世界の食料ロス・廃棄の現状と...

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276 食品と容器 2015 VOL. 56 NO. 5 ⧻シリーズ解説⧻ わが国の食品ロス・廃棄の現状と対策 ●はじめに● 世界の食料ロス・廃棄の現状を述べる前に,な ぜこの問題が重要なのか,世界の食料事情を踏ま えて整理したい。世界の穀物生産量は増加傾向に あり,国連食糧農業機関(FAO)の2014年度の 推計では,年間約25億トンと過去最高を記録し ている。世界人口は年々増えてはいるものの,今, 世界では全ての人が食べられるだけの食料は生産 されているそうだ。 それにもかかわらず,世界では8億500万人, 9人に1人が飢えている(FAO)。背景には様々 な要因があるが,気候の変化や異常気象によって 食料を生産する環境が厳しくなってきている中, 土地や水などの資源をたくさん使って生産された 食料が大量に捨てられていることも無関係ではな い。全ての人が安心して食べられる世界へ導くた めに,解決しなければならない問題の1つとして, 世界の食料ロス・廃棄に関心が高まっている。そ の現状と解決に向けた取り組みを紹介したい。 ●1.世界の食料ロス・廃棄の概況● 食料ロス・廃棄はかつてから存在してきた問題 である。それは世界の食料問題を解決する上でも 見過ごせない問題であり,世界規模で取り組むべ き社会課題として位置づける契機となったのが, 2011年に FAO が発表した報告書 “Global Food Losses and Food Waste”(世界の食料ロスと食 料廃棄)だ。同年5月にドイツのデュッセルドル フで開催された包材加工とパッケージングの見本 市 interpack2011(国際包装業界見本市)で行わ れた国際会議に合わせてまとめられた。 この中で世界の食料ロス・廃棄量について, 「世界では人が食べるために生産された食料の約 1/3にあたる約13億トンが毎年捨てられてい る」と報告された。これは20億人を養うのに十 分な食料に相当すると FAO は発表している。食 料ロス・廃棄に関する統計データについては更な る収集や調査研究を継続する必要があるとされて いるが,国連機関が具体的な数字と共に現状を示 したことはインパクトがあった。 報告書の中では,生産,収穫,加工段階で捨て られる食料を「食料ロス」,流通,消費の段階で 捨てられる食料を「食料廃棄」と定義している。 その上で,穀物,果実・野菜類,食肉類,魚介類, 乳製品など7種類の食材が,ヨーロッパ,北アメ リカ・オセアニア,アジア・先進工業地域,サハ ラ以南アフリカなど7地域でどれだけ捨てられて いるか,またどの段階で多いかを,グラフととも に紹介している(第1図)。品目によってばらつ 世界の食料ロス・廃棄の現状と 解決に向けた取り組み だ・ 筑波大学国際総合学 類卒業。企業などでの 勤務を経て,2009 年 より,(特 活)ハンガ ー・フリー・ワールド 啓発活動担当。 儘 田 由 香 第1回

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276食品と容器 2015 VOL. 56 NO. 5

⧻シリーズ解説⧻ わが国の食品ロス・廃棄の現状と対策

●はじめに●世界の食料ロス・廃棄の現状を述べる前に,な

ぜこの問題が重要なのか,世界の食料事情を踏まえて整理したい。世界の穀物生産量は増加傾向にあり,国連食糧農業機関(FAO)の2014年度の推計では,年間約25億トンと過去最高を記録している。世界人口は年々増えてはいるものの,今,世界では全ての人が食べられるだけの食料は生産されているそうだ。

それにもかかわらず,世界では8億500万人,9人に1人が飢えている(FAO)。背景には様々な要因があるが,気候の変化や異常気象によって食料を生産する環境が厳しくなってきている中,土地や水などの資源をたくさん使って生産された食料が大量に捨てられていることも無関係ではない。全ての人が安心して食べられる世界へ導くために,解決しなければならない問題の1つとして,世界の食料ロス・廃棄に関心が高まっている。その現状と解決に向けた取り組みを紹介したい。

