紅藻サンゴモ類の生物多様性電気評論 2014.12 50 no. 191...

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50 電 気 評 論 2014.12 No. 191 紅藻サンゴモ類の生物多様性 公益財団法人 海洋生物環境研究所 馬  場  将  輔 2. サンゴモ類の多様な形態 サンゴモ類は石灰化しない膝節と石灰化する節間 部をもつ有節サンゴモ,膝節を持たず藻体が完全に 石灰化する無節サンゴモに大別することができる。 これまでに国内から有節サンゴモが約30種,無節サ ンゴモが約70種,それぞれ報告されている 2有節サンゴモは主に潮間帯から漸深帯上部の比較 的浅い場所の岩礁域に群生して生育している。エゾ シコロは,波の荒い潮間帯下部から漸深帯上部の岩 上に群落をつくる(図2(a))。藻体は高さ 7 cm 度で,石灰化して堅い節間部はカエデの翼果のよう に左右に翼を広げた形態になり,その先端部に生殖 器官を形成する。 無節サンゴモの生育範囲は,有節サンゴモよりも はるかに広く,潮間帯から水深100 m を超える陸棚 に及ぶ。生育する基質も多様であり,海草や海藻の 表面に着生するきわめて薄い種,岩を被覆するよう に成長し厚くなる岩上性の種,特定の基質を持たず 海底で生育する自由生活性のサンゴモ球などがある。 植物着生性のヒラノリマキは同じ紅藻のカバノリの 1. はじめに 身近な海藻というとモズク,ワカメのように毎日 の食卓に上るもののほか,寒天の原料になるテング サ類などが代表であり,これらはすべて柔らかい体 構造を持っている。ところが,海藻のなかには藻体 の内外に炭酸カルシウムを沈着して堅くなるものが あり,それらは石灰藻と総称され,緑藻,褐藻,紅 藻の各分類群にまたがっている。なかでも紅藻のサ ンゴモ類が代表格であり,まるで石と見間違えるよ うに堅くなる。このサンゴモ類の藻体を割って,断 面を走査型電子顕微鏡で観察すると,細胞壁に炭酸 カルシウムを多量に沈着させ石灰化することにより, 骨格のような構造を作っていることが分かる(図1)。 サンゴモ類は寒帯から熱帯にいたる世界各地の潮間 帯から漸深帯に広く分布する。海藻類の生育最深記 録は北大西洋バハマ諸島の水深268 m から採集され たこのサンゴモ類の仲間である 1。本稿では,沿岸 域の生態系を維持するうえで大切な存在であるサン ゴモ類について,形態,生態的な役割,海洋酸性化 が及ぼす影響について紹介する。 ばば まさすけ 中央研究所所長代理 兼 海洋環境グループマネージャー 研究参事 水産学博士 図1 石灰化したサンゴモ類の藻体縦断面 図2 サンゴモ類

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Page 1: 紅藻サンゴモ類の生物多様性電気評論 2014.12 50 No. 191 紅藻サンゴモ類の生物多様性 公益財団法人 海洋生物環境研究所 馬 場 将 輔* 2

50電 気 評 論 2014.12

No. 191

紅藻サンゴモ類の生物多様性公益財団法人 海洋生物環境研究所 馬  場  将  輔*

2. サンゴモ類の多様な形態

 サンゴモ類は石灰化しない膝節と石灰化する節間部をもつ有節サンゴモ,膝節を持たず藻体が完全に石灰化する無節サンゴモに大別することができる。これまでに国内から有節サンゴモが約30種,無節サンゴモが約70種,それぞれ報告されている2)。 有節サンゴモは主に潮間帯から漸深帯上部の比較的浅い場所の岩礁域に群生して生育している。エゾシコロは,波の荒い潮間帯下部から漸深帯上部の岩上に群落をつくる(図2(a))。藻体は高さ 7 cm程度で,石灰化して堅い節間部はカエデの翼果のように左右に翼を広げた形態になり,その先端部に生殖器官を形成する。 無節サンゴモの生育範囲は,有節サンゴモよりもはるかに広く,潮間帯から水深100 mを超える陸棚に及ぶ。生育する基質も多様であり,海草や海藻の表面に着生するきわめて薄い種,岩を被覆するように成長し厚くなる岩上性の種,特定の基質を持たず海底で生育する自由生活性のサンゴモ球などがある。植物着生性のヒラノリマキは同じ紅藻のカバノリの

