中国における産業構造変化と経済成長の関係 · 2018-12-07 · - 59 -...

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59 中国における産業構造変化と経済成長の関係 ─再修正ペティ=クラークの法則による検証─ 李     博 広島大学大学院社会科学研究科博士課程後期 Emailrihaku198752@yahoo.co.jp 1 .本研究の背景と目的 経済成長とともに産業構造は変化する。W. ペティ(1690)は、農業を第 1 次産業、工業を第 2 次産業、サービス業を第 3 次産業と命名し、人口 1 人あたり所得の上昇につれて、一国経済の 重心は第 1 次産業から第 2 次産業・第 3 次産業へ移動することを指摘した。また、C. クラーク (1940)は40カ国における労働投入と産出量の関係を分析した結果、産業構造変化が人口 1 人あ たり GDP の上昇に関係していることを明らかにした。C. クラーク(1940)は、 W. ペティ(1690) の指摘を実際の統計データで裏付けたことにより、両者の説は後に「ペティ=クラークの法則 Petty-Clark's Law)」として知られるようになった。 ペティ=クラークの法則に関しては多様な研究がある。そのなかでも第 1 次、第 2 次、第 3 次 産業の構成比は必ずしも直線的に変化しないことに注意する必要がある。世界21ヵ国の19世紀以 降のデータを分析した吉村(2008)によると、経済発展とともに第 1 次産業の構成比は低下する が、第 2 次産業の構成比は上昇から低下に転じ、第 3 次産業の構成比は上昇する。吉村はこれを 「修正ペティ=クラークの法則」と名付け、「従来のペティ=クラーク法則を第 2次産業の反転傾 向という点で修正したもの」としている(吉村2008)。その後、吉村(2010)は、日本の都道府 県データを用いて修正ペティ=クラーク法則の一般性を検証し、日本でも修正ペティ=クラーク の法則が成立すること、長期的には地域別産業構造と全国水準との乖離が収斂傾向にあること、 産業構造の乖離と人口 1 人あたり県民所得とは概ね右上がりの直線的傾向が認められることを明 らかにしている。 中国では1978年から2012年までの35年間には、人口 1 人あたり GDP が大きく成長するとと もに、産業構造も大きく変化している。労働者数ベースでは第 1 次産業の構成比は70.5%から 33.6%へ縮小し、第 2 次産業は17.3%から30.3%へ、第 3 次産業は12.2%から36.1%へ拡大した。 付加価値額ベースでも第 1 次産業の構成比は28.2%から10.1%へ低下し、第 3 次産業は23.9%か ら44.6%へ大きく上昇している。産業構造は地域によって大きく異なっている。例えば、1978年 から2012年にかけて、貴州の第 1 次産業の構成比(労働者数ベース)の低下幅は10.4ポイントで あったのに対して、広東は54.3ポイントに達しており、第 1 次産業が著しく衰退していることが わかる。 一般には産業構造が高度した地域ほど生産性も高く、地域経済の水準が高いと考えられる。中 国は急速に工業化が進展しており、第 2 次産業の GDP に占める割合が大きい。しかし、「修正ペ ティ=クラークの法則」を中国のデータで検証した先行研究はほとんどなく、中国の経済成長に 当てはまるかどうかは不明である。

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Page 1: 中国における産業構造変化と経済成長の関係 · 2018-12-07 · - 59 - 中国における産業構造変化と経済成長の関係 ─再修正ペティ=クラークの法則による検証─

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中国における産業構造変化と経済成長の関係─再修正ペティ=クラークの法則による検証─

李     博†

† 広島大学大学院社会科学研究科博士課程後期 Email:[email protected]

