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pL A T E X2 ε : AID˙˙010010 人工知能学事典 再校のお願い 次ページ以降の内容につきまして,著者校正をお願いいたします. 締切は 2017 4 18 です. 修正できるのは修正必須の誤りだけです.文章の推敲や追加はできません校正が終わりましたら,修正がない場合は「修正なし」,修正がある場合は修正内容をメールで お知らせください. メールでは伝わりにくい修正指示は,この PDF を印刷して赤字を入れ,スキャンまたは写真撮 影の上,メールに添付してください. 共著の項目は,代表者がまとめてご回答ください. ご連絡事項 再校では,aidic ウェブシステム上での初校の結果を反映した原稿データを,最終的な紙版の状 態に近づけた組版状態でご覧いただきます(初校の状態を確認するには,再校通知メール(この PDF を開いたメール)の下部に記載したリンクを開いてください). 再校通知メールに個別の連絡を記載している場合があります.再校通知メールの■本項目固有 のご連絡■を必ずお読みください組版は,旧版の器に原稿データを流し込んで る調整・補正を施した状態です. 後の工程で,ページデザインやフォントサイズを変更して総ページ数を圧縮するため,版面はこ のあと変化します.配置・空きの不具合や,長い数式の飛び出しなど,組版上の見た目の問題は その後に修正しますので,個々のご指摘は不要です内容的には,全項目の再校が済んだ後の全体処理(術語の統一など)を経て変化します. 索引 は出るべきものが出ているかを確認してください(ページ番号が太字の索引は,こちらで 項目タイトルから付与した索引です).aidic ウェブシステムと紙版とでポリシーが異なるため, 並び順や対訳・略語の表示方法などは後にまとめて調整・変更します(現在そちらの作業も並行 して進めているため,すでに直っているところもあります). 項目タイトル部の項目番号は,現状どの項目も 1 (例えば 15 章なら「15-1」)(コラムの場合,章 番号も出ず「0-a」)と出ていますが問題ありません.一方,他項目参照の項目番号は,現時点の 項目ラベルになっています.以下に一覧があります. http://www.gravel.co.jp/pdfs/aidic_itemlist.htm aidic ウェブシステムによる紙版向けの TeX データで,稀に数式や索引語句などの再現における 事故が発生しています.別途共立出版にて不整合のチェックを行いますが,お気づきの点があり ましたらお知らせください. 校正終了の通知やお問合せは,再校通知メール(この PDF を開いたメール)への返信を使い,下記 宛てお願いいたします. 株式会社グラベルロード 学術コンテンツ編集: 伊藤裕之,山田ひとみ [email protected]

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人工知能学事典 再校のお願い

次ページ以降の内容につきまして,著者校正をお願いいたします.

• 締切は 2017年 4月 18日です.• 修正できるのは修正必須の誤りだけです.文章の推敲や追加はできません.

• 校正が終わりましたら,修正がない場合は「修正なし」,修正がある場合は修正内容をメールで

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• メールでは伝わりにくい修正指示は,この PDFを印刷して赤字を入れ,スキャンまたは写真撮

影の上,メールに添付してください.

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ご連絡事項

• 再校では,aidicウェブシステム上での初校の結果を反映した原稿データを,最終的な紙版の状

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その後に修正しますので,個々のご指摘は不要です.

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項目タイトルから付与した索引です).aidicウェブシステムと紙版とでポリシーが異なるため,

並び順や対訳・略語の表示方法などは後にまとめて調整・変更します(現在そちらの作業も並行

して進めているため,すでに直っているところもあります).

• 項目タイトル部の項目番号は,現状どの項目も 1(例えば 15章なら「15-1」)(コラムの場合,章

番号も出ず「0-a」)と出ていますが問題ありません.一方,他項目参照の項目番号は,現時点の

項目ラベルになっています.以下に一覧があります.

http://www.gravel.co.jp/pdfs/aidic_itemlist.htm

• aidicウェブシステムによる紙版向けの TeXデータで,稀に数式や索引語句などの再現における

事故が発生しています.別途共立出版にて不整合のチェックを行いますが,お気づきの点があり

ましたらお知らせください.

校正終了の通知やお問合せは,再校通知メール(このPDFを開いたメール)への返信を使い,下記

宛てお願いいたします.

株式会社グラベルロード

学術コンテンツ編集: 伊藤裕之,山田ひとみ

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第1章

人工知能基礎(総論) 

Foundations of Artificial Intelligence (Overview)

人工知能とは

人工知能(artificial intelligence; AI)とは,推論,

認識,判断など,人間と同じ知的な処理能力を持つ

コンピュータシステムである.人工知能の研究は,

人間の知能を人工物として実現することを目的と

するが,それだけでなく,それを通じて知能の働き

を解明することを目指す研究分野でもある.コン

ピュータが発明されて以来,コンピュータを知的な

処理に用いるための研究がなされてきた.当初は

チェッカーや定理証明など,定義が明確な問題を解

決する研究が対象となった.“Logic Theorist”は数

学の定理証明を行うシステムであり,最も古い人工

知能システムと言われている.このシステムはプロ

グラムによって人間と同じように定理証明を行える

ことを示した.しかし,定理証明は知能の一側面に

すぎず,より高度な知能をプログラムで実現できる

かどうかについて,その後,哲学的な論争が引き起

こされることとなった.1956年のダートマス会議

(Dartmouth Conference)で「人工知能」という用

語が使われるようになった.しかし,人工知能とは

何かについて,専門家の間で共有されている定義は

いまだにない.そもそも脳には,思考,計算,言語

の処理を行う左脳と,直観,感性,創造に関する処

理を行う右脳がある.人工知能を実現するには,両

方の脳の働きを実現する必要があるのか.また,感

情,心,価値観,パーソナリティなどは,人工知能

の実現に必要な要素であるのか.人工知能をテスト

する方法として著名なチューリングテスト(Turing

test)においても,この点は明らかではない.

人工知能の実現のためには,多くの要素技術を開

発しなければならない.人間は目や耳や皮膚など

のさまざまなセンサから外部情報を受け取り,そ

の内容を理解する.これをコンピュータで実現す

る技術が,画像認識(image recognition),音声認

識(speech recognition),自然言語理解(natural-

language understanding)などのインタフェース技

術である.次に,外部から獲得した情報に対して,

持っている知識を利用して問題を解くための処理を

行う.これをコンピュータで実現するには,状態空

間における解の探索技術や,知識を表現する技術,

知識を利用する技術(推論技術),経験やデータから

知識を獲得する学習技術が必要となる.さらに,医

療診断,会計処理,機械の制御,法律相談などの専

門分野ごとに語彙体系や基本ルール(オントロジー;

ontology)の構築が必要となる.

