増粘剤含有高性能ae減水剤を用いた高流 動コンク...
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技術報告技術報告
1. はじめに高流動コンクリートは熟練作業員の減少やコンクリー
トの品質向上を指向する社会的背景を受けて1988年に開発された「ハイパフォーマンスコンクリート(HPC)」を起源とする日本発信の技術である。HPCのコンセプトは,コンクリートが本来持つ性能を不確定要素の多い製造・施工プロセスの改善に依存せずに材料面の改善によってアプローチしたこと1)にあり,「コンクリートの信頼性向上」と「工事の省力化,省人化,合理化ならびに作業環境の改善」を同時に達成する所に意義がある。その後,HPCは自己充填コンクリート(SCC; Self-Compacting Concrete)として世界的に認知され,国内では高流動コンクリートと呼称されて急速施工を必要とした大型工事の工期短縮や過密配筋部材への施工に大きく貢献してきた。しかしながら,SCCの国内での普及率は生コンクリート総量の0.1 ~ 0.2%程度であり,普及のためにはコスト面,制度面,設備面ならびに品質保証対策などが課題とされていた。
他方,現在の建設業界では,持続可能な発展に向けて環境配慮や高耐久化への意識が高まる一方,建設業就業者数はピーク時の約75%に減少し2),高齢化が進んでいるため,労働力不足となる問題に直面している。また,近年の震災復興や高度経済成長期に建てられた社会インフラの老朽化に伴う建て替え需要の急激な増加が想定される。すなわち,今後のインフラ整備の需要に対して建設技術者・職人不足を補いながらコンクリート構造物の高耐久化を図るための労働生産性の最大化が求められる。その解決策の一つとして,SCCのコンセプトは有用であると考えられる。
このような背景のもと,当社ではSCCの普及の足かせとなっているコストと製造段階における制約を改善し,より手軽に高流動コンクリートを製造・施工する技術として,スマートダイナミックコンクリート(SDC; Smart Dynamic Concrete)を提案している。
本稿では,SDCの特長や現状に加え,SDCに関連した技術に関する業界としての適用拡大に向けた取組みについて述べる。
2. SDCの特長SDCのコンセプトを図-1に,SDCの配(調)合例を表
-1に示す。従来の粉体系,増粘剤系のSCCは粉体や増粘剤を別途添加し,且つ高性能AE減水剤が多量に使用されるのに対して,SDCは通常のスランプ管理のコンクリート(OC)とほぼ同様のセメント量(≒コスト,圧縮強度)で高い流動性が得られるコンクリートである。これにより,粉体量の増加に伴う過剰な強度やコスト高になることが解消されると考えられる。
増粘剤含有高性能AE減水剤を用いた高流動コンクリートの現状スマートダイナミックコンクリート(SDC)の概要と適用拡大に向けた取組みState-of-the-art of High Fluidity Concrete with Superplasticizer Containing Viscosity Modifying AgentSummary and Activities to Expand the Application Range of Smart Dynamic Concrete(SDC)
小泉 信一*1
*1 KOIZUMI Shinichi:BASF ジャパン株式会社 建設化学品事業部 博士(工学)
図-1 SDC(スマートダイナミックコンクリート)のコンセプト
OC SDC
SCC
低い ← 流動性 → 高い
低い← コ
スト,圧縮
強度→ 高
い
スマートダイナミックコンクリート
自己充填コンクリート
スランプ管理コンクリート
2
この高い流動性と材料分離抵抗性を同時に達成するためにSDC専用高性能AE減水剤として「マスターグレニウム6500 / 6550」を使用する。「マスターグレニウム6500 / 6550」は,減水成分であるポリカルボン酸エーテル系化合物と分離抵抗性を付与するBASF独自の増粘性高分子化合物「レオマトリックス」を一液混合したJIS A 6204の高性能AE減水剤の規格に適合する化学混和剤である。コンクリート用化学混和剤協会ではこのような増粘剤を含有した高性能AE減水剤を高性能AE減水剤(増粘剤一液タイプ)と称している。
SDCの主な特長をまとめると以下の通りである。(1) 経済性,合理性
単位粉体量の大幅な増量なく高流動コンクリートが製造できる。そのため,過剰な強度やコスト高になることが解消され,経済的に工事の省力化,合理化が図れる。
(2) 汎用性レディーミクストコンクリート(RMC)工場において,