●1.世界の食料ロス・廃棄の概況●食料ロス・廃棄はかつてから存在してきた問題

である。それは世界の食料問題を解決する上でも見過ごせない問題であり,世界規模で取り組むべ

き社会課題として位置づける契機となったのが,2011年に FAO が発表した報告書 “Global Food Losses and Food Waste”(世界の食料ロスと食料廃棄)だ。同年5月にドイツのデュッセルドルフで開催された包材加工とパッケージングの見本市 interpack2011(国際包装業界見本市)で行われた国際会議に合わせてまとめられた。

この中で世界の食料ロス・廃棄量について,「世界では人が食べるために生産された食料の約1/ 3にあたる約13億トンが毎年捨てられている」と報告された。これは20億人を養うのに十分な食料に相当すると FAO は発表している。食料ロス・廃棄に関する統計データについては更なる収集や調査研究を継続する必要があるとされているが,国連機関が具体的な数字と共に現状を示したことはインパクトがあった。

報告書の中では,生産,収穫,加工段階で捨てられる食料を「食料ロス」,流通,消費の段階で捨てられる食料を「食料廃棄」と定義している。その上で,穀物,果実・野菜類,食肉類,魚介類,乳製品など7種類の食材が,ヨーロッパ,北アメリカ・オセアニア,アジア・先進工業地域,サハラ以南アフリカなど7地域でどれだけ捨てられているか,またどの段階で多いかを,グラフとともに紹介している(第1図)。品目によってばらつ

世界の食料ロス・廃棄の現状と解決に向けた取り組み

ま ま だ ・ ゆ か筑波大学国際総合学類卒業。企業などでの勤務を経て,2009 年より,(特活)ハンガー・フリー・ワールド啓発活動担当。

儘 田 由 香

第1回

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きはあるものの,保存や加工,輸送のためのインフラや技術が不十分である開発途上国では生産,加工,流通段階で,先進国では消費段階で捨てられることが多い。また,1人当たりの食料ロス・廃棄量を見てみると,一番多い北アメリカ・オセア ニ ア は 年 間 約300kgであるのに対して,一番少ない南・東南アジアは約120kg と,地域によって2倍以上の差が出ていることなどが報告されている。

また,毎年1/ 3の食料が捨てられることは「食料生産に費やされた膨大な量の資源が無駄に使われ(中略)食料を生産するために発生した温室効果ガスもまた無駄に排出されたことを意味する」とも述べられている。2013年に FAO が発表した報告書 “Food wastage footprint:Impacts on natural resources”(食料廃棄が天然資源に与える影響)では,更に具体的な情報が示されている。例えば,世界で発生する食料ロス・廃棄を処分することによって発生している温室効果ガスは約33億トン。世界全体の二酸化炭素排出量が317億トン(CO2 EMISSIONS FROM FUEL COM-BUSTION 2014)であることを考えると,かなりの量だ。また,1人当たりに換算すると年間約500kg 排出していることになり,地域別に見てみると北アメリカ・オセアニア,アジア・先進工業地域(日本も含む),ヨーロッパが多く700 ~900kg で,サハラ以南アフリカが180kg と一番少ないという結果が出ている。

食料を生産するためには,水や土地などが大量に必要だ。そのため,食料ロス・廃棄は単に食料を無駄にするだけでなく,生産するために使われたこれらの資源も無駄にすることになる。この報告書によると,毎年約250km3の水と,約14億ヘ

