 CO2濃度(Matsui et al., 1997a, 金ら 1996)も不稔発生に

負の影響をもたらす。今後の高温不稔耐性品種の育成に当たっては、このような複合的な

微気象も考慮に入れなければならない。

2)早朝開花性導入による不稔発生回避

高温による不稔発生を軽減する方策として、上記に述べた耐性品種の育成の他に、

開花を気温の低い早朝に行わせる早朝開花性の導入が提唱されてきた(Satake and

Yoshida 1978)。その論拠は、開花時が高温感受性の最も高い時期であるけれども、開花 1

時間経過すると、高温に遭遇しても不稔は発生しにくくなるためである。日本の栽培品種

における開花は、通常 10-12 時に行われるが、アフリカイネ Oryza glaberrima や野生種の

一部には、開花が早朝に行われるものも存在する(Nishiyama and Blanco 1980, Sheehy et

al., 2005)。当研究チームでは、野生種 O. officinalis の早朝開花性をコシヒカリに導入した

系統(以下、早朝開花系統)を用いて、高温不稔回避に対する効果を検証する実験を行っ

ている(図7)。早朝開花系統では開花が 7 時頃始まり、11 時には開花が終了した。すなわ

ち、開花がコシヒカリに比べて 2-3 時間早かった(図8)。早朝から昼過ぎにかけて、気温

が 1 時間につき 2-3℃上昇し、気温が 10 時に 35℃、12 時には 40℃程度になるガラス温室

条件下で、コシヒカリと早朝開花系統の不稔発生を調査したところ、コシヒカリでは開花

時刻が遅くなるほど不稔率が高まっていき、1日の不稔率が顕著に増加したのに対し、早

朝開花系統では不稔の発生が軽減された(図8)。早朝開花性は高温不稔を回避する有効な

形質であり、現在圃場での効果検定、早朝開花性を有する準同質系統の育成を行っている。

15

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図8.コシヒカリおよび早朝開花系統の1日における開花パターン(上図)と開花時刻別の不稔率(下図).下図右の「1日」は1日間の不稔率を示す。異なるアルファベットは、Tukey検定で5%有意.

~6:00 6:00~7: 00

7:00~8: 00

8:00~9: 00

9:00~10: 0 0

10:00~11: 00

11:00~12: 00

12:00~13: 00

13:00~14: 00

14:00~15: 00

15:00~16: 00

0

10

20

30

40

50

60

70

Per

cent

age

of o

pene

d sp

ikel

ets

(%)

Koshihikari (Control)Koshihikari (Greenhouse)EMF line (Control)EMF line (Greenhouse)

時刻

開花

籾率

(%

コシヒカリ(対照区)コシヒカリ(ガラス温室区)

早朝開花系統(対照区)早朝開花系統(ガラス温室区)

7:00~8: 00

8:00~9: 00

9:00~10: 0 0

10:00~11: 00

11:00~12: 00

12:00~13: 00

13:00~14: 00

Singleday

0

10

20

30

40

50

Per

cent

age

of s

teri

le s

pike

lets

(%

) Koshihikari (Control)Koshihikari (Greenhouse)EMF line (Control)EMF line (Greenhouse)

a

b bb

時刻

不稔

率(%

コシヒカリ(対照区)コシヒカリ(ガラス温室区)早朝開花系統(対照区)早朝開花系統(ガラス温室区)

1日

図8.コシヒカリおよび早朝開花系統の1日における開花パターン(上図)と開花時刻別の不稔率(下図).下図右の「1日」は1日間の不稔率を示す。異なるアルファベットは、Tukey検定で5%有意.

~6:00 6:00~7: 00

7:00~8: 00

8:00~9: 00

9:00~10: 0 0

10:00~11: 00

11:00~12: 00

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14:00~15: 00

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0

10

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Per

cent

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時刻

開花

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コシヒカリ(対照区)コシヒカリ(ガラス温室区)

早朝開花系統(対照区)早朝開花系統(ガラス温室区)

7:00~8: 00

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11:00~12: 00

12:00~13: 00

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Singleday

0

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cent

age

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a

b bb

時刻

不稔

率(%

コシヒカリ(対照区)コシヒカリ(ガラス温室区)早朝開花系統(対照区)早朝開花系統(ガラス温室区)

1日

図6.高温条件で開花させた葯の様子.白矢印:葯の裂開が正常に行われたと思われる開花籾黒矢印:葯の裂開が行われなかったと思われる開花籾

図7.コシヒカリとO. officinalisとの交雑集団からの、早朝開花性系統

の選抜.

図6.高温条件で開花させた葯の様子.白矢印:葯の裂開が正常に行われたと思われる開花籾黒矢印:葯の裂開が行われなかったと思われる開花籾

図7.コシヒカリとO. officinalisとの交雑集団からの、早朝開花性系統

の選抜.

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4.おわりに

温暖化による気候変動は長期的に見ると気温の上昇を伴うと考えられているが

(IPCC 2007)、短期的には極端な高温条件をもたらすこともあり得るため、特に高温不稔

に関して、低緯度地域でのコメ生産の実情に目を向け把握することは、我が国における今

後のコメ生産を考える上で、重要になってくると想定される。また、今後の気候変動は単

に気温の上昇を伴うだけではなく、低温や日照、降雨を含む「気象のブレ」を増幅させな

がら進行すると考えられるため、複合的な気象要因を考慮に入れ、今後の研究を行ってい

く必要がある。

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温暖地における高温障害の特徴と適応性品種の開発温暖地における高温障害の特徴と適応性品種の開発温暖地における高温障害の特徴と適応性品種の開発温暖地における高温障害の特徴と適応性品種の開発

(独)農研機構 九州沖縄農業研究センター

低コスト稲育種研究九州サブチーム 坂井 真

1.九州地域における普通期水稲の品質低下問題

1)九州地域における1)九州地域における1)九州地域における1)九州地域における 1980 年以降の品種の変遷年以降の品種の変遷年以降の品種の変遷年以降の品種の変遷

九州地域の普通期水稲の品種構成は,1985年には中晩生の「ニシホマレ」が作付け1位であり,つ

いで晩生種の「ミナミニシキ」,早生種の「黄金晴」,「日本晴」が中心であり,それぞれ3万~5万haの

作付面積をもち,熟期毎のバランスが取れた品種構成であった。1989年が「ヒノヒカリ」の実質的なデ

ビュー年であったが,その翌年の「ヒノヒカリ」の作付けはすでに3万haに達し,6年後の1995年には10

万haに達した。この一方で早生種や晩生種の作付比率が低下して中生種すなわち「ヒノヒカリ」への

一極集中が起こっている。さらにその10年後の2005年には,生産調整の強化等で水稲作付面積が減

少したにもかかわらず,「ヒノヒカリ」の作付面積は維持されており,実質的な作付け集中がますます進

んでおり,早期米や糯を含めた水稲作付けの6割を「ヒノヒカリ」が占める事態になっている(第1表)。

2)「ヒノヒカリ」の光と影

「ヒノヒカリ」は「コシヒカリ」を親に持ち,九州の普通期作向け品種としては初めて「コシヒカリ」に似

た柔らかく粘りのある食味を備えた品種である。その食味レベルは一般産地の「コシヒカリ」と同等であ

るとみられ,穀物検定協会の「食味ランキング」でも,一部産地の産米が「特A」評価を受けるなど,高

い評価を得ている。また,「ヒノヒカリ」は1980年代に開発された「コシヒカリ」系の良食味品種の中で

は,比較的耐倒伏性が強く収量性等の特性のバランスも良く,欠点の少ない品種と考えられる。1990

年代に九州で作付けされた良食味品種としては早生種の「ミネアサヒ」,晩生種の「ユメヒカリ」等も,ピ

ーク時にはかなりの面積に達したが,結局は「ヒノヒカリ」のシェアを奪うには至らなかった。一方で「ヒ

ノヒカリ」への作付け集中が進んだことにより,ヒノヒカリに合わせた栽培技術の改良も進み,また安定

したロットが市場に供給されたことで一層市場評価が高まったとも考えられ,「ヒノヒカリ」への一極集

中が弊害ばかりをもたらしたわけではないことには留意する必要があろう。

一方で,最近の気候温暖化傾向により,西日本では8月から9月にかけての水稲登熟期気象が高温

になる年が多く,それが原因で起こる白未熟粒の増加や充実不足による米の品質低下が問題となっ

ている。とりわけ,「ヒノヒカリ」は高温条件で白未熟粒の増加や充実不足を起こしやすいことが明らか

になっており(鹿児島県農試,2005),(長崎県総農林試,2007),「ヒノヒカリ」への作付け集中が,高

温による品質低下被害を拡大させている原因のひとつと考えられる。九州地域では,一等米比率が5

0%未満となる状況が数年連続で続いており,事態は極めて深刻である。とりわけ北部九州の平坦部で

は,「ヒノヒカリ」の一等米比率は数年連続で20%にも達しない状況である(第1図)。これらの地域では

「ヒノヒカリ」での良質米安定生産はもはや困難と言わざるを得ない。一方九州の普通期水稲の登熟

気温は、北陸地方などの作期が早い地域と比較して、特に高温とは言えない。森田ら(2010)は九州の

普通期水稲の品質低下要因として高温に加え、9月前半の秋雨による日照不足との複合的な要因を

指摘している(第2図)。

いずれにせよ、このような状況を打開し,これら地域において高温気象下でも良質米の安定生産を

実現するためには,栽培技術面での改善とともに品種構成の見直しが必要であると考えられる。すな

わち,生産面からは「ヒノヒカリ」に偏った品種構成を是正し,バランスの取れた品種構成を実現する

必要がある。そのためには,消費者,実需者が求める品質・食味特性を満たし,高温気象下での生産

特性に優れた新品種を導入することにより,とくに高温登熟の影響が深刻な平坦地域の「ヒノヒカリ」を

置き換えて作付けの分散を図ることが求められている。その際,より晩生の品種を導入して高温に遭

遇するリスクを下げる,いわば「高温をやり過ごす」対策と,「ヒノヒカリ」と同熟期,あるいはより早い熟

期であっても高温登熟条件で品質低下の少ない品種を導入する,すなわち「高温に立ち向かう」対策

が考えられる。

九州地域では前者の対策となる晩生種としては,「あきさやか」,「あきまさり」,「あきほなみ」「」はな

さつま」,「まいひかり」等が,後者の対策しては,早生の「元気つくし」,中生の「にこまる」,「くまさん

の力」「さがびより」等が開発され普及が進みつつある。それらの中から九州沖縄農業研究センターで

19

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育成を進めてきた,中生種の「にこまる」と,晩生種の「あきさやか」,「あきまさり」について以下に概説