近年,大規模なデータが利用できるようになり,

また,コンピュータの計算能力の向上とソフトウェ

アの進歩により,深層学習(deep learning)や統計的

学習など,さまざまな機械学習(machine learning)

の技術が発展してきた.その結果,実用的な能力を

備えた人工知能システムが次々に現れてきている.

例えば,将棋や囲碁などのゲームやクイズ番組では,

すでに人間の専門家を超えるシステムが開発され,

自動車の自動運転も実用化に近づいている.また,

これまで進展が遅れていた音声認識,画像処理,対

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話処理などにおいても機械学習による研究が進んで

おり,実用化への期待が高まっている.

このように人工知能技術が実用化され,われわれ

の日常生活で活用されるようになると,人工知能が

人間の仕事を代行する能力を持つようになり,人間

の職を奪うのではないか,また,人間の能力を超え

て人間の存在を脅かすのではないか,という問題が

浮上してきた.さらに,人工知能の行為の法的責任

を誰が担うべきか,人工知能の活用によって得た利

益は誰のものかなど,さまざまな社会問題の検討も

必要になっている.

人工知能研究の歴史

先史時代

コンピュータなどの人工物によって知能の実現を

目指す人工知能の考え方は,万能計算機械としての

コンピュータの原理とほぼ同じ 1930年代に芽生え

たと言えよう.すなわち,今日のコンピュータの原

理的基礎を構築した偉大な科学者が,AIという言

葉が生まれる以前に,すでにコンピュータによる知

能について思考を巡らせていた.

創成期

「人工知能」(AI)という名称が生まれ,AIという

研究分野が陽に形成されたのは,アメリカのニュー

ハンプシャー州にあるダートマス大学で 1956年に

開かれた研究集会においてである([1-b]参照).こ

の研究集会を立案したのは,当時 29歳のマッカー

シー(J. McCarthy)であり,その後のAI研究の指

導的役割を果たしてきたミンスキー(M. Minsky),

サイモン(H. Simon),ニューウェル(A. Newell),

そしてシャノン(C. Shannon)らが参加した.この

集会では,まだ数値計算が主体であったコンピュー

タの潜在的能力に着目し,人間のように思考し知的

能力を発揮するコンピュータの研究について議論さ

れた.この研究集会はダートマス会議と呼ばれ,最

初に動いた AIプログラムとも言える Logic Theo-

ristのデモが,ニューウェル,ショー(J. C. Shaw),

サイモンによりここで行われている.彼らは,手

段目標解析(means-ends analysis)法という汎用的

な問題解決機構を備えた一般問題解決器(general

problem solver; GPS)を翌 1957年に開発した.

AIの重要な分野である自然言語処理については,

コンピュータが誕生した頃から機械翻訳(machine

translation)の構想が示され,1950 年代初期に 2

言語間での辞書引きと語順の並び替えによる機械

翻訳の試みがなされている.当時米国では露英機

械翻訳を中心に研究が行われた.1957年にチョム

スキー(N. Chomsky)により提案された生成文法

(generative grammar)理論は,自然言語解析の基

礎を与えた.

後年にプログラム内蔵のコンピュータの基本形を

創案したフォン・ノイマン(J. von Neumann)は

一流の数学者として幅広い分野でその才能を発揮

し,2人ゲームにおける探索の基本であるミニマッ

クス法を定式化している [1].計算原理の基礎であ

るチューリングマシンを考案したチューリング(A.

Turing)は,1950年の論文 [2]で人間の思考と機械

的計算との関係について論じ,機械が知能を持つ

と考えられるか否かを判定する方法として,チュー

リングテストを提唱した.同じく 1950年頃に,情

報理論の創始者であるシャノンにより,チェスを探

索問題として解く研究が行われた.これらに先立

つ 1943 年には,マカロック(W. McCulloch)と

ピッツ(W. Pitts)によりニューラルネットワーク

(neural network; NN)の基礎となるモデルが提唱

されている.

人工知能を実現するには,人間の知識や体験を参

照しつつ,思考・論理・計算・読み書き・言語処理

など左脳優位の情報処理と,直感・感性・創造性・

イメージ認識など右脳優位の情報処理を行う技術

を開発する必要がある.前者には,知識を記号で表

現して記号処理として推論を行う手法が広く用いら

れ,後者には,ニューラルネットなど,記号を明示

的に用いない手法が適すると考えられる.そのいず

れの手法についても,1950年代に具体的な研究が

始まったのである.

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4 第 1章 人工知能基礎(総論)

探索の時代(1960年代)

1960年代の AI研究は,主としてゲームなど,規

定しやすく結果の評価も比較的容易な,いわゆる閉

じた世界の問題を対象にして,知能発現の源は探索

にあるとし,探索の効率化を中心課題としていた.

探索の組合せ的爆発(combinatorial explosion)を

防いで効率化を図るために,ヒューリスティックス

(heuristics)([1-c]参照)を用いた探索法が探求さ

れた.A*アルゴリズム(A* algorithm)([1-05]参

照)は,この時期の代表的研究成果の一つである.

プランニング(planning)の研究も自律ロボットの

研究と関連して行われ,その後の枠組みの出発点に

なる STRIPS([1-14]参照)が生まれている.AI

研究において 1960年代は探索中心の時代であった

と言えよう.

1960年代の自然言語処理については,機械翻訳

とともに自然言語によるいくつかの対話システムや

質問応答システムの研究開発が行われた.1966年

にワイゼンバウム(J. Weizenbaum)により開発さ

れたおしゃべり対話システムの ELIZA は,今日

でもその流れを汲む研究開発が続いている.1966

年に全米研究評議会(National Research Council)

の委員会より機械翻訳の実用性に関して否定的な

ALPAC報告書(ALPAC report)([8-a]参照)が

出されたため,研究費のカットによって米国での

機械翻訳研究は停滞し,基礎研究へシフトするこ

とになった.1968年には,連想的記憶構造に基づ

く自然言語の意味表現法である意味ネットワーク

(semantic network)が考案されている.

マッカーシーの創案により 1960年頃に開発され

た Lisp(list processor)言語は,記号操作に基づく

AIの主要なプログラミング言語となった.1950~

1960年代の研究成果には,サミュエル(A. Samuel)

のチェッカーのゲームプログラム,ゲランター(H.

