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学校教育学研究, 1998,第10巻pp.141-152 文字習得期の児童の書字傾向と指導の在り方 小竹光夫木村睦美 (兵庫教育大学) (新舞鶴小学校) 手書きする,手書きしないの別なく,氾濫する文字情報を受容し,処理・活用することは,現代人の必須の要件となって いる。特に活字や印字によってもたらされる字体・字形は,情報機器の種規ごとに差異はあるものの,とりあえずは一定の 規則性に基づいているように感じられる。つまり, 「字体・字形は活字によって固定された」という見解も,あながち誤り ではあるまい。 しかし,その裏側で営々と人間の手によって書き続けられる文字は,書写技能の未熟化と相侯って,多様化・難読化して いるのが事実であろう。文字の書き方を習得する以前に,書かねばならぬ現状がある。個々の文字を確実に書き記す学習と 並行し,多字数の文や文章を書かねばならない。そのような中,文字習得期の児童・生徒に,どのような書写技能を与える かは,緊急かつ重要な事柄であろう。 本研究は,文字習得期の児童の書写実態と問題点を明らかにし,書写技能を習得させる上での指導の在り方について考察 を加えようとするものである。 キーワード:書写,書写技能,言語習得期,平仮名 iEII 小竹光夫:兵庫教育大学・附属実技教育研究指導センター・助教授, 〒673-1421兵庫県加東郡社町下久米9421-1, E-mail : [email protected] 木村睦美:京都府舞鶴市立新舞鶴小学校・教諭, 〒625京都府舞鶴市溝尻 How to Write It on the Way that a Child and Research of a Method of an Ins Mitsuo Shino and Mutsumi Ki (Hyogo University of Teacher Education) (Shinmaizu There is many character information in the periphery us. indispensable matter for people of today. A shape of a chara ke us as delicately differing. However, I feel it, as they are Before, it was called "a type fixed a shape of a character negated generally. As contradicting it, so that a shape of a character that is p character that a human being write by hand varies and is bec of a difficulty reading is a fall of a skill to write a charac learning how to write a character. Therefore, how to write a mayhave togivea skill of how to write a certain character to c character, in future. This research makes how to write a character gradually obvi of an instruction, at stage that a child learns a character. Key words: penmanship, skill of how to write a character, a MItsuo Shino : Center for Pratical Education, Research, and Tr Yamakum, Yashiro-cho, Hyogo 673-14, Japan Mtsumi Kimura : Shinmaizuru Elementary School, Mizoshiri, M

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学校教育学研究, 1998,第10巻pp.141-152

文字習得期の児童の書字傾向と指導の在り方

小竹光夫木村睦美(兵庫教育大学) (新舞鶴小学校)

手書きする,手書きしないの別なく,氾濫する文字情報を受容し,処理・活用することは,現代人の必須の要件となって

いる。特に活字や印字によってもたらされる字体・字形は,情報機器の種規ごとに差異はあるものの,とりあえずは一定の

規則性に基づいているように感じられる。つまり, 「字体・字形は活字によって固定された」という見解も,あながち誤り

ではあるまい。

しかし,その裏側で営々と人間の手によって書き続けられる文字は,書写技能の未熟化と相侯って,多様化・難読化して

いるのが事実であろう。文字の書き方を習得する以前に,書かねばならぬ現状がある。個々の文字を確実に書き記す学習と

並行し,多字数の文や文章を書かねばならない。そのような中,文字習得期の児童・生徒に,どのような書写技能を与える

かは,緊急かつ重要な事柄であろう。

本研究は,文字習得期の児童の書写実態と問題点を明らかにし,書写技能を習得させる上での指導の在り方について考察

を加えようとするものである。

キーワード:書写,書写技能,言語習得期,平仮名

iEII

小竹光夫:兵庫教育大学・附属実技教育研究指導センター・助教授,

〒673-1421兵庫県加東郡社町下久米9421-1, E-mail : [email protected]

木村睦美:京都府舞鶴市立新舞鶴小学校・教諭, 〒625京都府舞鶴市溝尻

How to Write It on the Way that a Child I。earns a Character,

and Research of a Method of an Instruction

Mitsuo Shino and Mutsumi Kimura

(Hyogo University of Teacher Education) (Shinmaizuru Elementary School)

There is many character information in the periphery us. The understanding and in flexion are an

indispensable matter for people of today. A shape of a character that is printed by a machine looks h

ke us as delicately differing. However, I feel it, as they are based on a certain law.

Before, it was called "a type fixed a shape of a character." I think that the word mustnt also be

negated generally.

As contradicting it, so that a shape of a character that is printed by a machine is fixed, a shape of a

character that a human being write by hand varies and is becoming a great difficulty reading. A cause

of a difficulty reading is a fall of a skill to write a character. A child must apply a character, before

learning how to write a character. Therefore, how to write a fundamental character is forgotten. People

mayhave togivea skill of how to write a certain character to child, if requesting a rich in flexion of a

character, in future.

This research makes how to write a character gradually obvious and objects to think about a method

of an instruction, at stage that a child learns a character.

Key words: penmanship, skill of how to write a character, a step that learns a character. Hiragana.

MItsuo Shino : Center for Pratical Education, Research, and Training, Hyogo University of Teacher Education.