セメント以外の粉体材料の設備増設の必要がない。また,増粘剤の計量やミキサへの投入などの人的な手間の労力を省略できる。そのため,一般のコンクリート製造設備で高流動コンクリートが製造できる。
(3) 品質安定性製造段階において,細骨材の表面水率の変動によるフ
レッシュコンクリートの品質変動を緩和するとともに後バッチへの影響がないため,安定したコンクリートが製造できる。
(4) 品質確保硬化後の物性は一般的な普通コンクリートの基本特性
と同等であるが,施工不良のリスクが低減されるため,より品質の確保に貢献できる。
3. SDCの性能確認試験結果ここでは,著者らがSDCの性能確認のために行った既
往の検討結果を紹介する。
3. 1 施工性図-2に示すスラブ状モデル型枠を用いて,スランプ
21cmのコンクリート(OC)とSDCの施工完了までの時
写真-1 スラブ状モデル型枠打込み状況3)
SDC 作業人員:1名 作業時間:46秒
OC 作業人員:3名 作業時間:4分 41秒
図-2 スラブ状モデル型枠3)
9@20
0=18
00
300
1873
2873
14@200=2800D16鉄筋
種類W/C
(%)
s/a
(%)
単位量(kg/m3) Vg
(m3/m3)
混和剤
W C S1 S2 G 種類使用量
(C×%)
OC 46.2 48.9 175 379 629 209 910 0.337 SP 0.80
SDC 46.2 52.3 175 379 673 223 851 0.315 VSP 1.40
Vg: 単位粗骨材絶対容積
表-2 コンクリートの配(調)合
コンクリート の種類
スランプ フロー
W/C (W/P)
s/a B.V.G単位量 (kg/m3) 増粘剤
使用量 高性能 AE 減水剤
W C LP S G 種類 使用量 (cm) (%) (%) (m3/m3 m/gk() 3)
SDC 60 45.0 49.8 0.55 175 389 - 850 875 - VSP 5.8kg/m3
(C×1.5%)
普通コンクリート スランプ
21 45.0 47.0 0.58 175 389 - 803 922 - SP
3.5kg/m3
(C×0.9%)
粉体系 SCC 65 45.0
(30.0) 50.5 0.50 165 367 183 796 795 - SP
8.3kg/m3
(P×1.5%)
増粘剤系 SCC 65 45.0 50.9 0.53 180 400 - 858 843 0.45 SP 7.6kg/m3
(C×1.9%)
W/C:水セメント比,W/P:水粉体比,s/a:細骨材率,B.V.G:単位粗骨材かさ容積
【使用材料】 C:普通ポルトランドセメント(密度 3.16g/cm3),LP:石灰石微粉末(密度 2.70g/cm3)
S:陸砂(密度 2.60g/cm3),G:砕石(密度 2.65g/cm3,実積率 60%)
VSP:マスターグレニウム 6500,SP:従来の高性能 AE 減水剤
表-1 SDCの配(調)合例
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3
間を比較した3)。コンクリートの配(調)合を表-2に,スラブ状モデル型枠への打込み状況を写真-1に示す。
OC(写真-1右)は打込み作業を3 名(敷き均し2名,バイブレータ1名)で4分41秒要したのに対し,SDC(写
真-1左)は敷き均し1名が46秒で作業を完了し,OC に比べて優れた施工性が得られている。実際の工事では他の要因も含まれるため単純計算は出来ないが,施工の省力化やスピードアップに貢献できるものと考えられる。
3. 2 充填性,材料分離抵抗性建築分野で用いられる高強度SCCとSDCの充填性,分
離抵抗性を比較検討した(表-3)4)。型枠の形状は,日本建築学会「高流動コンクリートの材料・調合・製造・施工指針(案)・同解説」 実験Ⅰ 中型型枠による充填性評価試験に示される柱付き壁状中型型枠とし,両端に柱を設けた(図-3)。
SDCとSCCの壁部材における流動勾配を図-4に示す。SDCはSCCよりも粘性が低いため流動速度が早くなり,一定時間経過後の流動勾配は小さい。また,硬化後のコンクリート表面の仕上がり状況からはSDC, SCCともに自己充填性が高いことが確認されている。さらに,高さ方向の圧縮強度分布,粗骨材分布の傾向はSDC,SCCともに同様であり,SDCはSCCと同様の材料分離抵抗性が得られている(図-5)。
3. 3 品質安定性従来のSCCで懸念されてきた骨材の表面水率の変動が
種類 W/C
(%)
s/a
(%)
単位量(kg/m3) Vg
(m3/m3)
混和剤
W C S G 種類使用量
(C×%)
SCC 35.0 49.5 175 500 810 848 0.343 SP 1.10