Gelernter)の幾何定理証明(theorem proving in ge-

ometry),スレイグル(J. Slagle)の記号積分(sym-

bolic integration)などがある.ミンスキーは 1961

年の論文 [3]で AI研究の課題と方向性を提示した.

1962 年には,ローゼンブラット(F. Rosenblatt)

が比較的簡単なニューラルネットであるパーセプ

トロン(perceptron)の学習が収束することを示し

た [4].1963年には,米ソ冷戦下の科学技術競争を

背景として MIT のプロジェクト MAC(Multiple

Access Computing または Machine Aided Cogni-

tion)に研究資金が投じられ,AI研究が広がった.

スタンフォード大学,カーネギーメロン大学,SRI

(Stanford Research Institute)などでも AI研究が

開始された.

コンピュータビジョン(computer vision)に関し

ては,1965年のMITにおけるロバーツ(L. Roberts)

の研究により,単なる 2次元画像処理や認識とは異

なる 3次元シーン理解を目指す研究が始まり,積み

木世界シーンを主な対象として研究が進展した.

1969年には,第 1回人工知能国際会議(IJCAI)

が開催されている.

知識の時代(1970年代)

1960 年代後半には現実問題への AI の適用が始

まり,その後のエキスパートシステムに繋がる研

究がなされている.スタンフォード大学の DEN-

DRAL(有機化合物構造の推定)(ファイゲンバウム

(E. A. Feigenbaum),ブキャナン(B. Buchanan)

ら)や MITのMACSYMA(記号積分などの数

式処理)(モーゼス(J. Moses)ら)などである.い

ずれも多様な状況に対処しなければならない実用的

に重要な問題を扱い,10年近くの年月をかけて実

用化された.

エキスパートシステム(expert system; ES)は,

特定分野の専門家(エキスパート)並みの知的能力

を発揮することを目指した知識ベースシステムで

ある.エキスパートシステムだけでなく自然言語

理解や画像理解に関しても,実用的問題への AIの

適用が注目されるにつれて,知識重視の考え方が顕

著になってきた.少量の知識を操作して答えを導く

推論能力よりも,多量の知識を集積して活用する方

法がより有望であると認識されるようになったの

である.これに対応し,それまで中心であったルー

ル表現によるプロダクションシステムに加えて,フ

レーム(frame)(ミンスキーが考案),黒板モデル

(blackboard model)などの知識表現法が生まれて

いる.AIにおいて 1970年代は知識の時代として特

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徴付けられよう.

簡単に言えば,1960年代の推論中心のAIは頭の

回転の速さを重視し,1970年代の知識中心のAIは

知識の豊富さを重視していたと言える.大量の知識

を効果的に操作・活用する高速の推論機能を有する

知性が,研究の目標であった.

自然言語理解においても,次第に意味解釈におけ

る背景知識の扱いが重要になってきた.1972年に

ウィノグラード(T. Winograd)により発表された

SHRDLUは,積み木の世界の操作という限定さ

れた環境下で,世界知識を背景とした構文解析,意

味解析,推論による問題解決を行ったことで,その

後の研究に大きな影響を与えた [5].シャンク(R.

Schank)は,1969年に少数の意味素を組み合わせ

て句や文の意味を表現する概念依存関係(concept

dependency)理論を発表し,1970年代前半にそれ

によるシステムを示した.また,シャンクらは 1975

年に自然言語文による一連のストーリー理解のため

の関連知識表現法としてスクリプト(script)を提

案した.スクリプトは事象の時系列的側面の記述が

重視されているが,構造的にはフレームと類似して

いる.機械翻訳については,翻訳ニーズが高いヨー

ロッパ,カナダ,日本で 1970年代半ばから研究が

活性化し始め,カナダでは 1976年に天気予報の英

仏翻訳が実用化された.

1970年代は,ARPA研究費による音声理解プロジ

ェクトが進められたことで,音声理解の研究も進展し

た.カーネギーメロン大学では,レディ(R. Reddy)

を中心にして,HEARSAY-II,HARPYといっ

た音声理解システムが開発された.HEARSAY-II

からは黒板モデルの知識表現が生まれた.

1970年代の最も著名で影響力が大きかったエキス

パートシステムは,スタンフォード大学のMYCIN

(血液中のバクテリアの診断の支援)(ショートリフ

(E. H. Shortliffe))である.専門家の知識を扱って

いることがわかりやすい医療の領域であったこと

や,あたかも医師と対話しているかのような質問応

答機能(説明機能を含む)を備えていたことで,人

工知能型システムの具体化として大きな注目を集

めた.スタンフォード大学で実用指向の AIを推進

してきたファイゲンバウムは,1977年に実世界の

問題に対する技術を重視した知識工学(knowledge

engineering)を提唱した.こうして,1970年代後

半から 1980年代にわたり,多くのエキスパートシ

ステムの開発が行われた.

実用化の時代(1980年代)

1980年代には,高性能コンピュータがワークス

テーションとして広く利用できるようになり,コン

ピュータへの負荷が大きかった知識型システムを

容易に稼動させられる環境となったことも背景と

なり,エキスパートシステムを中心とした AIの実

用化が広く進められた.ルールやフレームといった

知識表現と推論機能を提供するソフトウェアツー

ルも,多数商品化された.マクダーモット(J. P.

McDermott)によるDECコンピュータ構成支援を

行う R1(後に XCONと改称)は,実用に供され

よく知られた 1980年代初頭のエキスパートシステ

ムの一つである.

AIの実用化を背景にして,1979年には米国人工

知能学会(American Association for Artificial In-

telligence; AAAI)が設立され,1986 年には日本

でも人工知能学会(Japanese Society for Artificial

Intelligence)が設立された.

日本では,第 5 世代コンピュータ(fifth gener-

ation computer)を開発する 10年プロジェクトが

1982年に開始された.これは,知識処理用の並列

コンピュータと論理型言語を核とする基盤的ソフ

トウェアを開発することを目的としたものであっ

た.このプロジェクトが論理型言語を核言語に設

定したことにより,その一種であるプログラミング

言語 Prolog が広く普及することになった.Prolog

の基礎である 1階述語論理は,1965年のロビンソ

ン(J. A. Robinson)による融合原理(resolution

principle)(導出原理とも称される)による推論法

の発明以来,広くコンピュータ科学の基礎領域で利

用されてきた.Prologは,1階述語論理式をやや制

限したホーン節を用いて融合原理に基づく推論を

行うプログラミング言語であり,1970年代初めに

コルメラウア(A. Colmerauer)とコワルスキ(R.

Kowalski)によって考案された.