Yamakum, Yashiro-cho, Hyogo 673-14, Japan

Mtsumi Kimura : Shinmaizuru Elementary School, Mizoshiri, Maizuru, Kyoto 625, Japan

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142 学校教育学研究, 1998,第10巻

1.書写能力の現状と未熟化

昭和50年代,極めて変形した文字が小・中学生の問に

流行・蔓延し,社会的な問題としてマスコミ等に取り上

げられた。形態上の特徴から「マンガ字」,あるいは

「丸字」とも呼ばれたそれらの文字(図1)と,対処に

苦慮する学校現場の様子は,数多くの新聞や書物を介し

て報じられ,人々の知るところとなった。ジャーナリス

ト山根一兵(1986)は, 「マンガ字」・「丸字」と呼ばれ

た一連の文字群を「変体少女文字」と命名し,綿密な取

材に基づいた『変体少女文字の研究』を著した。ここで

言う「変体」とは, 「異種のもの,異体のもの」という

意味であり,現行の「平仮名」の制定によって除外され

た仮名を,いわゆる「変体仮名」と総称したことを跨ま

え,命名したものと考えることができよう。当然, 「正

体」として位置付けられるのは,伝統的な字体・字形で

示される「平仮名」である。

図1 「マンガ字」 「丸字」字例(『変体少女文字の研究』より)