する

2.ポスト・「ヒノヒカリ」としての中生品種「にこまる」の開発

1)育成経過と品種特性1)育成経過と品種特性1)育成経過と品種特性1)育成経過と品種特性

「にこまる」は「ヒノヒカリ」熟期の中生種として,1996年に「は系626」(後の「きぬむすめ」)と「北陸17

4号」という,ともに品質・食味が良い両親の交配組合せから育成された(旧系統名:西海250号)(第3

図)。「にこまる」の出穂期,成熟期は「ヒノヒカリ」並かやや遅い,"中生の中"のうるち種であり,玄米の

外観品質が特に優れ,育成地ならびに温暖地・暖地の奨決試験で「ヒノヒカリ」より明らかに安定して

良好で,特に高温条件でも品質が低下しにくい特長を示す(写真1)(長崎総農林試,2007),(坂井

ら,2007)。「にこまる」の高温登熟性については,当研究所で行った高温寡照試験や九州・沖縄地域

の連絡試験でも,「ヒノヒカリ」に比べ高温条件下で白未熟粒発生が少ないことが確かめられている。

また関連して,高温寡照条件で玄米の充実度を示す米粒の溝の深さが,「ヒノヒカリ」より深くなりにくく

充実が良いこと(森田ら,2006),穂揃期のNSC(非構造性炭水化物)含量が「ヒノヒカリ」より安定して

高く,登熟上有利である特性を備えることが明らかになっている(森田ら,2008)。食味は「ヒノヒカリ」

「コシヒカリ」並の"上中"で,とくに米のタンパク質含有率が低い特性がある。収量性は,「ヒノヒカリ」よ

り安定して優り,近畿地方から九州地方の広い地域でヒノヒカリ比5~10%増の多収を示す。この低タ

ンパクによるとみられる食味の安定性と,広域で多収を示す能力は,他の品種に見られない優点であ

り,良質米を低コストで生産する上で有利な特性と考えられる。「にこまる」の耐倒伏性は「ヒノヒカリ」

並かやや強い"中"で,いもち病圃場抵抗性は葉いもち,穂いもちとも「ヒノヒカリ」並の"やや弱"である

(第2表,第3表、第4表)。

2)普及の見通し2)普及の見通し2)普及の見通し2)普及の見通し

「にこまる」は,前述のように玄米品質や収量性が安定して「ヒノヒカリ」より優れており,「ヒノヒカリ」

の普及地帯に広く適すると考えられる。2005年から長崎県で奨励品種に採用されており,さらに2008

年から大分県でも認定品種に指定された。両県に加えて福岡県,佐賀県,熊本県、鹿児島県では産

地品種銘柄に指定されている。これまで作付けされた地域では「ヒノヒカリ」より明らかに検査成績が良

好である実績が多く得られている。また,穀物検定協会が実施している「米の食味ランキング」におい

て長崎県県南地域産の「にこまる」が平成20、21年度と2年連続で最高ランクの「特A」評価を受け,そ

の良食味性が実証された。さらに,「にこまる」は中国,四国のいくつかの県における奨励品種決定調

査においても有望視され,また山口県,香川県、高知県,栃木県等ではJA等の団体が独自に導入し

ており,平成21年からはこれらの県でも産地品種銘柄に指定されている。平成22年の作付面積は合

計5000ha近いと推定される。民間種苗会社による種子供給も行われており,今後も普及が広がること

が見込まれ,暖地・温暖地における新しい基幹品種となることが期待される。

3.作付け分散を図るための晩生品種「あきさやか」「あきまさり」の開発

1)育成経過と品種特性1)育成経過と品種特性1)育成経過と品種特性1)育成経過と品種特性

「あきさやか」は,「西海195 号」を母,「北陸148 号(どんとこい)」を父とする交配組合せから育成さ

れた(旧系統名「西海230号」)(第4図)。出穂期は「ユメヒカリ」より3 日程度早く,成熟期は同程度

で,暖地では"晩生の晩"に属する。収量は「ユメヒカリ」よりも5%以上多い。耐倒伏性は"強"である。

玄米品質は「ユメヒカリ」並の"上下",食味は「ユメヒカリ」よりすぐれ"上中"である。いもち病圃場抵抗

性は葉いもち,穂いもちとも"やや弱"である(第2表)(岡本ら,2008)。

「あきまさり」は,「南海127号(かりの舞)」を母,「西海230号(あきさやか)」を父とする交配組合せか

ら育成された(旧系統名「西海248号」)(第4図)。出穂期は「ユメヒカリ」より1 日程度早く,成熟期は

ややおそく,暖地では"晩生の晩"に属する。収量は「ユメヒカリ」よりも10%以上多収である。耐倒伏

性は"強"である。玄米品質は「ユメヒカリ」並の"上下",食味は「ユメヒカリ」よりすぐれ"上中"である。

いもち病圃場抵抗性は葉いもちに"やや弱"穂いもちに"中"である(坂井ら,2006)(第2表)。

2)普及の見通し2)普及の見通し2)普及の見通し2)普及の見通し

「あきさやか」,「あきまさり」は,ともに九州の平坦部を中心とする地域に適する。「あきさやか」は20

02 年に福岡県において奨励品種に採用され,2008年現在約1000haに普及している。筑後地域を中

心とする平坦部で「ヒノヒカリ」との熟期分散のための晩生種として作付けされている。「あきさやか」は

20

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穂数型で少肥条件でも籾数が確保しやすい特長があり,この特長を生かして地元のスーパーマーケ

ットチェーンにより減化学肥料の特別栽培米が販売されている。

しかしながら,「あきさやか」は米粒がやや小さく,地域によっては収量が安定しないことがあり,福

岡県以外での普及が進まなかった。「あきまさり」は「あきさやか」の粒大を改良した品種であり,「あき

さやか」同様に葉の枯れ上りや穂首,枝梗の老化が遅く,登熟性に優れており,配付成績から見て「あ

きさやか」以上の安定多収性を持つと考えられる。「あきまさり」は2005年から熊本県で奨励品種に採

用されており,着実に作付けを伸ばしており,2009年は約2300haの作付けが見込まれている。また,2

008年から大分県で認定品種に採用されている。将来的には両県合わせた作付け面積が5000haを超

すと見込まれており,「ヒノヒカリ」「コシヒカリ」に次ぐ九州第3位の品種に成長することが期待される。

「あきさやか」「あきまさり」は,ともに九州地域において「ヒノヒカリ」と熟期を分散し,高温登熟を回避

できる晩生種として,その育成,普及の意義は大きいと思われる。

4.九州沖縄農研における高温耐性育種

1)高温寡照耐性検定法の開発と母本評価1)高温寡照耐性検定法の開発と母本評価1)高温寡照耐性検定法の開発と母本評価1)高温寡照耐性検定法の開発と母本評価

高温登熟性の品種間差異を検定する方法は,近年多くの研究機関で開発が進められており,それ

ぞれの場所で多様な方法が用いられている。高温処理の方法としては,ア)作期移動(早植え),イ)

被覆資材(ビニールハウス,トンネル,ガラス室),ウ)灌慨水温制御に大別でき,これら複数の手法を

組み合わせている例もある。一方,九州地域において登熟低下を引き起こしている原因としては,登

熟期の高温に加え日照不足が考えられる(森田,2008)。このため,当地域に置いて実用的な高温耐

性品種選抜や母本選定のためには高温に加え,低日射条件に対応した選抜技術が必要と考えられ

た。そこで,九州沖縄農業研究センターでは,早植えにより出穂を早め高温に遭遇させるとともに,遮

光フィルムトンネルにより日射量を約2/3に制限した処理条件での検定法を開発した(写真2)。寒冷

紗等による遮光ではトンネル内の気温が下がる問題点があったが,通風をある程度制限できるフィル

ムによる遮光では,戸外に近い処理気温が得られている。

実際の試験では早植えのみで遮光被覆を行わない区(高温区と),遮光を行う区(高温遮光区)を

設け,両者の結果を総合して判定を行っている。現在のところまだデータを蓄積している段階である

が,既報で高温耐性が強いとさせる,「ふさおとめ」「越路早生」「コガネマサリ」「にこまる」に加えて,

「みねはるか」やインディカの「北陸147号」が高温遮光条件でも白未熟粒発生が少ないことを見いだ

している。(付記;未発表のため具体的データはスライドで示す。)

2)高温寡照耐性が強い主な有望系統2)高温寡照耐性が強い主な有望系統2)高温寡照耐性が強い主な有望系統2)高温寡照耐性が強い主な有望系統

・西海258号:日本晴級,交配組合せ(西海238号(ふくいずみ)/西海244号

耐倒伏性が強く直播も可能で」,食味は「コシヒカリ」並かやや優る「上中」である。

鹿児島県農業開発総合センターでの3カ年の試験で高温登熟性が強ないしやや強と評価されている

・西海259号:ヒノヒカリ級,交配組合せ:西海238号(ふくいずみ)/北陸179号(いただき)

耐倒伏性が「にこまる」にやや優り,品質の安定性も「にこまる」並かやや優る。当所における高温

寡照検定の結果も比較的良好である。 収量性も「にこまる」並以上であり食味は「コシヒカリ」「ヒノヒカ

リ」並の「上中」である。安定多収性を活かして主食用に加え業務・加工用の利用が考えられる。

・西海267号:ヒノヒカリ級,交配組合せ(西海249号/関東BPH1号)

品質の安定性は「にこまる」並かやや優る。当所における高温寡照検定の結果も比較的良好であ

る。 反面、やや小粒で収量性は「ヒノヒカリ」並で「にこまる」より劣る。既存の高温耐性品種にない特

長として、いもち病(Pb1)、縞葉枯病(Stvb-i)、トビイロウンカ(bph11)に抵抗性を有しており、環境保

全型稲作への適応性が高いと見られる。

3)今後の取組3)今後の取組3)今後の取組3)今後の取組

これまで育成された,「にこまる」「あきさやか」「あきまさり」「西海258号」「西海259号」は,耐病虫性

の面では「コシヒカリ」「ヒノヒカリ」から十分に改良されているとは言えないので,この点の改良が急務

であると考えられる。現在育成地では,これら品種にいもち病やトビイロウンカの抵抗性を導入するこ

とを目標に,DNAマーカーによる選抜を併用しつつ育成を急いでいるところであり,上述の「西海267

号」等を育成している。さらに,「にこまる」を超える高温耐性の実現のためには,上述の高温寡照耐

性検定法を軸として,「新農業展開ゲノムプロジェクト」「温暖化適応」交付金プロの課題の中で品種

開発を進めている。

21

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第 1 図 九州地域におけるヒノヒカリの一等米比率の推移

