植物におけるジベレリン作用機構の解明ジベレリン(ga、図1)は植物ホルモンの一種であり、種子の発芽、茎および葉の伸長、...

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植物におけるジベレリン作用機構の解明 村瀬 浩司(奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科) [email protected] はじめに ジベレリン(GA、図 1)は植物ホルモンの一種であり、種子の発芽、茎および葉の伸長、 花成や果実の肥大など様々な植物の生長プロセスを制御している。 GA 4 つの環をもつジテ ルペン化合物であり、これまでに 130 種以上の GA 分子種が単 離、構造決定されている。これまでに GA シグナル伝達に関わ る主要な分子が同定され、GA 依存的なリプレッサーの分解に より GA 反応が誘起されることが知られていたが、GA がどの ように作用して一連の反応を制御しているのかは不明であっ た。本研究では X 線結晶構造解析の手法により、GA と受容体 およびリプレッサータンパク質 DELLA 複合体の構造を決定し て、GA の作用とシグナル伝達のメカニズムを解明した。 ジベレリンのシグナル伝達分子 植物の GA シグナル伝達は GA 反応のリプレッサーとして働く DELLA タンパク質 1,2) 、タ ンパク質の分解に関わる F-box タンパク質 SLY1 3,4) 、および GA 受容体 GID1 5) 3 種が主要な 役割を果たしている。植物の生体内で発現している DELLA タンパク質は通常 GA 反応を抑制 しているが、細胞が GA を受容すると速やかに分解されて、GA 応答が起こる 6) DELLA ンパク質は N 末端側に DELLA および VHYNP と呼ばれる調節領域をもち、これらの領域に 変異が入ると GA 依存的な DELLA タンパク質の分解が阻害されることが知られていた 7) (図 2a)。また、C 末端側には GRAS と呼ばれる植 物特有の転写因子ドメインをもち、GA 応答遺 伝子群の転写制御を行うことにより、GA 応答 抑制の機能を果たしている 8) 。もう 1 つの分子 である SLY1 N 末端に F-box ドメインをもつ ため、 SKP1, Cullin1, Rbx1 と共に SCF と呼ばれ る複合体形成して、ユビキチン E3 リガーゼと して基質をユビキチン化すると考えられた。ユ ビキチン化されたタンパク質は 26S プロテア ソームによって分解されるため、SLY1 GA 依存的に DELLA をユビキチン化することによ り、分解へと導く機能を果たしていると考えら れた 3,4) 2005 年にイネから GA 受容体 GID1 が発見さ れ、GID1 が活性 GA のみと選択的に結合する こと、また、GID1 GA 依存的に DELLA ンパク質と結合することが示された 5) 。当時米

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Page 1: 植物におけるジベレリン作用機構の解明ジベレリン(ga、図1)は植物ホルモンの一種であり、種子の発芽、茎および葉の伸長、 花成や果実の肥大など様々な植物の生長プロセスを制御している。ga

植物におけるジベレリン作用機構の解明

村瀬 浩司(奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科)

[email protected]