SDC 45.0 52.2 175 389 902 848 0.343 VSP 1.50
表-3 コンクリートの配(調)合種類
W/C(%)
単位量 (kg/m3) Vg (m3/m3)
混和剤 表面水率
の変動 (%)W C LP
SCC 45 170 378 172 0.32
SP8SV -1.0, -0.5±0
+0.5, +1.0SDC 45 175 389 - 6500
表-4 試験水準(表面水率の変動の影響)
【側面図】
【平面図】柱フープD19@100柱鉄筋D16 仮想柱フープ
D10@100縦筋D10@150ダブル
横筋D10@150
400
400
300 300 300 300 300 300 340
1000
180
400
400400 2140
単位:mm
打込み部 流動先端部
図-3 型枠の形状,寸法および配筋状況4)
100150200250300350400
-1.0 -0.5 0 +0.5 +1.0
U形充
填高
さ(mm)
細骨材の表面水率
の設定誤差 (%)
SCC
SDC
100150200250300350400
-1.0 -0.5 0 +0.5 +1.0ボックス形充
填高
さ(mm)
細骨材の表面水率
の設定誤差 (%)
SCC
SDC
400450500550600650700
-1.0 -0.5 0 +0.5 +1.0
スランプフロー(mm)
細骨材の表面水率
の設定誤差 (%)
SCC
SDC
0
5
10
15
20
-1.0 -0.5 0 +0.5 +1.0
V漏斗
流下時
間(秒)
細骨材の表面水率
の設定誤差 (%)
SCC
SDC
図-6 細骨材の表面水の変動に対する安定性5)
0100200300400500600700
30 40 50 60 70
下端か
らの高
さ(mm)
圧縮強度 (N/mm2)
打込み部
SDC SCC
0100200300400500600700
30 40 50 60 70
下端か
らの高
さ(mm)
圧縮強度 (N/mm2)
流動先端部
SDC SCC
0100200300400500600700
10 20 30 40 50
下端
からの
高さ(mm)
粗骨材の割合 (%)
打込み部
SDC SCC
0100200300400500600700
10 20 30 40 50下端
からの
高さ(mm)
粗骨材の割合 (%)
流動先端部
SDC SCC
図-5 高さ方向の圧縮強度,粗骨材の割合4)
.nim09.nim03
60min. 120min.SCC
SCC
SCC
SCC
SDC
SDC
SDC
SDC
2140
D10@150
1000
図-4 壁部材の流動勾配4)
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SDCの流動性や充填性に及ぼす影響について検討した(表-4)5)。その結果,SDCは粉体系SCCよりも細骨材の表面水率の変動に対するフレッシュ性状の変化が緩和される傾向にあることが確認されている(図-6)。また,増粘剤系SCCで懸念される後バッチコンクリートのフレッシュ性状への影響について検討した結果,SDCとOCを交互に練り混ぜても,SDCを製造した後バッチのスランプや空気量への影響は認められず安定したフレッシュ性状が得られることが確認されている(表-5)6)。
4. SDCの適用実績4. 1 国内実績
マスターグレニウム6500シリーズは2011年6月より本格販売を開始し,2015年末までに570,000m3のコンクリートに採用されている。SDCの適用箇所を図-7に示す。SDCのほとんどが土木用途に採用されていることがわかる。また,適用箇所はトンネル覆工コンクリートが最も多く,採用件数で約37%,コンクリート総量では約91%を占めている。この理由としては,発注者である東日本・中日本・西日本高速道路株式会社がトンネル覆工コンクリートの施工性の改善と品質向上を図る技術として,スランプフロー 35 ~ 50cmの中流動コンクリートを採用したこと7)が非常に大きい。当初は,石炭灰や石粉などを配合して材料分離抵抗性を担保する設計であったが,その後,高性能AE減水剤(増粘剤一液タイプ)を用いた中流動覆工コンクリートが技術提案されるようになり,2013年に改正されたNEXCOトンネル施工管理要領8)には高性能AE減水剤を用いた中流動コンクリート配合“T1-4(Ad)”が追加されている。また,トンネル以外の土木用途としては橋梁,耐震補強,補修,ダムが続き,その他にも側壁,擁壁などに幅広く適用されている。一方,建築用途としては免震基礎やCFT造に適用されているが,採用件数で5.8%,コンクリート総量では0.1%と非常に少ない。この理由の一つとして,SDCは