これら変形した文字については,かつて小竹光夫(19

81)が「横書き書字の特性とその速書体の転移」におい

て詳細に論じている。ここでは,その中から本論に直接

的に関わる問題点を, 「書写能力の未熟化」という視点

でとらえ,さらに分析を加えることとする。

筆画数の少ない平仮名は,形態的に簡略であるがゆえ

に類似形を生じやすい。そのため「折れ」や「曲り」,

「結び」などの方向や形態を違えることによって,文字

としての判別・可読性を高めようとしている。しかし,

この形態的に示される微細な方向や形態の変化は,書字

上の難度を高める結果となり,書きにくさとして意識さ

れることも多い。さらに,毛筆を中心として字体・字形

が生成された漢字や仮名では,強弱や抑揚といった用・

運筆を避けることができない。

書きやすく,かつ読みやすいのが,すぐれた文字であ

ろう。 「書きやすいが読みにくい」も, 「書きにくいが読

みやすい」も文字としては不十分である。ただ,前者が

「マンガ字」・ 「丸字」と呼ばれた文字群に,後者が伝統

的に正しいとされる「平仮名」に生じることを考えれば,

指導上の難しさが明らかになってくる。

「マンガ字」 ・ 「丸字」と呼ばれた文字群では,複雑な

線運動や微細な方向・形態の変化が除外され,書字を容

易にするための簡略化とパターン化が行われるO結果と

して生じる類似形などは,ほとんど問題とされていない。

つまり,個人の書写能力を高めることによって形態を整

え,文字の伝達機能を向上させようとした意識や態度は,

この時代には既に喪失されつつあったということであろ

う。他者への意味伝達以前に個人の都合があり,内容の

イメージ化が先行する。

これに対し当時の教育現場は, 「マンガ字」・「丸字」

と呼ばれた文字群を忌避し, 「書くと減点する」等の過

敏な反応は示したが,本来は「書写能力を支える意識を

どう変革するか」から,指導は開始されなければならな

かったのである。

昭和60年代になると, 「マンガ字」 ・ 「丸字」は急速に

消失しはじめる。代わって登場するのが, 「長形へタウ

マ文字」・「尖り文字」と呼ばれる文字群である。タレン

トである宮沢りえの手書き文字,いわゆる「りえ文字」

(図2)がきっかけとも言われるが,個人の書きぶりに

影響されたと限定することはできまい。

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て揖左霊も図2 「りえ文字」字例

「長形へタウマ文字」・「尖り文字」 (図3)の特徴は,

縦長い字形と直線的な点画である。偏平・円形を特徴と

した「マンガ字」・「丸字」とは対照的で,喪失されてい

た「ハライ」や「-ネ」も僅かながら表現されている。

そのため,社会的な現象のように進んだ文字の変形も,

ここに来て収束したかに見えた。しかし,不安定に揺れ

ながら行を形成する文字,妙に空自を感じさせる字間は,

明らかな書字速度の低下を示しており,我々は再び書写

能力の未熟化を確認することとなる。

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文字習得期の児童の書写傾向と指導の在り方

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図3 「長形へタウマ文字」 「尖り文字」字例

「マンガ字」 ・ 「丸字」では螺旋運動を機軸として文字

を書き,字間を詰めることで速書する。多字数を連続し

て書写しても,形態的な崩れはほとんど生じない。しか

し, 「長形へタウマ文字」・「尖り文字」では,書き方と

いう技術上の工夫は見られない。かつては自在に螺旋と

して描かれていた「結び」も,おぼつかない運筆によっ

て直線的な表現となる。僅か10年足らずの問に,児童・

生徒の書写能力は,螺旋運動さえできないほどに低下し

ているのである。遅筆を補うために,書写される字数が

極端に減少する。単語の羅列となる,一文が短くなる等

も,その特徴的な例である。

情報化が進む中,さまざまな印字機器が相次いで登場

する。機器の精度の向上は印字品質に反映され,流通す

る出版物の活字に匹敵する形状で文字情報が提示される。

その一方,人間が文字を手書きするという分野では,書

写能力の低下と未熟化が問題とされる。一時期, 「最近

の子どもは箸が持てない」ということが話題となったが,

同様に機能的な鉛筆の持ち方ができない,手指が硬直化

して滑らかな運筆ができない,微妙な点画の接続が不確

かになるなど,数多くの事例も報告されている。人間の

手書きする文字が,いかなる役割を果たし,どのように

活用されていくべきかを考えさせられる実態である。

文字を手書きする行為は,単に「書く」という表現上

の事柄に止まらない。認知し,定着させるという場面で

も効果的に働いている。判別においても同様である。象

徴的な言い方ではあるが, 「人間は脳裏に文字の姿を描

き,書き,そして照合・活用している」のである。つま

り,外に向かった「表現」としてだけではなく, 「書き

確かめる」ことを前提として,人間の文字を手書きする

という行為は成立しているのである。

2.文字習得期の書字・書写指導

2- 1小学校における文字習得と書字・書写指導

幼稚園教育要領は,文字の習得には触れていない。つ

まり,児童たちの文字や苦学・書写学習は,小学校入学

を起点として開始されると考えてよい。しかし,後段で

述べるように,現状は大きく異なっている。

小学校での文字学習は,文字習得期であることを考え

て,特別に配慮が施されたプログラムによって展開され

143

ている。中でも大きな働きを示すのは,習得する漢字を

学年ごとに配当した「学年別漢字配当表」であろう。

漢字仮名交じりを主たる表記形態とするE]本語では,

限定された数の表音文字以外,つまり表意・表語文字で

ある漢字の数を,どの程度に絞り込んで習得させるかが

問題となる。総数50000字と言われる漢字の中から約200

0字を抽出し,日常一般の言語生活に必要なものとして

位置付けたのが「常用漢字表」である。しかし,文字習