論理は,Prolog というプログラミング言語とし

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6 第 1章 人工知能基礎(総論)

ての側面だけでなく,最も厳密に形式化された知識

表現法および推論法として,人工知能/知識処理の

重要な基盤になった.論理に基づく知識ベースが,

他の知識と矛盾する可能性のある知識や,真か偽か

不明な仮説的知識を含む場合に必要になる,非単調

推論(non-monotonic reasoning)(ある知識ベース

状態で導かれていた知識が,新たな知識の追加によ

り導かれなくなる可能性がある場合の推論形式)の

研究も進んだ.

知識ベースシステムが柔軟な能力を発揮するた

めには大量の知識が必要だが,人間のような柔軟

な知的能力を実現するためには,広い範囲に及ぶ常

識(common sense)が必要だということが認識さ

れるようになった.レナート(D. Lenat)はこの課

題に挑戦するため,常識を含む大規模知識ベースの

構築を目指す CYCプロジェクト(CYC project)

(“CYC”は “encyclopedia”に由来する)を 1984年

に開始した.しかし,それから十数年間にわたり開

発が行われたものの,その現実的インパクトは限定

的なものに留まっている.なお,日本のEDR電子

化辞書プロジェクトは,CYCに先行して始まって

いる.

知識に基づく推論よりさらに基礎的な課題とし

て,制約充足問題(constraint satisfaction problem;

CSP)がある.宣言的知識の定式化として制約(con-

straint)が注目されるようになり,単解を効率的に

求める方法を中心にして研究が進展した.これに関

連して,効率的求解が難しかったプランニング問題

でも,CSPの考え方に基づく効率的手法が研究開

発されるようになった.

手法の多様化

類推(analogy)は人間の思考の重要な様式である

が,機械(コンピュータ)には,類似性の判断やそれ

による推論は必ずしも容易ではない.類推に関する

初期の重要な研究としては,構造の類似性に着目し

た 1983年のジェントナー(D. Gentner)の研究が

ある.実用的には,類推は 1980年代後半からの事

例ベース推論(case-based reasoning; CBR),メモ

リベース推論(memory-based reasoning; MBR)と

して利用が図られた.事例ベース推論とメモリベー

ス推論は,前述の知識ベースへの知識獲得のボトル

ネックを克服するアプローチでもある.

ニューラルネットワークの研究は,パーセプトロ

ンの処理能力の限界が指摘された [6]ことによって

低迷した.しかし,1980年代半ばに非線形演算を

含む多層ネットワークの可能性が示される [7]と復

活し,知識の記号表現に基づく AIへのアプローチ

と対照的な,分散ネットワーク表現を用いるコネク

ショニスト(connectionist)アプローチとして注目

されるようになった.

現実問題では不確実性を伴う知識の扱いが重要と

なり,ベイズの規則に従う確率が基礎となるものの,

当初は,その確率で人間の主観に関わる不確実性を

扱うことは必ずしも適当ではないとの考えがあった.

例えば,MYCINでは確信度係数(certainty factor)

が使われた.1988年にパール(J. Pearl)によって

創案されたベイジアンネットワーク(Bayesian net-

work; BN)(「信念ネットワーク」(belief network),

「因果ネットワーク」(causal network)と称される

こともある)は,ベイズの確率を用いるが,因果関係

をグラフ構造で表し,証拠の独立性の仮定のもとで

確率を計算する方法(推論法に相当)を用いた.こ

れはモジュール的知識の表現と整合性が良いので,

それ以降,不確実な知識を扱う手法の主流になった.

このほかに,ザデー(L. Zadeh)によって 1965年

に創案されたファジィ集合(fuzzy set)に基づく表

現と推論も,言語的曖昧さを扱うのに用いられる.

AI 初期の 1960 年代初め頃は,統計的パターン

認識は AIと問題意識を多く共有していたが,アプ

ローチの差異により両者は次第に疎遠になっていっ

た.しかし,1980年代後半頃から,擾乱を伴うデー

タの扱いや非シンボル的知識への関心の高まりを背

景として,AIでも統計的パターン認識が次第に利

用されるようになってきている.

1986年にミンスキーは,著書『心の社会』(Society

of Mind)[8]において,多数のエージェントの集団

の働きにより心が形成されるというモデルを提示し

た.これは,マルチエージェント研究の一つの基礎

になるなど,多くの方面に影響を与えた.

1980年代後半からは,明示的な知識による知性

の実現を企てる伝統的な AIとは異なる,進化や創

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発(emergence)(思いもよらないような新機能が

部分機能の組合せにより発現すること)を特徴と

する人工生命(artificial life; Alife)の研究が勃興

した.並行して,遺伝的アルゴリズム(genetic al-

gorithm; GA)と遺伝的プログラミング(genetic

programming; GP)の基礎研究と応用も進展した.

学習

学習は問題解決とともに人間の知的能力の重要

な側面であり,人工知能においても重要な課題と

して,理論と応用の両面にわたり長く研究されてい

る.知識から結論を導く推論を演繹(deduction)と

呼ぶのに対し,多数の事例から共通に成立する知識

(ルールなどの一般法則)を見出す推論は帰納(in-

duction)といい,それに基づく帰納学習(inductive

learning)が中心的に研究されてきた.知識ベース

システム(knowledge based system)が有用だとし

ても,その知識には暗黙的なものも多く,専門家で

も書き下すのが難しいことが多いという知識獲得ボ

トルネック(knowledge acquisition bottleneck)ゆ

えに,学習は必須である.

学習メカニズムについては,1960年代には主に

パターン認識の分野で研究が行われた.AIでの初

期の研究例としては,1960年頃のサミュエルによ

るチェッカープログラム(checkers program)に暗

記学習(rote learning)が用いられた.

1975 年に発表され 1980 年代から広く使われて

いるキンラン(R. Quinlan)の ID3(iterative di-

chotomiser 3)(現在は C4.5と呼ばれている)は,

多くの属性を有する正例と負例からの決定木(deci-

sion tree)あるいは分類木(正例を包含する階層的

な概念記述.ルールによる概念記述とも見なせる)

の効率的な学習法である.そのほかの主な研究とし

ては,1970年のウィンストン(P. H. Winston)の

積み木世界の概念学習の研究,1970年代のミハルス

キ(R. S. Michalski)の正例による一般化と負例に

よる特殊化に基づく学習に関する一連の研究,1978

年のミッチェル(T. Michell)の単一概念学習を概

念記述の半順序構造上でシンプルな形にしたバー

ジョン空間(version space)法の研究などがある.