はじめに

ジベレリン(GA、図 1)は植物ホルモンの一種であり、種子の発芽、茎および葉の伸長、

花成や果実の肥大など様々な植物の生長プロセスを制御している。GA は 4 つの環をもつジテ

ルペン化合物であり、これまでに 130 種以上の GA 分子種が単

離、構造決定されている。これまでに GA シグナル伝達に関わ

る主要な分子が同定され、GA 依存的なリプレッサーの分解に

より GA 反応が誘起されることが知られていたが、GA がどの

ように作用して一連の反応を制御しているのかは不明であっ

た。本研究では X 線結晶構造解析の手法により、GA と受容体

およびリプレッサータンパク質 DELLA 複合体の構造を決定し

て、GA の作用とシグナル伝達のメカニズムを解明した。

ジベレリンのシグナル伝達分子

植物の GA シグナル伝達は GA 反応のリプレッサーとして働く DELLA タンパク質 1,2)、タ

ンパク質の分解に関わる F-box タンパク質 SLY13,4)、および GA 受容体 GID15)の 3 種が主要な

役割を果たしている。植物の生体内で発現している DELLA タンパク質は通常 GA 反応を抑制

しているが、細胞が GA を受容すると速やかに分解されて、GA 応答が起こる 6)。DELLA タ

ンパク質は N 末端側に DELLA および VHYNP と呼ばれる調節領域をもち、これらの領域に

変異が入ると GA 依存的な DELLA タンパク質の分解が阻害されることが知られていた 7)(図

2a)。また、C 末端側には GRAS と呼ばれる植

物特有の転写因子ドメインをもち、GA 応答遺

伝子群の転写制御を行うことにより、GA 応答

抑制の機能を果たしている 8)。もう 1 つの分子

である SLY1 は N 末端に F-box ドメインをもつ

ため、SKP1, Cullin1, Rbx1 と共に SCF と呼ばれ

る複合体形成して、ユビキチン E3 リガーゼと

して基質をユビキチン化すると考えられた。ユ

ビキチン化されたタンパク質は 26S プロテア

ソームによって分解されるため、SLY1 は GA

依存的に DELLA をユビキチン化することによ

り、分解へと導く機能を果たしていると考えら

れた 3,4)。

2005 年にイネから GA 受容体 GID1 が発見さ

れ、GID1 が活性 GA のみと選択的に結合する

こと、また、GID1 が GA 依存的に DELLA タ

ンパク質と結合することが示された 5)。当時米

Page 2: 植物におけるジベレリン作用機構の解明ジベレリン(ga、図1)は植物ホルモンの一種であり、種子の発芽、茎および葉の伸長、 花成や果実の肥大など様々な植物の生長プロセスを制御している。ga

国の Duke 大学で GA の研究を始めた私はシロイヌナズナの GID1 ホモログ GID1A, B, C がシ

ロイヌナズナにおける GA 受容体であること、GID1 が GA 依存的に DELLA タンパク質の N

末端領域にある DELLA および VHYNP モチーフを認識すること、GID1 と DELLA の結合が

SLY1 と DELLA の相互作用を促進することを示し、GA 依存的な GID1 と DELLA の結合が

DELLA の構造変化を引き起こし、SCFSLY1によって認識されてユビキチン化、分解へと進み、

GA 応答が誘導されるモデルを提唱した 9)(図 2b)。

GA-GID1-DELLA 複合体の結晶構造

GA シグナルに関わる主要な分子が同定され、シグナル伝達の全体像が大まかに明らかとな

ったが、GA の作用機構を詳細に理解するためにはこれらのシグナル分子の 3 次元構造を決定

する必要があると考えられた。そこで、私は構造生物学の研究室に籍を移し、シロイヌナズ

ナのGID1とDELLAタンパク質を用いて、

X 線結晶構造解析の手法にて構造決定を

試み、GA-GID1-DELLA タンパク質複合

体の構造を 1.8 Å の分解能で決定するこ

とに成功した 10)。この 3 者複合体の構造

はカルボキシルエステラーゼに相同性を

もつ GID1 のコアドメイン、GID1 の N 末

端領域、DELLA の 3 つに分けられる(図

3a)。GA は GID1 のコアドメインにある

酵素反応部位に相当するポケットに収ま

っており、3 本のへリックスからなる

GID1 の N 末端領域により、”フタ”されて

いた(図 3b)。また、DELLA タンパク質

は GID1 を覆うようにして、その N 末端

領域と結合していた。

ジベレリンの認識機構

活性型の GA は共通して 3 位の水酸基、6 位のカ

ルボキシル基、4 位から 10 位にかかるラクトンの

3 種の極性官能基をもっている。シロイヌナズナの

GA 生合成において、主要な活性型 GA である GA4

は不活性型前駆体の GA9から 3 位の水酸化によっ

て合成され、2 位の水酸化もしくは 6 位のカルボキ

シル基のメチル化によって再び不活性化される 11)

が、これらのわずかな違いがなぜ活性と不活性を

決定しているのかは長い間謎であった(図 4)。結

晶構造中の GA4 はこれら 3 つの極性官能基を GA

結合ポケットの底に向けて配位しており、それぞ

れの官能基が船の錨のように GA 結合ポケットの

底にあるアミノ酸と水素結合していた(図 5a)。3

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位の水酸基がないGA9やカルボキシル基がメチル化されたGA4-メチルエステルが活性をもた