JIS A 5308のカテゴリーにない一般的な強度レベル(45N/mm2以下)でスランプフロー管理するコンクリートであるためJIS規格外品となることが挙げられる。
SDCのスランプフロー別の採用割合を図-8に示す。採用件数はスランプフロー 35 ~ 50cmと55cm以上はほぼ同様の割合で使用されているが,35 ~ 50cmはトンネル向けの中流動覆工コンクリートで使用されているためコンクリート総量は非常に多い。ただし,トンネル以外の用途では土木・建築かかわらず55cm以上の適用実績が多くなっている。また,その他として,スランプ管理のコンクリートの性状改善を目的として適用されるケースもある。
バッチ 順
W/C
(%)
W
(kg/m3)
B.V.G
(m3/m3)種類
スランプ
(cm)
スランプ
フロー
(cm)
空気量
(%)
1
45 175
0.57 OC 21.5 36.0 4.7
2 0.54 SDC - 57.0 4.8
3 0.57 OC 22.0 36.0 5.1
4 0.54 SDC - 58.5 5.1
5 0.57 OC 22.0 37.0 5.0
6 0.54 SDC - 56.0 4.7
表-5 SDC製造時における後バッチへの影響
図-7 SDCの適用箇所 -対象期間:2011~2015年-
a) 採用件数比 b) コンクリート総量比
トンネル37.2%
橋梁20.4%
耐震補強8.0%
ダム3.6%
補修2.2%
その他土木22.6%
建築5.8%
トンネル90.8%
橋梁3.9%
耐震補強0.8%
ダム0.7%補修
0.0%
その他土木3.8%
建築0.1%
図-8 スランプフロー別の採用割合 -対象期間:2011~2015年-
a) 採用件数比 b) コンクリート総量比
55cm~49.2%35~50cm
43.3%
その他7.5%
55cm~8.8%
35~50cm88.4%
その他2.9%
図-9 国土交通大臣認定の取得件数(~2016年10月)
0
2
4
6
8
10
12
14
2013年 2014年 2015年 2016年
取得
件数
単独
共同
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5
4. 2 建築基準法第37条大臣認定の取得状況前述の通り,SDCはJIS規格外品となるため,建築物
に使用する場合には,流動化コンクリートとして使用するか,建築基準法第37条に規定されている国土交通大臣認定を取得するかのいずれかを選択する必要がある。
SDCの国土交通大臣認定取得数を図-9に示す。2013年11月に初めてゼネコンとRMC工場の共同申請でSDCの認定が取得9)されて以降,2016年10月までに「高流動コンクリート」としては計26件が取得されている。特に,2015年,2016年で取得数が増加していることが分かる。申請者はゼネコンとRMC工場の共同申請の場合が多いが,RMC工場の単独申請でも7件ある。申請されたFcやスランプフローの範囲はそれぞれ異なるが,FcはJIS A 5308のスランプフロー管理外の強度の上限にあたる45N/mm2以下で下限は21N/mm2,スランプまたはスランプフローは23cm,45 ~ 65cmの範囲であった。また,使用される材料として,普通ポルトランドセメントの他にフライアッシュや高炉スラグ微粉末も対象としている申請のものが数件あった。なお,認定取得数は,「高強度コンクリート」としての認定も含めると50件超である。
4. 3 国内における適用事例4. 3. 1 土木分野
4.1節で示したように国内では土木分野,特にトンネル覆工コンクリート用途として多くの実績がある。
文献10)は,スランプ15cmの従来の覆工コンクリート配合,石灰石微粉末を用いた粉体系中流動コンクリートの配合を対比としてSDCのトンネル覆工コンクリートへの適用性を検討した事例である。SDCは,スランプ15cmのコンクリートと同等の耐久性を有し,かつ,粉体系中流動コンクリートと同等の流動性および材料分離抵抗性を有していることが確認されている。また,トンネル覆工を模擬した実大施工実験においては,SDC(図中の増粘剤系中流動)を用いることでスランプ15cmのコンクリートに比べて仕上がり面の充填性が改善され,図-10に示すように均質で緻密性も向上する結果が得られている。
文献11)では,トンネル覆工部の施工における長距離ポンプ圧送に伴う筒先でのコンクリートの品質確保や施工性の確保のためSDCが適用された。SDCを用いることによって水平換算距離が585m程度の長距離ポンプ圧送中のスランプの低下を抑制し,材料分離を軽減するとともに所要の強度発現性が確保できることが確認されている。
また,新設工事以外の事例として,文献12)ではRC橋脚の断面修復にSDCが適用されている。SDCを用いる