1. は じ め に

 身近な海藻というとモズク,ワカメのように毎日の食卓に上るもののほか,寒天の原料になるテングサ類などが代表であり,これらはすべて柔らかい体構造を持っている。ところが,海藻のなかには藻体の内外に炭酸カルシウムを沈着して堅くなるものがあり,それらは石灰藻と総称され,緑藻,褐藻,紅藻の各分類群にまたがっている。なかでも紅藻のサンゴモ類が代表格であり,まるで石と見間違えるように堅くなる。このサンゴモ類の藻体を割って,断面を走査型電子顕微鏡で観察すると,細胞壁に炭酸カルシウムを多量に沈着させ石灰化することにより,骨格のような構造を作っていることが分かる(図1)。サンゴモ類は寒帯から熱帯にいたる世界各地の潮間帯から漸深帯に広く分布する。海藻類の生育最深記録は北大西洋バハマ諸島の水深268 mから採集されたこのサンゴモ類の仲間である1)。本稿では,沿岸域の生態系を維持するうえで大切な存在であるサンゴモ類について,形態,生態的な役割,海洋酸性化が及ぼす影響について紹介する。

*ばば まさすけ 中央研究所所長代理兼 海洋環境グループマネージャー研究参事 水産学博士

図1 石灰化したサンゴモ類の藻体縦断面

図2 サンゴモ類

Page 2: 紅藻サンゴモ類の生物多様性電気評論 2014.12 50 No. 191 紅藻サンゴモ類の生物多様性 公益財団法人 海洋生物環境研究所 馬 場 将 輔* 2

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つとして重要視されている5)6)。

4. 海洋酸性化の影響

 大気中の二酸化炭素濃度の増加に伴い,海洋中の二酸化炭素が増加し水素イオン濃度(pH)が低下する現象が海洋酸性化である。この影響を受けやすい海生生物は殻を作る軟体動物,有孔虫や円石藻などのプランクトン,サンゴモ類などの石灰化生物である。これらの生物群に及ぼす海洋酸性化の影響については,現在,様々な分野で活発な研究が行われているが,サンゴモ類が形成する炭酸カルシウムの結晶構造は高 Mgカルサイトであり,その影響を受けやすい生物グループであると指摘されている7)。したがって,今後も海洋酸性化が進行する状態が継続するのであれば,ここで紹介してきたサンゴモ類の持つ生態的な役割にも直接的および間接的な影響を及ぼすことが懸念される。

参考文献1)Littler, M.M. et al. (1985). Science, 227 : 57-59.

2) 吉田忠生・馬場将輔.(1997).サンゴモ目.「新日本海藻誌」(吉田忠生著),内田老鶴圃,東京,525-627.

3) 飯間雅文.(2009).原城址沖合「白州(リソサムニューム)」について.

   http://www.sourui-koza.com/z_danwa/200905/lithothamnion.

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4) Hayakawa, J. et al. (2008). J. Exp. Mar. Biol. Ecol., 363 : 118-123.

5)Foster, M.S. (2001). J. Phycol., 37 : 659-667.

6)Nelson, W.A. (2009). Mar. Freshwater Res., 60 : 787-801.

7)栗原晴子(2013).海洋と生物,35(4):356-365.

上によく生えている(図2(b))。円形に広がり直径

1 cmまでになる藻体は薄く100 μmほどであり,体表面全体に円錐形の生殖器官を作る。岩上性のオニガワライシモは漸深帯の岩を覆うように生育し,体表面の突起がよく発達した個体では厚さ 1 cmを超える(図2(c))。ヒライボは岩の上に生えるほか,サンゴモ球として海底を転がるように生育している(図2(d))。国内ではこのヒライボのサンゴモ球が大量に生育する場所として島原半島の「白洲の真砂」が有名であり,春の大潮時には長さ 1 kmに及ぶ浅瀬が出現する3)。

3. サンゴモ類の生態的役割

 サンゴ礁が発達する熱帯・亜熱帯の浅海域では,無節サンゴモは動物のサンゴとともに造礁作用に深く関わり,死んだサンゴの枝や破片をつなぎ合わせるセメントのような役割を果すことが広く知られている。サンゴモ類は多くの底生無脊椎動物の初期入植段階にも深く関わっている。サンゴ,アワビ,ウニなどは生活史初期に浮遊幼生として過ごし,海中を浮遊しながら適切な基盤を選択して着底・変態する。無節サンゴモはこの着底・変態を促進する作用があることが知られている。また,サザエの浮遊幼生はヘリトリカニノテなどの有節サンゴモ群落を選び着底し,群落内に稚貝が高密度に分布することが報告されている4)。一方,無節サンゴモが優占種になりその他の大型海藻類が生育しない場所はサンゴモ平原と呼ばれ,北海道南西部の日本海沿岸では,殻状の無節サンゴモの一種,エゾイシゴロモが海底一面を覆う状態が継続している。 着生基質を持たずに球状に成長するサンゴモ球は層状に重なりあい三次元的な構造を海底に作り出す。そして無脊椎動物,魚類,海藻類などに新たな生息場,着生基質を提供することにより,海域環境の多様性を創出することから,コンブ藻場,海草藻場などにならび,サンゴモ球藻場として重要な藻場の1