クタールの土地が無駄になっているそうだ。また,食料ロス・廃棄は経済的価値の損失にもつながり,その額は毎年約7500億ドルとも発表されている。

●2.先進国での食料ロス・廃棄●食料ロス・廃棄がどのような場面で発生してい

るのか,私たちに馴染みのある先進国を例に,生産,加工,流通,消費の4つの段階に分けて確認してみたい。生産段階で食料が捨てられる理由には,大きく2つある。まずは「規格外」と呼ばれているもので,味は変わらないものの,形が小さすぎる・大きすぎるため,出荷できる基準に合わない,形がいびつ,色が悪い,傷が付いているなど,見た目が悪いため買い取ってもらえないものだ。また,農業の場合,収穫量が天候に大きく左右される。そのため収量の予測が難しい。例えば特定の作物が豊作で一時的に供給量が多くなると,価格の低下を引き起こしてしまう。そのような事態を避けるため,収穫されないまま土に戻されたり,収穫後に捨てられたりすることがある。

加工段階では,作りすぎや失敗の他,新商品への切り替え時に出る旧製品の在庫処分,パッケージの印字ミスや包装の汚損や破損などによって捨てられる。完成した商品はもちろん,材料となる食材を捨てることは製造コストにつながる。その

第1図 各地域における消費および消費前の段階での1人当たり食料ロス・廃棄量(カラー図表をHPに掲載 C038)

出典:国連食糧農業機関(FAO),Global Food Losses and Food Waste(2011年)

ヨーロッパ 北アメリカ・オセアニア

アジア・先進工業地域

サハラ以南アフリカ

北アフリカ西・中央アジア

南・東南アジア

ラテンアメリカ

(kg/ 人 / 年)

350

300

250

200

150

100

50

0

消費段階

生産から小売りの段階

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ため,どの加工場でもできる限り減らすための対策を講じているが,ゼロにすることは難しい。

流通段階では,小売店での売れ残りや在庫管理のミス,賞味期限切れによって捨てられる。加工段階と同様,捨てる量が増えればコストの増加につながるので,販売予測を立てたり,売れ残る前に値引きしたりと,少しでも減らすための努力を小売店側はしている。しかし,商品が欠品すると機会損失につながる。顧客の購買意欲が低下したり,顧客離れにつながったりするため,「最低陳列量」と呼ばれる一定の品

しなぞろ

揃えを常に保ちたい実情がある。

加工と流通段階に共通するものとして,業界内の取り決めがある。菓子や飲料などの加工品は,メーカーから卸,卸から小売店に納品される時に,製造から賞味期限までの期間が一定以上残っていないとならない。日本では「1/ 3ルール」と呼ばれているもので,メーカーから卸に納品される時に,製造からの期限が1/ 3しか過ぎていない状態,つまりは販売期限が2/ 3残っていなければならない。この「1/ 3ルール」については,2012年に見直しのためのワーキンググループが設置されている。また,賞味期限が切れていない食品を企業から引き取って有効活用するフードバンクの取り組みもある。しかし,アメリカは販売期限の残りが1/ 2,フランスやイタリアは1/ 3,イギリスは1/ 4あればよいため(公益財団法人流通経済研究所),日本は他の先進国と比較すると,この段階での食料ロスが出やすい状況にある。

消費段階では,レストランなどの飲食店であれば仕込みすぎや顧客の食べ残し,家庭であれば消費期限,賞味期限切れや食べ残しなどによって捨てられる。先進国ではこの段階で捨てられる量が多い。先に紹介した “Global Food Losses and Food Waste” によると,先進国の消費者が捨てる量は2億2200万トン。サハラ以南アフリカに住む人たちが生産する食料2億3000万トンに匹敵するほど膨大な量だ。先進国の食料ロス・廃棄は食品工場や飲食店で大量に出ているイメージを

持つ人もいるかもしれない。しかし,農林水産省の2011年の推計によると,日本の場合,半分以上が家庭から出ているそうだ。それぞれの家庭から出される量は多くないが,全体で見ると軽視できない。