ことによって主鉄筋裏2cm厚の狭隘部に確実にコンクリートが充填できたと報告されている。4. 3. 2 建築分野
一方,建築分野ではSDCがJIS 規格外品となることを受けて,流動化コンクリートまたは大臣認定コンクリートとしてSDCが適用されている。
文献13)は,スランプ21±2cmのベースコンクリートを増粘剤一液タイプの流動化剤「マスターグレニウム6510」を用いて流動化したスランプフロー 55±10cmのSDCを免震基礎の充填コンクリートに適用した事例である。SDCの適用により,ベースプレート下部の平均充填率は96.6%と高い充填性が得られ,ブリーディングや沈降による空隙等は認められなかったと報告されている。
文献14)は,国土交通大臣認定を単独取得したSDCをCFT造に適用した事例である。SDCは,CFT造の目標品質であるブリーディング量:0.1cm3/cm2以下,沈降量:2.0mm以下14)を満足するとともに,U形充填試験ではR1相当の間隙通過性が得られたことが報告されている。
4. 4 海外における適用事例日本における適用事例は,締固めが困難な箇所や狭小
空間への確実な施工を目的とした適用例が多いが,海外ではさまざまな目的でSDCが適用されている。ここでは,中国,インド,オーストラリアにおける建築物への適用事例を紹介する。4. 4. 1 大断面基礎スラブ
上海タワーの基礎スラブの建設では,工期短縮を目的にSDCが適用されている(写真-2)15)。
使用材料,コンクリートの配(調)合およびコンクリート試験結果の一例を表-6 ~ 8に示す。建設現場が上海のオフィス街の中心に位置し,交通事情により週末の間に施工を終了することが求められたことから,急速施工
図-10 表面透気係数10)
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6
を可能とする優れたポンプ圧送性と自己充填性が要求された。本工事では,60時間で約60,000m3のSDCが連続打設され,施工時間が約20%削減されている。
建 物 名 称 :Shanghai Tower工 期 :2008年~ 2014年コンクリート総量 :60000m3
採 用 理 由 :施工速度の短縮,連続打設設 計 基 準 強 度 :C50(50N/mm2)要 求 性 能 :スランプフロー : 600±50mm
4. 4. 2 住宅の大断面部材
インドでは,建築物の大断面部材の施工において,工期短縮や充填性,表面美観の向上を目的にSDCが適用されている16)。
使用材料,コンクリートの配(調)合およびコンクリート試験結果の一例を表-9 ~ 11に示す。本工事では工期が50%短縮された。
建 物 名 称: Karnataka S lum Clearance Board(KSCB) Project, Bengaluru India
工 期:2010 ~ 2014年適 用 部 位: Monolithic formwork (Entire
structure)採 用 理 由:工期短縮,表面美観
過密配筋への充填設 計 基 準 強 度:20MPa要 求 性 能: SF1: 550 ~ 650 mm
VF2: 5 ~ 25秒 VS2 (T500): 2秒以上 V漏斗流下時間@ 5分後: ± 3秒
4. 4. 3 ファサードおよび屋根
オーストラリアでは,インターナショナルハイスクールのファサードおよび屋根の表面美観の向上を目的としてSDCが適用されている(写真-3,4)17)。
使用材料,コンクリートの配(調)合およびコンクリート試験結果の一例を表-12 ~ 14に示す。コンクリートの配(調)合は表面美観の向上の観点から細骨材率が高く設定され,気泡のないプレキャストコンクリートが製造された。なお,当プロジェクトには,オーストラリアにおける2014年のベストプレキャストプロジェクトが授与されている。
写真-2 基礎スラブへの打込み状況(上海タワー)15)
材料 種類 物性
セメント P.O 42.5 密度: 3.1g/cm3
細骨材 River sand 表乾密度: 2.7 g/cm3,粗粒率: 2.3~2.5
粗骨材 Gravel 表乾密度: 2.6 g/cm3,最大寸法: 25mm
混和材 Slag
Fly ash S95 (粒度のグレード: 高粉砕) high -CaO (高 CaO タイプ)
混和剤 MasterGlenium 8325
表-6 使用材料
材料 種類 物性
セメント OPC, Ultra tech 密度: 3.15g/cm3
細骨材 Crushed sand 表乾密度: 2.62g/cm3,吸水率: 4.2%
粗骨材Crushed Stone
(Basalt) 表乾密度: 2.66g/cm3,吸水率: 0.5%
混和材 GGBS 密度: 2.80g/cm3