得期であることに配慮した小学校では,さらに基本的な

もの1006字を「常用漢字表」より抽出し, 「学年別漢字

配当表」として位置付けている。現行学習指導要領末尾

に掲げられる「学年別漢字配当表」では,

罪-学年8 0字

第二学年1 6 0字

第三学年2 0 0字

第四学年200字

第五学年1 8 5字

第六学年1 8 1字

という学年配当が行われている。以前の「当用漢字表」

から「常用漢字表」へ,学習指導要領の改訂に伴う現行

の「学年別漢字配当表」へと,多少の字種・字数の変更

はあるものの,日本における漢字活用の方針は,基本的

な部分において一貫しているO

小学校学習指導要領の国語科の「3指導計画の作成

と各学年にわたる内容の取扱い」には,

(1)音声,文字,文法的事項などのうちくり返し

て学習させることが必要なものについては,特

にそれだけを取り上げて学習させるよう工夫す

ること。

(2)毛筆を使用する書写の指導は,第3学年以上

の各学年で行い,硬筆による書写の基礎を養う

よう指導し,文字を正しく整えて書くことがで

きるようにすること。また毛筆を使用する書写

の指導に配当する授業時数は,各学年年間35単

位時間程度とすること。なお,硬筆についても,

毛筆との関連を図りながら,特に取り上げて指

導するよう配慮すること。

(3)漢字の指導については,次のとおり取り扱う

こと。

ア学年ごとに配当されている漢字は,原則と

して当該学年で指導することとするが,必要

に応じて1学年前の学年又は1学年後の学年

において指導することもできること。

イ当該学年より後の学年に配当されている漢

字及びそれ以外の漢字を必要に応じて提示す

る場合は,振り仮名を付けるなど,児童の学

習負担が過重にならないよう十分配慮するこ

と。

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144 学校教育学研究1998,第10巻

ウ漢字の指導においては,学年別漢字配当表

に示す漢字の字体を標準とすること。

とある。書字・書写指導に直接関係ある項は, (2)と(3)

のウである。

(3)のウについては,多少の補足が必要となる。

従来, 「学年別漢字配当表」の漢字提出の順や字種・

字数に関しては,さまざまな問題点が指摘されている。

そのため,文字習得期の児童を混乱させぬよう,字体の

標準的なモデルが示され,定着を図ろうとしている点は

大きく評価できる部分であろう。当然, 「明朝体活字」

のような活字特有の表現ではなく,手書き文字を根底と

した「教科書体活字」で示され,基本的な文字習得を碓

実に行おうとする方向性が強く感じられる。

「教科書体活字」とは,学校教育での筆写字体の標準

として作成された槽書体による活字である。作成時の規

範となったのは手書きによる毛筆文字だったが,昭和40

年代からは,時代の変化に適合するよう硬筆系のものへ

転換した。当初は教科書会社ごとに細部の異同があった

が,昭和52年の「小学校学習指導要領」に従う教科書か

らは, 「学年別漢字配当表」に示された字体により統一

が図られている。

統一されなければ指導が唆味になるO統一されれば異

論が唱えられる。このようなことは,学習指導の場にお

いて日常的に生じる。 「字体を標準とする」という表現

も「制約」と理解され,微妙な表現上の差異を拡大・誇

張し,問題視した時期もあった。しかし,個体差の大き

い手書き文字において,表現上の幅を許容していこうと

する考え方が定着するにつれ, 「字体とは基本的な骨格

である」との意識が大勢を占めるようになった。

述べてきたように,小学校における文字習得と苦学・

書写指導は,平仮名と片仮名に学年別配当漢字1006字を

対象として展開される。ローマ字の指導も小学校4年生

段階で登場するが,主たる表記形態を漢字仮名交じり文

と限定しているため,本論では取り扱うことをしない。

漢字配当表に示される字体を標準とする漢字指導に対し,

平仮名や片仮名は具体的なモデルが示されていない。実

際, 「教科書体活字」においても形態格差が大きいが,

この間題については2-3で詳しく扱う。

2- 2小学校入学段階の児童の文字習得状況

2 - 1の冒頭で,小学校入学を起点として開始される

はずの文字や書字・書写学習が,実際は大きく異なった

状況で展開されると述べた。つまり,幼稚園や保育所で

文字は教えなくとも,それ以外の場や機会をとらえなが

ら就学前の文字教育は確実に進展しており,小学校入学

段階での児童の読み書き能力は,急速に高まっていると

いうことである。

しおみとしゆき(1986)は, 『幼児の文字教育』の中

で, 1970年の国立国語研究所の「就学前児童の言語能力

に関する全国調査」を例示し,次のように述べている。

この調査は,幼稚園の年長児,つまり次の年の

四月に小学校に入学する子どものうち64%が, ll

月の時点ですでにひらがなを全部読め, 20字以下

しか読めない子は2割に満たないことを明らかに

しました。年中児(4歳または5歳)でも読める

文字数は平均で24.4字もあり,これは1953年の調

査で小学校に入学したての子ども(6歳)が読め

た文字数の26.2字にほぼ匹敵することもわかりま

した。

また,ひらがなを書くほうでも,年長児は読め

た文字のほぼ半数,年中児は読めた文字のほぼ3

分の1を書けることもわかりました。年長児の書

けた文字数の平均は19.3字でしたが,これは1953

年の調査で,小学校入学直後の子が書けた文字数

の17.5字を上回っていました。

つまり,調査当時の1967年の段階で,日本の幼

児たちはそれより14年前の1953年当時の子どもた

ちにくらべ,読みにおいて約1年半,書きにおい

て約半年,早く読み書きできるようになっている

ことが明らかになったのです。

さらに清音45,歯音20,半濁音5,揮昔1の,計71字

を対象とした「ひらかなの書きの力」は図4のような形

で描かれている。

w書きQ)水串

1-5 6-20 2卜40 4ト59 6fr、71書字教

図4ひらがなの書きの力(『幼児の文字教育』より)