より豊かな知識表現力を持つ事項間の関係を表す

述語論理記述の事例からの学習(具体的には事例か

らの Prologプログラムの(半)自動生成)は,1981

年のシャピロ(E. Y. Shapiro)のモデル推論システ

ム(model inference system)を先駆として,1990年

代のマグルトン(S. Muggleton)を中心とする帰納

論理プログラミング(inductive logic programming;

ILP)へと発展している.学習は,1990年代半ばか

ら,生データから有用な関連性や相関ルールを見出

すデータマイニング(data mining)において,実

用的な応用領域が拡大した.

1980年代には演繹学習(deductive learning)(説

明に基づく学習; explanation-based learning; EBL)

の研究も行われた.これは既存知識の存在を前提に

して,演繹により得た推論過程(説明構造)に妥当

な一般化を施して知識として加えることにより,以

後の推論を効率化する.

1980年代半ばからは,学習の理論的基礎を与え

る計算論的学習理論(computational learning the-

ory)の研究も進んだ.

学習と関係があるもののいくぶん異なる発見に関

する研究も行われた.1970年代後半のラングレー

(P. Langley)によるBACONは,惑星運動に関す

るケプラーの法則のような数式で表される規則性を

観測データから発見できることを示した.1976年

のレナートによるAMは,初等数学と集合論の知

識に立脚して有意な新概念を発見するプログラムで

あった.その後,レナートは,発見における探索の

新しいヒューリスティックスを生成・獲得していく

機能を持つ EURISKOの開発も行った.

1990年代のAI

1990年代は,インターネットの普及により,情

報環境が大きく変貌した時代であった.1990年代

半ばから普及したWWWは,情報・知識のグロー

バルな流通・共有の基盤となり,物理的空間とは別

の情報空間(サイバースペース)として拡大した.

経済活動も,この空間で行われる部分が拡大してき

た.20世紀末に出現した新大陸とも言うべきこの

情報空間は,コンピュータでアクセスできる膨大な

量の情報と知識を擁することでこれを知能化する

要請の高まりを背景にして,AIが活躍する新たな

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8 第 1章 人工知能基礎(総論)

舞台となってきた.このように情報量が増大した環

境において,人間の情報検索や創造を支援する知的

な秘書・代行者として,エージェントの研究開発が

進展した.膨大なテキストデータが利用可能になっ

たことにより,自然言語処理においてはコーパスを

利用する手法の比重が高まった.データマイニング

や知識発見(knowledge discovery)の研究も大きく

進展した.同じく多様で大量のデータが利用可能に

なったことにより,1990年代にはマルチメディア

コンテンツやゲノム解析に関連する知的処理も大き

く発展した.

主体性を持つ情報システムとしてのエージェント

(agent)の研究開発が本格化したのは,1990年代

になってからである.自律ロボットも物理的実体を

持つエージェントであるが,ソフトウェアエージェ

ントは物理的世界に実体を持たず,ネットワーク化

されたサイバースペースで(知的)機能を発揮する

ものである.主に人間との間のインタフェースの役

割を果たす(しばしば顔や姿を有する)ソフトウェ

アエージェントを,インタフェースエージェントと

呼ぶ.ソフトウェアエージェントが多様な状況に対

応して自律的かつ知的に振る舞うには,内部に知識

を持ち,推論や学習を行う必要がある.

一方,物理的実体を持つエージェントである自律

ロボット(autonomous robot)も,1990年代に人間

型(ヒューマノイド)ロボットが登場して研究開発

が進展した.関連して身体性を持つ知能(embod-

ied intelligence)の観点が唱えられるようになった.

1997年には,人間のサッカーチームに勝つロボッ

トのサッカーチームを目指す競技会であるロボカッ

プ(RoboCup)の第 1回大会が日本で行われた.

1980年代半ばまでの知能ロボットの設計におい

ては,外界の理解,コンピュータ内での表現,行動

のプランニングという順序で処理を行う逐次的な

アーキテクチャが用いられてきた.これに対して,

ブルックス(R. A. Brooks)は反射行動的な回避行

動レイヤ,徘徊行動レイヤ,探査行動レイヤなどが

並列に動作する包摂アーキテクチャ(subsumption

architecture)を考案し,ロボットが外部環境の表象

を持たなくても外界の複雑性に応じて複雑で知的な

振る舞いが生じるという表象なき知能(intelligence

without representation)の考え方を提唱した.

1997年に IBMのチェスプログラムのディープブ

ルー(Deep Blue)が人間のチェス世界チャンピオ

ンのカスパロフ(G. Kasprov)に勝利したのは,AI

において象徴的な出来事であった.コンピュータ

チェスの 40年あまりにわたる研究の積み重ねによ

り,西欧で人間の知性の象徴と見られているチェス

において,AIは人間のレベルを超えたのである.

21世紀のAI

ディープブルーに次いで,2006年に開発が始まっ

た質問応答システム IBM Watsonが,2011年にク

イズ番組のジョパディ!(Jeopardy!)で人間のチャン

ピオンに勝利した.このWatsonは,統語解析(syn-

tactic analysis),意味解析,応答生成のモジュール

を直列に繋いだ古典的な自然言語処理システムの

一種だが,古典的な統語解析などの技術よりもむし

ろ,Wikipediaなどの大量のデータから情報を抽出

する技術を主に用いている点が特徴である.その

後,Watsonは医療診断の支援などに用いられ,人

間が到底読み切れない大量の論文を読むことによっ

て特殊な病名を特定するといった成果を挙げてい

る.一方,2012年に開かれた画像認識のコンテス

トにおいて,ヒントン(Geoffrey Hinton)らのチー

ムがディープラーニング(deep learning)を使って

2位以下を圧倒する精度で優勝した.ディープラー

ニングはそれ以来パターン認識を中心とするさま

ざまな問題に適用されている.中でも画期的だった

のは,2016年にディープラーニングを応用した囲

碁プログラムのアルファ碁(AlphaGo)が世界的に

トップレベルのプロ囲碁棋士に勝ったことだろう.

これらにより,カーツワイル(Ray Kurzweil)[9]

が唱えたシンギュラリティ(singularity)が現実味

を増したように思われるかもしれない.大量のデー

タからの情報抽出や碁などのゼロ和完全情報ゲーム

(zero-sum perfect-information game)(関係のある

情報がすべて与えられており,かつ関係者の利害が

常に対立するような社会的相互作用)においては,

機械はすでに人間を超えたと言えよう.