第 2 図 出穂後20日間の日照時間と日最高・最低気温との関係(九州沖縄農研(福岡県筑後市))

森田ら(2010)

第1表 九州地域における水稲作付上位品種の変遷

1985 1990 1995 2005順位 品種名 作付比率(%) 品種名 作付比率(%) 品種名 作付比率(%) 品種名 作付比率(%)

1位 ニシホマレ 18.5 コシヒカリ 19.2 ヒノヒカリ 43.2 ヒノヒカリ 61.02位 黄金晴 14.6 ヒノヒカリ 14.1 コシヒカリ 16.4 コシヒカリ 15.53位 ミナミニシキ 12.8 日本晴 11.1 黄金晴 5.4 夢つくし 7.04位 日本晴 11.1 ミネアサヒ 6.1 日本晴 4.6 森のくまさん 3.05位 コシヒカリ 9.5 ヒゴノハナ 5.8 ユメヒカリ 4.4 夢しずく 2.3

その他 33.5 その他 43.7 その他 26.1 その他 11.225.8 21.4 21.8 19.5作付面積(万ha)

0000

20202020

40404040

60606060

80808080

100100100100

2000200020002000 2001200120012001 2002200220022002 2003200320032003 2004200420042004 2005200520052005 2006200620062006 2007200720072007 2008200820082008 2009200920092009

福岡県

佐賀県

長崎県

熊本県

大分県

宮崎県

鹿児島県

ヒノヒカリの一等米比率(%)

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第 2 図 にこまるの系譜図 第 3 図 あきさやか、あきまさりの系譜図

第 2表 にこまる、あきさやか、あきまさりの特性

 収2800 収2800 収2800 収2800

北陸100号北陸100号北陸100号北陸100号 キヌヒカリキヌヒカリキヌヒカリキヌヒカリ

北陸96号北陸96号北陸96号北陸96号(ナゴユタカ)(ナゴユタカ)(ナゴユタカ)(ナゴユタカ) きぬむすめ愛知56号A愛知56号A愛知56号A愛知56号A

(月の光)(月の光)(月の光)(月の光) 愛知92号愛知92号愛知92号愛知92号

ミネアサヒミネアサヒミネアサヒミネアサヒ (祭り晴)(祭り晴)(祭り晴)(祭り晴) にこまるにこまるにこまるにこまる北陸122号北陸122号北陸122号北陸122号(キヌヒカリ)(キヌヒカリ)(キヌヒカリ)(キヌヒカリ) 収4885収4885収4885収4885北陸120号北陸120号北陸120号北陸120号 (どんとこい)(どんとこい)(どんとこい)(どんとこい)

北陸174号東北125号東北125号東北125号東北125号(コガネヒカリ)(コガネヒカリ)(コガネヒカリ)(コガネヒカリ) 収4695収4695収4695収4695中部41号中部41号中部41号中部41号(チヨニシキ)(チヨニシキ)(チヨニシキ)(チヨニシキ)

コシヒカリ

ニシヒカリ 西海186号(ユメヒカリ)

コシヒカリ 南海127号(かりの舞)

愛知40号(黄金晴)

南海102号(ヒノヒカリ)

コシヒカリあきまさりあきまさりあきまさりあきまさり

 ミズホ

コシヒカリ 西海195号

シンレイあきさやかあきさやかあきさやかあきさやか

北陸122号(キヌヒカリ)

北陸148号(どんとこい)

北陸120号

F2

F2F2

品種名 出穂期 成熟期 稈長 穂長 穂数 精玄米重

試験年次系統名 (月.日) (月.日) (cm) (cm) (本/㎡) (kg/a) (g)

2000~ にこまる 8.27 10.17 82 20.1 354 64.7 23.1

2004 ヒノヒカリ 8.26 10.16 84 20.1 375 62.6 22.5

1994~ あきさやか 9.04 11.01 84 19.4 407 66.3 21.0

2001 ユメヒカリ 9.07 11.01 84 19.7 364 62.4 21.0

1999~ あきまさり 9.05 10.31 86 20.8 350 61.7 22.1

2004 ユメヒカリ 9.06 10.29 83 19.7 362 56.1 21.1

品種名 耐倒

系統名 伏性にこまる 中 中 Pia,i, やや弱 やや弱 中 罹病性ヒノヒカリ やや弱 難 Pia,i, やや弱 やや弱 やや弱 罹病性あきさやか 強 やや難 Pii やや弱 やや弱 やや弱 罹病性ユメヒカリ 強 やや難 + やや弱 中 中 罹病性あきまさり 強 中 Pii やや弱 中 やや弱 罹病性ユメヒカリ 強 やや難 + やや弱 中 中 罹病性

品種名 玄米 食味総合値 アミロース 蛋白質

品質 食味

系統名 (1良-9否)(基準:コシヒカリ)

含有率(%)含有率(%)

にこまる 4.0 上中 0.02 19.1 5.7ヒノヒカリ 5.4 上中 -0.05 17.7 6.6あきさやか 4.5 上中 -0.08 18.7 7.2ユメヒカリ 3.6 上中 - 19.3 7.9あきまさり 4.2 上中 -0.16 19.2 6.3ユメヒカリ 4.3 上中 -0.40 19.8 6.7

玄米千粒重

白葉枯病

縞葉枯病

穂発芽性

いもち遺伝子

葉いもち 穂いもち

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写真1 にこまる (左) ヒノヒカリ(右)の玄米 (2005年産)

写真2 遮光ビニールを用いた高温寡照耐性検定

第3表  奨励品種決定調査における「にこまる」の収量性

年次 にこまる(a) ヒノヒカリ(b) a/b にこまる(a) ヒノヒカリ(b) a/b

(kg/a) (kg/a) (%) (kg/a) (kg/a) (%)

2002 9 60.6 58.1 104 10 57.5 55.6 104

2003 8 59.2 54.6 109 11 59.9 55.9 107

2004 11 43.7 44.1 99 8 52.5 49.0 107

2005 10 54.9 50.4 109 5 59.0 55.6 106

2006 14 48.4 45.8 106 7 60.5 53.8 112

2007 14 59.5 53.6 111 17 59.0 52.5 112

2008 13 56.2 54.8 103 19 61.1 56.6 108

2009 7 66.7 61.5 108 21 57.0 54.9 104

計 86 55.2 51.9 106 98 58.6 54.5 107

(全地域・年次計) 184 57.1 53.4 107

九州 北陸・関東・東海・近畿・中国・四国

試験件数 試験件数

精玄米重 精玄米重

第4表  奨励品種決定調査における「にこまる」の玄米品質

年次 にこまる(a) ヒノヒカリ(b) b-a にこまる(a) ヒノヒカリ(b) b-a

2002 9 3.2 3.8 0.6 10 3.5 4.2 0.7

2003 8 2.7 4.2 1.6 11 3.8 4.3 0.5

2004 11 5.4 6.8 1.4 8 4.0 3.9 -0.1

2005 10 5.2 7.4 2.2 5 2.9 3.1 0.1

2006 14 6.1 5.9 -0.2 7 2.5 3.2 0.8

2007 14 4.3 5.7 1.4 17 3.1 4.9 1.7

2008 13 4.6 5.0 0.5 19 4.6 5.0 0.5

2009 7 3.5 3.8 0.3 21 4.8 3.8 -0.9

計 86 4.5 5.5 0.9 98 3.7 4.1 0.4

(全地域・年次計) 184 4.1 4.7 0.7

九州 北陸・関東・東海・近畿・中国・四国

試験件数 試験件数

玄米品質 玄米品質

注.玄米品質:目視観察により1(良)~9(不良)の9段階で評価。

丸め誤差のため,にこまるとヒノヒカリの値の差はb-a欄の値と一部一致しない。

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参考文献

1) 鹿児島県農試・作物部 (2005) 背白・基白粒の発生程度を利用した水稲の高温耐性検定法の

基準品種 平成16年度九州沖縄地域研究成果情報

http://konarc.naro.affrc.go.jp/kyushu_seika/2004/2004055.html

2)長崎総農林試・作物園芸部・作物科(2007)水稲品種「にこまる」の高温登熟条件下における玄米品

質 平成18年度九州沖縄地域研究成果情報

http://konarc.naro.affrc.go.jp/kyushu_seika/2006/2006031.html

3)森田 敏, 米丸 淳一, 楠田 宰, 福嶌 陽, 中野 洋(2006)玄米輪郭像の画像解析により算出した

玄米充実不足の指標値 日作紀75別1:380-381

4)森田 敏, 田村 克徳, 中野 洋, 北川 壽, 坂井 真, 高橋 幹森田 敏・他(2008) 高温耐性水稲

品種「にこまる」の良好な登熟には穂揃期の茎のNSCが多いことが貢献している 日作紀77別2:198

-199

5)森田 敏 (2008) 水稲の作柄・品質低下に及ぼす温暖化の影響と対策 研究ジャーナル 3巻

5号

6)森田 敏 (編著) (2010) 近年の九州における水稲の作柄・品質低下の実態・要因の解析と今

後の対応 九州沖縄農業研究センター研究資料 第94号:1-105

7)岡本正弘・梶 亮太・田村克徳・溝淵律子・平林秀介・深浦壮一・西村 実・八木忠之・山下 浩・

富松高治(2008)水稲新品種「あきさやか」の育成 九州沖縄農業研究センター研究報告49:33-50

8)坂井 真・岡本正弘・田村克徳・梶 亮太・溝淵律子・平林秀介・深浦壮一・西村 実・八木忠之 (200

玄米品質に優れる暖地向き良食味水稲品種「にこまる」の育成について 育種学研究 9:67-73

9)坂井 真・梶 亮太・田村克徳・岡本正弘・西村 実・八木忠之・溝淵律子・平林秀介・深浦壮一

(2006)水稲新品種「あきまさり」の育成 九州沖縄農業研究センター研究報告 47:43-62

付記:1.本稿は引用文献6)の一部を加筆したものである。

2.上記5),8)以外の引用文献は全てオンラインで入手可能である。

3.にこまる等の品種および上記で紹介した育成系統(西海系統)の成績書やパンフレット類は

次のサイトで入手できる。

http://konarc.naro.affrc.go.jp/padi/rice/download1.html

4.講師連絡先 [email protected]

http://konarc.naro.affrc.go.jp/padi/rice/

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高温登熟に高温登熟に高温登熟に高温登熟による品質低下の遺伝要因と分子育種による品種改良の可能性よる品質低下の遺伝要因と分子育種による品種改良の可能性よる品質低下の遺伝要因と分子育種による品種改良の可能性よる品質低下の遺伝要因と分子育種による品種改良の可能性

