筋膜トリガーポイントの臨床的性質e3%80%80%e3%83%88%e3%83%aa%e3...Ⅲ...
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学術教養特集 11-1
トリガーポイント(TP)について
Ⅰ 筋膜トリガーポイントの臨床的性質
① 筋膜トリガーポイントは骨格筋の緊張帯の中の過度に過敏な場所で、筋組織または筋膜内に位置してい
る。その部位は圧迫されると痛みを生じ、特徴的な関連痛及び自律神経の現象を引き起こすことがある。
② 活性のTPは頚部、肩および骨盤帯、下肢の姿勢筋(抗重力筋)と咀嚼筋に最も生じやすい。僧
帽筋上縁、斜角筋、胸鎖乳突筋、肩甲挙筋および腰方形筋は非常に一般的な発生部位であ
る。
③ 筋膜TPを活性のものと潜在的なものに分類される。活性のTPは患者に痛みを生じさせる。潜
在的なTPは痛みに関しては臨床的に休止状態であるが、動作を制限したり、障害を持つ筋肉を
衰弱させることがある。
Ⅱ 筋膜トリガーポイントの症候
① 筋膜痛はTPからそれぞれの筋肉特有の特定パターンによって放散される。
② TPは急性の過負荷、過労作疲労、直接の外傷または冷却によって直接に活性化される。
③ TPは他のTP、内臓疾患、関節炎にかかった関節および情緒的な苦痛によって間接的に活性化される。
④ 活性の筋膜TPの刺激感受性は時間帯により、または日によって異なる。
⑤ TPの刺激感受性は多くの要因によって潜在的レベルから活性レベルへ増大する。
⑥ 筋膜TP活動の徴候と症状はそれを促進させるできごとよりも長く続く。
⑦ 筋膜TPはしばしば痛み以外の現象を引き起こす。自律神経の随伴症状(発汗、立毛 etc)
⑧ 筋膜TPは障害を持つ筋肉の硬直化および衰弱をもたらす。
今回は、筋・腱の短縮によって形成される筋硬結について、過敏点として圧痛が触知され
るトリガーポイントについてシリーズで随時掲載します。
トリガーポイントについて初めて耳にされる先生もおられると思いますが、痛みの原因究明
や筋や腱の軟部組織損傷治療のヒントにしていただければと思います。
学術部 間橋 淑宏
Ⅲ 筋膜トリガーポイントの臨床所見
1 活性のTPが存在する時、障害を持つ筋肉を受動的に又は能動的に伸展させたときに痛みが増大する。
2 伸展時の可動範囲が制限される。
3 障害を持つ筋肉を固定された抵抗に対して、再び強く収縮させた時に痛みが増大する。
4 障害を持つ筋肉の最大の収縮力が減弱する。
5 深部の過敏(発痛)および感覚障害は一般的に活性の筋膜TPから関連痛区域に放散される。
6 時々、筋膜TPから関連痛区域において無痛(知)覚機能の障害が生じる。
7 TPのすぐ近くの筋肉を触診すると緊張が感じられる。
8 TPは触診可能帯のなかで区切られた極度に過敏な点として発見される。
9 活性のTPに加えられた指の圧力は通常“ジャンプ徴候”をもたらす。
10 TPの弾指触診はしばしば局部的な痙攣反応を引き出す。
11 充分な刺激感受性を.持つTPの中程度の持続する圧力は、そのTPの関連痛区域における痛みを生じさ
せる。
12 一部の患者に皮膚は過度の活性TPを覆う部位において皮膚描画症または脂肪症を示す。
Ⅳ 下腿部のTPの形成部位と関連痛の発生範囲
トリガーポイントと関連痛パターン①
【図-1】 (右下腿後下方 腓腹筋観察)
【図-1説明】
● 右側の腓腹筋内側頭(淡赤色)のTP(×)からの関連痛(暗赤色)。本質的疼痛パターンは赤ベタである。
● 赤点は、本質的パターンの波及範囲を示す。内側頭の筋膜のTrP1 及び外側頭筋腹のより狭い範囲のTrP
2 は患者が夜間疼痛性の腓腹筋の痙攣の時に生じていると思われる。2つのより近位側のTrP3 及びTrP4
は膝の後部より上方に痛みを放散する。
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トリガーポイントと関連痛パターン②
【図-2】 (右下腿後下方 ヒラメ筋観察)