1.本研究の背景と目的

 経済成長とともに産業構造は変化する。W. ペティ(1690)は、農業を第 1 次産業、工業を第2次産業、サービス業を第 3次産業と命名し、人口 1人あたり所得の上昇につれて、一国経済の重心は第 1 次産業から第 2 次産業・第 3 次産業へ移動することを指摘した。また、C. クラーク(1940)は40カ国における労働投入と産出量の関係を分析した結果、産業構造変化が人口 1 人あたりGDPの上昇に関係していることを明らかにした。C. クラーク(1940)は、W. ペティ(1690)の指摘を実際の統計データで裏付けたことにより、両者の説は後に「ペティ=クラークの法則(Petty-Clark's Law)」として知られるようになった。 ペティ=クラークの法則に関しては多様な研究がある。そのなかでも第 1次、第 2次、第 3次産業の構成比は必ずしも直線的に変化しないことに注意する必要がある。世界21ヵ国の19世紀以降のデータを分析した吉村(2008)によると、経済発展とともに第 1次産業の構成比は低下するが、第 2次産業の構成比は上昇から低下に転じ、第 3次産業の構成比は上昇する。吉村はこれを「修正ペティ=クラークの法則」と名付け、「従来のペティ=クラーク法則を第 2次産業の反転傾向という点で修正したもの」としている(吉村2008)。その後、吉村(2010)は、日本の都道府県データを用いて修正ペティ=クラーク法則の一般性を検証し、日本でも修正ペティ=クラークの法則が成立すること、長期的には地域別産業構造と全国水準との乖離が収斂傾向にあること、産業構造の乖離と人口 1人あたり県民所得とは概ね右上がりの直線的傾向が認められることを明らかにしている。 中国では1978年から2012年までの35年間には、人口 1 人あたりGDPが大きく成長するとともに、産業構造も大きく変化している。労働者数ベースでは第 1 次産業の構成比は70.5%から33.6%へ縮小し、第 2 次産業は17.3%から30.3%へ、第 3 次産業は12.2%から36.1%へ拡大した。付加価値額ベースでも第 1 次産業の構成比は28.2%から10.1%へ低下し、第 3 次産業は23.9%から44.6%へ大きく上昇している。産業構造は地域によって大きく異なっている。例えば、1978年から2012年にかけて、貴州の第 1次産業の構成比(労働者数ベース)の低下幅は10.4ポイントであったのに対して、広東は54.3ポイントに達しており、第 1次産業が著しく衰退していることがわかる。 一般には産業構造が高度した地域ほど生産性も高く、地域経済の水準が高いと考えられる。中国は急速に工業化が進展しており、第 2次産業のGDPに占める割合が大きい。しかし、「修正ペティ=クラークの法則」を中国のデータで検証した先行研究はほとんどなく、中国の経済成長に当てはまるかどうかは不明である。

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 そこで本研究は、産業構造変化と経済成長の関係について1978~2012年における中国の省別データで検証する。具体的には、中国の地域経済について修正ペティ=クラークの法則の適合性を検証した上で、その改良を試みるとともに、産業構造乖離率(地域と全国との乖離状況)からみた産業構造変化の長期的傾向と経済成長(人口 1人あたりGDPの変化率)の関係を分析する。なお、本研究でいう「産業構造の高度化」とは、後述のとおり、ペティ=クラークの法則に基づいて第 2次産業と第 3次産業の構成比が高いことを意味する。 本研究は次のように構成される。第 2節では先行研究をレビューし、その課題と本研究による改善点を紹介する。第 3 節では産業大分類別に産業構造乖離率を算出し、その長期的傾向を明らかにするとともに、変化パターンの類型化を試みる。第 4節では中国における人口 1人あたりGDPと産業構造乖離率の関係について検討する。第 5 節では以上の分析の結果をもとに本研究の結論と課題を整理する。