1967年という30年も前で,この状況である。高まる進

学熱によって早期教育が加速する現在では,より以上の

高水準を示すグラフが描かれるはずである。下村昇(19

91)は, 『幼児に文字を教えてはいけないか?』の中で,

1985年6月に東京都の北・板橋・中野の三区を対象とし

て行った「入学前の幼児の読み書き」について,次のよ

うに報告している。

その結果,

◇平仮名は自由に読みこなせるという子どもが

87パーセントO

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文字習得期の児童の書字傾向と指導の在り方

◇平仮名の大体が読めるという子どもが5パー

セント。

◇この両方を合計すると92パーセントになりま

す。

この調査によって, 1年生の担任の先生がたの

話がたしかにそのとおりだということが実証され,

わたしたちはなるほどと患ったものでした。

わたしたちはついでに「書くこと」についても

調べました。すると,入学前に書けるようになっ

ている子どもの実態は,次のようでした。

◇平仮名は自由に書けるという子どもが71パー

セントありましたし,

◇平仮名の全都ではないが,大体なら書けると

いう子どもが9パーセントありました.

◇これも合計しますと81パーセントにもなって

いるのです。

この読み書き両方の数字からみると,まさしく

1年生に入学してくる子どもの9割は平仮名が読

めて, 8割は書けるようになっているといってよ

いでしょう。数年前に行った公文教育センターの

調査でも, 4歳児の4人に1人は平仮名が全部読

めて, 6歳児の53パーセントが全部書けるという

結果を報告しています。

しかし,就学前の文字教育にはばらつきがあり,系統

的・計画的に行われる場合は少ない。静止した形態の文

字を読む場合と違い,複数の点画や筆画を組み合わせな

がら文字を書くという場面では,この習得過程の不確か

さが大きな影響として現れる。同書において下村も述べ

ている「筆順」など,その典型的な事例であろう。

しかし,こうした子どもたちの書く平仮名とい

うのは,果たして正しい筆順によって書かれてい

るのでしょうか。幼児に文字を書かせると,自分

の目についたところから書き始めるという傾向が

あります。そして筆の方向も右から左に書いたり,

下から上に書いたり,そのとき,その文字によっ

て異なってきます。わたしたちは保護者に「お子

さんの書いている字の書き順は正しいですか」と

いう設問も作りました。この問いに答えてくれた

人は221人です。その中で,

◇ 「書き順は間違っていないようだ」と答えた

人が64人Oこれは設問応答者の29パーセントに

当たりますoそれ以外の, 71パーセントの子ど

もは,どうも正しい筆順になっていないようで

す。やはりこれは問題です。なぜ,間違って覚

えるのでしょうか。

◇子どもが自分かってに書いて覚えたから

◇教えた人の間違いをそのまま覚えたから

と答えた人が合計で74人(33.5パーセント)も

145

ありました。

身近な絵本や児童書の文字を対象とし,幼児の文字習

得は始まる。対象が,周囲の大人たちが与える文字情報

である場合もある。小学校入学直前では,学習に適応で

きるかとの不安から,保護者の側も文字学習の資料等を

積極的に与えようとする。しかし,いずれの場合も,書

き方についての系統的な指導が加えられることは少なく,

いわば「自学自習」の形で文字習得が進行する。

本来,点画や筆画を組み立て,文字の形にする合理的

順序が「筆順」である。そのため,線条的に書き進む過

程を観察させ,その後,実際に書かせて習得させるのが

適切であろう。 「自学自習」という習得は,この過程へ

の対応が不十分であるということで,結果的に文字の形

を成していれば,文字習得が完了したと短絡的にとらえ

られる。当然, 「筆順」や「執筆法」,さらには「姿勢」

というものへの対応は放置されたままとなる。これらの

末習得が,文字活用の場で明確な阻害要因として登場す

るのは,膨大な情報への対応を迫られる中学校段階になっ

てからである。早期の文字習得が,結果として自由な文

字活用を阻害するという皮肉な状況である。換言すれば,

習得期に文字の「書き方」より「活用」が優先するため

の指導上の欠落であり, 「豊かな言語生活」を目指しつ

つも破綻する,極めて根本的な問題点を含んでいると考

えられるのである。

小学校入学時に,既に自分の名前を読み書きできる児

童がいる一方,発音はできるものの全く自分の力では文

字を書けない児童もいる。 「筆順」や「執筆法」,さらに

は「姿勢」についても同様である。このような能力が異

なる児童を一室に集め,文字習得や書字・書写指導を展

開することは,困難さを伴う学習活動なのである。

2-3文字習得の系統と字体モデル

漢字の一部をとったという成立経過から,片仮名と漢

字には形態,用・運筆上の近似がある。そのため,文字

学習における「片仮名先習論」が強く主張された時期も

あるが,現在は日常の表記形態に従い, 「平仮名- (片

仮名) -漢字(槽書-行書)」という文字習得の系統が

定着している。

「学年別漢字配当表」が,活用頻度に従った字種の選

定によっていることから,書き易さや書き習う順という

点での配慮は感じられない。書字や書写の立場からは,

学年ごと,要素ごと,漢字表ごとに学習の系統性を見出

す以外,対応する方法がない。また,文字学習の最初に

登場する平仮名が,漢字の草書化から生じたという経過

から,形態や用・運筆の難易度が高いことも,また文字

習得期の学習を困難なものとしているO

既に述べたように,漢字の標準となる字体は, 「学年

別漢字配当表」に示されている。書字・書写指導におい

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146 学校教育学研究, 1998,第10巻

ても,この字体を用いながら学習が展開する。しかし,

この「標準となる字体」には,大きな欠落がある。つま

り,これは漢字1006字の字体モデルを示しているに過ぎ

ず,漢字仮名交じりで示される日本語表記の約7-8割

を占める仮名については,何らの基準・標準となる字体

が示されていないのである。全国大学書写書道教育学会

(1993)が編集する『書写指導小学校編』の巻末には,

資料として「平仮名と片仮名の教科書体活字の例」を掲

げている。この「・・・例」あるいは「-一例」との表示は,

統一された規格ではないとの娩曲な表現であろう。同様

の表示は, 「常用漢字表」における「 (付)字体につい

ての解説」にも登場する。 「平仮名が今日の字形に統一

されたのは,明治33年(1900)に教科書用の字体が決定

されて以後で,次第に一般にも定着した」 (三省堂『漢

字小百科辞典』 1990)と解説する文献もあるが,決して

そうではない。決定されたのは, 1音1字という規則と

使われる仮名の種類に過ぎない。字体や字形は,極めて

大まかな「原則」のままで終わっているのである。

標準とされる字体モデルをもたない仮名の実態は,小

学校の教科書を見ても明らかである。漢字が「学年別漢

字配当表」に準じた教科書体活字で示されるのに対し,

仮名は調和・近似する形で創作されているに過ぎない。

教科書ごとに微妙に異なり,統一された形態を示してい

ない。文部省(1989)の「義務教育諸学校教科用図書

検定基準」の別表においても,

漢字(4)常用漢字の字体については, 「常用漢

字表」によること。ただし,教科書体活

字を使用する場合には, 「学年別漢字配

当表」に示された漢字の字体を標準とし,

その他の常用漢字については,これに準

ずること。

(5)常用漢字以外の漢字の字体についは,

慣用を尊重すること。

と「学年別漢字配当表」外の漢字への対応は示されるも

のの,仮名については全く触れられていない。

情報化に伴い,数多くの創作書体が「フォント」とし

て機器に取り込まれている。その中で,最も数多く多様

なのが仮名の書体である。限られた字数が,書体の創作

を容易にするというのが理由である。その理由からすれ

ば,僅かな字数・字種の仮名の,標準となる字体が提示

されていないのは不思議である。まして,ここから文字

習得の導入期における数多くの問題が生じてくるならば,

事態はさらに深刻化する。

3.導入期の実態と具体的な対応

3-1文字習得における導入期

1006字の漢字習得は小学校6年間を通じて行われるも

のの,平仮名は第1学年で,片仮名は第2学年で基本的

な学習を終了すると考えてよい。つまり,漢字仮名交じ

り文の基礎は,第2学年終了時点で形成されるわけで,

この時期を「文字習得における導入期」と考えてもよい

だろう。この時期に大きな課題になるのは,反復して多

数使用される平仮名を,どのように理解させ,定着させ,

どう活用させるかということであろう。その過程におい

て, 「文字を書く」という書字・書写指導も大きな役割

を果たしているのである。

小学校1 ・ 2学年段階では,言語の概念もいまだ定着

していない。文字という記号を意識化させ,概念と結び

つけて理解させることに指導者は苦しむ。さらに,稚拙

な書写技術で書き進む児童を,指導者側は待ち切れない。

その結果,書くことはともあれ覚えさせ,使えるように

させることが第一義とされる。性急な定着・活用が求め

られた場合,書写技術は未発達のままに放置される。そ

れが直接的に児童の言語生活を阻害してくるのは,活用

しようとしても文字が書けないことに気付く段階である。

書けない苛立ちは,文字や文を書くことを停止させ,檀

端な場合は「文字嫌い」へと児童たちを傾斜させていく。

文字習得の導入期は,言い換えれば文字活用の導入期

でもある。文字を書くことが,習得上の認知・定着の向

上を図ると考えれば,活用上では直接的な表現と関わっ

てくる。その意味でも,基本的な書字・書写能力を,辛

仮名の学習を通して確実に習得させるべき時期であると

も言えよう。

3-2平仮名音字の要点

前述のように,平仮名には漢字のような標準とされる

字体がない。しかし,厳密な形ではないにせよ,平仮名

の書字に際して,運筆上で留意しなければならない点は,

おおよその了解事項として存在している。指導者の側と

しては,その了解事項の中から学習の要点を導き出し,

平仮名の字体上の基準を明確にしていくことが,第一の

取り組みとなる。基準が明らかにされることによって,

初めて児童の書字の実態を客観的にとらえることができ

るし,以降の学習指導を展開する方向性を決定すること

もできよう。

学習の系統性から考えれば,いわゆる「50音図」や

「いろは歌」は,書字学習の学習資料とはならない。つ

まり, 「あ-い-う-え-お」と書き進む「50昔図」で

は,技術的には「難-易-易一難-難」という不連続の

段階性になる。比較的易しい文字が冒頭にある「いろは

歌」も, 「い-ろ-は一に-は」という展開の中に筆画

上の段階性はない。

「文字を書く」という学習を考えた場合,極めて簡単

な字例であるが, 「こ一に-た-は」のような段階に応

じた線や筆画,および文字配列が存在しなければならな

いはずである。これらの点は,既に木村睦美(1997)が

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文字習得期の児童の書写傾向と指導の在り方

「学校におけ,る文字習得と学習法」においても,繰り返

し指摘してきた部分である。ここでは「向かい合う部分

をもっ平仮名」である「こ・さ・き・か・た」と, 「結

びをもっ平仮名」である「よ・は・な・ね・は」の10字

を対象として,導入期における平仮名書字の要点につい

て考察を加えることとする。

前出『書写指導小学校編』の資料中より,該当する

10字を抽出したのが図5である。身近な教科書と比較し

ても, 「例」とされるだけに微妙な差異がある。一つの

字体モデルではあるが,おおよその了解事項の中で生成

されたものと考え,書写の際の一筆ごとの留意点をまと

めたのが,以下に掲げる表1である。全体として考慮し

なければならない点については,備考として補足的に記

している。

図版より抜粋・拡大

図5

亘は百両亘

f)X)き困たl

教科書体活字の例(『書写指導小学校編』より)