トリガーポイントと関連痛パターン③
【図-3】 (右下腿後下方 後脛骨観察)
【図-2説明】
● 右側のヒラメ筋(淡赤色)によくみられるTP(×印)
からの関連痛パターン(暗赤色)。
● 本質的疼痛パターン(ベタ赤色)は、これらの
TPが活性化すれば殆どの患者が経験する疼痛
部位を示す。
● 赤点は、時々生ずる波及性疼痛パターンを示す。
● 最も遠位のTPであるTrP1は踵の痛みと圧痛を
引き起こす。
● 最も近位のTPであるTrP2 は腓腹筋の痛みと関連
がある。しかし、夜間の腓腹筋の痙攣との関連はな
い。
● 中間部の比較的発生頻度の低いTPである
TrP3はTrP1よりわずかに近位で外側にあり、主に
同側の仙腸関節部位に疼痛を引き起こす。
【図-3説明】
● 右側の後脛骨筋(淡赤色)の通常部位におけるTP
(×印)により引き起こされた複合痛パターン(暗赤色)。
● 本質的な痛みパターン(ベタ暗赤色)は、これらの
TPが活性である時に通常痛みを経験する部位である。
● 赤点の部位は本質的な痛みパターンの二次的な拡大を
示す。
トリガーポイントと関連痛パターン④
【図-4】 (右下腿右側方 長指伸筋、長母指伸筋観察)
【図-4説明】
● TP(×印)から引き起こされる痛みパターン(鮮明な赤色)を指したもので、通常は右側の足の指の長伸筋
に認められる。
● 本質的痛みパターン(鮮明な赤色)は、TPが活性である時にほとんどの誰もが経験する痛みである。赤点
は本質的パターンの二次的な波及を示す。
● A・・・長指伸筋(明赤色) B・・・長母指伸筋(暗赤色)
トリガーポイントと関連痛パターン④
【図-5】 (右下腿 長指屈筋、長母指屈筋後方観察)
【図-5説明】
● 足の指の長屈筋におけるTP(×印)からの関連痛のパターン(明赤色)。
● 本質的な痛みのパターン(ベタ赤)は特徴的にこれらのTPからの関連痛の領域を示す。
● 赤点部分は、本質的痛みのパターンの副次的な広がりを示す。
● A・・・長指屈筋からの関連痛(暗赤色)。 長指屈筋のTP
B・・・長母指屈筋からの関連痛(淡赤色)。 長母指屈筋のTP
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トリガーポイントと関連痛パターン⑤
【図-6】 (右足背部 短母指伸筋・短指伸筋観察)
【図-6説明】
● 右足の短母指伸筋(暗赤色)及び短指伸筋(淡赤色)のTP(×印)の関連痛と圧痛パターン(鮮赤色)。
● ベタ鮮赤色は、これらのTPが活性化であるとき、ほとんど常に感じられる本質的な痛みのパターンを示す。
● 赤い点は、これらの諸筋の時折の広がりの本質的関連痛のパターンを示す。
トリガーポイントと関連痛パターン⑥
【図-7】 (右足底部 母指外転筋観察)
【図-7説明】
● 右足の母指外転筋(淡赤色)のTP(×印)による関連痛と過敏(暗赤色)のパターン。
● A・・・踵の内側かけての本質的関連痛のパターンは赤ベタ。そして足背への波及パターンは赤点で示
す。
● B・・・母指外転筋の付着部
トリガーポイントと関連痛パターン⑦
【図-8】 (右足底部 足底方形筋観察、虫様筋は着色無し)
【図-8説明】
● 右足の深在性の足底方形筋(暗赤色)のTP(×印)の関連痛(明赤色)。
● 赤色ベタで描いているのは本態性の関連痛パターン:赤点の部分は本態性パターンからの波及を示す。
足の虫様筋は着色されていない。
トリガーポイントと関連痛パターン⑧
【図-9】 (右足底部母指内転筋・短母指屈筋観察)
【図-9説明】
● 検査中に観察した右足の2つの深在性の筋のTP(×印)の関連痛(暗赤色)
● 本態性の関連痛パターンは、ベタ赤色。本態性パターンからの波及部分は赤点で示す。
● A・・・母指内転筋、斜頭と横頭は明赤色。 B・・・短母指屈筋(中間赤色)
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トリガーポイントと関連痛パターン⑨
【図-10】 (右足底部 小指外転筋・短指屈筋観察)