2.先行研究

 本研究の問題意識に沿って産業構造変化と経済成長の関係を分析したものとして、近年では孟・周(2004)、喜屋武(2008)、吉村(2010)、秦(2013)などがある。 孟・周(2004)は、中国の経済成長と労働移動による産業構造変化の関係を分析している。第1次産業と第 2次産業の就業構造、すなわち労働者数の割合の変化を産業構造変化の代理変数とし、そのほか経済成長への影響要因として、人口増加率、FDI(Foreign Direct Investment)、固定資産投資、人的資本、教育レベル、地域ダミーおよび経済成長の初期水準をモデルに組み入れている。その結果、経済成長に対して第 1次産業就業者数が負、第 2次産業就業者数が正となっている。産業構造以外の要因としては人口増加率、経済成長の初期水準、人的資本、教育レベルが負であり、FDI、固定資産投資、地域ダミーが正である。産業間労働移動は、経済成長を促す内的要因であるとともに、中国経済が発展する過程で長期的に生じる現象でもあるとされている。 喜屋武(2008)は、日本全国と沖縄県における産業構造と地域間所得格差ならびに失業率の関係を市町村データで分析している。その結果、全国・都道府県データでは有意な結果は得られないが、沖縄県の市町村レベルのデータでの検証では所得水準・失業率と第 3次産業構成比の間にやや強い正の関係、第 1次産業との間にやや弱い負の関係がみられるとしている。 吉村(2010)は、日本の都道府県データをもとに、産業構造変化と経済成長の関係を分析している。この論文の特徴として、一般的なペティ=クラーク法則を修正し、第 2次産業の割合が上昇から低下に変化するという反転傾向を実証的に示していること、産業構造変化の代理変数として各地域の産業構造と全国平均の産業構造の比較から得られた乖離率と乖離年次を使用していることが挙げられる。その結果、ほとんどの都道府県は第 2次産業の反転傾向を含む修正ペティ=クラーク法則(吉村2008)に該当し、乖離率と乖離年次を時系列でみると、いずれも収斂傾向が観測されている。産業構造の乖離と人口 1人あたり県民所得または地域間人口移動との関係については、いずれもやや強い正の関係という結果が得られており、乖離率が高い地域ほど経済水準も高いことが明らかにされている。 秦(2013)は、吉村(2008、2010)の手法を利用し、製造業を 3類型(生活関連型、基礎素材型、加工組立型)に区分して中国の産業構造について分析した。その結果、中国の製造業は労働

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者数ベースで見ても生産額ベースで見ても、生活関連型から基礎素材型、加工組立型の順番に変化し、概ね「ホフマンの法則」に当てはまることを明らかにしている。 これらの先行研究は、分析の対象と年次が異なるものの、産業構造の長期的傾向についてはペティ=クラーク法則または修正ペティ=クラーク法則に従い、産業構造高度化が経済水準を高めるという点で一致している。しかし、各先行研究には以下のような課題があるため、本研究ではその改善を試みる。 第 1に、孟・周(2004)と喜屋武(2008)は、産業構造変化の代理変数として、ある産業の労働者数または付加価値額の構成比を使用しているが、単一産業の構成比だけでは地域全体の産業構造変化を把握しきれないおそれがある。そこで本研究では、吉村(2008、2010)を参考に産業構造乖離率という指標を使用する。産業構造乖離率は、複数の産業の構成比を総合的に考慮しているため、産業構造変化の代理変数として相応しいと考える。 第 2に、吉村(2010)、孟・周(2004)、喜屋武(2008)は、産業構造変化とは労働の産業間移動としているが、吉村(2008)によれば、「産業構造は、就業者だけではなく、生産額、所得、あるいは資本、機械設備など、種々の指標でとらえることができる。就業者をそれらの指標と併せ考察することによって、生産性の問題に迫ることができ、また、産業発展と国際分業や経済発展と産業構造の問題に対してより適切に分析することができる」とされている。特に中国の場合、政策的な理由により労働者が自由に地域間を移動できないという硬直性問題も存在し、労働者数だけで産業構造変化を議論することは不十分である。そこで、本研究では労働者数だけでなく付加価値額も用いる。 第 3に、吉村(2010)は、産業構造乖離率の符号を決定する際、第 1次産業と第 3次産業の構成比を考慮しているが、第 2次産業の影響を看過している。中国では急速に工業化が進展しており、第 2次産業を軽視するわけにはいかない。そこで、産業構造乖離率の計算に際して第 2次産業を含むすべての産業を考慮する。

3.中国における経済成長と産業構造変化

3.1 中国における経済成長 中国経済は急速に成長している。図 1 は中国の地域別(26省、 3 直轄市)の人口 1 人あたりGDPの推移を示している。これによると、1978年から2012年までの間、すべての地域の人口 1人あたりGDPが上昇しており、とりわけ1990年以降、市場経済化の進行とともにその上昇幅が増大している。しかし、大都市地域(北京、天津、上海)と東部沿海地域(江蘇、浙江、福建、広東)が大きく成長した一方、西北地域(新疆、青海)、西南地域(雲南、貴州)、中部地域(湖北、安徽)などの後進地域はいずれも全国水準を下回っており、地域間の格差がますます拡大している。