このように食料ロス・廃棄は,生産から消費のあらゆる段階で発生している。政策や業界内ルールの見直し,企業による業務改善も必要だが,より便利な暮らしを求める私たちの生活とも無関係ではない。大量生産,大量消費が前提になる中で,これからどのような食を選択するかも重要だ。また,生産される国,加工される国,販売・消費される国がそれぞれ異なり,国境を越えて食料が行き来することも珍しくない。かつては地域の中で完結していた生産から消費までの流れや,そこに存在する人と人とのつながりが見えにくくなっている。私たち消費者が毎日食べているものがどこから来て,どのように成り立ち,他の人の食生活とどのようにつながっているのか,またその中でどれだけの量の食料が捨てられ,どう影響を与えているのかを知り,考えることが,今まで以上に必要になってきている。そのための正確な情報の把握には,更なる調査研究や行政,企業などからの情報の公開も必須だ。

●3.開発途上国の食料ロス・廃棄●開発途上国の場合,先進国とは異なり,生産,

収穫,収穫後,加工段階で出される食料ロスが多い。その背景には,生産した食料を十分に活用したくてもできない様々な実情がある。ハンガー・フリー・ワールドがアジア・アフリカの活動地で行う地域開発を通して得られた情報をもとに,考えてみたい。

開発途上国では農業で生計を立てている人が多い。雨季と乾季がはっきりと分かれており,農作物を栽培できる期間が雨季の数カ月に限られているなど,厳しい気候条件に直面している国や地域もある。加えて,開発途上国では,ほとんどの農家が小規模で雨水などの自然に頼った農業を

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行っている。農業はもともと天候に大きく左右されるものだが,「雨の降る量やタイミング,降り方が変わって,以前のように予測できなくなった」などの声が活動地から聞こえてきている。このような国や地域に住む人々にとっては,長く続く乾季に向けて食料をどれだけ蓄えられるか,食料を買うための収入をどれだけ得られるかが,毎日の食事の量や質だけでなく命をも左右するほど重要だ。

しかし,開発途上国では,加工設備や冷蔵・冷凍施設などのインフラが十分に整備されていない国や地域が多い。温暖な気候に位置する国や地域は食料が腐りやすいことはもちろん,気候条件もますます厳しくなっている。地元に根差した知恵だけでしのぐには限界がある。実際,ハンガー・フリー・ワールドの活動地で食料事情をヒアリングしてみると,食料ロス・廃棄問題とも関連する以下のような共通の課題が聞こえてくる。「同じ時期に作物の収穫が集中するため収穫しきれない」「大量に収穫できても保存できる環境が整っていないので,腐ったりネズミに食べられてしまう」

「加工しようにも知識や設備が不足しているため,付加価値を付けて売ることができない」「道路が十

分に整備されていなかったり,ガソリン代が高かったりして,近くの市場にしか売りに行けない」。

西アフリカ・ベナンを例に,詳しく見てみよう。ベナンではヤムイモやキャッサバ(写真1)などが昔から主食としてよく食べられている。しかし,キャッサバは収穫してから1~2日で腐ってしまう特徴がある。畑から収穫した後きれいに洗い,皮をむき,機械で砕き,プレス機で水分を抜き,鍋で炒

って乾燥させた加工品「ガリ」にしないと,長期間保存することが難しい。

実際,報告書 “Food wastage footprint” に掲載されている「地域・品目別 1人当たりの食料ロス・廃棄量トップ10」を見てみると,ベナン

写真1 キャッサバ(カラー図表をHPに掲載 C039)(提供:ハンガー・フリー・ワールド)

第2図 地域と品目別 1人当たりの食料ロス・廃棄量トップ10出典:国連食糧農業機関(FAO),Food wastage footprint: Impacts on natural resources(2013年)

0

20

40

60

80

100

120

140

アジア・先進工業地域 野菜

(kg/ 人 / 年)

サハラ以南アフリカデンプンを含む根菜

北アフリカ,西アジア・中央アジア野菜

ラテンアメリカ果物

ヨーロッパデンプンを含む根菜

アジア・先進工業地域 穀物

北アメリカ・オセアニア穀物

北アフリカ,西アジア・中央アジア穀物

ヨーロッパ穀物

ヨーロッパ野菜

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が位置するサハラ以南アフリカのデンプンを含む根菜の廃棄は2番目に多い(第2図)。食べ残しなどによる食料廃棄が極めて少ない地域にもかかわらず,このような結果が出ている。