【図-10説明】
● 右足の浅在性の筋における関連痛と過敏のパターン(明赤色)。そしてTP(×印)の位置。
● A・・・小指外転筋(淡赤色)。 B・・・短指屈筋(暗赤色)
トリガーポイントと関連痛パターン⑩
【図-11】 (左足背部・右足底部 骨間筋観察)
【図-11説明】
● 右の第 1背側骨間筋のTP(×印)の典型的な関連痛パターン(明赤色)
● 背側骨間筋は中間赤色。そして底側骨間筋は淡赤色
● A・・・左背側観察 B・・・右底側観察
◎ 下肢のトリガーポイントのシリーズは一応今回で終了します。次回から腰・臀部・背部・頚部の
TPについて掲載します。
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Ⅴ 腰・臀部のTPの形成部位と関連痛の発生範囲
腰部・臀部のトリガーポイントパターン
傍脊柱起立筋のTPは脊柱に沿って、内・中・外と 3 つのラインに沿って形成される。①内の筋は多裂筋。②中
の筋は大腰筋。③外の筋は腰方形筋。腰部や臀部の痛みは、すべて腰部の椎間板ヘルニアに起因しているとは
限定できない。特に深部の筋は硬結が生じやすくTPが形成される。そのTPから発する痛みと、TPからの関連痛、
放散痛として疼痛を発していることが多い。
脊柱起立筋外側浅筋列 腰方形筋 脊柱起立筋内側深筋列
のTPと疼痛領域 のTPと疼痛領域 のTPと疼痛領域
【 図 - 1 】
臀筋のTPと疼痛領域
背側
【 図 - 2 】 【 図 - 3 】
【図-1・2の説明】
● ●はトリガーポイント 赤ベタ、青ベタの濃い部分はTPからの疼痛領域(特に強い痛みを感じる。
やや薄い赤ベタ、青ベタ部分は関連痛パターン。
【図-3の説明】
○ 腰部の筋の断面図。 赤矢印は手技後療の場合の押圧方向を示す。
Ⅵ 背部のTPの形成部位と関連痛の発生範囲
背部のトリガーポイントパターン
僧 帽 筋
肩甲挙筋 大・小菱形筋
【 図 ー 4 】
【図-4の説明】
● ●はトリガーポイント 赤ベタ、青ベタの濃い部分はTPから発する疼痛領域で特に痛みを強く感じる。
やや薄い赤ベタ、青ベタ部分はTPからの関連痛パターン。
僧帽筋上縁部のTPは咬筋への影響を及ぼす。(開口困難)
頚部のストレッチの様子
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Ⅶ 頚部のTPの形成部位と関連痛の発生範囲
頚部のトリガーポイント
● トリガーポイントについては 今回で終了です。 次回から「骨格筋に関すること」ニついて連載します。
頚部の図の説明 ○ ● ● ●は頚部のトリガーポイント
○ ベタ赤、ベタ青、ベタ緑の濃い部分は
TPから発する疼痛領域で強い痛みを
訴える。
○ ベタ赤、ベタ青、ベタ緑の薄い部分は
波及性の疼痛領域
右図の説明 ○ 胸鎖乳突筋腹には数個のTPができるこ
とがある。
○ 母指と示指でつまむと触知できる。
○ 胸鎖乳突筋のTPは、咬筋への影響強
く、開口困難になる場合もある。
○ 頚部の頭(頚)板状筋、後頭下筋、
頭半棘筋に生じたTPは側頭骨
部に疼痛を発する。
○ 頭(頚)板状筋のTPはコメカミに強
く痛みを生じさせる。
学術教養特集 11-7
1 骨格筋の構造
今回から骨格筋、特に筋線維についてミクロ的に探求してみます。
復習のつもりで見ていただければと思います。
筋肉の収縮・伸張のメカニズムについて連載いたします。
間橋淑宏
骨格筋は人の体の大部分を占めている構
造である。筋は数層の線維性結合組織から
なる筋膜と呼ばれる構造に被われている。
筋膜は筋の先端にある腱まで伸びている。
筋膜は又、筋束を被っている。筋束は筋線
維の束で筋膜の内部で筋線維を区分してい
る。
筋線維の内部には多くの筋原線維と呼ば
れる収縮成分が含まれている。筋原線維は
筋線維の全長の長さを走行しており、筋組
織を観察するとサルコメア内の筋フィラメント
の配列に起因する横紋を観察することがで
きる。
サルコメアは筋原線維の収縮(構成単位で
ある。筋原線維内には、細いアクチンフィラメ