しかし,自然言語対話などの重要な課題のほと

んどにおいては,完全な情報が得られず,さらに

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9

関係者の利害が対立するとも限らない.そのよう

な状況では,機械はまだまだ人間に及ばない.例

えば,アルファ碁の開発においては,プログラム

同士を対戦させてその履歴のデータを学習に用い

ている.これが可能なのは囲碁が完全情報ゲーム

(perfect-information game)だからであり,自動運

転(autonomous driving)や自然言語対話では不可

能である.また,囲碁のようなゼロ和ゲーム(zero-

sum game)では,相手の気づかない可能性につい

て推論できれば有利であるのに対し,非ゼロ和ゲー

ム(non-zero-sum game)(関係者の利害が必ずし

も対立しないような社会的相互作用)において関係

者が互いの考えを一致させることにより双方が利益

を得るような場合は,相手と協調して推論の範囲を

絞り込むようなまったく異質の戦略が必要だろう.

自然言語で普通に会話したりすることができる

AIを作るには,このようなことに関する研究が成

熟する必要があるが,その日が 21世紀のうちに来

るかどうかは疑わしい.それまでは,AIの研究開

発のためにも,実社会への導入のためにも,AIに理

解できるように構造化されたデータが,社会全体に

わたり潤沢に流通していることが望ましい.まず,

AIの研究開発に良質で大量のデータが必要である

ことは言うまでもなく,実際に研究開発費のほとん

ど(筆者の経験では 9割以上)がデータの整備(取

得と構造化)に費やされている.また,さらに重要

な点として,AIが良質のサービスを効率的に提供

するためには,そのサービスの相手に関連する良質

で詳細なデータが容易に利用できる必要がある.

すなわち,AIの研究開発と活用の両面における

最大の課題は,データの構造化と流通の規模を拡大

し,効率を高め,持続可能性を確立することである.

とりわけ AIを実社会に普及させるためには,一般

の人々が日常の生活や業務において作成し共有・活

用するデータが,AIにも意味が理解できる標準的

な形式で構造化されていなければならない.その構

造の仕様であるオントロジー(ontology)を標準化

し,その標準オントロジーに従ってデータを正規化

する作業には,高度な意味理解(understanding)の

能力が必要である.しかし,AIは意味理解能力に

おいて人間に劣るので,その作業の大部分は AIに

よる自動化が不可能であり,社会全体にわたって人

手による BPR(business process reengineering; 業

務改革)が必須である.

AIの限界

AIは,人間のような知能は(記号操作を専らと

する)コンピュータによっては本質的に実現不可能

だという批判にさらされてきた.ドレイファス(H.

Dreyfus)は反AIの代表的な論客であり,瞬時に多

くの情報・知識を総合的に判断する直観や常識はコ

ンピュータでは実現できないなど,1960年代から

1990年代までAIの限界を主張してきた [10].サー

ル(J. R. Searle)は中国語の部屋(Chinese room)

という思考実験に基づいて,チューリングテストに

合格したとしても知能があるとは言えないと論じて

いる [11].サールの主張は,人の思考を表面的に模

倣するような弱いAI(weak AI)は実現可能だが,

意識を持ち意味を理解する強いAI(strong AI)は

実現不能だということである.理論物理学者として

著名なペンローズ(R. Penrose)は,心の働きは量

子効果を含んでいるので,既存のコンピュータでは

心は実現できないと主張している [12].また,1930

年代にゲーデル(K. Godel)が証明した不完全性定

理(incompleteness theorem)は,AIに限らず数学

や科学の根本的な限界を示すと思われる.

あとがき

人工知能の概要の説明に続いて,人工知能研究の

黎明期から現在に至るまでの歴史を振り返り,今後

の展望について述べた.近年の人工知能にはさまざ

まな技術的進展が見られるものの,人間並みの知能

の実現に繋がる本質的なブレークスルーが生じる可

能性は顕在化していない.しかし,データの社会的

循環に伴って基礎研究が深まり実社会での活用が広

がるにつれて,そのようなブレークスルーがいつ生

まれてもおかしくない状況と言えよう.

最後に,人工知能全般に関する参考書籍を,比較

的新しいものを中心に挙げておく.Artificial Intel-

ligence: A Modern Approach [13]は世界で最もよ

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10 第 1章 人工知能基礎(総論)

く使用されているテキストであり,翻訳版もある.

『人工知能ハンドブック』[14] は 1990 年に発行さ

れた人工知能学会編のハンドブックであり,本書

との差異を見ると人工知能分野の 30年あまりの進

展を知ることができよう.The Handbook of Artifi-

cial Intelligence [15]の第 I~III巻には 1970年代ま

で,Encyclopedia of Artificial Intelligence [16] に

は 1990年代初頭までの人工知能の研究がまとめら

れている.

参考文献

[1] von Neumann, J. and Morgenstern, O. Theory of

Games and Economic Behavior. Princeton Uni-

versity Press, 1944.【邦訳】下島英忠 訳, 銀林浩,

橋本和美, 宮本敏雄 監訳. ゲームの理論と経済行動(ちくま学芸). ちくま書房, 2009.

[2] Turing, A. M. Computer Machinery and Intelli-

gence. Mind, Vol. 59, pp. 433–460, 1950.[3] Minsky, M. Steps Toward Artificial Intelligence.

In Proc. IRE, pp. 8–30, 1961.[4] Rosenblatt, F. Principles of neurodynamics; per-

ceptrons and the theory of brain mechanisms.

Spartan Books, Washington DC, 1962.[5] Winograd, T. Understanding Natural Language.

Academic Press, 1972.【邦訳】淵一博, 田村浩一郎, 白井良明 訳. 言語理解の構造(コンピュータ・サイエンス翻訳選書). 第 6巻, 産業図書, 1976.

[6] Minsky, M. and Papert, S. Perceptrons: An In-

troduction to Computational Geometry. The MIT

Press, 1969.[7] Rumelhart, D. E., McClelland, J. L., and PDP

Research Group. Parallel Distributed Process-

ing — Explorations in the Microstructure of Cog-

nition: Foundations. The MIT Press, 1986.

【邦訳】甘利俊一 監訳. PDP モデル─認知科学とニューロン回路網の探索. 産業図書, 1989.

[8] Minsky, M. The Society of Mind. Simon and

Schuster, New York, 1986.【邦訳】安西祐一郎 訳.

心の社会. 産業図書, 1990.

[9] Kurzweil, R. The Singularity Is Near: When

Humans Transcend Biology. Viking Books, New

York, 2005.【邦訳】小野木明恵, 野中香方子, 福田実 訳, 井上健 監訳. シンギュラリティは近い─人類が生命を超越するとき. NHKブックス, 2010.