ベナンではキャッサバの加工方法(写真2)はよく知られているが,手間がかかる。大量に収穫できたとしても,腐りやすいためすぐに加工しないといけないという時間の制約もある。そのため,機械やそれを扱える知識がないと,加工して安定的に食べることや売って収入を得ることにつながらず,ロスになってしまう。ベナン以外にも温暖な気候に位置し,豊富な資源を有する国や地域では,同じ種類の果実や野菜が同じ時期に大量に収穫されることがある。例えば,ベナンの隣に位置するブルキナファソの場合,マンゴーの収穫は4~5月,キャベツは12 ~2月に集中する。加工や保存が上

う ま

手く行けば食料事情が厳しくなる乾季に向けて蓄えられるだけでなく,付加価値を付けて販売できる。無駄なく活用できれば食料ロスを減らせるだけでなく,生活の向上につながる可能性を含んでいる。

開発途上国では,生産や加工以外の段階でも食料ロスにつながる数々の課題が存在する。生産したものを流通させるにも市場に運ぶまでの道路が舗装されていない,運ぶための自転車やバイクがない,ガソリンの値段が高くて買えない,などだ。また,知識を得るための研修を受けるにも,学校に通えなかったために,成人しても文字の読み書きや計算が十分にできない人もいる。このような地域の課題を住民とともに考え,解決していくことも,開発途上国の食料ロスを削減し,安定して食べられる世界を創る上で重要になってくる。また,開発途上国での食料ロスの改

善策については,2014年に FAO が報告書 “Appropriate food packagingsolutions for developing countries” を発行した。開発途上国での包装産業

や技術に着目し,食料ロス・廃棄を削減する可能性についてまとめられている。この報告書の中では,世界の食料生産において重要な役割を果たしている開発途上国の包装技術を改善することは,食料ロス・廃棄を削減するための鍵になると述べられている。また,その国や地域の実情に合った解決策を模索する必要があり,例えば包装資材であれば,多くの開発途上国において原材料が比較的入手可能な紙包材の開発・供給に期待が寄せられている。

●4.解決に向けたセクターごとの取り組み●

食料ロス・廃棄問題の解決に向けた議論や取り組みも世界各地で始まっている。2011年には包材加工とパッケージングの見本市 interpack2011

(国際包装業界見本市)が開催されたことを契機に,見本市を主催した Messe Düsseldorf 社とFAO が,SAVE FOOD Initiative を立ち上げた。世界中から国際機関,大学・研究所,NGO,民間企業などがパートナー団体として加わっており,「世界的な協働プラットフォームの運営」

「啓発活動」「研究」「民間連携」の4つを柱に活

写真2 キャッサバの加工手順(カラー図表をHPに掲載 C040)                 (提供:ハンガー・フリー・ワールド)

1 2

3 4

皮をむいて機械で砕く プレス機で水分を抜く

鍋で炒って乾燥させる 袋に詰める

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世界の食料ロス・廃棄の現状と解決に向けた取り組み 

動している。また,2012年に開催された国連持続可能な開

発会議(リオ+20)では,国連事務総長の潘基文氏が全ての人々が「食料への権利」を享受するための未来のビジョンとして,Zero Hunger Challenge を宣言した。5つ掲げられた目的の1つに,「責任ある消費を含め,食料ロス・廃棄をゼロとする」ことが含まれている。この SAVE FOOD Initiative(第3図)や Zero Hunger Challengeの流れを受け,FAO と国連環境計画(UNEP)が中心となり,複数の市民活動団体もパートナー協力して,2013年から Think.Eat.Save. キャンペーンが開始された。世界各地で実施されている取り組みから得られた情報やリソースを共有するポータルサイトを運営し,食料廃棄を減らすためのコツなどが紹介されている。また,2014年には Think.Eat.Save. Student Challenge という学

生向けの企画が展開され,約80カ国から470の学校や学生グループが食料ロス・廃棄削減のためのアイデアを出し合った。優秀校に選ばれた学校のアイデアはホームページで紹介されている。