混和剤 MasterGlenium 8630
表-9 使用材料
W/B
(%)
s/a
(%)
単位量 (kg/m3)
W C BFS FA S G
36.0 43.0 160 240 120 80 760 1000
表-7 コンクリートの配(調)合
W/B
(%)
s/a
(%)
単位量 (kg/m3)
W C GGBS S G
47.2 51.6 170 180 180 940 880
表-10 コンクリートの配(調)合
混和剤
使用量
スランプ
フロー 空気量 T500 温度
圧縮強度
σ91
(B×%) (cm) (%) (秒) (℃) (MPa)
0.9 600 3.0 4~6 10~17 66.5
表-8 コンクリート試験結果の一例
混和剤
使用量
スランプ
フロー空気量 T500 Tstop 温度
(B×%) (cm) (%) (秒) (秒) (℃)
0.8 55.0 2.5 6~9 21 31.5
表-11 コンクリート試験結果の一例
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7
建 物 名 称: Glenunga International High School
工 期:2012 ~ 2013年コンクリート総量:640m3
採 用 理 由:コンクリートの表面美観設 計 基 準 強 度:40MPa要 求 性 能: スランプフロー : 650±30mm
T500: 5秒以下
5. SDCの適用拡大に向けた環境の整備当社がSDCを日本に導入した2011年当時は,高流動コ
ンクリートの普及率が1%に満たない状況やJIS A 5308の規格外品となること等から適用範囲を拡大することが難しい環境だったと感じている。しかしながら,合理的に品質の高いコンクリートの製造が出来るといったSDCの特長が徐々に認知され,トンネル覆工コンクリートを中心として年々採用件数が増加している。これを受けて現在は,1) 経済産業省の高機能JIS等整備事業,2) 国土交通省が主導するi-Construction,3) 日本建築学会の高流動コンクリート小委員会および4) JIS A 5308の次回改正に向けた検討にも議題として取り上げられるようになった。
ここではその一例として,平成27年度に(一財)建材試験センターが経済産業省より委託を受けて実施した上記1)の調査研究「平成27年度高機能JIS等整備事業 高機能JIS開発 高機能型の高性能AE減水剤(増粘剤含有混和剤)の品質・性能判定基準及び高流動コンクリートの性能評価試験方法に関するJIS開発」 増粘剤含有高性能AE減水剤を用いた高流動コンクリートの性能評価試験方法に関するJIS開発委員会(委員長 桝田佳寛 宇都宮大学名誉教授)の内容18)の一部を紹介する。
本調査研究では,増粘剤含有高性能AE減水剤(VSP)の品質・性能評価基準の現状と課題の把握およびVSPを用いた高流動コンクリートのフレッシュ性状を適切に評価するJIS原案を作成することを目的に,高流動コンクリートの評価試験・評価基準や国内外の製造施工実績に関する調査とVSPを使用した高流動コンクリートのワーカビリティーに関する実験が行われた。本調査研究における期待される成果は以下の通りである。 1) 高流動コンクリートのフレッシュ性状の評価試験
方法・評価基準のJIS化 2) 高流動コンクリートの大臣認定取得時の判断基準
の明確化 3) 高流動コンクリートの現場での品質管理の合理化
と品質確保 4) JIS A 5308における普通強度レベルの高流動コン
クリートの設定に向けた一資料本実験では,ASTMやEN規格で自己充填コンクリー
トの間隙通過性の評価基準として規定され,比較的容易に実施可能な試験方法であるJリング試験(写真-5, 6)に着目し,その適用性を検討した19)。試験結果の一例を図-11に示す。縦軸に示したブロッキングとは通常のスランプフローとJリング試験装置を用いて測定したJリン
材料 種類 物性
セメント HES White 密度: 3.14g/cm3
細骨材 Prince Sand 表乾密度: 2.59g/cm3
粗骨材 Gravel 表乾密度: 2.78g/cm3
混和剤 MasterMatrix, MasterGlenium 8100
表-12 使用材料
W/B
(%)
s/a
(%)
単位量 (kg/m3)
W C S G
44.4 52.2 142 380
(FA: 60) 900 938
表-13 コンクリートの調合
混和剤
使用量
スランプ
フロー 空気量 T500 温度
圧縮強度
σ91
(B×%) (cm) (%) (秒) (℃) (MPa)
0.5 650 <1% 3.5 NA 50
表-14 コンクリート試験結果の一例