ないのはこれらの水素結合ネットワークが形成できないことにより、GA 結合ポケットに自身

を安定に固定化できないためと考えられる。GA の疎水的な環部分は GID1 の N 末端にある疎

水性アミノ酸によってポケットの外側から挟み込まれており、GA は隙間なく GA 結合ポケッ

トに押さえ込まれている

(図 5b)。GA34は 2 位が水

酸化されて不活性化するが、

結晶構造中で 2 位の炭素周

辺は GID1 のアミノ酸側鎖

がひしめいており、水酸基

が入る十分な隙間がないこ

とがわかる(図 5b)。

シグナル伝達のメカニズム

GID1 N 末端領域の分子表面は疎水性となっており、DELLA タンパク質は主にこの N 末端

領域と相互作用していた(図 6a)。構造が確認できた DELLA タンパク質の大半は DELLA お

よび VHYNP の保存領域であり、GID1 と相互作用している 23 のアミノ酸もほとんどがこの

領域に含まれていた。GID1 は DELLA, LExLE, VHYNP と命名した 3 つの構造モチーフを認識

して DELLA タンパク質と結合している。GA の結合していない GID1 の構造は明らかになっ

ていないが、生化学的な実験から GID1 の N 末端部分はフレキシブルな構造をもつことが判

明した。また DELLA タンパク質の N 末端領域も単体では特定の構造をもたないことも明ら

かにした。以上をまとめると、GID1 の N 末端領域は“フタ”としての役割を果たしており、

通常フタは開いているが、GA が結合するとフタが閉じて DELLA タンパク質が結合する足場

ができる(図 6b)。また、DELLA タンパク質

も GID1 と結合することによって、その構造

を変化させる。GA はこの一連のダイナミック

な構造変化の引き金となっており、その後に

起こる SCFSLY1による DELLAタンパク質の認

識に繋がると考えられる。

おわりに

本研究により、植物による活性型 GA の識

別および GA の作用機構が明らかとなった。

GA は日本人によって発見された数少ない植

物ホルモンであり、日本が世界をリードして

きた研究分野でもある。GA とその受容体の構

造解析により GA の作用メカニズムの解明は

1 つの区切りを迎えたが、その節目となる本

研究が日本で最初に達成されたことは僥倖で

あった。今後も、日本の GA 研究が世界をリ

ードし続けることを期待したいと思う。

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謝辞

本賞の受賞にあたり、ご推薦を賜りました日本農芸化学会および関係者の皆様に深くお礼

申し上げます。本研究は Duke 大学の Tai-ping Sun 教授および奈良先端科学技術大学院大学の

箱嶋敏雄教授、平野良憲助教との共同研究であり、ご指導、ご支援に深く感謝いたします。

本研究を行うにあたり、日本学術振興会の海外特別研究員および特別研究員 PD 制度、また、

グローバル COE(奈良先端科学技術大学院大学)からご支援を頂きましたので、厚くお礼申

し上げます。

引用文献

1) Peng, J, Carol, P, Richards, DE, King, KE, Cowling, RJ, Murphy, GP and Harberd, NP (1997) The

Arabidopsis GAI gene defines a signalling pathway that negatively regulates gibberellin responses.

Genes Dev 11: 3194–3205.

2) Silverstone, AL, Ciampaglio, CN and Sun, T-p (1998) The Arabidopsis RGA gene encodes a

transcriptional regulator repressing the gibberellin signal transduction pathway. Plant Cell 10: 155–

169.

3) Sasaki, A, Itoh, H, Gomi, K, Ueguchi-Tanaka, M, Ishiyama, K, Kobayashi, M, Jeong, D-H, An, G,

Kitano, J, Ashikari, M and Matsuoka, M. (2003) Accumulation of phosphorylated repressor for

gibberellin signaling in an F-box mutant. Science 299: 1896–1898.

4) McGinnis, KM, Thomas, SG, Soule, JD, Strader, LC, Zale, JM, Sun, T-p and Steber, CM (2003)

The Arabidopsis SLEEPY1 gene encodes a putative F-box subunit of an SCF E3 ubiquitin ligase.

Plant Cell 15: 1120–1130.

5) Ueguchi-Tanaka, M, Ashikari, M, Nakajima, M, Itoh, H, Katoh, E, Kobayashi, M, Chow, TY,

Hsing, YI, Kitano, H, Yamaguchi, I and Matsuoka, M (2005) GIBBERELLIN INSENSITIVE

DWARF1 encodes a soluble receptor for gibberellin. Nature 437: 693–698.

6) Silverstone, AL, Jung, H-S, Dill, A, Kawaide, H, Kamiya, Y and Sun, T-p (2001) Repressing a

repressor: Gibberellin-induced rapid reduction of the RGA protein in Arabidopsis. Plant Cell 13:

1555–1565.

7) Dill, A, Jung, H-S and Sun, T-p (2001) The DELLA motif is essential for gibberellin-induced

degradation of RGA. Proc Natl Acad Sci USA 98: 14162–14167.

8) Zentella, R, Zhang, ZL, Park, M, Thomas, SG, Endo, A, Murase, K, Fleet, CM, Jikumaru,

Y, Nambara, E, Kamiya, Y and Sun, T-P (2007) Global analysis of DELLA direct targets

in early gibberellins signalling in Arabidopsis. Plant Cell 19: 3037–3057.

9) Griffiths, J, Murase, K, Rieu, I, Zentella, R, Zhang, ZL, Powers, SJ, Gong, F, Phillips, AL, Hedden,

P, Sun, T-P and Thomas, SG (2006) Genetic characterization and functional analysis of the GID1

gibberellin receptors in Arabidopsis. Plant Cell 18: 3399–3414.

10) Murase, K, Hirano, Y, Sun, T-p and Hakoshima, T (2008) Gibberellin-induced DELLA recognition

by the gibberellin receptor GID1. Nature 456: 459–463.

11) Yamaguchi, S (2008) Gibberellin metabolism and its regulation. Annu Rev Plant Biol 59:

225–251.