ントと太いミオシンフィラメントが存在する。
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2 筋収縮のメカニズム
図-2 筋の収縮
図-2の説明
筋は脳もしくは脊髄から発生する神経活動電位(インパルス)による刺激を受けて収縮
する。神経活動電位は運動ニューロンを下行して、ニューロン線維と筋線維が出会う神
経筋接合部に達する。
筋線維のそれぞれは通常の細胞の構造成分を含んでいるが、構造の中には特別な名
前を不えられているものもある。形質膜は筋細胞膜、細胞質は筋形質、小胞体は筋小胞
体と呼ばれる。筋線維は他にも特異的な解剖学的に特徴のある構造を持っている。
その1つとしてT(横)システムがある。サルコメアはT管を形成する。T管は細胞を貫い
て、筋小胞体の膨大部で接触する。しかし、細胞とは融合しない。
筋小胞体の膨大部は筋収縮に必要なカルシウムイオン(Ca++)を含んでいる。筋小胞
体は数百から数千もの筋原線維を包んでいる。筋原線維は筋線維の収縮単位である。
2-1 筋原線維とサルコメア(筋節)
図ー 3
2-2筋収縮 神経筋接合部で作られたインパルスはT管を下行し、筋小胞体カルシウムが放出される。
すると筋原線維のサルコメアが短くなって筋線維が収縮する。サルコメアが短くなる際、細いア
クチンフィラメントは太いミオシンフィラメントに沿って滑り、別のアクチンフィラメントに近づく。こ
のことによりⅠ帯が短くなりH帯はほとんど完全に消失する。ミオシンフィラメントの絡んだアクチ
ンフィラメントの運動は筋収縮のフィラメントすべり説という。
筋収縮に関不する物質
ATPは筋収縮のエネルギーを供給する。アクチンフィラメントはミオシンフィラメントに沿って
滑るが、実際に仕事をしているのはミオシン線維である。ミオシン線維はATPを分解して、アク
チンフィラメントをサルコメアの中心部に引き込む架橋となっている。
筋線維は神経の支配を受けていて、収縮刺激が伝わると、筋フィラメント
は互いにスライドしてサルコメアが短くなる。
Name Function
アクチンフィラメント ミオシン上をすべり、収縮がおきる。
Ca++ ミオシンがアクチンに結合するのに必要。
ミオシンフィラメント 架橋の結果アクチンフィラメントが引かれる。酵素反応で、ATPが分離される。
ATP 筋収縮のエネルギー源
図-2・3の説明
筋原線維はシリンダー状の形状で筋線
維の全長の長さを走行している。光学顕
微鏡で見ると、筋線維は横紋と呼ばれる
明暗の縞を持っている。電子顕微鏡で見
ると、筋原線維の横紋は、サルコメアと呼
ばれる収縮単位内の筋フィラメントの配置
により形成されることがわかる。
サルコメアは、2つのZ線と呼ばれる暗
い線の間に伸びている。サルコメアには二
つの型のタンパクでできた筋フィラメントが
含まれている。
太いフィラメントはミオシンと呼ばれるタ
ンパクでできていて、細い線維はアクチン
と呼ばれるタンパクでできている。Ⅰ帯は
明るい色調であるというのもⅠ帯の部分に
はZ線に付着したアクチンフィラメントのみ
が含まれているからである。A帯の暗い部
分にはアクチンとミオシンフィラメントが折り
重なっていて、H帯はミオシンフィラメント
のみが存在する。
学術教養特集 11-9
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2-3 筋収縮におけるカルシウムとミオシンの役割 ① ②
図-5
図―5の説明
① 二列のひねったミオシン分子でできている太いフィラメントと関係がある二つの別のタンパク
の配置を示している。トロポミオシンの糸はアクチンフィラメントに巻きついている。トロポニンは
糸に沿って規則的に介在して存在する。
②筋小胞体から放出されたカルシウムイオン(Ca++)はトロポニンと結合する。結合するとトロポ
ミオシンの糸の位置がシフトしてミオシン結合部が表面に出る。
1 太いフィラメントは、実際にミオシン分子の束であり、それぞれが二つの球系のATP結合部位