3.2 中国における産業構造変化 経済成長とともに、中国の産業構造は大きく変化している。産業大分類(第 1次産業、第 2次産業、第 3次産業)別の構造変化を示した図 2によると、1978年から2012年にかけて第 1次産業、第 2次産業、第 3次産業の構成比はいずれも大きく変化した。大まかには第 1次産業の低下と第

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2次産業・第 3次産業の上昇がみられ、工業化とサービス経済化が進行していることがうかがえる。労働者数ベースと付加価値額ベースの産業構造変化にはそれぞれ特徴がある。労働者数ベースについては図2aのように、構成比の変化が非常に緩やかであり、2010年以降にようやく第 1次産業が第 3次産業を下回るようになっている。その原因として、第 1次産業から第 2次産業・第3次産業への労働移動が困難であること、すなわち労働移動の硬直性が考えられる。一方、付加価値額ベースでみた構成比の推移については、図2bのように、1985年に第 3 次産業が第 1 次産業を上回るようになっており、労働者数ベースと比べて非常に早いことがわかる1。 産業構造変化を表現する手法として、三角図がしばしば使用されている。三角図とは正三角形の各辺をグラフ化する 3項目とし、各項目の比率をその内部の点から各辺への垂線の長さで表現した図であり、各項目の比率の和は100%になる。三角図は産業構造を視覚的に表現するのに適している(吉村2008、2010)。以下では中国における産業大分類別の構造変化を三角図で観察する。

1 第 2次産業が第 1次産業を超えたのは1970年である。

図 1 地域別人口 1人あたりGDPの推移(1978~2012年、 5カ年移動平均値,1990年価格)

出所:『中国統計年鑑』各年版、『新中国60年統計資料匯編』より作成。

図 2 中国における産業大分類別の構造変化a.労働者数ベース

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 まず全国で大分類産業の動きをみると、図 3のとおり、1978~2012年の間に第 1次産業の構成比は低下し、第 2次産業と第 3次産業の構成比は大きく上昇している。これは労働者数ベースでも付加価値額ベースでも同じであり、工業化とサービス経済化が進行していることを意味している。しかし、労働者数ベースと付加価値額ベースで表した産業構造変化は異なる。労働者数ベースでの産業構造変化はほぼ直線的に推移している。第 1次産業の構成比の低下につれて、第 2次・第3次産業の構成比が同時に上昇しており、第 2次産業の反転傾向は非常に小さい。すなわち、労働者数ベースでの産業構造変化は、吉村(2010)のいう修正ペティ=クラーク法則に従っていないことが明らかである。一方、付加価値額ベースでの産業構造変化は曲線的に推移しており、第1次産業の構成比の低下につれて第 2次産業と第 3次産業の構成比が上昇しているが、第 2次産業は低下に転じ、その後若干の起伏があるものの、上昇傾向は確認されない。すなわち、付加価値額ベースでの産業構造変化は修正ペティ=クラーク法則に従っていることを意味している。 次に地域別産業構造変化を表した図 4によると、労働者数ベースでは大都市、東北、東部沿海地域ではいずれも第 2次産業の反転が確認されるが、西北、西南、中部地域では第 2次産業の反転はみられず、第 2次産業と第 3次産業のウェイトが同時に上昇していることがうかがえる。一方、付加価値額ベースでみると、すべての地域で第 2次産業の反転が確認され、第 1次産業の構

b.付加価値額ベース

出所:図 1に同じ。

出所:図 1に同じ。

図 3 中国の産業構造の推移(1978~2012年)a.労働者数ベース b.付加価値額ベース

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成比の低下とともに、第 2次産業の構成比が上昇した後に低下に転じ、第 3次産業の構成比が上昇していることが明らかである。 また、図 4から地域別産業構造変化と全国水準の間に乖離の存在が確認される。労働者数ベースでみると、西南、西北、中部、東部沿海、東北、大都市地域の順に全国水準の右上から左下に位置している。すなわち、工業化とサービス経済化の水準では、大都市地域は最も高いのに対して、西南地域は最も低く、しかも第 1次産業から第 3次産業へほぼ直線的にシフトしていることから、とりわけ工業化の遅れが顕著であることがわかる。付加価値額ベースでみると、東北、東部沿海地域はいずれも全国水準の左または左下に位置しており、工業化の水準は全国を上回っているが、サービス経済化の水準については全国を下回っている。一方、西北、西南、中部地域については転換点を境に前半は全国水準の左上に、後半は同右下に位置している。すなわち、工業化水準については全国より低いが、サービス経済化の水準については全国より高い。さらに、大都市地域は全国水準の下方に位置するため、工業化とサービス経済化の水準の両方において全国水準を上回っている。