[10] Dreyfus, H. What Computers Can’t Do: The

Limits of Artificial Intelligence. The MIT Press,

1972.【邦訳】黒崎政男, 村若修 訳. コンピュータには何ができないか─哲学的人工知能批判. 産業図書, 1992.

[11] Searle, J. Minds, Brains, and Programs. Behav-

ioral and Brain Sciences, Vol. 3, No. 3, pp. 417–

424, 1980.【邦訳】守屋唱進訳, 坂本監訳.心・脳・プログラム. マインズ・アイ─コンピュータ時代の「心」と「私」. 阪急コミュニケーションズ, 1992.

[12] Penrose, R. The Emperor’s New Mind: Concern-

ing Computers, Minds and The Laws of Physics.

Oxford University Press, 1989.【邦訳】林一訳.皇帝の新しい心─コンピュータ・心・物理法則. みすず書房, 1994.

[13] Russell, S. and Norvig, P. Artificial Intelligence:

A Modern Approach. 3rd Edition. Pearson, Cam-

bridge, UK, 2009. 【邦訳】古川康一 監訳. エージェントアプローチ─人工知能(第 2版). 共立出版, 1997.

[14] 人工知能学会編. 人工知能ハンドブック. オーム社, 1990.

[15] Barr, A. and Feigenbaum, E. A., editors. The

Handbook of Artificial Intelligence. Vol. I, II, III.

William Kaufmann, 1981.【邦訳】田中幸吉, 淵一博 監訳. 人工知能ハンドブック(第 I~III巻). 共立出版, 1983.

[16] Shapiro, S. C., editor. Encyclopedia of Artificial

Intelligence. 2nd Edition. John Wiley & Sons,

1992.【邦訳】大須賀節雄監訳.人工知能大辞典.丸善, 1991.

執筆者:石塚 満・山田誠二・橋田浩一・新田克己

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和英索引

【A】

A*アルゴリズム〔A* algorithm〕 4

ALPAC報告書〔ALPAC report〕 4

AM〔AM〕 7

【B】

BACON 7

BPR (business process reengineering) 9

【C】

CYCプロジェクト〔CYC project〕 6

【E】

EURISKO〔EURISKO〕 7

【I】

IBM Watson〔IBM Watson〕 8

ID3 (iterative dichotomiser 3) 7

【L】

Lisp (list processor) 4

Logic Theorist〔Logic Theorist〕 2

【W】

Wikipedia〔Wikipedia〕 8

【あ】

アルファ碁〔AlphaGo〕 8

暗記学習〔rote learning〕 7

【い】

囲碁〔go〕 8

一般問題解決器〔general problem solver; GPS〕 3

遺伝的アルゴリズム〔genetic algorithm; GA〕 7

遺伝的プログラミング〔genetic programming; GP〕

7

意味ネットワーク〔semantic network〕 4

意味理解〔understanding〕 9

因果ネットワーク〔causal network〕 6

【え】

エージェント〔agent〕 8

エキスパートシステム〔expert system; ES〕 4

演繹〔deduction〕 7

演繹学習〔deductive learning〕 7

【お】

音声認識〔speech recognition〕 2

オントロジー〔ontology〕 2, 9

【か】

概念依存関係〔concept dependency〕 5

確信度係数〔certainty factor〕 6

画像認識〔image recognition〕 2

完全情報ゲーム〔perfect-information game〕 9

【き】

機械学習〔machine learning〕 2

機械翻訳〔machine translation〕 3

幾何定理証明〔theorem proving in geometry〕 4

記号積分〔symbolic integration〕 4

帰納〔induction〕 7

帰納学習〔inductive learning〕 7

帰納論理プログラミング〔inductive logic program-

ming; ILP〕 7

【く】

組合せ的爆発〔combinatorial explosion〕 4

【け】

計算論的学習理論〔computational learning theory〕

7

決定木〔decision tree〕 7

【こ】

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12 和英索引

黒板モデル〔blackboard model〕 4

『心の社会』(Society of Mind) 6

コネクショニスト〔connectionist〕 6

コンピュータビジョン〔computer vision〕 4

【し】

自然言語理解〔natural-language understanding〕

2

自動運転〔autonomous driving〕 9

手段目標解析〔means-ends analysis〕 3

常識〔common sense〕 6

自律ロボット〔autonomous robot〕 8

事例ベース推論〔case-based reasoning; CBR〕 6

シンギュラリティ〔singularity〕 8

人工生命〔artificial life; Alife〕 7

人工知能〔artificial intelligence; AI〕 2

人工知能学会〔Japanese Society for Artificial In-

telligence〕 5

深層学習〔deep learning〕 2

身体性を持つ知能〔embodied intelligence〕 8

信念ネットワーク〔belief network〕 6

【す】

スクリプト〔script〕 5

【せ】

生成文法〔generative grammar〕 3

制約〔constraint〕 6

制約充足問題〔constraint satisfaction problem;

CSP〕 6

説明に基づく学習〔explanation-based learning;

EBL〕 7

ゼロ和完全情報ゲーム〔zero-sum perfect-

information game〕 8

ゼロ和ゲーム〔zero-sum game〕 9

【そ】

創発〔emergence〕 6

【た】

ダートマス会議〔Dartmouth Conference〕 2

第 5世代コンピュータ〔fifth generation computer〕

5

【ち】

チェッカープログラム〔checkers program〕 7

知識獲得ボトルネック〔knowledge acquisition bot-

tleneck〕 7

知識工学〔knowledge engineering〕 5

知識発見〔knowledge discovery〕 8

知識ベースシステム〔knowledge based system〕 7

中国語の部屋〔Chinese room〕 9

チューリングテスト〔Turing test〕 2

【つ】

強い AI〔strong AI〕 9

【て】

ディープブルー〔Deep Blue〕 8

ディープラーニング〔deep learning〕 8

データマイニング〔data mining〕 7

【と】

統語解析〔syntactic analysis〕 8

導出原理〔resolution principle〕 5

【に】

ニューラルネットワーク〔neural network; NN〕 3

【は】

バージョン空間〔version space〕 7

パーセプトロン〔perceptron〕 4

【ひ】

非ゼロ和ゲーム〔non-zero-sum game〕 9

非単調推論〔non-monotonic reasoning〕 6

ヒューリスティックス〔heuristics〕 4

表象なき知能〔intelligence without representation〕

8

【ふ】

ファジィ集合〔fuzzy set〕 6

不完全性定理〔incompleteness theorem〕 9

プランニング〔planning〕 4

フレーム〔frame〕 4

【へ】

ベイジアンネットワーク〔Bayesian network; BN〕

6

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和英索引 13

【ほ】

包摂アーキテクチャ〔subsumption architecture〕

8

【め】

メモリベース推論〔memory-based reasoning;