地域ごとの取り組みとしては,2012年に EUの欧州会議が,2025年までに食料ロス・廃棄を半減させる方針を決めた。各国ごとに発生抑制のための具体的な措置を定めるよう EU 諸国に要請するとともに,2014年を「ヨーロッパ反食料廃棄物年」とした。その後,ドイツやフランスでは消費者向けの啓発キャンペーンを展開している。EU では他にも,研究・技術開発のための枠組みに基づく4年間の研究プロジェクト FUSIONS

(Food Use for Social Innovation by Optimising Waste Prevention Strategies)を開始させるなど,問題の解決に向けた動きが盛り上がりを見せている。また,ヨーロッパ以外では,アジア太平

第3図 SAVE FOOD Initiative の取り組みを受けて作成されたインフォグラフィック(カラー図表をHPに掲載 C041) (提供:ハンガー・フリー・ワールド)

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洋経済協力(APEC)の食料安全保障政策パートナーシップが2014年に「APEC 食品ロス・廃棄削減計画」を策定している。

企業の動きとしては,イギリスの大手スーパーマーケットチェーン Tesco 社の取り組みが注目されている。2013年より独自の調査を開始し,同チェーンの店舗および配送センターで廃棄される食料の量を,全体で5万6580トンと推定した。また,パン,野菜,魚などの25品目がどの段階でロス・廃棄されているか調べ,ホームページで情報公開している。また,食料ロス・廃棄を直接減らすための取り組みではないが,2010年にUnilever 社がサステナブルリビングプランを発表したことが話題になっている。環境負荷を減らし,社会に貢献しながら,ビジネスの規模を2倍にすることを目指すというもので,「健康・衛生」

「環境負荷の削減」「経済発展」の3分野で9つの具体的な目標を設定している。「2020年までに,原材料となる農産物全てで持続可能な調達を実現する」など,それぞれの目標の達成状況をホームページで公開している。このように,食料ロス・廃棄を削減し,持続可能なフードサプライチェーンを実現するための第一歩として,まずは自社の現状について調査し,情報を公開する流れが大手企業から出てきている。

海外で活躍する市民活動団体の事例として,規模 が 大 き く 注 目 さ れ て い る も の と し て は,“Waste-Uncovering the Global Food Scandal”

( 世 界 の 食 料 ム ダ 捨 て 事 情 ) の 著 者 で あ るTristram Stuart 氏が設立した非営利団体が主催する Feeding the 5000がある。本来であれば捨てられるはずだった食材を集め,それを活用した食事を5000人の市民に振る舞うという,消費者啓発を目的としたパブリックイベントだ。2009年にロンドンで初めて開催されて以来,開催地の自治体や市民団体などとも連携しながら,パリ,ダブリン,マンチェスター,シドニー,アムステルダムなどで開催されている。また,イギリスのWRAP(Waste and Resources Action Programme)

は,2007年から Love Food Hate Waste を展開している。家庭の消費段階で出される廃棄に着目し,廃棄の実態を生活者自らが把握するためのツールやレシピなどを提供している。計画的な買い物や調理,定期的な食材の管理などを促した結果,廃棄量の削減に成功した他,自治体や企業などとも協働した啓発活動を行い,多くの市民の参加を得ている。

●5.セクター間の連携による取り組み●

食料ロス・廃棄問題の解決に向けては,国,国際機関,企業,市民活動団体などの個別の取り組みだけではなく,全てのステークホルダーが連携して取り組むことの必要性が認識されてきている。毎年10月16日の世界食料デーに合わせて FAO ローマ本部で開催されている世界食料安全保障委員会(CFS:Committee on World Food Security)では,2014年に開催された会議の主要なテーマの1つとして食料ロス・廃棄が選ばれた。この会議では,食料ロス・廃棄問題は現在のフードシステムがもたらした結果であり,全てのステークホルダーが対処すべき問題であることが確認された。また,「データ収集・知識共有」「効果的な戦略作り」「効果的な対策の実施」「政策・戦略・アクション協調の改善」の4項目について,ステークホルダー別,もしくは全てのステークホルダーでの取り組みが推奨される行動が合意されている。