福井県農業試験場 育種部 水稲育種研究グループ 小林麻子

【はじめに】

近年、北陸地域で問題となっている登熟期間の高温による玄米外観品質の劣化の特徴は、

白未熟粒である。白未熟粒のうち背白粒および基白粒の発生には、登熟期間の高温の影響

が大きいことが明らかとされた(長戸・江幡 1965、若松ら 2007)。飯田ら(2002)は登熟

期間の高温ストレスによって生じる白未熟粒のうち、背白粒および基白粒は高温条件下で

のみ発生することから、高温登熟耐性についての最も適切な指標であることを示した。ま

た、高温による背白粒および基白粒の発生率に明確な品種間差があることも報告されてい

る(長戸ら 1961、小牧ら 2000、西村ら 2000、飯田ら 2002)。腹白粒および心白粒につい

ては遺伝率が高く初期世代からの選抜が可能であるが(井上 1996)、高温による影響は不

明である。

図 1に高温登熟耐性に関する基準品種を示した。北陸地域では、2002年~2004年にかけ

て、北陸センター、新潟県、富山県、石川県、福井県の育種研究機関の間で連絡試験を行

い、高温登熟耐性に関する共通の基準品種を選定した(永畠 2007)。この連絡試験では、

研究機関の間での評価基準の統一性および多点数試料の評価のため、背白・基白粒での評

価ではなく、品質判定機(静岡精機)による整粒歩合での評価を行った。また、茨城県、

三重県および鹿児島県などでも基準品種の選定が行われている。

図1 高温登熟耐性 基準品種

地域 北陸4県 新潟 茨城 三重 鹿児島

試験年次 (2002-2004) (2003-2005) (1997-1998) (2001-2002) (2002-2004)

判定基準 整粒歩合 整粒歩合 背白+基白 整粒歩合 背白+基白

検定方法 温度制御掛流し、ハウス、

プール等の総合温室ベッド ハウスポット栽培 圃場

熟期 早生 早生 中生 早生 早生 早期栽培

強 てんたかく ハナエチゼン ふさおとめ 越路早生 山形70号 ふさおとめ

てんたかく ふさおとめ

やや強 ハナエチゼン あきさかり てんたかく こころまち ひとめぼれ まなむすめ

越路早生 ひとめぼれ みえのえみ どんとこい

はなひかり

中 あきたこまち あきたこまち コシヒカリ ひとめぼれ あきたこまち アキヒカリ コシヒカリ

ひとめぼれ ひとめぼれ はえぬき コシヒカリ ひとめぼれ

ホウネンワセ

やや弱 (コシヒカリ) キヌヒカリ 味こだま

加賀ひかり

扇早生

弱 新潟早生 イナバワセ どんとこい トドロキワセ 初星 初星 初星

新潟早生 越の華 ふ系186号 ミネアサヒ

整粒歩合

(2002-2008)

福井

圃場・ハウス

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これらの連絡試験等で高温登熟耐性「強」とされた品種は、「ハナエチゼン」(福井県育成)、

「てんたかく」(富山県育成)、「越路早生」(新潟県育成)、「ふさおとめ」(千葉県育成)等

であり、その他に基準品種には選定されていないが、「ゆめみづほ」(石川県育成)、「こし

いぶき」(新潟県育成)など、北陸地域で育成された品種が多い。ふさおとめもハナエチゼ

ンが母本となった品種である。西村ら(2000)は北陸地域で育成された品種のほとんどが

高温環境においても良質米率が低下しにくい傾向にあることを示した。これは、北陸地域

における品種の登熟期が7月後半から8月前半の高温期にあたり、その中で育種が行われ、

必然的に高温登熟耐性の高い系統が選抜されてきたためとしている。

これらの品種を母本として用い、効率的な改良を行うためには、まず、上記の品種それ

ぞれについて、高温登熟耐性に関する遺伝子の数や座乗位置といった遺伝様式を明らかに

することが必要である。そして、それらの遺伝子の集積効果があるのかどうか、集積する

ことにより、さらに高温登熟耐性の高い品種を作り出すことが可能かどうかを見極めなけ

ればならない。

また、高温登熟耐性に関する DNAマーカーを作出し、DNAマーカーを利用した選抜を

行うことも重要である。DNA マーカーを利用した選抜は、環境要因に左右されないため、

登熟期間の条件に関わらず選抜が可能である。

上記のような背景をふまえ、福井農試では高温登熟耐性のDNAマーカー選抜へ向けて、

その基礎となる QTL解析を行った。

【材料と方法】

1 材料

QTL解析はハナエチゼンと「新潟早生」の交雑に由来する集団を材料とした。ハナエチ

ゼンは福井農試で育成した早生品種で、玄米の外観品質がよく、収量も安定して高いこと

が特徴である(堀内ら 1992)。新潟早生は新潟県農業試験場で育成された早生品種で(市

川ら 1981)、平年並みの気温でも背白・基白粒が発生しやすい(佐々木ら 1983、永畠・山

元 2005)が、高温処理を施すとさらに背白・基白粒が多発する(重山ら 1999)。

図 2に登熟期間(出穂後 20日間)の平均気温と、ハナエチゼンおよび新潟早生の背白粒

発生率を示した。ハナエチゼン、新潟早生ともに背白粒発生率は、登熟期間の平均気温が

高いほど大きくなった。しかし、どの温度条件下でもハナエチゼンは新潟早生よりも有意

に背白粒発生率が小さかった。

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0

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75

100

’03

’09

’06

’04

’08

’09

’10

’08

’04

’10

背白粒発生率

年・栽培条件

ハナエチゼン

新潟早生

平均気温

(%)(%)

出穂後2

0

日間の平均気温

(℃)

図 2 登熟期間の平均気温と背白粒発生率

表 1にハナエチゼンと新潟早生の生産力検定結果を示した。ハナエチゼンは新潟早生よ

り約 5%多収で、千粒重も約 1g大きいが、玄米外観品質は良い。SPAD 値は生育全般を通

して新潟早生の方が大きい。稈+葉鞘の乾物当たり NSCは、穂揃期には両品種とも同程度

であるが、成熟期にはハナエチゼン 6.0%、新潟早生 18.7%と大きな差になる。穂の乾物重

の増加はハナエチゼンの方が大きいことから、新潟早生では穂揃期までに稈+葉鞘に蓄積

したデンプンの転流が不十分であることが示唆される。

表1 ハナエチゼンと新潟早生の生産力検定結果(平成20年度)

調査項目

品種名

出穂期

成熟期

稈 長

穂 長

穂 数

玄米重

同左比較比率

玄米千粒重

品 質

出穂期

出穂後20日

穂揃期

成熟期

穂揃期

(穂

成熟期

(穂

)(月日) (月日) (cm) (cm) (本/㎡) (kg/a) (%) (g) (1~9) (%) (%) (g) (g)

ハナエチゼン 7.20 8.19 72 17.0 428 61.3 100 23.8 3.4 32.1 24.3 25.1 6.0 5.1 32.4

新潟早生 7.21 8.20 67 17.8 389 58.5 95 23.0 3.8 35.7 30.3 26.4 18.7 4.9 28.5

(1)育苗法 箱育苗 (2)播種期 4月15日 (3)移植期 5月12日 (4)栽植密度 23cm×21cm

(5)施肥成分量(kg/a) 標肥 N 0.96 P2O5 0.78 K2O 0.96 (6)追肥の有無 有

*)SPAD値:止葉、10個体の平均 *)NSC:稈+葉鞘の乾物当たり、5個体の平均

SPAD値 NSC 乾物重

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QTL 解析に用いる材料は、ハナエチゼンと新潟早生の交雑後代で、2003 年 F2世代 180

個体を圃場で栽培し、2004年 F3世代 180系統、2006年 F7世代 180系統、2008年 F8世代

180系統を、圃場およびハウスで栽培した。

ハウスは水田圃場に立てられた H鋼ハウスで、出穂期以降天窓と側窓を閉め切り、気温

が 35℃を超えた場合に換気することによって温度を調節している。

2 品質調査

F2は個体ごと、F3、F7および F8は系統ごとにバルクにし、500粒について背白粒を数え、

発生率を算出した。QTL解析では、背白粒発生率を逆正弦変換した値を用いた。

3 連鎖地図の作成と QTL 解析

F2集団から DNAを採取し、56種の DNAマーカーを用いてMAPMAKER/EXP(Ver3.0b)

により連鎖地図を作成した。QTL解析はWindows QTL Cartographer 2.5を用い、複合イン

ターバルマッピング法により解析を行った。1000回の並べ替え検定を行い、ゲノムワイド

の 5%有意水準に対応する閾値を各形質に対して求め、LOD値がこの閾値を超えた場合に

QTL が検出されたと判定した。検出された QTL におけるハナエチゼンの対立遺伝子の相

加効果と各 QTLの寄与率を算出した。

F7および F8集団でも 113 種の DNA マーカーを用いて連鎖地図を作成し、同様に QTL

解析を行った。

【結果と考察】

図 3 に F2 集団で作成した連鎖地図と F2 および F3 世代で検出された QTL を示した

(Kobayashi et al. 2007)。図 4に F7集団で作成した連鎖地図と F7世代で検出された QTLを

示した。(小林ら 2009)。表 2には各 QTLの LOD値、相加効果、寄与率を示した。

背白粒発生率に関する QTL を第 3、第 4 および第 6 染色体に検出した。いずれの QTL

もハナエチゼンの対立遺伝子が背白粒発生率を減少させた。

第 6染色体 RM3034近傍には、背白粒発生に関する QTLが全ての年次で検出された。こ

れらの QTLでは、寄与率が約 31%~60%と大きかったことから、背白粒の発生に大きな作

用力を持つ QTLであると考えられた。

第 4染色体 RM3288近傍の QTLは、比較的低温であった 2003年には検出されなかった

が、高温登熟条件となった 2004年および 2006年では検出された。この QTLは温度条件に

反応して作用力が変化する QTLである可能性がある。QTL解析に用いた第 4 染色体のマ

ーカー数が少ないため、この領域に関してはさらなる調査が必要である。

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第 3染色体 RM4512近傍の QTLは、2003年および 2006年のみで検出された。この QTL