MBR〕 6

【も】

モデル推論システム〔model inference system〕 7

【ゆ】

融合原理〔resolution principle〕 5

【よ】

弱い AI〔weak AI〕 9

【る】

類推〔analogy〕 6

【ろ】

ロボカップ〔RoboCup〕 8

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英和索引

【A】

A* algorithm〔A*アルゴリズム〕 4

agent〔エージェント〕 8

AI (artificial intelligence)〔人工知能〕 2

Alife (artificial life)〔人工生命〕 7

ALPAC report〔ALPAC報告書〕 4

AlphaGo〔アルファ碁〕 8

AM〔AM〕 7

analogy〔類推〕 6

artificial intelligence (AI)〔人工知能〕 2

artificial life (Alife)〔人工生命〕 7

autonomous driving〔自動運転〕 9

autonomous robot〔自律ロボット〕 8

【B】

BACON 7

Bayesian network (BN)〔ベイジアンネットワーク〕

6

belief network〔信念ネットワーク〕 6

blackboard model〔黒板モデル〕 4

BN (Bayesian network)〔ベイジアンネットワーク〕

6

BPR (business process reengineering) 9

business process reengineering (BPR) 9

【C】

case-based reasoning (CBR)〔事例ベース推論〕 6

causal network〔因果ネットワーク〕 6

CBR (case-based reasoning)〔事例ベース推論〕 6

certainty factor〔確信度係数〕 6

checkers program〔チェッカープログラム〕 7

Chinese room〔中国語の部屋〕 9

combinatorial explosion〔組合せ的爆発〕 4

common sense〔常識〕 6

computational learning theory〔計算論的学習理論〕

7

computer vision〔コンピュータビジョン〕 4

concept dependency〔概念依存関係〕 5

connectionist〔コネクショニスト〕 6

constraint〔制約〕 6

constraint satisfaction problem (CSP)〔制約充足

問題〕 6

CSP (constraint satisfaction problem)〔制約充足

問題〕 6

CYC project〔CYCプロジェクト〕 6

【D】

Dartmouth Conference〔ダートマス会議〕 2

data mining〔データマイニング〕 7

decision tree〔決定木〕 7

deduction〔演繹〕 7

deductive learning〔演繹学習〕 7

Deep Blue〔ディープブルー〕 8

deep learning〔ディープラーニング〕 8

deep learning〔深層学習〕 2

【E】

EBL (explanation-based learning)〔説明に基づく

学習〕 7

embodied intelligence〔身体性を持つ知能〕 8

emergence〔創発〕 6

ES (expert system)〔エキスパートシステム〕 4

EURISKO〔EURISKO〕 7

expert system (ES)〔エキスパートシステム〕 4

explanation-based learning (EBL)〔説明に基づく

学習〕 7

【F】

fifth generation computer〔第 5世代コンピュータ〕

5

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英和索引 15

frame〔フレーム〕 4

fuzzy set〔ファジィ集合〕 6

【G】

GA (genetic algorithm)〔遺伝的アルゴリズム〕 7

general problem solver (GPS)〔一般問題解決器〕

3

generative grammar〔生成文法〕 3

genetic algorithm (GA)〔遺伝的アルゴリズム〕 7

genetic programming (GP)〔遺伝的プログラミング〕

7

go〔囲碁〕 8

GP (genetic programming)〔遺伝的プログラミング〕

7

GPS (general problem solver)〔一般問題解決器〕

3

【H】

heuristics〔ヒューリスティックス〕 4

【I】

IBM Watson〔IBM Watson〕 8

ID3 (iterative dichotomiser 3) 7

ILP (inductive logic programming)〔帰納論理プロ

グラミング〕 7

image recognition〔画像認識〕 2

incompleteness theorem〔不完全性定理〕 9

induction〔帰納〕 7

inductive learning〔帰納学習〕 7

inductive logic programming (ILP)〔帰納論理プロ

グラミング〕 7

intelligence without representation〔表象なき知能〕

8

iterative dichotomiser 3 (ID3) 7

【J】

Japanese Society for Artificial Intelligence〔人工

知能学会〕 5

【K】

knowledge acquisition bottleneck〔知識獲得ボトル

ネック〕 7

knowledge based system〔知識ベースシステム〕 7

knowledge discovery〔知識発見〕 8

knowledge engineering〔知識工学〕 5

【L】

Lisp (list processor) 4

list processor (Lisp) 4

Logic Theorist〔Logic Theorist〕 2

【M】

machine learning〔機械学習〕 2

machine translation〔機械翻訳〕 3

MBR (memory-based reasoning)〔メモリベース

推論〕 6

means-ends analysis〔手段目標解析〕 3

memory-based reasoning (MBR)〔メモリベース

推論〕 6

model inference system〔モデル推論システム〕 7

【N】

natural-language understanding〔自然言語理解〕

2

neural network (NN)〔ニューラルネットワーク〕

3

NN (neural network)〔ニューラルネットワーク〕

3

non-monotonic reasoning〔非単調推論〕 6

non-zero-sum game〔非ゼロ和ゲーム〕 9

【O】

ontology〔オントロジー〕 2, 9

【P】

perceptron〔パーセプトロン〕 4

perfect-information game〔完全情報ゲーム〕 9

planning〔プランニング〕 4

【R】

resolution principle〔導出原理〕 5

resolution principle〔融合原理〕 5

RoboCup〔ロボカップ〕 8

rote learning〔暗記学習〕 7

【S】

script〔スクリプト〕 5

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16 英和索引

semantic network〔意味ネットワーク〕 4

singularity〔シンギュラリティ〕 8

Society of Mind(『心の社会』) 6

speech recognition〔音声認識〕 2

strong AI〔強い AI〕 9

subsumption architecture〔包摂アーキテクチャ〕

8

symbolic integration〔記号積分〕 4

syntactic analysis〔統語解析〕 8

【T】

theorem proving in geometry〔幾何定理証明〕 4

Turing test〔チューリングテスト〕 2

【U】

understanding〔意味理解〕 9

【V】

version space〔バージョン空間〕 7

【W】

weak AI〔弱い AI〕 9

Wikipedia〔Wikipedia〕 8

【Z】

zero-sum game〔ゼロ和ゲーム〕 9

zero-sum perfect-information game〔ゼロ和完全情

報ゲーム〕 8