表-9 使用材料表-10 コンクリートの配(調)合表-11 コンクリート試験結果の一例
写真-3 建物外観(オーストラリア: インターナショナルハイスクール)17)
写真-4 プレキャスト型枠17)
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グフローの広がりの差を意味し,その値が小さい程,間隙通過性が高いことを示している。これより,単位セメント量が多くなるにつれてブロッキングは小さくなる傾向にあることがわかる。また,同一配(調)合で混和剤の種類をVSPと従来の高性能AE減水剤(SP)を比較した場合,VSPを用いた高流動コンクリート(SDC)はブロッキングが小さくなることが確認され,Jリング試験によってコンクリートの配(調)合や混和剤の種類の影響を適切に評価できる可能性が示された。
平成27年度の調査研究では,VSPを用いた高流動コンクリートの標準化を目的にこのような実験による検証を行いながら評価項目と評価基準の整理が行われている。
平成28年度も引き続き,使用材料や配(調)合を変化させた数種のコンクリートでJリング試験の適用性を検討しており,これらをまとめて試験方法や高流動コンクリートの評価基準に関するJIS原案の作成が進められている。
6. 今後の展望日本発の技術である高流動コンクリートのコンセプト
を活用したSDCを国内展開して以降,高流動コンクリートが再び脚光を浴びることとなった。本技術が再評価されることになったのは,建設業界の持続可能性を実現するうえでSDCが工事の省力化,合理化に資すると認知されたことによると考えられる。ただし,SDCが日常的に使用されるようになるには,単にコンクリートの種類の一つとしてSDCが追加されるだけでは不十分である。そ
のため,高機能JIS開発委員会やi-Constructionなど各方面で議論が進められ,SDCを取り巻く規格・基準類の見直しやコンクリート工事全体の最適化について議論が進められた上で,標準化が進むことを期待する。また,先に述べたようにSDCの国内展開を図った当初は適用範囲を拡大する上でのハードルが多々あったが,建設業界が抱える根本的な課題の解決を目的に取り組むことで環境も変化するという手応えを感じている。
また,現在の建設業界が抱えるニーズはコンクリートの生産性向上のほか,環境配慮や長寿命化が挙げられる。特に最近はCO2排出量の削減や環境負荷低減の観点から混和材(スラグやフライアッシュ)を多く含有したコンクリートや耐久性が高くLCCに優れるコンクリートなどが求められるようになっている。当社ではSDCに続き,C-S-Hのナノ粒子をコンクリートに導入する新しいコンセプトの早強剤『マスターエックスシード』20, 21)や従来のポリカルボン酸系高性能AE減水剤よりもコンクリートの粘性が低減でき,製造・施工効率を高める効果のあるPAE化合物を主成分とする高性能AE減水剤『マスターイース』を国内展開している。いずれも建設業界の持続可能性の実現を目的としたコンクリートの生産性の向上に対するアプローチであるとともに,混和材を含有したコンクリートの性能向上にも貢献できると考えている。今後も継続してプロセスの効率化や環境配慮ならびに長寿命化に貢献するソリューションを提供していく所存である。
謝辞本稿を取りまとめるにあたり,(一財)建材試験セン
ターの鈴木澄江氏,(一財)日本建築総合試験所の永山勝氏より資料提供ならびにご助言をいただきました。ここに記して謝意を申し上げます。
【参考文献】
1) 岡村甫,小沢一雅,前川宏一:ハイパフォーマンスコンクリート,技報堂出版,1993
2)日本建設業連合会:建設業ハンドブック2016
3) 小山広光,本田亮,作榮二郎,菅俣匠:新規な増粘剤一液型高性能AE 減水剤を使用した低粘性高流動コンクリートの実規模試験,土木学会第66回年次学術講演会,Ⅴ-572,pp.1147-1148,2011
4) 小泉信一,阿合延明,本田亮,馬場勇介:増粘剤一液型高性能AE減水剤を用いた低粘性高流動コンクリートの自己充填性,第5回コンクリート技術大会(盛岡)技術講演会,pp.303-306,2015.10
5) 小泉信一,馬場勇介,鈴木哲郎,阿合延明:新規な増粘剤
写真-5 Jリング試験装置 写真-6 Jリング試験状況
図-11 Jリング試験結果の一例
0
25
50
75
100
125
150
250 300 350 400
ブロッキング(mm)
単位セメント量 (kg/m3)
SF65-SPSF60-SPSF55-SPSF50-SPSF65-VSPSF60-VSPSF55-VSPSF50-VSP
SDC