このような学校教育と直結した資料とは別に,いわゆ

る教育産業が就学前の対策として発行する文字練習帳な

ども存在する。保護者や家庭の教育熱を受けた形での出

版であり,学校教育とは無縁のものと切り捨てることは

できまい。小学館の『小学1年生別冊正しいひらがな

表1書字における留意点

147

ほ ね な は よ た か き さし.-

壁間

曲線

壁間

結び

t?筆

Tta.コニ間

方向

空間

曲棉

方向

Tt)I.間方向

空 曲間線

料め

方向

料め

方向

クtZド間曲線

備慕

終筆

近筆

終筆

近筆

結び

サ?翠

鰭V-の形方

方向

柊等

結y

ォ筆

終筆

方向

近筆

結び

終Si

紘If

終筆

-tj向

曲m

終翠

曲ォa

起s

曲げ

方向

方向

位置

の角皮

方向

方向

終筆

曲線

起筆

の負*

方向

柊筆

曲m

近筆

終筆

曲ォ

起筆

考筆

s

i

SB

i

寡四筆

完成学習ノート』(1992)で「もっとくわしくパ-

フェクトチェック」として付されている解説の中から,

該当する10字に限って抜粋し,以下に掲げる。

こ-この第1画は,やや右上がりです。そして上へ

ふくらんだ線です。第2画の起筆部分は横へで

はなく,むしろ縦の方向へと書き始めると,き

れいな入り方になります。

さ-さの第1画は,やや右上がりに,第2画はまっ

すぐ下向きではなく,第1画と垂直に交差させ

て書きます。ちょっと傾けるのです。そっとす

くうように受けます。

き-きもさと同じ要領で書きましょう。子どもの陥

る変な書き方は,第1画と第2画の間隔が狭く

なることです。息苦しくて,ゆとりのない字に

なります。この二つの線は同じ長さです。

か-かの第1画と第2画を逆に書く子がいます。よ

く見てやってください。第1画と第3画の間を

広く取った方が安定した形になります。

た-たはなと同じく,第1画は右上がりに,第2画

ほんの起筆部のように斜めに長く書きます。そ

して,右下にかわいいこを書きます。第2画と

第4画の終筆点は同じ高さにします。

よ-大人の中にはよ,なの筆順がまちがっている人

があります。 αに似たところを先に,その上の

横棒や点を後に書くのは誤りです。子どもの半

数ぐらいは,このまちがった筆順で書きます。

αの部分はよ,ま,なとも終筆部分です。最後

の小さな丸の部分は,うんと横長の長円にしま

しょう。なの第2画と第4画は,少し倒して書

きます。縦にまっすぐに書くと不かっこうです。

は・-は,はとも終筆のαに似た部分は,よ,まと同

じく平たくします。うんと左横へ出し,ついで

小さく曲げて右下へと書きます。第1画の下の

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148 学校教育学研究. 1998,第10巻

部分とα部分の下の部分は同じ高さとします。

な・- (よの解説に同じ。 )

ね-わ,ねの第2画目はとても書きづらいところで

す。手本の上に白い紙をあてて,何回も練習さ

せてください。右の部分を大きく書かせ,終筆

点を第1画の下とそろえます。

揺- (はの解説に同じ。 )

筆者である学力コンサルタント(教育士)岸本裕史に

ついては,掲載される略歴以外に詳細を知らない。保護

者,それも母親を想定した解説が,個々の筆画や字形に

対して詳細に行われているが, 「手本」として掲げられ

る字例が個癖の多い手書き文字であり,字体・字形のモ

デルとしては問題が多い。まして,ここまで形態にこだ

わって反復練習がなされた場合,小学校での書字・書写

学習での修正は,ほとんど不可能ではないかとさえ感じ

られる。

3-3児童の書字実,礫と傾向性

京都府S小学校第2学年の児童28名を,書字実態を考

察する対象として選定した。導入期という観点からすれ

ば,第1 ・ 2学年のいずれにするか迷うところであるが,

既に平仮名の学習を終え,ある程度は自分の思うように

書字できる段階での調査をと考え,第2学年の児童を対

象とすることにした。

調査は, 50音順に平仮名で,続いて同様に片仮名で書

かせるという方法で行った。 「50音図」の定着度も観察

したかったが,調査に当たった別の教師との意思疎通が

図れず,助言が加わる形になった。

一般社会では,横書きによる字形の変形が問題とされ

る。しかし,この時期,どの教科目でも学習ノートはマ

ス目のあるものが用いられており,児童は1文字ずつ枠

内に独立した形で文字を書く。そのため,下掲の図6に

見られるような,横書き特有の字形的特徴は生じない。

技術的な巧拙はあるものの,とりあえずは基本に忠実に

書こうとする態度は感じられる。

ただし,余白等の空間的な概念が未発達であるため,

マス目いっぱいに書字されることが多い。(図7)文字の

周囲の余白のなさ以上に,文字の内部や筆画間に余裕・

余白がない。空間によってバランスをとるなどという意

識はなく,空きがあることが不安であるかのような書き

方も見られる。例えば,「か」のように第1 ・ 2筆と第

3等の間に大きく空間をとることは不安の原因となり,

接触しそうなはどに近付けて書いてしまうのである。当

然,文字によって異なる外形や大小へも着目されない。

教科書体活字や明朝体活字では表窮が中間的で,導入期

の児童には,多少,誇張した字体モデルが必要なのでは

ないかと感じた。

手指の巧緻性も未発達で,鉛筆を保持することもまま

図6横書き特有の字例

圏囲図7空間概念未発達な字例

ならぬ児童が多い。文字を書く以前に,書写用具を扱う

運動能力の育成が必要とされる。特に「結び」がある文

字を書字する際,回転という力の加減が難しい線に振り

回され,形態を整えることにまで意識が及ばない。なか

なか曲げることができず, 「結び」だけが拡大されたよ

うな書き方も多い。極端な場合は, 「結び」の形になら

ず,途中終止という形になることもある。頭の中にある

書き方の基本, 「『結び』の終わりは『結び』の下部にそ

ろえる」を守ろうとするあまり,急激に終筆部を引き下

げて字形を変形させるもの,終筆が長くなり過ぎるもの

も相当数見られる。

右手書字の場合,手指運動として右上から左下への線

は書きやすい。しかし,左上から右下への線は,手首や

手指の動きが抑制され書きにくい。 「さ」の第2 ・ 3筆

や「き」の第3 ・4筆が,これに該当する筆画である。

この左上から右下へは,毛筆大軍では肘を動かしながら

肩で引く画である。硬筆以上に,不安定で困難な画とな

るだろう。

3-4音字上の問題点と具体的な対応

どの児童も, 「文字をうまく書きたい」・「自分の思い

通り文字を書きたい」という欲求は強い。しかし,手指

の運動が,その思いに追いつかないのが実情である。問

題点は何か,具体的な対応をどうするか悩みは多い。こ

こでは,今回の調査結果をもとに,この時期の書字の特

徴を顕著に示す児童や,特に書字上で注意を要する児童

を抽出し,分析と考察を加えることとする。 (図8)

M児男児,右手書字。

マス目に対する空間のとり方が不安定で,全

体的に文字が小さくなる。

「結び」が高い位置で縦画と交わるため,終

筆が極端に下がった形態になる。

Im児女児,右手書字。

机にかじりつくような姿勢で書字するため,

文字が右傾しがちである。

力の加減ができず,いっまでも曲がれないた

め, 「結び」が横に拡大したような誇張した

形で書かれる。

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文字習得期の児童の書字傾向と指導の在り方 149

し さ き Pカ、 た よ .iま 揺 ね iま

M 7、′...′一′.