の近傍には粒重に関する QTLも検出された。背白粒発生率と粒重との間には有意な正の相

関があるため(r=0.27**)、この領域に関しても、さらなる調査が必要である。

現在、これらの領域について準同質遺伝子系統(NIL)を作成中であり、NIL によって

QTLの作用力を確認する。作用力が確認されれば、高温登熟耐性に関する DNAマーカー

として実際の選抜に利用することができる。

このように、これまでの研究では、高温登熟耐性に関する遺伝解析や QTL解析を行う

ことにより、DNAマーカー選抜への基礎を構築することができた。

現在、検出された背白粒発生率に関する QTLのうち最も大きな作用力をもつと推定さ

れる第 6染色体短腕上の QTL遺伝子の単離に向けて、農業生物資源研究所との共同研究を

進めている(新農業展開ゲノムプロジェクト、H20~H24)。さらに、高温登熟耐性の DNA

マーカー選抜の実用化を図ること、また、高温登熟耐性に関する遺伝子の集積が可能かど

うかを明らかにすることを課題として研究を行っている。

今後、高温登熟耐性の QTL 遺伝子の単離を進めていくためには、QTL と登熟関連遺伝

子との染色体上の座乗位置関係の検討や、発現解析といった遺伝子レベルでの研究と連携

していくことが重要である。また、背白粒発生の生理的メカニズムが明らかになることに

より、直接的な形質評価ができるようになり、遺伝子単離が加速するだろう。新農業展開

ゲノムでは、各分野の研究者が連携してこれらの研究を進めている。その中で、Yamakawa

et al.(2007)は、登熟途中の穎花のマイクロアレイ解析を行い、遺伝子発現レベルでもデ

ンプン蓄積の阻害が起きることを明らかにしている。Yamakawa et al.(2008)は、高温に

よって発現が変動するデンプン代謝関連遺伝子と乳白粒発生と関連する QTL について染

色体座乗位置の比較解析を行った。

表2 QTL解析結果

形質 栽培 染色 LOD 相加 寄与 染色 LOD 相加 寄与 染色 LOD 相加 寄与条件 体 値 効果 率(%) 体 値 効果 率(%) 体 値 効果 率(%)

背白 圃場 3 4.6 -8.6 25.9 3 4.9 -3.0 14.2

4 4.4 -6.1 15.2 4 3.9 -2.5 7.1

6 6.8 -9.8 31.2 6 13.4 -12.7 59.6 6 17.5 -5.5 34.8

ハウス 6 7.8 -0.2 75.1

到穂日数 圃場 6 4.6 0.6 1.3

粒重 圃場 3 5.0 -2.7 12.3 3 3.8 -0.2 7.4

2006 (F7)2004(F3)2003(F2)

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図 3 F2 集団で作成した連鎖地図と、F2 および F3 世代で検出した QTL

図 4 F7 集団で作成した連鎖地図と検出した QTL

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【高温登熟耐性に関するその他の QTL解析と分子育種の展望】

1.日印交雑集団を用いた QTL 解析

He et al.(1999)は「ZYQ8」(インド型品種)と「JX17」(日本型品種)の交雑に由来す

る DHLを用いて、心白粒発生率に関する QTLを第 8および 12染色体に検出した。寺尾ら

(2004)は「ハバタキ」と「ササニシキ」の戻し交雑自殖系統を用いて、玄米外観品質に

関する QTLを第 2および第 12染色体に検出した。蛯谷ら(2008)は、コシヒカリを遺伝

的背景にもつインド型品種「Kasalath」の染色体断片置換系統群を用いて、整粒比率を増加

させる QTLを第 2、第 9、第 11および第 12染色体に検出した。

また、これまでに以下のような chalkiness に関する QTL 解析が行われた。chalkiness と

は穀粒の白濁した部分の見た目の割合であり、遺伝的な制御を受けると共に特に出穂直後

の高温といった環境の影響も受ける。Tan et al.(2000)は、中国において最も広く栽培さ

れているインド型ハイブリッド稲「Shanyou63」の両親である「Zh97」と「Ming63」の交

雑に由来する F2、F3および組換え自殖系統(RIL)を用いて第 6染色体短腕上に chalkiness

に関する QTLを検出した。Li et al.(2003b)は日本晴/Kasalath//日本晴の交雑に由来する

F2集団を用いて第 6染色体短腕上に chalkinessに関する QTLを検出した。

しかし、これらの日印交雑を利用した解析集団においては、出穂期や粒形、wx座に支配

されるアミロース含有率など玄米外観品質に影響を及ぼす形質が大きく分離し、白未熟粒

の発生との関係が強く示唆されることがある。そのため、検出された QTLが必ずしも高温

登熟耐性のみに関与しているとはいえず、遺伝解析材料として扱うのは困難である。しか

し、染色体断片置換系統ならば通常の形質評価が可能となる(Ando et al. 2008、蛯谷ら

2008)ため、今後、染色体断片置換系統を利用した解析を進めていく必要がある。

2.日本型水稲を用いた QTL 解析

一方、出穂期や粒形、粒大の変異がより小さい日本型品種による解析集団を用いること

により、日本型水稲の育種に有用な QTLが得られると考えられる。これまで、日本型品種

間では DNA マーカーの多型検出頻度が著しく低く(河野ら 2000)、QTL解析に困難を伴

うことが多かった。しかし、2004年のイネゲノム解読終了により、従来多型が検出されに

くかった日本型品種の解析集団でも利用可能な DNA マーカーが増えてきた。またウェブ

上に公開された塩基配列データから目的とする領域に DNA マーカーを新たに作成するこ

とも可能になっている。

これらのツールを基礎として、Tabata et al.(2007)は、「越路早生」と「チヨニシキ」の

RILを用いて、背白粒発生率に関する QTLを第 1染色体に 2カ所、第 2および第 8染色体

に検出した。白澤ら(2006)は「こころまち」と「東北 168号」の RILを用いて、背白粒

発生率に関する QTLを第 1、第 6、第 10および第 11染色体に検出し、さらに第 6染色体

上の QTLについて NILを作成して QTL候補領域の絞り込みを試みた(白澤ら 2008)。

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3.乳白に関する遺伝解析

乳白粒も高温条件下で発生するが、その発生率は日射条件(小谷ら 2006)や一籾あたり

の炭水化物供給能(中川ら 2006)などによっても変動する。このように安定した形質評価

が困難で遺伝解析が進まなかった乳白粒発生率に関しても、福岡県総農試で QTL解析が進

行中である(坪根ら 2010)。

4.高温登熟耐性に関する分子育種

現在、ハナエチゼンやハナエチゼンの子孫品種であるてんたかくやふさおとめなどの高

温登熟耐性が高いとされる品種を用いた育種が盛んに行われている。しかし、図 2で示し

たように、ハナエチゼンでも平均気温が 30℃を超えるような高温ストレスをかけた場合に

は、背白粒発生率が 25%を超えたことから、気候変動に関する政府間パネルが予想するよ

うなより一層の高温化に対しては、ハナエチゼンのもつ高温登熟耐性のみでは不十分であ

る可能性が示唆された。

Tabata et al.(2007)で検出された、越路早生が背白粒発生率を低下させる QTLは第 1染

色体上に座乗している。従って、少なくともハナエチゼンと越路早生の高温登熟耐性 QTL

は集積(ピラミディング)が可能であり、現在の栽培品種より高温登熟耐性の強い品種を

育成できる可能性が開かれている。さらに、一層の高温化への対応として、高温登熟耐性

に関する新規遺伝資源の探索も課題であり、亀島ら(2008)が日本のイネ・コアコレクシ

ョンの高温登熟耐性の評価を進めている。

また、Kasalathの対立遺伝子が高温条件下でコシヒカリの外観品質を改善する遺伝子が、

第 2染色体短腕上に存在する可能性が示唆された(山村ら 2010)。今後、これらのインド

型品種のもつ高温登熟耐性に関する有用アリルについても積極的に利用していく必要があ

る。

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高温による品質低下軽減のための対策技術 中央農業総合研究センター 稲収量性研究北陸サブチーム

千葉雅大

はじめに

平成 21 年度における高温登熟耐性品種の栽培面積は、こしいぶきが新潟県の

14.3%、てんたかくが富山県の 9.4%、にこまるが長崎県 (奨励品種採用県) の 9.6%

であり、いずれも 1 割程度にとどまっている。新潟県や富山県では「コシヒカリ」、

九州地方では「ヒノヒカリ」が地域を代表する品種としてブランドを確立していて、

高温登熟耐性品種は、これらの品種の補助的な役割を果たしているに過ぎず、基幹

品種とはなっていない。特に、北陸地域における「コシヒカリ」のブランド力は強

く、「こしいぶき」と「てんたかく」は、中生の「コシヒカリ」ではなく、従来の

早生品種に代わる品種として育成され経緯がある。高温登熟耐性品種が市場の評価

を得て、地域の主要品種となるまでには、時間を要すると考えられ、それまでは栽

培的対策技術が重要である。

高温登熟に対する栽培的対策技術は、登熟期の高温を回避する技術と水稲の生育

を制御する技術に分けられる。高温回避技術として代表的なのは移植時期の移動で

ある。移植時期を遅くすることで出穂期が遅れ、登熟期の気温が低下する。北陸地

域では、従来労力的な問題からゴールデンウィーク中の田植えが行われてきたが、

現在では田植えのピークは 5 月中旬となっている。また、十分に用水が確保できる

地域では、登熟期に用水を掛け流すことにより水田の地温を低下させることが行わ

れている。水稲の生育を制御する技術としては、疎植、深水栽培、施肥管理等があ

り、今回はこのうち施肥管理と深水栽培を中心に解説する。

施肥管理

1. 地力管理と基肥による籾数制御

近年の気候温暖化の影響で、登熟期だけでなく栄養成長期の気温も高くなってい

る。そのため、分げつの発生が促進され、穂数が増加して籾数過多になりやすい。

また、近年の降雪量の減少が積雪地での消雪時期の早期化につながり、乾土効果に

よって、土壌中の窒素無機化量が増加して、籾数過多の傾向に拍車をかけることが

指摘されている(松村 2005)。水稲では、面積当たりの籾数が増加すると乳白粒の

発生が促進される。したがって、収量と品質を両立するためには、適性籾数に生育

を制御するための施肥管理が重要となる。適性籾数は、品種は地域で異なるが、北

36

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陸地域のコシヒカリでは 28000 粒/㎡程度である。各県で、適正な籾数に生育を制