図 4 地域別の産業構造の推移(1978~2012年)a.東北地域(遼寧、吉林、黒竜江)

付加価値額ベース労働者数ベース

b.西北地域(内モンゴル、陜西、甘粛、新疆、寧夏、青海)付加価値額ベース労働者数ベース

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c.西南地域(四川、雲南、貴州、チベット)付加価値額ベース労働者数ベース

d.中部地域(安徽、山西、河南、江西、湖北、湖南)付加価値額ベース労働者数ベース

e.東部沿海地域(江蘇、浙江、広東、福建、山東、広西、河北)付加価値額ベース労働者数ベース

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3.3 地域別産業構造乖離率 本研究では、吉村(2010)に依拠して、産業構造高度化を表す指標として産業構造乖離率を使用する。吉村(2010)によると、産業構造乖離率は地域別・年次別産業構造と全国水準との間のユークリッド距離であり、 3次元表示の産業構造乖離率Dは次のように表現できる。

  D=λ{[(p1- s1)2+ (p2- s2)2+ (p3- s3)2]/2}( 12)

ただし、pと sはそれぞれ地域と全国の産業大分類別の労働者数または付加価値額の構成比を表す。

  p1+p2+p3=100, s1+ s2+ s3=100  p1, p2, p3, s1, s2, s3 ≥ 0

 吉村(2010)は、日本の都道府県を対象に産業構造変化を分析し、第 2次産業の構成比が著しく大きい地域が存在しないという理由で、産業構造乖離率を計算する際には第 2次産業の影響を考慮していない2。しかし、中国では工業のウェイトが大きく、国民経済に対しても地域経済に対しても非常に大きな影響を及ぼしている。そのため本研究では第 1次産業と第 3次産業だけでなく第 2次産業をも考慮しながら、地域別産業構造を総合的に勘案して産業構造乖離率の符号を決定する。具体的には表 1のように、当該地域の第 1次産業構成比は全国より小さく、かつ、第2次産業と第 3次産業の合計が全国より大きい場合には正であり、そうでない場合には第 2次産業と第 3次産業のうち少なくとも 1つが全国より大きければ正であり、両方とも全国より小さければ負である。

f.大都市地域(北京、天津、上海)付加価値額ベース労働者数ベース

出所:図 1に同じ。注:それぞれの地域を構成する省・直轄市の平均である。

2 吉村(2010)では、産業構造乖離率の符号について、当該地域の当該年の第 1 次産業構成比が全国の同年の構成比より大きくなく、かつ、第 3 次産業構成比が全国の同年の構成比より小さくない場合には正であり、そうでない場合には負であるとしている。

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 表 1からわかるように、本研究でいう産業構造乖離率は、第 1次産業の構成比が大きいほど小さくなり、逆に第 2次産業または第 3次産業の構成比が大きいほど、つまり工業化とサービス業化が進展するほど大きくなる。

3.4 産業構造乖離率の長期的傾向性 この算出式により、労働者数ベースと付加価値額ベースの産業構造乖離率( 5 カ年移動平均値)を求めてその長期的傾向性をみる。図5aによると、1978~2012年の間、労働者数ベースでみた産業構造乖離率は低下しているが、地域別にみれば、乖離率が大幅に上昇した河北(+11.7)、江蘇(+10.8)、山東(+15.8)、広東(+14.1)、広西(+22.4)もあれば、天津(-19.1)、吉林(-11.9)、黒竜江(-13.3)、貴州(-19.1)、雲南(-13.2)などのように低下した地域もある。にもかかわらず、図5bに示したように、この期間の傾向を表す近似直線は緩やかな右下がりとなっており、労働者数ベースの産業構造乖離率の収斂傾向がみられる。 一方、付加価値額ベースでみた図5cによると、北京のような突出値はあるが、全体的にはより明確な収斂傾向がみられる。とりわけ東北と大都市地域は大きく低下し、西北、西南地域は大きく上昇している。また、図5dに示したように、近似直線は右下がりであり、回帰係数は-0.203、調整済決定係数は0.9を超えており、労働者数ベースよりも強く収斂していることを意味する。