\5 か 7」 ノ柾 つl 元

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Im一一一一‾7、J

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か方j I良古ね 良

K 一一..7\.一..

さ質骨.午* lJ 奄血 ほ

T 一.、Jr、.I一一實\ー骨蝣t 蘇.捧 なねほ

Y 一一、.7\

汁責秤7̂ 朱 は-」ね ほ

S 、一..I、、、-メさ.千ガ、たA: ほ杏孤 ほ

図8小学校2年生の書字例(28名中より,特徴的な6名を抽出した。)

K児男児,右手書字。

手指への力のかけ方が弱く,文字にも震えが

見られる。

「結び」が高い位置で縦画と交わるため,終

筆が極端に下がった形態になる。

T児女児,左手書字。

第1 ・ 2筆などがマス日いっぱいに書かれる

ため,字形のバランスが悪くなる。

「結び」の形に区別がなく,総てが同じ形で

書かれる。誇張した書きぶりである。

Y児男児,左手書字。

文字をマス目いっぱいに書き,おさめようと

する傾向がある。そのため,マス目の空き部

分を探しては押し込む形となり,外形的な凹

凸がなくなる。

S児男児,左手書字。

横方向の筆画が,総て水平に書かれる。

第1 ・ 2筆が誇張して書かれ,他の部分との

バランスが悪くなる。

抽出した6名の書字上の特徴,問題点は,概ね以上の

ような形でまとめることができる。

第1の問題点は,姿勢・執筆の悪さである。これは指

導者の側の問題点でもあるが,書き示される字形への指

導に集中するあまり,その字形が生み出される姿勢・執

筆の観察や指導が欠落する場合が多い。特に執筆法につ

いては,指導者自身に不安があり,自らが示範するとい

うことを避ける傾向がある。

「正しい鉛筆の持ち方」については,図9 ( 『書の基

本資料17硬筆』小竹光夫1988中教出版)のような

形で提示されることが多い。伝統的に毛筆執筆法を根底

にしていると考えられ,いわゆる「西洋的」な硬筆の持

ち方とは,第3指の扱いなどが微妙に異なる。

姿勢・執筆で言われる「正しさ」が, 「効率的な書き

方ができる適切さ」であることを考えれば,児童ごとに

こまやかに対応しなければなるまい。しかし,現状は教

図9正しい鉛筆の持ち方(『書の基本資料17硬筆』より)