御するための基肥基準が定められている。

白未熟粒の発生には、水田の地力低下が関係していることが指摘されている(松

村 2005、近藤 2007)。水田への堆きゅう肥の施用量は減少傾向にある。また、コメ

の生産調整のために、ダイズやムギ類等とのブロックローテーションが定着してい

るが、田畑輪換を繰り返すと土壌の可給態窒素が減少し、特に稲わらを持ち出すと

この傾向が助長される (住田 2005)。地力が低下した圃場では、登熟期の栄養凋落

を起こしやすく、栄養凋落した水稲では、光合成機能や転流機能が低下するために、

品質が低下しやすい。1997~2000 年の福井県の調査では、1974 年以前の調査と比

べて、水田の作土深が浅くなったことが報告されている (伊藤ら 2001)。松村

(2008) は、水田の作土深が浅くなると穂揃期の葉色が低下し、整粒歩合が低下し

たことを報告している。また、田中・狩野 (2007) は、根圏域を制限した試験を行

い、根圏域が浅くなるほど、乳白粒と背白粒の発生が増加したとしている。これら

のことから、作土深の減少による浅根化が水稲の窒素栄養状態の低下につながり、

品質の低下を引き起こしたと考えられる。以上から、登熟期の栄養凋落を防ぐため

には、圃場に適量の有機物施用を施用して地力を維持して、深耕で根圏域を拡大す

ることが重要であると考えられる。

2.高品質と両食味を両立する穂肥

玄米タンパク含有率の増加は、食味を低下させることが知られており、食味向上

のため、窒素施用量は削減されてきた。しかし、低タンパク化による食味向上には

限界があり、極端にタンパク質含有率を低下させても食味は向上しないことが指摘

されている (林・金 2006、近藤 2007)。多くの県では、玄米タンパク質含有率の上

限となる目標値として 6.5%程度が採用されている。一方、穂揃期の葉色の低下は、

高温登熟条件化での背基白粒の発生を助長する (高橋 2006) 。したがって、高品質

良食味を実現するためには、高温でも背基白粒の発生を抑制する葉色の確保と、玄

米タンパク含有率の目標値以下への抑制を両立する穂肥の施用を求められる。しか

し、その施用量と施用時期の許容範囲は極めて狭い。特に、コシヒカリでは、穂肥

の時期や施用量を誤ると、倒伏の可能性が高まるため、より緻密な穂肥施用が求め

られる。必要な穂肥の量は、水稲の生育によって変わるため、葉色や生育量をもと

にした基準が決められている。

3.その他の施肥管理

上記以外の施肥管理で高品質良食味に取り組んでいる例がある。尾崎 (2003) は、

37

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コシヒカリの 1 回目穂肥を半減させることにより 2 次枝梗着生籾の割合を減少させ

て乳白粒等の未熟粒を減少させて、さらに 2 回目穂肥の半減させることで玄米タン

パク含有率を目標以下に低下させることが可能であることを報告している。森田ら

(2009) は、穂肥を 10~15 回に分けて少量継続追肥すると穂揃期の茎部 NSC が増

加し、慣行の 2 回穂肥に比べて、収量の減少と玄米タンパク質含量の増加がなく、

整粒歩合が高くなったことを報告している。また、登熟期の栄養凋落を防ぐために、

肥効調節型肥料の利用が進んでいる。

深水栽培による高品質米生産

1.水稲の深水処理について

水稲の深水栽培は、処理時期によって 2 つの意義がある。1 つは、生殖成長期の

深水処理で、障害型冷害の回避を目的として実施される。水稲は、穂ばらみ期に低

温に遭遇すると、花粉の形成不良により不受精となり収量が大きく減少する。冷害

年の夏季は、気温より水温が高いので、障害型冷害の危険期 (小胞子初期~四分子

期) およびその前歴期間 (穎花分化期~小胞子初期) に深水にすることで幼穂を低

温から守り、不受精による収量減少を防ぐことができる (佐竹ら 1988)。

もう一つは、生育制御を目的とした栄養成長期の深水栽培である。分げつ期に深

水処理を行うと、弱小分げつの発生が抑制されて、有効茎歩合が高まる。また、適

切な時期に処理すれば、耐倒伏性が高まる (大江ら 1996)。

深水栽培は、過剰分げつを抑制することにより籾数を制御する技術であり、白

未熟粒の発生が抑制できる可能性がある。加えて、深水栽培では、慣行水管理に比

べて窒素の発現時期が遅れる (錦ら 1988) ため、生育初中期の過剰窒素発現による

籾数過多と、登熟期の栄養凋落の回避も期待できる。反面、深水栽培では弱勢な 2

次枝梗着生穎花が多くなるため、品質が低下する懸念がある。

以降では、2004 年から 2008 年に行った、分げつ盛期から最高分げつ期にかけて

の水深 18cm の深水栽培の試験結果をもとに、深水栽培による白未熟粒発生抑制効

果について述べる。

2.深水栽培が水稲の生育・収量・品質に及ぼす影響

深水栽培では、深水処理期間は分げつの発生が抑制された(第 1 図)。また、処

理後も無効化する分げつはほとんどなく、有効茎歩合は慣行に比べて高くなった。

その結果、2 次分げつや上位の 1 次分げつの穂が少なく、強勢な下位の 1 次分げつ

の穂を中心とした分げつ構成となった (第 2 図)。深水栽培した水稲の収量構成要素

をみると、穂数が減少し、一穂籾数が増加する穂重型の生育を示した (第 1 表)。ま

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た、登熟歩合と玄米千粒重は、深水栽培により増加するする傾向が認められた。収

量は年次を平均すると慣行と同等であったが、2007 年の初星では、大きく減収し

た (第 2 表)。この年は、初期生育が悪く、茎数不足が減収の原因であった。水深

18cm の深水処理では、深水処理開始後の茎数の増減がほとんどないため、収量の

確保には、十分な茎数を得てから深水処理をすることが重要であると考えられる。

深水栽培では、高温処理の有無に関わらず、白未熟粒の発生が抑制された (第 3 図)。

白未熟粒の中でも、特に、乳白粒への発生抑制効果が大きかった。

以上から、深水栽培は収量を減少させることなく、白未熟粒と抑制する技術とし

て有望であると考えられる。

第 1 図 深水栽培が茎数の推移に及ぼす影響.

初星慣行区 ササニシキ慣行区 コシヒカリ慣行区

初星深水区 ササニシキ深水区 コシヒカリ深水区

0

100

200

300

400

500

600

700

0 20 40 60 80 100 120 140

茎数

(本/㎡

)

移植後日数 (日)

深水処理

第 2図 深水栽培が穂の分げつ構成に及ぼす影響.

初星 (2005-2006年)

0

1

2

3

4

5

主茎 2 3 4 5 6 7 8 2 3 4 5 6

1次分げつ 2次分げつ

穂数

(本

/株

)

慣行区 深水区

第 1 表 深水栽培が収量構成要素に及ぼす影響.

穂数 一穂籾数 玄米千粒重 登熟歩合単位面積あたり籾数

(本/㎡) (粒) (g) (%) (100粒/㎡)初星 慣行区 381 68.8 23.0 89.4 248

深水区 307 74.3 23.8 91.9 214

深水区/慣行区 (%) 80.6 108.1 103.5 102.8 86.2

ササニシキ 慣行区 414 83.4 21.1 82.4 322

深水区 348 97.1 22.1 87.3 313

深水区/慣行区 (%) 84.0 116.4 104.7 106.0 97.2

コシヒカリ 慣行区 346 86.1 20.8 90.6 282

深水区 308 96.5 21.3 89.3 282

深水区/慣行区 (%) 89.1 112.0 102.4 98.5 99.9

平均 慣行区 380 79.4 21.7 87.5 284

深水区 321 89.3 22.4 89.5 269

深水区/慣行区 (%) 84.4 112.4 103.5 102.3 94.9

有意差 処 理 * ** * ns ns

品 種 *** *** *** ns ***

処理×品種 ns ns ns ns ns

品種 試験区

*,**,***はそれぞれ 5%,1%、0.1%水準で有意差あり.

ns は有意差なし.

第2表 深水栽培が精玄米収量に及ぼす影響.

ns は有意差なし.

2004 2005 2006 2007

初星 慣行区 450 555 422 515 485

深水区 483 520 437 412 463

ササニシキ 慣行区 447 566 499 504

深水区 442 646 483 524

コシヒカリ 慣行区 431 558 489 511 497

深水区 434 619 474 490 504

精玄米収量 (kg/10a)品種 試験区

ns

平均

ns

ns

39

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深水栽培の白未熟粒抑制要因の解析

白未熟粒発生の直接的な要因は、シンクである籾への炭水化物の供給不足である。

水稲では、籾への炭水化物供給源は大きく 2 つに分けられる。1 つは、出穂前に茎

葉に蓄積される炭水化物である。もう 1 つは、出穂後の光合成産物である。そこで、

前者の指標として、穂揃期における葉鞘・稈の NSC 量、後者の指標として穂揃期

の葉身窒素含有量と登熟期の葉面積を用いて、深水栽培で白未熟粒の発生が抑制さ

れる要因の解析を行った。

深水栽培により、葉鞘・稈の NSC 割合は高くなる傾向が認められ、籾あたりの

NSC 量は増加した (第 4 図)。また、深水処理よる葉身窒素含有率への影響は年次

により異なったが、籾あたり葉身窒素量は深水栽培により増加した (第 5 図)。穂揃

期における深水区の籾あたり葉面積は、慣行区より大きく、登熟が進むにつれて深

水区/慣行区比が増加したことから、深水栽培では栄養凋落することなく、登熟期間

中も光合成機能は高く保たれると考えられる。

以上より、深水栽培では、出穂前の茎葉への炭水化物蓄積量が多く、登熟期間中

も栄養凋落せず光合成機能が高く保たれることにより、籾への炭水化物の供給量が

増加し、白未熟粒の発生が抑制されると考えられる。

第 3 図 深水栽培が白未熟粒の発生に及ぼす影響

0

5

10

15

20

25

2004 2005 2006 2007

白未

熟粒

割合

(%

年次

初星

0

5

10

15

20

25

2004 2005 2006年次

ササニシキ

0

5

10

15

20

25

2004 2005 2006 2007

年次

コシヒカリ

40

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第 4 図 深水栽培が穂揃い期における葉鞘・稈

の NSC割合と籾あたりの NSC量に及ぼす影響.