の頭を持っている。頭部はATP分解酵素の機能を持っていて、ATPをADPとリン酸に分解
する。この反応により頭部はアクチンと結合する。
2 ADPとリン酸はミオシン頭部上に、頭部がアクチンと結合して架橋を形成するまで残ってい
る。
3 すると、ADPとリン酸は放出されて架橋の位置が変化する。この反応はpower stroke(パ
ワー発作?)と呼ばれ、細いフィラメントをサルコメアの中心部に引き込む。
4 別のATP分子がミオシン頭部と結合すると、頭部がアクチンと離れて架橋は崩れる。そして
周期が再び開始される。アクチンフィラメントは周期が繰り返されるごとにサルコメアの中心に
近づく。
神経活動電位が静止するまで収縮は続き、カルシウムイオンは貯蔵嚢に戻る。筋小胞体の
膜には、カルシウムイオンを筋小胞体に汲み取って戻す能動輸送タンパクが含まれている。
学術教養特集 11-10
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3 筋の神経支配 筋は運動神経線維により収縮するよう刺激を受ける。神経線維のそれぞれは軸索バルブを
末端にもつ幾つかの枝をもつ。軸索バルブは筋線維のサルコメアと近接している。
図-4 神経筋接合部
軸索バルブはシナプス小胞を含んでいて、シナプス小胞にはアセチルコリン(ACh)と呼
ばれる神経伝達物質分子を含んでいる。神経活動電位が運動ニューロンを下行して軸索
バルブに到達すると、シナプス小胞はアセチルコリンをシナプス裂溝に放出する。
アセチルコリンはシナプスクレフトを速い速度で拡散してサルコメア内のの受容体タンパク
と結合する。するとサルコメアはサルコメア内を広がって、T管を下行し筋小胞体に達する
活動電位を生じる。筋小胞体からのカルシウムイオンの放出は筋線維内の筋原線維の収
縮をひき起こす。
神経筋接合部において、神経活動電位は筋線維への収縮信号となる神経伝達
物質分子の放出をもたらす。
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筋収縮のエネルギー
運動に動員するために以前ニ産生されたATPは数秒の間存続し、その後3種類の異なった経路
で新しいATPが筋へ運ばれてくる。筋がATPを迅速に得る2種類の好気的な経路が存在する。第1
の経路は、筋が静止時に産生される高エネルギー化合物であるクレアチンリン酸が絡んでいる。クレ
アチンリン酸は、直接筋収縮に関不することはない。代わりに以下の反応式でATPを再合成するの
にクレアチンリン酸は使用される。
この反応は、スライドしているフィラメントの中心部で起こっていて、それ故このATPの供給経路は
筋、ATPへ動員する最速の手段となっている。クレアチンリン酸は、おおよそたった8秒間の力の入っ
た活動分のATPしか供給できず、8秒経つと枯渇してしまう。クレアチンリン酸は筋が静止状態のとき
にATPからクレアチンリン酸グループを転送することで再生される。発酵によってもATPを得ることが
できるが、酸素は消費しない。発酵の過程で、ブドウ糖は乳酸に分解される。
筋線維に乳酸が蓄積することで、細胞質のpHはより酸性に傾き、酸素の活性が丌意に停滞する
ようになる。2~3分以上の間、発酵が続くと、痙攣やこむら返りが起こったり、疲労したりする。痙攣
はカルシウムイオンを筋小胞体に汲み戻したり、アクチンとミオシンフィラメントの間の結合を切断して
筋線維が弛緩できるようにするためのATPが欠乏することが原因で起きると考えられている。幸いに
ミトコンドリアにおける好気呼吸により、通常は筋のATPの大部分がまかなわれる。筋細胞は筋に燃
料として貯蔵されているグリコーゲンや脂肪酸を利用することができるが、ATPを産生するために
は、やはり酸素の供給が必要である。
ATPを得る3種類の経路は筋収縮の際にともに働く体が好気的な安定した状態を
得ている限り、嫌気的経路は通常必要とされない。この段階では、いくらかの乳酸が蓄