表 1 乖離率符号の決め方

P2+P3≧S2+S3 λ=+1

P2+P3<S2+S3⎧⎨⎩

P2≧S2∪P3≧S3 λ=+1 P2<S2∩P3<S3 λ=-1

図 5 地域別産業構造乖離率の推移(1978~2012年)a.労働者数ベース( 5カ年移動平均値)

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b.変動係数の推移(労働者数ベース)

c.付加価値額ベース( 5カ年移動平均値)

d.変動係数の推移(付加価値額ベース)

3.5 乖離率差と乖離年数差による地域類型化 産業構造の地域別差異および今後の進展傾向をより詳しくみるために、乖離率差と乖離年数差を用いて地域の類型化を行う。ここでの乖離率差は乖離率の地域最大値と全国最大値の差であり、乖離年数差は各地域の産業構造と全国水準との乖離を年数でみたものである。ペティ=クラークの法則によると、第 1次産業の構成比の低下に従い、産業構造の重心は先に第 2次産業へ

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移し、その後第 3次産業の構成比が拡大する。すなわち、産業構造変化に対して、第 2次産業が重要な役割を果たしている。中国は工業化が急速に進行しており、第 2 次産業のGDPに占める割合が非常に大きい。そこで本研究では、乖離年数差を第 2次産業の構成比の最大値における全国と地域の年次差と定義する。その符号は全国水準より早い地域は正であり、遅い地域は負である。 以上の定義から、地域類型化として次の 4つのパターンが考えられる。すなわち、乖離率差と乖離年数差はともに正であり、全国水準より先に構成比の最大値に達し、かつ、その最大値が全国水準より高い産業構造が高度化している「先進地域」、乖離率差と乖離年数差の両方が負であり、乖離率が最大値に到達したのは全国より遅く、その最大値も全国水準より低い「後進地域」、乖離年数差が負であるものの乖離率差が正であり、乖離率が最大値に到達したのは全国より遅いが、その最大値が全国より高い「準先進地域」、乖離年数差が正であるものの、乖離率差が負であり、乖離率が最大値に到達したのは全国より早いが、その乖離率は全国水準より低い「準後進地域」である。 表2aによれば、産業構造高度化の先進地域は、山西とチベットを除いて大都市、東北、東部沿海地域に集中している。これらの地域は経済発展につれて産業構造はさらに高度化すると予想される。一方、乖離年数差が正であるものの乖離率差が負である地域の多くは西北、西南、中部地域にある。また表2bに示したように、付加価値額ベースでは労働者数ベースとほぼ同様の結果が得られる。産業構造高度化の先進地域は、山西、チベット、青海を除いて大都市、東北、東部沿海地域に集中し、産業構造高度化の準後進または後進地域の多くは中部、西北、西南地域である。さらに雲南省は労働者数ベースと付加価値額ベースの両方からも産業構造高度化の後進地域であることから、第 2次・第 3次産業のウェイトが低く、産業構造高度化がかなり遅れているといえる。