*,**,***はそれぞれ 5%,1%,0.1%水準で有意差

あり. ns は有意差なし.

0

3

6

9

12

15

25

30

35

40

慣行区 深水区 慣行区 深水区 慣行区 深水区

初星 ササニシキ コシヒカリ

2006年

**

***

**

***

****

0

3

6

9

12

15

25

30

35

40

慣行区 深水区 標準区 深水区

初星 コシヒカリ

NSC量

(mg/籾

)

NSC割

合(%

)

2007年

*

**

**

***

0

3

6

9

12

15

25

30

35

40

慣行区 深水区 標準区 深水区

初星 コシヒカリ

NSC割合

NSC量

2008年

*

***

ns

ns

第 6 図 深水栽培が登熟期の葉面積に及ぼす影響

0

0.5

1

1.5

2

穂揃

登熟

中期

成熟

穂揃

登熟

中期

成熟

穂揃

登熟

中期

成熟

初星 ササニシキ コシヒカリ

葉面

積(cm2/籾

) 慣行区 深水区

0

50

100

150

200

深水

区/慣

行区

(%)

2006年 2007年 2008年

第 5 図 深水栽培が穂揃い期における窒素濃度

と籾あたりの葉身窒素含有量に及ぼす影響.

*, ***はそれぞれ 5%,0.1%水準で有意差あり. ns

は有意差なし.

0

0.1

0.2

0.3

2.0

2.5

3.0

3.5

4.0

慣行区 深水区 慣行区 深水区 慣行区 深水区

初星 ササニシキ コシヒカリ

2006年

*

*

ns

*

ns

ns

0

0.1

0.2

0.3

2.0

2.5

3.0

3.5

4.0

慣行区 深水区 標準区 深水区

初星 コシヒカリ

窒素濃度

窒素含有量

2008年

***

*

**

0

0.1

0.2

0.3

2.0

2.5

3.0

3.5

4.0

慣行区 深水区 標準区 深水区

初星 コシヒカリ

窒素含有

量(mg/籾)

窒素濃度

(%)

2007年

*

***

***

***

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林雅史・金和裕 2006.日作東北支部報 49:15-16.

伊藤博志ら 2001.北陸農業研究成果情報 17:27-28.

近藤始彦 2007.農及園 82:31-34.

松村修 2005.農場技術 60:437-441.

松村修 2008.日作紀 77 (別 2):14-15.

森田敏ら 2009.日作紀 78(別 1):36-37.

錦斗美夫ら 1988.農及園 63:723-731.

大江真道ら 1996.日作紀 65:238-244.

尾崎耕二 2003.平成 15 年度近畿中国四国農業研究成果情報.

佐竹徹夫ら 1988.日作紀 57:234-241.

住田弘一 2005.農業技術 60:391-396.

高橋渉 2006.農及園 81:1012-1018.

田中研一・狩野幹夫 2007.平成 19 年度関東東海北陸農業研究成果.

42

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温暖化による気候変動予測と早期警戒システムの開発

中央農業総合研究センター 農業気象災害研究チーム

大野宏之

地球温暖化のメカニズム

図は地球表面と大気・宇宙との熱のやりとりを推定した図である。この図から分かると

おり、地球は太陽から降り注ぐ日射のエネルギーの 69%を吸収する一方、それと同じエネ

ルギーを赤外放射の形で放出し両者は釣り合っている(平衡状態)。ここで、赤外放射とは、

あらゆる物質から温度に応じて放出されている電磁エネルギーで、物質の温度の 4 乗に比

例して増加する。

いま、仮に地球に大気がないと仮定すると、地球表面は 235 Wm-2 の熱エネルギーを宇宙

に放出するのにちょうど良い表面温度で平衡状態に達する。この温度は約-18 C である。現

実の地球には大気があり、大気もその温度に応じた赤外放射を地表面と宇宙に放出してい

る。そして、大気には厚さがあり上端と下端で温度差があるため、上端で 235 Wm-2 のエネ

ルギーを放出する大気は下端では 324 Wm-2 の赤外放射を地表面に向けて放射する。このた

め、390 Wm-2(324 プラス日射吸収分)のエネルギーを図に示すように、熱対流、水蒸気の相

変化、赤外放射の 3 つの経路で大気に送っている。これらのいずれの気象・物理過程も表

面温度が増加するに従って輸送量は増加する特性をもっており、390 Wm-2 となる表面温度

で平衡する。それが現在の地球の平均的な温度(+15 C)である。

大気中の温暖化ガスが増加すると、大気から地表面にむけて放射される赤外放射の量が

図 1. 地球表面と大気・宇宙との熱の輸送過程の模式図(Kiehl, J., and K. Trenberth, 1997)

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増加するので、それに見合う熱エネルギーが大気に輸送される温度となるよう、地表面温

度は変化することになる。これが温暖化ガスによる気温上昇のメカニズムである。

ここで、温室効果の 93%は水蒸気によってもたらされており、残りの 7%が、CO2 を初め

とするいわゆる「温暖化ガス」によってもたらされている(Barrett 2005)。

気候変動の予測

地球表面の平衡温度は大気と地球表面(地表面・海面)との複雑な熱のやりとりで決定され

るため、将来気候の予測には、大気と海洋の運動や熱収支を計算機上で再現する数値モデ

ル(大気海洋大循環モデル)と、大気に排出される温暖化ガスの将来予測、ならびに、地表面

や温暖化ガス濃度の変化を推定するモデルを用いて行われる。

(1) 温暖化ガス将来予測

IPCC 第三次報告書と第四次報告書(IPCC 2007)では、「SRES シナリオ」と呼ばれる温暖

化ガスの排出量予測に基づいて大気濃度が計算され将来気候が予測された。このシナリオ

は IPCC の特別プロジェクトによって、次のように作成された。まず、既存の多種多様な温

暖化ガス排出予測研究を評価し将来社会の発展方向を大きく 4 つに分類した。次に、それ

ぞれの方向性に対し、人口などの基礎的な将来予測を統一した。この条件で、世界の 6 つ

の研究グループが排出量を予測し、40 種類の将来予測を作成しそれらの中から基準となる

シナリオを選び出した(マーカーシナリオ)。なお、A1 シナリオは発展する技術分野の違い

により A1T、A1B、A1FI にさらに分けられるが、A1B が用いられることが多く、A1 とだけ

表記される場合は A1B を指す。

表 1 に、社会の発展方向の基調を文章で示す。また、図 2 に SRES が作成した 40 の二酸

化炭素についての排出予測シナリオを示す。

(2) 大気海洋大循環モデル(AOGCM)

大気における熱や水の動きを予測するモデルもまた世界各国で数多く開発されている。

そのうち、IPCC の第四次報告書では 20 以上のモデルによる結果が用いられている。この分

野の発展はめざましく、今日の AOGCM では高低気圧に代表される大気の大規模な運動や

それに基づく降水のみならず、海流による熱の移動や河川による水の移動、大気中の微粒

子(エアロゾル)による各種効果、雪氷体や植生などの影響もモデルに組み込まれている。モ

デルが地球を包み込む細かさも時代を追って増し、第四次報告書で用いられているもっと

も細かいモデル(MIROC3.2(hires))では、およそ 100 km (T106)である。

そして、それぞれのモデルの精度も、個々のプロセスモデルの精緻化やモデル相互の比

較、より充実した各種観測値との比較を通じて向上を続けている。また、予測の初期値を

わずかに変化させて繰り返し予測値を計算させ、それを統計処理するなど運用面での高度

化も進む。

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(3) 気候変動の予測

図 3 に、IPCC 第四次報告書に示された SRES シナリオ毎の温暖化予測結果の代表的な図

を示す。報道等による「温暖化により将来気温が 2 から 4 度上昇する」という予測は、こ

のようにして導かれた。そして、東アジアについては、降水量は増加、寒冷な日の減少、

強い降水事象の増加、台風の増加(世界的には減少だが)などが定性的に予測されている。

それでは、日本はどのように予測されているであろうか。IPCC 第四次報告書に繰り返し

引用されている AOGCM に日本の研究グループによるものが二つ含まれる。一つは気象庁

気象研究所の MRI-CGCM2.3.2 で、もう一つは東京大学気候システム研究センター他の

MIROC3.2(hires)である。Okada et al. (2009)は、両者を含む 7 種類の AOGCM の結果を日本

域について空間補完し、三次メッシュ(約 1 km×1 km)のデータセットを作成し比較した(表

2)。いずれのモデルにおいても、地球温暖化により気温が次第に上昇しその変化量は高緯度

表 1. SRES で定義された四種類の温暖化ガス排出シナリオの基調。

発展方向 基 調

A1:「高成長社会 シナリオ」

経済圏の拡大や技術移転により、文化および社会の相互作用が拡大し、地域間

格差が減少する。これにより一人当たり国民所得が増大する。

A2:「多元化社会 シナリオ」

地域主義および地域の独自性の保持(地域経済圏の強化:資源の域内依存、国

際的相互依存が進展しない)。

B1:「持続発展型社

会シナリオ」 経済、社会、環境持続性に対しては地球的解決に重点がおかれ、これには公平

性の改善は含まれるが、追加的な温暖化対策は含まれない。

B2:「地域共存型社

会シナリオ」 シナリオ・経済、社会、環境持続性に対しては地域的解決に重点がおかれる。

本シナリオも環境保全や社会的公平性の実現を指向するものであるが、地域レ

ベルでの解決に重点がおかれる。

図 2. SRES の二酸化炭素排出シナリオ。太線が各シナリオを代表するマーカーシナリオに選定されたも

の(環境省地球環境局 2001)。

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ほど大きいこと、降水量が徐々に増加することが予測されている。ただし、変化量や分布