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一液型高性能AE減水剤を使用した低粘性高流動コンクリートの自己充てん性,土木学会第66回年次学術講演会,Ⅴ-572,pp.1145-1146,2011
6)BASFジャパン株式会社技術資料
7) 株式会社高速道路総合技術研究所:NEXCO中流動覆工コンクリート技術のまとめ,2011.12
8) 東・中・西日本高速道路株式会社:トンネル施工管理要領「中流動覆工コンクリート編」,2013
9) 古川雄太,大岡督尚,五十嵐浩行,阿合延明:増粘剤一液型高性能AE減水剤を用いた高流動コンクリートの諸性状に関する研究,コンクリート工学年次論文集,Vol.36,No.1,pp.1432-1437,2014
10) 安齋勝,坂井吾郎,近藤啓二,菅俣匠:増粘効果を有する高性能AE減水剤を用いた中流動コンクリートのトンネル覆工への適用性に関する実験的検討,コンクリート工学年次論文集,Vol.34,No.1,pp.1366-1371,2012
11) 梁俊,森谷直樹,浅井伸弘,須藤敏明:中流動コンクリートによる長距離ポンプ圧送を伴うトンネル覆工の施工,コンクリート工学,Vol.51,No.12,pp.984-988,2013.12
12) 古川雄太,大岡督尚:建築分野における主要構造部に適用するスランプフロー管理の流動化コンクリートの実施工と品質管理,コンクリート工学,Vol.52,No.10,pp.884-891,2014.10
13) 濱野克郎:普通強度レベルの高流動コンクリート開発,コンクリートテクノ,Vol.35,No.5,pp.34-36,2016.5
14) (一社)新都市ハウジング協会:コンクリート充填鋼管(CFT)造技術基準・同解説の運用及び計算例等,p.2-36,2012.8
15) Seow Kiat Huat, Nilotpol Kar, Feng Qiuling: The Asian Experience in Low Fines Self Consolidating Concrete (SCC) in Every Day Applications, 36th Conference on Our World in Concrete & Structures, Singapore, 14 - 16 Aug. 2011
16) Bruno D’Souza, Hironobu Yamamiya: Applications of Smart Dynamic Concrete, 3rd International Conference on Sustainable Construction Materials and Technologies, 2012
17) Sven M. F. Asmus, Jason R. Bolt and Kiat Huat Seow: Eco-Friendly Self Compacting Concrete (SCC) for Every Day Applications, Workshop on Sustainable Concrete, Singapore, Jan. 2015
18) (一財) 建材試験センター:経済産業省委託平成27年度高機能JIS等整備事業 高機能JIS開発 高機能型の高性能AE減水剤(増粘剤含有混和剤)の品質・性能判定基準及び高流動コンクリートの性能評価試験方法に関するJIS開発 成果報告書,2016.2
19) 鈴木澄江,永山勝,小泉信一,桝田佳寛,鹿毛忠継,橘高義典ほか:増粘剤含有高性能AE減水剤を用いた高流動コンクリートのワーカビリティーに関する基礎的検討 その1~5,日本建築学会大会学術講演梗概集(九州),pp.519-528,2016.8
20) Harutake Imoto, Akira Ohta, Qiuling Feng and Luc Nicoleau: Effect of a Calcium Silicate Hydrate-Type Accelerator on the Hydration and the Early Strength Development of Concrete Cured at 5 or at 20 Degrees
Centigrade, 3rd International Conference on Sustainable Construction Materials and Technologies, 2012
21) 小山広光,井元晴丈,小泉信一,土谷正:C-S-Hナノ粒子を含有する早強剤の特性と効果について,コンクリート工学,Vol.53,No.7,pp.614-621,2015.7
【執筆者】
*1 小泉 信一(KOIZUMI Shinichi)
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