表 2 産業構造乖離率と乖離年数に基づいた地域分類a.労働者数ベース b.付加価値額ベース

乖離率差(地域-全国)正 負

(全国-地域)乖離年数差

北京、天津、山西、遼寧、吉 林、 黒 竜江、上海、江蘇、浙江、広東、広西、チベット

河北、内モンゴル、安徽、福建、江西、山東、河南、湖北、湖南、四川、貴州、陜西、甘粛、青海、寧夏、新疆

雲南

乖離率差(地域-全国)正 負

(全国-地域)乖離年数差

北京、天津、山西、遼寧、黒 竜 江、 上海、江蘇、広東、 チ ベ ット、青海

河北、内モンゴル、吉林、 浙江、安徽、福建、江西、山東、河南、湖北、湖南、広西、四川、貴州、陜西、甘粛、青海、新疆

雲南

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4.産業構造乖離率と経済成長の関係

 上述のとおり、労働者数ベースと付加価値額ベースの 2種類の産業構造乖離率を計算して時系列でプロットすると、両者ともに収斂傾向が確認される。この節では、産業構造乖離率と地域経済成長の関係についてその結果を提示する。 産業構造乖離率と人口 1 人あたりGDPの関係をみるため、おおむね10年間隔で労働者数ベースと付加価値額ベースでそれぞれ 5 時点の相関係数を計算した。その結果を示した表 3 によると、労働者数ベースと付加価値額ベースではいずれの時点でも 1%水準で正の関係を持っていることから、産業構造乖離率が高い地域、すなわち産業構造高度化が進んでいる地域ほど人口 1人あたりGDPが高いことに加え、相関係数の大きさはほぼ一定していることから、産業構造乖離率の変化による人口 1人あたりGDPへの影響の程度はあまり変化していないといえる。

表 3 産業構造乖離率と人口 1人あたりGDPの相関係数

1978 1982 1992 2002 2012労働者数ベース 0.76 ** 0.82 ** 0.88 ** 0.84 ** 0.81 **

付加価値額ベース 0.67 ** 0.68 ** 0.52 ** 0.53 ** 0.40 *

注:**は 1%水準、*は 5%水準で有意であることを示す。サンプルサイズは29である。

 一方、対象年次を 4 つの期間に分けて、産業構造乖離率と人口 1 人あたりGDPの年平均伸び率の関係をみると、表 4に示したように、有意な相関がみられたのは1978~1982年、1982~1992年(付加価値額ベースのみ)、2002~12年の 3 つの期間であり、いずれも負となっている。その理由として、経済発展とともに収穫逓減が働き、経済成長率は徐々に低下していく可能性が考えられる。また、両者の相関係数は安定していないことから、産業構造乖離率以外の要因も働いていることが考えられる。 表 3 と表 4 の結果を総括していえば、工業化とサービス経済化は地域経済に貢献しているが、その促進効果は次第に弱まっていく可能性がうかがえる。加えて収穫逓減の影響を考慮すると、産業構造乖離率は当面は、人口 1 人あたりGDPの成長に正の影響を及ぼすが、その影響は時間とともに弱まっていくこと、すなわち産業構造高度化による経済成長への促進効果は限定的であることが推察される。

表 4 産業構造乖離率と人口 1人あたりGDP年平均伸び率の相関係数

1978~82 1982~92 1992~2002 2002~12労働者数ベース -0.38 * -0.19 0.32 -0.50 **

付加価値額ベース -0.56 ** -0.40 * 0.21 -0.50 **

注:**は 1%水準、*は 5%水準で有意であることを示す。サンプルサイズは29である。  産業構造乖離率は期間の初年度値を使用している。

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5.本研究の結論と課題

5.1 本研究の結論 本研究は、中国における産業構造変化と地域経済成長の関係について産業構造高度化の視点から分析した。その結論は以下のようにまとめられる。 第 1 に、中国の産業構造変化については、若干の異常値があるものの、概ね修正ペティ=クラーク法則に当てはまる。すなわち、経済成長とともに第 1次産業の構成比が低下し、第 2次産業の構成比は上昇から低下に転じ、第 3次産業の構成比が上昇する。しかし、西北、西南、中部地域では、とりわけ労働者数ベースでみた第 2次産業の反転の度合いが小さく、第 2次産業と第3次産業の構成比が同時に上昇している可能性がうかがえる。その理由として、第 2次産業は大量の資本・設備を必要とするのに対して、第 3次産業、とりわけ中小規模の対個人サービス業は比較的容易に参入できること、第 1次産業からの余剰労働力は第 2次産業よりも第 3次産業のほうが受け入れやすいことが考えられる。言い換えれば、第 1次産業から第 3次産業へ直接的に構成比が変化することもあり得るということである。これは修正ペティ=クラークの法則(吉村2008)では捉えられなかった特徴であり、いわば「再修正ペティ=クラークの法則」と呼ぶことができる。 第 2に、各地域と全国の産業構造の乖離の長期的傾向については、労働者数ベースと付加価値額ベースのいずれも収斂傾向が確認されたが、労働者数ベースではその収斂傾向が非常に小さい。その理由として、内陸部から大都市地域や東部沿海地域へ移動した労働者の多くは第 2次産業と第 3次産業に集中したことが考えられる。その結果、大都市と東部沿海地域の第 2次産業と第 3 次産業の労働者数が急速に上昇し、西北、西南、中部地域の労働者数が減少している。また、西部、中部地域の第 2次産業と第 3次産業の基盤が比較的に弱く、出稼ぎができない高齢またはスキルの低い労働者は第 1次産業に残存し、産業構造乖離率を低下させる要因の 1つと考えられる。 第 3に、労働者数ベースと付加価値額ベースでみた産業構造乖離率はいずれも人口 1人あたりGDPと正の関係を持つことが確認され、産業構造が高度化した地域ほど、経済水準が高いという結果が得られた。しかし、産業構造乖離率と人口 1 人あたりGDP年平均伸び率の関係を確認した結果、両者の相関関係の強さと符号は年次により変動しており、有意なのはいずれも負であることがわかる。このように産業構造高度化と経済成長の関係が不安定である理由としては、中国は急速な経済成長をしており、産業構造以外の経済成長への影響要因も数多く存在し、その影響が強まっていることが考えられる。一方、産業構造乖離率と人口 1 人あたりGDP年平均伸び率の関係が負であることから、産業構造高度化の経済成長への効果は限定的であり、経済発展の段階および収穫逓減の影響によって産業構造高度化が経済成長に負の影響を及ぼす可能性もあると考えられる。そのため、今後の持続的経済成長においては、収穫逓減の影響を弱めるための技術革新やTFP向上に関する制度設計を行うことなどが重要であると考えられる。