複数のステークホルダーが協働する取り組みも既に始まっている。海外では,現状のフードシステムを再考し,持続可能なフードシステムを作ることをマルチステークホルダーで取り組む「サステナブル・フード・ラボ(Sustainable Food Lab)」という取り組みがある。2003年に設立され,Unilever 社,Starbucks 社,H.J.Heinz 社など大手企業や,NGO や国連機関,大学など様々なステークホルダーがメンバーとして名を連ねている。メンバーが生産現場を訪れ,そこで見たり,聞いたりしたことを対話形式で振り返る「ラーニ

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世界の食料ロス・廃棄の現状と解決に向けた取り組み 

ングジャーニー」など,独自の手法が注目されているだけでなく,参加した企業が具体的なビジョンを示したり,持続可能な食システムを構築するための行動を起こしたりしている。日本では,ハンガー・フリー・ワールドも実行委員として参加するフードロス・チャレンジ・プロジェクトが2012年から活動を始めた。2012年には先駆的な取り組みを行う生産者や企業を訪問し,そこで見たり聞いたりしたことを持ち寄り,ワークショップを行うスタディツアーを実施した。その内容をまとめた報告書や食料ロス・廃棄についての情報をホームページで公開している他,食料ロス・廃棄についてマルチステークホルダーで考えるシンポジウムや,解決のためのアイデアを発想するワークショップなどを開催している。

●おわりに●このように,人が食べるために生産される食料

の約1/ 3に当たる食料ロス・廃棄を毎年出し続けることは,限られた資源を無駄にし,環境に負荷をかけ,私たちの食を取り巻く環境を不安定にさせている。それだけでなく,経済的な価値の損失にもつながる社会問題である。特に飢餓人口が多い開発途上国では,生産された食料がフードサプライチェーンに存在する様々な課題によって,必要とする人にきちんと届いていない。このことは,日々の食生活だけでなく生命をも脅かす重大な問題である。

たくさん輸入してたくさん捨てている私たちの食のあり方が,世界の誰かや未来の誰かの食生活に影響を与えていることも否定できない。そればかりか,食料の約6割を輸入に頼る私たち日本人の食生活も,決して安心していられるものではない。捨てられていく食料に「もったいない」と心を痛めるだけでなく,解決に向けて既に行動を起こしている先駆者に続くべき時に来ている。

1)Appropriate food packaging solutions for deve-  loping countries, FAO(2014)2)Food wastage footprint: Impacts on natural

resources, FAO(2013)3)Global Food Losses and Food Waste, FAO(2011)

参考資料

1)農林水産省 食品ロスの削減・食品廃棄物の発生抑制 http://www.maff.go.jp/j/shokusan/recycle/syoku_  loss/2)フードロス・チャレンジ・プロジェクト  http://foodlosschallenge.com/3)Committee on World Food Security 41st Session  Summary and Recommendations of the High Level  Panel of Experts Report on Food Losses and Waste  in the Context of Sustainable Food Systems  http://www.fao.org/3/a-ml099e.pdf4)Feeding the 5000  http://feedbackglobal.org/campaigns/feeding-the-  5000/5)Love Food Hate Waste

  http://www.lovefoodhatewaste.com/6)SAVE FOOD initiative  http://www.save-food.org/7)Sustainable Food Lab  http://sustainablefood.org/8)Tesco Reducing food waste  http://www.tescoplc.com/index.asp?pageid=5909)Think.Eat.Save  http://thinkeatsave.org/10)Unilever SUSTAINABLE LIVING PLAN   SUMMARY   http://www.unilever.com/sustainable-living-2014/  our -approach - to - sus ta inab i l i t y /un i l ever -  sustainable-living-plan-summary/

参考ホームページ(2015 年 3 月 10 日アクセス現在)