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150 学校教育学研究, 1998,第10巻

科書等の図版を注目するよう促したり, 「姿勢は正しい

ですか」 「鉛筆の持ち方は正しいですか」程度の指摘に

止まっており.指導は徹底していない。

以上のような状況下,書字の基本となる鉛筆の正しい

持ち方と姿勢は,児童たちにほとんど定着していない。

机に対して斜めに座る,覗き込むようにして書字する,

手指の運動など考えない硬直した持ち方をするなど,問

題点は続出する。前掲の6名の児童についても,その姿

勢・執筆を見れば書字を阻害している要因が推測できる

ほど,明らかな問題点が存在している。

例えば, Im児は図10のような形の執筆・姿勢をとる。

鉛筆が掌中に握り込まれ,強く押し付けられる第2指の

みが,用具を推進する役目を果たす。それも縦方向への

均一な筆圧であるため,横方向や回転運動には全く対応

できない。さらに用紙が左傾して置かれるため,縦の筆

画が総て右傾して書かれることになる。図11として示す

左手書字のS児の場合も,ほぼ同様の執筆である。 Im

児では第2指が確実に推進の役目を果たしていたが, S

児の場合,第2 ・ 3指で鉛筆を挟む形をとるため,より

以上に運筆がぎこちなく,不安定なものとなる。さらに,

両児ともに鉛筆を保持する位置が低く,書字点である筆

先を覗き込む状態となり,姿勢が崩れる。横から覗き込

む形で書字する場合,横方向の調和は確認できるが,樵

方向は困難となり, 「文字の中心をとって書く」などに

対応できない。

図10 Im児の執筆写真

図12 K児の執筆写真

図13 Y児の執筆写真

図14 T児の執筆写真

程度の差はあるが,手首が反転した状態で書字するの

が,図12のK児と図13のY児である。この執筆法では,

手指の運動が通常の回転と逆になるため, 「結び」等が

縦方向に拡大される形となりやすい。また,手首の反転

によって腕が伸び切り,反り返った姿勢となることが多

く,ノート等を近付けて書字することができない。 K児

の場合,指が屈曲し余裕は感じられるが,かっての「回

腕執筆法」のように鉛筆を横から保持するため,全く力

が入らない。 Y児は逆に力が入り過ぎており,第2 ・ 3

指で鉛筆を挟み,押さえ付ける状態で書き進まれる。横

の水平方向の筆画には対応できるが,長い縦の筆画や回

転は書くことができない。

書字・書写姿勢を論ずる場合,人間の側だけでなく机

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文字習得期の児童の書写傾向と指導の在り方

や椅子,照明や光線の方向なども問題とされる。椅子に

腰掛け,自然に肘を曲げた高さに机面があるのが好まし

いが, T児の書字姿勢(図14)には明らかな不釣合が見

られる。机や椅子は,児童の体型に配慮して設定してい

る。しかし,成長の著しい小学生では,時としてこのよ

うな不釣合が生じる。結果的に,この不釣合が書字を阻

害することを考えれば,書字環境の整備という視点を忘

れてはならないと感じる。

執筆・姿勢は,習慣化され定着したものである。その

ため,是正するには多くの時間と労力を要する。 「書く」

という学習以前に執筆・姿勢があることを意識させ,手

指の運動性と関連付けながら,綿密な指導を展開するこ

とが必要である。特に日常性の強い硬筆書写の場合,国

語や書写の時間だけの対応では不十分であり,全教科・

教育活動,さらには家庭までも巻き込んだ継続的な指導

実践が必要となる。

第2の問題点は,点画(筆画)意識の唆昧さという点

であろう。 Y児では,運筆上の筆意の連続として表現さ

れる「-ネ」が意識され過ぎ,明らかな画として表現さ

れている。第1学年当初の平仮名学習で,書字の要点と

して教えられたことが誇張・拡大され,定着したものと

考えられる。 「-ネ」以外にも, Im児のように微妙な湾

曲を誇張したり, 「結び」を極端に大きく書くという場

合もある。部分にのみ着目し,全体と関連なく書いてし

まうのは,約半数の児童から感じられる傾向性である。

細部への着日は欠点ではない。視覚を通じて把握できる

文字の形態的特徴は印象的であり,また定着もしやすい。

方向・太細,長短など,一つ一つが書字する上での重要

な留意点でもある。問題なのは,無意識・無目的に模倣

を強制する指導の在り方である。なぜそうなのか,どう

してそうなるのかを考えさせ,全体のバランスを考えな

がら位置付けていく苦学・書写指導が必要なのである。

4.音字・書写指導の在り方をめぐって

新しい時代の書写指導を論じつつ,その駐路となるの

は,多くの人が聞いた途端に想起する「毛筆」と「墨」

という固定的な印象である。硬筆と毛筆の関連指導,大

量の情報に対応する速書力の育成,書かれた文字の適否

や良否の判断等々,さまざまな新しい方向性が試行・実

践されながらも,この固定的な印象を払拭することがで

きない。極端な場合には, 「新しい時代の教育に,手本

を模倣するという学習法は馴染まない」とさえ言う声が

ある。

確かに,書字・書写指導には一定の基準,規範が存在

している。しかし,それは文字を言語記号として成立さ

せる上での基準であり,規範である。個性が重視される

時代であるからと言って,各人が各様に文字を書いてい

たのでは伝達機能は果たせない。まして,各人が文字性

151

を決定するのでは,共有性が喪失される。書字・書写指

導が目標とする「正しく整えて」は,この言語機能を保

存するための営みに他ならない。かつて蔓延した「マン

ガ字」・「丸字」が,なにゆえに大人社会から批判・非難

されたかを考えれば, 「文字を書くこと」の重要性は理

解できよう。

我々は多くの文字を見,書き習うことによって文字を

習得する。換言すれば,文字をイメージの像として入手

することになる。眼前にある図形や記号は,そのイメー

ジの像と照合されることによって文字と判別され,読ま

れ,理解される。イメージの像は, -定型であるわけで

はない。経験差によって個人差は生じるものの,かなり

の許容の幅を有している。その許容の幅によって,形態

的な差異がある文字も判別可能となる。しかし,差異が

大きければ大きいほど,照合・判別の時間は長くなる。

つまり,効率的な文字認知,伝達を考えれば,提示され

る文字形態とイメージの格差は,少ないほど好ましいO

この照合・判別が全く機能しなかったのが,前述の「マ

ンガ字」・「丸字」であろう。文字として書かれながらも

イメージの像と重ならない,照合・判別できない苛立ち

は, 「文字とは認められない」という批判・非難を生じ

させたのである。

つまり,書字・書写指導とは,人間が手書きした文字

を「文字として機能させる」ための,不可欠の学習活動

なのである。それは常に一定の形態で提示される活字や

印字とは別の,入間特有の不確かさを基盤とする学習で

もある。不確かさを確かさに変換させるのは,文字への

正しい理解とドリルであろう。それは, 「新しい時代の

教育に,手本を模倣するという学習法は馴染まない」と

いう短絡的なとらえ方で処理できるものではなく,また

問題でもない。

本論で扱った「文字習得期」は,児童にとっては文字

や言語と書写技術の習得という,大きな二つの課題を抱

える時期でもあるO学習上の負担も多い時期である。一

時期に総てのことを求めるのではなく,児童の一生を通

じた言語生活(文字生活)はいかにあるべきかを考え,

段階的・系統的な学習指導に当たらねばなるまい。目前

の必要性のみにとらわれ,対症療法的な学習指導に終始

していては,将来の豊かな文字活用も実現できまい。書

く技術を与え,書く方法を与え,書けるようにする。書

き確かめながら,自在に文字活用を行う。それが,書字・

書写指導のあるべき姿であろう。

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152

【主要引用・参考文献および資料】

『変体少女文字の研究』山根-真

講談社

『幼児の文字教育』しおみとしゆき

大月書店

『書の基本資料17硬筆』小竹光夫

中教出版

『漢字小百科事典』原田種茂

三省堂

「義務教育諸学校教科用図書検定基準」

文部省

『言葉』村上潤一

ひかりのくに

『幼児に文字を教えてはいけないか?』

下村昇

借成社

『正しいひらがな完成学習ノート』

岸本裕史

小学館

学校教育学研究, 1998,第10巻

『書写指導小学校編』全国大学書写書道教育学会

1986

1986

1988

1990

1991

1990

1991

1992

萱原書房

「学校における文字習得と学習法」

木村睦美

兵庫教育大学書写書道研究室

研究紀要「木精」第12号

「横書き書字の特性とその速書体の転移」

小竹光夫

全国大学書道学会研究報告

1993

1997

1981

「横書き書字の特性とその速書体の転移2」

小竹光夫

全日本書写書道研究会研究集録1 9 8 2

「横書き書字の特性とその速書体の転移3」

小竹光夫

全日本書写書道研究会研究集録1 9 8 3

「横書き書字の特性とその速書体の転移総括」

小竹光夫

全国大学書道学会研究報告 1984