5.2 本研究の課題 本研究では産業大分類別に中国の産業構造変化および経済成長との関係を分析した。当初の仮説にそれぞれ対応できる結果が得られており、本研究の所期の目的は達成されたと考えられる。しかし、本研究は以下の課題を残している。

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 まず、吉村(2010)でも言及されているように、産業構造変化を産業大分類別にみることには一定の限界がある。2000年代以降の中国経済は、工業化からサービス経済化に重心が移行しつつあり、サービス業を中心とした第 3次産業が急速に成長している。今後はとりわけ第 3次産業をさらに細分化し、業種別構造変化を分析することが必要である。 次に、本研究では経済成長の影響要因として産業構造変化のみを検討した。しかし、現実には経済成長に影響する要因は数多く存在しており、これらの要因の相互作用により成長が持続したと考えられる。したがって、今後の研究では多重共線性などを考慮しながら、より多くの経済要因を導入したモデルの構築が必要である。 さらに、本研究では、第 1次産業から第 3次産業へ直接的にシフトするという「再修正ペティ=クラークの法則」を提示したが、今後には中国以外の主要国をも対象に、その妥当性とメカニズムを考察していく必要がある。

【謝辞】 本稿は、中四国商経学会第55回大会(2014年12月 6 日、県立広島大学)での研究発表「中国における産業構造変化と地域経済成長の関係-産業構造の高度化の視点から-」を加筆・修正したものです。同大会における討論参加者から貴重なご意見・ご示唆を頂きました。ここに記して感謝申し上げます。

参 考 文 献

C. クラーク(1940),The Conditions of Economic Progress, Macmillan and Co., 1940,『経済的進歩の諸条件』金融経済研究会訳,日本評論社,1945.喜屋武昌建(2008),「沖縄の地域経済における産業構造と地域間所得格差ならびに失業率-沖縄県の市町村ベースでの分析-」,『産業総合研究』,第16巻,pp. 67-79.孟健軍・周紹傑(2004),「資本・労働力の移動と中国の経済発展」,RIETI Discussion Paper

Series, 04-J-027, pp. 1-14.W. ペティ(1690),Political Arithmetic,『政治算術』大内兵衛,松川七郎訳,岩波書店,1955.秦兵(2013),「工業 3分類からみた中国の経済発展と産業構造-1987年以降の就業者と生産額の分析を中心として-」,『アジアへの視点』,第24巻第 1号,pp. 37-48.吉村弘(2008),「産業構造変化の世界標準パターンと修正ペティ=クラーク法則」,『岡山大学経済学会雑誌』,第39巻第 4号,pp. 59-80.吉村弘(2010),「都道府県の産業構造と修正ペティ=クラーク法則」,『松山大学論集』,第21巻第 5号,pp. 30-58.