は同じ排出シナリオに基づいているにもかかわらず、両者でかなりの開きがある。

現在、AOGCM による予測結果は IPCC のホームページからダウンロードすることが可能

であり、三次メッシュに展開されたデータセットについても、(独)農業環境技術研究所から

入手することが可能となっているが、温暖化ガスの排出予測自体が大きな幅を持つなかか

ら選択されたものであることを考慮すると、実際の使用にあたっては予測値が大きな不確

実姓を持っていることをよく理解しておく必要がある。また、温暖化は、必ずしも徐々に

やってくるとは限らないことも心にとめておく必要がある。今年(2010 年)日本は全国的にこ

れまでにない猛暑に見舞われたが、暑い小笠原高気圧と、冷涼な大陸性高気圧、低温のオ

ホーツク高気圧のせめぎ合いの中にある日本では、むしろ異常高温年となる頻度が徐々に

増加する形で温暖化が進行すると考えた方がよい可能性がある。

このほか、AOGCM は、現在、最も解像度が高いものであっても 100 km 以上であること

から、地域スケールの気候システムのすべてを再現しているわけではないことにも注意を

表 2. 日本の研究グループによる 2 つの AOGCM で A1B シナリオに基づいて予測された日本域の暖候期

(5~10 月)の最高気温、平均気温、日平均気温、降水量、日射量の変化。変化の基準は、それぞれ

同じモデルで計算した 1980-2000 年の平均値である。変化量は、気温については差で、降水量と

日射量については比で示されている。(Okada, et al. 2009 より抜粋) 最高気温

C 平均気温

C 最低気温

C 降水量

% 日射量

%

MRI-CGCM2.3.2 2055 年頃

* 1.6 1.7 1.8 106 101

2090 年頃** 2.5 2.6 2.7 112 101

MIROC3.2(hires) 2055 年頃

* 3.1 3.1 3.1 115 102

2090 年頃** 4.4 4.4 4.4 125 101

*2046-2064 の平均 **2081-2010 の平均

図 3. AOGCM で計算された、SRES マーカーシナリオに対する将来の全球平均気温の 1980–1999 年平

均からの差。折れ線グラフの様々な AOGCM の平均値で、その上下の色づけ部分はモデル間の違

いの標準偏差を示す(IPCC 2007)。

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払う必要がある。山岳の影響や台風発生など 100 km より明らかに小さい空間スケールの大

気現象にもとづくものばかりでなく、梅雨のような大きな空間スケールの気候システムで

あっても、空間分解が大きなモデルでは活動が過小評価される傾向があることがわかって

いる。

農業分野に限らず、影響評価の立場からは、より小さい空間スケールの予測や、平均値

ではい気候(異常気象の発生頻度の予測など)が強く求められている。このような需要に応え

るため、AOGCM の結果を初期値として、解像度数 km の気候モデル(領域気候モデル:RCM)

を稼働させるなどの取り組みが現在盛んに実施されている。

早期警戒システムの開発

これまで、数十年先の気象の予測について概観したが、それに備える取り組みと同時に、

(独) 農業・食品産業技術総合研究機構では、気象庁や気象業務会社が公開や提供する数日

から数十日先の数値予報を利用して農業災害を軽減するシステム(早期警戒システム)の開

発にも取り組んでいる。東北農業研究センターでは、気象の現況値を用いた冷害警戒シス

テムを運用しているが、新たにいもち病発生予察に気象予測値を用いるシステム

(BLASTAM)を開発し運用している。中央農業総合研究センターでは、気象予測値を用いて

水稲登熟不良、水稲高温不稔、小麦穂発芽予測、積雪予測を実施するシステムを開発中で

ある。

一般に、作物の気象災害の予測システムは、(1)作付けから収穫(過去から将来)に至るまで

の気象データの作成、(2)発育の予測、(3)評価式による被害発生程度の計算、(4) Web ブラウ

ザから操作可能なユーザーインターフェース、の各要素からなる。

ここでは、中央農研で開発中のシステムを例に、(1)と(2)について解説する。

(1) 気象データの作成

中央農研のシステムでは作物の発育予

測と被害評価のために、日別の最高気温、

最低気温、平均気温、降水量、日射量を、

「JIS X 0410 地域メッシュコード」三次メ

ッシュで一年分作成し日々更新する。気象

データは、前日まで、1 週間先まで、一ヶ

月先まで、その先の 4 種類に分けて作成す

る。前日までの気象データは、アメダスや

気象台など気象庁の観測値をインターネ

ットから入手する。気象庁の観測網はおよ

そ 20 km×20 km に一地点なので、これを

空間補間して三次メッシュとする。そのた 図 4. 中央農研で開発中の早期警戒システム(登熟不

良)のユーザーインターフェース。

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めに、 (独)農業環境技術研究所の「メッシュアメダス気象値」から作成した三次メッシュ

の日別平年値から、当該日の平年値分布を観測値で距離重み付け補間する。

一週間先までの気象データは、気象庁の現業全球数値予報モデル(GSM)による週間予報

GPV プロダクトを用いる。このプロダクトは北緯 20 度~50 度、東経 120 度~150 度の範囲

の気象要素を 0.2×0.25 度の格子で、192 時間(8 日)先まで時別で予報しているものである。

予報される気象要素は、地上気圧、風速(南北・東西)、気温、相対湿度、積算降水量、雲量

(全雲量、上層雲、中層雲、下層雲)である。これを日別値に変換した後、三次メッシュで作

成される補正値分布図と演算して三次メッシュの日別データを作成する。ここで、日射量

は、直接は予報されないので雲量より推定する。図 5 に、一例として、週間予報プロダク

トにおける地上気温のスナップショットと、時別気温の地上観測地との比較を示した。

一ヶ月先までの気象データは気温のみ作成する。これには、同一ヶ月予報 GPV プロダク

トを用いる。このプロダクトは、全球を 2.5 度×2.5 度の格子で 34 日先までの日別予報値を

毎週木曜日に予報しているものである。予報される気象要素は、地上気圧、降水量、気温

で、予報の初期値を微妙に変化させた 50 個の計算結果がそれぞれについて予報されるので、

これを平均して予報値とする。図 6 に、一例として、一ヶ月数値予報の 50 の日別平均気温

予報値の広がりを地上観測地の比較とともに示す。

一ヶ月より先の気象データは、「三次メッシュアメダス気象値」から作成した日別平年

値とする。

5

10

15

20

25

30

35

09/07 09/09 09/11 09/13 09/15 09/17 09/19

気温

[C]

日付 (2010年)

気温(会津若松観測値) 気温(GSM週間予報)

図 5. (左)週間数値予報 GPV から作成した 2010 年 8 月 1 日の日平均気温の分布。若松特別地域気象観

測所における GPV 予報と地上観測の時別地上気温の比較。

10

20

30

09/08 09/13 09/18 09/23 09/28 10/03 10/08

日平

均気温

[C]

日付 (2010年)max/min ±σ 観測値(会津若松) GPV平均

図 6. 一ヶ月数値予報 GPV のアンサンブルメンバーが示す日平均気温予測値の範囲(最大・最小値、標

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(2) 発育の予測

水稲や麦の出穂日や登熟日の予測は、SIMRIW 型(堀江 1995)の発育予測式を使用する。こ

の予測式は出穂までに 6 個、登熟までに 3 個のパラメータを持つ。この値については、様々

な現場で様々な値が求められ使用されている。

農林水産省の水稲作況基準筆調査票データを用いて、現在日本で生産されている主要な

水稲 5 品種について出穂までの発育パラメータを推定し、それによる出穂日の推定誤差の

全国的な傾向を調べたところ、緯度が低いほど負(推定値が観測値より早い)、緯度が高い

ほど正(推定値が観測値より遅い)の傾向を示すことが明らかになった(図 7)。全国的に見る

と、緯度が高い地域ほど苗齢が大きい傾向

を持つため、当初、このような相関の原因

と考えられたが、出芽から温度を管理して

栽培する連携試験を札幌、盛岡、つくばみ

らい、熊本で実施した結果、移植苗齢では

なく、水田水温と気温と差の影響による可

能性が高いことが明らかとなった。そこで、

現在、気温と日長に加え水田水温使用する

新しい関数と、水田水温を広域的に推定す

る手法をセットで開発中である。

引用文献

Barrett, T. (2005) Greenhouse molecules, their spectra and function in the atmosphere. Energy and Environment, 16,

1037-1045.

堀江武 (1995) 水稲の生育・生産過程の動的予測モデルの開発. 平成 6 年度科学研究費補助金(一般研究 A)

研究成果報告書. 167 p.

IPCC (2007) Climate Change 2007 - The Physical Science Basis. Working Group I Contribution to the Fourth

Assessment Report of the IPCC. 1009 p. Cambridge University Press.

環境省地球環境局 (2001) 4つの社会・経済シナリオについて -「温室効果ガス排出量削減シナリオ策定

調査報告書」2-21.

菅野(2010) 2008 年度秋季大会シンポジウム「地域の詳細な気象と気候の再現を目指して-ダイナミックダ

ウンスケール技術の高度利-」の報告 6.農業への利用-イネいもち苗発生予察への適用. 天気 57,

566-570

Kiehl, J., and K. Trenberth (1997) Earth’s annual global mean energy budget. Bull. Am. Meteorol. Soc., 78,

197–206.

大野宏之、吉田ひろえ、中園江、大原源二 (2010) 作況調査結果を利用した主要水稲品種の DVR パラメー

タ推定. 日本農業気象学会 2010 年全国大会講演要旨集. p. 105.

Okada, M., T. Iizumi M. Nishimori and M. Yokozawa (2009) Mesh Climate Change Data of Japan Ver. 2 for Climate

Change Inpact Assessments Under IPCC SRES A1B nad A2. J. Agric. Meteorol. 65, 97-109.

-30

-25

-20

-15

-10

-5

0

5

10

15

20

30 32 34 36 38 40E

sti

ma

tio

n E

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r (d

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)

Latitude (degee North)

ひとめぼれ

図 7.ひとめぼれの出穂日推定誤差と緯度の関係。

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