積することはあっても、疲弊の状態にはなっていない。トレーニングをしている人は、して
いない人に比べ、好気呼吸がしっかりしている。トレーニングしている人は筋のミトコンドリ
アの数が増加し、ATPの産生に乳酸発酵がATPの産生に必要でなくなる。彼らのミト
コンドリアは、筋収縮の際にADPの濃縮が開始すると直ぐに酸素の消費を開始する。ミ
トコンドリアは、ブドウ糖の代わりに脂肪酸を分解できるので、血中のブドウ糖は脳の活動
のために保持される。(脳は他の臓器と異なって、ATPをブドウ糖からしか産生できな
い。)トレーニングをしている人は乳酸が少ないので血液の pH は定常に保たれ、酸素
負債は少ない。
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間橋淑宏
図―6
筋がエネルギー需要に対して嫌気的な手段をとると酸素負債を負うことになる。酸素負債は、
運動後に呼吸を激しく行い続ける際に明らかである。呼吸負債を増す能力は、筋組織の最大の
長所の1つである。脳組織は、筋組織が酸素無で持続できるようにはなっていない。
酸素負債に対する支払いは、クレアチンリン酸の供給を補充したり、ピルビン酸に戻されてミトコ
ンドリアで完全に代謝されたり、肝臓に運ばれてグリコーゲンの再構築に用いられたりする。ゴ
ールラインを通過したばかりのマラソンランナーは、酸素負債があるために消耗しきっていない。
代わりにランナーは筋や肝臓のグリコーゲン供給のすべてを消費尽くしている。高炭水化物食
でグリコーゲンの貯蔵回復するまで約2日かかるといわれている。
遅い収縮と速い収縮の線維(遅筋と速筋)
図-7
使われていなかったり、弱い収縮しかしない筋は、大きさが縮小したり萎縮する。萎縮は肢が
キャスト(ギプス等)の中に固定されていたり、筋を支配している神経が障害を受けると起こる。
神経刺激が回復しなければ、筋線維は徍々に脂肪と線維組織に置換されていく。残念なこと
に萎縮によって筋線維は進行性に短くなり、身体のパーツが均整の取れた位置から引き離さ
れていくようになる。
長時間にわたる力の入った筋の活動により、筋線維内の筋原線維の数が増加して筋の大
きさが大きくなる。筋の大きさの増大は筋の肥大と呼ばれ、筋の最大張力の75%以上の収縮
をする際にのみ認められる。
遅い収縮の線維(遅筋) 遅い筋の収縮の線維は、筋線維の少ない筋単位にもかかわらず、しっかりとした収縮力と強
い耐久力を持っている。これらの線維は、長距離ランニング、自転車こぎ、ジョギング、水泳といっ
たスポーツに最も役立つ。それは、エネルギーの多くを好気的に得ていて、エネルギー供給がな
くならない限り疲れないからである。
遅い収縮の線維は、多くのミトコンドリアを持っている。また筋内に見られる呼吸色素であるミ
オグロビンを持っているために暗赤色の色調である。遅い収縮の線維は密な毛細血管床に取り
囲まれていて、速い収縮の線維よりも多くの血液と酸素を引き出すことができる。遅い収縮の筋
の線維の最大張力は低く、最大張力は発達しない。しかし、疲労には良く耐えることができる。ま
た、潤沢な量のグリコーゲンと脂肪を貯蔵しているため、豊富なミトコンドリアは定常を保つことが
でき、酸素の存在下で長い間ATPを産生することができる。
速い収縮の線維(速筋) 速い収縮の線維は嫌気的な代謝で力をより得るための構造になっている。それは運動単位
に多くの線維が含まれているからである。爆発的エネルギーを産生することができ、短距離走、
ウエイトリフティング、ゴルフのスウィング(ショットを打つ)といったスポーツに役に立つ。速い収
縮の線維は、遅い収縮の線維に比べて、少ないミトコンドリア、少ない、又は存在しないミオグロ
ビン、少ない支配血管で白色の色調を呈している。速い収縮の線維は遅い収縮の線維に比べ
て、迅速に最大収縮に達することができ最大収縮は強い。しかし乳酸が蓄積しやすく、早く疲
労しやすい。 (完)
スポーツで成功するか否かは、ある意味で筋の中に遅い収縮と早い収縮の
筋線維がどのくらい含まれているかにかかっている。